※諸注意――
本回は番外編であり、本編とは全く違うものであることを、考慮にいれてお読みください。それと、陰陽術や魔導師の攻撃など、推測で書いておりますので、ご注意ください。

番外『魔導師vs陰陽師』


(何でこんな事になっとるんや……)

 そう呟いているのは、執務官の八神 はやてである。そして彼女の傍らには、デバイスのリィンフォースUが浮遊している。他にも高町 なのはを始めとして、フェイト、ティアナ、スバル、シグナム、ヴィータ、等の面々が顔を揃えていた。
そして、はやてがため息交じりに呟いた理由は、目の前の光景にある。ミッドチルダの地上部隊本部にある、模擬訓練施設のシュミレーション・ルームにある2つの影。
一方は20代後半の男性であり、纏っているものがバリアジャケットであるからして、魔導師であることが分かるのだが、もう一方が問題だった。
男性魔導師と対峙しているのは30代半ばの女性である。魔導師の様なバリアジャケットの類を着用はしていない。纏っているのは地球防衛軍の女性士官用のジャケットだ。
クリーム色のジャケットを羽織る女性は、はやての良く知る人物。地球防衛軍戦艦〈三笠〉副長を務める、目方 真奈美中佐である。何故、彼女がこの様な所に居るのか。

「ねぇ、本当に大丈夫なのかな……?」
「正直な話、何とも言えんわ……」

 はやての傍らにて心配の声を上げたのは、なのはである。無論、心配しているのは目方に対してであり、はやても大丈夫とは言い切れなかった。
さらに、なのはに続いてフェイト、ティアナ、シャーリーも同様の心配をしている。今の様子からわかる様に、目方は目の前の男性魔導師との模擬戦を行おうとしていた。
今まさに始まろうとする手前、今度はスバルがはやてに問いかける。

「はやてさん、目方中佐って魔法は使えないんじゃ……?」
「まぁ、魔法は使えないんやけど……ちと違う力を持っとるんや。とは言うものの……」
「相手も単なる魔導師ではありませんからね」

 シグナム言うとおり、目方と対当する魔導師は普通の魔導師とは言い難い。その魔導師の名をゴーラル・ドレイクと言い、時空管理局の三等陸佐である。
あの八神 はやてよりも1階級下ではあるが、20代後半であることを考えれば相当なものだ。そして彼は水の属性を持ち、ランクもAを持つ優秀な魔導師だ。
因みに、水属性と言ったが、魔法の中にも属性と言うものが存在している。それはドレイクの水属性の他、例を挙げるならばシグナムは火属性と言えるだろう。
それ故に彼女は烈火の将という異名を奉りあげられているのだが……。ドレイクは遠距離と近距離の両方をこなせる万能型であり、他者を寄せ付けない程の実績を誇っていた。
 対する目方と言えば、魔導師の様な魔力を有している訳ではない。彼女が持っているのは霊力であり、使用できるのは陰陽術だ。実家が神社を建てて神を祀る家系であるだけに、その力は常人とは異なる。が、力量は父、姉よりも小さい。
しかし、それは家族に比べて、のことだ。常人からすれば、とてつもない力に見えてもおかしくはない。そんな彼女は、目の前の魔導師に臆する様子もなかった。
むしろ静かな怒りに満ちているようにも思える。しかも模擬戦開始直前に、はやて達に対して、手出し無用です、釘を刺してきたのだ。
普段は大人しくかつ、お淑やかな彼女からは、想像しえぬ気迫だったのを鮮明に覚えている。

「ねぇ、チンク姉ぇ。あの人って相当強いんスか?」
「どうだろうな。魔導師に整然と挑むあたり、何かしらの力はあるんじゃないのか?」

こちらはナカジマ家の姉妹達だ。ウェンディは興味津々といった様子で、チンクも表面には出さないものの、興味はあるようだった。
ディエチも同様だが、ノーヴェに至ってはどうでもいいような様子だ。何やら、どうして私まで此処に居るんだか、と妹に巻き込まれたことに愚痴を零す。
 そして彼女らのすぐ隣では、別のギャラリーが見守っていた。

「良いんですか? こんな事を許してしまって」
「まぁ、何だな。事の原因はあの若造にあるようだから、構わんだろう」

不安げな表情で語るのはレーグであり、呑気な返事を返すのは目方の上司である東郷だった。構わないというのはどうかと思いますが……とレーグは思う。
そもそも、こういった非常識極まる模擬戦を行うに至った背景には、ある些細な出来事が絡んでいた――





 事の発端の半日ほど前の時間だ。訓練航海を終えて本局のドックに停泊中の戦艦〈三笠〉は、整備・補給作業に入る事となった。
その作業の期間中、艦長の東郷が自由行動を許可した。副長の目方 真奈美は、自由行動をどう過ごすかと考えた挙句出てきたのは、ミッドチルダの散策だった。
ミッドチルダには真面に降りたこともなく、どんなものがあるのかも知らない。なればこそ、この自由行動を大いに活用しよう。という事になったのだ。
直ぐに彼女は行動に移った。まずミッドチルダへ行く前に、管理局の嘱託員カードを引っ張り出した。当然のことながら、地球の貨幣が何処でも通じるわけではないのだ。
服装などは特に変えてはいない。普段通りの、士官用ジャケットを纏ったままだ。私服などは生憎と持ち合わせてはいないが、それも当然であろう。

「あれ、目方中佐じゃないですか」

 転送ポートへと向かう途中、聞きなれた女性の声を聴いた。その声の主は、はやてであった。それに加えて、右肩にはリィンフォースUが乗っている。
いつもながら、にこやかな笑顔を浮かべている小さいユニゾン・デバイスだ。それにしても、本局で会うとは珍しいですね、とはやては言う。
艦隊配属の目方と執務官のはやてでは、会う事さえままならないものだった。目方は、これらミッドチルダへと向かう旨を伝えた。

