麻帆良祭開始直前の学園長室は静かだった。近右衛門は学園長室の窓から世界樹を眺めている。

 22年に1度の世界樹の魔力蓄積を控えたこの学園祭。これまでも3度ほど経験しては来たが、これ程までの修羅場に陥るのは初めてだ。

 

 

「超鈴音一派と、長谷川・エヴァンジェリン同盟が合流した、か…。」

 

 

 別に何処からもたらされた情報という訳ではない。単純に状況を鑑みて、その可能性が高いというだけだ。

 だが、それはすなわち、ネギや3−Aの全員に自分たちの“英雄育成計画”の存在が知られている可能性が非常に高い、という事でもある。

 

 ふぅ、と長く伸びた髭が溜め息と共に大きくそよぐ。

 ネギの英雄育成計画は、何も自分の主導で始まった事ではない。新たな英雄の存在を欲するメガロメセンブリア元老院やネギの所属していたウェールズの魔法学校の校長など、非常に多くの人間が関わり、長い年月をかけて組み立ててきた計画だった。

 

 しかしその計画は完全に瓦解した。自分の膝元で、思いも寄らない人間の手によって。

 おそらく近右衛門はその咎によって、元老院によって内密に罰せられるだろう。少なくとも、これ以上この麻帆良の地に留まることは叶わない。

 

 だが、それを今悔やんでいるかと問われれば―――否だ。

 

 しかし近右衛門は、それ以上余計なことは考えなかった。

 今直面すべきは目の前の難敵。麻帆良最凶の殺人演奏家・長谷川千雨と、麻帆良最高の頭脳・超鈴音の超次元コンビ。

 彼女たちが最初から手を結んでいたのか、それとも利害の一致故の限定的な共闘か、そして世界樹の魔力を狙い、何をしようとしているのか。

 

 一か月前の雨の日の死闘の顛末も、超の目的も知らない近右衛門は、専守防衛に徹する事しか出来ない。

 

 

「…これは、エヴァの居場所も世界樹の防衛システムも、全てバレていると考えた方が良さそうじゃの。」

 

 

 そう呟いたちょうどその時、放送部によるアナウンスが学園中に大々的に響き渡った。

 

 

『―――――それではこれより、麻帆良祭、開始いたします!!』

 

 

 学生たちの爆音のような歓声があちこちから響き渡る。京都の一件以来、鬱屈とした日々を過ごしてきた学生たちにとって、今日は待ちに待ったストレス発散会のようなものだ。

 そんな騒がしくも楽しげな声を鼓膜の片隅に留めながらも、近右衛門の視線は一方向に注がれていた。

 

 

「…昼に高畑君が顔を出しに行くと言っておったが、果たしてどうなるじゃろうな。」

 

 

 視線の先、校舎に遮られて見えはしないものの、何度となく見たその屋台の姿ははっきりと思い浮かべることが出来る。

 

 改めて学園祭の出店一覧の冊子を見る。

 そこには、超と千雨が手を組んだと近右衛門が直感した理由が書かれている。

 

 女子中等部3年A組&超包子プレゼンツ・麻帆良祭限定飲茶喫茶『JAZZ包子』と。

 

 

 

 

#44 Can You Keep A Secret?

 

 

 

 

 時は遡る事一カ月前。

 超の告白後の湿っぽい空気がようやく薄れた頃、アルビレオ、超、千草らによる学園祭作戦の概要説明が行われる運びとなった。

 

 

「まずはこちらを見ていただきましょう。これは世界樹を中心に描いた、麻帆良学園の全景図です。」

 

 

 未だベッドから起き上がれない千雨のため、千雨の真正面に陣取って説明が始まったわけだが、いかんせん数十名がログハウス内に密集しているため、狭苦しい事この上ない。全員が地図を見れる位置に付けるまで、少し時間がかかった。

 移動が終わった所で、アルビレオが何処からか取り出した指示棒の先端を世界樹の位置に突き付ける。

 

 

