「えっ……連絡が、取れない?」
「どういう事ですか、提督!」

  突然の言葉になのはが愕然とし、スバルに至っては思わずリンディに詰め寄る。傍にいたシグナムが、取り乱したスバルの肩を掴み、落ち着くように促す。
肩を掴まれたスバルは自分の行動に恥じると、黙りこくってソファーに身を沈めたのだが、彼女の眼には不安の涙が溢れつつあった。
抑えたシグナムとアギトにしても、ヴィータにしても、遠方訓練に向かった艦隊との交信が途絶えた事を知って、内心では嫌な予感に捕らわれつつあった。
  なのはも愕然としたままの様子だ。彼女の反応も当然であろう。更新が途絶えたという事は、何か緊急事態にあったという事だ。
最悪、敵と遭遇したのではないか、と予測してしまい手が震えてしまう。遠方組には親友のフェイトをはじめ、後輩も乗り合わせているのだ。
心配しないわけがない。重苦しい空気の中で、リンディもやっと口を開く。

「遂、二〇分程前の事なのよ。定期連絡を送る筈の〈シヴァ〉と〈ラティノイア〉から、一切の連絡が来ないの。それだけじゃないわ、こちらからの通信も通じないのよ」
「次元振による可能性は無いのですか、提督?」

  シグナムは戦友や後輩の身を案じつつも、別の可能性は無いかとリンディに聞く。だが、その自然的な通信障害は否定された。目的管理世界にて、別の反応が観測されたからだ。

「空間……歪曲波?」
「えぇ。以前、第九拠点が襲われた時にも観測されたものよ」
「う……そ……っ!」

なのはが振る様な声を上げた。拠点が襲われた時というのは、SUSの襲撃以外にない。だとすれば、リンディの言う空間歪曲波がSUSによって故意に妨害している事となる。
何よりも不安を掻き立てたのは、空間歪曲波は次元間通信を不能にするだけに留まらず、次元転移さえも不可能にするという性質を持っているためだ。
  ということは、今頃は……!

「考えたくはないけど……SUSが絡んでいると見て、間違いないわ」
「そ、そんな……!」

それを聞いたスバルは、何も言い表せぬ心境に陥る。救援する事を視野に入れて緊急会議が行われているが、その空間歪曲波のお蔭で救援に赴けない状況だ。
上層部や東郷も相当に頭を悩ましているらしく、行動に移せない。まさに絶望という単語が、なのはの脳内を掠めて行った。
  状況も把握出来ぬ、救援行動も出来ぬ、となってしまってはお手上げの状態も良い所だ。ここにいない、はやてとグリフィスは今も〈ミカサ〉の艦内にいる。
不安と絶望感に苛まれる。このままでは、本当に親友にも後輩にも、或いは同僚にも会えない。再開せぬままに別れることになってしまう。

(何でこうなるんや。戦略的にも意味の無い、辺境の世界だから、派遣されたのとちゃうんか? そんなところに、何でSUSなんかが来よる!?)

特に共同戦線を強く希望していた一人――はやては、まさかのSUSとの遭遇に、運命の女神というものを呪いたくなった。
傍にいるリィンフォースUも不安を滲ませた表情で、自分の│マイスター(はやて)を一瞥する。
  少数精鋭とも言える防衛軍の艦隊が付いているからと言って、彼女ら安心する事はできなかった。彼は強力な軍隊であっても、無敵であるという意味には繋がらない。
事実、地球艦隊はここに来る以前、SUSの奇襲と多勢に無勢の猛撃を受け、やむなく敗退に追い込まれているのだ。
それを考えると、必ずしも安心ばかりしてはいられなかった。彼女達にしてみれば、ただひたすら、SUSの大軍に包囲されていない事を祈るばかりである。
  そして、第43無人管理世界――レベンツァ星域の第一小惑星帯で、地球艦隊旗艦〈シヴァ〉艦橋は驚愕の空気に包まれていた。

「馬鹿なッ!!」


目の前に広がる信じ難い光景に対して、いち早く叫んだのは戦術長のジェリクソンだった。唖然とした表情を作っていたのは、無論、彼だけの事ではない。全員が同じ心境だ。
マルセフも、コレムも、ラーダーも、そして何より衝撃を受けたのはフェイト、シャリオ。初めて拡散波動砲(ディフュージョン・タキオン・キャノン)を目にした彼女らを、戦慄させた、その光景。

「て……敵艦隊、無傷です! 一隻の被害も見受けられません!!」
「そんな、拡散波動砲が効かなかったというのか!?」
(まさか、地球艦隊の波動砲(タキオン・キャノン)が……効かないなんて!)

