いつもと変わらぬ次元空間に構えるSUSの巨大要塞〈ケラベローズ〉。次元空間内部の拠点であるこの建造物は、どこかいつもと違った様子であった。
特に慌ただしいのは艦艇ドックだ。収容艦艇数凡そ一八〇〇隻分を有しており、SUS第二艦隊の全艦艇を収容できる規模であるが、それを埋めるほどの艦艇数は無い。
本局攻防で生じた損害が、いまだに響いているのだ。現時点においてSUSは総艦艇数凡そ一三〇〇隻、六個戦隊分の兵力を有していた。
  だがこれでも足りない。傷ついた艦艇も大方は修理が完了しているものの、数を増やすのは容易ではなかったのである。
資材は豊富に回ってきているのだが、肝心の人材が枯渇している状況にあった。前回の戦闘であまりにも死傷者を出し過ぎた。
そのことは今でも悔やんでも悔やみきれない事だ。司令官のディゲルも深く反省し、次なる行動を目指している。

「本国からの増援は?」
「ハッ。総司令部より、三日後には兵員六三〇〇人を派遣させるとのことです」
「たったの六三〇〇人か……」

  ベルガーを始めとした、会議室に顔を並べている高官の軍人達は難しい表情を作っていた。派遣される兵員が六三〇〇人では、失った人員を補充するのには全く足りなかった。
次元空間へ進出して来た当時では、艦隊勤務の兵員は凡そ一六万人弱、陸上兵員が凡そ四万人、要塞兵員が凡そ六万人、計二六万人の人員を確保していた。
艦隊は先の戦闘で多大な損失を出し上に、およそ五万四〇〇〇人を失ったことになる。艦隊兵員の三分の一を失い、それでもって補充されるのが六三〇〇人あまり。
  これを戦艦に分譲させた場合、戦艦七〇隻前後に留まる事となる。一個分隊の戦力が加算されたところで、全体としての戦力から見ると僅かなものでしかなかった。
それでも文句を言える立場にはない。他宙域、多次元世界に侵攻するSUSとしては、これが精一杯であった。
総司令部曰く、他戦線で余裕が持て次第、兵力を回すとのことである。
当時の目論みを大きく外されてしまったSUSは、後に来る増援を待つばかりである。戦力差で優位に立っているとはいえ、下手に攻め入れば痛手を被るのも十分あり得た。
  とはいえ、SUSは艦隊と陸上部隊をただ再建させるばかりではない。先日以来、建造途中にあった超巨大戦闘母艦〈ノア〉級が完成の日を見たのである。
全長二キロという巨大さは、戦闘艦の部類では類を見ない大きさを誇った。機動要塞とも言えるこの〈ノア〉級一番艦は、既に試験航海を終えている。
それに負けたとはいえ、あくまでも局地的な敗北に過ぎない。彼らが戦力を整え次第、再度の再構成に転じる計画も既に立案され、時間を待つだけだ。
  加えて、〈ガズナ〉級や空間歪曲波発生装置搭載艦も僅かながら数を揃えている。次の攻勢こそが、時空管理局、そして地球、エトス、フリーデ、ベルデルの最期となる。
果たして、本当にそうだろか? そのように注意深く思うのは、ベルガーであった。彼は最前線に出ていないとはいえ、状況の掴めない軍人ではない。
時空管理局ら連合軍の総戦力は、概算で一三〇〇隻余りという結果が出た。その内で動員できるのは凡そ八〇〇隻前後が限度ではないか……あくまで推測にしか過ぎないが。

「管理局の戦力は大して問題にはならない。あの広範囲破壊兵器さえ除けば、存在しないに等しい」
「総司令の仰るとおりでしょう。奴らの戦力構成比からして、半数は管理局の艦船が占めている筈です」
「では、残る半数の方が厄介でしょう」