「なら、私もご一緒しますよ?」
「え? 大丈夫なの、貴女は……」

突然の申し出に驚く目方だったが、はやては問題無いと言った。どうやら、彼女自身もミッドチルダへと赴くらしい。どうせなら付き添うというものだった。
目方にしても、ミッドチルダは初めての地だ。せっかくの申し出を断ってしまうのも申し訳ないと思い、はやてに案内をお願いした。

「では、行きましょうか、中佐」
「行くです〜!」

はやてのパートナー、リィンフォースUも意気揚々といった呈である。相変わらず元気の良い式神さんね、と目方は思う。ただし、式神ではないのだが……。
 彼女らは共に転送ポートへと赴き、ミッドチルダへと向かった。時間は大して要することもなく、ものの数秒でミッドチルダの地上本部へと到着できた。
転送ポートとは便利なものだ、と目方は思う。宇宙から地表へ、或いはその逆を辿るにしても、このポートさえ使えれば直ぐに向かう事が出来るのだ。
わざわざシャトルや戦闘艦ごと地表へ降りなくとも、こちらの方が遥かに手早い。確かにそうだろうが、はやて達管理局からすれば逆だった。
地球防衛軍の艦艇は皆が大気圏降下能力を持っている。対して管理局の艦艇で大気圏航行能力を有するのは、〈LS〉級が精々である。
どちらも一長一短の部分はあるのだろうが、いずれは解消されることとなろう……。

「これから、仕事関係で顔を出すのでが……数分待って頂けます?」
「えぇ。構わないわよ」

 到着早々、はやては目方に待ってもらうように頼んだ。彼女は仕事関係で、とある人物と会う予定だという。それも長い時間ではないとの事で、目方は大丈夫だと返答した。
ありがとうございます、とはやてが会釈すると直ぐにその場を離れて行った。若いのに大したものね、等と年下の戦友を背中から眺めやった。
若いとは言うが、目方自身はまだ30代前半だ。それで中佐なのだから、昇進速度は他者と比べて早い方かもしれない。ただし、管理局の場合は異例としか思えないが。
20代で中佐相当あるいは准将相当の階級を持つのだ。防衛軍でも、この様な事は類い希な事でしかない筈だ。年齢を気にしても仕方ない……と彼女は思った。
 目方には、いまだに夫となるべき人がいない。対して姉の恵子はお付き合いをしていた男性とめでたく結ばれた。結婚してまだ3年目というところである。

(夫……か)

30を迎えてしまった後、何時に夫を迎えられるか……と、遥か遠い星を見るような目で考える。と考えていた矢先、はやてとは別の女性に声を掛けられた。
振り向く先には、見覚えのある顔があった。金髪のロングヘアーに、赤い瞳がトレードマークでもある、フェイト・T・ハラオウンだ。
加えて、補佐官を務めるシャリオとティアナの姿もあった。

「あら、ハラオウン一尉。それにシャリオ二士、ランスター二士も」
「どうも。ここでお会いするとは思ってもみませんでしたよ」

にこやかな表情で挨拶をするフェイトに、目方も自然と微笑んでいた。普段なら〈トレーダー〉にいるであろう目方が、此処に居る事にフェイトは疑問に思い、訳を尋ねる。
その質問に、目方は当然の反応かと思いながらも、一時の休憩を過ごすがてら、先ほどまではやての案内を受けていたことを話す。

「成程。それでは先ほどまで、はやてがいたんですね?」
「えぇ、報告する事があるからと言って、今待っているのよ」
「……目方中佐は、何処を巡られるのですか?

 ふと、ティアナが尋ねてきた。目方はこの世界をよく知らないでいる。そのため、何処へ行くかもまだ決めておらず、はやての案内に全てを託しているのだという。
はたして、ミッドチルダに観光巡りが出来るような所なんかあったかしら? シャリオはふと、そんなことを思い、悩んでしまう。
無難なところとはいえば、繁華街だろうか。あそこには、ミッドチルダ以外の世界から入った料理店などが多く集まる場所で、現にはやても行った経験がある。
それは日本料理店そのものであり、いったい何処から流れて来たのだろうかと思ってしまう。因みに、ゲンヤ・ナカジマなども利用することが多いようだ。
良い観光地は何処かしら、等と軽く話の盛り上がる面々。時間的にも、報告しに行ったはやてが、戻ってくる筈だったが……。

「よろしいか、そこの御仁」
「……? 何ですか、いったい」

 不機嫌な声を上げて目方を呼んだのは、ドレイクだった。何故不機嫌なのか理由は分からない。方やフェイト、ティアナ、シャリオの3名は険しい表情になる。
彼は魔導師として腕の立つ局員であると耳にしているが、方や最近登場した地球防衛軍に対しては不快感を示しているとも聞いていた。
その理由は難しくもない。管理局の艦船よりも、科学力の優れた地球防衛軍の方が遥かに頼もしい存在だと、市民たちの多くが言うからだ。
それだけではなく、魔導師の立場も危ういものだとさえ、囁かれている。これには、魔導師たちが心配を抱えてもおかしくは無いだろう。
 特に頭の固い局員や、魔導師を最重要な位置に捉えている強硬派の一同など、その噂話などには敏感であった。管理局というより、魔導師の存在が危ぶまれる。
ドレイクはその様に考えていた。だが実際にところ、それは考え過ぎであった。確かに防衛軍の存在は頼もしいものだろうが、魔導師の存在が危ぶまれていることは無い。
迅速に移動できる魔導師の存在自体が、防衛軍としても注目するところである。とはいえ、完全な理解を得られていない彼ら魔導師の機嫌は甚だ悪い。

