麻帆良祭前日。

 明日に迫った学園祭に、抑えきれない昂揚感が学園全体を包み込んでいる。そよぐ風さえ浮かれているように感じる、そんな午後の学園の一角で、時ならぬ剣呑な雰囲気が形成されていた。

 

 

「さ、いいね?超君は渡してもらおう。」

 

 

 女子生徒二人を伴った黒人の教師が、ネギと、その小さな背中に隠れる超に詰め寄る。

 麻帆良祭を前日に控えたこの日、世界樹が発する魔力に関する諸注意と巡回警備を伝える会議があり、ネギも魔法関係者として参加していたのだが、この会議の様子を超が盗聴していたのである。

 当然、超は魔法関係者ではない。そのため魔法教師と生徒二人が超に記憶消去処分をかけるために追跡していたのである。そしていざ彼女を捕縛してみたが、その場に居たネギ先生が超を庇い始めたのだった。

 

 超を連行しようと、ネギに最後の確認を求めるが、ネギは首を縦に振らなかった。

 

 

「僕の生徒を勝手に凶悪犯とか危険人物とか決めつけないで下さい!超さんは僕の生徒です。僕に全て任せてください!」

 

 

 ネギ先生が毅然と言い放つ。

 女子生徒二人は難しげに眉根を寄せるが、黒人教師は顎に手を当て、考え込む。十秒ほど経過して、ネギ先生の方に再度視線を向けながら、頷きを返した。

 

 

「…分かった。今日のところは君を信頼しよう。ネギ君。だが、気を付けてくれたまえよ?次に何かあった場合、君が責任を取らされる事になるかもしれないからな。」

 

 

 それだけ言い残し、3人の魔法使いは去っていく。

 後に残された超とネギは、その後ろ姿が見えなくなるまで見送り、そして見えなくなった後、そっとネギの背広の胸ポケットに話しかけた。

 

 

「…カモ君、周囲に他の人は?」

 

「大丈夫、誰も居ねえよ。魔力反応もねえ。」

 

 

 胸ポケットに隠れていたカモがそう断言し、ようやくネギは張り詰めていた緊張を解き、大きく息を吐き出した。 

 

 

「よ…よかったぁ…ばれなかった…。」

 

「まったく、ビビりすぎだよネギ先生。もっと堂々としていないト。緊張し過ぎると逆にボロが出るヨ?」

 

「超さんが演技上手すぎるんですよ…。」

 

 

 脱力し切った様子でその場にへたり込むネギ先生に、超とカモは顔を見合わせ苦笑する。

 

 

「演技御苦労さま、ネギ先生。報告はまた後で、メールで頼むヨ?」

 

「了解です!」

 

 

 疲労を滲ませながらも、やり切ったという喜びで一杯の表情を浮かべるネギ先生を見ながら、つくづく嘘を付かせるには向かないナ、と微笑ましく思いながら、世界樹の方に視線を向ける。緑豊かに生い茂り、聳え立つその姿は、正しく最後の最後に待ち構える巨大な壁、といった印象だ。

 

 

「…超さん。」

 

 

 超の視線を察したネギが、心配そうに声をかける。気付けば、握りしめた拳が小さく震えていた。

 

 

「…大丈夫だよ、ネギ先生。いつまでもここに居たら怪しまれル。先に研究室に帰っているから、連絡頼むヨ?」

 

 

 それだけ言い残して、超はさっさと行ってしまった。止める事など出来るはずもなく、ネギとカモはその場に残される。視線の先には、超が目に映していた世界樹の厳然たる姿がある。

 

 

「…兄貴、俺たちも行こうぜ。今は一つのミスも許されないんだ。超の姐御が言ってた通り、いつまでもここに居ちゃマズイ。」

 

「…うん、そうだね。」

 

 

 頷きを返しつつ立ち上がるも、ネギの視線は世界樹から逸らせない。

 

 あの日。千雨に生き方を説かれた後、超が話してくれた、未来の話。

 彼女の悲しき決意と想いの欠片を、今、自分たちは背負っている。

 

 

 

 

 

