外伝『苦闘の陸』


時空管理局の中心世界と言わしめる、謂わば首都星の役目を持つ第1管理世界ミッドチルダ。そしてビルが立ち並ぶ、都市クラナガン。
少子化が進んでいるためか、立派なビルが進んでいる割には、やや閑散としていた。そんな都市から数十キロ離れた先に、自然の草原地帯がある。
天気も良く、風が囁いている。休日にはもってこいのピクニック日和だろう。そう、そこに不釣り合いな(・・・・・・)光景さえなければ。

「駄目だ! そんなんじゃ貴様らはとっくに死んでいるぞ!!」


  その広がる草原に、澄み渡る青い空。心落ち着く光景である筈が、不協和音とも言える男の怒声が響き渡って台無しにしていたのである。
インカムと直結した拡声器から発せられる怒号が、草原で動き続ける地上部隊所属の管理局員達に、容赦なくぶつけられていた。
声の主は、地球防衛軍 第六機甲旅団の旅団長を務める古野間少将だ。

「第五小隊は出遅れている。第一八小隊、お前らは味方を殺す気か!?」

  容赦のない叱咤の声が、訓練中の管理局員に降り注ぐ。本来ならば、管理局の人間でもない者に、命令される覚えはないと反論する余地はあったかもしれない。
そうさせないのは、今の置かれた状況にある。SUSの猛攻で地上部隊は多大な損害を出し、魔法戦以外には全く脆い組織であることを曝け出してしまったのだ。

「おぅおぅ、古野間さんの檄が飛ぶねぇ」
「そりゃそうだ。数ヶ月もしない内に、やつら(SUS)が来るってんだ。ああもなるさ」
「まして、管理局地上部隊のお世話(・・・)をするんだぜ? いくら隊長でも、躍起にならずにはいられないだろうよ」

第六機甲旅団の各隊長は、指揮車で檄を飛ばし続ける上司に同情の視線を送った。他人事のようだが、実は彼らも指導者として局員を訓練せねばならない立場にあったのだが。
  時空管理局の陸――もとい地上部隊も深刻な打撃を受けていた。その再編は、本来なら長い月日を要するものだったが、それが叶わない。
そこで防衛軍の協力を仰ぐことによって、旧来よりも威力を上げた新型戦車を開発することに成功した。さらに防衛軍が便宜を計らって、〈トレーダー〉でも生産がなされる。
数は未だに一〇〇輌もない。僅かなものだったが、古野間は出来上がったそれと、使い古しの戦車を使って訓練を重ねさせている。
新型とはいえ、防衛軍の戦車とは違い、装甲、火力、速力のすべてが劣る。外世界の基準から見れば、管理局の戦車はまだまだ下の方であったと言えよう。
  旧来の戦車〈ガーゴイル〉シリーズを、古野間は隈なく調べ、ため息を吐いたものである。

「よく、こんな戦車で戦ったもんだ」

魔法という戦闘に特化した戦車は、とことん、実弾やエネルギー兵器に弱い。いや、特化の問題以前の話ではないか。
試しに彼は、廃棄予定の〈ガーゴイルU〉を運び出させ、自軍の〈タイフーンU〉の標的とした。実際にどれ程の耐久度か確かめるためだ。
  数キロの距離において、試験を行ったが、その結果は無残という言葉がぴったりだった。〈ガーゴイルU〉は原型を止めなかったのである。
普通なら一発は耐えてくれてもよいのだが、と黒煙を上げる標的を前にして古野間は幕僚たちに言ったものだ。
その後に導入された〈ガーゴイルV〉は、多少ましにはなったが、不安の残るところ大である。

『隊列を乱すな、陣形の崩れは敵に突け入る隙を与えるぞ!』
「そんなこと言ったってなぁ……」

  古野間の指摘に、思わず愚痴を溢す局員。彼らは戦車乗りではあったが、防衛軍の維持する軍隊レベルとは差が出ている。
SUSを相手に奮戦したビットマンなど、優秀な指揮官がいるものの、全ての戦車部隊がそうであるとは限らないのも事実だった。

「もう一度行くぞ。第二中隊前進、最大速力で敵部隊の左舷を突け!」

再び響く怒号に神経を刺激されながらも、局員達は訓練に付いていく。SUSの侵攻も近い状況にあって、彼らは古野間らの訓練指導をこなそうと必死になっていた。
  また、彼らとは別に訓練を受けている一団もいる。戦車乗りではなく、歩兵部隊として編成された陸の局員達であった。

