―――16:00。図書館島沿岸。

 

 

 図書館島を囲う湖の、人気のない沿岸部の林。

 不意に湖上に波紋が浮かび上がり、その渦の中心から光る球体が姿を現した。そのまま沿岸に着水すると、シャボン玉のように弾けて消え、中から4名の人影が現れた。

 

 

「―――っと、一応上陸直後に一戦も予定していましたが、運が良いですね。誰も居ない。」

 

「フン、私にとっては不運だ。誰か居たのなら、ソイツから地獄を見せてやったというのに。」

 

 

 ホッとした様子のアルに、エヴァが憮然とした調子で悪態をつく。本来アルの言う通り、見つからないに越したことは無いのだが、ずっと封印されていたエヴァの怒りも理解出来るので、誰も異論を唱えようとはしなかった。

 

 

「では天ヶ崎さんは作戦本部(ブルーサマーズ)へお戻りください。神楽坂さんは天ヶ崎さんの護衛を。」

 

「ハイ、分かりました。それじゃあ天ヶ崎さん、行きましょう。」

 

「ハイな。ほな、よろしゅう頼んますえ?言うた通り、魔力十全に使えるんはきっかり3時間後までやさかい、調子乗って時間忘れるような真似はせんといてな?」

 

「誰がするか!さっさと行け!」

 

 

 去り際に挑発を投げかけてエヴァを沸騰させつつ、千草は颯爽と歩きだした。

 明日菜もそれを追おうとするが、立ち止まって、アルビレオに向き直った。

 

 

「…アルビレオさん。よろしく…よろしく、お願いします。」

 

 

 深々と、額が膝に付かんばかりに頭を下げる。

 アルは一言、任せてください、とだけ返した。明日菜はさらに数秒、頭を下げたまま動かず、ようやく顔を上げると、さっさと歩き去る千草の背を追い、走り出した。

 一瞬覗かせた、明日菜の瞼に浮かんでいた涙を、二人はしっかりと見ていた。

 

 

「…私自身、タカミチには言ってやりたい事があるが…。まぁ、それは貴様に任せるとしよう。」

 

 

 吐き捨てるようにエヴァが呟く。そしてアルも神妙に頷く。

 

 

「ええ、頼まれなくともタカミチは私に任せていただきましょう―――さぁ、急いで向かわないと。」

 

「そうだな。アイツめ、最後は私頼みとはいえ、らしくもない役柄を引き受けおって。…さっさと行ってやらねばな。無駄な怪我を負っていそうだ。」

 

 

 エヴァが漆黒のマントを翻らせ、視線を遠くに向ける。

 その方角にあるのは―――魔力溜まりの一つ、女子中等部礼拝堂。

 

 

「“礼拝堂制圧係(トリップ・オブ・デス)”、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル、参戦だ―――覚悟しろ、地獄を見せてくれる―――――!」

 

 

 封印された恥辱、怒り、復讐心。それらの感情を乗せた凄絶な笑みを浮かべ、アルと共に空中へと飛び去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――16:00。礼拝堂。

 

 世界樹前広場の爆発の震動と音は礼拝堂まで届き、ステンドグラスだけでなく、待機する魔法使いたちの不安感をも揺さぶった。

 

 

「な、何だ?今の爆発は?」

 

「こんなの計画にあったか…?」

 

 

 美空の密告した計画書には爆発など無かったはずだ。そう思い至り、全員の視線が美空に集中する。

 

 だが視線の先―――ついさっきまで居たはずの場所に美空は居らず。

 

 玄関付近で足首を押さえて地面に蹲っていた。

 

 何が起こったのか、とその場に居る魔法使いたちが訝しむより速く、彼らを割って出てきた人物が一人。

 

 

「高畑先生!?一体何を―――――!?」

 

「黙っていてください、シスター・シャークティ。」

 

 

 美空の足首は見るも無残に青黒く染まっている。それが高畑の攻撃によるものだと直感したシャークティが抗議の声をあげるも、タカミチは取り合わず、静かに大扉の上の小窓を見上げる。

 瞬間、何の前触れもなく、周囲の壁ごと小窓が粉砕された。ガラガラと砕け落ちるガラスや瓦礫に全員が茫然とする中、タカミチの拳が消失したかのように高速で動いた。

 