  情報参謀のマッケン少将が、情報網を駆使して戦力比を分析していた。彼の情報処理は間違っていない。連合軍の半数は管理局の艦艇が占めているのだ。
それよりも重要なのが、地球艦隊を中心にした四か国艦隊だ。そう発言するのは、第二戦隊司令のゲーリン少将だった。地球艦の有する破壊兵器は特に危険であった。
そこでSUSの情報部は侵攻した際のシュミレート実地した。彼らが歪曲波や〈ガズナ〉を戦線投入し、全兵力をつぎ込んだとした場合……最悪の数値を吐き出した。
戦闘が終結した時に残されているであろうSUS艦隊は、一三〇〇隻中、凡そ九〇〇隻を損失するであろうというのだ。
  対して相手戦力は一二〇〇隻凡そ中一〇〇〇隻を損失する。この計算には管理局攻防戦等もデータとして入っており、この結果には顔を青ざめざるをえない。
相手を撃滅できないどころか、自分らは七割以上を失うというのだ。余りにも痛い損失である。これでもしもSUSが、拠点防衛の戦力を僅かに残したまま戦闘に突入するとなれば、全滅も十分にあり得る。
  もしもそこまでの損害を負ってしまえば、もはや侵攻どころの話ではない。SUSは次元空間での戦闘と断念せざるを得なくなり、全面撤退という可能性もあった。
そうなっては元も子もない。もしも半壊、いや、全滅に至るにしても、敵を完全に潰すことが必要最低限である。ミッドチルダさえ落とせれば……。

「できれば、相手の戦力を分散できれば良いのですが……」
「簡単な事だ、我が方の戦力を各拠点に振り分ければよかろう?」

  苦悩している高官に対して、楽観的な意見を述べたのは第七戦隊司令官のルヴェル少将だった。第二艦隊の司令官達の中で尤も豪胆かつ迫力のある軍人だった。
だが彼は前線には出してもらえてはいない。本来ならば自分こそが行くべきだったのだ、とひたすら愚痴を溢していたという話もある。
デイゲルはこの豪胆かつ攻勢に定評のあるルヴェルを出しておくべきだった、と後悔はしていた。彼がいれば、あの地球連合艦隊も叩き潰せたかもしれない。
  逆に考えると、彼が無傷なままと言うのはプラスでもあった。彼の指揮する艦隊は、他艦隊よりも戦闘意欲が旺盛で、それこそ指揮官の意志が反映されているといえよう。

「何を言うか、それでは我が方が戦力分散に陥るのではないか?」

ゲーリンも思わず大胆すぎる発案に待ったをかけた。しかし、当のルヴェルはそれを跳ね除ける。

「良く考えてもみろ。敵が脅威なのは、あくまで地球人どもだ。他の艦隊は、同等またはそれ以下……」
「何が言いたい?」

含みのある笑みを浮かべるルヴェルに対して、ディゲルが問いかける。

「地球艦隊が管理局のすべてを守っている訳ではない。奴らの兵力は数が少なく、それをさらに分散させては不利になるばかりだ」

  彼は、防衛軍が張り付いているであろう空間を敢えて避け、彼らのいない拠点を襲撃しようというのだ。つまり、最初の計画を続行させるようなものだった。
管理局の拠点、五個を潰し済みだ。残る拠点に襲撃を掛けて、最弱の管理局の艦隊を片っ端から叩いていこうという。弱いところから叩け、だ。
本命のいる第二拠点は除くとして、これで他の拠点を潰したとなれば、相手の総戦力は七〇〇隻から八〇〇隻には減じる筈。ここで一気に勝負をかけるのだ。
二倍以上の兵力で、相手の破壊兵器を封じた上で総攻撃を仕掛ければおのずと勝利は自分らのものとなる。何を恐れる必要があろうか!

「貴官の言う事にも一理ある……だが、相手がそれを読んでいたらどうするのだ?」

そう問いかけたのはベルガーだ。ルヴェルの言う事に否定はしなかったものの、それが有効的なものであるという可能性は小さかった。
  彼の推測では、地球艦隊がルヴェルの分進攻撃を予め読んでおり、艦隊戦力や兵員等を引き揚げていたら? SUSは無人の拠点に無駄なエネルギーを浪費することになる。
戦力が消耗しないだけ良しとすべきかもしれないが、それを逆手に取られて各個撃破される可能性も否定できない。彼は、酷く慎重になっていた。

「総司令のご心配されるのも尤もです。しかし、これらの拠点を放っておくのも危険かと……。現在の総本山を叩いたとしても、奴らは再び無傷の拠点へと移る筈です」

逃げ道を叩いておくことで、地球連合軍の行動範囲を限定的にしようというものであった。拠点を失えば、艦隊は整備も補給を行うことすら叶わない身になる。
そうなれば、相手は必然的に全面攻勢に出ざるを得ない筈だ。ジリジリと消耗を続けるよりも、決戦を行って勝つしかない。SUSはそれを待てばいい。

