街並みが見えてきて、人の通りも多くなってきた。

「そろそろ、降ろしてくれないかしら」
「お断りします。少なくとも、最初の目的地に着くまでは」

サイトにしては珍しく、はっきりとした拒否だった。
今もお姫様抱っこで運ばれるルイズは、どうにも恥ずかしくてたまらないのだろう。
サイトにとってはルイズの温もりが分かるので離したくなかったである。
今もしっかりとした足取りで、街道を歩く。
その姿を見て行き交う人々が囁く声が聞こえる。
そのどれも、ルイズの美しさを賞賛する声でサイトとしては嬉しくあった。
より正確に言うならば、ルイズの美しさの賞賛ではなく、ルイズとサイトの2人がお似合いである、との賞賛の言葉だが。
サイトの耳にはフィルターがかかっているので、基本的に自分のことなど入ってこないのだ。
逆にルイズの場合、恥ずかしすぎて周りの人の言葉などまったく入ってこなかった。

「……そろそろ街に着くわよね。そうしたら適当に、カフェに入りましょう」
「そうですか。少々、残念ですがそうなさりたいと言うならば」
「……馬鹿ね」

ほどなくサイトは『月写の水面亭』と言う店名のカフェに入った。
応対の女性店員はルイズを抱えるサイトを見て面食らったようだが、すぐに気を取り直し「いらっしゃいませ」と言い、席まで案内してくれた。
惜しみながらもルイズを降ろし、2人は外套を店員に渡すと、即座に注文をして席についた。
案内された席はちょうど、店先の道が見える場所だった。

「中々良い店ね」
「ええ。何といいますか、非常に落ち着きます」
「落ち着かないカフェがあったら問題よ。そうじゃなくて、この店独特の雰囲気がそう感じさせるのね。家庭、と言うべきなのかしら」
「なるほど。流石は我が主、おっしゃることも趣がある」
「こんなことで、流石とか言わないでよ。と言うかあんたが、無粋なのよ」
「耳の痛くなるお言葉です」

サイトは苦笑して、それとなく窓の外を見た。
道行く人々は、自分とルイズのことをどう見ているのだろうか。
なんとなくサイトはそんなことを考えた。

「……ちょっと、ぼーっと窓の外ばかり見ていないで頂戴」
「失礼しました」

ルイズに話しかけられて、現実に引き戻される。

「もう、私と話すのが嫌なわけ?」
「まさか、そんなことはありません。ルイズと私が今、他の人にはどう見えているのか気になって」
「……だから、どうしてこう言う時は率直にモノを言うのかしらね。それならちょうどいい、聞いてみましょう」
「え?」
「ねえ、店員さん。彼と私、どんな関係に見えます?」

ルイズはちょうどテーブルにエスプレッソを運んできた店員に聞いた。

「お客様の関係ですか? それはもう、お似合いのカップルだと思いますよ」
「そう?」
「ええ。女の私から見ても、貴女はお美しいし。お連れの方も、とても凛々しくて。私もあと5歳若かったらお声がけしていました」
「あら。貴女も十分魅力的だと私は思うわ。でも彼にお声がけしても無駄よ。この人は私にお熱なんだから」
「まあ、ごちそうさまです。それでは、ごゆっくりどうぞ」

店員はそう言うと、カウンターの方に行った。

「……なんてことを聞くのですか」

サイトは気恥ずかしさをたたえた表情だ。

「あんたが聞きたかったことを、聞いただけ。でも良かったじゃない、私たちお似合いのカップルだそうよ?」
「……」

サイトは黙ってカップを口に運んだ。
そのうち、ちらほらと他のお客も入ってきた。

「他の人にも聞いてみましょうか?」
「……さっきの仕返しですか」
「まさか。ただ、私も気になるところなのよ」

嬉々としてルイズは言っている。
どうやら、先程『お似合いのカップル』と言われて余程嬉しかったのだろう。

「皆、少なからず私たちのことを見ているわ。やはり目立つのね」
「それは、そうでしょう。特にルイズの髪は撫子色で目立ちますし」
「それを言えばあんたの黒髪もそうでしょうに」
「確かに、そうでしょうけど。今は王都にも北の民はいられるようになっていますし、そこまで目立つものではないでしょう」

ちらほらと、町中には黒い、または黒っぽい髪の色もいた。
差別意識が綺麗さっぱりなくなったわけではないが、王都でも戦争のために人出不足となっているところがあり、北の民も少なからず流入しているのだ。
それと、うわさの『黒狼』という渾名の黒髪の軍人(当然これはサイトを指す)がトリステインの危機を何度も救っているとの話があったりしたおかげで、北の民は以前ほど差別されていない。
また、多くの北の民の見た目はそうトリステインに住む人々と変わらないというのもあるだろう。
サイトはいつの間にか、トリステインの民と北の民を結ぶ存在となっていたのかもしれない。

