『サモンナイト2』二次小説

メルギトスシンドローム









第17話 「陸に上がるのは嫌ですか? 後編」


























「……なんであの娘がこんなところにおるんじゃ……」

ジャキーニは我知らずつぶやいていた。

端正な髭をたくわえた渋い顔は恐怖に引きつり、どっと噴出してきた冷や汗で自慢の一張羅はぐっしょりと濡れ、海の男に相応しい筋骨隆々のたくましい肉体が ガタガタと震えだす。

いつもは無意味に偉そうで常にふんぞり返っているジャキーニ海賊団船長が、今にもその場から逃げ出してしまいそうなほど腰が引けている。


彼のそんな様子に気づいた船員の一人が驚いて声をかける。


「せ、船長? どうしたんですか?」


船員に問いかけられたジャキーニはビクリと身体を痙攣させる。

しかしその視線はある一点に釘付けになったままだ。


そんな反応を見て訝しがる船員に向き直ることもせず、ジャキーニは震える唇を懸命に動かしてかすれた声で返答を返してきた。


「……悪魔じゃ……」

「え……?」

「……あの悪魔っコ……どうして……まさか、またワシらをイビリに……どうしてここが……なんで今更……」

「……船長?」


ブツブツと何事かをつぶやき続けるジャキーニ。

不審に思ったその船員はジャキーニの視線の先を追ってみた。

そして二人の少女たちに行き当たる。


一人は気弱そうな顔つきでひょろひょろっとした身体が非常に華奢そうに見える少女。

もう一人の少女は気の強そうな表情以外の身体的特徴は隣の少女と似ているが、ピシャッとした背筋がどこか力強さを感じさせる。


姉妹だと言われても他人同士だと言われても納得できる二人の少女。

しかしその二人が今のジャキーニの様子に関係しているとは彼には思えなかった。


「船長、本当にいったいどうしたんで? あの二人がどうかしたんですか?」


その問いに反応したわけではないだろうが、ジャキーニは突然ポツリと一言つぶやいた。


「……戦争じゃ……」


いつの間にか床を通して甲板全体に届くのでは思われた震えは止まり、その目は焦点を失って下に向けられている。

船員が心配してもう一度声をかけようとすると、ジャキーニは突然ガバリと身体を起こし、ファナンの町にまで響き渡るのではないかという大声で叫んだ。


「戦争じゃ、戦争じゃ……戦争じゃああああぁぁあああ!!! ―――野郎ども!!」

「「「へ、へい! 船長!!」」」


突然天に向かって咆哮を上げたジャキーニは、大砲の砲撃手である船員たちにグルンと向き直ると船長の奇行をポカンと眺めていた彼らに気合を入れさせる。

そしてそのままビシっと二人の少女のいる方向を指差して喚きたてる。


「あのくそ忌々しい悪魔っコに、天誅を食らわせてやれぃ!! 撃ち方用意!!」

「「「へい! 船長!」」」

「うぅてぇえええええい!!!」


低く唸るようなジャキーニの号令を受けて凶弾は発射された。

何も知らない人々の暮らすファナンの町にではなく、たった一人のカヨワイ女の子に向けて。






























砲門の真ん丸な闇があたしの目を覗き込んでも、すぐにはその意味がわからなかった。

あたしの視線は長大な大砲の真っ暗闇な砲門の中に吸い込まれる。

その奥底で何かがチカッと光ったと思った途端、低く響く爆音が大気を震わせる。


理解したときにはもう砲弾は発射されていた。


頭が真っ白になって突っ立っていることしかできなくなったあたし目掛けて真っ黒な鉄球がゆっくりと迫る。

ゆっくりなのは砲弾だけではない。

あたしの傍に立っていた夕月もゆっくりとあたしに駆け寄って飛びついてくる。


あたしと夕月は絡み合いながらスローモーションで倒れこみ、砂浜を転がる。

その途端、世界は急激に速度を取り戻した。


近所に雷が落ちたときでもこれほどではないだろうという轟音と閃光。