「敵が決戦に出ざるを得ない状況に追い込む、か……」
「さようです。しかしながら別に待つ必要もありません。こちらから攻め入り、全力を持って叩き潰せばよいだけの事」

  簡単に言ってくれるものだな。ディゲルは内心でルヴェルを侮蔑した。どの道、我らも全兵力を投入しなければ、勝ち目はないという事になろう。
彼はいまだに地球艦隊と交戦したことがない。だからこそ、この様な発言も可能なのであろう。現実を見た時にどう反応するか、狼狽ぶりが目に見える。
それに未確認ながらも、地球艦隊が援軍として送り込んだ兵力に小型要塞が報告されている。防衛軍にしてみれば、これが要的な存在にもなるはずだ。
要塞も同時に潰しておく事も必要となる。全く、当初の予定でこれ程までに予定が遅れるなど、予想だにしていなかったものだが……。

「どの道、遅かれ早かれ敵が先に動くはずです」
「その根拠は?」

  そう発言したのは、第八戦隊司令官レイオス少将だ。根拠してあげたのは、言うまでもなく戦力の回復力の差だという。
防衛軍は次元空間内部へ艦隊を派遣しているようだが、あの一件以来に援軍を送る気配はなかった。地球では戦争から明けたばかりで、増援を送り込むほどの余力はない。
ましてや大国たるボラー連邦の存在があるが、それもガルマン帝国と戦争状態には変わりはないだろう。
  それとは別に、エトス、フリーデ、ベルデルに関しても、同じような状況だ。地球とSUSとの戦闘で激しく消耗している。自分らの星系を守るので手一杯の筈だ。
となれば、彼らは兵器生産は出来たとしても、人員の埋め合わせはどうあがいても不可能と言う結論に達する。かたや管理局は別の事情がある。
人材の確保は可能だ。とはいえ、この初の戦争と言う時代に、新たな人員を確保することは極めて困難だろう。何せ、本気の殺し合いなのだから。
  自分らはといえば、実を言えば似たような状況にある。しかし、相手がこちらの事情を知るわけが無い。見えぬ恐怖に、焦りを生み出して判断を誤らせる。
ともなればレイオスの言う通り、相手が焦って先に行動を起こすことだろう。何せ、こちらの位置を知られている可能性も高いのだ。

「奴らは我が方の位置を知っている筈です。あの用心深いエトスの指揮官であれば、抜かりなくここを記録している筈……」
「では、どうする? 奴らがここへ来るまで待つのか?」

すかさずルヴェルが食い掛かる。彼を勇猛と呼ぶならば、レイオスは正反対の知将と呼ばれる存在だ。この異なる性格が逆に、彼らを異色のコンビたらしめていた。

「そうではない。ある程度、時期を早めてもらうのだ」

  彼が言うには、連合軍をおびき出すために、他拠点の一つか二つを攻め落とすだけだ。何だそれは、俺が言った事と変わらぬではないか。他の幕僚や高官も頷く。
しかし、本当の狙いは相手をおびき出すこと。拠点を潰していくことで、地球連合軍とは別に、他世界の住民達へ心理的・精神的な圧力をかけるという。
失っていく拠点を前にして、住民たちが安堵する筈がない。必ず迎撃しろ、戦うべし、等と言うクレームが殺到するに違いないのだ。
ましてや連合軍は先日の戦闘で勝利している。この場合は、相手にとってマイナスに働く。管理局では対抗できなかったSUSに対し、勝利に貢献した地球艦隊の存在は大きい。
  必ず勝ってくると信じて疑わないだろう。地球艦隊にとって、己たちの勝利という事実によって住民から迫られてしまう。これに背くことは出来ないはずだ。
そこまで聞いた時、ベルガーはレイオスの言わんとすることは理解できた。成程、住民に圧力をかけて、連合軍の奴らを無理やりに動かそうというのか。

「人間共に心理的打撃を与える、か。悪くないな」
「しかし、おびき出すにしても時期はまだ早いのでは? 本国からの増援を待ってからでも間に合います」

マッケン参謀がそう付け加える。幸いにして、もう数日もすれば他の次元世界での戦闘が終結する。それらを送ってもらい、充実した戦力で臨む方が良いだろう。
今回の会議はこの方針が仮可決とされ、それに沿って計画が進められることとなる。





