※注意!
 本話では原作キャラが死亡いたします。そういった描写を受け付けない方は、閲覧をご遠慮ください。


 

 

 レインは旅館内を全力で走っていた。

 向かうは、近衛木乃香が居る大浴場。気高い少女がその身を犠牲にして守ろうとした、か弱い少女。

 すでに関西の手の者が入り込んでいると考えて間違いないだろう。だとすれば、一刻の猶予もならない。最悪、すでに攫われてしまっている、という可能性もあるのだ。

 

 

「クッ…!」

 

 

 レインは大浴場への廊下をひた走る。最悪の予想なんて考えるな。ただ、助けることだけを考えろと自分に言い聞かせて。

 

 間もなく大浴場に辿り着いた。更衣室を一足飛びに走り抜け、ガラス戸を勢いよく開け放つ。

 

 

「近衛っ!!」

 

 

 果たして、そこには、3人の人間。

 気を失い倒れている神楽坂明日菜。

 その傍らで死んだように眠る近衛木乃香。

 そして――――――

 

 

「ハァッ―――――!」

 

 

 刀を振り上げ斬りかかってきた、桜咲刹那。

 

 

「っ――――!落ち着いて!私!ザジ・レイニーデイ!」

 

 

 刀を振るう手を受け止めながら、刹那を直視したことで、刹那も誰であるかを理解したらしい。だが、その眼差しには疑念が色濃く残っている。

 

 

「ザジさん…本当にザジさんですか?いえ、そもそも貴方は私の、お嬢様の、敵ですか?」

 

 

 その発言に思わずしかめっ面を作る。ここに刹那が居るということは、近衛木乃香を守りきれたということなので、ある意味ではそんな表情を作れる余裕が出た証であるとも言える。

 

 

「…馬鹿なこと言ってないで。どうして私がわざわざ、クラスメイトと敵対する道を選ばなければいけないの?」

 

 

“私の役目はあくまで『静観』なんだから――――”

 

 

 自嘲気味に脳裏に浮かんだ言葉を飲み干し、刹那の腕を無理やり下げさせる。刹那は相変わらず厳しい視線を送り続けていたが、不意に人影が木製の柵を飛び越えて、刹那の真後ろに着地した。

 

 茶々丸だった。気絶している木乃香、明日菜を見た後、刹那と睨みあうレインに銃口を向ける。この場で最も異質な存在であるザジに疑いの目を向けるのは、至極当然のことであった。

 だが、それによってレインの堪忍袋がとうとう限界に達した。

 

 

「っ――――だから、こんなことやってる場合じゃない!!私は宮崎に頼まれてここに来たんだ!!桜咲!!敵はもう居ないの!?絡繰!!外の敵は放っておいていいの!?ここに攻め込まれる危険は!?結界はどうなってるの!?銃を持ってる敵は居なかった!?」

 

 

 二人が怒声に怯む。その隙にレインは刹那の脇を抜けながら、二人同時に胸倉を掴み、引き寄せた。

 

 

「一度しか言わないからよく聞きなさい?宮崎のどかが侵入していた敵に襲われた。銃弾を浴びて死にかけてる。彼女からの伝言。『木乃香を守って。クラスの皆を守って。』その言葉を聞き届けたからこそ、私はここに居る。

 ―――分かったら、今すぐ行動を開始して。これ以上彼女の流した血を無駄にするような行動は許さない。絶望も悔恨も必要無い。――――さあ速く!!」

 

 

 レインの叱咤に、茫然としていた二人が再起動を始める。刹那と茶々丸は木乃香の下に駆け寄り、周囲を再警戒し始める。同時に、携帯で通話を始めた。おそらく、旅館の外で戦うフェイトたちを呼び戻すためだろう。

 

 それを見届け、レインはそっとその場から去る。旅館の廊下の遠くの方で、バタバタと慌ただしい足音が響いてくるのが分かった。おそらく古が助けを呼んだのだろう。これでもう、何の心配も無い。

 

 ―――これ以上、自分が関わる必要は無い。

 

 不意に、去る直前に見た、血塗れののどかの安心したような微笑を思い出し、レインは唇を強く、強く噛みしめる。

 

 

「………畜生。」

 

 

 不意に、口の中に鉄の味が広がるのを感じた。

 それはまるで、自分の血ではないかのようだった。

 

 

 

#23 絶対零度

 

 

 

 旅館の周囲は、すでに警察と報道陣で一杯だった。

 旅館内で一般人が発砲され、重傷を負ったという衝撃的なニュースは、未だ昨夜の『嵐山無差別テロ事件』の不穏な空気が広がる京都中に、瞬く間に伝播した。警察関係者の発表によると、被害者は病院で治療中。どうやら体を貫いた2発の銃弾が動脈を抉ったらしく、出血が酷いとのことだった。

 

 だがこのニュースに対し、現地の報道陣は非常に落ち着いた取材活動をするのみだった。今朝嵐山で発生した、女子アナ含む取材クルー数名が無惨な死体で見つかった事件。彼女たちのあまりに凄惨な骸の噂が広まり、何処のTV局の取材陣も怯えきってしまっていたのだ。

 

 そして発生した、第3の事件。何の罪も無い少女が射殺されかけるという、とても法治国家とは思えないような事態に、日本中がますます混乱していた。

 

 だが、そんな中、ある共通点が見つかってしまった。

 

 

「…京都で起こる全ての事件に、少なからず麻帆良学園の修学旅行団体が関わっていると、官憲共が気付きよった、ちゅうことか?」

 

 

「ハイ、日本政府もこの事態を非常に重く見ているようで…。京都市街に、自衛隊の派遣を緊急決定したそうです。」

 

 