  オペレーターの報告に対し、ジェリクソンは目の前の事実に声を荒げた。フェイトは声に出さないものの、心内では相当なショックに身体を震わせている。
その報告通り、拡散波動砲をまともに受けた筈のSUS艦隊は、全くの無傷の状態で顕在していたのだから、誰しもが驚かずにはいられないであろう。
ただ正確に言うならば、“効かなかった”のではない“当たらなかった”のだ。通常の波動砲を巨大な大砲とするならば拡散波動砲は巨大な散弾銃と言えるだろう。
  その一発一発の弾道に少しずつ外側へのベクトルをかけたらどうなるか? 結果はご覧の通り。拡散波動砲は艦隊の面前で炸裂しなかった。
花火の様にSUS艦隊の外方向へ向かって通り抜けてしまったのだ。波動砲が効かない。だがこれも初めての事ではない。
今までにも波動砲が効果を上げなかった事はガトランティス戦、デザリアム戦、ボラー、ディンギル……と枚挙にいとまがない。
しかし訓練で、演習で波動砲の威力を目のあたりにしてきた防衛軍将兵から見れば悪夢を見る思いであろう。特に実戦経験の浅い者にとっては……。

「呆然としている暇はない! 全艦、敵の攻撃に備えよ!!」
「〈ラティノイア〉に緊急電、次元航行部隊は急ぎ反転し第二小惑星帯へ向かうべしと! 残る全艦は対艦戦闘を継続しつつ、次元航行部隊の最後尾にて援護する!!」
「了解! 全砲塔、再砲撃準備急げ!」
 
  コレムが呆然とした空気の中でいち早く再戦闘準備下礼させると、マルセフも次元航行部隊に対して、さらなる後退命令を下す。
そして地球艦隊を最後尾に回し、援護を指示。動揺の強かったジェリクソンもハッとしたように、全砲塔に砲撃準備の命令を伝達させる。
迅速な対応に艦隊が後退を開始しようとするが、SUSもそれを見逃さない。ディゲルは拡散波動砲の回避に成功すると、すかさず全艦に前進命令を下す。
〈シヴァ〉の放った拡散波動砲は小惑星帯に穴を空けるに終わる。皮肉なことに、これがSUS艦隊の前進行動に大きな献身を果たす事になってしまっていた。





「冷や汗をかきましたな、長官」
「確かにな。だが、これでザイエンの開発した対殲滅兵器防御の実績が認められた。残るは……」

  〈ムルーク〉の指揮官席に身を預けていたディゲルは眼をギロリ、とスクリーンを睨み付ける。同時に、余裕を持って命じた。

「全艦隊、全速前進! 後退する敵に包囲陣を持って追い詰めろ! そして逃がすな、ここで会ったが最後、あの世へと屠り去ってやるのだ!!」

冷酷な目線でメイン・スクリーンを睨み、不気味な嘲笑をするディゲルは勝利を確信した。これで地球艦隊の超兵器を封じたも同然、後は全戦力を持って敵を捻り潰してくれる!
訓練航海が主な目的であった筈が、いつの間にやら本格的な戦闘に突入してしまっている事に彼は気づいてはいたものの、これで敵戦力を半減出来るのが魅力的に思えてならない。
  ここで地球艦隊と管理局艦隊を殲滅できれば、後の管理局の総本山たる本部の攻略を幾らかは終わらせられるだろう。彼はそう予測していた。しかし気をつけねばならない。
地球艦隊らを撃滅出来たとしても、その時点で自分らの兵力が半壊させられてしまっては元も子もない。ディゲルは地球艦隊の砲撃を拡散させるよう、空間歪曲波搭載艦に告げる。

