「逃がすな。全艦、突撃!」


  次元空間内部に満ち溢れる破壊と殺戮のエネルギーを剣に、SUS第七戦隊司令官ルヴェル少将は裂帛(れっぱく)の声を発する。その堂々たる体躯と相まって、迫力のある命令だ。
第七戦隊は全戦闘力を持って、目前にいる管理局の次元航行部隊に恐るべき速度と破壊力で襲い掛かっていた。次元航行部隊は壊乱の淵に叩き込まれている。
ここは第六拠点の存在する次元空間である。今もなお、SUSによる激しい攻勢が続いているが、事の発端は言うまでもなく彼が起こしたものだった。
ゲリラ戦を展開して、管理局、地球防衛軍ら連合軍に対して圧力を仕掛けてきたSUS。しかし、近日の連合軍の動きに、早くも彼らは変化を捉えていた。

「これは、管理世界の人間どもが、連合軍に抗議の声をぶつけた成果が出てきたんだろうよ。そして、連合軍は総力戦に打って出ようとしているのだ!」

  そう力説したのがルヴェルであった。彼自身も指揮下の第七戦隊を率いてゲリラ戦に専念すると同時に、相手の動きも事細やかに監視していたのだ。
その監視役として差し向けられていたのが〈ガズナ〉級多用途支援艦である。以前に尽く撃沈破され、なけなしの残存艦と新規補充艦を掻き集め偵察にあたらせたのだ。
得意の亜空間潜航で隠れ、徹底した監視にのみ専念していたのだ。これが、いち早い動きの変化を捉えた成果であった。そして、次なる行動に移る合図でもある。
  SUSは第七、第八戦隊の二個戦隊を交代制にしてゲリラ戦に投入していた。まずは、管理世界への精神的圧力を加え、連合軍を揺さぶる事が第一の目標だ。
そして、それが今達成された。連合軍は管理世界の各拠点を早期に放棄し、戦力を集結しようとしている。そこで第二弾の作戦が発動される事となった。
SUS総司令ベルガーも重要視していたが、決戦に向けて敵戦力の消耗を強いる事を念頭に入れていた。いくら弱小とは言え、下手に動かされれば厄介な相手だからだ。
より優位的に戦況を進めるために、この集結しようとしている各部隊の幾つかを狙い、途中で潰してしまおうというのだった。
もしも援軍を呼ばれたとして、到着するのに四日前後は掛かる。防衛軍の艦艇でもそれだけの日数は優に掛かるものだ。その間に攻撃することは十分に可能だ。
  さらに手を加えて、無理やりにでも分散させざるを得ない状況を作り出す方法がある。それが、管理世界に向けて進撃するという事であった。

「突き進むだけで、奴らは震え上がるだろうな!」

ルヴェルはそのように豪語した。確かに他の管理世界は、何の防御手段も有してはおらず、次元航行部隊の戦力に頼らざるを得ない筈なのだ。
住民を犠牲にしてまで集結に専念するか、玉砕覚悟で反転し迎撃に向かってくるか。どちらにしても、彼らには良い結果など無い二者択一だ。
  攻撃命令を受けたルヴェルと、第八戦隊司令官レイオス少将は、それぞれ第六拠点と第五拠点へと足を進める事となったが、どちらもが同じ方法を執った訳ではない。
レイオスの場合、先の方法で確実に次元航行部隊をおびき出すことを選んでいた。ルヴェルの場合は、その様なまどろっこしいことはしない、と艦隊への直接攻撃を選択。
そして、数少ない空間歪曲波発生装置搭載艦でもって、周辺空間、宙域への通信網を一斉に遮断した。これで、相手からは戦況の内容すら、確認することは出来ない。
  ルヴェルは、そこからは自分の舞台が整ったとして進撃を開始したのだ。目標の次元航行部隊を見つけるなり、彼は命じたのである。

「待ちかねたぞ、砲撃開始!」

これが、彼の戦闘開始における第一声だった。無数の赤いビームが砲身から飛び出し、空間を直進していった。そして、後背を見せている次元航行部隊に直撃した。
  赤い無数の槍が、次元航行部隊の背中を次々と突き刺していった。障壁がそれに耐えかねて轟沈していく〈LS〉級〈グメイヤ〉が最初の犠牲となった。
次元航行部隊は、まっすぐと第二拠点へ向かうつもりであった。SUSによる管理世界への進撃報告も入っておらず、何の問題もなかったと判断したからだ。
その判断を修正すべきだと気付かされるのに、彼らはSUSの存在をレーダーに捉えるその瞬間までに掛かった。そして、反転も間に合わすことが出来なかった。