 ここは旅館の空き部屋の一つ。千草は旅館到着後すぐにこの部屋(空いてることは調査済み)に入り、人除けの結界を張った。そして千雨一味とフェイトたちを招き入れ、今後の方針を話し合うことにしたのである。

 

 だが現在この部屋には、事の顛末を報告する栞と千草以外は居ない。

 

 

「…現在、世間の目が麻帆良学園に向いており、学園側は対応に追われているそうです…。当然修学旅行は中止、明朝、自衛隊付き添いの下、麻帆良に“送還”されることになりました。」

 

 

「ま、当然の成り行きやな。明日には魔法世界も含め、全世界からの注目が集まることになる。…ああもう…麻帆良のことなんてどうでもええんやけどな、ウチが京都(ココ)に居るんがバレるんはちと不味いなぁ…。」

 

 千草は顔をしかめ、苛立たしげに髪を掻き毟る。これはすでに日本内部の勢力争いに留まらない、魔法界全体の秘匿に関わる問題になってしまったのだ。

 おそらく明日には、本国からの査察が入るだろう。別に罪状を全て押しつけられるのは構わないが、逃げ場を失うのはさすがに勘弁だ。

 

 千草が不機嫌なまま煙草を口に咥え、火を点けようとすると、部屋のドアが2回打ち鳴らされる。少し間を置いて、さらに2回。すると、カチャリと鍵が開く音がし、扉が開いた。

 

 

「お帰りやす。身代わりはちゃんと展開したか?」

 

 

「天井裏から確認した限りでは、間違いなく。効果は保つのでござろうな?」

 

 

「ウチを誰やと思うてはるんどすか?そんな粗相犯しまへん。」

 

 

 部屋に入ってきたのは、楓、真名、刹那、そしてフェイト達だ。楓たちは大広間に集合させられている生徒たちの中に、自分たちの身代わりを紛れ込ませるため、そしてフェイト達は情報収集のために動いていた。

 

 

「…この身代わり符が出立前にあれば良かったんだがな…。」

 

 

 真名の呟きに楓も悔しげな表情を浮かべる。もし身代わりを用意出来ていれば、こんな馬鹿げた事態を止められたかもしれない、その悔恨でいっぱいだった。

 

 

「で、フェイトはん、首尾はどうや?」

 

 

 そんな真名たちの心境を無視して、千草は部屋に入るフェイトに視線を向ける。

 

 

「今現在、警察の現場検証と事情聴取が進められている。教師陣とゲームの参加者全員。チグサが言ってた通り、オコジョ妖精と朝倉和美から術式残留物の反応が出た。君が使ってる洗脳術式と同じのが。…共犯の朝倉和美については、現在精神的ショックでまともに話せないみたいだけど。」

 

 

 フェイトが淡々と告げ、千草もさほど興味なさげに煙草を吸う。その様子を見てか、楓が耐え切れなくなったかのように口を挟んだ。

 

 

「お主等にとってはどうでも良いことかもしれないが、拙者たちは仲間を一人傷つけられている。今夜の凶行が関西の手の者の仕業で、お主等が裏切ったことでこのような手に走ったならば、無関係では済まさないでござるよ?」

 

 

 口調を荒げ、苦無を構えて千草たちを睨む。真名も厳しい視線を向けているが、やはり千草は気にした様子は無く、灰皿に煙草の灰を落としている。見かねてフォローを入れたのはフェイトだった。

 

 

「ミヤザキノドカの方は、何とか一命は取り留めそうだよ?4発中当たったのが2発で済んでよかったね。もし後1発でも掠ってたら致命的だったかもしれない。」

 

 

 暗に千草に八つ当たりするな、と仄めかされ、楓は渋々苦無を降ろす。千草はそれを一瞥すると、わざとらしく呟いた。

 

 

「…あの奏者は、引きこもりっぱなしか?」

 

 

 その言葉に、楓と真名がビクッと体を震わせた。それだけで答えが分かってしまい、千草は失言だった(・・・・・)と眉をしかめた。

 

 

「…少し、情報収集に行ってくるでござる。」

 

 

 そう言って楓は部屋を出ていく。後ろに居た調は、振り返った一瞬に、楓のやり場の無い怒りと無念を湛えた瞳が溢れだしそうになっているのを見て、いたたまれない気持ちになる。真名もそんな楓の心情を察してか、黙って彼女の後に着いて出ていった。

 

 

「…どうして、こんなことになっちゃったんでしょうね…。」

 

 

 楓たちが出ていってから、栞がか細い声で呟く。それが修学旅行を楽しみにしてやってきた少女たちに向けられた言葉なのか、それとも文字通り盾となって凶弾に襲われた一人の少女に向けられたものなのか。千草はそれを、後者と取ったようだった。

 

 

「あの嬢ちゃんは己の仕事を果たした。嬢ちゃんが自分の身ィよりも、近衛木乃香と他のクラスメイトを守ることを優先したんは、あんさんも聞いてるやろ?」

 

 

「…ハイ。」

 

 

「なら褒めたり。それが最高の手向けになる。」

 

 

 そう言って吸い終えた煙草を捨て、2本目を取り出した。

 すると、千草の携帯電話がメールの受信を告げる。千草は携帯を掴むと、おもむろにフェイトに投げ渡した。煙草を優先させたいらしく、代わりにフェイトが出ろということらしい。投げ渡されたフェイトは不承不承といった感じで携帯を開いた。

 

 

「…チグサ。京都駅周辺を見張っている、君の協力者からだ。どうやら、関東の手の者が数名、京都入りしたらしい。」

 

 

「…十中八九、親書の“回収”やろな。これ以上は、あの世間知らずのお坊ちゃんにはキツ過ぎる、っちゅうことやろ。あわよくばネギ・スプリングフィールドも、ってトコか。フン、あの狒狒爺め、日和りよったか。」

 

 

