「偵察機より入電! 『敵機動部隊発見セリ』」

  カーペンタリア基地攻防戦において、前哨戦とも言える戦いの火蓋は、この敵発見の一報により切って落とされる事となった。
当初予定通り、大西洋連邦艦隊はハワイから南西へ進軍し、ソロモン諸島とバヌアツの間にあるサンタクルーズ諸島海域を通過していた。
その後、リチャード・ヴォイス中将率いる主力部隊から、大西洋連邦所属の第3洋上艦隊が分離すると、シドニー港又はウェリントンから北上してくるであろう大洋州連合の艦隊を迎撃する為に、ルートを予測したうえで南方を集中的に索敵を行った。
この間、艦隊より南南東に位置するニューカレドニアから大洋州連合の航空機等による攻撃が少なからず警戒されたが、これといった動きもないまま時間が過ぎた。
  そして、サンゴ海・コラル海のサブル島近海を航行している頃、偵察の結果として偵察に出した機体の内の1機が、見事に大洋州連合の艦隊を補足する。
ただし、Nジャマーの効果もある為、ある程度引き返してからの報告ではあったが、先手を打つには十分な時間と余裕が与えられたことに第3艦隊首脳部は安堵した。
引き続き偵察機からは、大洋州連合の針路と編成内容が送られ、次第にその全貌が明らかになっていった。

『敵部隊ノ編制ハ、空母1、巡洋艦4、駆逐艦8、フリゲート艦10。ケート島ヨリ南西ノ沖合、100qノ海域ヲ北上中』
「‥‥‥どうやら敵は、母港から移動したようだな」

  偵察に出した味方機からの連絡を受けた第3洋上艦隊司令官ケネス・K・ギルフォード少将は、電文から目をそらして独り言ちた。
ケート島とは、ブリスベンより北北東約500qの海域にある小さな無人島だ。シドニー港を母港とする大洋州連合の機動部隊にしては、会敵予想時間が早すぎた。
もっとこちらが南下してからではないか―――と一部の者を除いて考えられていたのだ。
それがこうも早いことを考えると、ギルフォードの言うように、大洋州連合機動部隊はこの時を待って港を予め移していたのであろう。
  とはいえ、それが彼にとってどうという問題ではなかった。情報では空母1を含む機動艦隊であるが、恐らくは潜水艦もいる筈である。
大洋州連合の有するワンガレイ級潜水艦は、性能的には地球連合軍で運用されるノーチラス級攻撃型潜水艦とあまり大差は無い。
この潜水艦が先行し、大西洋連邦艦隊の動向を注視している可能性、並びに奇襲攻撃を仕掛けてくる可能性は十分にあった。
  ギルフォードはそれを警戒しての輪形陣を組み万全の構えでいたものの、だからとて勝利を約束された訳ではない。

「敵の潜水艦が奇襲を仕掛ける可能性はありますが、我が艦隊の輪形陣は完璧です。このまま一気に南下し、敵を正面から揉み潰しましょう!」

1人の幕僚が熱っぽく訴える様は、まるでヴォイスの熱病に感化されたようである。ギルフォードは、鋭い視線と冷たい口調をブレンドさせて幕僚に釘を刺した。

「正面からぶつかる? 馬鹿を言うな」
「で、ですが、閣下。我が艦隊は敵機動部隊を殲滅することでは‥‥‥」

上官でさえ狼狽するほどの威圧を、この幕僚は真面に受けきることは叶わなかった。それでもなけなしの自尊心を持って立て直し、ようやく応える有様だ。
しかも辛うじて持ち堪えた幕僚の姿勢に対してギルフォードは容赦ない第2撃を撃ち放ち、その自尊心をも粉々に打ち砕いてしまった。

「貴官は正気で言っているのか。正気だとすれば、兵士の命と引き換えに、余程に名誉ある戦死を望んでいるのだな」
「―――ッ! いぇ、そういう訳では‥‥‥」

  その様子を見ていた別の女性士官―――ミリアム・チェンバレン大尉は、口を無駄に開閉させるだけに終わった幕僚を一瞥し、上官の意図をくみ取った。

「我々は、敵艦隊の撃滅に固執せず足止めをするだけに留めれば十分、ということですね」

チェンバレン大尉の問いに、ギルフォードはリップサービスをするほどに愛着のある表情とは無縁に、ただ無表情に頷いただけである。
彼女は、ギルフォードの副官を務める人物で、セミロングで薄いブラウンの髪を纏め上げると軍帽内に隠しており、外見的に見ても美人と差し支えない表情だ。
年齢も28歳と若く、軍人としての実績も上々であることから、このギルフォードの副官の任を受けていた。
気に入られたい等と言う気持ちは微塵もないが、軍人としての職責を全うするよう全力を尽くしている傍ら、半ば憧れのような物も胸の内に抱いていた。

「勝てば問題は無い‥‥‥が、本隊にもしもの事があった場合、我々は、その道連れにされかねん」
「主力部隊が敗北し、ザフトが我々の後背を襲ってくる、というわけですな」

  別の幕僚が海図を見ながら呟く。距離的な問題から、正面の大洋州連合艦隊とカーペンタリア方面のザフトに挟撃される可能性は高くは無いだろう。
だが第3洋上艦隊が戦闘によしんば勝利し、その後北上していく途中を左側面から要撃される危険性は十分に考えられた。
さらに大洋州連合には虎の子の艦隊が温存されている。これらも含め、ザフトの攻撃部隊、大洋州連合の機動艦隊、潜水艦隊らに包囲殲滅されかねなかった。
  如何に名将と謳われるギルフォードであっても、多勢に無勢では手の打ちようがない。彼自身でさえも、自分が万能ではないことを自覚している。
大洋州連合の艦隊は実際に北上しつつあり南下中の第3洋上艦隊を迎え撃つ体制にあるが、これにギルフォードが乗ってやる義理は1rも無い。
自分らが成すべきことは戦術的勝利ではないのだ。一局で勝利しても大局で敗北したのでは意味がないうえ、ギルフォードらの将兵が更なる危険に晒されることとなる。
  それに大洋州連合艦隊の動きを見るに、こちらの動きを大まかに掴んでのことであろう。ともなれば、いずれ自分らの居場所がバレるに決まっている。
迷っている時間はなく、ギルフォードは数秒考え込むと新たな命令を下した。

「敵機動艦隊に対して、こちらから先制攻撃を仕掛ける。攻撃目標は、空母に限定」
「空母のみ‥‥‥でありますか」
「そうだ。敵の空母さえ潰せば、艦船の脚のみで我々を追わねばならなん。ともなれば時間も稼げる」

