空は青く、澄み切っている。

 

 

 視界いっぱいに砂漠が広がっている。

 

 

「…死んでからここに戻ってきたくは無かったなー…。」

 

 

 ぼやく声は風に連れ去られ、懐かしい砂の匂いが鼻を掠める。

 私はまたしてもノーマンズランドに居た。末期の夢としては残念な部類だ。あのまま眠るように息絶えれたなら、どれほど心地良かっただろうか。

 

 

「にしても、何だこりゃ。こんな建物がノーマンズランドにあるはずねえんだが。」

 

 

 以前ガントレットと話した時とは違って、今私は白いベンチの上に座っている。そしてそのベンチは、半分砂に埋まったコンクリートの直方体の上に鎮座していた。

 まるで駅のプラットホームそのものだ。ベンチの隣に駅名表らしき看板が立っている事も、その想像に現実味を加えている。というか、夢の中で現実味もクソもあったもんじゃないし、線路も駅舎も何も無いのに鉄道の線路が有ること自体おかしい。

 

 

「…しかも、誰も来ねえし。」

 

 

 ガントレットの時のように、現状を認識した途端誰か出てくるものと考えていたのだが、未だにこの無人駅に一人ぽつんと取り残されている。とはいえ、わざわざ夢の中にやってきてまで話すような知り合いなど、私にはガントレット位しか居ないわけだが。

 という訳で、する事もなく、手を伸ばせば届きそうな蒼穹をぼんやりと眺め続けていた。

 

 思いだすのはやはり、やはり3−Aの仲間たちのこと。

 後のことは別段心配していない。茶々丸や楓、そしてのどかやレインが尽力してくれるだろう。ネギ先生も頑張ってくれるだろうし、綾瀬の方は多分のどかがどうにかしてくれると信じてる。

 けれどやはり、一抹の寂しさは拭えない。

 本当は、皆に別れの言葉を伝えたかった。皆に感謝の言葉を伝えたかった。

 

 演奏の場を提供してくれた雪広や那波、四葉。演奏について尋ねてきてくれた釘宮たち。いつも私の演奏を盛り上げてくれた鳴滝姉妹や春日。思い起こせばキリがない。私の日常は、皆の笑顔で満ちていた。

 

 そうして思い起こす中で辿り着いたのは、やはり自己紹介のミニライブ、思い出の始まりの場所だった。

 

 頭の中に、あの時奏でたメロディが浮かび上がってくる。気付けば自然と口笛を吹き始めていた。誰に聞かせるでもない旋律が、紡いだ端から乾いた風に乗って消えていく。

 そうして、クラスメイトとの思い出に浸りながら、口笛を奏で続けていると。

 

 

「―――――良い歌だよね、それ。私も好きなんだ。」

 

 

 聞き慣れない声が、突如隣から聞こえた。

 口笛を止めて振り向くと、いつの間にかベンチの隣に女性が座っていた。

 

 セミロングの黒髪と、少し浅黒い肌。身体的特徴はそんなモンだが、包容力と不思議な安心感を感じる。私がその感覚に首を傾げていると、女性はふっと微笑んだ。

 

 

「今度は、そっちのサックスで演奏してほしいな。本業はそっちでしょ?」

 

 

 その言葉に驚き、振り返ると、つい数秒前は無かったはずのサックスケースが真後ろに立っていた。恐る恐る開けると、粉々に砕かれたはずの愛用のサックスが、傷一つなくその身を輝かせていた。

 

 女性はニコニコと微笑みながら、演奏を促している。

 サックスは異常がないどころか、新品同様だ。にもかかわらず、長年使い続けてきたその感触が染み込んでおり、身体に吸いつくようだった。演奏に何の支障もない。

 

 後は身体の動くがままに、手慣れた動作でサックスに(いき)を吹き込んだ。自己紹介の時の感覚と、3−Aの思い出を脳裏に浮かべつつ、いつも通り、一音一音に思いの丈を込めて奏でる。

 

 やがて奏で終わると、待ってましたとばかりに女性から拍手が飛んだ。

 