 そして―――礼拝堂の外から、何かガラスのような物が砕け散る音と、魔力が霧散していく感覚が、礼拝堂内の人間にも感じ取れた。

 

 

「今私が砕いたのは、この礼拝堂を覆っていた結界―――外側からの防御に対する物ではなく、結界内部の人間、すなわち我々を逃さないための牢です。かなり堅固だったので、数発撃たなければ破壊できませんでしたが。」

 

 

 ここでようやく、タカミチが小窓を粉砕したのが、外の結界を壊すための攻撃―――豪殺居合い拳を放つための直線ルートを作るための一撃であった事に、その場に居た魔法使いたちは気付き。

 そして同時に―――――――

 

 

「さて、春日君。君のよこした計画では、我々を閉じ込める結界の事など記されていなかったはずだが―――これは一体どういう事かな?」

 

 

 タカミチが、その場から逃げようとしていた美空を抑えるために攻撃したことを悟った。

 

 

「痛ってぇ…。居合い拳で足首砕くとか、これが女子中学生にする仕打ちッスか?ていうか、アタシの裏切りがブラフだって何時から気付いてました?」

 

「何時、というわけでもないね。学園長も同意見だったけれど、警戒を怠らなかっただけさ。常に君の動向を僕の視界に入れていた。君の漏らした情報に無いことが起こった場合は特に、ね。」

 

「ハッ、最初っから全く信用してなかったって事ッスか。そんな人の良さそうな面して、随分と腹黒いでやんの。気持ち悪。」

 

 

 折られた足首を擦り、顔中から脂汗を垂らしながらも、悪びれもせず小馬鹿にするような笑みを浮かべる美空の顔は、魔法使いたちの怒りを一瞬で沸騰させるには充分過ぎた。

 

 

「貴様っ!!どういう事だ、裏切りとは!!」

 

「どうもこうもねえ、最初(ハナ)っから手前らに遜ってなんかねえって事ッスよ。アタシは徹頭徹尾、3−Aと超ちゃん、それとアンタらが言う所のサウザンドレインの味方だ。」

 

 

 美空の顔から笑みが消え、その内側に潜む強い意志を垣間見せた。

 

 

「アタシの役目は魔法使いを一か所に集中させること。別に場所はどこでも良かったんスけどね。でもまぁ、正直ここまで集まってくれるとは思ってなかったんで、嬉しい限りッスよ。」

 

「…だが、ここに人を集めてどうするつもりだ?ここは麻帆良の魔力溜まりの一角。ここを落とさなければ、お前たちに勝ち目は無いはずなのに、わざわざ戦力を増強させるような真似をして、何のつもりだ?」

 

 

 最前列に居た魔法使いの一人が、油断なく杖先を向けながら、誰もが不審に思っていた点を指摘した。

 

 

「―――だからこそ、アタシはアンタらに計画の全容を明かしたんスよ。

 アタシがこの計画を明かした事で、アタシらの有罪は明らかな物となり、警戒網は最大限になる。―――例えば図書館なんて、相当数の魔法使いが張ってたでしょうねぇ?」

 

 

 あからさまに挑発的に、“図書館”という部分を強調したその発言に、タカミチやシャークティを始めとした勘の良い人間たちの顔色が一気に変わった。

 

 

「―――まさか、エヴァの封印を、魔力封印も含めて解いたのか!?」

 

「そういう事ッス。アタシが明かした計画では、仲間が図書館に潜入してエヴァの所まで辿り着き、その場で封印を解除する手はずだった。学園側に計画がバレていない限り、一般人の出入りの多い図書館の警戒は緩くなるはずッスからね。

 ―――と、ここまで学園長室で説明していた時には、すでにエヴァンジェリン解放班は図書館に潜入していたんスよ。皆さんが昼となく夜となく、一生懸命図書館を見張っている間に、その真下でエヴァちゃんの封印解除はとうに始まってた。」

 

 

