昼下がり、ルイズはサイトと共にカフェにてお茶を楽しんでいた。
2人とも制服(と言ってもサイトは黒ずくめの改造軍服だが)で外のパラソルの下にいるものだから目立つ。
暫し道行く人に注視されるが、ルイズは意に介さず、サイトはやや困り顔であった。

「もう、駄目です」

何度かティーカップを上げ下げしているうちに、ついに我慢ができなくなりサイトは不平を口にする。

「やはり一度、寮に戻ってから街に来るべきでした」
「あら、何のことかしら」

素知らぬ顔で新聞を眺めながら、ルイズは熱いエスプレッソを器用に口に運ぶ。

「先程から、視線が気になって仕方ないのですよ」
「それだけ、私たちが目立っているってことね。当然、私が美人だからでしょうけど」

ルイズがそう言っても嫌味に思えない。
当然、ルイズが衆目の眼を奪う絶世の美女であるからだ。
所謂『立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花』だからとはサイトの評。
ただまあ、容姿もさながら2人が制服、しかもエリートぞろいのトリステイン王立軍学校出身を表す意匠をつけているのも、注目されてしまうのも確かだ。

「否定はしません。しかし、護衛の点から思えば好ましくない事態なのですよ」
「はぁ、あんたは心配性ね」

わざとらしく、ルイズは大きくため息をつく。

「そう言われましても……主の安全を確保するのも、私の努めですから」
「私が楽しみにしているカフェでのひとときを奪おうと言うの?」
「なし崩しで入店したのでしょうに……」

今度はサイトがため息をつく番だ。
そもそも街に来たのは、消耗品の雑貨が足りないと言う理由である。
所定の講義が終了し、荷物の整理をしている時唐突にルイズが思い出したのだ。
それくらい自分1人で行きます、とサイトは言ったのだがルイズも来ることになった。
買い物自体は雑貨の買い足しなのですぐに終わったのだが、何を思ったのかルイズはスタンドで新聞を買うやカフェへ直行、今に至る。

「何か。あんたの住んでいた国では買い物途中にカフェに寄ることすらないわけ? それじゃあ、あまりに文明的でないわよ」
「文明的如何につきましては、そう一辺倒に考えるものではないといつも口を酸っぱくして申し上げているではないですか」

こめかみを押さえ、サイトは嘆く。
ルイズは妙に文明的だとか、文化的だとかにこだわる癖があるのだ。

「いけない、反省するわ。でも、実際のところどうなの?」
「はぁ……まあ、私のいた国でもカフェはたくさんありました。少なくとも、私の生活圏の中でも十数件は」
「なら、私が立ち寄った気分も理解してくれても良いのではないのかしら?」
「ぐ……確かに、心中お察ししますが」
「なら、うだうだ言わない」
「……はい」

主人の気持ちを察せ、と言われればサイトが反論などできない。
まして、どこかにふらりと寄りたくなる衝動は、サイトにだってある。

「でもまあ」

バサッと新聞をたたみ、テーブルの上に置く。

「私が新聞を読んでいるのが悪いのよね。あんたが手持ち無沙汰になってしまうし」
「その点に関しましては、お気になさらずとも。私が懸念していたのは、ただ貴女の身辺警護のことですので」
「ふ」

不敵な笑みをルイズは浮かべた。

「な、何か……?」

まずい、とサイトは思った。
大体こういう時、ルイズはより面倒なことしかやろうとしないと、この数カ月で学んでいた。
が、それは杞憂に終わる。

「折角小洒落たところにいるのだから、楽しくお話でもしましょうよ」
「話、ですか?」
「そうよ、話。普段、寮で一緒にいるからといって、あまり2人になる時間は無かったじゃない」
「と、言われましても」

