外伝『ガルマン軍、東へ(後編)』


  天の川銀河たて椀に存在するスタレン・グラウド星系での、ガルマン帝国、ボラー連邦両国の決戦の段階は第2ラウンドへと突入していた。
この勝敗が、たて腕における支配圏を決めるだけでなく、決定的な支配圏均衡を崩す戦いであるだけに、両軍の士気は高くならざるを得なかったのだ。
ガルマン帝国軍は、この戦で勝敗を決する為に攻勢に出て圧迫しようとするが、ボラー連邦軍は劣る戦力で辛うじて戦線を維持し、頑な抵抗を続けている。
第3軍団と第5軍団が前面に出て攻勢を掛けるガルマン帝国軍に対して、ボラー連邦軍は本隊以外の全戦力を投入して防御線を維持する。
  だがそれも序盤の話だ。ガルマン帝国軍前衛2個軍団は、パレルド・アクション、シュレスト・フォン・ホルス両提督の指揮の基で大攻勢を開始したのだ。

「押せ! 押し出して、奴らをガス状惑星へ沈めてやれ!」
「各ポイントに砲撃を集中しろ、敵を分断し、各個撃破してやるんだ」
「ボラー連邦軍如き、我らガルマン帝国の進撃を食い止める事は出来ぬわ!」

ガルマン帝国軍の各師団長は勢いに乗っていた。その勢いは一度流れに乗り始めると、次第にボラー連邦軍の艦列を切り崩し、強引に突破口をこじ開けようとする。
ボラー連邦軍は、ギーリル・メレヴェコフ総司令官の迫力は無いが揺らがぬ態度で叱咤激励を受けつつ防戦を続けるが、軍そのものはその勢いに気圧されていく。
防戦一方のボラー連邦軍にしてみれば、陣形が崩壊しないだけマシと言えるだろう。それも作戦の内であり、どれだけガルマン帝国軍を引っ張れるかが問題なのだ。
  攻める側であるガルマン帝国軍では、ヒステンバーガーの率いる第1軍団が前衛の2個軍団より後方に位置し、ヒステンバーガーは戦局全体を見渡していた。
同時に自軍の2個軍団の猛攻に耐え凌ぎるボラー連邦軍に、訝しげな目線を向ける。

(変、だな‥‥‥)

  先ほどまでとは打って変わり、ボラー連邦軍の戦闘ぶりは重鈍に思えたのだ。あれほど機敏に動いてたのが、押されっぱなしで後退を続けている。
それも最初の砲撃宙域ポイントから、ボラー連邦軍は90万qも後退しているのだ。もう30万qも後退すれば、ボラー連邦軍はガス状惑星の重力に捕らわれるだろう。
艦隊行動で重力に捕らわれたままの戦闘は、やりにくいの一言に尽きる。別に行動不能になる訳ではないが、重力に捕らわれれば、艦隊運動が低下すること必須だ。

(‥‥‥それでは、宇宙空間程に思い切った運動が出来ない。ボラー連邦軍はそれを承知している筈だが‥‥‥寧ろ、我々を引きずり込むつもりか?)

  総旗艦〈ヒステンブルク〉艦橋の指揮席で、ヒステンバーガーは思考に深け入る。例えば、ガルマン帝国軍をガス状惑星の大気内へと引きずり込んだとしよう。
ガス状惑星の表面層を除く上層から下層部は、嵐と言うには足りない規模の激しい乱気流が常に発生し、索敵機能も使用不能寸前となる可能性さえ孕んでいる。
それを差し引いても、ガルマン帝国軍の数の優位性は変わらないが、危険性が高い事に変わりはない。レーダーの稼働範囲が著しく制限される事で、有視界を強制された挙句に艦隊内部での衝突事故も十分に有り得るのだ。
比較的表面層ならば、その危険性も低くなるが、どの道ボラー連邦軍も自らの眼を潰す事となるのだ。そんなリスクを冒しても何ら彼らにメリットはない。

(余剰戦力のある我が方ならば、大気圏外からボラー連邦軍を狙撃してやることも出来るのだ。奴らもそれを理解できている筈だ)

ガス状惑星内部に隠れるボラー連邦軍の頭上から、文字通り鉄槌を下す事も出来る。

(ならば‥‥‥ボラーの意図は何処にあるというのだ?)

  数秒間考えていたが、一つの可能性を見出した。それは、我が方をガス状惑星に誘い込み、目を晦ました隙に全速離脱の上、惑星を丸ごと爆破するという手だ。
引火性あるいは発火性のガスも多量に含まれる惑星だけに、点火剤を投与してやれば惑星ごと爆破する事も不可能ではない。
  となれば、ボラー連邦軍の指揮官は余程に大胆な人物だという事になる。しかもかなり忍耐強く、こちらを引きづり込もうとしている。
今までボラー連邦軍と戦ってきたが、そんな戦術家とはお目に掛かれた事は無い。故に、ヒステンバーガーの心中には、何か込み上げるものがあったのだ。

(面白い。ボラーの指揮官の腕、とくと拝見させてもらおうじゃないか)

ヒステンバーガーの唇から思わず笑みが零れ、彼の脳内がより活性化される。そして彼は、逸る気持ちを抑えて、ボラー連邦軍に痛撃を加える為の指示を下した。

デスラー砲部隊(ゲシュ=ダールバム・フォース)を前に出せ!」

デスラー砲を搭載した戦闘艦が、ヒステンバーガーの指示を受けて前進を開始する。これの使い所は指揮官によって違うが、彼の場合は撃破率を目的としてはいない。
地球の波動砲と同じ威力を持つ超兵器たるデスラー砲が何も敵を直撃しなくとも、ボラー連邦軍に対し効果的な心理攻撃を見越しての事であった。
これは先日のアルデバラン会戦で、地球軍のジェーコフ中将が使った手である。撃破率は少なかったが、それによるボラー連邦軍の心理的動揺は大きかったのだ。
  正式名称メテオルス級ゲシュ=ダールバム搭載艦は、決戦兵器のデスラー砲以外に、主兵装とは言い難い副砲基準の速射輪胴砲塔を前部に2基、後部に1基、そして艦体中央から左右に張り出したバルジ状構造物のデッキ上に1基づつ装備している程度に過ぎない。
あくまでデスラー砲艦は“砲艦”であり、単艦での戦闘能力は最低限度のものでしかなく、当然ながら数隻の護衛を必要としていた。

