※注意事項
 この作品は『魔法少女リリカルなのは』『ウルトラQ ザ・ムービー 〜星の伝説〜』のクロスオーバー小説となります。
一応、『リリカルなのは』側主体で、時系列はストライカーズから4年後(サウンドステージ]から1年後)との形を取っております。
混ぜ込まれる『ウルトラQ』側はあくまで要素的なものとなり、当作品中に登場する主人公達は出てきませんが、人外キャラはそのまま出て参ります。
この様な特殊要素を含んだクロスオーバー作品となりますので、この手の趣向をお気に召さない場合は退出されることを推奨いたします。
なお、それでも構いません、という方は、お目汚しとは思いますが読んで頂ければと思います。





  ビッグバンと呼ばれる宇宙の誕生から長い年月を経て、宇宙には数多くの星々が生まれ出でては生命を育んできている。その中には無論、僕らの星も含まれる。
その星々の人類は数千年と時間を掛けて子孫を絶え間なく繋いでいき、数多くの異なる種族や文化を勃興し、滅亡し、或は統合を繰り返して歴史を積み重ねて来た。
めぐるましい科学技術も発展していった僕ら人類は、その心に抱く飽くなき探求心を以てして様々な事に挑戦を続けて来た――やがては生命さえも作り出す程に。
その生命への探求心、あるいは過去への探求心、先に待つ未来への探求心‥‥‥そして、無限に広がる宇宙への探求心を、今もなお持ち続けている。
  しかしその一方で、本当に僕らは今住んでいる自分達の星の事さえ理解し尽くしているのだろうか。いや、地球に限らず、この広大な宇宙空間――敷いては次元世界に存在する数多の星で生きる生命の全ては、その自分が住まう星の事を本当に理解しているのだろうか。
或は、理解しているつもりなのかもしれない。

皆さんは、貴方の隣にいる人がどんな人物か理解していますか?


あるいは、凶暴な殺意を秘めている人かもしれません


あるいは、どこかの国の秘密調査員(スパイ)かもしれません。


あるいは、どこかの星から来た生命体の、仮の姿かもしれません・・・・・・。


いや‥‥‥そもそも、貴方が今いる世界は、夢か、現実か、判別は付きますか?


これから貴方の眼は、貴方の身体を離れて、この不思議な世界へ迷い込んでいくのです‥‥‥。


―― 時空管理局無限書庫司書長 ユーノ・スクライア ――






第一節


  近年、幾多の星々を次元空間を伝って管理し収めて来た時空管理局の記録帳に、新たな星が記され管理下に置かれることとなったのは記憶に新しい。
無論のこと時空管理局関係者の間に限っての話だが、その発見された星の名を『第70遺失世界:トコヨ』と正式登録された。
なお発見された経緯は、ごく自然な流れとも言うべきものであったろう。通常、時空管理局は4つの分類に分けて多次元世界を管理しているのは周知の事実。
惑星トコヨは、発見当初こそ管理局の手は伸びはしなかったが、次元空間からの惑星表面簡易調査を行った結果、そこに失われた文明の遺跡が発見された。
  その文明は単なる管理外世界に通じる様な科学文明遺跡ではなく、魔法文明も含まれた遺跡であることが判明するや否や、各機関が早々に動き出したのだ。

「この惑星に現存する文明は、他の次元世界に残された歴史資料にも合致するものもある。徹底して解明すべきだ」
「そのとおり。人類が生存していない、滅亡した文明ならば何の問題も無かろう。管理局と学会とが協力し、早急に謎を解き明かすべし」

歴史学や民俗学等の博士号を身に纏った権威達がそう発言したことも相まってか、名門の学校から教授やら管理局側からも専門チームが派遣されるに至ったのだ。
なお、トコヨという名を賜ったのは、遺失文明を調査して最初に手にした功績によるものだった。トコヨの文明は、他世界にある文明がまぜこぜになっていたことから、幾種もの文明人がこの惑星へ降り立ち、互いに共存していたことの証拠ではないかとの推測も持ち上がった。
  取り分け強く根付いたと思われる文明は、第97管理外世界に存在する東洋の島国こと日本のものとソックリな事が挙げられたのである。
厳密に言うならば、日本が日本として称されるよりもずっと前の時代――奈良時代の雰囲気に何処となく似ていたことが、無限書庫の資料から明らかになった。
決して珍しいというわけでもなく、他の『管理世界:ルーフェン』には古代中国の文化に精通するような独特の文化を有する世界も存在するくらいだからだ。
トコヨに散りばめられる様々な文明の跡、そしてこの惑星に元々から根付いていたであろう文明の跡を解析すべく、様々な研究者がチームとして集った。
  その中には、時空管理局で有望とされる古代史研究者の1人も含まれている。年齢にして20代半ばで非常に若い研究者の名をユーノ・スクライアと言う。
無限書庫の司書長として情報の管理と分析を手掛ける人物であり、それも彼の中に流れる血筋が原因であろう。彼の生まれた故郷にあったスクライア一族は、文明の発掘を専門とした一族であり、ユーノもまたその血を立派に受け継いで発掘業を小学生程度の年齢で行っていたほどである。
ひょんなことから集めていた発掘品ことジュエルシードを、輸送中に事故で地球でバラバラにばら蒔いてしまったことから、奇妙な運命の歯車が回った。
そこで出会った1人の小学生の少女から始まり、やがて時空管理局で無限書庫の管理者としての才能を発揮して今日に至るのである。
  そして、次元空間に浮かぶ巨大な施設――時空管理局 次元航行部隊本部の内部に存在する無限書庫の巨大な図書空間の中で、トコヨ文明に関する資料を片っ端から探し出そうとしているのは、金髪のロングヘアを一本結びにして眼鏡をかけた美青年――ユーノが悪戦苦闘していた。

「トコヨ‥‥‥か。なのは達の住んでいた日本文化に通じる文明だけど、僕も聞いたのは極僅かだったなぁ」

次々と該当するであろう書物を魔法で引っ張り出しては捲り、素早く目を通して情報を引き出しそうとしているのだが、如何せん、あまりにも注目されなかった文明だけあって、彼の持ち味である検索能力を以てしても困難を極めているのであった。

