機動戦艦ナデシコ

〜The alternative of dark prince〜








第十八話 『眠れぬ夜』を素振りで明かして……




















例えばの話――















帰る場所があったとして、

帰りたい場所があったとして、

その場所が、

地球から月までとか、

地球から火星までとか、

そんな遠くにあるわけじゃなくて、

そんな大きな隔たりがあるわけじゃなくて、

ほんの少しの距離、

ほんの数歩、

いや、

たった一歩でいい。

そのたった一歩さえあれば目的の場所に辿り着ける。

そんな状況で、

そんな状況において、

出来ること、

やるべきことといったら誰だって同じ。

きっと、誰しもその一歩を踏み出すことだろう。

その向こう側へと足を踏み入れることだろう。

俺だって同じだ。

俺だってそうする。

なぜならそこは、





――――我が家と呼べる場所なのだから。










だけど、

それは、

その狭間に何も障害がなければの話だ。

自分と我が家の間に何も壁がない場合の話だ。

勿論、

ここでいう壁とは単なるドアを指すわけではない。

もっとこう、

苦労があって、

苦難があって、

苦心がある。

そういう意味の障害。

そういう意味の壁。

帰来を、帰省を、帰還を、帰宅を妨げる何か、

避けては通れない何か、

それが眼の前にある。

そんな状況で、

そんな状況においては、

きっと、

出来ること、

やることは、

人によって違うだろう。

そう、

方法はいくらでも。

それこそ、

人の数、

星の数ほどあることだろう。











けれど、

たとえば、

そこに、

俺と、その帰るべき場所の間に、

俺の部屋のドアの前に、

ルリちゃんが立っていて、

そして、立ったまま寝ていたとしたら、

もう、方法が浮かばないとかわけが分からないとか理解出来ないとかを通り越して、意味不明だった。


「…………」

「……すぅすぅ」

「…………」

「……すぅすぅ」

「…………」

「……すぅすぅ」


なんでいるの?

なにやってるの?

なんで寝てるの?

なんで立ったまま寝られるの?

疑問があとを尽きません。


「あー……」


こいつは……

テンガ・アキ、かつてないほどの修羅場だ。

さあ、シノさんと別れて自分の部屋に帰ってきたらこの状況。俺はどうする?

…………。

ていうか、どうすれば良いか、誰か教えてください。


「ええと」


いや、こんな深夜に助けを呼ぶわけにもいかない。

何とか自分の力で切り抜けるんだ。


「る、ルリちゃん?」


取り敢えず、呼びかけてみる。

風邪を引いてしまうかも知れないし、このまま寝かせておくわけにはいかないだろう。


「……すぅすぅ」


だ、駄目か。可愛らしく寝息なんかも立てている。

だが、まだだ。


「おーい、ルリちゃーん」


もう一度。今度は大きめに。


「……すーすー」


く、まだ諦めない。


「やっほー、ルリちゃーん。起きてー」

「…………」

「あさ……じゃないけど、朝だよー」


ぴくん


お。反応した。

もう一押しか?


「起きなさーい。朝ですよー」


さあ、どうだ?


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………すぅ」


ああっ! ルリちゃん手強いな。起こすのは至難の業だ。

しかし、それにしても――


「ルリちゃんの寝顔、可愛いなぁ。ほっぺも柔らかそうだなぁ。触ったら怒るかな? でも、これだけ呼びかけても起きないんだったら少しくらい触っても大丈 夫だよな。それに、そうだ。これは、ルリちゃんを起こすために仕方なく、なんだ。ナデシコの艦長が寝込まないために必要なことであって、別にやましい気持 ちがあるわけじゃないぞ。そうさ、そうともさ。うん、そうと決まれば……」


俺はルリちゃんのすべすべで柔らかそうなほっぺに手を伸ばす。

しかし、俺の試みは、まぁ、お約束な感じで失敗した。





「…………ん」





ルリちゃんの眼がゆっくりと開く。

今の状況。

暗がり。

人気のない廊下。

しかも俺の部屋の前。

無防備なルリちゃんに手を伸ばそうとする俺。

……ぴ、ぴんち!! 危機がぴんちっ!!


