――――午後15時。

 関東魔法協会“奇襲部隊”、任務完了。

 

 その知らせを近右衛門が聞いたのが一時間程前。

 現在その“奇襲部隊”は、隊長である葛葉刀子以下30名、戦利品である『別荘』を持って、特別応接室に詰め掛けていた。元々『別荘』は発見しても手は出さず、厳戒態勢を敷いたまま学園長の元へ持ってくる手筈だったので、今こうして、『別荘』を囲んで全員が武器を構えている状況に、さしたる問題は無い。

 突入した店内は誰も居らず、罠の数や場所も、事前に美空が伝えていた通りだった。そして『別荘』は、店のカウンターの上で、何重もの防御結界に守られていた状態で置かれており、数時間かけて一つ一つ結界を解除し、慎重にこの特別応接室まで運ばれてきたのである。

 

 当の『別荘』は、近右衛門や奇襲部隊の面々に見張られている上に、重力負荷増大術式や束縛魔法の魔法陣の上に乗せられている。陣の上に乗った瞬間、指一本動かせなくなることは間違いない。

 

 しかし、そんな圧倒的優位な状況にありながらも、『別荘』を囲む魔法使いたちの表情に油断はない。というか、出来ない。何故ならば、この部屋の主が―――近右衛門が、誰よりも戦意を撒き散らしながら、鬼気迫る形相で『別荘』を睨み付けているからである。

 秒針が時を刻む音が、やけに大きく響く。葛葉が刀を構えたまま近右衛門を伺うと、近右衛門は頷きを一つ返してきた。

 

 が、頷いた途端に近右衛門の眉が大きく傾げられ、それと同時に慌ただしい足音が学園長室の外から響いてきた。

 

 

「し、失礼しますっ!かっ、火急の報告で…。」

 

 

 足音の主―――弐集院という魔法使いは、本当に焦って駆けてきたというのを全身で表現するかのように、小太り気味の体を大きく上下に動かして、ゼイゼイと肩で息をしていた。

 

 

「どうしたのじゃ、弐集院君。」

 

 

 戦時ともあって、近右衛門からいつもの飄々とした様子はすっかり消え去っている。

 普通ならその緊迫した気迫を身に浴びるだけで平静を取り戻してもおかしくないはずなのだが、弐集院は焦燥感を露わにしたままだ。どう説明したらよいか迷っている風でもある。

 十秒ほど困惑を全身で表した後、ようやく口を開いた。

 

 

「そ、その、JAZZ包子監視班からの連絡がありまして。サウザンドレイン本人が、JAZZ包子に現れたとの、ことです…。」

 

 

 そして。彼がそう口にした瞬間。

 応接室の大きな窓から見える絶景の中に、真紅の爆炎が立ち昇った。

 

 

 

 

 

#47 凛として咲く花の如く

 

 

 

 

 

 ―――16:00。図書館島。

 

 学園祭の間一般公開されている図書館島は、それこそこの学園祭で訪れていない人は居ないと言っても過言ではないほど、連日賑わっていた。やはり湖上の大図書館という謎めいた建物は、どんな時代でも人を惹き付ける魅力に溢れているようである。

 

 そんな、観光客でごった返す図書館島には現在、普段より遥かに多くの魔法使いたちが潜り込んでいる。

 

 この図書館を護る“潜伏部隊”の役目は当然エヴァの解放の阻止であるが、そのための手段として、「エヴァの封印を解こうとする人間の拿捕」を掲げている。

 美空からの密告により、超に与する者たちが、世界樹の魔力を十全に利用するために、エヴァの解放を目論んでいる事は伝わっている。そうなれば、エヴァの封印を解かれる前に捕まえる方がずっと容易いのは自明の理だ。解放にあたるメンバーについても、美空から顔写真付きで情報がもたらされている。

 故に、今日はほぼ一日がかりで彼女たちの姿を探しているのだ。図書館島内部だけではなく、図書館島を囲む湖の岸辺も、自分たちや“遊撃部隊”が巡回していた。

 

 そして―――その警戒網に引っ掛かった少女が、一人。

 

 