「あまり研究も進められていない文明だから、探し当てるのも一苦労だ‥‥‥っと」

また当ての外れた書物を魔法で手を使わずに元の棚へと戻し、一方で別の棚から該当するであろう書物を取り出し、その中を素早く検索していく。
延々と繰り返すこの作業だが、決して無収穫という訳ではなく、トコヨという名の文明は世界の平和と安寧を願い続けた民族で構成されたもので、同時にこの世には無い真の平和の世界が存在する、或いは行く事が出来ると強く信じる信仰心の強い民族の集団だということだ。
  そんな思想と争いを嫌った文明の基へ、他の文明の民族達が自然と集まるようになったと言われており、一説には迫害を受けた人々が逃れてやって来たとされる。
その証拠が、トコヨに存在する多種多様な文明の跡であろう。虐げられてきた民族が集まり、トコヨ民族に受け入れられた彼らは共に同じ思想を共有しあう。
だがその文明も長く続きはしたものの、原因は明らかにされてはいないが衰退し、やがて消滅してしまったとされるが、情報量が少なすぎるのが悩みであった。
何せ多くの学者たちは、遺失文明である管理世界:ベルカや、架空か実在か、未だに論戦が繰り広げられるアルハザード等の文明解明に集中していたからだ。
とはいえ、そんな各文明の中にも僅かだが星を追われた者、旅立った者が存在する資料もある為、その行先がトコヨへと繋がることとなった。
  いそいそと情報収集に当たるユーノだが、それも時間の許す範囲の事であり、調査団の1人として出発することが決まっている以上は作業を中断せねばならない。

「‥‥‥駄目だ。これ以上は、現地に向かって調べるほか無さそうだ。もたもたしていると、調査団の皆に迷惑も掛かるし」

概ね出発の準備は出来ており、後は軽く身支度を整えて出発するだけの状態にあった。
今日中には出発するとの連絡を受けていた彼は、作業も一区切りをつけて無限に広がる図書空間を出ると、執務室へと戻り荷物の最終整理を行おうと取り掛かる。

「えぇと、コレはある、コレも‥‥‥っ!」

  ふと、手荷物の確認を行ったまさにその時、彼しかいなかった筈の執務室にもう1人の気配を突然にして感じたのである。
手元の荷物を確認する為に視線を下げていたユーノは、ハッとなって視線を気配のする方角へと持ち上げる。そこには管理局局員を示す青い制服を着た女性がいた。
黒髪でボブカット程の長さに、おっとりとした雰囲気の表情を持ち合わせた30代程の女性であるが、だが異様な雰囲気もそこの振りまかれていたのに気づく。
いったい、いつの間にこの部屋に来たというのか。執務室へ入る前に受付係から連絡を入れてくれる筈なのだが‥‥‥もしや、居眠りでもしていたのだろうか。
  謂われなき罪を受付係に着せつつも、ユーノは言い知れぬ雰囲気を漂わせる女性に尋ねた。

「だ、誰かな? いつの間に、此処へ来たんだい」
「‥‥‥ユーノ・スクライア司書長」

質問に答えず、女性はユーノを見据えながら一方的に口を開いた。

「あなたは、トコヨへと向かわれるのですね?」
「え? まぁ、そうだけど‥‥‥それが――」
「調査は中止してください」
「中‥‥‥止? 何で、君が」

いきなり現れて、次いで口から出た言葉が調査の中止だ。上層部からの指示ならまだしも、見た所一般の局員らしいこの女性が、何故ユーノに向かって言うのか。
不可思議な事を言う女性だな、と思いつつもその理由を尋ねようとするが、そこでもまた女性が機先を制してユーノの口を閉ざしてしまう。

「行ってはなりません。トコヨは古代人の安息の地‥‥‥その眠りを、妨げてはなりません」
「古代人って‥‥‥ねぇ、君。本当に何者なんだい。いや‥‥‥管理局の人間なのかい?」

古代人という言葉まで放って来たこの女性、見るからに怪しい。文明解析の妨害を企む企業スパイか何かなのか?或は過激な保護団体か。
そう思うと、ますます目の前の女性が怪しく見えてしまうものだが、不思議と自分自身に対する殺意や危険と言った類のものは感じられない。
最もユーノ自身は捕獲・防御などに特化した魔導師でもあり、Aランクと並以上の実力者でもあったため、早々と簡単に手に掛けられはしない自信はある。
  疑問を投げかけられた女性は、彼の返答に期待することはなかった。

「調査は中止してください。それが身の為です」
「っ! 君、冗談にしては程があるよ」
「‥‥‥忠告はしました」
「あ、待んだ!」

身の安全を選べ、と遠まわしに言う女性が危険人物であることが確定したが、ユーノは一応念のため本気かどうか最終確認を取ろうとした。
それよりも早く女性は行動に出ており、流れる様な動作で振り返って後ろのドアから颯爽と出ていったのである。突然の事でユーノも反応に遅れてしまった。
  急ぎ駆け出して執務室のドアに飛びついた。そして、遂今しがた退室していった女性を追うべく、彼はドアノブを捻って勢いよくドアを開けた――その刹那。

「きゃっ!」
「あぇっ‥‥‥な、なのは!?」

そこに居たのは先ほどの謎めいた女性ではなく、古くからの親友以上恋人未満な関係を続ける女性局員――高町 なのはの姿であった。
地球出身者であり20代半ばにして一等空位(大尉相当)の階級を有し、管理局内部でもトップクラスの実力者として名を挙げられる若き女性魔導師だ。
ユーノと出会った事が切っ掛けで魔導師になったことから、それが彼女にとって人生最大のターニングポイントでもあったろう。
ブラウンのロングヘアーを邪魔にならぬようサイドテールに纏め、白いジャケットに青いタイトスカート、白いニーソックスに身を包んだ美女である。
互いは本局と惑星ミッドチルダ地上本部と別々の部署にいる為に、頻繁に直接会うことは出来ないが、それでも互いの心の絆が薄れることは無かった。
  そんな彼女がわざわざ本局に赴いたのも、時間を貰ってユーノに会いに来た為だ。何せ彼女の基にもユーノがトコヨ文明の調査に向かうことを通知されていた。

「ど、どうしたのユーノ君? もしかして、邪魔しちゃった‥‥‥かな」
「いや、そんな事無いけど‥‥‥」

どうしようか迷っていたが、なのはを入り口に立たせて対応するのも失礼だと思い、一先ずは執務室の応接用ソファーへ通してから話そうと思った。
また執務室の外で受付係の女性に確認を取って見るが、ユーノが見た女性は一端はこの受付係の居る事務室を経由していかねばならないのだが、如何した訳か不審な女性の姿は無かったというのであるからして、益々もって不思議な事である。
幻覚でも見たというのだろうか‥‥‥。だとすれば、それほどにして自分は疲れ果てているのだろうか。そんな事さえ思ってしまう。
  首をかしげながらもコーヒーを淹れるよう頼みつつもなのはの待つソファーへと戻った。

