C.E暦70年4月3日。地球連合軍とザフト・大洋州連合軍によるカーペンタリア基地を巡る海戦は、地球連合の大敗で幕を閉じたことが世界中に発せられた。
厳密には、第3洋上艦隊のみがほぼ無傷で帰還した訳であるが、戦略的には大敗していたことに変わりはなく、連合軍上層部を蒼白させるに十分な結果であった。
結果を受けた各国国民は、憤慨して地球連合の不甲斐なさを罵倒した。政府と軍部の無能さを口々に開き、録音盤の様に罵り続けているのだ。
  ムルタ・アズラエルも、この結果には失望を禁じ得なかった1人である。そして彼は今、裏世界の組織ロゴスによる定期会議に顔を並べていた。

「全く、軍も不甲斐ないですね。4個艦隊も出して無様に負けるなんて‥‥‥まぁ、私達にとっては良い機会なのですが」
「他人事ではなかろう、アズラエル」

兵器が損耗すれば生産受注が来る。兵器工廠を受け持つ民間会社にとっては万々歳であるが、ロゴスメンバーの1人が釘を刺してきた。
確かに戦争は、軍需産業界を潤す絶好のチャンスであるものの、現時点ではNジャマーによって生産力が大幅に低下しているのが現状である。

「プラントが、Nジャマーをばら撒いたせいで、我々としても大きな打撃となっている。いくら連合軍から兵器の受注を受けたとして、生産力が低下した我々にはちと荷が重かろう」
「ローペース・ローリターンでは話にならん。早いところエネルギー問題を解決しなければ、本来の力も発揮できんのだぞ」

地表にばら蒔かれたNジャマーの影響で、地球連合の生産力が低下したのは事実であるが、かといって完全に生産がストップしている訳ではなかった。
Nジャマーとは言えど、地球全土をくまなく覆っているのではないし、自然エネルギー設備や水素発電設備、或は少数配備ながらも核融合炉式発電所などもフル稼働し、或は増設するなりして対策を講じつつあったのだ。
それでも、口々に不満と危機感を募らせるロゴスメンバー達に、アズラエルはいつも通りのねっとりとした、嫌味を含んだ声で答える。

「皆さんの仰ることは御尤もです。僕にしても、化け物のせいで利益を大損してるんですよ。ですが、アレは順調に進んでいるので、まだ我慢出来ようものです」

  幸いにも、地球連合軍の反攻戦の要となり得るG計画に関しては、地球圏ではなくオーブ連合首長国が管理するコロニーの1つ、ヘリオポリスで作業が進められている為、これといって大幅な作業の遅延が見られる訳ではなかったのだ。
このままいけば、今年度の12月中旬にロールアウトすることは確実だ。そうともなれば、MSの戦闘を繰り返して早急なる戦闘の実績データを得る必要もある。
このG計画は、表向きは地球連合軍の士官―――デュエイン・ハルバートン少将の発案及び直接主導となっており、連合軍上層部もそれを支援している事になっている。
  それを裏で全面的にバックアップしているのが、アズラエルらの運営する軍需産業体である。MS開発は、早急に実現せねばならない課題であることを、アズラエルも民間人(表向きは)ながらも心得ており、これもまたビジネスマンとしての判断でもあった。
彼としても、その性格からして無駄な投資は嫌いであり、着実に成果の出るものを選択してきたが、時として将来を見る目も持っていなければならない。
MSとやらいう存在は、アズラエルも最初は軽視していた節があるのは無論だが、その戦闘能力が明らかにされた時点での思考の切り替えは早かったのだ。

「つくづく思いますよ。もしも政府のお偉方が、これに協力してくれていなかったら、もっと遅くなっていたでしょうに」

  過去を振り返ってみると、これまでの人類史の中で培われてきた技術は、必ずしも円満に確立されてきた訳ではない。
必ず失敗が付きまとっており、その数ある失敗という経験値を積み上げて得た結果が、その者達の成果として現れるのである。
技術者達は途方もない時間を掛けて、これまでにない物を作ろうと、時間と精神力と費用を費やしている。人類の発展の為に、或は個人の成果の為にである。
  だが、そんな彼らの努力を無に帰する存在もいる。その代表格が政界であろう。国家を運営する政府は、限られた予算の中で切り盛りしなければならない立場にあり、そういった際限がある立場からすると、技術者達の研究開発というのは“金食い虫”とも思われがちなところがある。
無論、全ての人間がそういう訳ではない。中には発展の為に惜しみない援助をすべきだ、と理解を示して時間と予算を与える者も当然のことながら存在する。
  一方で、そういった科学者達の立場や考えを理解せずに、彼らの要求を一蹴りする場合もあった。

「何故、そんな事に予算をつぎ込む必要がある? 金食い虫め」
「何事も1番でなければ満足しないのか?」

これは、技術者の自尊心を傷つけるに充分であった。技術以外においても言える事だが、何事にも諦めずに挑戦し続けていった者だけが、より良い成果を得るのだ。
  過去の日本においても、この技術開発において幾つかの事例が存在する。その中でも躊躇であろうものが、『八木アンテナ』と呼ばれる代物であった。
1920年代の大日本帝国において、日本人技術者である宇田新太郎八木秀次の2人が、指向性のアンテナについて論文を発表したことがある。
レーダーの可能性を飛躍的に向上させる発明はしかし、日本軍部には評判が悪く見向きもされなかった。

「電波を出して敵を探るなど、提灯を照らして自分の位置を露呈するようなものだ」

―――としたのが理由であったらしい。結果として日本軍のレーダー技術は、他国に後れを取ることとなる。
  そして皮肉にも、この八木アンテナに着目したのは海外であった。日本人よりも先に海外の人間の方が、この技術の素晴らしさに気が付いて実装を進めたのである。
後の事は周知のとおりであり、日本軍は連合軍のレーダー技術の前に成す術もなく、次々と敗北の道を辿ることとなった。
この様な、自国よりも他国の人間の方が、外部の技術の優位性に気づくと言うのは良くある話でもあろう。
  そして今、プラントに遅れての形でMS開発に着手している訳ではあるが、それでも早い決断とは言いがたい。政府上層部も、もっと柔軟に事を運ぶべきであった。

「MSは良いとして、地球上の生産力が低下していては元も子もなかろう。まして、地球の生産力があってこそ、月面基地も維持していられようものだ」
「えぇ、それは承知していますよ。大元が倒れてしまっては、後は野垂れ死にするだけですからね。だからこそ、MSの開発には全力を注がねばなりません」
「MSといえば、君の言うG計画とは別に進んでいる、アレはどうなっておるのかね」

