※注意!

 本話内には残虐な描写が含まれています。そういった描写が苦手な方は閲覧をご遠慮ください。












絡繰茶々丸はロボットである。
 正確に言えば、超とハカセという麻帆良の誇る天才コンビによって作り出されたガイノイド。麻帆良の工学技術の結晶にして最高傑作である。
 そんな彼女にとって、感情とはどういった物なのか?



「私に感情と一般的に称されるプログラムは搭載されておりません。マスターに仕え、その命令を完遂することが、私の存在意義であり、感情などは時と場合によってはその妨げとなる物。私には必要ありません。」



 この身のすべてはマスターのために。余計な口など挟むことなく、粛々と命令に従うのみ。そこに感情など不要である。そう自信をもって答えていただろう。



 だが―――――――――今、その存在意義が揺らいでいた。目の前の異形から、一刻も早く逃げ出せと、無いはずの感情が叫んでいた。



 それはクラスメイトだった。いつも教室の後ろの方で騒がしいクラスを遠目に眺め、時々思いついたように演奏を始め、その度に聴衆を魅了する、人畜無害なミュージシャンであったはずだ。
 しかし今の彼女は、茶々丸のデータにある彼女とは全く違った。目をそらすことさえ許させない、圧倒的な殺意。その身から溢れ出る、禍々しいオーラが、茶々丸一人に対して向けられていた。まるで絶対的な捕食者を前にしている気分だった。



 マスターの命令は彼女―――長谷川千雨と、今近衛木乃香が背負って一緒に逃げようとしている宮崎のどかを捕縛し、マスターの自宅まで連れ帰ること。彼女 の頭部のコンピューターは、冷静に今の状況を判断し、任務遂行率99%だと算定していた。確かに普通に考えれば、右手を脱臼している相手に後れをとるわけ はない。何よりマスターの命令は絶対であり、それに背くなど考えられないことだ。
 だが―――――どうしてだろう?今すぐ逃げ出したい。このまま無様に背中を見せ、マスターの自宅でも超のラボでもいいから、全速力で駆けこみたい。今、目の前にいる人間と戦いたくない。もし戦えば、きっと無事では済まない。



 不意に、嘲笑が止み、千雨が茶々丸を見据えた。その表情にやどる笑顔は、狂気を色濃く帯びていた。



 それが、絡繰茶々丸の初めての感情―――――掛け値なしの「恐怖」だった。





「――――――――死ね、絡繰。」









#4 阿修羅姫



「―――――――――――ッ!!」



 千雨の発言直後、茶々丸は千雨に向かって突進していった。殺される、その悪寒を振り払うように。すでに拳は固く握りしめている。全速力で近づいて接近戦 を仕掛け、一撃で沈める。それが茶々丸にできる最善の策だった。対する千雨は左手のスコップを逆手に構えるだけで、その場から動こうとしない。



(スコップ程度で何が―――――――!!)



 一瞬で距離を詰め、ボディブローを打ち込もうとして―――――かわされた。これ以上ないほど完ぺきな打撃を、その上を行く鮮やかさで千雨はするりと回避し、茶々丸の右横に立つ形となった。



 瞬間、千雨から出る殺気がさらに増した。



(しまった―――!最初からカウンター狙い―――――!!)



 おそらく一撃を出した後の無防備になる瞬間を狙っていたのだろう。ガラ空きになった腹部にスコップによる一撃が繰り出される。たかがスコップ程度で貫かれる自分のボディではないが、かといってみすみすやられるのも業腹だ。素早く茶々丸はバックステップで距離を取った。



 否―――――――――――取ろうとした。



 瞬間、思いきり足を払われた。



「え――――?」



 何が起こったか理解できない。私はバックステップしようとしたはずなのに――――――なぜ、夜空が見えているんだろう?