「こちらC班2名!目標は東Fエリアから南東Bエリアに移動!」

 

「了解、B班応援に向かう!絶対に逃がすな!」

 

 

 背の高い男性が無線を飛ばしながら、本棚の上を滑るように走り抜けていく。眼下の来場者たちはアトラクションの一環だと思っているのか、歓声を上げて手を振ってくるが、それに応えている余裕はない。

 視線の先には少女が一人。美空からもたらされたエヴァ解放班のメンバーの一人に相違なかった。

 

 と、少女の足が急に止まった。

 飛ぶ様に駆けていたせいか、着地点への注意が疎かになってしまい、足先が半分以上本棚の端から出てしまったため、バランスを崩しそうになっていた。

 

 

「しめた、今だ!」

 

 

 脚に力を込め、一気に距離を詰める。自分の隣の本棚を走っていた同僚も同じだ。兎を狩らんとする肉食獣のように、手を伸ばして少女の背を掴もうとする。

 が、少女が彼らの方を振り返り、ニヤっと笑った瞬間、嵌められた事に気付く。

 

 

「せいっ!」

 

「うわぁっ!?」

 

「ばっ、馬鹿!こっちに倒れ込んでくるな!?」

 

 

 何と少女は、姿勢だけもたついたように見せかけ、充分な距離まで近づいてきた男に思いっきり足払いをかけたのである。

 バランスを崩した男は、跳び移ろうとしてきた男を巻き込み、もつれ合いながら本棚の下に落下した。

 

 

「あーっはっはっはっは!悪いね、この辺は私の庭みたいなモンなんだ!図書館島でこの早乙女ハルナ様を捕まえようなんて百年早い!空でも飛んで出直してこい!」

 

 

 腕を組み、落ちた二人を余裕たっぷりに見下ろしながらそう宣言すると、本棚下の来場者たちはハルナに向けて一斉に拍手喝采をあげた。無論、人目が多過ぎて飛行魔法が使えない事を知っての発言だ。

 

 

「…っと、馬鹿やってる間に来ちゃった。」

 

 

 ハルナの視線の先に増援の魔法使いたちの姿が映る。そろそろ痺れを切らして、捕縛魔法くらいは使ってくるだろう。

 別にそれで捕まろうが構わない。どうせ自分は単なる囮なのだから。

 

 

「けど、時間的にもうそろそろ来てもおかしくないはずなんだけど…。予定では16時のはずだし…。」

 

 

 ハルナがそう呟きながら駆け出そうとしたその瞬間、鈍い振動と微かに聞こえる爆音が、図書館島全体を揺さぶった。

 

 

「っ…!来たっ!」

 

 

 不安げにざわつく来場者や魔法使いたちとは対照的に、ハルナは会心の笑みを浮かべ、再度走り出した。

 自分たちに背を向け走り出すハルナの姿を見て、響き渡った爆音に戸惑いを見せていた魔法使いたちが我を取り戻し、再度彼女を追いかけようとする。

 

 が、突如彼らの視界を遮る物があった。

 本だ。本棚にしまわれていたはずの本が、まるで蝶のように羽ばたいている。

 

 一般人も魔法使いも、その光景を呆然と眺める中、大き目の絨毯が奪われっぱなしの視界やガラ空きになった本棚の隙間を縫って、ハルナの横を並走し始めた。

 

 

「遅くなりました、ハルナさん!」

 

「速く乗るですよ、ハルナ!」

 

 

 さよが乗り移った絨毯から半身を出すのと同時に、夕映の差し出した手を掴んでハルナが飛び乗った。

 魔法使いたちもそれに気付いて再度追いかけるが、夕映の杖がそれを遮った。

 

 

風よ(ウェンテ)舞うです(セー・インウェルタント)!」

 

 

 巻き起こった風が、魔力が、本棚から飛び出した本を自在に操る。

 数十もの本が飛び出した勢いのまま、魔法使いたちにぶつかり、遮り、みるみる距離を離していく。

 

 

「よっしゃあ!夕映ナイス!」

 

「―――油断しないで!上から来ますっ!」

 

 