メンバーの1人から問われて薄笑いを浮かべるアズラエルの裏には、彼の言う通りG計画に合わせるようにした別の計画も進行中であった。
地球連合は、MSによる開発を契機にプラントに対し優勢に立つつもりでいるが、肝心要なもの―――つまりパイロットが必要となるのもの、また命題と言えよう。
一応のテスト・パイロットは選定されており、MS操縦に向けての訓練に勤しんでもらっている。
  だが、そのパイロットは当然のことながらも、ナチュラルであった。MSが開発されるのは良いとして、このナチュラルのパイロットという点に関してのみ、アズラエルは別の疑問を持っていたのである。
如何に優秀な機体とは言えども、それを操作するのはパイロットだ。そのパイロットがナチュラルでは、はたしてコーディネイターに勝てるのだろうか。
機体と言うハードウェアではなく、人間というソフトフェアの強化も必要ではないか、という結論に達したのである。
アズラエルという人間は、勝利の為には人道を捨てる事さえ躊躇わない。彼は違法とも言える手段で、パイロットの強化に着手し始めていたのだ。

「一時的な作業遅延はありますが、大丈夫ですよ。元通りに復旧して研究を続けております」
ブーステッドマン‥‥‥こんものが世間に知れたら、到底反発を受けるだろうな」
「おやぁ、この期のおよんで人道的な事を仰いますか。あの化け物どもを滅ぼすための、兵器開発ですよ、へ い き か い は つ

  生体CPU(ブーステッドマン)―――強化人間と呼ばれるもので、人工的に肉体改造を受けた人間の事を指して言うものである。そう、彼らは人体実験を行っているのだ。
コーディネイターに劣らぬ、ナチュラルの兵士を作り上げる為に選んだ禁断の行為。アズラエルは、それを兵器開発の一貫としたものとして、計画を推し進めている。
人工的に誕生したコーディネイターを非難していたナチュラルが、自ら人工的な肉体改造を施した強化人間を作るのである。皮肉以外の何物でもないだろう。
肉体改造の方法として手っ取り早いのは、薬物投与による肉体の向上を図るというものだ。同時にインプラトンにより直接的に肉体を弄り回すことになる。
理論上は、コーディネイターよりも強力なナチュラルの兵士が出来上がるという話だが、精神コントロールや肉体維持にかなり問題があるという。
  アズラエルの無礼極まる言い回しに、年配のロゴスメンバーなどは眉を吊り上げて釘を刺しにかかる。

「アズラエル、口を慎みたまえ。ビジネスマンなら、節度ある姿勢を学ばなかったのかね?」
「これは失礼をいたしました」

如何にも反省の余地なし、と言わんばかりの形式的な謝罪だった。ロゴスのメンバーの大半は、彼を厄介に思う反面、優秀なビジネスマンであることは認めている。
その彼が、ブルーコスモスのシンパであるばかりではなく、その筆頭たる盟主と謳われる存在であることは、メンバーにとっては非常に危惧されるべき問題なのだ。
何かとコーディネイターの殲滅である、と強硬的な発言をするのも珍しくは無く、寧ろ多すぎると言ってもいいだろう。
その内に、ロゴスそのものが危険に晒されるのではないか―――裏世界で牛耳って来た一同は、危機感さえ覚えていたのである。
  彼らの心配を知ってか知らずか、アズラエルは別の問題を切り出して来た。それは、つい先日に日本がNジャマー弾頭を鹵獲した、というニュースだった。
日本の地下避難用シェルターに落下して、身動きの取れなくなったNジャマー弾頭を偶然発見して鹵獲したという話は、連合とプラント問わず衝撃を与えた。
地球連合からすれば、喉から手が出るほど欲しがる代物であり、これがあれば核分裂機関が再使用可能なうえ、最終兵器たる核兵器の使用も可能となるのだ。
さらには、電波障害を無効化することも可能となり、日常的にも大いに助かる。無論、軍事的にも。
  プラント側から、すれば一刻も早く処分してもらいたい心情であろう。MSの立ち位置を優位にする為、核兵器を封じる為にNジャマーを開発し投入したのだ。
事実、少数兵力のプラントが戦争で優位に立っていたが、それが早くも瓦解する危機に直面しているのだ。
連戦して疲弊している連合軍とはいえど、その兵力は依然としてザフトを上回り、連合軍を相手にNジャマー無しで対抗するなど極めて不利になる。
  肝心の日本は、鹵獲したNジャマー弾頭を分析している最中で、目下Nジャマー無力化に向けて全力を注いでいると言うのだから、尚更注目を集めた。
なんという皮肉な展開であろうか。Nジャマーを運よく鹵獲したがために、地球連合とプラントの双方から余計な注目を浴びる結果となったのだ。
以前にアズラエルが―――。

「中立連盟‥‥‥関係ないと思ったら大間違いですよ」

と呟いたことが現実に成りつつある、ということだ。
  後は地球連合とプラントの出方次第であろうが、武力的な意味での解決は恐らく最終手段としたいに違いない。何せ、日本軍の実力は周知の事実だからだ。
彼らはレーダーが有ろうが無かろうが、レーダー無しに光学測距儀による砲撃を行い、数千q先の目標を撃ち抜く事が可能である。
それだけではなく、宇宙艦艇は単独での大気圏離脱と突入を可能としているばかりか、艦載機も宇宙と大気圏の双方で活用可能な機能を有している。
ただし、誤解されがちだが、日本軍とてNジャマー散布下でレーダーが使用できる訳ではない。原始的な光学索敵で発見できなければ、戦局を優位には保てないのだ。
  海上戦力では、地球連合軍が有する艦艇とは比較にならない性能を有し、前時代的な実弾による艦砲射撃や、練度の高い艦載機隊は脅威であった。
そして陸上戦力は、未だに未知数であるが、情報によるとオーブと共同して新型の歩行戦車なるものを開発中らしい。やはり、侮ることが出来ない存在だ。

「中立連盟それ自体は、大したものではない。が、何が厄介なのは皆も知っている通りだ」
「うむ。日本だな。あとオーブも中々に侮れまい。これも技術面ではかなり進んでいるからな」
「そのオーブが、日本と技術的な交流を行い、さらなる飛躍を遂げんとしているのだ。ますます強大になるだろう」