#43 カルマ

 

 

 

 

 

 ふむ、さて、何から話したら良いものかナ。

 

 ああそうダ。3−Aの皆は、プラントが何か分かるかナ?長谷川さんの記憶でも何度か出ているはずだガ。

 

 ――――――…うむ、さすが雪広さんネ。そこまでしっかり理解してくれていると、こちらも説明の手間が省けて助かるヨ。

 

 ん、天ヶ崎さんたちカ?彼女たちにはもう説明してあるから大丈夫ヨ。それに今回の作戦は、彼女の助力も必要不可欠だからナ。

 

 …では話そうカ。プラントの誕生に隠された、最大にして最悪の秘密ヲ。

 

 まず、プラントが水、酸素、紫外線、微量の電気を元に、ありとあらゆる物を生成する事の出来る装置である事は、皆が周知であると思ウ。

 

 だが実は、この紫外線というヤツが曲者でナ。これは曲解というか誤解というか、本当に必要とされていたのは、実は紫外線それ自体ではないのダ。

 

 本当にプラントにとって必要だったのは、紫外線内に含まれる魔力。

 

 ―――そウ。プラントは、魔力を使って物を生み出している、ということダ。

 

 プラントと魔法とは、切っても切れない関係にあるのだヨ。

 

 そう、本当に―――切っても切れない関係に、ネ。

 

 ………………。

 

 …済まなイ。ちょっと嫌な事思い出しタ。…本題に入ろウ。

 

 長谷川さんは、魔法世界についてご存知カ?

 

 ―――――うム。まぁ私たちが今住んでいる地球―――通称“旧世界”と、魔法技術によって文明が築かれている火星―――通称“魔法世界”の二つがある、それだけ知っておいてくれていれば、特に問題はないヨ。

 

 しかし今、この魔法世界が崩壊、消滅の危機に瀕している事は、ご存知ないだろウ?

 

 ―――…少し落ち着いてくレ、ネギ先生。話が進まなくなってしまウ。とりあえず、フェイトさン。魔法世界の危機に関しては、誰より貴方が詳しいはずだろウ?皆に分かりやすく説明してあげてくれないカ?

 

 ――――――――…。

 

 ――――――――…。

 

 ――――――――…。

 

 ――――――――…うむ、フェイトさんありがとウ。分かりやすい説明だったヨ。

 

 今フェイトさんが説明してくれた通り、魔法世界はそのほとんどが幻想―――非常に膨大な魔力によって形作られた人工の異世界であり、そこに暮らす生物も大半が幻想に過ぎなイ。そしてその魔力自体が現在枯渇し始めているため、近い将来には魔法世界が消滅してしまう、と予測されていル。

 

 だがここで、一つ疑問を投げかけよウ。

 

 魔法世界に住む12億の人間や様々な物、そのほとんどが幻想である事は確かダ。しかし、彼らが今この瞬間も紡いでいる歴史、記憶、経験―――そういった物もまた、幻想に堕するのだろうカ?

 

 …さすが、察しがいいネ。天ヶ崎さン。

 

 その通リ。例え幻想の存在といえども、彼らの内に築かれた歴史、記憶、経験、もしくは物体そのもの、そうした“情報”は間違いなく実在していタ。建造物も、生成物も、文化も、技術も、一括りにすれば“情報”ダ。

 

 しかしここでは、今天ヶ崎さんが口にした言葉を、そのまま引用すべきだろウ。

 

 人間を構成する記憶や経験などの情報要素の集合体―――すなわち、“魂”ト。

 

 さて、この“魂”も、魔法世界を形作る魔力が無くなり、それに支えられて存在していた幻想が消えると同時に消滅することになるのだガ。すなわちそれは、彼らが紡いだ独自の技術、有用な知識、唯一無二の能力―――そういったものの消滅をも意味すル。

 

 そういった物を無意味に消し去ってしまうのは、余りに勿体ない話だと思わないカ?

 

 ―――…どうやら薄々勘付いてきているようだネ。続けるヨ?

