少年は、呆然としていた。

 たった今目の前で繰り広げられている、常軌を逸した戦い。彼が捕らえられていた建物は半壊状態で、ところどころ火が燻っている。そして冷たいコンクリートの床の上には、何人もの人間が倒れ伏し、呻いていた。

 そして目の前の戦いも、終局に近づいていた。

「何なんだよ!?テメェはぁぁぁぁぁぁぁ!?」

恐慌状態に陥った女性が、武器を振りかざしながら特攻していく。しかしあっさりと避けられる。女性は獣じみた怒声を挙げながら向かっていくが、対する男は闘牛士のようにヒラリヒラリと避けて回る。


すると、その戦いを呆然と見ていた少年の後ろに、何者かの気配があった。慌てて振り返るが、すぐに口を塞がれた。

 口を塞いだのは、少年と同じ年頃の少女。口に人差し指を当てていた。

 そして少年の口から手を離すと、少年の体を縛っていたロープをナイフで断ち切った。 そして少年の手を引き、こっそりと裏口に引っ張って行く。

 女性は躍起になって銃火器を乱射しており、こっそり逃げようとする彼らに気付く様子は全くない。いや、男がそう誘導しているのだろう。事実、女性が逃げる彼らに目を向けないように立ちまわっているのだから。


そして小走りで裏口まで辿り着き、外に出た。

「…ふぅ、もう大丈夫かな。どこか痛いところとかある?」

少女が引いていた手を離し、少年に話しかけた。

「あ、ああ、大丈夫…。ありがとう、助けてくれて。」

「お礼を言うならニコ兄に言ってあげて。君が誘拐されてるってことに気付いたのもニコ兄だし。」


そう、少年は誘拐されていたのだ。

 別に彼は大富豪の一人息子だとか、マフィアの跡取りだとか、物騒な事情があるわけでもない普通の中学生なのだが、少年自身何故自分が誘拐されたのか何となく察しがついている。だからこそ、むざむざ誘拐された自分が情けなくてたまらないのだが。


と、そこで気付いた。今もまだ、倉庫の中で戦う一人の男。

「あ、それより、あの人が危ないんじゃ――――」

そこまで口に出したところで、少年の真横の壁が轟音と共に吹き飛んだ。同時に、パワードスーツのようなものに身を包んだ、先ほどまで銃を乱射していた女性が飛び出し、2回、3回と地面をバウンドし、向かいの倉庫の壁に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。


思わず絶句する少年だったが、崩れた壁の奥からひょいと顔を出した男と目が合った。

 浅黒く焼けた肌、サングラス、黒ずくめの服。どう見ても堅気とは思えない風貌だったが、顔には人懐っこい笑みが浮かんでいる。そして何より目を引くのは、男が背負う、巨大な十字架型の兵器。隣に座る少女の背丈よりも大きいそれを、軽々と片手で背負いながら、男は少年に近づいてきた。

「おう、大丈夫そうやな。無事で何よりや。駆け付けた時は泣きそうな顔しとったけど、ええ年の男やねんから、簡単に弱いトコ見せたらあかんで?
あ、そや。自己紹介しとこ。」

そう言って男は少年の前にしゃがみこみ、サングラスを外し、右手を差し出した。

「ウルフウッドや。よろしく。」





異伝 ニコ兄inIS






IS―――――インフィニット・ストラトス。


もともと宇宙空間での活動を想定し開発されたマルチフォーム・スーツであるそれは、現在は世界最強の機動兵器として、世界各国の防衛の要として軍事活用されている。

 そして最大の特徴はといえば、ISは女性にしか扱えない兵器であること。つまり、女性が武力の中心を担う時代が来たのである。男女の趨勢は逆転し、女尊男卑が当たり前の世界となるのに、時間はかからなかった。

 ――――しかし、そんな世界における唯一の例外が、このIS学園に存在した。

「…ら、…むら。」

夢を見ていた。懐かしい夢を。

「おい起き…か、この…。」

黒ずくめの服、浅黒い肌、身の丈ほどもある十字架。見た目こそヤクザみたいだけど、素直にカッコいいと思える人だった。
強くて、優しくて、愛嬌があって。話した時間はわずかだけれど、すぐにあこがれた。こんな男になりたい。そう思った。

 そう、彼のように――――――

「ウルフウッドさん…。」

スパぁーーーーーン!!と爆竹が破裂したかのような音が教室中に響き渡る。

 授業中に盛大な居眠りを敢行していた少年は、後頭部に突然走った激痛に、もんどりうって机から床に転げ落ちた。

「私の授業中に堂々と居眠りするとは、いい度胸だなぁ、織斑?」

「ち、千冬姉ぇ…。」

「織斑先生だ、馬鹿者。」

彼の頭をはたいた出席簿で自分の肩を叩きながら、呆れ果てたように見下ろす。少年―――織斑一夏は、痛む頭を抱えながら、姉である織斑千冬を見上げた。


織斑一夏は、世界で唯一の「ISが扱える男性」である。彼の存在が明らかになった時に世界中を駆け巡った激震は、未だ人々の記憶に新しい。彼がISを扱える理由については解明されていないが、現時点で、世界で最も注目を浴びている人物であることは間違いない。

 

 …最も、彼を良く知る友人からは、「ISが扱える理由より、アイツのフラグ乱立能力と異常な鈍感さの方を解明してほしい」とぼやいていたが。

さて、ここで一つ思い出してほしい。
一夏は今机から転げ落ちて床にいる。そしてその状態から千冬を見上げている。そして当然、千冬はスカートを穿いている。

「あ…。」

もし彼が何も言わず、居眠りを謝罪しながら席に戻っていれば、それで終わりだったのだが。全ての状況を鑑みて、そしてこの発言と若干赤らんだ顔を見れば、大体のことは推察できる。


と、いうわけで。

「………………。」

「ちょ、ま、待ってくれ、待ってくれって千冬姉ぇ!見てねぇ、見てねぇから!白のレースとか、記憶に…じゃなくて!イヤホントゴメンナサイ、ちょっと見えたけどもう記憶からだから待って縦はやめて待って待って待って待って待ってぇーーーー!!」


無論聞き入れられるはずもなく、渾身の出席簿(縦)の一撃を喰らい、撃沈した。






「―――…ったく、あの愚弟は…。」

織斑千冬は溜め息をつきながら、職員室の自分の机に向かう。

 かつて世界最強のIS操縦者「ブリュンヒルデ」としてその名を世界に轟かせた彼女であるが、 今は(ある意味平常運転ともいえる)自らの弟の愚行に眉をしかめていた。

 

 姉弟そろって世界中を騒がすことになってしまい、何とか弟を世間の好奇の眼から逃れさせようと奮闘しているのだが、当の本人は至って暢気な日常を送っている。そこに不満があるわけではないが、もうちょっと常日頃からしゃきっとした姿を見せてほしいと思うのは、何も間違ったことではあるまい。