「後背、SUS艦隊接近!」
「計器類がジャミングされています! 転移不能!!」

  次元航行部隊は奇襲を許した時点で負けていた。以前と同じように、SUSは空間歪曲派で射撃の低下を狙い、物量にものを言わせて襲い掛かったのだ。
オペレーター達は突然のジャミングと奇襲に狼狽し、艦隊も一二〇隻中、早くも一三隻を失った。元本局所属の次元航行部隊とは違い、彼らには実戦経験が全くなかった。
そして当艦隊司令官を務めていたガイナ・レガーラ少将に、ルヴェルの猛攻を受け止めるだけの力量は無い。だが彼は迎撃しようなどとは命じなかった。
全速でこの場を離脱することに専念しようとしたのだ。とはいえ、次元航行艦の足の速さで逃げ切れるものではない事は分かっている。
後背から撃たれ続けながらも、兎に角逃げる事に専念させた。その様子にルヴェルは不甲斐ないなと言わんばかりに溜息をついた。

「最初から逃げに掛かっているか……もっと狼狽えるのかと思ったが」

  どうせなら真正面からぶつかってやっても良かったがな、と愚痴を零す。しかし、所詮は二流以下の艦船しか造れぬ奴らだ。このまま狩りを楽しんでも悪くは無い。
それでもこのまま距離を保つのもつまらないものだ。そこで彼は、先の突撃命令を下すのだった。速力を一気に上げて接近するSUS第七戦隊を背後に、次元航行部隊は恐怖する。
 しかし、レガーラはそこで苦肉の策に出た。旗艦〈クー・フーリン〉以下、計五隻の艦艇が一斉回頭を始めたのだ。しかも、艦首に輝きが増し始める。
奴ら、この期に及んで反応消滅砲(アルカンシェル)を使う気か。ルヴェルは自棄になったのかと思ったが、それは違うと知った。他の艦を逃すための、生贄になるつもりなのだ。
骨のある奴らじゃないか、管理局にもそれくらいの度胸があったとはな! 賞賛するつもりもないが、彼はアルカンシェルを撃たせるつもりは毛頭ない。
  回頭中の艦船に照準を合わせさせると、徹底的に攻撃を集中させた。二〇〇隻規模による集中砲火は、瞬時の内に五隻を蒸発させてしまうに十分過ぎた。
チャージ中だった五隻は成す術なく散り、最後に旗艦〈クー・フーリン〉も数十発というビームを受けて、木っ端微塵に吹き飛んでしまった。
呆気なかった。その後もルヴェルによる苛烈な追撃からの、近接戦闘で次元航行部隊は尽くが撃沈していったのだ。指揮系統もなく、ひたすら逃げ続けた。
  結局のところ、ルヴェルの追撃を逃げ切れたのは僅かに三隻のみという惨状だった。対するSUSの損害は皆無。圧倒的な完勝だった。

「これじゃ腕ならしにもならんな。通信参謀、本部に報告だ。『敵艦隊を撃滅せり』とな」
「ハッ!」

余裕なルヴェルの表情、周りにいる幕僚とオペレーターも緊張した様子はなかった。血気盛んな艦隊としては、物足りない話でしかないのだろう。
  だが彼の表情が急変したのは、僅か三〇分後の事だ。同じく第五拠点側の攻略に向かっていたレイオス率いる第八戦隊からの報告が入った。
いや、正確にはレイオス本人からのものではない。副指令を務めるフィードル准将からの通信文であった。

『――敵惑星近海において、レイオス少将戦死せり』


  何だ、これは。途端、ルヴェルの表情が引き攣った。冗談ではないか、この通信は? 奴が簡単に死ぬような奴ではない、それは俺が知っている。

「……おい、通信参謀」
「閣下、残念ながらこの通信は冗談の類ではありません」

無情にも部下は訂正しなかった。彼は体中に激しい衝撃を浴びたように感じた。馬鹿な話だ、俺と違って知将などと呼ばれている奴が、本当に死んだとでも?
右手の拳がぶるぶると震えているのが、側にいる幕僚には分かった。豪のルヴェル、柔のレイオスとでも呼ぶようなコンビとされている。
実際に、これまで戦い抜いてきた彼らの実績は確かなものである。百戦百勝のレイオスが負かされるとは……ましてや、奴が死ぬとはどういう事なんだ!





