時空管理局第二拠点の会議室には、〈海〉と〈陸〉の幹部達を始めとして、地球防衛軍、エトス、フリーデ、ベルデル、の各幹部あるいは司令官が集まっていた。
無論、伝説の三提督のキール元帥、フィルス元帥、クローベル元帥も出席している。この場に集う顔は、今までの管理局ではあり得ない光景だった。
今更ながら、管理局の局員一同はとんでもない連中と手を組んだものだ、と思い返している。今回、わざわざここへ集まったのは、各部隊の状況報告を行うためである。

「それでは、これより報告会を行います」

  議会進行の開始の言葉を告げたのは、クローベルだ。そして最初に現状報告を行うは〈海〉であり、報告者は本部長代理を続けているリンディ・ハラオウンだった。

「では、次元航行部隊の現状から申し上げます」

次元航行部隊は艦隊の増強を行い続けている。二ヶ月が経過しようとしている現時点で、揃えられた新造艦は、従来の次元航行艦が各クラス合わせて一二隻。
波動エンジン搭載型の新型次元航行艦が一一隻。そして秘匿艦隊である第一機動部隊の戦力が一一隻、しめて三四隻。
残る五つの拠点に配備されている既存兵力を合計した場合、総計凡そ九二〇余隻。連合軍全軍を合計した場合、一三六〇余隻となる。
〈海〉は六個拠点(本局含め)と失うと同時に物資流通ルートを幾つか破壊されたことも相まって、生産能力が以前よりも極めて低下しているのは否めない。
  だが問題なのは、艦船が足りない事ではなかった。艦船を運用するための人間が足りないことである。三四隻分の人員ならば、まだ確保できないことは無いという。
時空管理局は次元世界の人口を合わせれば、全体総人口で地球や他国軍隊を上回る。それだけ人材は事欠かないという見方も出来るが、現実は難しい話である。
魔導師の確保などは、さらに困難となろう。だからこそ、非魔導師でも対抗しうる手段が必要になってくるわけではあるのだが……。

「分かりました。次に、地上部隊からの報告をお願いします」
「ハッ」

  リンディに引き続いて報告したのは、ミッドチルダ地上部隊責任者のフーバーだ。地上部隊は四つの有人管理世界で三五〇〇人近い部隊を失い、本部でも二三〇〇人が殉職。
この多大な損失を埋める事は容易ではない。それはフーバーも十分に承知していることである。現在、局員の補充に全力を挙げているが、それも難航している。
訓練を修了した新人一〇〇〇人を、やっと編入した程度。多くの者は、管理局ではSUSに対抗できない、という強い懸念を持っているままだった。
これでは思うように人材確保もままならないのも頷ける。むろん、これは〈海〉でも言える重要な事ではあるのだが。
  だが、フーバーは魔導師の確保よりも非魔導師に対する強化を図った。それは、防衛軍から援助を受けて開発した、新型主力戦車の投入が深く関わってくる。
この主力戦車は従来の戦車よりも性能が遥かに向上しており、地球軍の主力重戦車〈タイフーンU〉よりも若干性能は劣る程度だった。そして揃えた兵力は九〇輌あまり。
工場設備を幾つか潰されているとはいえ、そこそこの数は揃えられた。そして戦車だけではなく、無人兵器として運用されていたガジェットも、モデル・チェンジを果たした。
  航空兵力の一角として開発された新型ガジェット〈F・ガジェットU〉。さらに対戦車戦を想定して開発された〈ガーゴイルV〉。共に二〇〇体以上が増産されている。
問題はそれらを乗りこなす、乗組員を至急育成することにあった。短期間で戦場に出れるほどに成長させるために、連日猛訓練が続いているという話だ。

「我が方では、無人艦艇の配備を進めております。定数の七〇隻に満たしてはおりません」

  いささか深刻な表情で防衛軍側の報告者であるコレムは告げた。予定の有人艦、無人艦での二個艦隊編成に辿り着けない可能性が出てきたのだ。
防衛軍拠点〈トレーダー〉のドックでは、技術士や作業員たちが一丸となって、無人戦闘艦の増産を行ってきていた。だが、それに限度と言うものがある。
第二特務艦隊を形成するための無人艦は、全部で四六隻必要となっている。その内、完成したのは三一隻。残る一五隻は完成するまでに一か月あまりは必要であった。
残念ながら、その頃には再戦の時期に入っているに違いない。報告者であるコレムはそう告げた。間に合えば、一四〇隻の艦隊になるのだが……時間との勝負になりそうだった。