「閣下、直射型のデスラー砲では、散開しているボラー連邦に決定的な打撃は望めませんが‥‥‥」
「構わん。各師団にデスラー砲艦を即時編入し、ボラーの各艦隊に浴びせてやるだけでよい」
「‥‥‥なるほど、心理的効果というものですな」
「そうだ。砲撃した後は、直ぐに砲艦を下げさせる。貴重な艦艇だからな」

訝しげだったオルモーラ・べリアス総参謀長が、総司令官の言わんとすることを察して納得したのを確認すると、ヒステンバーガーは再びスクリーンを注視した。
これでボラー連邦軍の足並みが崩れれば、勝利への時間は一気に短縮できる筈だ。瓦解したところを追撃して削ぎ落とし、惑星内部に押しやった後は再度のデスラー砲の斉射を食らわせてやれば良いのである。
  この時、勝利への方程式を着実に積み上げるヒステンバーガーは、少なからず勝利を確信し負けることなど微塵も感じてはいなかった。
ガルマン帝国軍の各師団に、デスラー砲艦が迅速に投入される。2個軍団で24隻分のデスラー砲艦が配備されており、やはり配備数は少なかった。
戦場に着くや否や、デスラー砲艦は艦隊に守られながらもエネルギー重点を開始する。そして前面のボラー連邦軍にその砲口を向け、発射の時を待った。
  対するボラー連邦軍は、デスラー砲艦の存在に気づくのが遅れた。戦場にばら撒かれるビームエネルギーや、電磁波等による障害の影響も多少はあったのだろう。
兎も角、異変に気付いたオペレーター達の声は絶叫そのものであった。

「司令、敵軍後方に強力なエネルギー収束反応感知!」
「っ!? 全艦、敵艦の射線上から退避しろ!」
「回避だ、回避!!」

咄嗟の反応だった。各指揮官は回避行動を指示し、デスラー砲艦の射線上から逃れようと散開した。だが彼らは正面のガルマン帝国軍前衛部隊と交戦中である。
回避に専念しようとしたあまり、艦首を(ひるがえ)してしまい陽電子ビーム砲の直撃を受けるボラー連邦軍の戦闘艦。
咄嗟の回避行動に移ったが為に、後方にいた味方艦の砲撃を浴びる戦艦もいた。

「何をしとるのか! 落ち着いて行動すれば、無用な被害は避けられように!!」

  ボラー連邦軍総旗艦〈メレーヴェ〉艦橋で、グラブジェンコ参謀長は怒鳴り声をあげた。他の幕僚も目も当てられぬと言わんばかりの表情だった。
だがそんな表情も束の間、ガルマン帝国軍の決戦兵器――デスラー砲が、ピンク色の眩い光を放って宇宙空間に吐き出されたのは、その時である。
各艦のゲシュ=タム機関から解放されたタキオンエネルギーは、さながら戦場を往来する暴君にでもなったかの様な勢いを持って、ボラー連邦軍に襲い掛かった。
エネルギーの直撃を受けた艦は蒸発し、掠った艦艇でさえ衝撃波で錐もみし、他艦に衝突して爆沈していくのだ。
  艦隊は一瞬にして瓦解した。24隻の波動砲斉射で撃沈数38隻という数字は、地球防衛軍から見れば笑いだすような戦果である。
勿論壊滅的な被害とは言い難いが、寧ろ壊滅的なのはボラー連邦軍将兵の心理状態だろう。

「地球軍と同じ、タキオン収束砲だ!」
「味方が消滅してしまったぞ!」

あまりの衝撃的な光景にショックを受けた将兵達が、通信回線の中を駆けまわるかのような切迫した表情で、さまざまな悲鳴と驚愕の声が駆け巡らせた。
  この時点で、彼らの負担は頂点に達してしまったのである。

「後退だ! 敵の超兵器の射程から離れるんだ!」

ボラー連邦軍の陣容が、たった一度のデスラー砲斉射で急速に崩れ去りつつあるのが、ボラー連邦軍総司令メレヴェコフの眼にもはっきりと映ったていた。

(むぅ、大型ミサイルだけでなく、地球が使用するタキオン兵器を用いて来るとはねぇ‥‥‥)

損害率は、遂先ほどまで低く抑えてきたが、この兵器の投入で急速に拡大しつつあった。ガルマン帝国軍は超兵器の使用後を見計らって全面攻勢に出て来たのだ。
  メレヴェコフは仕方がないな、と言わんとする表情をすると、通信回線を開かせて全軍を叱咤激励した。

「諸君、狼狽えてはならん。陣形を整え、秩序を持って後退せよ! 生きて帰りたいのであれば、冷静になるのだ!」

普段は温厚そうなメレヴェコフだったが、この時ばかりは声を張り上げて味方を鼓舞してやらねばならなかった。さらに旗艦以下の艦隊を前進させて戦線に加わる。

「ミサイル一斉射、凸形陣のまま前進し、敵艦隊の先頭集団に砲火を集中するように!」

  崩れかかった戦線に介入すると、飢えた狼の如く襲い掛かるガルマン帝国軍の第12師団に対して強烈な逆撃を加える事に成功する。
流れに乗って突進してくる敵を、逆に圧倒し押し返す程の火力によって、進撃中だったガルマン帝国軍の先鋒である第12師団は足を鈍らせた。
他のボラー連邦軍艦隊は、総司令官自らが前線に出てきた事と、その猛進振りを見た事により辛うじて全面崩壊を防ぐ事が出来たのは幸いだった。
崩れかかった防御陣は再び固い壁となりて、ガルマン帝国軍にビームとミサイルの応射を浴びせかける。これにガルマン帝国軍の指揮官達は揃って舌打ちする。
  だがボラー連邦軍の後退速度は増しており、あと10分もすればガス状惑星の重力圏内に入る事になる。それまでに、もしボラー連邦軍が進路を変えようとするのであれば、予備戦力として待機させている第2軍団か、ヒステンバーガーの第1軍団を回して、強制的に押してやればよい。
しばらく平行追撃戦を続けていくガルマン、ボラー両軍であったが、その均衡も一気に崩れる時がやって来た。