「あ、あの! これは全然そんなんじゃなくて! ただルリちゃんを起こそうと……したまでで。そ、そんなことよりっ! ルリちゃん、こんな所で寝てたら風 邪引くよ? 送ってくから部屋に戻ろう」


無理矢理誤魔化してみた。

が、ルリちゃんは焦点の合っていないような瞳でこちらを見詰めている。


「――――」


返事が、ない?


「――――トさん」

「え? なに? ルリちゃん」

「アキト……さぁん」

「わわっ!」


ルリちゃんはがばっと、俺に抱きついてきた。

むしろ倒れ掛かってきたと言うべきか。ルリちゃんの細い腕が俺の首に回され、否応なしに体が密着する。

香水のような甘い香りが俺の思考を乱す。


「え? ええええぇっ!? ちょちょちょちょ、まっ、るるるるる、ルリちゃん!? 何をっ!?」

「アキトさんアキトさんアキトさん。アキトさぁん」

「ルリちゃん! 俺はテンカワ・アキトじゃ……そうだ! まず落ち着こう! ね、ね、ね!?」


俺は混乱して、わたわたと慌てふためいているだけだった。



「アキト……さん……」

「あー、もう! 違うって…………ん?」

「…………」

「ルリちゃん?」

「……すぅすぅ」


俺の耳元からは先ほどと同じように寝息が聞こえてくる。


「寝ちゃった……のか」


どうやらルリちゃんは寝惚けていただけのようだ。

しかし、

腕の中で眠るルリちゃんを見る。

どうしよう? 部屋に送っていこうにも部屋の鍵はルリちゃん自身が持っているし、肝心のルリちゃんはもう完全に寝入っちゃってるし。困った。

こうなったら俺の部屋に……いかんいかん! ただでさえ変な噂がたったり『テンガ・アキ抹殺(以下略)』とかに命を狙われたりしているっていうのに、それ じゃ自ら墓穴を掘るだけじゃないか! いや、でも、だからと言ってルリちゃんを放っておくなんてこと俺には出来ない。あああああああああああっ!! 俺は どうしたらいいんだあっ!!





……。





……。





……。





……。





……。





……。





……。





そんな問答を一時間くらい繰り返し続けた後、俺はこのままの状態の方が拙いと思いルリちゃんを俺の部屋のベッドに寝かせた。

そして、結局ルリちゃんが起きるまでの三時間余り、俺は一睡もすることなく木刀の素振りを続けていた。




















「……ごめんなさい」

「もう良いよ」

「でも……」

「そりゃ誰だって驚くよ。だから、ルリちゃんは何も悪くない。むしろ謝らなきゃいけないのは俺の方で……」

「いえっ、そんなことありません。私が悪いんです。その……痛かったですよね?」

「大丈夫だよ。少しびっくりしただけ。眼覚めたし……。それよりルリちゃん、朝ごはんは何が良い?」

「え?」

「和食? それとも洋食?」

「いえ、私は……」

「折角だから食べてってよ。それに、朝はちゃんと食べないと」

「……」

「どうかした?」

「あ、いえっ。じゃあ、和食をお願いします」

「うん。任せといて」


そう言って、俺は部屋に備え付いているキッチンへ。

その途中、ちらっと鏡に眼をやる。

そこに映るのは勿論俺の顔……と、季節外れの真っ赤なもみじ。

ルリちゃんが起きたときに何があったかは……語るまい。

そして、三時間前に何があったかも……。





「それで、どうして俺の部屋の前に?」


朝ごはんを食べ終え食後のお茶を啜りながら、そもそもの原因を解明すべくそう質問した。

艦の操縦はハーリーくんやオモイカネに任せても良いわけなのだが、俺の部屋の前で、しかも眠っていたともあれば俺の頭ではどういう経緯でそうなったのか、 全く理解出来ない。