「ある意味、髪の色以外に目立つのかもね、私たちは」
「再三申しあげているではないですが、貴女が美しすぎるので目立つと」
「だから、なんで私だけなのよ」
「他に考えられないでしょう」

サイトはそうに決まっている、と思っているが、それこそルイズからしてみればサイトの見た目も原因だと考えていた。
サイトははっきりとした目鼻立ちをしているので、カラーコンタクトと、髪を染めさえすればトリステインの民とまったくかわらない。
しかも、元々がかなりの美男の部類に入ると言ってよいだろう。
サイトがルイズの見た目の美しさを強調してどう言おうと、ルイズとしてはやはり、サイトが誰かに奪われてしまうのではないかと心配なところはある。

「ねぇ」

ルイズは意味もなくスプーンでコーヒーを混ぜながら、聞いた。

「なんでしょう?」
「正直、私よりもっと綺麗な女性っていうのも世の中たくさんいるわよ」
「そうでしょうか?」

真顔でサイトは聞き返した。

「客観的、というのは難しいものがありますから、一概に誰が美人であるかなど決められるものではありませんよ。やはり人間、好みがありますから。それに、容姿だけを見て人を好きになると、ろくなことはないと思います」
「へぇ、面白いこと言うじゃない」
「面白い、ですか? ともかく、今言ったことを踏まえて私が理想とする女性は貴女を除いて他にいないと言うことです」
「シエスタじゃ駄目なわけ?」
「彼女も良き人ではあります。ですが、貴女には及ばない」
「あとでシエスタに言っておくわ」
「友人関係にひびを入れるようなことをしないでください」
「考えておくわ」
「そこは素直にやめてください。それこそ、シエスタに何を言われるやら」
「あの子なら、冗談だってわかるわよ」
「それは、そうでしょうけれど」
「そもそも、あんたに対してそんな意識の仕方、あの子はしていなかったわよね」
「ええ。それこそ、普通に友人として接してくれています」
「それはもしかしなくても、第一印象が悪かったせいだと思うわ」
「……」
「でも。考えてみたら私とあんたが初めて会った時も、割合酷かった気がする」
「……一目見た時から、貴女は私の主だと分かりましたよ」

サイトの目が、珍しく泳いでいる。

「へぇ、そうなの?」

ルイズの声が、やや冷めた調子になる。
こうなるとサイトには対処のしようがない。

「いえ、その……まあ、何でしょうか。私は世事に疎かったので、失礼な貴女に失礼な態度をとったことは謝罪いたします」
「世事に疎い、ねぇ。それでも不思議ではあったのよ。なんであんたは、あそこまで女性を嫌っていたのかね」
「以前に説明したではないですか」
「確かに、聞いたけど。実際のところはどうなの? 誰かにフラレて女嫌いになったとか」
「心外な。違いますよ」
「ふーん。それはそれで、残念だけど」
「はい?」
「なんでもない。それより、そろそろ別の場所に行きましょう」

気がつけば、2人のコーヒーカップの中身は空になっていた。

「ええ、分かりました」
サイトは店員に目で合図を送り、それに気づいて店員はコートを持ってきた。
ルイズは先に立ち上がり、店を出た。




サイトは店を出ると、ルイズに何気ない仕草でコートを着させた。
次いで自分も着る。

「先に行かれないでください。危ないではないですか」
「別にそれくらい、いいじゃない」
「そう言われましても」
「過保護なのよ、あんた。もうさっきみたいのは御免よ」
「残念です。私としては」
「そう。なら」

ルイズはサイトの前に手を差し出した。

「これは?」
「分からないって言うの?」
「いえ。考えてみれば、最初からこうしておけばよかったのですね」

サイトは差し出された手をしっかりと握り返す。

「では、次はどこに行きましょう?」
「あんたに任せるわ、と言いたいけど。実は行きたい場所があるのよ」
「どこです?」
「それはね――」

ルイズは空いているほうの手で、ひときわ目立つ建物を指した。




「こんな物が、あったのですか」

建物の内部、そこは様々な植物が植えられていた。
つまり、植物園である。

「以外だった?」
「はい。植物園があるなんて知りませんでしたから。それに、ルイズも植物に興味があったのですね」
「失礼な物言いね。私だって、硝煙の匂いばかり嗅ぎたいわけじゃないわ」
「申し訳ありません」
「まあいいわ」