 さよの叱責が飛ぶが早いか、上空から四名の魔法使いが降りてくる。

 その内二人が、絨毯を挟む形で降り立った。

 

 

「「魔法の射手・戒めの風矢(アエール・カプトゥーラエ)!」」

 

 

 二人の杖から同時に魔法が放たれ、重なる。

 が、さよの判断の方が一瞬速かった。夕映とハルナごと素早く絨毯を丸めて細い形にし、完全に捕まるのを避けた。

 

 

加速(アクケレレット)ッ!」

 

「アンタたちは、これでも喰らっとけ!!」

 

 

 夕映が唱えるのと同時に、ハルナが懐から取り出した催涙弾を投げつける。後を追おうとした残る二名の魔法使いは、催涙弾をモロに浴びてしまい、その場に蹲った。

 

 

「よし!今度こそナイスっ!」

 

「ナイス判断だったですさよさん。ありがとうございます!」

 

「いえいえ、夕映さんの魔法とハルナさんの援護あっての物です!」

 

 

 今度こそ完全に振り切り、互いに健闘を讃えあう。

 絨毯はそのまま、以前千雨とのどかが調べ物をしていた秘密の区画へと辿り着いた。ここはアルによる隠蔽工作が為されたエリアなので、早々見つかる事はないとの事だった。今回はここが彼女たちの前線基地だ。

 

 

「時刻は?」

 

「16時3分ですっ!」

 

 

 さよが栄養補給用のスポーツドリンクを念動力(ポルターガイスト)で渡しながら、元気よく答える。この3人の中ならば、スタミナではさよがダントツだ。伊達に修学旅行前にエヴァの特訓を受けている訳ではない。

 それまで魔法使いたちから全力で逃げ続けていたハルナは、勢いよくドリンクを飲み始め、あっという間に飲み干してみせた。

 

 

「―――うっし、ありがとさよちゃん。それと“エヴァンジェリン解放部隊(ダブルファング)”、任務お疲れ様。エヴァちゃん元気にしてた?」

 

「元気というよりは、殺る気に満ち溢れてたですよ。封印解いて事情と作戦説明してからは、速く出撃させろって五月蠅いことこの上なかったです。」

 

「あはは、エヴァちゃんらしいや。」

 

 

 そんな風に笑い合っていると、図書館内部が次第に騒がしくなってきていた。

 

 

「お、こりゃあ“合図”が伝わったかね。」

 

「…あれを“合図”と呼ぶのは些か躊躇われる所ですが…。そうだとすれば、他の方たちも動き始めてる頃でしょう。」

 

「―――私たちも、遅れちゃいけないですね。」

 

 

 3人が額を突き合わせ、円陣を組む。

 自分たちの仕事は、まずはこの図書館島内部を飛び回り、そこから学園中を周遊して、魔法使いたちの目を引き付けること。地味な囮の役目ではあるが、世界(みらい)を変えるための大切な一歩だ。

 

 “第一陽動部隊(ゲイル)”―――それが、彼女たちに与えられた名前。

 

 

「いくよ二人とも―――私たちが、世界を変えるっ!!」

 

「私たちが、未来を変えるっ!!」

 

「私たちの団結は、全てを変えれるっ!!」

 

 

 

「「「3−A、ファイトォッ!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――16:00。世界樹前広場。

 

 学園祭でなくとも常日頃から多くの人が行き交っているはずのこの場所は、まるで世界が静止したかのような沈黙と空白に満ちていた。

 

 

「…チグサも無茶言うよね、僕、こういうの得意じゃないんだけど。」

 

「仕掛けるだけでしょ。文句言わない。というか、あの女を抱え込んだんだから、これぐらいは日常茶飯事になると思うわよ?」

 

 

 レインの辛辣かつ的を射たコメントに、フェイトが表情を変えないまま溜め息を吐いた。得意じゃないと語る割には手慣れた手つきで、プラスチック爆弾を爆破対象の噴水に巻き付けていく。

 

 

「…と、こんなところかな。調たちはまだ戻ってこない?」

 

「そうね、そろそろ来てほしい頃合だけど―――ああ、噂をすれば。」

 