「よし、もう少しで奴らは落ちるぞ!」

  ボラー連邦軍は、継続的に圧迫され続けた事によって後退を続け、彼らとガス状惑星の重力圏までの距離は後3万qまでに迫っていた。
ギリギリの精神的な支柱を保たせているボラー連邦軍の防御陣は、メレヴェコフの鼓舞で持ち堪えて来たが、それも限界点に来ている。
片やガルマン帝国軍は、もう少しで追い落とせると躍起になって攻撃を強化していた。荒れ狂う破壊と暴力のビームの嵐が、崩れ始めるボラー連邦軍の陣形と精神いう名の城壁を破壊し、全軍崩壊への拍車を掛けていく。
  ヒステンバーガーはここまで来て、ようやく多少の余裕の笑みを浮かべていた。ボラー連邦軍を追い落とし、自分らは留まって砲撃を集中すれば良い。
重力圏に囚われて思うように身動きできないボラー連邦軍を、重力圏外から彼らの頭上目掛けて狙撃してやるのだ。

「第3軍団、第5軍団は両翼を広げて敵を圧迫せよ。我が第1軍団は天頂方向より、第2軍団は天底方向より急進して、より完全な半包囲網を作り上げるのだ。デスラー砲艦は第2射用意。敵が重力圏に捕われたところで発射だ‥‥‥これで、決着を付けるぞ!」

決め手を欠いているボラー連邦軍に、この戦況の覆しようがあるだろうか。いや、そのような可能性は限りなく低いに決まっている。
ボラー連邦軍は前面のあれで全てであり、他宙域にいる軍団からも増援の連絡はないのだ。
  それに、この宙域には例の要塞の発見報告もない。また、ブラックホールを撃って来たとしても、まさか惑星の近くで打つ真似はしないだろう。
ブラックホールの影響で惑星が呑みこまれた場合、最悪にして、本物のブラックホールが誕生するかもしれないからだ。
敵味方数百万を星系ごと消滅させるなど論外であり、そんなものは戦争ですらない。
  警戒のしすぎだったのか、とヒステンバーガーは思う。ボラー連邦軍の指揮官は見事なものだったが、それもここまでの話なのだ。

「これでチェックメイトだ、ボラーの指揮官」

勇戦した敵軍の戦術には敬意を払うヒステンバーガーであったが、この余裕の心持が後戻りのできない後悔の切符を切られることとなる。

「メレヴェコフ閣下、もはや限界です!」
「‥‥‥」

  グラブジェンコ参謀長も忍耐の限界に来ていた。他の幕僚などは既に血の気が引いており、重力場の影響を受けつつある艦に恐怖していた。
ガルマン帝国軍は完全な蓋を造るようにして陣形を漏斗状に変化させていき、それが密集しているボラー連邦軍の前面から覆い被さっていく。
この時点でガルマン帝国軍は2320余隻、ボラー連邦軍は1300余隻。未だに戦力差にしても戦況にしても、ボラー連邦軍が覆せるとは考えにくい。
大軍の利を生かし、ボラー連邦軍を次第に一ヵ所に集中させて、デスラー砲艦隊で殲滅する。後詰としては完璧だ。ガルマン帝国軍の誰しもがそう思ったのだ。
  そう、ガルマン帝国軍は‥‥‥。

「今だ、全軍密集して敵陣中央を突破する!!」


  〈メレーヴェ〉艦橋でメレヴェコフは叫んだ。それが、鎮火しつつあった戦闘意欲の着火剤となり、ボラー連邦軍は息を吹き返したように前進を始めたのだ。

「機関最大戦速! シールド全開、焼き切るつもりで回せぇ!!!」
「牽制で構わん。撃て! 撃ちまくれ!」

ボラー連邦軍は今まで消極さが嘘のように、狂熱に浮かされて前方を目指す。艦を我先にと前進させて損害も構わず目前のガルマン帝国軍に突貫する。
この突進にガルマン帝国軍は著しく動揺した。4個軍団を左右上下に広げていた故に、中央部分の戦力が手薄となっている。そこにボラー連邦軍が殺到したのだ!
まともな戦闘すらせず我武者羅に、いや我先に、中央を“潜り抜け”ようとするボラー連邦軍の姿に驚愕するガルマン帝国軍の面々。
  ヒステンバーガーは唇を噛み締め、そして腕を震わせていた。

(私とした事が、こうも単純な事に気づけなかったとは!)

彼はガルマン帝国軍が初めから優位に立っているという判断から、ボラー連邦軍をこのまま押し潰す事だけを考えていた。
手を抜かずにいたつもりが、とんだ所で足を掬われた。しかも双方が前進していた為に、ボラー連邦軍の“潜り抜け”は時間を掛けず成功してしまったのである。
  中央部にいたガルマン帝国軍の第14師団と第22師団は、ボラー連邦軍の全戦力たる1250余隻の猛攻を一手に受けた格好となった。
無論のことボラー連邦軍側も、上下左右からガルマン帝国軍の集中砲火を受けたが、この2個師団はより苛烈な攻撃を受けた。

「如何、敵を通すまいとするな! 受け流すに徹するのだ!」
「無理をするんじゃない、被害を出すだけだぞ!」

  突然の強行突破に一時的ながらも唖然としていたホルスとアクションは、指揮下の師団に退避命令を下すものの、ボラー連邦軍の侵攻がそれより先を行った。
ガルマン帝国軍2個師団は熱狂的なボラー連邦軍の進撃に耐えきれずに瓦解したのだ。その瓦解までの時間は、僅かに2〜3分の出来事であったろう。
圧倒的なビーム群とミサイル群が濃厚な密度となって襲い掛かり、第14師団と22師団を容易く引き千切っていく様は、まさに嵐の様であった。
  ボラー連邦軍が通り過ぎた頃には、2個師団は共に2割強もの戦力を失う惨状であった。ヒステンバーガーは、このまま勝ち逃げさせまいとして、反転命令を下そうとした――その時である。

「惑星表面に変化あり!」
「何だとっ!?」
「これは‥‥‥!!」

  絶叫に近い声を上げたのは〈ヒステンブルク〉艦橋のオペレーターであった。ガス状惑星は索敵機能を奪われる程にレーダーの効きにくい惑星だ。
それが彼らの足元に大穴を開ける結果となったことを、この時、ヒステンバーガーは電光石火の如く思い起こされた。
ガス状惑星から飛び出したもの‥‥‥それは丸くプラズマを帯びた様な、エネルギー弾の束であった。それが何であるか、嫌がおうにも彼らは分かってしまったのだ。

「い、如何! 全艦急速反転、現宙域より離脱っ!!」


ヒステンバーガーは叫んだ。そう、その特徴的なエネルギー流と形状からして、当てはるものは一つしかない。

ブラックホール砲!