 近年稀にみる笑い話ッスねー、と美空が勝ち誇り、魔法使いたちは愕然とする。

 必死で害虫が寄り付かないよう守っていた林檎が、とうの昔に内側から食い荒らされていた。そんな美空の説明に、魔法使いたちは反論する気力すら奪われ、膝から崩れ落ちないよう支えるのに精一杯だった。

 

 

 敵陣営にわざと情報を流す事で、自分たちに有利になるよう事を運ばせる。

 それが、春日美空の―――案内役(パニッシャー)の役目だ。

 

 

「“よーいドンで始める必要なんてあらへん。こっちの都合でさっさとスタート切ったらええ”―――天ヶ崎女史からの有難いお言葉ッスよ。そもそも封印解くのにどれだけ時間かかるかも分からないのに、ギリギリで始めてちゃ意味無いッスからねぇ?こちとら世界に魔法をバラそうっていう悪党だ。だったら悪党らしく、きっちりルールブレイクしまくらないと。」

 

 

 美空の顔には再度笑みが浮かび上がり、その饒舌さには明らかな余裕を感じさせた。相変わらず足首を痛そうに擦っており、立ち上がれないため自然とタカミチらを見上げる姿勢になってはいるものの、どう見ても、その場で愕然とした表情のまま立ち尽くす魔法使いたちを見下していた。

 

 

「てなわけで、もうお分かりかとは思いますが、すでにエヴァちゃんの封印は解けてるッス。しかも魔力もそのままに。そして皆さんにこの場に集まってもらったのは、今こっちに向かってるエヴァちゃんに一網打尽にしてもらうためッスよ。あ、高畑先生にはまた別の人だけどね。」

 

「なるほど。君が投降して計画をバラし、無意味に警戒心を煽るまでが、君たちの立てた計画の一部だったんだね。僕らはまんまとそれに踊らされたわけだ。」

 

 

 しかしもう一人、美空以上の余裕を見せる人物がいた。

 タカミチだ。まるで芝居のように大仰に肩を竦めながら、その顔に見た目だけの優しい微笑みを張り付けている。

 

 

「―――けれど、その計画は残念ながらたった今、君が倒れ、僕が結界を破壊したことで瓦解した。全力でここまで飛んできたとしても2分はかかる。その間に態勢を整えなおすことぐらい造作もない。ここに戦力を集中させたのは、こうなってしまうと間違いなく悪手だったね。」

 

 

 タカミチの指摘は、全くもって道理だった。

 図書館島からここまでは遠い。いくら空を飛んできたとしても、どうしても2分以上はかかってしまう。400名もの魔法使いを前に2分もの時間を与えるのは、どう考えても危うい行為である。

しかもこの礼拝堂に居る魔法使いたちは、皆が皆かなりの手練れだ。例えばこの礼拝堂を囲う林の中に広範囲に姿を潜ませ、結界や陰からの攻撃を仕掛ければ、いくらエヴァとて苦戦は必至だ。撃退ではなく捕縛に切り替えれば尚の事であろう。

それを防ぐための結界であり、本来なら千発以上の魔法の射手にも耐えられる代物だったわけだが、タカミチの地力がそれを上回った。彼らを捕えるべき結界が無くなってしまった今、この礼拝堂は絶対防壁とも言うべき最強の防衛地点にすり替わってしまった。

 

 

「…ホントにね。ったく、こんなはずじゃなかったんだけどなぁ…。」

 

 

 参った、と言わんばかりの美空の口調は、しかし、後悔や諦めといった感情を一切感じさせなかった。

 むしろその逆。何かを決意したような。何かを吹っ切ったような。

 

 

「となれば、アタシがやれることは一つだけ―――」

 

 

 美空が、玄関を支えにして立ち上がる。

 足首は痛々しく腫れ上がっている。手で玄関の一部を掴んでいなければ、立つことなど出来ない。

 にも関わらず。空いた手をタカミチやシャークティに向け、中指を立てながら。

 

 

 

「―――2分。アタシがアンタらを足止めしておく以外には無いってわけだ。」

 

 

 

 誰が聞いても不可能だと断言出来ることを、挑発的かつ蠱惑的な笑みと共に、自信満々に口にした。

 

 

「…出来ると思うかい?君一人で、この人数を相手に?」

 

 