ルイズの言う通り、寮では同期生がたくさんいるので、あまり2人きりといったことにはならなかった。
しかし、サイトは自慢ではないが話すことがあまり無い男だ。
突然話をしろ、と言われてもどしようもない。
まずこの世界(ハルケギニア)の常識を学びはしたが、そこまでなのだ。
本もたくさん読んでいるが、それは皆歴史書であったり政治学書だったりするので、この状況での女性と話をするには不適当だとサイトは判断した(実際には、ルイズであればどんな話であっても聞いただろうが)。
必死に思考を巡らせはするが、どうにも思い浮かばなくて、額に焦りの汗が流れた。

「……あんた、どれだけ話題が無いのよ」
「申し訳ありません。しかし、こればかりは……」
「じゃあさっきの話で良いわ。あんたのいた世界のことを、話して頂戴」
「先の……私の住んでいた国についてですか? 既に話をしたと思いますが」
「それは政治やら歴史やら、大方あんたが今考えていたことでしょう。私が聞きたいのは、あんたの世界の市井よ」
「……それは私の体験した範囲。その程度の話で構わないのですか?」
「ええ。まあ、あんたの話なら何でも」
「……」

サイトは腕を組んで、悩んだ。
自分の話なら何でも、と言われて嬉しくあったが、これまたサイトは地球、いや日本での生活も味気ないものだったからだ。

「本当、あんたは……」

その様子を見て、さすがにルイズも呆れた。
ついでにウェイターに目配せして、飲み物の代わりを持ってくるよう伝える。
流石にルイズは、何気なく店に入ったようで、きちんとした教育を受けているウェイターのいる場所を選んでいた。
それから、代わりにハーブの香りのする紅茶が運ばれてくるまで、サイトは悩んでいた。

「いい加減、話はまとまった?」
「え、いや……? 失礼な物言いになりますが、貴女が話題を振って下さるほうがなめらかに会話を――」
「私が聞きたいと言っているのよ、向こうでの、あんたの、暮らしを」

鋭い目でルイズはサイトを見据えた。

「はい……愚かなことを申しました……」

これにサイトは怯み、大人しく先程までの時間でひねり出した話をすることにした。

「私の素性に関してもはや、何も言いますまい……まず、そうですね。私の国には魔法なんて存在しませんでした」
「それ、私と初めてあった時、開口一番に言ったことよね。『魔法だって? 寝言は寝て言え』って」
「はは、まさか。私がそのような不遜な態度を貴女に取ることなど……」
「……へぇ」

ルイズの声のトーンが下がる。

「重ねて、申し訳ございませんでした」
すぐに危機を察知し、サイトは謝った。

「分かればよろしい」

ルイズは紅茶を1口飲んだ。

「ですが、今の話は重要なのです。私の国、いえ、私の存在した世界には魔法など存在しなかった。そのかわり」
「『高度に発展した科学がある』でしょ? それも前に聞いた」
「……よく覚えてらっしゃる。しかし高度と言っても、その度合までは申し上げておりません。よろしければ、その点を説明させてください」
「説明なんて言わず、普通に話をしてくれれば良いわ」

ルイズの承諾に、サイトは胸を撫で下ろした。
これで、サイトも少しは話ができる。

「分かりました。簡単に言えば、私の世界では蒸気機関車は疾うの昔にできていました。今では蒸気機関ではなく、電気で動くので電車と言うものに変貌しています」
「電気で動く? 電気って、あの雷と同じの?」
「身近な例としてはそうですね。電気が生活において実用化したことで、私達の住む世界は飛躍的な発展を遂げました。今や、電気抜きでの生活はできない程です」
「信じられない、けど。あんたが言うのだから本当なのよね。こっちじゃまだ研究こそすれ、実用化なんて夢のまた夢と、エレオノール姉様が言っていたわ」

ルイズの姉、エレオノールは王立魔法研究所の職員だ。
その横に最近、王立科学研究所が建てられたのである程度の事情は伝わっていた。

「そうですね。まだ、電気を実用化するには数十年掛かるかと。いや、この世界では今まで科学にかわり、魔法が圧倒的多数だったのですね。その点を踏まえて考えると、もしかしたらもう少しかかるやもしれません。私の世界ですら、科学的進歩で考えて、簡単に3、4世紀くらいは掛かっていますから」
「途方も無い時間だわ」
「ええ。ですが、それもこれも私達の世界に魔法と言うものが存在しないから、発展したのでしょう。発展の裏に様々な困難有りきですが」
「やっぱり、そうよね」
「ええ」

