第2話『記憶に浸りて』


〜CHAPTER・T〜



  ……今から約15年前に遡る。
  私の母であったメラ・メルディアは、父である大ガミラス帝星永世総統アベルト・デスラーを憎んでいたと言っても過言ではない。いや、厳密にいえば憎んでいただけではなく、憎むとういう感情以上にして父デスラーを愛していたことを、私は少なからず敏感に感じ取っていた。愛情と憎しみという感情は、実に紙一重、或は表裏一体とも言えば良いのかは分からないが、かつては互いに心惹かれ合った者同士であったことは間違いなかった。
  そうでなければ、私がこの世に生を受けて存在する筈もなかったに違いない。よしんば生まれていたとしても、他人の心を覗き込める上に幻覚まで送り込める特殊な能力を持ったサイレン人を、誰もが警戒するのは疑いようもないことだ。過去の歴史において、サイレン人と同等の種族も尽くが忌み嫌われ、追放され、或は根絶やしにされている。それからしても、私も生まれた時から早々に命を奪われたに違いない。そうはしなかったのは、父デスラー自身もまた生まれた私に対する愛情というものを、どういった形であれ有していたが故だったのも知っていた。
  だが、私が物心つく前から、その愛情とは異なる感情――嫌悪や嫉妬により、心が幾重にも塗れた2人の関係は瞬く間に崩れていったのだ。その最たる原因が、どちらにあるかとは私の口からは言い難い。そもそもからして、どうしてガミラス人とサイレン人という異なる2人が惹かれ合ったのだろうか……何故、短い時とはいえ愛し合うに至ったのであろうか。
  まず言えることは、“愛”というものが2人の間で芽生えていたのは違いなかった。父デスラーは、細かいところまでに気配りが出来る母メラに対して、程よい充足感に溢れて満足し、そして深い愛情を抱いた。母メラは、若くして国家を束ねるデスラーの高いカリスマ性と、臣民を束ねる指導力を備える姿に魅入られていた。そんな彼が、自身に集中してくれることを強く望む独占欲と、また深い愛情を抱いたのだ。
  互いの心を満たし満たされるという幸せ……それを十分に感じ取っていた。

「メラ、君は私を理解してくれる、美しい人だ」
「アベルト、貴方から溢れる覇気と支配欲、全て、私に向けて」

  異なる文明人同士ではあったが、アベルト・デスラーとメラ・メルディアは愛し合った。兎に角、互いを求め合って愛し合ったのだ。
  2人が愛し合うことは、上層部でも知るところではあったものの、結婚という形は成し得ることは無かった。故に、母メラの一族を差す名“メルディア”は受け継がれ続け、デスラー一族に下ることは無かったのだ。

「私には権力は興味はないわ。指導者は貴方だけ。私は傍に居られればそれでいいのよ」

  母メラは、そのように父デスラーに言ったともされる。その為、法律的にはデスラー一族ではなく単なる愛人にすぎなかった。
  理由は明らかにされてはいなかったが、母メラがデスラー一族の下に降りることとなれば、正当な権力候補者になる。加えて、この私ジュラが生まれとなれば、将来におけるガミラス星の指導者として権力争いの渦中に放り込まれることも十分に考えられた。母メラは、それを警戒し、周りの血縁関係者や、権力を狙う他貴族を刺激しない様に配慮したのであろう。

「君は実に聡明だ」

  権力にしがみ付くことがない彼女の姿勢には、父デスラーもより一層の感銘を受けた。
  ところが、そんな母メラと共にいる中で、彼女の持つ能力が次第に鬱陶しいものに変わっていったのは、そう時間は掛からなかった。父デスラーの気持ちを汲み取る能力は、最初こそはデスラーに細やかな気配りをする為に、有効な手段となっていたのだが、思わぬ弊害も生じていったのである。つまり、デスラーの思考を読み取るということは、母メラは一から十までのことを全て網羅しているという訳であり、彼自身の秘密にしておきたいことまで知られてしまうのだ。
  父デスラーは、別段に浮気をするでもなく、女性関係が派手であるという訳でもなかったもので、寧ろ母メラへの愛情一筋と言っても良かったと思う。父デスラーは母メラを愛し、その逆もしかりであったのだが、その異性という関係の他に愛する人が父の中にあった……それが、イスカンダル星最期の女王スターシャ・イスカンダル陛下だ。父デスラーは、スターシャ陛下を親しき近隣住民の様な視線で見ていたのだが、それが一つの引き金となったのは間違いない。
  異性としての愛情を抱いていた訳ではないにしろ、母メラからすれば、自分以外の女性へ向けるデスラーの視線は、非常に神経を尖らせざるを得なかったのだ。
  人の思考を読み取ることが出来るのは、何もプラスばかりに働かなかったのである。この時ばかりは、2人の関係に罅を入れるには十分なマイナス要素と成り得た。最初こそは気に留めないようにしていた母メラであったが、父デスラーのスターシャ陛下へ寄せる視線と想いは、母メラに深い嫉妬の溝を掘り下げていく。
  自分に全てを向けて愛して欲しかった彼女にとって、スターシャ陛下という存在は目障りになっていた。無論、対するスターシャ陛下は、父デスラーを愛していた訳ではない。寧ろ、覇権を争う姿勢に対する強い危機感を抱いていて、覇権主義の反動が来るのではないかと心配していたのだ。
  近隣住民という関係以上の親密性に耐えかねた母メラは、遂に父デスラーに抗議した。
  もっとも、この時には私――ジュラが生まれて7年後ほど(今から約8年前)の話であり、妻と娘を蔑ろにしてスターシャに心惹かれる父デスラーの姿を見かねて、口に出して直接訴えたのだ。

「アベルト、私と娘のジュラを見て。スターシャなんかではなく、私達を!」
「何を言いだすんだ、メラ。私はお前を見ている。ジュラも見ているぞ。愛して――」
「いいえ、違うわ。貴方はスターシャに要らぬ愛情を持ってみている。それも、私達とは違った想いでね」
「! また、私の心を視たのか、メラ」

  得意の心を読むメラの能力によって見透かされていた父デスラーは、たじろいで母メラを見つめ返した。如何な独裁者とは言え、心内を読まれて平然としてはいられず、これが徐々に、だが確実に鬱陶しく思い始めることとなった。如何に親密になろうとも、やはり事細やかなところまで覗き込まれたり、読まれてしまっては落ちつけよう筈もなかったのだ。
  まして、彼は一国の指導者であり、指導者の考えが筒抜けとなってしまうのではないか、という心配も芽生えていた。
  たじろぐ父デスラーを、さらに問い詰めるように歩み寄る母メラ。

「そうよ、嫌でも視えるのよ、スターシャへの感情がね!」
「それは構わんではないかね。彼女は、イスカンダル星はガミラス星の隣人であり兄妹だ。大切に思って何が悪いというのだ?」