かつてデスラー率いる直属艦隊を壊滅せしめた超兵器が、ガルマン帝国軍に向けて放たれた瞬間である。
  ガルマン帝国軍の退避行動が始まるよりも早く、発射された強大な重力の塊は一定の宙域に到達した途端、誰しもが想像した恐怖に変化する。
その重力の卵から孵ったのは、貪欲な底なしの天体――ブラックホールであった。しかも、ガルマン帝国軍より2万5000qという距離でブラックホールへ変化を遂げた‥‥‥文字通り、目と鼻の先の距離である。

「急げ、反転しろ!」
「速度一杯! 全速離脱!」
「駄目だ、引きずり込まれる‥‥‥!」

  ガルマン帝国軍将兵達は阿鼻叫喚の有様であり、地獄絵図もそこに広がった。艦を反転する暇も与えられず、大型の戦艦群は瞬く間に引きずり込まれていく。
駆逐艦や巡洋艦は、その軽快な運動で離脱を行おうとするが、重力場に捕らわれた他艦と接触してバランスを崩し、超重力の井戸へと道連れにされていくのだ。
しかもブラックホールは一度に6個も出現した。大半の艦艇はその内のどれかに捕らわれ、艦を凄まじい重力で捻じ曲げられ、押し潰される。

「た、助けてくれ!」
「駄目だ、艦が保たない!」
「死にたくない、嫌だッ!」

  兵士達の悲痛な叫びが駆け巡るが、それをブラックホールが全て飲み込む。大型空母〈アルグレイ〉は鈍い機動性故に回頭が間に合わず、引きずり込まれた。
その先には戦艦〈ビルムート〉がおり、やっとこさ回頭したところで、〈アルグレイ〉と正面衝突を起こしてしまったのだ。
巨体同士のぶつかり合いが無事で済まされる訳もなく、〈アルグレイ〉艦体左舷側の艦首(飛行甲板)が、〈ビルムート〉の艦首によって大きく抉らる。
そのまま制御不能に地入り、事象の水平線を超えて姿を消した。似たような衝突事故が多発し、もはやガルマン帝国軍は、軍団として機能しなくなっていた。

「耐えろ、あれは永久的なものではない!」

  第5軍団旗艦〈パレロイド〉艦橋で、アクションはパニックに陥る友軍に冷静さを呼び掛けるが、それで落ち着ける程に将兵の意志は鉄壁ではなかった。
そして総指揮官ヒステンバーガーは、この予期しえなかった地獄絵図をスクリーンではなく、艦橋の窓越しから嫌がおうにも見せつけられて愕然としていた。

「馬鹿な‥‥‥」

ブラックホールの重力場に捉えられ、激しい揺さ振りと振動に襲われる大型戦艦〈ヒステンブルク〉。〈ヒステンブルク〉もまた、僚艦と同じく重力に引っ張られまいと必死にエンジンを吹かしており、6基分のエンジンが悲鳴を上げながらも、その鈍重な巨体その宙域に留まるのがやっとであった。
  この攻撃でガルマン全軍の4割がブラックホールの餌食となり、残る6割が辛うじてその宙域に留まるという有様だった。これは全滅判定も同然である。
方やボラー連邦軍は、最大戦速を持ってガルマン帝国軍より、さらに9万qの距離を取っていたが、それでも重力場の影響は完全に抜け切れてはいない。
各艦隊は油断せず、さらに距離を取りつつも敵軍が壊乱の縁に叩き込まれていく様を、遠方から眺めやっていた。

「‥‥‥我らの兵器とは言え、恐ろしい光景でありますな」
「そうだねぇ。離脱が遅れていたら、我々も彼らと共に吸い込まれていた所だろうからねぇ」

グラブジェンコは、改めてブラックホール砲の恐ろしさに身を震わせている。メレヴェコフも平然を装っているが、内心では恐怖をヒシヒシと感じ取っていた。
もし中央を突破する事が出来なかったらどうなっていた事やら、と想像する事すら拒絶させてしまう。
  とはいえ、その時の策が無かった訳ではない。ガルマン帝国軍が陣形を広げる事もなく真正面から攻めてきた場合、彼らが採るべき選択は2つしかなかった。
惑星グンラーの大気圏まで急速後退しつつも、定められたブラックホール砲の射線上からギリギリに退避する事である。
ガルマン帝国軍も、この行動から何らかの攻撃を予見して回避行動を執るだろうが、それも無駄な事だ。何せビーム系統の兵器ではなく、周辺を引き込んでしまうブラックホールであるからして、通常の回避行動では何ら意味を成さないのである。
上手くいけば、ボラー連邦軍を素通りしてガルマン帝国軍の目の前で、ブラックホールを展開させてやる事が出来るのだ‥‥‥計算上においては、の話だが。
  また、別案で艦隊を二分させて、その後ろにいるガルマン帝国軍の艦隊に撃ち込む事も考えられた。が、それこそガルマン帝国軍の思うツボだ。

(そんな事をすれば、ガルマン帝国軍は後方の艦隊を瞬時に動かし、二分された我が艦隊にそれぞれ差し向けてくるだろうなぁ)

彼はそれを危惧していた。その様な事になれば、ボラー連邦艦隊は600隻づつの集団に分散されてしまい、ガルマン帝国軍はそれに対して10個艦隊分(1200隻)づつを別々に差し向けられ、それこそ各個撃破され易くなるのだった。
それでは勝てるどころか、戦線を長く維持できる筈もなく、結局は惑星グンラーの大気圏内まで一気に後退させられる挙句に、やがて距離を取り始めるであろうガルマン帝国軍に対しては、苦肉の策としてブラックホール砲を撃つ他ない。

(ハードウェアに頼り切りでは、戦争に勝てない‥‥‥だが、こんな物が飛び交う様では、戦争にすらならないなぁ)

