シルフェニア50万HIT記念


機動戦艦ナデシコ
〜貴方の一番に〜

























―――ガラーン・・・ガラーン―――




遠くで、鐘の音が響き渡る。

高く、天井のステンドガラスから差し込む光が、歩む道の先を眩く照らしている、

―――足元から続く真紅の道、ヴァージンロードを―――。



組んだ腕に合わせるように、1歩づつ、ゆっくりと絨毯の上を歩いていく。

身長の差で、私の腕は彼の腕には届かず、手首に寄り添う形なので、

組んだ腕・・・というのは少し違うかもしれない。


2種類の足音と、スルスルと、ドレス――純白のウェディングドレスの裾が

絨毯を撫でる音が微かに聞こえる以外には、この場に音は存在していない。

静寂に包まれた講堂内を、私は道に沿って進んで行く。




酷く長く感じられた真紅の道が終わりを告げ、祭壇の前に辿り着く。

そこには、牧師の衣装に身を包んだ、プロスペクターさん。


「・・・それでは新婦、ホシノルリ」

「・・・はい」



「汝、この者を夫とし、病める時も、健やかなる時も、死が2人を別つまで、共に在る事を誓いますか?」

「誓います」


―――色々と手順を飛ばしている気がするけれど、誓約を交わすシーンへ移行する。

誓約の言葉だって、教会の聖書にあるようなものでなく、適当なものだ。

だって私は神なんて信じていない、そして―――。


「よろしい・・・それでは新郎、テンカワアキト」

「はい」


漆黒の衣装を身にまとう、私が愛する人もまた、神の存在など否定するのだろうから。



「―――汝、この者を妻とし、病める時も、健やかなる時も、死が2人を別つまで、共に在る事を誓いますか?」

「誓います」


誓約の言葉とは、神に向ける者ではなく、互いに向けた誓いらしい。

神にではなく、お互いに向けて、それは神を信じない私達には、とても都合がいい。

もっとも、それを欠いてしまえば、結婚式という物の意味が無くなってしまうような気がするが。


(・・・ああ、だからこそ、いまここにそれが在るのかもしれないけど・・・)