砂が飛び散り、鉄が飛び散り、火薬が炸裂する。

激しい衝撃波があたしたちの軽い身体を吹き飛ばし、優に5〜6メートルは浜辺を転がった。


あたしは何がなんだか分からずに無我夢中で夕月にしがみ付き、彼女はあたしの身体を強く抱え込んで守ってくれる。

身体中が痛い気もするしどこも痛くない気もする。

吹き飛ばされているのか転がっているのか、止まっているのかすらも分からない。

懸命に目を瞑り、全てが過ぎ去る瞬間をひたすら待った。


しばらくして、痛いくらいに強くあたしの身体を抱え込んでいた夕月の腕が緩められた。

恐る恐る目を開けてみると、衝撃はすでに過ぎ去っており、あたしたちは抱き合ったまま砂浜に倒れていた。


「大丈夫ですか、ナナ」

「う、うん。大丈夫」


実際には大丈夫かどうか自分にもよく分からなかったのだが反射的に答える。

夕月から離れて自分の状態を確認するが、どうやら背中側がヒリヒリする程度で大きな怪我はなさそうだ。


その旨を夕月に伝えようと彼女に向き直り、そのときようやく気づいた。

夕月は背中に酷い傷を負っていた。

真っ赤な血が滴り、砂浜をピチャピチャと濡らす。


サーッと血の気が引き、再び頭が真っ白になる。

真っ赤な水溜りに視線が釘付けになって離せない。

潮風に混じった火薬の匂いと血の匂いに背筋が寒くなる。

鳥肌が立ち、吐き気が込み上げてくる。


頭の中ではあの日の映像が鮮明にリプレイされている。

あたしが初めてこの世界に降り立ったあの日。

自らの力の無さと不甲斐なさを痛感したあの日。

少女が微笑み、双子が喧嘩をし、お爺さんが幸せに暮らしていたある村が、この世界から永遠に失われたあの日。


平穏に暮らしてきた人々に永遠に消えない恐怖の表情を焼付け、肉塊の山を築き上げる。

今まで生きてきて、これからも生きていくはずであったろう人間の人生を無慈悲に踏みにじる。

炎が全てを飲み込み、確かにそこにあったはずの人々の営みを一晩で無に帰してしまう。


あたしはその場にいた。

眺めていた。

人が人を斬るところ。

人が肉に変わるところ。

血が噴出し、肉片が飛び散るところ。

命が掌から零れ落ちるところ。


あたしは見ていた。

全て見ていた。

見ていることしかできなかった――――





























「―――? 奈菜?」


言うことを聞かない我が身を鞭打ってようやく立ち上がった私は、未だ座り込んだままの奈菜の様子がおかしいことに気づいた。

私の呼びかけにも反応せず、その目はただ一点を凝視している。


私の背中の傷が作り出した血溜まり。

彼女の目はそこに焦点を当てている。


奈菜は私の身体を心配しているのだろうか?

確かに血は吹き出しているが、致命傷というほどではないし、痛みさえ我慢すれば動き回るのに支障は無い。


「私の傷はそれほど深くはありません。それより奈菜、急いでここを離れた方がいい」


海賊たちがどうして私たちを狙ったのかは分からなかったが、初撃が外れたことに気づけばすぐに二発目を撃たれるかもしれない。

海賊船のほうを見やると案の定、船首に備えられた大砲に二発目の砲弾が装填されようとしていた。


召喚獣と戦っていた連中はすでに船に乗り込んで海賊たちと戦っているが、大砲の発射を阻止するには至らないようだ。

確実に二撃目は来る。

すぐにここを離れて隠れるか、せめて距離をとらなければならない。


「さあ奈菜、立って―――奈菜?」


一刻も早く行動しなければならない時だというのに、彼女はまだ一点を注視したまま微動だにしなかった。

いや、違う。

奈菜の視線は固定されているが、彼女は血溜まりを見ていない。

彼女の意識はこの世界には無い。


いったいどうしてしまったというのか。

まさか怪我を?

それとも突然のことでショック症状に?