「ねぇ、何か変だよ、ユーノ君。本当は何かあったんでしょ」
「うぅん‥‥‥君に、隠し事は出来ないね」

長年心を通わせた仲であるだけに、隠し通すことも本意ではないユーノは、遂先ほど現れた局員の成りをした不思議な女性の事を話した。

「私は見なかったなぁ、そんな人は‥‥‥けど、本当なら放っては置けないよ」
「そうなんだけどね。名前も告げずに、さっそうと出ていったから‥‥‥。やっぱり、疲れているのかな、僕は」
「ユーノ君‥‥‥」

ユーノの探索・調査・整理能力はピカ一である一方、その労力は知らず知らずのうちに重なっていたのは事実である。何せ、他にこの業務を任せられる人材が皆無と言ってよく、全てがユーノの基へ調査依頼なども舞い込んできているのだ。
それを知っていたはのはも、目の前で眼鏡を外して目頭を軽く揉むユーノの姿を見ていると、尚更の事心配する気持ちが強くなるのであった。
ただし当人は、自分の能力をフルに発揮できることも相まって苦言一つ漏らすことは無く、次々と依頼をこなしては無限書庫の整理に勤しんでいる。
  余計な事を考えると、それが呼び水となって不安事が益々もって湧き出てしまう。なのはは、先の行方知らずな女性局員の件と言い、それとなく彼に言ってみる。

「無理は駄目だよ。ユーノ君、夢中になると他の事が見えなくなるんだし、トコヨへ行くのも少し待った方が‥‥‥」
「へえぇ‥‥‥回りの心配を返り見ずに局員の仕事しているのは、どこの誰だったっけなぁ?」
「うっ‥‥‥」

ジト目で痛いところを突っ込まれ返されたことに、なのはも言葉に詰まってしまった。実は彼女も、管理局に入局して間もない頃に大怪我を負った経験がある。
無茶をすれば飛ぶことさえできなくなると忠告されたのだが、飛べなくなるまで悔いなく働くことを選んでしまっているのだ。ユーノはそれを指摘した。
  俯いてしまったなのはの姿を見たユーノは、ふと笑顔を作って彼女の傍に座り直す。そして彼女の膝の上に置かれている手に自分の手を置いてから言った。

「ゴメン、言い過ぎたかな。君の心配してくれる気持ちは凄く嬉しいよ。ただ、僕は嫌々でこの仕事をしている訳ではないし、身体を酷使している訳でもないよ」
「うん‥‥‥けど、気を付けてね。なんだか、嫌な予感がするから」
「気を付けるよ。まぁ、自分の身くらいは護れるし」

何せ、ユーノはなのはの師匠でもある。防御系魔法なら腕も確かなものだ。

「約束だよ。ヴィヴィオも会えなくなるって寂しがってるから」
「はは、ヴィヴィオも熱心だからね」

なのはが保護した少女――ヴィヴィオは、多くの頻度で無限書庫に訪れては本を手に取って豊富な知識を、その幼い頭に吸収している。
ユーノが面倒を見ていることもあって、ヴィヴィオはユーノに対しても懐いているのだ。
それからも他愛のない、時間の許す範囲で話を弾ませた2人だったが、この後に起こるであろう事件を想像できる者は誰一人としていなかった。
  そして出航当日、時空管理局よりLS級次元航行艦船〈クラウンヴィクトリア〉と、調査船〈リューグー〉が多数の調査チームと機材を乗せて出向した。
無論、ユーノも含まれる。その〈リューグー〉の客室にて無限書庫から発見した幾つかの書物の中の1つを手にして、早々に施行に深け入っていた。

(トコヨ‥‥‥日本の言葉『常世の国』と同じ発音だ。これは偶然だろうか‥‥‥いや、次元世界には似通った文明や文化が多く存在するんだ、不思議はない)

常世の国――それは、日本の古代人たちが目指した不老不死の楽園のことだ。まさか、日本の古代人が目指したのが、このトコヨだとでもいうのか?
残念ながらそれは未知数の範囲である。色々と考えることは出来るが、それは実際のものを見ない事には判別しがたく、下手な憶測で物を言いたくはなかった。
と思いつつも、この新発見されたトコヨと、日本に古くから言い伝えられている常世の国には似たような情勢が垣間見えているのも興味深いものだ。
  常世の国を信じる者達は迫害されては各地を転々としており、そしてこの次元世界でも夢の楽園を目指さんと信じる人達が各世界で邪魔者として迫害された。
その記録は各文明に残されている。無論、既に消滅したベルカでも、各諸王国時代にひっそりと闇に葬られたトコヨの信仰者達が存在しているのであった。
そんな彼らの生き付いた場所がこのトコヨと呼ばれる新惑星だが、果たして彼らの目指していた本当の意味での楽園なのだろうか‥‥‥。

「全ては、トコヨに行ってみなければ分からない‥‥‥か」

ユーノは書物に目を通しながら思考の海に潜り込んでいく。
  出港する2隻の船を見守る局員や、テレビを通じてみている民間人達。だが、その視線の中で一際違った感情を含めて見つめる女性の姿があった。

「‥‥‥」

先に遭遇した謎の局員女性は冷ややかな目線で見続けると、やがて人知れずその場を離れる。そして人気のない場所で、己の両手を胸の前で重ね合わせた。
合わせていた掌を次第にゆっくりと開帳していく女性の両手の内には、不思議な模様が刻まれている。それは三重の円を描いたかのような模様であった。
  掌に刻まれている模様に目線を落としながらも、彼女はボソリと形のいい口を開く。

「トコヨに災いを招く不逞の者達。その代償‥‥‥身を以て知ることね」

機械的に言葉を吐いたと同時に、彼女の足元から伸びる自身の影が一瞬だけその本人の形ではなく、まるで違う人型で異質なものへと変化した。
それを見た人間は全くおらず、彼女もまた誰の眼にも気付かれないうちに、一瞬にしてその場から姿を消したのである。それも転移魔法とは全く異なった方法でだ。
よしんば魔法陣を使用すれば魔力反応が検出されるであろうが、その異質の力が魔力とは別の物であっては感知するのも難しいと言わざるを得ないだろう。
そして、出港した2隻は無事に調査チームが降り立ったのだが、僅か2日と経たない内に望みもしない事件が発生する事となってしまった。


