「レーダーが正常に作動しません!」
「通信機器、使用不能!」
「何が起きているというのだ……」

 地上での激戦に勝利した地球、管理局の地上連合部隊。その束の間の喜びは、謎の妨害行為により瞬く間にかき消されてしまったのである。
第1管理世界ミッドチルダの首都クラナガン中心区、管理局地上部隊地下本部でも局員達が大騒ぎしている。マッカーシーやフーバーも例外ではない。
突然の妨害行為で各機器が機能を失った様子に、呆然となっていた。別次元との交信が出来ないばかりか、外にいる古野間との通信も出来なかったのだ。
異変はミッドチルダ上空にもあった。成層圏あたりから黒い雲が出現した途端、それは渦を巻き始めた。それは小型のブラックホールのようにも見える。
 さらに仮本局の第2拠点と〈トレーダー〉近宙域でも同様のものが出現し、局員や防衛軍兵士達をパニックに陥れていた。

「地上本部との連絡、完全に途絶えました!」
「艦隊との連絡も途絶!」
「呼び続けろ。それと、あの黒い靄はどうしている」

レーニッツは冷静さを持って対処しようとしていた。だが、連絡方法を全て失ったとなれば、それは孤立したも同然なのだ。局員らが動揺するのも無理はなかった。
先ほどまでは地上軍も勝利した、と通信が入っていたのだが、それが突然として途絶えた。その直後にこれである。
謎の黒き靄、ブラックホール擬きまでもが現れる始末。まったく、安心と言う言葉を言うには先延ばししなくてはならなかった。

「またSUSの攻撃?」
「分からないわ……そうでない事を祈るばかりよ、リンディ」

絶望に支配されるリンディと、祈り続けるしかないと返すレティだが、片や民間人側も大騒動であった。
 特にテレビ局、ラジオ局、ネットワーク管理局等は、皆が顔を青くして状況の把握に努めようと躍起になっていたのだ。MT情報局もその一つである。
情報管理室にて、デミル社長は通信状態の回復を急ぎ命じた。

「全システムが作動しないのは、どういう事だ」

呆然となるデミルの問いに答えてくれる人間はいない。スタッフ達は言われずとも最初に修復を試みたが、回復してくれない様子に汗が滲み出る。
SUSとの侵略はまだ終わってはいない……そういうことじゃないないのか、これは。脳裏に浮かぶ、SUSの進撃の情景。もう止めてくれ、そんなのはたくさんだ!
戦争に嫌気がさすのは彼だけに限ったことではなく、全世界に通じる想いなのだ。
 しかし、その状況に変化が訪れたのは、機能停止状態になってから3分も経過しない頃だった。砂嵐だった通信スクリーンが徐々に正常に戻り始める。
やっと戻ったか、と安心したのも束の間だった。そのスクリーンは正常ではなかった。それに通信機器も反応しないまま。スクリーンに映されたものを見て、驚愕した。

「ば、化け物!?」
「なんだ、こいつは!」
「電波ジャックなのか、これは!」

口々に驚愕の言葉や悲鳴が響く。デミル自身も、その映されたものを見て、何も言えなくなる。そこには異次元とも言えるような面妖な空間があった。
それを背景に、映った人物。いや、人物と言うにはあまりにも恐ろしい者だ。人型をしてはいるが、身体は薄い紫色で透けて見えている。
肩や頭部など至る所には、部族民が付けるようなラインがある他、その表情は悪魔そのもの。赤い瞳に黄色い眼で、吊り上がっていた。
さらに耳は尖り、口も大きく割け、尖った牙が並んでいるのだ。それがスクリーン越しに多くの市民達を見て、ニタリと口元を釣り上げている。

「お、恐ろしい!」
「化け物だ!」

 市民達は悲鳴を上げた。今まさにディスプレイ等から出てきそうな、正体不明の怪物に怯える。この映像は管理局全体にも流されていた。
いや、それだけではない。この時、全管理世界においても同様の現象が発生してた。が、連絡も取れない状況下でそれを確認する手立てはなかった。
そして全ての通信スクリーン、街頭テレビスクリーン、あるいは家庭のテレビスクリーン全てが、この異形の異星人を映し出している。
チャンネルを変えようとしても変えられない、消そうとしても消す事は出来ない。できるのは、それから目を背けるだけである。
 だが、この異変はスクリーン越しだけではなかった。ミッドチルダの上空にも、有り得ない光景が広がっていた。
漆黒とも言える黒雲が渦巻く空、その中心から不気味な薄紫色に輝くSUS人が現れたのだ。しかもかなり巨大なものだった。
それをまざまざと見せつけられていたのは、外に待機していた古野間ら陸上連合部隊であり、聖王教会の守備隊面々でもあった。

