あきれた、という顔をしたシエスタが思い出したように「もう、早くご夕食にしましょう」と告げた。
その席で出された料理はどれも美味しく、しばらく普通の食事をしていないサイトはいたく感動した。
オルニールでも、サイトは基本的に携行食しか食べていなかったのだ。
いつ、どこで戦いが起きるか分からないという、非常時を想定して軍に入ってからずっとやってきたことである。
何せサイトが渡り歩いた戦場では、常に兵站が切れかかる、または切れた極限状態だったのだ。
ただ、平時も携行食でやっていられるのは、生真面目であるサイトだからできることなのかもしれない。
ただ、今回はルイズもいて、シエスタがわざわざ料理を作ってくれるというので、食べることにしたのである。
そして、サイトは初めて食べたはずのシエスタの料理にどこか、懐かしさを覚えた。




夕食の片付けをテキパキと終わらせたシエスタを捕まえ、懐かしさの正体を探ろうとサイトは思い、調理場すぐの廊下で待っていた。
ほどなく、シエスタが調理場から出てきた。

「あれ、どうかしましたか?」
「シエスタに聞きたいことがあって」
「わたしに?」
「そう、さっきの料理のことなんだけど」
「え、お口に合いませんでしたか。そうですか……」

あからさまに落胆した様子になる。

「いやいや、そうじゃないよ。料理はとても美味しかったよ。だけどちょっと気になることがあってさ」
「それでしたら立ち話はなんですし、中でお話しましょう?」
「あ、ああ」

2人で調理場に入る。
中には椅子があるので、座るには困らなかった。
しかし、見ると色々な食材が並んでいて、これだけの食材を使いずいぶんと手の込んだ料理を作ってくれたのだなと、サイトは思い、またも感動する。

「それで、なんでしょう?」

サイトをからかう演技だったのだろう、先程の落胆の表情は浮かべていない。

「実は料理を食べていて感じたんだ。味付けがさ、なんて言うか似ている。うん、そうだ。軍学校での食事と同じで」
「あやや、気づかれました?」
「そう言うってことはやっぱり?」
「はい、サイトさんの感じた通りです。……わたしの料理の先生はあのマルトーさんですから」

マルトーとは、サイトやルイズが軍学校に在籍していた頃に、同学校の料理長を務めていた人物である。
豪放磊落な性格でだけど凄腕の料理人であり、頼れる親父といった印象がサイトには強い。
事実、サイトはマルトーにたいして恩義を感じていた。
色々と酒保でやらかした時にも、笑って許してくれたし、厳しい調練で夕食が足りない時など、色々と食べ物をおまけしてもらったこともあった。

「マルトーさんは今も学校に?」
「いいえ。2年前に辞職なされて、今は奥さんと静かに暮らしているそうです」
「そっか。じゃあ今の士官候補生は残念だな、あの人の料理を食べられなくて」
「そう、ですね」

一瞬、シエスタの顔に影が刺したような気がした。

「でも大丈夫です。今軍学校の料理長はマルトーさんの薫陶を受けた人ですから」
「へぇ、そっか。そして、シエスタもその薫陶を受けた一人のわけだ」
「はい。サイトさんだけじゃなくて、ルイズさんもやっぱりお気づきになりましたよ。皆、マルトーさんの味を忘れられないんですね」
「それはもう。でも、これを毎日食べていられるルイズは幸せだね。いや、これからは幸せでいいんだろう」
「えっ、どういうことですか?」

シエスタは小首を傾げた。

「それはね、こう言うことだよ」

サイトは胸ポケットから携帯口糧を取り出し、シエスタに渡した。

「何ですか、これ」
「これが前線の兵士が食べる物。一口かじってみて」

言われた通りかじると、シエスタは何とも言えない顔をした。

「これ、硬いし、味がしませんよ。あと、噛み切れません」
「その通り! とても不味いんだ、これ。一応、日持ちはするし、軽いから便利ではあるんだけど……」

サイトが渡した物は、トリステイン軍兵士一般が食べるパンである。
正確には水と小麦粉を混ぜて練った物でパンとは言えないが、日持ちするから重宝されていた。
この他にトリステイン軍一般兵士には干し肉、塩、豆類、紅茶が配給される。

「でもこれ、普通に食べるなんて無理ですよー」

やっとの思いでシエスタはパンを噛み切った。

「うぅ、顎が疲れます……」
「そうだよね、皆も普通は配給された紅茶と一緒に食べるんだ。浸して、柔らかくしてね。ま、火が使えたらの話だから今、シエスタが食べたみたくなることもザラだけど」
「兵隊さんは大変なんですね。それにしても、これは酷すぎます」

