全てが、凍りついたように動かなかった。



 先ほどまで殺意に満ちていたはずの二人はその気配を完全に霧散させ、ただ一人の少女を信じられないという視線で見つめていた。互いが互いの絶殺を誓っていたのが嘘のように、その場は静まり返っていた。
 そしてこの状況をもっとも信じられていないのは、言葉一つで二人の殺し合いを押し留めた当の本人だった。


「あ……。」


 本人―――宮崎のどかは、声一つ出せず、恐怖に怯えるだけだった。
 彼女は桜通りについてすぐ、件のサックスケースを発見し、すぐさま起こそうと思ったが、直後にエヴァンジェリンが桜通りに降りてくるのを見つけ、急いで近くの木の影に隠れた。そして、聞いてしまったのである。千雨とエヴァンジェリンの遣り取りの一部始終を。
 故に。今ののどかには、目の前で狂笑を浮かべ、嬉々として人を襲っていた彼女の姿が、自分を守ってくれた人と同じ人間だとは信じられなかった。


「あなたは……誰ですか……?」


 否、信じたくなかった。彼女が、夜道を怖がる自分のために、綺麗な音楽を奏でていた彼女が、こんな、悪鬼に成り果てていることを。


 長谷川千雨が、化物(フリークス)であることを。






#5 アイデンティティの行方



side 千雨



「あなたは……誰ですか……?」


 その言葉で、意識が急速に冷えていくのを感じた。殺意も、狂気も、憎悪も、何もなかったかのように晴れていく。はずなのに、何も考えられない。


 私は何をした?何をしていた?どうなっていた?クラスメイトをどうした?どうしようとした?
 右手を見る。クラスメイトの首。右目は潰れ、口の両側が裂けている。左目は虚ろに開き、何も映し出してはいない。右目を抉った時の絡繰の断末魔が蘇る。うるさいと口を引き裂く自分。私はどんな顔をしていた?私は、その姿を、嘲り、笑って。


「あ…。」


 意味も無く、宮崎に視線を向け、右手をのばす。茶々丸の首をつかんだままの右手を。










「ヒッ…!いっ…嫌ぁぁ!あああああ!」






 宮崎が悲鳴を挙げて走り去る。ああ、これで宮崎はもう安心だ。なぜか、そんなことをぼんやりと考えた。
 不意に、風きり音がした。振り向く間もなく、蹴り飛ばされた。マクダウェルしかいない。吹き飛びながら、茶々丸の首が右手から奪われる。ブチブチと髪の毛がちぎれる音が聞こえた。壁に叩きつけられたが、起き上がる気力はもう無かった。


 ああ、やっぱり私は下賤な殺人鬼だったんだ。人畜無害な女子中学生なふりをしながら、結局こういう道に走ってしまうんだ。道化にすらなっていない。誰か を喜ばせるなんてちゃんちゃらおかしい。今まで葬ってきた人間の怨嗟と、嘲りと、侮蔑の声が聞こえる。そうだ、その通りだよ。所詮、私みたいな外道が、誰 かを本当に助けるなんて―――――


「無理、だったんだよな………。」


 不意に、

 目頭に熱いものがこみ上げてくるのを感じながら、

 私は、意識を失った。




side out





(…気絶したか。)


 蹴りを放った体勢のまま、エヴァンジェリンは止まっていた。左手には奪い取った茶々丸の首を掴んでいる。そのままゆっくりと足を降ろし、何とか呼吸を整えようとした。その表情には耐えがたい苦痛が浮かび、額には脂汗が浮かんでいた。


(……なんて化け物だ…、くそっ…。)