「エトスからは、これと言って変化はない。艦隊は修復を完全に終え、航路の警備を滞りなく進めている」
「俺の方も、似たようなもんだ」

  エトス艦隊司令ガーウィック中将、フリーデ艦隊司令ゴルック中将は共に警備活動に専念していたため、艦隊自体にこれといった変化もないと報告する。
兵士の士気も落ち込んでいる様子もなく、安定しているようだ。何よりも、本国との通信手段が取れた事が大きいだろう。
だが、もう一人のベルデル艦隊司令ズイーデル中将に関しては、やや事情が異なっていた。

「私も艦隊の修復及び、編成は完了している。警備活動も問題はないのだが……しいて言えば、艦船の補充が効かないのが問題と言える」

  そうだ、ベルデル艦隊は他の艦隊と比べて一番消耗率が高かった。残されているのは一〇五隻に留まり、艦載機になると一二〇〇機もあるかどうかであった。
従来であれば三個艦隊分二一〇隻に、総計三〇〇〇機近くはあったのだ。しかし、第二次移民船団襲撃戦に始まり、本局攻防戦の戦闘を経て激しい消耗を起こした。
コスモパルサーに叩き落され、SUS艦隊に母艦ごと破壊され……と、悲惨な事ばかりである。それに本国からの支援を期待できるわけではない。
エトスとフリーデも同じことであるが、彼らは手持ちの戦力でしか戦えないのである。しかも、減ることはあっても増えることは無い。
  一時期は、防衛軍の工廠で他国艦船の建造も計画された。しかし、修復や補給ならまだしも、始めから造り上げるというのは無理があった。
構造や規格が全く異なる戦闘艦を造るには、それ相応の時間を要する。それに今もなお、防衛軍は自軍戦力の再編で多忙なのだ。

「無い物ねだりを言っても仕方ないが、戦えない訳ではない。それだけは、断言しておこう」

彼とて一軍を率いる軍人だ。どんな戦力でも、最善の結果を出そうと考えを捻り出す。SUSの呪縛から逃れるために、そして、祖国へ帰還するために。






「では、次に移ります。SUSの出方ですが、皆さんはどう見ます?」

  クローベルが再び切り出した。この約二ヶ月間の間、SUSは次の行動を起こさずに身を潜めている状況が続いている。
侵攻開始時は四つの拠点を、電撃的軍事行動により僅か一週間足らずで撃滅したのだ。それを考えると、この静寂さは返って不気味に思えてしまう。
この時間の長さをどう見るか。まずは〈海〉高官の一人、オズヴェルト少将が発言する。

「小官が予測しますに、SUSは致命的なダメージを被り、動けないでいるのではないでしょうか?」
「ふむ……あり得るかも知らんな。どうかね、マルセフ総司令」

  オズヴェルトの予測に同意するのはキール元帥だ。彼も武装隊栄誉元帥の称号を与えられているが、そは伊達ではない。大局を見るだけの考えは衰えていないのだ。

「そうですな……小官も、オズヴェルト提督の意見に同意いたします」

総司令の任を預かるマルセフも同じ予測を立てていた。確信的、とまではいかないのだが、それなりの理由もある。SUSの戦力情報は、大方がガーウィックによるものだ。
直接、相手の懐にいただけに、情報の信ぴょう性もある。そこから推察していくと、SUSはあの戦いで全体兵力の三割から四割を確実に失ったとされる。
残されているであろうSUSの艦隊戦力は、およそ一二〇〇隻から一四〇〇隻。これは、防衛軍や管理局らの戦力を束ねて、概ね互角に匹敵するものだ。
  しかし、受けたダメージによるものだとしても、納得のいかない点があると主張する者がいる。〈陸〉幕僚長のマッカーシー大将だった。

「確かにあの戦闘で、我々も、SUSも多大な損害を被りました。そのダメージが原因で、SUSも動けないというのも頷けます。しかし……」
「しかし、何だというのかね?」