 煙草に火を点ける手を止め、千草が悪態をつく。その姿を見ながら、調が恐る恐るといった感じで口を挟んだ。

 

 

「…あの…、このタイミングで関東が親書を回収しに来たってことが、関西にバレたら、不味いんじゃないですか…?」

 

 

「不味いも何も、京都(ココ)はアイツ等の庭先や。こないな情報、ウチ等より速う掴んどるやろ。

 ―――――ああ、アンタの想像通りや、調はん。間違いなく今夜、もう一波乱ある。そしてそれがおそらく、最後の狂乱や。今までで一番ど派手な、な。」

 

 

 栞、調が、はっきりと表情を強張らせる。その横でフェイトが、おもむろに口を開いた。

 

 

「…さっき、彼女たちには伝えてなかったんだけど。」

 

 

 千草が煙草を持つ手を止め、フェイトの方を見る。

 

 

「警察が調べた限り、ミヤザキノドカを撃った犯人の形跡は一切残ってないらしい。一切、だ。床一面血塗れで、足の踏み場も無かったのに、残っている足跡は、現場に駆け付けた2人のクラスメイトと教師のものだけだったそうだよ。ただ―――」

 

 

 一瞬何かを言い淀んでから、結局口を閉ざした。千草も考えこむような表情になる。

 

 

「…お二人さん、今夜の襲撃事件をどう思う?」

 

 

 千草から何かを問われるというのが初めてだった二人は、一瞬キョトンとするも、すぐに顔を見合わせた。数秒の後、躊躇いがちに口を開いたのは、調だった。

 

 

「えっと、その…今夜のことだけに限って言うなら…。何て言うか、その、ま、回りくどいやり方だなー、って…、思ったり…。」

 

 

 調の後ろでは、栞が首をコクコクと動かしている。

 

 

「その通り。あまりにも回りくどい。いちいち生徒捕まえて洗脳して、旅館内でドンチャンさせる必要は無い。むしろその生徒を人質にした方がよっぽど有効や。なのに、そんな方法を選択した理由は…。」

 

 

 栞と調は再度顔を見合わせ、二人で知恵を絞り始めた。フェイトも手を顎に当て、考える仕草を取っている。千草はライターを手に取り、煙草に火を点け、口に咥えた。

 

 

「………不味い。」

 

 

 煙を吐き出しながら不機嫌そうに千草が呟く。1日2箱消費するヘビースモーカーの千草が不味いと言い切ったことに、フェイトたちは少なからず驚いていた。吸いかけの煙草を躊躇い無く灰皿に捨て、千草は立ち上がり、3人の方を向いた。

 

 

「栞はん。環はんに伝えとき。おそらく今夜がヤマや。しっかり準備しとけ、と。アンタ等も入念に準備しとき。調はんはどっかで車調達して来い。出来るだけデカイのを。フェイトはんは小太郎に、ウチの所来るように言え。」

 

 

「わっ…分かりました!」

 

 

 突如下された命令に、栞と調は素早く反応する。二人が部屋を出た後、フェイトが千草に尋ねた。

 

 

「…チグサはどうするの?」

 

 

 千草は傍らのバッグからペンダントと数枚の符を取り出し、ドアに向かって歩み出した。

 

 

「ちょいと、答え合わせに。」

 

 

 その顔はすでに、悪魔の策謀と恐れられた冷徹なテロリストの顔だった。

 

 

 

 

 

 

 暗い部屋の中。響く音は、窓の外のサイレンと、詰めかけた報道陣のざわめきのみ。カーテンの隙間から漏れる、弱弱しい月の光だけが、ほんのりと部屋の一部を照らしている。

 

 そんな微弱な光から逃げるように、彼女は片膝を立てて座っていた。じっと、身じろぎ一つすることなく、ただ部屋の闇を見つめていた。まるで部屋の闇と同化しているかのような彼女だったが、不意にその眉がピクリと動く。その手が懐の拳銃に伸びようとして、途中で止まった。

 間もなく、部屋の扉を小さく叩く音が聞こえてきた。彼女―――長谷川千雨は、じっと座ったまま動こうとしない。

 

 

「………千雨。」

 

 

 扉の向こうから、微かな声が届く。千雨の聴力だからこそ聞こえるほどの小さな声。

 

 

「…多分開けてもらえないと思うから、この場で喋る。………宮崎のどかを、助けられなくて、…ゴメン。」

 

 

 悔やんでも悔やみきれない、そんな感情を乗せた言葉に、千雨は耳を塞ぎたくなる。

 止めてくれ。お前が謝ることじゃない。お前は悪くない。悪いのは、悪いのは私だ。のどかを死地に誘って、追いやって、見殺しにしたんだ。

 

 そう。悪いのは、私と―――――

 

 

「…千雨。“約束”、覚えてる?」

 

 

 その言葉に、千雨の脳が震えた。思い起こされるのは、入学式の日の―――

 

 

『―――私は貴方のこと、千雨って呼ぶ。だから―――』

 

 

 何と、何と言っていたのだったか。続きが思い出せない。昨日までは覚えていたはずだったのに。何故か、思い出せない。

 

 

「…千雨は結局、約束を破った。…いや。破るしか、なかったんだよね。そんなこと分かってる。」

 

 

 扉の向こうで述懐は続く。惜しむように、悔やむように。

 

 

「分かってるのに、私は…。宮崎のどかを、許せなかった。約束を破る原因を作った彼女を。そして―――妬ましかった。誰よりも貴方の近くに居る、誰よりも貴方を理解する、彼女が。」

 

 

 妬み。そう聞いた瞬間、千雨の胸にすっと落ちる物を感じた。自分の親友のことを、彼女がどう思っていたのか。あの仮契約の夜から、胸に燻り続けていた疑問の火が、静かに消えていった。

 

 

