Prologue


 トリステイン王国の歴史を紐解くと、建国から二百年を超える、その積み重ねてきた年月に驚く者は多い。地理的には圧倒的不利、大国に挟まれた場所で存続している国として賞賛に値するだろう。
 ただし、トリステインが国の命脈を保ってきたのにはわけがある。まず、大国の間に存在し、緩衝地帯としての役割を果たしていたこと。これが建国から三十年あまりは有利に働いた。
 トリステインの下に位置するのはガリア王国、右に位置するはゲルマニア帝政国。両国の面積、人口はトリステインを圧倒していた。国境で言えば、ガリアとゲルマニアも隣接しているのだが、両国の間にはグラン・アルプと呼ばれる巨大な山脈が横たわっており、交通は無きに等しかった。
 グラン・アルプの切れ目から海に行くまでのなだらか土地にトリステインは存在していた。両国はトリステイン領内を抜けてからしか、軍を進めることができず、またトリステインを滅ぼしてしまえば大国同士が簡単に干戈を交える位置に国境が接することになる。

 ゆえに、トリステインは両国から攻められることもなく、むしろ二重外交によって建国初期は国難を乗り切っていた。
 また、トリステインと海を隔てること北西の浮遊大陸にはアルビオン皇国が存在し、そこの王室と婚姻を結び、両国の関係を強めた。
 これが、トリステイン最初の同盟である。
 トリステインという国が成り立ってきたのには、そう言った狡猾さをにじませる外交戦略があってこそ、まさしく命脈を保ってきたといえる。




T 五月十五日 街に咲く花




 ハルケギニア大陸も、初夏の彩りを見せるようになった。ガリアはトリステインよりも緯度が低いので、より顕著だ。
 より温暖な気候であるガリアだが、湿度は高くない。ゆえに気温のわりには過ごしやすく、汗をかくこともない。しかし今年は例年よりも早く、気温の上昇が見られた。もしかしたら、花すら恥じらう女人、ルイズがきたのでガリア王国が顔を赤らめたせいかもしれない。
 さて、サラゴサを発ってから三日を要して大きな街へとやってくるまでに天気と相談して、ルイズ一行の姿も、やや装いを新たにした。
 特に今日は暖たかったので、ルイズはスカートこそいつものロングであったが、上は七分袖のシャツに変えていた。髪も、いつものようにしていると首筋が熱をもって鬱陶しくなるので、リボンでまとめている。
 ベアトリスも同じような髪型であるが、彼女が何時でも動きやすいようにしているから後ろに流しているのに対して、ルイズは肩にかけるように、胸の方へとまとめた髪をやっていた。シエスタがそのようにしたほうが似合うと言ったからだ。

 特段、そんなことをルイズは気にしていなかったし、首にさげるようでは暑苦しさもそうかわらないと思っていた。しかし、シエスタの言うことを聞いておかないと後で何をされるかわかったものではないので渋々、従っていた。
 それに、不機嫌に拍車をかけたといえば、いつも愛用している片眼鏡(モノクル)ではなく、ふつうの眼鏡をかけさせられていることだ。
 あまり容姿を知られないほうがいいのは確かなのだが、ルイズは慣れない眼鏡が嫌だった。シエスタは「これも有りですね!」と狂喜乱舞していたが。
 ともあれ、シエスタのルイズ病は今にはじまったことではない。次第に、彼女の声は街の喧騒(けんそう)と重なり、その独特の色を失った。




U あのヒロインは誰?




 次第に旅も慣れてくれば、馬車を預けに行くのもまさしく、手慣れたものでベアトリスはすぐに戻ってきた。
 このアルカニスの街では、馬車は街の郊外に預ける決まりになっている。もちろん、人が多く行き交う街中では馬は危険であるからだ。
 街の門の前で待っていた二人と合流し、シエスタを先頭に雑踏の中に入っていく。入ってすぐに、街特有の様々な匂いが入り混じった空気が流れる。サラゴサが自然の、神秘的な静寂に包まれていたのとはまるで別世界である。
 道筋に沿って様々な露天が出ている。これもサラゴサとは格段に規模が違う。そもそも、人の流れもとても大きく、ルイズは人混みに危うく飲み込まれそうになった。
 しかし、シエスタが人混みに飲まれる寸前にルイズの手をしっかりと掴んだ。これでもうルイズは安心だ。

 歩調も、人混みの割にゆっくりであるのもシエスタの身のこなしのたまものである。その動きに無駄はなく、一番後からついて来るベアトリスも関心するほどだ。
 シエスタのおかげで快適な通行は可能で、うるさいのが苦手だと常に文句を口にするルイズも、その割に行き交う人々を見て楽しそうであった。
 この街がガリア王国の地方都市であるが規模は大きく、見て回るだけでも楽しいのである。思わず旅の本来の目的を忘れるほどに。
 しかしルイズがはたと気づいて行動を起こそうにも、アルカニスの街での主なる目的は実のところ、彼女たちにとって情報収集くらいしかないのだ。サイトの所在を知り得ていただろう、この街に駐屯していた『才家軍』の部隊はとっくの昔に武装解除され解散している。
 もっとも、その後彼らがガリア軍に再編されたことも知っているが、『才家軍』の元兵士たちはガリア式の軍に慣れる訓練のため、目下首都リュティス郊外で訓練中であり、地方にはいないのだ。

