外伝『漂流者の記憶』



「私の故郷――地球は、幾度も外部勢力との戦争を強いられてきました」

  早朝にして記憶を取り戻した古代 雪は、助けてくれた恩人メガーヌに、自分の故郷の事、そして己に何があったのかを語りだした。
まずはガミラスとの戦争から始まり、そこから続く長い戦争の流れを歴史表の様に淡々と聞かされる。メガーヌはその事実に驚かずにはいられない。
何よりも驚いたのは、自分の知る地球世界とは全く持って異なっているという事だった。
地球と言うと、時空管理局で97管理外世界に指定されている非魔法文化世界であり、亡き友人の局員の夫――ゲンヤ・ナカジマの先代が住んでいた世界でもあり、最近知った八神 はやて、高町 なのは達の故郷でもあるという話だった筈だ。
  だが、雪の話す地球は全く別の世界である事を、悟らざるを得なかった。普通なら作り話ではないかと疑いたくなるが、生憎とその可能性はない。
以前にSUSと呼ばれる未知の軍事国家が次元世界へ侵略を開始したというニュースと同時に、異世界の軍隊がクローズアップされていたのを思い起こした。
その軍隊というのが、確か地球の軍隊であり、そして防衛軍という名称で呼ばれていた事も思い出したのだ。
  となれば、雪が話している内容が嘘であることは、可能性的に低い。信じがたい話ではあったが‥‥‥。

「3年前、ブラックホールが地球を直撃するという事実が報ぜられました。そこで地球人類が生き残る為に、全人類による移民が計画されました。その第1次移民船団の責任者として、私は護衛艦に乗っていたのです」

メガーヌの驚きは絶えない。管理局一同が感じた驚きを、そのまま感じている。地球がブラックホールに飲み込まれてしまうなど、誰が想像出来ようか。
  また、自分よりもやや年上くらいの彼女が、3億人を乗せた移民船団の責任者を務め、同時に艦船の艦長をも務めていたと言うのだ。
それだけ彼女は優秀だと捉えて良いものか、或は自ら進んでその役目を引き受けたのか、最初こそ分からなかったが、彼女の説明から己の意志で引き受けた事を知る。

「私は自分に出来る事は何か、と考えました。それが、護衛艦に乗って人類移住計画を護る事。そう信じたのです」
「では、その後は‥‥‥」

ここからが本題だ。何故、雪がここに流れ着いたのか。その真相を、彼女が知る限りの範囲で話を始めたのだ。

「第1次移民船団は、移住先の惑星まであと半分の距離まで進んでいました‥‥‥」





  第1次移民船団は、移住先のアマール国へ大移動を続けていた。残り半数の距離と迫り、船団と護衛艦隊はワープ行動に入ろうとしていたのだが‥‥‥。

「前方に重力波を感知! 距離、5万8000q!」
「進路上に、国籍不明の艦隊がワープアウトしてきた模様!」

移民船団統括司令艦 スーパーアンドロメダ級戦艦〈ジャンヌ・ダルク〉のレーダーにて異変を捉えた索敵士官の報告が、艦橋に緊張を一気に走らせた。
〈ジャンヌ・ダルク〉艦長 兼 移民船団統括責任者たる雪の背筋に、冷たい悪寒が走るような感覚に襲われる。
  現れた艦隊――SUS艦隊の外見を見て、そう感じざるを得なかった。真っ黒な塗装に赤いラインは、まるで悪魔か、破壊者の様な印象を与えた。
一瞬はデザリアムの艦船かと思ったが、それは違うと考えざるとえない。何せデザリアム帝国は、既に母星と支配宙域の白色銀河を失っているのだ。
それに生き残りのデザリアム人は、地球にて暮らしている。おまけに、見積もっただけでも100隻以上と言う大規模艦艇を揃えられるとは、考えにくいものだった。

「全艦戦闘配備、前方の艦隊に注意してください!」

警戒態勢は敷くが、攻撃命令は出せない。こちらから撃てば開戦の責任を負う事になるからだ。加えて言えば、戦闘をしないで済むならそれを選びたい。
  雪は目の前の艦隊が敵ではない事を祈りたかったが、続々とワープアウトしてくる様子に、これは明らかな意図があっての行動だと考える他なかった。

「国籍不明艦隊、900隻に昇ります!」
「進路変更の様子なし、こちらへ向かって前進してきます」
「これは‥‥‥明らかな敵対行為ね」

雪は900隻という数の艦隊を知って、いよいよ不安の波が高くなる。わざわざ船団の前に出てくるあたり、偶然の遭遇とは程遠い。
  そして最悪の想定が、現実のものとなったのは数秒とかからなかった。悪意の籠った膨大なエネルギーの量が、目の前の艦隊から感知されたからだ。
地球艦隊と船団はワープ直前と言う事もあって、対応に遅れる。

「国籍不明艦隊、急速接近! 相対距離、約1万2000!」
「‥‥‥っ! エネルギー波、多数接近」
「総旗艦より迎撃命令が下りました」
「砲撃開始、目標――ッ!」

  護衛艦隊総旗艦〈ブルーノア〉から命令が下されるのと、艦隊から砲撃が殺到するのはほぼ同時だった。SUS艦隊が一斉に放った膨大なエネルギーが、猛烈なハリケーンの如く地球艦隊の先頭集団に叩き付けられたのだ。
先手を打たれた地球艦隊は、瞬時にビームの嵐により多数の被害を被る。雪の乗艦〈ジャンヌ・ダルク〉も初弾を浴び、艦体右舷に1発が命中し艦内を揺らした。
  だが被弾時に艦体が青白い発光に一瞬だけ包まれる。防衛軍の標準装備である波動防壁が、敵艦の砲撃から被害を抑えた証拠だった。
被弾時の揺れは直ぐに収まり、すかさず雪は反撃命令を下した。