「…血まみれの彼女を見た時、一瞬思ったの。『もしここで彼女を見捨てれば』って。…馬鹿げてるよね。何の力も無いのに、守るべきものを守るために戦った彼女を、力があるのに、何もしようとしなかった私が僻むなんて。」

 

 

 血を吐くような懺悔。悔恨に満ちた自虐。扉の向こうに居る彼女は、いったい今どんな表情を浮かべているのだろう。

 

 

「だから、」

 

 

 声の調子が変わる。祈るような、縋るような声。それだけで、千雨は扉向こうの彼女が何を言いたいのか察した。

 

 

「だから千雨、自暴自棄にならないで。宮崎のどかの思いを、これ以上踏み躙らないであげて。千雨が自分の身を蔑ろにするようなことを、彼女は望んでないはずだよ?」

 

 

 懇願する声が千雨の鼓膜と心を揺らす。千雨の口から、小さく歯軋りがこぼれた。それっきり、扉の向こうから声は聞こえなくなった。

 

 

「…ゴメンな、レイン。それと、のどか。」

 

 

 誰に向けたものでも無い空虚な言葉は、シャボン玉のように散っていく。

 すでにレインの気配は無くなっていた。話すべきことを話し終えたからか、それとも、今この部屋に近付いて来る新たな気配を察したからか。

 

 気配はどんどん近くなり、やがて乱暴にドアが開け放たれる音がした。

 

 

 

「お邪魔しますえ?何や、こない薄暗い部屋に閉じこもりくさって。―――ああ、無言で銃向けるんも止めてもらえます?せっかくアンタの役に立ちそうなモン持ってきたんやから。」

 

 

 ずかずかと部屋の中に入ってきた千草は、入るなり銃口を向けてきた千雨を軽く牽制する。その手には、先ほど部屋を出る時に取り出した、ネックレスと数枚の符。

 

 

「―――さて、それじゃ、情報交換といきまひょか?」

 

 

 千雨の目の前に胡坐をかく千草を、千雨は顔を上げて睨みつける。

 暗く、煮え滾るような瞳で。

 

 

 

 

 

 

「ううっ…っ…ぐすっ……。」

 

 

「ネギ……。」

 

 

 旅館内の宴会場。事件後に宿泊者たちはここに集められた。誰も彼も不安そうな表情を浮かべる中で、明日菜は部屋の片隅で泣き濡れるネギを慰めていた。

 

 

「僕がっ…僕が、いけないんです…。ちゃんと、み、皆を、止められて、いたら、こんな、こ、ことには、うっ、うぁぁぁぁぁ…!!」

 

 

 泣き崩れるネギを明日菜は優しく抱き止め、そっと背中を撫でる。3−Aの生徒からも、すすり泣く声が聞こえてきた。その中には、木乃香の姿もある。

 特に夕映とハルナは酷い。二人とも絶望に満ちた表情で、一言も喋ることなく、ただただ座り尽くしていた。

 

 

「明日菜さん。頭部の御怪我はもう大丈夫ですか?」

 

 

 後ろからかけられた声に振り向く。茶々丸だった。機械的な茶々丸の表情は、今は

沈痛な悲しみに満ちている。

 

 

「…うん、大丈夫。でも…。」

 

 

 そこで明日菜の言葉が切れ、俯き、ぐっと唇を噛みしめた。ネギは茶々丸が来たことにも気付いていないのか、変わらず明日菜の胸の中で嗚咽をこぼし続けている。

 

 

「…ねぇ、絡繰さん?」

 

 

 俯いたままの明日菜が、茶々丸に呼び掛ける。表情は窺えないが、いつもの彼女からはかけ離れた、暗く、静かな声だった。何かを察した茶々丸が、素早く遮音結界を張った。

 

 

「私たちは…何のために戦ってるの?関東と関西の融和って何なの?何で木乃香が狙われなくちゃならないの?何で無関係な本屋ちゃんが殺されそうにならなきゃいけないの?こんなたくさんの人が傷ついて…巻き込まれて…。魔力だとか、権力だとか、そんなにも大切なものなの!?人の命以上に大切なものなの!?」

 

 

 俯いたまま責め立てる明日菜に、茶々丸は反論の言葉を用意出来なかった。

 

 

「私たちが親書を渡さなければいいの!?木乃香を大人しく渡せっての!?そうじゃないと、これからも犠牲者が増え続けるの!?ふざけないでよ!!親書渡して済むなら、いくらでもくれてやるわよ!!でも、木乃香を渡すわけないでしょ!?そんなこと、分かりきってるでしょ!?それなのに、何で私たちを襲わずに、無関係な人を狙うのよ!?なんで、何でそんなことが出来るの!?何でっ―――――!」

 

 

 そこで不意に言葉が切れ、代わりに、明日菜の体がさらに深く俯き、不自然に小刻みに震え始めた。茶々丸はわざと目を逸らし、見ないようにした。

 

 

「茶々丸殿。」

 

 

 後ろから声をかけてきたのは楓だった。一瞬明日菜の方を一瞥した後、すぐに視線を茶々丸に移す。

 

 

「首尾はどうですか、楓さん?」

 

 

「目ぼしい情報は今のところ無い。どうやら天ヶ崎千草は、まだ何か隠しているようでござるな。…それと、千雨殿も、相変わらず。…茶々丸殿は、エヴァ殿にはもう連絡したのでござろう?何と言っておられた?」

 

 

「『こんな下らない諍い事で、これ以上犠牲を出すな』と。」

 

 

「全く同意でござるな。ところで桜咲殿は?」

 

 

「旅館の外で見張りを。あくまで彼女は修学旅行の欠席者ですので。」

 

 

 嗚咽をこぼすネギたちから少し距離を取り、未だ暗い雰囲気の輪の中で、遮音結界を張り続けながら喋り合う。と、ここで楓は、茶々丸の様子が何やらおかしいことに気付いた。どこかせわしなく、落ち着かない様子で、まるで何かに焦っているようだった。