科学技術発展に一番貢献したのは戦争であった、そうサイトは思っていても話さなかった。
折角のルイズとの時間、暗い気分にさせたくないとすぐに頭を切り替えた。

「ともあれ、科学の発展は良いことばかりでは無いと言うことですね。その分、私も科学技術の粋とも言える物を持っていました」
「へぇ、それはどんなもの?」
「パソコン、と略称される高度な演算処理能力を持つものです」
「それだけだと、いまいち凄さが分からない」
「では、それ1つで世界中の情報が一挙に手に入ると言ったら?」
「そんなことが可能だと言うの?」
「はい。先ず以て、パソコンとはタワーと呼ばれるその能力を発揮する部品を集めた筐体、それにモニタと言った静止画、動画を写すものにわけられております。それらが電気によって動き、ひいてはインターネットと称されるものですが、それが世界中のパソコン同士を結びつけ、情報の共有を可能せしめているのです」

身振りで、サイトはパソコンがどんなものか表して説明した。

「パソ……名称や部品はともかく、そんなことが可能だなんて想像もつかないわね……」
「そうかもしれません。何分、私ども若者こそインターネット世代と呼ばれていましたので、ある程度は使用できる者で構成されておりましたが。お年寄りは苦心しているようでした」
「そうね。確かに、逐一世界の情報が手に入るなんて、私でも持て余してしまうわ。あんたの世界では、まさしく目まぐるしく世界が動いているのね」
「はい、それは大変でした。各言う私も、情報化社会には取り残されました」

サイトはインターネットこそすれ、あまり機械には明るくなかった。
まして、普段は古典ばかり読んでいたのだから、周囲から置いて行かれるのは、道理である。

「確かあんたは、本ばかり読んでいたそうね。しかもそちらの世界の古典ばかり」
「はい、そうです」
「それが原因とか言うわけ?」
「直接的な原因とは言い切れませんが。大半の知識は本で手に入れましたね」

その答えを聞いて、ルイズは首を捻った。

「どうして本にこだわるのよ。あんたの説明の通りならば、世界中の情報が手に入るのに本を読む必要があるの?」

鋭い質問をルイズはした。
世界は違えど、やはり天才の発想と言うのは的を射ている。

「そこが盲点なのです。インターネットによって確かに世界中の情報が手に入るようになった。しかし、それだけ情報の発信者も増えたわけです。しからば、その情報の真偽も曖昧になってしまうわけです。膨大な情報の中から、正しいものを見つけ出すのは並大抵のことではありません」
「つまり?」
「たとえば1つの事柄。それは歴史のことだと仮定しまして。専門家が書いた本であれば基本的に正確な物が保証されています。しかし、インターネット上では専門家でなくとも持論を展開することも可能であり、それが何かの裏付けありで語られていない可能性が高いわけです」
「成る程。つまり誰でも自由に情報を発信されるが故に、不正確さが鮮明になってしまう。とすれば、ある程度は裏付けを取って持論を語る専門家の書籍の方が信用できると」

ルイズはようやく納得したように頷いた。

「専門家、専門書も場合によりけりですが、概ね貴女の理解された通りであります」
「うん、やっぱり面倒ね、あんたの世界は」

両手を上に、ルイズはもう勘弁だと言わんばかりだ。

「そうですね」

サイトは苦笑した。
ルイズの言ったことが、そっくりそのまま日本という国にいたころだった自分だったからだ。
サイトも色々と、煩雑な情報はいらないからとインターネットとは疎遠だったのだ。
しかも、死人よろしく偉人の本をたくさん読んでいたものだから、サイトは友人から懐古主義者と笑い者にされていた。

