外伝『十字剣(シュベルトクロイツ)の縁』


「これが、目方中佐のご家族ですか?」

  とある写真を前にしている2人の女性の内の1人――八神 はやてが呟いた。そしてもう1人は写真の持ち主である目方 真奈美であった。

「そうよ。私が、防衛軍の宇宙戦士訓練学校を卒業した直後に取った物なの」

目方がはやてに見せている家族写真。それは横5p、縦10pほどの写真で、いつも彼女が持ち歩いていると言うものだった。
これをはやてに見せたきっかけは、さほど難しいものではない。まず、はやては目方のレクチャーを受けるべく戦艦〈ミカサ〉へとやって来ていた。
  始まったばかりのことだが、目方が教官として教えてくれる軍事的知識を、はやては懸命に吸収している。その吸収ぶりは、マルセフの指導を受けているフェイトにも劣らぬものであり、捜査官としての試験や指揮官としての試験に受かった能力は伊達ではない事を証明していた。
目方にしても、この若き女性局員の呑み込みぶりに驚いたものだ。20歳になるかどうかの女性が、ここまで出来るとは信じ難い気持ちでもある。
いつしか目方は、はやてに対して期待の目を向けていた。それだけ、この若き女性局員も必至なのだろうということも垣間見えてはいたが。
  そんなレクチャーが一段落してからである。休憩しようと言う目方の気遣いに、はやては断るのも非礼だと思って素直に受けたのだ。
そんな時に家族の話が持ち上がった。良く考えてみれば、はやては目方とプライベートな話をした事が無かったものである。
以前の聖王教会大聖堂に行った時も、軽く挨拶をした程度であった。

(‥‥‥っ! これは)

  ふと、はやては写真の中に映っている模様に目が止まった。家族の映る背後に門柱が建っているのだが、そこに刻み付けられた紋章‥‥‥見覚えのあるものだ。

(まさか、この時代にも十字剣(シュベルトクロイツ)が‥‥‥いや、それよりも目方中佐の実家の紋章とは、想像が出来んかったわ)

そうだ。彼女の見たそれは十字剣の紋章だった。自身のデバイスも同様の形をしているもので、この時のはやての心境に陰りが差した。
一瞬の間だけであるが、突然黙り込んだはやてに対して目方はどうしたのかと聞いてくる。
  それにハッとしたはやては、慌てて目方に返した。

「あ、いや、その‥‥‥この門柱に刻まれている紋章が、えらく珍しいなぁと思いまして」

嘘だ。自分の良く知る紋章なのだが、咄嗟に返事しようとそんな言葉が出てしまったのだ。そんな彼女の心境に気づかないのか、紋章の事を聞かれた目方は答える。

「十字剣ね。珍しいと言えば、珍しいわね。日本の神社らしからぬ紋章だと言われるわ。それでも、私の実家の家紋なんですもの‥‥‥良い紋章だと思っているの」
「家紋‥‥‥ですか。目方中佐の時代でも、日本にはまだ家紋とか残っているんですか?」
「そうね‥‥‥そんなに残されてはいないでしょうね。私の実家は神社だから紋章とかは残されるけど、一般家庭の大半は家紋は残されていないと思うの」

家紋は日本伝統の1つと言っても過言ではないだろうか。家柄を示し、先祖がどういった者であったのかを知る手がかりともなる。
しかし、時代が進むにつれてそれは減少している。特にガミラス戦役では文化の多くを焼き尽くされた。家紋を守る所の話ではない、生き残るのが最優先なのだ。
目方家の場合は、何かしらの形で残されていたのだろう。
  ここまで来て、はやてはふと目方の実家について気になった。以前の会談では、目方を始めとして家族全員が特別な力を使えると言っていたのだ。
魔力というよりも妖力という言葉の方が、意外としっくりとくる。魔導師とは違ったその力を、はやては地球在住時に観た陰陽師に関する映画を思い出した。
彼女の記憶にある陰陽道と言えば、呪詛や御札を使って相手を呪い殺したり、式神を使って身の世話をさせたりしていたものだ。大抵、彼女の記憶に間違いはない。