――遺失文明の遺跡内部に遺体が発見されたのである。――





第二節


  発端は、調査メンバーが大地に脚を降ろして遺失文明の遺跡に足を踏み入れた所からだった。調査団の中の1人が、発掘されていない遺跡内部に足を踏み入れていたところで倒れている人間を3人は発見してしまい、それが遺体だと分かった途端に調査員メンバー全員が大騒動となったのである。
遺跡のミイラなどは見慣れてはいるものの死んだばかりの遺体ともなれば勝手は違うものだ。
  調査団は至急、護衛に随伴していた局員に通信を入れると〈クラウンヴィクトリア〉もそれを受け取り、直ぐに武装隊を増派して調査団の周辺警護を厳戒にした。
〈クラウンヴィクトリア〉から増派された武装隊、並びに遺体調査の為に医療部門の魔導師も降り立って事件の解明に臨む。
その一方で〈クラウンヴィクトリア〉の艦長デリッタ・テロネザ 二等海佐は、本部に事件の報告を行うと同時に念のために更なる護衛等の増援を要請した。
まして彼らは調査団の護衛が主任務であるがゆえに、事件の解明や調査を執り行う者が随行していないのだ。その執行者――即ち執務官が必要となる。
幸いにして、この管理世界の近辺で活動中だった執務官が1名いるとの返信を受け、その人物がトコヨへの到着までに約20〜24時間という丸1日は掛かる見通しだが、本局からの増援で倍以上の日数が掛かる事を鑑みれば速いことに変わりはなく、一先ずは早期なる事件解決に動けそうではあった。
  その派遣される執務官が到着するまでの間に、テロネザ艦長は出来る限りの調査を行い続けていく。彼は36歳の男性魔導師であり、艦長としての指揮能力も優秀な魔導師として期待される人材であるが、そんな彼にしても、この身元不明の遺体らに目を張った。
同じく艦橋にいる者は皆して、送られてきた遺体の映像を見るなり恐怖が身体を包み込んだ。

「誰が、こんな酷いことを‥‥‥」
「どう見たって、銃器の類じゃないよな?」

  オペレーターが口々に言う原因となる、その遺体の傷口は今まで見たことも無い形状であった。遺体の額部分には、直径3cmには届こうかという巨大な円形の傷跡が残されており、生々しくも頭部を貫通しているのが後頭部周辺に飛散する血液からも見てわかる惨状だ。
他の2人も心臓部を撃ち抜かれてうつ伏せに倒れていたり、やはり頭部を撃ち抜かれて倒れているような状況であった。
  3人とも一撃で倒されたとみて間違いないのだが、その殺傷に使用した代物がイマイチ判明しない。時空管理局の世界では魔法による武装化などが主流であり、地球の様に火薬式の銃器類は禁止兵器として強い圧力で取り締まられている。
元々、誰もが簡単に扱える銃器を取り締まる事で平和を維持しようという目論見があるが、裏を返せば魔法を使えない人間は唯々、唯唯諾諾と従うしかないのだ。
  とはいえ、この遺体の傷口からして銃火器の可能性はまず低いと考えられた。拳銃は無論のこと、機関銃でさえ弾丸直径が30mmクラスは存在しない。
それこそ人間が持ち運びするような代物ではない航空機関砲クラスのものになり、しかも額を狙撃する様に使われる代物ではないのだ。
  そう考えると魔法による射撃攻撃を行った可能性がエスカレーター式に浮上する訳であるが、そうなると一番の疑問はそうなった経緯であった。
加えて疑問があふれ出てくるのは、何故この3人の遺体が、発見されたばかりのトコヨに誰よりも先んじて居たのかという点である。
しかも彼らの手元には見慣れない物が握られていた。

「短剣、ですかね?」
「見たところそうだが‥‥‥遺跡の一部だろうな」

  テロネザは遺体の手元に握られている短剣の様なものを注視する。武器として使われていたというよりも、装飾の一部として使われていたような雰囲気が纏う。
そうなると考えられてくるのが、彼ら3人は公的な機関の人間ではない、所謂トレジャーハンターと称される面々だったのかもしれない。
この管理世界にもトレジャーハンターの存在は珍しいものではないく、こうして新発見された惑星の情報をどこかで嗅ぎつけては先んじて物色してくるのだ。
管理局にしても違法盗掘を見逃す訳にはいかず、こうした新惑星発見時に集まってくるハイエナを一網打尽にすべく奮起しているのであった。
  トレジャーハンター達は、調べたところでは誰もが魔導師としての素質を有している様で、固有デバイスも確認されている。
しかもこのような危険な行為を行う連中であるからして、生半可な実力の者達ではない筈だ。そんな彼らが一網打尽にされたように倒れ伏している事を考えると、益々をもって殺人の当事者の存在が恐ろしく思えてならなかった。

「あるいは、仲間割れ‥‥‥ですか?」
「そうとも限るまい。仲間割れならもっと争った形跡があってもおかしくはない」

不審がるクルーの問いに、テロネザが答える。確かに相争ったのであれば戦闘の傷跡が周辺に残されても良いようなものだが、その形跡は全くないのだ。
いや、争おうとしたのかもしれないが、実はもう1人生き残りが居て仲間に反攻させる隙を与えずに倒した可能性もあった。
  一方でトコヨに降り立った調査団一行は機材の殆どを降ろして、用意されていた資材を使って仮設研究所を早々に完成させていた。
無論のこと調査員やその助手、スタッフ一同達の寝床も造られており、仮設とは言えども十分に立派な作りであった。

「しかし、こんな所で遺体と対面するとは想像だにしなかったな」
「そうですな。ミイラや化石は見慣れていますが、あれは衝撃が強すぎましたわい」

研究室とは別の会議室で集まった博識ある面々が、口々に発見された遺体の事で話を盛り上げていた。年齢層は広く、先のユーノの様な20代前半の若手もいれば、中堅の活躍真っ盛りな40代前後の研究員、そして年季の入った衣類を纏いつつ髭を生やす70代の老教授などが集まっている。
  今こうして集まっているのも、トコヨ調査を一時中断して惑星を離れるべきか、或は調査をこのまま続行していくべきかを議論しているからだ。
護衛として武装隊が付いてくれているものの危険性は排除できず、調査員らも標的にされかねない。テロネザからも延期すべきではとの意見も出ていた。
無論、命を預かる身としてはその方が断然有り難い選択なのだろうが、ここにいる調査員は、危険を危惧するテロネザの数倍の知識欲を脳内に充満させていた。
武装隊の護衛がある事を理由に調査の続行を提案すると、続々と文明の扉を開けようとする者達のオーラが室内を支配していたように思えた。
  ユーノも調査員の一員として顔を並べているのだが、彼には今回の事件で心当たりがあった事から慎重な姿勢をとっていた。

「ここは、テロネザ艦長の提案通りに、一時的に延期してはどうでしょうか」
「スクライア君。君には、この星の文明の謎を早く解明したいという気概はないのかね」

中年の博士――フィンガル・バロファーは慎重な姿勢をとるユーノを暗に批判した。

「解明したいですよ。ですが、この様な事件が起きた以上は、ほとぼりが冷めるまで待つべきだと思うのです」
「心配することはあるまいて。この時の為に、管理局が付いてくれておるのじゃ‥‥‥わしらは遺跡の謎を解き明かすことに専念しても良かろうて」
「‥‥‥」