 

 そこで、適当にカマをかけてみることにした。

 

 

「…エヴァ殿から何を言われたでござるか?」

 

 

 楓の発言に、茶々丸の動きがぴたりと止まる。当たらずとも遠からずでござるか、と楓はなんとなく思った。

 

 

「いや、個人的なことなら別に構わないでござるよ?ただ、麻帆良で何か動きがあったとか、そういったことなら―――」

 

 

「―――――いえ。この修学旅行の、全体に関わることでした。」

 

 

 今度は楓の動きが止まる番だった。当てるべからざる大当たりを引いてしまった、そんな顔を浮かべて。

 数秒の逡巡の後、茶々丸は意を決して、楓の耳元に口を近づけた。

 見る見る内に楓の顔色が変わる。そして、茶々丸の話が終わらぬ内に、怒りのままに彼女の胸元を掴み上げた。

 

 

「何の根拠がっ…!!」

 

 

「何もありません。ですがそう考えれば、全てに合点がいく、というだけです。ちょうど、千雨さんが3−Aの真実に行き当たったのと同じように。」

 

 

 ギリ、という歯軋りの音が楓の口から漏れる。目を見開き、茶々丸をさらにきつく締めあげた。茶々丸も表情を怒りに染めていく。

 

 

「そこまで否定されるのなら、マスターに電話してみてはいかがですか?いえ、しなくても分かっているはずです。今回の事態は有り得ないことだと。今私たちがすべきことは――――?」

 

 

 不意に言葉が途切れた。そして楓も気が付く。

 おかしい。自分たちが張っていたのは遮音結界だけのはず。なのに―――理由が分からないとはいえ、掴みあいの喧嘩を止めない理由は無い。

 

 なのに―――どうしてこんなに静かなのか?

 

 違和感に体が反応するより速く、二人の視界が大きく揺らいだ。

 

 

「ぐぅっ―――――!?」

 

 

「しまっ…た…―――――!!」

 

 

 畳の床に膝を付き、そのまま倒れ込む。指一本動かすことすら億劫になるほどの、強烈な眠気。抗うことを許さぬ睡魔の波が、あっという間に二人の脳を埋め尽くしていった。

 

 

「…のどか…殿…、済まな…。」

 

 

 瞼を閉じる直前、楓が呟く。果たしてその言葉は、彼女の敵を討つ事が出来なくなったことを悔むものだったのか。

 それとも、この後の惨劇を夢想し、嘆くものだったのか。

 自分でも分からぬまま、楓の意識は途絶えていった。

 

 

 

 ―――この一時間後、新たな事件が発覚する。

 警察官約50名。報道陣約200名。宿泊者・関係者約250名。

 旅館周辺に居た人間全てが、一時的に意識を失った。

 後にこれは謎のガス漏れと判断されたが、そんな瑣事は誰も気にしなかった。

 

 このガス漏れで意識を奪われていた時間は、およそ一時間。その間に、麻帆良学園からの修学旅行生、およそ120名が、忽然と姿を消した。人で溢れかえる旅館から、100人を超す人間が、誰にも気付かれることなく消えた。

 

 後に、京都修学旅行生大量失踪事件と名付けられるこの事件。

 京都を巡る一連の騒動の、最後の事件の引き金となる事件であった。

 

 

 

 

 

 

「…ったく、関西の連中も無茶しよんなぁ…。」

 

 

 千草は先ほどまで自分たちが居た旅館を、離れたビルの屋上から遠巻きに眺めている。口の端は嫌らしく釣り上がっており、この状況を楽しんでいるかのようであった。

 事実、彼女は旅館が催眠ガスで埋め尽くされる前に旅館を脱出し、眠った生徒たちを関西の術者たちが次々に運び出すのを見ていただけである。

 

 

「にしても、相変わらず効率悪い術式使うとるなぁ。大人数型転移術式なんて、ついこないだウチがバージョン4作ったばっかやのに。ま、向こうも歴史と矜持っちゅうモンがあるんやろけどな。」

 

 

 すると、千草の居る屋上の扉が開いた音がした。千草は一瞥もくれず、口元を軽く引き締めた。

 

 

「なんや千草姉ちゃん、こないな所に呼び出して?かなりヤバい状況ちゃうんかいな?」

 

 

 何処となく不満気な小太郎だったが、千草は振り向かない。

 

 

「ん、ちょっとウチ、今から独り言喋るから、聞いてもらおうと思うてな。」

 

 

「はぁ?」

 

 

 訳が分からない、と言わんばかりの小太郎の表情は至極当然のものであるが、千草は意に介した様子も、また振り向く様子も一切無い。そして、千草は淡々と独り言を話し始めた。

 

 

 

「昨日の嵐山の宿で、月詠はんが乱入してきたやろ?ウチが関西の爺共の情報渡そうとした正にその時に、都合よう。せやから、月詠はんはウチらが裏切った時の始末番を任されてるんやと考えた。まぁ、それは間違ってないやろ。」

 

 

「せやけどおかしいなぁ?月詠はんが始末番やったとして、月詠はんはどうやってウチらが裏切ろうとしてたことを知ったんやろか?ウチらと一緒に行動してたんならともかく、あの日、ウチらのアジトから脱走した月詠はんが、どうやってウチらの会話を聞いたんやろか?」

 

 

「近くに居た?その可能性は高いやろな。けど、その場に居ったっちゅう“耳のええ人”にさっき話聞いてみたけど、月詠はんは近くには居らんかったそうや。アイツの気配は本当に突然、ウチらが話し始めようとした途端に、数百メートル先に現れたと。…つまり、ウチらが裏切ろうとした正にその瞬間、転移してきたっちゅうわけやな。」

