荒れ狂う魔力の波が晴れた後には、一人の英雄が立っていた。

一目見たら二度と忘れないと。
たとえ地獄に落ちようとも、瞼の裏に焼きついて決して離れないと。

そう確信した今日を思い出す。

鍛え上げられた肉体を、余人はいかに評するだろう?
無駄など一切ない。その身はまさに絞り込まれた、と評するのが最適だと確信する。
そう、その股間と同じくその身もまた絞り込まれている。

頭の後ろで両手を組み、ポージングを決めるその姿は正に肉体の悪魔――。


覚悟は決めた。
恐れるものなど最早ない。
この身は今を以って我が身にあらず。
我が身は全て誓いを果たすためのみにある。
最初の義務を果たし、最後の理想を叶えんがためにある。
ならば、何を恐れるものがあろうか?


ならば――悪魔と契約することに、なんの躊躇いがあろうか……!


「……へ、へんたい……」


震える声音が耳朶を打つ。
見遣れば瓦解した通路を越えた坂の上、月光を受け輝く銀色の髪。
煌めく銀光と裏腹に、逆行の(かんばせ)に色は見えず。

確かに変態。それ以外の形容などいらない。というかない。
だが――マスターとして戦う本当の覚悟を決めた俺には、この英霊の本当に呼ばれるべき名がわかっていた。

夜風が通り過ぎる。
翳る月。雲間から月光が闇を切り裂いて降り注ぐ。
銀光が照らすは地表の踊り場、そこに在るは一体の異形、一欠けらの神秘。

「……ジャスティス。俺は遠坂を守りたい。力を貸してくれ」

そうとも。
この漢は正義(ジャスティス)
正義の名を己がクラスとする英雄――。

「いいだろう。だが私はジャスティスではない、私は変態仮面だ!」



masked justice



「や、やっちゃえ、バーサーカ――――!」
「■■■■■―――――――!」


少女の命令に、巨人が咆えた。
今までの衛宮士郎であれば、この怒号を聞いた瞬間に心臓が止まっていただろう。
それほどの鬼気、それほどの重圧。

しかし、我が心臓はいまだ激烈、止まる気配など微塵もなく。

否、むしろ、最後の一瞬まで打ち尽くそうと、狭き胸を跳ね回る――!

「……変態仮面、少しでいい……!時間を稼いでくれ、遠坂の逃げる時間を――!」

返事はない。しかし、ほぼ丸出しのその尻が、その背が、任せておきなさい、とそう語っていた。

灰色の巨人は黒き風となって迫り来る。
怒号に空が震え、地が爆砕する――。

「■■■■■―――――!」
「ふんっ」

変態仮面は股間に手を伸ばす。そして絞り込んだブリーフから取り出されたのは一本の荒縄。
惚れ惚れする逞しい腕から繰り出されたそれはまるで意思を持つが如くうねりバーサーカーの腕に絡みつく――!

「■■■■■―――――!」

瞬く星辰さえも地に墜ちよ、狂戦士の怒号が夜空を振るわせる。
両手を亀甲結びにする縄を、バーサーカーは腕力のみにて引き千切った――今ならわかる、マスターとして戦う目には、相対したサーヴァントの能力がランクとして識別される――バーサーカーの膂力はA。
かの怪力の前に物理的な拘束は意味をなさない―――!

振り上げられた右手には切り出された岩を思わせる無骨な大剣。
触れる必要すらない。それは近づくだけで身を裂き骨を絶つだろう。
避けるという動作さえも嘲笑うそれを、正義の名を冠する漢は泰然と迎え撃つ。

「■■■■■―――――!」

迫り来る破滅を、変態仮面はフィギュアスケートのチャンピオンも羨むであろう三回転ジャンプを決めながら華麗に避けた、が――。

破砕する。斧剣を受けた道路は爆砕し、その飛礫は辺り一面を穿ちぬく、そのさま正に弾丸――!

「ぐ――」
「大丈夫か、少年」

被弾を覚悟した俺の前には、引き締まった尻。
彼の前には縄が縦横無尽に張り巡らされ、弾丸の如き飛礫を防ぎきっていた。
そうか、この漢の宝具は「縄」。
芸術の域まで高められた縄技術の使い手――!

「変態秘奥義苦悶蜘蛛地獄―――!」

いかなる魔術か、股間から縄が伸びる。
うねうね波打つ荒縄は付近の電柱や塀に絡みつくと同時にバーサーカーを拘束する。
幾重にも張り巡らされた荒縄にバーサーカーは亀甲縛りに捕らえられた。

あまつさえ――!