 タカミチの後ろには、400人の手練れの魔法使いたちが控えている。それを正面から見据える美空には、まるで主人の許し(ゴーサイン)を待つ猟犬の群れのように見えていた。

 

 

「出来るか出来ないか、じゃねえ。やるんスよ。これはアタシがやらなきゃいけない事なんスよ。」

 

 

 されど、何百という敵意の視線と、何百という自分に向けられた杖や武器を前にして、美空は一歩たりとも引かない。怯えない。その瞳には、決意の炎が油を注がれたかのように燃え盛っている。玄関を支えにして立つその姿勢は、不恰好なはずなのに、凛として咲く花を彷彿とさせる。

 

 

「アタシは面倒事が大っ嫌いだ。どんなに煩く言われたって、真面目に勉強や魔法を習うなんてこと出来やしない。正義の魔法使いとか、好んで傷つきたがる職業なんてアホ以外の何物でも無いっしょ。将来の夢とか希望とか、考えたこともない。怠惰に自堕落に適当に、面倒事とは無縁の生活さえ送れたら、それこそ順風満帆な人生だと本気で思ってる。今でも思ってる。」

 

 

 美空の脳裏に、そう打ち明けた時の千雨の表情が思い出される。

 自分もそうだった、と語る千雨の、迷いを吹っ切った表情が。美空のそんな邪な人生計画を、心から応援してくれている表情が。

 

 

「今のクラスに編入された時はね、そりゃまぁショックだったッスよ。あれだけ魔法関係者に囲まれて、あれだけとんでもない連中に囲まれて、厄介事が起こらないって考える方が無理あるッスからね。そん時に一応魔法関係者であるアタシが巻き込まれないはず無いし。ネギ先生の着任はトドメだったね。」

 

 

 美空の視界に映るタカミチの表情には、何の変化もない。感情すら切り捨てたかのようなその無貌さに、美空は内心の不快感を押し殺し、怒りに煌めく双眸をさらに鋭くした。

 

 

「けど、不思議と巻き込まれなかった。確かに大変な事態にゃ直面してたけど、アタシ自身が巻き込まれる事は無かった。自分から巻き込まれる事を選んだ人間だけが巻き込まれてた。

 ―――この3年間、アタシは一度も厄介事に巻き込まれず、安穏とした日々を過ごしてた。」

 

 

 ―――恨んでないのか。

 美空は千雨にそう問うた。魔法関係者でありながら、一切関わり合いになろうとしなかった、見て見ぬフリを続けた自分を責めないのか。そう問いかけた。

 

 

「それは全部、長谷川のおかげだった。

 長谷川が陰で一人で、皆の分まで身も心も傷ついてたから、アタシらは、アタシは、無傷で、平穏でいられた。」

 

 

 美空の問いかけに、千雨は笑った。

 何を恨む事があるのか、と。自分はクラスメイトの平穏のために戦った。美空はそれを享受し、満喫していた。それに勝る報酬なんて無いのに、何を責めることがあるのか、と。

 

 

「知らないっしょ?長谷川はね、誰よりも平穏を望んでたんスよ。誰よりも戦いを嫌ってた。誰よりも、自分の手にある平穏の価値を知ってて、誰よりも大切にしていたんだ。」

 

 

 ―――美空(おまえ)は、私の大切な日常の一部で。

 大好きな3−Aを形作ってくれてる人間だから。

 お前が平穏を謳歌してくれていることが、私には何よりも嬉しいんだ―――

 

 

「なのに長谷川は、それを捨てた。

 アタシらのために、一番大切にしてたそれを捨てて、忌み嫌う戦いに戻った。アタシらの平穏のために。アタシらの笑顔のために。

 それだけのために、首から下丸ごと取っ替えなきゃいけないぐらい、酷い傷を負ってまで―――!!」

 

 

 切り取られた千雨の身体を見た時。

 その身に負った、大小様々な傷を見た時。

 それを見て、言い様のない後悔に襲われて。千雨の傷が癒えるのを待って、問いかけて。

 

 その、返ってきた答えに。

 美空は人生で初めて、本気で泣き崩れた。

 

 