 

 魔法世界における消滅とは、空気中を漂う魔力となって霧散する事を意味すル。情報も、魂も、水蒸気同様に火星の大気の中へ紛れ込んでいってしまウ。

 

 それを、勿体ないと考えた者は、一体どうしたのカ。

 

 ―――彼らはネ。集めて、凝縮した(・・・・)んだヨ。魂ヲ。その幻想たる存在が消え去る前に、ネ。

 

 彼らは、火星の魔力が尽きかけるその直前に、幻想の存在たる者達を集め、事情を説明しタ。当然、反発と絶望が巻き起こル。そこで彼らは甘言を囁ク。『今から我々の言う通りに行動すれば、消滅の危機を免れられる』ト。

 

 そうして集まった幻想たる者たちを、一定数ごとに魔法陣の上に乗せ―――――――存在を分解、そして一塊にして再構築。出来あがるのはかつて“生命”と呼ばれていた者たち数十人分の魂の結晶。悪い言い方をすれば、USBメモリになるかナ。

 

 …もう分かるだろう、長谷川さン。

 

 これが、プラントの原型―――人間の記憶の凝縮体、ありとあらゆるデータを内包した、魂の尊厳を踏み躙る結晶。

 

 プラントの正体とは、魔法世界で暮らしていた生命なのダ。

 

 もちろんそこからすぐに、長谷川さんが知るようなプラントの形になった訳ではなイ。

その後地球の科学技術と合流した後、あのような効率の良い形を作れたのだろウ。それがどれ程後の事かは知らないが、“原型”の方は保存が効くしネ。

 

 同時に、プラントが何故万能の生産装置たり得るか、その理由も分かるだろウ。プラントに内包されているのは、かつて人として生きていた時の記憶。それを魔力によって呼び起こし、水や酸素といった“人間が生きていく上で必要な要素”を与えることで、プラントを人間として起動させ、彼らの記憶の中から対象を構成させ、引っ張りだしているのダ。

 

 ん、いいんちょ、どうしたネ。―――――…む、確かに皆少し疲れてるナ。情報量が多過ぎたカ。

 

 仕方なイ。少し休憩を入れようカ。落ち着いたらまた話し始めるとしようかネ。

 

 

 

 

 

 

「ただ今戻りましたー。」

 

「お、ネギ先生お帰りー。その様子だと、首尾よくこなせたみたいだね?」

 

 

 教室に戻ったネギを、段ボール箱を抱えた朝倉が真っ先に出迎えた。修学旅行の一件で相当落ち込んでいた彼女だったが、今はその憂さを晴らさんばかりに駆けずり回っている。

 

 

「はい、超さんの作戦通りに。教室の準備はどうですか?」

 

「順調だよ。失敗は出来ないもんね。それに、チラシも完成したよ!今印刷中だから、もうちょい待ってね!」

 

 

 グッとサムズアップを返す朝倉の背後で、教室の準備は着々と進んでいる。皆ネギ先生が戻ってきた事には気付いているが、せいぜい手を振るぐらいに留め、自分の作業に集中していた。

 

 

「…そういえば、今更なんだけど、今日の演技って何の意味があったの?」

 

「えっと、魔法関係者の僕への信用を高めるため、だそうです。僕が超さんと繋がってないことを示しつつ、僕が純粋で芯の強い、信頼に値する人間であると思わせる、らしくて…。」

 

 

 自分で口にしてみて違和感が酷かったのか、最後の方の言葉は尻すぼみになっていった。

 

 

「それはまた…何ていうか…。」

 

 

 朝倉も思わず苦笑いで返す。そして同時に、超らしくない無理やりさも少し感じていた。

 いや、“らしくない”という事は無い。彼女にとっては比喩でも何でもなく、人生を賭けた一世一代の大勝負なのだ。おそらく不安を覚えたが故の今日の作戦だったのだろうが、そうなると今の超は相当ナーバスになっている事が伺える。

 

 

「…ねえネギ先生、カモっち。超さん、ちょっと追い詰められてる感じじゃなかった?」

 

「…確かに、ちょっと落ち着かない感じだったかな…。」

 

