魔法世界流浪伝




















第8話 また流れる旅へ



クイントが目覚めてからさらに2週間。
光司はとりあえずの警戒を続けていたものの、あの襲撃以降刺客はさっぱりと訪れなくなった。
そして、今日はクイントの退院の日である。

「本当にお世話になりました」

そう言って、クイントは担当の医師に礼を言っている。
夫であるゲンヤも同様であった。
光司はその後ろでギンガやスバルと手を繋いでそれを見ている。
ギンガとスバルとは、知り合って以来病院に訪れる事はもちろん多かったので、こうして手を繋ぐ程度には仲良くなる事ができていた。
そして、挨拶を終えた後全員で外に出る。
空は穏やかな晴れ模様だ。

「さて、今日は母さんの退院祝いだ!帰ったら早速準備しないとな!」

「わーい!」

ゲンヤの言葉に喜ぶスバル。
光司も食事を共にして初めて気づいた事であったが、ギンガとスバルはその体型に似合わないくらい大食いだ。
その時は思わず皿に乗せられた食事の量に目が点になった程である。

「では、僕も手伝いますよ」

「あら、あなたは客人なのよ。別に座って待っててくれてもいいのに」

光司の言葉に、クイントがそう言う。
しかし、光司は首を振った。

「いえ、お世話になっているのにさすがにそれは。それに、今日の主役はクイントさんだ。ならば、僕が手伝うのが道理でしょう」

「え?光司兄もご飯作ってくれるの?」

見上げるスバルの頭に光司は手を置く。

「ああ、僕のでよければだけどね」

遠慮しがちな言葉だったが、それでスバルは喜ぶ。

「わあーい!光司兄のご飯だー!」

「あらあら、そんなにおいしいの?」

ちなみにスバルが兄と呼んでいるのは単に光司が年上でお兄さんみたいだから、「呼んでいい?」と聞かれた際光司が承諾したからである。
スバルの様子に、クイントがそう尋ねるとギンガが答える。

「うん、光司さん料理上手なの。正直私もびっくりしちゃったくらい」

「そう、それは楽しみだわ」

ちなみに光司が初めてナカジマ家の夕食を作る時、予想外に膨大な量を要求され驚いたのは光司自身記憶に新しい話である。
そのような楽しい会話を続けながら、ナカジマ家と光司は家に向かう道を歩いていくのだった。
























そして午後。
ナカジマ家の庭ではある光景が繰り広げられていた。

「はっ!たぁ!」

「っと、お」

その光景はギンガが光司に拳を繰り出しているという物。
その攻撃をなんなく紙一重で避けている光司。
そう、今行われているのはギンガの訓練のための組み手だった。
光司が暮らす内、たまたましていた素振りを見かけられたのがこれを始めるきっかけだった。
ギンガにそれを申し込まれた当初、光司はそれを断っていた。
ギンガが主流にしているのはストライクアーツ、つまり格闘術だ。
光司にも多少の心得はあるが、あくまでもそれは我流。
本職の格闘術を習っている子に教えられる程ではない。
光司の場合、例えその子が剣術を使ったとしても教える気はなかったが。
しかし、ギンガは中々引き下がらなかった。
それで困り果てる光司だったが、ここでギンガが妥協案を出した。
それは、組み手の相手になってほしいという事。
光司は手段を問わないが、とりあえず何を使ってもいいので組み手の相手をしてほしいという物であった。
光司は仕方なく、どんな内容でも文句は言わないという条件付きでギンガの申し出を承諾した。
以降、こうして組み手に付き合っている。
無論、光司は刀を抜くまでもなく、素手で応戦する程余裕さが出ているのだが。
そして、疲れたギンガが一旦間合いを離して膝に手を付ける。

「はぁはぁ……やっぱり全然当たらない……」

「ギンガはまだ拳の振りが大きい。だから、こちらも避けやすいんだ。しっかり脇をしめて、一打一打打ってみるんだ」

「はい!」

言うと、またギンガが光司に拳を打ち出す。
もちろん、光司はそれをかわしていく。
その光景をリビングからクイントは眺めていた。
ちなみにスバルはお昼寝という事で、昼ご飯を食べた後早々に寝てしまっている。

「少し見ない内にギンガも上手くなったわねぇ……」

そこへゲンヤがお茶を持ってやってくる。

「それはそうだろうな。組み手だけとはいえ、あいつが光司に申し込んでから毎日やってるくらいだからな。光司自身基礎しか注意をしてねえが、今の ギンガはそれだけでも伸びるだろうよ」

「確かにね。あの子はまだまだこれから伸びる。基礎がしっかりすれば、伸びるのも納得だわ」

自分の前に置かれたお茶を飲みながら組み手の様子を眺めるクイント。
その様子は先程と変わらない物であったが。
それを見つめる瞳は娘を見つめる母親そのものであった。


























そして夜。

「では、クイントの退院を祝ってかんぱーい!」

「「「かんぱーい!!」」」

「乾杯」

そう言って、皆でそれぞれコップに注いだ飲み物を飲む。
ゲンヤと光司はビール、その他はジュースだ。
クイントはさすがに病み上がりだという事で遠慮してもらった。
そして、食卓の上には物凄い量の色とりどりの料理が並んでいる。