大洋州連合機動部隊の空母は、彼ら海軍の要でもある。それを失うことは、大洋州連合海軍にとっても大きな損失を意味するであろう。
  また大洋州連合軍上層部も、無謀極まりない行動を起こすとは考えにくい。如何にザフトとの共同戦闘を行うにしてもだ。
自分らだけ疲弊してザフトの戦力だけ豊富に残されるとあっては、大洋州連合側としても面白い訳がないだろうし、国民側としても防衛戦力の殆どをプラントに任せきりとあっては、政府に対する信頼と信用を失うことにもなりかねない。
政府側としてもプラントとの協力体制を取ってこそいるものの、だからとてプラントの言いなりになるつもりもあるまい。ギルフォードはそう思った。
  結局は互いに利用しあうだけの関係なのだ。この均衡の上に成り立っている国家間関係を崩せれば、プラントも大洋州連合も瞬く間に同士討ちを始める事だろう。
そこまでいけば地球連合としては万々歳であるが、今一つ不確定要素とも言うべき懸念材料が残されている。

(国際中立連盟にすり寄る可能性も、0ではなかろう)

国際中立連盟という不確定要素が、それである。もとい日本であるが、この国家の軍事力に恐怖と欲望を煮えたぎらせている輩が少なからずいてもおかしくはない。
  大洋州連合の旗色が悪くなりさえすれば、彼らはプラントを捨てて日本へ助けを求める、なんて言う可能性も考えられなくもないのだ。
恐らく、いや、確実に日本と言う存在は他国に影響を及ぼしている。地球連合政府も、この存在があるせいでいまいち行動しにくい面もあるのだろう。

(地球連合とプラント、親プラント、果ては中立コロニー群の注目の的となるとは‥‥‥黄金が眠っている訳でもあるまいに。日本も人気者だな)

皮肉を混ぜて僅かに苦笑するギルフォードに、チェンバレンが気になって尋ねる。

「如何なさいました、閣下」
「いや、気にするな。それよりも、艦載機を直ちに発艦させる。急がせろ」
「了解」

  第3洋上艦隊旗艦 タワラ級〈エンタープライズ〉の飛行甲板から、艦載機スピアヘッドが次々と飛び立ち、大空を飛空していく姿を艦橋で見送る幕僚一同。
搭載されている艦載機70機の内、戦闘攻撃隊35機が攻撃に向かった。後は、彼らパイロットの腕次第であり、ギルフォードがとやかく言うことではない。
  だがこの時、彼らの先制攻撃をよしとはせず敵意むき出しの意思を魚雷と共に撃ち込んでくる影があった。ソナーマンが声を張り上げて報告する。

『ソナーより艦橋、2時方向より推進音‥‥‥魚雷です! 数は6つ。本艦との距離9000!』
「敵の潜水艦か!」
「今は発艦中だぞ!」

艦橋内に電流が走ったかのような衝撃が広がるが、ギルフォードは憮然とした表情で迎撃を命じた。

「全艦、対水中戦闘。敵魚雷発射位置を特定次第、撃沈せよ」
「閣下、敵魚雷は、本艦を目指しています!」
「到達まで余裕はある。本艦は航空機発艦を最優先。他艦は短魚雷、ヘッジホッグにて対処」

発艦中の航空母艦ほど無防備な状態は無い。潜水艦にとっては格好の的であり、沈めるチャンスだ―――しかし、ギルフォードは臆する気配すら無い。
  〈エンタープライズ〉の周囲を取り囲んでいる巡洋艦、駆逐艦が敵魚雷のデータを即時入力して迎撃用の短魚雷を発射した。
同時に発射位置を特定した僚艦〈ヘレナ〉が甲板上にあるVLSを開放すると、対潜兵器アスロックを打ち上げ目標に向かわせる。
海中を突き進む敵の魚雷に、第3洋上艦隊が放った短魚雷が真正面からぶつかり合って次々と爆破。水上に巨大な水柱を幾つも生み出していく。
昔の水上艦艇は魚雷攻撃に対して回避運動、或はデコイを使った回避方法で退くしかなかったが、今や洋上艦艇も対魚雷用の迎撃魚雷を使用できるまでになっている。
対艦ミサイルに対する迎撃ミサイルと同じ発想だったが、それもま素早い索敵と解析能力があってこそでもある。

「敵魚雷排除!」
「我が方のアスロック着水。目標に向かいます!」
「水中警戒を緩めるな。他艦も敵潜水艦の動きに注意しろ」

  戦況マップに敵潜水艦を現すマーカーが1つと、それを撃沈する為に発射されたアスロックを示すマーカー2つがリアルタイムが動いている。
潜水艦は回避行動に移っており、囮魚雷を発射して回頭しつつ潜航を始めていた。
しかし、釣られたのは1本のみで残り1本が目標に向かった。その後の運命は定まり、潜水艦乗組員は溺死と圧死の恐怖にかき混ぜられながら海中に没した。

「敵潜、撃沈!」

ソナーマンも、潜水艦に命中した音と圧力で圧潰する音、そして大量の気泡が発生する音を確認してギルフォードに報告する。海戦に先立つ最初の戦果であった。
  先手を取る筈が、相手に攻撃の先手を取られる形になったものの、その敵潜水艦からの通信は現在のところは確認されてはいない。
よって大洋州連合機動艦隊には、まだ知られてはいないと判断した。皮肉にもプラントのばら蒔いたNジャマーのお蔭でもあったのだ。
しかし、この水中爆発音を他の潜水艦が捉えた可能性は高い。どっち道、彼ら連合軍に止まる暇など与えられはしないのである。

「対潜警戒を継続しつつ、攻撃隊の報告を待つ」

  第3艦隊が放った艦載機部隊は、偵察機が得た情報を基にして南下。予想海域に急行し、そこに大洋州連合の機動艦隊を捉える事に成功する。
目標を捉えた後は、彼らのすべきは一つ。ひたすら攻撃を行うのみだ。攻撃隊隊長サミュエル・ハットン少佐のGOサインを皮切りに、機動艦隊へ襲い掛かかる。

「第1飛行隊は敵艦載機、第2飛行隊は敵護衛艦、そして第3飛行隊は敵空母を狙え!」

隊長機が注意を喚起すると、パイロット一同は復唱する。第3洋上艦隊攻撃隊は三手に別れて、一方が上空より、一方が超低空飛行により進攻する。
大洋州連合機動艦隊の眼を誤魔化そうとする一種の足掻きであったが、レーダーを誤魔化すにはこれが一番であった。
  この艦載機攻撃に対して、大洋州連合海軍第1機動部隊は対空レーダーで辛うじて補足しており、上空に待機させていた直掩機部隊20機に迎撃指令を発した。

「地球連合軍の艦載機を叩き落せ!」

第1機動部隊司令官 ハリス・ビンスキン中将は、直掩機部隊に対し命令を飛ばす。地球連合軍の海軍戦力を、出来る限り磨り減らすのが彼に与えられた任務だ。
大洋州連合の有する虎の子の艦隊を投入してまでの、この戦いに対する政府の意気込みは高いものではあった―――が、現場指揮官達はそうもいかなかった。
海軍国としては、そこそこの兵力を有するとはいえ、地球連合と比較すると圧倒的な戦力不足を認識せざるを得ず、軍人側からすると楽観的にもなれなかったのだ。
  現に地球連合は、大洋州連合の保有する主力艦隊のおよそ4倍の艦隊を派遣してきている。どうにか分散してくれているとは言えど、気分が軽くなることは無い。
海軍上層部にしても、この艦隊決戦で主力を失うことは是が非でも避けたいのが本音である。だからこそ、地球連合軍への足止めに1個艦隊のみを派遣したのだ。
派遣された第1機動部隊は一応の要撃行動に移ることとなっていたが、相手に運悪く先制を取られてしまい守りに徹する他なくなってしまった。