「万が一捕まった時の事とか、念入りに説明してきたもんな。ありゃあ結構精神的に来てるんじゃないか?」

 

 

 ネギもカモも不安そうな面持ちで顔を見合わせる。作業に没頭していたクラスメイトも、超の不調と聞いて意識をネギたちに寄せ始めた。

 

 

「ふむ…ここはちょっと、超さんを勇気づけてあげないとね。」

 

 

 朝倉の出したその意見に反対する者は誰一人居なかった。

 

 

 

 

 

 

 さて、それではそろそろ、続きを話すとしようカ。

 

 先ほど言った通り、私はプラント技術の促進の目的で作られた失敗作の一つであり、プラント実験体ヨ。一応人間ではあるが、正直自分でもその辺の定義は曖昧ダ。

 

 何せまともに母胎から生まれた訳でもない、遺伝子クローンによる試験管ベイビーだからネ。

 

 あ、ここは別にそんなに驚く事じゃないヨ?私の生きてた時代だと、使い道はともかくとして結構普通に流通してたからナ。ちなみに私の遺伝子は最高品質のヤツダ。何せ、親子二代に渡って末長く讃えられた、魔法世界の英雄の遺伝子クローンだからナ。優秀な人間を作るにはもってこいダ。

 

 …そう怖い顔して睨まないでくれよ、長谷川さン。それとアルビレオ氏モ。まったく、勘が良過ぎるというのも困り物だネ。―――ああ、ネギ先生は分からなくていいことヨ。くれぐれも、そこで薄気味悪い笑みを浮かべてる天ヶ崎女史に尋ねたりしないようにナ?

 

 さて、どこまで話したっけカ。ああ、私がプラント実験体であった所までだったネ。ではまず、どうやって私が作られたかを説明せねばなるまイ。

 

 プラント結晶は確かに貴重な情報の宝庫ではあるが、どうやってそれを有用な形で取り出すか、生成したばかりの頃は研究に研究が重ねられていタ。そして私もその一つだったわけダ。プラントの持つ情報が、元々人間の記憶であった事に目を付けた科学者が、同じ人間にその情報を還元させることで、効率よく情報を引き出そうとした、ということダ。

 

プラント結晶のエネルギーをクローン胎児に注入し、人工的に育成すル。完成したのは私を含めて31体。その過程でどれだけの年月が、人型にすらならなかった失敗作がどれだけ積み上がったか、想像も付かないがナ。

 

 そうして作り出された私たちは、期待以上の成果を挙げたヨ。4歳の頃には全員が一人前の科学者として、現行のプラント技術を躍進させ続けていタ。長谷川さんが知るプラントも、多分私たちが原型を作った物と思われるヨ。そのために馬車馬の如く働かされている私たちはともかく、他の研究者共は笑いが止まらなかったろうナ。

 

 異変は、私たちが6歳の頃に起こっタ。

 

 仲間の一人が変調を訴えたかと思うと、次の瞬間狂ったように暴れ始めタ。いや、完全に狂っていたのダ。彼は何処かに連れて行かれ、2度とその姿を見る事は無かっタ。

 

 それからというもの、2週間からひと月ごとにおかしくなる者が続出しタ。失明、退行、それくらいならまだマシな方で、中には私たちの見ている前で、突如身体がドロドロに蕩けていき、クラゲのようになってしまった者も居タ。

 

 そうした者たちは全員何処かに連れて行かれタ。死亡した、と聞かされていたが、私たちを生み出した連中が何かを隠している事は間違いなイ。何より私たちは、唯一無二、家族同然の仲間だっタ。理由も分からぬまま死なれてたまるカ―――その一心で私たちは、私たち自身の秘密を調べ上げタ。そして、知ってしまったのダ。

 

 私たちの個体寿命は、長くても10年。注入されたプラント結晶のエネルギーに、脳や身体が耐えきれず、自壊していくのだト。

 

 当然、自壊しかけたクローン人間など、何の役にも立たなイ。だがその頭脳は、みすみす捨て去るには少々惜しイ。

 