シエスタはサイトが言ったように、手元にあった食用ワインを使って浸し、何とか食べた。

「こういう物ばかり食べていたからかな、マルトーさんの料理がいかに素晴らしいものかって分かったのは」
「これ食べていれば、大概の物は美味しく感じると思いますよ?」
「うーん。私は駐屯地が北で、そこでも色々と一般的なトリステインの料理と離れていたってのもあるのかな」
「北の食べ物ってそんなに風変わりなんですか?」
「彼らは遊牧の民だから、基本的に肉料理が多いんだ。まあ、慣れえれば生肉も美味しいよ」
「な、生肉!?」

シエスタは思わず椅子から滑り落ちそうになり、慌てて体勢を持ち直す。

「そんなに驚くこと、だよね。私も最初に食べた時は大変だったよ」
「だって、食べたらお腹を壊しちゃいますよ」
「それがそうでもないんだよね、慣れってすごいよね」
「興味本位で聞きますけど、その動物の生肉を食べたんですか?」
「馬と羊かな」
「うーん、馬と羊ですか。牛や豚なら分かりますけど……」
「ほら、遊牧民だから彼らにとって身近な動物なんだよね。それで、不思議とこの二種は生肉で食べてもお腹を壊さないんだ。きっと新鮮な内に食べてしまうってのもあるんだけど」
「まあ、現にサイトさんが食べていて、他の方々も食べているのですから大丈夫なんでしょうけど、ルイズさんには出せないですね」
「それは言えている。ルイズのことだから、生肉だしたら『手を抜く料理とは大した度胸ね』とか言って魔法を放ちかねない」
「あはは、そうですねー」

シエスタは軽く受け取ったが、実際ルイズに生肉を出せばサイトの想定の2倍はひどい結果になるだろう。

「でも、サイトさんがわたしの作った美味しいと言ってくれて、とっても嬉しいです」

シエスタは照れくさそうに、頬をかいた。
その顔を見て、サイトも思わず照れてしまいそうになる。

「ふふ。サイトさん、どうしたんですか」
「答えに困る……けど、シエスタの料理が美味しかったのは本当だよ。その、マルトーさんのことを抜きにしても」
「まあ、お上手ですね」
「本当のことだよ。所々、シエスタなりの工夫だってあるんでしょう?」

調理台には食材以外に、多くの香辛料などもあった。

「ええ。これでも私はルイズさんのメイドですから」
「ルイズのメイドじゃなくても、一流のメイドだよ、シエスタは」
「いいえ、メイドの道に終わりはありません。これからも頑張ってこの道を極めるんですから!」

どうやら、シエスタのメイド魂は相当のものらしい。

「やっぱり、シエスタは変わったね」

サイトに料理をほめられたのもあるだろうが、それ以上に仕える相手がルイズというのが大きいのだと、サイトは思っていた。
ルイズには周囲の人間を良き方へと向かわせてくれる、不思議な力を持っている。
シエスタは、軍学校に入学して最初に出会った時はどこか自分に自信が持てずに、小さくなってばかりいた、とはルイズの談だ。
入学した折、シエスタのその姿を見て決して笑ったりするでもなく、ルイズはシエスタの能力を見ぬいていたのだ。
それからあれやこれやとルイズがシエスタと話し、今のようになって、そこから爆発的にシエスタの人気が上がったそうだ。
サイトは最初からそのシエスタしか見ていないから、想像のできないことだが、今でもシエスタが必要以上にルイズに対して敬意を払っているのはその出来事が大きいのだろう。

「あー、また言いましたね! それを言うなら、サイトさんはすっごく変わったと思います!」
「え、そうかな?」
「そうですよ! わたしと最初にあった時とは全然印象が違います」
「……それは、その、ね。話すのやめよう?」

サイトはシエスタになだめるように言ったが、それは失敗することになった。

「あら、騒がしいと思ったら2人で楽しそうな話をしているじゃない」

調理場に現れた2人の主の出現によって。




5年前。
それはルイズが召喚の儀を執り行って1週間後のことだった。
ルイズの使い魔として召喚されてしまったサイトは、特別措置で軍学校に所属することになったが、勝手が分からず正直困っていた。
そもそも、サイトは女性に対してあまり良い印象を持つことがなく、また接触を避けていた節があり、ルイズが自分の主人であると告げられた時、卒倒しそうになった。
それでも1週間もあれば人は変わるもので、サイトはルイズに対して拒絶するような感覚はなくなった。
だが、他の女性士官候補生にはルイズと同じような態度は望むべくもなかった。
そしてどうしてもまだ、この世界にはあまり馴染めずに、サイトは学校の敷地をさまよっていた。