「……何て怖ろしい技だ……亀甲縛りに縛り上げると同時に敵の股間を締め上げるなんて……!」

明らかに履いてないバーサーカーの息子を締め上げていた。

「■■■■■―――――!」

巨獣が咆える。
ぎしり――と、筋肉が膨張し――、冗談のように縄は弾け飛んだ。

「――ッ……」

侮っていたわけではない。
しかし、あれほどにも締め上げられて、それでも自力で拘束を振り切る膂力。
変態仮面は優れた英霊ではない。しかし、かの縄使いは芸術の域。その凄まじい技術であってもかの獣をつなぎとめることはできないのか――!

「――――くっ」

襲い来る黒い疾風。
なんという圧力、なんという質量!
転がり始めた岩石を止めうる手段がないように、動き始めたこの狂戦士を止める術はない――!

勝てない……!

事実を事実として受け止める。
何をしても、アレには勝てない。
だが、もとより目的は勝つことにあらず。

背後を見遣る。

長い時間がたったと思ったが実際には30秒も経過していないに違いない。
しかし、遠坂ならば、屹度この時間で離脱して――。

「遠坂……!」

いなかった。

「……なん、でっ」
「うるさいわね、わたしだって好き好んでいやしないわよ。けどね――」

だったら逃げてくれ、そう言おうとして、やめた。
何故ならば、遠坂の瞳には決意があったから。
見間違いかもしれない、けれど。

――あんたが魔術師として戦うと決めたんなら、わたしに止める権利はないって思った。

遠坂の言葉を思い出す。
遠坂は頭もよくて、魔術師として俺などよりずっと完成されている。
その遠坂がバーサーカーには勝てない、そう確信した。
なのに、今ここにいる。
何を思ったのかは知らない、が、俺に遠坂の決意を否定する権利などない。
できることは、ただ、遠坂を守り抜くことだけ。

「■■■■■―――――!」

バーサーカーが咆える。
止めることなどできない。このままでは俺たちは跡形もなく轢き殺される。

「変態仮面……!」

しかし――!

「けどね、わたしにだってプライドってものがあるのよ!」

その右手にある宝石が光を放つ。それは夜空を瞬く星辰よりも鮮烈、凛冽たる夜闇を切り裂いて――!
だが、間に合わない。
バーサーカーは余りに巨体、しかし、その速さはランサーにさえも匹敵する。
遠坂の魔術の発動までは――!

「……やれやれ。やはり馬鹿は死ななければ治らんか。
バーサーカーに挑むとは、戯けめ……しかし凛が出てきたからには私も寝ているわけにいくまい」

瓦礫を押しのけ、矢を矧ぐのは真紅の外套。
その身は血に塗れども、鷹の如き双眸はいささかの揺るぎもなく。
(マスター)を轢殺せんとする黒き獣を射抜き――。

衆生求めし滅びの火(ヴァジュラ)
「■■■■■―――――!」
「バーサーカー!」

坂上の少女の悲鳴が上がる。
本能で理解したか、アーチャーの宝具に対し、バーサーカーが完全な防御の体勢を見せる。

横合いから放たれたアーチャーの一撃がバーサーカーを蹂躙する。
が、黒き鎧は鉄壁か、その防御を貫き通すことはさしもの一撃でさえもでき、ず――?

「Nenu,Achet,Stil,Sieben――!」

刹那をおき、遠坂の魔術がバーサーカーの頭部を吹き飛ばした――!

遠坂の魔力の威力は凄まじく、吹き飛んだ巨人の頭部はばらばらになって辺りに脳漿をぶちまけた。
遺された体はぐらりと揺れ、やがて膝をつき倒れた。
地響きが耳朶を打つ中、心中を満たすのは――嫌悪ではなかったか。

「………人の、形……」

問いが、頭の中を駆け巡る。
バーサーカーは化物だった。その体躯は人を超越し、その精神は侵食されていた。
あるのはマスターの命に従い敵を屠る……戦うという本能のみ。
しかし、たとえその精神が人を逸脱していようとも、規格を外れた異形であろうともかの巨人は確かに人であった。

「……人の……」

やらなければ、やられていた。
そんなことに気づいて今、ようやく――覚悟が足りていなかったことに気づかされた。
あの紅い世界を生み出さないために、戦うことを決意した。
そしてバーサーカーと対峙するに至り、殺されることへの覚悟を決めた。
だけど――殺すことへの覚悟は、まだできていなかった。

人間でなくとも

人間のカタチをしたナニかが死ぬことは、正しいことなのか。

戦いの結末が、あの紅い世界であるのなら……俺はその結末を認めないために戦わなくてはならない。
守るために……遠坂を守りたいと願った、かつてみた綺麗な想いを果たすために。
そして――守るために、ナニかが死んだ。