「砲撃開始、絶対に敵を通らせてはなりません! 移民船団は、後方に離脱を開始してください!」
『こちら〈01〉号船、了解しました』

揺れる艦内で雪は迎撃命令と、船団長権限による船団の退避を命じる。第1次移民船団側からも了解した旨を送ってくる。
この雪が発した緊急事態への対処指示は、勿論〈ブルーノア〉の総司令官や移民計画本部とも了承済みのことであった。
  指示に従い、ゆっくりと巨体を翻していく移民船団と、その最後尾を護らんとSUS艦隊の目前に立ちはだかる地球艦隊。
〈ジャンヌ・ダルク〉も主砲6門からエネルギーを解放し、眩い光を放ちながらも一直線にSUS艦隊へ向けて突き進んでいく。
突き進んだ先にはSUSのカン・ペチュ級戦艦がいた。ショックカノンがその戦艦に直撃すると、瞬く間に火だるまとなって轟沈していった。

「敵戦艦クラス1、撃沈!」
「敵艦隊前衛に多数の撃沈を確認!」
「兎に角、数を減らす事に専念して。民間人に1人の犠牲者も出させるわけにはいかないわ!」

オペレーターの撃沈報告に、雪は浮かれることなく民間人の生命を第一に命じた。そんな彼女の眼にも、無論のこと目の前で同じような光景が随所に見られており、数十隻のSUS艦が次々と火球に変わっていくのが分かる。
それで歓喜を上げられれば良いものだったが、相手は地球艦隊の4倍以上――900隻前後であり、まだまだ敵は後が控えているのだ。
  しかし、ここで地球艦隊をどん底に叩き落す事態が発生した。移民船が退避しようとする進路の左右に、大量の次元振が観測されたのだ。

「これは‥‥‥艦長、敵艦隊が新たに出現! 前方の艦隊と同じものです!」
「なんですって!?」

そう、SUS艦隊は時間差をつけて後方に回り込んできたのだ。丸裸になりつつあった船団は、SUS増援艦隊の良い的同然である。
この包囲網に地球艦隊と船団は、恐慌状態一歩手前に来ていた。後方を遮断され、移民船団は強制的に元の宙域に戻らざるを得なかったのだ。
  危機的状況下において、総旗艦〈ブルーノア〉は比較的先頭に立ち奮戦していた。初弾を数発受けたが、最新鋭戦闘艦にとっては蚊に刺された程度のようである。
単艦であっても、その猛威をSUSに向けて振るった。主砲18門、副砲6門が矢次に砲撃し、次々とSUS艦を撃ち抜いていく。
反撃から僅か6分から7分程度で〈ブルーノア〉は、単艦で戦艦7隻、巡洋艦11隻、駆逐艦6隻を撃破するに至った――が、総旗艦の命運はそこで尽きた。

「あぁ! 艦長、〈ブルーノア〉が!!」
(っ‥‥‥! 何という事を!!)

  〈ブルーノア〉は艦載機を発艦直前に直撃を複数受けた事により、バランスを大きく崩した。追い打ちをかけるか如く、突撃してきたSUS艦隊が襲い掛かった。
目障りだと言わんばかりの攻撃ぶりで、それはもう嬲り殺しと言うに十分だった。1分足らずで30発、あるいはそれ以上のビームが、容赦なく叩き込まれたのである。
これにさしもの〈ブルーノア〉でさえ無敵とはいかなかった。波動防壁は破れ、分厚い装甲が焼かれ剥離していく。主砲も尽くが吹き飛ばされた。
一気にバランスを失った〈ブルーノア〉は執拗に砲撃を受け続け、力なく浮遊していき、それは誰の眼にも旗艦機能を喪失したことを理解したのだ。
  脱落した総旗艦に、他艦艇は酷く動揺した。地球の開発関係者が自慢した、〈ヤマト〉以上とされた〈ブルーノア〉が沈黙したのだから、当然の反応であろう。

「古代艦長、第1艦隊が壊乱状態に陥りました!」
「第2艦隊、メルビル提督戦死! リー准将が指揮権を委譲!」
「正面の敵艦隊、突撃してきます!」

恐怖と混乱の波を塞き止めていた我慢と言うダムが、一気に決壊した瞬間であった。第1艦隊は戦列を崩し、SUS艦隊の突入の隙間を作り上げてしまう。
さらに第2、第3艦隊は、左右から圧力をかけて来るSUS増援艦隊の対応で手一杯だ。移民船団に潜り込んでくるSUS戦艦が、独壇場を確保した。
  だがここで諦めてはならない、と雪はマイクで第1艦隊残存艦艇に呼びかけた。彼女は第1艦隊に所属していたのだ。

「こちら船団長 古代准将です。これより第1艦隊の指揮を引き継ぎます!」

兎に角は指揮系統を纏めなければならなかった。雪は凛として他艦艇を叱咤激励し、早い段階で乱れた秩序を戻しつつ、移民船の離脱の為に行動を開始した。
それは第2次移民船弾も執っていた方法で、損傷した戦艦を前面に出し、拡散波動砲でSUS艦隊のど真ん中に風穴を開けようと言うものだった。
  地球艦隊は数を大きく減らし、移民船団も4割が既に撃沈破されてしまった。これ以上の犠牲を、出させはしないわよ!
――瞬間、雪は発射を命じた。