  誰も彼も同じくして日本脅威論を唱える。アズラエルとて侮るつもりはない。寧ろ日本と積極的に貿易なりして、技術提携を行うべきだと推奨したいくらいである。
残念ながら暗礁に乗り上げ、永遠に機会を失うこととなった。無論、裏ではオーブのサハク家と繋がって、一部技術を手に入れてはいたが。
  とはいえ、そのおかげで宇宙軍の技術は飛躍的に前進したと言っても過言ではない。これまでの光学兵器が玩具に見える程、強力なフェーザー砲を手に入れた。
更に陽電子破城砲ことローエングリン砲を凌駕しつつも、小型化されている陽電子衝撃砲ことショックカノンが、地球連合軍の手元に渡っている。
〈アークエンジェル〉に備え付けられたものも、こうした日本軍の兵器がバックアップされた訳であるが、如何せん、量産にはまだ向いていなかった。
何せ、日本軍のショックカノンは高威力かつ小型化した砲なのだが、如何せん威力が強すぎて砲自体が持たない可能性があり、とてもじゃないが地球連合軍戦闘艦に搭載するには、あまりにも無謀かつ博打が過ぎる代物であったのである。
なので、地球連合軍技術者達は、暴発等の危険性が出ない程度の大口径砲としてローエングリン砲に改良を加え、〈アークエンジェル〉に搭載しているのであった。
  無論、この暴発の危険性と言うのは日本軍にもある。金剛型戦艦、村雨型巡洋艦ら旧型艦艇のショックカノンは、最終局面か一発逆転の兵器としてしか使わない。
エネルギー消耗も少なくはない為、戦闘を継続させるうえではあまり使うのは好ましくはなかった。まして艦首に固定された状態故に、艦ごと発射角度を整えなければ狙いが定まらず、外せば一時的エネルギー不足に陥った所を狙い撃ちにされかねない危険性も付きまとっている。
後の改良型ショックカノンは、暴発と言った危険性を排除することに成功したが、エネルギーの消耗率は依然として高い為、使用頻度は今も低いのである。
  機関部関連では、高出力のものが手に入り、重力慣性制御システムも導入された為、マスドライバー無しの大気圏航行と宇宙航行が実現した。
装甲技術にしても、日本軍の常套装備たる電磁防壁という技術を、地球連合軍が独自に改良した帯磁性特殊加工(ミゴヴェザー・コーティング)装甲を開発しつつある。
略称“MC装甲”とも呼ばれ、開発されたばかりのラミネート装甲と、MS用防護装備のビームシールド開発からヒントを得て、開発に乗り出したものだ。
MC装甲は、光学兵器に対する効果が極めて大きいだけではなく、実弾兵器に対する耐性も兼ねているところもまた、ラミネート装甲とは異なる点であった。
しかも、この新装甲は電磁防壁をヒントにしたとはいえ、PS装甲の次世代型をも視野に入れている。
  つまり日本と同じくして、科学進歩のスピードが若干早まっているのだ。さらには、フェーザー砲の導入も、地球連合軍へ大きな変化をもたらそうとしている。
MSに持たせる兵器にビームライフルが検討、開発が進んでいたが、それが早々に実現する。こうなれば地球連合は、プラントに苦戦を強いられることも無くなる筈だ。
寧ろ巻き返し、プラントを殲滅する事さえできるだろう。

「皆さん、何かお忘れではありませんか? オーブは地球連合とも水面下で手を組んでいるのですよ。つまり、強大になるのはオーブばかりではなく、我々もまたしかり‥‥‥」
「そうかもしれんが、オーブとて秘密裏に地球連合と事を運んでいるのだ。おいそれと情報を流すとも思えんが」
「尚更ではありませんか。中立を謳っていながら、地球連合と軍事提携を行っている事がバレたら‥‥‥オーブの居場所はありませんよ?」

  オーブの立場上、日本の技術が地球連合に回ってくるとも考えづらい。それに対してアズラエルは、含みのある笑みを浮かべて一同を騒然とさせた。
つまり、今この現状を脅迫の材料としてオーブ―――厳密にはサハクに圧力をかけて、日本の技術を吸い取ろうと言う算段である。
これにサハクが異論を示しても、彼女の選択が間違っていたに過ぎない話であり、ウズミの決定に背いたことへの報いでもあろうことから、同情する余地はない。
全ては彼女の身から出た錆なのだ、とアズラエルは断裁する。

「脅すつもりかね」
「脅しだなんてとんでもない。ちょっと釘を刺すだけですよ‥‥‥いざという時の為にね」

  いずれにしろ、あのサハクには目を光らせる必要はある。表面上は中立連盟の一員としているが、裏面では地球連合とも軍事開発で手を組んでいるこの国をいつまでも野放しに出来る筈もなく、アズラエルとしてもサハクに裏をかかれたくはなかった。
甘い汁だけ吸おうとするのであれば、それだけのリスクを伴ってもらって当然だ。サハクの独断専行に弁明の余地はなく、ウズミも代表を降りる事になるのは当然。
連盟加盟国からも非難を浴び、結果としてオーブは中立連盟を追放される。あの日本とて、裏切り行為をしたオーブを擁護するつもりもないだろう。
  行き場を無くしたオーブに対して地球連合が救世主として手を差し伸べ、連合の一員とする。そしてモルゲンレーテ社の軍事技術、マスドライバーを確保する。
そうなれば万々歳であるが、そこまで上手く理由などありはしない。

「あまり、オーブとの関係を拗らせるのも如何なものかな、アズラエル。向こうとて、自分の管轄下でG計画を進めているのだぞ。下手をすれば、そのまま向こうの手に渡ってしまうことさえ考えられる‥‥‥そうなったら笑い事では済まん」
「そこは理解しておりますよ。用が済んだらの話ですからねぇ」

用が済めば切り捨てる。それ以上にサハクに対して甘い汁を吸わせるつもりは毛頭ないのだ。
  次に話題が上がったのは、地球連合にもたらされた奇妙な一報である。

「そしてもう一つ、気になる情報が舞い込んできた。諸君も知っていると思うがね」
「あぁ、匿名で日本軍のデータを垂れ流し込んできた件か」

日本宇宙軍が開発中である軍艦に関するデータが、それとなく流れ込んできたと言うのである。しかもそれは、つい先日に就役したばかりの戦闘艦〈ヤマト〉を始めとする新鋭艦の設計図データであり、それは地球連合軍上層部を驚愕させるに十分であったと言う。
また、兵器データも乗っているがあくまでデータだけであり、兵器製造法を乗せている訳ではない。それでも、これまでにない設計に驚くことは多いとされる。

「我ら地球連合の艦船では、日本軍の駆逐艦にすら勝てないと言うではないか。今は新たな技術を得ているからこそ良いものの、日本から見れば下のレベルにすぎん」
「とはいってもだ。兎に角は戦力の充実化が重要課題だ。全く新しい新造艦を造るよりも、既存の艦を改修したもので数を揃えるべきだろう」

