荒涼とした大地が広がっている。
しかも見渡す限り平原である。
だが植物らしい植物が生えていない、寂しい場所だ。
かつて、サイトがこのオルニール領に降り立った時の第一印象だった。
今も、その印象は拭い去れない。
だが、初めてきた時より少しだけ草が、風にないでいたのを見てサイトは安心した。
その後も周辺を見た後、サイトはあらかじめ用意されていた館へ戻った。
館、と言っても決してサイトが住むために用意されたものではなく、かつてこの地方を治めていた軍監が使っていた物で、今も数人の部下と共にこの地の人間で軍団を編成するため、使っているに過ぎない。
ただ、ほんの僅かな時間とはいえ、前線から離れることができたのは部下たちにはよいことだったと思える。
何せサイトが率いている兵は皆、このオルニール領、または周辺地域の出身なのだ。
今も部下の半数は、郷里に戻り、束の間の安息を得ている。
サイトは、部下が帰る時に見せていた笑顔が印象的で、忘れることができなかった。
「私は、既に故郷に帰れないからか」
そうひとりごち、サイトは執務室に篭った。
疲れたように椅子に座ると、机の上の写真立てを手に取り、眺める。
「いかんな、これでは」
感傷的になっている、そうサイトは考え写真立てを元に戻し、雑務に取り掛かった。
そうしないと、また違うことを考えてしまうから。




1時間程サイトが種類と格闘していると、扉がノックされた。
サイトが「入れ」と言うと扉が開かれ、見知った顔が現れた。

「何だ、君か」

開戦以来、サイトと共に戦場を駆け巡っている、副官のマティアス中佐だ。

この世界では数少ない、サイトの友人と言えるだろう。

「何だ、じゃありませんよ。こちらに面倒事ばかり押し付けておいて」
「いやすまない。だが、私も書類仕事でかなり苦労しているんだ。お互い様だろう」
「判子を押すだけが仕事でしょう」
「馬鹿を言うな。一応、中身も確認しているんだ」
「これは失礼しました。さて、それでこちらから閣下に報告することがありまして」
「ああ、なにかな」
「兵員の補充に関してと、ガリアから連れてきた難民のことです」

そう言うと中佐は手元の書類をめくった。
サイトは目で続けるように合図する。

「まず兵員のことです。我々北部第1方面隊の定員は20万人となっているのですが、現在我が部隊に籍をおく者は8万人程度です。これは既にこの地で徴兵した兵を合わせた数になります」
「8万人か。大した数だ」
「ですが20万人には程遠い、大幅な定員割れです」
「しかし、これ以上徴兵すればこの地の生産活動は完全に滞るだろう?」

それどころか、この地域の男性全てに、女・子供を集める状態になりかねない。

「その通りです。しかし、どうにか定員まで集めないと中央が何と文句を言うか」

中佐が渋面するのも無理はない。
既に北方遊牧民族は大半が徴兵され、軍役についている。
それに加えて、今回のサイトの方面隊の編成である。
人が集まることは、まずないのだ。
それに中佐が懸念しているもう1つ、中央のこともある。
中央とは、地方軍がトリステイン軍軍令部を揶揄する時に使う言葉だ。
彼らは安全な王都から命令するだけ、だから嫌われるのも、無理はない。
そこが定数まで人員を確保しないことを許さない。

「軍令部には何とか、私が話をつける。それで、もうひとつの案件を」
「はい。ガリアの難民ですが、仮設の家屋を建てることで住む場所はどうにかなりましたが、食料の方が決定的に不足しています」
「食料、か……軍の備蓄は?」
「既に放出しています。しかしそれでも足りないのです。何せ難民の人数は2万人を越えていますので」
「随分人が増えたのだな」
「当初は一万人を割っていたのですが、帰還の途中で合流した者も少なくありません」
「成る程」

サイトはため息をついた。
本来ならば、難民の受け入れもトリステインがしっかりとやるべきことではないのか。
それを、一地方軍にすぎない我々にやらせること事態、間違っているのではないか。
だがそう言っても始まらない。
現実に、この地にはそれだけの人がいるのだ。

「それで、今のところ食料以外に難民が困っていることは?」
「ありません。思いの外、同族も彼らを暖かく迎えています」

中佐が言う同族とは、彼の部族のことである。
時代が時代ならば、彼はその部族の族長としてトリステイン王国と対立していたと、彼自身が自嘲気味に言っていたのをサイトは覚えていた。