「携帯式ロケットランチャーの扱いは、だいぶ慣れたようだ。だが、相手は戦車だ。そこで今回は、攻撃からの緊急離脱の訓練を行う」

局員の非魔導師には、揃って防衛軍から供出された対戦車用の携帯式ロケットランチャーが装備されている。
空間騎兵隊でも御馴染みの兵器で、外宇宙勢力の戦車を撃破した経歴がある。ガトランティス帝国とデザリアム帝国がその例である。
  歩兵は攻撃する時は良いとして、その後の退避行動が問題となる。もし発見されてしまえば、命はない。
そこで古野間が着目したのが、魔導師が有する転移魔法である。一種のテレポーテーションに類するであろう、この手法は大いに活用があると見た。

「少数編成の歩兵部隊に、一名づつ魔導師を編入する。その方が魔導師の負担も軽いだろうし、動き易かろう」

  とはいえ転移魔法も連続して使えるものではない。奇襲をかける際に転移魔法なぞ使用すれば、それは相手の察知するところであろうからだ。
よって奇襲する際には、定石通りにじっと待ち続ける他なかった。射程に捉え次第、一斉に攻撃を仕掛けて、迅速に転移で離脱する。
これが最も理想的なものだった。そして古野間は、自分が戦車部隊の指導をしている間に、部下たちに歩兵部隊への指導を任せたのである。

「タイミングが重要だ。魔導師諸君は、いつでも離脱できるように準備をしてもらいたい」
「それと、もし敵に発見されてしまった場合は、無理に攻撃しようとするな。そこは迅速に転移して、離脱してもらう」

  これは魔導師の判断が重要であった。発見された時の迅速な判断が、部隊の命運を分ける。その言葉に、転移魔導師は息を呑む。

「では、訓練をさっそく始める。各部隊は所定の位置につけ。戦車部隊も配置についてくれ」

この指導に当っていたリッグス・マクレーン准将が、次々と指示を飛ばす。戦車部隊には進路を提示しているが、何処に何があるかは教えていない。
対して奇襲部隊は独自の判断で場所を設け、戦車部隊を待ち受ける事になった。全てが完了すると、マクレーン准将が開始の指示を発した。

「戦車隊、前進!」

  戦車部隊が土を巻き上げながら前進を始めた。この戦車部隊は管理局の戦車であるが、乗っている兵士は防衛軍の将兵だ。
防衛軍の戦車ではうまく模擬戦が出来ず、下手をすれば実弾が局員を殺してしまう事も有り得る。
そこで管理局の戦車を拝借し、非殺傷モードで挑む事となったのである。また、プロである彼らが相手になった方が、管理局側としても良き訓練となる筈だ。
  それから五分後、早くも変化が生じた。

「あそこだ。あれで見えないとでも思っているようだな」

戦車長が双眼鏡で警戒していると、やや高めな地形の上に這いつくばるような形で、待機している奇襲部隊がいた。
高い位置を確保する事は、優位に働く。だが気づかれなければの話であり、気づかれてしまったら即座に移動するのが鉄則である。

「まずは、あれから教育してやるぞ。各車、主砲塔を一〇時方向へ旋回」
「了解。一〇時方向へ旋回!」

  奇襲部隊は、相手を見下ろせる位置に待機していた。このまま射程に入り次第、模擬ロケットランチャーを放って、撤退する。
その基本方針に従い、彼らは待ち続けた。緊張が身体を支配される局員たちは、息を呑んでも落ち着きを取り戻すことはできなかった。
早く来い、とスコープ越しに睨み付けていると、その局員は突如として恐怖に支配された。

「……って、転移を!!」

  遅かった。スコープ越しに、相手の砲身がこちらを睨みつけたのだ。これを見たら、誰でも竦み上がることだろう。
転移魔導士が慌てて発動するが、その直前に戦車からの模擬弾頭が飛び込む。殺傷力がないとはいえ、恐怖を与えるのに十分だった。

「……第一波、駆逐したもよう」
「気を抜くな。森林や背の高い芝生にも目を凝らすんだ」

まだまだ奇襲部隊は残っている筈だ。マクレーンは気を引き締めて、奇襲部隊の駆逐に全力を挙げた。その相手となる局員達は、まさに地獄を味あわさせれた。
先のSUSの比ではないが、地球防衛軍の容赦ない索敵と攻撃は、苛烈なものであったのだ。中には恐怖に竦んで遠くにいる内に転移してしまう者もいるくらいだ。
  訓練は休憩を挟みながらも、六時間に渡って繰り返された。普段よりも過酷な訓練に、管理局戦車部隊も、歩兵部隊も、全身を砕く思いで必死にこなしたのである。