「しかし、インターネットの普及で自らの表現をできることになり、喜ばしく思っていた者も多かったようです。私の数少なき友人もその1人でした」
「それはどんなことで?」
「専門的なことはともかく、私小説など、自由に公表できるのは嬉しいと、彼は言っておりました。昔はそれこそ、出版できなければ夏コミ、冬コミなるものに出なければ自身の表現物など出し得なかったと。ああ、にも関わらず彼は冬コミにも出るとかのたまっていましたが、どうしたことやら」

少しだけ、サイトの表情は昔を懐かしむような感じになった。
ルイズはその表情を見てドキリとしたが、うろたえを表さずに敢えてサイトの話にのる。

「……その夏やら冬やらにするのは、大変なことなのかしら」
「どうなのでしょう。基本的にその催しでは既存の作品を己の解釈と相まって作る作品、二次創作と言いましたか……それが多数であったとか何とか。原本を作るものはそうそう、いなかったそうです。ただ、どうにかでるにせよ資金は必須、負担はあるそうでしたから。インターネットだとそうお金は掛かりませんから」
「世の中やはり金なのね」
「賊な言い方をすれば、その通りです。まあ、彼はインターネットでも小説を掲載しておりまして、私にも読めと執拗でしたね。……確か、シルフェニアと言う場所でしたか」
「ふぅん。創作が誰でも簡単にできるのは確かに良いこと、なのかもね。この国の識字率なんてたかが知れているし、いっそその教育水準自体が羨ましいくらいね……まあ、それはともかく表現の自由って諸刃の剣じゃないかしら。仮にこの世界でそのインター何やらが普及したら宗教のみならず、国家までもが崩壊しそう」

ルイズの想像したことはほとほと的を射ている。
確かにサイトの世界ではインターネット、ソーシャルネットワークが物を言い国家構造の変革をもたらした国があった。

「確かに、世界が変わってしまうでしょう。ですが、この世界でも既にその兆しはあると思います」
「そうかしら。未だに、トリステインではそんなことは無いと思うけれど」
「どうでしょう。我々の世界では超小型の通話機も発達しました。それは、この世界では有線電話がそれに近しいですね。いずれ、無線になりましょう」
「有線電話が、同じ物に近い……でもそう簡単に無線まで実用化できるのかしら」

訝しげにルイズは頬に手を当てた。

「この国でもそろそろ、無線電話が開発されることになるでしょう」
「どうしてそう思うのよ?」
「ガリア王国では、既に実用化に成功していますから」
「ああ、そう言うことね」

ルイズは再度、紅茶を口にした。
それからやや沈黙が起こる。
その間にルイズは少し考えをまとめ、沈黙を破った。

「ねえサイト。貴方がかつて住んでいた、そこまで素晴らしい世界であったと言うのに、元の世界に戻りたいと思わないの?」
「これは異なことを」

何を今更、とサイトは思ったがルイズとしてはサイトの元いた世界の技術を知り、不思議に思って当然だ。
それに、さっきのサイトの表情がルイズには気になって仕方なかった。

「いや、異なことではないから。真面目に答えなさい」

真剣な面持ちでルイズにそう言われ、少しサイトは眼を閉じた。
そして再度、眼を開きルイズを見る。

「戻りたいとは思いません、私は」

サイトは笑顔でそう言った。
ルイズからしては嬉しい反応であったがために、面食らった。
だが、平静を装うためにティーカップを弄びながら、答える。

「やっぱり、貴方は変わり者ね。今まで聞くに、貴方は自由だったし、裕福な国に住んでいた。それをどうして使い魔と言う枠に嵌り、棒に振るのか」

誰だって、一度手にした物を捨てることはそうできない。
それこそ、裕福になればなるほど、だ。
それをなぜ、サイトは簡単に捨て去ることができたのか。
ルイズには不思議でならない。

「前に申し上げたとおりですよ。確かに国は豊かで、自由だった。でもそれだけです。私には志がなかった。空虚な人間でした」
「家族や友人がいるでしょう。会えなくて寂しいとは思わないの?」
「一抹の寂しさはあります」