ともかく、奈菜の状態がどうであれ、ここにいつまでも留まっていることはできない。

意を決して、私は自分と大差ない体重であろう彼女を担いででも避難させようとした。

しかしいざ彼女を担ぎ上げようとしたときにそれは起こった。


「あぐっ?!」


奈菜の身体に触れた部分に電流が走ったかのような痛みを感じて、私は思わず身を引いてしまう。

彼女に触れた手を確認してみるが、傷や火傷ができている様子も無く、いつもの真っ白な手のままだった。


しかしそこには確かに何かがうごめいているのを感じる。

奈菜の身体から私の中にもぐりこんできた何かが行き場を求めて暴れ狂っている。

ソレは私の身体には一切傷をつけることなく、身体の中を引っ掻き回される痛みと不快感を私の精神に直接供給する。


何が起こったのか私にはさっぱり分からなかったが、奈菜を避難させようともう一度彼女に触れればさらにソレの侵入を許すことになるのは予想できた。

今気づいたが、奈菜の周りにはかつて平原で見たモヤモヤとしたものが渦巻いているのが確認できた。

おそらくこの不快感の正体はあれであろう。


以前見たときにはあやふやな存在感だけが感じられて色は判別できなかったが、今彼女の周りにたむろしているそれは若干黒っぽい色を帯びている。

少し身体に触れただけでこれだ。

奈菜を担ぎ上げて避難させるとなるとどれほどの苦痛を伴うのかは想像もしたくない。


しかし私の頭の中には彼女を見捨てて自分だけ逃げるという選択肢はなかった。

どんな苦痛を伴おうが私は何よりも奈菜を優先する。

奈菜は私の存在意義だ。

彼女のいない世界にわたしの存在する意味は無い。


躊躇する必要すらなく、私は未だ別の世界を覗きこんだままの奈菜の身体を肩に担ぐ。

接触面から黒いモヤモヤが私の身体に侵入し、心も身体も蹂躙する。

身体の中を大量の蟲たちが這い回っているような、身体の内側から棘が生えてきて内蔵や皮膚を突き破って飛び出してきそうな、そんな卒倒するのに十分な不快 感と苦痛をたっぷりと味わいながら、しかし私の足は勝手に前へと進んでいた。