訝しめな表情で口を閉じたマッカーシーに、フィルス元帥が尋ねた。

「SUSは多次元をも支配する強大な国家な筈。それを考えるに、戦力の回復は難しくない……つまり、今すぐにでも動けるのでは、とも思うのです」

彼の言う事にも一理ある。SUSの詳細な情報は、地球および直接戦い、SUS人の正体を垣間見た古代によるものだ。彼らは、間違いなく、様々な世界に手を伸ばしている。
それだけ支配圏もあるだろう。ならば祖国から増援なり援軍なりを出してきてもおかしくはないだ。なのに、どうして二ヶ月の間、何もしてこないのか……。
  彼の心配に対して、今度はクロノが発言する。

「恐らく、SUSは我々管理局と似たような事になっているのではないでしょうか?」
「それはどういう事かね、クロノ・ハラオウン提督」

マルセフが気になって訳を聞く。彼が言うには、管理局とSUSが似たような状況にあるというのは、双方が持ちうる領域の広さである。
管理局もSUSも、多くの管理世界や次元世界を又にかけて手を伸ばしており、その広さと補える人員の数が割に合わなくなっているのでは、ということだ。
  確かに管理局は広大な次元空間を通じて、様々な管理世界を加えてきていた。中には魔導師素質のある人間もいる事だろう。しかし、それが豊富にいる訳ではないのだ。
広すぎた範囲は、やがて人員枯渇という事態を招きかねない。現に管理局内部では、行動範囲とそれのカバー範囲の比率が合わなかった。
管理局が行う、現地惑星でのスカウトなどは、人員不足を表しているとも言えるのだ。
  方やSUSも、地球世界の例を考えれば、他の銀河にも世界にも侵攻している可能性は十分にある。現にこうして、次元世界へ進出してきているのだから。
なればこそ、彼らは広大な支配圏を確保するのに膨大な兵力をつぎ込んでいる筈だ。しかも古代からの情報では、SUS人は資源の少ない世界の住人だという。
だったらなおのこと、SUSには余裕はないのではないか? 次元空間に現れた彼らは、先の戦闘で損失した分を補おうにも、様々な世界へ手を出している本国には、さらなる増援を送り出すだけの余裕が無いに違いない。
  そう捉える事もできるのだ。この考えに頷いて反応を示したガーウィックは、クロノの推察能力を称賛した。

「クロノ・ハラオウン提督の推察は見事なものだ。SUSは天の川銀河の諸国を束ね、強大な大ウルップ星間連合を築きあげたが、その裏には貴官の考えがあるに違いない」
「では、やはりSUSは手を広げ過ぎて余力が無い、と?」
「一〇〇%そうである、と申し上げる事は出来ません、ロウラン提督」

この時彼らは知る由もないだろうが、これらの推測が的を得ていた。実際にSUSは、他戦線での拡大に伴い、増援を出しにくくなってしまったのだ。
しかし、だからしばらくの攻撃はないであろう、という楽観的な考えはできない。戦力が減ったとはいえ、一三〇〇隻近い艦隊がいるのは間違いなかった。
これらが通商破壊なりの軍事行動に出てきたらどうなるか。考えるまでもない、防ぎきることは難しくなる。航路に対する不安感は一層に増えるだろう。

「航路の安全は、我々が全力を挙げています。ですが、防御する側として、幾ら護衛を付けようとも、無意味に等しくなるでしょう」

  馬鹿な、と〈陸〉一部幹部が声を上げる。そのような事を言っていては、護衛をしても守れないと否定しているようなものではないか!
批難の声を上げるのは一人ではなく、他にも数名の幹部が声を荒げている。





  だが、この非難の声を受けて微動だにしないマルセフが口を開く。

「……我が地球には、ドゥーエ将軍という軍人が提唱した、とある戦略理論が存在します」

突然、戦略論を語りだすマルセフに、周りは戸惑いを覚えた。この場で戦略論を語るとは何事であろうか。とはいえ、彼は語りを止めることは無い。

「今からおよそ三〇〇年前(西暦一九二〇年代)に考案された理論ですが、これは当時のドゥーエ将軍が、未来の戦争を予想して記した書物の一説になります」

その者のフルネームをジュリオ・ドゥーエと言い、地球世界のイタリア軍軍人である。彼は一九二〇年代において、未来の世界では航空機による戦略爆撃を予知していた。

「戦略爆撃機……ですか?」
「えぇ。時空管理局の皆さんには、馴染みが無いと思いますが……。そうですね、この世界風に言うなれば、〈F・ガジェット〉に多量の爆弾を搭載したものを数百機或いは数千機用意し、目的地点で爆撃するようなものです」