  時空管理局第二拠点、近隣には警備に付いている次元航行艦船や、出入りする輸送船の警護を行う、外世界――エトスらの艦隊の姿が見える。
次の来たるべき決戦に備えて、管理局も防衛軍も戦力の増強に余念がないのだ。ひたすら資材を運び込み、部品の生産や艦船の建造を行っている。
  だがそんな中で、二つの小さな影が次元空間内部を飛び回っていた。片方は防衛軍の主力戦闘機コスモパルサー、残る方は管理局の新型戦闘艇〈デバイス〉級だ。
互いが互いを捕えようと必死に動き回る。今までにない、管理局の新兵器を前にして、相手を務める名パイロットの坂本少佐は、苛立ちを覚えていた。
 
「なんて性能だ」

思わず毒づいてしまう。旋回角度二一〇……二四〇……二七〇……宙返りの要領で相手の背後を取ろうとするが、相手はピタリとこちらに追随してくるではないか。
  事の発端は遂二日ほど前にマルセフから直接、管理局の新型機と摸擬空戦して欲しい、と言われた事である。その時の彼は、模擬戦でも素直に喜んでいた。
この申し出の裏には、管理局に肩入れしているレーグの存在があった。彼ともう一人マリエルから、マルセフを通じて坂本の下へ伝わったという訳だ。
坂本は管理局の新型機を相手にするという事で、久々の高揚感に浸りつつも第二拠点へ愛機と共に向かった。直接の相手を確かめるためでもあるが、模擬戦がそこで行われる。
  いったいどのような相手なのか、いざドック内部に係留されている〈デバイス〉級を確かめに行った。そして、彼の高揚した気持ちは直ぐに急降下した。

「戦闘機? 馬鹿な、こんなものが艦載機とやりあうのか?」

彼は目の前の馬鹿げた大きさに呆れた。無理もないであろう、〈デバイス〉は全長五〇メートルもある戦闘艇だ。近接格闘戦(ドッグ・ファイト)で簡単に終わるな、と馬鹿にしたものだった。

「どうしました、坂本少佐」
「あぁ、レーグ少佐……」

〈デバイス〉を前に落胆した表情をする坂本に、レーグが声をかけた。彼は先日のスリーパー事件に際して、負傷した身であった。
が、そこは機械人、丈夫さは伊達ではない。負傷した個所を修理し、動作不良だった左腕も直ぐに回復した。問題だったとすれば、それはマリエルの方であろう。
彼女は騒動の被害者となり、負傷したのだ。身体に数か所の打撲を負ったものの、内臓に致命的な怪我はなかった。もう直ぐで退院できるだろうとのことである。

「新型機と言うくらいですから、もっと小さいかと思ったのですが……あまりにもでかい」
「まぁ、貴方が不振がるのも無理はないでしょう。しかし、これは見た目で決めることは出来ないですよ」

本当にそんなものなのかね、と口には出さない。手合せをしていないから何とも言えないが、こんなものが戦闘機相手で大丈夫なのだろうか?
  どうせなら巡洋艦か駆逐艦を相手にした方が丁度良いだろうに。彼は己の腕に自信を持っており、それも実力も伊達ではない。だからこそ言えた。
そんなことを思っていると、今度は別の二人が現れた。茶髪のショートへアに、金髪のロングヘアーの若い女性だ。そうだ、八神 はやてとフェイト・T・ハラオウンだ。

「来ていただいて、ありがとうございます。坂本少佐」
「こちらこそ、新型機の初の模擬相手を務めさせていただけて光栄です」

敬礼で挨拶する二人。傍にいたフェイトも、坂本に挨拶をする。彼にとっては久々に見る顔だ。以前ではマルセフやコレムの護衛で付き添った際に、フェイトを目撃している。
  その時はまだ信頼できるような状況ではなかったため、憮然とした態度で接していた。それも今は和らげており、その後もマルセフ直々のレクチャーとやらで、〈コスモパルサー〉の運用や実際に飛んでみたりと、何かと世話をしたことのある経緯がある。

「新型機と聞いていましたが……大丈夫ですか?」
「問題ありませんよ。存分に戦ってください」

ニコリ、と笑顔を向けながらもそう言うはやて。はて、この笑顔からして相当な自信があるようだ。しかし生憎と、坂本も相当な腕を持っているのを自負している。
  そこでハッタリと言う訳でもないが、一つ仕掛けてみた。

「分かりました。しかし、短時間で終わらぬことを期待していますよ」
「私も期待してますよ。因みに、模擬相手は……」
「私がお相手します、坂本少佐」

そう言ったのはフェイトだった。彼女はやや覇気を込めたような、絶対に負けてやらないぞと言わんばかりの雰囲気である。坂本もこれには驚く。
無論、その覇気にではなく、相手が彼女であるということだ。成程、艦載機の知識等も得ている彼女ならば、適任であるかもしれない。
  だが艦載機の操縦歴が二〇年近い自分に比べて、フェイトは殆どないに等しい。かと言って手を抜くことは逆に失礼であろう。心内でそう呟いた。
艦載機とはどれ程に過酷なものであるか、その身体と目にしっかりと覚えさせておこう。やや楽観かつ気を引き締めながら、模擬戦に挑んだが……。

これでは話が違う!