 いよいよ街の中心の広場に向かうにつれて、人通りも多くなってくる。これには理由がある。ガリアの街の基本的な特徴は、中心に大きな広場があり、そこから放射状にいくつかの道が伸びている。
 元々、どこの街でも中心地の近くには教会がある。そこで行うミサに集まる人々が混雑しないようにしたのが、中心地が広場とされていることの理由だ。
 これはガリア王国において教会権力がいかに強いかを表す好例である。それから人口が増えるにあたって、どんどんと広場を中心に街が拡大していったので、大体の街は円のかたちになっている。
 ルイズたちは街中央の門から入った。そこが一番人の多い通りで、だからたくさんの露天がある。
 人と露天のるつぼからようやく抜けると不思議と思えるほどに、一気に雑居とは別の広い空間が広がった。

「これは驚き、ね」

 数歩、広場を歩いて立ち止まり、ルイズは言った。同じ感想をシエスタもベアトリスももったが無理もない。トリステインでここまで見事な街並みにそうそう会うことはない。
 中央にはまさにガリアの街らしく、大きなゴシックの教会がそびえている。教会の窓から漏れてくる音色には荘厳(そうごん)さが混じっていて、一種の別世界が形成されているかのようだ。
 だが、少し違う所に眼をむければ広場に張り付くように広がっている建物には様々な店が入っていて、街人たちを楽しませるに十分な施設があることを物語っている。現に、幾つかのカフェテラスでは人々が談笑している。
 こんな光景を見てしまえば、ルイズは近場のカフェに入ることは我慢できない。実は彼女、街中のカフェの散策が好きなのだ。

「ねぇシエスタ、適当な店に寄ってみない?」

 横を向いて、いまだに手を握っているシエスタに訪ねる。

勿論(もちろん)、構いませんよ」

 シエスタは笑顔で答えた。ベアトリスも首肯し、三人の行き先は決まった。
 上機嫌でルイズは前に躍り出ると、近く『田園舞曲の調べ』亭という店のテラスを陣取った。流石ルイズはこなれている、広場全体が良く見渡せる席だ。
 二人も続けて座るのを確認すると、ルイズは眼で店員を呼ぶと、ささっとメニューを見るでもなくカフェ・ラテを三つ頼んだ。
 店員が復唱し、戻っていくのを見送りながら、ベアトリスは胸を撫で下ろした。

「はぁ……姉様、ガリアでカフェ・ラテを注文するのは、おやめください。あれは――」
「問題ないわよ、ほら」

 ルイズが看板に目を向けた。つられてベアトリスも見る。その看板には『ロマリア直伝のカフェ・ラテをあなたもいかが?』と書かれている。

「あ……これは失礼しました」

 ベアトリスは平に謝った。

「なに、気にすることはないわ」

 ルイズは笑った。

「まあ、カフェ・ラテがここで飲めるとは思わなかったけどね」

 慣れない眼鏡を外してテーブルに置き、ルイズは軽く伸びた。

「カフェ・ラテって普通はないんですか?」

 隣のシエスタが疑問を口にする。

「ええ、そうよ。アレはトリステインとロマリアで飲まれるもの。ガリアで一般的に飲まれるのはエスプレッソなのよ」

 ロマリアとはガリア王国よりも南方にある国で、正式にはロマリア皇国と言う。

「そうなんですか。でも、どうしてガリアでは飲まれるものではないのですか?」
「それには私がお答えしましょう」

 ベアトリスが割って入る。

「実はカフェ・ラテというものは、ロマリアが起源の飲み物なのです。それがどうしてトリステインだけに、と言われればお国柄の問題なんですね。カフェ・ラテは軟弱な飲み物だと、ガリアでは嫌われて流行しなかったんですよ。そもそも、ガリア人は陽気なロマリア人が嫌いですから」
「そんな理由で、飲まれてこなかったんですか?」

 よく言われる、『無口で勤勉なガリア人』と『陽気で奔放なロマリア人』は言い得て妙な揶揄(やゆ)だ。トリステイン人は『気位だけは高いトリステイン人』などとよく言われる。

「驚かれるのも無理はありませんが、事実です。私も最初聞いた時は、何かの冗談かと思いましたけど」

 ベアトリスが言い終えるや、初老の店員がカップを持ってきた。丁寧にテーブルに並べ「ごゆっくりどうぞ」と言って去った。
 ガリアに入ってからは、初めて飲むカフェ・ラテだ。カップを持ち上げ、十分に香りを楽しんでから、ルイズは口に運んだ。すぐにルイズは和やかな表情になった。

「やるわね。完璧よ」
「は、はぁ。確かに美味しいですね、これ。トリステインで飲んでいたものとかわりありません」

 シエスタも一口飲むと、関心したように言った。彼女はしょっちゅうルイズのわがままに付き合わされていたので、自前でカフェ・ラテを淹れることができるのだ。下手なものをだせば親しい間柄の人間にも容赦しない。そんなルイズを満足させるべく心血を注いでいるので、味には敏感だ。

「本当、これは良い……けど、さっきから妙に騒がしくなってきたわね」

 街の中央がにわかにざわついてきたことに、目ざとくルイズは気づいた。教会からちょっとずれた場所にある、幾何学的配置の噴水の片割れに一座がいた。

「これから劇が始まるんですね。どうりで」

 シエスタはうんうん、と頷いた。

「ついでに、見てみますか?」
「ここからならね」

 シエスタの誘いに、ルイズは消極的な同意をした。流石に、人がわんさかいる場所で観賞するのは辛いし、それに賛成していても人混みでは対処しづらいとベアトリスがどうせ反対するのはわかりきったことだ。
 少しばかり、シエスタは不満気にしたが劇が始まるとその気もどこかにすっ飛んでいた。一座の演技は見事であったし、良く通る声でちょっと離れたルイズたちのいるカフェでも聞こえた。
 だが、劇の内容を理解していくにつれ、ルイズの顔はとてもげんなりとしていった。