クローベルの問いにマルセフは答える。時空管理局世界には、爆撃機なるものは存在しない。あったとしても、それは他管理外世界のものだ。
質量兵器禁止法がある以上、爆弾などと言うご法度な兵器を搭載した航空機など運用できるはずもない。また、あのスカリエッティでさえ、爆撃機と言う代物を使ったことは無い。
  ドゥーエ将軍が記す書物には、“明らかな攻撃意図を持って国土上空へ侵入してくる爆撃隊は、いかなる手段をもってしても一〇〇パーセント阻止することは不可能だ”という。

「敵は、何時、何処を攻撃するかと言う点で、常に主導権を握っているだけに、防御側は甚だ不利な立場に立たされ続けるのです。ですが今回は爆撃機ではなく、艦隊ではありますが……次元空間や宇宙空間なれば、大して変わりはありません」
「成程……。言われてみれば、確かにそうですな。以前の戦いでさえ、ガーウィック提督らの情報提供があってこそ、辛うじて防衛体制が取れたようなものだ……」

レーニッツは感嘆とした様子で、マルセフの話に聞き入っていた。本局の戦い以前にしても、SUSの侵攻時期や場所など、全く想定することが不可能だったのを思い出す。
  こちらが如何に、どの航路を、どの管理世界を、どの拠点を守ろうとも、効率よく守備するのは完全に不可能なのだ。分散配置させたとしても、各兵力が少数になるのは必然。
大艦隊を率いてきたSUSに立ち向かえる訳もない。かといって、特定の拠点に戦力を集中配備しようにも、予想が外れれば何もかもが無駄になってしまう。
今の地球連邦も同じようなものだが、この次元世界はそれ以上に頭を悩めてしまう状況だ。SUSが何処に現れるかなど、予想もつかない。

「しかし、マルセフ総指令。これを限りなく一〇〇パーセントに近づける事は可能なのだろうか?」

  そう発言したのは、キール元帥だ。一〇〇パーセントは無理でも、少しでも確立を高める事ならできる筈ではないか、それが彼の考えである。マルセフは数秒考え込み、答えた。

「出来ないことはありませんが、机上の空論に近いものとなりましょう」
「それは?」
「全ての航路上、及び管理世界と拠点に、多くの監視衛星を仕掛ける事です。しかも、次元空間を把握できる程度に……」

確かに机上の空論だ、とリンディやレティは頷く。それ程の範囲を把握するとなると、数千個の監視衛星では済まされない。さらに膨大な数が必要となるだろう。
相手がどの拠点を攻めてこようか、という予想は出来ない。だが、逆の発想も出来よう。昔からこんな諺がある、“攻撃は最大の防御なり”と。
マルセフの言っている事は難しくは無い。こちらから出向いて、SUSの本拠地を叩こうと言うのだ。

「つまり、相手が仕掛けるよりも先に、こちらか仕掛けると?」
「はい。ですが、あくまで一つの手であります。防御し続けていては、出血を増大せしむるのは明白。いずれ我が方が圧倒的不利な立場に立たされるでしょう」

戦争を長引かせず、一気に終焉へ持っていくにも、これが最善ではないか。クロノは以前のマルセフが行った会見内容を思い浮かべながら聞き入る。
本拠地を直撃するという提案に、同意する者もいれば、怪訝な表情で同意しかねる者もいる。そもそも、相手の本拠地が何処にあるのか見当はつくのか?
  この疑問に対しては、ガーウィックが応えた。SUSの本拠地――〈ケラベローズ〉要塞の位置は、エトスらの航路データの中に記録されている。
本拠地ごと移動されていなければ、今も同じ空間に居る筈なのだ。