「空間歪曲波搭載艦は、出力を通常レベルに引き下げて妨害を続行せよ。他艦は全力で砲撃を再開!」
「地球艦隊を最後尾に、次元航行部隊が後退を計る模様!」

オペレーターの報告にディゲルは、フン、と鼻を鳴らして嘲笑した。また後退して小惑星帯へ紛れ込むつもりか。同じ手を使っても倒せないという事を、自覚出来なくなったか?
それとも、自慢の兵器が通用しなくなった事で冷静な判断力を失ったのだろうか。まぁ、そんな事はどうでもよい。その時になれば、こちらも同じ手に出るだけなのだからな。
威信と威厳を放つ巨体を進める〈ムルーク〉も、砲撃の準備に取り掛かる。距離は遠いが構わない。味方の妨害工作でこちらも命中率が少し低下するのは仕方ないというのもある。

「撃てっ!」

  砲術長の号令で〈ムルーク〉の主砲が発光した。赤い刃が宇宙空間を引き裂き、殿を務める地球艦隊に襲い掛かる。
しかし、全弾を命中させる事は敵わず、戦艦一隻に一発で終わる。被弾したのは〈ドレッドノート〉級戦艦〈イェロギオフ・アヴェロフ〉だった。
赤いビームが〈イェロギオフ・アヴェロフ〉の艦体左舷中央部に命中すると、艦体は大きく揺れた。
  その様子は、装甲巡洋艦〈ファランクス〉艦橋の方からでも確認できた。

「〈イェロギオフ・アヴェロフ〉被弾!」
「っ!」

オペレーターの報告に、バートンは心臓をドキリとさせるが、〈イェロギオフ・アヴェロフ〉は顕在。バランスを崩しながらも砲撃し、やがては姿勢を制御させていた。
幸いにも致命的な損傷は受けていないらしく、戦闘を続行する様子だ。それに安心したスタッカートだが、その戦艦のバランスを崩す程の威力を持っていたのは、巨大艦の仕業であると知るや、苦々しい表情をしていた。
  あの旗艦らしい大型艦の能力は計り知れない。もしも正確な射撃を行われれば、地球の戦艦といえど、ものの二、三発で轟沈させられるかもしれない、と思ってしまった。

「艦長、このままでは小惑星帯へ潜り込むまでに殲滅されるかもしれません」
「……まだ平気よ、副長。敵も射撃精度は落ちているもの。小惑星帯へ紛れ込むまでに、何としても次元航行部隊を退避させるのよ。それまで、私達は機動と防御幕で維持するわ」
「ですがっ!」
「艦長! 敵艦隊は左右に展開しつつあります!」

レーグは地球艦隊の危機を訴えようとするものの、オペレーターの声に遮られる。メイン・スクリーンにも映されているとおり、SUS艦隊は陣形を左右に広げて迫りつつあった。
これは見るからに半包囲による殲滅を企てたものだ。先ほどのゲヴェンス艦隊同様、地球艦隊を半包囲下において完全に消し去ろうと言う魂胆なのは分かり切っていた。
  半包囲網に対抗するには、密集したままの中央突破が最善の策ではある。しかし、次元航行部隊は地球艦隊程の速力を出す事は不可能だ。
かといってこのまま後退するのも危険だ。ただひたすら耐えるのみ。今の地球艦隊にはそれしかないように思えた。

「巡洋艦〈タイコンデロガ〉被弾、小破! 同じく駆逐艦〈エーグル〉被弾、中破!」
『第三主砲被弾、砲撃不能!』
『左舷滑走路に被弾しました! 開閉装置に損傷、発艦不能!!』
『第一、第二ミサイル発射管損傷、使用不能!』
「負傷者救出を優先だ! 技術班及び医務班は急ぎ被弾箇所へ急行せよ!!」