 千雨は別にカウンターを狙っていたわけではない。狙っていたのは、茶々丸のバランスを崩すことである。
 そのためにまずは茶々丸の真横――――足払いをかけやすい位置に移動した。そして、いかにもガラ空きの腹部を攻撃するぞという雰囲気を出す。その後相手 がどういう行動をとるかは分からない。バックステップではなく、さらに前方に移動していたかもしれない。茶々丸から見て左側に移動していたかもしれない。 もしかしたら、千雨に向き直って、反撃してきたかもしれない。
 いずれにせよ、茶々丸は足を動かす必要がある。それはすなわち、片足立ちになる瞬間があるということだ。千雨はその瞬間―――――本当に一瞬しかないそ の瞬間を逃さなかった。ほとんどつま先立ちになりかけた瞬間を見極めて、そのわずかなバランスを保っている足を払ったのだ。
 説明だけなら簡単なように思えるが、無論これはよほどの経験を積まない限り出来ない絶技である。
 もともと彼――――ミッドバレイは、武器や技能の関係上、接近戦が不得手である。ノ―マンズランドでの武器といえばほとんどの場合銃だったので、接近戦 を仕掛けてくる者は多いわけではなかったが、いなかったわけでもない。故に、万が一接近戦を仕掛けられた場合の対処法の数々は、しっかりと体に刻みこんで ある。この足払いもその一つだ。そしてこの作戦を採ることを、千雨は茶々丸が走り始めた瞬間に決めていた。



 これが千雨が現在持つ最大の武器――――――圧倒的な実戦経験である。



 ドスン、と音がして、茶々丸が地面にあおむけに倒れ込んだ。間髪いれずに千雨が馬乗りになる。



「クッ――――――!」



 無論茶々丸もやられっ放しで済ますつもりはない。相手の唯一の攻撃手段である左手をつかもうとして――――――



「え?」



 またも呆けた声。それもそのはずだった。なぜなら―――――









 茶々丸の、右腕の肘から先が、無くなっていたからだ。









 茶々丸がやられっ放しで済まそうとしなかったように、千雨とて追撃の手を緩めるようなことはしない。本来この体勢になる前に、空中に浮いている間に弾丸 を撃ち込んで地面に倒れ込む時にはすでに息絶えている、という形が理想的だが、生憎拳銃は持ってないし、その程度で済ますほど浅い憎悪ではない。
 茶々丸に対してマウントポジションをとった瞬間、飛び乗る勢いのまま左手のスコップを茶々丸の右手の関節に突き刺し、そのまま断ち切ったのである。しかも、的確に球体関節の隙間を狙ってである。



 そして、茶々丸が自身の右手が無いことに呆けている間に、素早くスコップを振り下ろす。








 グシャ、という音ともに、スコップが茶々丸の右目を抉った。






「ヒアじゃkfjaij;増しjイオアンいjさfm煮えk*sj合い尾=あdsjkcjcんrvhんlshんckhcなklふkuiahjfluilhucssっかlかんlしfふあk、うえfふfhyvrb―――――――――――――――――――!!」



 訳が分からない。どうして私は夜空を見上げている?どうして右手が無い?どうして右目のカメラが作動しない?痛い痛い痛い痛い、怖い怖い怖い怖い、彼女 は誰?マスターはどこ?今日は満月?破損率65%、戦闘続行不可能、ネギスプリングフィールド?正体不明、アンノウン、侵入者未確認、私ノ名前、あナたは 誰?助けてマスター。彼女ハ長谷川、のドカ?メインコンピュータに致命的な故障。撤退せよ、撤退せよ、撤退せよ。マスターの命令、痛イ痛イ痛イ、殺さレ ル、私?左目、正常、問題アリ?助ケテ助ケテ助ケテ助ケテ――――――――!!





「うるせぇよ。」





 ザクリ、と。
 スコップが茶々丸の口を引き裂いた。





 気づけば、茶々丸はズタボロだった。右手、右目はもちろん、左手も指が全て落とされ、鼻は潰され、口裂け女のようになっていた。元の端正な顔立ちなど見る影も無く、そこには死にかけの少女が怯えているだけだった。



 そんな彼女を冷たく見下ろしながら、千雨は語りかける。



「ハッ、ガラクタの割にはいい表情するじゃないか。昔を思い出したよ。俺が殺した連中も、そうやって苦しんで死んでいった―――――。」



 茶々丸は答えない。答えられない。



「痛いか?殺してほしいか?安心しろ。これからとどめだ。楽に、とはいかないけどな。ゆっくりじっくり苦しんで死ね。そのために――――――」





「左目は、残しておいたんだからな。」






 そうして、茶々丸の目に最期に映ったのは、






 嬉々とした表情で、自分の首筋に向かってスコップを振り下ろす、悪鬼の姿だった。











side のどか



「ん…。」



 揺られる感覚で目を覚ます。誰かに背負われているようだ。目の前には黒くて長い髪。見覚えがある。



「あ、のどか。気ぃついたん?」



 木乃香だった。見るとそこは寮の玄関口だった。でも何で私は背負われていたんだっけ?確か私はマクダウェルさんに――――――



「っ!!木乃香!!長谷川さんは!?絡繰さんは!?マクダウェルさんは!?どうなったなの!?何で木乃香が!?ネギ先生はどうしたの!?」

「お、落ち着いて―なのどか!大丈夫やから!長谷川さんに頼まれたんやー。のどかを寮まで運んでくれって。怖かったわーあの時の長谷川さん。えらい剣幕やったなー。何があったん?」