「何事も、万事上手くはいかぬか」

  迎撃を指示した後、ビンスキンは独り言ちる。彼もまた艦隊決戦に打って出る事には消極的思考にあったが、上が命令する以上は従わねばならない。
上層部の中には発想の転換でもって、攻撃することで相手の出鼻を挫き翻弄することを提案する者もいた。その提案は、何ら確証が無い訳ではなく、過去の事例からも有効的と踏んだのである。
  第二次世界大戦のおり、ドイツ第三帝国の保有する海軍力というのは、当時の大日本帝国、アメリカ、イギリス、イタリアなどの海軍と比較すると、圧倒的に戦艦や空母の保有数が足りておらず、もっぱらの主戦力はかの有名な潜水艦Uボートにあって、通商破壊戦に重点を置くのが常であった。
そんなドイツ第三帝国海軍の行動予測を、イギリス海軍は「守備に徹する」という希望的観測を立てていたのだが、それはあくまでも希望的観測に過ぎなかった。
  ドイツ海軍は、寧ろ積極的に行動し、通商破壊戦を徹底して行う方針で推し進めていったのだ。潜水艦のみならず、ポケット戦艦ことドイッチュラント級や、巡洋戦艦シャルンホルスト級、戦艦ビスマルク級を投入してまで、通商破壊戦略に趣を起き、それはイギリス海軍の顔にものの見事な平手打ちを食らわせる事となったのだ。
しかしビスマルク級は残念ながら1隻の商船を撃沈することも無くして、1隻は艦隊戦により撃沈、もう1隻は爆撃により転覆するという悲惨な結末を迎えた。

(我らの相手は1国ではない。3ヶ国もの国を相手取らねばならないのだ。上層部も何を考えているのだか)

  決まってしまったことに悔みをぶつけても浅無き事だ。今すべきことは罵声を浴びせる事ではなく、一刻も早い戦場の離脱を図り戦力の温存をすることにある。
一部将兵は不満だろうが、玉砕などして何の意味があるのか。兎にも角にも連合軍の戦力の一部を割くことは出来ているのだから、このまま交戦する必要性はない。
後は引きずり回して時間稼ぎをするだけであるが、地球連合軍の指揮官もそこまで愚かとは思えなかった。そもそも、敵を引きずり回すのは容易な事ではないのだ。
相手が確実に攻撃してくることが前提での行動であり、もしも相手に執拗な攻撃の意思が無ければ意味はなさず、逆に距離を引き離されかねない。
  現在のところは地球連合の艦載機群が飛来していることから考えると、一応は餌に食いついてくれたことを示している―――表面的には。

「全艦、ニューカレドニアへ転進。敵を出来るだけ引きつけるぞ」

艦隊より東方向にある島―――ニューカレドニア島へと、艦隊針路を取らせるように指示を出す。このニューカレドニア島には航空基地があり、そこから飛ばされる陸上機の支援を受けつつ地球連合軍を迎え撃とうという魂胆ではあったが、はたしてどうなるか。

「提督、敵の艦載機と、我が直掩機が接触。交戦状態に入りました!」
「撃ち漏らした敵機を取りこぼすな。ありったけのミサイルを使って、叩き落すのだ!」

  直掩機20機に比して、地球連合軍は攻撃隊15と数において劣る。万が一にも直掩機隊が取りこぼした敵機は、艦隊の防空システムで対処する他ない。
この青空というキャンバスに、敗北の灰煙と破壊の業火をブレンドさせた絵の具で染められ、撃墜される機が海に落下していく様子を艦橋の窓越しから見つめる。
攻撃隊を送り込むうえで護衛の戦闘機隊を随伴させるのが碇石であり、そうとなれば当然のことながら探知した地球連合軍艦載機隊の内半数は対空装備の機体だろう。
そして対艦攻撃装備の機体は残り約半数になる。
  ともなれば、迎撃側に有利な展開―――と思われたが、どうやらそうもいかない様子であることを知らされる。

「閣下、敵艦載機は全てが対空装備の模様!」
「何?」

オペレーターの報告に、ビンスキンは違和感に苛まれた。攻撃隊が15機とは思ったよりも少ないと感じたが、それが全て対空装備の艦載機だとは思わなかったのだ。
  胸の中に掛かる靄のようなものが彼を不安に駆り立てていく。Nジャマーの浸かり切った海域で敵を発見したら全力で叩きにいかねば千載一遇のチャンスを逃がす事となろう。
相手もそれは分かっている筈だ。小出ししているのでは戦力の逐次投入という愚かしいものとなり、結果として戦力の消耗を加速させるだけになると。
もしや軽く手合わせた程度で戦闘を望まぬとでもいうのか。地球連合軍の指揮官は、こちらの延滞作戦を見透かしたうえでのものかもしれぬ。
  あるいは、相手はかなりのやり手(・・・)の指揮官で、大洋州連合海軍が罠に引っ掛けるつもりが、逆にこちらが罠に引っ掛けられるのではないか。
1つの不安が2つの疑惑を呼び込んでくるため際限のない思考の繰り返しとなるが、その不安と疑惑の無限思考を中断したのは新たな敵発見の報告であった。

「ひ、左舷10時方向に、敵編隊を捕捉! 数10、距離15q!」
「て‥‥‥敵機! こんな近距離にか!?」
「超低空を飛翔して、こちらのレーダーを誤魔化していた模様!」

  ビンスキンは驚愕すると同時に理解した。地球連合軍は超低空飛行を行い、レーダーに反応するギリギリの範囲まで急接近し、攻撃の為に急上昇してきたのだ。
超低空飛行は海面スレスレの高度を飛翔する為、一歩間違えれば海面に叩き付けられる。熟練の腕が必要であり、尚且つ、長時間の低空飛行は難易度がより高い。
これは中立連盟軍の日本海軍が実践したとされる超低空飛行からの襲撃戦法であったのを、ビンスキンは瞬時に思い出した。
あのユーラシア連邦海軍が、超低空で防空範囲を突破された挙句にミサイルの飽和攻撃を受けて壊滅的な打撃を受けてしまったのである。
戦術としては有効かもしれないが、海面に叩き付けられるリスクも高い。その為か各国の海軍ではあまり多用されなかっただけに、その効果は大きかったのだろう。
しかも、その奇襲を完全とするために、15機を対空装備の艦載機で纏めて、こちらの注意を引きつけていたのである。
  なるほど。戦闘機隊と攻撃隊を完全に別個にすることで、油断させるとは思わなんだ―――と感心している暇は無い。
ビンスキンは艦隊の防空システムに望みをかけて、突発的な迎撃を指示した。