 それもそのはず、演劇の内容があろうことかサイトのことを扱ったものであったからだ。いや、それだけならばルイズはここまで辟易しなかっただろう。内容自体は、サイトの立身出世を描いたものであったし、王道と言って差し支えないストーリーだ。
 問題は、劇の配役である。話が(ゆが)んで伝わることがあるのはしかたないが、ガリアではこんな風に伝えられているのかと思うと、ルイズとしては非常に面白く無かった。
 ルイズの複雑な心情をわかっているだろうに、シエスタはあからさまに面白がって話しかける。

「あはは、ルイズさんが町娘ですか! これは最高ですね!」

 そう、王道な展開に不可欠なヒロイン。彼女の立場はサイトに助けられたある町娘という設定だった。

「貴女、久方ぶりに喧嘩売っているの?」

 こめかみを若干引きつらせながら、ルイズは答えた。

「まさか! そんなことはございませんよ。ただ、ですねぇ?」

 シエスタは隣に座るベアトリスに視線を向けた。

「や、私は何も」

 ベアトリスは咄嗟に視線を逸らした。その実、口元が緩んでいたのをルイズは見逃さなかった。

「もう、何なのよ。そんなに可笑しいこと?」
「まあまあ、抑えてくださいよ」

 シエスタは両手で制止を表すように動かした。ルイズとしては、そんなくらいで収まるはずはないのだが。

「街の人って言うのは、どこでも変わらないものなんですね。あたし、ちょっと関心しちゃいましたよ」
「どういうこと?」
「何のことはありません。市井の人は、身分違いの恋物語が好きなんですよ。概して、主人公は一般人です」
「へぇ、そうなのですか?」

 ベアトリスが興味を示した。

「ええ、間違いありません。まあ、現実と身分等々、設定が異なっているのは多めにみてあげましょうよ」
「それでも、私は町娘なんかじゃないわ……」

 ルイズは憤懣(ふんまん)やるかたない顔になった。それを見て、シエスタは言葉を重ねる。

「まあ、ここだけの話ですけど。実際のサイトさんは――失礼ですけどあの役者さんよりも数段、格好いい方ですよね」
「それは間違いありません。これでも職業上、様々な方を見てきましたが、兄様ほどの美丈夫は早々いませんよ」

 ベアトリスが自信満々に答えた。ルイズとしても、そう言われて悪い気はしないのだが何か違うと、まだ思っている。
 根拠が無いわけ、ではないのだ。ルイズもベアトリスも、貴族だ。社交界に出たことは数多くある(大抵二人の場合共軍装でだが)。その中にもしもサイトがいたとして、遜色(そんしょく)のない格好良さであると、両人は保証できる。

「その通り。私だって一歩間違っていたらサイトさんに惚れていましたよ」

 シエスタはそう言い、ルイズに意味ありげな視線を向けた。ルイズは複雑な表情をした。褒められているのだろうが、素直に受け入れたら、自分の身が危ないとルイズは分かっていた。

「加えてですよ、ルイズさん。ルイズさんは学院内でのご自分の渾名(あだな)をご存知ですか?」
「渾名?」

 ルイズは一瞬、何のことかと思った。逆に、ベアトリスの方はすぐに思いついたが、あえて言わない。

「……確か『ゼロのルイズ』ではなかったかしら」

 ルイズが答えにベアトリスはにやりとした。彼女はルイズがそう言うと予測していたし、またその答えがシエスタの要求したものとは違うと確信していた。
 シエスタもベアトリスと同じく、ルイズがそう答えるだろうことはわかっていた。

「確かにその渾名も正解です、が。もう一つ、代表的なものがあったんですよ。これはベアトリスさんに答えてもらった方がいいですね」

 困惑するルイズの姿が可愛らしく、ついにこにことしながらも、シエスタはベアトリスに答えることを譲った。

「そうですね。代表的な、と言うのですからあれしかないでしょう」

 ベアトリスもまた、楽しそうに笑う。

「もう何? はっきりと言って頂戴」

 いよいよルイズは不機嫌さを隠しもせず、まくし立てた。

「分かりました。姉様はその『ゼロのルイズ』の渾名の他に『想月(そうげつ)の乙女』と称されていたのですよ」
「……はい?」

 彼女にしては珍しく、間の抜けた返答になった。

「姉様は『トリステイン王国に過ぎたる者とは、絶世アンリエッタと佳人ルイズなり』との言葉を知って――いませんね」

 依然と意味がわからない、といった表情のルイズをみとめ、ベアトリスは続ける。

「これが中々に気の利いた言葉でして。今はトリステインにいないとはいえ、不敬を詫びて申し上げますが、アンリエッタ王女の絶世。それはこの世の御方とは思えない程の容姿をお持ちであることは確かですが、またそのままの意を込めて、世間知らずの王女だと暗喩(あんゆ)しているのです」