ユーノとその他大勢という構成で、圧倒的に調査続行派がその場を占めていた。ユーノとしてもそれ以上に制止しても無駄だと悟らざるを得ず、何よりもこの調査団のリーダー核となる老齢の博士ことジョドー・コヴェッタが決定したことであるかして、延期を押し通すことはまず不可能であった。
調査の続行が伝えられたテロネザといえば、素直に帰っておけばいいものを、とは言わなかったが心内では思わざるを得なかった。
だが、この理性より知識欲が先行した決定が、彼らの人生日記に悲惨な結果が書き込まれることとなるのだ。
  遺失文明の調査は安全を重視したものとして、全員が同一ヶ所にて作業を行うものとしている。護衛の魔導師としても、その方が護りやすいのだった。
無論、護衛に当たっていた武装隊の面々の本心は異なり、さっさと引き上げてしまって欲しかったのは言うまでもなかったが。
調査の続行を定めた調査メンバーたちは、様々な機材を地上車の荷台に乗せて遺跡へと移動する準備を着々と進めていく。
  4台の地上車を使って目的の遺跡へと移動するのだが、ここで新たな問題が生じる事となる。先の殺人事件によって予定よりも大幅に時間を遅らせてしまった結果、そこから出発の準備を整えるのに多少なりとも時間を要したことから、夕闇へと空の衣装替えが進んでしまってのだ。
この事によって出発は明日早朝という予定になったのだが、その間に不自然な事件が幾つか生じる事となった。
  早朝、出発の為に調査団の数人のスタッフが地上車のエンジンを点検しておこう、と簡易車庫へと足を運んだ際に見た車両に対して違和感を覚えた。

「おい、この車変じゃないか?」
「本当だ。傾いて‥‥‥って、マジかよ!?」
「パンクだ」

4台の車両が全て右か左に、或は前後に傾いていたのだ。しかもタイヤは見事に空気が抜けきって重力に抗う活力を失い、だらしなく潰れている。
なんてことだ、とスタッフが慌てて駆け寄りパンクしたタイヤの様子を確認する。一方で1人が調査団長たるコヴェッタ博士、並びに武装隊らにも連絡を入れた。
せっかく準備を整えておいたのに、この有様では出発どころの話ではなくなってしまったのだから、誰しもが落胆と怒りを覚えずにはいられなかった。
駆けつけた調査団一行は口々に不安・恐怖・怒りを混ぜこぜにして言い放った。

「何処の馬鹿が、こんな事をしたんだ」
「そもそも、車庫にどうやって入った? 武装隊は何をしていたんだ!」
(おかしい。魔力反応は無いようだけど、どうやって武装隊に勘ぐられずに車庫に侵入し、タイヤをパンクさせたんだ?)

  ユーノもその状況を見て不審に思わざるを得なかった。周辺を武装隊が見守っている中で、しかも隔離された車庫に侵入してタイヤをパンクさせたというのか。
しかもパンクしたタイヤには不可思議なものが残されていたのに気が付いた。

「何故、タイヤの周辺が水びだしなんでしょうか」
「確かに。タイヤに水が入っていたわけでもないし、見た所、酸性といった危険なものではないようだが」
「それに、このでかい穴は何だ? 何を使えば、こんなでかい穴をタイヤに空けられる?」

パンクしたタイヤを中心に広がる液体と、タイヤに空けられた直径3pあまりの大穴。しかも、その穴の部分から水滴が滴り落ちたような跡が残されている。
そもそもゴム製タイヤとは言えども、未舗装の悪路をも走ることを考慮したジープ系の地上車だ。タイヤの厚みは相当なもので、人の手で簡単に貫けるものではない。
そんなタイヤに3pもの大穴を空けるとは、それこそ銃器類か魔術による方法で空けねば出来ぬ芸当だろう。
  誰も侵入した痕跡はなく、無論のこと出ていった痕跡もない。そして謎の液体とパンクした地上車に、調査の延期をせざるを得なかった。
だが中止はしないとの意向は変わらず、急ぎタイヤ交換を行って済み次第、調査を行う方針を固めていた。
その間にこの液体の解析を済ませる事となっていたが、その結果を知らされたのはタイヤ交換がスタッフの手で行われて完了する前である。
サンプルを〈クラウンヴィクトリア〉にも転送しており、調査団でも独自に解析したが答えは同じもの。塩分を含んだ水――即ち、海水だということだ。
  結果を知った調査団の面々は訝し気になった。

「海水? 確かに、このトコヨは全体の7割以上が海水で構成された、ごく標準的な居住可能惑星だ。しかし、海辺から1qは離れたこの地に存在するとは考えづらいものだが‥‥‥全く理解できん」
「そもそも、海水とパンクと、どう結びつくというのだね」

海水に濡れたタイヤがどういうことか。半瞬遅れてユーノは思い至った事がある。

「恐らく、海水を超高圧で噴射していたとしか考えられないですね」
「海水を噴射?」
「はい。皆さんもご存知でしょう? 水はそのままなら何ともないですが、超高圧で噴射すれば鉄さえ切断できることを」

水は人類に恵みを与える無くてはならない存在だが、時として猛威を振るう無形の刃でもある。それは津波という姿に変化することで、これまでにも多くの人々の命を奪って来たのは周知の事実だが、人工的な力で水を殺人の武器に作り変えることも可能なのだ。
  ただし、この説には疑問の着くところもある。

「スクライア君、確かに水を人工的に噴射すれば、鉄だろうと切り裂くことは出来よう。だが、そんな水圧を出せる機械はどの管理世界を探しても稀だ」
「まして、水圧を武器にしようという発想はナンセンスだ。噴射するための機械と、その多量の水を何処から供給するかという問題もあるじゃないかね」

確かにその通りだった。管理世界で探したとしても、超高圧の水噴射を活用することなどそうはあるまい。あっても工業用として使うに過ぎないだろう。
まして、超高圧で吹き付ける以上になくてはならないのが水そのものであり、それも限りなく多量の水だった。僅かな水では直ぐに終わってしまうのである。
それに機械そのものも小型化するのは難儀する。噴射装置ならまだしも、大本である高圧ポンプが高威力を維持したまま人が持ち運べるほどに小型化されなければ意味はなく、ましてそれを稼働させる電力も必要不可欠なのだから、否定的にならざるを得ない。
指摘されたユーノは、それはもっともです、とそれとなく同調はしたが納得はいかない部分もある。
  この水圧による可能性を見れば、先の殺人事件も納得のいく話だと思ったからだ。超高圧で吹き付けられた海水の槍を突き立てられたのではないか。
だからタイヤと同じくして遺体の周辺が海水で濡れていたのだろう。何となくであるが、一本の道筋が出来上がったような気がしたのだ。
  そこまで考えた時、ユーノは再び声を掛けられて思考を中断した。