文字通り先頭に立ち戦闘を続行する〈シヴァ〉に、次々と入る僚艦の被弾報告と自艦の損傷報告。時折命中するSUSのビーム砲を艦体に受けつつも、ビクともしないようだ。
  艦橋内にて艦長の代わりに〈シヴァ〉の指揮を執るコレムも、必死に損傷の対応を指示している。戦闘能力は今だ九〇パーセント以上、航行能力も低下する気配を見せていない。
フェイトとシャリオは、まるで堅牢な要塞の中に居るのではないかと思う程に、〈シヴァ〉は憮然たる威勢を放ち続けていると感じた。
これがもし次元航行艦であったならば、今頃は轟沈しているに違いない。砲火の渦中にありつつ陣形を崩す気配を見せない地球艦隊に、SUS艦隊も続けての半包囲態勢を続ける。
  次元航行部隊は地球艦隊に後退援護をされつつも、何もせぬ訳にも行かないために砲撃を続けていた。
だが射撃精度の低下が攻撃力そのものを低下させており、オズヴェルトもその様子に苛立ちと悔しさに奥歯を噛み締めていた。

「司令、間もなく第二小惑星帯へ入ります!」
「どうします? 敵は、波動砲の威力を無効化を可能としています。もう一度、波動砲を放っても効果は無いでしょう」
「……敵の空間歪曲波を放つ中心を、特定は出来ないか?」

ラーダーの意見を聞きつつ、マルセフは先の波動砲を回避せしめた空間歪曲波を放っているものを探らせていた。オペレーターがそれに答える。
  報告内容によれば、空間歪曲波を放っている艦らしき反応がSUS中央部隊の後方にて確認されたと言う。これを叩くだけでも、SUSは相当な違う反応を見せる筈だ。
波動砲を防ぐ盾が無くなるとなれば、SUSを撤退に追い込むチャンスが巡ってくるかもしれない。だがそれをするには、目の前のSUS艦隊を突破せねばならない。
突破し終える頃には、半数が生き残れているかも怪しい所だ。戦艦ならまだしも、駆逐艦では耐えられまい。
 どうするか……。考えろ、考えるんだ! マルセフは思考力をフル回転させて短い間に対応策を練ろうとした。中央突破という案は捨てがたいが、どうすべきなのか。

「中央突破で敵後方の妨害艦を沈めるには、相当の被害を覚悟せねばならない。だが、このままズルズルと後退戦を続けるよりは……!」
「司令、〈ファランクス〉より通信!」

突然の通信に何事かと思いつつ、急ぎ回線を繋げさせると次の様な電文があった。反応消滅砲(アルカンシェル)を持って敵中央を突破せんとす。これにマルセフは首を傾げた。
アルカンシェルは、相当なスペックを有しているもののデメリットの目立つ兵器として、地球防衛軍(E・D・F)のクルー達から見られていた殲滅兵器だった。
  それだけに、アルカンシェルがここで活用出来るのだろうかと疑いたくなる。実はこの通信文を送った張本人は、スタッカートではなくマリエルであった。
技術者としての頭脳を働かせた結果、彼女はアルカンシェルによる可能性を示唆したのである。マリエルの意図に気が付いたのは、私的な師弟関係にあるシャリオであった。
彼女は師であるマリエルの考えている事を、マルセフ達に説明する。

「提督、これは恐らく、アルカンシェルによって敵艦隊の陣形を崩そうと言う意図があるのではないでしょうか!」
「しかし、敵はアルカンシェルを……ん? ……そうか、そういう事か!」

  そういう事です、と彼女は頷いた。アルカンシェルは確かに対艦戦闘には不向きである。だが、アルカンシェルが必ずしも敵を葬り去らねばならない、という事はない。
SUSはアルカンシェルの特徴を看破しており、その事は拠点襲撃後に入ったデータで承知済みだ。そこでSUSの退避行動を逆手に取る事は出来ないであろうかと言うのだ。
コレムやラーダーも言わんとする事を理解した。アルカンシェルを使って敵を殲滅するふりを装い、陣形を崩す事が出来るのではないか! となれば、考えている暇はない。
  シャリオの傍にいるフェイトにも心強く思えた。たとえ魔導師としての素質がなくとも、こうして周りの人々を手助け出来る。フェイトは軽くシャリオの方に手を置く。
手を置かれたシャリオが振り向くと、フェイトは微笑みが目に入り彼女も思わず、うん、と頷いた。これで、地球艦隊と次元航行部隊に生き残るチャンスを作り出せる!
 