  メレヴェコフの心情は複雑だった。そのハードウェアである、ブラックホール砲は多用こそされなかったものの、目の前の現状を見る限り戦争とは言い難いものだ。
この十数年間、ボラー連邦は長らくブラックホール砲の小型化と同時並行して、戦闘艦に搭載可能な艦艇の開発にも従事してきた。
以前までの代物では要塞規模でなければ搭載できず、艦艇に搭載できるまでの小型とエネルギー確保も実現できなかったからだ。
  だがボラー連邦は、それを遂半年前に完成させるに至った。それがアゴリウス級ブラックホール砲搭載艦と呼ばれる新規艦艇だった。
ゴラジルク級戦艦の艦体をベースとしており、艦中央部から前部が巨大な砲身となっているのが最大の特徴である。
他の武装は連装主砲一基、副砲(側面)が2基、対宙機銃複数のみ。最低限の対艦装備で、基本は護衛艦が付くべきものだった。
そして最大の目玉であるアゴリウス級のブラックホール砲の改良点は、任意の方向へ重力を向けられる指向性がある事だ。

「指向性が無ければ、今頃は惑星まで巻き込んでいたでしょう」
「‥‥‥全くだねぇ。ああやって、一方方向に重量場を指向できるんだから、使い易さも向上するだろうね」

  この開発の成功によって、メレヴェコフの言うようにブラックホール砲の使い易さが向上した。今の使用例にしても、その効果が実証されている。
3万q以内で使用していてなお、惑星グンラーへの影響は何ら見られないのだ。あるのはガルマン帝国軍のみであり、しかもボラー連邦軍にも影響はない。
これ程まで小範囲にて、しかも指向性を持って重力場を限定できるボラー連邦の技術力は、飛躍的に向上していると言っても過言ではないだろう。
  逆に欠点となるのは、その持続時間であろう。要塞に搭載されたブラックホール砲の持続時間は凡そ3分前後。この新兵器は2分前後が限界である。
とはいえ、その短い時間は撃たれる側にしてみれば地獄に変わりはない。ガルマン帝国軍はものの見事に、悪魔の胃袋へと放り込まれてしまったのである。
今頃は跡形もなく圧縮され、目に見る事さえ不可能なものだろうか。だが実際にそれを確認できる者などいなかったが‥‥‥。





「ブラックホール砲、効力消えました」
「敵軍の被害率、およそ4割を殲滅した模様。残る6割は陣形を整えつつあります」
「ほぅ、あの混乱から直ぐに体制を整えるのか。流石はガルマン帝国だな」

  ブラックホールは効力を失い、消滅した。その宙域には、陣形を大きく崩したガルマン帝国軍の姿があったが、直ぐに艦列を整えようと動き出していた。
メレヴェコフはその行動に感心した。精強なガルマン帝国軍とはよく言ったものである、と無言で褒めたたえていた。

「如何なさいますか。敵は残り1500隻あまりです」

残存する敵をどう料理すべきかと、やや消極的にグラブジェンコが指示を仰いだ。
  それに同調して、参謀一同は手のひらを反したような態度で強硬派へ一転する。

「閣下、ここは追撃をかけて殲滅するべきです!」
「いや、もう一度ブラックホール砲で、奴らを地獄に叩き落してやるべきです」
「その通り、もう一度撃てば、奴らは間違いなく全滅いたしますぞ!」

切り替えの早い参謀達だ、と同じ参謀のグラブジェンコは皮肉った。尤もメレヴェコフはそれほどまでに、戦闘意欲を掻き立てられる心境ではなかった。
彼は目の前の戦果よりも先を見据えて考えているのだ。
  彼も、そしてグラブジェンコも知っている、例のアンドロメダ銀河から迫りつつあるという敵勢力の存在――ガトランティス帝国という敵だ。
本国からは確かに迎撃命令を受けていたが、全滅させろとは言ってはいない。周りがそれを聞けば屁理屈であると非難するだろう、それは確かなものであった。
だが参謀総長モメリノフは、ガルマン帝国軍を叩けと叫ぶ程に単なる将帥ではない。物事を良く弁え、かつ慎重に事を運ぶその男も分かってくれる筈だ。
  戦闘継続を喚きたてる参謀諸君を傍に数秒考え込むメレヴェコフ。グラブジェンコは沈黙して総司令官の回答を待った。
が、その表情は予想が付いていると言いたげである。

「‥‥‥ガルマン軍の総司令官に繋いでくれ」
「「!?」」

この言葉に愕然としたのは先の参謀一同、そして艦橋勤務の兵士達だった。この指揮官は何と言った‥‥‥敵軍の司令官に繋げと言ったのか。
思わず通信主は聞き返してしまった。

「あの、閣下‥‥‥敵軍に通信を繋げるのでありますか?」
「そうだよ。聞き間違いではないさ。なんなら、もう一度言うよ。ガルマン軍の総司令官に繋いでほしいんだよ」
「か、閣下! どうなさるおつもりですか!!」

思わず立ち上がる参謀が1人。メレヴェコフはその参謀を片手で制しつつ、兎に角も通信の開通を進めさせた。命令された通信主は動揺しつつも作業に入った。
  それからメレヴェコフは、参謀一同に身体を向けると、己の使用としている事を明かした。それもまた、参謀らには理解しえないものであった。

「ガルマン軍に対して、この宙域からの撤退を勧告するさ」
「撤退勧告ですと!」
「そんな、閣下、今まさに、我々は勝ちつつあるのですぞ! それを、みすみす見逃して撤退しろと勧告するのですか!」
「そうだよ」

あっさりと認めた。何を考えているのか、この司令官は! 誰しもが同じ不満と驚きを滲ませた。
  しかし、ここで長く話し合いをしている暇はないのだ。ガルマン帝国軍も愚かではないだろうが、もしもという場合がある事を考えねばならない。
このまま突撃してこようものなら、もはや最善の道は閉ざされてしまうも同然なのだ。
  メレヴェコフはなるべく簡潔に考えの内容を吐き出し、参謀らの不満顔に冷静と言う水を浴びせかけていった。

「手短に言うよ。今この天の川銀河に迫りつつある、外部勢力の脅威から身を護るために、我々はガルマン帝国軍との無駄な戦闘を控えなければならないのさ」
「それは存じておりますが、そんな奴ら如き、憎き地球に任せておけばよいでしょう。奴らが勝手に撃退するのを――!」
「馬鹿者、敵を頼りにして楽観視するなど、それでもボラーの軍人か!!」