その日、シエスタは学校内の洗濯場でシーツを干していた。
日光があたり、風が吹き抜け、シーツがはためく光景がシエスタは好きだった。
シーツを全て物干し竿に引っ掛け終えると、シエスタはお気に入りの丘に登ることにした。
そこから洗濯場を含めた学校全てが見渡せるのだ。
だが行ってみると、そこには先客がいた。
今、学園で話題となっているサイトその人である。
シエスタは困惑した。
何せこの1週間でサイトの噂――人を拒絶している――を聞いていたのだ、それで身構えないわけがない。
サイトもシエスタの存在に気付いたのか、眉間にシワを寄せているのがわかる。
あれでは格好良い顔が台無しだ、とシエスタは思った。
同時に、シエスタはなぜサイトがこの場所にいるのか不思議に思った。
この場所は、ほとんどの人が知らないし、まして新参のサイトが知っているとは思えなかったのだ。
そんなシエスタの内情を知ったか知らずか、サイトは不機嫌そうな顔をしたまま横をすり抜け帰ろうとした。

「あの!」

気がつけば、サイトに話かけていた。
サイトは立ち止まり、振り返る。

「何か?」
「いえっ、その用があるってわけじゃないんですけど」

サイトは怪訝な顔している。

「用事がないなら、私に構わないでくれ」
「嘘! 用がないって嘘です!」
「はあ?」
「えっとえっと! そう、そうですよ! あなたのお名前は!?」

当然名前など知っているが、シエスタは焦りのあまり月並みなことしか聞けなかった。

「平賀……いや、私の名はサイト・ヒラガだ。用事はそれだけか?」
「ちょ、ちょっと待ってください!」

またしても離れようとするサイトを引き止める。

「一体、何なんだ。私のことは放っておいてくれないか」
「それはできません!」

シエスタはなぜか、サイトに話をしなければならない気がした。

「そ、そうだ……! 今ここにいるってことは、あなたは講義をサボタージュしたってことですね?」
「ああ、確かにそうだな」
「な、なぜ出席しないんです?」

サイトはフッと、笑った。

「君は一々、変な人だな。私が講義に出ていない理由を聞くなんて」

どうやら、シエスタの話にのってくれることになったようだ。
心なしかまとった雰囲気も軟らかい、ただし距離はやや開いている。

「変じゃありません! わたしだってこの学校の給仕、つまり職員なんですから、注意するんです」
「ああ、そうなのか。君、ここで働いていたんだ。年は私とあまりかわらないだろうに、大変だ」

妙に納得したようにサイトは頷いた。

「別に大変じゃありません。と言うか、トリステインでは私くらいになると普通は働いているものなんです」
「へぇ、やっぱりこの世界は全然違うな」
「この世界?」
「気にしないでくれ、独り言」

サイトの表情からは読み取れないが、少し暗くなった気がした。

「それより答えてください。どうしてサイト・ヒラガさん、貴方は講義を抜け、遊んでいるのです?」
「その前に1つ、君に聞きたい。私や君を含め、平民と呼ばれる人は普通文字が読めるかね?」
「えっ? 突然何を聞くんですか」
「いいから、答えてくれ」
「ええ、と……。普通は読めないと思いますよ」
「そうか。なら答えは簡単だ。私は文字が読めない平民出身で、話も難しくて全くわからないから抜け出した。これでどうだろう?」
「どうだろう、って言われても」

投げかけられても、そんなことはシエスタにはわからない。

「ま、これは建前で本当は彼等といるのが息苦しくてね。嫌になってフラフラしていたわけ」
「馴染めていないのですか?」
「その通り」

きっぱりと答えられた。

「うーん、70期生の人々は悪い人達ではないと思えますけど……」

今の発言でサイトのことは最初からわかっていたことが露呈する。
しかし、サイトも気づかず続ける。

「ああ、確かに悪い人達じゃないことはわかる。彼等は確かに貴族で、平民との差はいかんともし難い。だけど、誰もが誠実で崇高な精神を持っている」

シエスタも同じ考えだ。
1年前、ルイズと関わるようになってからそう思えるようになったのだ。

「そこまで分かっていて、なぜ馴染めないのです?」
「……実は単純な理由でね。君がそうであるから、失礼な物言いになるかもしれないが、私は女性が大の苦手でね」
「はい?」

シエスタは思わず間抜けな受け答えをしてしまった。

「誰もがその反応だろうよ」

それから小声で、何やらつぶやいたがシエスタには聞こえなかった。

「じゃあ何ですか、あなたが馴染めない理由って、女性との付き合いかたが分からないってことですか?」
「俗な言葉は好きではないが、君の言うことで大体あっている」

シエスタは今度こそ呆気にとられた。
しかし、だからこその今のシエスタとサイトの微妙に離れた距離なのである。

「『師曰く、唯女子と小人とは養い難しと為すなり。之を近づくれば不遜、之を遠ざくれば怨む』」
「な、何て言いました? 全然意味がわかりません……!」
「つまり、私は女性を蔑視していたと言うわけさ、君子になろうとして」
「その、言っている言葉は難し過ぎてわからないんですけど、でもあなたがそこまで人を嫌うようには思えません」