 何があったかなんて答えられるはずがない。長谷川さんの演奏を聴き終わったとおもったら、クラスメイトが襲ってきて、裏世界だのなんだの言われて、よく わからないけど後ろから攻撃されて、記憶を奪われそうになったとか、どう説明しろというのだろうか。とりあえずお茶を濁しておこうと思い、返答しようとし て――――――



 ふと、その違和感に気付く。



「…ねぇ木乃香。長谷川さんが私を連れてけって言ったんだよね?その場にネギ先生はいなかったの?」


「んー?おらんかったよー?私が来た時にはアスナと絡繰さんしかおらんかったなー。アスナはすぐ走って行ってもうたしー。長谷川さんは声掛けられるまで気づかんかったなー。」


「…声掛けられるまで?」


「うん、そやでー。なんかアスナにのどかと長谷川さんお願いって言われてなー?そんでのどか連れて行こうとしたら絡繰さんに止められてな?どないしよーって思ってたら、長谷川さんに言われてん。絡繰さんの言うこと聞くな、さっさと寮まで連れてけって。」


「そ、それで長谷川さんは!?一緒に帰ってきたの!?」


「ううん、ついてこーへんかったでー。絡繰さんも来なかったしなー。」



 わけわからんわー、と語る友人に背負われて、私は顔面蒼白になっていた。間違いない、長谷川さんは囮になったんだ。私たちを逃がすために、ボロボロの体 で。木乃香の話にネギ先生とマクダウェルさんの名前が出てこなかったのを考えると、多分ネギ先生はマクダウェルさんを追っていったのだろう。長谷川さんを 置いて。そして偶然立ち寄った木乃香に私を託して、長谷川さんは―――――!!



 気付けば、私は木乃香の背から飛び出していた。



「ちょ、のどか!?」


「ゴメン、木乃香、運んでくれてありがとう!私、行かなきゃ!」



 わけわからんわー!と叫ぶ友人を尻目に、私は寮の玄関へと駆けだしていた。
 助けなきゃ。何も出来ないかもしれないけど、このまま黙って見過ごすなんて出来ない。私が、記憶を失いたくないばっかりに、長谷川さんを危ない目に遭わ すなんて。長谷川さんだけが傷つくなんて、そんなの許せるわけがない。長谷川さんは最後まで抵抗していた。私に手を出したら許さないと言ってくれた。長谷 川さんは優しい人なのに。あんな優しい人に暴力を振るうなんて。許せない。初めて人を憎く思える。ネギ先生も、犯人を追うよりも生徒の身の安全を優先して くれたらよかったのに。ちょっと恨めしい。



「無事でいて、長谷川さん――――――――!!」



 玄関を飛び出し、外へ走り出す。もう、暗闇は怖くなかった。



side out






 エヴァンジェリンは空を飛んでいた。
 先ほどネギ・スプリングフィールドと神楽坂明日菜を軽くいなした後、茶々丸が来ないことに不審感を抱いていた。茶々丸ならば、二人を担いで我が家に行ったとしても、すぐに自分の方へ加勢しに来れるだけのスピードはある。それなのに、来る気配すらなかったのだ。
 これはあまりボーヤたちに構っている場合では無いな、と考えたエヴァンジェリンは、隙だらけのネギに空中殺法&17連コンボを決め、アスナのところに叩 き落としつつ、「クハハハハ!その程度で私に挑むとは片腹痛い!出直すがいいぞナギの息子よ!」と捨て台詞を残してその場を全速力で去り、今に至るのであ る。



 そして先ほどから空中を浮遊しつつ、茶々丸が来ないか、またはどこかにいないか見ていたのだが、どこにも見当たらなかった。そこでもう一度桜通りに戻ってみることにした。
 桜通りは相変わらず静かに桜が舞い散っているだけで、全く人気は無かった。しかししばらく歩いていると、妙なものが見えた。



 それは、長谷川千雨のサックスケースであった。普段から千雨が背負って歩いているそれは、先ほど千雨自身が茶々丸に投げつけ、そのまま地面に倒れたものであった。しかし、最後に見た時とは倒れている方向が違うし、何より少し地面から浮きあがっている。