身体に異常は無い。

不快を訴えているのは精神だけだ。

意思さえあれば身体は前へ進む。

奈菜を守るという意思は私にとって唯一譲れないモノ。


奈菜は私の全て。私の全ては奈菜のもの。

この身体も精神も、奈菜のために失うのなら惜しくは無い。

例え精神が焼ききれても奈菜だけは安全な場所に避難させる。

例えこの身を盾にしてでも奈菜は私が守ってみせる。


滅多に感情を表さない顔だが苦痛の色は隠しようも無い。

歯を食いしばって一歩一歩進む。

目がかすんで足元の判別すら付かない。


一心に前へと進んでいた私は不覚にも足元の流木に気づかずに足を取られて奈菜共々倒れこんでしまった。

最悪なことにその瞬間後方から大気を震わせる轟音が響く。

大砲の二撃目が発射されてしまったのだ。


とっさに奈菜の盾になるために立ち上がる。

しかし両足に力が入らずにがくんと崩れ落ちる。

それでも気力を振り絞って目の前に迫る砲弾に立ち向かおうとした私の肩に、ポンと手が置かれた。


「無理をするな。下がっておれ」


大して力も篭っていないその手に押し止められて、立ち上がろうとしていた私は再び膝を着く。

その手の主、シルターン独特の着物に身を包み腰に一振りの刀を携えた男は、左手で鞘を支えながら右手を柄に添え、腰を深く沈めて鋭い視線を目の前の鉄球に 注ぐ。


「きぇぇぇええいっ!!!」


掛け声とともに抜き放たれた刀身は光となり、目にも止まらぬ神速の斬撃が繰り出される。

高速で突き進んできた鉄塊は左右真っ二つに裂け、標的である私たちを逸れてあらぬ方向に飛んでいく。

そして爆音。


目の前で繰り広げられた光景に呆然としていた私だったが、その衝撃に我に帰って慌てて爆風から奈菜を庇う。

二度目の轟音にようやく正気に戻ったのか、奈菜の表情にも大砲の砲撃に対する恐怖が伺えた。

彼女の覚醒とともに彼女を覆っていた黒いモヤモヤも消え去り、衝撃から庇う為に彼女に覆いかぶさっても身体には何の変化も起こらなかった。


折り重なって衝撃波をやり過ごした私たちに、着物姿の男がザッザッと草履で砂を踏みしめながら歩み寄ってくる。


「大丈夫で御座るか、御二方」


初対面の者はまず敵かと疑う主義の私ではあるが、流石にあんなふうに助けられてこんな言葉をかけられては私たちと敵対するつもりは無いことくらい分かる。

男の出現に気づいたらしい奈菜は何故か酷く狼狽して挙動不審になったが、やがておずおずと礼の言葉を述べた。


「あ、あの、ありがとう御座います」

「何、当然のことをしたまで。か弱き女子相手にあのようなものを振りかざすとは、男の風上にも置けぬ奴等だ」


そう言って男は嘆かわしいと首を振る。

その表情には先ほどまでの触れるもの全てを切り裂いてしまいそうな鋭さは無かった。

むしろ私たちに向ける視線に親が子に向けるような暖かさまで感じられるほどだ。


「拙者、名をカザミネと申す。強き者を求めて修行の旅を続ける流れの剣客で御座る」


































ジャキーニは目の前で起こったことを信じられないという様子で眺めていた。

血走ったその目は真ん丸に見開かれ、阿呆のように開けたままの大口からポツリと言葉が漏れる。


「なんじゃあれは……大砲の弾を、斬りおった……?」


その光景に唖然としているのは彼だけではなかった。

船長の指示に従って黙々と艦砲射撃を行っていた船員たちも、戦場で激しい戦いを繰り広げていたものたちも思わずその手を止めて呆然としてしまっていた。


が、その中で一人だけ逸早く立ち直った者がいた。

金の派閥議長の娘・ミニス=マーンである。

彼女は幼いながらも数々の修羅場を潜り抜けてきた猛者であった。