  あくまでも隣人としての付き合いであると抗弁を垂れる父デスラーは、それが自分の本心であると確信していた。
  しかし、母メラにとっては信じ難い話に見えた。それだけ、彼女の独占欲が強い現れだったものの、それは常人のそれを上回ったものだと言えた。父デスラーの弁解を、母メラは受け付けなかったのだ。

「開きおなって……貴方は、私と娘ことを想えば良いのよ、スターシャではなくてね!」
「君こそ分からんのかね。君達を愛することに嘘偽りはない、変わらぬと言っているだろう!」

  父デスラーも、この時ばかりは耐え兼ねて母メラに反論し怒声を上げていった。確かに、母メラは嫉妬深い性格だったものの、嫉妬に比例して愛情も、それ以上に強かったのだ。心も、その身も独占して愛してほしい。そんな性格が災いしてか、或は父デスラーもまた高いプライドのせいか、一歩も彼女に対して譲ることはなかったのだ。スターシャへの愛情と、私達への愛情は別次元のものだという、自身の主張が全く通用しないことに、苛立ちを隠せなかった。
  そして、我慢の限界を超えた父デスラーは、目を血走らせながら母メラへ一方的な宣言――というよりも命令を発した。

「それほどまでに、私の心の中にあるスターシャを視たくないのであれば、この星から出ていくのだな!」
「!?」

  出ていけ。その一言は、一瞬にして母メラの沸騰した嫉妬と、怒りに塗れた心に、氷点下のナイフを突き立てた。愛する感情が強すぎるが故に歯止めが利かなくなっていた母メラは、この一言で我に返ったものの、激高した彼の姿を見て不味いと思った時には既に遅かった。これまでにも口論はあったが、今回は極めつけだったと悟り、取り返しのつかない事態になってしまったと後悔したのだ。
  先ほどまでヒステリックに叫び、愛する父デスラーを非難していた舌は、一気に活動を停滞させた。

「ア……アベル……ト」

  それが、ようやく出た言葉だった。

「出ていけば、私の心を視ずに済むだろう? それだけじゃない。出ていけば、君が忌々しく思うイスカンダルを見上げることもない。それで満足だろう」
「ち、ちが――」

  初めて母メラは激しく動揺し、尚且つ狼狽したのだ。目尻に涙が溜まり始める。それは、幸せではなく哀しみを体現した涙であった。

「そもそもだ、余計なことは詮索するなとあれ程言っておいたではないかね。それを何か、勝手に秘密やらを覗き見て、偉そうに差し出口を挟むのか!」
「っ……」

  もはや取り返しのつかないレベルであった。お互いに熱を帯び過ぎたが為に、頭を冷やすことなど出来なかったのだ。そして、先に怒りと興奮から冷めた母メラにしても、どうしようもなかった。
  方や、一方的にガミラス星からの追放を言い放った父デスラーは、自身の怒り冷めぬ内に踵を返すと、言葉が出ない母メラを後にしたのだ。距離を話していく彼の後姿が、そのまま互いの心の距離感以上の物を感じさせた。
  彼の姿が扉によって閉ざされた途端、あの気丈で心優しかった彼女は膝から崩れ落ちた。その綺麗な顔立ちは、哀しみによって崩れさっていた。

「お母様……」

  そんな一部始終を、私はコッソリと目撃していたのだ。口論をする父と母の姿を見た時は、年齢的にまだ小さい私でも心に傷を負うには十分なものだった。まして、感情を読み取ることに長けた種族であれば尚更のこと、母メラの気持ちは嫌がおうに感じられたのだから。これまでにも、少なからずの口論した2人の姿を目撃していたものの、やはり「出ていけ」との言葉には、強いショックがあった。
  その場に崩れ落ちた母メラに対し、どう声を掛けてよいものか分からず、私は静かに涙をこぼす母を見つめるしかなかった。

「私達を……見ていてほしかっただけなのに……」

  これまで、サイレン人だから――と虐げられてきた経緯のある彼女にとって、人生で初めて愛してくれた父デスラーが離れてしまったのは、非常に大きな傷となった。確かに、母メラの気丈で独占欲の強い性格も悪かったのかもしれない。けれども、父デスラーも、スターシャ陛下に対する特別な愛情を忘れられなかったことにも原因はある。今さらながらに後には引けない父デスラーと、あれだけ強気で出てしまった手前がある以上、弱気にも出来ない母メラ。互いに仲を戻すことも出来ないままに別れることとなったのだ。

「お母様」

  ガミラス星を旅立つことになった当日、ガミロイドが操縦する宇宙船に母メラと2人で乗り込んだ。その時、ガミラス星から離れることへの不安感が、無くなっていなかった私は、不安げに彼女の袖を掴んでいた。本当に別れたままになってしまうという現実を、心の奥底では認めたくなかったのだ。それを察した母が、あの時の弱さを1rも見せることなく、いつもの気丈な女性としての振る舞いを見せた。

「大丈夫よ。あの男が見捨てても、ジュラは私が最期まで護るから」

  その瞳には、もはや父デスラーなど頼りにしない、自分達だけで生きていくことを決意した意思が宿っていたように、その時は思えた。母メラの決意は、確かなものだと感じていた一方で、何処かやりきれない思いも含まれていたことを、それとなく感じ取っていた。まだ、父デスラーのことを諦めきれていないのではないか――決して口に出せない疑問が、自分の中に靄となって漂っていた。
  誰も見送ることのない、機械的な輸送作業。ガミロイド達はデータに従って運航し、目標の星系へ向けて船を飛び立たせた。離れていく地表を窓越しに眺めやる私は、期待しても無駄であろうと分かりつつも、父デスラーが姿を見せることを期待したものの、見える範囲で彼の姿は発見できなかった。

「失礼いたします、総統閣下」

  大ガミラス帝星を統べる総統府の一室にて、独りで立体テレビジョン型チェスを操作するのは指導者ことアベルト・デスラー。ソファーに腰を掛けて脚を組む姿は、それだけでもカリスマ性を放っていた。
  そんな彼の元に、給仕が通信機の受話器をトレイに乗せて歩み寄って来たのだ。それを知った途端、デスラーはチェス盤の操作パネルから指を離し、受話器ではなく総統府の真上に見えるイスカンダル星を見上げた。誰からの通信であるかを即座に把握したのである。

「スターシャ女王陛下より、ホットラインが来てございます」
「……随分、早いものだ」

  あまり使われることのない、イスカンダル星の女王スターシャ・イスカンダルとの直通回線である。掛けてくるときは、殆どが場合は良い話ではない。何かとガミラス星のやり口に異を唱えるだけで、デスラー本人が思う程の隣人関係とは言い難いものであった。それでも、デスラーは心より親しき友人という思いを持っていた。
  苦笑しつつも、その受話器を手に取ってから耳に当て、声の主に神経を集中させた。