  地球連合軍の方針として、G計画を除く戦闘艦艇においては既存艦の改修しつつ、既存艦艇の各設計を改めた改良型を増産する方が、手っ取り早いと踏んでいる。
メンバーの1人が言ったように、戦力を揃える事が重要だ。全くの新機軸の戦闘艦は二の次であり、ひっそりと別枠で行うと同時に実験的要素を含んだものとなる。
それに如何な日本の新造戦艦の設計図データとはいども、MS運用能力は一切なくMAが精々であるとの見方もあった。
  この為に、純粋なる戦艦などは造られる可能性は極めて低く、MSの運用を前提にして改修や改造、或はMS専用母艦〈アークエンジェル〉等が打ち出されたのだ。
日本宇宙軍ならまだ話は別だろうが、地球連合勢力としては純粋なる戦闘艦でザフトに対抗しきるのは、難しいと判断している故の方針である。

「MAも改良を加えたものを配備する手筈だ。プラントのMSには一歩及ばぬが、前のメビウスよりはマシな性能だという報告だがな」

  また、戦力の繋ぎとして期待されているのは、既存兵器であるメビウスの改良機の存在だった。これまでのMAは、MSの引き立て役に成り下がりつつあるが、オプションパーツによる任務への多様性の高さから重宝されており、現場からも何かと改良を望む声もあることから、軍部もそれに対応することとなっていた。
先の新技術を導入することによって、新たに生まれ変わるメビウスUは、従来の物よりも高い戦闘能力を得る事が期待されている。
中には空間認識能力の高さを条件として生まれた機体―――メビウス・ゼロが存在するが、高度な能力を有するパイロットに限定される為に需要は比較的少なかった。
  であればこそ、地球連合軍兵士が慣れ親しんだ機体メビウスを改良した、メビウスUを導入した方がより戦力を整えられるというものであろう。
G計画が実戦機としてのデータ集めに成果を出して、それが正式なMS量産体制に反映されるまでには、相当の時間を要するだけに上層部も必至なのである。

「幸いなのは、慣性制御の技術が反映されたことだ。これによって地球で建造された艦船は、マスドライバーなしで飛び立つことが可能なのだからな」
「左様。輸送艦でさえ自力での大気圏離脱と突入が可能となる。プラントにとっては、マスドライバーは手放せないだろうが、我々は手放せる。大きな利点だな」

  彼らが言う程に、地球連合軍は大きなアドバンテージを握る。マスドライバーの必要性が減ったことにより、宇宙空間への輸送効率が向上し始めているのだ。
プラントの襲撃が無ければ尚の事、輸送効率は上がる筈である。しかしそうもいかないのが現実であり、ザフトや宇宙海賊等による襲撃の可能性を考慮せねばならない。
地球連合が、如何に輸送能力を向上したとしても、その航路上の安全が確保できねば意味は無いのだ。月基地並びに多方面への輸送経路を確立すること、重要なことこのうえなかった。
この後も彼らは、軍事ビジネスについての議論を交わすこととなる。





  地球がNジャマーを散布されてから3日後の4月4日。地球連合軍の敗退と未だ止まぬNジャマーの被害は、着々と、そして確実に人々の命を奪いつつあった。
エイプリル・フール・クライシスとも呼ばれる今回の出来事は、単に人々の命を奪うだけでなく、コーディネイターに対する残虐な事件をも引き起こしている。
プラントが、そこまでの被害を計算してのことかは定かではないが、誰が考えても到達しうる最悪の結果ではないのか―――その様に思う者は多くいたが、冷静に慣れない者はその倍以上だ。
とかく「コーディネイターの抹殺」や「青き清浄なる世界の為に」と声を張り上げて、憎しみの本能のままにコーディネイターの殺害に走るのである。
しかもコーディネイター憎しの感情を持つ者が圧倒的多数になり、治安維持を務める警察機関でさえ暴徒の行為を黙殺するのだから、世も末と言うものであろう。
  中立連盟の面々は、揃ってコーディネイターに対する暴行行為を止めるよう、必死になって働きかけている最中だ。
日本は、元々コーディネイターの移住者そのものが絶対的に少なかった為に回避されたが、それでも予断は許さない状況に変わりはなかった。
日本政府の面々は、先日の記者会見でプラントに対する経済制裁を加えると同時に、Nジャマーの解決方法の打診を求める意向を示している。
最悪の場合は、軍事力による武力行使をも否定しえないこともあり、軍部は神経を尖らせており非常にピリピリしていた。
もしかすれば、プラントへ侵攻するのではないかと。
  しかし、政府側の考えとしては経済制裁を第一にしている故に、そうそう簡単に軍を派遣してプラントを武力制圧する、といったことは控えたい方針である。
控えたい方針であるが、肝心のプラントはおいそれと頷く様な状況にはない。Nジャマーの解除要請は既に済んでいるが、その返答は曖昧なもので実質は『ノー』と一緒だった。

「中立国に対する被害は、現場指揮官の独断専行によるものである為、想定外の事態である。我が軍としても極めて憂慮すべきものであり、任務に当たった当人を厳罰に処す方針である。またNジャマーの解決策は未だ見つかっていない故、当方では今しばらく対処しかねるものである」

プラントのとある報道官は、半ば舞台劇でもやるかのようにやや大げさな弁舌でもって、テレビ中継でそう言い放ち中立連盟の抗議を逸らす形となった。
それは要するに―――。

「自分達ではどうにもできないことを、他人にしてやれる訳がない」

という訳である。
  これに噴気しない者がどれ程いたであろうか。これまでにお膳立てしてきた日本ら中立連盟の意向を、事実上踏み躙った事に他ならない。
プラントの言い様に対して、大半の者が激怒したのは当然だった。

「何様のつもりなのだ、連中は。火星の開発計画まで持ち上げてきた我々に、この様な仕打ちをして平然としているとは!」
「想定外とは、本気で言っているのか。本気だとしたら、ザフトは兵士の管理もろくに出来ぬ烏合の衆だという事だな」
「プラントに対する支援は全て打ち切り、一切の援助もするべきではなかろう」

