サイトの率いる2万は僅か3日の行軍途中に点在した近隣の街を既に4つ占拠した。
それに応じて信頼できる指揮官に兵を2千与え、街の治安維持を任せてすぐにまた先へと向かってきたのだ。
これで少しは、ガリア国民もトリステイン軍に侵攻された記憶を思い出すに違いない。
それに、街を短期間でもいい、こちらが保有したという事実があればそれはそれで交渉の材料になるとサイトは判断していた。
今、サイト直率の1万2千の兵はガリア国内東部最大の都市、ヴァレンナを訪れた。
流石の大国ガリアも、元々貧困の激しかった東部にまでは優秀な部隊を配置できなかったのだろう、サイトは被害をあまり出すこともなく、占領に成功していた。
無電でそのことは大きく喧伝した。
敵は急いでこちらに兵を差し向けてくるだろうが、それはそれで構わなかった。
もとより、この街を占領すればサイトのやることは半分終わったようなものだ。
それに、国境地帯の戦闘でパッシェールはどうやら自軍が陥落せしめたようである。
予断は許されないだろうが、これで講話には有利に働くに違いない。
問題はアニエス中将が首尾よくマザリーニらを捕まえられたかどうか、である。
一抹の不安はあったがそれは異国の地にいるサイトには分からない。
だから、後は前線銃後、全ての人を信じるよりなかった。




サイトは兵が馬に飼葉を与えているのを良いことに、誰も従えることなく都市内部をほんの少しだけ見まわることにした。
ただ、流石に素顔を見られるとまずいので顔には黒い頭巾をし、マントを羽織り旅人のような格好をしている。
さて、市長に非常事態宣言を出させたのだが、彼等はそれを気にする風もなく生活をしているように思われた。
サイトはそこで、アニエスの言ったことを思い出した。
民は確かに、自分たちの生活が脅かされなければ、国が変わろうと、軍が変わろうと関係ないのかもしれない。
そろそろ暖かくなるからか、街にはちらほらと緑が見え、それが余計にサイトの心を揺さぶる。
生命の強さとは凄いものだな、と思いながらサイトは歩いているとふとひときわ大きい木に出くわした。

「これは」

その木は教会の敷地に生えていた。
サイトは興味本位で、教会の敷地に入り、その木の下にきた。
そして幹に左手をあて、目を伏せる。
なぜか、そうすることがいいと思えたのだ。
気休めかもしれない。
だけど、赤く染まるガンダールヴの紋章もこの生命に触れることで少しは浄化される思いがするのだ。

「もし、旅の方」

話しかけられ、サイトは目を開き声のする方に向き直った。
そこには小柄な身を修道服に包んだ、シスターがいた。
しかもその顔には見覚えが、サイトにはあった。

「タバサ、なのか?」

信じられない思いだった。
確かにあの時、自分の手で殺してしまったはずなのに……

「タバ……? ごめんなさい、今何とおっしゃりましたか?」
「あ、いや……」

シスターに逆に問いかけられ、サイトは冷静さを取り戻した。
頭巾越しに声を出したので、うまくシスターに名前が通じなくてよかったとサイトは思った。
それに、顔は確かにタバサと同じようだが、よく見ると違う部分もある。
ともかく、会話をしないと不自然に思われる。
頭巾越しでも聞こえるように、大きな声でサイトは話すことにした。

「斯様な面体で申し訳ない。ですが、あまりに醜き容姿であるがゆえ、このまま話す非礼をお許しください」
「そんな、お許しなどと言われずとも。貴方が外したくないと言うのならば、私も無理に外してくれなどとは言いません」

シスターは笑う。
その表情を見て、サイトはシスターを別人だと判断した。

「それで、先程は何とおっしゃったのですか? 少し、気になりまして」
「昔の友人に貴女が似ていたもので。思わず間違って名前を呼びそうになりました」
「まあ、私に似た人が?」
「不快でありましたのなら、謝罪を」
「謝るなんて、とんでもない。人間誰しも、間違いはありますよ」
「そう言っていただけると、助かります」
「ところで旅の方、貴方もお祈りに来たのですか?」
「お祈り?」

言ってサイトはここが教会であることを思い出す。

「ええ、まあ。そのようなものです」
「やはりそうでしたか。災難ですものね。まさか、いきなりトリステイン軍がここを占領するとは。貴方が神に祈りたくなる気持ちも……どうしました?」
「いえ」