「よろしい、・・・それでは、指輪の交換を―――」


そして、牧師からアキトさんへと指輪が手渡される。


「さ、ルリちゃん、手を・・・」


差し出した左手の薬指に、指輪が納まる。

指輪の宝石はラピスラズリ、瑠璃石とも呼ばれる宝石。

真実・永遠の誓い を意味する宝石―――。


自分の名と同じ石、青い輝きを持つその瑠璃石を少しだけ見つめてみる。


滑稽ではあるけど、瑠璃石という名の石は、少々傷つきやすいので

正直結婚指輪としてはどうかと思う。

けれど、永遠の誓い、という意味を持つこの石は、ある意味ではこの瞬間に相応しいとも思った。





同じ流れで、私もアキトさんの手に指輪をはめる。

宝石はアメジスト、誠実・高貴・楽しい夢という意味を持つ宝石。


―――高貴という言葉は、いまの闇の皇子とも名乗ったアキトさんには相応しく、

誠実という言葉、それは、アキトさんにはある意味でよく似合っている。



「―――それでは、新郎から新婦へ、誓いの口づけを―――」


考えを巡らせている間にも式は進み、誓いのキスのシーンへと移っていた。


アキトさんがベールを捲り、そこで時が止まったかのように、少しだけ間が空いた。


私はじっと、バイザーの無くなったその瞳を見つめてみる。

忌まわしいナノマシンの奔流はその片鱗すら見えず、

彼本来の黒い瞳、澄み透るような優しい眼差しが、そこにあった。

イネスさんの手術により、アキトさんの身体のナノマシンは無事に取り除かれて、

そしてアキトさんは復讐を終えて、五感の全てを取り戻し、

これから料理人になるというその夢も、再び見れるようになった。








まるで彫刻のように固まったままのアキトさん、

その状態から、ふとアキトさんの顔にすっと笑みが零れ、


「・・・綺麗だよ、ルリちゃん」


ふいをつくようなタイミングで、唇が重なった。

















―――長い、長い間のように感じた。

息をしてなかったから、本当はそれは十数秒にも満たなかったのだろうけれど、

重なった瞬間から、時の流れが緩やかになるような錯覚を覚えた。


そしてゆっくりと、重なった唇が離れていく。

苦しいとは感じなかったけれど、

アキトさんの胸に寄り添う形で、少しだけ乱れた呼吸を整える。

トクン、トクンと、乱れの無いゆったりとした速度の心音が、気分を落ち着かせてくれる。



「ん、こほん・・・それでは、私は先に出ておりますので・・・1分ほどしましたら外へ来てください」


プロスさんはそう言うと、入り口に向かって歩いて行った。


その間、特に話す事もなく、私はただその胸の中で、心地よい心臓の音に身を委ねていた。


「・・・じゃ、そろそろ行こうか」


その声に従い、私は心地よい心音から身を離し、再び腕を組んだ状態で入り口へと歩き出す。

ゆっくりと、真紅の道を進む、道は入り口、そのずっと先へと続いている。

扉の前に立ち、両開きの扉に1人づつ手をかけて、ゆっくりと同時に開いていく。


ギ・・・ギギ・・・


扉からは軋んだような音が立ち、開いた隙間からは、眩しいほどの光が徐々に漏れて――――



「来た!!いくぞおおお!!発射ーーーーー!!!!」



ヒュウウウウウウウウ・・・




バーーーン




扉を開けてすぐに目に入ったのは、ウリバタケさん作のリリーちゃん。

そのリリーちゃんから次々にミサイルのような物が発射され、

空中で爆発して、大きな花火が次々と青空に咲いた。

その音に反応して、真っ白な鳩が一斉にばさばさと飛び立つ。


――――まるで、映画のワンシーンのような光景。






「2人とも、おめでとう!!」



上空に気を取られていた私は、下から聞こえたその声に振り向く、そこには


「おめでとう!ルリルリ!アキト君!!」

「ルリ!先を越されたのは悔しいけど、幸せにね!!」

ミナトさんとユキナさん、2人は目の端に涙が浮かべて、いつものように優しい笑みで手を振って。


「見たかアキト、この日のために作ったウリバタケ特製打ち上げ式リリーちゃんRXを!!