 

 無人の広場を笑顔を浮かべて駆けあがってくる調たちの姿を捉えると、レインの無機質な表情が少し綻んだ。

 

 

「フェイト様、人払い完了しました!周囲200メートル圏内、人っ子一人居ません!邪魔して来そうな魔法使いたちも、今はほとんどJAZZ包子の方にかかりっきりみたいで、見当たりませんでした!」

 

「ご苦労様。それじゃさっさとここを離れようか。」

 

 

 爆弾がしっかりと巻き付いている事を確認し、その場を去る。

 階段を降り、広場の角を曲がった先には、さらに数名の少女たちが待機しており、それに加えて空中にモニターのような物が映し出されていた。

 

 茶々丸、楓、真名、木乃香、そしてモニターの中の葉加瀬だ。

 

 

『さて、フェイトさん。首尾は上々ですか?』

 

「当然。スイッチさえ押せば、いつでも爆破出来る。人払いも済んでるから、一般客に被害が出ることはないよ。“合図”の準備は万端だ。」

 

 

 “合図”―――すなわち、開戦宣言。

 

 世界樹広場中央の噴水を爆破するという、つい一か月前の京都でのテロや、その前の発電所爆破事件を彷彿とさせること請け合いの、非常に派手で効果的な演出である。

 余談であるが、人払いに関しては、さすがに一般人が爆破に巻き込まれるのは不味いと考えた超とフェイトの独断である。この悪意の見え隠れする作戦を立てた張本人は、一切その辺は考慮していない。

 

 

『ありがとうございます。それでは―――試合開始です。』

 

「―――――了解。」

 

 

 レインとフェイト以外の全員が生唾を飲み込む中、当のフェイトは淡々と、やはり表情は変えないまま、スイッチに手をかける。

 スイッチを押し込む音は、彼女たちが思った以上に小さく。

 

 

 すぐ後方から響いてきた大音量の爆音と爆風が、あっという間にかき消した。

 

 

 少し離れた場所から、暴動でも起こったかのような声が響いてきた。間違いなく、テロと勘違いした一般人たちのパニックだろう。

 これ以上無い人除けになる、とは立案者の言だが、これまで麻帆良が見舞われてきた騒動の数々を思い起こすに、余りの申し訳なさに、その場に居た全員が沈痛な表情を浮かべるのだった。

 

 

「…とりあえず、さっさとここを離れようか。」

 

『…そうですね。すぐに魔法使いたちが駆け付けてくるでしょうし。』

 

 

 真名と葉加瀬が何とか場の空気を持ち直させると、それに呼応して全員の顔が真剣な物へと戻る。

 

 

「それでは、私ザジ・レイニーデイ。」

 

「フェイト・アーウェルンクス。」

 

「長瀬楓。」

 

「龍宮真名。」

 

「フェイト・アーウェルンクスが従者、調。」

 

「同じく、焔。」

 

「………環。」

 

「暦っ!」

 

 

『“第一魔力溜まり制圧部隊(ビースト)”、行動開始っ!!』

 

 

 全員が声を重なると同時に、素早くその場を離れ、各自の持ち場に向かった。そして葉加瀬が、後に残された茶々丸と木乃香に声をかける。

 

 

『それじゃあ私たち“機械兵管制部隊(パペットマスター)”も仕事に取りかかりますので、茶々丸も近衛さんも、頑張って下さいね?“クリムゾンネイル”は、この作戦の肝なんですから。―――――武運を祈ります。』

 

「言われなくとも。」

 

「わかっとるえー。」

 

 

 空中に浮かんでいたモニターが消える。

 それと同時に、木乃香の顔つきが一気に変わる。あどけない少女の笑みから、千年の歴史を経た自負を感じさせる鬼神の笑みへ。

 

 

「―――フハハハ、まさか貴様に守られる日が来るとはな。それが不愉快でないというのだから、誠不思議なものよ。」

 

「そういう非合理的で釣り合いの取れていない感情こそが、人間の証なのでしょう。私たち二人とも人間ではありませんが。」

 

「ふむ、人間でないからこそ分かる物なのかもしれんな。実に興味深い。」

 