「私だよ、スターシャ」
『デスラー総統。メラさん達を追放するとは、本気ですか』
「情報が早いね」

  下手にはぐらかさい時点で、電話の声の主は真実だと悟った。

『貴方の愛する人達だったのでは、ありませんか』
「最近は、我が国内も不穏な動きがあってね。メラとジュラは、危険な目に遭うだろうと思い、別居させたのだよ」

  無論、事実は異なる。自分の思考が読まれることを苦にしたとは、彼女の前では言いたくはなかった。スターシャは、そんなデスラーの心理を見透かしたかのように、御淑やかだが、威厳のある声でデスラーを叱咤した。

『サイレン人の能力を疎ましく思ったのでしょう、デスラー総統。それは、あまりにも身勝手ですよ』
「……抗議の声かね」
『そうです』
「たまには優しい言葉を聞きたいものだね、スターシャ。それに、これは私の私的な行いだ。如何に君とは言えども、やたらに入り込まれては困るんだが……どうかな?」
『お隣の友人として、ご忠告申し上げているのですよ……アベルト』

  ファミリー・ネームではなくファースト・ネームで呼ぶスターシャに、懐かしさを覚えるデスラー。とはいえ、“友人”という言葉に、デスラーは苦笑した。そこまでして、メラとジュラに肩入れするとは、種族が違えども同じ女性同士なら気持ちは分り合えるとでも言うのか。ならば、このデスラーに対しても気持ちを理解してくれても良さそうなものだが、生憎と現実はそうもいかないものである。
  この彼の想う気持ちの裏には、愛情を自らに注ぐことの無かった母親――故アデルシア・デスラーが関係してくるのだが、彼の抱える心理的な傷を理解している者は、母メラ・メルディアと、私ジュラを他に置いてはいない。

「なに、追放とはいっても、何も保証しない訳ではないさ。メラとジュラには、不自由させないよう手配はしてある。問題は無い」
『……本当に、それで良いのですね』
「あぁ」

  今、スターシャはどんな顔をしているだろうか。失望、怒り、悲しみ、はたまた哀れみだろうか。

『わかりました。そう仰るのなら、お話もここまでです。後悔なさらぬように……アベルト』
「……君の忠告は、胸に留めておくよ、スターシャ」

  愛しき声が途絶える。

「後悔……か」

  通信の切れた受話器を戻して給仕を下がらせたデスラーは、ソファーでのけ反りつつもポツリと言葉を漏らした。後悔などあるものか……あってなるものか……繰り返し呟き、嘲笑した。果たして、その嘲笑が自分に対するものか、はたまたスターシャに対するものか、メラ達に対するものかは、自分でもわからなかった。



  こうして私達は、かつて住んでいた廃れた星――ガミラス領ユークレシア星系第1惑星ことサイレン星へと逆戻りとなったのだ。ほぼ無人の星へと成り果てていたサイレン星であったが、再び母メラと私が住まうことになったので、一応の有人惑星へと変わった。住む家は、父デスラーの一応の計らいで建てられ、そこに住まうこととなる。身の回りの世話をしてくれる使用人はいないが、代わりにアンドロイドが置かれた。
  誰も好んでサイレン人の使用人になる者などいないのだ。心の中を覗かれるだけでなく、その人に適応した幻覚まで見せられるとあっては安心できない。それでも通信は出来るようにと、最新の通信機器は置いてくれた。加えて母メラは、アンドロイドを使って感応波増幅装置を旧施設から移設させた。これがあれば、相手が何処に居ようとも心の内を読み取ることが出来、幻覚も送ることが出来る。
  だが母メラは、父デスラーの心を二度と覗き込もうとはしなかった。
  後悔の念があったからであろうが、かといって自分から通信を試みようとはしない。プライドが邪魔していて、仲を戻そうという気持ちを阻害していた。

「スターシャなどに心惹かれて、私と実の娘を辺境の星に追いやった卑怯な男……!」

  常々、彼女はそう言って父デスラーを罵倒した。或は自分の気持ちがデスラーに行き届いていなかったのではないか、という気持ちも見え隠れしていた。
  そして母メラは、増幅装置を使って近隣宙域を通過する船の乗組員達の心を、暇があればのぞき込んでいった。そうする以外にやることがなかったとも言えるが、今のガミラス人達は何を思っているのか、と母メラは気になっている節もあったのだ。また同時に、ガミラスに下った星々の人々の心も視ていた。ガミラスに感謝する者も居れば、強く反発する者も居るし、どっちつかずの者もいた。
  そうして約8年が過ぎていったときに、母メラと私は知ったのだ……例の地球の戦艦〈ヤマト〉の存在を。

「地球……アベルトが、天の川銀河への侵攻の足掛かりとして目を付けた星ね」

  彼女は既に、ガミラス軍人や通りかかる船のクルーの心を覗いた時に、地球攻略作戦のことを知っていた。大ガミラス帝星が、今後に渡り続く大マゼラン銀河の完全制覇という野望の後に何をするのかといえば、デスラー政権下における治世を盤石にすることである。
  同時に発生する問題というのは、新たな支配宙域の獲得であった。大マゼラン銀河を支配するだけではなく、飽くなき拡大を続ける必要性が、総統としての父デスラーの肩に掛かっていた。国民に、無敵ガミラス神話を崩させない様に配慮する必要性があったといえよう。強ければ強いほどに弱い部分を見せることは出来ない。下手に弱気になれば、そこを突いて転覆を謀ろうとする輩も出てくると思ったからだ。
  そこで、支配し尽くした後の標的として、白羽の矢を立てたのが天の川銀河だった。さらに、天の川銀河制覇における重要拠点として選ばれたのが、地球だと言われる。地球を早々に侵略しておいて、大マゼラン銀河と小マゼラン銀河の双方を支配圏に置いて尚且つ、治世を盤石にした直後に動けるよう布石を置きたかったのだ。
  実際に侵略が始まったのは約8年前のことで、大マゼラン銀河から天の川銀までを、サイレン人の遺した“ゲシュ=タムの門”を利用して、侵略の脚を進めた。双方の銀河の中間地点にあるバラン星に重要拠点を構築し、そこから天の川銀河辺境にも中継基地を構築し、概ね準備が整ったところで攻撃を開始した。
  また、対地球攻略戦の先駆けとして、先制攻撃を仕掛けたのは地球の艦隊だったという。元々は、軍事的圧力を掛ける気だったガミラス側としては好都合な展開だった。この先制攻撃の一件で、地球とは辺境の野蛮な民族というレッテルがガミラスの間で広がった。無論、私ジュラも知っていることだったが、実は地球人にもそれ相応の理由があったのも知っている。
  それはつまり、ガミラス側は地球艦隊の呼びかけを無視し、加えて地球の領域に無断で侵入したことによる強行処置として、先制攻撃を仕掛けたのだ。