「それはよかった。ともかく、今必要なのは2万人に行き渡るだけの食料だな。早速、私の名で軍令部に打診してくれ」
「了解しました」

中佐はさっと敬礼すると、執務室を出ていった。
また一人になったサイトは、窓から外を眺める。
その横顔は、安堵した表情をしていた。

「難民を受け入れてくれた、か」

サイトは先程の話を思い返し、おそらく中佐が難民受け入れのために縦横を駆け巡ったのだろうと予測していた。
中佐の存在は、この地方では絶大だ。
赴任して間もない自分とは違う、サイトはそう考えていたがその心情と実情とは少々異なる。
この地に住む北方民族は、サイトに対して絶大な信頼をしている。
実はサイトこと、「サイト・シュヴァリエ・ド・ヒラガ・ド・オルニエール」はトリステイン王国の庶民の間では絶大な人気を誇っている。
平民としては異例の特進を続け今や将軍となり、そのシンデレラ・ストーリーに多くの民が熱狂しているのだ。
果てはサイトを題材にした劇が王都では開演されているという。
しかしこれだけでは北方民族がサイトを受け入れる理由には乏しいだろう。
さらに言うならば、サイトの所属していた部隊、今では率いている部隊の編成が大きい。
これはトリステイン軍が敷く軍政が地域に根ざしていることがあげられる。
トリステイン軍は領内の数カ所に駐屯地を定め、そこの地域の人間たちで基本的に部隊を組ませるのである。
そしてサイトは軍人になってからと言うもの、ずっと北方民族の部隊に属していた。
だからサイトは内地に帰還しても王都ではなく、北方の地域にいたのだ。
足して、北方に住む兵が無事に帰った時には、サイトのことを話していることもあり、徐々に名声が上がってきたわけである。

実は、サイトは王都の出身者になっていて、それも北方民族が好意を抱く要因があった。
王都に住むもの、いや王都に限らず古来よりトリステイン王国内に住む人々の大多数は北方民族を2等国民と蔑み(今は多少なりとも改善されているが)、民族の全ての否定していた。
だが、サイトは違ったのだ。
サイトはトリステイン人ならば人間の食べるものではない、と断じた北の伝統料理(生肉!)を平然と食べたし、嬉々として北方民族の生活を楽しんでいた。
こうしたサイトの行動、態度がいつしか北方民族にも受け入れられる要因となったのは言うまでもない。
つまり、難民がすんなり受け入れられたのは中佐と、サイトのおかげであるのだ。
そんなことはつゆ知らず、サイトはただ北方民族の優しさを噛み締めていたが、それはそれで幸せな捉え方である。
しかし、難民に関しては食糧問題だけですむが、兵員に関しては本当に軍令部に釈明をしなければならない。
サイトの本心は無作為に兵として北方民族を取り立てるとは何事だ、と声高に言いたいところなのだが、そう言ったら自分の階級は剥奪される。
というか何らかの虚偽、不正をでっち上げられ処刑されるのが見えている。
だからこそ、どうにか現状の兵力だけと言うことを納得させるしかないのだ。

「……これも国体の護持のため、か」

百年兵を養うは、ただ平和を護るためである。
ふとサイトは元の世界の、ある提督のこの言葉を思い出していた。
国を護るために犠牲が必要なのは分かる。
ただ、そのために払う犠牲が多すぎるのではないだろうか?
サイトはそう思わずにいられなかった。
未だにトリステイン王国内での戦闘は行われておらず、犠牲は軍属の者だけですんでいる。
それでも、いつ国内に敵軍が侵入するかは時間の問題だった。

既にガリア国内各所で抵抗を続けるトリステイン軍の前線は破られつつあり、またしても包囲殲滅の危機に瀕している。
それをさせないために、今トリステイン王国では青年男性を対象に、日夜苛烈極まる調練がなされている。
そして新たな師団の創設も急いでいるのだが、間に合うかどうかは微妙なところだ。
「ともかく、どうにか言い訳を考えないと……」
あれこれ考えるより、今は目の前のことを片付けるしかない。
サイトの頭の中は、食料要請と定員割れに関してのことでいっぱいになった。



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