  同じ艦載機、或いは戦闘艇とはいえ、〈コスモパルサー〉に比べて大きさで三倍、重さで三〇倍もの巨体だ。どうして、そんな機動ができるのだ!
いざ相手を務めてから初めて実感できた。こいつは、単なるでかい戦闘艇ではない。〈コスモパルサー〉にも並ぶ速度を出し、ましてや機動力も同等のレベルにある。

「っ! 後ろか」

不意に背後から殺気を感じ、彼はフットバーを蹴り飛ばして機体を横滑りさせる。さらに操縦桿を倒し、錐揉み降下へ移った。
その直後、さきの位置――そして横滑りした位置に陽電子衝撃砲(ショック・カノン)の光芒と、パルスレーザーの奔流が駆け抜けていく。
  危ない、気を抜いていないのだが、何なのだアレは! 自分の本気に対抗し、撃墜しようと迫って来る様子には、さすがの彼も恐れ入ったようだ。

「冗談じゃない、戦艦かアイツは!」

そう、火力から見れば防衛軍戦闘艦――それも駆逐艦に相当する火箭を坂本機に浴びせてきたのだ。問題なのは、その“駆逐艦”とも見える〈デバイス02〉が、〈コスモパルサー〉を追いかけ回す運動能力を持ち合わせているという事だろう。
素人の操縦には思えない。これが、デバイスと連携する魔導師の実力なのか。あるいは、優秀な魔導師である彼女だからこそなのかは分からない。
  如何な、彼女を怒らせたかもしれん。今更になって、自分の軽率な発言に後悔する。だが、だからこそ、ここまで本気に向かって来ているのかもしれないが……。

「距離が離れた。となれば……来たか!」

機銃掃射のために接近してきていた〈デバイス02〉だが、突然距離を保ち始めた。それから推測できる事、それはミサイル攻撃に切り替えようというのだろう。
案の定、その予測は的中する。〈デバイス02〉が次々とミサイルを坂本機に打ち込んでくる。勿論のことだが、これは実弾ではない。魔力弾で構成された特殊弾道だ。
管理局では模擬ミサイルなるものがない。しかし、魔導師は魔法弾を調整することが出来、さらには目標目がけてホーミングすることも可能だ。
  ただし、すべての魔法術でホーミングができるわけではない。大半は直線を行く射撃魔法等がおおいものだ。坂本は、そのミサイルを紙一重で避けながら後ろに付いた。

「まったく、現実味のある模擬ミサイルだな」

そう言いながら、トリガーを引いた。機首からパルスレーザーが放たれ、それは見事にミサイルを撃墜していく。この撃墜のために時間を掛けてしまうことになり、対する相手はミサイル回避に負われる坂本に、攻撃の照準を合わせる事が出来ている筈だ。
そのような事は彼でも予測が出来る。しかしだ、それを見過ごすほどに甘くは無いのだ。

「考えることは丸わかりだ、テスタロッサ一尉!」

  相手は後方やや上方に食いついている。彼は操縦桿を手前に素早く引き倒し、同時に急制動ノズルを全開にした。機体は速度を急速に落としつつも急速上下反転した。
フェイトは相棒〈バルディッシュ〉の予測計算に従い、ショック・カノンの照準を定めて発射した。が、坂本の行動に後れて、弾道はいる筈のない空間を虚しく通過する。
この坂本のフェイントにより、初撃を避けられる。彼はすかさずエンジンを全開にして、〈デバイス02〉の真正面から懐に飛び込んでいった。
見事なフェイントによって狂わされ、慌てたフェイトはパルスレーザーを撃ち放つ――が、もう遅い。