「何故、防衛軍の人間が此処に居る?」
「何故と仰られても……休暇で降りて来ただけですよ」

瞬く間に不穏な空気に包まれてしまったフロア。だが目方は平然として答えた。その平然とした態度が気に入らないとでも言いたげなドレイク。
さっさと帰ればよいものを、と口には出さなかった。彼としては嫌悪している防衛軍の人間がいるだけで虫唾が走る。此処に居ないで早く行け、と彼は嫌味を込めて言い放つ。
 その言動にフェイトは不快感を覚える。何もそこまで言う必要はない筈だ。一歩前に出て抗議を唱えようとする彼女を、目方は左腕を彼女の前に上げて静止した。

「良いんですよ」
「ですが、目方中佐。それでは……!」
「……なんだ、貴官はその御仁の肩を持つのか」

よりにもよって防衛軍の肩を持つとは、管理局員として誇りは無いのか。それにだ、聞けばあの八神二佐も、防衛軍と親しいと聞くではないか。
それにしても、目方と言ったな、あの女。噂に聞く、“霊能力”やら言う力の持ち主だと聞いている。目方の噂を思い出した彼は、思わず苦笑した。

「何が、おかしいのですか?」
「霊能力を持った人間がいると聞いていたが、まさか貴女がねぇ……」

ゴーストを視ると言うが、所詮はゴーストなど存在する筈もないではないか。そんな事で、八神二佐を口車に乗せた訳か……女狐め。
彼は幽霊や呪いといったオカルトの類を信じる人間ではなかった。それ故、陰陽師をインチキ霊媒師と罵倒を浴びせ、頭から否定している。
そして目の前の目方に向けて、平然と言ってのけた。

「自分にはゴーストが視える等と言いふらしているそうだな? そんな妄言、よくも言えた事だ」
「あら、それは、おかしいですわね」
「何?」

魔法とやらの存在を確信し、しかも自らが使っているというのに、何故、霊力を信じられないのか。薄笑いを浮かべて、目方はドレイクを見やった。
視えないからと言って否定するのではなく、認めるのが怖くて否定しているのではなくって? 目方にこうも言われた彼は、さらに不機嫌さを増した。
この女、こちらが手を出さないからといって、つけ上がりおって。誰が恐れているだと? 存在せぬゴーストなど、恐れる必要があるまいて。
此処で彼は、目方にとって最大限ともいえる侮辱の言葉を投げつけた。





「似非陰陽師風情が、詐欺も大概にしろ」

 その瞬間、彼女の周囲が異様に気温が低くなった気がした。傍にいたフェイトら3人も、錯覚が本当なのかは分からない悪寒に捕らわれた。
周囲にいる局員も、彼女の異様に振り向かざるを得なかった。沈黙に浸った目方の表情は、被った帽子の鍔で分からない。だがフェイトは直感した、怒っていると。

「……取り消しなさい」
「何をだ?」
「今の発言、即刻、取り消しなさい。光蓮寺に対する侮辱は許しません」

物静かだが、恐ろしく鋭い声だ。彼女にとって、先の言葉は実家の光蓮寺を侮辱されただけでなく、家族をも侮辱されたも同然であったのだ。
フェイトらは、このままでは拙いと悟った。このままでは、此処が危険だ。それだけではない、防衛軍――地球連邦と管理局の関係を悪化させてしまうかもしれない。
慌てふためく彼女に対して、ドレイクは物怖じしなかった。さらにはこんな発言までする始末だ。

「悔しいか、ならば実力でもって示せばよかろう。その自慢の霊力とやらで、掛かってくるがよい」

 何故、火に油を注ぐような言動をするのか、この男は! ティアナはますます険しい雰囲気に、ドレイクへ罵声を浴びせかける。
こんなこと、止めさせるべきだ。ティアナの念話に、フェイトは頷いた。しかし、ここで目方は消火剤ではなくガソリンを注いでしまったようだ。

「よろしいでしょう。その挑戦、受けて立ちます」
「目方中佐!? いけません、そんな事……!!」

まさかの発言に、いよいよ歯止めが効かなくなった。ドレイクは、この返答にやや驚きを示してはいたが、来るとなれば全力でやろうではないか、と了承した。
目方も止まる気配なしだ。夕刻5時頃、地上部隊のよく使用する模擬訓練用シュミレーション・ルームに来るように、とのお達しを受けた。
その場から立ち去る寸前、彼は背中を向けながらも目方に言い放った。

「せいぜい、ガッカリさせるような事は、しないでもらおう」

 だが目方は返事すらしなかった。黙ったその背中を睨み付けるだけである。騒然となったフロアへ、やっとこさ戻って来たはやては、異質な雰囲気に気圧された。
なんなんやこの空気の重さは、と眉を顰める。リィンフォースUも、思わず身震いした。たまらなくなり、何がどうなっているのかとフェイト一同に訳を聞き出した。
気まずいと言わんばかりのシャリオは、事の真相を全て話した。そしてその理由を聞くや否や、はやては絶叫した。

「な、何やてぇ!? あのドレイクと決闘するっちゅうんか!!」
「……うん」

事態を止めきれなかったフェイトの表情も優れない。なんでウチが居ない間に、そないな事になるんや。しかも、私的な決闘を行うとは……。
すぐさま止めさせなあかん、とはやては目方に駆け寄り、ドレイクとの決闘の中止を叫んだ。

「八神二佐、悪いけどそんな訳にも行かないの。一族を侮辱する輩には、身を以て恐怖を味わってもらうのよ」
「絶対にいけません! ドレイクは、札付きの魔導師です。あれとやって勝つのは……!」
「……私にも誇りはあるわ。こうして防衛軍に馳せ参じているとはいえ、陰陽道を捨てているつもりもないの」