サイトとしては心苦しいものであるが、ここで身分をあかすわけにもいかない。
話を逸らすことにした。

「何と言いますか、ガリアでは東部に行けば貧しいと風のうわさに聞いておりました。しかし、実際に見てみると、それが正しくもあり、間違いでもありました」
「はて、それはどう言うことでしょう?」

シスターは小首を傾げる。

「この国の民は確かに貧しいのです。だけれども、前向きで、とても良い人たちなのだと思えるのです」

サイトがかつて占領した地域、サラゴサ要塞付近に住む人々もまた、貧しいながらも生きる活力があった。

「彼等は貧しい。だが、高貴だ」

無意識に、その言葉がサイトの口からでた。
かつて自分が住んでいた世界、その中で自分の国の祖先に送られた、称賛の言葉。
それにシスターは驚いたような表情を浮かべ、すぐに微笑んだ。

「旅の方。貴方はとても面白いことを言う人ですね」
「失礼。私のような者が、出すぎたことを」
「いいえ。どこもおかしいところなどありません。それに、自分の住んでいる国をほめられると言うのは、とっても嬉しいことです」

シスターがまたしても笑うので、釣られてサイトも笑った。

「さて、ここでお話を長引かせるのも何ですし、中に入りましょう。ここでお祈りするのはなんでしょうし」
「……いえ、やはり私はここでお暇させて頂きます。よそ者が土足で入って良い場所ではないでしょう」
「そんなことはありません。神は等しく、悩める者を救います」

悩める、という言葉に思わずサイトは反応しかけた。
確かに、自分は今でも迷い続けているのかもしれない、と思ったから。
また、現にこのシスターといるとタバサが脳裏にちらついて、辛くもあるのだ。
だからサイトはこの場を去ることに決めた。

「貴女とお話できただけで、私は十分ですから」
「そこまで言われては、無理にお引き留めしても悪いですね。ではせめてここで」

そう言うとシスターは十字を切り、祝福の言葉をサイトへと送った。

「はい、おしまいです」
「ありがとうございます。それでは、私はこれにて」

サイトはそう言うと、さっさと教会の敷地を抜けた。
その後姿に見てシスターは

「お気をつけて。黒い狼さん」

と言った。




自軍に戻ったサイトは、即座に都市の治安維持のために4千の兵を分派することを決めると、残りの兵を率いてヴァレンナを出立した。
もとより糧秣と秣、馬の手入れをしたら出るつもりだったので、長く駐留するつもりはなかったが、あのシスターにあったことにより、街を出ることが早まった。
これからは西にあるガリア首都、リュティスを目指しひた駆けるのみだ。

先頭を走り、風を切る。
後続には8千の兵が続く。
率いる2万のうち、1万2千は少なくとも、そう数を減らすことはないだろう。
だが、この8千は違う。
おそらく、敵の大群と戦うのだから、皆死んでしまう。
それが本当に惜しくあり、だが最後に8千の者が死ぬだけで国の平和が手に入るのならば、との思いも見え隠れする。
もしも、もしも戦うこと無く講話が成立すれば、彼らも死なずにすむかもしれないが、それは望むべくもない。
書簡に書いた通りにするには、少なくとも戦わなければならない。
戦うからには、犠牲が出る。
犠牲の中に自分が入れば、それでいいのかもしれない。
そう、サイトは思った。

ヴァレンナから出て、移動をするうちに夜の帳が下り、サイトは夜営をすることにした。
こういう時、皆が黒備なのは都合が良い。
火を焚くこともなく、水と、乾パンをかじるだけの食事をすると、兵は皆浅い眠りについた。
これから3時間は寝ていられる。
だが、サイトは眠らなかった。
いや、眠れなかった。
今、この時が最後の平穏なのだろうとの予感があった。
岩により掛かり、天を仰ぐ。
ガリアでは、トリステインとは違った正座が見られた。
それはルイズと同じ星を見ていないと思うと悲しくもなった。