「オズヴェルト提督に至急連絡せよ、アルカンシェル搭載艦を一隻だけ前線に加えて貰う様に、と!」
「了解しました!」

これを受けたオズヴェルトも、マルセフの意図を察して一隻を地球艦隊へ回した。さらに地球艦隊を援護するため、残る〈F・ガジェット〉も投入させる。
地球艦隊とは違い、これは無人機だ。量産なら後で幾らでも出来るが、地球の艦載機は量産出来ない。その事を考慮しての投入であり、マルセフもその配慮に感謝した。





  やがて地球艦隊に一隻の次元航行艦と残存機一一〇機余りの〈F・ガジェット〉が到着した。次元航行部隊は依然として後退を続ける中、地球艦隊は突破の準備を整えつつある。
地球艦隊に急遽編入されたのは〈XV〉級〈ガブリエル〉だった。地球では神の世界で名を聞く艦船〈ガブリエル〉は、地球艦隊援護されつつもギリギリ前線へ突出する。

「〈ガブリエル〉、位置に付きました!」
「良いか、〈ガブリエル〉が発射体勢に入れば奴らは慌てて陣形を散開させる筈だ! そこを突いて、一気に突破する!!」

装甲巡洋艦〈ファランクス〉も、その時に備えていた。

「艦長、〈ガブリエル〉が間もなく発射体勢に入ります!」
「来たわね……副長、戦術長、特一級機動戦闘準備!」

  マリエルもティアナも覚悟しつつも、恐怖を覚える緊張感が艦内を駆け巡る。先程まで絶望に近かった艦内が今はどうだろうか、可能性を見つけた瞬間に生き返った様だ。
艦長のスタッカートは溢れる興奮を抑えつつも突撃戦闘のための命令を下す。その命令に対して艦橋要員が次々と報告を上げ戦闘準備を整えていく。

「巡洋艦〈ヘロイタイ〉、〈レギオン〉、第三臨時駆逐隊後続します! 〈ヘルゴラント〉は艦載機で支援の模様!」
「第一、第二、第三波動エンジン、全力運転開始。第一から第六フライ・ホイール、完全同調!」
「全主砲ガトリングロール・スタート、波動砲チャージ開始!」

既に〈ファランクス〉の機関室では、直列配置された三基の波動エンジンが恐ろしい勢いでエネルギーを吐き出し、全てのガトリング主砲が唸りを上げて回転を始めていた。
大した損傷もない〈ファランクス〉が直ぐに先頭へ出れるよう、〈ガブリエル〉の至近にて待機している。SUSの苛烈な砲火の中で、ようやく全艦の準備整った時だ。
遂に〈シヴァ〉から突撃命令が下される。六四隻と二〇隻という比率でありながら、地球艦隊はSUS艦隊のど真ん中へ向けて、前進を始めたのだ。
  これを見たディゲルはと言えば……。

「何のつもりだ、奴らは?」
「長官、敵は自暴自棄になったのでしょう! これは包囲殲滅して消し去ってやりましょうぞ!!」

何かがおかしい。部下の言う通りに地球艦隊は自暴自棄になったのだろうが、それ程に諦めの早い連中であろうか? 先日の第七艦隊の件もあるのだ。そこで彼の予感が当たる。
波動砲を防ぎ切った時は、ある種の高揚感に包まれて地球艦隊の殲滅を公言したのだが、ここにきて予想を裏切る事態が発生した。一隻の管理局艦が超兵器を放とうとしている!
今まではデメリットばかり目立つ兵器だと馬鹿にしていたが、まさかここで使用して来るとは……不覚だ。ディゲルの言う言葉は限られており、それも時間に余裕がなかった。

「全艦、緊急回避せよ!」
「出力全開、左反転九〇度!」

 SUS艦隊の中央部隊は慌てて反転し四方八方へと散った。どの艦もエンジン出力を全開にして、その宙域を離れようと全速で駆け出して行ったのだ。これを待っていた。
陣形が大きく乱れたのを見計らい、マルセフは待ちかねたかの様な笑みを浮かべて全艦に突撃命令を下す。地球艦隊の狙いに気づいた時、ディゲルは二度の不覚を取ったのである。
アルカンシェルは前進してゆく地球艦隊の間を通り抜け、SUS艦隊のど真ん中で拡散した。直径数百キロの光球が出現するが、SUS艦隊の咄嗟の回避により外された。
  だが、アルカンシェルの光球が収まる頃と、地球艦隊が突入を図ろうとする時間のタイミングは見事な程にピッタリで、それはディゲルの命令が届くよりも早かった。