 

「うん、良かった!やっぱり日頃から音楽に慣れ親しんでる人だと全然違うわね。聞いてていつも以上に気分が高揚してくるもの。」

 

 

 見知らぬ女性は嬉しそうに語っている。多分彼女も、この歌が大好きなのだろう。

 

 

「―――それに何より、心がこもってた。大切な人に捧げる歌―――そんな感じが伝わって来て、何だか私まで心が暖かくなってきちゃいそう。」

 

 

 まるで見透かしたかのように言い当てられ、ちょっと気恥ずかしくなる。女性がふふっ、と笑みを漏らすのを聞いて、ますます恥ずかしくなった。

 

 

「もしよかったら…聞かせてくれないかな?貴方が今思い浮かべていた、大切な人のこと。」

 

 

 私の大切な人。私の大切な、護ると誓った友達のこと。

 果てしなく続く空と大地を眺める。死に満ちた故郷(ノーマンズランド)に似たここは、きっとあの世のすぐ傍だ。だとすれば彼女は、罪深き魂を迎えに来た死神の類なのかもしれない。

 ならば懺悔代わりに、私の惚気話(おもいでばなし)に付き合ってもらうのも一興だろう。

 

 そんな風に考えて、隣に座る女性に話し始めた。

 

 いつも騒がしいクラスメイトたち。きっと死んだ後も忘れることの無いであろう、彼女たち一人一人の名前。一人一人の思い出。

 

 朝倉はよく私に取材しようとしてきた。一度楽器屋まで押しかけてきたので、少し殺気出して“説得”させてもらったら、一週間近く小動物のように大人しくなってしまい、クラスの皆が心配していた。

 春日は魔法関係者だったので、最初は警戒していた。私がなかなか親しくなってくれないので、春日本人も少しビクビクしていたようだ。一か月もしない内に仲良くなったけど。

 古は一度私の路上ライブ中に居合わせ、私の演奏に合わせて演舞を披露してくれた。その時稼いだ額はかなりのもので、その記録は今も破られていない。

 村上は演劇部の役作りとかで、アドバイスをしたことがある。何でも吹奏楽部の部長役だったらしく、音楽への熱い想いをどう表現すれば良いかと聞かれ、私も考えあぐねた。

 四葉にはよく店の軒先で演奏をさせてもらった。やはり味に定評のある超包子は客も多く、実入りもデカイので、少し金に困った時に頼っていた。まかないも付くし。

 

 私がクラスメイトとの思い出を一人一人語るのを、女性は自分のことのように楽しそうに聞いてくれていた。私もその反応が嬉しくて、次から次へと喋り続けた。

 

 

「アハハハッ!愉快なクラスね!」

 

「ホントに。大人しさってモンを母胎に忘れてきたかのようだったよ。」

 

 

 地平線を眺めながら笑い合う。話せば話すほど、思い出せば思い出すほど、懐かしさが胸の中を塗り潰していく。

 話と笑い声が途切れ、女性が遠くを見つめる私の顔をじっと見ていることに気付いた。

 

 

「…後悔してる?」

 

 

 何をか、など聞くまでもない。思わず憮然とした表情になる。

 

 

「してねえよ。私は皆を護りたかった。自分の殺人技術を腐らせたくなかったのも本当だし、その言い訳のために使っちまったけれど、アイツ等を、人を傷つけなきゃいけないような、そんな世界に巻き込みたくなかったってことは、本当に本気で思ってた。それが達成出来たんだ、別段後悔なんてないさ。けれど―――――」

 

 

 けれど。

 今私の顔に浮かぶ未練に理由を付けるとしたら。

 

 

「―――――結局、アイツ等を惑わした事には変わりないんじゃないか、って。」

 

 

 長谷川千雨は3−Aの皆を護るために死んだ。

 その事実は、ネギ先生や明石たちの口から余す所なく伝えられるだろう。

 その時、皆はどう思うだろうか。魔法の存在を怖がるか、裏で人を殺しまくってた私を倦厭するか、はたまたネギ先生を恐れるか。

 

