各次元世界は混沌としていた。広い範囲を治めていた時空管理局(A・B)の初の大敗北、SUSの出現、地球防衛軍(E・D・F)の出現。
これらは世界を揺るがすに十分な情報だ。混乱は以前にも増したようで、市民達の不安に伴う叫び声は管理局へとぶつけられている。
このままSUSに支配されるのか、管理局は一体どうしてしまったんだと……。管理局の報道部も対応に四苦八苦している状態だ。
  これ以上、市民に対してどう説得しろと言うのだろか。かと言って管理局自身が、もう駄目だ、と言おうものならお終いだ。
その様なお手上げ状態の管理局に、さらなる災厄が見舞われた。遂先ほどに発生した謎の次元震だ。最初は次元世界を壊すほどの物であったはずだ。
それが、崩壊するに至らない代わりに、広範囲に渡って時空の波が広がっている。

「もうたくさんだ、誰でもいいからこの情勢を打開させてくれ!」

そう叫ぶのは市民だけではない。管理局員の中にもポツポツと出始めていた。最強を誇ってきた管理局の神話像が崩されてから、管理局の方針に対して距離を置く世界も出る始末。
しかし、他管理世界に自分らの身を守る術など存在はしない。魔導師や次元航行艦が居ても、それらはもはや有効的な戦力として見られてはいないからだ。独立さえ不可能である。
  その様な危うい情勢が続く中で、自分の身よりも歴史の瞬間を収めようとする危険な輩も存在した。ミッドチルダに本部を置く、MT情報局がその例である。

「次元震の原因は未だに掴めてはいないのか!?」
「はい。管理局側も、一体なにがあったのかと調査している様子です」

MT情報局の社長、マーク・デミルは不機嫌であった。この情勢について、という事もあるだろうが、それよりも一番に気に食わないのは信憑性のある情報が入ってこない事だ。
情報だ、情報が欲しい! 彼は命よりも情報を得て、それを的確に選び抜き事実を公表する。そういう男であった。

「この非常事態の中、社長も中々に神経が太いですね」
「それは当然さ、ルーディ。記者たるもの、常に情報と追いかけっこして来たんだからな。それ相応の忍耐力が無ければ、記者などやってられんさ」

皮肉気味に言葉を放ったのは、優秀な記者であるルーディだ。彼は先日の管理局報道より日々情報収集のために駆けずり回っていたのだが、最重要情報は未だに手に入らなかった。
  もはやミッドチルダ内のネットワーク網では、状態の把握は出来なくなっていたのだ。管理局側も混乱の拡大を避けたいのであろう事が伺える。

「それにしても……管理局は、もはや駄目だろうな」
「? 突然、何を仰るんですか、社長」
「考えてもみたまえ。管理局は設立して一〇〇年を超えてはいるが、組織年数としては若く、組織体制は魔導師が優位的でもある。それでもって、質量兵器の撤廃を叫び、平和の安全を管理局のみで行おうというんだ。管理する世界も数百に上っている。これでは当然、カバーもしきれないだろうし、どこかで強大な国家との衝突も当然だ」

彼は管理局に対して良い目で見ていない。記者という立場にいると様々な情報を目にするものだが、彼も管理局の様々な情報を書き集める内に不審な目を向けるようになった。
非魔導師も大量に採用しているとはいえ、現場では魔導師しか見ることはない。さらに、数少ない魔導師を組織内部で奪い合っているようにも見える。
止めとばかりに上層部の潔癖さと頑迷さ…その結果が毎年毎年報道される殉職者の列ではないか!? だが異色な例も存在する。それが前地上責任者レジアスだ。
  彼は犠牲を減らすべく新たな装備や兵器の開発に熱心だったらしい。

「SUSが現れるまで、管理局は自らの不利な部分を不徹底なままにした。その結果がこれだ。自分らが最強と謳っていた結果がこれなんだ!」
「……社長の仰ることはご尤もです。質量兵器の撤廃が進んだおかげで、各世界も防御の術を魔導師に委ねなければなりませんからな」

