最終話『決戦! 未来を掛けた戦い(後編)』


〜CHAPTER・T〜



「取舵70度、機関最大戦速」
「取舵70度、機関最大戦速、ヨーロソー!」
「機関出力一杯、最大戦速」

  古代の号令に倣い、島と徳川がそれぞれ復唱しつつ動く。〈ヤマト〉は操舵不能に見せかけた偽装を解き、瞬時に体勢を立て直しつつ急速に回頭したのだ。それも左舷側に並ぶガミラス艦隊第3部隊の方向であり、なおかつゲールが直接に指揮する片翼部隊であった。
  〈ヤマト〉が急に動き出したことで、ほんの差を置いて発射されたベール准将の第5部隊からの砲撃は、怒涛の勢いはあったこそすれ掠ることも無く、虚しくデブリ群を消し飛ばしたに過ぎなかった。
  これにはベールも虚を突かれる。

「なに?」
「〈ヤマト〉左回頭、我が艦隊の右舷方向へ加速」
「第3部隊右翼へ突進します!」

  第5部隊旗艦〈ハルバトロン〉の戦況スクリーンには、〈ヤマト〉を示す赤色のマーカーが左舷(ベールから見て右舷方向)へ回頭しつつ、急速にスピードを上げているのが分かった。包囲網の一角に向かって突撃する〈ヤマト〉にベールは歯ぎしりをする。

「ベール閣下、第二射目を行うには味方が射線に入ります」

  艦長エリヒ・バーベイ大佐の報告を聞くまでも無く、ベールも己の部隊が最大限に火力を発揮できなくなったことを悟っていた。

「ぬぅ……ゲールの腰巾着め、近づきすぎたのだ」

  ゲールの意図は明らかだった。〈ヤマト〉を両舷から挟み込んで逃げ道を失くし、必然的に第5部隊へと追い込もうとしたのだ。実際にはゲールが自らの手で戦果を上げようとしたのであろうが、あまりにも近すぎたのである。第3部隊右翼に急接近されたことで第5部隊の砲撃が封じ込まれたのは無論、他の部隊も攻撃を控えざるを得なかった。
  古代の狙いは見事に図に当たった。ゲール指揮下の第3部隊右翼に突進したことで、ガミラス艦隊の砲火が手薄になったのだ。

「このまま敵の右翼部隊を突破する!」

  突破を目標とする第3部隊からの砲火以外に〈ヤマト〉の針路を阻まんとするガミラス各部隊はいなかった。これを見逃さずに加速を続け、第3部隊との距離を縮める。
  当のゲールは血相を変えていた。欲望という重りを抱えて沼地に足を突っ込んだゲールは、気づけば腰まで沈み込んでいたのだ。追い詰める筈の立場に立っていた筈の自分が、一転して突破される側に立たされようとは予想だにしていなかったのである。

「〈ヤマト〉、我が部隊へ接近」
「お……往生際の悪い奴め……! 何をしている、沈めてしまわんか!」

  それが彼の保ちえる最大限の威厳と尊厳だった。
  ゼーリックに比して真面であろうが、他の将官と比較してしまえば真面とは言い難いゲールの指示に、各艦艇が呆れていたに違いないが、実際は呆れる暇など無かった。ゲールの言う様に、〈ヤマト〉を沈めるか戦闘不能に追いやらねば自分らの命が無いと知っていたからだ。
  とはいえ、辛うじて冷静に働いていた副官モンク中佐が、喚くだけのゲールに進言する。

「閣下、ここは即座に反転して〈ヤマト〉との距離を離すべきです」

  モンク中佐が、副官としての責務を放棄せずに声を上げた。これまでに意見を真面に受け入れてもらえない経験が遥かに上回るが、この一大決戦においても諦めることなく戦況を立て直すべく動いたのだ。

「馬鹿な、〈ヤマト〉に背を向けろというのか、貴様はッ!?」
「このままでは〈ヤマト〉を討ち漏らした場合、完全に包囲網から抜け出されてしまいます。我々は後退して距離を離し、包囲網を維持すべきです。ジュラ総統閣下に醜態をお見せするつもりですか」
「ッ!?」

  一生分の勤勉さを使ったのではないかとモンク本人でさえ思う理由付けに、ゲールも思わず開きかけた口を硬直させた。恐らくは、このまま正論を言っても通じないことは明らかであったモンクは、ゲールが敬愛して止まない総統という単語を組み込んだのである。これはものの見事に的中し、ゲールは我欲をギリギリの所で踏みとどまらせたのであった。
  ジュラ総統に醜態を見せる――自分の失態を赤裸々に観られることを思い返したゲールは、直ぐに命令を撤回した。

「反転だ、〈ヤマト〉との距離を離すのだ」
「駄目です、近すぎます」

  クルーの報告に対して、遅きに失したと悔しさを滲ませたのは、うまく上官を誘導を成功させたモンク中佐だったが、それ以上にゲールは己の失態を呪った。
  第3部隊右翼が左舷に回頭して〈ヤマト〉から距離を離すよりも早く、〈ヤマト〉が第3部隊右翼の隊列に突入を果たした。それも束の間、一瞬で隊列を擦り抜けられてしまい、包囲網から脱出を許してしまう形となったのである。他のガミラス軍から見れば、〈ヤマト〉を撃とうにも第3部隊が射線を遮っており無暗に撃つことが出来ないのだ。
  反転中だった第3部隊右翼は、すり抜けていった〈ヤマト〉の艦尾側を見る格好となった。
  ゲールは真っ青だった顔色を赤く沸騰させながらも、突破されたまま足踏みをするつもりもなく、背後を見せたまま離れていこうとする〈ヤマト〉を引きずり降ろすべく手を伸ばした。