 

 かつてとある人間に惨敗し、雪辱を誓ったガイノイドと、そのガイノイドに破れ去った太古の鬼神。

 敗北から強さを、生き方を見出すという人間らしさを身に付けた人外二人は今、世界と未来を変えようとする人間に手を貸し、戦いに身を投じている。

 

 

「さて、せいぜいしっかり私を護ってくれよ、最強の人型兵器?」

 

「貴方こそ、間違えないよう(・・・・・・・)慎重にやってくださいね、最強の鬼神?」

 

 

 軽口とハイタッチを交わして、互いの持ち場へ歩んでいく。

 

 主演女優は広場の中央へ。未だ激しく燃え盛る爆炎を照明に。

 助演女優は広場の上空へ。駆け付けた魔法使いたちを観客に。

 

 

「ここから先は猛き鬼神の演舞場。誰一人として、踏み入る事は許されないし、許さない。そして私は、その神罰の代行者。」

 

 

 眼下の魔法使いたちが、空中に浮かぶ茶々丸の姿に気付き、足を止める。今の爆発が、茶々丸の手による物と考えたらしい。木乃香の邪魔をさせる訳にはいかない茶々丸にとっては、自分に注目が集まるのは好都合な話であった。

 

 だが当然、誰も居ない方がより都合が良い。

 

 

 

「どうか皆様、手を抜かれることの無きよう。一方的な蹂躙に終わってしまっては、任務とはいえ面白味がありませんので――――――」

 

 

 

 優雅な一礼と共に、茶々丸の全身を、数えるのも馬鹿らしくなる程の重火器が覆う。

 

 数秒後、さらに大きく、連続した爆炎と爆音が、世界樹前広場から学園都市中に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――16:00。JAZZ包子前。

 

 丸テーブルが撤去され、椅子が横一列に並べられたJAZZ包子前は、人気アーティストの野外ライブ会場さながらの様相を呈していた。急遽用意した長椅子まで埋め尽くされ、座席の後方は立ち見客で溢れ返っている。

 大勢の観客たちは一心不乱に、舞台上で優雅にサックスを吹き鳴らす少女に熱い視線を注いでいる。大半はその演奏に聞き惚れているのだが、残る半分は敵意と警戒心を織り交ぜ、親の仇でも見るかのように睨みつけている。

 

 それもそのはず。

 今彼らの目の前で演奏している少女は、指名手配中の重犯罪者、サウザンドレイン・ザ・ホーンフリーク本人なのだから。

 

 

「…こちらA班。演奏は終盤に突入した模様。出口付近は塞いだか?」

 

『ああ。ドラムやギターの子はどうするんだ?』

 

「春日美空の報告では、彼女たちも超鈴音の計画に加担しているんだ。捕まえない訳にはいかないだろう。」

 

『それもそうだな。』

 

 

 彼らは舞台裏手にこっそりと控えた仲間の魔法使いたちと念話で連絡を取り合っている。当然、演奏終了後に彼女を逃がさず捕えるためだ。学園内巡回に回っていた仲間も、続々と駆け付けてきており、着々と包囲網は狭まって来ていた。

 

 そうこうしている内に、曲が終盤に入る。観客たちの高まる昂揚感と共に、魔法使いたちの緊張も高まってきた。

 そして千雨が、最後の一音を奏で―――――

 

 

 

 ―――世界樹広場の方から轟いた爆音が、音も余韻もかき消した。

 

 

 

「なっ、何だ!!?ば、爆発―――!?」

 

 

 立ち見に徹していた魔法使いの一人が困惑して叫ぶ。

 

 が、それがいけなかった。

 瞬間、観客の脳裏に浮かんだのは、これまで麻帆良が見舞われてきた、数々の不可解なテロ事件の事。

 

 

「ばっ――――爆弾テロだぁっ!!」

 

 

 恐慌が一瞬にして伝播する。

 観客たちが我先にと悲鳴をあげて、行く宛も無く逃げ出し始めた。一ヶ所でもパニックが起これば後は連鎖的で、JAZZ包子の外からも、次々に狂騒が聞こえてきた。

 