「まあまあ、織斑君も悪気があってやってるわけじゃないんですし…。」

「…だからこそ余計性質が悪いと思わないか、山田君?」

隣の席に座る同僚の山田真耶がフォローの言葉を入れるも、千冬の呆れたような声は、諦観に満ち満ちたものだった。真耶もいたたまれなくなり、目を逸らす。


すると、千冬の席の電話が鳴った。

「織斑だが。」

『あ、織斑先生ですか?こちら学園正門警備室です。』

警備員からの電話だった。

『えーと、今正門のところに、怪しい男が来ていまして…。なんか織斑先生の知り合いだって言ってるんですけど…。』

その言葉に千冬はいぶかしむ。はて、IS学園まで自分を訪ねてくるような男の知り合いなどいただろうか。

「どんなヤツだ?」

『えーと…黒ずくめの服にサングラス、関西弁で、大きな十字架っぽいものを背負ってます。』

「ああ。大丈夫だ。確かに私の知り合いだ。電話を代わってくれ。」

警備員の説明は要所を突いており、千冬も誰が来たかすぐに察した。

 そして、その用件も大体推察できた。彼が来ることは想定外だったが、ある意味ちょうどよかったのかもしれない。

『おう、代わったで。ウルフウッドや。久しぶりやなぁ、千冬。』

「ああ、久しぶり。済まないな、しばらく孤児院のほうに顔を出せていなくて。みんな元気か?」

『せや、みんな千冬に会いたがっとったで?今シャルも千冬もおらへんようになってもうてるからな。忙しい身やからしゃーないって分かっとるみたいやけど。』

「そうだな、私も子供たちの顔が恋しくなってきたし、近いうちに顔を出そう。ところで、今日来たのは、例のアレについてか?わざわざお前が出張ってくるとはな。」

『そういうこっちゃ。まあワイにとっても、一夏は他人やあらへんし、これぐらいの助力はさせてもらうわ。』

「重ね重ね済まないな。とりあえずすぐ迎えに行く。正門前で待っててくれ。」

『おおきに。』

そう言って電話を切り、席を立つ。

「山田君、放課後のアリーナの使用許可を取っておいてくれ。」

「あ、は、ハイ…お知り合いですか?」

真耶が不思議そうな声で聞く。織斑千冬の口から出る男の話題など、弟のこと以外聞いたことがない。

 しかし、今の電話でのやり取りと、千冬のちょっとほころんだ顔を見る限り、かなり親しい人間なのだろうと推察できる。


その推測を裏付けるような機嫌良さそうな声で、千冬は返答する。

「ああ、知り合いのテロ牧師さ。」






一方その頃、一夏は弁当を食べながら、先ほど千冬に殴られた箇所をさすっていた。

「痛ってぇ…。」

「…で、一夏は床に倒れ込んだ拍子に千冬さんのスカートの中を覗いてしまい、制裁を喰らったと…。」

「そういうことですわ。まぁ自業自得なのですけれども。」

「まったく、自分の肉親にまで見境無しだとは、思ってもみなかったぞ、一夏。」

「いくら私の嫁といえど、教官の下着を盗み見るとは、けしからん!」

「いや、不可抗力だったんだって…。」

一夏は言い訳をするも、自分が全面的に悪いことは確かなので、言葉に力がこもらない。そして彼を囲みつつ食事をする少女たち―――順に、鳳鈴音、セシリア・オルコット、篠ノ之箒、ラウラ・ボーデヴィッヒ―――は、冷やかな視線を浴びせかけている。

「以前から思ってたんだがな、一夏、お前はそういうことが多すぎるんだ。学園に来た初日から私の風呂上がりを見たり、大体小学校の時だって…ブツブツ…。」

「…そういえば中学の時も、女子の着替えに遭遇したことあったわね…ブツブツ…。」

箒が説教を始めたと思ったら、次第にその声は小さくなり、独り言を愚痴りだした。かと思えば、鈴も独り言を愚痴り始める。そのまま二人は身を寄せ合い、幼馴染時代の一夏の不可抗力事件簿を話し始めた。

「も…もし私の着替えを覗かれたりしたら…あ、ああっ、いけませんわ一夏さん、そんな…。」

「むう…嫁に着替えを偶然覗かれるにはどうしたらよいものか…。今度クラリッサに聞いてみるか…。」

そんな二人の体験談に触発されて、妄想の世界に入り込んでしまったセシリアと、真面目な表情でずれまくった思考をするラウラ。これでも彼女たちは、国家厳選のスーパーエリートであるはずなのだが。


つまるところ彼女たちは、織斑一夏に惚れており、それ故に他の女性の下着を見るという行為を腹立たしく思っているわけだが、当の本人はといえば。

「…?皆して何考え込んでるんだ?」

この通り、乙女の恋心に気付く素振りすら見せない。女の花園に一人紛れ込み、一度に幾人もの美少女に惚れられているというのにこの体たらく。この世全ての男性の妬み憎しみを買っても不思議ではない。


と、ここで一夏は、一人会話に参加していなかったもう一人の少女に話しかけた。

「なぁシャル。皆どうしたんだ?」

「うん、一夏は死ぬかもげるか刺されるかすればいいと思うよ?」

「シャルまで!?俺そんな怒らせるようなことしたか!?」

一夏に質問された金髪の少女は、ニッコリと天使のごとく微笑みかけながら、地獄に堕ちろと宣告した。最後の頼みに裏切られ一夏は、頭を抱えて落ち込む。

 すると、その様子を横目に見ていた4人の恋する乙女たちが、自分たちの世界から舞い戻り、シャルと呼ばれた少女に厳しい視線を投げかけた。

「…ねぇシャルロットさん。シャルロットさんは、本当に、違うんですわよね?」

「だから違うって。」

金髪の少女―――シャルロットは、溜め息を交えながらセシリアに返答する。この遣り取りは入学以来何百回と繰り返しており、すでにシャルロットの口調は棒読みに近い。そしてその後ろで「何が違うんだ?」「黙ってろ一夏」という遣り取りが行われるのもお約束である。

 