潔癖ともいえる、管理局の実量兵器嫌い。これのせいで他の世界も大迷惑だった。魔導師のいる数が、その世界の防御戦力とも言える。
  その不足化を解消するための無人化兵器の導入などは、本当につい最近決定されたばかりだ。ここでもまた彼らは皮肉を言う。
まさか、無人兵器の導入きっかけが犯罪者たるスカリエッティだとはな。とルーディは変質を徹底しない管理局を批難する。
しかし、彼らの知り得ていない中で、管理局では徐々に組織体質の変化を行っていた。硬直化した思考を切り崩すのが、まさか外世界から来た地球艦隊によるものであろうとは……これもまた、皮肉なものであった。
  視点は変わり、時空管理局本局。ここでは先の次元震への状況報告で右往左往していた。

「いったい、どうなっているのだ!?」

その指令室に響き渡るのはキンガーの怒声であった。謎の次元震が発生してからというもの、詳しい原因は掴めずじまいであったのだ。
次元世界を破滅に導くかもしれなかった次元震が、何故こうも軽い程度で済まされたのだろうか……この疑問は、当初に指令室で指揮していたリンディも同様である。
  指令室に同室していたレティにしても、生まれて初めての経験だった。

「これは、自然に発生した次元震だと思うかね?」
「それはつまり……今回の次元震が人工的に引き起こされたものだと、仰るのですか?」

伝説の三提督もまた、この異常事態の知らせを受けて指令室へと足を運んでいた。その中でキールは、長年の感覚で持って人工的なものであるのではと予測を立てた。
その予測にリンディは内心で大いに驚かされる。世界をも破滅させるような次元震を、人工的に作り出せるのだろうか……。
  ふと、一〇年ほど前のP・T事件を頭の中をよぎった。プレシア・テスタロッサ……事件の当事者であり、フェイトの母。
彼女はアルハザードという世界を目指して、ジェルシードの確保をフェイトに命じていたのだが、その目的は亡くした実の娘であるアリシアを蘇らせるためでもあった。
アルハザードという世界は、別名〈忘れられた都〉とも呼ばれている。時間を操り死者さえ蘇らせることが出来る、誰もが夢みて誰もが到達できない伝説と言われる世界。
彼女はその世界へ赴くために強硬手段を執った。かき集めたジェルシードの力を使い、次元震を起こしてアルハザードへの空間をこじ開けようとしたのだ。
しかし、これは失敗に終わり、彼女は虚数空間という脱出不可能な空間へと落ち込んでいき、事件は幕を閉じている。あの時も無謀極まりない行動で次元空間を揺るがしたのだ。
  今回はそれを何百倍と膨らませたようなものであろうか……。

「……まさか、SUSが仕掛けた、という可能性はありませんか?」
「それが本当だとしたら、管理局は成す術はない」
「次元震そのものを武器に転用すると言うのですか? それは幾らなんでも無謀なことです!」

SUSの新兵器説を唱える者がいれば、それを否定する者もいる。リンディにしても、次元震を武器に代わって使用する事など、可能性としては少ないと見ている。
振動というのは、大概が円形状に波紋するように広がるものだ。運よく相手にぶつけたとしても、その強烈な衝撃波は自分達にも襲い掛かってきてしまい、結局は自滅する。
SUSが強大な敵であるとしても、自滅するような兵器を使う事はないのではないか? それを考えたとしても、一度浮き上がる不安は中々に消し去れないものであった。
  先の次元震が新兵器の実験行為だとしたらどうか? SUSは本局への攻撃を前にして、新兵器の使用を考えているのではないのか……これは案外あり得るかもしれない。
次元震の発生域周辺だけが強力な衝撃波を伴い、広範囲へは比較的微弱な次元震が広まる。自分らは遠く離れていれば、その影響力の少ない余波を受けるだけで済むだろう。

「この次元震が新兵器であるか、はたまた自然現象であるかは、実際に行って確かめねばなりますまい」
「確かめるとは言っても、次元震はまだ続いているのだぞ? それにSUSが迫る時期だ、むやみに艦船を差し向ける事は避けねばならん」
「その通りだ。この次元震では、艦船も思う様に航行は出来ない。通信機器も不備を生じる」