その言葉は嘘ではなかった。
サイトも始めの頃は、国に帰りたいと思ったのだ。

「ですが、親不孝を承知で申し上げれば私がいなくなったところで両親は生きていけます。友人も、いつか私を思い出の存在にし、忘れていくだけです。それに――」

一旦、サイトは言葉を切った。

「それに、私はもう貴女無しで生きていくことを考えられません」
「ばっ」

ルイズは思わずティーカップを落としそうになった。
慌ててカップを置き、赤面してサイトを睨みつける。

「臆面もなく、言ってくれるじゃない」
「事実ですから」

微笑み、サイトはすっかり冷めた紅茶を飲む。
サイトは内心、この紅茶と違って大分熱い気持ちを伝えているな、と思った。

「私は今まで、無為に生きてきました。ですが、貴女と言う素晴らしい女性に出会い、仕えることができた。それは千金をつまれようと向こうの世界では成し得なかったこと。そう、たとえどんなに裕福で、自由であっても貴女がいない。そんな世界に戻るなんて御免こうむります」
「――ッ」

ルイズはついに俯いてしまった。
今、顔を見られるわけにはいかない。
顔を赤らめてしまっていることもあるが、同時に言いようもない歓喜が胸の奥から沸き上げてきて、快哉を叫びたいほどだったからだ。
サイトがまさか、そこまで自分のことを思っていてくれているとは。
それがどうしようもなく、嬉しい。

「どうされました? 調子を崩されましたか?」

俯くルイズに、すわ体調不良かと勘違いして話かける。
そんなことすら、今のルイズには無常の喜びであった。
最近では数が減ったが、サイトに恋慕の思いを告げる女生徒は多い。
それこそサイトの見た目が良いこと、また性格が当初に比べ劇的に変化したことがある(決して他の男子生徒たちも器量が悪いわけではない、名誉のために書き記しておく)。
当然、ルイズだって女だ。
サイトが他に靡いてしまうのではないかといつも冷や冷やしていた。
サイトが忠節を誓っているからと言って、忠義と恋愛は別問題と言われればそこまでなのだ。
出会いは最悪に近かったが、あの日を境にいつもルイズのために何だってやってくれて、ルイズを救ってきたサイト。
そんなサイトに惚れてしまった、それでいて素直には思いを告げられずにいたルイズにとり願ってもない言葉を本人から聞けた。

「……別に、体調は悪くない」

ようやく少し落ち着いた、だが依然と俯いたままであるが。

「それよりあんた、さっき言ったことは本当なの?」
「先程のこと、とは?」
「だから!」

ガバっと顔を上げて、ルイズは身を乗り出した。

「あんたがさっき、私に言ったこと! 本当に私がいないと駄目なの!?」
「は、はい……!」

赤ら顔、しかも鬼気迫る表情にサイトは驚愕しつつ、同意した。

「そ、そう……まあ、それなら良いの、よ……?」

安堵した瞬間、ふと全身の力が抜けそのまま倒れそうになる。
頭に血が登っていたのに、いきなり動いた結果だ。

「危ない!」

サイトはそこで冷静に動く。
目にも留まらぬ速さで席から離れ、倒れ伏す前にルイズを支えた。
そのまま、ルイズを座らせると、サイト自身はルイズの前で膝をつき手を握る。

「あ、ありがとう……」

ルイズはさすが、素直に謝った。
しかし、サイトは首を横に振った。

「いいえ、謝るのは私の方です」

とっさに近くのウェイターに水を持ってくるよう頼みまた向き直す。

「やはり、お加減が良くなかったのでしょう。そうとは気づかずにいたとは、使い魔失格です」
「あんたねぇ……」

一体誰のせいでこうなった、とルイズは言いたかった。
だけど、サイトに心配されるのはまんざらでもないので口をつぐんだ。
すぐに水が持ってこられると、サイトが受け取りルイズに差し出した。
だが、ルイズはコップを受け取らない。
ちょっと仕返しに、サイトをからかうことにした。