「奴らは、不法に地球の宙域に侵入した。それ以上に攻撃する理由が何処にあるか」

  と、当時の地球軍の高官は言っていたとされる。ガミラスもまた、異国の艦隊が無断で侵入した際に呼びかけを無視されれば、地球艦隊と同じような処置を取っているのは想像が容易にできる。
  そこからは、ガミラス軍の一方的な殺戮が続いた。地球の艦隊は太陽系外へ出ることも出来ない上に、武力や科学力もガミラスに劣っていたのだ。奮戦も虚しくして大きな痛手を被ったが、一時は痛恨の反撃をガミラス軍に与えて侵攻の脚を止めたこともあった。地球攻略はまだまだ先となるばかりか、その先にある天の川銀河制覇に向けた下準備であるとはいえ、父デスラーは攻略をあまり急かさなかった。

「まずなすべきことは、この大マゼラン銀河と、小マゼラン銀河を平定し、イスカンダル主義を浸透させることだ」

  父デスラーはその様に言い渡すと、兎にも角にも大マゼラン銀河と小マゼラン銀河で抵抗を続ける敵対勢力の鎮圧と併合を急がせた。この裏に存在する真意を、どれ程の幹部達が理解していたかは定かではない。ガミラス星の命運を背負った父デスラーの真意を理解しない者からすれば、単純な版図の拡大政策にしか映らなかった。
  また皮肉な話であるが、ここで父デスラーが無理にでも地球攻略を前線司令官に対して急かしていれば、或は増援なり送り込んで短期的に戦闘を終結させていたのであれば、結果は全く違うものになっていただろう。
  何故なら、時間を掛けた割には地球人が予想以上に長く持ち堪えたばかりか、見かねたスターシャ陛下が波動エンジンを地球人に渡したのだから。さらにはスターシャ陛下が、地球に対する最後の救済処置として地球へ波動エンジンを届けさせたうえで、もしも生きるつもりがあるのならばイスカンダルへ来るように、とのメッセージも送ったのであるが、スターシャ陛下の真意を、誰が見極めることが出来ようか……。
  遥かな星からメッセージを受け取った地球人は、ガミラス人も驚くほどの不屈の闘志を持って、〈ヤマト〉として具現化される。それが次々とガミラス軍の猛攻を退け、遂には天の川銀河攻略の計画を見直す事態にまで来たのである。〈ヤマト〉に対する危険度の認識が、甘かったと言えばそれまでである。事実、誰も彼もが、心の中で地球の戦艦を侮っていたのだ。

「地球? あぁ、外宇宙へ出ることも出来ない野蛮な星か。そんな星の戦艦がようやく外宇宙に出られて、何を驚くのか」
「我がガミラスに楯突くとどうなるか、身を以て知ることになるだろうな」

  と余裕の態度でふんぞり返っていたような高官達だったが、実際に蓋を空けてみて、その結果に納得できた者などいなかった。木星の浮遊大陸基地は崩壊し、冥王星基地も破壊され、バラン星もまた機能を失ったのだから。所詮は、これらはまぐれではないか、と現実を素直に受け入れようとしなかった。
  だが、そんな中で例外と言えるのが、既にこの世にはいなくなってしまったエルク・ドメル上級大将である。彼のみは〈ヤマト〉を強敵と捉えて戦いを挑んでいったのだ。
  しかし、宇宙の狼と揶揄された名将の彼でも、結果は敗死というもので幕を閉じている。
  名将を失った父デスラーもまた、〈ヤマト〉に対する認識を改めねばならないとして焦り生んでいった。加えて、〈ヤマト〉という戦艦が大ガミラス帝星の防衛戦を突破していったというニュースは、情報を規制しても必ず何処かで抜けてしまうものである。相次ぐ大ガミラス帝星の軍が敗退するという報せに歓喜したのは、反ガミラス派並びに指導者や現政権に不満を持つ反デスラー派の面々だった。

「ガミラスも無敵ではない! あの辺境の戦艦がたった1隻で、それを証明してくれた!」
「我らにも出来る筈だ。ガミラスなどに負けてられんぞ!」

  彼らは親衛隊の弾圧に怯えながらも活動を続けており、〈ヤマト〉という期待の星が現れてからは活動を活発化させていった。胸中にある思惑は様々で、自主独立の為に戦いを挑む者達もいれば、己の権益や利益のみの為に戦う者達、或は必死に生き残る為に戦う者達と様々だ。各宙域に散らばる反ガミラス派や反現政権派は、連携を取って行動をしている訳ではないものの、何処かに生じた綻びを付け込んでは、その傷口を広げた。知らぬ内に、それが連鎖反応を呼び込んでは、新たな叛乱の火種を生み出していったのである。
  ガミラス領における叛乱行為や、テロ行為を鎮圧すべく動いていたのは、国内で最も強い取締りの権限を与えられた武装組織こと親衛隊だ。秘密警察の延長線上に存在する親衛隊は、ハイドム・ギムレーを親衛隊長官として活動していたが、その辣腕ぶりはことに有名だった。疑わしき者は、捕まえて収容所送りにしたり、場合によっては射殺する事さえ厭わなかったのだ。そんな横暴振りが、他宙域の反発を招くこと必至であったのだ。
  時には、苛烈という言葉でさえ足りない強硬手段に出たこともあり、かのノルド大管区にあった植民星オルタリアを、非戦闘員と戦闘員を区別なく、大量破壊兵器を大量に使用して殲滅せしめてしまったことがある。

「親衛隊は、やり過ぎだ」

  帝星の閣僚内部にも、度が過ぎると反発を買ったものだが、ギムレーは表情一つ変えずに正当な罰であると主張していた。力で圧政を強めるやり方には、ヴェルテ・タランもまた反対の立場にあり、余計に叛乱やクーデターを引き起こす可能性がある、と危惧していたのだ。まして、完全統一まで時間が掛かっており、ここで余計な横槍を入れられてしまっては、軍部としても余力を失くしてしまいかねなかった。
  大マゼラン銀河に存在する4つの戦線、さらに小マゼラン銀河に存在する3つの戦線でも、ガミラス軍の猛攻を退けて防御戦を維持している傾向も出ていたことが、タランに焦りを生じさせていた原因でもある。
  加えて小マゼラン銀河には、外部勢力が侵略の脚を伸ばしつつあり、その迎撃の為にも戦力を割かねばならない事態であった。情報では、ガトランティスこと“蛮族”とさえ呼ばれる新勢力のようで、戦闘艦の性能はガミラスの戦闘艦と拮抗していた。この外部勢力は、既存の小マゼラン銀河勢力勢にも攻撃を仕掛けており、まさに泥沼化している状態といえた。静観していても悪くは無かったが、強制的にガミラス軍にも襲い掛かるともなれば静観もしかねた。
  これに苦慮した帝星司令部は、第6空間機甲師団と司令官エルク・ドメル中将を派遣した程である。彼はガミラスでもトップに入る戦術家だ。彼の緻密な戦術によってガトランティス軍の先遣部隊らしき艦隊は殲滅され、その動きを凍結させたと言われる戦果を上げた。代わりに既存勢力に向けて足を延ばして勢力圏をジワジワと広げつつあったことは、決して心穏やかではいられなかったが。
  ところが、エルク・ドメルは突如として本国に呼び戻された後、特命を受けて挑んだ〈ヤマト〉との戦闘で戦死してしまい、小マゼラン銀河の防衛戦も危うい状況が生まれていた。ガミラス軍の陣営にほころびが生じ始めたことを悟ったガトランティス軍は、隙を狙ったかのように再び攻め込み始めたのである。
  ……ガミラス領内の秩序を崩壊させつつあった原因たる〈ヤマト〉。その戦艦が、私と母メラの住まうユークレシア星系の近くを通ることが分かったのである。そして母メラは、増幅装置を使って彼ら地球人の心に探りを入れたのだ。