 エヴァンジェリンは自分の腹部を見下ろす。そこには、先ほどまで千雨が握っていたスコップが刺さっていた。
 蹴られる瞬間、千雨はエヴァンジェリンの腹部、それも人体急所である肝臓に思いっきり刺したのである。ちょうど茶々丸との戦いでミスリードさせたそれを、今回はエヴァンジェリン相手に見事に決めた。
 しかし最も恐るべきことは、のどかに逃げられ完全に思考停止している状態から、ほぼ無意識に、反射的にこの技を行ったことだろう。もしこれがただの人間なら、そのまま蹴りなど繰り出せず、崩れ落ちていたに違いない。


(気も魔力も持たない人間が…茶々丸を完膚なきまでに破壊し、この私に致命的な一撃を喰らわせた…。しかも、ほとんど無意識の状態で、反射的に!一体どれほど場数を踏めばそんな芸当が出来る…!?)


 エヴァンジェリンは眼前の同級生に戦慄した。完全に見誤っていた。コイツは裏世界の住人だとか、そんなレベルではないのだ。おそらく、裏も表もない、常 に死の危険がつきまとう、永遠の戦場のような場所。そんな地獄で生き抜いてこなければ、これほどの殺人者は生まれないだろう。
 だが、たとえそうだったとして、どう考えても経験値と年齢が合わないし、この平和な国にいる理由も分からない。自分の知る限り、少なくとも2年前にはこ の学園都市に居たのは間違いないが、どう考えてもたかが12,3年で身につく技術ではなかった。明らかに、20年以上にわたって体に染み込ませてきた技術 だ。自分の600年に渡る長い人生の中でも、これほどの殺人技能を有した者は見たことがなかった。魔法教師はおろか、龍宮やタカミチでさえコイツには比肩 し得ない。


「…フン、この15年間、退屈な日々に飽き飽きしていたが、とんでもない猛獣が身近に潜んでいたものだな。それに気付けなかったとは、私も耄碌したものだ。」


 いつもなら、自らの存在を、「最強の悪の魔法使い」の座を脅かす者の登場を喜んでいただろうが、今発した言葉にはありありと苦渋が浮かんでいた。もしコ イツの危険性にもっと速い段階で気付けていたら、茶々丸の大破は避けられただろう。そう思うと、自らのふがいなさに怒りがこみ上げてきた。


 一刻も早く茶々丸を超のラボに連れて行かねばならなかった。はやくしなければ、完全にスクラップになってしまう。そして自分の怪我の手当てもしなければ ならないだろう。ズキズキと痛む腹を抑えつつ、エヴァは茶々丸の残骸を回収する。サックスケースに括りつけられた胴体は、縛り付けていたベルトを断ち切っ て外した。右手や左手の指などの大きいパーツはすぐに見つかったが、さすがにネジなどの細かい部品まで完全に見つけることはできない。とりあえず五体だけ 全てそろえて、超のラボへ飛んでいくことにする。そして、飛び立つ直前に、もう一度千雨の方を見た。


「…長谷川千雨。貴様は…何を思ってここで暮らしていたんだ…?」


 当然答えは無い。視線を上空に戻し、茶々丸の残骸を抱えて空に飛び立った。後には、俯いたまま起き上がらない少女と、サックスケースが残るだけだった。






















「―――――立派な結果を出せているようじゃないか?流石だね音界の覇者。」




 何故、何故だ。




「ナイブズ様もきっと喜んでくださるだろう。」




 何故、こいつが、ここにいる。




 レガート・ブルーサマーズ。ミリオンズ・ナイブズという名の災厄(バケモノ)に異常なまでに心酔する“狂信者”。俺が今まで会ってきた人間の中でも極めつけのイカレ野郎。全ての人間を抹殺すると宣言するあの化物に、いつかその手で殺されるにも関わらず、変わらぬ忠誠を誓う従順なる右腕。
 ―――――――ただ、化物の弟であるヴァッシュ・ザ・スタンピードに、最高の苦しみを味わわせるという、下らない目的のために、俺たちの命を使い潰す男。




