白煙が晴れれば、運命が変わる。

瞼を閉じ、赤土の荒野を想う。

そこには無数の剣の群れ。否、そこは剣の墓場。
罅割れた空には錆びた歯車。二度と動くことのないそれは何もない空を支えるようにただそこにある。
無数の墓標から、一振りを選ぶ――その銘こそはバルムンク。

――――巨龍ファフニールを屠った英雄ジークフリートの佩刀である。

龍の因子を継ぐ貴女はこの剣の前に敗北するだろう。

未練はある。

あの日々だけは、屹度自分は人として生きていた。
貴女と笑い貴女と怒り貴女と悲しみ貴女と共に戦い続けた。
その結末が裏切りだったとしてもあの日々だけが人生と呼べるたった一つのものだった。

紅い世界を覚えている。

あの日炎熱の中で産声を上げた時より自分は確かに一振りの剣であった。
何もなかったこの身は理想と出会い、憧れを得て走り始めた。
幾度もの混迷を、憤怒を、絶望を、諦観を駆け抜けた。

それでも、貴女と共に在ったから、あの日々は尊かった。

ならば未練しかない。
あれほど美しく、かけがえのない日々はもう二度とないのだから。

けれど、運命を切り開く。
この手で貴女を倒せば何かが変わるだろう。
英霊と成り果て、磨耗した自分は現象として固定されている。
だが、自分の人生を破壊し理想を摩滅させ自己さえも否定したならばあるいは――そして。

貴女を切り裂いたのならば、後は勝ち続けよう。
かつてもそうだったように、それからもそう在り続けたように、我が身に敗走はない。

なぜならば――勝ち続けることだけが、自分にできるただ一つの償いであるが故に。

白煙に目を向ける。あの先にかつて憧れた騎士がいる。
運命は変わらない。まだ変わっていない。だが次の瞬間に変わり始めるだろう。
この手で貴女を切り伏せた時に、我が勝利が約束されたその瞬間に―――。

「来たか、セイバ―――――……………………………………――――…………あ――……ァ………え?―――――……………セイバぁ、さん…………………?」
「フォオオオオオオオオオオオオ、気分はエクスタシ―――――ッ」

…。
……。
………。
…………。
……………目の前が真っ暗になった。


masked justice





<土蔵・凛>





白煙の果てから現れたのは目に痛い裸体だった。
鍛え抜かれた躯は力に溢れ、筋繊維の一本一本が痛みさえ伴うほどの緊張を伝えてくる。
つり上がる眦はは絶対の決意に満ち、見る者を安堵させる自信さえうかがわせた。

そして――最も注視を浴びるのは絞り込まれたブリーフの合間、激しい自己主張をする彼の股間だ。
アレが宝具――。召喚成功しなくて、本当によかった。わたしは冷や汗を流すのを禁じえなかった。

「な、なるほど、これがセイ」「断じて違う―――ッ!」

裂帛の否定の声はアーチャーだった。
何でだろう、もの凄く必死な形相だ。マスターであるわたしさえ、ちょっと引いてしまう。

「え、だってあんたがさっき『来たか、セイバー』って?」
「否、断じて否!あんな怪人がセイバーであるはずがない!」

珍しくアーチャーはうろたえていた。
白煙の中から現れた変態は、両手を頭の後ろで組み、腰を左右に振っている――目に毒だ。

「おい、アーチャー!何だあの怪人は!?あんなのがいるなんて聞いてねーぞ!?」
「私にも何が何だか分からん!何だあの変態は!」

泡を食ったランサーも加わって自体は混沌の様相を呈してきていた。
わけがわからない。何がどうしてさっきまであった闘争の空気は綺麗サッパリなくなってこんなカオスな空間ができあがっているのか――?

ぎゃーぎゃー喚く蒼い槍兵、混乱しているらしいわたしのサーヴァント、腰を振っている謎の変態。
白煙の晴れたあとで呆然と立ち尽くすあいつの姿になぜだかわたしは目頭が熱くなるのを感じていた―――。





<居間>



「それで、どういうことなのよアレ。説明してもらえるんでしょーね」

遠坂凛の第一声はそれだった。
どういうこと、かはむしろ俺の台詞だと思う。
目の前にいるのはうちの学校の優等生で密かに憧れていたりしたはずの遠坂凛……のはずなのだが。
なんというか、詐欺だ。学校とは性格が違いすぎる――。

それはまだいい。いや、よくないけど。だけど、なんというか遠坂凛は性格がこんなでも遠坂凛だと思える魅力みたいなのを持っていて、これこそこいつ……だとかよくわからないことを思う。

そう、だから問題は―――。

「ったく。やっぱ今回はダメだな。マスターは陰険だし敵はわけわかんねぇ。あーくそ、運がわりぃな」
「……セイバーじゃない。あれは断じてセイバーではない。違う。違うぞ。あんなモノは望んでいない。もう一度だけ逢いたいと願っただけなのになんだアレは股間に生えているものが剣だとでもいうのか認めん私は断じて認めんぞ……」