 

 

「ほな後考えられるんは――――あの場に居た誰かが呼び寄せた、という場合。」

 

 

「せやけど、あのキチガイ呼んでメリット有るやつなんて誰もおらへん。あれは生粋の狂戦士(バーサーカー)。メリットよりもデメリットの方が高く付く。」

 

 

「では逆に―――デメリットが無い(・・・・・・・・)、と考えたら?」

 

 

「あの場で月詠はんを呼んで、デメリットを一番少なく抑えられたんは―――誰や?」

 

 

「まず真っ先に切り捨てるべきは、麻帆良組。アイツ等はデメリット以前に、そもそも月詠はんの存在を知らんかった。」

 

 

「近衛木乃香は?有り得ん。誘拐する対象にわざわざ虫くっつける余裕があるんやったら、その場で誘拐すればええ話やろ。」

 

 

「そうなると、残すはウチらだけや。そしてウチは違う。何でそないな面倒な真似せんとアカンねん。」

 

 

「フェイトはんも違う。フェイトはんが内通しとるんやったら、その場でウチを殺せば済む話や。栞はんも、フェイトはんを裏切ることはせぇへんやろ。」

 

 

「人質の仲居?問題外や。」

 

 

「となると、残すは。」

 

 

 そこで初めて、千草は小太郎の方を向く。凄惨な、酷薄な笑みを浮かべて。

 そして、その笑顔を向けられるまでもなく、小太郎の顔は土気色になっていた。

 

 

「なぁ小太郎はん?あの夜、何故か月詠の攻撃を受けてへんかった小太郎はん?あの場に居たウチの仲間の中で、気絶して一番無防備であったにも関わらず、狙われもせんかった小太郎はん?月詠はんがアジトから脱出するために最適の条件―――ウチとフェイトはんが同時に居らんくなる時に、アジト内に居った小太郎はん?月詠はんが閉じ込められとった部屋の壁がぶち抜かれたっちゅうのに、その犬耳をもってして、その音に気付かなかったっちゅう小太郎はん?」

 

 

 小太郎の口から漏れるのは、う、あ、と言葉の様相を呈していない音だけ。その雑音すらも、カチカチと打ち震える歯がほとんど遮り、蚊の鳴くような音に成り果てていた。

 

 そんな怯える子犬を目の前に、千草は容赦なく核心を突いた。

 

 

 

 

「教えておくれやす―――アンタの学ランに仕込んである盗聴器は、どこに繋がっとる?」

 

 

 

 

「―――――――――ッッ!!」

 

 

 小太郎は千草に背を向け、走りだした。

 逃げ切れる。ビルからビルへ、跳んで逃げれば、そうそう追いつけるものではない。少なくとも、自慢の脚力と身軽さがあれば、千草の警戒網をすり抜けて、本山へ辿り着くことなど容易だ。小太郎はそう確信していた。

 

 

 ―――――だが。

 例えどれだけ足が速いことが自慢であろうとも。

 

 

 銃弾以上に速く動くことなど、生物には不可能だ。

 

 

 ズダダダダダダダダダ、という、連続して響く破裂音。

 銃弾の雨が、空を裂き、コンクリートを砕く。

 

 

「ッあ――――ガッ、アアアアああァぁァ!!?」

 

 

 ―――そして、一歩目を踏み出した、小太郎の右足首を容赦なく吹き飛ばした。

 

 

 立ち支える足を失い、小太郎は無様に転倒する。足から伝わる激痛に、顔を歪ませながら、なおも逃げよう、生きようともがく。

 

 だが、顔を上げた小太郎の網膜に映りこんだのは、そんな儚い希望すら微塵に砕く、悪夢のような光景。

 

 真正面に、軽機関銃を構えた天ヶ崎千草が立っている。

 それも、二人。一人は鉄柵に体をもたせ掛け、もう一人は屋上の扉に寄りかかっている。

 

 理解が及ばず、目をそらした方向は、自身を襲った銃弾の飛来してきた方向。

 

 そしてそこにも、天ヶ崎千草が居た。

 

 

「さて、犬上小太郎。」

 

 

 真後ろから聞こえてきた天ヶ崎千草の声に、無理やり現実に引き戻される。最早絶望しか見えない、夜の帳よりなお暗い現実へと。

 

 

「アンタは関西の爺共に唆されて、わざとウチの目に留まるよう振舞い、まんまとウチらの仲間になって、スパイの真似事をしとった。任務は天ヶ崎千草の行動の報告。アンタから伝えられる情報によって、爺共が月詠はんを使っとったっちゅうわけやな。」

 

 

 語りながら、千草は6枚の符を後ろに投げる。符は白い煙を立てて、天ヶ崎千草の分身を形作った。その全員が、軽機関銃を持っている。

 

 

「ま、アンタがそういう事しとるっちゅうんは、昨日の内に薄々勘付いとったんやけどな。別に月詠はん呼ばれても、フェイトはんが居れば事足りるしな。何より、麻帆良組の護衛のレベルの高さや。ウチらに任せんことには、どうにも掻い潜れへんと思い直したんやろ。」

 

 

 ゆっくりとした足取りで、9人の千草が、倒れ伏せる小太郎に近付いていく。

 

 

「で、今晩、その護衛のほとんどが居なくなる隙を狙って、大量の人員を送り込んだ、っちゅうわけか。舐められたモンやなぁ?ウチがもう一枚、旅館全体に防御結界張っとった事も気付かんと。サウザンドマスタークラスの魔力でぶち抜かな破れへん、ウチの最高傑作やで?侵入する隙なんざあるかいな。」

 

 

 真っ先に近付いた千草の一人が、小太郎の襟を掴み、乱暴に引っ張り倒した。

 

 