皆は判断に迷った。SUSが攻めてくるような時期でなければ、艦船を派遣するなりして調査を行わせるのだが、残念ながらそうもいかない。
今はSUSの来襲に備えて、戦力の拡充を重点的に行わなければならないのだ。地球防衛軍から譲り受けたシミュレーションを始めとして、意識改革が徐々に進みつつある。
  さらには技術革新も緩やかであるが、着実に進み始めていた。その技術革新とは、新たなる新型艦の考察である。
これは〈ファランクス〉副長のレーグを始めとして、管理局でも有数の技術者であるマリエル等が合同している。
管理局としても、いつまで従来の次元航行艦を使用し続ける訳にはいかない。そこで考えられたのが魔導師のデバイスが一体となって運用される小型快速艦であった。
艦載機というには大きく、かといって駆逐艦程に大型なものではない。一〇〇メートルもない大きさになる新型艦の計画。技術者の間では大分広がりつつある話だ。
  そしてこの計画の中心となった地球防衛軍軍人かつ技術者レーグと、管理局技術者マリエルもまた、後に名を馳せるような名コンビとして記憶に残される事となる。

「先の次元震の原因は判明していないのか?」
「はい。管理局の話では、次元震の中心部への調査に手間取っている様です」

マルセフは突然の警戒発令から三〇分が経過した頃に、管理局からの報告がないかを通信士のテラーに聞く。だが、返事は原因不明の一言。
ドックの内部かつ戦艦の中に居ただけに、周りの状況はよく分かってはいない。地球艦隊内部でも、次元震という現象を実際に受けて戸惑っていた。
  だが、次元震の威力がこの程度の物なのかと不審な感じも持っていた。それもそうだ。突然にリンディから警戒態勢を発令されて、艦隊乗組員達はその場に伏せたのである。
殆どが反射的な行動であった。このような事で助かるとは思えないが、人間は何かとその場に付せようとするものだ。中には何のことやらと棒立ちの者も多く見られたが……。

「ふむ……リンディ・ハラオウン提督へ繋げられるか?」
「少々お待ち下さい……でました!」

通信スクリーンに姿を現したリンディに、マルセフは敬礼の挨拶をしてから話に入る。それは勿論、次元震の事についてだった。

『残念ながら、先ほどの次元震に関して詳しい情報は入っていません。ですが、これが人工的なものだという可能性があります』
「人工的? その様な事が可能なのですか」
『はい。管理局が回収する、ロストロギアの力であれば、それも可能です』

人工的なものだという話が本当であるとすれば、これは一大事だ。彼は先ほどの局員達が推測したような、SUSの新兵器説が脳内をかすめていった。
  この推測が本当だとしたら、管理局本局はのみならず、あらゆる世界が防御の手立てを失う事になる。特に防衛戦力を有してはいない世界は、怯えるだけで何も出来ないのだ。
この次元震がデモンストレーションであれば、本番ではどれ程の威力を発揮するのか、想像もつかない。
彼はリンディと同様の不安感を抱えた。だが、彼らが不安を募らせるのとは一方に、次元震を引き起こした張本人達はといえば……。





「どうだ、周辺の状況は?」
「はい。次元震と呼ばれる現象が、今だに続いている模様です。ジェリク提督と〈アムルタート〉の観測では終息に丸一日は掛かるかと……」

  〈ヤマト〉の艦橋から身を移してた古代に、アダムス准将は現状を報告する。まさか転移した先でこんな事態になるとは、想像だにしていなかった。
次元震というもの体験した事も無い彼らにしてみれば、今の状態には唖然とするしかない。衝撃波の様な振動が、極めて広範囲に渡り広がっているのだ。
もしも次元転移付近に艦船などが居たら、跡形もなく吹き飛んでいたに違いない。

「付近に船舶が居なくて幸いでしたね、提督」
「あぁ。だが安心してもいられない。我々は直ぐに動かねばならないのだ」

そう、いつまでもこんなところで燻っていてはならない。一刻も早く移動して、地球艦隊が駐留する管理局へ接触を図らねばならないのだ。
SUSが彼らを襲うかもしれない時期なのだ、間に合わないなどというのは避けたい。幸いにして〈トレーダー〉の各部署からの報告は異常を認められなかった。
  今すぐにでも行動は可能である。しかし、この次元震が収まらぬ中を動けるかは分からない。
局員提督のジャルクから聞いた話によれば、次元震の発生する空間域は航行禁止にされるのが大概であるらしい。
でなければ、航行機能に重大な支障をきたす可能性があるためだ。無論、航行機能だけではない。通信機能はおろか転移さえも出来なくなる。
そのような危険空間の真っただ中に、彼らはいるのだ。ただ、次元震の中心部にいるという事もあり、自らが重大な被害を受けていた訳ではない。