「逃がすな、奴の背後を取った以上、我々が優位だぞ!」

  言っていることは理に適ってはいたが、ゲール指揮下の将兵達がそれを飲み込めるほどに纏まってはいなかった。
  ましてや、すり抜けていった〈ヤマト〉からは、置き土産と言わんばかりに艦尾魚雷発射管から6発の空間魚雷と、艦尾側ショックカノン砲塔の砲火によって、回頭中だったガミラス艦艇が数隻被弾した。撃沈された艦もいたが、幸いにして機関部に被弾するなどして航行不能になったのが大半だった。
  これに出鼻を戦意と共に挫かれた艦長達も少なくなかった。
  それでもゲールは自ら先頭に立って、〈ヤマト〉の追撃に移った。指揮官が率先して行動することで、他の艦艇もそれに倣って動き始める第3部隊の約半数。バラバラの隊形ではあるが、一応の追撃を取った形となる。副官モンク少佐からすれば、この追撃は賛同できなかったのだが、ゲールは聞く耳を持とうとしなかった。〈ヤマト〉を包囲網から抜け出させてしまったという不手際が、彼を衝動的に突き上げさせていたのだ。
  この不完全な追撃態勢は、寧ろ味方には喜ばれるものではなかった。
  艦隊総司令官ディッツ提督も、ゲールの行動に呆れるばかりで苛立ちを募らせていた。

「〈ヤマト〉を一直線に追いかけてどうするのだ」

  愚直にも〈ヤマト〉を追いかける必要は無い。どのみち、こちらが“ゲシュ=タムの門”を作動させないことには此処を飛び立つことは出来ないのだ。狙うのがジュラの座乗する総旗艦なのは自明の理であることを誰もが理解していよう。〈ヤマト〉の意図は、こちらの包囲網を抜け出した後、この索敵条件の悪い宙域に紛れて高速で時計回りに迂回しつつ、本隊の側面を突くつもりなのであろう。
  その一方で、ゲールの第3部隊右翼は、半分を置き去りにして〈ヤマト〉を追撃しているが、どうせ追いかけるのであれば〈ヤマト〉のルートを算定して先回りしたうえで攻撃すれば良いのだ。その間に、本隊と第5部隊も陣地変換の時間稼ぎが出来よう。ゲールは、己の立場しか考えていないから、このような失態を重ねるのである。
  或は、追うのであれば第3部隊を時計回りに迂回させて、最後は本隊と共に〈ヤマト〉前後から挟撃し、退路を断たせるしかないのだがそれも遅い。ゲールが、本隊と協力して前後から挟み撃つという発想が出来ていれば別だが、ここは頼りにしない方が良いだろう。

「ディッツ提督、〈ヤマト〉が星間物質濃度の濃いポイントに差し掛かります。これ以上は探知できません」
「敢えて危険な道を進むとは……ドメルを倒しただけのことはある」

  第1部隊の両翼部分には、極めて濃度の濃いガス帯とデブリが散りばめられており、レーダーも効きにくい危険な宙域だった。それを敢えて盾にすることで、両側面からの奇襲を防ぐ意味合いがあったのだ。
  ところが、〈ヤマト〉は危険を承知で敢えて突っ込んでいったのである。かの七色星団での死闘を経験した〈ヤマト〉からすれば、この程度のガス帯やデブリ群は、大して障害にはならないのであろう。ディッツも修羅場をくぐって来たベテランだが、〈ヤマト〉の気概は並々ならぬものだと感嘆した。

「提督、〈ヤマト〉が右側背を狙う可能性がある以上、艦隊の右舷に回頭して陣形転換を――」
「駄目だ、この距離では陣形を整えるには〈ヤマト〉と近すぎる。相手は単艦だ、こちらと違って動きに制約はない以上、あっという間に距離を詰めてくるぞ。そこで陣形を再編中に潜り込まれたら、総統閣下の御身を危険にさらすこととなる!」

  そう……簡単に陣形再編や回頭運動とは言うが、実際にこれほど難しいことは無いであろう。単純に、その場を動かずに各艦艇が右に艦首を向け直すのであれば話は別だが、それでは部隊の配置の都合上から、弱点も露出してしまう。
  例えば、前衛に駆逐艦群と巡洋艦艇群、中衛に戦艦群、そして後方に空母を中心とした打撃群を配置していたとする。真正面からぶつかった場合は、駆逐艦や巡洋艦ら前衛が当たるので問題はないが、それが側背から攻撃を受けることとなった場合は、砲雷撃戦に不向きな空母群が標的にされ一気に瓦解する恐れがある。
  かといって、陣形を維持したまま、陣形の先端の向きを変えるも至難の業だ。回頭運動は敵もさることながら、自身の攻撃力を低下させるばかりか、陣形転換の為の回頭運動で敵の攻撃を回避しにくくなるデメリットも持つ。そうさせない為には、早期に敵の動きを読んで艦隊の陣形を動かす必要があるのだ。敵の射線に入った所での土壇場なその場回頭運動ほど愚劣な選択は無いと言っても良い。
  もし出来ることがあると言えば、その場回頭ではなく、艦隊を前進させつつの緩やかな回頭運動しかないであろう。被害は避けれないものの、回頭運動が小さければそれだけ反撃もしやすい上に混乱も生じにくいからだ。
  艦隊運用を長らく携わって来たディッツが、そのデメリットを理解していない筈が無かった。
 
「〈ヤマト〉が本隊の右側面に出るまでの時間は?」

  オペレーターが直ぐにコンソールを操作して、算出された計算結果をはじき出す。

「この速度で行きますと……2分から3分と推測されます」

  そんな短時間で、今の陣形をそのまま方向転換させる余裕は無い。



  因みに第1部隊の後方には、総旗艦〈デウスーラ〉を護衛するガデル・タラン中将率いる護衛部隊が輪形陣を組んで待機している。この場合は、これら護衛部隊らは右へ直接回頭すれば済む話であるが、ディッツ率いる第1部隊に関しては横列展開している都合上、大きく動かねばならない。
  瞬時に判断したディッツは、指揮下の第1部隊に命令を発する。

「第1部隊、横列陣から斜線陣へ移行。右翼は後退、左翼は前進、所定の位置に付き次第、全砲門を〈ヤマト〉に向けて迎え撃つ」

  つまりは横列陣から斜線陣へと陣形を変換させる。下手に回頭運動などで陣形を崩すよりは、遥かに短時間で迎撃態勢を取れる筈だと分析したディッツの決断だった。この単なる前進か後退の直進運動によって、スムーズな陣形変更を可能とした第1部隊は、〈ヤマト〉が迂回して来るであろう時間よりも辛うじて早めに迎撃態勢を取ることが出来たのだ。