「古野間司令、あれは、いったい……!!」
「とんだデモンストレーションを用意していたようだな、やっこさんは」

外にいた古野間ら陸上部隊らの上空には、これでもかというほどに巨大投影された、SUS人の姿に思考を停止させられる。まるで破滅の魔王でも舞い降りたかのようである。
怪獣映画じゃあるまいし! 古野間はそう言ってSUSに罵声を投げかけた。それに対して、意に介さない巨人のようなSUS人。
 聖王教会にいる守備隊の面々も、この光景に言葉を発する事が出来ないでいた。出来たとしても、それは狼狽でしかない。
大空に広がるSUS人の姿、そして各通信機やディスプレイにまでも、その姿を映される。疎開していた子供達、市民達には悪魔の様にも見える異星人に恐れ慄いた。
教会内部に避難しているヴィヴィオと友人の少女達は、息をする事さえ忘れ、身体を震わせている程である。それだけ、子供達にも衝撃的なものであった。
 ユーノはこれまでに、古代文明に関して多くの記録を見てきたが、これほど異質な存在を目にするのは初めての事だった。

「あれが……SUSの正体なのか」
「想像していた以上だな、これは」

冷静さを保とうとしているヴェロッサの額にも、汗が滲む。こんな奴らを相手に、我々は戦争をしていたというのだろうか。
これほどの異様な力を持っているSUS人が本気を出せば、軍隊など使わずとも相手を負かす事さえ可能なのではないだろうか、とさえ思えてしまう。
そのSUS人が口を開き、声を発したのは現れてから1分後の事であった。





『ヒトよ』

 耳元まで裂けている口が、多くの市民や局員、防衛軍らの前で開かれる。それはエコーが掛ったような、頭に響くような、何とも形容し難い不気味な声だった。

『劣勢なる状況で、よく戦い、我等の軍勢を退けたものだな。全く見事なものだ』

あれだけの被害を受けておきながらも、蚊に刺された程度でしかないのだろう。SUS人は余裕の呈で言葉を続ける。

『だが、これで分かったであろう。お前達が如何に世界を支配しようとも、所詮は見かけに過ぎないものである事を』

ある局員は反論しようとしたが、ひらきかけた口を閉じた。管理局が弱小な組織でしかない、と言われたも同然の発言は、否定しえないものであるからだ。
これまでに尊大な態度を取ってきた者達も、また、己の正義を信じて来た者達も、管理局が低レベルの治安組織でしかない事を、身に染みて教えられたのだ。
それでも防衛軍という存在がいて、SUSと“辛うじて”対等出来た。そう、あくまでも対等というレベルだ。

『地球の力添えがなくば、今頃は我らの軍勢がお前達を一人残らず……資源として活用していたものを……惜しいものだ』

 資源! 我々人類は、資源という程度でしか見られていないのか。この発言に局員達は愕然とした。資源扱いを受けた我々は、どういう目に逢わされたのだろう。
地上本部にいるマッカーシー、フーバー両名も、SUSが資源欲しさに戦争を吹っかけている事は承知していたが、人を人として見ていない扱いには、怒りを誘った。
だが目の前のSUS人は、そんな心境を読み取ったかのごとく、深い笑みを浮かべる。

『そうだ、我等にとって、この管理世界は限りない資源だ。ヒトも、動物も、自然も……有機物、無機物、ありとあらゆるものが、我らにとって限りのない資源だ!』

まるで演説をするが如きであり、身振り手振りを交えながらやや大げさに語り続ける。市民という観客を前にして、SUS人は熱狂しているようにも見えた。
 資源を欲して領土を拡大、あるいはそれに伴う侵略行為や威圧行為等は、地球の歴史上に例が存在するものだ。だがSUSの資源欲しさは尋常ではないだろう。
銀河系を1つ征服するだけに足りず、他の次元世界でもそれを繰り返す。底なしの欲が、他世界を食らい尽くしていく。
この戦争もまた、欲を満たすための行為に過ぎない。幸いにして、管理世界はSUSの侵攻を挫く事に成功したが、それも類い稀なる防衛軍の協力があってこそ。
 とはいえ、負けた事には変わりはない、とSUS人は己の敗北を認める。