「司令、大変です! 先に送り込んでいた通信ステーションが破損しました!」
「何!?」
「再起動や自己修復も不可能なのか?」

  オペレーターの報告にアダムスが驚く。先に送り込んでいた通信拠点の要である、通信ステーションがいきなり破損したとは、配慮ミスに他ならない。
古代も通信ステーションが再起動できるかを確認させるのだが、返事は良いものではなかった。
状態は極めて悪く、通信アンテナの殆どが破壊されており、本体部分にもかなりの歪みが確認されている。
  これでは本国との通信回線は確保が出来ないではないか! そこで、艦橋に来ていた副艦隊司令官の南部が、古代に判断を求めた。

「どうします、古代さん?」
「……仕方がない、早速だが、予備の通信ステーションを配置しておこう。修理が完了するまでここに留まる訳にはいかん」

〈トレーダー〉には、いざという時のための資材が倉庫から溢れんばかりに詰め込まれていた。主に戦闘艦の予備パーツだが、出撃直前にどこから聞きつけたか幾つもの企業が試供品と謳って物資を送りつけてきたのだ。
母艦内部には整備用のドックは勿論、部品製造ラインも備えており、損壊した部品の再生産も可能だ。しかし、それを待つまでの時間は惜しい。
ならば既存の物を使用した方が良い。破損した方を回収した後に、航行しながらそれを修理すればよいのだ。その方が効率が良い。
  古代は早速、アダムスを通じて予備通信ステーションの配備を命じた。

「了解しました。直ちに手配します」
「頼む」
「しかし、古代司令。この次元震の中を航行出来るでしょうか……?」

次元震内部での航行に多大な影響を及ぼすのではないかと意見を出したのは、分艦隊司令官の劉准将である。
もしも無理をして〈トレーダー〉を損傷させては元も子もないと言いたいのだろう、その慎重さの意見に古代はやんわりと受けて返す。

「劉提督の不安も最もだが、こればかりは進んでみなければ分からない。管理局の艦船では何かと危険視されているが、我々の艦船でどれ程に影響を受けずに済むかは、この空間内部を進まない事には分からないだろう。それに、今時間を駆けてはならないだ」
「わかりました」

  古代の答えに対して、劉は意義を唱える事も無くして引き下がった。この後に〈トレーダー〉内部の予備倉庫からは予備の通信ステーションが急いで引っ張り出された。
留めておくポイントを決めると、通信ステーションは次元空間へと射出される。その傍ら、待機させていた一隻の駆逐艦に破損した方の通信ステーションを回収させた。
作業は一時間足らずで済まされる。駆逐艦もドック内部へと係留させると、古代は〈トレーダー〉を前進させる前にジャルクらのいる区画へと艦内連絡を入れた。
  この次元空間内部の道案内は彼ら局員に掛かっているため、地球艦隊の乗組員も不安を取り除けてはいない。

『はい、ジャルクです』
「ジャルク提督、航路設定は如何ですか?」
『大丈夫です。太陽系からの次元転移でしたので、多少の不安はありましたが、航路の設定は完了しました』

彼の話では、本局の存在する次元区域まで掛かる時間は、次元震の影響を考慮して五日か六日というものだった。
因みに、ジャルクは一〇日前後だと言うが、これは地球の艦船であるからこそであって、管理局の艦船では倍以上は掛かるとされている。
管理局本局までの航路は選定出来た。後はこの荒れた空間内部を航行できるかであるが……。だからと言って通常の宇宙空間へ戻る訳にもいかない。
  いや、〈トレーダー〉は二回目の次元転移を行えないと言った方がよいだろう。

「やるしかない……准将、〈トレーダー〉を航路通りに進めてくれ」
「分かりました。第一から第四波動エンジン、出力上げ! 航行速度、第二戦速!!」
「ハッ! 第一から第四波動エンジン、出力上昇! 航行速度を第二戦速にあげます!!」

古代のやや無茶な命令を受け入れたアダムスに、部下たちも〈トレーダー〉を動かすために淡々と作業を行う。
二.五キロmの巨体に備え付けられている巨大な波動エンジン四基は、低出力から高出力へと圧力を上げ、機関班達もエンジンと付きっきりな状態で面倒をみやる。
搭載されている波動エンジンは、あの巨大移民船にも採用されたものと同規格のタイプだ。移民船の物では不安が残るのだが、実際に運用してもなんら支障は生じてはいなかった。
  その場に留まっていた巨体が徐々に動き出す。四基の巨大波動エンジンの力によって、次元空間内部を加速を付けて前進する。

