#49 バクチ・ダンサー

 

 

 

 森の中に、不規則かつ断続的な破裂音が響き渡る。

 時には単発の銃声のように、時には爆竹のように、絶え間なく木々を揺らして炸裂し続ける。

 

 その森の中を疾走する、二人の人影があった。

 

 

「このっ―――――!」

 

「ふっ―――――!」

 

 

 ガトウが放つ居合い拳が、タカミチの居合い拳に撃ち墜とされる。

 タカミチが放つ居合い拳が、ガトウの居合い拳に弾き落とされる。

 

 二人が戦闘を開始してからおよそ3分ほどしか経っていないが、ガトウはすでに200発を超える居合い拳を放っていた。そしてタカミチはその全てを的確に撃ち落としている。

 

 

(威力だけならこっちが上だが、数と速度ではタカミチの方が上だ…!伊達にこの10年、武勇を知らしめている訳じゃねえか…!)

 

 

 タカミチがガトウの居合い拳を確実に中間地点で撃墜しているのに対して、ガトウは次第にタカミチの拳に押されつつあった。

 ガトウの拳の単発の威力はタカミチのそれより大きいが、タカミチはそれを数で補い、対抗している。すなわち、ガトウの倍以上の数の居合い拳を放っていることになる。

 

 その時、一発の居合い拳がガトウの鼻先を掠めた。

 

 

「うおおっ!?」

 

 

 飛んできた方向は、真横。

 風切り音と勘任せで一歩後ろに下がっていなければ、間違いなくこめかみを直撃していた。

 

 そして放った本人―――タカミチは、その隙を当然見逃さなかった。

 

 

「豪殺居合い拳っ!!」

 

 

 特大の空気の塊が、ガトウに向けて暴走機関車を思わせるような勢いと速度で迫っていく。

 ガトウはすぐさま後ろに下がろうとしたが、両脇の樹木が退路を塞ぐように圧し折れ、倒れようとしていた。

 

 

「クソっ―――舐めんなァ!!」

 

 

 角に追い詰められる形となったガトウに残された手は、撃ち落とすことだけ。

 タカミチと同じく、豪殺居合い拳を放ち、迎え撃つ。二つの空気の砲弾がぶつかり合い、一瞬拮抗した後、それまで相殺し合っていた居合い拳と同じように破裂した。散り際の爆風が土煙を巻き起こし、視界を完全に塞ぐ。

 

 

(―――――好機っ!)

 

 

 ポケットに突っ込みっ放しだった両拳を出して、土煙の中に駆け出していく。

 己の拳を武器とする者にとって、至近距離での殴り合い(インファイト)以上に得意な物など無い。居合い拳を放てる程の筋力と速度を持つ者ならば尚更の事だ。

 

 そしてガトウが、土煙の中に一歩踏み入り、続く二歩目を踏み出そうとした瞬間。

 

 

 ―――同じ考えで土煙の中に突っ込んできたタカミチと、目が合った。

 

 

「「―――――――――!!」」

 

 

 驚愕も、焦燥感も、即座に取った挙動も、まるで鏡のように全てが同じ。

 即座に伸びた拳が、互いの腹部に突き刺さる。

 

 

「「ぐ、ぅっ――――――――!!」」

 

 

 綺麗なクロスカウンター。

 互いに強烈な一撃を腹部にもらい、血反吐を吐いてよろめきながらも、次の動作のステップに移る。

 

 

「オラァッ!!」

 

 

 ガトウが続けざまに放ったジャブは、タカミチのバックステップにあっさりと躱される。

 タカミチはそのままポケットに再度手を入れて、居合い拳の体勢に入った。

 

 

「悲しいぜタカミチ…昔のお前は、そこで肉弾戦を避けるような奴じゃなかった!」

 

 

 対してガトウは、タカミチに向けて駆け出した。あくまでも直接打撃を狙っていくつもりだ。

 

 

「本当に、腹が立つ…。昔から何一つ進歩していない貴方が!僕が何一つ進歩していないと思っている貴方が!」

 

 