ちなみに花火は整備班全員がルリルリのためにだな・・・」


と、大きな声で先ほどの花火について解説するウリバタケさん、後ろでは整備班の人達が血の涙を流していた。


周囲を見渡せば、数え切れないほどの人達が、私とアキトさんを囲むように立っていた。

ナデシコAの人達、それから宇宙軍に入ってから知り合った人達。

沢山の人達がいて、誰もが私達を祝福していた。





私は、いま幸せの中に居る。

誰もが2人を祝福してくれて、私はこれからアキトさんのそばにずっと居られる。

それを何よりも願ってきたのだから。

そばに居たいと、そばに居られることだけで、幸せなのに。

アキトさんの一番として、ずっとそばに居る権利を手に入れて―――。





そして、その幸せな風景の中に、あの人が居た―――。


「―――ユリカ、さん・・・」


ユリカさんもまた、笑顔で手を振っていた。

満面の笑みで、悲しみなど無いと言わんばかりに、笑顔で・・・


そして、その隣には、あの娘―――ラピスラズリが、笑いながら手を振っていて―――。


そんな2人に、隣でアキトさんが手を振り返す。

その手には、先ほど渡した紫の宝石、アメジストがキラキラと輝いて―――。












――――ああ、やっぱり――――











「幸せ・・・ですね・・・」


ぽつりと、か細い声が喉から漏れた。


「・・・ルリちゃん?」


隣に立っていたアキトさんが、私の呟きに応えた。

私は振り向かずに、周りの人達を見ながら、続ける。


「幸せです・・・アキトさんのそばに居られて、誰もが私達を祝福してくれて・・・」


「幸せ・・・だったら、どうして君は泣いてるの?」


「・・・幸せだから・・・幸せすぎるからです・・・」


気づけば涙で視界がぼやけていた、周りの風景が滲んで、消えてしまうほどに。


「だって、幸せすぎるじゃないですか・・・

アキトさんがそばに居て、アキトさんの身体が治って、

誰もが―――ユリカさんやラピスが、私達を祝福してくれて、それで―――」




「――――亡くなった人達まで、生きてるなんて――――」




そう、ミナトさんとユキナさんの隣に居た人、

そしてウリバタケさんの隣に居た人、


それはユキナさんのお兄さんの、白鳥九十九さん、

そしてアキトさんの親友の、山田次郎さん―――。



「そんなの・・・幸せ過ぎるじゃないですか・・・アキトさん・・・」


―――そう呟いた瞬間、周囲の音がぴたりと止み、誰もが固まったように動かなくなった。

ただひとり、目の前のアキトさんだけを除いて。


「・・・そうだね、幸せだね・・・幸せな・・・夢みたいだ・・・」


その言葉をきっかけに、周囲の人達がさらさらと流れるように消えていく。

目の前のアキトさんも同様に消えて、私は思わず手を伸ばした。

それは、さながら砂時計のようだった、いくら手を伸ばしても、砂は手からすり抜けて消えていってしまう。

伸ばした手が掴めたのは、アキトの手ではなく、その手にあった指輪だけだった。


次に着ていたウェディングドレスが同様に消えていく、

その下に残ったのは、普段着とも言えるナデシコBでの軍服、それと―――


「アメジスト・・・」


『楽しい夢』を意味する宝石。


「・・・これは・・・ラピスラズリ・・・」


左手の薬指に残った指輪、『真実』を意味する宝石だけだった。


「・・・確かに、幸せな・・・『楽しい夢』・・・でした」


呟きと同時に、アメジストが手の平でさらさらと消えていく。

驚きは無かった、なんとなくそうなるのではないかと、思っていた。

そう、『楽しい夢』は終わり、『真実』が残る、そう直感的に思っていた。


「・・・・・・」


指に残る指輪を抱くように胸に添えて、静かに目を閉じる。

・・・夢は終わり、私は夢の中で、眠りに落ちて行く。


―――教会で聞いていた、あの心地よい心音のまどろみの中で―――

















トクン、トクン



「・・・ん・・・」


薄く目を開く、次第に意識が覚醒していくのを感じた。

心地よい温かさと、心地よい心音の中で私は目を覚ました。


「・・・おはようございます、アキトさん」


顔を上げて、いままで自分が抱き枕のようにして寝ていたアキトに微笑みかける。


周囲は薄暗かったけれど、ぽつぽつと電器計やモニターから小さな光が漏れているので

眠りから覚めたばかりの目は、隣で眠る愛しい人の顔がしっかりと見る事ができた。

アキトを挟み、反対側を覗いてみると、眠りに着く前と同じ体勢のままの少女がすやすやと眠りについていた。


桃色の髪をした少女は、幸せそうな顔で眠りについている、

もしかしたら自分と同じような夢を見ているのだろうか?

アキトのそばに居て、そして自分がアキトの一番で・・・

そしてその夢は覚めることはない。

少女がその瞼を開く事はない、夢の中ならば少女にとって唯一の存在は、

少女に優しく語りかけてくれるのだから。


だから、それを失う事も考えずに、眠り続けていられる。

私にはそれが羨ましい、純粋にそのことだけで生きていけるのだから。

でも、私はそれだけでは生きていけないことを知っている。

奪われる悲しみも、失う恐怖も知っているから、それだけで満足できない。



「・・・私も、もう少しだけ・・・いいですよね・・・」



そう言って、再び温もりの中に身体を預ける。

もう少しだけ、夢の気分に浸っていたかった。







トクン、トクン


一定のリズムで、心地よい心音が響く。

抱きついた腕に、頬に、温かい体温が伝わってくる。


―――なのに、アキトさんはもう目を覚ましてはくれない―――


イネスさんの話では、アキトさんの脳は生きていない状態で、

身体の機能だけを、アキトさんの身体に巣くう忌まわしいナノマシンが保っているそうだ。

つまりは脳死・・・植物人間として、アキトさんは死にながら生き続けている。


―――現実は、夢のように、犠牲無しに都合よくナノマシンの撤去方法が見つかったりはしなかった。

そして、世間に公開したアキトさんの真実は、大衆には好感的に受け止められた。

でも、肝心のアキトさんは全てが上手くいくその前に、この状態になってしまった。


でも、それももう終わり。

死去して尚も追い続けてくる手から逃れるために、

眠らずに逃げ続けた私も、もう疲れてしまった。

だからこれで最後、最後に愛する人の胸の中で眠りについて、

次に起きた時は、全てを終わらせようと、そう思っていた。



ビーー!!ビーーー!!