  レイオス少将が戦死する経緯を語るには、まず一時間三〇分ほど遡る事になる。彼の率いる第八戦隊は、予定に従い次元空間内部を進んでいた。
その途上、目的の管理惑星のある星系外延部に出られるポイントに到着。そこから、艦隊は宇宙空間へと一斉転移を果たした。

「全艦、転移完了しました」
「脱落艦なし、誤差許容範囲内」
「よろしい。このまま速度を一定させ、敵惑星へ進撃するぞ」

知的かつ人当たりのよさそうな印象を与えるレイオスは、SUS軍人の中でも稀有な人物である。SUSという存在自体、非道な連中だと評する者達の言い分も正しい。
  だが、その全てのSUS人が残虐非道なわけではない。敵でありながらも敬意を表し、部下を大事に思う。それがレイオスに対する周りの評価だった。
あの第七艦隊司令長官だったメッツラーやバルスマンらとは、全く逆である。それだけに、彼の配下にある幕僚や兵士達も、高く彼を評価していた。

「司令、敵監視衛星を発見しました。如何なさいますか」
「直ぐには破壊せんでもいい。我らの存在をアピールすのだ。それだけでも、市民は震え上がる筈だ」

彼は至って平然とし、余裕を保っていた。指揮席に堂々と座り、周りにも安堵感を与えている。幕僚も思わず、彼の姿には安心を覚えるものだった。
  艦隊は監視衛星に堂々と映った。そして彼の予想通り、第31管理世界〈ガフィル〉の首脳部たちは慌てふためいた。あぁ、あの悪魔が来た!
黒い塗装と赤いグラデーションは、悪魔と呼ぶに十分なものだった。その悪魔は一体ではなく、二一〇体と言う数で大挙進行して来ていたのだ。
至急、彼らは救援を請うた。誰でもいい、早く来てSUSを追い払ってくれ、と言わんばかりの文面内容だった。そしてその救援に答えたのが……。

「デューク提督、第31管理世界の衛星軌道上に転移しました」

  ファン・デューク率いる次元航行部隊だった。

「よし。敵の情報を、監視衛星を通じて仕入れてくれないか?」
「ハッ!」

監視衛星のデータをバック・アップし、発見したSUS艦隊の情報を解析する。コンピュータは直ぐにその数値と叩き出し、結果を報告した。
敵艦隊およそ二〇〇ないし二一〇、との答えに、局員たちは背筋が凍った。彼らの艦隊は一二〇隻、質量兵器搭載艦を加えると一九〇隻に上る数であった。
  総合数から見れば、概ね互角と言ったところであろう。しかし、性能上からは互角どころか半数に減る。この事実は変えられない。
だが、密かにつれて来た七〇隻もの違法物の質量兵器に関しては、いまだにその戦闘力が未知数であった。これの威力に、全ては左右されるに違いない。

「敵艦隊の到着予想時間は?」
「このままの速度でいきますと、三〇分前後には本星の衛星軌道上手前に到達します」
「どうするかね、デューク提督」

  戦闘に口出しするつもりはないが、取りあえず対応を尋ねるのはセレブレッド提督だ。艦隊戦の専門家(プロ)ではない彼からすれば、もはや見物に徹する他ない。
意見を求められても、デュークは直ぐに答えを出さなかった。艦隊司令代理こそ務めてはいるが、自分もまた、艦隊戦のプロではないのだ。
大半の艦隊司令がそうであるように、皆して艦船の運用を重点にしている。きめ細かい艦隊指揮など望むべくもないのである。
それでも今回は戦わなければならない。どれ程に損害が出るであろうか、と彼は途中まで考えて、それ自体を止めた。それより戦闘準備に専念すべきだからだ。
  取り敢えず、彼は艦隊を五〇〇万キロ程前進させつつも、艦隊の陣形を防御向きの半月陣に整えさせた。前衛、中衛に次元航行艦船を集め、後衛には例の質量兵器を配置。
SUS艦隊からは、後衛の方までは詳しく確認できない筈だ。それに、後衛部隊を発見したとしても、それがどんなものであるかは、到底把握できていない。
後はこのまま戦闘に持ち込み、どれだけ相手を質量兵器の使用範囲内へ誘い込むかであるが……。そこから彼は、幾つかの案を二〇分の間に練り上げていった。
  さらに一〇分後……。遂に、前衛部隊のレーダーがSUS第八戦隊の先頭集団を捕えた。

「レーダーに感! SUS!!」

それ以上、何も言うまい。

「全艦、砲撃用意!」

デュークは準備の最終命令を下した。艦隊はとうに戦闘準備に入っており、あとは攻撃命令を待つのみとなっている。待つのみとは言え、恐怖は引いてはくれなかった。
二一〇隻の艦隊の前に、堂々と布陣している次元航行部隊一九〇隻。SUS艦隊も管理局が読み通り迎撃に出てきた事にほくそ笑んでいるだろう。
局員側には微笑む余裕もない。気温は常に二〇度程に設定されており、汗を掻くことはない筈だ。しかし、現に彼ら局員の額や背中からは、冷たい汗が滲み出ていた。
数分後、今度はレーダーや計器類に狂いが生じる。例の空間歪曲波だ。これで逃げ場はなくなったも同然である。デュークの目がやや細まった。 