「突撃だ! 敵が態勢を整える前に突入し、敵後背にいる妨害工作艦を破壊するのだ!!」
「機関最大戦速!」
「〈F・ガジェット〉も突入を始めました!」

マルセフの命令に素早く反応し、パーヴィス機関長が機関室に出力最大の指示を出し、レノルド航海長が操作レバーを握りしめる。〈シヴァ〉は重々しく急加速を始めた。
同時に加速する地球艦隊。次元航行艦である〈ガブリエル〉は地球艦隊の最大戦速に付いて行けるだけの速力を有していない。そのため、地球艦隊の突撃に同行出来ないのは明白。
同行するのではなく、再び反転して小惑星帯へ紛れ込む様にマルセフは指示した。SUSは地球艦隊に中央を突破されれば、注意を地球艦隊側に向けざるを得ない筈だからだ。
たかが一隻の次元航行艦を追いかけるより、中央突破しようとする地球艦隊の動きに対応しようと踏んでいるが、〈ガブリエル〉クルー達の心境も圧迫されている状況である。
  片や敵陣へ突撃する〈ファランクス〉艦橋は、異様なまでに気迫があった。

「最大戦速! 主砲、射界に入る艦だけを狙いなさい!!」
「了解、機関最大戦速!」

機関は唸りを上げ、艦隊の先頭を行く。〈ファランクス〉は、一番にSUS艦隊内部へと突入するのだ。が、案外、進路上の敵は数が少なかった。
相手も余程に面食らっていたのだろう。おかげで地球艦隊は易々とSUS艦隊内部へと侵入し、ディゲルが態勢を整えるよりも早く〈ファランクス〉は素通りしようとする。
  ディゲルは地球艦隊の意図に気づき、散開させた艦隊を集結させようとした。散発的な砲撃しか行えず、結果として地球艦隊は中央を堂々と潜り抜けてしまったのである。
先頭を切る〈ファランクス〉クルーはやや拍子抜けであったが、今は敵撃破に専念する時ではない。後方に控えている妨害艦を撃破する事のみだ。
そして狙われていると自覚した、空間歪曲波発生装置搭載艦は、至急、救援要請を送ると共に退避行動に移ろうとしていた。

「逃がさないわよ。全主砲、目標に向けて砲撃開始!」
「第一から第三主砲、砲撃開始ィ!!」

艦前部の二門、後部下方の一門が、前方で慌てて回頭するSUS艦に狙いを定め、ガトリング砲身が青白い光弾を撃ち放った。
それも二発、三発のレベルではない。その数百倍はあった。〈ファランクス〉ならではの砲撃が、SUS艦に襲い掛かり滅多打ちにし始める。
  所詮は妨害のみを目的とされた艦だ。防御こそ他艦より優れるものの、攻撃力は皆無に等しい。だがSUS艦の艦長も決死の覚悟で別の手を打った。
この艦は地球の殲滅兵器を防げる妨害艦だ、ならば、こちらはもう一度同じことをするしかない! するとどうだろうか。

「っ! 艦長、我が方の砲弾が!!」
「しまった、波動砲を封じ込められれば、こうなる事も予測出来たはずだ!」

レーグは面食らったような表情で叫んだ。波動砲が無理矢理歪曲されたのだから、通常砲撃レベルで歪曲されない筈がない。〈ファランクス〉の砲弾は瞬く間に逸らされていった。
  しかし、歪曲させるにも限界がある。遠距離からでは直撃させるのも難しいが、近距離で砲撃すれば直撃させるのは簡単だ。幸いにして地球艦隊は全速で進んでいる状態である。
スタッカートは臆せずにそのままの前進を命じる。SUS艦隊はやっとの事で方向転換を終えていた。が、陣形は崩れた状態であり、左右両翼も転進して地球艦隊を再包囲しようとするも時間がかかってしまい、さらには妨害の巻き添えを食って命中打を出せていない。
  SUSにとって、空間歪曲波の影響はあくまで射撃システム類のみだ。ビームが歪曲しないだけマシと言えた。だが妨害工作艦は最後まで粘るものの、結局は撃沈されてしまう。
〈ファランクス〉の砲撃が当たる頃になってから、急接近した駆逐艦隊と巡洋艦隊の砲撃も命中弾を幾つか叩きだし、SUS艦を跡形もなく吹き飛ばしたのである。