「しかし、本拠地ともなればそれ相応の防衛力を有している筈。我らの兵力で、奴らに勝てますか?」

そう言ったのはマッカーシーだ。彼の懸念する通り、SUSの本拠地ともなればかなりの戦力を揃えている可能性はある。最大で一三〇〇隻だろうか、見当はつかない。
もしも占領した惑星の防衛力を差し引いたとして、それでも一〇〇〇隻以上は必ずいる筈だ。これに対処しえる戦力を、どこまで揃えられるか……。
全拠点の兵力を掻き集めるのは、極めて困難である。それこそ民衆及び、現場の局員からの反発の声を買いかねない。
  かといって、兵力の出し惜しみは敗北に繋がることもあり得るのだ。しかも管理局の艦船では力不足が指摘されているのも、不安材料の一つだ。

「正直に言いますと、勝てる可能性は四割程度にすぎないでしょう。ただし、全兵力を集めれば、五分五分には持ち込めるでしょうが……」
「つまりは、全ての戦力をつぎ込んでも、二分の一の確率でしかない、ということですか」

マルセフは黙して頷いた。各拠点から掻き集められたとしても、それは三六〇隻前後が限界だ。何せ、拠点を襲撃された際に退避する手段の一つとして、艦船に移乗するためだ。
もはや防衛のためではなく、避難船としか運用できないのが歯痒いかもしれない。だが真面にやりあっては勝ち目は毛頭ないのは、局員が一番よく知っている。
これを考慮して艦隊を再編した場合、動員可能な次元航行部隊は四二〇隻に留まってしまう。防衛軍、三か国軍の艦隊を加えても、一〇〇〇隻には届かない。
  困ったものだ。この場で兵力をどうしようだの話し込んでも、それが良い影響を与えてくれる事はない。どの道、我々は不利な立場で戦わざるを得ないのだ。
何時まで待っても、今以上の好条件の期待は持てないことを、クロノは悟った。此処まで来てしまったなら、もはや迷う事など無いのでは?

「兵力の全てを投入し、SUSの本拠地を叩くほか無い……のではないでしょう」
「正気かね、クロノ・ハラオウン提督!」
「それでは我々、地上部隊に、孤立した拠点で死ねと言っているようなものだぞ!」

  〈陸〉幹部数名が、クロノの発言に異議を唱えた。次元航行部隊が周辺世界の防衛を放棄し、決戦に集中するとなれば、それは地上部隊が丸裸にされたも同然である。
それではミッドチルダ戦のように、衛星軌道上から艦砲射撃の嵐を受けるに違いない。もしそうなれば、地上部隊の壊滅は直ぐに訪れる事だろう。
〈海〉の連中は、俺たちを見捨てるつもりなのか! フーバーやマッカーシでさえも、良い表情はしていない。彼らは艦砲射撃の先制攻撃を、嫌と言うほど味わった身なのだ。
彼らにも艦隊の援護があった方が、心強いに決まっている。リンディ、レティ、レーニッツの面々も重苦しい様子だ。しかし、そうでもしなければ、不利を埋める事は出来ない。

「……虎をあしらって、山を離れしむ」

  それほど多くの言葉を発しなかった男――劉准将が突然、口を開いた。この一言に一同が彼へと視線を注いだ。

「虎をあしらって……なんです?」
「山を離れしむ。……敵の艦隊を本拠地からおびき出し、叩くのです。それからではないと、アレは落とせんでしょう」

地球の人間ならば、何処からしらで聞き覚えのあるフレーズだ。兵法三十六計の一つ、十五計『虎をあしらい、山を離れしむ』の事である。
劉は以前のSUS第七艦隊との決戦に参加した人間だ。それは古代、南部も同様である。その彼が、本拠地を直接叩くのには相当な被害が出ると言う。
  それもそうだろう。SUS要塞には波動砲級に匹敵する超兵器が備え付けられていたのだ。この次元空間に存在する要塞も、同等の物が存在していることが確認された。
古代は総力戦でもってSUS要塞に戦いを挑んだが、立ちふさがる艦隊と要塞主砲の乱射に巻き込まれて、大多数の死傷者を出すに至る。
これに関しては、彼自身が詰めの甘さがあったことを自覚している。しかし、彼らには時間がなかった。連合を組んで訓練する暇さえもなかったのだ。
  だが今回は多少事情が異なる。大規模な合同訓練こそ出来ないものの、各艦隊の練度は平均して高い。次元航行部隊も、本局戦での生き残りを中心に、練度を高めつつある。