「……必至だわ、彼らも」

  ヤマトクルーの心を読んだ母メラは、彼ら地球人が必死になって祖国を救おうと旅を続けているのを知ったのだが、同時に不安も少なからず過ぎった。〈ヤマト〉航行ルート上に存在するユークレシア星系に、クルーが興味を示す可能性を否定しえなかった。もしかすれば、サイレン星へ降り立ってくるのではないか。地球人からすれば、サイレン人という異星人とは初めて遭遇することとなるが、化け物と呼んで命を奪いに来るのではないかと思ったのだ。地球人もまた、過去において肌の色の違いで迫害を続けていたことがあるのを、クルーの中から心を読み取って知っていた。
  それに〈ヤマト〉には、波動砲と呼ばれる超兵器が存在する。その兵器を使って私達を抹殺するのではないか……そんな最悪の展開も想像できてしまったのだ。地球を救うことが第一であろう彼らだが、やはり人間であることに変わりはない。
  母メラは、〈ヤマト〉がこの近辺に来ない様に妨害をすることを決めたのだ。

「サイレン人の能力と、この増幅装置で、遥か遠い〈ヤマト〉に幻覚を送り込むわよ。これまでもやっていることだけど、ジュラ、貴女も見ておきなさい。彼らがこの幻覚を受けてどう動くかを……」
「お母様、もし、〈ヤマト〉が私達の命を奪いに来たら……どうなさるのです?」

  私の脳裏にも、母メラと同じような情景が浮かび上がった。そんな時はどうするのか――と私は尋ねた。

「誰にも、ジュラを殺めさせたりするものですか。如何なるときも、私が貴女を護るわ。この私の身を犠牲にしても……」

  母メラの瞳の奥には、強い意志が現れていた。言葉にも、心にも偽りは存在せず、母として子を護ろうという強い意志が宿っていたのを、今でも覚えている。そうして、母メラは増幅装置を使って〈ヤマト〉に幻覚を送り込んだのである。



〜CHAPTER・U〜



  結果から言ってしまえば、地球の戦艦〈ヤマト〉は母メラの放つ幻覚に恐れてユークレシア星系を遠ざかることは無く、逆に彼らを呼び込むこととなってしまった。呼び込むことになったとはいえ、母メラが動揺するそぶりは一切無かった。
  寧ろ、その表情は何処か納得した様なものがあったように感じ、実際にも母メラは感心していたようだった。
  モニターに映る〈ヤマト〉を眺めやるメラは、ジュラに語り掛ける様に思ったことを口にする。

「彼らも必至なのよ。自分らの星が滅びるか、生きるかの瀬戸際になっているのですからね」
「お母様……」
「ふふ、大丈夫よ。心配はおよしよ、ジュラ」

  何を持って心配はいらないと言っているのか、この時は理解できなかった。
  だが、生きる為に必死に戦う地球人の心を垣間見た母メラは、地球人の乗る〈ヤマト〉は違う存在だと分かっていた。生きる為に戦う戦士達だと言っていた。

「まだ時間はある……と、言ってもただ待つばかりだと思うけど」

  そう言って母メラは踵を返して自室へと入っていった。何かを含んだように思えたが、それはそう時間を置かずに来た。このサイレン星の備え付けられている通信機に着信があったのだ。その発信元を確かめた私は、思わず息を呑んでしまった。
  父デスラー総統からの通信だったからだ。私達を、サイレン星へと隔離した日から数年以上が経つが、その間に彼が通信をして来たことは一度も無かったのだから、尚更のこと嫌な予感が過ぎった。恐らくは〈ヤマト〉のことであろうことが想像できていたのだ。それ以外に、こんな辺境の惑星に隔離した私達親子へ通信をする理由はない。
  着信を無視する訳にもいかず、私は母メラの代わりに通信の回線を開いた。すると、懐かしくも懐かしさに浸れない父デスラーの顔がスクリーンに投影された。30代前半の若き指導者の佇まいは、ガミラス星を出てから何も変わっていない様に思えた。

『おぉ、ジュラか……元気だったか』
「……はい」

  通信画面越しに目線があった父デスラーは形式通りの挨拶をしたに過ぎない。私も最低限の返事しかしなかった。
  そして、父デスラーの口からは案の定〈ヤマト〉が出て来たのだ。

『あの〈ヤマト〉がそこへ向かっているというのに、何故データを送らない。メラをその席へ呼べ、ジュラ』

  愛した母メラのことを心配する訳でもなく、〈ヤマト〉のクルーに関するデータを送れと命令する父デスラー。彼の脳裏には、もはや帝国の存亡しかない。それはそれで彼の立場もあろう。何せ帝国の繁栄を続けねばならない自分の立場として、辺境に追いやった母子のことなど重要視していられないのだった。いや、それ以上に重要な課題が、父デスラーの肩に圧し掛かっていたのであるから。

「わかりました」

  通信席へ呼べと命じられた私は、小さく答えてから席を離れて母メラの自室へと向かった。
  そこでは、ソファーで寛ぎ休んでいた母の姿があった。精神官能波を使うと思いのほか疲れるのだ。特に、一度に多数の人間の心を読んだり、幻覚を同時的に見せたりするのは尚の事精神力を疲弊させた。休んでいる母メラの元へ声を掛けるのは気が引けてしまうが、かといって父デスラーの要件を無視することも出来ない。
  申し訳なさそうに母へ声を掛けた。

「お母様、お休みのところごめんなさい。デスラー総統が通信席へ来てと……」

  そう伝えると、案の定、彼女は今となっては忌々しいデスラーの名を聞いた途端に、神経を尖らせた。

「データなら、後で纏めて送ると言っておきなさい、ジュラ! それに、彼のことを総統と呼ばないで」
「……」
「口では強がりを言っているくせに、スターシャなどに心を惹かれ、私と実の娘を辺境に追いやった卑怯な男なのだから!」
「……はい、分りました」

  父デスラーのことを聞くなり、語気を荒くして言う母メラの姿に、チクリと心の中が痛んだ。すると、彼女もまたジュラに八つ当たりするような言動をしてしまったことに気付く。己の未熟さを呪いたくなる、と彼女は心内で思ったのだ。
  そそくさと私室から出ようとする私の背中を、母メラは慌てて止める。