「スクライア君、これ以上のロスは好ましくはない。探偵ごっこは管理局に任せて、我々は遺失文明の遺跡を調査しに行くぞ」
「わかりました」

タイヤ交換を終えた調査団は地上車に乗り込み、武装隊も護衛に着きながら出発した。ユーノは内心で不安を抱えたまま座席に座り、悪路によって揺られる。
ガタガタと揺れる車内で博士一同が文明を推察する中、ユーノは持参してきた古文書の1冊を取り出して見直していく。気になる点が、あったからだ。
  水に関する記述があったのを思い出したのだ。トコヨにおいて水とは神聖なるものであり、文明の中心に必ず出てくる。
命を育む天の恵みと言われると同時に、時には神の怒りとして水を荒れ狂う力と成して襲い掛かる。人間には太刀打ちできない強大な存在であった。
そんな水を司る文明トコヨの頂点に立つ神を“ナギラ”と言う。ナギラはトコヨに生きる人々の守り神としても崇められ、水を用いて護って来たとされる。
一説によれば、トコヨの人間となった者達はナギラと心を通わせることも出来たと言われるが、それは定かなところではない。
変わりにナギラと心を通わせることができたのが、ワダツミと呼ばれる存在だ。ある種、ワダツミはナギラとトコヨの人々とのパイプ役とも言えたようだ。
  何故だが嫌な予感がする。それは、出発前に遭遇した謎の美女から始まっていたのだが、ここに来てその不安がより膨張していたのだった。
あの女性が言っていた、古代人とはすなわちトコヨの人々の事は間違いないだろう。その眠りを妨げる‥‥‥つまりはそっとしておけと主張していた。
これは、その警告の見せしめではないのだろか。となれば、この先に待ち受けるのはもっと巨大なものか?

(考えていても始まらない。メンバーもそうそう簡単に中止する様子もない以上、また何か起きるだろう。その時、考えを改めてくれればいいが‥‥‥)

そして、連絡が途絶えたのはその30数分後の事であった。




第三節


  〈クラウンヴィクトリア〉艦内では、行方知れずとなってしまった調査団を捜索せんと躍起になっていた。艦の惑星スキャニングは無論、残された武装隊も全力で捜査しているのだが見つからず、テロネザの焦りもピークに達していた。

「素直に延期なり、中止しておけばよかったものを!」

そう愚痴を表面上には出さなかったが、艦内クルーや武装隊の面々も同様の思いであったのは言うまでもないが、今は探すことに全力を注がねばならない。
  そんな慌ただしい中で、1つの転機がクルーの報告と共に舞い込むこととなる。

「艦長、執務官と補佐官の2名が到着されました」
「む、ようやく来てくれたか」

別の船で移動中だった執務官とその補佐官は、近隣に来たところで転移魔法によって〈クラウンヴィクトリア〉の転送室へと着艦したのだ。
  艦橋に脚を踏み入れて来たクルーの後ろに付いて来た執務官らを、艦長席から立ち上がって振り返り見たテロネザは一瞬だが動きを凍結させた。
そこに立つのは、紛れもない執務官の証である黒い制服を着た女性執務官なのだが、彼が驚いたのは女性だからというよりも、その若さに驚いたのである。
若い局員もとい魔導師ということであれば、さして珍しい話でもない。だが執務官という事になれば話は別になり、鬼門と称される程の資格なのだ。
過去に少ない例で10代前半で執務官の資格を得たとされる若手提督――クロノ・ハラオウン少将が存在し、そういった魔導師が数年に1人という割合で生まれる。
  目の前の彼女もまた、クロノ・ハラオウンには及ばないまでも19歳で執務官資格を有したと話に聞いていた。そんな彼女がテロネザに向かって敬礼をする。
若さがやや頼りないような気もするが、キリッとした目と、オレンジ色のストレートロングは精気漲るものだ。そしてやや後ろに付いて来るもう1人の女性局員。
やや天然パーマの掛かった、茶色が混じった黒髪のミディアムショート、陸所属を示す茶色主体のジャケットにタイトスカート、白タイツと青い靴であった。

「ティアナ・ランスター三尉です。この度、トコヨの殺人事件に関する捜査を命ぜられて参りました」
「執務官補佐のミシェル・フェス・ホブロスク一等陸士です」
「御苦労。私が当艦の艦長、デリッタ・テロネザ二佐だ。今回は急な事態で申し訳ない」

  ティアナ・ランスター 三等陸尉は、この年20歳になる比較的若い女性魔導師の1人だ。彼女は4年前のJS事件では機動六課の一員として、ミッドチルダの危機を救った面々の1人として名の上がる魔導師でもある。
事件解決後は執務官を目指して研修を積み重ねていき、六課解散から3年後の19歳の時に見事に執務官として資格を手にした人材だ。
また本人は異様な戦闘能力の高さがあった六課内部では力不足を感じていたのだが、それはあくまで六課内部での話であって課を出れば彼女も相当に優秀である。
とりわけ個人的なプレイよりも戦略・戦術を駆使する部隊指揮官タイプであり、他の局員からも将来の大都督などと期待の眼差しを向けられているのだ。
それにティアナは執務官としての実績を早々に積み重ねており、約1年前には凶悪連続殺人事件ことマリアージュ事件の解決に尽力を注ぎ、見事に解決した。
  もう1人のミシェル・フェス・ホブロスク 一等陸士は、この年15歳になる女性魔導師だ。ティアナが執務官試験に向けて合格した後に、しばし世話になった所属課の上官の勧めで執務補佐官に任命された経緯を持つ女性であるが、無論のことティアナが執務官になって直ぐの事ではない。
ティアナがマリアージュ事件以降に適任となる補佐官を見つけられていなかった。その事件の際には成り行きで臨時補佐官となった女性局員がいたにはいたのだが、その局員がまさかの事件主犯格であったという事実が判明するという衝撃的な話があったのだ。
それと知ったティアナの上官が気を使わせて、1人で行動するのに酷だろうという事で直々の指名により、ミシェルがティアナの執務官補佐になったのである。