「超低空で侵入してくる敵機を迎撃せよ! ミサイルを撃たれる前に落とせ!」

  迎撃ミサイルによる防御戦が展開され僚艦がミサイルを発射する。その途端に地球連合軍艦載機隊10機が、急上昇から攻撃位置に付くと大洋州連合軍第1機動部隊の護衛艦に狙いを定め、照準器に捉えられた瞬間にハットン少佐が叫んだ。

「全機、射て!」

攻撃隊10機から60発ものミサイルが発射されるのと、迎撃ミサイルが発射されるのは同時であった。大洋州連合機動部隊の索敵士官達は、戦術パネルにドッと増えた敵を示すマーカーに目を見開き驚愕し、戦術士官は唐突に現れた光点の迎撃を指示する。
甲板上から新たに迎撃ミサイルが発射されて対艦ミサイルを撃ち落すべく任意の目標に向かっていく。
  一方の地球連合軍艦載機隊はミサイルを放つと直ぐに反転した。艦隊の攻撃により迎撃されぬようにフレアをばら撒きながら回避行動に移ったのだが、数機がそれに喰われる。

『振り切れません!』

そう言ったが最期、連絡を途絶えるパイロット達にハットンも胸を痛める想いであったが、彼らの犠牲は決して無駄なものではなかった。
彼らの放った対艦ミサイルの群れは、護衛艦らの放った迎撃ミサイルや対空火器、速射砲、さらにはチャフやECMの総動員を前にして次々と撃墜、或は軌道を逸れた。
  それでも迎撃を免れた数発のミサイルが掻い潜り、軌道を外れたもののまぐれ当たりで巡洋艦〈フィラメル〉に命中し当艦を中破させる。
駆逐艦〈ヤラ〉にも、軌道を外れた対艦ミサイル1発が目標を再認識した折に命中しており、大火災を引き起こしていた。
他にも数隻の艦艇に被弾していき、結果として駆逐艦1隻とフリゲート艦1隻が大破、巡洋艦1隻と駆逐艦1隻が中破、というものであった。

「駆逐艦〈ヤラ〉、フリゲート艦〈アランタ〉、双方とも大破、航行不能!」
「巡洋艦〈フィラメル〉中破、駆逐艦〈ワラムンガ〉艦橋に着弾し中破、戦闘不能!」
「本艦に損傷認められず!」

幸運にも第1機動部隊旗艦 オークランド級空母〈オークランド〉には命中弾は無かったものの、これが単なる囮に過ぎない事を突きつけられる。
  艦隊より10q手前で新たな飛行編隊10機を補足したのだ。ビンスキンは、地球連合軍の用意周到な戦術に舌を巻かざるを得なかった。
戦闘機隊を囮にして、攻撃隊を送り込んだかと思いきや、さらに別働隊による第三次攻撃まで仕込むとは―――。
10qなど航空機にとって、それはあっという間の距離だ。元から補足していたのならまだしも、唐突に現れた敵機を補足して迎撃するなど非常に難しいものであった。

「敵機編隊、ミサイルを発射! 数54!?」
「迎撃ィ!!」

近距離に出現した敵機を撃墜すべく命令を下す。
  あらゆる火器が防衛の為に火を噴きミサイルの迎撃に努めるが、数の多さと近距離という悪条件が重なり迎撃は困難を極めた。
しかも、その全てがある1艦に集中していた。つまりは旗艦〈オークランド〉へ、ということである。オペレーターは仰天し叫び声を挙げたほどだった。

「敵ミサイル、全て本艦に集中!?」
「迎撃システム、追いつかない。対処しきれません!」
「総員、対ショックに備えよ!」

僚艦の迎撃を切り抜け、なおかつ旗艦〈オークランド〉の迎撃処理能力を超える数のミサイルが殺到し、ビンスキンも腹を括る以外に選択肢はなかった。
無駄だとは解りつつも被弾に対する警報を鳴らし、ひたすら神にでも祈るクルー一同。こうなれば、外れる事を願うばかりであったが、現実は彼ら将兵に悲惨を与えた。
  着弾したのは11発。40発以上のミサイルを迎撃したことは、護衛艦艇や〈オークランド〉の奮闘ぶりを示すものであったに違いない。
しかし10発以上のミサイルを受けて無事でいられるどころか、浮かんでいられることすら不可能な数だ。ミサイルは甲板を突き抜け爆風で内部を滅茶苦茶にかき回す。
パイロットと艦載機を巻き添えにして、魔の手と化した業火は弾薬庫を食い破る。それが新たな悪魔と化し艦内区画を次々と吹き飛ばしていった。
爆風はあらゆる通路を縦横し、そのまま衝撃を逃す役目を果たすエレベーター区画を突き進み、外側へ向かって紅蓮の炎を放出させていく様に他艦艇は圧倒される。
  艦橋にいたビンスキンは、着弾する瞬間、そして爆炎が艦内外を一瞬にして包み込む様を肉眼に焼き付けた同時に、彼は灼熱の突風と衝撃波に揉まれていった。
海上に浮かぶ巨人は、一瞬のうちに鉄くずへと変貌したのである。

「旗艦が‥‥‥〈オークランド〉が!」

生き残った艦艇は、旗艦〈オークランド〉を失ったことで、自分らに与えられた任務遂行が不可能になったことを自覚せざるを得なかった。
  一方の第3洋上艦隊の攻撃隊は、敵旗艦撃沈を確認すると迅速に撤収した。指揮官ギルフォードから命じられたのは敵艦隊の足止めである。
目標の空母を潰せば大洋州連合軍機動艦隊は半減したも同然だ。指揮官をも失った彼らに残されているのは、恐らく撤退しかない。
攻撃隊長ハットン少佐は、ギルフォードの厳命を守って僚機を率いて帰還の途に付かせる。ドッグ・ファイトを行っていた部隊も、旗艦の損失を受けて終息していた。
  大洋州連合海軍 第1機動部隊旗艦を撃沈した報は、ギルフォードの元へ流れ込んできた訳であるが、それに何ら高揚感を感じることなど一切なかった。
幕僚一同も、上官が好戦的な性格ではない上に先ほどの事もある為、浮かれる様子はない。ギルフォードは任務を達したと判断し、全艦艇に命令を発する。

「我々の任務は完了した。攻撃隊を収容次第、直ぐに退避行動に移る。なお、対潜警戒は引き続き厳とせよ」
「後は、本隊の成否によりますね、閣下」

後ろに控えていたチェンバレン大尉が、別行動中のヴォイス中将率いる第1洋上艦隊並びに他艦隊の安否を気にする。
こちらが任務を果たした以上は、本隊も任務を遂行してもらわねばならない。でなければ少なからずの犠牲を払った意味がない。
  出撃して行った攻撃隊を収容した第3洋上艦隊は、即座に反転し離脱を開始した。案の定、大洋州連合の艦隊が追ってくることは無かった‥‥‥が、次の一報が第3洋上艦隊全将兵に衝撃を与えることとなる。