「まぁ、成長はしたか」
「あれだけしごいて、よく仰いますな」
「そりゃ、お互い様だぞ、マクレーン准将」

瀕死とも言える局員を前に、古野間は苦笑する。古野間もマクレーンも、互いのことを言えるようなものではなかったのだ。
彼ら防衛軍もまた、その訓練課程に付き合っただけに疲労を重ねているのも事実。古野間の表情には現れないが、内心では疲れに支配されている。

「だが、まだまだ、ですかな」
「あぁ。本当だったら、魔導師の中でも砲撃重視の者がいればいいんだがなぁ……」

  そう、非魔導師と魔導師に武器を持たせるなりして、訓練を施してしてきているのだが、肝心の魔導師で遠距離攻撃できる者がいなかった。
――否、砲撃できる魔導師はいれど、確実に戦車を破壊できる魔導師がいなかったのだ。相手には魔法を無効化するAMFが備わっているというのだから、なおさらのことだ。
いないのならば仕方ない、と割り切る古野間。二日間ほど、武器を携帯させての訓練を重ねさせていったが、ここで耳寄りな情報を得ることになる。





  ここは草原地帯から離れた、都心郊外にある避難施設。その一角にあるフロアで、三人の若い女性が佇んでいる。
一人は赤毛(クリムゾン色)のショートヘアに金色の瞳を持った、勝気と不機嫌さ兼ねたような、見た目が一〇代半ばか後半。元ナンバーズの一人、ノーヴェである。

(みんな、沈んでるな)

避難施設に移ってからというもの、避難民の多くに活気はない。当然と言えば当然だ。ろくに経験もない戦争に巻き込まれたのだから。
かつては、彼女を含めたナンバーズと筆頭のスカリエッティの手により、危うなりかけた経緯がある。が、今回はそれをはるかに上回った。
  ノーヴェの呟きに念話で答えたのは、赤色(ピマン色)の髪を纏め上げ、髪と同色の瞳を持った、活発な印象を与える女性。外見は同じく一〇代半ばか後半。
名前をウェンディと言い、同じナンバーズの構成員だった人物である。何かとノーヴェとコンビを組むようなことが多い。

(そりゃ仕方がないんじゃないッスか。うちらが言えたことじゃないけど……)

構成プログラムを受ける前から陽気だった彼女でも、今の現状には表情に陰りが差す。多数の死者を出したこの戦争を目の当たりにし、言葉も出なかったものだ。
事件を起こしてきたものよりも、この虐殺とも言えるSUS軍の行い。魔導士をものともせず、破壊兵器を振って侵攻する姿は、住民達にとって悪魔そのもの。
  そして最後の一人。薄い茶色のロングヘアで、くせ毛で跳ね上がる側頭部と、長い髪を首辺りで一纏めにしている。瞳も同じく茶色である。
表情も大人しさを印象付ける彼女――ディエチは、避難民の様子と、現状に心を沈ませていた。

(世界が、戦争に巻き込まれている)

構成プログラムを経て、社会のために生きていける知識を身に着けた彼女ら。施設を出た後は、敵として戦った管理局の一人――スバル・ナカジマの家族として同居していた。
父親のゲンヤ・ナカジマと、ギンガ、スバルの姉妹の三人。そこに三人と、ここにはいないもう一人の女性――チンクの四人が加わり、大所帯となった。
  家族としての温かみを感じ始めた時である。この世界のために何ができるだろうか、としばらくの間はナカジマ家で過ごしつつも針路を考え込んでいたのだ。
その途端に、これである。まるで、彼女らの再出発を妨害するが如きで、戦争の勃発の報を聞いた時は愕然としたものである。

(結局、今の私達には、何もできないんだ)

ディエチの目線が、自分の膝元に落ちる。少なからずも人の命を奪ってきた彼女らは、更生を果たしてからは命を救えるような行いを望んでいた。
  しかし、いくら彼女らでも、国家を相手に何をできるというのか。しかもAMFを有する、殺戮兵器を大量に保有するのだ。
魔導士の大半が、その兵器を前に殺されているという話は、ナカジマ家の長女であるギンガなどからも、既に耳にしている。
何もできない自分たちが、不甲斐ないと初めて思った瞬間であった。ギュッと、膝の上に乗せていた手を握りしめた。