 ぴくりと、ルイズの眉目が上がった。しかし、怒ったわけではない。

「案外、上手なことを言う者もいるのね。まあ、不敬であることは確かだけど」

 一層、力なくルイズは言った。事実、アンリエッタと言う日和見の女王により、トリステインは未曾有の危機に陥ったのは間違いないからだ。

「まま、それはさておきですよルイズさん。ルイズさんの渾名はそりゃもう完璧ですよ!」

 シエスタが胸を張って答えた。

「何が完璧なのかしら?」

 渾名に完璧も何も無いだろうに、とルイズとしては思った。

「ルイズさんの『想月』にはですね、夜空の月の美しさを思わせるそのルイズさん自身の美しさと、双月を掛けているんですよ! どうです、すごいでしょう!」

 自信満々の口調でシエスタは渾名の説明をした。

「あら、以外と普通なのね」
「なっ!?」

 ルイズの反応の薄さに、思わずシエスタは席を立った。

「そんな言い方はないですよ! これでも一生懸命考えて、ルイズさんにふさわしいものを推したんですから!」

 バンバンと人目を気にせず机をたたき、シエスタは力んで言った。しかし、ルイズは違った。

「ちょっと待ちなさい、シエスタ。もしかしたらとは思っていたのだけど、その渾名を広めたのは貴女なのね?」
「あ……」

 しまった、と言うような表情をシエスタは露骨に出して、誤魔化すように、おとなしく椅子に座った。だがルイズはたたみかける。

「全く……大体軍学校のことでは貴女絡みでろくなことが起きやしない。どうせまた、他にも噛んでいる人間はいるのだろうけど」

 ルイズの脳裏には燃えるような赤髪をたなびかせた奴やら、怪しい笑みを隠さない金髪の巻き毛やらが浮かんだ。おおよそ、彼女の想像には間違いないとわかるのはシエスタの反応が完全に彼女らといた時と同じだからだ。

「おほん……まあ、そんなことはいいじゃないですか」

 シエスタはわざとらしく咳払いをした。図星であっただけに、少しは冷静になった。

「つまり、あたしがいいたいことはこうです。今の劇で仮定しますけど、サイトさんとルイズさんのことを演劇でやるとしてですよ? お二方並の美男美女を見て、大衆が喜ぶわけありゃしないんですよ」
「何故」

 こう聞き返すことすら、馬鹿らしいことなんじゃないかとさえルイズは思った。しかし、あえて此処(ここ)で聞いておかないと、自分たちがどのように見られていたのか、知ることが無い気がしたのも確かだった。

「ズバリ! そんな高次元の人間を見て感情移入なんてできないからです!」

 シエスタはさっと眼鏡を取ってルイズに再度、かけさせた。ルイズは怪訝(けげん)そうな顔をしたがシエスタはにっこりと笑った。

「ほら、これでも隠しきれない美しさ! もう感情移入なんて無理、(あが)(たてまつ)るほどですよ!」

 何を大げさな、と言おうとしてベアトリスまで頷いているものだから、ルイズは言葉を失ってしまった。

「確かに、同調するのは難しいですね。姉様は完全無欠のお方ですから」

 面白がって、ベアトリスもそう漏らした。シエスタがそれに相乗する。

「ですよね!? 私が今まで生きてきた中で、ルイズさんほどの方を見たことはございません! 生きていて良かった!」

 両手を組んで恍惚(こうこつ)とした表情でうっとりと言う、シエスタは完全に危ない人に見える。間違いなく、ルイズは開いた口が塞がらない状態だ。しかし、ここで何も言わなければシエスタの暴走は収まるまい、そう思ってルイズは頑張って言葉を紡ぐ。

「私なんかより、綺麗な人はたくさんいるでしょう……?」

 そう口にして、前にも似たことをサイトにも言ったなぁ、なんてルイズの頭によぎったが、それは今、問題ではない。
 まさか、ここまで変態的に自分のことを見てくれるシエスタを喜ぶべきなのか、それとも悲しむべきなのか。自分のことを聞くんじゃなかった、と後悔させし始めた。
 第一に、だ。ルイズから見ればシエスタだってベアトリスだって、可愛い顔立ちをしているし、美人だ。
 現実に、シエスタは愛嬌(あいきょう)たっぷりで、男性の受けはとてもよいし、ベアトリスだって整った顔立ちに気品が漂う。その香りに誘われる人間は男女問わず多い、が。

「何を言いますか! ルイズさんを差し置いて美人を名乗ろうものなら、あたしはその人に断固抗議します!」
「えぇ……?」

 シエスタの声で、周囲の空気が揺れたと錯覚するほどである。ベアトリスはそんな中で優雅にカップを傾けている。

「どうにかして頂戴、ベアトリス」
「そうおっしゃられましても。私もシエスタさんと同じく、お姉様をおいて美人と名乗られるのは少々聞き捨てなりません」

 ベアトリスはこれまでにない笑顔になった。ルイズより優れた容姿をしているなどと言おうものなら、断固たる態度を取ると言わんばかりの毅然とした、それでいて完璧な威嚇の笑みだ。

「……ああ、もう」

 ルイズはお手上げだった。苦し紛れにできたことは、空いたカップのおかわりをもらうため、店員を呼ぶことである。
 彼女にしては珍しく、手招きで先程の店員を呼んで、頼もうとした。その、寄ってきた店員にシエスタが絡む。

「ねね、店員さん。この人、美人ですよね?」

 店員は目を(しばた)かせると、笑顔で「はい」と答えた。それから追加の注文を聞くと、その場を後にした。
 ルイズは頭を抱えて、今にも机に突っ伏しそうになった。

「もういい加減にして、シエスタ……これ以上、変なことを言うと本当に怒るわ」
「変なことではありませんよ。事実ですから。それに前から思っていたのですけど。ルイズさんはもっとご自分の容姿に自信を持ってください。それだけで、ひとつの財産ですから」

 財産と言われて、大げさではない。それほどルイズは美しいとシエスタは思っている。それも、彼女の贔屓目(ひいきめ)なしの考えだ。

「そう言われても、ね」

 ルイズ自身、容姿が劣っているとは思わないが、誇る気にもなれないのが正直な感想だった。ハルケギニアの夜に浮かぶ双月の一方が、雲間に隠れるとその価値を半減させるように、半身であるサイトがいない自分に、何の価値があるのかとさえ思っていたのだ。
 ルイズはもう一度、劇の方を眺めた。いよいよ物語は佳境で、最後の別れのシーンである。町娘の演者が後ろを向いたままのサイト役の男に「いかないで!」と大仰(おおぎょう)に声を張り上げ、言う。手が伸ばされ、背中に寄りかかるようにしがみつき、顔をうずめてさめざめと泣き始める。
 男は「それでも、私は行かなければならないのです。どうかその手をお離しください」と彼女を振りほどこうとする。それでも町娘は「いいえ、離しません。話せば、悪しき戦争の魔が貴方の腕を掴むことでしょう!」と言う。
 成る程、ここ一番の演技だ。さすがに力の入れどころが違うと見える。

