麻帆良工大、超鈴音のラボ『星降りのほこら』内。

 その応接室において、このラボの住人である葉加瀬聡美すら、近付くのを忌避する程の剣呑な雰囲気が作り出されていた。

 

 

「…それで?魔法世界の英雄がこんな時化たラボに何の御用かナ?」

 

 

 ソファに膝を組んで客を迎える超は、彼女にしては有り得ない程挑発的な口調と獰猛な笑みを浮かべている。

 

 

「ご謙遜を。世界最先端の技術を有するこのラボ。時化込むには早すぎるでしょう。」

 

 

 その向かいに座るのは、アルビレオ・イマ。飄々とした笑みと態度は崩していないまでも、超以上に攻撃的な姿勢を見せつけている。

 

 

「胡散臭い世辞は抜きにしてくレ。要件は何ダ?」

 

 

 超にとってアルは敵も同然だ。視線は狼のように鋭い。

 対するアルは薄く微笑んだまま、顔の前で手を組む。

 

 

「単刀直入に言いましょう。我々と、手を組みませんか?我々ならば、貴方の計画を―――魔法の存在を全世界に知らしめる計画を、確実に成功に導く事が出来る。」

 

 

 超の額に青筋が浮かび上がった。拳で机を叩きつけたい衝動を歯を喰いしばって堪えた。

 

 

「ハッ、何を言い出すかと思えバ。喧嘩売りに来たのカ?それとも死にに来たのカ?」

 

 

 しかし口調にこもる怒りだけは抑えきれない。殺気か魔力が漏れ出たのか、応接室の外の葉加瀬がひっ、と小さく悲鳴をあげるのが聞こえた。

 対するアルも平静を装っているものの、すでに顔から笑みは消えていた。

 

 

「学園に匿われている貴方が、何故私の計画を知っていル?我々とはどういうことダ?事と次第によっては、生きて帰れると思うなヨ?」

 

 

 超にしてみれば当然の反応だ。3年以上温めてきた計画、そのためだけに時間を遡行し、ここまでやってきたのだ。後一カ月でその始点を打つという段階で見抜かれ、全てが台無しになるなど、あってはならない事だ。

 

 自分がどれだけの思いを背負ってここに立っているか。

 それを知りもしない人間に、私の行く道を止められてなるものか。

 

 超の覚悟は凄まじい。目の前に魔法世界の英雄と呼ばれる男を前にして、彼を亡き者にし、生き残るための策を頭の中で必死に練っている。本来ならば敵わぬ相手を前に、1%でも勝てる策を模索し続けた。

 

 

 ―――だが、その超の目の前に、アルが一枚の紙を差し出す。

 

 油断なくアルを睨みつけたまま、その紙に手を伸ばし、中を見る。

 紙の正体は、麻帆良学園の地図だ。中心には世界樹が描かれ、校舎が地図上に点在している。

 そしてそこに描かれている、星型の―――

 

 

「―――――これ、ハ―――――」

 

 

 超の声が恐怖と驚愕に染まる。自信と勇気に満ち溢れていた顔は真っ青になり、地図を持つ手が震えている。

 

 

「…麻帆良学園の最高中の最高機密ですよ。これを知っているのは、歴代学園長のみ。私自身、これを知った時は寒気がしました。」

 

 

 アルの声も苦々しい。超にはその理由が痛いほど分かり、同時に、彼が敵ではない事がはっきりと理解出来た。もし敵ならば、学園側の人間ならば、この情報を伝える理由が全く無い。

 

 

「貴方がどんな計画を建てていようと、それが世界中を利用する計画である限り、これは絶対に破れない。それは貴方に限らず、誰にとっても同じ事だ。」

 

「だが、破る策が、貴方にはあル―――そう言いたいんだナ?」

 

 

 決して首を横に振ることを許さない、とばかりの声色は、アルの存在に希望を見出している証拠でもあった。

 

 

「ええ、だからこそ私はここに居る。」

 

 

 そう言ってアルは、懐から数枚の写真を取り出した。そこに写っている人物を見て、超は初めてニヤリと笑みを浮かべた。

 

