機動戦艦ナデシコ

〜The alternative of dark prince〜








第二十一話 ありえないはずの『邂逅』














「……ねえ、ルリちゃん」

「……はい」

「…………」

「…………」

「…………」

「……何ですか?」

「……銭湯に、行こうか?」

「…………」

「…………」

「………………………………はい?」















カコ――――ン


銭湯とは言っても、ただの軍の大浴場だったりする。

で、


「をい! アッキー!」


湯に浸かって早々、何故か怒鳴られた。


「何だよ?」

「どーゆーつもりや!?」

「だから、何が?」

「何でプロスペクターのサインを貰ってきてくれんかったんや!?」

「…………ああ。そんなことより、何でお前がいるんだよ?」


いつの間にか隣にジンがいた。

ヤソガミ・ジン。

プロスペクターを尊敬、崇拝するエステバリスパイロット。十八歳。俺の同僚。関西人。そして、ヤソガミ・シノの実弟である。

……って、誰に説明してるんだ俺は。


「ムキーッ! 『……ああ』、じゃあるかい! 何カッコつけとんねん! しかも、『そんなこと』やとぉ! こんぼけっ! 僕がここにおるわけぇ? んなこ と今はどうでもええねん! あーもー、役にたたんやっちゃなあ。己はサインのひとつも貰ってこられへんのかいな? あーあー、アッキーがそんな奴だとは知 らんかったなあー。傷ついちゃうなー、僕。はんっ、もうアッキーなんか知るかっ! お前なんかとは絶交や!」

「……あー、いや。ジン?」


……キャラが違っていないか? 違ってるよな。

もしかして、これが素か?

「ムキーッ!」って初めて聞いた。本当に言うんだなぁ。


「ああっ!?」


……おまけにガラが悪い。

いや、そもそもどうして俺がそんなに怒られなきゃならないんだ。別に悪いことをしたわけじゃない。

と思ったけど、そんなことを言い出せるような雰囲気ではなかった。

しかし、困ったな。

こんなにマジで怒っているジンは初めてだから、どう対処して良いかわからないぞ。

うぅむ。

……あ。そうだ。


「なあ、ジン」

「お前と話すことは何もない!」


とりつく島もない。


「まあまあ、そう言うなよ。サインはないけど名刺なら貰ったぞ」

「…………」

「駄目か?」

「…………」

「そうか。なら、捨てちまうかな」


ちらりとジンの方を窺ってみると、何やら俯いて肩をぶるぶると震わせていた。

また持病の発作らしい。

ん? そんなのないんだっけ?


「……アッキー」


ジンは俯いたまま俺の両肩を掴んだ。

相変わらず震えたままだ。顔が隠れているからわからないが、本当は笑っているのかも知れない。

ちょっと、いや、かなり怖い。……血は争えないってやつか?


「な、何だ?」


怪しげなオーラに恐怖を感じながら訊く。

やっぱり名刺なんかじゃ代わりにならないか。


「ようやった」

「へ?」

「ぐっじょぶや、アッキー! 心の友よ! もー、アッキーってば人が悪いなぁ。あるならあるって早う言わんかいな。で、どこに、どこにあるんや!? さあ 出せ! 今すぐ! らいとなう! 隠したって無駄やで! む! そこかっ! そこなのかっ!?」

「おい、やるから落ちつけって! 風呂ん中に持ってくるわけない……って、どこ触ってんだお前はっ!?」


お、俺にそんな趣味はねぇっ!


「二人とも静かにしてください! 恥ずかしいじゃないですか!」


そこで、ずっと黙っていたハーリーくんが堪えられなくなったのか大声を上げた。

どうやら元に戻ったようだ。

ハーリーくん……あれからずっとにやけた顔をしていたけど、ミナトさんに何か言われたのだろうか。

まあ、あんなふうに辛く当たられることはなくなったのだから良いんだけど。

あれは……キツかったなぁ。思い出しただけでも泣きそう。


「なんやハリくん。おったんかいな?」

「ずっといましたよ。兎に角、迷惑になりますし、恥ずかしい真似しないでください」

「迷惑言うたかて僕らの他に誰もおらんやん」


男湯は俺たち三人だけで、貸切状態だった。

他の軍人の人たちは利用しないのだろうか?