「……」

 必死に縋る町娘の姿と、自分を重ねてルイズはふと思う。自分が、こんな風に止めればサイトは戦地に赴くことはなかったのだろうかと。
 彼の(かいな)に収まり、一言「私を(ひと)りにしないで」とでも言えば――
 ……やはり、無意味なことであっただろう。それこそ、自分の浅はかさ、愚かさを露呈(ろてい)させる結果にしかならなかったはずだ。まして彼は、どんなに自分が引き止めたとしても、戦地に(おもむ)く。
 それがサイト・ヒラガという男なのだ。たった一人、ルイズに誓いを立てた騎士。しかし彼の高潔な魂は、どうしても目の前に広がる惨状(さんじょう)看過(かんか)できず、またサイトが共に戦ってきた仲間を見捨てることなどできるはずもない。
 そんな彼が、勝手気まま、いや主人の我儘(わがまま)を聞き入れ、とどまることなどなかっただろう。そう――むしろ最後にして私はサイトに失望されただろう、とルイズは苦笑した。

 それこそ、彼女の昂然(こうぜん)とした態度がサイトを変えたのだ。だから結局、最後までルイズもサイトの模範であるべく、その態度に一切の隙を見せなかった。
 弱きを助け強きを挫く、そんな当たり前の、それでていて難しいことを常にし続けたルイズを、サイトは最後まで求め続けていた。だからこそ、ルイズはサイトを止めることはしなかったのだ。
 劇はクライマックス、サイトを扮した男はついに町娘を振りほどき、消えていく。娘は、ただその場で力無く、涙を流す。そして、幕が降り、劇は終わりとなった。
 見物する人々からは最初まばらに、次第に大きな音となって無量の拍手が送られた。

 劇は終わったのだ。劇の中のサイトの旅路は。しかし、本当の彼が幼少期から抱いた夢は、この劇のように終わってしまったのだろうか?
 違うだろうと、ルイズは喝采(かっさい)の中独り冷静になっていた。サイトの夢は、別れが最後ではないのだ。
 かつて色褪(いろあ)せた世界から抜け出した鳥は、美しい大空へ魅了され飛び立った。それを別れと捉えるならば、それでもいい。しかし、いずれ鳥が疲れた時には休む場所、止まり木が必要なのだ。
 鳥は今、疲れているのだ。だけど、止まり木を見失い、困り果てている。そんな鳥を助け、止まり木となるのがルイズなのだ。
 

 
 広場で行われた劇の収束は、同時に独特の余韻(よいん)をその場に残すことになった。ルイズらは余韻から脱するようにそれから、また街をふらふらとした。
 情報収集をいつもベアトリスに任せてばかりでは悪いと思ってルイズはそうしたのだが、等のベアトリスは。

「何が起こるかわからないのですから、あまり動かれても困ります」

 とルイズをたしなめた。その割に、頬を緩めているのはルイズが一緒に来てくれたことが嬉しかったからだろう。
 猥雑(わいざつ)さを彷彿(ほうふつ)とさせる通路が幾重もあり、その中で様々な話を聞くのはルイズにとっても初めての経験だった。その中から情報収集は色々と大変なことではあったけれども、ルイズにはとても楽しいものだった。
 日が傾いてきたのでそろそろ宿に行こうとなった時、ルイズはヘトヘトになってしまった。流石に慣れない人混み、体力的には大丈夫でも、少し精神的な面での疲れたのだ。
 その点、シエスタは買い物などで普段から慣れていたので平然としていた。それどころか、持ち前の明るさと人当たりのよさもあってベアトリスよりも色々な情報を集めてきたくらいであった。
 それはさておき。

 ルイズは宿の部屋で一人、物思いに(ふけ)っていた。明かりも付けず、窓際の椅子に腰掛ける彼女を月明かりが照らす。彼女の髪がキラキラと光り、とても幻想的な雰囲気を醸し出すが、その美しさを認めてくれる人物は今、いない。
 ルイズが物憂(ものう)げな表情を浮かべているのはベアトリスとシエスタの聞いた話を耳にしたわけでもない。情報収集だって楽しかった。
 では何故に暗い気分になったのかといえば、自分が聞いてみた少ない情報からもサイトが、サイト隷下(れいか)の部隊がどのように思われているのかを知ったからである。
 ある子供はルイズの質問に対して「真っ黒けのお兄ちゃんが一緒に遊んでくれたの」と言った。
 ある老人はルイズの質問に対して「思慮深さを思わせる黒い瞳の隊長が、我々に対して乱暴をすることなきよう、配下の者たちに命令していた」と言った。

 どうやら、サラゴサの時のように、サイトは子供たちと遊び、また街人たちに最大限の配慮をしたのだとルイズは理解した。
 サラゴサの時に感じた、自分の知らないサイトがいることへの嫌悪がルイズにはあった。しかし、この街に住む人々を見るに、ここに来た時のサイトはルイズの知っているサイトそのものだった。
 自分の想うサイトがいたことに安堵する自分がいることを、ルイズは別に驚きはしなかった。むしろ、安心するほど、自分の知らない彼を知る人間がいることを嫉妬していたのだから。
 しからば何故に、自分はこんなに憂鬱なのだろうか? ルイズはふと窓から外を見てみた。