 しかし今日は少し違った。セシリアの質問の後に言葉を続けたのは鈴だった。

「でも今日、一夏が起きるときにシャルロットのファミリーネーム呟いたって言ってたじゃない。」

鈴の言葉に対しうんうんと頷く他の3人。しかしシャルロットが答えるより早く、一夏がその疑問に答えた。

「ああ、それはシャルじゃなくて、シャルの兄さんのだよ。前にも話しただろ、ニコラスさんのこと。」

「あ、やっぱり一夏、ニコ兄の夢見てたんだ。なるほど、道理で顔がにやけてると思った。」

そう言って、シャルロット・デュノア・ウルフウッドは、悪戯っぽい笑みを浮かべた。








「おう、久しぶりやの、千冬。」

「ああ、久しぶりだな。ウルフウッド。…とりあえず煙草を吸うのを止めろ。」

正門前でふてぶてしく煙草を吸うウルフウッドの姿を見て、千冬は嘆息する。

「ええやろ別に。学園内は禁煙かもしれへんけど、ギリギリ学園外やし。」

「屁理屈をこねるな。ホラ、付いてこい。」

渋々煙草の火を消し、千冬の手招きのもと歩き出した。

 歩きながら、二人の共通の話題―――ウルフウッドが経営する孤児院のこと―――を語る。

「そうか、デュノア社本社からの直接援助が正式に決まったか。むしろ遅すぎるくらいだな。」

「そない言うてやるなや。社長(エリック)も部下説得するのに手間かかったみたいやし。シャルにも報告したらんとな。」

「そういえば、今日のこと一夏とシャルロットには伝えていないようだな?」

「ああ、突然行って驚かせたろと思ってな。一夏は元気にしとるか?」

 

 一夏の近況を聞いた途端、千冬の表情が微妙に曇る。それだけで、ウルフウッドは察した。

 

 ―――ああ、ここでも無自覚に女を誑かしているのか、と。

「…ああ、相変わらずだ。相変わらず、女を毒牙にかけまくっている。お前の妹が興味ないのが幸いだが。」

「…変わらんのぉ、アイツも。孤児院の女の子たちも大半そうやわ…。」

はぁー、と二人の溜息が重なる。一夏は現在、比喩ではなく世界中の注目を集めている。いつ何時狙われてもおかしくない立場だ。本人はあまり自覚していないようだが、一夏の身柄一つで世界が簡単にひっくり返ってしまう。どこかの国が美人局な手段を使ってこないとも限らないのだ。

 

 …100%無意味だと、一夏を知る人間なら断言できるが。


そして、今日ウルフウッドがここに来た理由も、一夏の身の安全に関わる理由である。

「…しかし、視線が痛いの。なんでこんなジロジロ見られなアカンねん…。」

「一応女子校だからな。一夏以外の男が珍しいのだろう。特にお前は人相悪いから、怖がられてるんだと思うぞ?」

「…主よ、世間は偏見に満ちていると思います。」

 

 拗ねたような声に、千冬もクスリと笑う。

 

「外見でしか判断できない連中など放っておけ。お前が良いヤツであることは、お前と付き合いのある人間なら皆知ってる事実だ。」

 

 ウルフウッドは照れ臭そうに頬を掻いていた。







「「ニコ兄!!?」」

「おー、一夏、シャル。元気そうやの。何よりや。」

放課後。千冬に呼び出されアリーナに向かった一夏とシャル(と、当然のように付いてきた恋する乙女4人)を待っていたのは、ちょうど自分たちが話をしていた人間だった。

「ちょ、ちょっと、どうしてニコ兄がここにいるの!?何も聞いてないよ!?」

「落ち着きシャル。そら知らんのは当たり前やろ。言うてへんねやから。何でっちゅうのは、今から説明するからちょっと待っとき。あ、ワイはシャルロットの兄で、ニコラスです。いつも妹が世話になってます。」

「あ、いえいえ、こちらこそお世話になってます。」

妹の級友達に礼儀正しく挨拶するウルフウッド。4人を代表し、一番ウルフウッドの近くに居た鈴が、これまた礼儀正しく挨拶を返した。

「そんで、久しいの一夏。何や、しばらく見ぃひん間に、大変なことになっとるの?」

「あ、ハイ、お久しぶりですニコラスさん。まぁ…確かに、激変しましたね。正直、自分を取り巻く波に着いていけない感じです。」

「まぁ仕方あらへんな。いきなりポンと世界の中心に踊りだされて、どうにかせぇって方が無理あるわ。上手く立ち回ってくれとる千冬に感謝せぇよ?ほんでシャル、重い。」

「むぅー…。だってニコ兄、僕との話適当に放りだして、一夏とばっかり話してるんだもの。ずるいー。」

いつの間にかシャルロットがウルフウッドの背中に乗っかり、肩に顔を乗せていた。しかし、次第にむくれっ面がほどけていき、猫が甘えるような幸せそうな笑顔に変わっていく。

「ふふふ…大きい背中…煙草と硝煙のニオイ…。ニコ兄だぁ〜♡」

「…ええ加減兄離れせぇよシャル。ほんで、親父さんもっと労ったり。最近ますます生え際後退しかかってるねんで?」

「父の日に毛生え薬プレゼントしておく。兄離れは一生しない。」

「…複雑な気分やろなぁエリック…。」

微笑ましい兄妹の会話を周囲そっちのけで繰り広げる二人。普通なら生温かく見守る場面なのかもしれないが、この場にいる誰一人、そうしてはいなかった。

「…あ、あのさ、えーと…千冬姉、その…。」

「…今晩20時過ぎなら空いている。電話をかけてくれ、一夏。直接じゃないのは悪いが…。」

ちょっと遠慮がちな一夏と、平静を装おうとして失敗している千冬。二人とも頬を赤らめ、無意識のうちに、互いに近くへ寄っている。兄妹愛にあてられた姉弟が、二人だけの空間を作り上げていた。しかし恋する乙女たちは大した反応は見せておらず―――

(なるほど、本人の申告通り―――)

(シャルロットさんは、一夏さんには本当に興味が無いようですわね―――)

(これでライバルが一人、正式に消えた―――!)

(つまり、チャンスが大きくなったということ―――!!)

とまぁ、心の中で恋の炎をめらめらと燃やしていたわけである。しかし自分たちの考えに没頭するあまり、自分たちの想い人が、実の姉との仲を深めていることに気付いていないのは、憐れと言うべきなのだろうか。

「それで、今日はどうして来たの、ニコ兄?」

意外にも、シャルロットがこの場の雰囲気をいち早く打破した。背中に顔を擦りつけたままではあるが。

 その言葉を聞き、千冬も咳払いを一つして、居住まいを正した。

「うむ、今日ニコラスが来たのはだな。織斑、お前に届け物があるからだ。」

「俺に…届け物?」

一夏が素っ頓狂な顔を浮かべる。シャルロットも、ウルフウッドの背中の上で驚いたような表情を浮かべていた。

「ああ。お前のIS―――『白式』は、遠距離攻撃の手段が一切無いだろう?お前は世界各国から注目される存在だ。いつ何時狙われるやもしれん。だから自衛のために、武装を強化しておく必要があるだろうと思ってな。」