「そういえば、目方中佐の御一家は、皆が何かしらの力を使えるんですよね?」
「えぇ、そうよ」
「すると‥‥‥具体的には、どういった事が出来るんですか?」

この問いかけに対して目方は、ふむ‥‥‥と形の良い顎に右手の指を添えて数秒だけ間を置いた。

「霊を視る事が出来るのは、一家全員が同じ。後は式神――式とも言うんだけど、それを使うの。私は2種類くらいだけど、姉や父は倍は使えるわ」
「式神、ですか」
「えぇ。貴女の言うところの、リィンフォース曹長、そしてヴォルケンリッターがそうでしょうね」

そう言うと、目方はジャケットの懐に手を入れて何かを取り出した。それは五芒星が記された白く簡易的なハンカチだった。
イメージとは違う、御札ではなくハンカチとは予想外なのだ。
  しかし目方曰く、必ずしも紙であるとは決まっていないらしい。そして記された五芒星の事を、別名『安倍晴明判紋』または『晴明桔梗』とも呼ばれる。
また、『セーマンドーマン』『ドーマンセーマン』という言い方もある。魔除けとして使われる護符でもある。
彼女は、その白いハンカチを机の上に置いた。そして無言のまま何かを念じたようだ。
  すると‥‥‥。

「!」

白いハンカチがひとりでに動きだし、まるで折り紙を追っていくように形作る。それも瞬く間に終わり、机の上にあるのはハンカチではなく1羽の白い鳩であった。
これには、はやても思わず唖然とした。これは種も仕掛けもあるマジックなどではない、本当に鳩へと変貌した式なのだ!
その鳩は物珍しそうに、唖然としているはやての方を向いた。

「これが、私の使える鳩の式なの。形は様々よ。鴉だったり、蛇だったり、あるいは龍もあったりするわ」
「りゅ、龍ですか?」
「えぇ。私では到底、使えないわ。なんせ、こうして防衛軍に入っているんですもの‥‥‥式神を増やすための修行や、術の修行に力は入れられなかったの」

  式神を多量に扱うのは簡単な話ではない。目方の言う様に、修行を積み重ねてある程度の力を高めておかねばならないのだ。
その点で言えば、彼女の父などは龍を式神として使う事も出来るらしく、さらには十二神将の形をした式神も使えるという。
姉の方に至っては、鳩の他に犬の式神であったり、狐の式神、虎の式神、といった物を使役できる。
  はやてはますます関心を持った。

「それと、式を使う他には、多少の武術を取得しているの。大半は薙刀、剣道、或いは弓道かしら。私達は薙刀だったけど」

薙刀とは、そらまた珍しい。はやての地球、日本ではまだ薙刀は存在している。それでも、剣道や弓道、柔道と言った物に比べれば、知名度は低いのがネックだ。
  次に出た話は、陰陽術だった。主に身を守るための結界を張ったりだとか、相手を封じ込めるための陣が主だったりする。そして、相手を呪い殺す呪術。

「ただ、呪術の類は使えないの。私達の役目は神に仕える事であって、人を呪い殺すことではないから‥‥‥。なんだか、変な話になるかもしれないけど」
「それでは、陣を使う事はできるんですか?」
「できるわよ。奇門遁甲という術なんだけど‥‥‥」
「きもん‥‥‥とんこう?」

奇門遁甲とは、地形や日にち、時間を利用して吉凶を占うものと前述した。吉凶には8つの種類があり、それぞれが門とされている。それを纏めて八門とも言う。
それを利用した陣の名を『奇門遁甲八陣の図』。または『八門遁甲の陣』や『八陣の図』等と呼ぶこともある。
  因みにこの術は、かの中国古代史に出てくる三国志の蜀の軍師――諸葛亮 孔明が使用したとも言い伝えられる術だった。
まず8つの門となるべき物を作るが、それが実際に人の潜れる鳥居でなくても良い。小さな鳥居を8つか、石を積み上げた山を9つ作って8門にしても良い。
この様にした簡易的な物でも良いので予め作り上げ、相手をそこへ誘い込む。
  相手が足を踏み入れた瞬間、相手は異空間へと送り込まれてしまうのだ。そこを脱する方法はただ1つのみ。対象者の周囲を囲む様に待ち構えている8つの門の内、どれかに飛び込み脱出するしかないという、ほぼ運任せに近いものであった。
ただし気を付けねばならないのは、8つの内で生還可能なのは3つだけであり、残る5つは言うまでもない。生き残るか、死ぬか、永遠に彷徨うか。
どの道、生か死の二者択一だ。