(そういえば、チンク姉は大丈夫かな)

  彼女らの姉、チンクがここにいないのには訳があった。二週間前程に、管理局側から出頭要請が届いたのである。姉に、どんな要件なのだろうかと誰もが思った。
まさか、この期の及んで、何かしでかす気なのかと警戒もしたのだが、それは杞憂に終わった。呼ばされたのは、彼女の能力を頼りたいからだというのだ。
チンクは爆破物に関しての専門家であり、管理局は新兵器を作るうえでその力を必要としたのだという。しかも、防衛軍とも共同だと言う話だった。
  この時、ディエチは皮肉だと思った。人を殺すことさえ容易い能力を禁じてきた管理局が、結局はその力を得ないことには危機を脱せないというのだから。

(お義父さんも、ギンガ姉さんも大丈夫だとは言っていたけど……ん?)

ふと、彼女に通信が入った。それは父親のゲンヤからのものである。通信回線を開くと、空中に通信画面が現れた。

『おぅ、変わりがないようだな』
「大丈夫だよ。それよりも、どうしたの?」

ゲンヤも忙しいだろうに、と思いつつも要件を訪ねた。するとゲンヤは、やや困ったような表情を作りながらも、後二人を呼ぶようにと伝える。
三人に話したいことがあるらしい。素直にノーヴェとウェンディを呼び、三人揃って父親の要件に耳を傾けることになった。

『実はな、お前達の力が必要になったんだ』
「「「……え?」」」

  突拍子だった。揃いも揃って聞き返してしまう。何かといえば、ゲンヤが言うに次のようなものだという。
今回のSUSに対応するために、管理局は防衛軍の協力を仰いでいるのは知っていた。兵器から軍事的戦術にかけて、防衛軍の知恵を必要としていたのだ。
そこでさらに、防衛軍のさる人物から要請が届いた。管理局内部で、飛行術に長けたものと、射撃と破壊に優れた魔導師を必要としているのだと。
  この話を聞いてディエチ一同は、もしや、と思った。ゲンヤの言わんとすること――即ち、自分らにSUSへの戦闘に参加してほしいと言うのだろう。
事実、その通りだった。が、父親のゲンヤとしては複雑な話である。新しい家族を戦争に駆り出す等というのは、身を引き裂かれる思いだ。
その様なことを言ってしまうと、スバルやギンガはどうなる? いや、元機動六課の若い連中は? 若いながらも戦時に身を投じてしまっているのだ。

「……気にしないで。みんな、命がけで戦っているんだもの。それなのに、私達だけ、のうのうとしている訳にはいかないよ」
「そうッスよ、私らにできることがあれば、やらせてもらうッスよ。パパりん」
「そうなだ。あたしらは、そのつもりでいるんだ。今さら後ろに下がっていられないよ」
『ありがとうな……それと、本当にすまねぇ』

  命を落としかねないというのに、彼女らは凛としてる。ゲンヤにすれば、ますます申し訳ないような、言い難い気持ちになってしまうのである。
ともかく、迎えが既に向かっているという。玄関前で待っていてほしいと言われ、通信はそこで終わった。

「誰が迎えに来るんすかね?」
「さぁ。防衛軍の人間らしいけどな」
「……あ。あれじゃない?」

一〇分ほどして、施設玄関前に待機していた三人娘の前に、物々しい地上車が接近してきた。いや、厳密に言えば装甲車であろう。
見るからして管理局のものではない。例の防衛軍とやらの装甲車だろう。乗用車も大きな車体に、如何にも頑丈そうな雰囲気がある。
  馬力のあるエンジン音と共にやって来たそれは、彼女らの前で停車した。そして、後部のハッチが開き、二名の軍人が姿を見せた。

「君達でいいのかな? ゲンヤ・ナカジマ三佐の……」
「はい」

初めて見る防衛軍の人間だ。一見してツナギにも見えるモスグリーンの野戦服に身を包んだ男――古野間が、三人娘に訪ねてきたのである。
無論、対面する三人には、どんな人物かは知らされていない。軍に疎いわけではないが、彼の口から出された名と、役職を聞いて驚かされる。