「…ですが織斑先生、『白式』は拡張領域(パススロット)が無いため、後付装備(イコライザ)が出来なかったのではありませんか?」

セシリアの疑問通り、一夏のIS『白式』は、近接戦用ブレード『雪片弐型』に拡張領域を全て使ってしまっているため、武装の追加が出来ない。

 ISの武器は銃器や重火器など、中・遠距離向けの武器の方がメジャーといえる。なので、「近寄って斬る」ことしか出来ない『白式』は、非常に偏った機体なのだ。しかし後付装備が出来ない以上、そうする他は無いのである。

「ああ。だから、ISに装備するのではなく、織斑が常に実装しておけば良い。もちろん威力は対IS用だ。日常での自衛にもなるから、常日頃から身につけておけ。」

「ああ、なるほど。その武器をニコ兄が持ってきてくれたってわけか?」

「ああ。そういうことや。春先―――専用の機体が届いた直後に千冬から発注受けてての。ようやく完成したから、持って来たんや。」

「そっか…ありがと。千冬姉。」

改めて、自分の姉が自分のことを大切に思ってくれてるのがよく分かった。

 思えばウルフウッドと初めて出会った誘拐事件の時も、全てを投げ出して自分を助けに来てくれた。たった一人の肉親だからこそ感じられる深い愛情に、一夏はちょっと胸がいっぱいになっていた。

 そんな一夏の視線の意味を汲み取ったウルフウッドが、意地の悪そうな笑みを浮かべる。

「もっとちゃんと礼言ったらなアカンで、一夏?千冬が依頼してきたときのあの心配そうな声とか、誘拐事件の時のこと思いだ―――うおっとぉ!!」

素早く伏せたウルフウッドの頭上を、黒い出席簿が高速で通過していく。勢いよくそれを振るった千冬の顔は、ほんのり赤らんでいた。

 ついでにシャルロットは、ウルフウッドが喋り始めた辺りで背中から降りている。おそらくこうなることを予見していたのだろう。ウルフウッドの近くに寄り、クスクスと笑っている。

「何や、照れんでもええやろ別に。事実なんやから。」

「余計なこと言ってないでさっさと織斑にブツを渡せ。それとデュノア、それ以上笑うようなら、貴様も同罪だ。」

理不尽やなー理不尽だよねーと兄妹でぶつくさ言いながら、ウルフウッドは背中に背負う十字架の包みの一部を解き、中から小さな十字架を2つ取りだした。 小さな、とはあくまでウルフウッドが背負っていたものと比べての話で、取り出した十字架は指先から肘までの大きさはある、かなり重厚なものだった。


しかしそれを見た瞬間、シャルロットが驚きの声をあげた。

「それって…まさか、ダブルファング!?」

「そうや。護身用かつ対IS用。これ以上の武器は無いやろ。ホレ一夏、持ってみ。」

そう言ってひょいとダブルファングを投げ渡す。一夏は当然、それをキャッチしようとするが―――

「―――って、重ぉっ!?」

二つの十字架の重さに思わず腰が砕ける。それを見たウルフウッドは、笑いながら言った。

「そらそやろ。2つで30kgはあるんとちゃうかな。これでも重量削ったほうやけど。まぁ、常日頃から身に着けてたら、ええ筋トレになるやろ。」

「無茶言うなよ!?毎日腕にダンベル付けて生活しろって言ってるようなもんだろ!?腕ちぎれるわ!!」

一夏の必死の叫びがアリーナに響き渡る。すると、シャルロットが一夏の耳元に口を添えた。

「…ねぇ、一夏?」

「な、なんだよシャル…。」

一夏には見えないが、シャルロットは一夏の耳元で、蟲惑的な笑みを浮かべながら囁きかけている。まるで女が秘め事の約束をするかのように、である。

 無論シャルロットにそんな気は一切無く、あくまで自然な表情なのであるが、箒たちはやはりシャルロットも恋敵(なかま)なのかと、怒りゲージを急上昇させていた。

「…そのダブルファングはね、デュノア社のIS用最新目玉兵器として製作が進んでいた武器なんだよ?父さ…社長も、絶対売れるって自信持っててね?テストパイロットからの評価も上々、すごく期待されてるヤツなんだ。」

「…それがどうしたんだよ?」

「つまりさ、ニコ兄も千冬さんも、業界最大手(デュノア)の最新武器引っ張りだしてこようとするほど、一夏を大切に思ってくれてるってことだよ♡」

「!!?」

 一夏が驚き、息を呑む気配がシャルロットにも伝わってきた。計画通り、とばかりにほくそ笑みながら、最後の一押しを強めにかける。


「ニコ兄も千冬さんも、一夏のことすごく心配してたんだろうね?今一夏が手に持ってるダブルファングは、ニコ兄と千冬さんの、一夏を大切に思う気持ちの表れだよ?いざという時に自分たちはその場に居れないかもしれない、だからせめて、それを使いこなして危機を乗り越えてくれって。さぁどうする一夏?重いから、しんどいからって、それを捨てちゃうの?」

まぁ当然、ここまで言われて無碍にできるはずはない。シャルが言葉を区切るのを見計らってバッと千冬とウルフウッドの方に振り返り、

「ありがとう、千冬姉、ニコラスさん!!俺、二人の気持ちに報いれるよう頑張ります!!」

満面の笑顔と全身全霊の大声で、感謝と決意を口にした。その弾けるような笑顔に、シャルロットを除く女性陣全員がキュンと来ていた。さすがは天然ジゴロと言うべきだろう。


すると千冬が、照れを誤魔化すように一夏から顔を背け、ウルフウッドの方を向いた。

「そうだニコラス。せっかく来たんだ、ちょっと一夏の相手をしてやってくれないか?そのダブルファングの性能試験も兼ねてな。」

「「「「「え?」」」」」

驚きの声をあげたのは、一夏と箒以下4人である。シャルロットは予想していたのか、「ああやっぱり」という目で見ている。

「ん、ワイは別にええけど、一夏はIS着用の上でやろ?ここでそんなんやらかしたら、色々マズイんとちゃうか?」

ウルフウッド自身も予想していた展開のようだ。しかし彼と初対面の少女たちは、彼のとんでもない発言に思わず声をあげる。

「ちょ、ちょっと待ってください千冬さん!ウルフウッドさんは生身ですよ!?いくら一夏がまだISの操縦が未熟だからといって、そんな―――」

「そうですわ織斑先生!新装備の性能試験でISを装備していない人間を狙うなんて、下手したら死んでしまいますわ!!」

「教官殿、さすがに無茶が過ぎます!国際問題に発展しかねません!!」

「ホラ一夏、アンタも何か言いなさいよ―――」

「いや、IS装備したって、絶対にニコラスさんには勝てねぇから。」

「「「「え?」」」」

ヒートアップする少女たちが、一夏の発言で一気に鎮まった。その様子を見る千冬もシャルロットも苦笑していた。

「まぁしょうがない反応ではあるか。安心しろニコラス。アリーナ内の撮影機能は全てシャットダウンしてある。こいつらには私がよく言い聞かせておくから、心置きなく戦え。」