政府閣僚の面々は、その殆どが経済制裁の決定に意向を一致させていた。プラント側の姿勢に立腹している芹沢もまた、いつも以上に不機嫌さを滲み出している。
軍を束ねる総責任者として、先日のNジャマー散布時に対策を講じたものの間に合わず、あまつさえ日本に落とされる事態となったのは記憶に新しい。
  無論、全ての責任が彼にある訳ではないし、一番の原因は何を置いてもプラントにある。そのプラントが、Nジャマー対策に協力の姿勢を見いだせないともなれば、日本が独自に開発を進めていかねばならず、しかも急を要するものでもあった。
何せ世界的な問題である。日本政府は、世界中のエネルギー施設を再稼働させる為に、Nジャマーの解析と対抗策を講じなければならないと判断したのだ。
  同時に、Nジャマーの対抗措置を完成させれば、危険もやってくる事が考えられる。特に地球連合は、核兵器の使用を封じられた身である以上は狙ってくるだろう。
いや、地球連合だけではない。下手をすれば、Nジャマーを散布したプラントからも標的にされてしまのではないだろうか?
芹沢の脳裏を、そんな不吉な未来図が横切り、思わず戦慄を覚えざるを得なかった。
  如何に、日本が優秀な軍事力を保有しているとはいえ、地球連合とプラントの双方から攻撃を受ける事となれば多大な犠牲は出るだろう。
中立連盟の参加国の面々でさえ、連合やプラントと真面にやりあえるだけの戦力は持っていない。国力でも対抗しえるとは到底思えなかった。
ともなれば、日本がその支援をしなければならないのは目に見えている。日本がそれを断れば、中立連盟の面目を失い空中分解を招く結果となってしまうだろう。
  その点は、芹沢としても頭の痛いところであった。しかも中立連盟以外の中立地帯―――即ち宇宙空間に点在する中立コロニー群の、非戦闘員に対する武力行為があった場合も、中立連盟は阻止に動く事になっている為、引っ張り凧となるのだ。

「プラントに対する支援を切り上げるのは良いとして、Nジャマー対策の完了後における対策を講じるべきです。それだけではない、連合もプラントも、非戦闘員を巻き添えにするような戦闘を今後も行う可能性もある。そうなると、我が日本は多くの場所に軍を派遣し対応せねばならない時が来るだろう」
「軍務局長の言うことは十分に可能性がある。今は、両国ともに目立った動きは無いが、こちらがNジャマー対策の完成を見た頃に動き出すと考えても不思議はない」

芹沢の発言に対して、賛同の意を示したのは森外務相である。連盟国が、綿密に連携を取り合う必要性が深まる事態になっている今日、彼の役割は重要なものだ。
仲間が増えること自体は嬉しいものかもしれぬが、その仲間の為に身を投げ打つ者の立場に立った時の徒労感は、甚大なものではない。
  地球上には、オーブ連合首長国、スカンジナビア王国、赤道連合、汎ムスリム会議がいる。片や宇宙には、火星開拓基地や火星圏のマーズコロニー群、さらにDSSDの保有するトロヤステーションの他、各ポイントL3、L4には中立コロニー群(地球連合の管轄コロニーも含まれるが)が点在するのだ。
ハッキリ言えば、これだけの国々と中立宙域をカバーするのは、絶対に不可能である。
まして、日本の施設が外惑星系である木星に存在することから、日本軍の負担は重すぎると言えよう。
  そこで、以前に沖田と土方が話していた通り、連盟国にも日本と同一規模の兵力を持たせることで、全体的な負担を軽減しようという試みがなされている。
寧ろ、そうでもしなければ、日本は自分自身を護ることもままならないのだ。日本以外で有力な兵力を有するオーブ連合首長国は、他国に比べて再編が早いであろう。
オーブの軍備力が整えば、太平洋から南太平洋一帯を守る要となり、続いて赤道連合と汎ムスリム会議の軍備力が整えば、インド洋一帯と地中海を守る要となる。
スカンジナビア王国も、ノルウェー海に対する防衛の要となり得るが、それも準備が整えばの話であり、現状は大西洋連邦やユーラシア連邦らと比較しても大きく劣る。
また、海上のみならず陸上や空、そして宇宙空間など全ての方面において、連盟加盟国(日本並びにオーブは除くとして)は、力不足としか言いようが無かった。
この劣勢を補う為の技術供与であり、中立国の面々は日本の有する技術を受けて、日常生活のみならず軍事力にも反映しつつあるのだ。
  中立連盟に牙を向きかねないと危惧する一方で、それほど早い時期に仕掛けてくることは無いのではないか、と主張する者もいる。

「地球連合は、今しばらくはプラントとの戦争で手一杯だろう。それに先日のオーストラリア近海の戦闘でも、連合軍は大敗を喫したらしいじゃないか」
「確かに、地球連合は3個艦隊もの海上戦力を失う大きな痛手を負っている。そうおいそれとは手出しは出来んのではないか?」
「馬見さんと曾根崎の意見には、一理あります。ですが、地球連合は我らとも比較にならない戦力を有し、加えて驚異的な生産力を持っているのです。しかも、我々の技術も一部渡しているのをお忘れですか? 彼らは直ぐに自軍に反映しますぞ。如何に技術力に富んだ我々としても、物量には勝てない」

2人の閣僚に対して釘を刺す森であるが、さしもの彼も地球連合が非公式にショックカノンと、核融合炉機関等の技術が流れ込んでいたことを察知できていない。

「芹沢局長、その連盟各国の軍備力はどの程度整っているのです?」

  芹沢に問いかけてきたのは、45歳程の眼鏡を掛けた理系な雰囲気を持つ男性―――法務相 川之内敏夫(かわのうち ひでお)である。
エリート官僚に類する人物であり能力も高いと評されるが、その一方で型にハマってしまい柔軟な姿勢を執ることができないのが問題でもある。

「計画は始まったばかりだ。まだまだ十分とは言えんな。宇宙軍にしても、我が軍直属の工廠と南部造船企業の工廠、並びに揚羽造船企業の工廠をフル稼働しているが、現時点で連盟各国にあるのは殆どが巡洋艦と駆逐艦、後は補助艦艇が占めているのが現状だ」

軍直轄の工廠を始めとして、南部重工大公社と揚羽グループの二大企業にも要請を掛けた建造計画が進行中であるが、易々と戦力を整える事は非常に難しいものがある。
別に新鋭艦艇を造る訳ではなく、既存艦艇を新規建造する為、その建造工程における時間は大幅に短縮可能だ。
  現時点での主力艦艇を例にしてみると、紀伊型で約6ヶ月、赤城型で約5ヶ月、金剛型で約4ヶ月、村雨型で約2ヶ月、磯風型は約1ヶ月という具合である。
昔では考えられない様な建造期間であるが、それも統一された製品規格や効率化された建造工程によって短期間における建造を可能としたのだった。
もっとも、宇宙軍の有する艦艇は地球連合軍のものと比較すると、小型に類するものであり、取り分け磯風型などはたったの80mしかない故に一番数を揃え易い。
  海軍にしても、同様の建造期間を必要とする他に問題がある。宇宙艦艇なれば、空中を飛翔するなりして他国へ送り届けられるが、水上船では海を渡る他ない。
それに、他国の海域を考慮すると時間も掛かる。もっともオーブ、赤道連合、汎ムスリム会議などは比較的送り込みやすいものの、問題はスカンジナビア王国だ。
こうもなるとスカンジナビア王国内部で、独力で海軍力を再編してもらわねばならない。日本政府もそれを考慮し、技術者を直接派遣する等の対策を講じてはいた。
  宇宙軍の場合は、日本宇宙軍の軌道防衛艦隊を2個部隊解隊し、即席ながらも各国の宇宙軍として運用を始めている。
同時に、連盟国宇宙軍の兵士育成の為に日本軍士官が教導官として派遣され、各国で編成された宇宙軍兵士達の教官として日々訓練に励んでいるのだ。
そこへ新規建造される戦闘艦を導入し、最低でも一国家につき1個艦隊分の戦力(30隻規模)は必要としている。
無論のこと、他の軍も日本軍の3〜4割分は揃えたい。