「ジュラ」
「? 何でしょうか、お母様」

  ワザとらしくも何のことであろうか、と言わんばかりに首をかしげて母メラに問い返す。そんな私の姿に、母メラの表情は一層のこと陰りがさしたように思えた。私に対して、父デスラーのことで八つ当たり同然の言動をしてしまったばかりか、自身の心内を察して気を使わせぬようにさせてしまった。
  彼女は、反省の色を見せつつ数秒の沈黙の後に口を開いた。

「悪かったわ……貴女に声を荒げてしまうなんてね。貴女は、ただ伝えに来ただけなのに」
「いいえ、気にしていません。お母様の気持ちは、私にも分かりますから……」
「……そう」

  微笑む私に対して、母メラも笑みを浮かべていた。母親としての暖かな笑みだった。そして、これが最期に見ることになる母親の微笑みだとは、思いもしなかった。
  通信席に戻った私は、通信回線がオープンになったままの画面を見る。母メラが来るのを待ち望んでいた、父デスラーの憮然とした表情があった。望んでいた女性の姿が見えないことを悟った彼は、何処となくだが寂しさを表情に一瞬だけ浮かべたのを、私はこの目で見たのを今も覚えている。何だかんだで彼も母メラを愛しているという証拠でもあったのだ。
  通信席に来ないことを素直に受け入れると、彼は自動通信によるデータ送信をするように話した。

『わかった。自動通信で良い、至急〈ヤマト〉乗組員のデータを送ってくれ』

 それに頷く私。すると通信の終わり間近になって、父デスラーは私に対して久々に父親らしい視線で口を開く。

『ジュラ……その星は、寂しいか?』
「……いいえ。お母様が、一緒ですから」
『そうか……じゃあな、ジュラ』

  それだけ言うと、彼は通信を切った。結局、彼もまた母メラと同じように、素直になれない部分が多いのだと思う。
  また一方で、私ジュラが与り知らぬ所で父デスラーが動き出そうとしていたのだ。



  大ガミラス帝星の首都バレラスにある総統府の執務室では、この部屋の主である以上にガミラスの指導者たるアベルト・デスラー総統の姿があった。年齢にして32歳と若い指導者だが、前指導者だった叔父のエーリク・ヴァム・デスラー大公が斃れた後に発生した内乱により、分裂していたガミラス星をアベルト・デスラーが再統一した時には、まだ20際程という若さだった。
  因みにアベルトは、デスラー一族の家系において長男ではなく次男として生を受けていた。彼には兄のマティウス・デスラーがいたのだ。アベルトとは10歳以上年の離れた兄で、周りからは“戦争の天才”“ガミラスの英雄”として讃えられていた。無論、讃えられるだけの実績を、ガミラス統一戦線の際に示していたのだ。
  そんな兄マティスに比して、弟アベルトは、周りから陰口を叩かれるようになっていく。

「あれが英雄の弟か」
「覇気がまるで感じられんな。マティウス殿が陽なら、弟君は陰……違い過ぎる」

  自分で臨んだ訳ではないのに、何故こうも言われなくてはならないんだ。弟アベルトは、幼い頃から兄と比較されることに苦痛を感じていったのだ。しかも母アデルシアまでもが、兄マティウスに愛情を注ぎこんでしまった為、弟アベルトの心に歪をより深く作る原因ともなった。
  ところが、その兄マティウスが暗殺されてしまった。あっけないものだと感じたものの、これで自分への偏見の目を見られずに済むだろうかとさえ考えてしまった……が、偉大な兄を持つことへのコンプレックスや不安感は、残念ながら解消させれることは無かった。
  第1に、母アデルシアは兄マティウスを失ったショックから精神的に不安定になり、生きている弟アベルトよりも、亡き兄マティウスの影を追ってしまった挙句に衰弱して逝ってしまった。遂に母親からの愛情を満足に受けることなく、弟アベルトは母と別れたのだった。
  第2に、一番重要であるガミラス星が星としての寿命が終わりかかっている事実を、弟アベルトが知っていたことだ。これを解決するには移住可能な惑星を見つけ出すしかないと、当時の最高幹部らは結論付けていたのだ。またこのガミラス星の寿命問題は、最高幹部であったエーリク大公を始めとした一部高官僚達のみに明かされた事実である。当然、今現在もガミラス臣民はおろか他惑星も知らない事実であった。
  そして、この問題を解決するのが兄マティウスである筈だと、誰もが思っていたのだ。それが兄マティウスは斃れたばかりか、次いでエーリク大公も斃れてしまった。
  となれば当然、ガミラス星の未来を受け継ぐのはデスラー一族の血を受け継ぐ弟アベルトだった。

「ずるいな、兄さんは……。この星の未来を、みんな僕に押し付けて死んでしまうんだ」

  兄マティウスの墓を前に、ポツリと愚痴をこぼしたものの、弟アベルトは否応なしに政界の争いと国家間の争いに身を沈めていくこととなった。
  貴族主義がまだ蔓延していたガミラス星において、アベルト・デスラーという若い貴族の台頭は、一瞬にして潰されるであろうと誰しもが確信していた。兄マティウスとは比較にならないほどカリスマ性に乏しく、軍事的にも政治的才能も過小評価していたのだ。

「あんな小童が、マティウスの様な英雄に成れるものか」

  門閥貴族の大半は、自らこそがガミラス星を統一し導くべき指導者だと公言して、他貴族勢力を次々と永遠の対立候補として道筋を閉ざしていったのだ。対立しあい、協力し合い、騙し合い……見るに堪えない泥沼の貴族闘争が幕を開けたのである。
  ところが、この若い貴公子は皆の予想を遥かに上回る速度で勢力を拡大した。彼自身の軍事的才能は、瞬く間に開花して他勢力を叩き伏せていき、同時に人材登用の巧みさも相まった。
  自身の利益のみにひた走る門閥貴族の軍勢は、瞬く間にアベルト・デスラーが率いる軍勢に蹴散らされることとなり、数年程度でガミラス星を再統一したのである。
  この偉業を成し得たことに対して、ガミラス星の民族は「英雄マティウスの再来だ!」と声高に叫んでいた。そう讃えられた当人は、喜びもせず、寧ろ戸惑いを隠せなかった部分が半分を占めていた。

「何故、期待もされていなかった私が、この場に立っている。母の気持ちを現世に引き留めることも出来なかった私が、何故ガミラス臣民から英雄視されることになった……」

  それでも、新たな総統として権力を授かったのは、紛れもないアベルト・デスラーであった。
  ガミラス星の統一後、統一並びに大ガミラス帝星建国を記念して行われた式典の場にて、アベルト・デスラーは意を決して臣民を前に演説を披露した。

「イスカンダル主義を浸透させ、全宇宙の平和を成し得るのが、我がガミラスに与えられた使命である! 諸君、共に未来に向かって歩みだそう! そして、一つでも多くの星を見つけ出し、イスカンダル主義を全宇宙に広めるのだ! 拡大せよ!!」