 ガトウはタカミチを強い視線で睨みつけている。ガトウとアル、二人分の感情が込められたその視線がタカミチの癪に障ったらしい。抑えきれない苛立ちを吐き出した直後、ガトウに向けて無数の居合い拳が降り注いだ。

 

 

「うぐっ…!うおおおおおおっ!」

 

 

 ガトウも必死に撃ち返すが、タカミチよりも一歩出遅れてしまったため、防御に専念するのが精一杯だ。

 

 居合い拳の利点は、実体が無いこと、弾数制限が無いこと、攻撃モーションが見えないことである。洗練されたその動きは、放つ瞬間すら垣間見せない。飛んでくるのは(パンチ)として凝縮された風圧―――つまり拳圧であり、銃弾や魔法の射手のように実体があるわけでもない。そして魔力も詠唱も必要ない。

 狙撃のような速度と精密さ、そして隠密性を兼ね備えた、プロボクサー顔負けの拳が、距離を跳び越えて襲ってくるのだ。対峙する敵にとっては、たまったものではない。

 

 そしてタカミチは、その居合い拳を十年にも渡って磨き続けてきた。

 例え魔法が使えなかろうとも、その技のキレは魔法すら凌駕する領域に達している。

 

 不意に、ガトウの足元で鈍い音が響いた。

 

 

「ぐぁっ…!?」

 

 

 突如足首に走った痛みに思わず苦悶の声を漏らす。体勢を崩し膝を地面につけたガトウに、ここぞとばかりに居合い拳が襲い掛かる。

 

 

「畜生っ!」

 

 

片膝を付いた状態で迫る拳撃を捌きながら、今の一撃について考えを巡らす。それが居合い拳による攻撃であることは明白だ。しかし、攻撃が当たったのは踵の真上。すなわちタカミチには決して目視不可能な場所なのだ。加えて、先ほど真横から飛んできた居合い拳も、思い返してみれば妙な弾道だった。

 

 

(跳弾…?確かにそれくらい出来てもおかしくはない、が…。おそらく違う。もっと根本的なところから違う。もっと恐ろしい何かを、アイツは隠し持っている…!)

 

 

 かつての仲間たちから称賛された事も多いガトウの勘が、本能的に警戒信号(アラート)を鳴らしている。不肖の弟子の積んだ10年の鍛錬(つきひ)を嘗めるなと、強く強く叫んでいる。

 

 

(だが今は…突っ込んでいくしかねえ!)

 

 

 足に一撃もらった直後だが、運良く異常は無さそうだ。タカミチとの距離は数メートル。多少の被弾を無視すれば、2歩で駆け抜けられる。

 

 

「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」

 

 

 そうと決まれば、躊躇している余裕は無い。両脚に力を込め、跳ね馬のように駆け出す。

 ―――が、ガトウの想定とは裏腹に、何故か飛んでくる居合い拳の量は少なかった。不審に思いタカミチの顔を覗くと、変わらぬ仏頂面の中に、しまった、という感情が僅かながら浮かんでいるのが伺えた。

 その理由を考えようとして、止めた。この拳でタカミチを殴る以上の事実など、あるはずが無い。

 

 

「チィッ…!」

 

 

 タカミチが仏頂面を崩して舌打ちをかましながら、その場で大きく跳躍した。

 そして真上の太い枝を掴み、鉄棒の要領でグルンと回転しながら、その枝の上に乗る。当然、ガトウの拳が届かない位置だ。

 

 

「だったら…こっちだぁっ!!」

 

 

 ガトウは振りかぶっていた拳を、タカミチの登った木の幹に叩き付けた。木は大きく揺れると共に、その内側からくぐもった悲鳴のような軋みをあげながら傾き始める。

 

 その時にはすでにタカミチは、別の樹木の枝に跳び移っていた。

 跳び様にガトウに向けて居合い拳を放ち、ガトウがそれを撃ち落とした直後。

 

 たった今ガトウが破壊した木から何発もの打撃音が響くと同時に、木が突如その角度を変え、ガトウに向かって倒れかかってきた。

 

 

「なっ―――馬鹿なっ!?」

 

 