 ではどうするカ?簡単な事ダ。魔法世界の幻想の住人たちと、同じようにしてしまえばいイ。

 

 そうして使えなくなったクローンを新たなプラント結晶として生成し直し、そのエネルギーを注入した新たな人造天才児を作ル。人間、生命としては欠陥品だが、道具、奴隷としてはこれ以上無い程優秀―――ある意味、永久機関。そういう存在だったんだよ、私たちハ。

 

 ―――――…酷い、カ。いや、そう言ってもらえるだけ嬉しいネ。私たちの状況を指して酷いなんて言ってくれるような人間は、一人も居なかったからネ。

 

 しかし、そうと知って黙っていられるはずもなかっタ。一応、人並の倫理観は身に着いていたからネ。天才と呼ばれる少年少女が額を寄せ合って考えタ。何をどうすればいいか、何を変えればいいか、何日も何日も考えタ。

 

 全員揃って自殺すル?駄目だ、次世代が作られるだけで、根本的な解決にはならなイ。

 

 プラント結晶を破壊すル?無理だ、厳重な警護を掻い潜れるだけの身体能力は無イ。

 

 寿命を延ばス?不可能だ、胎児時に注入されたプラント結晶エネルギーは今更どうこう出来る代物ではなイ。

 

 そうこう考えているうちに、また一人“壊れタ”。そのままにしておけば、新たなプラント結晶の材料にされる事は分かりきっていル。だから私たちは、壊れる直前の彼の懇願もあって―――残る全員で、彼を手にかけタ。

 

 その亡骸を見ながら、一人が呟いた。『こんな世界無くなってしまえばいい』ト。

 

 その言葉に天啓を得タ。プラントの生成過程は基本知識として知っていル。魔法世界の消滅の危機が、万能かつ非人道的な生産装置を作りだした、という事実ヲ。

 

 ならば、その過去から変えてしまおうじゃないカ。

 

 …まぁ、突拍子もない案だった事は認めるヨ。けれど、それしか手段を考え付けない程に、私たちが追い詰められていた事も理解してくレ。そしてその案にどれ程希望を抱いたのかモ。

 

 私たちは早速、時間移動の手段について模索し始めタ。時間の流れ方、時間移動の原理解明、歴史の転換点の捜索、時間軸の設定、―――時間移動装置の開発着手までに2年、そこから完成までに1年。その間に、31人居た仲間は、わずか6人になっていタ。

 

 研究者共には時間移動装置の開発を伝えていタ。無論目的については教えなかったけどナ。連中、世紀の大発明だとか人類の夢が叶うだとか、大はしゃぎだったヨ。だからすんなり、起動のためのプラントエネルギーの使用許可も出タ。…ホントは、プラントエネルギーすら使用したくなかったけど、さすがにそれは無理だったヨ。

 

 全員で時間を移動し、歴史の転換点において路線を変更させ、プラントの存在自体を無かった事にするための計画―――正直にいえば、賭けに近い物があっタ。その時代、歴史の転換点に立ち会ったからといって、すんなり未来を変えられる訳ではないからナ。それでも、私たちの希望はそこにしか無かったのダ。未来を望むことすら許されない私たちには、それしか未来が無かっタ。

 

 なのに―――私ハ。その決行5日前に、吐血してしまったんだヨ。

 

 自壊のサインだと、すぐに分かった。こうも分かりやすい形で出てくれたことに、感謝したいぐらいだっタ。

 

 だから私は密かに、その希望を他の5人に託す事にしタ。私は盾か囮となって、皆を無事に出航させるための人柱となろうと―――そう決めタ。

 

 日に日に吐血量は多くなっていク。仲間や研究者たちには何とか誤魔化していたが、自分の変調ぐらい手に取るように分かル。立っているのも辛イ。頭痛が治まらなイ。体温は常時39度以上。そんな日々は私の覚悟を容易く揺らがせタ。毎日一人トイレに籠って泣いていタ。そして一人呟いていタ。『死にたくない』ト。そうして呟く事で、己の弱さを隠し、発散させていタ。

 