「10時方向より艦影補足。数2‥‥‥識別信号グリーン、味方です!」
「味方? 閣下、もしやあれは、第1洋上艦隊‥‥‥ではありませんか?」

チェンバレンが危機感を募らせる。トレス海峡を渡ってカーペンタリア基地へと向かっていた筈の部隊が、何故引き返して来たのか。いや、何となく想像はついていた。
  その直後、発見された味方艦艇から緊急通信が入る。

「〈オブライエン〉より至急電! 『我、敵MS部隊の襲撃を受け被害甚大! 任務を中断し撤退せり』」

途端に“壊滅”という言葉が、その場にいた者達の脳裏を走った。誰しもが耳を疑う報告であり、あの陣容を持ってしてヴォイスは敗退したという事を意味している。
幕僚一同は戸惑い口々に「本隊は負けたのか!」と口走る中で、ギルフォードのみが冷静に報告内容を吟味していた。
  〈オブライエン〉からの報告では、第1洋上艦隊を筆頭とした本隊は航海の難所たるトレス海峡で、案の定待ち伏せを受けたとの事であった。
ギルフォードがヴォイスの怒りを買ってまで、念を押して忠告したはずである。それを軽視した結果がこれだ。その損害数値も常識を覆すに十分だ。
結果から言ってしまえば、第1洋上艦隊は駆逐艦〈オブライエン〉〈スプルーアンス〉を残して全て撃沈し、事実上の全滅となっている。
別ルートから南下中だった第6洋上艦隊と第9洋上艦隊も、途中で待ち伏せに遭ってしまい尽くが撃沈してしまったとのことだった。
彼はそのまま報告書を下へ、下へと目線を移していった。
  ―――ここで、時系列は数時間前に遡る。






「レーダー敵影確認できず」
「ソナー反応無」
「はん、臆病者のコーディネイター共め。ここに来て迎撃行動にも出ぬか」

  第1洋上艦隊旗艦〈J・F・K〉の艦橋で、ヴォイス中将は余裕綽々の呈で指揮席にふんぞり返っていた。彼らは第3洋上艦隊と分離後、そのままトレス海峡を目指して一気に西南西へと舵を取って突き進んでいたものの、迎撃される様子は微塵もなく静寂そのものだった。
特に難所とされるトレス海峡まで5q手前まで差し迫ったのだが、それでもザフト並びに大洋州連合軍からの迎撃は無い。
  ヴォイスは豪語するが、部下達はそうもいかなかった。ここまで来て何ら音沙汰がないのは、逆に不気味で仕方がなかった。
このトレス海峡が最大の難所だと考え、身構えている将兵一同であっただけに不安は膨張し続ける。
  もしかすれば、ギルフォード少将の言っていたように、トレス海峡を横断しきったところで攻撃してくるのではないか。
トレス海峡を封鎖して身動きの取れないところで、一斉に攻撃してくるのではないだろうか。そのような事を考える者が増え続けていた。

「閣下、ここまできて迎撃行動に出てこないとなると、何か良からぬことを企んでいるのではありませんか」
「企みだと? 馬鹿な、奴らに何ができるんだ。水中から襲ってくるのであれば、対潜兵器をくらわして息の根を止めればよいのだ。まして、深度が浅いのだからな」

そうだ。トレス海峡は大小さまざまな島が縦列に並んでいる。島々が多ければ、当然の事ながら周辺の水深は浅くなる。潜水艦などには、とても不利な地形だ。
 しかし、ヴォイスは失念していた。相手が単なる潜水艦であれば、その余裕も出てこようというものだが、今回はザフトである。彼はそこを軽視し過ぎていた。
たかだか宇宙に住まうコーディネイターに、潜水兵器を造れるとは思えない―――そんな事も考えていたのだが、それが見事に彼の足を掬うこととなる。
既にザフトは、飛行用MSディンに、ジンワスプ、ジンフェムウス等の水中用MSの基礎となる試作型を開発し、本格的水中MSグーンの配備まで漕ぎ着けていた。
  その様な事実を知らないでいるヴォイスは、トレス海峡の北寄りに位置するニューギニア島寄りの水道を横断し始めていった。
このトレス海峡は、オーストラリア大陸北端のヨーク岬から、ニューギニア島南部の海岸沿いにあるマバドゥアンまで、およそ150qほどしかない狭い海峡である。
海峡内には多くのサンゴ礁が広がるが為に水深が浅く、さらにはトレス海峡諸島と呼ばれる小さな島々が点在している為、迷路のような水道が広がっている難所だ。
艦艇は、大 堡 礁(グレート・バリア・リーフ)と呼ばれる世界遺産にも指定された、広大なサンゴ礁からなる浅瀬を渡り切らねばならない。
同時に無数に存在する島々の間を、敵の攻撃を受ける前に速やかにすり抜けていかねばならないのだ。でなければ復路の鼠となるのは、想像に容易である。
  とはいえ、ヴォイスが豪語する傍ら水道の広い北側の航路を選んだのは、豪語しながらも心の奥底で待ち伏せを警戒してのことであった。
ニューギニア島の南海岸沿いを伝ってサイバイ島の南を通過するルートであり、それはトレス海峡諸島を北側に大きく迂回するようなでものあったものの、迷路のような水路で時間を取られるよりは幾分か時間が短縮できる。
さらに艦隊間の余裕もある程度の確保ができる事からも、無難に安全圏なルートと言えたであろう―――現時点では。
  第1洋上艦隊並びに上陸部隊が、用意周到に待ち受けられた地獄への門を潜り抜けたとも知らず、それは唐突にやって来た。

『艦橋、こちらソナー。先行していた〈シンシナティ〉の反応が途絶えました!』
「途絶えた、だと‥‥‥どういうことだ」
『水中爆発音を探知。撃沈時のものと思われます』
「閣下、前方に水柱を確認!」

味方潜水艦〈シンシナティ〉の反応が、忽然と消えてしまったと言うのである。これに怪訝な反応を示すヴォイスに、続けて不快な報告が舞い込む。
同じく先行中だった潜水艦〈グロトン〉の消息が途絶えたのだ。しかも、それと同時に水中爆発音が響き渡り、撃沈した証拠であることを掲示していた。
それだけではない。水上でも爆発と思しき水柱が確認できており、立て続けに今度は2つも連続して爆発と水柱が上がったのである。
 これが連合軍将兵に対する恐怖の始まりとなって伝染病の如く恐怖が蔓延していった。

「ザフトだ、ザフトの襲撃を受けたんだ!」
「どうするんだ、俺達は既にトレス海峡に入っちまったんだぞ?」

口々に一般兵士達が不安を漏らす。さらに第1洋上艦隊の後方に追従している上陸部隊もまた、ザフトと大洋州連合の待ち伏せに激しく動揺していた。
このままで輸送船事、我々は沈められてしまうのではないか。一刻も早い通過か引き返しを行うべきである。そのように意見具申する者達も出てきていた。
  ヴォイスは動揺する幕僚達を叱責し秩序の回復を図った。