(思いっきり博打な術なんやなぁ。まぁ、ハメられた方は、やけど)

  そんな博打な術で死にとうないわ、等とはやては心内で呟いた。だが未来となる地球に、そんな力を持つ人間がいるとは今だに信じ難い事だった。
下手をすると、陰陽師とは魔導師よりも手ごわい存在ではないか、とも思う。とは言うものの魔導師と陰陽師を比べること自体、また間違っている事だろう。
相手を呪い殺したり吉凶を占ったりするのが役目の陰陽師。対して犯罪者を捕縛、逮捕する事が魔導師の役目だ。実際に交えてみない事には分からない話である。

「そう言えば、目方中佐のご家族は、防衛軍への入隊に賛同されたのですか?」

此処まで聞いていて思った疑問だった。これ程までに稀な家庭で育ち、果ては有力な巫女になる筈だった彼女。それを、家族はどう受け止めたのか。

「そうね‥‥‥決して快くはなかったでしょうね」

懐かしそうな目で、彼女ははやてに昔を語り出した。





「真奈美、お前は本気で言っているのか!」

  西暦2204年。復興を成し得た日本の国内にある数少ない神社の中で、目方家が取り扱う神社――光蓮寺(こうれんじ)も、その神社のリストに含まれている。
神社の脇にある目方の邸宅には、張り詰めた初老の男性の声が向けて鳴り響いていた。この時代にあっても畳を使用する部屋には、声の主たる60後半の男性がいる。
この男性が目方 颯馬(めかた そうま)――つまり目方家の父だ。そして、彼の前に正座するのは、16歳程の女性がいる。彼女が、後の地球連邦防衛軍 女性士官として〈ミカサ〉に乗り込む目方 真奈美である。
上が白、下が赤という、典型的な巫女姿をしており、やはりロングヘアーを首の後ろで一本結びに纏めている。

「はい。私は本気です。防衛軍学校へと入隊します」

  この日、颯馬が声を上げた理由が、これにあった。彼は参拝客の居なくなる時間帯に、真奈美はある相談があると話を持ちかけたのだ。
何だと思えって聞けば、娘が防衛軍へと入隊すると言うだ。いったいどういう風の吹き回しなのか? 颯馬は娘の思考に付いて行けなかった。
数少ない陰陽道を使う目方家を、彼は途絶えさせたくはなかった。真奈美と、もう1人の娘に神社の後を継いでもらい、市民達を支えて欲しかったと思っていたのだ。
  それなのに、彼女は神社を離れて防衛軍へと入ると断言したのである。

「如何。お前も、この光蓮寺を継ぐのだ」
「いいえ、お父さん。私は、防衛軍へ入ります」

聞き分けのない、頑固な娘だ。と内心で舌打ちする颯馬であるが、そういう自分もやはり頑固である。

「いいか、真奈美? お前の身に何かあったらどうするのだ。それに、私達は神に仕え、人々を支えて行かねばならぬ」
「お父さん、なにも光蓮寺に居るだけが、人々を守り支える事ではないでしょう? 外へ飛び出し、侵略する輩と戦う事もまた支えることになります」

  だが颯馬は首を縦に振らない事に、真奈美も父親に対してどこまでも頑固な大人だ、と毒を吐きたくなってしまうものである。
この2人の思いは、同じでありながらも交差してしまっている。どちらも市民を支え守りたいとは思っているのだ。
颯馬は神に仕えることを重んじて、市民と一番距離も近い光蓮寺で支える事を主張する。肩や真奈美は、軍隊へと入り、直接に敵を退ける事を主張する。

「絶対にならんぞ、真奈美。防衛軍は、防衛軍として動いてもらうのだ。私達は私達で、動いていく!」
「ですが‥‥‥」
「下がるんだ、真奈美。お前に防衛軍入隊は認められんぞ」
「‥‥‥」

  不機嫌極まりない表情で、下がれと言う真奈美。彼女もこれ以上掛け合っても、颯馬がうんと頷いてくれるとは思えない。
寧ろ、これ以上言っても、効果はない。至極無念そうな表情の真奈美は、渋々と言う呈で退室していった。どうして、分かってくれないのだろうか。