 詰まる所、私はアイツ等に、理不尽な現実を見せつけたに過ぎないのかもしれない。

 

 結局それは、アイツ等を絶望させるだけだったのではないのだろうか―――

 

 

「…あのねえ。」

 

 

 と、ここまで説明した途端、女性の口調が変わる。その目を見て思わずたじろぐ。明らかに気分を害した様子だ。

 身を退く間もなく肩を掴まれ、猛速で額が振り下ろされた。私と女性が額と額で衝撃的なキスをぶちかます。痛む額を抑えながら蹲ろうとしたが、女性はそれを許さず、両肩を掴んで無理矢理目線を合わせた。

 

 

 

「アンタねぇ、それだけ人の優しさとかそういうモンにこれでもかってばかりに触れておいて、未だに世の中の負の側面しか見えてないってどーいうことなのよ?自殺志願者だってここまで悲観的じゃないわよ?」

 

 

 というか死にたがりじゃないだけ厄介ね、とトドメまで丁寧に付け加えられ、さすがに意気消沈する。初対面とはいえさっきまで一緒に笑い合ってた人に罵倒されるのが、ここまで心に堪える事だとは知らなかった。しかも頭突きのオマケ付きで。私合計年齢もう四十前後なのに。

 

 

「あはは、ゴメンゴメン、ちょっと言い過ぎたね。」

 

 

 俯く私を見てさすがにやり過ぎたと感じたのか、落ち込む私に慰めの言葉をかけてくる。

 

 

「…けど、私の言いたい事だって分かるでしょ?貴方は世界に絶望し過ぎ。人間不信過ぎ。貴方の愛したクラスメイトたちは、この程度で全てに絶望するほど軟な子たちなの?」

 

「この程度って…。」

 

「この程度、よ。難しく考え過ぎなのよ、貴方は。」

 

 

 まだジクジクと痛む額に、追い討ちとばかりにデコピンが飛んできた。文句を言う代わりにきつめに睨みつけたが、女性は微笑みをさらに柔和にするだけだった。

 

 

「―――貴方は貴方の成し遂げた事を誇っていい。貴方は30人もの親しい人たちを、傷つき倒れる運命から救ったんだから。」

 

「…でも、私は…本当は…。」

 

「ホントは自分が戦いたかったから皆を利用しただけだ、って?だからそれが考え過ぎなの。クラスメイトを護りたかったのも、後悔してないのもホントなんでしょう?だったら、貴方に護られた人も、世界も、貴方の想いにきっと応えてくれる。」

 

 

 彼女はそう言って、私の髪を優しく撫で上げた。妙に温かみがあり、少し沈み気味だった心に活力が戻ってきたようにすら感じる。

 まるで、母親に撫でられているかのように。

 

 

「世界は時々理不尽で、冷たくあしらわれる事だってあるけど、本当はとっても優しいんだから。きっと、貴方や、貴方が護った人の想いに応えてくれる。貴方の流した魂の血は、きっと報われるよ。」

 

 

 頬が熱くなり、思わず顔をそらす。真顔で何をこっ恥ずかしいことを口走っているのか。

 平静を保つべく、わざとらしく咳払いを一つする。視界の端でクスッと笑われるのが見えたが、無視することにした。

 

 

「…ま、アイツ等が平穏無事に生きてくれりゃ、それに勝る報酬なんて無いけどな。私にはもう知る由も無いけど。」

 

 

 アイツ等の幸せな未来なんて、ここで朽ちる私の眼には、永遠に映ることのない光景だ。せめてこの果てない青空と煌めく太陽のように、アイツ等の笑顔が曇らないことを、草葉の陰から祈り続けるばかりだ。

 

 

「…そうだな、ちょっと一つ、意地悪な質問しちゃおうかな。」

 

 

 柔和な笑みを浮かべたまま、意味深な視線でこちらを見る姿に、少したじろぐ。

 

 

「じゃあまず、生きるのと死ぬのとなら、どっちがいい?」

 