「どうしたのですか?」
「今は、腕も上げたくないの。あんたが飲ませて頂戴」

このままならとことん、サイトに甘えてしまえとルイズは思ったのだ。

「は……いや、しかし」

この時間帯、周囲にそれほど客がいるわけではない。
だが、ルイズの先の行動が派手だったので、注目されているのをサイトは肌で感じていた。
ただでさえ制服で目立ち、この上、衆目をあびるようなことはしたくなった。
サイトはどうしても、人の視線が苦手なのだ。

「何をしているの、はやく」

ルイズはサイトが恥ずかしがっている様を見てニヤけそうになるのを我慢し、催促する。
こんな場合、貴族で人に注目されることに慣れているルイズは余裕だ。

「分かりました。では、失礼して」

サイトも(視線に耐える)覚悟を決めた。
歯に当たらないように注意して口にコップをあて、空いている手でルイズの顎を少し上げる。

「……ん」

コクリとルイズが喉を鳴らし、水を飲む。
その姿を間近で見ることになったサイトは、とても気恥ずかしかった。
水を飲ませる僅か数秒ほどのことだったが、サイトにはそれだけで心労がどっと溜まった。
周りではやはり、数名が声を上げていた。
それも気になって、サイトの心労は蓄積される。
対照に、ルイズは明らかご機嫌だ。

「ふふ、一気に気分が良くなってきたわ」
「それは、良かったです」

サイトとしても、心労は重なるが悪いことではなかった。
兎にも角にも、ルイズの身の回りの世話をすることが好きだからだ。
ただ、普段はあまり接近して話をすることはなく、自らも近寄ろうとはしない。
使い魔としての本分はあくまで主の補佐。
そう割り切っていながらルイズのことを好いている、矛盾したようなところがサイトにはあった。

「さて、と。そろそろ帰りましょうか」

平素と変わらぬ調子に戻ったルイズが、席を立つ。
慌ててサイトも立ち上がるが、確かにルイズの姿勢はしっかりとしていた。

「本当に大丈夫そうですね。良かった」

安心した表情を見せるサイト。
しかし、それを見てルイズは不満気になる。

「何か?」
「私はさっきまで、どうだったのかしら」

言われて、サイトは先の発言を悔いた。
そう、ルイズがいくら平気そうに見えようと使い魔ならばより一層の気配りをせねばなるまい。
そして、次にやるべきことを思うと心労が加速度的に増すこともはわかった。
わかったが、やらなければなるまい。
サイトは覚悟を決めた。
1人勘定をすませると、サイトは恐れながらもいとかしこきルイズに腕を差し出した。
その姿を見て、ルイズは満足気に頷いた。

「それでいいのよ」

そう言い、サイトの腕に自分の腕を絡めた。

「せめて、店を出てから――いえ、それでも駄目なのですね」
「当然」
「分かりました。貴女と共に、こうして帰れる光栄を甘んじて受けさせて頂きます」

これでは臭い台詞だったか、サイトは苦笑いした。
ルイズもくすくすと笑いはじめたので、やはりサイトらしい台詞ではなかったと言うことだ。
つられて、サイトも笑い、帰宅の途についた。
街中を2人歩く姿を、往来の人々は微笑ましく迎える。
サイトとルイズ、とても似合いのカップルだ。
2人が後の、トリステインの英雄になるとはまだ、誰も知らない。




謹啓

平素より作品投稿のおり並々ならぬ恩顧、お礼申し上げます。

このたびはシルフェニア様の創立8周年を迎えられたとのよし、心からお祝い申し上げます。

8周年をお迎えになりますのも、シルフェニア様のスタッフ皆様の日々たゆまぬ、御尽力のことと恐察いたします。

つきましては、お礼申しあげるとともに、恐縮でありますが記念作品と銘打った番外篇作品を1つ、投稿させて頂きます。

これからもシルフェニア様の、益々のご発展と躍進をご期待申し上げます。

あとがきにて恐れ入りますが、重ねてお祝い申し上げます。

謹言



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