(私は‥‥‥もう、これ以上人が目の前で死にゆくのを見ていられない)

何よりも母と叔母の死があった。これが彼女の心理的状況を大きく転換させた要因である。神社に留まっているだけは宇宙から来る敵に対抗できない。
ならば防衛軍に入るしかない!
だがそれを受け入れてくれぬ父親。親が壁になることがある程度予想は出来ていたのだ。説得すれば許してくれるのではないか、と言う考えは甘すぎた様だ。
  その夜、真奈美は早々と自室へと戻ると、自分で敷いた布団に横になり、先ほどの事を思い返しつつも窓から差し込む月明かりを眺めていた。
電気は既に消しているのだが、曇りのない空に輝く満月が部屋の中を薄らと照らしている。今の彼女は、とても陰鬱な気分だった。
姉は防衛軍に入る事を認めてくれていたのだ。それなのに、父親は頑なに拒んでいる。やはり、一生このまま巫女として地に足を付けるのだろうか。
  と考えている時だった。ドアをノックする音が響く。同時に聞きなれた女性の声が聞こえた。

「真奈美、起きてる?」
「姉さん‥‥‥起きてるよ」

ドアを開けて入って来たのは20歳程の女性――慧子(けいこ)だ。目方とは対照的に肩に触れない程度の黒髪セミショート、そして多少吊り上った目線をしている。
真奈美は布団から身を起こして慧子へ視線を向ける。明らかに残念そうな顔をしている妹に対し、慧子が口を開いた。

「聞いたわよ。お父さん、許可してくれなかったんだって?」
「‥‥‥うん」

  俯く真奈美に、慧子は近づきベ布団に腰を下ろす。彼女には真奈美の心情を理解出来ていた。防衛軍へと入隊する理由も勿論、人を守りたい意志は良く分かる。
だが同時に父親の心境も分かっていた。颯馬がここまで頑なに拒む理由、それはやはり、愛する娘を失う恐れだ。彼は家族を大切にしてきた。
それだけに、ガミラス戦役で失った妻と祖母への衝撃は並みならぬものであったのだ。これ以上、家族を失いたくはない。そんな思いが、真奈美の思いを妨げた。

「お父さんはね、貴女の身を何よりも思ってるの。死なせたくはないの」
「けど‥‥‥」
「お母さんやおばあちゃんの様な犠牲を出したくはないんでしょう? それはお父さんも同じ。家族をこれ以上、失いたくはないの」
「‥‥‥うん」

  思いは同じだ。なのに、認めてはくれない。そんな現実に対して、さらに落ち込みを見せる真奈美。だが、慧子は落ち込む妹の肩に手を置き、こんな事を言った。

「大丈夫よ、真奈美。貴女は防衛軍へ入隊しても」
「え? だって、お父さんは‥‥‥」

姉の言葉に耳を疑った。先ほどまであんなに反発を受けていたと言うのに、何故、姉はそんなことが言えるのだろうか?

「それは心配しないで、私がお父さんに話たから」

どうやら先ほど、颯馬へ話してきたようだ。妹を防衛軍へ入隊させてくれと。その時の颯馬もやはり、頑なであったというものの、慧子が粘り強く迫ったのだ。
その粘り強い説得の前に、颯馬も折れたのである。