  それからは、イスカンダル主義浸透と言う大義名分の基で、ガミラス軍は惑星の外へと勢力を拡大していき、近隣の惑星国家を次々と併合していった。外交的手腕と軍事的手腕を併用しての見事な電撃的拡大だったと言えよう。
  無論、真の狙いはデスラーのみが知っている母星の寿命問題を解決する為の、ガミラス民族の新たな移住地探しであった……。
  そして30歳に突入した頃には、大マゼラン銀河の6割強を占める大帝国へと成長しており、小マゼラン銀河方面も半数を支配圏に収めていった。
  大マゼラン銀河と小マゼラン銀河を統一するのと同時並行で、統一後に侵略の候補として定めていた天の川銀河への侵攻準備、並びにガミラス星の第2の故郷として想定していた地球の艦橋改造計画を少しづつ進めていったのである。

「辺境の戦艦に、ここまで潜り込まれるとはね」

  執務室の小型スクリーンに投影される1隻の戦艦を見て、独り言ちるデスラー。そうだ、地球の戦艦〈ヤマト〉1隻の登場によって、天の川銀河方面における作戦計画は大きく狂わされることとなったのだから、無視も出来ないのは当然だった。冥王星基地の陥落、バラン星の崩壊、ドメルの戦死、と立て続けにガミラスを揺るがす事態が起きており、父デスラーも頭を悩ましてしまった。
  さらに〈ヤマト〉は、例のサイレン星へと針路を取っているというではないか。愛人と娘がいるサイレン星に向かわれては、色々と面倒なことになる。恐らくだが、〈ヤマト〉がわざわざ航路を外してユークレシア星系方面へと舵を切ったということは、メラの幻覚を受けてのことであろう。
  それで逃げてくれれば、彼としても都合が良かったが、よもやわざわざ自分から幻覚の発信元へと向かうとは思いもよらぬ事態であった。お蔭で、迎撃態勢が整わない羽目になっている。

「メラの奴、自動送信で早く送って来れば良いものを……世話の焼く女だ」
「……失礼いたします、総統閣下」
「何かね、ヒス君」

  座席で思い深けるデスラーに声を掛けたのは、大ガミラス帝星の副総統レドフ・ヒスである。スキンヘッドに細身の容貌は、如何にもなお役所仕事の雰囲気を放つ。帝星内部では“総統の腰ぎんちゃく”と揶揄される人物であるが、文官であるレドフ・ヒスの事務処理能力は高いものがあったのだが、彼のデスラーに対する腰の低さが悪評を呼んだ。
  そんなヒス副総統が、恐る恐るという呈でデスラーの基へ歩み寄ると、〈ヤマト〉の件で言いづらそうに報告する。

「ユークレシア星系へ向かう〈ヤマト〉は、推定で3時間後に到達する模様です」
「3時間……か」

  肘掛けに右ひじを掛けて、軽く握った右手の上に形の良い顎を乗せると、しばし考え込む。
  〈ヤマト〉がドメルを破った後、損傷した艦体を修復しながら収容所惑星レプタポーダに立ち寄った。艦体を補修する為であろうとされたが、レプタポーダでは反現政権派の一派が叛乱を決起しており、丁度その叛乱の最中へ介入することとなった。叛乱側としては、〈ヤマト〉を自分らの味方にと考えたのか、手を出そうとはしなかった。それどころか、占拠したレプタポーダのドック施設を使って、〈ヤマト〉の艦体修復の手助けまでしていったのだから、苛立ちも募るというものだ。
  艦体を完全修復した〈ヤマト〉を、ユークレシア星系へ近づけたくはない。その為には当然のことながら艦隊を差し向けて阻止したいところではあった。

「ユークレシア星系の守備部隊には、既に〈ヤマト〉迎撃の指令を送信しましたが……」

  これで準備は万全――とは軽率に言えなかった。
  案の定、デスラーはヒスに訪ねてくる。

「ヒス君。あの星の部隊は、どんな戦力だったかな?」
「はい。戦艦1、空母1、巡洋艦3、駆逐艦10の計15隻です」
「……それだけでは、ないだろう」
「は?」

  ヒスがデスラーの言わんとしていることに気付けず、それがデスラーの苛立ちに拍車を掛ける。その視線に恐々となるヒスを他所に、彼は思ったことを口にする。

「あの星に配備した艦は、どれもこれも廃艦寸前の老朽艦だった筈だ。違うかね」
「は、はぁ、その通りでございます」
「それに、メラの幻覚を警戒して、ほぼアンドロイド兵で構成されていた筈では……なかったかな?」

  ジロリ、と見つめるデスラーの鋭い視線に、ヒスは気圧されて一歩下がってしまう。そうだ。ユークレシア星系に配備された守備部隊は、全てが艦年齢がかなり経過している老朽艦が大半であった。さらに、生身の人間では思考を読み取られてしまうという警戒感から、全ての艦はアンドロイド兵ことガミロイドのみで運用されているのである。この様な星系に、立ち寄ろうとするも等ある筈もない、という考えに加えて、そんな辺境の星に現役艦を割くのは馬鹿馬鹿しいとして老朽艦を配備したのだ。

(この艦隊で止められる訳がない)

  デスラーには分かっていた。この三流以下の戦力では〈ヤマト〉を食い止めることなど不可能だということを。これでは、サイレン星への到達を許すことになろう。まして、デスラーが一番に恐れていたのは、メラが〈ヤマト〉に対して、大ガミラス帝星のデータを流出させる可能性であった。国家の指導者として、それは是が非でも防がねばならないことだ。
  問われたヒスは、汗をスキンヘッドに浮かべつつ、デスラーの問いに答える。

「お、仰る通りでございますが……それ以外に〈ヤマト〉を阻止できる部隊は、近隣にございません。まして、この程度の部隊では……」
「これで阻止出来たら、今までの損耗が馬鹿馬鹿しくなるものだな」

  ユークレシア星系近辺へ増援を派遣できる程に、今のガミラス軍には余裕が無かったのだ。時間的に叶わないことは勿論だが、ここ最近になって増えている叛乱の兆候も原因の1つであり、ガミラスの版図内に幾つもの反乱が発生してしまうと、手の付けようがなくなってしまう。また、敵対勢力群もまた反撃の兆しを見せつけており、あちらこちらへと戦力を振り向けなくてはならなかった。
  加えて、バラン星での主力艦隊の損失と、“ゲシュ=タムの門”の機能停止は、大打撃も良いところだ。これによって各戦線への増援も出来なくなっている。本国から親衛隊で構成される親衛航宙艦隊を派遣するにしても、距離的に今からでは難しく、行ったところで全ては終わっているのが関の山だ。ならば、最短の距離にいる哨戒部隊なり、或は国内治安維持を目的とした警務艦隊を差し向けるしかないのだが、それこそ焼け石に水だろう。
  こうしている間にも〈ヤマト〉はサイレン星へ到達してしまう。迷っている暇などない。