するりとサイトから手を放すと、近くの花に触れた。

「実のところ、この植物園に連れてきてくれたのはシエスタだったの」
「シエスタが?」
「ええ。彼女が、私が退院して間もなく私をここへ」
「そうだったのですか」
「シエスタは、荒んだ心に植物は良いんですよ、と言ったわ。最初、私はそんなことあるわけないと思ったのだけど。不思議と何回か来ているうちに、シエスタの言うことも間違ってないと分かったの」
「では、屋敷の花壇をシエスタに任せたのは」
「ええ、本当は私が一番必要としていたのよ。シエスタせっせと整備してくれた。ありがたいことだったわ」
「貴女は本当、シエスタに慕われているのですね。いや――」

1度、サイトは言葉を切った。

「誰からも貴女は慕われる、人徳をお持ちだ。私はそんな貴女が羨ましい」
「あんただって、人望はあると思うわ」
「貴女には及び付きません。所詮、私の人望は戦における用兵が評価されているからに過ぎませんから」
「私だって同じようなモノだったわ、最初は。軍事的才覚を認められて、一目をおかれていたけど、それだけだった」

ルイズは立つと、またサイトの手を握った。

「……少し、中を歩いてみましょう」
「はい」

ルイズの歩調に合わせて、サイトも一緒に歩き始めた。
植物園は中に植えられている全ての植物を見られるよう、歩道があり、それに沿って歩くだけで楽しむことができる。

「話は戻るけど、私がもしも貴方に出会わなかったから、ここまで人と触れ合うことなんてしなかった」
「何故、とお聞きしても」
「そうね。貴方がいなければ、私は独り善がりの用兵者で、とっくの昔に前線で死んでいたはずよ。退くことは即ち、恥だと思っていたから。でもね、貴方の教えと、そして貴方自身の存在が私を救ってくれたのよ」
「私の存在が?」
「ええ。『雪崩』作戦の折、前線指揮所付近に着弾した弾丸の破片で私は死んでいたはずなのよ」
「実際には、生きておいでではないですか」
「貴方、あの時の戦闘記録を確認したことは?」
「あります。貴女が負傷しながらも果敢に指揮を執ったおかげで中央に位置する一団は被害を抑えることができた。トリステイン戦史叢書にも貴女の戦功は記載されるそうです」
「あれがまともな指揮であったとは言い難いのだけどね。かなり投機的だったから。でも、それは今関係ないわ。貴女、どうして一大佐である私が軍の指揮を執ったか知っているの?」
「知っていますよ。指揮所にいた将官、佐官は貴女以外皆、戦死なされてしまったのですから」

そう、至近弾と言ってもそれは本当に指揮所近くに着弾、中央の軍を統括する司令部要員のほとんどを爆炎と破片でなぎ倒したのである。
ルイズは偶然、爆発地点から1番遠い位置にいたから死なずにすんだ。

「皆が死んで、私も一瞬このまま死んでしまうと思ったわ。実際、傷の痛みが酷くて意識は飛びそうだったから。でもその時だったの。意識が急速に遠のく中、貴方が私のことを呼ぶのよ。『死ぬなルイズ! 私は貴女を失いたくない!』と」
「私が、そう呼んだのですか?」
「ええ。それで何とか私は生き延びることができたのよ。あの時、幻聴だったのでしょうけど貴方の声を聞かなかったら、私は意識を失い、出血多量死していたわ」
「死ぬなルイズ……」
「どうしたのよ? 流石にオカルトだって言いたいの? ま、私自身も出来過ぎた話だと思うけど」
「いえ、私が貴女の心の中でそう叫んだと言うならば、それはオカルトではないのではないかと思いまして。実際、私は貴女の負傷の報を聞いた時、同じようなことを思いましたから」
「あら、そうなの? じゃあやっぱり、私達って何かしらの力で心の底から繋がっているのかもね」

その理由はきっと、主と使い魔の契約があるから。
2人共、うっすらとその可能性には気がついていたが、今は言うまいと思っていた。

「私としては嬉しい限りです、そう思って頂けるならば」
「そうね、私もあんたを簡単に離すわけにはいかないもの。これくらいの不思議があっても良い」
「貴女が私を離そうとして、諦めはつきますが。私からは決して貴女の手を離すことはありません。覚悟してください」

ルイズの前に回り込み、胸の位置までルイズの手を上げると、そのままサイトは自分の手で包み込んだ。

「これは、プロポーズとして受け取っていいのかしら?」
「構いません」
「じゃあ、お断り」
「そんな!」

サイトはその言葉がショックで、思わず包み込んでいた手を離した。
その隙にルイズはサイトの懐に入り、サイトの肩を掴んで背伸びをするような格好でサイトに口付けをした。

「冗談。これが答えよ」

顔を赤らめ、ルイズはそう言った。



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