「拡散波動砲、発射!」

中破していた戦艦〈エメロード〉の艦首が眩く発光した。死の直前に、怒りの雄叫びの如く放った拡散波動砲は、突入中だったSUS艦隊の真正面に炸裂する。
移民船団を殲滅しようと密集した瞬間に炸裂したのだ。1本の波動光条が5隻、10隻のSUS艦を串刺しにする。それが数十本である!
一瞬でSUS艦隊の中央、数にして200〜300隻が消滅してしまったのだ。今度はSUS艦隊が恐慌を起こし散開を始め、進撃の手も緩まった。
  それこそが、雪の待っていた瞬間でもあったのだ。

「今です、前船団は緊急ワープを開始してください! 残る艦は全力で援護を行います!」

移民船団はこじ開けられた穴に向かって突入し、後方からも追い立てられながらもワープを開始する。だがワープに成功したのは、僅かに300隻程度であった。
前方と左右後方からの挟撃がどれ程に凄まじいものだったかを、思い知らさせる数値だった。
  そして次は地球艦隊の番である。この時、護衛艦隊は200余隻から大きく減らして、僅かに30隻程度しか残されていなかった。
第2艦隊も、第3艦隊も、地獄の戦火の中で壊滅状態にあり、司令官も既に戦死した。幸運にも撃沈を免れた〈ジャンヌ・ダルク〉も、もはや限界にきている。
主砲は殆どが使用不能となり、残るは機銃群や数門のミサイル発射管しかない。が、それも撃ち尽くしてしまっていた。
  片や艦内部は各所で火災が発生し、黒煙を噴き上げる。艦橋内部のクルーも3人が負傷し、各コンソールなどの機器からも火花や出火が出ている。
無事な者や技術班が駆けつけ、鎮火作業に当たっていた。

(まだよ‥‥‥ここで死ぬ訳には、いかないのよ!)

  そして雪は、最後の最後に脱出を試みた。まだ帰らぬ夫と、地球に残した娘と、何としても再会しなくてはならないのだ。
発生した火災によりコートを焦げや煤で汚しながらも、雪は〈ジャンヌ・ダルク〉にワープを実行させた。

「ワープ!‥‥‥っ!?」
「古代艦長!!」

それは悪魔の悪戯か、ワープと同時に流れ弾が艦橋へ着弾したのだ。爆炎は雪のいる艦橋にまで及び、彼女は爆風と炎に弄ばれるように薙ぎ倒されてしまった。
突然の事に〈ジャンヌ・ダルク〉副長、吉田 光則 中佐が咄嗟に叫ぶが、〈ジャンヌ・ダルク〉は命令に従い、不安定な状況下でワープを強行した。
これが、彼女に思わぬ方向へ導くとは知らずに‥‥‥。





  離脱したかに見えた〈ジャンヌ・ダルク〉だったが、ワープ航行は僅か3秒で強制終了を余儀なくされた。自動航法システムはイレギュラーを感知した為だ。
強制的にワープアウトすると、そこはいつもの広大な宇宙空間ではなかった。宇宙とは言い難い、異質な空間に出ていたのである。
座標を失った〈ジャンヌ・ダルク〉は一時的にエンジンを停止させた。この異質な空間内での航行を断念せざるを得なかったのだ。

「ん‥‥‥ぁ‥‥‥?」

  チラチラと火が燻る艦橋内で、まずは吉田中佐が目を覚ました。ワープからあけたのか、と考えながらも、艦橋内部の様子を確認する。

「酷いな‥‥‥」

各部署のチーフ達が集まる艦橋内部は悲惨なものだった。至る所が破損し、同僚達は被弾時に巻き込まれたようだ。
席から放り出され、見るからに虫の息の者も見受けられた。眼を背けたくなる有様だが、ここで外の異様な光景に唖然とする。

「何だここは‥‥‥! まさか亜空間か? いや‥‥‥違うな」

窓から見える光景に、異常な事態に見舞われたのは確かだ。それに亜空間特有のエネルギー流失現象もないのを見ると、亜空間ではない。
すかさず無事なコンソールをいじり、エンジンは生きている事が分かりホッとする。
  が、直ぐに雪の安否を思い返す。混乱した状態で忘れかけていたようだが、すかさず彼女の基へ駆け寄ると呼びかけた。
雪の羽織っているコートは所々が軽く焼け焦げ、破片でも当たったのか多少の破れた部分もあったが、幸い、破片等が身体に命中した形跡はなかった。

「古代艦長! しっかりしてください!」
「‥‥‥ふく、ちょう‥‥‥?」
「そうです。お怪我はありませんか?」

多少ふらつく様子だが、雪は自力で立ち上がると、今の置かれた状況を副長に尋ねる。
  そして、最悪の状況下にあることを理解すのに考える必要もなかった。

「次元断層の類なのか、判別しかねますね」
「ハイ」

息のある乗組員を助け起こすなり処置を施しながらも、雪は異質な空間の特徴を見て即決できなかった。彼女自身も〈ヤマト〉で次元断層を体験した1人だ。
海の底の様な、特殊かつ不思議な空間とは違う。かといって宇宙空間でもない。また別次元の空間に落ち込んでしまったのだろうとしか、考えようがなかった。
  それに〈ジャンヌ・ダルク〉の置かれた状況は芳しくはない。復帰した数名のクルーが、分担して艦内状況を報告してきたのは、以下の通り。

「主砲全損、使用不能。各部ミサイル発射管弾薬ゼロ、ともに破損し使用不可能。波動砲もバイパスの破損により、使用不可能です」
「機関部から報告。波動エンジンは損傷の影響により60パーセントにまでダウン。航行は可能ですが、ワープ可能レベルには到達しえません」
「レーダー、通信機、共にダウン。復旧のめどは立ちそうですが、時間がかかります」
「死傷者は集計中ですが、現在の時点におきましては59名に及びます‥‥‥」
「‥‥‥わかりました」