「実は、総統。もう1つお耳に入れなければならぬことが、ございまして……」
「何かね」

  不機嫌そうにヒスを見返すデスラー。狼狽する彼の姿など見飽きたと言わんばかりだが、ヒスの様子から余程に重大な報告なのだろう。冷や汗をかきながらもヒスは口を開いた。

「ネルス・ヴァ・ガーデス将軍が、艦隊を率いてユークレシア星系へと向かっております」
「ガーデス……だと?」

  ネルス・ヴァ・ガーデス将軍――ガミラス軍でも随一の不良軍人と評される将軍で、年齢はエルク・ドメルとほぼ同年代の30代後半だった。野心的な性格な上に嫉妬深く、自身と同年代でありながら、上級大将にまで昇格したドメルを目の敵にしていた。因みに、彼自身は少将である。30代で少将ともなれば十分に能力はあるのだが、彼自身の上官を見下す言動や姿勢が祟り、昇進への道は非常に長いものになってしまったのだ。
  一方で、ドメルは部下にも非常に慕われたばかりか能力も随一であった。更には、デスラーの計らいもあってか、瞬く間に上級大将の椅子に座ってしまうのだから、ガーデスにとっては面白くないことこの上なかった。
  デスラーにしても、このガーデスは扱いにくい将軍として記憶に新しく、自分に不都合なことや不愉快なことがあると命令を拒絶したり、ボイコットすることもあった。普通なら追放か処刑ものなのだろうが、残念ながらガーデスの手腕も高い水準にあり、戦線に参加して戦果を上げているのが常であったのだ。性格的に大問題だが、軍人としては重宝する人材で、人事管理部も手を拱いているくらいだ。現在は本国より離れた星系に駐留し、遊撃部隊として待機していた。

「独断で出撃しました。〈ヤマト〉討伐を買って出るとのことですが……」
「……そうか。なら、勝手にやらせておけ」
「! よろしいのですか、総統閣下」

  厳重に罰に処せられるべきではないか、とヒスは思っていた。
  だが、デスラーにはそれなりの思惑があった。ガーデスに対する評価は、人格者的な面では問題を両手足の指では数えきれないほど抱えてはいるが、実力は同等以上に持っている。デスラーもそれは認める程の軍人であった。
  そのガーデスがドメルを屠った〈ヤマト〉を討伐できれば、その功績を認めて昇進させ、1個師団の司令官にまで昇格させても良い。反対をする者達もいるであろうが、ドメルを失ったガミラス国防軍の穴埋めが出来るのはガーデスしかいないであろう。後は最前線に送り込み、ガーデスの自負する能力を存分に振るって前線を押し広げてもらおうではないか。
  逆にガーデスが〈ヤマト〉に敗れることも考えうるが、それはそれで良い。厄介なガーデスを忌み嫌う者も多く、今回の独断行動に対する罰として当然の報いであることを知らしめるだけだ。
  もっとも、デスラーが一番に望んでいるのは相打ちという結果であったが。

「既に出撃しているということは、〈ヤマト〉到達にはギリギリ間に合うのだろう」
「は、はい。最悪の場合は守備部隊が交戦状態に入ってから、となるでしょうが……」
「構わん。それと、彼に伝えたまえ」
「何と?」

  何を伝えろというのか。ヒスはデスラーの言う言葉を待ち受けたが、それは驚愕すべき命令内容だった。

「〈ヤマト〉阻止が無理ならば……サイレン星を破壊しろ。星諸共、メラとジュラを殺すのだ」
「!? 総統閣下、あの方々は、総統閣下の――ッ!!」
「何度も言わせる気かね、ヒス君」

  かつて愛した女性と、その娘を殺せ。そんな命令に、驚かない方が無理というものだ。そんな狼狽するヒスを、デスラーは鋭い視線で見やり、彼の言わんとする言動を封じ込めた。「それ以上に余計なことを言えば、どうなるかな?」と訴えている。
  ただひたすらデスラーのご機嫌取りをしていたヒスにとって、彼が機嫌を悪くした日には何をするか容易に想像がついたからこそ、言おうとした言葉を呑み込んだ。

「わ、わかりました。直ちに、ガーデス将軍へ通達いたします!」

  そう言うや否や、彼は速足で総統執務室を後にした。
  再び1人になった執務室で椅子に背を預けるデスラーは、サイレン星の映像を個別様スクリーンに投影した。愛しながらもメラを幽閉した辺境の星だ。そして、ヒスがいなくなってから思いを口にする。

「メラ……お前なら、私の心が読めるだろう! 今の私には……大ガミラスの未来のことしかないのだ」

  個人的感情と国家の存亡を天秤にかけることなど出来ない。ガミラスを導く彼の立場からして、愛した女性とその娘であろうと、国家を優先せざるを得なかった。
  1人となった執務室において、彼はしばしの間、サイレン星が消えゆくであろう未来を嫌がおうに思い浮かべてしまうのであった。





※主要登場人物


名前:アベルト・デスラー
年齢:32歳(地球換算)
肩書:栄世総統
詳細――
  大ガミラス帝星を統一建国したガミラス民族の英雄であり最高権力者。ジュラの父でもある。
  デスラー家の次男で、英雄と讃えられた兄マティウスの死をきっかけに、アベルト本人も思いもよらぬ運命を背負うこととなる。
  版図の拡大政策を推し進めたが、その裏では滅亡に瀕した母星に変わる故郷探しに奔走していた。


名前:メラ・メルディア
年齢:30歳(地球換算)
詳細――
  デスラーの愛人。サイレン人で、人の心を読むことが出来る種族。足元にまで届くベリーロングの金髪と、エルフ耳が特徴。
  心優しく一途な愛を貫くが、その気持ちが強すぎるが故に、デスラーがスターシャを気にかけると敏感に反応した。
  それが祟ってデスラーに辺境へ追放されるが、気丈に生きつつジュラを育て続けた。
補足――
  漫画版『永遠のジュラ編』並びにWS版『宇宙戦艦ヤマト』に登場したサイレン人。
  本来の名前は『メラ』のみ。


名前:レドフ・ヒス
年齢:54歳(地球換算)
肩書:副総統
詳細――
  大ガミラス帝星副総統を務める文官僚。スキンヘッドにやや細身の身体。
  内政に関わる実務は高いレベルを持つが、デスラーに対して常に腰が低いため、周囲からは腰巾着とあだ名される。


名前:スターシャ・イスカンダル
年齢:29歳(地球換算)
肩書:女王
詳細――
  イスカンダル星の女王。地球に救いの手を差し伸べた人物で、妹ユリーシャ・イスカンダルを地球に派遣した。
  波動エンジンという星を渡る技術を地球に与えた。



・2020年12月23日:誤字修正、並びに文末に登場人物紹介を追加しました。
・2020年12月19日:誤字を修正しました。



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