 

「…なるほド。彼女たちが、貴方が集めた手札という事カ。」

 

「すでに準備は整っています。人員も、予想外の所から得られそうです。後は彼女だけですが―――」

 

 

 そう言って一枚の写真を指差す。ふム、と超がその写真を気難しげに見つめていると、突如アルが弾けたように立ち上がった。その眼は遠く、部屋の外の方に向かっている。

 

 

「…何か、あったのカ?」

 

 

 超が机の上の写真から目を逸らして尋ねると、アルの視線が一瞬超の持つ写真の方に向いた。そしてその一瞬で、天才児の名に相応しい勘の鋭さを発揮したのだった。

 

 

「…彼女の身に、何か?」

 

「…ええ。彼女の友人からのヘルプコールです。…どうやら、最悪の事態のようですよ?」

 

 

 超も立ち上がる。彼女がアルの指名した手札の一枚である以上、簡単に失う訳にはいかない。

 二人はほとんど同時に、応接室の扉を勢いよく開けて出ていく。

 ドアを勢いよく閉めたせいで巻き起こった風が、机の上の写真を床に吹き飛ばす。

 

 その中で、千雨の写真だけが、表のまま床の上に舞い落ちた。

 

 

 

 

 

 

#40.5 夜の向こう

 

 

 

 倒れゆく千雨の動きが、まるでスローモーションのように映る。

 咄嗟に伸ばした手は届くはずもなく、千雨の身体は地面に打ちつけられ、同時に、彼女を支えていた鋼糸が失われ、ぐしゃぐしゃの肉塊に成り果てる。

 

 ―――――はずだった。

 

 倒れこもうとする千雨の体を、水の膜が包み込む。

 千雨は地面に倒れることなく、その大きな水玉の中に浮く。それは、先ほどまでまき絵たちを拘束していた水球と酷似していた。

 

 

「…いい仕事だ、すらむぃ、あめ子、ぷりん。」

 

 

 一瞬呆気に取られていた全員が、声の主―――地面に倒れ伏しているヘルマンに視線を向けた。

 ヘルマンはすでに死に体だ。契約主が消えたことで、すでにその体の半分以上が消えかかっている。

 しかし、彼が千雨を助ける理由などないはずだ。全員が視線でその事を訴えかけると、ヘルマンはほとんど動かぬ体で肩を竦めるような動作をしてみせた。

 

 

「何、ここまで必死に戦った彼女が、骸も残さず路傍に朽ち果てるというのは、少々哀しいことだと思ったのでね。少々世話を焼かせてもらったよ。これでせめて、遺体は残るはずだ。」

 

 

 苦笑しながら、千雨を包む水球の横の、少女人形のような姿の3人に視線を向ける。未だ思考が麻痺しかけている明日菜だったが、彼女たちが人間でない事に気付ける程度には頭と勘が働いた。

 

 

「―――すらむぃ、あめ子、ぷりん。契約破棄だ。私の事は忘れ、好きな者に仕え直すがいい。差し当たっては、そこに居る最上級魔族などどうかね?」

 

 

 ヘルマンがそう語るが早いか、レインはすらむぃたちの方に歩み寄り、すらむぃたちの頭を一人ずつ撫でていった。

 

 

「…これで、貴方達との契約は完了ね?水球は維持できるわね?」

 

「おうヨ、姉さン、今後ともヨロシク。お望みとあれば十年以上だって可能ダゼー。」

 

 

 自信満々に言いながら、レインの周囲をぐるぐる回りながらまとわりつく。

 

 

「…ありがとう、ヘルマン卿。」

 

「何、礼を言われるような立場ではないさ。―――――それよりも、ネギ君。」

 

 

 突然自分に話しかけられ、ネギは体を大きく跳ねさせた。

 

 

「…先ほど言った通り、私は君の村を襲った魔族の一人、すなわち、君の仇だ。君は魔法学校で、私のような高位の魔族を魂まで滅ぼし尽くす上位古代語呪文をこっそり習得していたそうだね?見ての通り私は身動きが取れない。仇を討つなら千載一遇の―――」