「けどまぁ、これ以上舐めた真似されるんもうざったいし。いい加減そろそろ、落とし前付けとかんとなぁ?」

 

 

 仰向けにされた小太郎の瞳に映るのは、9対の眼と銃口をこちらに向ける、9人の千草。そしてその奥で、背を向けたまま、片手で煙草の箱を弄ぶ1人の千草。

 

 

「何か言いたいことあるんやったら、聞いてあげますえ?助けてでも死にたくないでも、何でも聞き届けたる。ホレ、何か喋りぃ。」

 

 

 その言葉に、小太郎は必死で口を開こうとする。自分を見下ろす9人の眼から逃れるように、自らに背を向ける1人に視線を向ける。

 

 

「わ、ワイ、を―――」

 

 

 逆しまに映る世界と、足から伝わる激痛に、現実感が急速に薄れていく。羽を捥がれた蝶のように、必死に、されど無様にもがいている。

 

 

「ワイを、雇ったんは、おどれの依頼主やない―――関西呪術協会の長、近衛詠春や!おどれの動向を見張っとけって、それが、あの人の――――」

 

 

「撃て。」

 

 

 9つの銃口が一斉に火を吹いた。

 

 

 劈くような音が響き渡る。亡者の慟哭を連想させるような、無慈悲な合奏(アンサンブル)。一人の少年の断末魔すら、容赦なく掻き消していく。

 それを後ろに聞きながら、千草は煙草を一本咥え、火を点けて煙を吸い、満足気な笑みを浮かべた。

 

 

 

「美味い。」

 

 

 

 

 

 

 銃声が止んだのは数分後、分身が一斉に消え、軽機関銃が派手な音を立てて血だまりの上に転がった。

 同時に、屋上の扉が開き、しかめっ面のフェイトが血だまりを飛び越えて千草に近付いてきた。

 

 

「…酷い臭いだね。」

 

 

「煙草吸うか?」

 

 

 千草のからかいには答えることなく、彼女の隣に立った。

 

 

「裏が取れたよ。近衛詠春は2週間前から山を降りていない。要人との会合も全部キャンセルしているそうだ。」

 

 

「…となると、少なくとも2週間前には、近衛詠春は殺られとるやろな。ハッ、何が関西の長に頼まれた、や。顔も知らんと、適当な嘘に騙されよってからに。」

 

 

 千草の侮蔑に何かを察したのか、フェイトは後ろの血だまりを振り返り、そして再度顔を顰める。

 そこに残っているのは、かつて犬上小太郎と呼ばれていた少年の首と、離れた所に転がる足首だけ。9丁の軽機関銃による一斉掃射を、頭部以外の全身にくらい、最初に千切れた足首以外は影も形も残っていない。それを仰向けのまま喰らうことになる恐怖など、想像したくもない。

 

 

「ふむ、ウチの見立てが甘かったようやな。あの爺共は現長の失脚(クーデター)を目論んどったんやない。現長を殺害してからがスタート地点、戦力を整えて関東に侵攻するつもりやったんやな。」

 

 

 当初の千草の予想を大きく上回る、依頼主たちの行動。彼らはわざと後戻り出来ない状況に自らを追い込み、その上で憎き関東に報いるための計画を練った。千草は、権力に固執した妄執深き老害と断じた彼らの、萎びた掌の上で踊っていたに過ぎない。

 

 

 千草には、それが愉快でたまらなかった。

 

 

「カカカ―――やるやないけ爺共。老害言うたんは撤回したるわ。

 ―――ええなぁ、こう、人の正気を疑う策っちゅうんは。見ててゾクゾクしてくるわ。」

 

 

 そう嘯きながら、彼らが最後の詰めを行っているであろう本山の方を見る。何かが見えるわけではないが、俄然興味が湧いてきていた。倫理も秘匿も一切捨て去り、一体どのような手段で関東に歯向かおうというのか、何をしでかそうというのか、それを見届けないことには、とても京都を離れる気にはならなくなっていた。

 

 

「ほな行こかフェイトはん。早よ行かんと終わってまうで?」

 

 

「別に僕は構わないけどね。そんなことより、彼のことはどう説明するつもり?多分調たちは納得しないよ?」

 

 

「ほんなら、ウチより速く気付いて逃がしとったら良かっただけの話やろ。自分らの不手際棚に上げて責められても知りませんえ?

 まぁもっとも―――――」

 

 

 千草は転がったままの小太郎の頭部に、一瞥すらくれることなく一枚の符を投げ捨てる。途端に小太郎の頭部が紅蓮の炎に包まれた。炎は一瞬で燃え尽き、後には黒い焦げ跡が燻るのみだった。千草はその上に煙草を捨て、ぐりぐりと踏み躙る。

 

 

「ウチが手ぇ下さんでも、あの怪物女がどうにかしとったと思うけどな?―――旅館でも部屋に引きこもって、情報収集に明けくれとったみたいやし?」

 

 

 フェイトは疲れたように息を一つ吐く。

 

 

「…やっぱり、出発は調たちへの説明の後にしよう。万が一にも、今の彼女の眼前には立ちたくない。」

 

 

「…それもそやな。もうそろそろ、あの女に渡した魔法解除符も効いてきとるはずやし。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――関西呪術協会本山。

 旅館から拉致してきた麻帆良学園の生徒たちは、現在本山の離れにある倉庫に詰め込まれている。伝え聞いた話では、関東侵攻の際の人質に使うらしい。

 現在およそ百数十人の人質が眠るこの倉庫を見張るのは、数名の若い術者たちであった。不満を持つ者、期待する者、反応は様々だが、一応は幹部から言い渡された仕事に粛々と従っていた。

 

 ―――――それが、命取りだった。

 

 

 ―――コンコン、と、倉庫の内側から戸を叩く音が聞こえる。

 

 