「私は特徴が無いのが特徴です」

  というのが彼女――ミシェルの口癖である。彼女自身の魔導師としてのランクは陸戦B判定で、とりわけ突出している訳でもないが、かと言って下に見られるほどに弱くはない、ほぼ平均ランクの魔導師としての評価を受けている為、本人はそう言い放つのである。
突出しない代わりにオールラウンダーな戦い方をするため、常に安定した戦闘を行えるのが利点であり、彼女自身もそれを己の長所として活用している。
  だがティアナとコンビを組むこととなり、射撃と幻術を駆使する彼女の戦闘スタイルに応じた後方支援に趣を置くことを決めていた。
また本人は自分をやや卑屈にして

「頭脳面でもランスター三尉程に切れはしませんが‥‥‥」

と本人は公言しているが、皮肉を込めているつもりは全くない。ティアナにしても、当初こそは上手くやっていけるのかと人間関係の面でやや不安はあったが、実際に行動を共にしてきてみて十分に期待できる程の情報処理と分析、支援を成し得ていると確信している。
性格的に真面目な方ではあるものの、自分を貶める様な発言もちらほらと見受けられるのが玉に瑕であった。
  が、ティアナにしても、自分が機動六課で似たような思考と行動を繰り返していたことを思い返すと、決して他人事には考えられずに励ますこともよくある。

「そんなことは無いわよ。貴女は良く状況を見れるし、判断も出来る。私には勿体ないくらいよ。だから、これからもお願いね?」

この様に、突出した能力のない自分を買って信頼してくれるティアナと打ち解け合い、もうすぐ1年になる付き合いであるが十分信頼しているのだった。
  そんな若いながらも有望であり実績も上げている執務官に対するテロネザの眼差しは、期待するところが大きくなっている。

「いえ、現場に一番近かったので、寧ろ時間を短縮できて幸いでした。早速で申し訳ありませんが、現状をお聞かせ願いませんでしょうか?」
「分かった。緊急連絡で聞いたとは思うが、10時間ほど前に調査団との連絡が途絶えてしまった。しかも、護衛に着いていた武装隊3人も纏めて消えてしまった」
「聞いております。魔力反応も何もなかったのですか?」
「無い。或は、魔力とは違った力があるのかもしれんが見当がつかん。それに、行方不明になる前にも不思議な事が起きている」

内心でティアナも不安を感じ取っていた。何せ、調査団の中にいるユーノとは面識があり、なのはとも親しむ仲であるのだから尚更である。

「取り敢えず、当艦の武装隊や医務官の調査で得られたデータを見てもらいたい」
「わかりました」

そう言うと、テロネザの指示を受けたオペレーターがメインスクリーンに遺体の映像等を中心に展開する。ティアナとミシェルも、その映像に目を見張った。
1年前のマリアージュ事件も残忍な殺人手法で身を強張らせたのは記憶に新しいが、これは別にして、犯人の正確無比な攻撃に警戒感を感じている。

「これは‥‥‥」
「現在のところ、どれもが一撃で急所を撃ち抜かれて即死したらしいのだが、その殺害方法が何であるかは確証に至っていない」
「質量兵器‥‥‥とは考えにくいですね、ティアナさん」
「そうね。殺傷性のある射撃魔法の可能性が強く見受けられる‥‥‥」

  ミシェルとティアナは遺体の傷口とその周辺の様子から、一発で質量兵器――即ち拳銃などの類ではないことを看破した。
そももそ、拳銃と言った弾丸はどこの管理世界でも共通の構造で、銃身内部に掘られた螺旋状の溝(ライフリング)の影響で弾丸は回転力を得られると、そのまま重心から飛び出し、回転したまま目標の身体に着弾する。
すると弾丸は人間の身体の内部を回転力によって、肉を巻き取り引き裂き裂いていった挙句に、身体の反対側から飛び出す際に肉片を激しく飛び散らせるのだ。
とは言え弾丸にも様々な種類はあり、身体の内部にワザと弾丸を残させて長き苦痛を味あわせるという仕様の物もあるのだが、それも否定される要因があった。

「艦長、遺体の周辺が湿っていますが?」

  そうだ。ティアナは、肉片といったものが飛び散らないでいる代わりに、遺体周辺が酷く湿っているのが目に入ったのである。
大分地面に染み込んでいるようだが、表面に見ても水たまりの様な部分が多く残されていることから、不思議に思うのも無理はない話であった。
そもそも雨が降ったという記録は無く、それは周辺の土の状況を見ても分かる。またトコヨの季節が秋〜冬に近いようで、液体が直ぐに蒸発せずに残されていたのだ。
液体の正体が単なる水なのか、或いは危険性のある化学薬品か何かなのだろうか。

「あぁ。それは私も気にしていたところなのだが‥‥‥検査の結果が、これだ」
「では、早速」

そう言うなり転送されてきた液体の分析結果のデータがメインパネルに表示される。そこには意外な結果報告が載っていた。

「海‥‥‥水?」

  報告文に乗っていたのは“海水”というワードだったのだ。益々もって訳が分からなくなる状況へと陥っていく。

「そうだ、海水だ。後日に発生した、地上車のパンク事件も、実は同じ海水がタイヤの周辺に溜っていたのだ」
「急所を何かしらの凶器で撃ち抜かれた遺体、争った形跡もない、そして海水と、同じくパンクしたタイヤ‥‥‥」

まったく結びつかないと思えたが、そこでティアナには思い当たる節が見つかった。それはユーノが推測したものと同じ、超高圧の水放出による殺害だ。
だが技術的な面で考えれば可能性は限りなく低い。となれば、魔導師の射撃の類だろうか。そう考えたが、直ぐに却下せざるを得なかった。

「魔導師の射撃の線も濃厚かと思ったが、凍結魔法による攻撃ならまだしも、海水――つまりは水を使った魔法は今だ存在しない」
「そうですね。凍結魔法そのものがレアな魔法ですから‥‥‥」
「まして、水による魔法ともなれば尚の事考えにくい‥‥‥ですよね」

そうだ。魔法の中に魔力変換資質と呼ぶ物質変換能力があるが、大半が炎と電気の2種類が占めており、先ほどの凍結は非常に稀なケースとされているのである。
  そうなると、マリアージュ事件よりも一層深い怪事件さが滲み出てきていた。それに兼ねて問題とされるのは、トレジャーハンターが嗅ぎつけてきているという事でもあり、このままでは行方不明になった調査団にも危険が及ぶことはまず間違いないだろう。
殺人の真相がジグソーパズルのように組み合わさらない一方で、調査団の捜索をもしなければならない。その件に関しては、テロネザの範囲に帰する問題だ。
ティアナとミシェルは、あくまでも事件解決に向けて勤しむ必要があり、調査団捜索にまで事細やかに口を差し挟む暇は無いのである。