「さあ、戻ろうか。」




 気色の悪い笑みを見せながら語りかける。相棒(ガントレット)はもう動けない。チャペルはこちらが仕掛けない限り攻撃はしないだろう。ヴァッシュ・ザ・スタンピードはまだ意識がない。そして―――――自分の体に、「糸」が刺さっている感触は無い。








 ―――――――殺すなら、今しかない。








 そうだ、これ以上こんなイカレ野郎や化物の身近にいるのは1秒だってごめんだ。俺は逃げる。そのためにわざわざ志願してここへ来た。こんなやつに使い捨てにされて死ぬなんて真っ平だ。逃げ切ってやる。後は兄弟で潰し合い、共倒れになってくれればいい。








 ――――――――――コイツさえ、殺せば―――――――――!!




 レガートに向き合い、サックスを構え、息を―――――






 ドン、と銃声が響いた。






 ガントレットが、倒れ伏していた相棒が、俺の心臓を撃ち抜いていた。






 ああ、クソッ。俺じゃなく、相棒の体の方を操りやがったのか―――――




「やめろおおおおおおおおお!!!!」




 ガントレットの悲痛な叫び声を嘲るように、ガントレットの手は引き金を引く。何発も、何発も、何発も、撃ち込まれる。心臓が、肺が、内臓が、グチャグチャに掻き乱される。白一色のスーツは自分の血で真紅に染まっている。






 痛い、痛い、痛い。ここで、こんなところで死ぬのか、俺は。畜生。あんな化物共にいいように使われて、逃げることも叶わず、死んでいくのか。畜生、嫌だ。死にたくない。俺は生きたかった、逃げたかった、それだけなのに―――――






 霞みゆく意識の中、最期に見えたのは、






 迫りくる巨大な車輪と、






 狂信者の、おぞましい|狂笑≪わら≫い顔だった。




















「―――――――――――――――――――ッッッ!!!」








 バッと布団から飛び起きる。一瞬で目が覚めた。服が汗でグッショリ濡れているのを感じる。いや、単なる寝汗だけではないだろう。脂汗もたっぷり染み込んでいるはずだ。近くに鏡がないので確認は出来ないが、おそらく顔は真っ青を通り越して白くなっていると思う。


 なんてこった。今までの人生でブッチギリで最悪の寝覚めだ。自分の死の瞬間をもう一度見ることになるなんて、それ以上最悪な夢があってたまるか。下手な拷問より効いた。


 そして、最後のレガートの笑みを思い出す。






「うっ―――――――!?」




 途端に感じる嘔吐感。胃の中身がせり上がってくる。急いでトイレに駆け込み、思いっきり吐いた。吐いても吐いても止まらなかった。最早何も出なくなっても嘔吐感は収まらず、唾も吐き切り、なお胃が逆流する気分を味わい続けた。
 たっぷり5分はそうしていただろうか。それでもまだ逆流は止まらなかった。
 あの時の、最期に見たレガートの眼。レガートの笑い顔。


 昨日の「俺」は、同じ顔をしていた。


 絡繰の眼を抉った時、左手の指を一本一本落としていく時、口を引き裂く時、首を切り裂く時、間違いなく、「俺」は笑っていた。胴体をサックスケースに括りつける時も、マクダウェルと対峙する時も、あの、レガートが浮かべていた笑顔と、同じ顔をしていた。


 結局私は何も変われなかった。結果的に願いは叶ったのに、平穏な生活を送れていたのに、私は自らそれをぶち壊した。優しい両親に育てられ、衣食住に困る ことのない生活を15年も続けてきてなお、私は薄汚い殺人鬼だった。あいつ等と同じ穴のムジナでしかないのだ。今も、昔も。
 私の中の「俺」は―――――もう一度、光の無い世界へ堕ちることを望んでいた。


「うぐっ……!!」


 また吐き気がこみ上げてくる。両手をつけ、便器の中へ黄色い液体をぶちまけていく。気付けば、こらえきれない涙がポタポタと零れ落ちていた。涙はとめどなくあふれ、頬を伝って床を濡らしていた。