「Nジャマー対策措置は完成次第、各国に渡すべきではありませんか?」

  総務相 竹上登司雄(たけがみ としお)が発言した。黒ぶち眼鏡をかけた58歳の壮年の政治家で、パッと見ではあまり印象に残る雰囲気を持ってはいない。
いつもながらおっとりとした雰囲気もさることながら、一部行政議員からは“ぼけがみ”等の陰口を叩かれる始末。
だが、それとは裏腹に事務処理能力は高い。藤堂にも通じる雰囲気の人物とも言えるであろう。

「竹上さんは仰られるが、それでは地球連合が暴挙に出るのではありませんか?」
「暴挙? 川之内君、地球連合は既に暴挙に出ておる。恐らく、核兵器の使用も躊躇わんだろう」

  川之内が喰いついたが、竹上はマイペースに切り返す。地球連合軍が遅かれ早かれ暴挙に出るのは、想像に難しくは無いものである。
日本がNジャマー対策措置を渡さなければ、何らかの圧力を掛けてくるのは目に見える他、万が一渡したとしても核兵器使用の為に流用するに決まっているのだ。
それだけではない。プラントを始めとする反地球連合の面々の反応もあり、日本がNジャマー対抗策を世界に渡せば確実に“敵”として襲う可能性があることだ。
世界を救おうとする行為が、さらなる戦火を呼び込む契機になりかねない。日本の使用としている事は、まさに『前門の虎、後門の狼』状態になろうとしていた。
  滝外務次官も、悲観的な望みを口にする。

「エネルギー施設のみの運用を約束してくれるのであれば、連合に渡しても良いのですが‥‥‥恐らく無理でしょう」
「諸君の言わんとすることは、私にも良く分っております。しかし、世界で苦しんでいる人々を見殺しにはできない―――それが、私の考えです」

藤堂は温厚な人柄であるが故に冷酷や冷徹とは無縁の人物で、それが彼の良いところでもあり欠点でもある。それを閣僚たちは重々承知している。

「Nジャマーを悪用しようとする人間は尽きないでしょう。しかし、全てがその様な人間ばかりとは思いません。必ず我々の行為に賛同してくれる人々もいます」
「覇道ではなく、あくまでも人道を‥‥‥ですか」

理想主義とも捉えられる発言をする藤堂に対して、呆れた視線を向ける芹沢。覇道ではなく、人道を貫く意思を固める藤堂の選択は揺るぎのないものに見えた。
普段は覇気とは程遠く、お人好しの甘ちゃん政治家等と揶揄されることも少なくない藤堂であるが、国民の事を第一に思う気持ちは誰よりも強かった。
  結局、どっちに転ぼうとも、地球連合が強硬的な手段に出ることは変わりはない。そんな中で多くの民間人を助け出す為の案を模索していかねばならない。
場合によっては、他国からの難民を受け入れる覚悟も必要だろう。特に避難民が多く足を運びそうなのが、汎ムスリム会議、赤道連合、スカンジナビア王国の面々。
大陸側にある国々だけに、エネルギー不足等を理由にして、陸を歩いてくる避難民が殺到することは想像に難しくは無かった。避難民の収容能力にも限度がある。
最悪の場合は、避難民保護の為に自国民の負担を増加させる結果にもなりかねない。
そうなれば、避難民に対する感情が悪化してしまい、ブルーコスモスよろしく避難民の追い返しや、追放が盛んに行われる可能性も否定できないのである。
  中立連盟もまた、混沌とした状況に陥ってしまうだろう。それを避ける為、多くの人々を救う為、Nジャマー対抗策を完成させねばならない。

「人道を優先するが為に、自国民に被害を与えては元も子も無くなりますぞ。ここは、まず日本の身を守ることを優先とすべきでは」
「そのようなことをすれば、中立連盟の面々の失望を買うことになるぞ」
「メンツと安全、どちらを選ぶと言うのですか」

閣僚内で紛糾寸前の状況に、森は思わず頭を抱えてしまう。世界は世界で混沌としているだろうが、日本も日本で今後の展開に悩み苦慮しているのだ。
対立国の怒りや反発を買ってまでNジャマー対策を普及させるか、自分の殻に引きこもって他者を見殺しにするか。まるで人を試しているかのような展開だった。
  その後も意見の対立が相次ぐ中、森が調停者として割り込み、藤堂の方針を固めるべきだと進言する。納得のいかぬ者も存在するこそすれ、森に説伏せられた。
日本は、Nジャマー対策の早急なる構築と共に、完成後は他国に対してもNジャマー対策を普及させ、生活エネルギーの確保に全力を注いでもらう。
地球連合参加国も例外ではないが、条件付きとして“核兵器使用の為に使わぬこと”を絶対とする。もしも約束を無に帰するようであれば、全力でそれを阻止する。

「つまりは軍事力を行使なさる‥‥‥そう解釈してよろしいのですな」
「そうです。核兵器を使用すると言うのであれば、我々としても見過ごす訳にはいきません。目的は、あくまでも核兵器使用の阻止にあります」

地球連合軍が、核兵器でプラントを殲滅するようなことがあれば、非戦闘員をも巻き込むことは必至である。それを許す訳にはいかない。
地球連合が約束を破ったともなれば、これは当然の処置であり、かのユニウスセブン事件と同様に実力を持って阻止する必要もあると判断した。
  避難民への対応は、受け入れの態勢を整える事を前提とする。ただし、一国にのみ集中するようなことがあった場合は、連盟国が共同で物資を調達し支援を行う。
或は避難民の一部を、連盟国の一部へ移送し少しでも国の負担を極力減らすこと、といったような内容の基に話は進められていくこととなった。