「狼狽えるな、ここは浅い海域だぞ! 敵も同様、深いところへは行けんのだ。奴らこそが袋の鼠だ。アクティブソナー、磁気探知を総動して探し出せ!」

彼の言うことにも一理はあった。この浅瀬の多い難所では潜水艦にとって逃げ場のない海域である。集中的に探せば発見も難しくは無い筈である。
ヴォイスの命令を受けた艦隊各艦のソナーマンは、いつザフトや大洋州連合の襲撃を受けるかという恐怖感の中で、必死になって海底の探索に当たった。
その直後に、再び味方の潜水艦〈シカゴ〉が消息を途絶えると同時に、巨大な水柱が水面上に上がる。敵だけでなく味方潜水艦にとっても逃げ場がないのは当然だ。
  相手に先手を取られ、ヴォイスも思わずギルフォードの忠告を思い返す。今さらオメオメと転進する訳にもいかず、彼のプライドもそれを良しとはしなかった。
それどころか、彼の意思とは裏腹にして強制的に退路を断たれてしまうこととなるのだ。
  それから艦隊が、サイバイ島より東に約10qへ進出した時だ。後方の上陸部隊の内、大型輸送艦3隻、潜水輸送艦4隻が突然として被雷した。
目の前ではなく、後ろからの攻撃に将兵一同は唖然とした。

「輸送艦3、被雷し大破。潜水艦4、被雷し轟沈!」
「何処からの攻撃だ、護衛部隊は何をしていたか!?」

  上陸部隊の周囲を護っていた筈の護衛艦艇の防衛網をすり抜け、やすやすと輸送艦と潜水艦を血祭りにあげられたことに、ヴォイスは平然として居られなかった。
黙々と黒煙と火災を発生させる味方艦艇に、連合軍将兵は思わず竦み上がる。どうやって敵は対、潜警戒網を潜り抜けてきたと言うのだろうか。
何故、こちらの索敵網に引っかからないのか?
  僚艦は、懸命な救助作業に掛かる中、第1洋上艦隊も停止しなければならない状況に置かれた。ここで艦隊戦の主戦力である第1洋上艦隊が離れてしまえば、上陸部隊はそれこそ格好の餌となりかねないと判断したからであり、これ以上の上陸部隊の損失は避けねばならなかった。
  しかし、実際問題としてザフトが警戒網を突破したわけではなく、大洋州連合も潜り抜けて来た訳ではない。ヴォイスの予想に反する戦術で攻撃を行ってきたのだ。
そうとは知らず、敵探しに躍起になるヴォイスのもとへソナーマンから朗報がもたらされる。

『艦橋、こちらソナー。11時、7時、3時に反応感知。敵船と思われる! 数6』
「アスロックをばら蒔け!」

命令は簡素を極めるものだったが、発見した以上は躊躇う必要性など微塵もなかった。各艦艇から打ち上げられた弾道は一端海中に没すると、そのまま目標へ突き進む。
10や20では効かない数のアスロックが海中を群れとなって泳ぎ、やがて反応のあった目標に着弾する。過剰な火力が叩き込まれ、その海域に高い水柱が上がった。
  この瞬間、海底に眠る魔物達が一斉に目覚めてしまったことに、連合軍将兵は思い知らされる。爆発音に1体目が反応すると、たて続けに艦船の航行音やらにも反応を始めたそれらが、一斉に海中から姿を現したのだ。
連合軍将兵の各ソナーマンは驚愕した。

「―――ッ! 艦橋、艦橋、こちらソナー! 至近に雷跡音多数、全周囲から来る。数は10、20―――それ以上!!」

  これにヴォイスは声を出すことさえ忘れた。いつの間に忍び込んできたのだ、と対応するのも忘れてしまうほどの衝撃を受けていた。
ハッとなった頃には遅く、彼が思考能力を正常に戻す間には命中まで10秒も無かった。各艦が必死に逃れようと舵を切り勝手に単独回避を始める始末である。
  最初の断末魔を上げたのは巡洋艦〈バンカーヒル〉だ。増したから突き上げられるような衝撃を受けた〈バンカーヒル〉は、魚雷の爆発により一瞬だけ艦体が持ち上がったかと思うと、そのまま艦体が真っ二つに割れて轟沈してしまったのである。
次に駆逐艦〈グリッドレイ〉。一気に3本もの魚雷を受けて耐えられる訳もなく、文字通り粉みじんに吹き飛んでしまうなどあっけない最期を辿った。
  さらに旗艦〈J・F・K〉にも1本の魚雷が命中する。右舷中央に命中した〈J・F・K〉は他の艦艇に比べて巨艦である為、1発で行動不能になる程軟ではない。
被雷の影響で火災が発生するものの、クルーの懸命な作業で被害拡大にはいたらなかった。

「右舷に被雷、浸水発生」
「隔壁閉鎖! 火災も食い止めろ!」

しかし、ヴォイスの精神的なダメージはそれを凌駕していた。

「馬鹿な‥‥‥この対潜警戒網を、どうやって突破したのだ。何故だ‥‥‥!」

  艦橋から呆然として燃え盛る海を見つめるヴォイス。次々に被弾する艦艇は、大抵の場合は一撃で沈んでいくのが通例の光景となっていた。
中には1本のみ被雷して辛うじて航行している艦艇や、被雷を免れた艦も少なからずいた。後方から追従してきていた上陸部隊も同様の惨劇を生んでおり、12隻が轟沈し残る半数も何らかの損傷を受けてている有様だった。
  そして不幸を乗せた報告がヴォイスに届けられ、驚愕に新たな驚愕を加えられた。

「航路が塞がっているだと!?」
「は、はい。味方輸送艦が沈んだことにより、後退不可能となっております」

恐れていた事態である。上陸部隊の大型輸送船が沈んだ位置が、丁度彼らの通って来た狭い水道のど真ん中であったのだ。
小型船ならいざ知らず、空母や大型輸送船などでは通ることは出来ず、第1洋上艦隊は事実上の孤立状態におかれてしまった。
後退が出来ない以上、進むしかない。幸いにして前方の航路は船の1隻や2隻を沈められるくらいで簡単に塞がれるようなものではないからだ。

「前進だ、前進して一刻も早く、この魔の海峡から脱出するのだ!」

  半ば恐怖感に駆られながらも前進による海峡離脱を指示するヴォイスであったが、そこで新たな反応が感知される。
対空レーダーが不明機を16機あまりを捉えたのだ。航空機による攻撃か、と誰しもが感じた筈だがそれは航空機ではなかった。
Nジャマーが散布されている中で、索敵員は双眼鏡を使い肉眼でシルエットを確認した。

「て、敵はMSです!」
「MS!? 空を飛んでいると言うのか!?」

 これまで確認されたMSは、宇宙仕様と陸上仕様の2種類だけであった。空を飛ぶMSは確認されてはおらず、精々航空機による攻撃ではないかと踏んでいたのだ。
ところがザフトは、MSを空中でも飛翔できるようにまで改良しており、実際に実戦へ投入してきているではないか。
数が少ないとはいえ、あの無類の強さを見せつけたMSを相手にするともなれば、連合軍将兵の間に絶望感が否応なく沸き出た。
  そして今の艦隊は、この行動の限られた海峡の中で自由に身動きも執れない状況下にある。まして艦載機が発艦できるほどの時間的余裕もなかった。
彼ら地球連合軍に出来る事と言えば、対空火器を持って撃ち落すことのみである。