「おおきに。ほなシャル、一夏にダブルファングの取扱説明したらんとな。」

「りょーかーい。じゃあ一夏、控室に行こっか?」

「おう、どうせ戦うんだったら、せめて一泡ぐらいはふかせなきゃな。頼むぜシャル。」

「ワイのことは無視かい。」

そんな会話を繰り広げながら、一夏とウルフウッド兄妹は控室に入っていく。千冬は唖然としている少女たちをアリーナの最前列の席に誘導する。歩きながら、こんなことを言った。

「お前たち、今日今から見ること、起こることについては、一切他者に漏らすな。貴様らが喋った分だけ、一夏の寿命が縮まるものと思え。分かったな?」

いつも以上に厳しい口調で念を押す。そう言いつつも、彼女たちを追い返すのではなく、見せてもいいという考えに至る辺り、千冬も彼女たちを信用している、ということなのだ。その事に気付いていたのは、この場に居ないウルフウッド兄妹だけである。

 無論一夏の身の安全がかかっているとなれば、それに逆らう気など微塵も無いが、彼女たちにはどうしても気になることがあった。

「あ…あの…織斑先生?一夏がIS装備しても勝てないって、あのニコラスって人はどういう方なんですか?」

箒の疑問は、ウルフウッドと初対面の彼女たちにとって当然の疑問であった。
しかしそれは、ニコラス・D・ウルフウッドという男を知る人たちにとっては、至極単純明快な問いであった。千冬も微笑を浮かべながら答える。

「。」







「さて、準備はええか、一夏?」

「ばっちりだぜ、ニコラスさん。」

控室にこもってから十数分。二人はアリーナのど真ん中で向かい合っていた。ウルフウッドは変わりない格好で、一夏は両腕にダブルファングを備え付けている。すでにシャルロットは千冬たちのもとで、二人の様子を微笑みながらじっと見ている。


すると、その様子を見ていた千冬が声をかけた。

「さて、デュノア。一夏は何分保つと思う?」

「2分弱かと。」

「ほう?少なく見積もったな。私は3分半いけると考えるが。」

「初めてとはいえ、一夏はダブルファング装備してますからね。ニコ兄も結構本気で来るんじゃないかな、と思いまして。」

「それはそうだろうな。だが私は、それを鑑みても3分は堅いと思うが。」

「…お互い身内びいきですね。」

「全くだ。」

そう言ってクスクスと笑い合う。シャルロットと千冬は、普段は生徒と教師だが、プライベートでは友人同士。そして今は、プライベートに近い状況だ。したがって、女同士の仲の良い会話になるのは、当然といえば当然のことだった。

 

 その後ろから、ラウラの遠慮がちな声がかかる。

「あの…織斑教官、それにデュノア。あの…ニコラスという男は、それほどまでに強いのですか?軍にいた時も、そんな男の名前は聞いたことがありませんでしたが…。」

「それはそうだろう。デュノア社の秘中の秘といえる男だ。言っておくが、私も幾度となくアイツと模擬戦をしたが、勝率は2割にも満たないぞ?無論私はISを装備した上でだ。ISを装備した上で勝てないなど、そんな人間が明るみに出るはずなかろう。」

千冬のその言葉に、シャルロットを除く全員が絶句した。世界最強のIS操縦者、生涯無敗を誇る織斑千冬をして、2割と勝てないという男。女尊男卑が普通になって久しいこの世界で、生身のまま世界最強を圧倒する存在など、信じられるはずもない。

「まぁ見てれば分かるよ。多分、度肝抜かれると思うよ?」

アリーナの中心では、二人の男が戦いを始めようとしていた。ウルフウッドが、咥えていた煙草を2本の指で挟み上げる。

「この煙草が地面に落ちたらスタートや。ええな?」

「オーケーさ。」

一夏が言い終わるのを待ち、ウルフウッドが煙草を天高く放り投げる。

 放りあげられた煙草は空中で弧を描き、そのまま重力に従って―――落下した。


銃声がアリーナ中に轟く。

 一夏はダブルファングを展開し、ウルフウッドは右手にハンドガンを持つ。当然威力は、一夏の方が遥かに上だ。

 

 しかしウルフウッドは、ダブルファングから吐き出される銃弾の嵐を難なく避け、右手に持つハンドガンで、ダブルファングを持つ一夏の手の甲を確実に狙い撃つ。
弾丸は一夏の手甲に当たる。無論一夏の肉体にダメージは無いが、引き金を引く指が止まる。

 

 しかし一夏は右手の下から左手を差し込み、左手の銃の引き金を引いた。ウルフウッドは素早く、一夏の後方に飛び退く。その隙だらけの背中は、狙ってくれと語っているに等しい。

 しかしそのガラ空きのはずの背面から、銃弾が飛んでくる。

 展開したダブルファングは、腕を挟みこむような形でマシンガンを2つくっつけたような外観をしている。

 その最大の特徴は前後同時射撃。不用意に背を取った敵への不意打ちには、これ以上なく最適だ。さらに、一夏に渡されたダブルファングは2丁。すなわち、4門の銃口による前後左右同時射撃が可能となる。


だが、そのダブルファングを持ってきたウルフウッドが、そのことを把握していないはずがない。背中に背負う十字架で銃撃から身を守り、そして、その十字架の包みを解こうとして―――

一夏がブレードを振り上げ、急接近してきた。

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)によって一気にウルフウッドの懐まで潜り込む。常人にこの距離からの回避は不可能、後はブレードを振り下ろすのみ、それで勝負はつく。

 普通なら。

 その、回避不可能な距離から、ウルフウッドは布に包まれたままの十字架を振り上げる。十字架はブレードの鍔に当たり、派手な金属音をまき散らしながら、ブレードを跳ね上げた。

 そして、一夏の胴体がガラ空きになる。

「くっ―――――!!」

一夏も一瞬で不利を悟る。そして再度瞬時加速で上空に逃げようとして―――

一夏の視界を、白い布が覆い尽くした。

「うわっ―――!?」

突然現れた白い布は、ISを装備した一夏の体をほとんど覆い尽くすほどに大きかった。一体どこから、という思考が一瞬一夏の脳裏を掠め、すぐに思い当たる。そして、一夏の顔から血の気が引く。

自身の危機を察した一夏が逃げるよりも早く、腹部に尋常ではない衝撃が走る。
アリーナ中に轟く、先ほどとは比較にならないほどの爆音。その発生源たる、布を取り払われた巨大な十字架。その先端からのぞく、大口径の銃口。それが今、布の向こうの一夏に火を吹いていた。