報告してきたクルー達のも表情が暗いが、それを聞いた雪も落胆せざるを得ないものだった。〈ジャンヌ・ダルク〉の定員数は90名前後とされている。
その6割から7割もの兵士が、負傷または戦死した。戦死者に至っては、その内の半数以上――40名にも及ぶとされた。
機関部が生きているのは幸いだったが、自力航行が可能とは言え、それ程長くは持たないだろう。それに単独で脱出できるかさえ分からない。

「しばらくは、復旧に全力を尽くしてください。それと、この空間で何が起きるかわかりません。十分に警戒してください」
「「ハッ!」」

復唱すると、クルーたちは手分けして作業に移った。どれほどの間、この空間に留まるのかは見当がつかない。いや、考えたくはないのかもしれない。
  やがて、異質な空間に迷い込んでから、2日が経過しようとしていた。その間に、少ない人手でエンジンの復旧とレーダーの復旧に全力を尽くしていた。
その甲斐あってか、波動エンジンはギリギリでワープできるレベルに到達していた。レーダーも機能していたが、完全とはいかず、索敵範囲は大幅に低下してた。
今ここで襲撃を受けようものなら‥‥‥と考えてしまう。
  だが無情にも、そのまさかの事態が、レーダーに映された艦影で実現化した。

「レーダーに感あり、数は5!」

緊張が張り詰める艦橋内部。この異質空間に他の艦艇が居るという事は、空間事情を良く知る者達だろう。とはいえ、攻撃されたら、こちらも打つ手がない。

「武装は全て使用不能。射撃システムも相も変わらず作動しません。こればかりは‥‥‥」
「敵でないことを、祈ります」

雪には運命に委ねるしか方法はなかった。捕捉された艦影は急速に接近してくるが、観測用カメラは損傷している為に確認できない。
肉眼による確認しかないのだ。吉田は観測用双眼鏡を取り出し、中を覗いた。

「‥‥‥畜生」

  その悪態が、何を意味するか考えるまでもない。目の前に迫るアレが何なのか、それこそ遭いたくもない敵の姿だったからだ。
不幸が不幸を呼ぶ。絶望と言うものを、彼らは思い知る。何もできない〈ジャンヌ・ダルク〉に詰め寄るSUS艦隊に、皆がうなだれた。
自分らは艦ごと蒸発してしまうに違いない、と。余裕を見せるが如くSUS艦隊が前進してくる姿は、悪魔が嘲笑しているかのように、雪には思えた。
  だがSUS艦隊は攻撃をしてこない。自分らの置かれた状況を察しての事なのかは、わからないが、撃沈するつもりは無さそうだった。
SUS艦隊は包囲体制を敷く。何が狙いなのか、と睨む事しかできない一同。そして変化は直ぐに訪れた。

「艦長、敵艦1隻が接近してきます」
「‥‥‥こちらが攻撃することも出来ないのを見越しての事か」

副長の疑問に答えてくれる人間は、誰一人としていない。ある可能性として、敵はこちらに接舷するのが目的なのだろうか。でなければ接近する必要はない。
乗り込んでくるとなれば、こちらもそれ相応の準備は必要とすべきか――と、命令を下そうとした時だった。

「か、艦長! 敵艦より通信が入っております!」
「‥‥‥繋いでください」

緊張した様子で通信波長がリンクされる。そこからスクリーンへ接続され、向こうの様子が映し出された。
  いったいどんな姿をしているのかと、思わず身構える。投影された瞬間、その異様な圧力を放つ異星人を目の当たりにし、息を呑む。
外見は人間に近いが、今まで遭遇した国家の人間とは一際違った特徴があった。鋭い眼光、白に近い水色の皮膚。そして尖った耳がある。
悪魔にも思える概要に驚くが、そんな地球の驚愕は知った事ではないと、先に口を開いた。

『私はSUS次元方面軍パトロール部隊司令 ランツェ大佐だ。貴官らは既に包囲下におかれている。大人しく投降してもらおうか』
「‥‥‥」

単刀直入な物言いに、クルー一部は不満を覚える。
  だが事実として、〈ジャンヌ・ダルク〉は戦闘不能、乗組員の半数以上が重軽症を負っている。無益な抵抗は、雪も無謀だと判断せざるをえなかった。
沈黙を持って返答する雪に、ランツェは口元を小さく釣りあげて見下した。

『懸命な判断に感謝するよ、地球の諸君』

それだけを言うと通信は切れた。一同はこれからどうなるのか、等と落ち着きがない。その間にもSUS戦艦も接舷を開始している。
動揺するクルーと艦内に向けて、雪は放送を入れた。

「無事な者は、そのまま聞いてください。先ほど、本艦は敵艦――SUSと名乗る艦隊と遭遇しました。残念ながら、本艦の戦闘力は皆無。離脱もままならない状況です。そこで私は‥‥‥敵司令官からの降伏勧告を‥‥‥受諾しました」

  この瞬間、どれだけのクルーが驚き、私を罵倒しているのかしらね? 雪は心家で呟いていた。戦えずに無条件で敵に降伏するというのは、軍人としてどれ程に苦いものか、その屈辱に塗れるのはどれ程に耐えがたいものかを、雪も理解していた。

「失望する方も多いでしょう。汚名は、甘んじて受けます。ですが‥‥‥ここで無駄死にして、何になりますか。皆さんの命を預かる艦長として、玉砕など、私は決して許しはしません。時には屈辱に塗れ様とも、耐えたその先には希望はあります。皆さん、どうか、それまで希望を捨てないでください」