「‥‥‥艦長、兎に角、私達も降りて直接見ておきます」
「分かった。調査団の探索は、こちらが引き続き引き受けよう」
「お願いします」

現地調査並びに発見者でもある調査団の留守を預かるスタッフの面々に会う為に、ティアナとミシェルは颯爽と艦橋を出て空間転移室へと向かった。
  そんな彼女らの後姿を見送ったクルーの1人が不安そうに艦長に呟いた。

「彼女らで大丈夫なんでしょうかね?」
「心配しても始まらんだろう。現にして、我々が言えたことではあるまい」
「そうですが‥‥‥」

いまいち煮え切らないクルーに、テロネザは続ける。

「ランスター三尉は確かに若いが、あの若さで、しかも執務官就任の初陣で見事に事件を解決している。経験こそ足りないだろうが、頼れる存在に違いない」
「随分と買っていますね、艦長は」
「‥‥‥口を開いている暇があれば、調査に集中したらどうかね」

正直に言えば、もっと経験者のある者が良かったが無い物ねだりに過ぎないことを自覚しており、まして自身の能力の無さを示すことにもなろう。
本来なら自分の責任で解決しなければならないが、そうもいかないのだから無念にも思う。早いところ、事件を解決し行方知れずとなった調査団を見つけねば。
そして、このトコヨと呼ばれる惑星が、今さらながら不気味な存在に思えてきてならないテロネザであった。

「なのはさん‥‥‥」

  向かう途中で、ティアナは到着直前に通信を行っていた、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンとの会話を思い返していた。
彼女はなのはの親友であり、ティアナが機動六課に努めていた時は無論、解散後に執務官として目指していた頃にも非常にお世話になった人物でもある。
そんな彼女から艦内通信でティアナに呼びかけて来たのだが、その話の内容は概ね察しが付いており、案の定、なのはに関する件であったのだ。
通信画面に映るフェイトは、煌びやかな金色のベリーロングの髪を先端で黒リボンで結び纏め、生来の赤い瞳でティアナを懐かしそうに見ていた。

『実は、なのはの事なんだけどね‥‥‥』

  本局にも当然のことながら、調査団の行方不明という一大事は伝わっており、それは電撃的に広まってなのはの元にも辿り着いたのはごく自然の事だったろう。
地上勤務としてミッドチルダにいた彼女に舞い込んだ訃報は、なのはの思考を停止させるに十分な破壊力を有していたものである。
足元をふらつかせた彼女を同僚が支える事態ともなってしまったのだが、それでもエース・オブ・エースと称される彼女は、直ぐに姿勢を整えた。
それでも同様の色は顔から消えてはおらず、その日の教導官としての仕事は精神的に真面ではないとの事を仲間であるヴィータからも忠告され、早々に切り上げた。
  他にも親友の1人である八神 はやても掛け付けて彼女を励ました。なのはと同じ地球出身者で、同年代の魔導師として名を馳せる人材である。
ブラウンのミディアムロングに前髪の右側の一房をヘアピンで纏めた彼女は、昔ながらの関西弁で彼女を励ました。

「大丈夫やで、なのはちゃん」
「けど‥‥‥」

自分に厳しく後輩には優しくも厳しい指導を送っていた彼女でさえ、この消沈ぶりは自分でも意外なほど尾を引いているようだった。
まして親友としての関係は一番深いと言っても過言ではないユーノの失踪は、さしもの彼女も堪えていたのだ。

「ユーノ君は、なのはちゃんのお師匠さんみたいなもんやろ? そないな人が、簡単にやられるとは思えへんよ」
「う、うん」
(あかん、かなり精神的にきてるみたいや)

これは早く、ユーノが見つかってくれることを祈るしかなさそうだが、そこで思い出したことがあった。

「そ、そや。なのはちゃん、この事件でティアナが派遣されるっちゅう話やで」
「え、あの子が?」
「ほんまや。たまたま近辺で捜索後の帰還途中やったらしいんやけど、その丁度ええタイミングでトコヨへ派遣されたんやで」
「ティアナ‥‥‥」
「大丈夫や、大丈夫! なんたって、1年前のマリアージュ事件も頑張って解決させたんやで。心配あらへん!」

可愛い後輩でもあるティアナが捜査担当と聞き、なのはも少しは安堵したようだが、それで100%安心したわけではなかった。
彼女には頑張ってユーノを探し出して欲しく思うはやては、なのはを落ち着かせてから、同じ執務官として働くフェイトにも通信を送ったのだ。
フェイトも長い親友の付き合いから事情を把握しており、ティアナにもそれとなく現状を伝えておこうと思ったのである。
  ティアナは責任重大であることを自覚していた。尊敬する上官の為にも、何としても事件を解決すると同時にユーノ達を救わねばならない。
それにしも、水を利用した魔導師とは想像だにしていなかった。これまでに水を主とした魔導師は存在しなかったのだが、それはあくまで一般的な見方であってこの遺失管理世界では存在していたのかもしれない‥‥‥あくまで、個人的な見解だが。
凍結魔法を駆使する人物と言えば、八神 はやてが該当するのだが、あの殺害現場を見る限りかなりコンパクトに、そして精密に攻撃している。
もしかすれば、テロネザが言っていたように全く違う技術体系を有した相手なのかもしれない。

「謎は深まるばかり‥‥‥ですね。ティアナさん」
「そうね。けど兎も角は、地上に降りて調べてみない事には分からない‥‥‥」

そう言いながらも転移室で地上の仮説研究所に設置してある転移室へと転移を開始したのである。




〜〜〜あとがき〜〜〜
どうも、第三惑星人です。記念作品として書き起こしてみました『リリカルQ〜星の伝説〜』如何でしたでしょうか。
これまでも『ゴジラ』や『血を吸う薔薇』という、誰が読むんだ? と言わんばかりの組み合わせを考えて書いてまいりましたが、今回もまたやらかしました。
そもそも、『リリカルなのは』をご存知の方々が、どれだけ『ウルトラQ ザ・ムービー〜星の伝説〜』をご存じなのでしょうかね。
監督が実相寺氏で、劇場作品として新たに作り出した映画ですが、内容が内容だけに今一つの成果で終わってしまったとされる作品でした。
私はこの作品が気に入っていまして、この不思議な感覚を、無謀にも『リリカルなのは』に組み込んでみたいと思って書き始めた次第です。
ただし、冒頭で記述しました通り、『ウルトラQ』要素を盛り込んだだけという感じになってしまいました。
それでも、何とか世界観や雰囲気を壊さぬように、頑張って書き上げたいと思いますので、何卒お付き合いして頂ければと思います。



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