『今回は手を引いておこう。だが、覚えておく事だ。我等はいつでも、お前達に手を伸ばす事が出来るという事をな。さらばだ……ヒトよ!』

スッと目を細めながら、SUS人は捨て台詞を吐いた。同時に、その姿は徐々にブラックホール擬きに吸い込まれていき……やがては、完全に消滅した。
それはあっという間である。街中のスクリーンから、各家庭のテレビ、はては管理局の司令室スクリーンから、一斉に消え去ったのだ。
 長い時間であったと思えるが、実際には5分も経ってはいない。消える瞬間まで、呆然としていた市民達はハッと我に返る。

「……なんだったんだ、今のは」

MT放送局のデミルも、砂嵐になった画面を見て、信じ難いと言わんばかりの表情を作っていた。今までの人生で、これ程までに異質な体験などなかった。
いや、あったらあったで困るが、今回のSUS人による電波ジャックは極め付けだ。スタッフ達も立ち竦み、数秒した後に硬直状態から脱する事が出来た。
記者マイク・ルーディの額からは脂汗が滲み出ており、硬直から解放されるや否や、慌てて腕で額を拭った。

「社長、我々は……人類は、とんでもない連中から目をつけられたんですね」
「今更何を言う。戦争を吹っかけられた時点で、とんでもない連中だったろう?」

ドサリ、と椅子に腰を下ろしながらデミルは言葉を返した。管理局を相手に戦争を仕掛けた敵性勢力というだけで、十分に大きな問題であったとデミルは思う。

「それはそうですがね……奴らは、また来るような事を言っていたじゃないですか」
「そうだな。だが、今からそんな心配をして何になる?」

 深刻な顔ぶりだったデミルの表情が、次第に余裕を取り戻していく。我々の成すべき事は、この事実をすぐに全世界へ伝える事ではないか。
相手が異星人だろうが何だろうが、この事実を早く知らせねばならない。

「直ぐに新聞の記事を書きたまえ。いいか、これは事実だ! 有り得ないと思われるだろうが、ミッドチルダ全住民が体感した事実なのだ!」

いつまでも硬直している暇があったら、この事実を一刻も早く記事として、ニュースとして形にしろ! 先ほどの深刻ぶりが嘘のようであった。
この人は、戦争の真っただ中にいても、死ぬ事は無いだろうな。と切替の早い上司を横目で見ながらも、ルーディもまた作業に入った。





「電波ジャック、解除されました。通信状態、回復しました!」
「各部報告せよ!」

 SUS人の演説が終わった直後の、時空管理局第2拠点は慌ただしいものだった。局員達はミッドチルダの地上本部に連絡を取る他、他管理世界との状況把握に努める。
その中でリンディは冷や汗を流しながらも、SUS人の撤退宣言をどう見るべきかと考えた。あの口調からして、彼らが完全に諦めたとは思いにくい。
SUSはいずれ、完全に態勢を整え次第、再度に渡って管理世界を支配しようと侵攻して来るのではないだろうか。今までの事を考えると同時に、SUSの膨大な国力を再推察する。
1000隻単位の艦隊を派遣できる国家なのだ。SUSという国家も、それだけ膨大な軍事力を多く有していると見ても良いのではないか。
そして今回こそ、防衛軍との共同戦線で退けたものの、それは氷山の一角に過ぎないのではないだろうか。リンディの不安は増す事はあっても減る事は無い。
 そんな不安を余所に、司令室に通信が入る。それは急ぎ急行中の艦隊、マルセフからのものであった。

『御無事の様で、何よりです』

通信が途絶し、余程心配になったのであろう。話によれば、マルセフの艦隊もSUS人のジャックを受けていたという事である。
ミッドチルダのみならず、離れた艦隊にまで電波ジャックを成したという事だ。SUS人とは、想像以上に強力な力を有している事が伺えるものだった。
 そして無事を知ったマルセフは、ミッドチルダ地上部隊もまた、SUS戦車部隊の襲撃を退けた事を知った。

『そうですか。あの電波ジャックからの話からして、その気はしておりましたが……』
「うむ。しかし、しばらくは警戒を緩めるべきではないだろう、というのが私らの見解であるが、提督はどう思われるか?」

勝利に安堵したマルセフに、警戒態勢の維持を今しばらく継続すべきだと主張するのは、ラルゴ・キールであった。
前回の要塞が撤退した件もある。それだけに撤退宣言を受けたとはいえ、全面的に信じるのは止めるべきではないかと言うものであった。
その勝利の貢献者達である将兵達は、勝利した気分よりも恐怖の体験がそれに勝ってしまい、戦勝ムードな雰囲気ではなくなっていた。
 いつか分からぬ先の話だが、奇襲して来るとなると安堵したくても出来ないのだろう。何分、あの悪魔の如くの演説をされては当然の事だった。