「第5部隊、〈ヤマト〉出現予想ポイントに対し、側面を突ける位置へ展開せよ。第1部隊とクロスファイヤー・ポイントを形成する」

  元々前面に配置していた第5部隊については、不完全ではあるが回頭運動を命じる。これは〈ヤマト〉が側面を付いてきた際に、〈ヤマト〉の右側面を突ける態勢を整える為だった。第1部隊と合わさって形成された陣形は、L字型というよりもレ字型に近い陣形となるが(第5部隊が“|”、第1部隊が“/”に当たる)、これで〈ヤマト〉の正面と右側面から蜂の巣に出来る筈だ。
  片や最初に突破されていた第4部隊と第2部隊は、当初予定では退路を断つ役目を負っていたものの、〈ヤマト〉が予想進行ルートを大きく逸脱してしまったことから、立ち位置が難しくなっていた。どの道、バンデベルの第4部隊も、クライツェの第2部隊も、游兵となってしまうのは必然だ。今から戦列に加わるのは無理だと言っても良いが、呆然としている訳にもいかない。
  今の彼らに出来ることは少ないが、やれることはやるだけである。
  第2部隊司令官ギュンター・クロイツェ少将は部隊を纏めると早急に移動させた。

「最大戦速で降下せよ。そのまま円運動によって〈ヤマト〉の下方を突く」

  艦隊を水平方向から見た場合、第2部隊は下方へ降下しつつも、次第に上昇することで円運動を果たす。これにより、第5部隊の下方側を擦り抜けられ、〈ヤマト〉を下方側から襲うことも可能となるのだ。もっとも、それに間に合うかどうかは別の話である。

「――クロイツェ司令、〈ヤマト〉が予定のポイントに出現!」
「ッ……相手の方が早かったか」

  しかし、第1部隊と第5部隊が陣形配置を終えるよりも僅かに早い時間で、〈ヤマト〉が側面から姿を見せる。
  バラン星の一部であったガスが散りばめられ、艦艇の残骸がそのまま障害物となって漂うことで、レーダーも効き難い宙域であるにも拘らず、よほどに加速したまま円運動を行ったのであろう。熟練の航海士が乗っているからこそ、成せる業とも言うべきか。

「急げ、総統閣下に手を触れさせるな」

  相手が待ってくれる筈がないのは明らかだ。クロイツェは、身体よりも意識が先走る程の焦りを感じていた。
  対する〈ヤマト〉が待つ道理も無い。ガミラス軍が陣形の配置転換を終えるよりも早く、その横腹に矛先を突きつけた。

「正面ガミラス艦隊、10時から1時方向に展開中。更に2時方向より、超弩級戦艦3を含む艦隊が縦列陣のまま接近中」
「これは斜線陣の構え……〈ヤマト〉の正面と右側面を撃つ算段か。だが完成していない……タイミングは今しかないぞ、古代」

  真田の見解に、古代も頷く。

「中央に約40隻のガミラス艦隊。その中央に旗艦を確認」
「よし、予定通り、このまま距離を詰める。針路上の敵艦のみ標的とし、敵艦を行動不能にさせるんだ」
「了解。目標捕捉……撃ッ」

  第1主砲塔と第2主砲塔、そして第1副砲塔が、針路前方にいる邪魔なガミラス艦のみを狙い撃つ。南部の神業とも言うべき砲戦術は、真横を晒しているガミラス艦の後部付近――機関部を狙い撃った。ガミラス艦隊の多くが陣形転換という行動故に、大きな回避行動がとれなかったことも起因するが、それでも南部の持つ大砲屋としての矜持は、如何なく発揮されたのである。
  機関部を撃ち抜かれたガミラス艦が、真面に動くことも出来ずにその宙域で虚しく浮遊する。被弾の衝撃で完全に制止できず、僅かながらに慣性力で流されていくが、辛うじて姿勢制御スラスターで態勢を整えるだけで手一杯だ。中には耐え兼ねて爆沈する艦も居たが、動けない艦艇が多い程、ガミラス艦隊は動きを制約されることとなる。
  これは古来より考えられてきたことだが、軍隊にとってある意味で厄介なことは、戦闘が継続不能な将兵が増えることだ。戦死すると、誰も見向きもせずに戦闘を継続できるが、逆に負傷して動けないだけの場合は、その負傷した将兵を後方へ移動させる為の手間が必要となるのだ。そうすると、戦闘を行う為の人手が少しずつ奪われてしまい、負傷者が増えれば増える程に、軍隊としての戦闘力は低下の一途を辿ることとなる。
  地雷という兵器が、その最たる例であろう。兵士を死なさずに足を奪って戦意と戦闘力を奪う極めて非人道的兵器として憎まれた。
  時代が大きく進んでも、この戦術は有効であることに変わりはない。人ではなく戦闘艦ではあるが、戦闘艦が動けないともなれば、それを救助しなければならないのである。
  旗艦〈ディルノーツ〉で指揮を執るディッツは、一直線に突き進む〈ヤマト〉を、これ以上接近させてはならないと分かってはいたが、友軍艦が次々と行動不能となりゆく様子に驚きを禁じ得なかったが、そればかりではなかった。行動不能にされたばかりではなく、それら味方艦が他の味方艦の射線を遮る事態にも繋がっていたのだ。

「〈ヤマト〉急速接近」
「味方艦が多数損傷、浮遊し身動きが取れません!」
「ッ……右翼は〈ヤマト〉の左舷を狙い撃て。その位置なら浮遊する友軍の影響は受けない筈だ」

  左斜線陣を取る第1部隊は、右後ろに後退している右翼から見て〈ヤマト〉の側面を捉えられる位置にいた。右翼の部隊だけで〈ヤマト〉を止められるかは不透明なところではあるが、側面を晒す瞬間を逃す訳にはいかない。ガミラス軍各艦艇は、陽電子ビームと空間魚雷を撃ち込む。
  だが、猛スピードで駆け抜ける〈ヤマト〉に効果的な命中弾を出すことはできない。
  そして、側面と正面からの砲火をものともしない〈ヤマト〉に対し、最後の関門とも言うべきジュラ直属護衛部隊が待ち構えていた。
  護衛部隊旗艦ハイゼラード級〈カンプルードW〉で指揮を執るガデル・タラン中将は、圧倒的多数のガミラス軍を前にして退くことも無く、鬼神の如く果敢に突撃して来る〈ヤマト〉に武者震いを覚えた。