 唯一、その狂騒に加わらなかった魔法使い一同は、必死に一般人の安全確保のため動こうとしていたが、視界の端に舞台上でそそくさと舞台裏に捌けようとする千雨たちの姿が映った。

 

 

「オイ、お前たち!この爆発、何か――――」

 

 

 彼が舞台上の少女達と爆発を関連付けたのは、別段深い理由があった訳ではない。ただその場に重犯罪者(サウザンドレイン)が居り、その彼女が偶然視界に映り、何となく思考が直結してしまっただけだ。サウザンドレインがこの隙に逃げようとするのを防ぐ意味合いもあっただろう。

 

 だが―――――返ってきたのは、一発の銃声。

 サウザンドレインが、隠し持っていた銃の引き金を引いた音だった。

 

 

「なっ――――――――――」

 

 

 驚く間もなく、男の身体を黒い靄のような物が包む。それが綺麗な球体になって男を完全に覆い隠したかと思うと、次の瞬間には最初から誰も、何もなかったかのように消え失せていた。

 超特製の強制時間跳躍弾―――対象を3時間後の未来、すなわち学園祭終了後まで飛ばす弾頭であり、殺傷能力は低いが、そんな事が初見の人間に分かる訳もない。

 

 

「きっ―――貴様ら、何をした!!」

 

 

 消失した男の一番近くに居た男が真っ先に我に帰り、杖先を向ける。

 それに続いて仲間たちも次々に杖や武器を舞台に向け、さらに舞台袖からは待機していた魔法使いたちが荒々しく登場した。

 しかし、舞台に立つ数名の少女たちの表情に焦りの色は見られない。その余裕さに魔法使いたちが眉根を寄せた時、JAZZ包子の周囲の空気が変色した。

 

 

「っ、この感覚―――結界か!しかもこれは、関西の―――」

 

「ご明察。というわけで、そろそろ元に戻ろうかな。」

 

 

 そんな暢気な感じの言葉に魔法使いたちが驚き、振り向いた時には、すでに舞台上にサウザンドレインの姿はなく、代わりに、サックスを背負った耳の長い少女が立っていた。

 

 

「…ふわぁ、ようやく元に戻れたぁ…。もー、長谷川さんに化けるのってホントにしんどい…。」

 

「栞ちゃんお疲れ。先に休んでていいよ?」

 

「冗談。鍛え方違うんだから大丈夫よ。そもそもアンタ等放っとける訳ないでしょ。後で怒られるの私なんだから。」

 

 

 突如現れた少女はサックスと拳銃をその場に降ろし、疲れきった様子ながらも、仲間を気遣う様子を見せていた。

 そして同時に、少女たちがそれぞれ大小様々な形の銃器を取り出した。

 

 

「さて、分かってるとは思うけど、一応説明しておいてあげましょう。私は長谷川千雨―――アンタたちが言うところの、サウザンドレインに化けていたただの影武者。そして今このJAZZ包子は、関西の術者十数名によって張られた結界に包まれている。」

 

「文字通り、袋の鼠という訳ですわね。それと、結界の外に居る魔法使いに、結界を張っている術者を倒させようなんて無駄ですわよ。術者は結界担当だけではありませんし、武闘派なクラスメイトも頑張っていますから。」

 

 

 栞の自慢げな言葉を引き継いだのはあやかだった。五月や千鶴といった他のクラスメイトと共に、銃器を背負いながらJAZZ包子の屋根上に立って、悠然と魔法使いたちを睥睨している。

 

 

「っ…!全部、想定済みだったと…?私たちがあのチラシに釣られて集まる事から始まって、このJAZZ包子を覆う結界より更に広い範囲で我々が見張っていた事、あの爆発で真っ先に魔法使い(われわれ)が反応し、一般人の誘導と避難を最優先するであろう事、その結果ここに残るのが、我々魔法使いだけである事まで…!?」

 

「…ホント、こーいう悪辣な作戦立てさせたら、天ヶ崎さんの右に出る人は居ないよね…。」

 

 