「今回我々が狙うのは、世界樹の発する膨大な魔力。これを用いて全世界を対象とした強制認識魔法を使用し、世界中に魔法の存在を知らしめるのが、我々の目的です。」

 

 

 確認の意味を込めたアルビレオの説明に、全員が頷く。

 

 

「では、この世界中の魔力を使用するためにはどうすれば良いか、という事ですが、学園内に存在する6箇所の魔力溜まり―――世界樹の蓄積した魔力の流れ出るポイントを押さえ、利用するという方法になります。全世界を対象とした強制認識魔法となると、世界樹の魔力バックアップが必要不可欠になりますからね。」

 

 

 そうしてアルビレオは地図に向き直り、その上に次々と赤いシールを貼っていった。その間に超が、明石教授に話を振った。

 

 

「明石教授、これら6つのポイントの名を挙げていってくれるかナ?」

 

「ハイ。まずは中心となる世界樹前広場、そこから近い順に、龍宮神社南門、フィアテル・アム・ゼー広場、女子普通科礼拝堂、麻帆良大学工学部キャンパス中央公園、そして麻帆良国際大学附属高校―――以上、6つです。」

 

 

 明石教授が言い並べ終わると同時に、地図上に6つのシールが貼られ終えた。

 世界樹前広場を中心にして、赤いシールがまばらに点在しており、無理をすれば五芒星を描いているように見えなくもない。

 

 

「あ、何か星型っぽーい。」

 

 

 釘宮がそう口に出すと、他の者も同意したように頷く。千雨もその一人だった。

 そしてそれを見るアルビレオの目は、我が意を得たりと言わんばかりに小さく輝いていた。

 

 

「良い所に気付いて下さいました。そう、この魔力溜まりが歪な星型を描いている事は有名で、昔から“大地の星”と呼ばれていたそうです。

 ―――しかし、ザジさんが見つけてきた情報は、それを根底から覆す物でした。」

 

 

 自分の名が出された事に恥ずかしさと不満を湛えた顔をしているレインを無視し、アルビレオは地図上から2枚のシールを剥がす。工学部キャンパス中央公園と、国際大学附属高校の位置だ。

 

 

「今私が剥がしたこの2箇所―――中央公園と、附属高校。どちらも他の3つに比べて敷地面積が広く、正確な魔力溜まりのポイントが曖昧です。今私がシールを貼っていた箇所は、それぞれの中心部に過ぎない。なので、この2箇所の範囲を塗り潰すと、このようになります。」

 

 

 アルビレオが取り出した赤色の油性ペンが、公園と高校を塗り潰す。その範囲を見てみると、確かに広い。礼拝堂や広場がシール一枚の範囲に収まっているのに対し、該当の2箇所は一枚どころか十枚あっても足りない程の広さだ。

 すると今度は、授業の教材で使うような、黒板用のコンパスを取り出してきた。一体何処に置いてあったのかはさておき、その先端に黒の油性ペンを取り付け、針の部分を世界樹前広場のシールの上に置く。

 

 

「さて、ここで着目したいのが、礼拝堂と広場の位置です。この二つは世界樹広場から見て、ちょうど直線距離が同じ程度にあります。」

 

 

 アルビレオがそう言って、コンパスで2箇所を指し示す。地図で見て一番上に位置する礼拝堂と、左下に位置するフィアテル・アム・ゼー広場は、確かにほとんど同じくらいの距離だった。

 

 

「では、世界樹広場を中心に、この2箇所を通るように円を描いてみましょう。」

 

 

 黒の油性ペンが地図上に円を描き出す。礼拝堂を始点に線を伸ばし始めた円は、広場を通り、ゆっくりと一周して始点に戻る。

 そして、描かれた円を見た途端、数名が声を挙げた。

 

 円は公園と高校―――先ほど赤で塗り潰した箇所を掠めるように通っている。

 違う、それだけなら誰も驚かない。真に驚くべきは―――――

 

 

六角形(・・・)…。」

 

 