駄目だ、拒否する気はさらさらない。目方の目は本気だ。周囲の制止を聞かず、彼女は行動に出た。一度〈トレーダー〉に戻り、準備をするためだ。
 陰陽師とはいえ、準備なしに戦闘できない。必要な道具を取りそろえて、戦いへと挑まねばならないのだ。何事も下準備が大切だった。
再び転送ポートへと戻っていく彼女を、はやて、フェイト、シャリオ、ティアナ、そしてリィンフォースUは、ただただ眺めやるしかなかった。

「大変な事になってもうた」
「兎に角、騒ぎにならないよう、手を打っておかないと……」

幸いにして、このフロアには人気は大してなかった。取りあえずこの場に居る者に対して、注意を促しておく必要がある。騒ぎが大きくなっては元も子もない。
さらに目方の上司である東郷、そして地上部隊のフーバーへと連絡と取らねばならない。だが、この日に限って本人が不在という、緊急事態に見舞われた。

「漫画な展開やあるまいし、こんな時に何でおらへんのや!」

嘆きも混じった声を上げるはやて。このままでは止めさせることが出来ない。東郷の方とは言うと、こちらも予想外の返答が返って来ていた。

「目方はああ見えて、言い出したことは止めんのでな。それに、一族を馬鹿にされて黙っている訳にもいくまい」

要するに決闘に関して口出しはしないという事だろう。回りくどすぎやしないか、東郷提督は! とストッパーがいてくれないことに肩を落とす。
最後の手段としてリンディへと助けを求めたのだが……。

「あら、模擬戦をすると聞いているのだけれど? なかなか無い機会だし、いいんじゃないかしら?」

ここで、はやて達の最後の頼みの綱は、見事に叩き切られてしまったようだ。というより、何処からそんな情報が漏れ出たのだろうか。
憂鬱な気持ちに浸りつつ、模擬戦と言う名の決闘の行方を見ておかねば、と夕刻5時頃にシュミレーション・ルームへと向かった。





 時間通りだ。夕暮れに染まる夕日……は直接眺める事はできない。何せ屋内だ。とはいえ、バーチャル設定で夕焼けの都市が再現されている。
しかし問題があった。シュミレーションの観戦室に居る筈のないメンツが揃っているからだ。ナカジマ家の姉妹を始めとして、ヴォルケンリッターやなのはまでいるではないか。
彼女らを見るなり、はやてはガックリと肩を落とし、顔に右手を当てた。ホンマに何処から嗅ぎ付けて来たんや。関係のないギャラリーもちらほら見える。
一方の彼女らがここへ来たのは、決闘と知っての事ではない。あくまで“模擬戦”という噂を信じて来ていたのだ。まあ、決闘と知ったら、もっと多くの観戦者がいた事だろう。

「えぇっ!? 模擬戦じゃないんですか!!」
「まぁ、命に関わることはせえへん筈や……あぁ、間違いないとも……」
「大丈夫ですか、はやてさん」

精神的に滅入っているのだろうか。頭を抱えるはやてにティアナが心配そうに声をかける。その傍ら、防衛軍からは東郷とたまたま突き合せたというレーグがいる。
どうせいるなら止めてくれてもええやん。と思わずにはいられなかった。そんな事も束の間、向かい合うドレイクと目方の2人。
 その間には、見えない何かがぶつかり合っているようにも見えた。模擬戦とはいえ、危険極まりないようにしか思えてならない。
特に、目方の物静かな気迫は尋常ではない。シグナムなどは、その気迫に気づいた1人である。防衛軍にも、これほどの力を放つ人間がいるのか、と関心さえしている。

「では、始めましょうか」
「そうだな……ところで、そっちはそのままでいいのか」

時間が過ぎ、目方から口を開いた。ドレイクは既にバリアジャケットを着用し、槍型のデバイスを手にしている。方や目方は、普段の士官服のままだ。
別に問題ないと彼女は答える。それを受けて彼は、そうか、などとは言わなかった。そして、最初に行動を起こしたのは、彼の方である。
 小手調べだ、と彼はデバイスの剣先を目方に向け、口を開いた。

「チェーン・バレット」

デバイスの剣先から、光弾が撃ち放たれた。野球ボールほどもある青色の光弾は、そのまま目方へ向けて直進していく! それに対して目方はドレイクのデバイスが発光するなり、反射的に体を左へと逸らす。
すると光弾は目方に命中することなく、虚しく至近を通過して後方に飛んで行く。この光弾は命中すれば、相手を拘束する事が出来るもので、犯人捕縛時に常用されるものだ。
その光弾が風を切り、目方の髪を舞い上がらせた。しかし、凛とした彼女の表情は崩れぬまま。この程度の事は力を使うまでもない、とでも言いたいようだ。

「ほぅ、単なる人間にしては、いい反射神経と動体視力だな」
「女だからといって、甘く見られては困ります」

目方の反射神経に周りもざわめく。軍人――とりわけ陸上兵に多いかもしれないが、人間の目でもって、跳んで来る弾丸が見えるという例も少なくない。
 余裕のある返答にドレイクは苦笑する。これで当たってダウンでもされたら、拍子抜けもいいところだ。周りは固唾を呑んで見守っているが、観戦側の方が遥かに緊張している。
有力魔導師と、初の対魔導師戦を演ずる女性陰陽師の対決を見て、どちらが優位に立てるのか。そう問われれば、大半はドレイク側を推すに違いない。
現に目方を知らぬ局員や、ナカジマ家の面々なども、目方では荷が重いと判断してしまうくらいだ。そして、はやてもそう思う1人である。
東郷の方は、さすがは神社の娘だ、等と心奥底で賞賛している次第。そして、なのは、フェイトらは心配する気持ちの方が大きかった。無理もないだろう。