「アタシの平穏は、長谷川の犠牲あっての物だった。アタシは見て見ぬフリして、それを享受し続けてきた。

 だったら―――今ここでその借り返せなきゃ、アタシは単なる下衆だろうがぁ!!」

 

 

 美空が叫ぶのと、玄関を掴んでいた手が離れ、脇に立つ彫像に伸びたのは同時だった。

 

 死角に隠されていたスイッチを押し込む。

 僅かに遅れてタカミチの居合い拳が彫像を打ち砕き、さらにもう一発が、美空の顔面をとらえた。

 

 礼拝堂を振動と爆音が襲う。出所は礼拝堂の裏口付近だ。

 それだけでは終わらず、天井からぶらさがる照明が、人間を押し潰す勢いで次々と落ちてきた。

 

 

「ハハッ…愉快痛快、ってね…。ずっと視界に入れてた割には、仕掛けに気付いてないってんだから、笑っちゃうね…!」

 

 

 苦しげな、呻き声にも似た嘲笑う声が、慌てて照明を撃ち落す面々の耳に届く。

 真っ先に振り返ったシャークティの目が捉えたのは、居合い拳を真正面から喰らい、頭部から血を流しながらも、全く闘志の衰えていない美空の姿だった。

 

 

「にしても、自慢の居合い拳とやらは、女子中学生すらノックダウン出来ないなんてね…!この400人の中で群を抜いて最強って言われてる人が、この程度じゃ…!2分どころか、20分だって行けるってモンッスよ…!」

 

 

 魔法使いたちの間に動揺が広がる。タカミチの居合い拳を美空が耐えれたのは、気絶程度にタカミチが威力を抑えたのと、美空本人の精神力が辛勝した結果であり、今の台詞は単なる強がりに過ぎない。

 しかし、それ以上の何かが―――美空が醸し出す凄絶な気迫が、魔法使いたちの心の隙間に、小さな恐怖を宿していた。

 

 美空が懐から拳銃を取り出す。超特製の強制時間跳躍弾を搭載したその銃の銃口を、予備の弾倉(マガジン)も含めて十数発分しかないそれを、400人余りの魔法使いたちに向ける。

 裏口はたった今爆破した。出口は天井高くに備え付けられた窓と、美空の背後にある大扉の玄関のみ。窓から逃げようとするのなら銃の良い的だ。ならば自分は、真後ろの玄関を守るのみ。

 

 全ては今日まで自分を守ってくれたクラスメイトへの恩返しのために。

 怠惰でいい加減な一人の少女は今、覚悟を決めて。生まれて初めて己の意志で戦いに挑む。

 

 

「麻帆良学園女子中等部3年A組、出席番号9番春日美空!!ここを通りたきゃ、アタシの屍を超えていけぇっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 16:00。初等部南の丘・学園長専用特別応接室。

 

 

『こ、こちらフィアデル・アム・ゼー広場!た、大量のロボットが押し寄せて―――うわぁっ!?』

 

『麻帆良中央公園も同じく!多勢に無勢です!』

 

『こちら遊撃部隊!来場者の混乱が止まりません!こっちまで巻き込まれる―――!』

 

 

 応接室に飛び込んでくる情報は、学園側にとって圧倒的に不利な状況ばかりだ。世界樹前広場での謎の爆発から始まり、観客の大混乱、JAZZ包子に現れた千雨、突如現れたロボット軍団、魔力放出が急に増えた世界樹など、予想外の事態が次々に起こっている。

 

 

「…JAZZ包子に待機中の諸君、応答願う。」

 

 

 無線機に応答は無い。

 

 

「…礼拝堂に待機中の諸君、もしくは図書館島、聞こえるかね?応答願う。」

 

 

 こちらもやはり応答は無い。

 無線機を握りしめる近右衛門の手には力が籠りっぱなしで、今にも砕けてしまいそうだ。奇襲部隊の面々が、それを戦々恐々とした面持ちで見ている。

 

 

「が、学園長…。こんな爆発は、春日美空の計画には無かったはずですが…。」

 

「ならば、彼女が嘘を吐いていたか、彼女が嘘を教えられていたか、どちらかじゃろうな。だが今更どうしようもないわい。」

 

 