 門番の男は、先ほど中に入った巡回役が、見回りを終えて出てくるものと思い込み、鍵を開け、引き戸を開いた。

 

 ―――途端、真横から手が伸び、男を引っ張り寄せた。声を出す間もなく口を塞がれ、同時に後頭部に固い物が押しつけられる。

 

 それが銃口だと分かる前に、音も無く銃弾が貫く。声すら出せぬまま男は死んだ。そして彼を亡き者にした張本人は、戸口から銃口だけを出し、連続で引き金を引いた。やはり音は無い。しかし外からは、複数の人間が倒れる音が響いた。魔弾の射手は腕を扉の中に戻し、手早く銃弾を補充する。

 

 

「なっ、どうし―――――」

 

 

 そしてすぐさま、残った者を始末する。全員頭部狙い、一発たりとも弾を無駄にすることはしない。

 銃弾が開け放たれた扉から放たれた物だと気付かれるより速く、事は終わった。月明かりが何の前触れもなく死んでいった骸を照らす。

 

 

「…フン、こんなもんか。」

 

 

 惨劇の立役者―――長谷川千雨が、悠々と扉から出る。手近に横たわる死体をわざと踏みつけながら、本殿の方を睨みつける。

 

 

「…散々私たちの踏み躙り、関係無い人間を巻き込み、挙句親友を殺しかけた。」

 

 

 憤怒と呼ぶのも生易しい、目を背けたくなるほど濃密な殺意が、千雨から溢れだす。煮え滾るマグマが、火山の中で出口を求めて荒れ狂っているかのように。

 

 

「…いい加減、我慢の限界なんだよ。いつまでもこっちが大人しくしてると思ってんじゃねぇぞ―――」

 

 

 死体の頭を蹴り飛ばし、サックスを一回転させながら、本殿に向かい歩き出す。

 

 

 

 

 

 

「―――――――皆殺しだ。」

 

 

 

 

 

 

 ここに、最悪の怪物(フリークス)が、最悪の状態で解き放たれた。

 

 

 

 

 

 

 ―――――最後の夜、惨劇の夜が、幕を開けた。

 

 

 

 


(後書き:今回はすごく長いよ!)

 ヒャッハー!最新話だァーーー!!な23話。今話のラストを書いてて魚雷ガールを思い出した回。文字通りおふざけは許さねぇー状態です。

 

 そして小太郎君裏切り&死亡。間違いなく皆さんの興味はコレに集中していることと思いますので、詳しく解説をば。

 

 以前にじファンでの連載中に、「作中に謎(ヒント)がある」と仄めかしましたが、今回のコレが答えです。すなわち、「誰が千草の裏切りを伝えたのか?」

 

 月詠が雇い主(=自分の主人)を裏切った千草を始末しに現れたなら、その情報が雇い主に伝わっていなければおかしいはず。だが、どうしてその情報が伝わったのか?

 

 方法に関しては、もし盗聴用術式とかなら、千草ないしフェイトが魔力で感知出来ます。なので必然的に機械式になると判断出来ます。

 一番の問題は「誰」。ここは描写通り消去法です。あの場に居て千草たちの味方であり、一番無防備であるにも関わらず、無傷で済んでいるのは一人、すなわち小太郎だけです。小太郎が千草に拾われたのも、狙ってやったこと。千草が選んで拾ったということで、スパイである可能性を極力低くしようとしました。

 

 「ネギか明日菜に付けておくという考えは有り得ないのか?」と言われるかもしれませんが、そもそも千草たちと接触するかどうかが分からないので、関西側が仕込むのを避けています。仕込もうと思えば出来たでしょうけど。主に1日目の旅館に入る前とか。

 

 決め手になったのは、千雨から得た情報です。月詠が現れたのは突然であるという情報から、月詠がずっと自分たちを見張っていた、という線は無くなり、さらに「小太郎の第2ボタン辺りから聞こえる機械音」という情報を得て、確信に変えています。それ以外の情報も交換しているわけですが、それは追々。

 

 …さて、納得していただけたでしょうか?多分ツッコンだらキリが無いかもしれませんが、私の頭ではこういう道筋で考えるのが精一杯でした。

 

 兎にも角にも、小太郎ファンの方々には大変申し訳ありません。犬上小太郎という原作上のキーパーソンの一人を、当作品での天ヶ崎千草のイメージと作風を支えるための礎としてしまいました。謹んでお詫び申し上げます。正直なことを言えば、この作品のプロットを考えるに当たって、小太郎というキャラが要らなくなってしまったのです。しかし修学旅行編で出さないと不自然になってしまうというジレンマに陥ってしまい、結果、幹部たちの嘘に騙され、挙句無惨に殺されるスパイという、魅力の欠片も無い役にしてしまいました。批難の声は覚悟しています。

 

 …ですがもう一つ懺悔させていただくと、この修学旅行編で、作者の犠牲にならなければならない人物がまだ存在します。近いうちに明らかになるとは思いますが、こちらも批難が続出する物と思われます。

 

 こんな作品ですが、私自身こんな救いの無い展開で終わらせる気は全くありません。絶対にハッピーエンドにしてみせます。今話と次回以降の問題話を読み、愛想を尽かされなかったのであれば、どうか最後までお付き合いいただきたいと思っております。

 

 最後に補足。今作のザジは主人公的性格に魔改造してます。3章以降でメッチャカッコいいザジを見れると思いますので、乞うご期待、ということで。

 

 今回のサブタイはモンスターハンターより、ウカムルバスのテーマ曲「絶対零度」何で3rdでウカムのスラッシュアックス無かったんだよ。氷属性武器弱いじゃねぇかコンチクショウ。

 

 さて、次回は千雨無双、というより大虐殺。殺します。殺しまくります。現在鋭意執筆中ですので、よろしくお願いします!

 

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