「全波動エンジン出力安定、異常なし」
「次元震と思しき区域まで、あと一分……」
「整備班は待機、損傷した箇所の対応に備えよ! 残る者は対ショック態勢を取れ!!」

次元震と言われるくらいだ。〈トレーダー〉が揺さぶられる可能性は大いにある。アダムスは念を押すようにして、〈トレーダー〉の整備班や修理班に待機命令を出した。
ドーム型を形作る艦橋内部に設置されている、全周囲型メイン・スクリーンの一部には次元震を目に見てわかる様にモデル化がされていた。
  そして、そこへ突っ込んでいく〈トレーダー〉との距離が次第に縮んでいく。近づくにつれて皆に緊張が走る。まさか、次元震内部で粉々になるなんてことは……ないよな?
古代は皆には見せぬように、一人で不安に駆られていた。オペレーターが遂に秒読みを開始する。残るところ一〇秒を切った。
一秒づつ読み上げられる度に、彼の心臓の鼓動は早くなっていくような気がした。やがて……。

「……突入します!」

  そう言った瞬間、〈トレーダー〉の機影はモデル化された次元震へと重なる。途端、〈トレーダー〉は微弱な振動に襲われつつも右に傾き始めた。左から煽られているようだ。
他国家から見れば小規模要塞の〈トレーダー〉であるが、それでも二qを超える巨体なのだ。それが揺れ傾くとは……。
慌ただしくなる艦橋内部で、傾く艦体を制御させるべくアダムスは急ぎオペレーター達に命じた。

「右舷姿勢制御スラスター全開! 〈トレーダー〉を基準姿勢に戻すんだ!!」
「了解、右舷姿勢制御スラスター全開!」

押し流されそうになる巨体は、まるで悲鳴でも上げるかのように懸命になって姿勢を戻そうとする。だが次元の波は一方から迫る訳ではない。
  姿勢を元に戻す前に、また別の方向から艦体を押し流されてしまう。

「どうだ、各部署に異常はないか!?」
 
微弱な揺れと裏腹に傾く艦体。〈トレーダー〉自体は、これくらいなんともないであろう。しかし、中に乗っている人間にしてみれば、気持ちの悪い感じである。
死ぬような事はないが、この微妙な揺れが数日続くのかと考えると、頭が痛くなる思いだ。古代は異常がないかを報告させる。
  返ってくる返事は、どれも深刻なものではないが、このまま次元震の中心区にいるのは危険だ。いつ損傷が発生するか分からない。
そんな中で、強硬突破にてこの次元震を駆け抜ける他ないだろうと考える。

「准将、このまま長期に航行するのは危険だ。全速航行で突っ切れるか?」
「不可能ではありませんが……やるだけやってみましょう。全波動エンジン、フル出力を維持! 次元震中心区を抜けるまでだ!!」
「了解! 全波動エンジンの出力、最大をキープします!」

揺れの激しさが増す〈トレーダー〉内部では、収納している艦隊をしっかりと繋ぎ止めるなどして被害対策を講じている。
それでも艦隊乗組員らは、揺れの影響で艦を抑えているフックが外れてしまうのではないかと心配が絶えないようだった。

「次元震を乗り越えるのに、一日と言ったところか……」
「計算ではそうなるでしょう。それまでの時間が、酷く長いように思えますね」

南部がぽつりと呟くと、劉もまたこの揺れに耐えがたいと言いたい表情である。しかし、宇宙空間を長期期間の間に航行しているのに比べれば、遥かに短い時間の筈だ。
人間、やはり嫌いな事や苦手な事と向き合えば、時間は長く感じるものだ。連続する軌道修正の命令をするアダムスのみならず、直接に〈トレーダー〉を操る航行オペレーター達も激務に耐えねばならないような心境にある。
  だが、本当の激務がこの先に待ち受けているのも承知していた。二度目になるSUSとの戦闘。古代は再び、あの異次元人たちと戦う事に身を引き締めるのであった。