  そこで怒声を上げたのはグラブジェンコだった。彼も地球は恐るべき敵との認識はあるが、かといって外部勢力の全てを退ける根拠にはなり得ないと考えている。
そもそもガトランティスという相手は、10年という近い間に力を蓄えているらしい、軍事大国だと言うのだ。な
らば、その戦力はこの天の川銀河に存在する全戦力を合計してもなお、足りることは無いだろう。
なればこそ、ここで戦力の疲弊を最小限に抑えておき、早い段階で外部の敵対勢力を撃退する事に全力を注ぐべきなのだ、とグラブジェンコはいつになく熱の籠った様子で参謀らを無理矢理も説き伏せたのである。
それにはメレヴェコフも、珍しいものを見る目で見守っていた。参謀一同は何か言いたそうなものだったが、そこで通信回線が開いたとの報告が入る。

「繋いでくれ」
「ハッ!」

  ガルマン帝国軍はブラックホールによって大打撃を受け混乱の極致にあったが、いつまでも醜態を晒し続けさせぬように必死になって陣形を整えていた。
総旗艦〈ヒステンブルク〉の艦橋には、今なお膨大な情報量が流れ込んでいる。1万隻前後の指揮処理能力有する本艦だが、それでさえパンク寸前に追いやってしまう勢いの情報量が流れ込み、オペレーター達も処理に手一杯だった。
その滝のように流れ込む被害情報を前にして、ヒステンバーガーの蒼白ぶりは尋常ならざるものだった。それもそうだろう。何せ全軍の4割を失ったのだから。

「第2師団、第4師団、被害甚大! 第3師団のルモール将軍戦死!」
「ほ、ホルス提督、戦死の模様! 指揮下の第3軍団の損害、4割以上!」
「第5軍団も3割弱の損失! 第24師団のルーブ将軍、戦死!」
「閣下‥‥‥」

  ベリアス参謀長もヒステンバーガー同様に悲痛な思いだった。これ程までに損害を被るとは考えもしなかった。いや‥‥‥その危機感が欠落していたのだ。
もはや戦闘継続能力はない。戦力はあっても、優位な戦闘は望めない上に、兵士達の士気は著しく低いものだ。この状態で戦闘を続行しても損害が増すだけであろう。
またブラックホール砲が飛んで来れば、それこそガルマン帝国軍は宇宙から消滅してしまう。
  ここは遺憾ながらも撤退を選択する他ないのではないか。そして同時にその撤退と言う選択は、彼ら武人にとって屈辱以外の何物でもない。
ましてやヒステンバーガーは、過去にデスラーの怒りを買っている経緯もあるのだ。

(ここで無駄な犠牲を出しては、我が軍としても今後の作戦に影響をきたす。閣下も分かっている筈だが‥‥‥)

引くべき時に引けねば、永遠に再戦のチャンスも巡ってはこないだろう。べリアスは覚悟を決めて、ヒステンバーガーに具申しようとした、その時だった。

「閣下、敵軍より通信が入りました!」
「‥‥‥開け」

降伏勧告でもするつもりだろう。それがヒステンバーガーや他幕僚、各師団長の予想であった。受け入れなければ再度の総攻撃に出るぞ、と言うつもりなのだ。
  通信回線が接続され、艦橋のスクリーンにメレヴェコフの姿が映し出された。彼らから見ても、メレヴェコフが軍人らしい雰囲気を掴むことは出来なかったが。

『私は、ボラー連邦 たて腕方面軍総司令ギーリル・メレヴェコフ大将です』
「ガルマン帝国 艦隊総司令ダール・ヒステンバーガー元帥だ」
『ヒステンバーガー閣下、単刀直入に申し上げます。貴軍はこの戦闘で相当数の被害を受けられた。勝敗は決しており、双方に無為の犠牲を生むだけです。よって、直ちにこの星域から‥‥‥撤退されたい』
「馬鹿な、撤退だと!」

  叫んだのは別の幕僚であり、ヒステンバーガーは眉を顰めるが沈黙したままだった。よもや撤退するように求められるとは、予想の斜め上を行った勧告であった。
反発するガルマン帝国軍参謀を横目に、メレヴェコフはさらに追撃をかけた。

『ヒステンバーガー閣下、貴方は御存じの筈です。この半年もしない内に攻めてくる、外部勢力の存在を』
「‥‥‥知っている」
『なればこそ、聡明な貴方も御理解頂ける筈です。我らが、今ここで血を流しあう場合ではないという事を‥‥‥』
「‥‥‥」

ヒステンバーガーは沈黙したままだ。分かっている、分かっているのだ。だからこそ、ボラー連邦に多大な被害を与えて動けないよう、釘を刺すつもりであった。
ボラー連邦の横やりを恐れ、先に釘を打ってからガトランティス帝国と対峙する。それがデスラー及び上層部の考えだった。
そもそも、ガルマン帝国とボラー連邦は水と油の関係と言っても間違いではない。どちらも覇権を唱え、大国同士の妥協など有り得ないものだと断定していた。
  しかし、目の前のボラー連邦軍人が言うようには、一時的な休戦を取ってガトランティス帝国の侵攻に備えるべきだと言うのだろう。
互いに共闘しよう等と言わない辺り、彼も両国の関係を配慮してのことであろうが、果たしてどう返答すべきか‥‥‥。
しばし返答に迷ったが、どの道戦闘の継続は難しい。それにこれ以上の消耗は望むものではないし、彼の言ったガトランティス帝国との戦闘に支障が及ぶ。

『再戦を望まれるというのであれば、それは外部勢力を撃滅した後にすればよろしいでしょう。違いますか?』
「‥‥‥わかった。貴官の勧告に従おう」
「閣下!」
「閣下、敵に後ろを見せるのですか!」

参謀達は食い下がらなかった。彼らにしても、ボラー連邦に背を向ける事が耐えられないのだろう事は、ヒステンバーガーにも良く分かっていた。

「諸君の気持ちは良くわかる。だが、ここで無用な血を流すのは、幾らガルマン帝国軍人とはいえ許される事ではない。それにこの失態は私の全責任もである」

  一番悔しい感情に駆られているのはヒステンバーガー本人だ。べリアスは彼の心中を察した。とはいえ、私情に駆られて玉砕を選んでは、それこそ無意味だ。
自分が処罰されようとも、まずは部下や兵士達を生きて帰還させなければならない。まずはそれからだ。参謀一同は悔し涙を流す者もいれば、沈黙を守る者もいる。
他の軍団司令官達は、ヒステンバーガーの撤退命令に従った。アクションもフラーゲも、戦闘は続けられないと判断していたのだ。
  無論、反発する師団長達を抑えなければならず、特にホルスを失った第3軍団の跳ね上がりを静止するのにも苦労が絶えなかった。
いざこざも多少なれどあったが、ガルマン帝国軍はヒステンバーガー指揮の下、粛々と離脱を開始した。反転攻勢をかけてくるかと思いきや、その気配すらない。
ボラー連邦軍は監視を続けはしたものの、艦隊で追撃するような真似はせず、大人しく離脱するまで待ち続けたのであった。