『同意見です。完全撤退を宣言したとはいえ、数日は様子を見るべきでしょう』
「承知した。ひとまず、貴官らは帰還すると良いだろう。負傷した兵士達の収容、損傷した艦艇の修復が必要だろうて」
『はい。我が艦隊は一端、基地へ帰還します。後続のエトス、フリーデ、ベルデル、および次元航行部隊も数日遅れで到着する筈です。対応策は、その後に致しましょう』

そう言うと、マルセフとキールは通信を終えた。まだざわめきの落ち着かない指令室内部ではあるが、キールは老体を座席に降ろして溜息を吐いた。
戦乱は、これで終いであって欲しいものだ。我らが体験してきた戦乱よりも遥かに、過酷で、無慈悲。そして耳を疑いたくなるような殉職者や死者の数々。
我々管理局、そして管理世界市民達は戦争を知っていたつもりであって、体験した事など極稀にすぎなかった。それも、管理局が誕生する前の話になるだろう。
 しかし、多くの死者を出したとはいえ、いつまでも後ろ向きになる訳にはいかない。生き残った者には、これからを歩む義務があるのだ。
そして死んで逝った者達の分まで生き続ける。隣に控えているミゼット・クローベル元帥、レオーネ・フィルス両元帥も同様の考えだ。

「さて、これからが忙しくなるだろうて」

キールは長い顎鬚を撫でながらも、そのように呟いた。SUSが本当に撤退したかという確認は、今まで連絡の途絶えていた管理世界の通信の普及に左右される。
その管理世界の状況を把握し、可能な限り復興支援などを行う必要があるからだ。復興とはいえ、こちらも艦船の消耗が激しい他、直ぐには着手するのは難しい。
できれば、市民らに危害が加えられていなければ良いのだが……と、心配にもなる。
 音信不通状態だった各管理世界と通信再開が可能となったのは、それからおよそ1時間後の事だ。蓋をされて出てこなかった大量の水が溢れるように、通信量は一気に増大した。
放っておけば通信回線がパンクするのではないか、とも思われたものだ。しかしこれで、SUSが占領していた管理世界が解放されたという確証が得られた。
リンディ、レティ両名も安堵しかけた。が、各管理世界における被害状況を耳にして目を伏せる。

「……予想はしていたけど、全滅なのね、駐在していた局員達は」
「残念ながら」

リンディの問いに、通信士官は沈痛な表情で答える。そもそも、SUSが侵略を開始し、通信が途絶した時点で嫌な予感が渦巻いていた。
 そして、当たってほしくもない、その予想は的中していたのだ。幸いな事と言えば、残された市民達には被害が微小であった事だろう。
詳しい報告は纏めねばならないが、この様子だと皆殺しにされたという事は無さそうである。隔離された状態かつ、SUSの監視の目が続いていた程度であったという。
駐在局員を撃滅される様を見た市民達も、さすがに反抗に意を示す勇気まで持ち合わせてはいなかったのだが、これも当然の反応である。
非魔導師や低ランクな魔力保持者にしても同様で、自分らよりも優れた魔導師達を撃退されたとあっては、SUSに敵う訳がないのだ。
 地球艦隊が到着したのは、それから3時間後の事である。局員達はスクリーンに映った地球艦隊を見た。戦闘で深く傷ついた装甲が、激戦の凄まじさを物語る。
倍以上の艦隊を相手にして、よく勝てたものだなと、本気で感心するものであった。その旗艦〈シヴァ〉から通信が入る。

「レーニッツ提督、〈シヴァ〉と〈ヤマト〉がこちらへ入港するとの事です」
「ふむ。第1ドックへ誘導してくれ」

地球艦隊は〈シヴァ〉〈ヤマト〉を残して他は〈トレーダー〉へ向かう。レーニッツは誘導無線で2隻の戦艦をドックに入港させるように指示した。
了解との返事が返ってくると、〈シヴァ〉と〈ヤマト〉は管制塔の指示に従ってドックに艦を進める。完全にドック入りするまでに、彼らは〈シヴァ〉らの現状を目にする。
 〈シヴァ〉は以前のレベンツァ星域と比べれば、まだマシな方と言えるだろう。主砲塔の半数は使用不能の様子だが、前は半数以上の砲塔が損傷していたものだ。
外壁もビームの影響で黒く焼け焦げていたものだったが、それも今回は少ない方だった。破壊神、健在にあって、その闘志衰えず……である。
相も変わらずのタフな戦闘艦である、と技術者達なら羨ましがって言うであろう。次元航行艦船も、ここまで強力だったらどんなに違うか。
艦船設計に携わる、マキリア・フォード一尉もその一人であって、地球防衛軍の艦艇の性能を高評していた程である。