 呆然とした声を漏らしたのは、星型、五芒星であるという常識を、一番よく知っていたはずの明石教授であった。

 工学部キャンパス中央公園が存在するのは、フィアテル・アム・ゼー広場から見て上方。円が交わっているのは公園の一番端―――広場のシールの位置から見て真上だ。

 その公園と、世界樹前広場を挟んで対称的な位置にある附属高校と円を描く線の交差点も、最初にシールを貼った位置から大分ずれて、龍宮神社の真下になっている。

 

 世界樹前広場を中心に、公園と高校が、広場と神社が、それぞれ対になっている。そして礼拝堂を含めた5つは、世界樹前広場を中心とした円周上に位置している。

 

 

 すなわち、正六角形。

 五芒星(ペンタグラム)ではなく、六芒星(ヘキサグラム)

 

 だが、だとすれば―――――

 

 

「そう―――一つ、足りない。」

 

 

 アルビレオの声に、期せずして全員の頷きが重なる。

 正六角形の一番下、礼拝堂と対になる部分。超が何も言わず、そこにシールを貼った。

 

 あの位置には、何があった――――?

 

 

「えっと…確かそこって、初等部の校舎があったんじゃ…?」

 

「え、でもそれはもうちょっと世界樹寄りじゃない?円から外れてるよ?」

 

 

 村上の発言は朝倉によって否定されたが、同時に、初等部の校舎という部分に引っ掛かりを覚えた人間が多く居た。

 シールの位置は初等部の校舎の下方。確か、初等部の校舎の南側に何かあったような―――――

 

 その瞬間、小さな悲鳴のような声が挙がり、全員の視線がそちらに向けられる。

 悲鳴の主はあやかだった。わなわなと震える指で、貼られたばかりの赤いシールを指し示していた。

 

 

「南の丘の展望台―――学園長専用特別応接室(・・・・・・・・・・)!」

 

 

 まるで背骨が氷柱になったかのような悪寒が、初めてその事実を知らされた全員を襲った。

 

 

「ちょっといいんちょ、それ本当なの!?」

 

「ええ、一度展望台に見学に行って、説明を受けた事があります。始まりの学び舎たる初等部校舎と、麻帆良学園都市の象徴たる世界樹を同時に一望できるため、賓客をもてなすには絶好の場所である、と。」

 

 

 あやかが説明を終えると、言い様のない不安感が3−Aメンバーの間に広がった。秘密の魔力溜まりの場所に学園長専用の関係施設があるというのは、非常に黒い状況だ。

 

 

「…だが、本当にそこに魔力溜まりが存在するという証拠があるのでござるか?」

 

 

 楓の疑問は至極尤もである。特に厳しい視線を向けているのは、実際に学園警備に当っている真名と明石教授だ。旧学園長室付近から世界樹の魔力が観測されたという事例を聞いた事が無いため、第七の魔力溜まりという説には懐疑的にならざるを得なかった。

 そしてその疑問は当然予測していたであろうアルビレオは、懐から数枚の写真を取り出した。言いだしっぺの楓と真名が真っ先に受け取り、写真を覗きこむ。

 

 写真に映っていたのは樹木だった。見た感じは常緑樹のような、しかしそれ以外は何の変哲もない、いたって普通の木だ。

 それが5枚分。そしてその写真の裏には、今話題に挙がっている初等部南の丘も含めて、世界樹の魔力溜まりとされている場所の名称が記されていた。

 

 

「その写真に映っている樹木は、いずれも世界樹の魔力を吸い上げ、育った物です。」

 

 

 周囲が一斉にざわめくと共に、怪訝な様子だった真名の双眸が一気に見開かれる。

 

 

「その若木は世界樹の魔力溜まりの中心点―――世界樹からもたらされる魔力を吸い上げる事で成長しています。幹から世界樹が放つ魔力と同一の反応が確認されました。世界樹前広場については、そもそもあそこが魔力の起点となりますので割愛します。龍宮さん、神社の境内に生えている木についてなら、貴方の方が詳しいのではないですか?」