  プラント国内は、対地球連合における戦闘の結果を受けて湧き上がり、先日の敗北の事は何処へやらとやかく騒ぎ立てる。
中にはNジャマーと言う非人道的行為に異を唱える者も少なくなかったが、その主張者達の声は小さくならざるを得ない程に、縮小の道を辿りつつあった。
エネルギーの欠乏症になりかけている地球に同情の余地は無い、と自分らプラントのやり方を正当化する者が天へ向けて増長を始める有様である。

「かの野蛮人(ナチュラル)に同情の余地はあるか? ないであろう。コーディネイターの廃絶を是とし、あまつさえ核を使用した野蛮人の何処に同情の余地がありえようか!」


  プラントの国営テレビを前にして、役者という衣を身に纏い、そしてやや誇張した演説と身振りによって、放送室を独壇場としている30代の男がいた。
彼が着ている服装は、パトリック・ザラと同じく国防委員会のもので、その容姿は誰もが見れば8割以上の者がハンサムと答えるであろう。

「諸君らは輝けるコーディネイターである。新時代を切り開くのは、もはやナチュラルではなく新人類たる我々なのだ」

エゴルト・ラウドルップ―――それが、この青年の名前である。ザフト宣伝広報局に属し、ザフトの地球侵攻に関する進捗情報などをプラント市民に報告している。
弁舌と容姿で民衆の支持を鷲掴みにすることに長けるだけでなく、武官としての実績も十分に持つ秀才型であることから、ザラにとっても右腕に等しい存在だ。
このラウドルップもまた、当然のことながら急進派であり、ナチュラルを見下し、コーディネイターを至高の存在として考えるなど偏ること甚だしい。
かのユニウスセブンにおける核兵器使用事件に際して、ラウドルップもまたその現場に居合わせ、運良くシャトルで脱出に成功していた。
  しかし、その地球連合の横暴なやりようを目の当たりにした彼は、心奥底でくすぶっていた野心・野望・欲望らが重奏を奏で始めると同時に、コーディネイターによる絶対的な対等と社会支配を志したのである。
元々が野心を宿しただけに、彼は己の野望をコーディネイターの夢として重ね合わせながらも、軍の指導者たるザラに対して積極的な支援を行うようになっていった。
  下手をすればユニウスセブンで巻き込まれ、犠牲者の列に肩を並べていたであろう彼の野心、が自制の殻を破ってザフト内でも頭角を現しつつある。
ラウドルップは、実際に有能なので非難する者はそうそうおらず、寧ろコーディネイターの心をより強く鷲掴みにして、団結力を生みだす手腕は賞賛されていた。
さらに彼は別の記者会見の場で、これまでのコーディネイターとナチュラルにおける軋轢を取り上げて、この様なことを言った事さえある。

「我らコーディネイターの未来と安寧を脅かす脅威が存在する時、それを“先制的自衛権”によって排除し、未来への希望を子孫に託すことは当然の義務である。その脅威が何を指して言うのか、諸君らに言わずとも理解できるであろう!」

先制的自衛権なる造語を持って、プラントの在り方を熱弁するその様子は、宣伝広報担当者であるにしても過激を通り越した発表であったろう。
何せ指導者でもない人物が言うのであるから、それを「やりすぎだ」「何様のつもりだ」と思う者が出てきて当然であったものの、地球連合に対して強気な姿勢であることをプラント市民に見せておかねばならない、と考えた場合、寧ろ必要であるとさえ考えられた。
現に、ラウドルップが宣伝広報の中心的な立場に立ってからというもの、プラント市民の地球連合に対する気運や勢いは日に日に増しつつあるのだ。
  しかし、それを是としないのがシーゲル・クラインであった。戦争を回避したい一心だった想いは砕け散り、さらには早期終戦を実現する為に可決された『オペレーション:ウロボロス』は最悪の結果を生み、もはや泥沼から足を引き抜けない状況にまで追い込まれてしまっている。
それでも、何とか地球連合との早期講和を実現しようと模索しているのだが、プラント市民の感情は昂るばかりか勝利のみを目指す為、下手な妥協も許されない。
ラウドルップという一国防員に過ぎない男が、やたらと弁舌によって市民感情を煽り立てていく様を見て、クラインの危機感はますます深刻さを極めていた。
  自宅の一室にてソファーに座りながらも、中継を見ているクラインは独り言ちる。

「なんということだ‥‥‥。プラント市民が、暗闇へ向けて行進しようとしている様ではないか」

詩人気取りをするつもりはないが、混迷を深める国内を見ていると眩暈がする思いだ。テーブルに置いてあるハーブティーを淹れたカップに手を伸ばし口にした。
一時の焦りを調和してくれるような、不思議な香りとやや濁りのある緑色の液体―――グリーンティーこと緑茶の独特の苦みが、疲れ切った彼の身体に染みていく。
焦りと一緒に汚れを調和してくれるのではないかとさえ思う。
  ザラの妻であるレノア・ザラから、一人息子のアスラン・ザラを通して、自身の一人娘に手渡されたものである。農業博士の称号を持つ彼女は、野菜などをコロニーで生産する研究を進めて来た人物であり、同時に野菜以外にも珈琲や紅茶、緑茶などの飲料水に使う植物も栽培している。
また茶類において、日本の緑茶という存在に興味を示し、試験的な意味も兼ねて栽培収穫し、徹底して茶の淹れ方なども研究して、オリジナルに近い味を出した。
紅茶などとは一風違った味と香りが楽しめるという事で、レノアは息子を経由してクライン家へと渡り、クラインやその娘も飲用しているのである。

「あの‥‥‥どうかなさいましたか、お父様」

  ふと声を掛けた来たのは、ウェーブのかかった桃色のロングヘアに、三日月を二枚重ねにした様なヘアピンを左前髪に留めている15歳程の若い女性だった。
誰もが見ても可愛らしいと答えるであろう彼女こそ、クラインの一人娘ラクス・クラインである。
また可憐さに加えて歌唱力に優れ、実はプラントを代表する歌姫、或はアイドル的な存在である訳だが、彼女の場合はそこらのアイドルとは、また別格な存在だ。
プラントのプロパガンダとして、市民の心の支えでもあるのだ。

「ラクスか。いやなに、このプラントの行く末を考えていたのさ」
「プラントの皆さんの将来‥‥‥ですか?」
「あぁ。Nジャマーによって地球連合との戦争は泥沼となる。流してはならない血を流し続ける事にもなってしまう。いや、なってしまったのだ‥‥‥私のせいでな」