 ガトウが驚いているのは、木が倒れかかってきたことではなく、木の倒れる向きを変えたのが居合い拳によるものだ、という事実である。そしてそれは、タカミチの居合い拳である事は自明の理だ。

 

 

(―――だとしても、さっきの足への一撃といい、角度がおかし過ぎる…!一体どんな―――)

 

 

「―――“一体どんな魔法を使ってやがる”、ですか?」

 

「っ!?」

 

 

 内心をズバリと言い当てられたガトウが動揺を露わにしてしまった。

 その隙をタカミチが容赦なく突いた。2発の居合い拳がガトウの胴体に命中する。

 こみ上げる吐き気に耐えながら、何とか姿勢を維持しようとしたガトウだったが、今度は膝裏に居合い拳が突き刺さり、あえなく崩折れた。

 

 

「―――その怯み、いただきます。」

 

 

 ―――そして、タカミチの直接打撃。

 先ほどの砂塵の中では予期せずクロスカウンターとなってしまったその一撃が、今度は完璧な形で突き刺さった。

 

 

「ぐえぁっっっ…!」

 

 

 回転までもが加わったタカミチの拳は、ガトウの鳩尾に完全にめり込み、肋骨を砕いて肺にまで達した。

 喰らったガトウは呼吸すらままならないまま、殴られた勢いそのままに、錐揉みしながら吹き飛ばされ、後方の木の幹に叩きつけられた。

 

 

「そして―――仕上げです。」

 

 

 タカミチが呟くと同時に、居合い拳の連打が吸い込まれるようにガトウに浴びせかけられる。

 呻き声すら出せないまま、たっぷり5秒間磔にされる。

 そして最後の一発が胸の中央に決まり、ガトウの身体が腐葉土の上にうつ伏せに倒れ込んだ。磔にされていた木の幹も、ガトウが離れると同時に、派手な音を立てながら圧し折れた。

 

 

「―――貴方は言いましたね、ガトウさん。何故お前の手で明日菜君を守ろうとしないのか、と。」

 

 

 タカミチが蹲るガトウに近寄る。ガトウもその足音に気付き、何とか立ち上がろうと腕に、足に力を込めた。

 

 

「当然、守ろうとしましたよ。明日菜君を守りたい気持ちは、誰よりも上だった。けれど当時の僕は現実の見えていない餓鬼だったし、何より全くの力不足だった。僕は必死になって特訓を積んだ。特訓して、練習して、復習して、修練して、鍛錬して、訓練して―――アスナ君の境遇が何一つ変えられない事を悟った。」

 

 

 近付く足音は静かだが、声には怒気がこもっている。間違いなく、止めを刺しに来ようとしているのだ。

 何とか動いて一撃喰らわしたいガトウだが、鉛のように重く、痛覚が明滅しているかのような身体は立ち上がる事を許さず、四つん這いになるのがやっとだ。

 

 

「僕がどれだけ強くなろうと、アスナ君を取り巻く世界は何一つ変わらないし、変えられない。僕には彼女を守れるだけの力が―――暴力以外の力が無かった。所詮僕も“紅き翼”も一兵卒でしかないのだと、嫌と言うほど思い知らされたんだ。」

 

 

 タカミチの足が止まり、ガトウの目にタカミチの革靴の爪先が目に入った。

 右腕に全ての力を込め、立ち上がる支えにする。そして真っ先に顔を上げ、タカミチを睨みつけようとした矢先。

 

 今度は真後ろ(・・・)から居合い拳が飛んできた。

 不可視の拳は丁度良い具合に右肩の関節を直撃し、外した。

 

 

「ぐあっ――――!?」

 

 

 支えを失い、再度地面に這いつくばる。右肩から伝わる激痛が、立ち上がろうとする意志をゆっくりと奪い去っていく。

 

 

「僕がここにアスナ君を預けたのは、ここが学園長―――近衛近右衛門の居城だからです。地位、名声、実力、手腕、それらを兼ね備えた人間のお膝元ならば、迂闊に彼女に手出しする輩は居ないでしょうから。」

 

 