「ひとまずは、マルセフ提督と古代提督から報告を聞こう。その後に改めて、会議を行う」
「ハッ!」

 レーニッツの指示に復唱する一同。マルセフと古代の報告を聞き、後に連合艦隊の各指揮官をも交えた本格的な会議を行う事となる。
その際には地上部隊の面々も加わり、幕僚長、本部長、空間機甲旅団長、また協会からはカリム・グラシアも出席する事となっていた。
主要メンバーの面々が会議室へ向かいながらも、その内の1人であるリンディは思う。この戦争は管理世界に大きな傷跡を残すものとなったが、今後もこのような戦争を仕掛けられた場合、管理局はその危機を脱する事が出来るのかと。
 恐らくは……いや、恐らくどころか完全に無理だろう。管理局は防衛軍から多少なれど技術供与を受け、これまでにない新兵器を開発した。
だが新兵器さえも量産が覚束(おぼつ)かず、次元航行艦船等もいまだに防衛軍の戦闘艦艇には及ばないものだ。それだけではない、彼らが撤退した後に法律をどう定め直すかだ。
今回こそ臨時的な、応急処置的な対応で波動エンジンの技術を取り込んでみたは良いが、戦乱が収まった後はこれをどうするか。

(波動機関は、地球世界において有り触れる技術。それは軍事大国であるガルマン帝国も保有するもの……けど、私達管理局と管理世界には過ぎた代物だわ)

時空管理局は魔法による発展と平和を主張してきた一大組織である。そして当然の事であるが、魔法を絶対とする管理局に対して、反発する世界も少なくない。
管理局として危惧する事は、この波動機関技術が流出し反管理局勢力に流れ込めば、管理局にとって大きな弊害となるのである。
地球連邦のように“有り触れた代物”として使用されるには、相当な時間を要する事となるのは、想像するのに難しくない。





 マルセフと古代を加えた会議は、ものの15分前後で終了した。本格的な会議は、各司令官を集めてから行うとの事だ。また、2人と将兵達の疲れを考慮しての事だと言う。
その配慮に対して断るのも悪いと考え、2人も素直に引き返した。味方が到着するまで時間もある。地球の状況とを照らし合わせながら、今後の対策も練る必要があった。
例のガトランティスの件もあるからだ。彼らが侵攻してくる可能性は80%だというのが、本司令部の分析であった。それまでに戻らねばならない、それもなるべく早くだ。
 次なる会議まで、艦に戻ろうかと相談していた彼らは、突然に声を掛けられた。それは先ほど会議で顔を並べたリンディ、レティの両提督である。

「よろしければ、お食事でもご一緒しませんか?」
「よろしいですよ。レディからお誘いを受けて、断る訳にはいきませんからな。古代司令も時間は大丈夫だろう?」
「えぇ。小官もご一緒させていただきます」

キザだとも言えるマルセフの返答だが、不思議とキザとは感じさせないのは、紳士さと貫禄ならではのものだろうか。某イタリア人艦長とは一味違うものである。
その紳士淑女の団体は、第2拠点内部の居住区エリア内にあるレストランに足を運び入れた。管理局の拠点であるだけに、使用するのは主に局員ばかりだ。
 レストランのスタッフはいつも通りの姿勢で、来客の対応をしようとして息を呑んでしまった。尉官クラスや士官クラスの局員は珍しくはなく、提督クラス――将官クラスの来客も希に見るものだが、今回は極めつけだった。
見慣れない制服姿からして、それが今(ちまた)で有名となっている、地球防衛軍の人間だという事が直ぐに分かったからだ。

(あ、あの人は……マルセフ総司令官!?)

最初に顔を合わせた男性スタッフは驚愕した。まさか、あの連合軍総司令が此処に来るとは! 他のスタッフ達、または先に来ていた士官達もそれに気づき、半瞬だけ硬直化した。
入口に近い席にて食事を取っていた局員も、思わず起立して敬礼をする程であった。
 軍隊内部なら敬礼も当然だが、このような食事の場でやられても正直困るものだ。マルセフは起立した局員、これから起立しようとする局員に、苦笑いをしながら言った。