「〈ヤマト〉止まりません」

  ガミラス兵士が緊張気味に報告する傍ら、ガデルは身体に走る武者震いを辛うじて抑えつつ、闘志を煮えたぎらせた。

「ガミラス本国を壊滅に追いやった実力……やはり、ただ者ではない。あの時の悔しさを、無念を、晴らしてくれよう」

  総旗艦〈デウスーラU世〉の前面に立つ直属護衛部隊は、約40隻と少ないながらも全ての砲門を〈ヤマト〉に突き付けている。
  辛うじて防御陣を形成していた第1部隊の隊列を、〈ヤマト〉が突破するのは時間は掛からなかった。

「タラン将軍、第1部隊が突破されました」

  味方艦隊による攻撃をものともしない〈ヤマト〉が向かうのはジュラの乗艦する〈デウスーラU世〉。彼女に手を出させはしない――ガデルは指揮下の艦艇に命じる。

「全艦、攻撃開始。身を挺してでも総統の御身を護り参らせよ!」

  ガデルの号令を皮切りにして、護衛部隊40数隻は第1部隊の防御網を突破してきた〈ヤマト〉に対して砲火を浴びせに掛かる。
  最後の防御網となる護衛部隊を前に、古代は勝負に出た。

「波動防壁を艦首に集中展開。このまま敵の総旗艦を狙う」
「古代、チャンスは一度きりだ」
「はい……南部!」
「任せてください!」

  〈ヤマト〉は決死の抵抗に出たガミラス艦隊の猛攻を、残量ギリギリに落ち込んだ波動防壁を使って凌ぎ切りながら、敵陣の真っただ中へ飛び込む。数隻の巡洋艦と駆逐艦を薙ぎ払い、或は行動不能にして、〈デウスーラU世〉との距離を一気に詰めに掛かった。
  いよいよ目前に差し迫って来た〈ヤマト〉の姿に、ジュラは沈黙を守り続けていた。慌てる様子もない、落ち着き払った姿勢は堂々たるもので賞賛されるべきものあろうが、それも生き残ってこそだ。仮にジュラが斃れてしまえば、今度こそガミラスは再生の希望を失うこととなり、空中分解してしまうだろう。
  新たな旅立ちを志した彼らの夢が、此処で潰える可能性をジュラが分からない訳ではない。それでも〈ヤマト〉という鎖を断ち切らねば、彼ら将兵の気持ちは整理されず、新たな航海にも出るのは難しいことを理解していた。だからこそ、彼女も〈ヤマト〉への復讐戦を支持したのである。

(サイレン星での戦いでも分っていたことだけど、〈ヤマト〉と、乗る地球人達の強い意志が、苦境を乗り越えて来た。私も、ガミラスの人々と共に苦境を乗り越えようと強い意志で臨んでいたけど……やはり、彼らには敵わないということ?)

  一時も目を離すことなく〈ヤマト〉を見つめるジュラ。

「総統に近づけるな。攻撃しつつ右転進、〈ヤマト〉の鼻先に艦首を向けろ」

  ガミラスの希望である彼女を護らんとするガデルは、座乗艦〈カンプルードW〉をも盾にして〈ヤマト〉に真正面へと立ちふさがろうとする。全長は〈ヤマト〉を上回る大型の戦艦であり、ガイデロール級よりも火力と航行性能、並びに索敵機能を強化したハイゼラード級は、俊敏な動きを見せて〈ヤマト〉の針路上に躍り出た。
  率先して前に出て来た〈カンプルードW〉の姿に、ギョッとする〈ヤマト〉クルー一同だが、古代も反射的に回避命令を飛ばす。

「右転進、敵艦の左舷を擦り抜ける」
「ヨーソロー!」

  艦長代理の指示に島も阿吽の呼吸で反応する。
  〈ヤマト〉から見て、斜め右前方から左方向へスライドしながら突進してくる〈カンプルードW〉に対して、自ら鼻先を真っ向から向ける格好となるものの、慣性力も相まって互いの鼻先はギリギリの所で違えることとなった。
  寸でのところで回避されてしまったことにガデルは悔いるが、逃しはしないと言わんばかりに悪足掻きを行う。

「左舷レーザー群掃射ッ」
「〈ヤマト〉も発砲!」

  お互いに左舷側を見せつける瞬間に、艦体左舷に備え付けられている対宙レーザー機銃群が一斉に火を噴いたのだ。〈ヤマト〉の対航空機を考慮して設置されたパルスレーザー砲塔群の手数の凄まじさはさることながら、ハイゼラード級も単装機銃32基と四連装機銃8基を備えるなど、〈ヤマト〉程ではないにしろデストリア級やケルカピア級等の中小艦艇に比して多数の対宙レーザー機銃群を備えていた。
  本来ならば対航空機や誘導兵器を撃ち落すことが主眼のレーザー機銃砲塔だったが、よもや互いの艦体を穴だらけにすべく使われることはあまりないであろう。
  赤いレーザーが交差すると、瞬く間に互いの艦体側面に穴を穿ち始める。無論、主砲並とはいかない為に表面装甲を破壊する程度で、艦内部まで傷が届かず決定的な打撃力には欠けるが、装甲の薄い部分――レーザー機銃群等はいとも簡単に破壊されていく。〈ヤマト〉の左舷側に並ぶパルスレーザー砲塔群は3割近くが大破したものの、〈カンプルードW〉も4割近い機銃が破壊された。
  〈カンプルードW〉艦橋内部に響く被弾時の金属音が、ガデルの耳に不快感を伴いつつ響きわたる。

「機銃群、被害甚大」
「〈ヤマト〉、本艦左舷通過」
「ッ……艦尾砲塔、狙い撃て!」

  艦尾の133o陽電子ビーム砲塔が、過ぎ去る〈ヤマト〉の後ろ髪を掴もうと狙い撃ったが、致命打とは程遠かった。

「すまん、兄さん……」

  至近距離を擦り抜けられた悔しさを噛みしめるガデルは、握りこぶしをギュッと握りしめる。



〜CHAPTER・U〜



  総旗艦〈デウスーラU世〉の艦橋で、ジュラの傍に立つヴェルテ・タランは、〈ヤマト〉に対して文字通り身を挺してまで立ち塞がろうとした弟ガデルの健闘を讃えつつ、自身もまた迎撃命令を発した。