「〈ファランクス〉が、敵艦を撃破しました!」
「次元航行部隊、次元転移を開始。離脱します!」
「よろしい、全艦このまま全速で離脱するぞ!」

これで、相手は波動砲を防ぐ手立てを失った。かといって、自分らも波動砲の発射体制に入るつもりはなく、むしろこのまま離脱を計る方が遥かに良い選択であった……が。





「後続艦の戦艦〈ブルターニュ〉に再び被弾! 機関部をやられた様です!!」
「何だと!?」

  マルセフに代わりコレムが叫んだ。艦橋内にいる殆どの者が、その損傷報告を聞いて唖然としていた。フェイト、シャリオも艦船専門でないとはいえ、嫌な予感がよぎった。
SUSは態勢を崩しつつも効果的な一発を〈ブルターニュ〉に見舞っていた。機関部に被弾したという事は、速度の低下を招かざるを得ないに加え、最悪の場合はワープも不可能。
これでは、SUSを引き離す事さえ出来ないのだ。何故こうもタイミングの悪い時に被弾するのか。マルセフはSUSを恨めしく思うものの、思考をすぐさま切り替えた。

「本艦を最後尾に着け、〈ブルターニュ〉を先行させよ! 駆逐艦と巡洋艦も同行して、先に第一小惑星帯へ突入! 残る戦艦は反転し後退しつつ小惑星帯へ潜り込むぞ!!」
「司令、艦載機隊を発進させますか?」
「参謀長、それは無理だ。ここで余計に損害を出してはならん」
「では、〈F・ガジェット〉にて、引き続き蹂躙を?」

それでいこう。マルセフはラーダーの提案を受け入れ、通信機を使って再び〈F・ガジェット〉に攻撃命令を下した。残るは一〇〇機を切って八二機あまり。
  だが、使わないよりは良い。〈シヴァ〉〈ヘルゴラント〉〈イェロギオフ・アヴェロフ〉の三隻は後退する僚艦の最後尾に付くと同時に、反転して砲撃を続行した。
相手に後ろを見せ続けては、〈ブルターニュ〉と同じくエンジンを狙われて力を半減させられる可能性があったためだ。
そうさせぬためにも、艦首をSUS艦隊へ向けておかねばならない。後退速度は遅くなるが、その不利を〈F・ガジェット〉達が微力ながらカバーしている。
後は、このまま小惑星帯へと向かい、一時的にでもやり過ごさねばならなかった。

「地球艦隊、戦艦三隻を残し小惑星帯へと後退します」
「今度は地球艦隊も、遠慮なしに超兵器を使用する可能性が高い。無闇に固まってはならん。全艦、敵との距離を取りつつ、陣形を広げて的を絞らせるな!」
「しかし、それでは各個撃破を……!」
「纏まって心中でもしたいのかね? そうなりたくなければ、速やかに部隊ごとに散開せよ!」

  ディゲルの判断は決して間違ってはいなかった。だが地球艦隊にしても、SUS艦隊が簡単に波動砲を撃たせてはくれない事を悟っている。
この警戒心による食い違いによって、両者は砲撃を延々と続ける形となってしまった。SUS艦隊は艦数を今だ六二隻を保持していた。
ディゲルも陣形を崩されぬよう重度の損傷した戦艦には後退させるように指示していた。これで損耗を軽くしようしたのだ。
邪魔な〈F・ガジェット〉に対しては、〈ムルーク〉の艦載機と艦隊の火力により排除しつつ、目の前で劣勢を強いられている地球戦艦三隻をじわじわと痛めつけていった。
  三隻が小惑星帯に紛れ込むまでに、各艦は相当な損傷を負っていた。〈ヘルゴラント〉は一二発ものビーム砲をくらいつつも健在で、いまだに砲塔はSUS艦へ向けられる。
〈イェロギオフ・アヴェロフ〉も同様に一三ヶ所余りに被弾していたが、戦闘力は完全に損なわれていないものの、被弾の影響で第二砲塔が損傷して使用不能になっていた。