「喰らえ!」

〈コスモパルサー〉の機銃が、〈デバイス02〉の機体に叩きつけられた。






「見事なものですな、総司令」
「うむ。管理局も大そうな代物を完成させたようだ」

  二機の奮戦ぶりを眺めるのは、〈トレーダー〉にいるコレムとマルセフだ。この様子は画像でキッチリ見られており、そのドッグ・ファイトに感心していた。
今までは個人戦闘力以外に強みが少なかった管理局だったが、これは大きな進歩と言える。それでも、陰ながら防衛軍の援助があったお陰でもあるのだが。

「あの坂本少佐がここまで苦戦するとは、想像以上の性能ですね」
「彼は〈ヤマト〉の飛行隊に所属していたと聞く。腕もエース級の持ち主だが、この苦戦模様は予想外だ」

そうだ、精鋭ぞろいの〈ヤマト〉艦載機隊のエースだった。今もその実力は劣る気配はない。そして相手であるフェイト、彼女の飛行歴は一ヶ月もない。
  であるにも関わらず、この互角の戦闘を繰り広げているのだ。これは彼女の腕が予想を上回るものなのか、才能があるのか、機体自体の性能が良いのか……。
考えればきりがないであろう。だが彼女の場合はどれも当てはまる気がする。事実、マルセフの直接の教えを坦々と吸収していったのだ。
その成長ぶりは末恐ろしい程で、ますます期待の星という存在に近づきつつあった。コレムも、この模擬戦で確信する。管理局は変わりつつあるのだと。

「問題は、あの戦闘艇がどれ程までに確保できるか、でしょうが……」
「副長の言うとおりだよ。あの高性能な艦艇は、最低でもAランク以上の魔導師でなければ、扱いこなせないというのだ」
「それはまた……」

  デメリットが大きいですな。コレムはそう思わざるを得ない。先日の騒動で、潜入したスリーパーがどうなったのか、彼もマルセフも耳にしている。
それを考えれば、納得せざるを得ない。人知を遥かの超えるような重圧を耐え抜くためにも、パイロット自身にもしっかりとした対策をしておくべきだという。
  しかし〈デバイス〉級は量産には向かないものの、質は遥かに良い兵器だ。これはまるで旧大日本帝国が作り出していた重武装駆逐艦のようなものだ。敵の数に対抗するため
砲撃力で五割増、必殺の雷撃で二倍以上という常識外れの性能を誇り、アメリカからも倍の数の駆逐艦と交換してでも欲しいと唸らせたほど。
とはいえ、戦争は質の優位を許さず、数と戦法によって押し潰されることになった。
  ここでふと思う。仮にではあるが、管理局と戦う場合、あの〈デバイス〉級を相手にするとしよう。間違いなく、地球艦隊は無傷では済まされない。
それどころか、あれが量産された暁には防空カバーを突破された挙句、一個艦隊を壊滅されかねないだろう。そこまで考えて、コレムはその思念を振り払う。
よそう、こんなことを考えるのは。防衛軍に対して理解力を示すリンディやレティ、後に中心となるであろう八神 はやて達がいるのだ。
このような最悪の展開など、天地がひっくり返りでもしなければ起きまい。キツイ冗談も程々にして、コレムは模擬戦の行く末を眺めつづけた。
  彼らの観戦を余所に、模擬戦真っ只中の本人は何度目かわからない驚愕の声を上げた。

「化物か、こいつは!」

彼の愛機に搭載された、自動判定システムが『相手機 損害なし』と表示したのだ。さしものこの判定に、思わず坂本は目を疑ってしまった。
一時はシステム・エラーかと思ったが、一撃離脱時に〈デバイス02〉をすれ違いざまに見た時、驚くべきものを見たのだ。

「電磁膜発生装置か! こいつまで、搭載されているのか……」

  これではパルスレーザー機銃が効かないのも頷ける。どんなにスピードが速く、運動性が優秀でもアレは駆逐艦として見るべきだろうな。厄介すぎる機体だ、本当にな……。
思わず、飛び立つ前に吐いたセリフに後悔した。外見で判断すべきではなかった。今更ではあるが、そうお思いつつも対処に専念する。
相手が駆逐艦と同一として、ならば自分の取るべき手は限られる。〈デバイス02〉に食い付かれぬよう、激しい機動を行いながらも必死で頭を回転させ策を練る。
  普通の搭乗員なら、慌てふためき自滅するのがオチであろう。その慌てふためきをせぬようになるまで、相当な技術的または精神的訓練が必要だ。

(幸い、対艦ミサイルは使ってない。問題は、もう一方のミサイルが三発しかないことか……)