「有効射程圏内まで、後一万キロ!」
「敵の前進に合わせて後退!」





  次元航行部隊は砲撃前に後退を始める。これは単なる時間稼ぎに過ぎない、レイオスはそう意図を見抜いた。増援が到着するまでに耐えようというのだろが……。

「所詮、速度は我々が上であることに変わりはない。速力を一段階上げよ」

レイオスはそのように命じ、前進速度を速めさせた。同時に彼は、アルカンシェルの発射に注意を促した。これは当然とも言える対応であろう。
いくら発射のタイミングが露呈する兵器とは言え、驚異の威力を持つことに変わりはない。それに、一番厄介な事、それは管理局が全滅覚悟で全艦艇によるアルカンシェルの発射を行おうという場合であった。
  今、次元航行部隊は距離を取るようにして後退している。彼らの艦載砲はSUSの主砲よりも射程が短いものの、アルカンシェルならば同等に迫るものだ。
もしも調子に乗って距離を縮めすぎれば、タイミングを見計らった次元航行部隊が急進して、アルカンシェルの一斉砲撃を仕掛けてくる可能性は十分にある。
とはいえ、アルカンシェルに関するデータは取れている。どれ程のチャージ時間を要するか、射程はどの程度か、効果範囲はどの程度か。
  後は冷静に対処するだけだ。次元航行部隊がアルカンシェルの発射体制に入ったからと言って、直ぐに散開させてしまうと、それは陣形の崩壊へとつながる。
そこついて、第二波のアルカンシェルが発射されることも十分に注意しなければならない。そのためにはギリギリまで踏みとどまり、可能な限り攻撃を加える事。
アルカンシェル発射時には無防備になるのだ。そこを徹底的に叩き、時間になったら緊急離脱を行えばよい。多少の被害も考慮しなければならないのだが……。

「敵艦隊、後退を中止! 前進してきます」
「アルカンシェルに注意せよ。全艦、距離を保て」

  彼は冷静故に慎重でもあった。果たして、予想通りに次元航行部隊の大型艦――〈XV〉級を中心にした艦艇が、アルカンシェルの発射体制に入っていた。

「やはり、その腹か。全艦、砲撃開始! 敵超兵器発射の時間ギリギリまで、奴らを打ち崩せ!」

互いの距離は次第に縮まった。そして、SUS艦隊は先に射程に収め、次元航行部隊へと赤いビームを撃ち放つ。狙うは、アルカンシェルを撃とうとする艦艇。
やや照準が空間歪曲波で乱れているとはいえ、SUSのエネルギーは次元航行部隊の前衛に食らいついた。障壁が辛うじてそれを防ぐが、エネルギーの消費率が高い。
  〈XV〉級に狙いを定めて砲撃をしてくる様子に、デュークはそれこそ狙いどおりだった。だからこそ、控えさせていた〈LS〉級を前面に出させるのだ。
〈エイブラハム〉艦橋で、彼は命令を下す。

対艦魔導砲(アウグストゥス)、発射!」

それは、〈LS〉級に搭載された高威力魔砲だった。防衛軍で言えば、戦艦の主砲に辛うじて届くくらいの威力である。が、単発式かつチャージの必要とする兵器だった。
だがアウグストゥスの発射は、アルカンシェルのエネルギー反応に注意を向けていたSUSにより、辛うじて成功した。〈LS〉級、約四〇隻から撃ち出される。
戦艦主砲ほどの威力を持つアウグストゥスは、僅かな距離を飛翔した後にSUS前衛部隊に着弾した。

「多数の命中を確認!」
「撃沈艦、皆無! 損害自体は与えている模様ですが……!」

第一撃目を耐えられてしまったか! 先端を開いてまだ数分だ。SUSの電磁防壁やA・M・F(アンチ・マギリング・フィールド)も余力を十分に残している。防がれてもおかしくは無いだろう。
それでも、通常主砲より強力なはずのアウグストゥスを防がれたのは痛い。デュークは、相手に本気で攻めさせるまでに、どうにか誘い込みたいと考えていたが……。
  対するレイオスは、突然の前進とアウグストゥスの斉射に不意を突かれた形となった。が、撃沈された艦はおらず、代わりに大破判定を受けた艦が五隻程度出ただけだ。
残るは中破、小破の判定を受けたものばかり。そしてこの直後の動向へ、彼は直ぐに思考を切り替えた。もしかすれば、この直後にアルカンシェルを撃ってくるやもしれない。