ガルマン・ガミラス、たて腕制覇ならず


  この結果に、今度はガルマン帝国側の内部が揺れた。揺れるのも当然の話であり、何せボラー連邦軍よりも多い兵力で臨んだ決戦の筈であったのだ。
信じられないと思う上層部の面々と、各軍団司令官達。しかもヒステンバーガー直々に指揮を執っていたにも関わらず、この大敗である。
緊急軍事会議に出席した幹部や司令官達は、気まずい雰囲気に駆られていたが、デスラーはあくまで落ち着き払った様子で顔を出していた。
  そして何よりも、責任の重圧に押し潰されそうにあったのは、超高速通信でその場に姿を見せていたヒステンバーガーである。

「ボラー連邦に敗北を喫するとはね」
『面目もございません』

返す言葉はない。しかし責任の所在は自分にある事は、はっきりしている。死刑宣告を受けても反論が許されない事も分かっている。

「遠征軍団の4割を損失とは‥‥‥これは冗談かね?」

今回のスタレン・グラウド会戦において、ガルマン帝国軍は2440隻中1024隻を損失死者10万人を越しており、今までにない被害数値となった。
一方のボラー連邦軍は、1500隻中196隻を損失。誰が見てもガルマン帝国軍の大敗である事に否定のしようがなかった。
  そしてデスラーの口から発せられた声には、冷気が含まれているようにも思える。

『‥‥‥いえ、事実にございます。全ては私の責任にあります。どの様な処罰を受けようとも、甘んじてお受けいたします』

直立不動のヒステンバーガーは、深々と頭を下げて処刑されても構わないと言う。他の提督や将軍、閣僚は、ヒステンバーガーに非難の眼を向けはしなかった。
寧ろ同情していたかもしれない。言い訳になるだろうが、今回の敗北の一つの原因として、ボラー連邦軍の新兵器投入もあるのだ。
もし機動要塞そのものが、あのガス状惑星の中に潜んでいたのであれば、ガルマン帝国軍も辛うじてレーダー等で探知できたに違いない。
何せ直径で3.5qの大きさを誇るのだ。
  だが今回投入してきたのは、戦艦規模の大きさでしかなかった。宙域環境の悪さも相まって、どの艦隊も発見する事が叶わなかったのである。
この新兵器さえなければ、ガルマン帝国軍も咄嗟の判断に迷うことなく冷静に反転して、再攻撃を実施する事も出来ただろう。
他の司令官達も、自分がヒステンバーガーの立場なら勝利したと錯覚したに違いない。
とはいえ、ヒステンバーガーを擁護しようとも、そのような理由は結果論に過ぎない。他者から見れば、彼の不注意によって今回の敗北を招いたと言うだろう。
  沈黙に支配される会議室で、デスラーは口を開いた。ヒステンバーガーは覚悟した。

(元はと言えば、私の注意が欠落していたのが原因なのだ‥‥‥。それに、一度は死刑宣告を受けた身。今更、何を恐れようか)

‥‥‥が、デスラーの口から出た言葉は意外なものであった。

「ヒステンバーガー、次の戦いでは、さぞかし奮戦してくれるだろうね」
「勿論でございま‥‥‥は?」

彼も死刑宣告だとばかり思って反射的に返答してしまってから、想像した事と矛盾している事に気づかされた。デスラー総統は、今なんと仰られたのか。
それに何とも間の抜けた声を出してしまったものである。一同も驚いていたし、軍需国防相長官や親衛隊長官のタラン兄弟も例外ではなかった。
  聞き間違いではない。デスラー総統は、再戦で雪辱を晴らせと仰られているのだ!

「何を間の抜けた表情をしているのかね。確かに大敗は許しがたい失態。だが、その失態は倍の戦果で注いでくれれば良い。君なら出来るだろう、ヒステンバーガー」
「ぁ‥‥‥そ、総統、閣下!」

それは、事実上の名誉挽回であった。ヒステンバーガーは予想しえぬ裁断に衝撃を受け、身を震わせた。その感激のあまりに、彼は柄にもなく涙を流した。
これもまた、ガルマン帝国が揺るぎ無い大国たる由縁だった。もし本当に処断するのであれば、自らの失態を認めず、他者に押し付けるような者であろう。
デスラーも過去の教訓から、失敗しても何度かのチャンスを与えてやれば、必ずそれに報いてくれる事を学んでいる。
  事実、ヒステンバーガーにも前例があった。彼は有能である事には変わりはない。一度目の失態では、死を迫られた事によって我武者羅になってボラー連邦軍とたたかい、寧ろ彼の手腕を内外に知らしめる効果を与え、以後も武勲を重ねて行ったのである。
それ以来の失敗や失態はなく、一度目の失態を上回る戦果を上げていたのだ。なればこそ、デスラーは死刑と言う宣告を口にせず、失敗は成功で補えと言ったのだ。
無用な人材損失は望まない。失った人材は戻らないのだ。ヒステンバーガーに名誉挽回のチャンスを与えると、デスラーはヴェルテに指示を出した。

「ヴェルテ。内務相には、戦死した者への二階級特進、遺族に対する保障はしっかりとしておくように伝えておいてくれ」
「ハッ」

  これは旧ガミラス帝国時代から行ってきたことであるが、当然の事だからこそ手を抜いてはいけないのである。自ら臣民に下手な反戦運動やら、クーデターやらを起こさせてはならないのである。
そういった処置もまた、ガルマン帝国繁栄と安定の基盤ともなるのだ。