「それは……」

「?」

「……」


ルリちゃんは冷たい緑茶の入った湯呑みに視線を落とし、押し黙ってしまった。


「言いにくいことなら、無理して言わなくても良いよ」


俺はずっと口を閉ざしたままのルリちゃんに助け舟を出すつもりで言った。

が、返ってきた言葉は――


「…………ごめんなさい」

「ああ、そのことなら本当にもう……」

「違うんです」


ルリちゃんは俺の言葉を遮って言った。


「違う?」

「あっ、勿論そのこともあるんですけど……でも、違うんです」


ルリちゃんの言っていることが分からない。

何に対して謝っているのだろう?


「ね。何のことか話してくれなきゃ分からないよ」

「……今は、言えません。だけど……ごめんなさい」


「ごめんなさいごめんなさい」と謝るルリちゃんはとても辛そうで……。

彼女は何を許して欲しいのか?

分からない。

けれど、ただひとつ分かるとすれば、

ルリちゃんは俺のせいでこんなにも辛そうだということ。

だから――


「ルリちゃん、あのさ」

「……」

「俺のエステバリス反応が遅いんだ。もしかしたら電気系統に問題があるかも知れないから、少し見てくれないかな?」

「え?」

「良ければもっと強くなるように改造したりして」

「あの」

「そうだなぁ。ゲキ・ガンガーみたいに変形出来たら良いな。あ、でも、流石にそれは無理か。うーん。じゃあせめてゲキガンフレアーとかゲキガンシュートと か撃てるように」

「そういうことは整備班の方に頼んだ方が良いんじゃ……」

「知ってるよ」

「え?」

「冗談だよ。冗談。ほら、ブリッジに行こう」


俺は立ち上がった。


「え? え?」

「ルリちゃんでもそういう顔するんだね」


ルリちゃんは、少し慌てたような混乱したような何とも言えない微妙な表情をしている。

出逢ってからはじめて見る表情だ。


「あ……」


ルリちゃんは少し頬を染める。

そして、瞬時に冷却。

次に来るのは――


「アキさん……あなた……」


や、やっぱりぃ! しまった! 悪ノリが過ぎたか!?


「あ、あぅあぅ」


構図的には蛇に睨まれた蛙。

またもや絶体絶命。

ゴゴゴゴゴ。

しかし、そこでルリちゃんはくすっ、と微笑んだ。


「冗談、ですよ」

「え?」

「お返しです。さ、行きましょう」

「あ……」


なるほど。してやられた、とういわけか。

でも、笑ってくれた。これで良かったんだ。











そして、俺たちは部屋を出た。

――と、そこにひとりの女性がいた。

いや、いたと言うよりもまさに俺の部屋の前を通り過ぎようとしていた。

黒髪のショートカット。一見男性、いや、青年に見えないこともない。凛々しい顔をした女性だ。連合軍の制服を着てはいるが……。

こんな人いたっけ? 


「ん?」


その女性は俺たちに気付いたようで、その歩みを止めこっちを見た。


「おぉ、ルリ。こんな所にいたのか。探しちまったぜ」

「リョーコさん。どうしました?」


男のような喋り方をする人だ。

あれ? この声、どこかで聞いたことがあるような気がする。


「ああ、ユリカの親父、提督から連絡があってだな、ちっこいのがすぐ戻って来いだとよ。ったく、何でオレがそんなパシリみてーなことさせられなきゃなん ねーんだよ。おめぇのコミュケは通じねーし、ナデシコとは言っても中は全然違うしよー。迷っちまいそうだぜ」

「すみません。すぐ行きます」

「おう、そうしてくれ。……ん?」


体を横にずらし、俺の方を覗き見るリョーコさん。

ちなみに部屋を出たのはルリちゃんが先で俺がそれに続くように出たから、俺はルリちゃんの後ろに隠れていたことになる。


「あ」

「あ」

「?」

上からリョーコさん、俺、ルリちゃん。

今の状況。

朝。

俺の部屋の前。

一緒に出てきたルリちゃんと俺。

…………。

しまったぁ!!