「左舷後部甲板に被弾するも、第一装甲板ではじきました!」
『こちら第四艦橋! 探査レーダー及び魚雷発射管に被弾しました!』

〈シヴァ〉はやや先頭に立っていたがため、特に砲火を受けていたと言える。波動防壁(タキオン・フィールド)と装甲板が威力を発揮して、艦体自体のダメージはまだまだ軽い。
  とは言うものの、兵装へのダメージに関しては徐々に蓄積されつつあった。既に第四砲塔は砲撃不可能であり、第三砲塔もターレットが故障してしまい旋回出来ない。
対艦ミサイル発射管も多数が発射不可能となっていた。それでもなお平然だ。時折、被弾する影響で艦内が揺れる中、フェイトとシャリオは頑丈さに舌を巻く。
かつて乗艦していたアースラでも、ここまで激しい戦闘を体験した事が無いのだから、当然の反応でもある。
  揺れでふら付く二人の肩に手を添えるようにして、ラーダーが支える。フェイトがラーダーを振り返ると、彼も相当に冷や汗をかいている様なのがわかる。
だが、決して諦めの言葉は口にせず、最後まで戦うつもりのようだ。そして、奮闘する地球艦隊を傍観する者達の姿に、地球艦隊の者達が気づく事は無かった。



〜〜あとがき〜〜
どうも、第三惑星人です。
前回に引き続いて戦闘シーンですが……案の定、二話分で完結できませんでした(涙)。
この調子ですと、恐らく次の話では戦闘シーンを終結できるかと思います(寧ろしなければならない)。
それと、先日にこの様な書き込みがありました。

[四二]投稿日:二〇一一年〇六月一一日一七:一七:四四 通りすがり
にじふぁんにある「或る戦艦と艦長」と似た描写が所々に見受けられるのだけれど…

仰られる通り、「或る戦艦と艦長」と描写が被っていたりしていますが、私自身、決して故意に真似ているつもりはございません。
管理局という存在や、これとヤマトを混ぜ合わせる上で、当作者様と考えが重なり描写も重なる事もありますが、故意ではない事を繰り返し申し上げます。
今後も似たような描写があるかと思いますが、作者様方からも、この件については問題は無い、と仰って頂いております。
ですので、どうか誤解無きよう、ご理解を願います。
そして、この件に付きましては「或る戦艦と艦長」作者様にもご迷惑をおかけしまし事、深くお詫び申し上げます。

拍手リンク〜
[四一]投稿日:二〇一一年〇六月一〇日一八:四九:一四 柳太郎
更新感謝!
いつも楽しく拝見してます!!

>>書き込みに感謝です!
私の様な三流の文質ながら、楽しく読んで頂けてうれしく思います。
これからもよろしくお願いいたします!

[四三]投稿日:二〇一一年〇六月一六日一八:三〇:二一 EF一二 一
いきなり大ピンチですね。
それも管理局強硬派の猪突猛進でみすみす傷を広げる事に。
本局に帰れてもひと悶着ありそな予\感が。
もっとも、そうなると管理局側の恥の上塗りなんですけどね。
さて、増援は間に合いますか……?
なのはの懸念はもっともですが、無理矢理管理世界にされた世界は、むしろ地球連邦にシンパシーを感じたとしても仕方ない事で、この問題が解決しても、管理局の前途は波高しですね。
>>四二様
私が『或る戦艦〜』の作者です。
私は問題なしと判断しております。

>>書き込みありがとうございます!
管理局の強硬派のお蔭で、何かと騒動が起こりそうな予感ですが、ここは取り敢えず戦闘を終結させねばw
それと、先ほども申し上げました通り、私の描写が原因で多読者様から誤解を招くような事になり、EF一二様にもご迷惑をお掛けしてしまって申し訳ありませんでした。

[四四]投稿日:二〇一一年〇六月一七日一一:三九:二二
三笠の、艦上後部主砲門数が、八門が六門になってますよw

>>ご指摘に感謝ですw



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