「一緒にいるのね」

 夜空に浮かぶ月は二つ、煌々(こうこう)とし、美しかった。双月はハルケギニアの何処で見ても、変わらずその美を際立たせる。
 互いが互いを必要とする。それが本当なら、自分はどうなのだろう。もしかしたら、月以上に自分にはサイトが必要なのではないかと思う。
 憂鬱になるのは、一人で残されるからか。ルイズは身を持ってその寂しさを感じた。どうせなら、シエスタかベアトリスでもいればいいのに。何て甘えてばかりいるわけにもいかない。

 サイトを探すと決めたのは自分だ。なのに、サイトを探す旅の途中からして、こんな気分になってくるようでは駄目だ。
 いつだって、自分は凛としていなければならない。寄り添うべき枝がなよなよしくては、鳥も困るだろう。
 こういう時は気分転換をするのがいい、とルイズは立ち上がり、外へと向かうことにした。




V 初夏の夜の現実




 宿の外は涼しく、頭を冷やすにはちょうど良かった。部屋から出て二人に「ちょっと外に行ってくる」と言った時には、そうそうすんなり行かせてくれるとは思わなかったのだが、予想外にも「どうぞ、お気をつけて」と何ら咎めることはなかった。
 しかし、それも其のはずだ。ルイズは宿の外から出て、後ろにすぐ気配を感じていた。もちろん、自分の妹と、自分に仕えるメイドのものである。

「一人ではあるけど、ねぇ……」

 ルイズは後ろの二人に声をかけようとして、やめた。せっかく、まがいなりにも一人で出歩くことを許してくれたのだから、今は一人でいようと思ったのである。
 宿の周辺はもう夜中だというのに賑わっていた。様々な人が行き来する様子は、昼間の時とそうかわらないだろう。
 ルイズは広間のシエスタの動きを参考に巧みに人並みを避けながら歩いていたが、ふと一つの大衆酒場の外側で、見覚えのある顔があったので立ち止まった。
 すぐに、往来で止まるのは危ないとルイズは糸で引かれるように、その酒場にいる人物のところへと行った。

「ちょっと、よろしいかしら?」

 近く、ルイズはその人物に話かけた。

「はい……? って、ええ!?」

 話しかけられた者は、思わず驚いた。当然とも言えるが、ルイズに話しかけられたら普通は驚くか、唖然(あぜん)とする。

「あ、あの? どなたですか?」

 隠しつつもどうしても出てしまうルイズから溢れ出る気品、優雅さに戸惑いながらも、彼女はルイズに聞き返した。

「これは失礼。私は今日、貴女方一座の劇を見ていた者でして。それで、実に素晴らしい演目でしたもので感動していたところ貴女をお見受けし、是非お話を、と」
「は、はぁ……これは、ご丁寧にどうも」

 彼女は自分が賞賛されていながらも、どうしてルイズにペコリとお辞儀した。

「一席、宜しいですか?」
「ど、どうぞ……?」

 ルイズは彼女の正面に座った。明らかに、相手は萎縮しているようだが、ルイズはお構いなしに話を切り出した。

「実は、貴女にお聞きしたいことがありまして。もちろん演劇のことですが」

 彼女を見つけたのはまったくの偶然。だが、機会があったからにはどうしても自分の役柄を演じた彼女には話をしてみたいと思ったのだ。劇の成り立ちを聞くにしたって、演じてくれた人から聞いたほうが楽しそうだとも思ったのだ。

「劇って、今日のですか?」
「勿論そうです。一目見て、私はあの劇が気に入ってしまいました。それで、劇の題材は一体何だったのでしょう? 私も結構、演劇は見るほうなのですけど、今日見たものは初めてだったもの。気になってしまって」

 ルイズの言うことに嘘偽りはない。しかし、実際にルイズが見てきたのは大衆演劇ではなく、オペラハウスなどで見るものだったが。

「ええ。確かに今日の演目はここ一年以内にできたものですから、見たことがなくても不思議じゃないですよ。アルカニスでの公演でまだ五回目ですからね」

 相手も何となく、ルイズが大衆演劇を見たことないのだろうな、と思いつつも自分たちの劇のことを聞いてくれる人がいることが嬉しかった。それに飲酒していたものだから、次第に饒舌(じょうぜつ)になってきた。

「なるほど。失礼ですが、演目名は何と言うのでしょう? 最初の方は、聞き漏らしてしまっていたもので」
「あの劇はですね『トリスタニアの悲恋(ひれん)』といってですね――」

 それから彼女はルイズに、その劇のことを嬉々として話した。あるトリステイン貴族将校が町娘と恋をし、身分は違えども愛しあう。数々の困難を乗り越え、ようやく添い遂げることができることになった矢先、非情にも戦争が二人の仲を引き裂くというもの。
 細部、と言うよりもほとんどの内容はルイズと、サイトの馴れ初め話とは違った。しかし、明らかにサイトのことを題材にしているのだろうことがルイズには受け取れた。
 ゆえに、ルイズは彼女に聞いてみる、いや聞くしかなかった。

「『トリスタニアの悲恋』の将校のモデルはいるのですか? お話を聞くに、何やら実在した人物の様な気がしたもので」

 少々ぎこちない物言いだったが、相手はそれこそ気にしなかった。むしろ謎かけめいたことをルイズに言ってきた。

「もちろんいますよ。そうですね、『トリスタニア』とついていることから何となく連想される人がいませんか?」

 彼女は面白そうに言った。そもそも彼女はこの問題が至極簡単なものだと思っていた。

「そうですね、ええと……」

 ルイズにはすでに分かりきったこと。しかし、いざ自分から他人に、サイトの名を口にすることはどうにも複雑な気分であった。

「……確かヒラガ将軍とか、何とか」

 ルイズの精一杯、自分との葛藤(かっとう)を踏まえた上での回答だった。どうしても、人前で彼の名を出すことは憚られたのである。しかし、そのことがかえって彼女の持つルイズへの不信感を多少は拭うことになった。