「あ、ああ、ああああああっ!!」


死んだ。

きっと俺は社会的に抹消されることだろう。

ああ、こんなところで最終回か……。


「ああああああああああ、アキトっ!!」

「うぇ?」


戸惑い驚く暇さえ与えずに、リョーコさんは俺に抱き付いてきた。

いや、抱き付くなんてそんな生やさしいものなんかじゃない。それは、突進と言っても過言ではないくらいの勢いだった。むしろフライング・ボディ・アタック だった。しかも綺麗にずどーんとキマった。


「アキトっ!! アキトなんだろ!? やっぱ生きてたんだな!?」


さらには、女性のものとは思えないくらいの腕力でもって俺を締め付ける。鯖折とかいう技みたいに。

押し付けられる女性特有の膨らみに赤面する余裕すらない。


「心配させやがって、コノヤローが!」


めきめき


「ぐ、おおおぉ」

「リョーコさん」

「生きてたんなら連絡のひとつくらい寄越しやがれ!」


みしみし


「んがあああっ」

「リョーコさん」

「ったく、ルリにもさんざん心配かけやがって」


ごきごき


「……」

「リョーコさん」

「ユリカの奴も……あ? なんだよルリ」

「その人はアキトさんじゃありません」

「は?」

「…………」


ぐったり


俺は、本当の意味で死んだ。















そのころ……


「艦長、遅いなぁ」

「坊主んとこにでもいんじゃねーか?」

「サブロウタさんっ! 滅多なこと言わないで下さい!」

「でもよぉ。あれから艦長なんか変だったよな?」

「う」

「なーんかいろいろ調べてたみたいだしなぁ」

「うぅ」

「しかも徹夜で」

「うううううっ」

「コミュケも切ってたんだろ?」

「うううううううううぅ」

「何でかなー?」

「うわああああああああぁぁぁん!! タカスギ・サブロウタのバアアァカアアァァッ!!」

「おいっ! ハーリー! あー……行っちまった。ちぃっとからかい過ぎたかな」




















<あとがき……か? これ>

こんにちは、時量師です。

まずは、前回の時量師の勝手な発言に親切にも答えて下さった黒い鳩さん、クイック二式さん、紅さん貴重なご意見ありがとうございました。なかなか興味深 い、と言うかドキッとさせられた推測でした。皆さん鋭いです。

さて、第十八話。

前回はシノさんの話だったので、今回はルリちゃんの話にしようと思いました。が、結局良いところをリョーコちゃんに持っていかれてしまいましたね。

そして、今回もまだナデシコは地球には着かず。……アキトくんの登場はいつになるやら。

では、また次回。




感想

GWになっても今一休めてない黒い鳩です。3日4日と寂しかったっす(泣) 自作は絵を今やっているんですが、何時出来上がる事か… 

余計な事を言っていないで、感想に行きなさい!


それも、そうですね、今回はアキ君とルリ嬢の競演ですね、今までになくアキ君が動揺してますね〜

まぁ、私の魅力の前には、アキさんといえどもノックアウトと 言う事でしょうね♪

あははは…(汗) まぁそうかも知れないけどさ…(別の意味で)

何か言いましたか!?

いや、何も…(汗)

そういえば、時量師さんにスクライドSSを出すような事を言ってましたけど可能なんですか?
 

無理くさい…(汗) 絵が終わんないんだ。多分5日一杯かかる気がする…

なっ、どうする気ですか!!

早く終わったらかかるけど…さすがに一日では…時量師さんごめんなさい!(泣)

はぁ、そんな事だろうと思ってまし た…この調子ではリクもいつになる事か…(汗)



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