そこで雪はマイクを置いた。艦橋に居たクルーは、次第に嗚咽する。これ程の大敗北と、降伏を余儀なくされたという事実に、涙が溢れ出てしまうのだ。
雪も同じだ。民間人の大半を虐殺され、挙句の果てにはSUSの捕虜になる。それもいつ解放されるか分からない。同時に、家族との再会が永遠に絶たれてしまう。
  直後、ごん、と鈍い音が艦内に響く。それが接舷が完了した証拠であり、後はSUSと名乗る異星人が乗り込んでくるだろう。
雪は整然とした態度取り直し、捕縛されるまでの間、皆を励ました。





  それからというのも、乗り込んできたSUS兵士は地球人を1人残らず、移譲させた。生きている者も、死んでいる者もお構いなしだ。
銃を突き付けられながら移譲させられる雪は、初めて目の当たりにしたSUS人の外見に驚きを覚えた。地球人よりも背が高く、屈強そうな身体つきをしている。
下手をすれば、素手で人間を殺せるだろう。その様な事を思いつつも、彼女やクルー一同は〈ジャンヌ・ダルク〉を後にした。
  拿捕作戦を指揮していたSUS軍人ランツェは、指揮席の肘掛に肘を乗せて、気楽な姿勢で報告を待っていた。

「移送は完了したか?」
「はい。先ほど連絡が入りました」

そうか、と頷くと彼は姿勢を正して、次なる命令を発した。

「後に輸送艇と合流次第、奴らをそちらに移乗させろ、あとは自動的に本国へ連れて帰る筈だ」
「‥‥‥しかし、本当によろしいのでしょうか?」

不安な表情の部下に、ランツェは気にするな、という表情で答える。

「俺は命令を実行しているだけだからな。だとしても‥‥‥だ、いずれは地球人の事も詳しく調べる必要がある。我々がこうして外世界で活動する為にも、資源を集める為にもだ」

あいつらは実験体としても使い道がある。器の代わりとしても良い研究材料になるだろう、と部下に話した。
  だがそれを考えると、司令部も勿体ない事をするものだが、天の川銀河で作戦行動中の第7艦隊――バルスマン総司令官やメッツラー長官にも立場がある。
大ウルップ星間国家連合を利用するにも、地球は敵として連合国に刷り込まねばならない。
  ランツェは酷くだるそうな表情を作りながら、その場を後にするように指示した。次いでに彼は、漂流中の〈ジャンヌ・ダルク〉の処理を行った。

「どうせ使い物にはならん。こんなのを曳航していたら良い的になるだけだ。それに長居するのも危険だからな‥‥‥時空転移照射装置、スタンバイだ」
「は!」

そして彼の言う時空転移照射装置は、自力転移が出来ない艦の為に使用されるもので、今まさに〈ジャンヌ・ダルク〉の状況がそれである。
未だ黒煙を吐き続ける〈ジャンヌ・ダルク〉に照準が合わせられる。完全に捕捉すると、ランツェは照射の命令を発した。

「照射せよ」
「照射開始‥‥‥空間座標に誤差なし。転移、完了しました」
「合流ポイントまで警戒を怠るな」

  雪の乗艦は赤い光に照らされると、その場から静かに姿を消していった。ここで破壊しても良かったかもしれないが、ここで無用な行動は避ける理由はあった。
この空間は亜空間の類ではない、別の次元空間である。この空間は他世界との境界線とも言えるところだ。その空間を徘徊している輩が存在しているのだ。

「レーダー、奴ら――時空管理局はいないな?」
「ハイ。レーダーに艦影を認めず」

時空管理局はかなりの規模の勢力を有する武装組織‥‥‥らしいが、実のところ恐れるほどの連中もない。何せ、連中は魔導とかいう力に頼りっきりなのだ。
化学兵器や実弾兵器を有する我々の前には、赤子も同然。対魔導用の対策も施されているのだから、焦る必要もないのだが‥‥‥下手に動くなとの命令もある。
哨戒任務が重点で、管理局を見つけたら見つからぬ様にしろと厳命されたのだ。準備が整うまでは、無暗に動けないという事なのだろう。
  今回はたまたま哨戒中に発見し、本部からも捕縛し人間をサンプルとして連れて来いと言う。今更とは思うが、所詮は上の考える事だからな。
自分は命令に従うまでだ、と耽っていたところで連絡が入る。

「‥‥‥司令、手配された輸送艦隊が到着しました」
「よし。早速移譲を開始させろ。迅速にな」

100m級と200m級の無人輸送艦2隻が到着すると、最初に収容した戦艦がそれらと接舷する。そして迅速に捕虜や遺体の移送を行ったが、その際に雪だけは小型の輸送艦へと移送させられてしまった。
艦長という立場を知ってか知らずか、何か情報を引き出そうというのだろう。何せ艦内の資料は、雪の密かな指示で殆どが処分されていたからだ。
吉田副長とも別にされるの知って、雪は部下達の安否を気遣ったが、その余裕もないうちに移動を開始したのである。
  雪は強制的に別の艦艇へ移送させられながらも、これから自分らに待ち受ける苦難の道、これから向かうであろう先を想像していた。

(向かうは、SUSの本国‥‥‥その可能性も否定できない。私から何らかの情報を引き出そうという意図もあるかもしれない)

考えながら歩いているうちに、やがて拘禁室のような部屋に案内される。この艦内、そして先の戦艦の艦内と言い、かなり無機質な印象を受けた。
見張りの兵士が部屋に入るのを確認すると、電子ロックを掛ける。