「ありがとう、姉さん‥‥‥」
「いいのよ。可愛い妹のためなんだから。ここは任せて、行ってきなさい」
「‥‥‥うん!」




  この日の数日後、真奈美は無事入隊を果たした。彼女は勤勉な性格であり、成績も上々だった。御しとやかさ、真面目な性格等もあり、同期の友人も多くできた。
無論、生半可な訓練ではない。1年目は一通りの事を最低限受けた。基本的な体力作りから始まり、陸上と無重力空間での射撃訓練や、航空機の操縦・射撃訓練。
通信・情報処理の為の機械操作、医療知識と応急処置。艦船では操艦訓練、砲撃訓練、機銃射撃訓練、機関操作訓練、応急修理訓練、これらの基本を行うのだ。
さらに艦隊戦或いは地上戦の基本戦術や戦略論も行う。そこから進級していくと、次第に自分の選択したい学科へと移り、専門的な訓練や知識を身に着けていくのだ。
  彼女の場合は、その冷静な判断能力を養うべきだと上官に推薦され、戦術・戦略研究科への配属が決まったのである。
この学科も種類があり、中には2つ3つと取る人もいる。それはかの〈旧ヤマト〉乗組員であった、椎名 晶(しいな あきら)という女性パイロットがそうだ。
彼女はパイラーとして艦載機パイロット科を選んでいたのだが、何と彼女は、この他にも医療専門科と情報通信・処理科も選んでおり、秀才であることを示していた。
  しかし目方の場合は、晶の様数多く取る事を考えてはいなかった。戦術・戦略研究科にて腕を磨く事を決めたのである。
この科に配属されると、大体の場合は参謀関係の職務に就く事が多い。または艦長職や副艦長、司令クラスも有り得た。
だが、必ずしも戦術・戦略研究科の人間が艦隊司令官または戦隊司令や艦長、参謀になれる訳ではない。他の科にいた者でも、転属の都合がある。
その例が〈新ヤマト〉艦長の古代進だ。彼は元々戦闘班に配属されていた人間だ。そんな彼が、艦長代理を長らく務める他、空母艦隊を19歳程で指揮している。
  このように、必ずしも専門分野で道を走り続けられる訳ではないのだ。もう1つの例として、戦艦〈アガメムノン〉艦長の北野もそうだ。
彼は秀才として期待されており、部門も戦略・戦術研究科出身の軍人で、ガトランティス残党の迎撃作戦『雷王作戦』原案を提出したのも彼であった。
ところが、卒業後に配属された〈旧ヤマト〉では航海班に配属された。さらには、古代の代わりに戦闘指揮や操艦も同時に熟し、それが今は艦長である。
  目方の場合は、卒業後にいきなり護衛艦隊のコルベット艦――護衛艦〈ムラサメ〉に配属となった。役職は〈ムラサメ〉副艦長の補佐官だった。
この時の階級はまだ少尉だ。こういった副官あるいは補佐官と言うのは、大抵は中尉以上にならないと就かないものだ。
尤も、艦長ではなく副艦長の補佐であるが故でもあろう。艦長は護衛艦隊司令として全体を指揮し、副艦長は〈ムラサメ〉の指揮を執る。
彼女は艦内の対応を間接的に副長へ伝えたり、艦内へ伝えたりするのが中心だった。
  その後、艦隊配属を中心にして補佐官職やオペレーター職を熟す。昇進していくと、補佐官から副艦長を務める様になり、現在にまで至る。

「‥‥‥そんな事があったんですか」

  目方の入隊時からの話を聞き終えたはやては、そんな事を呟いた。同時に頷けたこともある。この写真に映る父親の表情は、何処となく不機嫌そうなのだが、それが理由なのだ。
頑なに拒んでいた父親も、心奥では娘を心配してはいる事も、今の話からして表情から分かる気がする。

(父親‥‥‥か)

自分には両親が居ない。幼い頃は大概は一人身で過ごしてきており、不自由だった身を女性医師に世話してもらった。
途中から、あの守護騎士団(ヴォルケンリッター)が加わり、家庭も明るくなった他、なのは、フェイト、といった親友に会う事も出来たので寂しくは無かった。
  しかし、やはり親からの愛情といった類の行為を受けた事はない。援助として、親戚と名乗る男性――元管理局提督から生活支援を受けていたが愛情とは程遠い。
同じ境遇にあったフェイトは、現在マルセフの指導を受けている。そんな2人を親子の様だと揶揄した自分が、何となく悲しくなってくる。
両親がいたら、自分は今頃はどうなっていただろうか? と考えてみる。そんなはやてを、目方が見て察した。そうだ、彼女には両親と言える人がいないのか、と。

「ねぇ、八神二佐」
「はい?」

  不意に声を掛けられたはやて。写真へ向けていた目線を目方へと戻すと、彼女はこう言った。

「もしも、この戦いが終わって、何かしら交流が出来るようになったら、家に来てみない?」
「え‥‥‥えぇ!?」

危うくそのまま頷きそうになったはやて。今、目の前の中佐が言った事には、到底無理があるだろうと思うのと、誘いを受けるという事態に予想もしなかった。
  だがあくまでも仮定だ。地球連邦と時空管理局がSUSの脅威を完全に退けたとして、その後に交流するような機会が設けられるとは限らないのだ。

「もしもの話よ。できたら、来てほしいのだけどね」

ニコリと微笑み、はやてに笑顔を見せた。はやてとしても、その様な誘いを断りたくはない。招待してくれると言うのだし、何しろ別の地球世界だ。
出来れば見てみたいのだが、返事に困っているはやてに、目方はあるものを手渡した。それは、先ほど見せてくれた、紋章入りの白いハンカチだった。
これは大事なものではないのか?