「そのままにしてくれて構わんよ。そんな事では、落ち着いて食事もできまいて」

そう言われ、ぎこちなくなりつつも席に戻り、食事を再開する一同。そしてサプライズな団体客は、平然として開いている席に座ったのである。

「さて、何にするか……」

メニューを開き、サラリと眺めるマルセフと古代。そのメニュー表の写真を見る渡す限り、管理局における食文化は地球の食文化と何ら変わる事はなかった。
1分程考え込むと、2人は頼むものを決めた。女性陣も既に決めたようで、4人が決まった所でウェイターを呼び出した。
 マルセフはバターロールとビーフシチューを、古代はごサラダを盛り合わせたポークカツレツの定食を、リンディはロールキャベツの定食を、レティはサラダパスタを頼む。
一通りのメニューを確認し終えた女性ウェイターは、厨房へと姿を消した。注文した品が彼らの前に並んだのは、それから10分前後の事であった。
運ばれた料理を前にして、4人はそれぞれの注文品に手を付け始める。程よい温かさのビーフシチューは、マルセフの舌に“上手い”と言う感覚を与えた。
柔らかい肉やジャガイモなど、味付けも中々だった。時折バターロールを千切って口に運ぶ。地球とは変わらぬ味に、それこそ舌を巻くものであった。

「こうして食事を口にできるのも、生き残れたからこそだな」
「そうですね」

 マルセフのしみじみとした言い様に、古代は頷いて答える。戦死していたら、この様に食事にありつく事も出来なかった筈だ。
古代も厚切りのポークカツレツにナイフを入れて切り出す。肉汁が染み出したそれを、フォークで口に運ぶ。品質と言い、味と言い、良く出来た物だと思う。
戦争が終結したとはいえ、ここに戻るまでには、真面に食事が喉を通らなかったものだ。それが今回、一応の終息を見て、食道と胃袋が開通したようだった。
リンディとレティも己の注文品に手を付け、やがては4人分の料理は見事な程に綺麗に食べ終えた。生きているとは、素晴らしい事だ、等と言う事は無かったが。
 食後のコーヒー、紅茶、緑茶が運ばれると、皆はそれを口に入れ、一息を入れる。そこでようやく、マルセフが口を開いた。

「これで本当に終わりならば、よいな」

先の会議における見解として、SUSの撤退宣言は可能性として大いにあり得るとながらも、警戒は今少し伸ばすべきである、と示唆したのである。
また、SUSに占領されていた各管理世界とのライフラインの再構築を急ぐべきである。そして、疲弊した戦力の再編が急務である、というものであった。
 時空管理局は、この戦争でより大きく力削がれる結果となった。とりわけ次元航行部隊は6割以上の部隊を損失しており、再編には容易ならざる時間を必要とする。
同時に陸上部隊もミッドチルダの部隊と合わせて、複数の駐屯部隊が全滅している。〈海〉と〈陸〉を合わせ、1万人以上の死者を出したと言われているのだ。
これは管理局歴史上、史上最悪の数値として記録される事となろう。が、地球連邦の歴史から見れば、それは些細な血の量に過ぎない。

「血が流れないものなら、それが一番だ」
「同感ですが、それは人類にとって、永遠の課題の1つでしょう」
「課題……ですか」

 マルセフと古代に続き、リンディは湯気の立つ湯呑を両手で持ちつつ、茶に映った自分を見つめながらも繰り返すように呟いた。
勿論その課題は、地球連邦の世界のみに限った事ではない。管理局においても、他の管理世界でのいざこざで血を流す事も少なくないものだ。
人類同士が血を争わずに統合される、または血の流れぬ平和な時代を完成させるには、まだまだ不十分だと、古代も重ねて言う。

「口で平和を唱えるのは簡単な事ですが、現実はそれを許してはくれません。人に様々な思考があるように、国家も様々ですから……」

 その通りだとレティは思う。管理局はこれまでに、様々な管理世界と接触しては、頃合いを見てコンタクトを取り、管理世界に組み込んできた。
魔法という代物ならば犠牲を出さずに、生きて問題を解決できるものなのだ、とさえ説いていた者もいる。それが魅力的にも見える人もいた。
だが管理世界に組み込まれるという、一種の属国の様な扱いを感じてしまう人もいる。特に質量兵器に頼っていた世界等は当てはまるであろう。
 それだけに、今まで問題が無かったと断言する事は出来ない。実際にして、反管理局勢力と言うのも誕生しているくらいである。
何にせよ、今の管理局も、地球連邦世界においても、流血無き平和と言うのは共通した課題には違いない。万人が認めうる形を得るための時間は、途方もない。

「それは追々、解決していくしかないな。……まぁ、兎に角は、戦争の本当の終結が確認が出来次第、一刻も早く帰還する事が先決だ」
「例のガトランティスの件ですか、マルセフ提督」

リンディが尋ねた。管理局一部上層部も、地球連邦の世界においてガトランティスの再侵攻に関する話は知らされていたのだ。
局員にとっては外部の話になるが、地球もよく狙われるものだと思わずにはいられなかった。やや深刻そうな表情で頷くマルセフに、レティが口を開く。