「そ、それはそうですけどっ。向こうには、その、か、艦長が……入ってるんですから」


女湯にはルリちゃんが入っている。

……あ。

し、しまったぁ!


「うん? そうなん? ほんなら……か〜んちょ〜! 一緒にど〜ですがぼっ!?」

「な、何言ってんだよっ!」「な、何言ってんですかっ!」

「がぼぼぼぼ」


俺とハーリーくんは慌ててジンを湯船に沈めた。

ふぅ、焦った。何を言い出すんだこいつは。


「しっかし、プロスペクターってあの赤いベストにちょび髭、眼鏡の人だよな。確かに只者じゃなかったけど、何かイメージ違ったよね?」


取り敢えず、話を強引に逸らしてみた。

プロスさんの姿を思い出す。

……強そうだとは思ったけど、格好良いとは思わなかったぞ。


「はい。そうですよね」


ハーリーくんも同意見のようだ。


「何言うとんねん。そんなんプロスペクターと違うわ」

「え?」

「……いつの間に抜け出したんだよお前は」


忍者かよ。


「ふっ、細かいことや。それよりアッキー、それどうゆうこと?」

「どういうことって……俺たちが会ったプロスさんはそういう格好してたんだよ」

「そうですよ」

「んなわけあるかい。そんなん偽者やん。プロスペクター言うたらもっと黒うてメチャメチャ格好えーもん。この目で見たんやから間違いないで」

「ん?」

「はぁ?」

「お?」

「……」

「……」

「……」

「あ、アキさん。僕先に出ますね」

「あ、ああ」


ま、いいか。


「じゃ、僕も。ハリくんフルーツ牛乳飲もうや。僕が飲み方伝授したるさかい」

「はい!」

「あ、そうだ。アッキー」


ジンは首だけ振り返ってこちらを見た。

髪を下ろしているせいで表情は伺えないけど、声の響きにいつになく重たいものを感じる。


「何だ?」

「頑張ってぇな」

「…………」


そういい残してジンはハーリーくんと共に出て行った。

頑張って……か。ったく、思わせぶりなこと言うなよな。何を頑張ったらいいのかわからねぇよ。


カコ――――ン


「――アキさん」

「?」


それはルリちゃんの声だった。

反響して大きくなった声ですら、ともすれば聞き逃してしまいそうな、そんなルリちゃんの声だった。

まさか、とは思うが、ジンの奴これを狙っていたのか?