恐らく装甲は施されていないと思うが、万が一もありえる……ならば! そう思い、スロットルを再度倒して速度を上げた。追って来る〈デバイス02〉を徐々に引き離す。
僅かながら最高速度だけは、コスモパルサーが上のようだ。彼は待った……そろそろセオリー通りに、ミサイルを撃ってくる筈だ。よし、今だ!
  坂本はタイミングを量り、〈デバイス02〉のミサイル発射と同時に機首スラスターを全開にして機体を失速させる。急制動を掛けられ、姿勢が前のめりになる坂本。
彼を追尾していた模擬ミサイルは追尾範囲を外れた。索敵プログラムを動かそうとするミサイルの僅かな隙を突き、急減速で相手機の腹に潜り込み近接でミサイルを発射する。
そのまま減速し続け、後方に逃れる動きを“偽装”する。

(かかったな!)

案の定〈デバイス02〉は、下方に備えられているパルスレーザーを旋回させる。無茶な距離で放り出された動きの鈍いミサイルを叩き落とす。
  坂本は〈デバイス02〉の後方ギリギリで再加速し、距離を保ちつつも機体を立て直した。丁度それは、〈デバイス02〉のメイン・スラスターノズルが見える位置だ。
彼の愛機に残る武装は、四発の対艦ミサイル! 決まったな、フェイト・T・ハラオウン!

「いい腕だが、機体とAIに頼り過ぎている。それが貴官の敗因だ……っ!?」

もはや旋回するパルスレーザーは間に合わない距離だ。とどめの攻撃を繰り出そうと、トリガーのミサイル発射ボタンを押した、その直後だった。
坂本は〈デバイス02〉後部艦底に備えられている、武装パックのカバーが剥がれ落ちている事に気づいた。そこに見えたのは、銀色の板に半ば埋め込まれた多数の球体。
あれは切り離しも出来るというのか! そこで切り離すという事は、追尾している坂本機の置いていくこととなる。まさに“置き土産”だ。

「っ!?」

機雷か、と理解した瞬間、坂本は光に包まれた。





  第二拠点の特別ドックへ、〈コスモパルサー〉と〈デバイス02〉が舞い降りてくる。待ちかねたように機体に向かって駆けていくのは、双方の整備士或いは技術士である。
それだけではなく、手近にいた管理局員までもが先を争って駆けている。皆して先ほどの模擬戦闘を見守っていた者ばかりだ。彼らは喚起する。それも当然だろう。
防衛軍の戦闘機に並ぶ戦いをしたのだ。それは即ち、SUSの侵攻に対抗できる兵器を、管理局が持つことができたと同義なのだ。これならば、渡り合える!
  〈コスモパルサー〉と〈デバイス02〉から、坂本とフェイトが降りて床に足を付けた。管理局員の大勢が、フェイトの方へ駆け寄り囲う。
よくやった、凄い腕だ、と賞賛の声が飛ぶ。彼女はこの熱気に圧倒されて少し後ずさってしまったが、共に駆け寄って来た親友達に声を掛けられる。
それに思わずニコリと笑顔を浮かべた。

「はぁ」

  一方の坂本は疲れ切ったような、悔しいような気持ちを織り交ぜこんだ表情を浮かべている。そこへ、レーグが声を掛けた。

「お疲れ様でした。少佐」
「疲れましたよ……。全く、貴方がたは、とんでもない物を作ったものだ」

応える坂本に、レーグは苦笑する。だから言ったんですよ、外見だけでは決めてはいけないと。そんな意味も込めているようだった。
だがこの模擬戦は、坂本にとっては良い教訓にもなった上に、普段の模擬戦では味わう事のできない、戦闘の興奮を味わえたのだ。

「それんしても、摸擬専用のミサイルまで使わせてもらえるとは思わなかった。防衛軍の演習でも、滅多にさせてもらえないメニューだ。おかげで勝手が違った」
「管理局の技術あってこそ、ですよ。しかし、見事な操縦ぶりでした。結局のところ、相討ちでしたから」
「……相討ち?」