「しかし、おびき出すと言ってもどうやって? 相手は囮に食い付くかさえも保証はない」
「それにだ……その囮とやらもどうするのかね? まさか、戦力を分散させる訳にもいくまい」

指摘してくる高官たちの意見も正しい。例え囮でおびき出す作戦を採用したとしても、その囮はどうするか。より良い獲物でなくては、動いてはくれないだろう。
加えて戦力の分散さえ愚かしい行為だ。囮も主隊共々に各個撃破されるのは目に見えている。しかし、囮をなるものが戦闘艦であるとは限らない。

「皆さん、囮が戦闘艦である必要は全くないんですよ」

  劉が言う。防衛軍では模擬訓練の一環で、バルーンのダミー艦を使う事が多い。彼は、このダミー艦を使って囮を務めさせようというのだ。

「だが、そんな外見だけの囮が役に立つのか」
「囮とは所詮、どれ程の間で敵を引き付けられていられるかの存在です」

囮はいずれ見破られる。難しいのは、相手に囮を長い間に食い付かせ、その間に主隊が相手の本拠地を叩くなり、側背に回り込んで一撃を加える事である。
それにレーダー上で、反応のある物体を見分けるのは不可能に近い。それこそ、映像の映せる距離まで接近しなくてはならない。
防衛軍の使用するダミー艦は映像に移された場合、即座に嘘が露呈する。レーダー圏ギリギリでうまいことやり過ごさねばならなかった。
  このまま囮としてダミー艦を採用するとして、増やすことは難しくはない。簡易的なエンジン、バルーンを用意さえすればよい。
とはいえその数も一〇〇〇は必要となる。〈トレーダー〉の工廠や他拠点の工廠も協力して生産したとしても、短期間でどれだけ揃えられるか微妙なところだ。

「どの道、SUSは我々の艦隊を放置しては置かないでしょう。以前の攻防戦でも、艦隊をくぎ付けにした上でミッドチルダを襲撃してきました」
「リンディ・ハラオウン提督の仰る通りでしょう。後背の安全を確保せねば、本拠地の攻略に専念できない筈……食い付かぬことは無い、と予想します」

南部がリンディに同意する。この時、SUSもミッドチルダ征服の手前、地球艦隊及び連合艦隊の撃滅を必須としていたのは言うまでもないだろう。






「ダミー艦一〇〇〇隻あまりか。増産できないことは無いが」

  防衛軍拠点〈トレーダー〉の執務室で、レポートを見ながらぼやいたのはアダムス准将だ。艦隊指揮官としての腕は凡庸と言わないまでも、高いものでもない。
主に基地や拠点の管理を担って来ていただけに、その運用能力は高いと定評がある。その腕をもってすれば、効率は従来の一.五倍は向上するとも言われていた。
その彼の基へ送られたのが、先のダミー艦による囮作戦の資料である。一〇〇〇隻あまりの数をもって、SUS主力をおびき出すのだという。

「生産できないことは無いが……作業員の負担も考えねばな」

 そう、いまだ〈トレーダー〉のドックでは、無人戦闘艦の建造を継続しているのだ。そのためにオートメーション式の工場は、休みなく稼働し続けている。
それを管理する人間も、フルで働いていた。彼らには交代制で休ませているとはいえ、生産ラインにも限界はある。生産する分をどうやって確保したものか……。
アダムスは首をかしげながら、資料を目で追っていく。ふと、この計画には〈トレーダー〉のみならず、他の拠点の協力も得られるようだ。
だが、どれ程の量を賄ってくれるかまでは決まってはいないようだ。となれば、これは彼自身の決定では決めることも出来ない。今一度、話し合う必要があるようだ。
  管理局において運用の責任者と言えば……と、彼は思い起す。数秒してその責任者を思い出す。そうだ、レティ・ロウラン提督だったな。
思い出したアダムスは内線を使い、通信士官に連絡を取った。

「すまないが、管理局運用部責任者のレティ・ロウラン提督へ回線を繋いでくれるか?」
『ハッ!』
「それと、その回線を私のオフィスへ直接繋げてくれ」

数秒をおいてから、彼の通信端末に回線が繋がった。ディスプレイに出たのは、話し相手であるレティだ。彼女とは、このダミー艦増産の分担を話し合っておかねばならない。

『お待たせしました』
「いえ、こちらこそお呼び立てして申し訳ない。先ほどの会議内容を拝見したのですが……」
『えぇ、ダミー艦の増産についてですね。私も、アダムス准将にお話ししたいと思っておりましたので』