「艦長、迎撃せよ」
「ハッ。砲撃開始!」

  命令を受けたハルツ・レクター大佐は、責任重大であることを肝に銘じていた。ここで仕留め損ねれば、新しい希望の星を失うことになるからだ。
  総旗艦〈デウスーラU世〉に搭載されている480o陽電子ビームカノン砲塔が、真正面から突き進む〈ヤマト〉に向けて発射される。通常の無砲身型陽電子ビーム砲塔に比べて、砲身内部で陽電子ビームが加速されることで威力を向上させるのがカノン砲塔の特徴である。真っ赤な光を伴いながら〈ヤマト〉を真っ二つに引き裂こうとするのだが、それも波動防壁により弾かれてしまう。

「全弾命中するも弾かれました」
「怯むな、撃ち続けろ!」

  レクター大佐が鋭い声を発して攻撃を続けるが、強固なバリアーに護られた〈ヤマト〉に成す術は無いのだろうか。
  そう思われたのも束の間、陽電子ビームが見えざる壁を擦り抜けて、軍艦色の装甲板に傷を作った。つまりは波動防壁の限界を迎えた訳であるが、この機を逃したくはない〈デウスーラU世〉は、防御の手を失った〈ヤマト〉に砲門を向け直す。
  ガミラスの大型戦艦から一撃を決められる危機を目前にしつつも、こうなることは古代も承知していた。波動防壁が消失するのは織り込み済みであり、まさにこの瞬間こそが、残された最後のチャンスなのだ。互いに目視可能な距離に急接近する〈デウスーラU世〉と〈ヤマト〉は、そのまま正面衝突するのではないかという勢いがあった。
  だが、真正面から真面に衝突する訳では無く、先に動いたのは〈ヤマト〉のショックカノンだった。

「撃ッ!」

  南部の号令と共に第1砲塔と第2砲塔から発砲炎が上がると同時に、艦首からは空間魚雷が2発飛び出した。
  その発砲炎は〈デウスーラU世〉からでも確認できた。一瞬だけ見えた紅蓮の火花と同時に周囲に広がる黒煙が見えたとき、被弾を覚悟したタランとジュラは死をも覚悟したものだった……が、それが的外れであったのを知って驚きを禁じ得なかった。

「左右砲戦甲板に被弾!」

  ショックカノン砲塔2基と艦首魚雷が狙ったのは、〈デウスーラU世〉の艦橋ではなく左右砲戦甲板にある兵装だった。甲板と艦底に備え付けてある各主砲塔の根本付近に炸裂する衝撃が、艦内にいるヴェルテやジュラ達にも伝わった。
  さらに〈ヤマト〉が使用した兵器がビームではなく、全て実弾だったこともヴェルテを驚かせた。

「砲弾です、砲弾によるものです!」
「なッ……」

  実弾はアナログ兵器の代表例だ。ガミラスでは廃れた兵器で、これを主要にしている兵器など存在せず、軍需産業ら各メーカーも砲弾という代物を利用した兵器は遥か昔に製造停止している。逆に誘導兵器として空間魚雷や対艦・対空ミサイルは存在し続けてはいたが、好き好んで砲弾を使おうというメーカーもいなかった。
  だが驚くことに、〈ヤマト〉は砲弾という廃れた実弾兵器を搭載し、ものの見事に〈デウスーラU世〉に傷を負わせたのだ。

「第1、第2、第3、第4砲塔大破、砲撃不能」
「更に艦底砲戦甲板も被弾、主砲反応せず」
「本艦の主砲塔、全て使用不能!」

  左右砲戦甲板に命中した三式弾と空間魚雷は、艦内部或は表面装甲にて爆薬を炸裂させるや〈デウスーラU世〉の主砲塔を使用不能にした。砲塔そのものは破壊されなかったものの、その根元とも言える砲台と周辺甲板一帯が艦内部から破壊されたことで、使用ができなくなったのである。内側から破裂したかのように砲戦甲板が被弾口を中心にめくれ上がり、砲塔の稼働を妨げた。

「馬鹿な」

  恐るべき命中精度に舌を巻くレクター大佐だったが、それ以上に〈ヤマト〉が取った驚くべき行動にこそ言葉を失う。

「〈ヤマト〉針路変わらず、衝突します!」
「回避ッ、右舷転舵回避だ!」

  咄嗟にレクターが叫ぶ。
  一直線に突っ込んでくる〈ヤマト〉に、誰しもが恐れ慄いた。もしや、特攻してでも差し違えるというのであろうか。真面に体当たりを許せば、如何な巨艦を誇る〈デウスーラU世〉言えども大きな損害は免れない。そこへ、あの48pという大口径砲によるビーム或は実弾を艦橋に叩き込まれたら助かりようもないのは明らかであり、どうしても避けねばならない結末だった。
  必至に左舷スラスターを噴射して右舷へスライドするように転舵する〈デウスーラU世〉だが、600mを超える巨艦に咄嗟の回避行動は厳しいものがあった。まして、本体として収まっている〈デウスーラU世〉のコア・シップは簡単に外装から射出させられない。何せ外装たる巨大な艦体の両翼部を左右展開しなければならないからである。
  ガッチリと外装もとい艦体に収まったコア・シップを離脱させられないもどかしさを抱えつつ、〈ヤマト〉の衝突コースから逸れようとするが、明らかに〈ヤマト〉の艦首が〈デウスーラU世〉の艦首と接触する方が早かった。
 
「回避間に合いません」
「――ッ」

  クルーが叫んだ直後、〈デウスーラU世〉に強烈な振動が襲った。いや、振動というよりも地震以上の衝撃であったろうか。如何に重力制御システムが働いていたとはいえ、艦と艦の衝突による衝撃から艦内の重力バランスを保てる訳も無く、立っていられた者は殆どいなかったと言って良い。
  立って指揮をしていたレクターは、見事なまでに前につんのめる格好で転倒した。
  ジュラも例外ではなく、座っていた指揮官席にしがみ付いていたものの、正面衝突による衝撃に耐え切れず、まだまだか弱い彼女の身体が、前方へ放り出されてしまう。彼女も怪我を覚悟していたが、放り出された身体が着地したのは固い床ではなかったことに、一瞬の戸惑いを覚える。