確かに目付きは悪かったが、そこまで女性蔑視と言うわけではないように、シエスタは感じられた。
だが、本人はそのことをずいぶんと引きずっているようである。
そしてここで、なぜシエスタは自分がサイトを引き止めたのか、わかった。
似ていたのだ、サイトは。
1年前、ルイズと合う前の人と上手に接しられない自分と。
そうとわかれば、あとは過去にルイズが自分にしてくれたように、接することが一番だと思った。
そこで今までの話をまとめて、思い浮かんだことがあった。

「女性が死ぬほど嫌いってわけではないんですよね?」
「まあ、ね。ただ、今まで私は女性を避けるように生きてきたから、おいそれと接することもできない」
「そうですか、良かった」
「良かった? 何が」
「いえ、もしかしてあなたは男色なのかと思いまして」
「……」

沈黙。
しかしすぐにサイトは大笑いを始めた。

「ふはは、そうか。私が男色。それは傑作だ!」
「わたし、結構酷いことを言ったような気がするんですけど?」
「いやいや。君は素晴らしいね。私に面と向かってそんなことを言うなんて。思ったことをその通り口にしてくれる人は、好きだよ」

屈託のない顔で、サイトは本心を口にした。
ただいきなり「好き」という単語が出てきて驚いたのはシエスタだ。
恥ずかしくてうつむいてしまう。

「どうした?」
「な、なんでもありませんよ……!」
「そっか」

サイトはおもむろにシエスタに近づいた。
そしてうつむくシエスタに対して手を伸ばした。

「何でしょう?」
「握手。君とは良い友人になれそうだ」

差し出された手を見て、シエスタは思った。
この人は決して悪い人ではなく、ただ少し不器用なだけ。
どことなく自分に似ていて、何だか不思議な感じ。

「これで、いいですよね」

シエスタも手を出し、握手を交わした。

「うん。これで少なからず、私と君は友人だ。この認識でいいかな?」
「はい。でも友人と言ってくださるなら、わたしのことはシエスタ、とお呼びください。私もサイトさん、ってお呼びしますから」

シエスタはこの時初めて、サイトに対して微笑んだ。

「わかった、シエスタ。それと友人同士なら飾る言葉も不用だね」
「はい、そうですねサイトさん。ところで最後に聞いていいですか?」
「お構いなく、どうぞ」
「どうして学校の生徒も知らないこの場所を、サイトさんが知っているんですか?」




「面倒臭い男ね、あんた」

話し終え、真っ先にルイズが口にしたのはその言葉だった。
サイトも分かっている、5年前の自分がいかに面倒な男であったということは。
シエスタは二人を見て笑っている。

「最初の2週間あまり、確かにあんたの素行は最悪だったわ。特に、レディに対してね」
「返す言葉もございません」

サイトはうなだれた。

「でも、どこか柔軟になったのはシエスタのおかげでもあったのね、少し妬けるわ」
「わたしはただあの時、サイトさんとお友達になっただけですよ」
「それがすごいのよ。やはり貴女は私の見込んだ通りの女性だったわ」
「うーん、よく分からないですけど。ルイズさんに褒められたら照れちゃいます……」

頬を赤くして、両手で抑える。
その様子を見て、サイトは若干危機感を覚えた。
が、その気配を知ったルイズに睨まれてまた頭を垂れた。

「……これだから」
「どうかしました?」

シエスタがサイトの様子を見て、聞く。

「いいえ、なんでもないわ」
「そうですか。あ、そう言えば何かご所望ですか?」
「すっかり忘れていた。私はただ、水を貰いに来ただけなのよ」
「少々お待ちください。今日安く買い叩いた山麓の名水っていうのがありますから」
「安いのに名水って、大丈夫なのかしら」

用意を始めたシエスタに聞こえないように、ルイズはつぶやいた。
サイトもうつむきながら、確かに名水はないだろうと、思った。




調理場から各々が解散し、サイトも充てがわれた部屋に戻った。
先程昔話をしていたが、あの時シエスタに問われたことは今も語らない。
誰があの場所をサイトに教えたか、それはルイズに決まっていて、シエスタも薄々気づいているだろうが、サイトにとって初めてルイズに連れて行かれた場所であるからだ。
昔日を思っていると、次第に瞼が重くなってくるのをサイトは感じた。



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