「私が地球防衛軍 第六機甲旅団 旅団長の古野間 卓少将だ」
「!?」

  旅団長、つまりは部隊長のようなものだろう。それも少将と言うのだから、あの亡きレジアス中将の次に偉いとも言える(階級的な意味合いではあるが)。
因みに誰が迎えに行くかというのは、ゲンヤには知らされていない。古野間はわざと知らせないでおいたのだ。
驚きに支配されながらも、三人娘は自分の名を名乗った。

(ふむ。彼女らが、例の事件加担者か……本当に一〇代半ばの人間の女にしか見えんな)

  一瞬だけ彼女らを一瞥した古野間は、目の前の女性が人造人間であることが信じられなかった。別に差別意識を持つわけではないが、驚かない方が難しというものだろう。

(彼女らを造った奴の神経が知れんな。いくら人造とはいえ、見たところ人間と全く変わらない。そんな彼女らを、犯罪の手先として扱うとはな)

虫唾が走る、と思うのもそこそこにして、古野間は本題に入った。先ほどにゲンヤから聞かされたとおりことで、彼女らは揃って了承した。
そして彼女らは、自分らがどういうことに特化しているのかを、古野間に明かしたのである。ディエチから、話を切り出した。

「私は狙撃手として、主に遠方からの標的破壊を行っていました。ただ、飛行能力は持ちません」

  彼女は〈イノーメスカノン〉呼ばれる固有武装で、遠方の標的を狙撃することを主としていた。物理破壊に重点を置いたために、殺傷や破壊は可能である。
因みに狙撃とは言うが、砲撃と言い換えた方がピッタリとくるであろう。何せ〈イノーメスカノン〉は、彼女の背丈を上回る重火器だからだ。
飛行能力は皆無で、大体の場合は飛行能力を有するものとペアを組むこととなる。でなければ、砲撃後の迅速な移動ができないのだ。
  次にノーヴェ。彼女は格闘戦術に重点を置いた能力を有し、〈ガンナックル〉〈ジェットエッジ〉と呼ばれる固有武装を駆使する。
格闘戦と言うと、何ら活躍どころがないように思いがちではあるが、彼女の持ち味は何も格闘戦だけではない。

「私自身に飛行能力は無いけど、〈ジェットエッジ〉を使えば空中を飛翔できる」
「なるほど……では、君は?」

そう言って話を振られた最後の娘――ウェンディは、いつも通りの砕けた様子で己の能力を教えた。

「〈ライディングボード〉っていう、えっと……大きな盾を使って戦ってたっス」
「それは、具体的にいうと、どんな能力だ?」

軍内部なら注意を受ける口調だが、古野間はそんなことで気にする性格ではなかった。部下は眉をしかめたようだが、古野間は平然として聞いた。

「簡単に言うと、それで攻撃を防ぐのは勿論、同時に射撃とか、後は〈ライディングボード〉に乗って飛ぶこともできるっス」
「ほぅ、使い道が多く、臨機応変が効きそうだ。では、君らには一旦、司令部へと来てもらおう」
「分かりました」

一通り聞き終えると、古野間は三人娘を装甲車に乗せ、ひとまずは合同司令部へと向かおうとした。が、立ち止まった古野間は、身体を再び三人へ向けた。
  如何かしたのかと尋ねようとする娘達に、古野間は先に口を開いた。それは、三人が予想しなかった言葉である。

「君達には、済まないと思っている」
「え? 突然、どうされたのですか」

突然の謝罪に当惑したディエチが、訳を尋ねた。

「ゲンヤ・ナカジマ三佐の了承を得たとはいえ、君らを戦争に巻き込むことになった。本来なら、我々が命を投げ打ってでも守らねばならないのだがな……」

その表情は悲痛なものだ。先ほどのゲンヤと同じものだと、三人は気づいた。

「そんなことはないッスよ、私らだって、人のために何かできないかって思っていたんス」
「それに、これは私らなりの、罪滅ぼしの第一歩なんだ」
「だから、古野間隊長。誤らないでほしいんです」

ウェンディ、ノーヴェ、ディエチが、古野間の謝罪は無用であると示す。謝罪した当人は、それを聞いてただ一言。

「……ありがとう」





  それからというもの、ナカジマ家の三人娘は防衛軍共々、訓練を課せられることとなった。それぞれ、その能力に応じたものである。
ディエチは陸上部隊に置かれ、その能力を生かした後方支援術を叩き込まれた。とはいえ、学習力や呑み込みは早いもので、周囲も驚いたようだった。
もっとも、彼女は戦闘機人として活動してきたのだ。それだけ戦闘に対するノウハウも学んでおり、その応用の類であるのだろう。