「な、何? ルリちゃん」

「いえ、たいしたことではないのですけど……」


言いにくそうだ。

……多分、あのことなのだろう。

やはり、俺は知っておきたい。もう一度、訊こう。


「ルリちゃん、あのさ――」

「明日」

「え?」


ルリちゃんが俺の言葉を遮った。

何だ? 何か、不自然だ。

今の、ルリちゃんはまるで……。


「明日、ハーリーくんにはボソンジャンプで月に跳んでもらおうと思います」

「月に?」

「はい。そこでナデシコCの最終調整をしてもらう予定です」

「そっか。……火星の遺跡、取り返せるといいね」

「はい」


初代ナデシコ――ナデシコAと共に宇宙を漂っているはずの遺跡は、現在火星の後継者たちの手にある。

それを取り返すことが、俺たちの使命。

……なんだけど、俺はいまいち現実感が沸かなかった。

その遺跡がどういうものなのか良くわかっていない、というのもある。……が、それだけじゃなく、俺はその遺跡を見たくないような、そんな気がするのだ。


「出発は明後日だっけ」

「はい、それで、なのですけれど。出発前に一度、お墓参りに行きたいんです。護衛、お願いできますか?」

「……うん。それは、勿論。でも、ルリちゃ――」

「私、そろそろ上がりますね」


ざば、と水音がたつ。


「あ、うん」


引き戸が開かれ、そして、閉められる音がしてルリちゃんは出て行ってしまった。

……何だかなぁ。逃げられた気分だ。

まぁ、明日もう一度訊いてみればいいか。

でも、あまり時間は残されていないのかも知れない。

何となく、そう思った。





そして、

俺たちは結局、あの時のことは口にしなかった。















その日は、夢を見なかった。


















――――カコン


乾いた音が墓地に響く。

ミナトさんの持っていた手桶が地面に落ちた音だ。


「アキト……くん?」


そこには、

ミスマル・ユリカ、

イネス・フレサンジュ、

そして――テンカワ・アキトの墓標の前には、

真夏には不釣合いの黒いマントを身に着け、その顔を黒いバイザーで覆った男が佇んでいた。





テンカワ――――アキト。





ミナトさんは幽霊でも見たかのような顔をしている。

そりゃあそうだろう。

そう、テンカワ・アキトは、死んでいるはずなのだから。

しかし、

ルリちゃんは――ルリちゃんはいつも通りの無表情だ。恐らく予想していたのだろう。

いや、むしろアイツがいることに安堵しているようにも見える。

そして、

俺は――――

俺は、確信していた。

アイツが――テンカワ・アキトがここにいるだろうということを。

それは、

墓地に近づくにつれて、今までにないほど頭痛が強くなった。

俺とルリちゃんが口にするのを避けていたこと――あの時、電車ですれ違った。

ということだけじゃない。

もっと簡単なことだ。

そう、



『俺がここにいるのなら、アイツもここにいなくてはならない』



そんな絶対感があった。

だから、俺は驚くはずがなかったんだ。

だけど、不快だった。

何故だかわからないけれど、とにかく俺は不快を感じていた。










「早く気付くべきでした……」


墓の前にしゃがみ込み、手を合わせていたルリちゃんが、まるで独白のように呟いた。


「え?」

「あの頃、死んだり行方不明になったのは、アキトさんや艦長、イネスさんだけではなかった」


そこでルリちゃんは一度言葉を区切った。

どういう、ことだ?

彼ら……いや、彼女らは事故で死んだ、ということになっているはずだ。

何か、あるのか?


「ボソンジャンプのA級ランク、目的地のイメージを遺跡に伝えることが出来る人、ナビゲーター……。みんな、火星の後継者に誘拐されてたんですね」

「誘拐?」


誘拐。

A級ジャンパーの誘拐。

そして、火星の後継者たちは遺跡を占拠した。その目的は、ボソンジャンプの斡旋による新たなる秩序の確立。

ならば、それならば、そういうこと……なのか?


「この二年余り、アキトさんたちに何が起こっていたのか、私は知りません」


ルリちゃんは淡々と喋る。

感情を一切表に出さないように。

俺は知っている。

こういうときのルリちゃんは、とても強い想いを胸に秘めていることを。

だから、

お願いだから、

もう、やめてくれ。


「知らない方がいい」


短く答えるテンカワ・アキト。

腹立たしい。

その声、その言葉、その態度。全てが癪に障って仕様がない。

だけど、俺はこの二人の間に割って入ることが出来ない。

その資格が俺にあるわけがない。

二年ぶりの逢瀬を俺が邪魔していいはず、ないんだ。


「私も知りたくありません。でも……」


ルリちゃんの言葉が途切れる。

ああ、

その先は聞きたくない。

ルリちゃんが何を言いたいのかわかるから。

わかってしまうから。


「どうして――」


だって、この子は、

ずっと、

ずっと、テンカワ・アキトのことを――


「どうして教えてくれなかったんですか? ……生きていること」


俺は知らず、左手の刀を強く握り締めていた。

笑ってしまいそうだ。

俺は結局、テンカワ・アキトの代わり――代理品でしかなかったのだ。

いや、代理すら、務まってはいなかった。

わかっていたことだ。

わかっていたことだけに、

わかっていながら代理を演じ続けていた俺を、腹の底から笑ってやりたかった。

馬鹿だったんだ。

心から、そう思う。

そして、

そんな俺の心を知るはずもなく、

アイツは、

テンカワ・アキトは、

ルリちゃんの問いに、一言で答えた。

一言で、済ませやがった!