 

「僕はっ!!」

 

 

 ヘルマンの台詞を遮り、ネギが叫ぶ。手に持つ形見の杖を放り捨て、ヘルマンの元へ歩み寄っていく。

 

 

「僕はっ…僕は、貴方を、殺さない。誰も、殺さない。」

 

 

 それは足元のヘルマンに告げるというよりは、自分自身に言い聞かせているかのように。

 

 

「長谷川さんが、悲しみますから。」

 

 

 その表情には、先ほどまでの妄執に囚われた様子も、困惑する様子ももはや見られない。決意を秘めた、精悍な男の顔つきを垣間見せていた。

 

 

「―――ああ、そうだ。それでいい。もしこれで君が私を消そうとしたなら、君を殴りつけてやるところだった。」

 

 

 ヘルマンが毒気を抜かれたように苦笑するが、自制心から来る緊張故か、ネギは表情を変えれなかった。気付けば、手が汗でじっとりと濡れている。

 

 

「今日彼女から受けた訓戒を、心に刻んでおきたまえ。きっとそれが君にとって新たな力となり、新たな道を切り開くはずだ。…仇であった私が、君にこんな事を言うのもおかしいがね。」

 

「…いえ、ありがとうございます。」

 

 

 多くは語らず、一礼だけに留めるその姿に、ヘルマンは再度満足気に頷き、体を消えるに任せた。

 

 

「恐らく二度と君との再戦が叶わないのは残念だが…。長谷川千雨嬢と戦えただけで充分だ。それではネギ・スプリングフィールド君―――佳き人生を。」

 

 

 それだけ言い残し、ヘルマンは光の粒子になって消え去る。

 が、それを見送らない内に、舞台の一角に轟音と共に人影が着地した。

 

 

「木乃香!?」

 

 

 土煙を突っ切って現れた人物にいち早く反応したのは、京都でその姿を視界に納めている明日菜だった。それ以外の面子は、目の前の背の高い黒髪の美女が近衛木乃香(クラスメイト)だとは認識し切れず、戸惑うばかりだ。

 

 

「…あ。」

 

 

 木乃香の目が、水球の中の千雨の姿を捉えた瞬間、目にも止まらぬ速度で駆け寄っていった。

 

 

「…ふむ、少し遅かったかもしれませんね。」

 

 

 新たに聞こえた、この場に似つかわしくない落ち着き払った声に、木乃香を除く全員が反応する。

 そこに居たのは、線の細そうな美青年。誰も見覚えがなく、首を傾げる中で、楓だけは思い当たる節があった。

 

 

「もしや、お主がクウネル殿でござるか?」

 

「ええ、その通りです。何やら嫌な予感がしたので駆け付けたのですが…。」

 

 

 水球の中で眠る千雨に目を向け、苦渋に満ちた表情を作る。水球の前では、木乃香が膝から崩れ落ちて呆然としていた。

 

 が、沈黙に浸る間もなく、新たな闖入者が現れた。

 ジェット機のエンジン音が近付いてきたかと思うと、まるでハンググライダーのように超鈴音が滑空する茶々丸の腕の中から飛び降りてきた。超は着地した勢いのまま木乃香の隣まで走り寄り、茶々丸は空中で一回転して楓の隣に降り立った。

 

 

「あちゃア…。これは酷いナ。心臓は…さすがにもう止まってるカ。…これだけボロボロになって、身体が原型を留めてるのは奇跡に近いネ。」

 

「損傷した臓器や身体機能は、機械化して補えないですか?」

 

 

 茶々丸が超をここに連れてきた理由はそれだ。

 エヴァンジェリン邸に突如現れたアルビレオによって千雨の窮状を知らされ、木乃香とアルはその場に駆けつけ、茶々丸はラボで準備を整えていた超を連れてきたのだった。

 そして今、こうして現場に連れてきたのだが、超は重々しく首を横に振るばかりだ。

 

 