「これはどうだ!」

 次にドレイクは、先ほどのチェーンバレットを立て続けに2発、3発と連続で撃ち放った。飛んで来る光弾の弾道を見極め、目方は1発目を右に避ける。
だが此処で彼は巧妙な手を見せた。1発目を回避する目方の避け方を見極め、その方向に2発目を放ったのだ。いや、正確に言うと少し違う。
魔導師は自分の放つ魔法弾の軌道を誘導することができる。ただし、力量によって同時に誘導できる数は違ってくるが……。そして、彼女もそれに気づいた。

(単純に撃つ気は、毛頭ないわね)

等と考える余裕があった。身体を逸らした状態なため、2発目は避けがたいものだ。彼女は瞬時に逸らした体制を利用して、バック転を行った。
それも勢いをつけるような動作もない、本当に流れるような動きのバック転だ。それを見た観戦者は、並みならぬ運動神経だと驚き、見とれてしまった。
ドレイクも思わずその光景に目を張った。病弱そうな肌の色をしている癖、しなやかな身体を持っているようだ。その素早くもかつ滑らかな動きで、3発目も絶妙に回避される。
それを見ていたなのは、はやて等は、その回避運動だけで驚き、言葉も出ない様子だった。彼女らだって、自らの身体能力であそこまで出来る自信は微塵もなかった。

「魔力も使わずにあれほどの運動神経……恐れ入る」

騎士であるシグナムも賞賛した。剣術主体である彼女からすれば、目方の動き方は相当に興味を引くものがあるようだ。そして何よりも、彼女の運動神経に惚れ込んだ者がいる。
 格闘術主体である、スバル・ナカジマ、そして同じく格闘術主体のノーヴェ・ナカジマの2名だ。魔力を使った、格闘戦では到底見れない光景だろう。
スバルは憧れるような目の輝きを放ってその光景を食い入る様に見る。ノーヴェは、先ほどまで連れてこられて良い迷惑だと嘆いていたにも関わらず、その気持ちは一転した。
だが素直に馴れないのか、顔はやや斜め方向を向いている状態で、目線だけは食い入るように、その光景を捉えていた。

「こちらから行きます!」

周りに構わず、回避を終えた目方の方から、今度は行動を開始した。ジャケットの外ポケットから、3枚の白い布きれを取り出す。何をする気か、ドレイクは構えた。
はやてはその布きれに見覚えがある。白い布には、黒い線で五芒星――晴明判が記されていたのだ。目方は、その3枚全てを右手で振り払うようにドレイクへと投げつけた。
布であるならば、投げつけても空気抵抗で直ぐに失速するだろう。だが、その晴明判が記された布きれは意志を持った鳥の如く、彼の基へ驀進していく。
 これにはドレイクも驚いた。魔法弾の類ではなく、布を投げつけてくるとは! しかも、驚くのはその次だ。彼女は投げつけた直後に、小さな声で呟いた。

(オン)!」

するとどうだろうか、白い布は瞬時に白い鳩へと変化してしまったではないか。何だあれは、と問いかける暇もない。突っ込んで来る白鳩に対応しなければならないのだ。
3羽の白鳩に対して咄嗟に彼は、魔法障壁を展開した。その障壁に、先頭の1羽目が突っ込む。ぐしゃり、と嫌な音を立てて、血が錯乱する。ひしゃげてしまったのだ。
飛び散る血液にドレイクは目を見張った。この女、本物の鳩を使ったというのか。と考えている間に、2羽目、3羽目は目前で急速上昇して回避する。
 だが驚くことは他にもある。先ほど当たって砕けた白鳩の突撃は、見た目以上に強力なものであった。障壁を展開している彼自身、障壁の魔力が減ってしまうのを感じた。
陰陽師とは侮れんな、と今更ながらに後悔するが、その時間も長くは無い。先ほど回避した2羽の白鳩が宙返りをして、今度は急降下しつつも左右から突撃してきたのだ。
彼は地面を蹴って空中へと逃れる。居なくなった空間を白鳩が交差して飛び去るが、ここで目方は新たな白鳩を3羽も追加してきた。
空中へ回避したドレイクへ襲い掛かる5羽の白鳩。障壁を展開しても、防ぎきれるものではない。彼は手にしていたデバイスを構え、待ち受けた。

「ハッ!」

前方下方から迫る3羽の内、1羽をすれ違いざまに切り裂いた。真っ二つになった白鳩は元の血みどろになりながらも地面に落下、そこで元の白い布に戻った。
 先ほどから大して動いていない目方だが、その白鳩――式神を駆使して闘う姿は、まさに陰陽師たるものだ。観戦者はその戦闘ぶりに目を奪われる。
だがグロテスクでもあった。式神とは言え、血が噴き出るのはたまったものではない。特に幼い魔導師など、エリオやキャロなどには、酷なものであろう。

「あれが、式神や」
「式神……召喚魔法とは違うのですか?」

式神を見せてもらったことのあるはやて。それに対してティアナは疑問を投げかけた。

「そや。召喚魔法は、本物の生き物を呼び寄せるものやけど、目方中佐の使うものは、あくまで魔力を応用して造っとる。だから、ああやって切られたりすると元に戻るんや」
「成程……キャロやルーテシアと違い、多くの式を使えるのですね」