その修羅場を作る一番の原因が自分の母親だというところが不憫ではあるが。


ともかく常識はずれな出来事に慣れていた彼女はすぐに我を取り戻し、隙だらけの敵を一網打尽にするチャンスを得た。

首からかけたペンダントの先についた緑色の石に両手を添えて召喚術の詠唱を始める。


それにようやく気づいた海賊たちが慌てて呪文の詠唱を阻止しようとするが、もう遅い。

彼女にとって一番の友達であり、最も得意とする術であるそれは、すでに詠唱を完了していた。

海賊たちは小さな少女の身体から緑色の光とともに放たれる雄雄しい飛龍の咆哮を聞いた。


「さあ、出番よシルヴァーナ! とことんやっちゃって!!」


召喚士ミニスの呼びかけに応えてこの世界に姿を現した白銀のワイバーン・シルヴァーナ。

幻獣界メイトルパにおいてもその姿を見ることは稀であると言われる気高き龍族。

友達であり主人であるミニスの命を受けて金属質な鱗に覆われた6メートル強の巨体をその銀翼で大空へと舞い上がらせる。

その風圧は凄まじく、高度な意思力を秘めた眼光を向けられた者は敵味方問わず竦みあがる。


飛翔するだけでその場の全ての人間の行動を停止させた翼龍は、体内に飼う溢れんばかりの熱量を放出しようとするかのように口先から次々と火球を繰り出す。

海賊船の立派な帆は瞬く間に焼け落ち、逃げ惑う海賊たちを炎が追い立て、木材製の巨船はさながら火炎地獄のような有様と化す。

海賊たちは我先にと海へと飛び込み、マグナたちも燃え盛る炎にまかれていた。


「ちょ、ちょっとミニス! やりすぎだって!!」

「……あ〜、ごめん。久しぶりすぎて私もシルヴァーナも加減し損ねたみたい……」


てへへと舌を出して笑うミニス。

この惨状をそんな一言で片付けてしまう彼女にマグナは戦慄し、ミニスだけは絶対に怒らせないようにしようと心に誓うのであった。


そんな彼らの様子を呆然と突っ立ったまま眺めている男がいた。

この船の船長、ジャキーニである。


「船が……ワシの船が……燃えていく……燃えていく……」


彼の頭の中では今までこの船で過ごしてきた楽しかった日々が走馬灯のように思い起こされる。

成す術なく燃え落ちていく自分の船を眺める彼の背中には哀愁すら漂っていた。


しかし彼はこのまま黙ってやられたままでいるほど往生際が良くも、物分りが良くも無かった。

身体の内からふつふつと沸き起こる激情に身を任せて、彼は己の限界まで魔力を引き出す。


「貴様らいい加減にしろ!! 化け物ども! 奴らを一人たりとも生かして帰すな!!」


誓約の力に縛られ、主の命に従うしかない哀れな召喚獣たちは自分たちを取り巻く炎に本能的恐怖を抱きながらも、健気に主人の言葉を実行しようとした。

しかし動きが鈍るのはどうしようもなく、マグナたちによって瞬く間に倒されてしまった。

最後の一人となったジャキーニに緑色の召喚石を抱えたトリスが啖呵をきる。


「さあ、残るはあなただけよ! ナナとユヅキさんの痛み、思い知ってもらうからね!!」

「なんでじゃ! なんでワシばかりがこんな目に! うおおおお!! ワシは負けん! 負けんぞーーー!!!」


追い詰められたジャキーニは自らの理不尽な運命に呪詛の言葉を吐きながら、ヤケクソになって剣を振りかざした。

しかし彼のサーベルがトリスに届く前に彼女は召喚術の詠唱を終えていた。

緑色の光がトリスを中心に溢れ、異界のモノがリィンバウムに顕現する。


「ミミエット! ボコボコにしてやって!!」

「オッケー♪」


トリスの召喚に応じたウサギ型の獣人(?)ミミエットは、地獄絵図な周りの状況など一切気にした様子も見せずにルンタルンタとスキップしながらジャキーニ に近づいていく。