「……教える必要がなかったから」

「……そう……ですか」


表情を変えず、悲しむルリちゃんを見て、抑えられなくなった。


「っ! あんたっ!」


テンカワ・アキトの胸倉を掴み、俺は叫んだ。


「何様なんだよあんた! いくら養父だったからって、そんな言い方ないだろっ! 謝れよ!」


馬鹿だ。

本当に馬鹿だ。

こんなことを言っても何もならないことは、わかり切っていることなのに。

愚かしいにも、程がある。

でも、止められないんだ。


「ルリちゃんは、ルリちゃんはっ! あんたのことを、ずっと、ずっと――――」


その先を言う前に、俺の額には無骨な黒い塊が押し当てられていた。


「なっ!?」

「アキトくん!?」





「……一度だけ訊く。――――お前は、何故ここにいる?」





「っ!」


それは、俺の存在そのものを否定するような言葉だった。

俺がここにいる理由、だって?

そんなこと、

そんなこと、俺は知らない。

わからない。

俺は答えることが出来ない。



『あんたがここにいるからだ』



としか、答えられない。


「……イネスさん、か」

「え?」

「まあいい……。お前は生きているべきでない存在だ。今ここで、死んでおけ」

「……あ」


撃鉄が起きる。

トリガーに指がかかる。

そして、数秒もかからないうちに、弾丸は発射される。

俺はその様子を、まるで他人事のように眺めていた。

俺はこれから死ぬ。テンカワ・アキトに殺される。それは間違いない。

理由も知らぬまま、殺人されることだろう。

それなのに、俺は何故だか理不尽を感じてはいなかった。

なぜならば、

俺はきっと、

死んでおくべき人間なのだろうから。何となく、そう思うから。

ただ、ルリちゃんの眼の前で、テンカワ・アキトに殺人を犯させるのが心残りだった。

ああ、きっとルリちゃんは悲しむんだろうなぁ。

テンカワ・アキトが変わり果ててしまったことに。

もしかしたら、俺の死も悲しんでくれるのだろうか?

でも、それは贅沢な望みなのだろう。

……。

ルリちゃんはこれからどうするのかな? 

まあ、いいか。……どうせ俺、死ぬんだし。

もう疲れた。

早くその引き金を引いて、楽にしてくれ。

……。

……。

……。

だが、その引き金は、俺に向けて引かれることはなかった。


「ちっ……予想より早かったな」

「?」


銃口が俺の額から平行にずらされてゆく。

その先には――


ずきん!!





「迂闊なり、テンカワ・アキト」





瞬間――俺の中の『何か』の制御が遅れたからだろう――俺は、思い出した。あの時のことを。

あの日の、抜け落ちた記憶を。

あの漆黒の機体を。

あの機械のような、テンカワ・アキトの声を。

あの金色の箱を。

あの錫杖の音を。

あの忘れようとも忘れ得ない男の声を。

そして――――あのミスマル・ユリカの変わり果てた姿を。

……何故忘れていたのだろう? その答えまでが、見えたような気がした。

いや、今はそんなことどうでも良い。

今は、眼の前のアノ男を!!


「ああああああああああぁぁぁぁぁ!!」


次の瞬間、俺は駆け出していた。上体は低く、神速をもってその距離を詰める。

刀の柄に右手を添える。

抜刀術。

神速を超えて、刀を引き抜く。

右足を大きく踏み込み、

あとは、

逆袈裟に薙ぎ払う!

そして、その次の瞬間にはアノ男を切り倒しているはずだった。


「――未熟」


キイィィィィン


が、

その斬撃は届くことはなく、刀は真っ二つに折れてしまっていた。


「斬」


何か壁のようなものに阻まれたのだと気付いたその時には、俺に向けて何かが振り下ろされていた。


「アキさんっ!」

「ちっ! 馬鹿が!」


ルリちゃんの悲鳴が聞こえる。おかしいな。さっきまで何も聞こえなかったはずなのに。

ああ、そういえば、ルリちゃんのそんな声を聞いたのは初めてだなぁ。

場違いなことを考え、今度こそ死んだかなと思った。

しかし、俺はそう簡単には死ねないらしい。

前傾だったはずの俺の体は、物理法則を無視し、もの凄い勢いで後ろに向かって打っ飛んでいた。

浮遊感。

衝撃。

受身は取ったものの、硬い石畳の道に落下したので、ある程度のダメージは避けられなかった。


「アキトくん!?」

「ぐうぅ」


ありえないはずの現象。

だが、見れば何のことはない。テンカワ・アキトが俺を掴んで後ろに放り投げていたのだ。

俺を……助けた、のか?