シグナムは感心して言う。だが正確には、そう多くも使えるものではなかった。式神は有限的なものであり、あの白い布を使い切れば、式を使う事は出来ない。
とはいえ、白鳩だけでも相当に手ごわいのが、ドレイクの様子を見ているとわかる。鳩とは、動物界の中でも指折りの最速保持者なのだ。
そのスピードは侮れず、弾丸ほどではないにしろ、視力を集中させねば体当たりを許すことになろう。と言っている間に、彼は5羽を辛うじて叩き落した。
巧妙に連携しながら迫る鳩を、剣術と射撃魔法で撃ち落としたのだ。小賢しい真似をしてくれるではないか! ドレイクは神経を集中させる。
 今度はこっちの番だ。目方が新たに布を取り出そうとする前に、今度は先ほどよりも強力な射撃魔法を繰り出した。

「チェーンバレット・ファランクスシフト!」

先ほどのチェーンバレットよりも倍以上の魔法弾が、目方に向けて幾つも放たれた。

「数撃てば当たるものでもないのよ」

とはいえ、こちらの式を邪魔しようと言うのは明白だ。彼女は即座に回避行動に出る。が、どうやらドレイクの放った光弾は狙いが定まってはいないようだ。
7発の光弾の内で2発だけが彼女を狙っている。そこで懐から布を取り出し、目の前に放り投げる。同時に片手を人差し指と中指以外を閉じた状態で、指先を口元に寄せた。
そして、一瞬の間だけ何かを念じた。すると、どうだろうか……彼の砲撃は晴明判を前にして拡散してしまったではないか。何てことだ、防壁まで展開できるのか!
その一部始終を見ていた周りの者達は唖然とした。しかも、その結界らしき盾はドレイクの2発の光弾にも耐えきるもので、まだまだ余裕も見える。

「凄い……!」

目を見開き、それに食い入るように見ていたなのは。思わずその場で感嘆の声を上げた。地球の出身者で、しかも陰陽師と言う女性の戦いぶりに感動さえしており、冷静さを失わないその戦闘スタイルは見習うべきものがあった。
 残る5発の光弾は立て続けに至近弾として周囲に落ちた。誘導弾である2発を見事防ぎぎったものの、周囲に着弾する光弾で動きが止まる。
さらに着弾の拍子で舞い上がる多量の砂埃。その量に、思わず目方も急き込んだ。視界も一時的に悪くなる。と思った――その瞬間であった。

「アクア・バースト!!」





 突然、彼女の身体が後方へ吹き飛ばされた。何が起きたのか、と混乱はせずとも予想は簡単だった。視界が悪くなり、行き足の止まった目方にさらなる射撃を加えたのだ。
しかも強力なものを、である。直撃こそしなかったが、その余波も凄まじいものだった。こんなものが、本当に非殺傷なのだろうかと疑いたくもなる。
砂煙から叩き出された目方は床を転がりながらも、直ぐに体制を整えた。が、ドレイクの反撃はこれに留まらない。

「危ない!」

観戦者のスバルが咄嗟に叫んでしまった。が、この声は目方に聞こえてはいない。危険を知らせてくれる女性に気付かない彼女の至近に、ドレイクが現れた。
そうか、彼は3段階を踏まえて、接近戦を挑んできたのか! 考えたものだと賞賛してやる暇はない。ドレイクはデバイスを右斜めに振りかざし、彼女に狙いを定めた。
手持ちの武装など無い目方に残されているのは、避ける事のみ。格闘戦は得意と言う訳ではなく、槍ならば交える事も出来たのだが……。
 瞬時にしゃがみ込みつつ、左斜め前へと飛び出した。ドレイクは、自分の右懐をすり抜ける彼女に思わず舌打ちした。一筋縄ではいかんか。
前進していた身体を急停止させ、その場で180度方向転換する。そこには砂埃に塗れた目方の姿があった。

(普通の者ならば、あれを避けきることは叶うまいに……)

反射神経の良さをまたもやアピールする目方に、ドレイクはやや苛立たしさを覚える。そして、改めて加速して切りかかろうとした刹那――!

「……今度は狼か!」

収まりかけた砂埃は目方の背後、そこから赤と青の動物が姿を現したのだ。ドレイクは狼と表現したが、正確には狼ではなく狛犬だった。
地球出身者であれば目にするなり、耳にするなりしているであろう守護獣の一種。神社の門などによく見られるものだ。はやて、なのは、フェイトも見たことが幾度かある。
しかし、目の前の狛犬は可愛らしげのない、鋭い目つきをしたものだ。それらが彼へ向けて飛び掛かる! その場から大きく左へ飛び、回避するドレイクには疑問が溢れていた。
何時、あのような生物を出したのか……と。そこで浮かび上がったのは1つの答えだった。

「さっきの砲撃の時か」

 そう言ったのは、チンク・ナカジマだ。周りの妹達は驚いて小さい姉を見やる。さっきの状況で、瞬時に式神を放ったというのか!
その判断力の高さに感心するフェイト、そしてはやて。なのはは、目方の判断力もさることながら、新たに出した狛犬にも驚いている。
これは一応模擬戦なのに……どうみても、殺し合いにしかならなそう。あの式神の攻撃は、非殺傷設定には思えないのだ。だが実のところ、律儀に目方は力を調整していた。
そうでなくでは、式神で人を殺すことだって容易いのだから。

「中々の追加攻撃だったけど、私も黙ってはいないのよ」

 目方は2匹の狛犬に追撃させつつ、そう呟く。その狛犬の追撃ぶりは尋常ではなかった。素早い跳躍と、前足の爪、口の牙を駆使して襲い掛かってくる。
ドレイクも必死に回避した。が、遂に間に合わないと判断し、魔法障壁を再展開させた。狛犬は臆せずに飛び掛かり、障壁にへばりついた。
それはまさに、狩り人が獲物を前にしていながら、後1歩を手前にして届かない様子だ。爪を障壁に突き立てて、睨みを利かせている。
この腹を空かせた猛獣が! とはいえこのままでは拙い。そこで一度、障壁の出力をフルにし、狛犬を弾き飛ばしたのだ。その直後、直ぐに飛び上がった。