「そうか、本局は今だに原因を掴めていないか……」

  ミッドチルダ地上本部の幕僚長専用執務室で、マッカーシーは部下の前でいぶかしげな表情を作っていた。
報告にあった、謎の次元震発生は消息を掴めずじまいであることに落胆していたが、自分らが本局をどうこう言うような状況にはない。
彼ら地上部隊もまた、来たるべき迎撃戦に備えて戦力の増強を行っていたのだ。先日の会議にも公言した〈アインヘリアルU〉型の増産配備がそうである。
  活躍せずに幕を下ろした〈アインヘリヤル〉よりも性能を向上させている。特に威力や射程の強化が重点的にされた。
現在のところでは、ミッドチルダ郊外に計七基が配備されており、予定では一二基が増設される予定だ。残る五基も、急ぎ建造中であるのだが間に合うかと言えば難しい。
または〈アインヘリアルU〉の増設に合わせて、ガジェットシリーズの増産が急遽行われている状況だった。
  無人兵器ならではの配備数を実地する予定であり、ミッドチルダ防空部隊として〈F・ガジェット〉凡そ六〇〇機から八〇〇機程が目標である。
だが実際にはそこまで進んではいない。各世界からの資材供給率が低下した事に合わせて、〈アインヘリアルU〉型の増産配備により予算も底をついてしまうのでは、との噂だ。
それでもなお、マッカーシーは戦力増強の手を緩める事はなかった。予算がどうだという嘆きは、この戦いが終わってからでよかろう。彼はそう思っていた。

「本局のキンガーも、錯乱寸前ではないのか? SUSが迫る時期であるのに、こうも災難が重なるとはな」
「錯乱はしていないでしょうが、本局は対応するだけでも手一杯です。地球防衛軍の指導を仰いでいるとは聞きますが、どれ程に改善が出来るか……」
「出来るか、ではないな。しなければならない、のだ。さもなくば……」

  破滅あるのみ……とまでは言わなかった。が、傍に控えていたフーバーは彼の言わんとする事を察していた。それに、これは決して他人事ではない。
地上部隊だって本局の後を追って破滅する可能性が大いにあるのだ。どのみち次元航行部隊が一番最初にSUSと戦う羽目になる。
そして、次元航行部隊が破れれば、自分らにまず勝ち目はない。いや寧ろ、勝ち目など最初から無いと言ってよい。

「魔法防壁で防ぎきれるような相手ではない。せめて、ミッドチルダの衛星軌道上に防衛拠点があればな……」
「それはあちらの管轄でしょう? 最も、戦闘衛星の類を開発しなかった我々のオチでもあります」

フーバーの発言は辛いものだ。しかし、彼の言うとおりだ。管理局地上部隊は、地上そのものに戦力を配備してはいたが、衛星軌道上に防衛兵器を置く事など考慮したこともない。
惑星から足を離して宇宙空間へ出れば、それは次元航行部隊の管轄下に切り替わってしまうからだ。
それに、本局高官達は自分らの優位性を主張し、宇宙空間あるいは次元空間の行動圏を広げたのである。
  そして、その結果がこれだ。次元航行部隊に宇宙空間を任せっきりにするから、大気圏外で迎撃も叶わずに容易に上陸を許してしまうのだ。いや、今さら言って何になるのか?

「もしもSUSが、本局だけでなくミッドチルダにまで攻撃を開始して来たとなれば……我々に防ぐ手立てはない」
「如何いたしますか? ガジェットには大気圏外の行動能力はありますが、艦隊相手では……」
「足止めにはなるかもしれんが、撃退できないのでは無意味だ。もしもミッドチルダ首都圏上空に来られたら、魔導師達だけでは手の内用は無い。〈アインヘリアルU〉の効果もあるか分からんのだ。高町一等空尉でさえ対処出来んだろう」

エース・オブ・エースにより事が対処出来れば苦労はしない。それに本当の殺し合いをせねばならないのだ。彼女にそれが出来るのか、と考えれば無理であると即答するだろう。
相手の顔が見えなければ良いが、殺した相手の顔を見てしまってはトラウマになりかねない。最悪、魔導師としての活動が危ぶまれる。