「……ほう。何かと思えば、死に損ないの不良品ではないか。殺したものと思っていたが、予想以上に頑丈であったな。それにしても――」


編み笠の男が声を発する。


「クク。復讐人とその紛い物が共にあるとは……なかなかどうして、愉快なものよ」


くそ! 何なんだ!?

どうして俺はアレを殺したいと思うんだ?

何故思い出せない!

邪魔をしないでくれ!

オマエだって憎んでいるんだろう?


「キサマは……何だ?」


立ち上がり、俺はそう問うた。

アノ男が俺を見る。


「記憶を無くしたか……」


すぐに興味を無くしたと言わんばかりに俺から視線を外し、テンカワ・アキトの方を向いた。


「テンカワ・アキト、我らと共に来てもらおうか」


同時に、どこから現われたのか、同じように編み笠を被った男が右に三人左に三人、合計六人が扇形に展開する。


「重ねて言う。一緒に来い!」

「……」


いつの間にか編み笠の男たちの手には短刀が握られている。話し合うつもりもないらしい。


「手足の一本は構わん」

「あんたたちは関係ない。ソイツを連れてとっとと逃げろ!」


手にした銃で牽制しつつ、テンカワ・アキトが声を荒げて言う。


「こういう場合、逃げられません」

「そうよねぇ〜」


ルリちゃんは、逃げることが出来たとしても多分逃げないのだろう。だったら俺もここで逃げるわけにはいかない。


「あんた、言ってることもやってることも矛盾してんだよ」


今はテンカワ・アキトよりも奴らを何とかしないと。俺は精一杯の嫌味を言って、半ばから折れた刀を握りなおした。

奴らがかなりの強さを持っていることは雰囲気から感じ取れる。だけど、(認めたくはないがテンカワ・アキトのおかげで)冷静になった俺は、真ん中の男以外 には負ける気がしない。

裏を返せばヤツには勝てる気がしない、ということなのだが……。


「女は?」

「殺せ」

「小僧は?」

「あやつか……。不良品とは言え、性能が良すぎる……いや、それ故の不良品か。ふん、四股を切り落としてヤマサキのやつに返してやれ。貴重なサンプルだ、 クク、さぞ喜んで弄りまわすであろうな」

「小娘は?」

「あやつは捕らえよ。ラピスと同じく金色の瞳……。人の技にて生み出されし白き妖精……地球の連中はほとほと遺伝子細工が好きと見える。汝は我が結社のラ ボにて、栄光ある研究の礎となるが良い」

「っ! あなたたちですね。A級ジャンパーの人たちを誘拐していた実行部隊は」

「そうだ」

「…………」

「我々は火星の後継者の影。人にして人の道を外れたる外道」

「「「「「「全ては新たなる秩序のため!!」」」」」」


一触即発。

まさにそんな時だった。


ハッハッハッハッハッ!!」

「何!?」

「え!?」

「新たなる秩序、笑止なり」


編み笠の男たちの後ろには、真っ白な学ランを着た長髪の男がいた。

あの人は、

月臣源一郎――月臣さん。

何であの人がここに?