 そして、決行当日。熱と頭痛で朦朧とする意識を何とか保ちながら、指定の位置に付くフリをした途端、気付いタ。

 

 周りに、仲間が―――私と一緒に時間遡行するはずの仲間たちが、一人も居ないことニ。

 

 慌てて周りを見回した私の目に飛び込んできたのは、入口から私を拿捕しようと迫ってくる研究者たちを、必死に抑えつけている、残りの仲間たちの姿だっタ。

 

 すでに航時機(タイムマシン)の起動は最終シークエンスに突入していル。今から駆け寄っても間に合わなイ。必死に叫びかける私に、仲間たちが振り向いタ。

 

 彼らは皆、笑っていタ。昨日までの若々しい姿とはまるで対極の、皺だらけの老いた表情デ。

 

 そこで私はまたしても気付いタ。身体が治っていル。熱も頭痛も、忘れ去られたように消えていタ。

 

 私の独り言を聞いていたのカ。様子がおかしいことから悟ったのカ。今となってはもう分からなイ。分かるのは―――私が身代わりになろうとしている事に勘付いた皆が、私に内緒で計画を変更し、私一人を時間遡行させることにした、という事。そして、プラントを介して、自分たちのなけなしの生命エネルギーを、死にかけの私に送り込んだ、という事実だけダ。おかげで身体は数年以上若返り、向こう3年は寿命の心配をしなくてもよい程の健康体になっタ。

 

 …最後の皆の微笑みは、今でも忘れられなイ。皆だって、生きていたかったはずなのニ。小さな希望を、未来を信じていたはずなのニ。私を生かすために、私だけガ…。

 

 ―――――――――――――………。

 

 …済まない、ちょっと感傷的になってしまっタ。…何でネギ先生が泣くんだヨ。それに皆モ。ほら和泉さん、顔がヒドイことになってるヨ?またちょっと休憩挟もうカ?―――…要らなイ?ふむ、分かったヨ。まぁ後ちょっとだしネ。

 

 かくして私は、この時代に降り立っタ。数日間泣き晴らして、瞼を擦って計画を改め、一週間かけて立ち上がっタ。そして今日まで麻帆良学園の陰で暗躍し続けながら、世界樹の魔力が溜まる日を待ち続けタ。

 

 私の―――いや、私たちの目的は、たった一ツ。世界に魔法の存在を知らしめる事。

 

 魔法が世に知れ渡れば、自然と魔法世界の存在も明るみに出ル。そして、魔法世界の消滅の危機という事実が、否応なく明るみに出るはズ。そうなれば、幻想とはいえ知性を持ち生活している存在をエネルギー源にするような真似は出来なくなるはずダ。

 

 世界に魔法の存在を知らせるための魔力、今年の世界樹の魔力の最大放出を逃せば、おそらく二度と機会はなイ。失敗だけは許されなイ。ここが歴史の転換点ダ。

 

 改めて、皆に頼ム。

 

 プラントを世に産み出さないでくレ。

 

 私たちの祈りを叶えられるのは、過去に生きるあなたたちだけなんダ。

 

 

 

 

 

 

「―――…さん、超さん?超さーん?」

 

 

 葉加瀬の声で目を覚ます。

 瞼を擦って開ければ、そこはいつもの研究室。自分と葉加瀬以外は誰も居ない。西の空に沈む夕陽が、研究室を燃えるような朱色に照らしている。

 

 

「帰って来て椅子に座ったと思ったら、そのまま夕方まで寝ちゃうんですもん。相当疲れも緊張も溜まってるんじゃないですか?」

 

 

 葉加瀬がクスクスと笑いながら、傍らに珈琲を差し出す。

 

 

「今日の猿芝居でネギ先生がトチらないか不安で不安でしょうがなかったからナ。というか、もう明日から学園祭が始まるんだヨ?緊張しない方がどうかしてル―――――」

 

 

 憮然とした調子で珈琲を啜る超の両肩を、葉加瀬が優しく揉みほぐした。手に持つ珈琲の水面が揺らめくが、葉加瀬の絶妙な力加減によって、零れることはなかった。

 

 