「フーバー君、一刻も早い部隊編成を行ってくれ」
「全力を尽くします」

残された時間を無駄には出来ないとして、マッカーシーはフーバーに部隊の編成を急がせるように指示した。命令を受けたフーバーも、言われるまでもなく急いでいた。
  執務室を退室する彼は、急ぎ足で自分の作業場へと向かう。だが歩く度にその足取りは重くなるような気がした。
地球防衛軍と歩調を強めつつあるとは言っても、自分ら地上部隊は本格的な共同歩調を執り切れてはいない。
以前に派遣したグリフィス・ロウランの報告書から、防衛軍の内部組織(見た範囲の事でしかないが)の様子などを分析していた。そこから見るに、やはり決定的な違いがある。
  それは艦隊を形成するうえで、旗艦となる艦には幕僚を付けている事だ。ただし、現時点ではあくまで残存艦の集まりであるため、正式な参謀はラーダー少将くらいだという。
艦隊行動には必須の頭脳だ。司令官だけでは荷が重い事もあるかもしれないが、他の人間からの情報も司令官にとっては貴重な資源。
規模によっては参謀が付けられることはなく、旗艦の副長が参謀的存在となる事も多々あり、グリフィスが乗艦した〈ミカサ〉の目方がその例と言えた。

(地球防衛軍と同じ組織体系を形成するには、今しばらくの時間が必要だ。参謀という部署を最初から作らねばならん)

  フーバーはこの先が思いやられた。補佐官職ならまだしも、参謀職等というものは作ったことは無い。次元航行部隊でも、艦船の艦長が指揮を全て執っていた。
参謀という者はおらず、その殆どが艦長あるいは提督の考えのみだ。中には同乗させている執務官が助言したりもするが、それは稀な話だろう。
艦隊で行動するときも提督の判断に一任されており、それが判断に窮したりする場面が幾度か存在する。そして地上部隊でも参謀は存在していない。
あくまでも指揮官に補佐役がいるだけだ。

(それにしても、地球防衛軍式の組織体系が我々に合うか……。そのための専門分野をも、教えてもらわねばならんだろうな)

 無言で一人ごちるフーバーは、複雑化した思考を振り払う。今は目の前の事態に専念すべきだと思うが、今度は彼の脳裏にミッドチルダの最悪な情景が想像された。
以前のJS事件で発生した被害を遥かに上回る地上部隊施設の数々、そして魔導師達の屍によって累々と築き上げる歩道。無力にも破壊されていく市街地……あるいは市民達。
これまでにない地獄絵図を構成する情景に、彼の背筋に冷たいものが走った。その屍の中に、自分も含めてエースの高町 なのは、ヴォルケンリッターのシグナム、ヴィータ等もいるとしたら……そこまで考えた時、思わず拳を握りしめる。
  そうあってはならない。自分は管理局の人間として、ミッドチルダのみならず全市民の命を守らねばならぬ身として、戦い抜かねばならないのだ。
人生で最大な血塗られた戦いを覚悟しておく必要があるな……と、ここにきて彼は改まったのである。



〜〜あとがき〜〜
どうも、第三惑星人です!
暑い夏がもう少し続きそうですが、皆様はいかがお過ごしでしょうか?
長期休みを終えられる方も大勢いらっしゃるでしょうが、私もその一人であります(とは言ってもバイトで休める気はあまりしませんでしたがw)
熱中症なども油断できないでしょうが、みなさんも体調管理には気を付けてください。

さて、三九話が完成いたしましたが、今回は戦闘に入る事も無く、情勢の様子で終わった気がします(汗)。
書きながらも、原作ではどういう設定だったか、等と手を止めてしまう事がよくあるので困っていたり……あるいはネタが……(汗)。
次元震と呼ばれるものがどんな状態にある現象なのか、艦を揺らすような、嵐の様な現象なのかも分からず……特に管理局内部の組織情勢というのは良く分かっておらず、以前にも〈陸〉〈海〉の最高幕僚長なる役職を出しましたが、これは自衛隊を真似ていただけです。
本文の最後に書きました、参謀だの副官だのというのもいまいち掴み切れていないので困っています。
中には、常連の読者様から多くの推測情報や知識を頂きながら、書かせてもらっているのですが、不安は残ります。
他の皆様のなかでも、管理局の情勢などにお詳しい片がおられましたら、気軽にでも良いので教えてくださればと思います。