「『荒鷲未だ帰らず』だったかな……」

自分の渾名は狼だったかと、少し笑いながらも、とある軍神を思い浮かべる。
彼は、もしかすれば生きていられたものを、敵に掴まることを潔しとせず果てた。
サイトはそれが納得できず、認めたくなくて、決して死ぬことを潔しとはしなかった。
でも、今ならその気持が分かるような気もした。
そもそも、多くの部下に最後の最後で死ぬことを強要したのだ、人のことを悪くは言えない。
トリステイン王国3千万の民、その安寧は得難いものだ。
その為に12万の兵が死んで、それはそれでいいのかもしれない、が。

「ルイズが平和に暮らせるならば」

他に今生きる数少ない同期生、シエスタ、アニエス、ベアトリス、北の民、イグナイトと子供たちがこの後を生きてくれれば、それで良い。
結局、自分が国のため、民のためと頑張ってきたが、それも自分のまわりの人たちを守りたいがためのことだったのだ、そうサイトは結論を出した。
志無く、夢無く、愛無く地球で生きてきた自分。
1人無為に過ごしてきたあの日々。
それが、この異世界では地球とはまったく逆だ。
きっかけは、ルイズと出会ったこと。
ルイズに並び立てる人になりたい、そう願い努力して、そうしたらいつの間にかサイトのまわりにはたくさんの仲間ができていた。
仲間と一緒にいるのが楽しかった。
あの日々にはもう帰れないけれども、それでいいのかもしれない。
美しい思い出を持つことができて、それを抱いて死ねるならば、本望だと言える。
もう皆には逢えないのは寂しいので、暫し別れの涙が滲む。
けど、涙が出るのは自分が人間でもある証拠だ。
ガンダールヴなど関係ない、サイトはまだ自分が人間であることが嬉しかった。

「……っ」

腕で涙を拭う。
戦争が起きてから、志は変化しえどもがむしゃらに戦ってきた。
誰もがサイトの奮闘は、貶しはしない。
いつの間にか人から戦争の英雄と尊敬されるようになったけれども、サイトはできれば歩みたくなどない道だった。
戦争の英雄なんてものは、所詮人殺しに過ぎない。
サイト自身も多くの人の命を奪ってきたし、仲間の命を奪われてきた。
ティファニアとタバサと言う女性を失ったことは、今もサイトの心の大きな傷であることは間違いない。
両者は確実に戦争の被害者である。
戦争さえ起きなければ、ティファニアは子供たちと今も暖かな暮らしをしていただろうし、タバサも国元でさぞ立派な学者になっていただろうとサイトは思った。

「2人だけではない、か」

多くの仲間が、故郷に帰ること叶わず死んだ。
皆、それぞれに志が、夢があったことだろう。
結局、彼らを救うこともできず、自分が生きていることが許されることではない。
サイトだって、死にたくはない。
それでも他に、今まで死んでいった人々への贖罪の仕方が、サイトには思いつかないのも確か。
だから、死ぬしかないのだ。
本当、どうしてこうなったのかとサイトは悲しげな笑みを浮かべる。
サイトの望みは、使い魔としての本分を果たし、ただルイズの隣にいられること。
だが、現実にはルイズと別れ1人、戦場にいる。
もう逢うことはない、そのことをルイズは何と言うだろうか。
サイトが想像するに容易かった。

「きっと、怒るんだろうな」

ルイズの怒る様も簡単に想像できて、サイトは一瞬戦場にいることを忘れて大笑いしかけた。
冷静になるために、小さく深呼吸をして息を整える。
最後まで自分はルイズのことばかり考えているんだな、とサイトは改めて思った。
本当なら、思い出すだけ悲しくなるから、ルイズのことを頭に思い浮かべるべきではなかろう。
自虐、と捉えることもできるが、サイトに関してはそれも少し違うように思える。
サイトの心は、すべてルイズを中心に構築されていると言って過言ではない。
だから思い出すな、と言っても無理なのだ。
様々去来するルイズとの思い出は、かけがえのないもの。
サイトはたとえ自分がいなくなっても、ルイズがいれば、それで良いのだ。

「……過ぎたることか」

もし自分がトリステイン軍中将ではなく、1人の使い魔であったのならば、とサイトはふと思う。
だがそれは、既に叶わないこと。
死んでいった人々、今も前線で戦う将兵、銃後の民のためにはもう、自らは捨てねばならないサイトであった。




その後、行軍を再開したサイトたちはまっすぐガリア首都リュティスへ向かった。
才家の旗は何も言わず、風に靡く。




あとがき

次回で最終回となります。



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