  訝る坂本にレーグは説明した。坂本が撃墜判定を受ける直前に放った対艦ミサイル四発。その一発がエンジンを直撃し、〈デバイス02〉を破壊したとの判定が下されたのだ。
成程、あの時は置き土産のお陰で結末が見えなかったが、よもや相打ちになっていたとは……。訓練だから良いものを、実戦では確実に戦死していることだろう。
坂本は、〈デバイス〉級ならばSUS艦隊と渡りえることを確信する。〈コスモパルサー〉並みの機動力と加速力。
  そして何よりも、〈コスモパルサー〉では持ちえない防御性能と、圧倒的な重火力を備えた、恐ろしくも頼もしくなる戦闘艇。
防衛軍が相手をしたとして、五分以上の勝負ができるだろう。先ほどのコレムが考えたことを、坂本も思う。だが開発関係者のレーグに言わせてみると……。
まだまだ、あれには改良が必要なようです、とのことだった。あれでまだ、改良が必要なのか? さすがは機械仕掛けの祖国にいた軍人だ。抜かりがない。
  データを検証しようと、立ち去ろうとするレーグに、坂本は思い出したように声をかける。

「そういえばあの機体、生半可でない慣性力が掛かる筈だが……彼女には問題がないようですな。故郷の技術を流用でも?」
「いえ……そのような物全て、真田局長に渡して残ってはいませんよ。強いて言えば……『彼女だから』ですね」

坂本も先日に発生した事件ぐらいは耳にしている。そして、重圧で死んでいったスリーパーの事もだ。その疑問に対してレーグは、坂本には分かりずらく回答になっていない。
それでもレーグは微笑んで、少し離れた場所を見やった。そこには、人目を憚らずじゃれ合っている、三人娘の姿がある。あの娘が……信じられないな。
  しかし坂本は、目の前の光景と“あの摸擬戦”との落差を感じながらも、何処かしら『彼女だから』の言葉に説得力を感じた。殆ど勘ではあったが。
では、これで失礼、とレーグはその場を離れる。残された坂本は何を思ったのか、相変わらず親しげに話す三人の方へ歩いて行った。

「? 坂本少佐……」

先ほどの群衆は数を減らしており、難なく近づけた。傍に近づいてきた坂本に気づいたフェイト。なのは、はやて、シグナム等、他の者も彼に視線を向けた。

「……良い腕だったよ、ハラオウン一尉。俺を負かしたのは、実に一八年ぶりだ」

  その言葉にキョトンとするフェイト。今までは何かと素っ気ない態度が目立ったものだが、ここにきて初めて、その硬い表情が柔らかくなった気がした。
彼の言う一八年前とは、デザリアム帝国戦役の事だ。まだ無邪気さを残す青二才だった彼は、負けず知らずだった。一度も撃墜されたこともなかったためだ。
だが、そのデザリアム戦役時の第二次七色星団会戦において、エース戦闘機隊を相手にして初めて敗北した経緯がある。幸いにして、致命傷は負わなかった。
その時の撃墜される恐怖と言うものを、彼はよく覚えていた。

「それに、さっきはすまなかった」
「え?」
「俺が、この〈デバイス〉を外見だけに捕らわれて発言したことだ」

  二度目のキョトンとした表情。対して傍にいるはやては、小さく微笑んでいるようだ。どうやら、〈デバイス〉の実力をきちんと評価してくれたみたいで嬉しい様だ。
方やフェイトは慌てふためいた。確かにあの時はムキになったかもしれない。しかし、坂本が謝罪の言葉をかけてくるとは思いもよらなかったのだ。

「いえ、私は気にしてませんから……。それに、少佐が認識を改めて頂けるだけでも、十分です」
「そうか。これから、貴官と、貴官たちと共に、艦隊を守る要となるだろうが、今後もよろしく頼む」

そう言いつつも、坂本は手を差し伸べた。それが、自分を認めてくれたという証と共に、共に戦おうと示してくれているものだとも理解した。
無論、それはフェイトだけでなく、側にいる親友や戦友、後輩達にも向けられていた。一呼吸おいてから、彼女も手を差し伸べた。

「こちらこそ、よろしくお願いします。坂本少佐」

今一度、互いの信頼を深めた瞬間でもあった。




〜〜あとがき〜〜
どうも、第三惑星人です。
今回の本編は模擬戦をテーマとしたものとなりました。
パイロットのエース坂本も、随分久しい登場となり、張り切った模様w
因みに、彼の撃墜された話ですが、本文で示した通りです。
元ネタはPS二ソフト『宇宙戦艦ヤマト〜遥かなるイスカンダル〜』の七色星団ステージになります。
プレイされた方はよくご存じのはず。もっとも、撃墜イベントを避けられた方もいるでしょうがw
さて、そろそろ決戦も近くなりそうです……が、書きたいネタもいくつかあるので、もう少し先になりそうです。
それでは、これにて失礼します。



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