 ゾワリ、と嫌な予感がした。今から自分は棺桶を、それも無差別に人を襲うアンデッドの入った物の蓋を開けに行くような、そんな気分だった。
 ゆっくりとサックスケースに近づき、慎重に、慎重に持ち上げ――――――――裏側を、見た。









 そこには、









 サックスケースのベルトで括りつけられた、
















 かつて「絡繰茶々丸」と呼ばれていた物の胴体だけがあった。









「――――――――――ッッ!!!」






 瞬間、エヴァンジェリンはその場から飛び退く。それは茶々丸の無惨な姿に驚いたためではなく、後ろから迫る殺意から逃れるためだった。



 飛び退くエヴァンジェリンの膝先をスコップが掠める。もし後1秒でも遅ければ、スコップは確実に首を串刺しにしていただろう。それを膝の位置まで下げるほど、エヴァンジェリンの反応は素早いものだった。



 チッ、という舌打ちが襲撃者から聞こえる。襲撃者は見慣れたはずのクラスメイト、先ほどまではエヴァンジェリンが狩る側に回り、追いつめていたはずの人間。それが今は、殺気と狂気を迸らせる凶悪なハンターとなっていた。



「――――――――――長谷川、千雨。」


「よう、ずいぶんと遅いお帰りじゃないか、エヴァンジェリンン・アタナシア・キティ・マクダウェル。待ってたぜ?」



 襲撃者―――――長谷川千雨は、これまで見たこともないような凄絶な笑みを浮かべてエヴァンジェリンを見ている。その両目には、明らかな敵意と隠す気の ない憎悪がありありと浮かんでいる。右手の関節はすでにはめ直したらしい―――――――――でなければ、あんな物を振り回すことは出来ないだろう。
 それを見るエヴァンジェリンは、内心後悔の念でいっぱいだった。もしも自らの手で、長谷川と宮崎の二名を気絶させておけば、自分の従者をこんな目に遭わすことはなかったのに。

 ―――――いや、問題はそうではない、そうではないのだ。



「貴様が、茶々丸をそんな姿にしたんだな?」


「当然だろ。私以外にだれがいるっていうんだ?こっちはお前が来るのを今か今かと待ちわびて、あんな趣向まで凝らしたんだぜ?気付いてくれたのはいいが、思ったより反応が薄いな。ガッカリだよ。もうちょっと、驚くなり何なりしてくれなきゃなぁ…。」


「黙れ。」



 そう、コイツを、先に片づけるべきだったのだ。この羊の皮を被った残忍な狼を。クラスメイト一人をバラバラにしておきながら、平然と笑っているコイツを。









――――――――右手で髪の毛を掴み、茶々丸の頭部を分銅のように振り回して武器にしている、悪魔のような女を。







「貴様の音楽は素晴らしかった、一度は無事に済ませようと考えた――――だが、最早微塵もそんな気は起こらん。楽に死ねると思うなよ、長谷川千雨――――――――――!!」



「そっちから喧嘩売っておいて何言いやがる。大切な従者の首で、顔無くなるまでぶん殴ってやるよ――――――――――!!」



 二人の殺気が言葉と同時にピークに達した。両者とも爆ぜるように動き出し―――――――――――――



























「何………やってるんですか………?……千雨…さん…………?」























 不意に聞こえたその弱々しい声に、二人とも動きを止めた。

















 宮崎のどかが、蒼白な表情でそこに立っていた。












(後書き)



 第4話。のどか一人称って難しい回。千雨ならともかく、のどか一人称だと口調が安定しないんですよねぇ…。



 そして全国の茶々丸ファンの皆様ゴメンナサイ。「茶々丸こんな弱くねぇだろ!」という意見もあるかとは思いますが、私個人はいくら衰えたりとはいえ、ミッドバレイの方が戦闘技量では確実に上だと判断しています。



 そして、「ミッドバレイっぽくない!」という意見もあるでしょうが、むしろあのナイブズに見初められるんならこれぐらいは当然かなぁ、とも思うわけです。現に、一人のターゲットのために無関係な人何人も巻き込んで殺してる人ですから。ですが平和な世界で10年以上過ごしてきたのもまた事実ですので、そうした平穏と騒乱の狭間で悩んでいく、人間らしい姿を描いていこうと思っています。



 最後に、今回のサブタイはまたもやアリカ様。舞Himeのテーマソングであり、アリプロの出世曲の一つでもある「阿修羅姫」です。アリカ様の曲は歌詞を見ながら聞くとより味わいが増しますよね!



 それでは、また次回!

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