これは、本当、に

正しい こと、  なのか。

「……やるわね、凛。自分を囮にしてバーサーカーを挟撃するなんて。
褒めてあげる」

白煙を上げる丸太の如き首の向こう、銀月に照らされだした坂の上には伸びる影。
イリヤスフィールと名乗った少女はただそこにいた。
腕を組み、不機嫌そうに此方を睥睨するさまは、歳に分不相応であったが、むしろマスターと呼ぶに相応しい威厳があった。

「……もう一度やれと言われてもご免被るわね。アーチャー信じてなきゃできない作戦だった。
イリヤスフィール、最初の脱落者はあんたみたいね……アーチャー!」
「……遠、坂?」

アーチャーは、矢を番えていた。
わかって、いた。

遠坂は、とっくの昔に全部の覚悟を、決め終えていたって。
遠坂凛は、間違えない。
魔術師として正解だ。殺すといえば、彼女は確実に殺すだろう。

「令呪を破棄しなさい」
「断る、といったら?」
「……わかっているでしょう?」
「そうね。でもそれならやっぱり―――」


「――両方お断りね。立ちなさい、バーサーカー!」


「下がれ、凛!」
「―――!」

そこには。
赤い肉を覗かせながらもこちらを見る一対の双眸があった。
筋肉という筋肉には破滅的な力が宿り、その重圧の前にはただそこにあるというだけで星星さえも地に墜ちよう。

「……そんな……!確かに、殺したはず……!」

頭部が白煙を上げていた。
顔面には所々、皮膚の張っていないピンク色の肉が見える――が、次の瞬間には皮膚が綺麗に覆い――。

「まさか、バーサーカーを一回殺すなんて思わなかったわ。だけど、残念。
そこにいるのはヘラクレスっていう不死の怪物。12の試練を乗り越えた大英雄。
ふふ、この程度では死ねないわ」

遠坂が再び宝石を取り出す。
が、その手は止められた。

「アーチャー!?」
「無駄だ、凛。バーサーカーがヘラクレスならば、一度克服した試練は再びその身を傷つけることはない。だから――」
「■■■■■―――――!」
「少年!」

バーサーカーが咆える。
放心していた俺は変態仮面に抱えられ――瞬時のうちに後方へ移動していた。
ナニカが背中に当たっているような気がするが、気のせいに違いない。


「――私が殺す。エリ・エリ・レマ・サバクタニ


弓に番えられるは赤い釘。
親指と人差し指、人差し指と中指、中指と薬指、薬指と小指――計4本。
襲い来る狂戦士の両手足に吸い込まれるように突き刺さった。

「何そのちっちゃな釘!そんなものでわたしのバーサーカーを止められるとでも思っているの?」
「■■■■■―――――!」

真っ直ぐに轟疾するバーサーカー。
その背後からは少女の嘲笑。

それは、20センチにも満たない真紅の釘だった。
確かに赤釘はバーサーカーを貫き、地を穿ってはいたが――それに何の意味があるというのか。
かの狂戦士の膂力なら、そんなものは意に介さず、地表ごと剥ぎ取って進むだろう。
故に無意味。

しかし。

アーチャーの表に浮かぶのは絶望ではなかった。
絶望――?
否、それは――。

憐憫。

「凛に一度殺され、私に時間を与えた。それがお前の敗因だ……バーサーカー」
「■■■■■―――――!」
「バーサーカー?」

動かないバーサーカーを不審に思ったか、月下の少女は眉ねを寄せる――。
ありえない。
かの巨人の膂力ならば、この程度の障害など意に介さず、重戦車の如く進みうるだろうに。
なにかが、おかしい。
アーチャーの宝具は先端を矢に見立てた槍のはずだ。それは先ほどの衝突からわかる。
確かに何種類かの宝具を使う英霊はいる。
だが、ヴァジュラを使った英霊が、こんな能力を有する宝具を得ているという伝承は――?

「……神性の高いモノほど効果が大きいな。現品は手に余るモノだったが……模造品の模造品であっても神の御子を拘束せし呪いの釘、一杯の血を流すかか心臓を穿たれるまで、お前には抜け出すことはできまいよ」
「……!、聖釘……!?、どうして!?」
「■■■■■―――――!」

バーサーカーが、咆える。
普段であれば糠に刺さった釘のようなものだろう。しかしいくらその身をよじろうとも、釘は抜けず、むしろいよいよ強く肉を締め付ける。
あれ、は、呪いだ。
釘が刺さっているのは、地面ではない。
そして――今発生しているのは「止められたモノを固定するという呪い」か……!