 タカミチがそこで一旦言葉を切った。それを訝しんだのも束の間、ガトウは胸倉を掴まれ、無理矢理立ち上がらされた。突然の挙動に傷口が疼き、苦悶の表情を漏らす。

 

 

「そして、英雄育成計画。英雄の一人息子にして英雄の卵、ネギ・スプリングフィールドを育て上げる計画。アスナ君が彼の従者の一人となれば、自然と身を守る術を身につけていくに違いない。学園長にも都合が良かったのでしょう、アスナ君がネギ君の最大のパートナーとなるよう仕向けてくれましたよ。」

 

「…アスナちゃんの記憶を消したのも、そのためだってのか?」

 

「僕にとっても苦渋の決断だった事は明言しておきましょう。ですが、彼女は魔法を学ばなくてはならない。魔法に対する惧れを抱き続けていては、彼女のためにならない。だから、貴方の遺言と言う名の呪いから解放するために、記憶を消さざるを得なかったんです。いずれ彼女が真実を思い出した時に、支えてくれる仲間と力がそこにある事を願って。」

 

 

 タカミチの表情も口調も真剣そのもので、何の嘘も誤魔化しも口にしていない事が分かる。分かるからこそ、ガトウはそれを吐き捨てるように嘲った。

 

 

「ハッ、お為ごかしもいいトコだな。要するに人任せにしただけじゃねぇか。しかも子供相手によぉ。笑わせんな。」

 

「…現実を見ないまま、呪縛だけ遺して死んでいった貴方にそんな事を言われたくありませんし…、何より、貴方がそれを口にする資格はありませんよね、アルビレオさん?」

 

 

 タカミチの声は氷のような冷たさに満ちていた。そしてガトウ(アル)も図星を突かれた事もあって、反論しようとする口の動きが完全に停止してしまった。

 

 

「そんなにネギ君やアスナ君の事が大事だったなら、会いに行けば良かったじゃないですか。衰えたりといえども、貴方の実力は並の魔法使いを遥かに超える。全ての事情を知っていながら世界樹の下に籠り、自分で動こうとしなかった貴方が、今更しゃしゃり出てきて、一体何様のつもりです? 」

 

 

 右手でガトウを掴み上げながら、左手をポケットに閉まった。間違いなく、居合い拳を放つ体勢だ。次に来るであろう殴打を想像し、身を強張らせて堪える。

 

 

「失望しましたよ、アルビレオさん。僕の行為が裏切りだというなら、貴方のそれは、堕落に他ならない。」

 

 

 ―――だが、予期していた打撃は、いつまで経っても来なかった。不審に思い視線をタカミチの左手に送った途端、その光景に目を剥いた。

 

 タカミチの左腕は、居合い拳を放っていた。何発も何十発も。休むことなく絶え間なく。一発たりともガトウに掠りすらしていないだけで、数限りなく放ち続けている。

 

 

「―――さて、ガトウさん。僕の居合い拳の異常性については、すでにお気付きでしょう。視覚も角度も無視して的確に放たれる一撃。まるで魔法のようだ、と先ほど貴方は考えていたようですが―――無論魔法ではありません。しかし、魔法を凌駕する代物です。」

 

 

 タカミチはガトウの胸倉を掴み上げたまま、視線を周囲に彷徨わせ始めた。その行動の意味も、空振りし続ける居合い拳も、全く理解が及ばず、ただガトウの胸中に言い知れない不気味さだけが募っていく。

 

 そしてタカミチが、自信たっぷりに言い放つ。

 

 

 

「見えないでしょう?今僕たちを取り囲んでいる居合い拳が(・・・・・・・・・・・・・・・・・)。」

 

 

 

「………何だって?」

 

 

 やはり苦しげな呻き声で、しかし知らず呆然とした表情を浮かべてしまいながら、ガトウは聞き直した。

 そしてタカミチは、その表情が見たかったと言わんばかりの満足気な笑みを浮かべていた。

 

 

「分かりませんか?僕は今、あらかじめ放っておいた居合い拳を、空中に留めている、と言ったんですよ。」

 