「そりゃあ、多少の損傷なら補えるヨ。けど、背骨も肝臓も、生命維持に必要な器官が悉く完膚なきまでに潰されてるからナ。正直な話、これはさすがに無理ダ。一から人体作るようなものだヨ。」

 

 

 千雨の血と傷にまみれた体を一目見た瞬間、苦々しげに呟く。

 それは事実上の臨終の宣告であった。真っ先に夕映が石畳の上に泣き崩れた。他の全員も涙を堪え切れなくなり、あちこちから嗚咽がこぼれる。

 

 

 

 

「―――つまり、人体がもう一つあればいい、ということですか?」

 

 

 

 

 茶々丸が言い放った訳の分からない言葉に、一同の動きが止まる。

 そして当の茶々丸が視線を向けていたのは―――――

 

 

「…へ?う、ウチがどないしたの?」

 

 

 木乃香だった。

 より正確には、木乃香の胴体―――首から下の身体だ。

 

 

「…正気カ?」

 

「…正気ですか?」

 

「…正気でござるか?」

 

 

 超、アル、楓の3人の声がシンクロする。残る面々も、茶々丸の視線の意味する所を察し、唖然として言葉もない。

 その様子を一通り見渡し、茶々丸が首を傾げながら超に尋ねた。

 

 

「不可能ですか?」

 

「あ…いや、まぁ、出来ないこともないだろうけド…。幸い首から上は無事なようだし、心停止して間もないから、接合部に生命維持装置を付けておけば、何とか…。」

 

 

半ば尋問口調の茶々丸の問いかけにしどろもどろになってしまう超だったが、茶々丸はその答えで満足であったらしい。超に頷きを返し、有無を言わせぬ視線で木乃香を見つめた。

 

 

 

 

「では、近衛さんの首から下を切断し、損傷部位を切り離した千雨さんの首とくっ付けて新しい身体にしましょう。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――そして、その日の夜。

 

 図書館島の建物の天辺で、アルは一人夜空を眺めていた。

 空には雨上がりの雲が残っており、星の輝きは見られない。しかし月の光は薄雲を貫いて暗い空を照らし、図書館島を囲う湖にその姿を映している。

 『別荘』内部の経過時間は、外部での一時間が24時間、すなわち一日に相当する。千雨が『別荘』に連れ込まれたのが午前中であったので、すでに内部では10日以上経過していた。

 

 

「―――何や、一人で黄昏よってからに。それがまたよう似合うんやから腹立つわぁ。」

 

 

 一人月を眺めるその後ろ姿に、煙草の煙が吹きかけられる。煙は肩口に当たり、鼻まで上っていくが、アルは気にした素振りもない。

 

 アルの隣に女性―――天ヶ崎千草が腰掛ける。

 木乃香の切り離した胴体を保存するための魔法陣を描き、その後の手術にも付き添った。首と胴体の縫合という、非常に繊細かつ莫大な集中力と多大な時間を要する大手術を行えたのは、彼女のサポートがあってこその物だった。

 

 

「長谷川さんの容態は?」

 

「もうヤマは超えた、言うとったわ。というかあの超とか言う小娘、何なんどすか?どう考えても地球の科学レベル超えとりましたけど。」

 

「…彼女たちは、まだ『別荘』に?」

 

「少なくとも今日いっぱいは居るつもりやろ。随分ショック受けてたみたいどすえ?自分らの置かれてた状況に関しても、長谷川の事についても。」

 

 

 でしょうね、と短い肯定の言葉を返し、再び月を眺める。千草もそれ以上は語らず、沈黙のままに煙草を吸っていた。

 

 

「長谷川は当分目覚めん。衰弱度も高かったし、新しい身体との適合にも時間がかかる。けど長く見積もっても、せいぜい3ヶ月―――4日以内には目を覚ますそうどす。」

 

 

 空に向けて紫煙を吐き出しながら、超の見立てた手術後の経過予想を伝える。アルは無言のまま、返答しようとはしない。

 

 

「長谷川が起き次第、ウチらの計画の全貌を伝える。そこから、ウチらの作戦は開始や。」

 