「気持ちは分かりますが、張り詰め過ぎですよ、超さん。職務質問されてもおかしくないくらい。」

 

 

 自分の肩を揉みながらクスクス笑う葉加瀬に、もう一言文句を言ってやろうとした超だったが、その視線が一点で固定される。そして、超の視線がその一点に止まった事に気付いた葉加瀬のクスクス笑いが更に大きくなった。

 

 超の視線の先、机の上に、一枚の大き目の紙が置かれている。超は溜め息を一つ吐きながら、その紙を手に取り、改めて深く溜め息を吐いた。

 

 

「“麻帆良祭大作戦決行前夜祭in別荘〜温泉もあるよ!〜”ネ。明日からの準備、大丈夫なんだろうナ?」

 

 

 呆れたような口調ながらも、これがクラスメイトからの心遣いである事は明らかだったので、それを無碍にする気は無い。昼間のネギ先生の件がやはり強引だったためか、要らぬ心配をかけてしまったようである。

 

 

「仕方ない、参加してやるとするかネ。温泉入って飯食って丸一日寝て、完全回復して出陣ヨ。」

 

 

 珈琲を一気に飲み干して、立ち上がって背筋を伸ばした。

 外出支度を始めた超の目に、壁に掛けた3−Aの集合写真が映る。

 あまり深く関わり合うつもりは無かった仲間たちが、気付けば元の世界の仲間達と同じくらい大切な存在になっていた。超も千雨同様、葉加瀬以外のクラスメイトを自分の都合に巻き込む気は一切無かった。

 それがあれよあれよという間に自分の出自、目的まで全部明かしてしまい、しかも彼女たちはそれに手を貸してくれると言う。そしてその中心には、自分と同じく未来からやって来た少女の存在があった。

 

 

「…全く、奇妙な因果だナ。」

 

「そうですね。3−Aを中心に世界が回ってる、そんな感じがします。」

 

 

 ハカセと共に苦笑気味に呟く。

 目指す未来は分岐点の向こう。後は、往く道を間違えなければ。

 

 

「―――――じゃあ、行こうカ。ハカセ。」

 

「ええ、行きましょう。」

 

 

 

 そして超は歩き出す。

 これまでもそうしてきたように、確かな足取りで。

 

 

 

 

「………というか、今『別荘』行ったら死ぬんじゃないかナ…?」

 

「…ま、まぁ私たちを傷つけるはずありませんし…。」

 

 

 

 

 

 


(後書き)

第43話。これ何て賢者の石?回。ヴァッシュ、ナイブズがホーエンハイムと同様だと考えると、この設定は間違っているんじゃないかと思えてしまう…。

 

というわけで、超の事情説明回でした。今回は超が一方的に喋り続けてます。余分な会話や反応は全カットです。いつも通りの形式にしちゃうと、3つに分けなきゃいけなくなるぐらい長文化してしまうので。

 

冒頭の原作を踏襲したやり取りは、4章の導入のために書いておきたかったんですが、今後の展開も踏まえつつ自分で考えててどうしても無理矢理感が否めなかったので、朝倉の反応等を付け足しました。やったね朝倉!出番があったよ!

 

なお超の歩んだ未来は、「ネギのクラスに超が居ない」「ネギが魔法世界の危機を救えない、もしくは気付かない。」「ネギがMM元老院に“立派な魔法使い”と認められる」という3つの要素が絡んでいます。ネギパーティが完全なる世界と闘ったどうかは別として、魔法世界の消滅を食い止められなかった、というのが大前提です。その辺の組み合わせはご想像にお任せします。

 

今回のサブタイはご存じBUMPの名曲、テイルズオブジアビスのOPテーマ「カルマ」です。拙作においては超のテーマソングでもあります。最近某笑顔動画に投稿されている魔法少女まどかマギカのカルマMADを見つけ、あまりのシンクロ率に感動しました。まだ1万再生も行ってない作品ですが、まどマギ知ってる人は是非見てほしい。

 

次回は麻帆良祭突入&作戦開始編です。ぶっちゃけ次回も千雨の出番はありません。それではまた次回!

 

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