 ふいに、背中をさする感触がした。弱弱しく後ろを振り向く。
 ザジ・レイニーデイ、私のルームメイトだった。優しく私の背中を撫でながら、心配そうな表情を浮かべていた。


「………レイン?」


「…大丈夫?千雨?」


 レインの心配そうな声に答えようとして、また胃からこみ上げてくる物を感じた。急いで急いで便器に顔を向ける。レインはまた背中を優しくさすりつつ、体を私のほうに近付けてきた。


「大丈夫…大丈夫だよ。」


 レインの優しい言葉にまた涙が溢れてくる。やめてくれ。私はそんな優しい言葉をかけられていいような人間じゃないんだ。お前たちと一緒に平和な日々を過ごしていい人間じゃないんだ―――――
 便器の中で吐瀉物と涙が混じっていくのを見ながら、私はなおも吐き続けた。レインはずっと、背中を撫でてくれた。










『じゃあ今日は学校休むから、みんなにもよろしく言っておいてくれ。』


『…分かった。無理しないでね。』


 一通り吐き終えた後、さすがに学校に行ける気はしなかったので、休むことにした。学校に連絡し、レインを送りだしてから大体3時間くらい経った今、ようやく気分も落ち着いてきた。そのせいか体が空腹を訴えだしてきて、とりあえず冷蔵庫を開けて野菜ジュースを取り出した。


 ザジ・レイニーデイは私のルームメイトであり、私のことを下の名前で呼ぶ、数少ない人間の一人だ。ちなみに私は彼女のことを「レイン」と呼ぶ。理由は言 わずもがな、あの蟲使いとカブるからだ。いつもは所属しているサーカスで寝泊まりしているらしいが、時々ふらっと帰ってくることがある。一応レインが人間 でないことは知っているが、別に危害を加える気もなさそうだし、麻帆良の魔法関係者でもないようなので、別段気にしていない。
 そして、昨日桜通りからこの部屋まで私を運んでくれたのもレインらしい。今日は寮に泊まろうと思って桜通りを歩いていたら、見慣れたサックスケースが道 端に倒れており、気絶している私を見つけたそうだ。その後、私とサックスケースを部屋まで担いできてくれたという。ありがたい限りだ。何も事情を聞いてこ ない辺りとか特に。


 こうして一人になり、気分は落ち着いてきたが、やはり私の心は沈んだままである。
 昨夜露呈してしまった私の本性。今まで築き上げてきた平穏を自らの手で崩してしまったことももちろんショックだが、それ以上に心の奥底でそうなることを望んでいた自分がいたという事実が、何よりも私を苦しめる。


 平和だったこの15年間。私が「ミッドバレイ」であることを自覚するようになってから、私は毎日を大切に生きるようにしてきた。あの砂の星で、誰もが夢 見た生活。それを自分が享受していることを、決して忘れないように。前世でろくな人生を送らなかった分、幸せに生きていこうと、心穏やかに過ごすようにし てきたつもりだ。


 なのに、それでも―――――私の中の「俺」は、あの砂の星の、死に満ちた日々を忘れられなかったというのか。
 だとしたら罰当たり極まりない話だ。あの砂の星で、どれだけの人間が、今私が送っている生活を望んでいて、叶うことなく死んでいったと思っているのか。 今の生活が幸せじゃないとでもいうのか?血と硝煙にまみれ、常に死の危険と隣り合わせな、あの日々が懐かしいとでもいうのか?