「しばらくは、そこで大人しくしてもらおう」

気遣った風でもなく、無感情で言い放ったSUS兵士はその場から立ち去る。これからどうなるのか‥‥‥。先の見えない展開に不安を感じる雪だった。
  だがこれから先に起きる出来事は、彼女は勿論の事、SUSも予期していないシナリオであった。

「司令、輸送艦隊が発進しました」
「後は自動管制システムに任せておこう。我々は予定通り、索敵と監視を続行する」

無人輸送艦2隻は同じルートを辿り、帰路についた。それを見送ると、ランツェ以下艦隊も行動を再開、その場を離れていった。
輸送艦2隻には護衛艦はついていない。戦闘よりも回避を重点にしているためか、自動管制システムの緊急転移で十分と踏んだものである。
ましてや時空管理局ならば振り切るのも難しくはない。この判断が、雪の運命をさらにかき混ぜる要因となった。

「‥‥‥1時間は経ったかしら」

  1人拘禁室で待ち続ける雪。到着時間など知らされるわけでもなく、ただただ、この無機質な空間で待つばかりであった。
ここ3年も会っていない夫はどうしているか。この異変に気づいてくれているだろうか。娘はどうしているだろうか。彼女の心配は尽きない。
腰に下げたホルスターに入っているコスモガンを手で撫でた。一時は接収されたものなのだが、SUSによってエネルギーは完全に抜かれて使い物にはならない。
変なところで甘いのかしら、と呟く。あるいは所々で抜けているのだろう。使えない銃を持っていて、脅威にならないと考えるのは当然でもあるが。
それに此処は異次元空間である。反抗しようともこの空間から抜け出す術を知らない。結局は彷徨い、餓死するのを待つばかりとなる。
  雪は溜め息をつく。打開策もないまま、変化のない時間が過ぎ去るばかり‥‥‥かと思われた、その時のことである。
突然、雪は何かしらの力でなぎ倒された。彼女の乗る輸送艦が、何かの原因で激しく揺さぶられたのである。

「ッ! いったい、何が‥‥‥!!」

訳の分からぬまま、雪は床にひれ伏すような姿勢を強要される。立ち上がる事もできない揺れが、単発的に襲うのだ。外部では何が起きているのか。
艦内にいる雪には想像できなかったが、まずもってして、不運な局面に立ち会ったとしか言いようがないものであった。





  雪と乗組員を乗せた輸送艦隊を、遠巻きに見ていた1隻の船の姿があった。それはデザリアム帝国の様な漆黒の塗装をしたものである。
だが艦型はそれに似て異なる。管理局艦船に近いデザイン、棘付き護拳を付けた戦闘用ナイフを左右対称に配置した双胴のシルエット、艦中央部から下部にかけて大型のスタビライザーのような構造物を接続している。
所々に鈍く赤い光が明滅しているところは戦艦というよりは生物のような雰囲気を漂わせている。見る者によってはデザリアム戦艦より禍々しいと言うかもしれない。
レーダーに反射しにくいのか、無人輸送艦は気づいてはいない。付かず離れず、その漆黒の艦船は様子を窺っているようにも思える。
  その艦船の内部では5人の男女が、物々しい物議を行っていた。そこには見た目20代半ばから、10代前半の少女、さらに10歳未満の少女もいる。
選択は攻撃して乗り込んで中を探索するか、あるいは見て見ぬふりをして離れるか‥‥‥である。見た目からしてガラの悪い、グレーの髪をした20代半ばの男性が言う。

「やっちまって、いいんじゃねぇのかよ」
「‥‥‥ふむ。見たところ局の船でもなさそうですからね。貨客船の類とは思いますけど」

それに対して、修道士を思わせるような服装と、蒼い髪の20代後半の男性が答えた。映像から見る艦影からは、管理局の船ではなく、ましてや他管理世界の武装艦とも思えなかったのだ。
異質な感じはするが、非武装艦とみて間違いないと判断しているようである。ガラの悪い男性が続けた。

「船に関しては良くわからねぇがよ、何か有りそうじゃねぇか?」
「そうだよねぇ、今のところ、あんな形の船は見た事ないし‥‥‥。案外、“お目当て”のものがあるとか」

10代前半、サバサバとしたロングヘアーな赤毛の女性が続いて言った。何を探しているのかは、彼らにしか分からない。
  ここで、先ほどまで口を閉じていた、黒髪のロングヘアーをした見た目20代後半の女性が口を開いた。

「無闇な猪突は、時として強烈なしっぺ返しを食らうものよ」
「あぁん? 随分と念入りだな」
「相手が人間ならまだしも、あれは艦船。性能差で負けるとは思わないけど、相手を良く見てから仕掛けるものよ」

不満げなグレー髪の男を窘める黒髪の女性。この会話からして、相当に物騒な事を行ってきている事が窺える。だが、時と場合の読み方は弁えている様である。
そして彼女に同調したのは、修道士風の男性だった。

「貴女の仰る通りですね。まぁ、今回は見る限り‥‥‥しっぺ返しは無いでしょう」

この発言に、それみたことか、と言わんばかりの男性。それに対して黒髪の女性は小さくため息をついてから、輸送艦隊に対する行動を明らかにした。

「いいわ、やりましょう。出来れば2隻同時に頂きたいところだけど‥‥‥」

  そう言って、目線をとある少女に向けた。金髪で腰まで伸びた髪をした10才に満たない少女は、発光する紐の様なものに絡まれている様な状態である。
それが少女にとっては普通の事であるかのように、黒髪の女性の問いに対して、無邪気な笑顔で答えた。