 

 

 一斉に真名に視線が注がれた。真名は写真の中の一枚―――裏に「龍宮神社」と書かれた物を改めて一瞥し、溜め息を吐く。

 

 

「…確かに、この写真の木は境内の南門近くに生えている木だ。魔力反応を確認した事はないが、やろうと思えば一時間もかからず出来るよ。嘘である必要はない。…ということは、その特別応接室とやらにも、同じような樹木があるという事なんだな?」

 

 

 アルビレオが頷きつつ、懐から6枚目の写真を渡す。写真に映っていたのは、それまでの5枚に映っていた物よりも大きめの常緑樹だった。展望スペースから少し離れた芝生の上、おそらく丘の頂上にあたる地点に生えており、ハイキングやピクニックに丁度良さそうな場所である事が伺えた。

 

 

「…けど、何で秘密にされてるのよ?」

 

 

 明日菜が疑問を呈したが、聡い者はすでにその理由を察していた。

 

 

「悪用を防ぐための防止弁ですよ。世界樹の魔力を利用しようとする人間は後を絶たない。そしてもし関東魔法協会内にスパイが居たりしたら、非常に不味い事になる。しかし本来六角形の魔法陣を五角形と偽ることで、残る5点と世界樹前広場が制圧されたとしても、十全に魔力を使用出来る状況は防げる。ひょっとしたら、対抗術式(カウンター)くらい仕込まれているかもしれませんね。すなわち、世界樹の最終防衛ライン(・・・・・・・)、ということです。」

 

 

 最終防衛ライン。

 その言葉を聞いた瞬間、数名の目が見開かれた。

 

 最高機密の魔力溜まり。

 世界樹の魔力を使用させないための防衛線。

 

 世界樹が膨大な魔力を放つという学園祭で、それを狙う人間が居ないはずはなく。

 ならばその最後の防衛線に置かれるべきは、その存在を知っている人間に限られ。

 ―――――そして、確実に守り通せる人間であるはずだ。

 

 

「―――そう、そこを守るのは一人しか居ない。」

 

 

 アルビレオの前置きが無かろうと、すでに最初の段階で気付いていなかった者も皆理解していた。

 その最終防衛ラインを守るのが誰であるか。

 避けては通れぬその敵が誰であるのか。

 

 

「全世界でも五指に入る魔法使い――――麻帆良学園都市学園長兼関東魔法協会会長、近衛近右衛門その人以外には有り得ません。」

 

 

 

 

 

 

 麻帆良祭一日目の半分が終わった昼ごろ。

 

 カツカツ、と規則正しいが慌ただしい革靴の音が、学園長室―――近右衛門がよく使用する、女子中等部にある第二学園長室に迫ってくる。

 いつもより強めのノックに近右衛門が応じると、そのままドアを引き千切らんばかりの勢いで、タカミチが入ってきた。

 

 

「もう少し静かに入って来れんかの、高畑君。君らしくもない。」

 

 

 平静を一切崩すことなく咎め立てた近右衛門に、タカミチは申し訳ありません、と詫びてから、一枚のチラシを取り出した。

 

 

「ほぅ、これは…。」

 

 

 面白い、と言わんばかりに近右衛門が口髭を揺らして笑う。しかしその双眸には、ぞっとするほどの老獪さが光っている。

 

 

 

『Super Gig Time Of Thousandrain!!

 

 麻帆良学園一のサックス奏者、サウザンドレインの生演奏!

 学園祭3日目、JAZZ包子前にて16:00よりスタート!

