シエスタとの昔話をしたせいか、夢の中でサイトは過去の事を思い出してた。


季節が夏に変わり、トリステインに来て数ヶ月、サイトは異世界の生活にも慣れた。
地球よりハルケギニアに舞い降りた。
いや、サイト的には『ワシは舞い降りた』だろう。
だが、それはどうでもいいことで、こんなくだらないことを、サイトは考える余裕ができていた。
そんなある日、ルイズが長期の休暇を機に実家に帰ると言い出した。
サイトは使い魔であるのでルイズの意向に沿い、一路ヴァリエール公爵領へ赴くことになった。
サイトにとり、初めての旅行のようで、それも主人と同じなので嬉しいことであったが、それはある意味、夏の1つ不幸の始まりだった。




当時最新の発明、蒸気機関車で王都の駅からヴァリエール領の入り口にある駅まで来ると、そこからは馬車での移動である。
その馬車が来るまでの待ち時間、サイトはヴァリエール領にぽつんと、高い城を見つけた。

「あのように高い建物が、王都以外にもあったのですね」
「ああ、あの品のない城でしょう?」
「品の無い、とは」

サイトからすれば素晴らしいゴシック調の建物だと思えた。

「あれ、遠くから見たら歪んで見えるのよ」
「ええ、確かにそうでしょうけど。些細なことではありませか?」
「ふん、そうでもないわ。まったく、住んでいる身にもなればわかるわ」
「それは大貴族にしか分からないことでしょう。私には縁遠い場所だと思いますが」
「縁遠い、ね」
「どうなされました?」
「なんでもないわ。ほら、迎えの場所がきたわよ」
「あ、はい」

サイトは全ての荷物を引っさげて、馬車に積み込んだ。
ルイズは難しい顔をしていた。




車内でも難しい表情を崩さないルイズを、サイトは流石に訝しんだ。

「どうかなさいましたか? 今日はずいぶんと難しいお顔をされています」
「そうかしら?」
「はい。何かお悩みがあるのでしたら、私めでよければお話ください」
「そうね、確かにあんたは私の使い魔だから知っていてもらいたい、けど……」
「けど、なんでしょうか?」

ルイズは腕を組んで少々考えこむような素振りをみせた。

「……あんた、私の本名を言ってご覧なさい」
「本名ですか? ルイズ・フランソワーズですよね?」
「そう、間違っていないわ。でも、それが正解じゃないのよ」
「そうなのですか?」
「ええ。まあ、私が最初にそう名乗っていたから、しようがないのだろうけど」

ルイズは憂鬱げに言った。

「その、何か名前で不利益を被るのでしょうか?」
「不利益……。そう、確かに不利益を被るかもしれないわ。あんたがね」
「はい……?」

それはどういうことだろう、と聞こうとしたが。

「そろそろ着くわ」

と言われ、聞けなかった。




大きな門をくぐったと思ったらそこで馬車が停まった。
どうやらここで降りるらしい。
で、いざ降りてみたら、機関車の駅から見えた城があった。
サイトは荷物を手に少々呆然とし、気を取り直すとルイズを見た。

「ルイズは『旗本の3男坊』だったのですか」

言外の意を込めて、サイトは言った。

「『旗本』? 何訳の分からないこと言っているのよ」
「いえ、これだけは言わせてもらいますが、私は今にも逃げ出したい気分であります」
「なんで? 確かに私が自分の家のことを言わなかったのは悪かったわ」
「いえ、私も聞かなかったのですから、謝らないでください。ただ」
「ただ?」
「私は、人から見れば『使い魔』よりも『平民』と思われるでしょう。そのような者が、貴女と同じ敷居をまたぐわけにはいきません」

真剣な表情で、サイトは答える。

「……そんなこと言って、本当は面倒事に巻き込まれそうだから逃げたいだけでしょう。 そもそも、私が自分の使い魔のことを両親に言ってないと思うわけ?」
「実物を見て幻滅されるでしょう。今なら下働きの男として、城下の街に逃げられます。どうか見逃して下さい」
すでに先ほどの真剣な表情は崩れ、妙に落ち着かないといった面持ちになっている。
「あんた、そんなに私の両親に会いたくないの?」
「嫌な予感がするのですよ。私は極力、面倒事は避けたいのです。それは何より貴女のためを思ってですね……」
「なら、私のためにここにいなさい」

強い口調で、ルイズが言った。

「……はい」
しかし、サイトは非常に強い危機感を覚えていた。
なぜか知らないが、城の敷地に入った途端、見張られている気がしてしょうがないのだ。
そしてその予感は、見事にあたることになる。
突然サイトに目掛けて飛んできた、魔弾によって。




間一髪で転がり、魔弾を回避した。
頬に痛みを感じつつもサイトは反射的に、攻撃された方を見た。
その場所には、1人鎧に身を固めた者が立っていた。
それが気になっていた視線のもとであることで間違いないだろう。
しかしそれ以上にサイトはその者に違和感を覚えた。
一見、鎧を着ているせいか男に見えるが、それにしては骨格が小さい。
動作も、貴族の女性に近しいものであると判断できる。
ともすればおそらく、男装の麗人か。
ただ、相手の鎧の胸元に描かれた紅い翼の意匠には見覚えがあった。
サイトは歴史教本で、それを見たことがある。