 

 吸い終えた煙草を放り捨て、新しい煙草に火を点ける。そして一口吸って煙を吐き出すまで、アルは一切口を開こうとはしなかった。

 

 

「作戦が始まったら、もう後戻りは出来まへん。そしてどう転んでも、アンタの英雄としての名声は、地に堕ちることになる。―――ええんどすな?」

 

 

 千草がそう問いかけると、アルは夜空から目を逸らし、背に負う重さが何倍にもなったかのように、沈痛に項垂れた。

 

 

「…“英雄”なんて阿呆らしい称号、こちらから願い下げですよ。」

 

 

 呟いた言葉はあまりに自嘲的で、そして溢れる程の後悔の念に満ちていた。

 

 

「私もナギも、ラカンも、詠春も、あの頃はただ己の力に酔い痴れ、その力を振るうことに快感を覚えていた。その結果、英雄なぞに祭り上げられ、それが正しい事だと信じ込んでしまった。」

 

 

 楽しくなかったと言えば嘘になる。だが二度とそれを口にする事は出来ない。人生で一番楽しかった思い出は、今や人生で最も苦々しい記憶に変わってしまっている。

 

 

「そしてこのザマですよ。大切な事を見失い、真実から目を背け、あまつさえそのツケを、次代を担う少年少女に負わせようとしている…!」

 

 

 アルが握りしめる拳の内側から血が滴っているのを、千草は気付かない振りをして、黙々と煙草を吸い続けた。

 

 

「これが“英雄”(わたしたち)のもたらした結果なら、私たちは褒め称えられてはいけなかった――――これが私たちのもたらした未来なら、私たちは生きているべきではなかった!生きるために人を殺め続けた長谷川さんよりよっぽど醜悪だ…!」

 

 

 血を吐くような叫びが夜空に木霊する。

 千雨は生きるため、護るために、人を殺した。そして千雨はその事実と罪悪を誰よりも自覚していた。

 しかしアルは当時、仲間達と共に己の力を振るうことに執着し、戦場でその力を振るい続けた。その結果得た地位と人気を、持て囃されるがままに受け容れる一方で、自分たちが傷つけた人間、奪った命からは目を背け続けていた。

 

 今ネギや千雨たちを取り巻く環境は、自分たちが作り出した負の財産だと、アルは本気で考えている。

 そしてそれを破壊することこそ、自分にとっての戦いであると考えていた。

 

 

「…ホンマしょうもない。すっかり毒気抜かれよってからに。すっかり覇気も失せて、死にかけの老いぼれみたいやな。」

 

 

 フン、と鼻を鳴らし、軽蔑交じりの皮肉を口にする。そしてアルも、いつもの悪童じみた様子はすっかり鳴りを潜め、まるで自分自身に絶望し切っているかのように、すっかり気力を失っていた。

 

 

「ま、アンタがやる気あるっちゅうのは分かった。アンタに雇われとる身としては、この大作戦、完遂させんとあきまへんな。…ま、フェイトはん仲間に引き入れるのを二つ返事で了承したくらいやから、生半可な覚悟やないのは知っとりましたけど。」

 

 

 千草が雇い主である彼に、フェイト率いる“完全なる世界”の面々を紹介した際、かつての敵であるにも関わらず、あっさりと作戦への参加を了承した。その際のフェイトたちの驚きは、千草の脳裏に新しい。

 千草は吸い終えた煙草を湖に放り捨て、胸元から一枚の紙を取り出す。

 

 

「計画書の修正箇所一覧。頭数は確保出来たから、もうちょい派手に動ける。後は長谷川の復帰待ちやな。」

 

 

 そしてアルに背を向け、『別荘』に戻ろうと歩き出しつつ、しょぼくれたその背中に聞こえるよう、あからさまな溜め息を吐く。

 

 

「アンタにしろ長谷川にしろ、何でそんなに過去を悔むのやら。後悔なんてモンは前に進む足を引っ張るお邪魔虫。簡単に振り払える力は仰山持っとるくせに、メソメソしよって。」