「いただきまーす!」

そして言うが早いか、スバルは自分の分を皿に取ると、物凄い勢いで食べ始めた。
ギンガも同様である。

「あらあら、そんなに急がなくても大丈夫よ。誰もそんなに取って食べやしないから」

それはそうだ。
ほとんどの量を食べるのはスバルとギンガのみだからである。

「うっ!」

「ほら、言わんこっちゃない」

ギンガが喉に詰めたので、ゲンヤが背中を叩きながら水を差し出す。
ギンガはその水を急いで飲み、喉の詰まりを解消するとまた料理を食べ始める。

「すまねえな、光司。色々と作らせちまってよ」

「ははは……。まあ、僕もこれほど作るとは思っていませんでしたが。結局クイントさんにも手伝ってもらいましたし」

「そうね。でも、久しぶりの家事だったし楽しかったわ。それより、私達もいただきましょう。ギンガとスバルが食べつくさない内に…ね」

「そうだな」

「そうですね」

そう言うと、他の3人も楽しみながら食事を味わうのだった。
















だが、その30分後。

「光司くーん」

「はい?」

既に食事を終えた光司はリビングでテレビを見ていた。
内容はバラエティ番組だったが。
そして、振り返った後目にした光景にぎょっとする。

「こっちで一緒にお酒飲まな〜い?」

「ってクイントさん、あれ程言ったのにお酒飲んだんですか!?」

病み上がりの人間がお酒を飲んでいる事に思わず立ち上がる光司。
しかし、クイントはそんな光司の様子を気にした感じもない。

「いいじゃない。折角のお祝いなんだもの。楽しまなくっちゃ」

「いや、そうではなくてですね……」

すると、今度はぐいぐいと服の裾を引っ張る感じがしたので光司は下を向く。
そこにはギンガとスバルがいた。

「ねぇ、光司さんも一緒にこれを飲もう?」

「おいしいよー?このジュース」

顔を赤くして。

「ってクイントさん、ギンガとスバルにもお酒飲ませたなー!」

凄い剣幕でクイントに振り向く光司。
しかし、クイントはそれを見ててへっと笑うだけであった。
説教でもしようかと思った光司だったが、それはギンガとスバルに遮られた。

「ねぇ、光司さんも飲もうよー」

「光司兄〜」

(って全然動けない!この子達の力案外強っ!!)

そんな状況に助けとしてゲンヤを見たが、その望みは早くも絶たれる事になる。
何故なら既にゲンヤは酔いつぶれていたからだ。

(ちょっ、これどうすればいいんだー!?)

あまりにもカオスな状況に、客人であるはずの光司は内心そう叫ぶのであった。

























そして、あの後すっかりと酔って寝てしまったギンガとスバル。
もう既に時刻は夜中を指していた。
光司はクイントやゲンヤもそろそろ寝た頃だと思い、暗い家を歩き、自身の荷物を担ぐ。
そして、玄関先まで行き家を出ようとしたところだった。

「もう、行くのね?」

寝ているはずの人物の声に光司が振り向くと、そこにいたのはクイントとゲンヤだった。
ゲンヤに関しては、どこか顔が青かったが。
ぎょっとして振り返った光司だったが、その言葉で表情を苦笑に変える。

「えぇ。これ以上あなた達のお世話になる訳にはいきませんから。あなたが目覚め退院した以上、もう襲撃はないでしょうし」

「そう……。折角だから、あなたをこの家に招こうかと思ってたくらいだったんだけど、その様子ではそれもお断りみたいね?」

「えぇ、僕は旅人ですから。正直その申し出は非常にありがたいんですけど、それは無理ですから」

「……何か理由があるの?」

その言葉に、光司は真剣な表情で答える。

「そうですね……。ただ僕自身がそれで終わるのは納得ができないからでしょうか」

「……そう。わかったわ。ただ1つだけ忘れないで」

「俺達はいつでもあんたの味方だ。もし、困った事があったらまたここか俺を訪ねに来な」

「ありがとうございます」

光司は2人の厚意に感謝し、礼をする。
折角ここまで言ってくれたのだ。
光司からも一言言っておく事にした。
かつて、闇を歩いた人間として。

「じゃあ僕からも一言だけ、クイントさんに」

「あら、何かしら?」

「管理局は…辞める事をお勧めします。あなたが一度闇という物を見た以上、これから管理局に勤めても利用され消される可能性も高い。だから、そうなる前に 辞めておく事をお勧めします。ギンガとスバルちゃんのためにも」

「……そうね。私もそうしようと思っていたところなの。あなたもそう思うのだったら、素直に身を引いた方がいいみたいね」

「……はい。でも、あなたの実力は高い。これからも、その力を弱い人々を助ける事にはずっと生かして頂きたい」

「当然よ。これからもそれだけはずっと変わらないつもりだから」

それを聞いた光司は笑顔になった。
これならもう自分が心配する必要はどこにもないだろう。

「……では、僕はこれで。また流れる事にします」

「えぇ、元気でね」

「またこっちに来たら顔見せな」

「はい」

そう言って、今度こそ光司はナカジマ家から出て行った。
これ以降、ナカジマ家の人間が光司を見かける事はなかった。
そう、再会となるその数年後までは。















あとがき

約1週間ぶりになります、ウォッカーです。
今のところ1週間ペースで投稿しています。
いつまで続くかは疑問ですが。
本日私が投稿した日は台風でした。
皆さんは大丈夫でしたか?
台風は意外と怖いものです。
気をつけてくださいね。

今回の第8話ですが、単純にクイント退院後の生活風景を書いた物ですね。
主人公はクイントが退院した後、すぐに旅に出るつもりでしたので、このような形に落ち着きました。
今までのクイント編とは違い、ほのぼのというか少しはちゃめちゃした感じにもなっています。
クイント編はこれで最後になりますが、最後には楽しくという感じで書きましたので、それなりにほのぼのした感じを楽しんで頂ければいいかと思います。

次回は新章です。
今度は誰と出会うのでしょう?
それは次回でご確認ください!
短いあとがきでしたが、最後まで見て頂いてありがとうございました!
次回もまたよろしくお願いします!



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