「敵、発射予想時間まで、およそ三〇秒!」
「敵先頭集団に砲撃を集中させつつ、反転一八〇度、最大戦足で離脱」

SUSの砲撃は瞬時にレイオスの命令に反応した。次元航行部隊の先頭集団、特に前面に展開した〈LS〉級へ向けて、その砲火が及んだ。
その一番小型かつ、防御力に劣る〈LS〉級は、瞬時に五隻が次元空間の塵と化してしまった。残る艦艇も次々と被弾、足並みは完全に止まってしまう。
この隙にSUS第八戦隊は一斉転舵を開始した。彼らの艦艇は、構造上前後よりも上下に長い。それ故、艦自体に掛かる重みも少なく、素早い反転が可能なのである。
  全速で離脱するSUSを、デュークは逃がさんとして、一矢報いるような形でアルカンシェルの発射を命じた。巨大な幾つもの光球が、SUSに向かって発射される!
命中すれば大戦果間違いなさいだが、レイオスの先読みによってその狙いは外される。ただし後退しきれなかった二隻が巻き込まれてしまったのみに終わる。
アルカンシェルを放ってしまえば、次のチャージに時間を要する。第八戦隊は即座に再反転を開始、前進しつつある次元航行部隊に逆撃を加える事となった。

「敵艦隊、再度の後退を始めました」
「アルカンシェルの発射体制、感知せず!」
「これは、チャンスですぞ、閣下」

  第八戦隊旗艦〈インギュロス〉艦橋で、幕僚が進言する。確かにこれはチャンスだ。管理局は、あの初撃と広範囲破壊兵器が外れたことで、相当混乱している筈だ。
その証拠に、次元航行部隊は統率の欠けた動きで後退をしていた。そして、散発的ではあるが、あの高威力砲――アウグストゥスを撃ってくる。
確かに威力は高いが、一撃で電磁防壁とA・M・Fを破り、艦体の装甲に風穴を開けるにはいささか物足りない。それに、連射も出来ないようだった。
まともな反撃も出来るとは思い難いが、念には念を入れておかねばならない。レイオスは、アルカンシェルの注意を継続させつつ、追撃態勢を整えた。

「全艦、これより追撃態勢に移る。第二、第三分隊は両翼及び上下面に展開。半包囲せよ!」

後退する次元航行部隊に追撃を掛けるSUS第八戦隊。第三一管理世界における会戦は、第二幕へと移ろうとしていた。





  初撃のアウグストゥスとアルカンシェルの二段階攻撃に失敗した次元航行部隊は、恐慌状態といってもよい状況である。局員の大半が、恐怖の圧力に屈する寸前なのだ。
デュークは冷静に務めようと、狼狽するような真似はしなかった。全艦に叱咤激励を施し、後退を命じたのだ。それでも艦隊全体の秩序は良いものではなかった。
前衛部隊となっている艦隊がSUSの砲撃に晒され、次々と艦列に亀裂を生じさせていく。プレッシャーに耐えきれない艦は、その場で急速反転を行おうとする。
それを狙われ、回頭途中だった〈L〉級〈ジェンダー〉は左舷側面を狙撃された。障壁を突き破られると、ビームは艦内部へ深く突き刺さり、それが誘爆を招いた。
魔導炉の区画も破壊され、瞬時に〈ジェンダー〉は機関部分から大爆発を引き起こし、塵となり果てる。乗組員は痛みを感じる暇もないだろう。
  一方的な戦闘はさらに一〇分近く続いた。どの艦も障壁へのエネルギーを重点的に回し、時間を稼いでいるようにも見えた。デュークの忍耐も、限界に近い。
同乗しているセレブレッド中将は、既に我慢の域を超えていた。これでは全滅するだけだ、局員を無駄死にさせることになるぞ、等と遠回りに撤退を叫んだ。

「て、提督! 敵艦隊の両翼が、左右に広がっていきます!」
「前衛部隊の損耗率、五三パーセント。左翼部隊の損耗率、二四パーセント。右翼部隊の損耗率、三六パーセント!」

  女性オペレーターの報告は、殆ど悲鳴交じりに近い。いや、悲鳴と言ってもいいだろう。次元航行部隊はレイオス直属の部隊の他、前衛、左翼、右翼の四部隊に分かれている。
前衛は特に被害が酷く、その半数を失った。もはやアルカンシェルを撃つ暇はない。防御に徹しつつも散発的な砲撃が行われているのみだ。
しかもSUS第八戦隊が両翼と上下に展開し、真正面からは逃がさないと言わんばかりである。その包囲体制を作り上げる時間も早いものであった。
  これに対して、次元航行部隊はひたすら後退するしか打つ手が見当たらなかった。といより、心理的にも物理的にも、後退せざるを得なかったのだ。