「…そりゃあ、生きてる方がいいだろ。」

 

 

 知らず知らず憮然とした口調になってしまったが、女性は気分を害した様子もなく、我が意を得たりとばかりにうんうんと頷いている。

 

 

「じゃあ、本題だけど…ノーマンズランドで生きるのと、麻帆良で死ぬの、どっちがいい?」

 

 

 その問いかけに、一瞬考え込む。それも本当に一瞬で、馬鹿らしいくらいに考えるまでもないことだった。

 

 

「決まってんだろ。麻帆良だ。」

 

 

 ほぼ即答だった。迷う事などあるはずもない。

 

 

「それは、大切な人たちがそこに居るから?」

 

「それもあるけどな。もっと根本的なことさ。」

 

 

 立ち上がり、肺一杯に砂っぽい空気を吸い込みながら、それを改めて実感する。

 

 

「私は長谷川千雨(わたし)だからな。ミッドバレイ・ザ・ホーンフリークじゃない。長谷川千雨(わたし)の居場所は、ノーマンズランド(ここ)じゃないんだ。」

 

 

 長谷川千雨(わたし)の戦いは、自分では無い他の人間を守るための戦いだった。

 

 ならば、自分のためにしか戦えないノーマンズランドに、私の居場所はない。

 自分のためにしか戦えなかったミッドバレイ・ザ・ホーンフリークとは違うのだから。

 

 他の誰かのために戦えたという自負が、誇りがあるのなら、それは長谷川千雨としての自負であり、誇りだ。断じてミッドバレイ・ザ・ホーンフリークの物ではない。

 

 だから私は、長谷川千雨(わたし)で居られる場所に居続けたい。

 

 

「そっか…。うん、そっか。」

 

 

 女性は嬉しそうにこくこくと頷いていた。

 

 

「うん、まあ、百点満点の回答ではなかったけど、望むべき所は満たしてるし、合格ね!尤も、不合格なんて予想もしてなかったけどね!」

 

「はぁ?じゃあ満点の回答ってなんなんだよ?」

 

 

 自分の本心からの答えが少し貶されたような気分になり、少し機嫌が悪くなる。そもそも合格不合格の意味が分からない。

 そんな私の心中を察したのか、女性は悪戯っぽい笑みを浮かべていた。

 

 

「百点の回答はね―――“麻帆良で生きる”よ。」

 

 

 ―――多分私は、すごい間抜け面を晒していたんだと思う。女性が私の顔を見て、手で口を覆いながらクスクスと笑っていた。

 怒ってもいい所だったのだろうが、そんな余裕は今の自分には無かった。自分の視覚が信じられない時にはまぶたを擦るものだが、聴覚が信じられない時は何処を触ればよいのだろうか。

 

 

「ここはノーマンズランド。貴方の居るべき麻帆良学園都市ではない。だったら、死ぬ事もノーマンズランドも選択しなかった貴方が、ここに居るべきじゃないでしょ?」

 

「そ、そりゃそうだけど…。い、いやちょっ、ちょっと待ってくれ!私はもう、生き返れるような傷じゃ―――」

 

 

 まるで私が生き返れるような言い草、いや、ホントに生き返る事が出来るからこその台詞だ。だが、私の負った傷はとてもじゃないが治るようなものじゃない。背骨も肝臓も完全に潰れているのだ。

 

 

「うん、まぁ確かに、あなたの友達、かなり無茶な真似したみたいよ?なんていうか、反則以外の何物でもねー!っていう方法で。―――ま、それだけ貴方の死はまだ望まれてないってことよ。私たちが呼び出されたことも含めて、ね。」

 

 

 彼女がそう口にした瞬間、周囲の空気が変質していくのが分かった。

 後ろを向くと、そこに広がっていたはずの青空はすでになく、血のように赤黒い闇が空だけでなく地平線の端から砂礫の大地までも染めながら迫って来ていた。

 だがその血闇は、私たちの居るプラットホームに忍び寄ろうとしているのに、まるでガラスの壁に遮られているかのように近付けずもがいている。もう一度前を向けば、そこに広がるのは平和な青空と肌色の砂漠。