「っ! また鳥か」
「逃がさないわ」

いつの間にか増えていた白鳩。これで4羽が追加された。追いかけ回されるのは性に合わないな、と回避しながら思う。右から、左から、下から、上から、とバラバラに迫る。
 それを回避し、切り付け、1羽づつ落としていく。2羽落としたところで、今度は狛犬2匹が信じられない高さまで飛び上がり、引っ掻いてくる。
それも辛うじてかわし、避けつつも赤い狛犬の首を切り落とす。このままは埒が明かない、と彼は行動に変化を付けた。突然、目方へ向けて突進してきたのだ。
いずれ使い果たすだろうが、これほどまでにしつこいと、自分の身が力尽きるだろう。ならば、基を叩いてやろうではないか。

「っ!」

さらにちょこまかと動かれては叶わないとして、追加の砲撃を連続して発射した。自分を直接狙ってくるとは、切羽詰っている証拠だろう。
 だが、同じ手は食わない! 弾かれてしまった事に驚いている暇はない、そのまま突進していく。
そのスピードは、彼女の予想を超えていた。こればかりは防ぎきれるものではない。新たな式も、余分な数が無い。ここは避けるのに専念すべきだ。
近接戦闘では明らかに目方の不利に働く。斜め上方から突進してくる彼の後ろから追撃してくる式神達。だが、それも間に合わない。
目標を範囲におさめ、瞬時に右から左へと振り払うように切りかかるドレイク。それを反射的に避けようとした刹那、それは無駄に終わった。

「甘いわっ!」
「ぅく……!」

 振り上げたままの状態から、左手を突出し、至近距離からの魔法弾を発射したのだ。それを避けられる筈もなく、彼女の鳩尾よりやや下に激痛が走った。
肺から空気を強制的に吐き出され、身体を『く』の字に折り曲げながら、後方へ飛ばされた。ドサリ、と2回ほど打ち付けられた後にやっと止まった。
そしてドレイクはといえば、彼女を吹き飛ばした直後に振り返り、追撃してくる式神をたちどころに切り捨てていった。狛犬は左右に真っ二つとなり、残る白鳩も同じ運命を辿る。
傷ついた身体を起き上がらせながら、それを見やる目方。中々やってくれるわね、と呼吸を整えようとする。一部始終をみていた観戦者に新たな緊張が走った。

「容赦ねぇな、あいつは」
「防衛軍嫌いとは言え、私怨が混じっているな」

 ヴィータとシグナムが非難の声を浴びせる。あの直撃は、死にはしないとはいえ、相当なダメージとなったのは確かだ。このままでは拙いことになる。
はやて達も危機を察した。重傷なんかなったらシャレにならんわ、早いとこ止めなあかんとちゃうか! 手すりを思い切り握りしめるはやて。
東郷にしても、やはり危機を感じ取ったようだ。その証拠に険しい表情をしている。誰しもが、目方にストップを掛けようとした時だった。
目方が再び白い鳩を3羽も繰り出しのだ。しかし、実はこれが最後の式神であった。これ以上の式神はもうない。まさに切羽詰ったのは彼女の方だった。
 小賢しい、とドレイクは余裕を持ち直したらしい。慣れた様子で避ける。その間に、目方はヨロヨロと危ない足取りで、距離を離そうとする。

「手を出しつくしたようだな、陰陽師よ」

数十mほど移動した彼女の後を、式神を避けつつかつ切り捨てながらゆっくり追いかける。もはや、立場は完全に逆となっていた。目方も限界なのだろうか。
膝をガクリと落としてしまった。そして、後方にいるドレイクへ睨みを利かせる。この期に及んで、まだ諦めぬか……大した者だ。
この時点で、彼は目方に対する評価を変えていた。陰陽師は嘘ではなかったこと、そして、その実力も侮れないことだ。だが、勝つのはこの俺だ。

「ここまでだな、陰陽師。善戦したお前に敬意を表し、最後は一撃で決めてやろう」

 デバイスを展開して気絶させるに足り得る魔力を放とうとした時、観戦者が止めるべきだろうと判断した時、目方の表情は睨みから勝利の笑みへと変化していた。
その変化に、ドレイクは思わず眉をひそめる。何のつもりだ、この女は。まぁよい、こちらに勝敗は……。





「いいえ、勝利の軍配は私に上がったわ」
「何……っ!?」
「「あれは!!」」

 逆転勝利を掴んだと微笑む彼女の理由。それは、彼を囲う様に発生した8つの光の柱が出現したためだ。これは、一体なんだ! 観戦者たちも突然の出来事に声を上げた。
あの光は何だというのか。狼狽えるドレイクは危険を察した。直ぐに出なければ危ない、と思うが素手に遅い。何故か、飛び立てないのだ。
それだけではない。自分の魔力が次第に分解されていくような感覚を覚えるのだ。この瞬間、彼はこの結果に、魔導師の嫌うAMFが展開されていると悟った。

「無駄よ。私は、貴方を『八陣の図』に取り込んだわ」
「奇門……遁甲や!」

そう叫んだのはドレイクではなくはやてだ。目方からの教えを受けていた際に、聞いたことのある術の名だった。その目方は、極めて巧妙な下準備をしていたのだ。
八陣の図を張るには、門となるべき8つの柱代わりになるものを、円陣を組んで配置しなければならない。このシュミレーション・ルームに、そんなものは無い。
 だが、目方はやり方を変えた。その柱代わりに使用したのは、自らが放った式神達だった。鳩と狛犬たちは、無暗に突進してドレイクに攻撃しようとしていた。
そう見えたのだ。だが実際には、巧妙にドレイクと追い立て、切り捨てられた式たちを上手い具合に、地に並べて形作っていったのだ!
何と言う事か……途中、彼女自身が攻撃を受けてしまったが、それさえも計算に入れていた。自らが吹き飛ばされたのも、丁度陣の真ん中辺りだ。
逃げると見せかけ、彼を陣の中央へと誘導したのだろう。不利をも利用するとは、恐ろしい陰陽師だ。後は、誘い込んだところで発動させればよい。
 奇門遁甲を知らないフェイトやなのは、シグナムらが気になって尋ねた。