 最高の演奏を見逃すなかれ!奏でられるその音を、鼓膜で、地肌で、魂で感じろ!!』

 

 

 

「先ほど3−Aの店に立ち寄った際に、食事用プレートに敷いてありました。それだけでなく、学内新聞の折り込みチラシなど、様々な広報活動を行っています。」

 

 

 タカミチが差し出したチラシは、JAZZ包子の宣伝チラシだ。学園祭最終日となる3日目に、サウザンドレイン―――つい先日麻帆良学園内に潜んでいるとされた賞金首が、生演奏を披露するという、麻帆良内の魔法関係者にとっては挑発以外の何物でもない広告だ。

 しかもご丁寧に、チラシに印刷されている白黒の人型シルエットのポーズが、サウザンドレインの手配書と全く同じなのだ。

 

 

「サウザンドレインの正体については、知られてはおらんはずじゃな?」

 

「もし知られてたら、血気盛んな魔法使いでここも屋台も溢れ返ってますよ。ですが、少なくとも今日中には、このチラシの噂が魔法使い全員に伝播するはずです。すでに何名か、私に話を聞きに来ました。」

 

 

 タカミチは元3−Aの担任だ。かつての彼の教え子たちが、近年屈指の賞金首と関わっている可能性があるとなれば、偶然見かけたタカミチにそれを尋ねるのは自明の理だ。

 

 

「…3−Aの様子はどうじゃった?」

 

 

 近右衛門がそう口にした瞬間、タカミチの顔が苦々しい物に変わった。

 

 

「…表面上は平静を装っていましたが、何処となく余所余所しさと、嫌悪感と警戒心の混じった視線を投げかけられました。おそらくすでに、“計画”はバレていると考えてよいでしょう。…覚悟していたとはいえ、さすがに辛い物がありますね。」

 

 

 陰鬱なタカミチの表情が、彼の複雑な感情を忠実に表現している。

 近右衛門はタカミチから目を逸らし、窓の外を見た。眼下では生徒たちが思い思いに学園祭を満喫している。平和で平穏そのものの光景だ。

 一分程の沈黙の後、近右衛門が老獪な光を瞳に携えたまま、タカミチに向き直る。すでにタカミチの表情は、戦場に赴く者のそれに戻っていた。

 

 

「3−Aはすでに全員が我々の敵に回っておるという事じゃの。とすれば、このチラシの目的は―――――」

 

 

 

 

 

 

「けれど、学園長を倒せばいいって問題でもない。」

 

 

 レインの指摘が、不安げにざわついていた3−Aメンバーの会話を押し留めた。レインは自分に視線が完全に集まったのを確認し、全員に見えるように人差し指を一本立てる。

 

 

「まず一つ目。今挙げた7か所全てを制圧しないといけない。南の丘の魔力溜まりにだけカウンターが用意されているとは限らないし、十全に使えないならどれか一つでも落とす訳には行かない。2つ目に、敵は近衛近右衛門だけじゃない。学園都市中の魔法使いが相手だよ。だから、相手の戦力を分散させることも必要になる。」

 

 

 続いて中指を立てる。アルはその説明に相槌を打つだけだ。超と千草は黙ってそれを聞いている。

 

 

「そして3つ目。これが一番大事な事。世界樹の魔力を、本当に100%使うつもりなら、エヴァの封印を解かなきゃいけない。エヴァの封印に世界樹の魔力が結構使われてるみたいだしね。無視は出来ない。」

 

 

 レインが薬指を立てると同時に、全員があっと少し呆けたような声を挙げた。超の告白やら何やらで、エヴァの事がすっかり全員の頭から飛んで行ってしまっていた。

 それを少し呆れ混じりの視線で眺めながら、レインが小指を立てた。

 

 

「最後に、私たちはこれら3つを同時に―――学園祭最終日にこなさなきゃいけない。エヴァの封印を解いた時点で私たちは完全に有罪(ギルティ)になる。7か所制圧、学園長討伐なら尚更。早まった事をすれば、そこから全てが崩壊するよ。」

 

 

 世界樹の魔力放出が最大になるのは、学園祭最終日となる3日目。2日目以前に行動を起こせば、ただでさえ世界中から注目されている学園都市において、最大級の注目を浴びてしまうことになる。そうなれば目論見、構成員まで全て明らかにされるのがオチだ。その上相手が“学園都市の平和を守る”集団である以上、大義名分を与えてしまうことにもなる。何一つ良いことはない。