 ギリ、と歯ぎしりがこぼれる。出来ることなら、今この場で私の頭を潰してやりたい。ベランダから飛び降りるでもいい。私の中の「俺」が憎い。コイツを殺せるなら、魔法とやらに手を染めたっていいくらいだ。


(親父とお袋は…悲しむかな。)


 自分を蝶よ花よと育ててくれた大切な両親。誰よりも彼らに申し訳なく思う。大事に育ててきた一人娘が、実は狂気外道の殺人鬼だったというのだから。


 遠くに学校の鐘の音を聞きながら、私は携帯のデータ内の、両親と撮った写真を見た。微笑む両親に挟まれ、麻帆良女子中等部の制服を着た私がはにかんでいる。
 ずいぶんと白々しい顔をしているな、と自嘲した。











 夕方、いいんちょが見舞いに来た。


「ご気分はどうですか、長谷川さん?」


「ああ、だいぶよくなった。悪いな、手間かけさせて。」


「いえいえ、お気になさらず。」


 今日は欠席がとても多かったそうだ。絡繰、超、ハカセ、宮崎、そして私。さらに、マクダウェルも午前中に早退してしまったらしい。


「朝からしきりにお腹をさすってらしたようですから、もともと体調が良くなかったのかもしれませんわね…。」


「…あー…、そうなのかー…。」


 …というか昨晩、無意識ではあったが、確実に急所に刺した手応えがあったんだけどな…。普通なら即手術&集中治療室行きの怪我のはずだが、魔法で回復したのだろうか?絡繰はまぁ当然だろうが、超とハカセが休んだのは、修理のためだろうな。
 でも、宮崎は。


「…宮崎も体調不良か?」


「えっと、とりあえずそうなのですが…。」


 歯切れが悪いまま、いいんちょは話し始める。


「綾瀬さんと早乙女さんの話ですと、昨晩真っ青な顔で帰ってきたかと思うと、その場でうずくまってガタガタと震えだして、口もきけない有様だったそうですわ。今朝も『今日は休む』って言ったきり何も言わなくなってしまったそうで…。」


 心配そうに話すいいんちょを見ながら、私はまた沈んだ心がさらに沈んでいくのを感じた。昨日の夜、あんなに嬉しそうに私の演奏を聞いてくれた子を、私は自ら恐怖と絶望の淵に追いやったのだ。本当に救いようのない悪党だと自分でも思う。


「とにかく今日はクラスの雰囲気もいつになく沈んでいて…。心なしか、皆さんの間に会話が少なかったように思いましたわ。もちろん、長谷川さんたちのせいではありませんけどね?」


「そうか…すまなかったな。明日には復帰できると思うよ。」


「それはよかった…そういえば、サックスも直ったんですの?」


「ああ、昨日の晩にな。」


「そうですか。ではもしよろしかったら明日は教室で一曲お願いできませんか?みんな長谷川さんの演奏を楽しみにしてるんですのよ?」


 演奏―――――か。昨日その演奏を聞いた人間全員がもれなく酷い目に遭っている。今さら人を喜ばせる音楽を奏でる資格なんて、私にあるのか?
 返事が無いことを不審に思ういいんちょをごまかすため、ただ曖昧にうなずいておいた。


 その後はもっぱらいいんちょによるネギ先生好き好きトークとなった。パートナーだとか王子様だとか知ったこっちゃ無い。というか充分元気じゃないかウチのクラス。そして魔法関係のワードを軽々しく口にだすな少年。
 夜はレインが晩御飯を作ってくれた。レインにしては珍しく二晩寮泊まりだ。迷惑かけてすまないと謝ったら、気にしないで、好きでやってることだから、と 言われた。コイツ、クラスでは滅多に話さないけど、私と二人だとまあまあ会話が多いんだよな。なのでクラスメイトの一部がとっつきにくそうにしてるのがよ く分からん。いいやつなのに。お粥も旨いし。









 翌朝。夢を見なかったことに心底ホッとする。昨晩は夢を見るのが怖くてなかなか寝付けなかった。体調もそう悪くないので、普通に学校に行くことにした。もちろんサックスケースも背負って。
 寮を出たところで、宮崎と会った。