「……ッ! ヴェルテ将軍」
「お……お怪我は、御座いませんでしたか、総統」

  彼女が倒れた際に違和感を覚えた正体は、ヴェルテがうつ伏せになって倒れていたところに、彼女が上に乗っていたからだった。
  ヴェルテはとっさの判断で、せめてもと思い彼女の前方に立とうとしたのであるが、やはり衝撃に敵わずうつ伏せに倒れてしまったものの、寧ろそれが功を奏してヴェルテが緩衝材代わりにジュラを打撲から守ったのである。
  咄嗟に起き上がるジュラは、身を挺して守ってくれたヴェルテを心配するが、当人は極めて紳士的な振る舞いで気遣いに感謝する。

「大丈夫ですか、ヴェルテ将軍」
「お気になさらず。お心遣いを頂き恐縮です」

  まさに忠臣の鑑とも言うべきか、ヴェルテはニコリと笑みを返す。
  だが、それ以上に深刻な事態が目の前にあったのだ。〈ヤマト〉の艦首は、見事なまでに〈デウスーラU世〉の艦首部――デスラー砲を左右から護る二又型艦首の左舷艦首とデスラー砲の間に食い込んでいた。これも〈デウスーラU世〉が土壇場で右舷側に艦を転進させたことが幸いだったのであろうが、それでもデスラー砲事態も左外壁を大きく抉られて使用不能に追い込まれていた。

「〈ヤマト〉、本艦の左舷艦首とデスラー砲の間に衝突、停止しました」
「左舷艦首区画大破」
「デスラー砲損傷、使用不能!」
「ここまでなのか……」

  正面を振り向くヴェルテが、ポツリと言葉を漏らした。〈ヤマト〉の主砲はこちらを睨んでいるのが、艦橋越しから否応に分かったからだ。これでゼロ距離射撃を受ければ、皆が蒸発してしまうだろう。
  最後の覚悟を、無言の内に覚悟した一同だったが、それから時間が数秒、十数秒と経っても一向に撃ってくる気配は無かった。

「何故だ、何故撃たない?」

  撃ってこないことに呆然とする者もいれば、安堵する者もいる……が。

「これでは、総統閣下に被害が及んでしまう」

  護衛艦艇や他の部隊は、接舷状態にある〈ヤマト〉に手出しが出来なかったのだ。下手をすれば〈デウスーラU世〉にまで被害が及ぶ可能性がある以上は、静観する他ない。総司令ディッツ提督も、全部隊に攻撃の一時中止を命じるしかなかった。
  その中でジュラはただ1人、何かを感じ取ったのか目を伏せて沈黙している。

「〈ヤマト〉より通信!」
「何……?」
「タラン将軍、降伏勧告でもするつもりでしょうか」

  レクター大佐が、拳を握り締めながらヴェルテに問いかけるが、誰しもが同じことを思っているだろう。高らかに勝利宣言でもするつもりであろうか。こちらを無様に笑うつもりなのか。たった1隻に此処まで手こずらされた挙句に、ジュラの首を取られんとする最悪の状況に、ガミラス将兵の多くが自身に失望し、そして屈辱的な怒りに身を震わせているであろう。
  それでもヴェルテは冷静さを失うことなく、短時間ながら〈ヤマト〉が何を求めているのかを考えた。もはや、彼らにとって勝利は目前であるというのに、何故、撃とうとしないのか。



「ヴェルテ将軍、回線を開いてください」
「総統……」
「大丈夫ですよ、心配なさらなくても」

  ジュラは心配一色に染まるクルー達にも向けて、落ち着き払った様子で通信回線を開くようにお願いしたのだ。彼女の自信は、きっと偽りのものではない筈だ。ヴェルテは彼女の指示に従って回線を開かせた。
  通信画面に出て来たのは1人の若い地球人だった。開戦直前に通信に応じた青年指揮官だ。直ぐに言葉を発しはしなかったが、彼の眼は必至に訴えているのが感じられる。

『ジュラ。言わなくても、わかっていると思う』
「……」

  真っ直ぐな瞳でジュラを見つめる古代。そうだ、言われなくても解っている。彼の心内に見えたものは、この戦闘に勝つことではなく生き残ることだった。しかも、自分達地球人が生き残ることだけではなかったのだと知ったのである。

『此処で相争う以上に、我々には地球を救わなければならない任務がある。君も同じ筈だ。ガミラス民族を束ねて、新天地を探す旅を成し得なければならない。もう、これで終わりにしなければ、本当にお互いの未来は無くなってしまう』
「……わかりました」
「ジュラ総統……」

  古代の真っ直ぐな瞳を受け止めたジュラは、簡潔に、そして潔く敗北を受け止めた。
  直ぐ傍にいたヴェルテや他のクルー達は、彼女の決断に驚き注視してしまうが、反発の声は上げようとはしなかった。何より、側近的な役割を担うヴェルテが、彼女の決断に異を唱えなかったことも大きかったといえよう。それ以上に、総統であるジュラが「戦わない」と決めた以上は、それに従わねばならない。

「ヴェルテ将軍、全ての部隊に繋いでください」
「承知しました。全軍に回線を繋げ」
「ハッ!」

  煮え切らない表情は隠せなかったものの、ヴェルテはジュラの指示に従い通信回線をオープンにさせた。
  通信士官から合図を受け取ると、ジュラは一呼吸を置いてから全軍に発した。

「ガミラス兵士の皆さん、こちらはジュラです」

  唐突に流れるジュラの通信にガミラス軍諸兵は戸惑いつつも耳を傾ける。

「皆さんに通達します。〈ヤマト〉との戦闘を停止してください。繰り返します、戦闘を停止してください」

  戦闘停止命令……彼女が投げかけた声に全軍が震撼したのを、彼女はそれとなく感じ取ることが出来た。

「馬鹿な、戦闘を止めろと仰るとは……〈ヤマト〉に脅迫されたか!」

  大半はそう考えた。無理もないことではあるが、〈ヤマト〉は〈デウスーラU世〉に主砲を突きつけているのだ。きっと脅迫されたに違いない、と信じるのも致し方ない話ではある。特に信奉者であるゲール等は、信じ難い話だと強いショックを受けていたが。

「落ち着いて聞いてください。皆さんのお気持ちは、十分に分かります。残念ながら〈ヤマト〉を倒すことは叶いませんでした……ですが、思い返してください。私達が本当に成すべきことは、〈ヤマト〉に対する禍根を断つこと以上に、新たなガミラスの星を見つけ出すことです。これ以上、未来を切り開く大切な仲間の命が失われるのを見るのは……望みません」