そして、観客席でそれを見る少女たちから、驚きの声があがった。

「あれってまさか…“パニッシャー”!?」

パニッシャー。
IS製造メーカーとして業界最大手である、フランスのデュノア社が誇る「秘密兵器」。生産は完全受注制で、しかも受注にあたっては、社長をはじめとするデュノア社の重役による面接や試験など、様々な条件を全て満たした者しか所持を事を許されない、持つこと自体がステータスとされるほどのIS専用兵装。その性能、特に破壊力は、既存のIS兵器を過去の遺物にしかねないと評判である。

 事実、千冬が居なくなった後のモンド・グロッソでは、毎年パニッシャーを装備したフランス代表選手が上位に昇り詰めている。

 無論その製造工程などは完全極秘であり、デュノア社中でも知る者はほとんど居ない。


そんな、世界最強とも言われるIS用の武装を、なぜ彼が持っているのか。

「あ。何でニコ兄がパニッシャー持ってるのかって顔してる。」

そんな彼女たちの心境をズバリと言い当てたのはシャルロットだった。悪戯っぽい笑みを浮かべながら、嬉しそうに言葉を続ける。

「そもそも前提が違うんだよ。パニッシャーはもとからニコ兄の物なの。」

「…?どういうことですの?」

セシリアの疑問の声に、シャルロットは悪戯な笑みをさらに深くした。

「だから、今世に出回っているパニッシャーは全部、一つのオリジナルから作られた模造品に過ぎないの。そして今ニコ兄が持っているパニッシャーこそが、唯一無二のオリジナルなわけ。」






超至近距離でパニッシャーの弾丸を浴びた一夏は、何とか脱出し、距離を取る。

 

(ホンットに強い…っていうか容赦ない…!IS付けてる人間にこれだけ圧倒的に攻めれるって、どんだけだよ…!)

 

 敬愛する兄貴分の強さに改めて舌を巻きつつ、構えを取る。
作戦が無いわけではない。簡単なことだ。空中に逃げればいい。一夏自身、最愛の姉とウルフウッドの模擬戦は何度か見ている。そして、千冬はいつもウルフウッドの猛攻から逃れるため、数合打ち合いすぐに空中に飛んでいた。

 もっともウルフウッドは、制空権を握られているにも関わらず、戦い方一つでそのハンデを逆転してくるのだから、その度に唖然とさせられたものである。


しかし一夏が飛び立とうとした瞬間。
こちらに向かって飛んでくるロケット弾が目に入った。

「―――やっべ!」

迫るロケット弾は、一夏の飛翔を見越して幾分高い位置にある。しかしだからといって飛ばなければ、さらに向こうのウルフウッドがロケット弾を撃って爆発させるか、機関銃で直接狙ってくるだろう。

 

 故に、後ろへ下がるしか道は無い。
一夏は大きくバックステップを取りながらダブルファングを展開し、発砲した。弾丸は狙い違わず、迫り来るロケット弾を撃ち抜く。


今日3度目の轟音と共に、激しい爆炎が立ち昇る。爆風と余波は凄まじく、一夏は思わず腕で顔をかばう仕草を見せた。

「くぅっ―――――!?」

顔をかばったのはほんの一瞬。しかし、それが命取りだった。


爆炎を突っ切って、ウルフウッドが迫って来ていた。

一夏の全身をゾクリとした悪寒が駆け抜ける。

 あのウルフウッドの眼。獲物を狙う鷹のような、草食獣を追う豹のような、鋭い眼。幾多の修羅場を潜り抜けた、超一流の戦闘者の眼であった。

 

 

 



『―――ワイな、昔、人殺しやってん。』

かつてウルフウッドが、自分と千冬とシャルロットに語った懺悔。

 孤児院の子供たちが寝静まり、屋上に出ようと誘ったウルフウッドが、グラス片手に離し始めた、己の血生臭い過去。


遠い未来の砂の星。人々が明日をもしれない日常を生きるその星の、小さな孤児院で育った彼。

 

 しかし、運命は彼を絡め取る。

 

 孤児院を出た彼を待っていたのは、人殺しの訓練。来る日も来る日も硝煙の臭いを嗅ぎ、より戦闘に適した人体改造を施され、そして―――パニッシャーを、殺人の道具を与えられた。


彼の戦いに満ちた日々。それは、自分たちのように平和な世界に生きてきた者には、到底想像し得ない世界。

 自分も、千冬も、シャルロットも、一言も口を挟まず聞き続けた。

 

 そして、その最期も凄絶だった。

(―――自慢出来るような話やないけどな。向こう見ずのダチが駆け付けてくれへんかったら、ワイは誰一人救えずおっ死んどったわ。)

それは違う、と思った。
自分と同じ道に入り込んでしまった男を連れ戻すため、命を賭けて戦い、命を捨てて救った。本人すら諦めていたのに、ウルフウッドは諦めなかった。

 その執念は、盟友を呼び、逆転を引き寄せ、望み通りの結末を作りだした。


だからこそ、憧れた。

 最後の最後まで諦めなかった、その強い意志。守り通すという強い覚悟。自分もこんな風に強くなりたい。そうすればきっと、自分がみすみす誘拐されてしまった時のような、あんな情けない思いはしなくていいはずだから。

 

 

 

 


「――――ッッッぅぅううおおおーーーーっっ!!」

気付けば、一夏自身もウルフウッドに向かって突進していた。雪片を腰に構え、瞬時加速で距離を詰める。

 無論、ウルフウッドに特攻を仕掛けて上手くいくとは思っていない。そもそも、ウルフウッドの反応速度は異常だ。銃弾ですら撃たれてから回避できるほどの超反応だ。こんな何のひねりもない突進が効くはずもない。


だから、文字通りの『ひねり』を入れることにした。

「ほう―――」

千冬が感嘆の声をあげる。対峙するウルフウッドも、ニヤリと笑った。


一夏はウルフウッドに突進すると見せかけて、瞬時加速状態のままウルフウッドの側面に回り込む。そして非直線的な軌道を描いて急接近したのだ。


奇しくもそれは、かつて砂の星でウルフウッドの盟友が戦った剣鬼と、全く同じ戦法であった。

そして一気にウルフウッドに肉薄する。腰に構えたブレードで居合いのごとく斬り裂こうとして―――

最後の一歩を踏みこもうとした瞬間、脚部に衝撃が走った。


剣を振りかざす時に絶対に必要なもの、それは『踏み込み』。しかし、浅い踏み込みではかえって剣の威力を殺してしまう。それはISに乗っていようが同じであり、空中戦ではどうしてもブレードの威力が出し切れない。だからこそ、勢いよく踏み込める地上では無類の強さを発揮できるのだが―――