 

 行動を起こすのならば、3日目に限られる。それも作戦にかける時間は短ければ短い程良い。

 

 となれば―――――

 

 

「―――つまり私たちに求められているのは、同時多方面作戦。エヴァの封印解除、魔法使いの陽動、魔力溜まりの制圧、この3つに人員をそれぞれ割いて同時に着手する。そういうことでしょう?」

 

「全くその通りです。ありがとうございます、ザジさん。おかげで説明の手間が省けました。」

 

 

 アルが浮かべ慣れた感じの触りの良い笑顔を浮かべ、小さく拍手を送った。対するレインは仏頂面で、小さく鼻を鳴らしていた。

 

 

「あ、でもそれじゃあ――――」

 

 

 夕映が何かに気付いたように声を上げるも、その先の言葉は超が引き継いだ。

 

 

「そうだよ綾瀬さン。いや、3−Aの皆。皆には、麻帆良学園内の魔法使いたちの陽動を引き受けてほしイ。」

 

 

 指名を、そして使命を受けた瞬間、3−A全員の顔色が変わった。だが、ざわめく者は一人としていない。およそ30名のクラスメイトたちの腹を据えた表情に、満足げに微笑みながら、超は話を続けた。

 

 

「我々は少数精鋭、そのほぼ全員を、魔力溜まりの制圧に費やさねばならなイ。そして制圧後に、その拠点を守ることも必要となル。敵は個々の力量はともかく、数は多イ。少しでも相手の兵力を減らしておかねば、手間も時間も必要以上にかかってしまうことになル。」

 

 

 超は一旦そこで言葉を切り、自分に視線を注ぐクラスメイトたちと向き合う。

 

 

「―――最終確認ダ。ここがデッドラインヨ。ここから先は危険極まりない一本橋、失敗すれば犯罪者一直線、残る人生白い眼で見られ続けることは確定だヨ。私は、皆にそんな想いはしてほしくなイ。千雨さんもそう思っているだろウ。

 ―――だから、ここで降りたい人は降りてくれて構わなイ。決してその人を侮蔑するようなことはなイ。」

 

 

 最後の最後、引き返しの効く安全区域(セーフエリア)はここまでだと、ここから先は危険区域(デッドゾーン)だと、超は覚悟を問うた。本当に協力してくれなくたって構わないし責めやしない。修学旅行の時風呂場で千雨に念押しするまでもなく、超は彼女たちを巻き込むつもりは最初から無かったのだから。

 しかしそんな超の気遣いは、今の彼女たちの気炎に燃料を投下しただけだった。

 

 

「―――何を今更。真の団結力を手にした我ら3−Aならば、どんな難行も乗り越えられますわ!」

 

 

 雪広の力強い宣言と共に、クラスメイトたちが歓声のような雄叫びをあげる。狭いログハウスの中に約30人分の大声が反響し、ガラス窓を震わす。

 

 

「―――では、魔法使いたちの陽動、戦力分散は皆に任せるとしテ…。」

 

 

 満足気な笑みを崩して真剣な表情に戻り、超が向き直った先は、“制圧”と“救出”にあたる人員の方だった。

 

 

「制圧班と救出班の人員分担は、相坂さんには救出班に入ってもらわなければ困るわけだが、それ以外は後でも間に合うネ。

 ―――とりあえず、少なくとも一人はすでに決定していることだしナ。」

 

 

 超の発言と共に、全員の視線がただ一人に集中する。

 ただ一人、近衛近右衛門を倒せる可能性を持つ、未だベッドから起き上がる事の出来ない最高戦力を。

 

 

「…学園祭まであと一カ月。『別荘』換算で2年。…間に合うカ?」

 

 

 そう問われた千雨は、繋げられたばかりの新しい身体を見やる。腕を動かそうとしても、足を動かそうとしても、ただただ気持ちの悪い感触が全身を奔るだけで、全く思い通りに動こうとしない。