  大切な仲間……命……ジュラの言う言葉に、将兵らは自分らを慮ってのことだとハッとなる。

「約束します、命に替えても新たな星を見つけると」

  隣で聞いているヴェルテは、内心で焦っていた。彼女に対して100%指示しているガミラス人ばかりがいる訳ではないのだ。この一件でジュラに失望し、離反するならまだしも、襲い掛かって来たともなると、友軍同士での同士討ちが始まってしまう。それは何としても避けたいところである。

「もう一度言います。皆さん、新天地を見つける為に、私は全力を掛けて成し遂げます。皆さんも、力を貸してください」

  アベルト・デスラーであれば、堂々たる姿勢と口調で兵士を纏めたであろう。ジュラは、自身もカリスマ性が足りないことは自覚しているだけに不安も大きく残るが、こればかりはどうしようもない。これで呆れて離れていく者も出てくるだろうと覚悟はしていた。
  同時に緊張が続いたのは〈ヤマト〉も同じことだ。ガミラス軍の一部が暴発でもすれば収拾がつけにくくなり、〈ヤマト〉もバラン星から一気に天の川銀河へ飛び立つことも出来なくなってしまう。ここは、ジュラに反発することなく同意して素直に矛先を納めてくれることを願うばかりだった。
  だが、しばしの沈黙の後に来たのは、ガル・ディッツからの通信だった。

『ジュラ総統のご意向に意義はございません。このディッツ、最期まで総統にお供いたします』
「ディッツ提督……」
『ガデル・タランも、総統閣下に付いてゆく所存です。新たな母なる星を見つけ、再びガミラス帝国を再興いたしましょう!』
『ヘルマン・ベールも異存は御座いません』
『ギュンター・クロイツェ、総統閣下に付いてまいります』

  続々と各司令官らが同意の表明を通信で送ってくる様子に、ヴェルテは徐々に安堵を覚えていく。

『新たなガミラスの未来は、総統閣下と共にあります!』
「皆さん……」

  それは思いもよらぬ反応だった。若い小娘に失望した者達が離反することを覚悟していただけに、予想に反して離反に及ぶ艦は居なかったのである。実際には、ジュラの基を離れて生き延びる自信が無い者も少なからず含まれており、もはや帰れる場所が無い以上は付いていくしかないと判断したものだった。例のバシブ・バンデベル准将も例に漏れなかったこそすれ、彼も流石にこれ以上の孤立は避けたかった為、ジュラの指示に従い離反することなく留まることを選択していた。
  次々と賛同の意を示す指揮官達に、ジュラは不思議な感覚を心に抱えていた。これまでに、母親以外に期待されることなど無かったジュラは、ガミラス人の未来を背負う総統として期待を寄せられている。これだけの人々が支えてくれることに、自然と涙も溢れる。

「総統閣下、誰も離反する者はおりません。皆、ジュラ総統と共にあります」
「ありがとう……ございます。ヴェルテ将軍……そして、皆さん……」

  この時を持って、ガミラス残存艦隊による対ヤマト復讐戦は幕を下ろすこととなった。
  分散していた艦隊は集結し直すと、直ちに隊列を整えに掛かると同時に損傷個所の修理作業に入った。幸いにして〈ヤマト〉が撃沈せずに戦闘不能を目的とした巧みな攻撃によって、想定していた数値よりも遥かに少ない損失で済んだことは、戦闘後になって改めて驚かされる結果だった。
  本気になれば、〈ヤマト〉1隻で全軍の3割を失いかねないことを覚悟していたが、それが1割以下に抑え込まれたのだ。無論、損傷が酷すぎる艦は放棄されるか、別の艦の供給パーツとして解体されるかだったが、生き残ったガミラス人も大勢いた。
  ……戦闘終結から約12時間が経過したが、ガミラス艦隊が戦闘の傷を少しでも癒す間に(〈ヤマト〉も損傷した個所の修理に掛かっていたが)、〈ヤマト〉との約束果たす為に別働隊が動き始めていた。足りないエネルギーを確保する為に、予め待機していたエネルギー供給部隊が波動機関を全力運転すべく最終チェックを行っていた。調整が整い次第、供給部隊は機関をフル稼働させて“ゲシュ=タムの門”にエネルギーを送り、入り口を開けるのだ。

「タラン将軍、工作隊からの報告では、あと5分で最終調整が完了します」
「デスラー砲の修理完了。主砲塔の修復率87%」
「分かった。それと周囲に変化は無いか?」
「周囲に展開する部隊からの報告はありません」

  総旗艦〈デウスーラU世〉もまた、損傷した装甲板や艦内の修理に全力を注ぎつつあったが、エネルギー供給部隊からの経過報告を受け取ったヴェルテも警戒態勢に余念が無かった。何せこれだけの大規模部隊がバラン星に移動してきたのだ。敵対勢力が嗅ぎ付けて来ないとは保証できず、バラン星の周囲に多数の部隊を分散配置することで警戒態勢を続けていた。
  戦力的には未だに720隻規模を有するとはいえ、総旗艦〈デウスーラU世〉は戦闘力を半減している。デスラー砲も急ピッチで修理作業を進め、辛うじて使用可能な状態には回復していたが、如何に超兵器が使用できたとして主兵装が使い物にならないのでは厳しいものがあり、状況下での接敵は出来る限り避けたいものだ。

「外園を警戒中の第8警務艦隊司令ネレディア・リッケ大佐より通信が入りました」
「繋げ」
「ハッ!」

  通信画面に現れたのは、地球換算で30代前後の若いガミラス人女性士官だった。薄紫色でややパーマのかかったセミショートヘアに、モデルとして通用しそうな容貌をした彼女が、ガミラス軍でも数少ない女性の艦隊司令である。れっきとした実績を有する将帥であり、“チタベレーの戦い”ではガミラス軍勝利に大いに貢献した実績があった。
  警務艦隊を率いる彼女が形の良い唇を動かし、内容を報告する。

『閣下。新たに合流を図る部隊の照会が完了しました。パーシバル方面艦隊司令グラーフ・シュパー少将が合流した他、ワルゴニア星域守備隊司令ダス・ルーゲンス准将、第51空間突撃大隊司令シー・フラーゲ准将も同時に合流しました』
「了解した、合流を許可する。リッケ大佐には、他の哨戒部隊と共に引き続き警戒を頼む」
『ザー・ベルク!』