ウルフウッドは、一夏が最後の一歩を踏みこもうとするまさにその瞬間、パニッシャーを一夏の脚部に思いっきり振り抜いたのである。


そのため、一夏は大きくバランスを崩す。その隙を見逃すウルフウッドではなく、腹部に思いっきり前蹴りを喰らわした。

 

 一夏はあえなく転倒し、起き上がろうとするも、ウルフウッドが、一夏の胸にパニッシャーを乗せる方が早かった。ぐふっ、と一夏の肺から空気が漏れる。そして、胸に突き付けられたパニッシャーは、すでに銃口が展開されていた。


一夏とウルフウッドの眼が合う。ウルフウッドの眼は、いつも見慣れた優しい兄貴分の眼だった。

「…参りました。」







「1分47秒。いくらなんでも早過ぎだ、馬鹿者。」

惨敗を喫して戻ってきた一夏を待っていたのは、姉の叱責だった。

「…面目ないです。」

「全くだ。第一、ISの利点を全く活かしきれていない。さっさと空中に逃げればよかっただろうが。地上戦でお前に勝ち目があるわけないだろう。」

無論一夏が空中に逃げれなかったのは、逃がさないようにと立ち回ったウルフウッドの技量故だが、一夏に隙が多すぎたことも間違いない。
だが、責める点ばかりではなかったのも、また確かである。

「…だが、最後のあの動きは良かった。あの円の軌道を忘れるな。ダブルファングも、もう少し上手く扱えるようになれ。」

ポン、と優しく頭に手を乗せ、遥か上の実力者と鬩ぎ合った弟をねぎらう。一夏もその手の感触に、うれしそうに顔をほころばせる。

 

 何だかんだ言っても、一夏にとって千冬は一番褒められたい人間だし、千冬にとって一夏は自慢の、最愛の弟なのである。

「おう、一夏、お疲れさん。ええ戦いやったで?後はまぁ、ダブルファングの使い方と実戦経験やな。」

ウルフウッドが気さくな笑みを浮かべて近づいてきた。すでにシャルロットは背中に乗って、嬉しそうにウルフウッドの背中に頬ずりしている。


するとウルフウッドが、一夏達の背後にいた4人に声をかける。

「嬢ちゃん達も悪かったの?アホなモン見させてもうて…。」

「いっ、いいえ!こちらこそ素晴らしい戦いを見せていただきまして、良い経験になりましたわ!」

「…お前たち、別にお世辞は言わなくていいぞ。むしろツッコミ所しか無かっただろう、コイツ。」

「「「「…ハイ。」」」」

見かねた千冬のフォローに、4人全員が力無く頷いた。

 (ダブルファング)を撃たれてから回避し、超重量級火器(パニッシャー)を片手で振り回し、ISの瞬時加速に易々と反応する。そんな人外じみた技の数々を思い返すだけでも、沈黙せざるを得なかった。

 そもそもよく考えたら生身の人間とISの戦いが、何かの参考や経験になるとは思えない。しかしたった今目の前で常識外れな戦いを繰り広げられた彼女たちに、そんな冷静な思考を求めるのは少々酷であろう。

 

 唯一まともに思考が働いていたのは、そんな兄の非常識さを誰よりもよく知る妹だった。微妙に気まずい雰囲気を打破しようと、明るい口調で4人をフォローする。

「うん…まぁ…しょうがないと思うよ?だって父さんも初めて見た時、頭抱えてたし、千冬さんも――――痛ぁ!?」

「余計なことを喋るな、デュノア。」

千冬のことを語ろうとした瞬間、シャルロットの頭に出席簿が振り下ろされる。その頬は少し赤らんでいた。間違いなく、本人にも思い当たる節があるのだろう。

 が、そんな千冬の様子を見て、ウルフウッドが何かを閃いたような、というか何かを企んでいるような表情に変わった。

「そや、皆、いつもシャルと一夏が世話になってるさかい、ワイが飯喰わせたろ。外食でもええで?」

「ニコ兄の手作りリゾット久しぶりに食べたい!私も料理手伝う!一夏、部屋空いてる?」

 

 真っ先にシャルロットが喰いついた。おそらく、何となくウルフウッドの意図する所を掴んだのだろう。一夏の部屋で、という限定条件を付け足すことで、箒達を訪れやすくするなど、抜け目が無い。

「ああ、別に大丈夫だよ。結構人数入ると思うし。」

「ほんなら一夏の部屋行こか。4人もついて来ぃ。で、千冬の失敗談肴にして盛り上がろ。」

「な、ちょ、ちょっと待てニコラス!?どういうつもりだ!?」

千冬が慌てて話に喰い込んでくる。いつも学園でクールに振舞っている彼女の動揺する姿というのは、非常に珍しいものであった。同時に、一夏と箒達の目がキラーンと光った。

「何って、千冬の話題が一番共通の話題やろ?それやったら、普段この子らが知らん千冬の姿、教えたろと思ってな。具体的には、一夏が誘拐されたんをワイが助けた時、ワイを誘拐犯やと勘違いして攻撃してきたこととか―――」

「「「「是非聞きたいです!!」」」」

4人の声がハモる。一夏とシャルロットはクスクス笑うばかりだ。今この場に、千冬の味方は居なかった。

「よーし、ほな、怖いお姉さんが噴火してまう前に、さっさと部屋入ろかー!」

「「「「「「オー!!」」」」」」

掛け声一つ、千冬以外の全員が一斉に駆けだした。

「待てお前たちぃぃぃぃぃぃ!!」

遁走するウルフウッドたちの背後から、あっさり噴火した千冬が全速力で追いかけてくる。全員大笑いしながら、寮に向けて全力疾走し始めた。


すでに空は赤く染まり始めている。故郷(ノーマンズランド)から時間も距離も遠く離れ、丸っきり環境の違うこの大地でも、青空と夕焼け空だけは変わらない。

 ウルフウッドは沈みゆく太陽を見ながら、後を託した盟友と後輩を思った。

(悪いの、トンガリ、リヴィオ…。そっちにはもう、戻れそうにない。こっちに―――失いたくないモンが、たくさん出来てもうた。)

だが本心では、そこまであの星のことを心配しているわけではない。あの二人なら、どうにか出来ると信じているから。


ヴァッシュ・ザ・スタンピード。人智を越えた力を持つ、心優しきガンマン。
リヴィオ・ザ・ダブルファング。ウルフウッドの後輩にして、彼を越える最強の殺し屋(コントラクトキラー)


あの二人なら、きっとノーマンズランドを、そこに住む人間を救ってくれると信じている。だから、届かぬ場所にいる自分が心配する余地などない。

(ワイはこっちで、ワイがやれることをやる。オノレらも、全部終わったら、こっち来い。待っとるで―――)