「ガトランティスに関しましては、私も以前に、コレム大佐から話をお聞きしました。アンドロメダ銀河を制覇した大国との事ですが……」
「えぇ。しかし我々は、その後の彼らの内部事情は把握していません。20年という時間があれば、新たな君主を立てるなり、軍備再編なりも整うのに十分でしょう」
「報復に来るつもりでしょうが、それこそ我々地球からすれば、はた迷惑な話でもありますが、私もとやかく言える立場では有りませんからね」
「古代提督……」

 残念ながら、レティの口からは慰めの言葉は出てこない。迷惑千万な話だというのは間違いない。自分から攻めて行って返り討ちにあったのだから、自業自得というものである。
だが古代も、ガトランティス市民を巻き添えにしたという事実から、他人行儀の様な事は言える立場にはない、と言っているのだ。
食事を終えたというのに、また暗い方向へと進んでいる様子に、マルセフは小さな咳払いを一つして、空気を入れ替える事にした。

「まぁ、古代中将も、人類の未来を掛けて戦ったのだ。結果的にも、こうして地球は独立を保っていられる。過去の事は忘れてはならないが、それに縛られ続けてはならない」

 それに、我々は未来を見据えなければならないのだ。かつて、何処の誰が言ったかは覚えてはいないが、こんな事を言った者がいるという。

“過去に対して目を閉ざす者は、未来に対して盲目になる”

古代も、旧〈ヤマト〉に乗っていた時代に、亡き沖田 十三元帥が彼に対して言った事もあるものだった。

「さて、一息ついた事だ。我々も一度、戻ろうとするかな」
「わかりました。レティ、私達も戻りましょう」
「えぇ」

食事で胃を満たした一行は、その場で別れの挨拶を交わすと、お互いの持ち場へと戻って行った。





 片や帰還の途に着いている残存連合軍艦隊。2〜3日を要する事もあってか、多くの将兵達が到着までの間に出来うる範囲で身体を休めていた。
負傷した兵士達、局員達の大半も、艦内にて応急処置を受けて大分落ち着いていた。医療班達も疲労が蓄積し、ベッドで虫の息状態の者、デスクで突っ伏して寝ている者もいる。
他の兵士も似たり寄ったりである。最低限の勤務員を残して、自室で寝たりしているのだ。その虫の息状態の兵士・局員達の中には、あのチビ狸こと八神 はやても含まれていた。

「うぅ……」
「大丈夫ですか?」

 〈アースラU〉艦内のはやて専用の自室にて、彼女はベッドにてやや苦しげな表情で身を沈めていた。傍には彼女のパートナー、リィンフォースUが心配そうに見ている。

(あかんなぁ……ここにきて熱出すなんて。健康管理はしっかりせなあかんわ、本当に)

事もあろうに、彼女は昨日から発熱し、体調を崩してしまったのである。この戦争が始まって以来、真面に休んだ事が無いようにも思えた。
それこそ走りっぱなし状態と言えるだろう。『D計画』の推進を始めとしたプロジェクトや交渉、新生第6教導団の部隊編成にひっきりなしだったものだ。
その疲労の蓄積も、戦争が終結したというある種の安堵感からか、疲れを塞き止めていたダムが決壊したらしい。顔を赤くして艦橋に入室した際、クロノに強く止められたのだ。

「自室で療養するように。これは命令だ」

 呆れた様な、しかし心配な部分も含んだ表情で、彼ははやてに自室療養を厳命したのである。はやても、上司の権限で命じられては反論のしようもない。
クロノに医療部に診断してもらうようにと命じられ、彼は医療班へも艦内連絡を入れた。この艦に乗り込んでいる医療部のスタッフの中にはシャマルも含まれており、主のはやてが風邪を引いたと知って部屋に入って来るなり、クロノ以上に心配な表情だった。
体温計で図るなり、出た数字が38度6分である。シャマルは、はやての体調を診断し終えてから、恐らくは過労が原因ですよ、と言った。
薬を貰い、適度な湯と共に飲み込む。それを確認してやっとシャマルは席を立った。それまでずっと小言の嵐だったのだ。
 それからはパートナーのリィンフォースUが付きっきりで看病していた。時折人サイズになっては、はやての額に乗せた湿布を張り替えたり、汗を拭いたりもした。