「確かではなく、そのヒラガ将軍ですよ。やっぱりわかりましたか」

 彼女はグッと親指を立ててみせた。

「え、ええ……名前だけなら」

 本当は名前だけじゃない。サイトのことなら何だって知っている。だが、その自信はこの地に来てゆらぎ、まして初対面の人に言うべきではなかった。
 しかし、どうしても私が一番、サイトのことを知っているのだとの想いをルイズは心の奥底に(くすぶ)らせていた。

「そうですよね。実を言うと、私もヒラガ将軍のことはあんまり知らないんですよ。将校のモデルであること以外じゃ、後はシャルロット様との話くらいなものでして。でもでも、実のところそこが一番あやしいとも思うんですよ」

 シャルロット、という名にルイズは即座に反応した。ルイズの同期生、タバサのもう一つの名だ。しかし、特に表情に出すことはなく、彼女の話を聞くことにした。

「怪しいとは、一体どういうことですか」
「あ、ご興味あります? これも演劇に関する話になりますけど」
「はい、是非に」

 ルイズはコクリと(うなず)いた。

「そうでしょう、そうでしょう。わたしは最初からこの演劇は出来すぎていると思っていたんですよ。でも、現実のことで考えるともっとすごい出来すぎた話があるんだなって。いいですか、これはただの憶測ですけど、自信あるんです」

 ルイズは黙って、再度頷いた。彼女はそれを確認し、続ける。

「実は、あの演劇のヒロインのモデルは、今は亡きシャルロット様だったと思うんです」

 自信満々に、彼女は言った。その回答に成る程、とルイズは納得しつつも予想外の回答ではあり、ちょっと驚いた。

「それは、一体どういう理屈で?」

 思わずルイズは、そう聞いてしまった。彼女はひょいとグラスを空けて、かわりを頼むとすぐにルイズに向き直った。

「それはですよ、いくら何だって貴族の将校様が町娘と恋愛するなんてありえない話ですよ。だったら、戦場で劇的な再会を果たしたシャルロット様とヒラガ将軍の話と考えたほうが不思議じゃありませんよ」

 彼女は根本的に思い違いをしていた。サイト最初、貴族でなく、まして人間としても扱われているか微妙な存在だった。
 しかし、それを彼女に言ったところで理解されないし、話をしたらしたでどうしてそんなことを知っているのかとルイズが問い詰められていたことだろう。幸い、ルイズは口にしなかった。
 彼女のもとに、更に彼女を饒舌にさせる素が届き、いよいよ彼女の長広舌(ちょうこうぜつ)はとどまることを知らなくなってきた。

「シャルロット様は戦前、トリステインの軍学校へ行かれていたことはよく知られていることです。しかも、あのヒラガ将軍と軍学校では同期生だったとか。そうするとですよ、まさしく戦場で再会を果たした二人ってことになります!」
「……待ってください。ヒラガ将軍が軍学校に在籍していたのは事実なのですか?」

 何故、サイトが軍学校に在籍していたことを彼女は知っているのか。ルイズにはわからなかった。

「はい、これは間違いないですよ。ご存知なかったんですか? とは言え、私も読書趣味の仲間から聞いただけなんですけどね。最近ガリアでベストセラーになった本に、そんなようなことが書いてあったそうな」
「ああ、そういうことですか。成る程」

 そういえば自分が取り寄せた本にもそのようなことは言及してあったと、ルイズは思い出した。しかし、言われて気づくとは、ほとほとルイズらしくなかった。しかし、それも無理はない。ルイズには知らず知らず精神的疲労が蓄積(ちくせき)していた。それにタバサの話を聞いて、ルイズの心が凪でいられるわけがない。彼女はルイズの数少ない親友だった。

「そうなると、いよいよシャルロット様は……」

 お可哀想(かわいそう)ですね、なんて簡単な言葉で済ませるべきではないだろうとルイズ思った。タバサは、同情されたくて戦ったわけではない。タバサの心中にあった、タバサなりの正義の為に戦ったのだから。
 己の矜持(きょうじ)の為に戦ったタバサを、たとえ彼女がかつての仲間を殺したとしても、それは乱世の理だと生き残ったルイズら七十期生の者達は口を揃えて言うだろう。唯一、迷いがあったとすれば彼、サイトだけなのだ。
 だからこそ、サイトは戦場に立つには優しすぎたとも言える。

 逆に目の前の彼女の言う、戦場で相まみえた二人がそこまでロマンチックなものであったならば、というのもサイトならばありえなくない、な、とルイズにも想像できたのだが。
 しかし、現実はそう甘くない。二人は恋人同士ではなかった。だが同期であったがゆえに、かつての仲間同士での殺し合いを演じなければならなかったのが一番の不幸だった。タバサこそ、最も辛かったろう。ただ、その苦しみからの開放したのがサイトであった事実もまた、ルイズにとっては直視しがたい現実であったのだ。
 だからこそ、どうしてこうも二人の非業な運命が綺麗事にされてしまうのかと考えると、二人の悲しみを踏みにじられているような気がしてルイズは鬱々となった。

「……悲しい話ですね」

 辛うじてルイズが口にしたのは、それだけだった。言葉にして『悲しい』。そして内心では痛ましいほど、ルイズはその良心を傷つけていた。本当なら、『悲しい』と口にすることすら嫌だった。

「悲しい! 確かにそうかもしれません。私も一ガリアの民として、シャルロット様が亡くなられたことは悲しかったですし。でも、私は思うんです。シャルロット様は、死の最後の瞬間くらいは、幸せであったのではないかと」