何故かテーブルの前に胡坐をかいてだれている蒼いやつと、何故か黒い気を撒き散らしながらぶつぶつ呟いている紅いやつだ。
ここはどこの異空間だというのか。
さっきまで殺し合いをしていたはずの赤蒼が揃ってくつろいでいるとは。

そして――なぜ俺はこの珍妙な三人に茶など出しているのか。

「説明してくれといわれても、俺にも何がどうなっているのかわからないんだけど……?」

俺も席につき、茶を啜りながら一応弁解してみる。
ああ、痛い。遠坂の右を受けた腹が実に痛い。
お茶の熱が直接傷に当たっているみたいだ。じわり、と、熱が染みこんでくる。

「ええ、そうでしょうね。そうでしょうとも。ここで流暢に説明してくれていたら迷わずベアクロー決めているところだわ」

うわ、こわっ。
笑顔なのが本当に怖い。
何でこいつこんなに怒っているんだろう。

笑顔の遠坂は湯気を立てる茶碗をことんとテーブルに置くと、チンピラの如く喚いている蒼いやつと何故だか知らないけどKO直前のボクサーのようにふらふらしている紅いやつの織り成す異空間をすり抜けて俺の左手をとった。
そこには、奇妙に痣が刻まれていて――。

「やはりあんたがマスターなのね、アレの」


アレ。


その、アレというのには心当たりがあった。
そこで茶に酔って管を巻いているチンピラに殺されかけたとき、俺は確かにこんなところで死ねないと思った。

ん、あれ?
それだけではなかったかも知れないが――とにかく、生きるか死ぬかの極限状態に陥ったその時に、アレは白銀の光と共に現れた。

「ぉぉぅ、ぅぇ」

いけない、全ケツを思い出した。あれは思い出してはいけないものだ……。
まあそれはとにかく。

「俺はアレとは何の関係もないぞ。そりゃ、そこにいる蒼いやつの槍から助けてもらったのは感謝しているけど、親戚だとか知りあいとか友達だとか、そういうんじゃないからな」

とにかく、遠坂凛には俺がアレと仲間だとは思って欲しくないのだった。
一応、学校の憧れの的で俺も密かに憧れている相手にアレの同類だと思われたのなら、俺は明日から生きていけない気がする。
だから割と必死で弁解したのだが――。

「……あんた、まさかとは思うけど、全然何も分かってない?」
「……多分」

思惑とは関係なく遠坂はすごく不機嫌だった。




「―――と、いうわけよ。わかった?」

遠坂によれば、俺は魔術師同士の殺し合いである聖杯戦争というものに巻き込まれたらしかった。
そしてここにいる蒼いやつや紅いやつはそのために呼び出されたサーヴァントと呼ばれる存在で、聖杯が用意したクラスに応じて7名が呼び出されるらしい。
遠坂が魔術師だというだけでも驚きだったが、目の前で管を巻いているチンピラや頭を抱えている似非ホストが偉業を成し遂げた英雄だという事実には眩暈を覚えるほどに驚いた。

――確かに校庭での戦闘や衛宮の庭での戦闘を見れば人間ではないという事実は理解できるが、それと別に英雄というものは人格とは無関係だということもよくわかった。

「で、衛宮君はどうするのかしら?」
「……どうって?」
「あんたには二つの道があるわ。一つは令呪を破棄して聖杯戦争を降りること。二つ目は戦うこと――まあ、こっちは難しいと思うけどね」
「………」

その声音には微塵の揺らぎもない。
恐らくそれはただ単に事実を事実として伝えているだけなのだろう。
理由は、わかる。ごく単純な理由だ。

サーヴァントがマスターを勝利に導く鍵だというのなら――俺には既に勝利の条件そのものが欠けているのだから。

「あんたが召喚した変……サーヴァント、仮にセイバーっていうけど、あんたあれの制御できてないでしょ?」
「……おぅ」

あの後――ランサーが退き、白煙が晴れた後セイバー(仮)は夜空にフォオオオオと咆えてどこかに消えた。
「悪の気配が……さらばっ!」等と捨てゼリフを吐いていた気がするが、正直意味がわからない。
遠坂の話によればこの左にある令呪でサーヴァントを規律することができるらしいが、たとえば「自分に服従しろ」などという命令は効果が薄いらしいし、目的が全然わからないあのサーヴァントには令呪で規律すること自体に意味があるのか疑わしい、とのことだった。
つまり、絶対必要なときだけ令呪を使うべきで――危機に陥ったときに来い、と命令するなど――それ以外で使うことはある意味自殺行為だとか。