「出来るもん、あんなちっぽけな船なんか、あっという間だよ」
「‥‥‥だ、そうですよ。貴女がたは、“臨検”の準備をした方が良いかと」

修道士風の男性が言うと、血気盛んなメンバー達がそれぞれの専用の武器を用意する。そして準備が整うと、リーダー格と思われる黒髪の女性の宣言のもと、行動は開始された。

「じゃあ‥‥‥狩りを始めましょうか」

慎重だった表情が笑みに変わる。それは獲物を見つけた猟犬とは似つかない、妖しさ色っぽさを見せた笑みだ。
小さな少女も、少女らしからぬ高いテンションと笑顔で、狩りを始めたのである。
  彼女らの乗る次元艦船は、管理局のものとは性能差で大きく上回るものだった。全長は推定で300mものソレは、長距離における次元跳躍を可能としている。
防衛軍のワープ航法とは微妙に違うもので、同じ空間内を飛び回る事は出来ない。そこで一端通常空間に飛び出し、そこから再び異次元空間へと飛び込む。
これならば遠方から気づかれる事はなく、至近距離からの一撃を加える事が可能である。

「じゃあ、いっくよー!」

  少女の掛け声と共に、漆黒の艦船は次元跳躍に突入。結果として、SUS輸送艦隊の後方3qという超至近距離に転移、奇襲を仕掛けたのである。

「食らえ!」

まるで楽しむような感覚で、彼女のコントロールで漆黒の艦船から主砲が発射された。艦中央に装備された大口径砲が発光し、輸送艦に襲いかかる。
初弾を許したのは、大型輸送艦の方からであった。自動航法システムは、直ちに転移作業に入ろうとしたが、命である機関部を的確に狙われた事で退路を断たれる。
  追撃を掛けるようにして2発目が叩き込まれると、大型輸送艦は離脱する術を失って漂流を始めた。

「あと1隻ですね」

修道士風の男性が呟くと、少女は問題ないと言わんばかりに目標を変更。砲撃を小型輸送船に叩き込む。それは機関部の被弾さえ免れたものの、輸送艦は大きく揺れた。
  中に乗っていた雪は訳も分からず、艦内で揺れに弄ばれる。

「ッ! いったい、何が‥‥‥!?」

異変に対する問いかけに答えてくれる者がいるわけもなく、雪の乗る輸送艦は2撃目を受ける。防衛軍の有するショック・カノンほどの威力ではないにしろ、非武装かつ非装甲の輸送艦には有効打に違いなかった。
  自動航法システムは、緊急転移措置を実行に移そうとしている間にも、出来る限り被害を抑える為に回避行動を取っていた。
中にいる人間を若干無視した様な機動性に、雪は振り回される。そして身体を打ち付けるたびに、小さな悲鳴を上げた。
いい加減に止めてほしいと思っても、コンピューターがそれを止める筈もない。
  回避行動によって避けられる度に、漆黒の艦船の操り主――少女はムキになった。

「諦めが悪いんだから! 大人しくやられなさいよ!」

機動力では少女の操る漆黒の艦船も負けてはいない。回避行動をとる輸送艦に、やっと3発目が直撃。それでも止まらないのを見て、タフさに黒髪の女性は感心した。
  そして遂に、少女は2隻目の獲物を仕留めることは叶わなかったのだ。黒煙を上げながらも輸送艦は緊急転移を成功させたのである。

「‥‥‥逃げられましたね」
「なんだよ、期待させておいて結局は逃がしたじゃねぇか」
「う、煩い! あいつが、すばしっこいのがいけなのよ!!」

冷静に見つめる修道士風の男性、がっかりとするグレー髪の男性、そして仕留めそこなった少女。そして少女の眼尻には、僅かなら涙がたまっていた。
悔しかったのだろうが、そんな少女に対して黒髪の女性が責める事はなかった。ぐずる少女の頭を撫でながら、褒め称える。

「まぁ、いいじゃない。捕まえられなくても、上出来よ。それよりも‥‥‥」

  目線を、大型輸送艦に向ける。とにかくは捕まえたのだ。後は早い段階で探索し、人がいたら必要な事を聞いて口封じ(・・・)をしておくまでである。
漆黒の艦船は、やがて足止めした輸送艦に接舷、“臨検”を行うのであった。





  離脱した小型輸送艦は、まさに瀕死の状態であった。転移して通常空間に出たのは良いものの、機関部に異常な負担を掛けたために、ついに破損してしまった。
僅かに姿勢御スラスターが出来るだけで、満足な操艦は不可能。中に乗っていた雪は、この時点で既に気絶を強制されていた。
彼女は転移する直前の被弾――3発目の直撃の際に、頭部を壁に打ち付けてしまったのである。
  輸送艦は操舵不能な状態のまま、救難信号も故障した絶望的な状態のまま、虚しく宇宙空間を進んでいく。このまま彷徨うばかりなのかと思われた矢先の事だ。
進路先に惑星が確認したのである。自動航法システムが、緊急着陸場所として選定し、スラスターを動かしてうまいこと進路を定める。
その先は、言わずともわかるであろう。無人輸送艦は雪を乗せたまま、ルーテシア親子の住む自然管理世界へと緊急着陸を行ったのである。

「‥‥‥私が覚えていたのは、輸送中に何かに襲われた所までです。そして、ここに流れ着いた私を、貴女方が助けてくれました」
「‥‥‥」

  メガーヌは声を出せなかった。彼女が歩んできた波乱の光景を想像して、唖然とせざるを得なかったのだ。自分の体験と比べてよいかは分からないが、あまりにも壮絶な話だと思わずにはいられなかったのである。
それに驚きを隠せない話の1つが、民間人を平気で手に掛けられるような連中が、この次元世界を震撼させている敵性勢力と同じという事だ。
これは管理世界における最大の危機ではないのか。メガーヌは思わず、手をグッと握りしめる。今もなお、他世界を侵略しているというのだろうか。