「シースパローを放て、奴らを近づけるな!」

 Nジャマーの影響に考慮した熱感知式の誘導ミサイルを発射する第1洋上艦隊は、兎に角、撃つ事と此処から脱出する事に専念せざるを得なかった。
放たれるミサイル群は目標に向かうが、飛行型MSディンの編隊もまたフレアや、持ち前の機動力を駆使して回避を行い、迎撃ミサイルを避けていく。
  MS隊は地球連合軍の攻撃を避けると、そのまま一気に距離を詰めていく。ディンは初期型飛行MSという事もあって武装は左程に強力である訳ではない。
76o突撃重機関銃1丁に六連装多目的ランチャー4基と軽装だ―――が、艦船にとっては脅威であり76o砲弾など艦橋に受ければ一溜りもないであろう。

「ナチュラルめ、沈めぇ!」

ザフト兵がターゲットにした艦船に向かって重機関銃を放つ。さして装甲の厚みがある訳でもない水上艦船に、76o弾が雨あられと降り注ぎ装甲を穴だらけにする。
駆逐艦〈カッシン〉は全身をくまなく撃ち込まれ、文字通り穴だらけになるまで数秒と掛からず火だるまと化して沈んでいった。
  無論、地球連合軍も無抵抗ではなく、CIWSや単装砲を動員して迎撃に専念したが、如何せんMS側の機動が航空機とは大きく異なる為、非常に落としにくい。
また多目的ミサイルによる攻撃で巡洋艦〈チャタヌーガ〉も甲板上を破壊しつくされ、行動不能となり戦列を勝手に離れていった。
  そしてここに来て空からの攻撃に苦戦する第1洋上艦隊に、第3の攻撃が襲い掛かった。

「雷跡視認、数30以上」
「ば、馬鹿な、30だと!」

至近距離に再び魚雷が現れたのである。30本以上の魚雷が逃げ惑う第1洋上艦隊、並びに上陸部隊へと襲い掛かったのだ。
その水中から突き上げられては沈没していく艦艇群。地球連合軍将兵に逃げる術などなく、一瞬にして乗艦ごと水槽にされてしまう。
  〈J・F・K〉も2度目の雷撃を受けて左舷に水柱が立つと同時に艦体が右に傾く。

「左舷被雷!」
「うぁッ‥‥‥。何処だ、何処から雷撃を―――!?」

指揮官席にしがみ付きつつ、大声を張り上げるヴォイスの口が硬直する。水上に突如としてポセイドンの如き巨人達が現れたからである。
機械仕掛けの巨人―――すなわちMSが、その上半身を水上から出していたのだ。水中仕様のMSが、第1洋上艦隊を襲っていたと悟るのに時間は掛からなかった。
そうだ。MSは最初から海底に潜み、地球連合軍が通過するまで様子を伺っていたのである。また敵の磁気探知やアクティブソナーに掛からぬよう、音波吸収性と磁気探知に反応しない様な工夫を凝らした特殊装甲を纏っている為、簡単には発見できないようになっている。
  無論、ザフトとて全知全能の神ではなく地球連合軍側の侵攻ルートを算出する必要に迫られており、それを各小島に設けられた小型レーダーで密かに位置を割り出していたのだ。
よってザフトは完璧な待ち伏せを行うことに成功したのだが、それだけではない。大洋州連合側が用意した海底敷設型の自動感知魚雷の効果もあった。
この海底敷設型自動感知魚雷は、艦艇が通過する時の航行音に反応して起動し、近場の艦船に向かって突進していくのだ。
だから地球連合軍が感知できなかったのも無理はない。先発して最初に消息を絶ったのも、この自動感知魚雷による攻撃が原因である。
  第2撃に飛行型MSディンの空襲、そして混乱しきっている所に海中からプロトジン、ジンフェムウスの試作型水中MS、および本格的水中MSグーンによる計10機の水中MS部隊、及び第3撃が第1洋上艦隊と上陸部隊に降りかかったのだ。
  ジンを模して造られたジンワスプとジンフェムウスは、それぞれ魚雷をばら撒きながらも、水中用兵器として開発されたライフルダーツや、音波を兵器に転用したフォノンメーザーを放って連合軍艦船を次々に沈めていった。
グーンもまた、三角形の様な上半身をからフォノンメーザーを発射して、艦船の船底に風穴を開けて巨大な水槽へと早変わりさせていく。
水中MSパイロットの1人であるマルコ・モラシムは、ジンフェムウスに乗り込み地球連合軍艦船に猛威を振るっていく。

貴様ら(ナチュラル)には海底がお似合いだ」

口髭を生やした30半ば程のこの男は、『血のバレンタイン』で妻子を失っている。それ故に地球連合の憎悪は人一倍であり、怒りを全て地球連合に叩き付けていた。
  そして、彼の目前に浮かぶ巨艦こと〈J・F・K〉に狙いを定めて、水中用ライフルダーツを発射したのだ。
巨大な銛が、〈J・F・K〉の艦底から突き刺さり、それは機関室にまで達する。続けざまに魚雷を発射し徹底して〈J・F・K〉を攻撃した。
2本の魚雷がトドメとなり旗艦〈J・F・K〉は航行不能となった挙句に激しく傾斜を始めた。
  艦内は地獄絵図だった。火災に浸水に、そして傾斜がクルーたちの移動を妨げているのだ。機関部も完全に機能を失い艦内電力の大半が失われ非常電源のみなる。
薄暗い艦内で逃げ惑う兵士達は、互いに協力し合おうというよりも己が先であると言わんばかりに同僚を突き飛ばし、或は倒れた者を踏みつけて出口へ向かう。
  そんな中で金髪のミディアムショートで20歳半ば程の若い女性士官―――ジェーン・ヒューストン少尉もまた、逃げ惑う兵士達の1人に紛れていた。
ソナー室に配属されていた彼女は、総員退艦命令が下された直後に同僚達と共に逃げ出したものの、途中で停電と浸水に巻き込まれて逸れてしまった。

「くっ‥‥‥皆と逸れたじゃない‥‥‥ぅわっ!?」

傾きつつある艦内と浸水により水びだしになる床で足を滑らせたヒューストンは、バシャリ、と水びだしの床へ盛大に転んでしまう。
転んでいる間にも傾斜と浸水量は少しづつ増している。しかもこの暗さだ。転んでいる暇すら惜しいと思いつつ彼女はひたすら壁伝いに出口へ向かった。
  だが傾斜する速度の方が早く、満足に立つころさえできない状況に陥っている。やっとこさ甲板への出口に通じる階段に達して手すりに飛びついた。
これを上がれば外に出られる、と意気込んだ瞬間―――。