「っ―――――!」


「あ…。」


 最後に別れた時と同じセリフしか出てこなかった。意外にも、宮崎は逃げ出さなかった。しかし、顔を下に向けたまま、その場を動こうとしない。正直いたたまれなかった。


「……おはよう。宮崎。」


「お…おはようございます…。」


 やはり顔をあげずに答えた。以降、一切沈黙。こっちも歩き出しづらい。


「あ、…あの…。」


「のどかー!待たせてごめんですー!」


 意を決したのか、宮崎が話しかけてきた…と思ったら、綾瀬が乱入してきた。宮崎はそれでもう心が折られてしまったようだ。


「おや、長谷川さん、おはようです。体調はもう大丈夫なのですか?」


「………ああ。」


 私も宮崎が何を言うのかドキドキしていただけに、空気読めよと悪態をつきたくなった。しかもそのまま教室まで一緒に行くことになってしまった。宮崎にとってはちょっとした嫌がらせなんじゃないだろうか。


 そんなこんなで教室へ到着。着いて早々マクダウェルと眼が合った。


「おはよ。」


「…フン。」


 まあこっちは何を言うかとか期待してなかった。むしろ予想通りの反応だ。


「あ、長谷川さんおはよー!もう体調大丈夫なのー?」


「ああ、大丈夫だよ。ありがとう。」


 こっちに声を掛けてきたクラスメイトの方を向いて返答したが、その際警戒するような目付きの桜咲と龍宮と眼が合った。そういやあいつらも魔法関係者だったな。だとしたら私がしでかしたことをある程度知っていても不思議はないか…。






 ―――頭の中で、何かが軋むような感触がした。







 …ん?何だ?今何か、変な違和感を感じた。よくわからないけど、何か見過ごしてはいけない何かを感じた。何だ?何がおかしかった?


 その違和感が解消されない間に、また声が掛けられる。


「あ!サックス直ったんだ!」


「ああ。メンテナンスはおととい終わったよ。ほんとなら昨日には持ってこれたんだけどな。」


「おおーー!!じゃあさっそく一曲お願い!!」


 クラス中が期待するような眼差しで私を見つめていた。まぁ昨日いいんちょに頼まれてたことでもあるし、やらないわけにはいくまい。
 そう思い、教壇に立って準備をして、最初の一音を鳴らそうとして―――――――――







































 3−A全員が、血まみれの骸になっている光景を幻視した。





















「――――――――――――――――!!!!」








 耐えられずにその場に崩れ落ちた。体にかけたサックスが床に当たってゴトリと音を立てる。


「どうしたの長谷川さん!?」

「大丈夫!?しっかりして!!」

「誰か!!先生呼んできて!!早く!!」


 クラスメイト達の慌てふためく声が遠くに聞こえる。体中を脂汗が這い回る感触がする。心臓の音がうるさい。呼吸が上手く出来ない。体の震えが止まらない。


 そうして私はまたゆっくりと意識を手放していく。


 レガートの笑い声が聞こえた気がした。















(後書き)

 第5話。皆仲良くトラウマ回。余談ですが、当作品内ではよく吐瀉物が出てきます。何故か。何故だ。



 「エヴァがスコップで刺されてたけど、普通に死ぬんじゃね?」という疑問を以前にいただきましたが、確か満月の晩だけはエヴァは少し力取り戻すとか、そんな設定あったような気がするなぁー、という曖昧な知識で書いたため、こんな感じになっちゃいました。ゴメンナサイ。もちろん原作は読みましたが、どうにも細かい設定とかはうろ覚えになってしまって…。



 一応当作品は、学園祭編までを予定しています。魔法世界には突入しません。原作の時系列の流れは順守しますが、展開は大幅に狂います。



 今回のサブタイはSuperflyのアルバム「Box Emotions」より、「アイデンティティの行方」です。「愛をこめて花束を」の3番Bメロ(で良いのかな?)が、どう歌おうとしても舌が回らないです。サビは歌っててスゴイ気持ち良いんですけどねー。



 ではまた次回!

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