 麻帆良の魔法使いたちの正義感を利用した、一般人と魔法使いの区別作戦。

 自分たちが完全に嵌められた事に、そして自分たちの行動を完全に読まれていた事に愕然としつつ、それでも魔法使いたちは虚勢を張る。

 

 

「だ、だが―――見たところお前たちの中に魔法使いは居ないようだな?せいぜいがその変身少女だけか?悪い事は言わない、痛い目を見る前に投降した方が―――」

 

 

 

「―――バッカみたい。ベラベラベラベラ、御託ばっかり並べちゃってさ。」

 

 

 

 挑発的かつ侮蔑的な口調が、その場に居る全員の鼓膜を揺さぶる。

 声の主は朝倉だった。彼女にしては珍しく、その表情から完全に笑顔が消えており、本気で怒っていることが伺い知れた。

 そして、怒っているのは朝倉一人ではなかった。千雨に変装していた栞、そのバックミュージックを務めていた桜子ら三人、そしてJAZZ包子屋根上に立つあやかや五月など、少女たち全員が、怒りを表情に映し出していた。

 

 

「確かに私たちは、魔法も何にも使えない、無力な女子中学生よ。アンタらが本気でかかって来たら、手も足も出ずにやられちゃうでしょうね。

 ―――けど、それが何だってのよ?魔法が使えるから何?普通の人より強いから何?その程度の自慢で、私たちをここから引き剥がせるとでも思ってるの?」

 

 

 静かな、だが燃え盛る炎のように怒りを湛えた朝倉の一言一句に、力で優位に立つはずの魔法使いたちが気圧されていく。

 

 

「今の台詞聞いて分かったよ。アンタたちは私たちを嘗めてる。他の魔法使いがどうかは知らないけど、少なくとも今ここに居るアンタたちは、私たちの事なんて障害にもならないと思ってるんでしょ?

 上等じゃん、かかってきなよ。望み通り玉砕してやる。けれど、屈服させられるなんて思うなよ。私たちの誰一人として、どんな懐柔にだって乗らない。どんな力にも屈しない。最後の一人になるまで抵抗して、一人でも多く道連れにしてやる。」

 

 

 まるで大瀑布のような凄絶な気迫が、朝倉を始めとした3−Aの少女たちから溢れ出す。

 魔法使いが己の魔法を以て一般人を傷つけることは、これ以上ない悪逆でしかない。それが“正義の魔法使い”としての在り方に真っ向から反する事は言うまでもなく、それ故に今JAZZ包子を取り囲む魔法使いたちは、魔力を一切持たない彼女たちに対する攻め手に二の足を踏み続けている。

 しかしもし魔法使いたちが攻め手に転じれば、数分と経たず彼女たちを封殺出来ることは間違いない。それだけは、天地が引っくり返っても揺るぎない事実であるはずだ。

 

 そのはずなのに―――まるで勝機が見えない。

 自分たちが勝利し、勝ち鬨を挙げている姿が全く想像出来ない。

 

 

「朝倉さんの言う通りですわ。私たちは洒落や酔狂で、このような場でこのような事を引き起こしているわけではありません。

 ―――私たちには、大切な仲間の進める計画を、全身全霊で支える決意が。道塞ぐ敵に特攻し玉砕する覚悟が。何があっても絶対に負けない、屈しないという誓いが。そして何より、この心を共有し合う団結力がある。」

 

 

 朝倉の言葉を引き継いだあやかが、朗々と謳い上げる。

 結界の外側からは、悲鳴や爆音などが断続的に響いてくる。さながらこの結界の内側は、空爆真っ只中の防空壕のようだった。

 

 

「さあ―――かかってらっしゃいませ、有象無象の魔法使い、私たちの大切なクラスメイトの邪魔をする不届き者たち。

 我ら3−A“第二陽動部隊(ナインライブズ)”―――最後の一人が力尽きるまで、一人でも多く道連れにして差し上げましょう。」

 

 

 開戦の宣言はあまりにも静かで、嫋やかで。

 それ故に、どんな刃でも断ち切れない、しなやかな強さを感じさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 


(前後編ですので、後書きは次回に回します。)

 

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