  このように遅れて到着する部隊が、次第にジュラの基に馳せ参じつつあった。先の3個部隊の他にも続々と到着し、この12時間の間に約450隻余りが合流に成功していた。中には民間人も含まれており、多くの輸送艦や民間船も集って来たのだ。この合流して来る友軍らの後を追いかけてくる敵艦隊を懸念していたが、合流してきた友軍らの報告ではそれどころではないことが明らかにされた。

「大マゼラン銀河と小マゼラン銀河の情勢は慌ただしいものです。我がガミラスの影響が低下した領域を、敵が次々と支配圏に治めておりますが、それら宙域の確保と安定を最優先にしている為、外宇宙へ飛び出した我らのことは二の次になっております」
「さらに、同盟を組んでいた彼らは、仲間内で勢力範囲を取られまいとしております」
「……成程な。我らガミラスという存在に対抗すべく旗印を掲げて組んでいただけに、その脅威がなくなった今、陣地取り合戦に邁進している訳か。こちらにまで手が回らない訳だ」

  早くも団結力は綻び、身内での足の引っ張り合いを想像したヴェルテ一同だった。
  敵勢力からの追撃が無いとはいえ気を緩めないヴェルテであるが、どのみちガミラス残存艦隊も長大な旅を短縮すべく、この“ゲシュ=タムの門”をくぐっていかねばならないのだ。行先地はまだ定まってはいないこそすれ、全く候補が無い訳ではなかったが……。
  間もなくして門が開通する旨を、ジュラが直接〈ヤマト〉に伝える。

「お約束通り、〈ヤマト〉の皆さんを天の川銀河まで送り届けます」
『ありがとう。艦長に変わって礼を言わせてもらうよ、ジュラ』
「いえ。それよりも、あなた方の地球が元の美しい星に戻ることを祈ります」
『ジュラも、新たな星が見つかることを祈るよ』

  古代と通信越しに会話するジュラは、先ほどまで決死の戦闘を行っていたのが嘘の様な、穏やかな表情で相手を思いやる。ジュラの穏やか且つ微笑みを垣間見たヴェルテは、彼女が本来持つべき表情なのだと魅入られてしまった。アベルト・デスラーの持っていたカリスマ性とは違う、率いる者達に心の安らぎと安寧を与える女神の様な存在だと改めて思ったものである。
  そして“ゲシュ=タムの門”の調整が終わるや、工兵隊は一斉に機関部を最大限に稼働させた。

「工兵隊司令フラウスキー大佐より報告。“ゲシュ=タムの門”の始動を確認。コントロール衛星も問題ありません」

  しかしながら主要動力源が絶たれている今、永遠に稼働させる訳にはいかなかった。今は戦闘艦艇の動力を使っているが、いずれこの宙域を離れる際には、それら戦闘艦を犠牲にせねばならないのだ。仕方のない消耗だが、四の五の言っている場合ではなかった。
  そして何よりも、今は〈ヤマト〉を送り届けることが最優先事項である。
  ジュラは通信回線を通じて今一度、古代達にエールを送った。

「それでは皆さん、行ってください」
『あぁ。さようなら、ジュラ』

  〈ヤマト〉は艦尾ノズルから勢いよく噴射炎を吹き出すと、一気に門へと突き進んだ。
  その後姿を、ジュラを始めとしてガミラス軍一同も見守るも数秒の後に、〈ヤマト〉は門の向こうに姿を消した。

「――ゲートの通過を確認!」
「行ってしまわれましたな、総統」
「えぇ……後は、私たちの番ですね」
「はい。暫くは修理の為に時間を要しますが、間もなく動けるようになります。そうしましたら、ゲートを再度起動させ、我らは一気にジャンプします」
「分かりました。では、全軍にジャンプの準備をお願いします」
「ザー・ベルク!」

  ヴェルテが補佐役として、迅速に指示を与える様子を見つめながら、ジュラは再び瞑想した。

(〈ヤマト〉の皆さんが地球を救えますように。そして、私たちの新たな星が見つかりますよう……)

  この数時間の後、新たな賛同者を従えたジュラ率いるガミラス艦隊は、途方も無く思われる母星探しの旅に向かった。
  ジュラの新たな物語が、幕を開ける瞬間でもあった……。




※主要登場人物

名前:エリヒ・バーベイ
年齢:38歳
肩書:〈ハルバトロン〉艦長
階級:大佐
詳細――
  装甲突入型ゼルグート級の艦長。ヘルマン・ベール准将の副官の役目も持つ。


名前:ネレディア・リッケ
年齢:32歳
肩書:第8警務艦隊司令
階級:大佐
詳細――
  ガミラス軍女性士官で、艦隊司令官としては数少ない女性司令官。モデル業で通用する美貌を持っている。
  チタベレーにおける戦闘で輝かしい功績を残している。





〜〜〜あとがき〜〜〜

最後までお読みくださった皆様、誠にありがとうございました。
そしてシルフェニア様の16周年、誠におめでとうございます。

本作はpixivにて掲載していたものでしたが、途中で執筆が止まったままでした。そこで、今回の記念に辺り、再編集と続きを書き上げて、なんとか完結までこぎつけました。

今回の中心人物となったジュラというキャラクターは、ヤマトファンの方々は知っていると思います。ただしワンダースワン版で描かれた、ジュラがデスラーの後継者もとい新総統として〈ヤマト〉と戦うシナリオに関しては、あまり知られていないのではないかと……(知っていた方がおりましたらすみません)。

そこで本作では、ゲーム版のシナリオをベースにして、リメイク版の設定や独自設定を肉付けしていった次第です。
本当でしたらバラン星の決着の後、敵対勢力が追っかけてきて〈ヤマト〉と一時共闘するシナリオも考えましたが、あんまりグダグダ引き延ばすことになるのも問題かと思い、すっぱりと切り落としてしまいました(私の気力の問題でもありますが)。

もし気力があれば、その後のジュラの人生を描いてみたいとは思います。
……その前に仕上げなければならぬ作品がございますが。

今後もシルフェニア様の繁栄を祈りつつ、それに少しでも貢献できるよう頑張ってまいります。
よろしくお願い致します。



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