 近右衛門の口調は冷たく、苛立ちが混じっている。

 美空の裏切りが想定に無かった訳ではない。それ故にタカミチに美空を張らせておいたのだが、さすがに世界樹前広場で爆弾テロが起きること、そしてJAZZ包子に千雨が現れることまでは想定していなかった。

 その上、一番重要な二か所―――JAZZ包子前と礼拝堂との連絡が取れない。何らかの妨害に合っているのだろう。というよりは、この無線を何処かで拾われた上で、自分たちに与えられるべき情報だけを絶たれている、と考える方が正しい。この応接室と礼拝堂は距離が離れているため、傍受する事は簡単だろう。

 

 

(春日君の差し出した計画とやらに踊らされたわい…。やはり天ヶ崎めが、本格的に関わっていたか。奴の存在は薄々感じ取ってはいたが、想像以上にアルビレオとの関わりが深かったという訳か…。)

 

 

 腐ってもアルビレオは魔法世界の英雄であり、天ヶ崎千草のような極悪人と組むなど、到底信じられる話ではない。近右衛門もせいぜい互いの支援者程度の関わり合いであると考えていたが、爆破テロを織り込んだ計画など、天ヶ崎以外に立てるような人物が居るはずもなく、魔法を世界にバラす作戦の立案を任される程に関係が近かった事に、内心では忸怩たる思いで一杯だった。

 

 

「あの、学園長…。こちらの『別荘』の方ですが、いかがいたしましょうか…?」

 

 

 奇襲部隊長の葛葉が、近右衛門の苛立ちを感じ取ってか、少し躊躇いがちに声をかける。自分の思考に没頭していた近右衛門だったが、ちょうどいい中断の切っ掛けになった事もあってか、一瞬でだいぶ落ち着きを取り戻した。

 

 

「ふむ、おそらくこれもブラフなのじゃろうが、暴いておくに越したことはあるまいの。どれ―――」

 

 

 近右衛門が机に立てかけていた自分の剣を取り、まるで指揮棒(タクト)でも振るうかのように易々と、『別荘』のボトルネックの部分を切り裂いた。

 途端に、ボトルの口から風が溢れだし、そして―――――

 

 

 

 

「―――――ふぅ、ようやく出れました、ってうわぁっ!?」

 

 

 

 

 艶やかな若紫色の着物に身を包んだ少女が―――――宮崎のどかが、現れた。

 現れた直後に魔法陣が反応し、強制的に床に寝そべり、魔法で拘束される羽目になった。

 

 のどかの存在を知らない人間たちは武器を構え。のどかを“京都事変の被害者”であると知っている人間は動揺して。

 

 ―――唯一、のどかの人となりを知る近右衛門が、剣を取り落としそうな程に呆然としていた。

 

 

「あら、近衛近右衛門様。一か月ぶりでございます。早速ですが、こちらの術式の方、解除していただけますよね?いくら突然の訪問とはいえ、不躾に過ぎるのでは?無論、納得のいく説明もお願いしますよ?」

 

「――――――――――!!」

 

 

(手を出せるものなら出してみろ、と。出せば大義名分はこちらにある、と、そう語っているんじゃろうな。全く、忌々しい…)

 

 

 つい昨日の、自分の思考が甦る。つまりはそういう事なのだ。

 今自分たちは、実際に手を出してしまっている。これを想定していたかどうかは定かではないが。

 

 ―――少なくとも、彼女は待っていたのだ。

 おそらくは学園祭が始まった3日前の時点から。

 無人の店内に置かれた『別荘』の中で、自分が『別荘』ごと攫われるのを。近右衛門の眼前に躍り出ることを。

 千雨は確かに、楽器屋の店内に居た。だがそれは学園祭直前までだ。学園祭開始直後に、のどかと入れ替わる形で別の場所に潜んだ。学園祭までは女生徒たちが近寄り、始まってから近寄らなくなったのは、そこに千雨が居なくなったから。学園祭前日に女生徒が出入りしていたそうなので、おそらく店を出る時に、女生徒の内の誰かが、千雨の入った『別荘』を持ち出したのだ。

 