「座標、確認。標的Dに対して、砲撃します」

  この日も、彼女は管理局から許可を得て渡された〈イノーメスカノン〉を手にして、砲撃訓練を重ねている。
茂みに隠れた彼女は、姿を現した標的を眼で確認し、物理破壊に切り替えた〈イノーメスカノン〉のトリガーを引く。
その光景は、まるで巡洋艦クラスの砲撃かと思うほどのものであった。そして、赤い光を帯びたそれは、遥か前方で誤差なく標的を射抜く。

「……目標、破壊完了。直ちに移動します」
「分かりました」

  茂みの中へ共に隠れていた魔導師が復唱する。転移魔法専門で、砲撃後の陣地変換を容易足らしめるために、ディエチとペアを組んでいる。
その迅速な動きに、戦況パネルを通して見ていた古野間は、感嘆した。相変わらず、いい腕をしている。そして、その判断の速さ。
また、問題点もすぐに解決できた。ディエチは体内魔力を変換して、〈イノーメスカノン〉の砲撃エネルギーに転用していた。
  これは、エネルギー弾ではなく実弾を使用すること、解決を見たのである。そう、彼女の武装はエネルギーと実弾を併用可能なのだ。
防衛軍の戦闘艦艇と同じもので、各艦艇はエネルギー兵装と実弾兵装を切り替えることが可能なのは周知の事実。
彼女の武装はそれを真似た訳ではないが、これのお蔭で発射時のタイムラグを無くすことができる。

「実弾の腕は驚くほど良いな。そう思わんか、中佐」
「はい。我々でも、あれほどの距離で一発命中は難しいですよ。しかも誘導弾ではないから、なおさらです」

  副官のキャンベルは素直に驚いた。実弾ともなれば、空気抵抗や環境、標的の動きを考慮して打つ必要がある。それをマッチさせなければ、命中は期待できない。
ディエチはそれを易々とこなしているのだ。次いで言えば、あのきゃしゃな身体で、体格以上の武装を駆使するのも相当だと思う。

「大の男でも、あれほどの武器を使用するのは酷ではないですか?」
「俺もそう思う。が、それが戦闘機人というものなのだろう」
「……造られたという話を聞いたときは、正直な話、良き印象はなかったです。彼女らには悪いのですが……その、何と言いますか……」

デザリアム帝国の機械主義を恐ろしいと思ったことがある。全てを機械に委ねる、という考えに着いていけなかったものだ。
本音を言えば、現在、地球軍として活動中のデザリアム元軍人にも、それほど好印象は抱けなかった。やはり、過去の過酷な戦闘が原因でもあるからだ。
  そして、この次元管理世界とやらでも、同様のことはあった。こちらは犯罪の手先として、彼女らが誕生したのであるというから、なお驚く。

「中佐の言いたいことは、おおよそ分かるつもりだ。だがな、中佐」
「“全てを同一に見るな”ですね。心得ています」

それで良い、と古野間は頷いた。そうだ、何事も括り付けて、同一に見てはならない。この国の人間だから、この人間も同じである――などと、単調に見てはならないのだ。
でなければ今頃は、ガルマン・ガミラスのデスラーと折り合いよく関係を保てるわけもないし、デザリアム人が地球で共に生きていけるわけもない。
  また、生まれてきた者に罪はない。罪を被るべきは、犯罪の手先として誕生させた者に帰するべきものだ。
彼女らは人間と殆ど変わらない。自分らと同じように考え、動き、会話によるコミュニケーションも可能である。食事だって普通にできる。

「しかし、なんだ。一般社会のために矯正を受けた彼女らを、いきなり戦地に放り込んでしまう。今さらだが、俺も罪深い男だな」
「閣下……」

感傷に浸る古野間に、キャンベルは掛ける言葉が見つからない。以前までは、管理局が幼い子供までを部隊に編入させる事例を聞いて、非難したものだ。
それがどうか。SUSに勝つために、まさか魔導師を探し出して部隊に組み込もうとは。自分が人のことを言えたものではない。
どんなことも戦争という理由を付けるだけで済まされる。そんなことがあって良い筈はない。良い筈はないのに、結局は同じことか。
  その日の訓練は、一旦幕を下ろした。どの部隊も疲れ果て、中には眠り込む者もいる。