「いいの。貴女に渡しておくわ。私からの、ほんの些細な贈り物‥‥‥お粗末すぎるけど、お守り代わりに」
「けど、そしたら中佐は‥‥‥」
「大丈夫。まだ数枚残っているから。それに、この世界ではあまり使う事はないでしょうからね。けど、何かしら貴女の役に立つと思うわ。守護者さんも力を貸してくるわよ?」

そう言いつつ、今もなおはやての後ろで見守る初代リィンフォースへと、微笑みの表情を向ける。リィンフォースもまた、頷き返した。

「ありがとうございます。有り難く頂戴します」

礼を言うと、はやてはそのハンカチをジャケットの内ポケットへと折りたたんでしまいこんだ。それを確認した目方は時計を見やる。休憩から20分は立っている様だ。
レクチャーの続きをしましょう、そう言ってはやてを伴い、その場を離れるのであった。





  巨大な中空のシャフトがゆっくりと回転し人口重力を生み出している。内壁は全て書棚でありそこに収められた書の数々。
ここは管理世界のいかなる図書館をも凌駕する、本局重要区画『無限書庫』である。入口から入るだけで、信じられないような数の書物が書棚を埋め尽くしている。
〈ミカサ〉から戻ったはやては、首を振って書物という単語を修正し呟いた。

「違う、私のデバイスと同等の“図書館”ひとつひとつ‥‥‥か」

圧迫感のある空虚というべき空間に足を踏み出す。司書長には予め連絡を入れといたけど、待たされるかもしれない。
そう思いながら、円筒を貫く橋の中央から緩やかな重力のある中で空に身を躍らせる。いつもと違う慌ただしさと混乱の空気が含まれていることを彼女は感じた。

「オットー、ディード、第44管理世界までのメモライズは?」
「すべて滞りなく圧縮されました。そのまま次元航行艦で移送予定です」
「クラスC6からB2までの、ロストロギア搬出が終わりました。B1以上は次便で、A5クラスに関しては教会が再封印し、隠匿地点に移動させるそうです」
「ありがたいね」

  バリアジャケットと3対の飛行翼を展開したはやては、声のする方に飛んだ。そこには、書物の整理と移動に明け暮れる3人の男女の姿があった。
1人は男性、残りの2人は女性だ。はやては指示を出していた人影に近づくと、彼は振り向いた。それは、はやての良く知る人物であった。

「やぁ、はやて」

はやての求めた情報を検索しつつ彼――ユーノ・スクライア司書長は、端正な顔立ちに似合わぬ皺を若干寄せながらも難しい顔をしている。
そして、彼の指示でデータを処理しているのは、聖王教会のシスターであるオットーとディードだ。
ユーノの様に中性的な顔立ち、ややツンツンとした焦げ茶のショートへアをした、見た目10代半ば程のオットー。以前、教会に来たマルセフ達にお茶を出していた。
もう1人のディードは、見た目が10代後半の女性。オットーよりも背丈が少し高く、腰まで届く焦げ茶色のロングヘアー。赤色のカチューシャを付けている。
  ディードはオットー同様、戦闘機人だ。ナンバーズとして活動していたが機動6課に敗北した後、養成施設にて再育成プログラムを受けたのである。
常にこの2人は行動を共にしている事もあるためか、聖王教会へ入るのも1緒であった。

「どこもかしこも、傲慢の代償を払わされているということかい?」

もはやSUSの本局への攻撃は避けられそうにもない。万が一も考え上層部では本局から重要とされるブロックの疎開を開始したのだ。
彼の統括する無限書庫もそのひとつ、管理局はおろか管理世界全体の情報媒体を自動収集するこのシステムは、まさに管理局の知の展堂と言える。
  何故20代に過ぎぬ彼が司書長に推されたかと言えば、彼の魔法と努力によって今まで収集するだけの倉庫が「全管理世界の図書館」に生まれ変わった為だ。