「では雪さん、今この世界に、侵略行為を行っているというのが‥‥‥」
「恐らくは、そうでしょう。同じ国家に間違いありません。まさか、次元を超越してまで手を伸ばすとは、私も驚いていますが‥‥‥」

雪も記憶を取り戻す前に、メガーヌからこの世界、そして管理世界なるもの、さらには時空管理局という組織の話を聞かされていた。
  しかし、魔法文化や自分自身の詳しい過去については語ってはいない。それもやはり、元管理局に務めていた性分だろう。
管理局は法律の1つに、非管理外世界(特に管理局と全く接していない世界)に対して、管理局の存在や魔法文化の情報を漏らしてはならない事となっているからだ。
だが、その必要はもう無さそうである事を悟った。メディアの情報の中では、既に防衛軍なる軍隊の存在が知れ渡っているからだ。
頭の固そうな管理局上層部にしても、恐らくは共闘しなければならないほどに追い詰められているのだろう。なら、その地球軍も魔法文化を知っていて当然だ。

「この星も、いずれはSUSの手が伸びてくるかもしれません‥‥‥」

  否定のできない話だ。もしそうなった時、脱出する術はあるのか。外部とは連絡を遮断されている状態では、それも叶わないものである。
最悪の場合、隠れるしかないだろう。もっとも、雪としては防衛軍と合流した気持ちもあるのだが‥‥‥。ふと、乗り別れたクルー達が気になる。
あれからどうしたのか。それに古代と美雪の顔が浮かんだ。ブラックホールが近づいている地球は、今どうしているだろうか。
夫は、この危機を察知してくれているだろう事、愛する娘が無事にアマールに辿り着ける事を願った。
  その時だ。リビングに入ってくる小さな影――ルーテシアの姿が見えた。ややヨタヨタとしている様子から、眠気の覚めていないのがわかる。

「おはよう、お母さん‥‥‥雪さん」
「あら、起きたのね。おはよう、ルーテシア」
「おはよう、ルーテシアちゃん」

さすがは元局員と軍人か。その場の雰囲気を切り替えて、幼き少女に挨拶を返した。

「まずは顔を洗ってらっしゃい」
「はぁい」

そのように返事をすると、再びリビングから姿を消した。そこで2人はお互いに顔を合わせる。

「あの子にも、話しておく必要があるわね。貴女の記憶が戻った事を」
「そうですね。でも‥‥‥」

そこで一端、口を閉じた。固くなっていた表情を和らげ、笑みを浮かべる。

「まずは、朝食を取って、落ち着いてからでもいいと思いますよ」

それにつられて、メガーヌにも笑みがこぼれる。朝からこんなにも沈んでいてどうするのだろうか。そうだ、まずは朝食を取ってから、娘にも話そう。
場の雰囲気を切り替えると、2人は支度途中だった朝食の準備を再開し、娘との食事を待った。




〜〜あとがき〜〜
どうも、第3惑星人です。
前回に続き、雪の外伝となりました。殆どが自分の妄想になるが故、それはないだろうという部分が多々あります。
しかし、原作の映画の方も、理由なきまま、雪の艦内には人がいなくなるという怪現象が発生しておりますゆえ、どうしようかと思った結果が以上のもの。
それでもって、出すべきかどうか悩んだ例の人達に関しては、読者様からのご意見を基に、私が再構築した結果になります。
これが第2部に影響するのかは、いまだに不明です。
‥‥‥それと本編が全く進めない状況ですので、申し訳ないですがもう1話、外伝を続けます。


――以下、ヤマト2199に関する感想――

それとヤマト第4章の映画館放映が終わります。私自身、視聴に行きましたが、いつもながらに面白い作品だと、感動する次第。
ガトランティス帝国、ガミラス帝国の艦隊戦はこれが最初で最後になるのか‥‥‥。何かどんでん返しがありそう。
旧作にはない部分を、見事に足しているのが本リメイクの良いところ。特にガミラス帝国内部の事情は、旧作にはなかったもの。
それとヤマト――地球側にも、かなり複雑な事情が絡んできていて、見ている側としても考えさせられます。
また次元潜航艇との戦闘描写は、派手さはないものの、潜水艦戦らしいものでした。ただ、ヤマト側には異次元用の兵装が無いのは、仕方ないというべきか‥‥‥。

それでもって、異色作として賛否の別れる第14話。1言でいえば、ガミラス人(厳密に言えばジレル人)による、遺跡を使った精神攻撃(破壊工作・情報収集)になります。
多くの人は『エヴァ化している』や『ヤマトらしくない演出』『押井守みたいな演出』『意味不明』と不満をあらわにしているようですね。
私自身はエヴァを見ていないので、違和感なく見られました。だからこそ、ともいえるのでしょうが、この話は中々面白いと感じました。

もっとも私の場合、『あ、このネタが使われているんだ』と言う程度で、逆に楽しんでいるのですが‥‥‥そういう方は中々いらっしゃらない様子です。
それに、精神攻撃ネタは、松本零士氏の描いた漫画『永遠のジュラ編』で存在しています。加えて破壊工作はひおあきら氏の『イローゼ』という女性ガミラス人が基ネタでしょう。
個人的には東宝特撮映画『伝送人間』という作品も、混ざっているかもしれないですね(知っている人は殆どいないでしょうけどw)。
後は夢をテーマにしたアニメ映画『パプリカ』(今敏監督)なども、参考としているかもしれないですね。
また、確かに作品内での解説が不十分な点があるでしょうが、それを不満には感じませんでした。そことなく、作品内で推察できたので。



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