「ばっ――――馬鹿な!?そんな真似、出来るはずがねえ!」

 

 

 それは決して有り得ない―――魔法どころか、普遍的な常識、概念、科学、時間、ありとあらゆる物理法則に逆らう所業だ。

 

 今、タカミチはこう言ったのだ。

 

 拳圧を、空中で一時停止(・・・・)させているのだ、と。

 

 

「出来るはずがない―――そう思ったら終わりですよ。跳弾や多少弾道を曲げるくらいなら、居合い拳を習得している者ならいずれ誰にでも出来る。僕は、さらにその先を目指し、この拳に辿り着いた。」

 

 

 語りながらも、タカミチはガトウの胸倉を掴む手を緩めず、そして左手の空を穿つ居合い拳の動きも止まらない。それを止めたいのは山々だが、肩が外れているのでまともに腕など動かせやしない。

 

 

「とはいえ、まだまだ未完成ですけどね。今の僕じゃ、空中に留めれるのは5分が限界。それを超えると急激に威力が下がり、空気中に消えてなくなる。だから、展開し始めたら5分以内に撃たなきゃいけない。豪殺居合い拳を留めておくことも、まだ出来ませんしね。」

 

 

 恥じ入らんばかりに語るタカミチだが、その顔に浮かぶ微笑みには、あらん限りの自信が満ち溢れていた。

 

 

「未熟な僕には―――まだ、一秒間に六発しか(・・・・・・・・)、居合い拳は撃てませんから。」

 

 

「――――――――――!!」

 

 

 ガトウが絶句する。そして絶望する。

 

 5分。それはちょうど自分とタカミチが戦っていた時間だ。

 その間―――自分と戦っている間ずっと、タカミチが居合い拳を空中に留め続けていたのなら。

 自分に撃ち込む居合い拳の数を出来るだけ減らしつつ、自分を囲いこむように立ち回り続けていたのなら。

 

 

 

 今、自分は。

 1800発の居合い拳に、取り囲まれていることになる――――――!!

 

 

 

「―――1282発。それが今、貴方を取り囲む居合い拳の数だ。後は僕の意志一つで、全弾が一斉に貴方に向けて掃射される。本当はもう少し多いと良かったのですが…。さすがに貴方を相手にして、必要な攻撃をケチってはいられませんからね。」

 

 

 今ガトウを取り囲んでいるという1200発超の居合い拳は、影も形も見当たらない。

 しかし、これまで戦闘中に苦しめられ、悩まされてきた謎の居合い拳の正体が、今タカミチの語った通りだとしたら、全ての辻褄が合う。というより、それ以外に考えられない。

 

 そして、タカミチの言葉が真実である以上。

 ガトウ一人には最早どうする事も出来ないほど、状況が詰んでいることも明白だ。

 

 

 

「これぞ、僕が10年をかけて編み出した極致、“静殺居合い拳”―――その奥義、“拳幕結界”。」

 

 

 

 ―――およそ1300発の不可視の拳。それが360度全方位を囲んでいるというなら、それは確かに結界と呼んで差し支えない。

 タコ殴りという言葉では生温い、理不尽、非常識という言葉を究極まで追求した暴力の嵐。

 魔法界に広くその名を知らしめる男、高畑・T・タカミチの誇るべき絶技だ。

 

 ガトウに残された選択肢は二つ。防御か、特攻か。

 防御―――1300発の拳を?よしんば捌き切ったとして、そうでなくとも捌いている途中に、タカミチが豪殺居合い拳を放ってくる事は明白だ。そちらには確実に手が出せない。

 特攻―――1300発の拳に狙われている中で?腕か脚の骨が砕ける方が速い。ただでさえ右肩が外れているのだから、下手に動けば良い的だ。

 

 最早為す術は無い。

 ガトウの勝ち目は完全に潰えていた。

 

 

「さようなら、アルビレオさん。貴方の―――“紅き翼”の負けです。」

 

 

 そう言い残し、タカミチが大きく距離を空けた。未だ地面から立ち上がれないガトウに冷淡な視線を向けながら、右手を高く掲げて厳然と命令を下す。

 