 死に際で、何が幸福であるのか。ルイズには分からなかった。死んで幸せになれるくらいなら、この世には既に生者はいないだろうに、と。
 しかし、ルイズが考えるようなこととは別に、彼女は考えていた。最も、彼女がルイズよりも多くの情報を持っていたからだが。
 
「シャルロット様の御遺体は都にある、王家の墓地へと埋葬されたのが、その証拠だったんじゃないかと思います」

 ガリア王家の墓は、彼女の言う都、リュティスにある。政治的な思惑がぶつかり、実質国外追放の身であったタバサが王家の墓地へと葬られたことは当時のガリア国民からしても驚くべきことだった。

「それは、どうしてかしら。私には、ちょっとわからないのだけど」
「うーん、勝手な想像なんですけどシャルロット様の御遺体がガリア軍にお引き渡しされたこと事態が奇跡に近いことなんじゃないかと思うんですよ。だって、シャルロット様はお受けに連なる高貴な方。まして女であるからと言って、戦場に出れば殺されれば首を飛ばされていた可能性だってあったわけですよね」
「それは――いえ、そうですね」

 ルイズは彼女の言わんとすることに反論しようとした。サイトが彼女の首を()ねるなどありえない、と。
 そこではたと、自分が思い違いをしていたことに気づいた。確かに相手がサイトであったから、タバサの遺骸が(はずかし)められることはなかったが、では他の者であった場合はどうであったのか、ということだ。

「そう考えると、やっぱり二人の間にはきっと強い繋がりがあるんだなって思ったんですよ。はは、おかしいですよね」

 彼女はちょっと喋り過ぎたと照れ隠しするように笑ってごまかすように言った。しかし、彼女の言葉の中にこそ、その真意がある。ルイズにはそう思えてならなかった。
 真実がどのような形で伝わるかは、その伝達者により異なる。しかし、実際にタバサの遺骸は王家の墓地に(ほうむ)られ、また国民からも憎からず思われている。いや、むしろ(した)われてすらいるのだ。
 手前勝手な考えだと、ルイズはつくづく思うがそれもこれもサイトと言う男がタバサのために、最大限の敬意を払ったことからこそのこの美談、そしてタバサだけではなく、サイトのガリアにおける信仰なのだと。

「……いえ、貴重な話を聞くことができて楽しかったです。これはほんのお礼としてお受け取りください」

 ルイズは彼女の前に金貨を三枚取り出して置いた。

「え!? いや、私はそんなつもりじゃあ」

 金貨三枚もあれば、彼女の今の飲食代を支払って今後二三週間は困らないほどであった。それだけに受け取れないと思ったのだ。

「いえ、本当にありがとうございます。どうか貴女の(ふところ)にお納めください。では、私はこれにて失礼」

 ルイズは席を立ち、そそくさとその場を後にした。残された彼女は、ただただ呆然としていた。



「二人共、もう出てきて平気よ」

 酒場を出てから少し、ルイズは道路脇に来ると後ろを振り向きもせず言った。

「あ、やっぱりばれていたんですね……」
「仕方ありません、お姉様ですから」

 二人とは言うまでもなくシエスタとベアトリスのことだ。二人が言葉を発したことよりルイズは振り向いた。

「貴女達はどう思った、今の話」

 単刀直入にルイズは切り込んだ。当然、先の話も二人が聞いていること前提だ。

「どうかと言われたなら、そりゃもうサイトさんのことですから、当然ですよね、と。しかし、タバサさんとの関係とは、不謹慎かもしれないですけど、面白い見方をする人だなぁと思いましたよ」

 シエスタは素直に彼女に関心していた。ただ、ルイズからサイトとタバサのことを聞いているだけに、少しの憂いもあった。

「私もシエスタさんと同じ意見です。しかし、驚きましたのはタバサさんの情報が市井にまで広まっていることです。昼間に聴きこみしていた時から、この国は情報が広く開示されていると思っていましたが……先程の話で確信しました。改めて、驚くべき国家だと再認識させられました」
 さすがにベアトリスは考えどころが違った。ただ、ベアトリスの言う通りすごい国ではある。トリステインなど、未だに情報統制が厳しく、街中で王家のことを口にしようものなら間違えると、捕まりかねない。

「本当、そうよね……トリステインとは大違い。それに――いや」

 私の認識も甘かった、とは言わなかったがルイズは痛烈にガリアとトリステインの差に驚き、そして違った考えでいった方が良さそうだと感じたのである。
 ただの気分転換のつもりが、ルイズにとって収穫のある出歩きになった。それこそ、サイトのこと一辺倒に考え、思考停止していた事実に気づいたことは大きい。とは言え、普通はそのまま暗い気分を引きずったりするものだがさすがのルイズは違った。

「さて、面白い話を聞いたお陰で、気分も良いわ。今日はこのまま外で、夕食にしましょうか。少しばかり、豪勢にいきましょう」

 二人は出掛けのルイズの陰惨(いんさん)とした雰囲気が変わったことに少し戸惑い、しかし明るくなったことを素直に喜んだ。

「そうですね、お姉様がそうおっしゃるなら。ねぇ、シエスタさん?」
「反対する理由はないです。じゃあ、パアッと行きましょう!」

 シエスタは務めて明るく宣言すると、ルイズの腕を取って歩きだし、ベアトリスも後ろに続く。
 三人娘の姿は街中の喧騒(けんそう)へと消えていった。




あとがき
 稀代の英雄。そんな人物が書けたらいいなと思うことがあります。実際に、書けたためしはないのですけれども。
 「追想記」はどちらかといえば、紀行文になるのだと思います。どうしても、英雄を出すのは難しいですよね。
 単純な、格好いい英雄を見たいと思われる方がいましたら映画『グラディエーター』がお勧めです。ものすごく、面白いですよ。



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