「いくらサーヴァントが強力であっても、マスターなしでは限界できない。
……君は私のマスターの忠告を聞かなかった……さよう、なら、だな、イリヤスフィール」

どこか悲しそうに呟き、アーチャーは矢を矧ぐ。
その射線には呆然とする少女。

これは――必然の結末。

命を奪おうとするものは、命を奪われる覚悟を持っていなければならない。
だから、今あの少女が死のうとしているのは必然だ。
ましてや魔術師ならば尚更だ。
きっと、マスターである以上は死ぬ覚悟も決めていたはずなのだ。

だけど……。

もがくバーサーカーを見遣る。
人の形をしたものが、死ぬ。
それに嫌悪感を覚えた自分が……バーサーカーが生き返ってほっとしたような自分が……。

今、手もなく殺されゆく人間を、見捨てることが……。

「…………」

さっきとは違う。
あの少女に今俺たちをどうにかする力はない。
こちらには俺が半人前とはいえ魔術師が二人にサーヴァントも健在。
彼女にはどうすることもできない。

なのに、殺す。だけど、だから殺す。

遠坂は坂上を見つめている。
結果を受け止めるつもりなのだろう。



              そして、それは正しいことなのか。



自力では、バーサーカーには適わない。

わかってる。

だから、マスターを殺さなきゃいけない。

わかってる。

ここで甘い考えであの少女を生かしておいたら、次こそ俺たちは殺される。

わかってる。

だったら、仕方ないではないか。

わかってる……!

――――だけど。

そんなことが。



許されて――――――!



足が勝手に動き始める。何がなんだか、自分でもよくわからない。
ただ駆け出した。駆け出したことに気づいて、自分が何をしようとしているのかを理解した。

一瞬が惜しい。
一秒あれば、あいつの矢は少女の心臓を貫く。
それは決定されている。当たると思ったときには、必ずあいつは当てる。
だから、動き始めた左足を思いっきり蹴りきった。

「――貴様……!」

それは奇跡だったのだろう。
体勢を崩しながらも俺の右手がアーチャーに届く。
全体重をかけたタックルもしかし人間を超えた存在には大した意味はない。
これもわかっていたことだ。

一秒やつが射を行うのが遅れようとも運命は変わらない。
だけど、目の前で不条理に命が奪われるのは、きっと、もっと――。

「やはり、あの場で殺しておくべきだったか……!」
「ぐっ――ぅ」

アーチャーの蹴りが腹をえぐる。
移りゆく世界の中、やつが矢を番えるさまが見える。

次の一秒で、少女は死ぬ。

「■■■■■―――――!」

アーチャーが弓を引く動作が見える――ああ、綺麗だな――放たれた矢は寸分たがわずあの少女の心臓を貫くだろう。
弓がしなり、矢を吐き出す。
一秒掛かるまい。吐き出された矢、当たると思ったときには当たっている。

しかし、一秒に届かぬ刹那の間に――ぶちぶち、と、ナニカを引き千切る音がし――突如として躍り出た黒き突風に、唸り叫ぶ矢は木っ端の如く粉砕された。

「チィ――化物め……!」

バーサーカーだった。
しかしその身に手足はない。手首と足首の先は失われている。
無理やりに引き千切ったその手足からはどす黒い血が壊れた水道のように流れ溢れ出ていた。

己が手足が桎梏に繋がれているのなら、と、手足を引き千切ったのか……!

「■■■■■―――――!」

主には決して手を出させないと、狂気に塗れた咆哮が語っていた。
否、手足を捨てようとも、命を捨てようとも主に手は出させぬと咆えるそのさまは確かに騎士。
その忠義の騎士へ――三騎士が一柱、弓手たる英雄は(くろがね)を穿つ鷹の視線を向けた。
月夜を背に、狂戦士の怒号は夜空を震撼させる。
微塵も動ぜず、その彷徨を受ける赤い弓兵の瞳には憤怒が浮かんでいた。

「運命は変えるのなら――私の邪魔をするな、バーサーカアアアアァ―――!」

アーチャーもまた、咆える。

I am the bone of my sword―――!

その右手には、ユニコーンの角のような、奇妙に捻られた剣が握られていた。




あとがき
切が悪いですね。前後編にしようと思ったらあれ?めちゃ長くなるんじゃないこれ?と思い3分割に。
もう少し計画的に書くのがいいと反省しきりです。
あまり時間取れなくて遅いっていうのも困りものです。


>イリアちゃんそのサーバント見ちゃらめぇぇぇぇ!!
R18だから、そのサーバント。
腰の性剣が幼女には危険すぎる(TдT

まだ活躍の場がない聖剣使いの紳士。
重要な役どころなんですけどね、その容姿以外まだ影が薄いです。
伏線いれるのがめんど(略



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.