 にも関わらず千雨は、獰猛な笑みを見せつつ嘯いた。

 

 

「上等だ。間に合わせてやるさ。今まで通りどころか、遥かに強くなって、な。」

 

「…それを聞いて安心したヨ。」

 

 

 超は呆れたように肩を竦めながら、何処か安心したような笑顔を浮かべる。

 近右衛門を打倒し得るのは、千雨を置いて他に居ない。少なくとも、この場に居る全員を足し合わせてもなお千雨一人には及ばないし、同時に近右衛門にも遠く及ばない。ならば千雨と近右衛門をぶつけ合うしかないのだ。おそらく近右衛門も、千雨を潰しにかかってくるであろう事は想像に難くない。

 すると今度がアルがクラスメイトたちの方に向き直った。

 

 

「―――という訳で、千雨さんは今から学園祭の作戦決行当日までこの『別荘』内に居続けてもらいます。そこで皆さんにもう一つ、絶対にしてもらわなければいけない事があります。」

 

 

 分かりますか?と問いかけるようなアルの口調に、心当たりが見つからず全員が首を傾げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 麻帆良祭の一日目を終え、三々五々散っていく生徒たちの姿を眼下に収めながら、近右衛門は昼過ぎにタカミチから手渡されたチラシに再度目を通す。

 

 このチラシは間違いなく陽動だ。そして本人はおそらく現れない。

 この作戦を考えているのが誰なのか、近右衛門は薄々勘付いていた。

 

 

(…アルビレオの奴めが、ずっと暗躍し続けておったのか。獅子身中の虫とは正にこの事じゃの。)

 

 

 京都の一件で千草に内部情報を流出させていたのも、おそらくアルビレオだ。この麻帆良祭にまで天ヶ崎千草が関わっているとは考えたくないが、その想定も考慮に入れておくべきだろう。

 同時に、7つ目の魔力溜まりの事も判明していると考えた方が良い。だがそれは然程関係がない。バレていようがいまいが、自分が3日目に初等部南の丘を護る事は確定なのだから。

 

 ならば、敵の出方は一つに限られる。

 自分が最後の関門として立ちはだかるのならば、それを打ち破れる人間をぶつけざるを得ない。その逆もまた然りで、彼女の打倒なしに勝利を得ることは出来ない。

 

 3日目の南の丘で、自分と長谷川千雨が戦う事は必定だ。

 

 

「―――――じゃが、もし儂を倒せる唯一の存在が、儂との決闘を待たずして倒された時、お主らはどうするつもりかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――この『別荘』が何処にあるか、という事実を、絶対に漏らさないことですよ。」

 

 

 アルの示した答えに、3−Aメンバーの多くが悲鳴を堪えるように口元を押さえた。

 示されてようやく気付いた、その可能性。その最悪さに、改めて身が凍りついたかのような緊張感が彼女たちの間に奔った。

 

 

「もしこの『別荘』の―――中の千雨さんの存在が知られてしまえば、我々は学園長を倒せる唯一の手札(カード)を失うことになります。そうなれば後は計画失敗を待つのみです。」

 

 

 3−Aメンバーの恐怖心を煽るように試すように、アルは一言一句に力を込めて彼女たちに伝える。傍から見れば脅しとしか思えない。

 だが、彼女たちはそれでも視線だけは決して逸らそうとしなかった。

 すでに3−Aのクラスメイトたちは、本気でデッドゾーンに踏み込む覚悟を決めている。アルはその姿を、強さを認めたように頷く。この意志の強さを信じずして、この計画の成功はあり得ないのだから。

 

 

「貴方がたは絶対に、この『別荘』の場所を口外してはならない。尋問されようと拷問されようと、決して口を割ってはなりません。一人でも負けてしまえば、それは全員の敗北に他ならないのですから。」

 

 

 

 

 

 

 ネギ先生や明石教授の発言から、千雨が一か月前の襲撃で深手を負った事は間違いない。だが彼女を自分にぶつける気なら、その傷を完全に癒さねばならない。

 