「……今日は、ここまでだな。これ以上無理をしても、意味はあるまい」
「了解しました。では、全部隊へ通達します」

古野間自身も、直接指導を機関砲の如く続けてきたために、身体的疲労よりも精神的疲労が勝っていた。かといって、疲労の様子を部下達に晒すわけにもいかない。
防衛軍と管理局の合同部隊は、指示に従って片づけに入る。戦車を元の位置に戻し、使用した武器も所定の位置へと収めていく。
疲労困憊な彼らは、時折だが小声で愚痴を溢す。こんな過酷な訓練は初めてだ、今までの訓練がお遊びの様だ、等と口にするのだ。

(以前よりは、上がったと見るべきだろうかな)

  ここ数日間の訓練を思い返す古野間は、少しづつではあるが、着実に局員一同を成長させていると感じていた。
何も全くのド素人を相手に訓練を課している訳ではなく、一応の陸上戦部隊として活動してきた局員に訓練を課しているのだ。
ゼロからのスタートではないだけ、彼ら防衛軍も少しは楽であったろう。

「そういえば、艦隊の方でも大変らしいですな」
「あぁ。艦隊戦の経験が浅い管理局を、マルセフ総司令は扱いていると言うがな」

  キャンベルの言うとおり、次元航行部隊も拠点近海での訓練を行っていた。こちらは地上と違って上下の無い空間であり、戦車ではなく艦船である。
規模が大きくなる分、その組織的運用は困難を極めるのは当然であった。通常では三隻から四隻編成で運用されるだけに、それが百隻規模に膨れ上がればどうなるか。
  それでも管理局の提督達は奮闘し、先日の遭遇戦や本局防衛戦において、立派に戦ったと言って然るべきだろう。
マルセフや東郷の指導の賜物と言えるだろうが、次の決戦へ向けてさらなる訓練を行うに至る。

「もっぱら、扱いているのは東郷司令らしいですね」
「らしい。あの親仁さんはおっかないからな。管理局の連中も、神経を擦り減らしてるんじゃないか?」

苦笑する古野間とキャンベル、そして傍にいる部下達。防衛宇宙軍の将兵からは、“親仁”と呼ばれる東郷だが、陸軍でもその名は知れ渡っていたのだ。
  また、その次元航行部隊側では、ディエチとは別れる形で配属された先の二名がいた。ノーヴェとウェンディは、共に飛翔することが出来る。
もっとも彼女ら自身ではなく、彼女らが有する固有武装の能力によるものだ。それがどのようにして艦隊へ回されたのか。
それは、はやてが指揮している現在進行中のD計画に適応される、と見なされたためだ。D計画には、管理局の新造〈デバイス〉級戦闘艇がある。
  この〈デバイス〉級は、飛行能力を有する高ランクの魔導師が乗り込むこととなっており、既にフェイト、なのは、シグナム、ヴィータの四名が確定していた。
常日頃に飛翔している魔導師と、そのサポートを務めるそれぞれのデバイスを、直接に〈デバイス〉級に組み込みことで、操縦を容易たらしめるのだ。
その容易とは、あくまで高ランク魔導師を基準にしている。また、スバルとティアナもデバイス隊に推薦されており、彼女らは特殊艇に配属される予定だ。

「……で、そっちはどう?」
『まぁ、最初は戸惑ったけど、慣れれば何ともないッスよ!』
『こいつ、軽く言いやがって。手間取ってじゃねぇか』

  訓練後に仮寝室へ戻ったディエチは、分かれた姉妹の様子を気にして通信を繋いでいた。ウェンディはいつもどおりの様子で、ノーヴェも相変わらずの不機嫌そうな表情だ。
話によれば、〈デバイス〉級の操縦には少なからずとも手こずったようで、特にノーヴェは苦戦続きだったという。無理もない話だった。
ノーヴェは近接戦闘専門の戦闘機人なのだ。対してウェンディはと言えば、常に〈ライディングボード〉に乗って飛んでいた身だ。
その分、彼女の方が空中に関する行動は一日の長があり、〈デバイス〉の扱いにも早く慣れていったのである。
  計画責任者のはやては勿論、協力者であるレーグ等も彼女の素早い学習能力に驚きを見せていたという。