「ま、それはそれとして――行きましょうか」
「む、行くってどこへ?」
「聖杯戦争について知りたいんでしょ?だったらついてきなさい」

そう告げるとまるで俺がついてくるのが当然といわんばかりに遠坂は立ち上がった。見惚れるほどに威風堂々としている。
それにつられるように、紅いやつが幽鬼の如くふらふらと追従する。二日酔いの会社員のようだ。
蒼いやつは耳をかきながらソレを見ていた――どうでもいいがさっさと出て行ってはくれまいか。

「そういえばランサー、あんた衛宮君を殺そうとしていたみたいだけど、もういいの?」
「ん、あぁ、もーいいや。大体あのくそマスターに従うのも癪だし、小僧を殺したいわけでもねえ。それに一応マスターだってんのなら部外者じゃないから目撃者を殺すってセオリーには入らないからな。どうでもいいや」
「…………」

まるでつまんねーとでも言いたげにランサーはごろーんと寝返りをうった。畜生、こいつ俺を殺そうとしたこと忘れてやがるのか。なんで人ン家で我が物顔に寛いでいやがる。そのうち酒とかいいそうだぞこいつ。

「さっさと出てけ……!」
「うるせーな、言峰教会行くんだろ?さっさと行け。てめーが帰ってくるまでには出て行ってやるよ」
「…………」

こっちにケツを向けて屁でもこきそうなランサーに対して、障子をぴしゃりと閉めることで返答とした。





「言峰教会――あんたも一度くらい行ったことがあるんじゃない?」
「いや、ない。あそこが孤児院だったということくらいはしっているけど、それだけだ」

教会に向かう途中、遠坂が思い出したように口を開いた。
確かに俺も教会がそこにあることくらい知っている。だけどちょっと事情があって近寄りたくなかった。
結果あの火事から10年も教会を訪ねたことはなかったわけだが――。

坂を上がる。
高台の上には開けた土地が広がっていた。

「うわ、すごいなこれ」

教会はとんでない豪勢さだった。
広い中庭を、遠坂はずんずん進んでいく。その歩みに遅れないように、俺も歩を進めた。

扉を開くとそこは荘厳な礼拝堂だった。かなりの広さが在る。
遠坂は礼拝堂の持つ独特な威圧感など我関せずとばかりにするりと入っていく。

中に入ろうとする俺に、背中から声が掛かった。

「衛宮士郎、運命は変わった。もうお前はお前である必要はない」
「―――?」

振り返ると紅いやつ、アーチャーといったか、遠坂凛のサーヴァントが俺を見据えていた。
その姿に先ほどまでの幽鬼の如き危うげなものはなく。
ただそれは確かに、英雄、と呼ばれるに相応しい威厳があるように思えた。
だけど――何かが気に障る。

「どういうことだよ?」
「もとよりお前に戦う必要などない。戦う術も今やない。誰かを守るために戦うというのなら、やめておけ。その結末は身を苛む後悔だけだ。
戦うとしても、少なくとも――お前の戦いは命のやり取りなどでは断じてない」
「………!」

後にして思い返せば、俺の運命はここに大きな分岐を迎えていたのだろう。
もし、俺がアイツの言葉の意味を本当に理解していたのなら、俺は聖杯戦争なんていうものに参加することはなかったかもしれない。
そうしたらもしかしたら――人並みの平穏と暮らしを立てていけたのかもしれない。

だけど、俺はその言葉の意味を考えることさえしなかった。
アーチャーの言葉がどうして胸を抉るのか、その重ささえアイツが気に喰わないせいだと切り捨てて。
後々そのツケを払うことになることなど、微塵も気づかずに―――。

何故かむかつく胸を押さえ、俺はただ乱暴に礼拝堂に入った。




あとがき
やっと少しずつ進んできた感じです。
紳士勝手に行動してますけどね。

[5]投稿日:2010年03月18日15:17:40
お稲荷さんキターーーー


>お稲荷さんアーチャーに心の傷を与えるだけで去りました南無。

[6]投稿日:2010年03月18日22:21:34
士郎・・・野郎の全ケツはきつかったな、今ならお前に同情できるぜ。


>後々全ケツじゃすまないトラウマをおうことになる人たちが色々と予定されていますのでブリーフを絞りながらお待ちくださいー

[7]投稿日:2010年03月18日23:24:53
ああ、変態は最狂にして最高だ(w


>言葉は基本紳士なんですけどね。狂っているというのに否定できる材料がない・・・w

[8]投稿日:2010年03月20日13:7:57
あ〜…何となく予想してたがやはりセイバー=変態紳士なんですな(笑
これは個人的意見ですが…
多少時間かかっても良いので中身の濃いやつが読みたいですね。
頑張って下さい。


>以前40kとか書いてたのを10kちょい程度に区切りたいかなーと考えている感じです。
書きためする余裕なんてないので推敲は難しいですが、頑張りたいと思います。
セイバーはアーチャーが勘違いしてただけで紳士はセイバーじゃないんですよ…たぶん。



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