 

 そして、直感した。ここは間違いなく生と死の境界点。

 迫る闇は死で、広がる大地は生。

 私はそのどちらにでも踏み出していける。

 

 そのコントラストに見惚れていると、不意に女性が私の両手に何かを握らせた。手を開いて見てみると、そこには、行き先の書かれていない切符があった。

 

 

「どこにでも行けるのよ、貴方は。」

 

 

 青空の広がる大地に視線を送りながら、その景色を抱きしめるかのように両手を広げる。

 

 

「今居るそこが例え暗闇でも、あなたの手の中の切符はいつでも、書き込まれるのを待ってる。だから―――」

 

 

 そこで私の方に向き直り、再度両手を包み込むように握りしめた。

 

 

「―――だから、希望を失わないで。貴方の大切な人たちと一緒に、色んなものを見て回ってみて。人も世界も、ゼッタイに馬鹿にしたモンじゃないから。」

 

 

 ―――――希望。

 ノーマンズランドでは見る事も浸る事も許されなかった、厳しい現実の前にただ打ち崩されるのみの、余りに脆い想像図。

 そして同時に、私が3−Aの皆を眩しく思っていた理由。未来への明るい展望に満ちた彼女たちの笑顔。

 

 ―――私も、あんな顔が出来るんだろうか。

 

 これを口にしたらまた、考え過ぎだって小突かれるんだろうな、と思いつつ、もう一度、無限に広がる青空と荒涼たる大地を視界に映す。そして初めて、風が暗闇から蒼穹に向かって吹いていることに気が付いた。

 

 そしてもう一度緋色の闇に目を向けた瞬間、ついに自分の視覚までも全く信じられなくなった。

 

 闇迫るその境界線に、幾人もの人影が見える。私の知っている、しかしまた会いたいかと言われれば間違いなくお互いNoと答えるであろう人間たちが。

 

 人間を辞めた人間たちが。本物の人外たちが。

 押し迫る闇を相手取り、その侵攻を遮っている。

 

 重火器を腕に備え付けた男が。

 棘付き鉄球のような男が。

 テンガロンハットを被った長髪の女が。

 多数の人形と黒ずくめの老人が。

 見紛うほどの巨人が。

 時代錯誤な袴姿の侍が。

 

 地を這う異形の男が。

 十字架型の重火器を持った男が。

 十字架を割ったような二挺拳銃を持った男が。

 

 巨大な蟲に乗った少年が。

 ジュラルミンケースを持った女装野郎が。

 思い出したくもない青髪の狂信者が。

 

 人目を惹く真紅のコートが。

 天使の翼のような鋭利な刃が。

 

 ギターを抱えた男とドラムを叩く男、かつての仕事仲間が。

 

 襲い来る“死”を、全員で防いでいる。

 まるで、私に、希望を託しているかのように―――――

 

 

「…んなわけねえか。」

 

 

 頭に浮かびかけた妄想を、苦笑と共に取り下げる。だけど何故か顔に笑みが張り付いて取れなくなった。

 少なくとも、死の闇がこのホームまで近付いてこないのは、アイツ等のおかげなのだろう。何故そんなことをしているのかは分からないけれど、悔しい事に、その背中を少し格好良いと感じてしまった。

 

 迫る闇から目を背け、サックスケースを背負い直しながら、軽く手を振っておいた。当然返答は無い。代わりに、私の顔に張り付いた笑みが深くなった。

 

 

「…アンタの言うように、世の中がホントに捨てたモンじゃないかどうかは分かんねーけどさ。」

 

 

 自然と口から出ていたのは、天の邪鬼な態度と憎まれ口調。3−Aの皆が大人しさを忘れてきたのなら、私はきっと素直さを忘れてきている。

 

 

「まだ生きれるってんなら、それを無駄にするわけにゃ、いかねえよな。」

 

 