「それと、他に問題は無かった?」
『いや、別に……』
『嘘は駄目ッスよ』

だろうと思った。ディエチは苦笑する。ノーヴェが表情にもわかる不機嫌さの裏には、ある一人の人物が絡んでいることを知ったからだ。
ノーヴェは、まだナンバーズだった頃にスバルに対して、強い怒りと憎しみの感情を募らせたことがある。
それは姉のチンクが、暴走したスバルに重傷を負わされたことが原因で、ことあるごとにスバルへ仇討ちを叫んでいたというのだ。
  今になってはそれも過去のものとして、チンク自身はスバルを咎めることもない。が、やはり何処かしらでノーヴェは、スバルを強く意識しているのである。
家族通しになったのなら、なおさら複雑な感情だろう。だが当のスバルはと言えば、いつもながらの天真爛漫な性格で、新しい家族を出迎えたとも言われている。

『あいつより上手くなってやる〜なんて呟いてたじゃないッスか』
『う、うるせぇ! 黙らないと打ん殴るぞ!』
『あぁ、はいはい。そういうことにしときますよー』
『こ、此奴!』

通信画面越しにて、いつも通りの様子を見せる姉と妹に、ディエチは安堵した。その後、二言、三言、話すと彼女らは通信を終えた。
簡易式ベッドに横たわると、窓辺から見えるミッドチルダの星空を眺めた。今日は曇りもなく、満天の星空と言えるだろう。
小さなダイヤモンドを、空一面に飾ったようにも思える。それに彼女の眼は、狙撃手としての特殊な能力があった。
  遠方の標的を狙い撃つための眼。スコープ代わりに、直接、自分の眼で狙いを済ますことが出来るのだ。
戦うための能力を、こうして自然を鑑賞するために使う。それをどうとは思うことなく、しばらくの間、その夜空を眺めた。

(ディードにオットー、セインは如何してるかな……)

  ふと、教会へ身を移していた姉妹のことも気に掛けた。ウェンディに負けないほどお転婆娘で、元気のあるセイン。
以前は表情に乏しく物静かだったが、矯正プログラムを経て、少しづつ喜怒哀楽を見せるようになったオットーとディードの二人。
その彼女らが所属している教会にしても、SUSの来襲に対応するため、四苦八苦していると言う。防衛軍の一部も駐留しているらしい。
  また、みんなと再会したい。そう何年も先のことではないだろうが、何故か遠く感じてしまう。まるで、今見ている星空のようだ。
手をかざしてみれば、手に届きそうにも思える。が、手を握っても星を掴むことは出来ない。近そうで、遠い。

(……明日も頑張らないと)

数分の間、夜空を眺めていたディエチは、月明かりに抱かれながらも眠りについた。





〜〜あとがき〜〜
どうも、第3惑星人です。今回は陸の視点で書いてみましたが……なんだかナンバーズ姉妹の視点に変わっていたという事実。
本編でディエチを出したので、外伝では編入される過程を書いておきたいと思っていましたが、なんだか題名と合わない気がしてしまうw
外伝偏は、まだ数話ほど残っているので、完全なる完結にはまだ遠そうです。それでも、お付き合いいただける読者様には、感謝感激であります。


ヤマトが終わってしまってから、楽しみが減ってしまった近頃。最近に発売された『タイアニア4 烈風編』も読みつくしてしまい、見たいアニメもない……。
アルペジオは見てないのですが(というよりも見逃している)、動画サイトを見た限りではメカ描写は素晴らしいの一言。
それでも甲板にVLSたんまり詰め込んでいるのはビビるw おもわずPS2の『鉄の咆哮』シリーズを思い出してしまったw


それとヤマト2199の第七章BD(劇場限定版)が届きました。噂では、TV版25話へさらに修正が加えられていると言う話でしたが、本当でしたね。
このBD版こそが完全版といって間違いありません。冒頭では、ラジオヤマトの放送をバックに、加藤×原田の告白、艦載機のメンテシーン、古代と沖田の会話等が追加。
ゲールとデスラー合流時に、背景が青く発行する空間が広がっている点。ゲールの驚きの表情が追加、潜航艦のハイニと藪のシーンが修正と追加される点。
デスラーが誤射したシーンを中心にした部分も追加シーン含め、修正有。デスラー艦爆沈間際の、デスラーの姿勢が変更されている点、等々、結構あります。
また、全体的にキャラ作画が修正されている点も大きいですね。元の作画が不満こそなかったですが、修正されているだけ嬉しさ上昇と言ったところです。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.