『アラート、四方より襲撃艦4隻、自動迎撃装置作動』


「来た・・・これで最後・・・」


よろよろと立ち上がり、手近なパネルに手を乗せる。



「・・・迎撃装置解除、代わりに、自棄コード0001を作動」


パネルを軽く数度打ち、あらかじめ仕込んでおいた自爆コードを作動させる。

ユーチャリスのAIが最終的な自己の判断をにしているためいつもより長い読み込み・・・そして


『自棄コード起動、自棄爆破まで後5分』


『マスター方、どうかよい夢を』


ほんの少しの溜めを置いて、どこか柔らかい文字で、2つのウィンドウが開き、閉じた、


代わりに自爆までの秒数をカウントするウィンドウが表示される。











最後の作業を終え、気力が完全に失せたような脱力感を感じながら、

私は愛しい人に寄り添うようにして目を閉じる。



最後に思うのは、先ほどみた幸せな夢。

私とアキトさんが結婚する、誓いを交わすシーン。



「誓いの言葉・・・か」



アキトさんの胸に顔を埋めたまま、

夢の再現のように、誓約の言葉を紡いでいく。




「―――私、ホシノルリは、テンカワアキトを夫とし、病める時も、健やかなる時も・・・」



―――死が2人を別つまで―――


―――それでも、足りない―――






「―――死が、2人を別つても、共に在る事を、誓います―――」




「・・・アキトさんは、どうですか・・・?誓って、くれますか?」


当然、アキトからの返答はない、ただ当たり前のように、眠り続けているだけ。

ルリはそれを見て、ふっと笑みを零すと、アキトの胸に身を沈ませる。


「・・・ふふ、そうですね、そんなの我侭ですよね・・・」


独り言のように言い、自笑する。





カウントを見ると、残りは10秒を切っていた。





「・・・お別れですね、アキトさん、ラピス・・・」


そして、ルリも目を閉じて、覚める事の無い眠りにつく。

アキトの胸の中で、最期を迎えることの安堵感と、

覚める事の無い夢が、どうか幸せな夢であるように、と。






『00:05』



『00:04』



『00:03』



『00:02』



『00:01』



そしてカウントが、最後の数値を刻む。































―――でも、アキトさん―――






――――例えいまは、死が、2人を別つても――――






――――もう一度、生まれ代わって、貴方に逢えるとしたら――――







――――今度は、貴方の――――







―――― 一番に なりたい ――――


































後書き。


ふー、一応完成?しました〜。

トータル9時間、いやあ、こんな作品でも結構かかるものですね(笑えない)

どうやら私は締め切りに追われるとやる気がようやく出てくれるようです。

・・・その事実に気づいて軽く凹みました。(ズーン)


多少は余裕を持ってかけるようにならないと駄目(人間)ですよねぇ!(自爆)


まぁ今回は『いつもハッピーエンドばっかり書いてるからたまには』

ってことでトゥルーエンドみたいな感じに仕上げてみました。

如何なものでしょうか・・・。

正直50万HITというめでたい席にこんな話かよw

とは思ったのですが、ホント申し訳ありません(言い訳無し)


あと、宝石、アメジストについては黒い鳩さんの作品のアメジスト・・・

とは関係ありませんがw触発されて出してみました。

いや、黒い鳩さんとこのアメジストは萌え萌えです!(やかましい)


あ、宝石の持つ意味についてですが、色々調べてみたところHPごとに何通りもあったために、

あってるかどうかよくわかりませんでした(汗)

よく知ってる方がいらっしゃったら、ぜひともご教授お願いしますw


誓いの言葉は、正直適当です。

実際とは異なる場合があります、ご注意ください。

というか違います、これを信じると恥かきます(笑)


では、今回はこの場を以って50万HITをお祝いさせていただきます。

作品を見ていただいた方、本当にありがとうございます♪


そしてこれを載せていただいた黒い鳩さま。

50万HITおめでとうございます、シルフェニアの更なる発展を願っております♪


PS 寝不足で書いてるので文面が変になっているかもしれません(笑)






感想

雪夜さん50万HITお祝い頂きありがとうございます♪

作品、シリアス風味で良いですね〜♪

最後の時を前に幸せを夢見るルリ嬢…寂しさが去来しますが、それでも、求めずにはいられない何かを感じさせますね♪

アメジストですか…彼女は、元々ラピスとキャラかぶりでしたので違いを出すのに苦労をした覚えがあります(汗)

上手くいったかどうかは自信ありませんが…

まあ、それは兎も角、切ないお話と言うのはいいものですね。

ハッピーエンドもいいですが、そればかりでもつまらないと思いますし。

何を言っているんですかつまらない の一言で殺されたらたまりません!

大体、アキトさんが死んじゃう世界なんて…
私が認めると思うんですか!?

そうはいってもね〜ほら、基本的に劇作と言うものは悲劇性が含まれていてこそいい作品になるんだよ。

有名どころでも、シェークスピアの劇は殆どが悲劇だったしね。

確かに私の生い立ちは不幸ですが、最後まで不幸なんて悲しすぎると思いませんか?

ましてや、私、夢を持った事すらない事になりますし…


そういえば、アキトを好きになったりカイトを好きになったり、艦長になったりしているけど、君自身の夢というものが語られた事は殆ど無いね。

まあ、アキトさんと結婚するのが夢 ですが、それ以外に何も無いというのは寂しい気もしますね。

じゃあ、例えばオモイカネ級のAIを量産するとか?

確かにお友達が増えますね〜ってそれは夢とは違います!

確かに、友達100人できるのが夢って言うのも変な話か…(汗)

私の キャラクターって沢山の方が研究されたんでしょうけど…

夢をかなえるって難しいでしょうね…公式設定に無い事でしょうから。

はぁ…
 

なんか今回沈んじゃったなあ(汗)


 

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