「簡単に言えば、全く違う空間へ送り込んでまう術や。あれから逃れるには……8つの出口の内、2つを見つけ出す他ないんや!」
「そ、それを間違えると、どうなるんです?」

恐る恐るとシャリオが聞いてくる。はやては険しい様子で答えた。その場で死ぬか、永遠に彷徨い続けるか、と。そう言った瞬間、ドレイクはその場から消え失せた。
やってしまった、目方は彼を恐怖のどん底へ叩き込んでしまったのだ! とてもじゃないが、出口を探し出すのは無理だろう。
なんて考えている場合ではない! このままでは、ドレイクは本当に死んでしまうのだ。はやては慌ててその場を飛び出し、目方の基へと駆け寄った。

「ちゅ、中佐!」
「八神……二佐」

疲労しているのだろう。息もやや絶え絶えだ。それでも、彼女に八陣を解いてもらう様に嘆願した。

「お願いです、今回はドレイクが悪いのは分かってますから……! 謝罪もさせます、だから、直ぐに陣を解いてください!!」

必死に願い出るはやて。彼女はドレイクに肩を持ちたいとは思わないが、やはり決闘で殺してしまっては、目方が危うくなってしまう。何より、彼女ははやての師でもある。
その様子に目方はいつもの優しい表情に戻り、はやてに語りかけた。

「大丈夫。あの陣は私が弄ってあるの……直ぐに出てくるわ」
「……へ?」

気の抜けた声を出したその時、先ほどドレイクが消えた場所から、再び彼本人が出現したのだ。しかも、相当に汗だくになり、目方以上に疲労していた。
良かった、と安堵するはやて。そして、はやての後を追ってきた観戦者の面々。その面々に対しても、分かり易いように説明した。
 八陣の図は、先も言った通り迷宮を張り巡らす術だ。出口を間違えれば即死か、彷徨い続けるかである。だが目方はそれを自分なりに弄った。
全ての門を正門と休門に置き換えたのだ。だがそれだけでは単純すぎる。ある程度の恐怖を与えるため、8つの門の特性を少しだけ残した。
つまりは、入った瞬間は地獄の苦しみを味わうかもしれないが、ものの数十秒で自動的に生還できるようになっていたのだという。
そのドレイクの様子から、相当な地獄を見たようだ。息も絶え絶えの有様である。

「……勝負、ありましたね」
「……あぁ。俺の……負けだよ」

 そして、あの侮辱の発言も撤回すると言った。この場にいる者達も、確かにその耳で確認する。これで、この私闘は幕を降ろすこととなったのだ。

「全く、親御さんがどんな顔をするかね?」
「……すみませんでした」

東郷が目方に対して説教じみた話をしていた。けど東郷提督、貴方も普通に許可してましたよね、確か。口には出さないがはやては突っ込みを入れる。
それにしても、と話に盛り上がる集団に目をやった。そこにはナカジマ姉妹がいる。そして、シグナム、ヴィータ、ティアナ、シャリオの4名。

「いやぁ、強いっすね、目方中佐は!」
「本当にな。あんなに先の見える戦いをするとは、……私たちより強いかもしれないな」
「私も、あの式神の連携には驚いたかな」

陽気なウェンディがにこやかに良い、チンクも感心した様子で同意する。ディエチなども、式神を巧みに操った手腕を評価していた。
スバルなど、あの滑らかな動きが羨ましいなぁ、等と浸っている。そしてノーヴェも、相変わらず素直な態度にならないものの、しなやかな動きを脳内でリピテーションしている。
余程に惚れ込んだようだ。ヴェルケンリッターの面々も、似たり寄ったりの内容だ。

「一度、手合せ願えないだろうか」
「何言ってんだよ。下手すると、あの世なんだぜ?」

 騎士としての性格からだろう。シグナムは目方と一戦でも交えたいようだ。ヴィータは明らかに無理だと反対する。ティアナはといえば、複数の式を同時に使っていた指揮能力の高さが伺える先の戦いに、魅せられていた。

「……陰陽師って、あそこまで凄いんだね」
「うん。けど、何かが違う気も……する?」

我らが親友2人も、目方の戦闘ぶりに唖然としていたものだ。普段は魔法を常日頃から使っているだけに、今回の戦闘は本当に新鮮に見えたのだ。
味方になってくれた時、これほど優秀かつ頼りになる陰陽師が居たら、どれだけ安心できるだろうか。などと、考えてしまうものだった。
 後日、はやてらが危惧した通り、この私的な模擬戦の結果は、瞬く間に広がってしまった。同時に、目方に対する引き抜きも多く噂されていたとか。
とはいえ、そんな誘いには断固として首を振らないことは、はやてもよく知っている。今後は、中佐も忙しいやろうなぁ、などと呟くのであった。




〜〜あとがき〜〜
どうも、第3惑星人です!
今回は本編ではなく、番外編を書かせていただきました!
今まで真面に個人戦を書いたことが無いので(短編の吸血鬼以外)、今回は思い切ってこのようなものを書いてみました。
実際、陰陽師と魔導師どちらが強いのかなどと、わかるものではないのですが……。
陰陽系統に関しては『帝都物語』を参考にしています。
そして八陣の図の改変は、殆ど私の妄想ですので、ご注意を。

では、ここまでにしまして、失礼します!



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