「さて、諸君。ボラー連邦の動向だが、実に興味深い事が分かったようでね」
「それは、いったい何でありますか」

  デスラーは苦笑するようにして、ボラー連邦が何を狙っているのかを、ヒステンバーガーに説明させた。彼が、その情報を耳にした本人だからだ。

『ボラー連邦首脳の考えであるかは定かではありませんが、述べさせていただきます。ギーリル・メレヴェコフという指揮官からですが‥‥‥』

彼は全てを話した。己の傷口を抉るようなものだが、そんな事は意に反さない。メレヴェコフは、ガトランティス帝国との戦闘に備えんが為に撤退勧告を出したこと。
そこには共闘の意味も散りばめられているという事。お互いに再戦するのは、ガトランティス帝国の脅威が消えた後でもよいだろう、という意味があったことだ。
  とはいえ、これはボラー連邦首脳部の意図かは分からない。方面軍総司令とはいえ、個人的な妄言かもしれない。そう考える者も少なくなかった。

「奴らと共闘など、到底出来ぬ事ではありますまいか!」
「長年に覇を争い続けた相手でありますからな‥‥‥」
「しかし、論理的に観れば、戦力値が未知数であるガトランティスとの戦闘を考えると、共闘するという考えも出てくるだろう」
「では、奴らと手を組めと言うのか!」

  指揮官達、閣僚達の議論が瞬く間にヒートアップした。デスラーはそれを止める訳でもなく、彼らの議論ぶりを静かに拝聴している。
彼自身も打倒ボラーを唱えてきたが、このガトランティスの出現で路線変更を余儀なくされることは、既に考えられていたのだ。
例えデスラーがボラー連邦嫌いであったとしても、現実逃避するような男ではなかった。現実を直視し、時には考えを変えざるを得ない事ぐらい分かっているのだ。
  会議室に顔を並べる親衛隊長官 ガデル・タラン元帥は、隣に座る兄のヴェルテ・タランと言葉を交わした。

「兄さん、メレヴェコフという軍人は兎も角、ボラー連邦は共闘すると言う可能性を含めているのではないのか?」
「そうだな、ガデル。ガトランティスの戦力は未知数だが、あの支配した宙域の量と時間を考えれば、この天の川銀河の全戦力に匹敵するのは間違いないだろう」

ヴェルテは頭脳明晰な軍官僚だ。軍需相と国防相を兼任するほどの秀才であり、テクノクラートなのだ。分析能力に長けただけに、彼の推測も説得力がある。
やがて白熱化する会議の激論をデスラーが止めると、次にスキンヘッドに細身で地球換算54歳の軍人――ガルマン帝国軍 参謀総長ネルン・キーリング上級大将に視線を向けた。
彼はガミラス人であり、ヴェルテ・タランに並ぶ程の頭脳の持ち主である。

「キーリング、我らの戦力だけで、ガトランティスを退けると思うか?」
「‥‥‥率直に申し上げます。我らだけで防ぎきるのは難しいです。それはボラー連邦も同じことでしょう」
「そうか。ヴェルテ、ガデル、君らも同じ考えかね?」

指名された兄弟は、一瞬だけ互いに目線を合わせる。それから、キーリングと同じ意見であると発言した。それからも、デスラーは一人づつ意見を聴収する。
  この場に顔を並べる高級士官の1人――中央軍総監 パウルス・ガイデル元帥もまた、自軍戦力での独自防衛は至難の業だと伝えた。
スキンヘッドに恰幅の良い、だがガタイの良い体格をした59歳のガルマン人で、かつて東部方面軍司令長官を歴任した名将の1人である。
だが同時にデスラーの逆鱗に触れた将軍としても有名で、それがかの『〈ヤマト〉捕獲事件』の当事者であるからだ。彼はその影響で一時は更迭されてた。
ところが二重銀河の交差現象において、独断だが孤軍奮闘の活躍ぶりで避難民の回収や移送を行い、その評価もあって復権した経歴の持ち主だ。
現在は本星系を防衛する中央軍の総監に就任し、有事の際には本国防衛の為に指揮を執ったりしている。

「恐れながら申し上げます。総統閣下、総数が未知数のガトランティスを相手に、ボラーと戦いながら対応するのは困難です」
「うむ。彼奴等はそれを狙ってくるやもしれぬな」

  総じて言えば、ガルマン帝国だけでの迎撃戦は無理であるとのことだ。幾らデスラー砲艦があろとも、次元潜航艦があろうとも、完全勝利はまず難しい。
自軍の被害を最小限にして勝利を収めるには、やはり他国との共同戦線が不可欠となるだろう。理想は全連合体を組めることだが、そのような事が可能とも思えない。

「連合を組めるかは兎も角として、ガトランティス帝国の脅威を取り払うまでは、ボラー連邦との不可侵条約なりを結ぶ必要があるでしょう」
「不可侵条約か‥‥‥いいだろう。外務省に連絡し至急、手配したまえ、ヴェルテ」
「ハッ!」

時間は待ってくれないのだ。もっとも、ボラー連邦側からそのような提案があるかもしれない。こちらもそれ相応の条件を用意するべきだろう。
  デスラーはその日の会議を一端終了させると、執務室に戻りテラスから夜景を眺めやる。その心境は複雑なものであった。
敵であるボラー連邦と共闘できるものなのか。地球ならまだしも、ガルマン民族を虐げてきた彼らと組むなどと‥‥‥。
それ以前にガトランティス帝国が、どれほどの戦力を率いて来るつもりなのか。敵を知らずして、戦争は出来ない。まずは詳しい情報が欲しい。
デスラーは作業デスクに戻り、通信端末に触れた。そこから番号を入力して、とある人物に繋げたのである。

「フラーケン、私だが‥‥‥至急、来てもらいたい‥‥‥あぁ、そうだ。頼むよ」




〜〜あとがき〜〜
どうも、第3惑星人です。
今回でようやくガルマン&ボラー編は終了となります。ガルマン帝国軍が負けて、えぇ〜、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、どうか、ご容赦ください。
逆転する描写ですが、もう少し違うやり方もあったなぁ、と思い返しながらも、これもまた戦法の一つだと思いました。
たまにはボラー連邦軍にも、こういった有能な軍人がいてもおかしくはないと思いました。ヒステンバーガーも有能ですが、今回は足を掬われてしまったとおいう形となります。
それに彼は、切羽詰まったりすると伸びるタイプなんじゃないかと想像してますwいずれは銀河大戦の本場を迎えるでしょうが、果たして‥‥‥。

そろそろ本編を終わらせたいと思う御傍ら、まだ外伝のネタが残されているので、それも消化してから、完全な完結を目指したいところ‥‥‥です。



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