  いつになく気持ちの沈んだ父親の姿に、さしものラクスも心配にならざるを得なかった。

「お父様が直接手を下したわけではありませんでしょう? 一部の勝手な行動だとお聞きしましたが‥‥‥」
「いやラクス、下がやったことであっても、それを許可した責任者―――つまり私にも大いに関係がある」
「それは‥‥‥」

言葉を詰まらせるラクス。彼女は年齢的にもまだ若く、難しいことはあまり分からない点もある。
  とはいえ彼女も洞察力等に優れており、状況に対してそれなりの察しも付いた。現に彼女の置かれた境遇―――歌姫としての活動もまた、ある種の政治宣伝に利用されている事くらいは理解しており、それでもなお彼女は父親の為に献身的に尽くしている。
父に同じく穏健派でもあって、コーディネイターだのナチュラルだのと偏見の眼は持っていない。それもまた父の教育並びに彼女が持つ性格のお蔭でもあるだろう。
皆が仲良く暮らして然るべきではないのか、と表には出さないが彼女なりに思うところはあった。
  ラクスはプラントと地球連合が戦争状態に入っている事は無論知っている。その陰で大勢の民間人が巻き込まれてしまった悲惨な現実もだ。
父親が直接にNジャマーを落とした訳でないにしろ、地球側がそれを認めることはない。プラントが負ければクラインは死刑になる可能性もある。
それは彼女としては認めたくはない。大切な父親であるだけに。

「私はどうなってもいい。だがお前にまで責任を負わせる訳にはいかんのだ。‥‥‥とはいえ、お前もプロパガンダとして市民に対する活動が多くなるだろう。父親として、若いお前に無理をさせる事になる‥‥‥すまんな」

子供を政治の道具に利用される。大人同士の騒動の解決に対して、子供を使って講義するに等しい行為だった。
  しかしラクスは微笑み、クラインの傍に歩み寄って答える。

「何を仰るんですか、お父様。私は、市民の心の支えに慣れる事を苦とは思いません。寧ろ、お父様のお手伝いができるのであれば、誇りでもあります」
「はは‥‥‥つくづく思うよ。私には勿体ない娘だと。同時に、自慢の娘であることが嬉しい」
「幾らなんでも、それはオーバーですよ、お父様」

2人して笑みを浮かべる姿は理想の家族像でもあった。
  だがラクスはつけっぱなしであるTV放送に目線がいくと、笑顔が似合う表情には似つかわしくない、不安の表情を僅かに浮かべてしまう。
その様子に気づいたクラインであったが、その理由に気が付く。市民に向けて演説を行うラウドルップの姿があったからである。

「‥‥‥私、あの方が嫌いです」
「ほう、珍しいな。お前が露骨に『嫌い』だと言うのは」

彼女の優しい性格からして、悪口などとは無縁の人と思われている。
  とはいえ、ラクスもまた人間であり、何処かしらで不快に思う部分があって不思議ではないだろう。彼女は僅かながら表情を曇らせ、ラウドルップから目線を外す。
大半の人間は、ハンサムで求心力のある人物だと見ているが、彼女にはそう思えないのだ。

「あの方の眼は、邪なものが混ざっているようですもの」
「邪なもの?」
「はい‥‥‥危険なものがあるような、そんな感じなのです」
「危険ね。それは、的を射る表現だな」

彼女はコーディネイターではあるが預言者にあらず、しかし直感的に受けたその印象は間違ってはいなかった。ラウドルップの口車に乗せられるような形で、大勢の市民がプラント勝利の為に邁進する姿勢を取りつつある状況を見て、ラクスは悲し気な想いを抱かずにはいられないのである。
  とはいえ、歌によって市民に希望を与えてあげたいという強い思いは変わら無い為か、ここ最近は若干ながらも心内で葛藤が生じつつあることも自覚していた。
クラインも、ラウドルップという存在が急進派の力を増長させる役割を担うだけに留まらず、下手をするとプラントを転覆させるのではないか、とさえ思うのである。
  家に帰って来て、こんな暗い話ばかりしていては如何。彼は別の話を振り出した。

「叶うのであれば、中立連盟の日本へ足を運んでみたいものだなぁ」
「私も日本に行ってお洋服を見てみたいですし、歌も聴いてみたいです」

おっとりや天然な性格も持つラクスの趣味はと言えば、女の子らしく洋服や装飾にあり、歌についても大変関心を持っている。
ただしプラントには、これと言って大きく着目されるような音楽や歌手が居ない為、彼女も必然的に外部の文化に興味を持っているのだ。
  因みに、この世界へ転移してきた日本の文化は、良くも悪くも昔ながらの部分が多く残されている。歌や音楽も当然多く存在するし、歌手もまたピンキリだ。
一時はそういった日本文化がプラントに輸入されたが、ご覧の通りの有様で輸入がストップしてしまった。その為、日本からもたらされたグッズ類は希少である。
彼女も日本文化の一部を垣間見ており、人気グループの歌や音楽、ファッション雑誌を入手していたが、出来る事なら日本現地でその文化に触れたいところだ。
戦争のせいでそれも叶わぬと知ると、彼女も落胆の色は隠せなかった。父親であるクラインも、その娘の落胆する姿を見て心を痛めたものである。

「争いは、早く終わってほしいものですね。お父様」

  肘掛けに置いた父親の左手に自分の手を重ねながらも、プラントと地球との争い事が無くなることを切に願うラクス。
娘の心配を察するクラインは、その娘の手をもう一方の手で重ね合わせる。

「全く、その通りだよラクス。私も出来る限りの事をして、この戦争を止めなければならない。前途多難になるかもしれんが‥‥‥」
「私もお手伝いしますわ」
「有難う、ラクス」

つくづく、彼はラクスに感謝を重ねる想いであった。




〜〜〜あとがき〜〜〜
お待たせいたしました、ようやく21話でございます。ロゴス、日本、プラントの3つの場面で話を進めてまいりました。
またお気づきの方もいらっしゃるでしょうが、また他作品からキャラクターを引用させていただきました。
『沈黙の艦隊』から竹上と川之内を、『七都市物語』からラウドルップを、それぞれ引用しております。
ラクスの初登場でもありますが、性格が良くつかめずにおります。違和感があるだろうなぁ、と想像しています。


また私事ではありますが、『シン・ゴジラ』を4D]なるバージョンで拝見しました。一言でいうと『面白かった』に尽きましたね。
フルCGで粗いところが見られたり、役者でちょっと違和感があったりもしましたが、そんなのは吹き飛んでしまうくらい良かったです。
リアルを徹底追及した映画の作りは非常に感心しましたが、何よりもゴジラの凶悪な事と言ったら‥‥‥。最期の決戦も勢いがあって良かったです。



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.