「このままでは、退路を断たれるぞ、デューク提督!」
「いや、まだです。これでは、アレが命中してくれません」

デュークの言う“アレ”は、例の質量兵器群の事だった。それは融通の利かない兵器らしく、撃ち損じたら最期、全滅するのみだという。
SUSは次元航行部隊が何を仕出かすつもりなのか、全く分かってはいなかった。レイオスもまた、相手には対応策はないと半ば思い込んでいた。
次第に第八戦隊の両翼が陣を広げ、次元航行部隊の周囲を六割は覆い尽くそうとしている。残る艦艇も、およそ八〇隻程度。即ち四〇隻を失ってしまった。
  だが気がかりになったといえば、次元航行部隊の後衛部隊と思しき艦隊だ。数にして七〇隻程度だが、詳しい情報が全く入っていなかった。
辛うじて入手した映像から、その艦艇は全長九〇メートル前後。三角柱の艦体をした、のっぺりとしたものだった。後方支援艦か何かであろうか、と彼は首を傾げる。
新兵器にしては小さすぎており、武装と思える砲台も貧弱にしか見えない。このようなものを出してくるとは、管理局も後が無いな、とレイオスは呟いた。
一方でデュークはチャンスを待っていた。が、途中で待ちすぎたかもしれないと、考え始めてもいた。何せ、この様な戦闘は初めてなのだから……。
  SUS第八戦隊旗艦〈インギュロス〉の艦橋で、幕僚や兵士たちは既に戦勝気分に浸っているように思えた。それもそうだろう、次元航行部隊は半壊に近い状態だ。

「敵、さらに後退」
「敵、密集体系を取りつつあり」

成程、あくまで徹底抗戦の構えか。レイオスは次元航行部隊が逃げるのを諦め、玉砕の道を選んだのかと読んでいた。それは半ば正しいものであり、外れていてもあった。
第八戦隊は、次元航行部隊がさらに後退し密集隊形を執ると同時に、一時砲撃を控えていた。より完全な包囲網を作り上げようとしたためである。
そして彼は直属の艦隊に前進を命じた。中央に彼の指揮する第一分隊、右翼が第二分隊、左翼に第三分隊、という配置だ。だが一部幕僚は前進に待ったをかけた。
自分らで前進しなくとも、両翼で徹底的に叩けば、おのずと勝利は得られる。無闇に突出する必要はないのではないかと。それをレイオスは柔らかに否定した。

「これは私なりの敬意だ。経験のない管理局の指揮官に対する、な……。最期くらいは、我らの手で止めを刺そうと思うのだ」

  これが、周りの部下が彼を支持する理由の一つだ。どんな敵であれ、奮闘した者に対する敬意。だが皮肉な事に、この彼の性格が災いすることとなる。
第一分隊が前進し、完全な射程距離におさめるのと、次元航行部隊を完全包囲するのにズレが生じた。完全包囲するのにはままだ二分か三分は必要だった。
それでも彼は砲撃を優先した。どの道、相手は逃げる事など不可能なのだという先入観からきていた。それは事実ではある。が、この後の行動に関しては予想を外した。

「砲撃開始!」

  最後の砲撃が、第一分隊から放たれる。それに遅れる様にして、両翼の艦隊も転舵、包囲しつつ前進を開始した。その砲火は、より強力なものとなって、管理局残存艦を襲う。
球形陣に近い形で防御態勢を取る次元航行艦の残存。まだ健在な旗艦〈エイブラハム〉とデュークは、最期の時を迎える前に、最期の奮闘を見せようとしていた。

「敵正面より、突っ込んできます!」
「……もう少しだ」

スクリーンには、有効射程距離を示す空間域にSUSが突進してくる様子が映っている。なんの射程距離かと言われれば、それは例の質量兵器に他ならない。
だが、この砲撃で質量兵器搭載艦にも被害が及び始める。一撃で粉微塵にされるその様に、オペレーターは声も出ない。この恐慌状態はいつ終わるのか!
  そしてSUS第八戦隊の第一分隊が、質量兵器を必中させる射程に入る直前、遂にデュークが命令を下した。

「全艦、両翼にアルカンシェル発射用意!」
「っ!?」

この期に及んで、アルカンシェルと発射させるというのか! 戸惑うオペレーターだったが、デュークの一括で作業を再開させる。セレブレッドは、もう何も言わない。
次元航行部隊、残存三三隻中、一四隻のアルカンシェルが、SUS両翼に矛先を向けた。この瞬間、不意を突かれたように、両翼の足が一斉に止まってしまう。
レイオスも驚いたが、そのアルカンシェル搭載艦の撃破を最優先にさせるよう、緊急命令を伝えた。が、これこそがデュークの待っていたチャンスでもあったのだ。
  突然、次元航行部隊が二つに……いや、三つに分散し始めたのだ。三〇隻あまりが無謀にも両翼に向かい、残る小型艦六七隻が全速で突進して来るのである。
その瞬間に彼は悟った。そうか、あの小型艦こそが、管理局の真打なのだ! そして彼は判断に迷いを生じさせた。あれがどういうものか分からぬ故、余計に判断しにくい。
仕方ない、と彼は直属部隊に小型艦艇への攻撃を優先させるよう命じる。しかし、その命令は時既に遅し――!