「確かに破滅と混沌の果てにこそ、新たなる秩序は生まれる。それ故産みの苦しみ味わうは必然。……しかし、草壁に徳なし」

「久しぶりだな月臣源一郎。木星を売った裏切り者がよく言う……」

「そうだ。友を裏切り、木星を裏切り、そして今はネルガルの犬……。テンカワに拘りすぎたのがアダとなったな、北辰!」


墓の影からは黒いスーツにサングラス、刀やら拳銃を持った男たちがわらわらと出てきた。

ネルガルのシークレットサービス。


「ここは死者が眠る穏やかなるべき場所……。大人しく投降せよ」

「しない場合は?」

「地獄へ行く」

「そうかな? ……烈風!」

「おう! ちええええぇぇぇー!」


烈風と呼ばれた男が短刀を手に走り出す。

だが遅い。そんなスピードであの月臣源一郎に適うはずがない。俺だって、何度も返り討ちにあったのだから。


「木蓮式抜刀術は暗殺剣に非ず」


案の定、男は顔面を掴まれそのまま投げ返された。


「うっそぉ〜」


ミナトさんが驚きの声をあげる。

あの技は――――


「「木蓮式柔……」」

「え?」

「邪になりし剣、我が柔には勝てぬ。北辰、投降しろ!」


だが、こんな追い詰められた状況でもアノ男は笑っていた。

逃げられる。


「跳躍」

「何!? ボソンジャンプ!」

「フハハハハハハハ! テンカワ・アキト、また会おう!」


そして、眩い光に包まれて、奴らは消えていった。

取り逃がした……。そう思うと同時に、いまだ生き永らえていることに俺はほっとしていた。


「単独の……ボソンジャンプ」


そう、ルリちゃんが呟いた。


「奴らはユリカを落とした」

「え?」

「草壁の大攻勢も近い。だから……」

「だから?」

「君に……」


テンカワ・アキトは、俺たちを向いて言った。


「渡しておきたいものがある」















テンカワ・アキトとルリちゃんが話しているのを、俺は特に何をするでもなく眺めていた。何も考えないように努めた。


「どうした?」


後ろから声を掛けられ、振り向くと月臣さんが何故かニヤニヤしていた。


「月臣さん……」

「あいつらの会話がそんなに気になるのか?」

「月臣さんこそ、どうしたんスか? こんなところで」


動揺を顔に出さぬよう、強いて冷静に言う。


「ああ、テンカワがここへ来れば、奴らも現われることはわかっていたからな」

「そっすか。シークレットサービスの人は大変ですね。……知り合いなんスか? あの人と」

「テンカワのことか? まあな」

「……」

「んん? ……はぁ、そんなに心配しなくてもテンカワは、あいつはお前の大事な人を連れ去ったりはしないさ」

「んなっ!?」


吹き出した。

ななな、何を!? 大事な人!? ルリちゃんが俺の、その、だだ、大事な人だって!? いや、そりゃ、大事か大事じゃないかって聞かれたら……大事、だけ ど。いや待て。その前に、テンカワ・アキトが連れ去らなくたって、ルリちゃんが着いて行ってしまうということも……。いや、いかん! そんなの断じて許さ んぞ! って俺はこんな時に何考えてんだ! 他に考えることがあるだろ!


「……重症だな。お、噂をすれば、話は終わったみたいだぞ」

「え?」


視線を戻すと、ルリちゃんがこちらに向かって歩いてきていた――――大事そうに、何かを握り締めて。

ルリちゃんは嬉しそうな、それでいて悲しそうな、そんな表情をしていた。


「アキさん。アキトさんが、あなたに話があるそうです」

「あ、えっと、うん。わかった」


しどろもどろだった。


「大丈夫ですよ。アキトさんにあなたを殺す気はないみたいですから」

「そ、そう」


落ち着け、俺。深呼吸して……すぅはぁ……良し。


「じゃあ、行って来るよ」

「はい」


……全然『良し』じゃなかった。

言ってやりたいことはたくさんあるのに、どう言っていいのかわからない。

そうこうしているうちに、俺の足は勝手に動き、テンカワ・アキトの眼の前に来てしまっていた。


「あ……」

「……」


俺が今感じ取っているものを、今目の前にいる男は同様に感じているのだろうか。

先ほど感じた殺気とはまた全然違う。

この感覚は……懐かしい、とでも言うのか?