その様子に一瞬毒気を抜かれたジャキーニだったが、次の瞬間には大口を開けて馬鹿笑いを始めた。


「がはははは! なんじゃそいつは? そんな軟弱そうな奴でこのワシを倒すつもりか? 片腹痛いとはこのことじゃわい! ぐはははは!!」


相手の弱っちそうな容姿にジャキーニは腹を抱えて笑い転げる。

ミミエットがすぐ目の前に立ってもこんな奴に何ができるものかと高を括って笑い続けていた。

そんなジャキーニにミミエットはにっこり笑いかけると、細い腕にそぐわぬ大きな拳にふーっと息を吹きかけて大きく振りかぶった。


それを見てもまだ笑い続けていたジャキーニは、Aクラス高位召喚獣ミミエットの渾身の一撃をもろに食らってしまった。

いや、一撃ではない。

彼女は一瞬に六発ものパンチをジャキーニのどてっ腹に御見舞いしていた。


その威力は巨漢であるジャキーニを軽く5メートルは吹き飛ばす。

ぐげっと蛙が潰れたときのような声を漏らしながら宙を舞ったジャキーニは一瞬にして気を失っていた。

そして背中から壁にぶち当たった衝撃で意識を取り戻すという奇異な体験をした。


一瞬の気絶から立ち直った途端に身体中を襲う痛みと熱さに顔をしかめた彼は、しかし目の前で繰り広げられる光景に痛みも忘れて目を見開いた。


ミミエットが両腕を顔の前で交差させて身を縮め、自らの体内に何かを溜め込んでいるかのような仕草をする。

そしてそれらを一気に開放するかのように両手両足を上下に力いっぱい伸ばす。

すると彼女を中心に衝撃波が巻き起こり、次の瞬間彼女は金色に輝くオーラに身を包まれていた。


かわいらしい姿からのその豹変にジャキーニだけでなく、マグナたちや召喚したトリス本人でさえ目を丸くして驚いている。

そんなギャラリーの様子などお構い無しのミミエットは無造作に、まるでそれが当たり前のことであるかのように空に浮かび上がる。

もはや唖然とするしかない周囲を尻目にミミエットはその両腕に自らの最強の技『うさ気弾』を生み出す。

ジャキーニは本能的に生命の危機を感じた。


「いっくよ〜♪」


かわいらしく告げられた死刑の宣告とともに凄まじいエネルギー弾の嵐が降り注ぐ。

火炎地獄と化していた海賊船はまるでそれが紙で出来てでもいるかのように脆く儚く崩れ去っていく。

もはや単なる木片の塊と化した船からマグナたちは必死の想いで脱出していた。


「トドメ〜!」


自分の主人とその仲間も乗っていた船をなんの躊躇も容赦も無く破壊し尽くしたウサギ耳の悪魔は、最後に特大のエネルギー球を造り出し、大破した海賊船に叩 き込んだ。

海賊船が木っ端微塵に粉砕されていくのを眺めながら、マグナは妹も決して怒らせてはならないと深く心に刻んだ。

































「もう嫌じゃ〜〜!! 陸でもどこでもいいからあいつらのいない所に連れて行ってくれ〜〜!!」


そう叫びながらジャキーニは自分を引っ立てようとする金の派閥兵士に泣きついた。

まあ、そのボロボロな姿と漫画の爆発したキャラみたいな頭を見れば分からなくも無い。

っていうか、よく生きてたな(汗)


『陸に上がるのは嫌なんじゃ〜!』っていうあの迷台詞を聞けるかと思ったのだが、ミミエットの無情な攻撃を受けてはそんなことも言ってられないらしい。

というか、何故にトリスはあんな高レベル召喚獣を召喚できたのか。

ミミエットってAランクのはずだし、入手できるのもかなり後半のはずなんだけど……


あたしがそんなことを考えている間に、いつの間にかあたしたちの周りにはマグナたちが集まっていてカザミネさんと自己紹介を交わしていた。

シルターンから呼び出されて戻されることの無かった流浪の侍、刀を用いた独特の剣術で立ちはだかる者はなんでも切り裂く居合い斬りの達人。


どうしてだか分からないけれど、そのときあたしはボーっとしてたので彼が大砲の砲弾を真っ二つにしたという信じ難い偉業をこの目で見ることは叶わなかっ た。

しかしマグナたちの旅の理由を聞いたカザミネさんは自分も同行することを申し出てくれた。

強い者と戦いたいというのがその理由だそうだ。


また、ユエルがあたしに飛びついて無事を喜んでくれたり、アメルが夕月の怪我を治してくれたりしているうちに、本日最後になるであろうイベントが穏やかな 微笑とともに現れた。

ミニスの母親にして、金の派閥の議長・ファミィ=マーンである。


全身金ぴかで絢爛豪華な鎧に身を包んだ兵士たちとは違い、ケバケバしさの無い上品な服装、主張し過ぎない程度に化粧を施された若々しい顔、そしてミニスと 同じ淡い金色の髪。