「偽装解除、全ワイゲルト砲用意。目標、前方のSUS艦隊!」

デュークの命令が、レイオスの攻撃命令よりも先に発せられた。突進してくるSUS第一分隊の速力を狙って、質量兵器――ワイゲルト砲搭載艦を全速で前進させた。
同時に偽装カバーを解除する。すると艦体の内側から、全長五〇メートル近い巨大な砲身が現れたではないか! その砲身を担ぐように、一隻の小型艦が張り付いている。
  ワイゲルト砲――管理局の無限書庫で保管されていた、兵器文明に関する書物によるものだった。その兵器は、エネルギー兵器ではなく、大口径、超重量の質量弾を使用。
電磁カタパルトを使用して実弾を発射するもので、魔力など一切使わない。詳細によれば、ワイゲルト砲は四五センチ口径、砲身の長さは一〇メートル程度の物だ。
それを何処かの裏企業が設計図を手に入れたらしく、企業独自にこれを大改良。結果として、トンデモ(・・・・)兵器と化した。

主砲口径、八〇センチ   砲身の長さ、五〇メートル

魔法に対抗するという名目で開発したが、質量兵器など取り扱った事のない彼らの目論見はあっけなく挫折した。
  何故なら、ワイゲルトは実弾を発射するする際の、砲身内部に掛かる圧力が計り知れない数値を叩き出すため、発射しても一発目で砲身が破壊されてしまうのだ。
基本設計でそれなのだ。それを八〇センチ口径にすればどうなるか……言わなずとも、想像は容易だ。撃った途端に砲身は耐えかねて破損してしまうのだ。
それを欠陥品として裏企業は増産を取りやめようとしたものの、反管理局派の大組織がそれを買い付けたのだという。しかも、七〇隻という大量の数を発注してだ。
  本来ならもっと大量の数を必要とするであろうが、生憎と管理世界間で派手な艦隊戦などあり得ない。どういった意図でこの数を量産したのか、いまだ謎だという。
かくて、その自滅さえしかねない危険物の存在が露呈し、裏企業は管理局によって取り締まられた。同時に改良型ワイゲルト砲もすべて押収されたのだ。
  一斉に現れた砲身の群れに、SUS艦隊は一時唖然とした。何だあれは、あんな砲身に何ができるというのだ。と威力を知らない彼らは侮った……次の瞬間だった。

「ワイゲルト砲、発射!!」


ワイゲルト砲搭載艦に乗っている乗組員は、オート・トリガーを起動させると同時に、ワイゲルト砲を切り離した。土台から離れたワイゲルト砲はそのまま突き進む。
SUSはそれを阻止せんとして砲撃を開始するが、撃ち落とすのは不可能だ。広大な空間で、砲撃対象物は直径一三〇センチ、長さ五〇メートルという極めて小さなもの。
これを撃ち落とすなど容易ではない。手を拱いている間に、土台から切り離されたワイゲルト砲のトリガーが、遂に作動する。
  直径六〇センチという常識外の砲弾が、最高速度 秒速一七〇キロという驚異の速度でもって、狭い砲身から広大な次元空間へと撃ち出されたのだ。
それを避けようという行為は、殆どが無駄である。SUS艦隊は唯でさえ管理局艦隊に近付き過ぎていた。
遠ければ砲弾の接近を察知し迎撃も可能だったのだろうが接近をオペレーターが警告した時には砲弾は至近距離に迫っていたのだ。
  これこそがデュークの狙っていた瞬間である。レーダーには捉えずらい、小さな弾頭が数十と探知され、旗艦〈インギュロス〉オペレーターは叫び声を上げた。 

「敵弾多数、来る! 回避不可能!」

どうこう言おうが、第八戦隊一分隊に回避する術はなかった。ワイゲルト砲は発射直後に、その場で自己崩壊を開始した。多数の砲身が破裂するように壊れていく。
  だが、SUSの場合は砲身の破裂よりも、その代わりに撃沈された戦闘艦の損害が、散々たる結果を生んでいた。
放たれた驚異の弾丸は、まず、レイオス直属の第一分隊、七〇隻の先頭集団に襲い掛かる。艦体の大きさに比べて小さいが、その弾丸に働いている運動エネルギーは信じ難い。
一発がSUS戦艦の艦体下部に命中する。シールドなど実弾の前では気休めにもならず、弾丸は装甲を容易く突き破った。瞬間、その衝撃と破壊力の前に戦艦は上下に分裂した。
引きちぎられるようなものだった。さらに、同様の運命を辿る戦艦が、瞬時にして六〇隻近くに昇る。
  そしてその中には、旗艦〈インギュロス〉も加えられた。