 

 

 そう言い残して、千草は軽やかに建物の屋上から飛び降り、去って行った。アルは一瞥すらせず、月の光に照る世界樹を見つめていた。

 

 過去への後悔は、アルに限らず誰だって持っている。

 だがアルは過去を振り返りすぎたあまり、未来への意志を失ってしまった。

今の自分は過去の亡霊も同然だと、アルは自嘲している。この手が血に塗れていることも、怨嗟がまとわりついていることにも気付かなかった己の傲慢さが、ネギを、明日菜を、そして千雨を巻き込んだのだと、そう自覚した瞬間から、アルの時計は止まってしまったのだ。

 

―――きっとこの足はもう、前に進むことはないだろう。

だが、その代わりに、未来ある若人たちが、希望と笑顔をもって羽ばたいてくれるなら。

 

 

「…じきに私もそちらに向かいます。もう少しだけ、待っていてください、詠春。」

 

 

 今は亡きかつての仲間の面影を星空の隙間に垣間見るアルの瞳から、一筋の涙が伝い落ちていく。

 

 悲壮なる彼の決意を、残酷なまでに美しく輝く月だけが、じっと見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 


(後書き)

 40.5話。もう鬱展開はやらないって言ったじゃないっスかァーーーーーっ!!回。大丈夫、この作品のアルさんはマジ鬱なだけです(苦笑)こんな陰鬱なアルビレオ書くの自分だけだろうなぁ…。

 

そんなわけで千雨復活、リアルフランケンシュタイン化回です。このかが不死身になったのはぶっちゃけこのためでした。ノーマンズランドではサイボーグ連中は首だけになってもユニット封鎖すれば助かるっていうぐらいなので、超が同じようなこと出来ても不思議じゃない…ですよね?というか、五体バラバラになっても平気で会話できる人間とかは、内藤先生お得意の描写ですよね。

 

今回のMVPは間違いなく茶々丸です。まさにナチュラルクレイジー。けれどツンデレとかでは一切ありません。「勝ち逃げされるのは屈辱ですから。」と真顔(殺意込み)かつ本気(殺意込み)で言いきれるのがウチの茶々丸さんなのです。

 

最初は明石教授やまき絵たちの活躍が入ったりしてもうちょっと長かったんですが、ぶっちゃけ蛇足かなー、要らないかなー、と感じたので、3日分の努力をばっさり切り捨てました。3日前に気付いておけと反省中です。

 

今回のサブタイはASIAN KUNG-FU GENERATIONのアルバム「ソルファ」より、「夜の向こう」です。ちょうどハガレンでリライトがOPになり、アジカンの存在を強烈なインパクトと共に知った後のアルバムだったので、受験期ながらもかなり気になってました。姉貴が借りてきた時の嬉しさったらもう。

 

それと前話の感想で、ラストの「頑張って、おかーさん♡」をレムさんの台詞と勘違いされてる方がいらっしゃいましたが、アレはレムさんの台詞じゃありません。本編で千雨の事をお母さんと呼んでたあの娘が、去り際に応援に駆け付けたという描写です。ちょっと分かりづらかったみたいでスミマセン。

 

次回は、というか次回こそは千雨さん後始末回です。今回ちょっとヒントは出しました。まぁ今月中はさすがに無理かな…。出来れば10月第一週までくらいには…。それではまた次回!

 

 

 

(追記:9月30日)

 

 超がアルに加担している意味が分からない、という意見が感想欄で多く出ましたので、4章で書くつもりだった理由部分を冒頭に書き足しました。どうしても拙作最大級のネタバレに引っ掛かる部分がありましたので、ヒントっぽくぼかしました。星型で気付く人はさすがに居ない…よね?ですが、本来アルと超の一方的説明にして流すはずだった説明を、場面の流れにして書く事が出来たので、読む方にかなり分かりやすくなって良かったなーと思います。xyz様、旅人さま、ありがとうございました。付け加えた部分に関しても感想を頂けたら幸いです。

 

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