「う、嘘でしょ‥‥‥ッ!」

格納庫で爆発でもあったのだろう。その衝撃で最悪にも足を滑らせてしまい、傾斜する床を滑り落ちそうになってしまったのだ。辛うじて掴む階段の手すりのお蔭で、下側に傾きつつある通路へ滑り落ちずに済んでいるが、もしもここで手を離せば滑り台の如く通路を滑り落ちて永遠に甲板へ出る機会を失うこととなる。
焦れば焦る程、浸水で床が滑り立ち上がるのも難しい。このままでは駄目だと思い、思わず誰かに助けを求めるヒューストン。
  すると、甲板に上がっていた1人の男性が、その声を聞きつけて返事をしてきた。

「おい、大丈夫か!」
「助けて、足が滑って‥‥‥」
「待ってろよ、そっちへ行く!」

その青年は褐色の肌に黒髪をしており、何処となくブラジル系の雰囲気を纏っていた。青年は救命胴衣を着用したまま、傾く階段急ぎ手摺伝いに降りていく。
ヒューストンのいる位置まで降りると、青年は彼女の手首を掴んで思い切り引っ張る。ずぶ濡れになった為に、多少は重くなっていたが、辛うじて引き上げられた。

「あ、ありがとう。えぇと‥‥‥」
「礼は後で良いさ、早く甲板へ出よう。でないと、この艦が沈んだときに発生する渦に巻き込まれる!」

  艦船は沈んでいる途中はまだ良いとして、海中に没した直後は、巨大な渦が発生して辺り一帯にいる者を巻き込んでしまうのだ。
そうなる前に海に飛び込み、遠くに離れなければならない。
  とはいえ、此処は水深が比較的に浅いもので、渦に巻き込まれる心配は左程心配するほどのものでないかもしれないが、一応念の為であった。
沈没間近の旗艦から死に物狂いで脱出したこの2人は、生き残っていた味方の駆逐艦に救助されることとなったが、ヒューストンを助けた青年の名をエドワード・ハレルソン中尉であることを、彼女は知るのだ。
さらに彼は、大西洋連邦に吸収合併された南アメリカ合衆国の軍人だった。艦載機パイロットだったが、併合された後は大西洋連邦軍へ強制的に転属となったという。
ヒューストンとハレルソンは、この時を境にして徐々に親密になっていくこととなるが、それはまた別の話である。
  ザフトによる上下の挟み撃ちによって、第1洋上艦隊は完膚なきまでに叩き潰される結果となり文字通り艦隊は全滅の道を辿った。
第1洋上艦隊は全艦艇中で駆逐艦〈オブライエン〉を残し、上陸部隊側も護衛の駆逐艦〈スプルーアンス〉を残して全滅してしまったのである。
司令官ヴォイス中将は退艦寸前に〈ディン〉のミサイル攻撃を艦橋に受けて爆死してしまったという。
  ―――ここで、時系列は元に戻る。






  報告書に目を通していた彼は、やがて目を伏せて頭を小さく振る。これだから、無駄にエリート意識が高い人間は始末に負えない上に困るのだ。
この人間尊大さの為にどれほどの将兵が犠牲になったことか。それにユーラシア連邦と東アジア共和国のみならず、大西洋連邦も海軍戦力に尋常ならざるダメージを負った事になるが、しばらくの間は軍事行動は控える事となろう。
幕僚達が戸惑い、撤退の二文字がその場の空気を支配している中、チェンバレンが代表してギルフォードに具申する。

「閣下、友軍が壊滅した以上、速やかに現宙域から離脱すべきかと」
「あぁ、これ以上の戦闘は燃料の無駄だ。いや、それ以上に兵士の命を無駄に散らすなど、以ての外だ。味方の残存艦と合流後、速やかに北東へ転舵。撤退する」
「了解!」

  因みに第6・第9洋上艦隊は、第1洋上艦隊の敗退を知らぬままに南東へ進み続け、インドネシアのバンダ海を抜けて、そのままアラフラ海に侵入を果たした。
Nジャマーの影響で真面な連携も執れない状況下で、予定通りに両艦隊はトレス海峡モア島から西方230qの海域に辿り着いたが、肝心の第1洋上艦隊が居ない。
これに不審に思ったゴロモフ少将と趙少将は、作戦の続行か中止かで話し合いを行ったが、ここで彼らは素直に撤退しておくべきであったろう。
この話し合いで浪費した僅かな時間に、ザフト並びに大洋州連合の部隊が忍び寄り、潜水艦による一斉攻撃とMSによる空海合同攻撃の前に壊滅していったのだ。
  結果として、地球連合軍とザフト・大洋州連合軍の二ヵ所による同時の戦い『サンゴ海・トレス海峡海戦』(総括して『カーペンタリア攻防戦』とも呼ばれる)は、地球連合軍が3個艦隊のみならず3個上陸部隊を失うこととなった。
ザフトはMS2機を失い、大洋州連合軍は空母1隻、駆逐艦1隻、フリゲート1隻の計3隻を失うが、全体としてザフト・大洋州連合軍の大勝に違いない。
  この戦いによる勝利により、地球連合海軍の動きは鈍くなった。同時にザフトは、基地建設作業に邁進し1ヶ月足らずで基地を完成させる。
地球上にザフトの橋頭堡を確保させることとなった地球連合軍は、このカーペンタリア攻防戦の後、僅か17日後に宇宙軍による再度のプラント攻略戦が展開されることとなる。




〜〜〜あとがき〜〜〜
第3惑星人です。長らくお待たせいたしました、ようやく20話が完成いたしました。内容量もかなり増えてしまったので、尚更時間が掛かりました‥‥‥。
お読みいただいた通り、原作では年表だけの扱いであった(と思いますが)カーペンタリア制圧戦(当方では攻防戦といたしますが)を、私なりに考えて具現化してみました。
とはいえ、私が妄想して描いたので、かなり相違が出ていると思います。そもそもサンゴ海での戦いは、制圧戦のちょっと後だったりしますが、設定やら年表やらをひっくり返してみているうちに、いっそのこと『同時に戦闘していた』という勝手な解釈で、サンゴ海とカーペンタリアを同時進行させました。
その際、資料とかをあさっているうちに、SEEDキャラでヒューストンとハレルソンが目に留まったので、次いでと言わんばかりに色々と改変して本作の様な展開になりました。
因みにチェンバレンはOVA版『七都市物語』から、ハットンは『ジパング』から、それぞれモデルとして拝借しております。

以下、私事―――
『宇宙戦艦ヤマト2202』が制作されると知って興奮止まぬこの頃。監督が交代されてしまったのは残念ですが、それでも2199からの意志を受け継いで制作してほしいです。
それでもって『スーパーロボット大戦V』に、ヤマト2199が参戦するとも聞いて驚いてます。スパロボ未経験ですが、ヤマトの為だけに買ってみようかと思うこの頃。
そして『シン・ゴジラ』。デザインがとやかく言われてますが、私は気に入ってます。この方が恐怖感が出ますし、突然変異にしても微妙にいびつな形の方が、何処となく納得もしやすいので、今回のデザインは大いに賛成してます。後は、内容次第と言ったところでございます。



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