「これを……」


恐らく停止していたのは一瞬だったのだろう。

テンカワ・アキトは俺に何か黒くて無骨な物体を差し出していた。


「これは……。こんなもの、どうして俺に渡すんだ?」

「それだけじゃ心許ないだろう?」


折れた刀を見て言う。


「それに俺はもう、彼女を、ルリちゃんを護ってあげることは出来ない。その資格もない。だから、君に――」


俺の頭に再び火がついた。


「カッコつけてんじゃ……カッコつけてんじゃねえ! ルリちゃんはあんたを必要としてるんだぞ! 俺じゃ、俺じゃ駄目なんだよ! 何で戻ってやらない!?  どうして抱きしめてやらないんだよ!?」

「……」

「あんただって本当はわかってんだろ? なのに、どうして」

「……違うんだよ」

「え?」


俺は戸惑う。

その言葉は今までになく、人間ぽい響きを持っていた。

これが、テンカワ・アキト。ルリちゃんの大切な、ヒト。


「違うんだ。知ってるだろ? オレはね、これまで何人も殺してきた。大人も、子供も、男も、女も。たくさん、たくさん殺してきたんだ」

「…………」

「最初は凄く気分が悪かった。ユリカを取り戻すためと自分を正当化しようとした。だけど、オレのやってることはただの殺戮だったんだ。……それでもオレ は、殺し続けた。……いつのころからか、何も感じなくなった。そのうち、殺すことが楽しくなった。敵の機動兵器を翻弄し、粉砕し、コロニーを爆破すること がどうしようもなく楽しくなってきたんだよ。オレは、何かを壊したくてたまらないんだ。それは――――ルリちゃんも例外じゃない」

「っ!?」

「……そんなオレが、ルリちゃんの側にいられると思うかい?」

「それ、は……」


俺は『必ず一発殴る』という覚悟がしぼんでいくのを感じた。

俺はいけないことだと知りながら、テンカワ・アキトを受け入れ始めているのかも知れない。

そして、止まない頭痛の中、俺は――――
















そのころ……


「あれ? どこかにいかれるんですか?」

「ええ、ちょっと忘れ物を取りに、ね」

「忘れ物、ですか」

「じゃあマキビくん、ナデシコの最終チェックお願いね」

「は、はいっ! 任せてください!」




















<あとがき……か? これ>

こんにちは、ご無沙汰しておりました時量師です。

ちまちまと書いてはいたのですが、なかなか完成させることが出来ず、長い時間がが空いてしまいました。

前回の反省が全くもって生かされていませんね……。はぁ、自己嫌悪。

しかし、時量師はまだ勉強が本職な身分なもので……早く○学生になりたいなぁ。

ごめんなさい。ここは愚痴る場所じゃありませんね。

では、気を取り直して。

まずはお風呂のシーン。勝手に創ってしまいました。

野郎三人の会話で出てくるプロスさんのことですが、あれはちょっとした伏線ってヤツですね。ええと、まあ、気が早いとは思いますが、一応次回作の。

そして、お墓のシーン。

このシーン、劇場版のうちで時量師がとても気に入っているところです。アキトくんとルリちゃんの再会は勿論良いですけれど、それ以上に月臣さんの台詞がお 気に入りです。

アキトくんとアキくんの邂逅、やっと果たせましたね。長かった。前フリが……。

いまさらなのですが、アキトくんの台詞ってなかなか難しいですね。他の皆さんはアキトくんの台詞を書くとき、何を考えているのでしょう?

はい、今回はそんな感じでした。

次回はアノせつめ……アノ人が出てきます。

アキくんの正体を明かしてくれるといいなぁ。

それでは、もしかして読んで下さった皆様、ありがとうございました。

ではでは。


感想

時量師さんお久しぶりです。久しぶりに拝見できて嬉しいです♪

アキ君とうとう、アキトと対面ですね〜 

アキさん、アキトさんよりも私に近い位置に来るのでしょうね…

アキさんの語りで繋がっている以上アキさんが主役なんですから…

まあ、
真のヒロインたる私と一緒になるのは当然と言う事なので しょうか…

とはいえ、私にはアキトさんという人が! ああ、何と言う運命の悪戯!?


ははは…ひたってますねぇ…(汗)

そういえば、三度目は嫌ですのシーンは無かったみたいですね。

細かいシーンまで拾っている時量師さんにしては珍しい…

ジンクスなんて、あまり気にしなく てもいいです。所詮ハーリー君ですし。

うわ、何気にひでぇ!?

でも、時量師さんの作品はテンポがいいね。

ええ、内容が分かりやすく書かれて いるので良いですね。

劇場版というガイドラインのお陰だとは思いますが…

それでも、綺麗なぶんめんです!

次回も期待しております♪

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