 のどかは囮にして罠。

 近右衛門に最大限近付き、地位を利用してその場から逃がさず、最高戦力を呼び寄せるための餌。

 

 

 影武者(ガントレット)という名の、宮崎のどかにしか出来ない仕事だ。

 

 

 一瞬の逡巡の後、近右衛門が剣を振るい、のどかを束縛していた術式を全て力ずくで破壊した。周囲の魔法使いたちの驚きと抗議の視線を、近右衛門が視線だけで黙らせた。

 

 

「皆の者。来場者を一刻も早く学園の外に出せ。猶予はならん。」

 

「し、しかし―――」

 

「聞かん。速う行け。儂は彼女と話がある。…葛葉君だけは、ここに居てもらおうかの。彼女の護衛じゃ。」

 

「あら、散々姑息な手を使ってきた割には、諦めが良いですね。」

 

 

 のどかがからかうように笑うと、近右衛門が遺憾だと言わんばかりにフンと鼻を鳴らし、ソファに腰掛けた。

 

 

「馬鹿言え。割り切っただけじゃ。どうせ儂が手ずから、長谷川千雨を倒すつもりじゃったからの。予定が少し早まった程度じゃ。儂が勝てば何の問題も無いわい。」

 

「最初っからそうしてくれていれば、私も『別荘』で2ヶ月以上待つなんて事しなくても良かったんですけどね。ま、最後に勝つのは私たちですから、何の文句も無いですが。」

 

 

 すでに奇襲部隊の面々は、葛葉を残して全員がその場を去っていた。後に残された彼女だけが、傍目には訳の分からない状況に取り残され、何とかそれを把握しようと足掻いている。

 

 近右衛門の策は今この瞬間を以て、ほとんど全てが崩壊した。だが本人はそれを悔いることなく、最後の綱―――己の力、己の勝利に全てを捧ぐ事を決めた。

 近右衛門は不敵な笑みを浮かべてのどかを睨む。

 対するのどかも、負けないくらいに攻撃的な笑みを浮かべて返す。

 

 

 

「―――――最終決戦です。関東魔法協会会長、近衛近右衛門殿。私たちの団結の名の下に、華々しく散って下さい。」

 

「―――――こっちの台詞じゃよ、関西呪術協会副会長、宮崎のどか殿。儂等の正義の名の下に、風と共に去り逝くがよい。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『―――作戦本部(ブルーサマーズ)ヨリ。

 “ガントレット”反応アリ。位置ハ特別応接室。作戦成功ト見ラレル。繰リ返ス、作戦成功ト見ラレル。急ギ、配置ニ付カレタシ。』

 

 

 

 

 

 

「―――――はいよ。“ホーンフリーク”、了解だ。」

 

 

 

 

 

 

 新調した白の燕尾服を、風がはためかせる。

 長く伸びた髪は、邪魔にならないよう後ろでまとめてある。

 皆からもらったサックスは、戦闘用に改造済みだ。

 サックスケースは昔のまま、中にあった寄せ書きは傷つかないよう取り外してある。

 首の縫い目を隠すチョーカーは、学園祭前日に出来あがった物。

 この2年で6pほど伸びた身長は、見慣れた世界を少し変えていた。

 

 

「頑張ってね長谷川!」

 

 

 後ろに立つ明石が激励の言葉を投げかけてくれた。

 学園祭中私はずっと明石家に居た。明石教授が学園側の魔法使いであることを隠れ蓑に、その家の中という一番探しづらい場所に潜んでいたのだ。教授本人は楽器屋周辺などで情報収集という名の情報操作を行い、私の存在を隠してくれている。春日然り教授然り、スパイとなってくれた二人には感謝の念が尽きない。

 

 だが、感謝を述べるのは、私が近右衛門を倒してからだ。

 私が負けていては話にならない。私が勝たなければ、この計画の全てが崩れ去る。

 

 未来の命運は、今、私の双肩にかかっている。

 

 だが、不思議と重く感じることはない。

 きっとそれは、大切な仲間たちが、その重さを少しずつ肩替わりしてくれているからだろう。

 

 

「ああ、行ってくるよ。――――それじゃ、ネギ先生。よろしく頼む。」

 

「ハイッ!!お待ちしていました!!」

 