 それと余談?ですが、先日にアニソンおよび声優ランキングの番組がありました。
私が大好きな主題歌『宇宙戦艦ヤマト』は二位でした(その前では一位だったので、少し残念)が、今の人でもこの作品を愛する人がいる知ると、なんだか嬉しく思います。
因みに一位は『タッチ』でした。
そして声優ランキングでは、超人気声優さん九人が集まりつつ発表されましたが、堂々の一位は山寺さんでしたね。私も山寺さんは良い声優さんだと思います(一番の理由はヤマトの古代進役を、今は亡き富山敬さんから引き受けてくれていたことですね)。
まぁ、やはり亡くなられた声優さんはランキングンに出てきませんが、個人的に富山敬さんが一番好きでした。宇宙戦艦ヤマトの古代進役の他、ちびまるこちゃんのおじいちゃん役、ゲゲゲの鬼太郎の鼠男役、銀河英雄伝説のヤン・ウェンリー役、或いはディズニー系のバックスバニー役、洋画劇場の吹き替え等を演じておられ、中でも古代とヤンは私のお気に入りキャラでした。
 仕事一途なために健康を害されても無理をされていたようで、銀河英雄伝説のヤンが死亡する話を収録直後辺りに亡くなられたとか……本当に惜しい方だと、私は思います。
それに加え、最近では声優さんが亡くなられる話が多いようです。最近では、川上ともこさんが亡くなられ、その前には徳丸完さん(銀河英雄伝説のパエッタ役、ゲームではアイドルマスターの高木社長役で有名です)、郷里大輔さんも亡くなられております。しかも、最近では青野武さんまでもが、体調が思わしくないと伺っております。
 アニメ界でキャラに命を吹き込み、見ている視聴者の多くに感動や笑いを与えてくれていた彼らの活躍が見れないとなると、本当に寂しく思います……。今現在の若手声優さんにも、大先輩の後に続いて頑張って頂きたいです。
……っと、私事で長々と失礼しました。では、次回作の掲載まで、今しばらくお待ちください。


〜拍手リンク〜
[七〇]投稿日:二〇一一年〇八月一四日一四:二〇:二〇 試製橘花
要塞ごとど派手に転移!銀英伝のガイエスブルク要塞を思い出しますね。
しかし海の提督たちが真剣に生き残りをかけてシミュレーションに挑む姿は最初の管理局からは想像もできません。元々いた現実的な提督たちが相次ぐ敗北によって派閥として弱体化した強硬派よりも力をつけ、それが管理局全体の流れに変わったのかもしれませんね。
しかしSUSは惑星を制圧してることからも地上軍も存在するはず。管理局は地上戦に関して誰から教えを請えばいいのでしょうか?戦艦で軌道上から攻撃するのも効果はありますが、最終的に制圧するためには陸上戦力が必要ですから。先の戦闘に於いて魔導師がSUSの地上戦力に以下に無力化ということが分かってしまいましたしね。
長々と書いてしまい申し訳ありません。これからも楽しみにしております!

>>ご感想の書き込み、誠にありがとうございます!
要塞転移の描写はとある読者様に頂いたもので、私なりに少しだけ手を加えたようなものですが、良いシーンが出来ていると感謝しております。
しかし、ガイエスブルグ要塞は、単にワープですからまだよいかもしれませんね(汗)。あんなのがトレーダーと同じことしたら、とんでもないことがw
地上戦に関しては……何とかなる筈! と思いたいです。地上戦自体の描写も少し後になるかとは思いますが……血塗られているのは確実かとw

[七一]投稿日:二〇一一年〇八月一八日一八:三七:二五 ヤマシロ
すんなりと転移すると思ったら、まさかの強行手段……しかも、二段構えで。
ザイエン技術官の気持ちがよくわかりますね。
次回以降が楽しみです。
(ヤマトを見た時の各陣営の反応とか)

>>感想の書き込み、ありがとうございます!
転移に関しましては、真田さん仕込みでしょうねw もう、こうなったら魔法でも科学でもなんでも来い!(真田さんなら出来る筈!)

[七二]投稿日:二〇一一年〇八月一九日一五:四:五四 EF一二 一
まだまだ予断を許さない状況の中、ついにトレーダーとヤマトが動き始めましたね。
元来直情型の古代はいつまでトレーダーでおとなしくしていられるのか?
当然ここぞと言う時はヤマトで討って出るのでしょう。
そしたら、ヤマトを見た地球防衛軍の軍人達は涙に暮れてしまうかも(笑)

>>毎回の書き込み、ありがとうございます!
古代は常に前に立つ熱血漢でしたから、恐らくは今回も……ヤマト無双が始まるかもしれません(それだとシヴァの影が薄くなるw)。
防衛軍からすれば、陣頭に立つヤマトに鼓舞される可能性はありますね。数倍相手にも粘り強くなりそう……かも?



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