「……母様」

ルイズはこめかみを押さえてうめいた。

「今、なんと?」

思わずサイトは聞き返した。

「……あの人が、私の母様よ」
「成る程」

先の攻撃が、サイトの思い違いでない限り、風の能力であるだろう。
そして、その攻撃が当たっていたら、腕1本は失っていた。
紅い翼の意匠、女性、風の能力。
全てが合致し、サイトは得心した。

「これが、『烈風』と恐れられた女傑、カリーヌ・デジレ・ド・マイヤール殿の魔法か。聞きしに違わぬ威力だ」

サイトは恐怖を感じながらも、立ち上がった。
カリーヌ・デジレと言えばトリステイン軍の歴史に燦然と輝く大英雄なのだ。
彼女が先王の時代、北の民の結束の中心である部族5百名を、僅か20名の手駒で殲滅した戦いはあまりにも有名だ。
相手が先の北の民との戦で数多くの勲功をあげた軍人あるから、サイトに恐怖するなと言う方が酷だ。
しかし主の手前、情けない姿を見せたくはないとの心理がサイトには働いていた。
それに、これほどまでの手練と戦うのは久しぶりで、少々高揚とした気分にもなっていた。

「北の蛮族が、この屋敷に入ることを許しません」

おもむろに、カリーヌが声をあげた。
蛮族ときたか、とサイトは笑みを浮かべた。
確かに、黒い頭髪を有している者がいるのは北の民だけだが、それまでサイトは蛮族と呼ばれたことはなかった。
もう北の民がトリステインに併呑されて十数年たち、今では表向き蛮族と呼ぶものは少ないからだ。
そんなことを考えながら、切られた左頬から流れる血をそのまま右頬まで拭い、フェイスペイントのようにする。

「母様、お止め下さい。彼は私の――」
「ルイズ、貴女は黙っていなさい。いくら下男とはいえ、北の者を雇うとは……誇り高きヴァリエールの家名を汚す気ですか」

一喝され、ルイズはそれ以上何も言えず立ち尽くした。
完全無欠のルイズにも、苦手なものはあったようだ。
それはともかく、サイトはルイズのことよりも自分自身を守る術を考えなければならなかった。
手持ちの武器は護身用の短刀1本だけで、双方の距離は20メートルほど。
相手は貴族。
ならば当然、遠距離魔法で次もくることだろう。
ルイズの母であるから、間違って大きな怪我をさせるわけにはいかない。
さすれば、相手の武器を破壊することが最善だ。
貴族の決闘は、相手の武器を破壊した時点で勝負有りとされる。
ただ、サイトが貴族ではないからそのルールが適用されるかどうか、微妙なところではある。
ともかく、サイトは状況を分析し終え、攻撃の構えを見せた。
カリーヌも次の魔法を打つべく、杖をサイトに向けた。

お互いの間に風が流れた次の瞬間、サイトのいた位置に大規模な暴風が吹きすさんだ。
それを見越していたサイトは既にその場になく、ただカリーヌの首を狙って疾駆した。
今の攻撃1つで瞬時に、杖などと余裕を言っている場合ではなくなった。
カリーヌは最初から、サイトを殺す気なのだ。
10メートル詰めたところでさらに多数の突風がサイトを襲った。
気でその突風がどこから来るのか何とか読み、紙一重で攻撃をかわすサイトだが、ついに1発、サイトの大腿部を切り裂いた。
その場に倒れそうになるのを何とかサイトはこらえ、走る。
しかしまたしても攻撃を受け、もう片方の足を裂かれた。
今度こそ、サイトは倒れこんだ。
が、次の攻撃は何とか身体を転がすことでかわす。
距離は、あと6メートルほどか。

「よくぞここまで、私に近づけたと褒めて差し上げましょう」

カリーヌが、杖を振り上げ、言った。
今度こそ確実に屠るために、大規模な魔法を構築しているのがわかる。
それを、かわす術がサイトにはない。

「今、そこで平伏すると言うならば、そのちっぽけな生命、見逃してもよい」

降伏勧告、だがサイトにとり、それは了承しかねることだ。
それにサイトは絶体絶命であるにも関わらず、まだ勝負を諦めていない。
何とか活路を見出すために周囲を見渡し、見つけた。
後は一度、カリーヌに近づくため、にわかに足に力をいれておく。

「カリーヌ殿。私は毛頭、負けるつもりはございません。主を前に、平伏とは使い魔として有るまじき行為。かくなる上は相打ちを覚悟してでも勝とうと思う所存です」
「この状況で、よもや勝つことなどできまい」
「それはどうでしょうか? 私は、勝つためには手段を選びません。たとえば今も貴女の後ろにいらっしゃるご麗人を、殺すとか」
「何を馬鹿な」
「そうですか、では」