 

 脇に控えていたネギ先生が、威勢の良い声を出す。気合十分に空中に浮かんだ杖に、まずネギ先生が跨り、その後ろに私が乗った。

 

 

「それじゃ初等部南の丘まで、ひとっ走り頼むぜ?」

 

「了解です、全速力で!カモ君、振り落とされないでね!」

 

「合点だぜ兄貴!姐さん!」

 

 

 杖が羽ばたく直前、明石に手を振る。

 明石が満面の笑顔で送り出してくれたのが見えたのも一瞬のこと、杖は弾丸のように飛び始め、音も風も置き去りにしていく。

 

 吹き抜けていく風のせいか。

 生まれて初めて、戦いに赴く直前という状況下で、思わず笑顔が浮かんだ。

 

 

 

 

「さあ―――――“音界の覇者(ホーンフリーク)”の出番(パート)だぜ。万雷の拍手で出迎えな。」

 

 

 

 

 

 


(後書き)

 第47話。れっつぱーりー回。無粋なことに突っ込むようではありますが、あの奥州筆頭の六爪流は、刀の柄は手の中でどういう状態になってるんでしょうか。

 

 今回は全軍出陣でした。まだ出てないサイクロプス、ブレードについては次回に、わざと訳を当てなかったクリムゾンネイルについてはその内明らかにします。特にクリムゾンネイルは、葉加瀬も言っていた通り、この作戦の肝ですので。

 

 美空については、おそらくほとんどの読者の方が予想していた通りブラフでした。手加減されていたとはいえ、居合い拳の直撃を気合いで耐えきる美空さんマジパネェ。普段やる気見せないヤツが、一念発起して闘志に燃える姿って格好良いよね!な考えで書き上げました。これも魔改造に入るのかしら。

 

 今回明記されていなかった“エヴァンジェリン解放部隊”のメンバーですが、エヴァの居場所を知っているさよを先頭に、図書館島探検部のメンバーである夕映、実際に封印を解く千草、アル、魔法無効化能力を持つ明日菜の5名です。そして“ダブルファング”が裏返って“トリップ・オブ・デス”になる、という訳です。

 

 美空が口にしていた通り、エヴァの封印を解くのにどれだけ時間がかかるか分からないし、そもそもよーいドンで始めてやる必要性など無いわけですから、手薄になってる隙に潜り込んでしまえばいい訳です。美空がわざと計画を漏らし、それに魔法使い達が囚われてる隙に、全ての準備を整えておいています。当然、エヴァを解放したら世界樹の放出する魔力が増え、結果解放されたとバレてしまうので、封印を解除するギリギリの所で押し留めつつ、合図=爆発を待って一気に飛び出す、という手筈です。出るだけならアルのエレベーター使えば良いわけですし。前に作中でレインが零していた、「エヴァの封印を解いた時点で有罪(ギルティ)」は、だったら逆に先に漏らしちゃえば良くね?という前フリでした。

 

 …とはいえ、美空の計画バラシには、もう一つの意味がある訳ですが。それについてはまた後々明らかになります。

 

 というか今回、ようやく千雨の出番だってのに、見せ場が美空とのどかに喰われた感があるなぁ…。美空はともかくとして、のどかの裏主人公っぷりがヤバい。最早この作品の心臓ですよこの娘。

 

 今回のサブタイも音ゲーから。音ゲー界にその名を燦然と煌めかせる神曲、紅色リトマスで「凛として咲く花の如く」です。私自身、好きな曲5つ挙げろと言われたら、何年経ってもその5つの中に入り続けること間違いなしなくらい、めっちゃ大好きな一曲です。気付いたら3時間ループしてたとかザラ。聞いたこと無い人はぜひ聞いて見てください。絶対聞いてみてください。

 

 次回はとうとう千雨と近右衛門、直接対決の時!14話以来となる二人の邂逅、そして最終決戦の開戦宣言です。お楽しみに!

 

 

 

(追記)

 あ…ありのまま起こった事を今話すぜ!

 「最新話を投稿したと思ったら、校正前の文章だった。」

 な…何を言ってるのか分からねーと思うが、俺も何が起きたか分からなかった…。

 

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