蒼の派閥と勢力を二分する召喚士集団のトップとは思えぬほどの柔らかい物腰には母性すら感じられる。


しかしそのやわらかい笑顔もミニスにとっては恐怖の対象に過ぎないらしく、その姿を認めた途端すばやくマグナの背後に隠れた。

マグナの横に控えていたハサハもその俊敏さに目を丸くしている。


ファミィさんに怒られる心配を無くそうと思ってシルヴァーナのペンダントを返してあげたのだが、その効果はあまり無かったようだ。


「貴方たちですね? 海賊をやっつけてくれたのは」


ファミィさんはミニスの様子を気にしたふうもなく上品にあたし達に声をかける。


「私たちが駆けつける前に終わらせてしまうなんて、すごいわ。おかげで町にも被害が出ませんでした。この町の領主に代わってお礼を言います。本当にありが とう」


かなり高貴な身分の人のはずだが、平民も多く混じっているあたしたちに対してなんの衒いも無く頭を下げる。

物腰の柔らかさ、上品さとあいまってとても好感が持てる。

どこかの誰かに爪の垢でも飲ませてやりたいところだ。


「あら? あらら? あらららららら?」


と、突然ファミィさんはあたしたちを見回しながら怪訝そうな表情をする。


「変ねえ。派閥にいる子の顔はきちんと覚えておいたつもりなのですけど……」


などと言いながら少しわざとらしく困った表情をする。

変も何も、マグナ・トリス・ネスティの着ている制服を見れば一目で彼らが金の派閥ではなく蒼の派閥に属する召喚士であることは分かるはずだ。

ファミィさんのその言葉を受けて、ネスティがしぶしぶながらも一歩進み出て言葉を紡ぐ。


「物忘れではないですよ。僕たちは、蒼の派閥の人間なのですから。金の派閥の議長、ファミィ・マーン様」

「あらあら、そうでしたの」


ネスティの発言を受けてファミィさんは納得したというようにニコニコと相槌を打つ。

金の派閥の議長という言葉を聞いてマグナたちは驚きにどよめいた。


「え!? 金の派閥の議長!?」

「ファミィ……マーンって、ひょっとしてミニスの!?」


マグナとトリスの双子召喚士は一際大きく驚きの声をあげた。

他にもモーリンやフォルテなども驚きや感嘆の声を漏らしている。


そんな彼らをニコニコと眺めているファミィさんのもとへ金ぴか兵士の一人が走り寄ってきて、ピシッと姿勢を正して敬礼する。


「議長殿、海賊たちは全て確保いたしました! これより本部まで護送いたします!」

「ご苦労様。あとで私が直接お仕置きをしますから」

「はっ!」


報告を済ませた兵士はもう一度ピシッと敬礼した後、海賊たちを護送する仲間のもとへと戻っていった。

それにしても、この上さらにファミィさんのお仕置きだなんて、ジャキーニさんたらなんて哀れな……

大砲で狙われるなんてことがあった後だというのに、同情せずにはいられないよ……


「さて、明日にでも改めて派閥の本部にご招待させてくださいな」

「わかりました」


にっこり微笑みながら命令ではなくお願いを言うように話すファミィさんにネスティが了解の返事を返す。

その返答に満足そうに頷いてからファミィさんはくるりとあたし達に背を向けた。

成り行きをマグナの後ろから覗き見ていたミニスがホッと胸をなでおろす。


「あ、そうそう」


それを見計らっていたかのようにファミィさんはあたし達に向き直ってこう付け足した。


「その時はぜひ、そちらの貴方の後ろで隠れている私の娘も連れてきてくださいね」


そう言ってニッコリと微笑みかけられたマグナとマグナの後ろに隠れていたミニスの心臓が同時にビクンと跳ね上がる。

その様子を面白そうに眺めて、無邪気な微笑のままファミィさんは去っていった。


しばらく誰も何も言い出せなかったが、居たたまれなくなったアメルが勤めて明るい口調でミニスに声をかける。


「……見つかっちゃったね、ミニスちゃん」

「あうう〜っ!?」


ミニスはこの世の終わりだと言わんばかりに唸り声を上げて頭を抱えてしまった。

よっぽどファミィさんのお仕置きが恐ろしいのだろう。

雷ドカーンとか、雷ドカーンとか、雷ドカーンとかが……


ま、まあ、もうペンダントは戻ってきてるんだし、そんな酷いことにはならないよ。

…………たぶんね。
















第17話 「陸に上がるのは嫌ですか? 後編」 おわり
第18話 「悪魔は囁く」 につづく




さて、今回も感想に行って見ましょう〜♪

先ず、今回はジャキーニさんが派手にやられてましたね〜

というか、ちょっと思ったんですけど、ジャキーニさんって、2ではあまり良い所無かった気が…(汗)

んむ、確かに良い所なしだったねぇ(汗)

3では結構色々ネタ出ししてくれてるのにね〜

もっとも、オウキーニに良い所さらわれてる感はあるけど(汗)

確かに、オウキーニさんは関西弁だけじゃなくて、運命の女性とも出会っていますし、

たこ焼きイベントやクノンさんとの漫才イベント等イベント豊富ですから……

ジャキーニ完全に喰われてるね(汗)

まあ兎も角、今回は派手にやられていたね〜

その後どうなるのか、かなり気になる所だけど、まあ何とか助かってるんだろうね〜3の為に(爆)

SSだから必ずとはいえないけど(笑)

でも、今回はミニスちゃんも大活躍でしたね♪

シルヴァーナの活躍を見たのは初めてですけど。

今後は強い人たちが多くなりますからね〜やっぱりこのくらいは必要かな?

まあね〜なにやら色々設定が追加されているようだし。

気になる部分は多いね〜

次回の意味深な題名も気になります、これは次回を待つしかありませんな!(爆)

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