増産の調整は直ぐに行われた。互いが管理能力に長けているだけに、相談内容はすんなり事は進んだ。レティによると、第二拠点を始めとした六つの工廠能力をフルで使えば、二週間程度で三六〇隻分のダミー艦を製造できるであろうとのことだ。
  という事は、残り六四〇隻あまりを〈トレーダー〉が担う事になる。だがダミー艦とはいえ、それだけの簡易エンジンとバルーンを多量に製造できるわけではない。
一隻分のエンジンの製造とバルーン制作を完了させるまでに、およそ二日は必要とされている。これでも製造に賭ける時間は、ずば抜けて短い方だ。
大昔ならば掛かって一か月前後だろう。

「ロウラン提督、我が方の生産能力では一度に三〇基分が限度です。二週間かけても、一八〇基分……」

無理もない。〈トレーダー〉は確かに移動式巨大拠点として建造された、破格の基地だ。当然、製造所やドックなども備え付けられている。
  かと言って、それが大量生産に向いている訳ではないのだ。あくまで艦隊の補強や修理、増強を賄うのが主である。今行っている艦船建造も、かなり無理を強いていた。

『そちらの状況は、私も承知しています。そこでですが……』

レティが言うには、各拠点の工廠のみならず、管理局と関連の強い造船企業にも協力を得ている最中だという。その手を使うか、アダムスは彼女の手の打ちように驚く。
  だが関係の深い企業とはいえ、そう簡単に協力してくれるのだろうかと疑問にも思う。彼の疑問は直ぐに晴れた。協力するという企業にも、企業なりの理由があったのだ。
彼らと繋がりのある幾つかの同業社、子会社がSUSの支配圏の中に取り込まれているのだ。それでアダムスは納得した。企業はこれ以上の損失を望んではいない。
  利益の問題ではない、社員たちの安全の問題でもあるのだ。これ以上管理局から利益を引き出すよりも、早くこの戦争に終止符を打ってもらいたい。
雇っている社員の家族関係の事もある。経営者一同、管理局の協力の申し出に積極的な意欲を見せたのだ。

「それは有り難い話です。是非とも、お願いいたします」
『はい。では、協力が出来次第、私から連絡しますので』

彼女は作業の続きをすべく、通信を切った。企業が正式に生産するのに一日や二日で出来るものではないが、それこそ量産を始めればあっという間だ。

「向こう側の事はロウラン提督に任せるとして……まずはこちら側からだな。それに、催し事もある」

  この数日内に、管理局、防衛軍らを中心とした、一大イベントが行われる予定である。というのも、今一度、管理世界の住人に対して決意を見せる必要があったからだ。
先日の会見でも、それ相応な支持が得られてはいるが、決定的な確信を持ってもらうべく、イベントとして観艦式を行うことになったのだ。
とはいえ決戦近しである。一日もかかることではなく、ただ単に数十隻の艦隊が市民やジャーナリストの目の前を航行するだけだった。
その観艦式には、この〈トレーダー〉も使う予定だという。これはまた大がかりな、とも思うが、幸いにして距離は遠くなく、直ぐに戻れる。
難なく終わればよいのだが、とまたもやぼやきつつ、彼もレティ同様の実務作業に専念するのであった。



〜〜あとがき〜〜
どうも、第三惑星人です!
最近は気温も上がり、早くも夏の到来を感じさせられます。
特に夕立には困ったものです。雷が落ちるとなると、電機製品にはより一層の注意を払う必要がありますからね。


さて、今回は戦略と現状報告会議の場面で全てを占めることとなりました。本当なら観艦式の場面でも入れようかと思っていたのですが、そうもいかず……。
何気に今話で六〇話と言う、記念……すべきではないのですが、ちょうどいい?所まできました。
だからこそ、観艦式を優先させようかと思ったのですがね……無理でした(汗)。
そもそも六〇話まで行くとは自分でも予想だにしてませんでしたね。今更ながら、よく書き続けたものだと感心します。
そのわりには誤字脱字が目立ってるのですが(オイ)。
次回は、観艦式の場面に移りたいと思いますので、しばしお待ち下さいませ!



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