 だとすれば千雨は『別荘』に籠っているはずだ。

 そしてその『別荘』の位置が3日目までに掴めれば、勝利は間違いなくこちらの物だ。

 

 その辺は超たちも弁えているはずだ。クラスメイトたちにもそれに関する注意は万全に行き届いているだろう。

 

 しかし彼女たちが配ったチラシの副作用として、サウザンドレインと3−Aとの関連性を疑う魔法使いが多々出てくるのは間違いない。今日にでも誰かが、近右衛門に申告しに来るだろう。

陽動とは、注目を一手に引き受けるという事である。明日から彼女たちの出店『JAZZ包子』周辺には魔法使いたちが頻繁に出入りするだろうし、直接彼女たちに問い質す者も出てくるだろう。もちろん近右衛門自身も、千雨の関係者周辺に探りを入れていくつもりだ。千雨自身の出席記録、クラスメイトたちの怪しげな動きについても振り返った方が良いだろう。

 

 後は近右衛門自身が知る情報を、少しずつ魔法使いたちに流していって―――と、そこまで考えたところで、学園長室の扉がノックされた。

 

 扉を開けて入ってきた魔法使いは、その右手にタカミチが持って来た物と同じチラシを持っていた。近右衛門は内心で小さく、かつ獰猛に微笑む。

 

 

 

(さあ―――燻り出させてもらうぞ、小娘共。)

 

 

 

 麻帆良祭最終日まで、後2日。

 

 

 

 

 

 


(後書き)

 第44話。『千雨を倒す』『世界樹を守る』両方やらなくっちゃいけないってのが学園長の辛いところだな回。それにしてもこんなに楽しくなさそうな麻帆良祭描写が未だかつてあっただろうか。卒業してから母校の文化祭を見て回って、「アレ、高校の頃の文化祭ってこんなにショボかったっけ?」と何故か落胆してしまったほろ苦い経験を書いてて思い出しました。

 

 今回は説明回でした。ざっとまとめれば、「総力攻勢に出る3−A組」VS「専守防衛魔法使い組(ただし奇襲で逆転狙い)」の戦いです。“指名手配”の千雨が『別荘』の外へ引きずり出されれば、魔法使い側は大義名分をゲットしつつ相手の切り札の位置や動きを補足出来る事になります。…今更ですけど、『別荘』は何処か別の場所に移動させる事は出来ない、とかそんな設定は無かったですよね?もしあったらそれは、アルか千草が何とかしたものと思っておいて下さい。

 

 後、7つ目の魔力溜まりとか特別応接室とか、前回といい今回といい捏造設定の嵐です。一応残る6つの魔力溜まりについては原作通りですが、それを繋げて星になるかと言われたら知らんとしか答えようがありません。いわんや六芒星をや。そしてエヴァが囚われのヒロインと化してる件はスルーの方向で。

 

 ところで今回は読みやすかったでしょうか?最近何だか自分の文章に自信が無くなってきてます。特に会話と会話の繋ぎ目をどうしたらいいか、とか。例えも上手く出てこなくなってきたし…。一度次の休みかどっかで図書館か本屋に籠って、飽きるまで本や小説読み漁って文章の書き方学んでおこうかしら。

 

 今回のサブタイは、説明するまでもないですが、宇多田ヒカルの「Can You Keep A Secret?」です。確かこの曲が出た頃に浜崎あゆみも大活躍してて、BUMPの「天体観測」「ハルジオン」もこの前後だったはず。多分自分が小学生かそこいらだったあの時期が、邦楽全盛期だったような気もします。

 

 次回更新ですが、学園祭&またしてもレポートがありますので、ちょっと遅くなるかもです。そして内容的にもあんまり進みません。せいぜい2日目が終わるぐらい。多分12月に入る前には最終決戦に取りかかれるかなー、と考えてます。どうせ予定狂うんでしょうけど…。それではまた次回!

 

押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.