「せや。正直、ウチが兵器開発の音頭を執るとは思わんかった。しかも実質管理法違反の上、人体実験同然の開発。ウチも含めて部下全員、将来を棒に振るだけのことを始めとる。マリエルやシャーリィばっか迷惑かけるから、せめて法務や開発企業との交渉だけは肩代わりしようと思ったんや」
「OFDSね、防衛軍の技術官を招いて何かやるらしいと聞いたけど、はやての考えだったのか」

自分の薄色のブロンドを弄りながらユーノは納得する。つい先日、マリエルと防衛軍のレーグ少佐が来て、デバイス関連の最新資料を借り出した。
それを見て、防衛軍も電池式のバリアジャケットを開発するのかと思ったのだ。
  しかし、余りにも規模が大きすぎる。そこで管理局のデータベースから司書長の権限をもって合法的にレーグ少佐の概念論を取り寄せたのだ。彼としても驚く外ない。
これがあれば親友のなのはとの出会いすらなかった程のものなのだ。ちなみにユーノは優秀な魔導師であっても武装局員ではない。
荒事などまともにやった事もなく持っていたデバイスもまともに使えなかったほど。
  だからこそ、のちの高町一尉――なのはに出会えたわけなのだが。必要な情報をはやてのデバイスの1つである剣十字に落としこむ。
後はリィンフォースUがうまく処理するだろう。残った案件をユーノが片付けている間にふと、はやては思ったことを口にした。

「地球防衛軍の世界だけど、まだ座標位置すら解からへんの? 無限書庫もあれだけ検索して影の形もあらへんなんて、一体どんな次元位相なんねん」
「あぁ、その件なんだけど‥‥‥1つの仮説があってね」

ユーノはその仮説を口にする。適当に相槌を打つはやて。彼の言う仮説を耳に聞き入れつつも、情報をデバイス内へと読み込んでいった。

「‥‥‥さて、これで終わったよ。はやては今からカレドヴルフ社へ?」
「せや、向こうも武装端末のプロトタイプたりえる言うて、大いに乗り気やった。じゃあユーノ君、おおきに」

  はやては逃げ出すように無限書庫を去る。ドアを潜り廊下へ出て、バリアジャケットを解除し制服で足早に歩こうとして膝を折り、その場にへたり込む。
突然の彼女の様子に、リィンフォースUは慌てた。

「はやてちゃん、はやてちゃん! 大丈夫ですか!?」
「ぅ‥‥‥嘘や‥‥‥」

案ずるパートナーを尻目に声を震わせる。膝が笑って立ち上がれない。ユーノの言った言葉、それは‥‥‥。

「無限書庫はその性質、いかなる情報も収集できないことはない。でも、1つだけ絶対に収集できない情報がある。それは“未来の情報”なんだ」

いつものはやてなら、苦笑しただけだっただろう。しかし目方中佐のポートレート‥‥‥家の前で屈託なく笑う家族の写真の中に、そして家族からのお守りとして見せられた物が「偶然」という可能性を吹き飛ばしていた。
写真の門柱に彫りこまれた家紋、御守りにも同じ紋様。その紋様は正に、はやてのデバイスそのもの‥‥‥。

――すなわち、“剣十字”が!

「嘘や!!」


はやての恐怖と悔恨の叫びが、通路内で空しく、そして激しく木霊した。そんな叫びを、彼女のデバイス以外、聞くことはなかったのである。




〜〜あとがき〜〜
どうも、第3番惑星人です!
今回の外伝編は八神 はやて、目方 真奈美の2人にスポットを当ててみました。
それとネタを提供して下さった読者様、ありがとうございます!
管理局の事情や背景設定の苦手な自分としては、本当にありがたいです。
それと、SF2次小説だというのに、ここにきて再度のオカルトネタに走ってしまった私は‥‥‥。
陰陽道とか詳しくもないくせに何をしているのかと自分を罵っていましたw
補足ですが、陰陽道ネタの参照は作家荒巻氏の『帝都物語』になります。

では、次回は本編を進めたいと思います。次回をお待ちください



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