「直撃、来ます!」
「ば、莫迦なッ――!!」

全てを後悔するには、時間が惜しい。しかし、彼は反省を生かす余地もなく、ワイゲルト砲の直撃を受けた。艦首からめり込んだ弾頭は、そのまま艦内部へと直進。
区画を破壊していくと同時に、機関部へと到達。後は誘爆を招き、旗艦〈インギュロス〉は乗組員を退艦させる暇もなく轟沈してしまった。
このワイゲルト砲六五門と引き換えに、第八戦隊は旗艦を含む戦艦五八隻を失うに至った。さらに、この旗艦撃沈と言う事態を受けて、残存艦隊は動揺した。
  その瞬間をつき、次元航行艦残存部隊はアルカンシェルを斉射した。この最後の砲撃で、SUS艦隊の損害に一七隻を加算することになった。合計して八二隻。
実に全体の四割近い艦船を失ったこととなったのだ。SUS残存兵は狼狽した。予想外の反撃に辟易し、司令官を失って浮き足建っている。

「SUS艦隊、八〇隻以上を撃破! 動きも鈍くなっています!」
「敵、撤退する模様!」

左右にいたSUS両翼部隊は撤退を開始した。司令を失い、あまつさえ兵力の四割を失った彼らには、真面に指揮統一を執れる人材がいなかった。
副司令は顕在こそしていたが、やはりレイオスと言う頼りになる名将が討ち取られたということも相まって、戦闘継続の意志を完全に削がれてしまった。
それに彼らはあくまで、最小限の犠牲を持って最大限の戦果を挙げる事が任務である。であるというのに、これほどの被害を出してしまっては今後に支障をきたす。
  デュークは撤退する第八戦隊に対して追撃は仕掛けなかった。理由は簡単、彼らはSUS以上の損害を受けているため、追いかけるだけの余力が残されてはいないのだ。

「空間歪曲波、消えました……同時に、敵艦隊も次元転移に入ります!」
「……退けたのだな、デューク提督」
「はぁ、どうやら、そのようです」

戦闘が終ってなお、セレブレッド中将の額からは汗は引かなかった。デュークも戦闘による緊張が続いたためか、背中も汗が滲み出ている。
オペレーター達も生きた心地がしなかったようで、コンソールに突っ伏す者、背もたれに思い切りよりかかる者、戦闘の恐怖から思わず泣き出してしまう者。
通信機越しに聞こえてきた、僚艦の通信士の叫び声もあったのだ。それが余程に堪えていたようだ。無理もないことではあろうが……。
  この会戦における双方の被害は以下の通りだ。次元航行部隊――次元航行艦九三隻、小型艦五隻の計九八隻を損失。SUS艦隊――戦艦八二隻を損失。
被害数、そして比率において管理局側が大きく、勝利したとはいえ、これは辛勝と言う言葉が適切であろう。死傷者数も六〇〇名は下らないものだった。
ただし次元航行艦は少人数で動かせる事もあり、この数で済んだとも言えた。そのことから言えば、SUSの方がし死傷者数は多いであろう。

「司令部へ連絡、『我が艦隊は甚大な被害を被るも敵艦隊の撃退に成功せり』とな」
「ハッ!」

  SUSとの総決戦を前にして行われた、二つの戦場における戦闘はSUS側の思惑のレールに乗っていた。第八戦隊を退けたとはいえ、次元航行部隊の被害は、第六拠点での戦闘も含めて、およそ二二〇隻前後もの艦船を失ってしまったのである。
一度使用したワイゲルト砲も、既にない。一度きりの使い捨て兵器だったのだ。この後の決戦において、ますます苦しい状況に追い込まれていく連合軍。
果たして、かのカリム・グラシアが予言したとおり、〈シヴァ〉率いる連合艦隊はSUSを撃退することは可能なのか……すべては、予測しえない未来の事である。




〜〜あとがき〜〜
どうも、第三惑星人です!
梅雨に入ったとのことですが、地味に嫌なものですね。
そういえば、今月末に宇宙戦艦ヤマト二一九九の第二章が始まりますね!
しかも、キャスト発表では、デスラー総統を演じられるのが山寺氏であるとか……これは期待するところ大!
山寺さんはPS版、PS二版のゲームで古代進役を務められ、近年では復活編でも古代役を務めていました。
それが今度は、宿敵デスラー。渋さよりもクールな声でデスラー役を演じられるのかな、とわくわくしています。

さて、今回は久々の戦闘シーンに突入しました。
そしてワイゲルト砲に関してですが、お気づきの方も多いのではないでしょうか?
SF小説『タイタニア』第一巻に登場した兵器を、形を多少変えて登場させました。
まぁ、時空管理局の無限書庫ともなれば、そういう類いのものは資料があってもおかしくは無いかな〜と思っていた次第……。
もう少しで決戦までいきそうですが……どうなる事やら。

それでは、ここまでにしまして、失礼させていただきます。



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