また出会えるかどうかは分からないけど。
今は、自らに許された人生のロスタイムを、大切に生き抜こう。ひょっとしたらコレが、盟友からの手向けなのかもしれないし。

「ハハハハハ!アハハハハハハ!!」

「もう、ニコ兄笑い過ぎだよ!ホラ、千冬さん怒ってる!アハハハ!」

「アハハハハ!あ、ニコラスさん、次の角右です!」

「待てぇぇぇぇぇぇ!!」

―――かつて、砂の星に生き、砂の星に死んだ男、ニコラス・D・ウルフウッド。


その生き方は、時を越え、歩む大地を変えてもなお、変わらず、眩く、人々を惹き付けながら、在り続ける。


これからも、彼がこの青い星で生き続ける限り。








≪設定補足≫

ニコラス・D・ウルフウッド

ノーマンズランドでの死後、何故かパニッシャーと共に過去の地球に。目を覚ました後、シャルロットの母に拾われる。その後、彼女の家でシャルロットと共に平穏に過ごしていたが、ある時シャルロットの母が死去。ほどなく父親が現れるも、彼の娘を娘とも思わぬ態度に激怒し、撃退する。その後二人で逃避行を始める。行く先々でデュノア社からのエージェント(IS操縦者)が現れるも、難なく撃破し続ける。その後、デュノア父との会談で彼の本音を聞き、父娘を和解させることに成功。

ついでに彼はデュノア社の兵器部門の特別顧問となり、パニッシャーやその他彼がミカエルの眼で目にした数々の武器について教える。その結果、デュノア社の業績は鰻登りで、ウルフウッドもかなりの金額をもらう。そして、その金を元手にシャルロットと二人で孤児院を始めた。今は立派な保父さん。ちなみに一夏誘拐時に現場近くに居たのは、孤児院の子供たちと一緒に観戦に来ていたため。



シャルロット・デュノア・ウルフウッド

近所に倒れていたウルフウッドの第一発見者。彼と一緒に住みたいと言い始めたのは彼女。その後、実の兄妹同然に暮らしていたが、前述の経緯で兄と二人で逃避行へ。追手をことごとく倒すも、自分のせいで兄が戦わなければいけないという状況に心を痛め、自首することに。しかし自首する直前、父の本音を聞いたことで、ようやく父と和解できる。ちなみに現在では父の実妻とも和解済み。その後はデュノア社のテストパイロットになり、孤児院の重要な収入源となっている。

ニコラスのことが大好き。ファミリーネームに彼の名前が入っているのは、ニコラスには「父親の立場を考えて」と言っているが、実はこっそり籍を入れてもバレないように、との思惑あってのことらしい。将来の夢はパニッシャーを持つことであり、IS学園に通い始めたのもそのため。



エリック・デュノア(オリキャラ、未登場)

シャルロットの実の父親。シャルロットの母親とは愛人関係にあった。シャルロットのことは娘として愛しているが、「デュノア社代表取締役」である彼が、愛人の娘である彼女を公に庇ったりすれば、シャルロット自身まで破滅してしまう、と考え、「社長」としての自分は彼女への愛情を抑えることにした。

当初ウルフウッドのことは、「娘を脅迫材料に使うつもりなのでは」と考え、排除しようとするが、追手がことごとく倒される。そのことでむしろウルフウッドがシャルロットを大切に思っていることが分かり、ウルフウッドに全て任せようと思い、彼に心境を明かすことにする。しかしウルフウッドの策略で、こっそりシャルロットがその話を聞いていたため、なし崩し的に彼女にも本音を暴露。親子関係を修復する。

その後、ウルフウッドのパニッシャーを中心に、主に十字架型のデザインにこだわったIS用兵器を開発し、それが大ヒット。現在では業界最大手に。ウルフウッドとは飲み友達。孤児院への支援も積極的に行ってくれるため、ウルフウッドは最近彼に頭が上がらない。



織斑一夏、千冬

言わずと知れた、IS原作の主人公とその姉。一夏の誘拐時に、それを偶然目撃していたウルフウッドが救出する。が、直後に駆け付けた千冬が、ウルフウッドを誘拐犯だと誤認。怒りのままに襲いかかるも、あっさり返り討ちに。それ以来、千冬は何度もウルフウッドに戦いを挑んでいる。千冬の戦歴は3勝25敗。初めて勝った時は跳びはねて喜んだらしい。現役を退いた今も、主に対ウルフウッドのために訓練を続けている。シャルロット曰く、「ニコ兄に1回でも勝てる時点で充分人間やめてる」とのこと。

姉弟仲は原作よりもさらに良好。千冬がドイツに居る時は、一夏もよく遊びに行ってた。(そのためラウラとは入学前から面識がある。ついでに喧嘩と仲直りも済んでる)一夏はウルフウッドに憧れており、将来は彼を倒せるくらい強くなりたいと望んでいる。最近千冬とウルフウッドが仲が良いことに対して、もし将来二人が結婚すると言いだしたら、本心から祝福出来るのか?と悩んでいる。ただし当の千冬は、ウルフウッド並に強く、一夏並に自分を癒してくれる存在とならば結婚してもいい、と豪語しているが。千冬とシャルロットはプライベートでは仲が良く、ブラコントークで盛り上がっている。


 

 


(後書き)

 

 というわけで、ニコ兄inISでした。

もともとこの作品は、以前にじファン様にて掲載していた際に、感想欄で、「トライガンとISのクロスが見たい!」とおっしゃる方がおり、自分も面白そうだと感じたので、100万PV突破記念で書かせていただきました。なお連載する予定はありませんのであしからず。


しかし何というか、お目汚し失礼いたしました…。やっぱり書き慣れてない作品で書こうとすると、色々おかしなところが出てきてしまいますね。IS原作ファンの方からしたら、非常におかしい作品になってしまっているかもしれません。ラウラとウルフウッドに面識がある方が良かったかな…。

自分がISで一番好きなキャラは千冬さんです。妹萌えの私ではありますが、あんな姉居たら嬉しいなーと思うんです。…何せいつも実家で、実の姉(×3)に、良い様にこき使われてますんで。なので一夏×千冬がマイジャスティスです。

ちなみに書きながら自分が考えてた今後の展開は、「オリジナルのパニッシャーを狙う束」「臨海学校で福音と戦う裏で繰り広げられるシャルロットVS束」「夏休みに全員で孤児院にお手伝い」「学園祭にパペットマスター来襲」「何故か孤児院で働くことになったオータムさん」など。

…え?一つとんでもない惨劇が紛れ込んでる?気のせい気のせい。

最後に一言。
シャルロット以外のヒロインの活躍の場が無くてホントスミマセンでしたー!特に更識姉妹は出番すら無くて…。

それでは、お読みくださいましてありがとうございました。

 

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