 ―――本当に、素直じゃない。

 女性が含み笑いを噛み殺し損ねながら、目だけでそう語っているのが分かる。それを無視して、ホームの端へ歩み寄っていく。

 

 視界いっぱいに広がる青い空が、両手を広げて待っている。その腕の中に飛び込むように、ホームの端に立った。さながらプールの飛び込み台だ。

 

 が、最後の一歩を踏み出そうとした所で踏みとどまった。

 

 

「そういえばアンタの名前、聞いてなかったな。」

 

 

 随分今更な話だが、女性はむしろ気を良くしたようで、胸を張って答えてくれた。

 

 

「レム。レム・セイブレムよ。」

 

「そっか―――いい名前だな。ありがとう、レム。アイツ等にもよろしく言っておいてくれ。」

 

 

 きっと、似合わない、って陰口叩かれるんだろうな、と考え、苦笑してしまった。その意味がレムにも伝わったようで、闇との交錯点にて戦い続けるアイツ等の背中を横目で見ていた。

 

 

「うん―――行ってらっしゃい。」

 

 

 穏やかな微笑みを湛えたまま、手を振って送り出すその様子に、母親のような雰囲気を感じながら、背を向けたまま手を振り返す。

 

 空は快晴、追い風軟風。砂の匂いが鼻腔をくすぐる。

 

 手を伸ばせば届いてしまいそうな地平線に向けて、勢いよくプラットホームを飛び降りる。

 

 それを後押しするように追い風が吹き。

 

 

 

 

「―――――頑張って、おかーさんっ♡」

 

 

 

 

 断じて幻聴などではない、間近から響いたその幼い声に、少し瞼が潤んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

#40 宇宙飛行士への手紙

 

 

 

 

 

 

 

 ―――そして、目が覚めた。

 

 

 

 


(後書き)

第40話。いつもニコニコ、アナタの隣に這い寄る弾丸、GUNG-HO-GUNSです!回。棘玉噛ませ犬出てるくせに車椅子の老人は出てません。一番この場に似合わない人ですし。なおバレイ死んだ後に出てくるキャラまで出てくる理由は、千雨が前々回に自分が死んだ後の未来を覗いているからです。

 

そんなわけで今回は短め、謎の空間(笑)でノーマンズランドの聖母ことレムさんとお話回。前々回で出ていた、始業式で千雨が演奏した曲は、感想欄でも指摘されていた方がいらっしゃいましたが、レムの好きだった曲です。ノーマンズランドの曲って出した時点で、大体の人は気付いていたと思います。というか、レムの口調が安定してません。この人を文章で表そうとすると、思いの外難しいな…。

 

というわけで、千雨は助かります。千雨死亡を期待していた読者の皆様方、申し訳ないです。方法については、冒頭で書こうかと思ったんですが、ちょっと長くなりそうな気がしたので、別枠で投稿しようかと思ってます。とりあえず反則スレスレの技使います。予想…されたら悔しいなぁ(笑)

 

後今回、本文の途中で「自分の視覚が信じられない時には〜」っていう文が出てきましたが、この文章はつい最近出版されました、岡崎琢磨先生の「珈琲店タレーランの事件簿」から頂きました。これに限らず、魅力的なワンフレーズは時々使わせてもらってますが、やっぱりこういう言葉回しの巧さは見習いたいです。岡崎先生、ありがとうございました。作品も面白かったです。

 

今回のサブタイはBUMP OF CHICKENの「宇宙飛行士への手紙」です。YouTubeにPVあるので見るべし。死ぬまでに一回は、BUMPのコンサートに行ってみたいなぁ。

 

後今回も、感想スレがちょうど埋まってしまったみたいなので、新しいの立てて下さると嬉しいです。お手数かけてスミマセン。今度から感想が29になったら、自分で埋めるようにします。

 

次回は千雨さん大暴れの後始末の巻。それとひょっとしたら、無茶な方法解決編も、40,5話として投稿するかもしれないです。もし上手く書ければ、次回で3章終わるかも。それでは、出来れば9月中に投稿したいと思います!それではまた!

 

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