 

「静殺居合い拳、一斉掃射開始!」

 

 

 そして、掲げた手を勢いよく振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雷の斧(ディオス・テュコス)ッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ―――不意に空から放たれた電撃が、タカミチの身体を焼いた。

 

 

「ぐあああッッッ!!?」

 

 

 余りに突然の攻撃に、タカミチは完全に不意を打たれ、一気に混乱に陥った。

 誰が、どうして、何故このタイミングで。様々な疑問が全身から伝わる痛みと共に脳内を駆け巡り、思考の混乱に拍車をかける。

 訳も分からないまま、唯一明白である攻撃の方向―――頭上を見上げた。

 

 杖に乗って空中に浮かぶ、小柄な少年の姿。

 

 

 ネギ・スプリングフィールドが、そこに居た。

 

 

 背骨が氷になってしまったかのように、タカミチの身体に言い様のない寒気が走る。冷えゆく身体とは裏腹に、思考はますます混乱していく。

 

 ―――何故君がここに居るんだ。

 ―――何故君が彼らに手を貸すんだ。

 ―――何故君が僕の邪魔をするんだ。

 ―――何故君が敵意の眼差しを浮かべているんだ。

 

 タカミチの脳裏に浮かぶ新たな疑問が、それまでの困惑と共に、表情に浮かび上がっていく。

 

 その表情の意味を察したのか、ネギは一言だけ発した。

 

 

 

「―――明日菜さんが、泣いていた。僕がタカミチを敵と見做すには、それで十分だ。」

 

 

 

 その、年齢に不相応なほど冷徹な声からは、彼の怒りの熱量がまざまざと伝わってきて。

 タカミチの心も、思考も凍りつかせるには、十分すぎる程だった。

 

 

 

「タカミチィィィィィィィィィィィィィッッッッッッッ!!」

 

 

 

 ネギを見上げたまま硬直していたタカミチが、その叫びで我に帰る。

 

 が、もう遅い。

 すでにガトウは懐に潜り込み、右腕(・・)を握りしめていた。

 

 

(馬鹿な、右肩は間違いなく外れていたはず―――)

 

 

 まるで都合よく時間が巻き戻ったかのようなガトウの姿。

 その向こう―――ガトウが這いつくばっていた場所に、タカミチの視点が固定された。

 

 そこに、見慣れたオコジョ妖精の姿があった。その手には治癒符らしき符も見える。

 

 

「―――――!!」

 

 

 思わず絶句する。

 ネギはこの場所の上空に差し掛かると、まずはカモを先行させた。そして自分に電撃を撃ち込み、怯ませた隙に、カモがガトウの許へ駆けつけ、外れた肩を嵌め直し、治癒符で傷を癒したのだ。

 

 正しく大逆転。ネギ一人の手によって、終息しかけていたはずの状況は完全に一転してしまった。

 彼の父、ナギ・スプリングフィールドがそうであったように。

 

 

「オラァッ!!」

 

 

 ガトウの鉄拳がタカミチの頬にめり込む。

 まるで先ほどの焼き直しのように、今度はタカミチの身体が錐もみしながら吹き飛んだ。

 

 静殺居合い拳がある以上、戦いを長引かせる訳にはいかない。

 この千載一遇のチャンスで、大技で一気にトドメを刺す他ない。

 

 

「喰らいやがれ、タカミチ――――」

 

 

 ポケットに両手を突っ込み、タカミチを見据える。

 

 

 

「百裂・豪殺居合い拳ッ!!」

 

 

 

 必殺の豪殺居合い拳が、タカミチ目がけて何十発も放たれた。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっっっっっっ!!」

 

 

 ガトウの気合いの叫びと共に、タカミチの身体が後ろへ後ろへと、まるでハンドボールのように殴り飛ばされ続けていく。すでに意識があるかどうかも怪しい。それでもガトウは攻め手を緩めず、全力の豪殺居合い拳をぶつけ続けた。

 

 

「これでっ―――――ラストだぁっっ!!」

 

 