サイトは短刀を力の限りカリーヌの後方目掛けて投げつけた。
カリーヌの後ろ、その10メートル先の扉から顔を覗いている者にめがけて。
カリーヌはとっさに後方を見て、魔法を短刀にめがけて放った。
その瞬間、力の入らない足に再度気合をいれ、カリーヌに肉薄する。
カリーヌも果敢に反応し、サイトにめがけ魔法を放とうとしたがもう遅い。
サイトの首を狙った魔弾は肩口を切り裂いたが、残る手でカリーヌの杖を奪った。

「これで、勝負ありでしょう? 貴族の決闘ならば」

サイトは満身創痍の姿で、何とかそれだけを口にして倒れた。
遠く、ルイズの叫び声が聞こえたような気がした。




気がつくと、そこに主の顔があった。

「……申し訳ありません」
「どうして謝るのよ」

静かに、また無表情にルイズは答えた。

「貴女の使い魔として、恥ずべきことです。本来ならば、既にこの身は滅びていたはずです」
「現実に貴方は生きているわ」
「しかし」

負けた。
サイトはカリーヌに負けたのだ。
あの時、カリーヌの後ろに人影を見なかったら、サイトの命は無かっただろうとの思いがある。

「万全の装備でなかった。それでも、よく状況を判断し、引き分けに持っていった。母様も感心なさっていたわ」
「……ですが」
「私のことを慮ってくれるのは嬉しい。だけど、それで貴方がいなくなったら、私はどうなってしまうの?」

横たわったままのサイトの手を取る。
ルイズの表情が、心なしか変化した。

「もう少し自分を大切にするべきよ」
「……はい。重ね重ね、申し訳ありません」
「分かったなら、もう謝らないの」
「はい。……ところで、私は一体どれほど眠っていました?」
「半日というところね」

窓の外は、確かに暗かった。

「ただ、あと1日は安静にしていなさい。魔法であらまし傷は塞がったけど、重症にかわりないわ」
「魔法で?」

回復魔法は高度である。
ゆえに、その魔法を使える人の絶対数は少ない。

「私の姉様の1人が、回復魔法を使えるのよ。明日もう一度、様子を見ると言っていたから、その時にきちんとお礼をいいなさい。殺そうとしたことも含めてね」
「あの時狙った御仁が、ルイズの姉様ですか……」
「ええ、次女のカトレア姉様」

ルイズに2人、姉がいることは知っていたが、あろうことかその1人を狙って短刀を投げたとは……
サイトの顔色が怪我に関係なく、蒼白になった。

「そんなに心配しなくても大丈夫よ。本人も『好奇心で覗いたこちらがいけなかった』と言っていたから」
「そう言われましても」
「いいから、今日はもう寝ましょう」
「分かりました」
「じゃあ」

ルイズはおもむろに、サイトの横に侵入した。

「……何をなさっているのですか?」
「何って、私も疲れたから寝るのよ」
「なぜ、私と同じベッドで」
「ここが私の部屋で、あんたが寝ているのが私のベッドだから」
「フェアじゃないですよ。先に言ってくだされば、私は出て行きました」
「嘘おっしゃい。いくら魔法で治療したと言っても、そう簡単に治る傷じゃないわ。どうせ今立ち上がったところで数歩、歩けば倒れるわ」

サイトは言われて、試しに足に力をいれた。
確かに、足には激痛が走り、歩行も困難であることがわかる。

「災難、といいましょうか」
「災難? とんでもない。こんな美少女と一緒に寝られるあんたは幸せよ」
「必ずしも、喜ばしい状況ではないのですが」

右肩も思い切り切り裂かれていて、ようは動かせない。
自由なのは左手だけだが、それはがっちりとルイズに抱きつかれていた。

「ふふ、これで完璧ね」
「抱きまくらではありませんよ、私は」

口で反抗するが、身体が動かないことには逃れられない。

「それに、こんなことが貴女の母様に見つかりでもしたら――」
「それなら大丈夫よ。幸い、あんたが倒れたあとに母様と話をしたの。そうしたら私の使い魔としてあんたを認めてくれるって。……母様も、本心では最初からあんたのことを認めていたのよ。ただ、自分がしてきたことを、曲げることができない人だから」

カリーヌにも、思うところはあったのだろう。
だが、それを立場が許さなかった。

「ですが、いくらなんでも貴女の部屋に私がいるのは」
「いいのよ。私は3女で、軍人だから。家督は長女のエレオノール姉様が継ぐことで決まっているし。気ままなものよ」

つまりは放任である。
それとも、使い魔であるサイトを傷めつけたことに対する、譲歩か……
サイトには分からないことだらけだ。

「困りましたね、これは」
「何も困ることはないわ。さあ、もう寝るわよ」

寝られるわけがない、とサイトは思った。
しかしここでルイズを振りほどこうものなら、今度こそ命の保障がないような気もした。
そうこう考えているうちに、隣で寝息が聞こえてきた。
流石に軍人の卵、寝ることも迅速である。
サイトは首を動かし、ルイズの寝顔を見た。
生きていて、良かったと思った。



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