「世話掛けて悪ぅな、リィン」
「そう思ったら体を壊すまで突っ走らないでくださいです! みんな心配したんですよ?」

人差し指をピッと立てて顔を近づけてくる。怒っているのと心配で堪らない表情。これじゃぁ、主失格とちゃうか……等と思っていた矢先、部屋に新たな来客があった。
それはどれも良く知る者ばかり。なのは、フェイト、シグナム、ヴィータの4名である。皆、心配性やなぁ、と思う傍ら、心配させている原因は自分にあると理解していた。
 なのはとフェイトはベッドの縁に腰掛ける。残る二人は立ったままで、主を見やった。

「はやて、シャマルから聞いたよ。風邪、引いたんだって?」
「……うん」

フェイトが心配そうに尋ねてくると、はやてもぎこちない笑みで頷き返す。大方、クロノかシャマルあたりが知らせたのかと思ったが、どうやらシャマルが伝えていたようだ。
もっとも、シャマルが最初に伝えた相手はシグナムであったが。なのはも、はやての手に自身の手を添えながら言った。

「はやてちゃん、最近、働きづめだったんでしょ? 色々と忙しかったのは知っているけど、休める時に休まないと」
「そやね。分かっとったけど、やっぱり仕事の方を優先してもうた」
「風邪は万病の素と申します。唯でさえ主は無理をなさるのですから御自愛なさるべきかと……」
「心配しちまっただろ! まったく」

 家族であるシグナムに心配され、さらにはぶっきら棒ながらも心配してくれるヴィータ。はやてはそんな親友や家族を前にして思った。
こうして心配して見に来てくれたのも、今があってこそだ。あの激戦を生き抜いたからこそ、皆の顔が見れるのだから、本当にありがたいものだった。
傍に座るなのはは、はやての表情が何処か遠くを見ているような気がして、思わずどうしたのかと尋ねる。

「本当に、こうして皆と話せるっちゅうのが、何だか嬉しくて……おかしな事かもしれんけど」

そんな事を言われた4人は、一瞬だけポカンとなる。そして言わんとする所を理解すると、今度はフェイトが答えた。

「可笑しくなんかないよ。私だって、皆だって、こうして生きて顔を合わせる事ができるんだから。それ以上に嬉しい事は無いよ」

言いながらも、フェイトは自分の手を、はやてとなのはの手に重ねるようにして添えた。彼女の言葉に、周りにいるなのは、シグナム、ヴィータは揃って頷く。
当たり前の事が嬉しく感じる。死と隣り合わせの時間に居たからこそ、そう感じさせるのだろうか。
 依然前になるJS事件も記憶に新しいが、その時だって皆は懸命に闘ってきた。今回はそれ以上に過酷であり、常に死を身近に感じさせるものだった。
今までの個人プレー、またはチームプレーによる魔法戦ではない、宇宙空間や次元空間内での艦隊戦という、苛烈なまでの殺し合いだ。
まだ数回という程度でしかないが、はやてとフェイトらはそれを体験し、己の魔導師の限界を知った。なのはもまた、戦闘機相手に魔導師は優勢ではない事を思い知らされた。
この苦い思いを味あわされたからこそ、変えて行かなければならないと察し、防衛軍のマルセフを始めとした面々とも協力し合えた。
 だがこれからはもっと大変だ。管理局自体が変質を求められる可能性が高く、質量兵器に対する規制緩和やらを行わねばならないだろう。
それも先の話になるかもしれないが、今はこの幸福な気分に浸りたい。彼女はそう思い、自分の手に添えてくれている、なのはとフェイトの手に、もう片方の手を添えるのであった。



〜〜あとがき〜〜
どうも、第3惑星人です。前回投稿からかな〜り時間を空けてしまいました。
本編を書いている途中、何回か書き直しを繰り返していた事に加えまして、うまく文章を組み立てる事が出来ず、さらには書く気力が著しく低下していました。
悩んだ最大の理由は、読者様から頂いたシチュエーションをどう書き上げるか、でした。
復活編でもありました、SUSのメッツラーが本性を表して古代達に話しかけるシーンがありましたが、これをミッドチルダで再現するにも、かなり制限が課せられました。
もっとも、私としては独自の妄想を最大限に膨らまして、彼らSUS人の世界観と、管理局側のとある世界設定とを組み合わせようとしましたが、それを互いの会話の中で説明するというシチューションが出来ませんでした。
何せ連合軍キャラは位置がバラバラなため、会話させようにも不可能と判断しました。分身の術みたいに独立させた会話をやらせてみようかとも思いましたが、それこそ会話の場面転換が難しと判断。
それ故に、今回の様な、一方的な演説で終わる結果となりました。ですが、それで終わらせるつもりはないので、残り少ない話数で何とかやってみるつもりです。



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