 最後の一撃を放つと同時に、ガトウの服のポケットが千切れた。

 そしてタカミチは、吹き飛ばされ続けた結果、礼拝堂の壁に叩きつけられ、最後の一撃で壁をもぶち破って、懺悔室を破壊しながらようやく地面に転がった。

 無論意識は失っており、ボロ布のようになって懺悔室の木屑の中に埋もれている。

 

 手を差し伸べる者は居ない。すでに礼拝堂は粗方凍りつき、中に居た魔法使いたちはエヴァによって完膚なきまでに蹂躙されていた。

 

 

「…突然何が来たかと思えば、我らが副担任様じゃないか。無様というか滑稽というか。」

 

 

 唯一この礼拝堂内で、自分の足で立っている人間―――エヴァも、冷たく睥睨するだけだ。

 

 

「文字通り、自分の罪を懺悔してろってわけだ―――なぁ、アルビレオ?」

 

「…無駄ですよ、彼は、自分の悪行を悪行と考えていませんから。」

 

 

 エヴァが声を向けた先―――タカミチが突き破った壁の穴から、ネギに肩を借りながらアルビレオが姿を現した。息は荒く、口の端からは血が溢れ続けている。

 

 

「…だいぶ苦戦したようだな。お前ともあろう者が。」

 

「…少し余裕を見せすぎましたね。居合い拳だけで勝つなんて、余計な事考えなければよかった。…とはいえ、例え魔法を使っていたとしても、負傷の度合いはそう変わらなかったでしょうけどね。重ね重ねありがとう、ネギ君。私はもう大丈夫なので、春日さんを迎えに行ってあげて下さい。」

 

 

 豪殺居合い拳の撃ち過ぎで再度外れた肩を押さえながら、ネギに礼を言いつつ、手近な長椅子に腰掛けた。

 ネギが美空の許へ駆けつけるのを横目で見ながら、エヴァはアルの隣に座り、治癒符を差し出す。

 

 

「…変わったな、アルビレオ。昔のお前は、そんな沈んだ表情を浮かべるやつじゃなかったはずだが。」

 

「…私もタカミチと同じですよ。現実を見てしまった。現実に打ちのめされて、自分を見失ってしまった。いや、その方が良かったのかもしれないですね。今でも昔のままだったらと思うと、ぞっとする。」

 

 

 懺悔室の残骸の中で気絶するタカミチと、礼拝堂の象徴として飾られた十字架を交互に見ながら、アルはぽつぽつと呟く。

 

 

「タカミチはタカミチなりに、現実に向き合い、結論を出した。…ガトウならともかく、過去に逃げるばかりの私に、タカミチを責める権利なんて、確かに無かったのかもしれませんね。」

 

 

 まるで死を前にして己の罪を懺悔する咎人のように、傷口を符で癒しながら、消え入りそうに俯く。

 消沈しきったその様子を見かねて、エヴァが思いっきり背中を叩いた。

 

 

「痛っ!?」

 

「馬鹿言うな。貴様は今、現実と戦っているじゃないか。」

 

 

 思わず痛みに仰け反り、顔を引き攣らせながら、アルはエヴァの方を向く。

 

 

「近右衛門の計画に気付き、それを阻止するために貴様はずっと動いていた。かつての敵と手を結び、忌み嫌われるテロリストと渡りを付け、英雄の名声を貶める覚悟を決めて、お前は現実に抗った。現実に負けたタカミチとは訳が違う。お前はお前が思っている以上に、立派にやったさ。何なら、そこの二人にも聞いてみるか?」

 

 

 慣れない励ましに顔を赤らめながら、エヴァは後ろの二人―――未だ気絶したままの美空と、それを看病するネギを指す。

 

 

「…それは、聞くまでもないでしょうね。」

 

「“過去が間違っていたとしても、現在(いま)と未来で間違えなければいい”―――3−Aのモチベーションの源さ。今度級訓にするそうだ。お前も心に留めておけ。」

 

 

 そうします、と言いながら、アルは苦笑してみせた。

 これで自分の役目は終わりだ。後は彼女に託す他ない。最後の最後で結局人任せになってしまうのが歯痒くはあるが、すでに彼女の力量は、訓練を手伝った自分やフェイトより遥かに上だ。自分の心配など枷でしかない。

 

 と、その時、遠くから地鳴りのような爆音が響いた。

 

 

「…?何の爆発でしょう?こちらの計画にはありませんが―――。」

 

「ウオオオオオオイ!マスターマスターマスター!大変ダゼオイ!トンデモネエ事ニナッテヤガル!」

 

 

 天井から降りてきたチャチャゼロがアルの声を遮った。手に持つ鉈には血がべっとり付いている。

 

 

「オイチャチャゼロ、天井と屋根に居た敵は半殺しに留めておけと言ったはずだが?」

 

「ギリギリ殺シチャイネエヨ!テイウカ、ソンナ場合ジャネエンダヨ!」

 

 

 柄にもなく大慌てのチャチャゼロの様子に、エヴァもアルもそれ以上口は挟まず、先を促した。

 

 

 

 

「千雨ノ野郎ガ戦ッテルハズノ南ノ丘と初等部校舎ガ、無クナッテルンダヨ!」

 

 

 

 

 


(後書き)

 第49話。タカミチが世界(ザ・ワールド)からの無駄無駄ラッシュに失敗した回。どちらかというとスタープラチナ・ザ・ワールドかもしれないですが。承太郎の声は誰になるのかなー。

 

 今回はタカミチマジチート、略してタカミチート。静殺居合い拳の原理に関しては聞かないでください。書いた本人にすら分からないです。この静殺居合い拳の恐ろしい所は、タカミチは跳弾や軌道を曲げたりする事は普通に可能なので、それと組み合わせる事で忍者みたいに動き回らなくても敵の周囲360℃を完璧に囲い込めるという点。とはいえ跳ねたり曲げたりし過ぎると、それで威力が殺されちゃうので、グネグネ軌道を変える真似はしませんけれど。要するに先制必中ずっと俺のターン、みたいな。

 

 そして完全にいいトコ取りのネギ君です。前回美空迎えに行くよう千雨に命じられていたのは、このための布石でした。このシーンを読んで、ナックルVSユピー戦でのキルアを想像された方、大正解です(笑)

 

 フルボッコ期待されてた方には申し訳ないですが、10年自分の身体を苛め抜いてきた人間と当の昔に死んでた人間に成り替わっただけの、リハビリに精を出してた人間では、やっぱり前者に軍配が上がります。いくらアルが2年間千雨の面倒を見てたとはいえ、居合い拳だけで戦うとかはさすがに侮り過ぎでした。

 ですが、現実の前に膝を屈して、恨むべきかつての師匠たちにさえ逆転負けを喫し、積み上げてきた物全て失う事になる訳で、タカミチは“自分の想いを貫き通せずに敗北し続ける”という宿業を背負う事こそ、罰といえば罰です。正しく敗残者、というわけです。

 

 これは余談ではありますが、タカミチは絶対に千雨には勝てません。相性が悪すぎます。電気タイプと地面タイプばりに。何せ千雨は風の音や空気の流れ方を敏感に感じ取れるので、居合い拳のステルスが全く意味を為しません。その上例え静殺居合い拳を発動させても、その一つ一つの位置を的確に見切られた上で、演奏で直接消去されてしまいます。エヴァに出会う前の千雨であっても避け続けて完封出来ます。

 

 今回のサブタイは劇場版銀魂の主題歌で、DOESの「バクチ・ダンサー」。これも前々からサブタイにしたかった曲名の一つです。とはいえすでに最終回までのサブタイはほぼ決定していますので、すでに入る余地の無かったこの曲を入れられたのは僥倖でした。DOES好きですし。

 

 次回からはようやく最終決戦。かなーり長くなりますので、5分割いたします。そして今週からちょっと一人旅に出ますので、次回更新は年明けかと。目指すは元日更新ですが、無理っぽい…。と、とりあえず頑張ってみます(汗)

 

 それでは皆様、よいお年を!

 

押して頂けると作者の励みになりますm(__)m


<<前話 目次 次話>>

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.