平賀才人という少年は、極々平凡だった。



 勉強も運動もそこそこ。

 友人は少なく無いが、とりわけ異性にもてるタイプではなく、未だ異性と付き合った事はない。


 義理や情といった単語を好む、いわゆる男の子と言う表現が似合う少年。

 好奇心が強く、新しい事、珍しい事には目が無い、いまどきには割りと珍しい、良く言えば活発なタイプである。



 しかし、好奇心は猫を殺すもの。



 学校からの帰り道、突然目の前に現れた鏡に才人の好奇心は激しく揺さぶられた。


 すなわち才人は、その得体の知れない鏡に迂闊にも触れてしまい。











――――次に目を開けた時、才人は草原にいた。 しかも周りは変な格好の連中に囲まれているという状況である。


 普通なら、そこでどう考えても『何かやばい』という思考が働こう物なのだが


 才人の思考は目の前の小さな女の子に捕らわれ『逃げよう』という考えには辿り着かなかった。










 それが、目の前の少女の、人形の様な瞳に心奪われてのものなのか。


 才人の頭が『これは夢だ』と判断し、その現実逃避によるものなのか。


 それとも――――『運命』などという、陳腐なモノに導かれてなのか。



















――――少年は考える。



(なんだろ……この子……青い髪……外人?)





――――少女は紡ぐ。



「五つの力を司るペンタゴン―――」






(いやいや、外人でも青髪はないだろ、多分。 っていうか日本語喋ってるし)




「この者に祝福を与え――――」




(でもなんか……人形みたいな子だな……目なんかも凄く綺麗で――――って、わ、な、何を!?)




 呆けていた才人の顔を無造作に掴む少女。




「――――我の使い魔となせ」




 固定した才人の顔に向け、青髪の子は真っ直ぐに顔を近づける。




(ちょ、なにこれ!? っていうか……こ、このままだと…………い、いいんですか!?)




 顔は動かない、突然の事に言葉も出せない。


 もし出せたとしても女子に免疫の無い才人がキスを迫ってくる少女に何かが言えたかどうか。




(お、俺のファーストキスが……っ)




 才人は動かず、青髪の子はゆっくりと顔を近づけ―――




(ラ、ラッキー!?)




 そして――――唇が、重なった。













 ゼロの使い魔 SS


 青の使い魔


 第1話 『ハルケギニア』












 ズキリ―――という痛みで、目が覚めた。



「ん……んん……っ」



 窓から差し込む光が、まぶたの上から容赦なく眼光を焼き付けてくる。

 身体がなんとなくだるく感じ、まだ起きたくないという欲求に従い、布団を引き寄せて頭から被り直す事にする。


 とはいえ、微妙に覚醒してしまってまどろむ事もできない。

 いまは何時ごろだろうか、まあどうせ時間ぎりぎりになったら母親が起こしに来るだろう。



「……ま、やっぱ夢だよなぁ……」



 布団に包まりながらぽつりと呟くと、才人はまだぼんやりと残っている夢の記憶を反芻してみた。





 ――――学校からの帰り道で、街中でいきなり鏡に吸い込まれたかと思ったら、なんかどっかの草原に居て。


 その後、突然現れた? 小柄な美少女が、いきなりキスを迫ってきて……




(うひゃああ! ありえねー! それなんてエロゲ?)



 あまりの都合の良い夢の内容に、布団を巻き込みながら悶える才人。

 年頃の男であれば、如何に自分に都合のいい夢を見たところでなんらおかしい物ではないのだが

 異性に対し特別な意識を抱く機会に恵まれなかった才人には、それがとても恥ずかしい事のように思えた。

 穴があったら入りたい、そんな比喩がぴったり合うほどに、才人は毛布の中で悶々と悶え続け





 ――――その最中、ぐい、と毛布を引かれた。





 サァ―――と、才人の頭に嫌な予感が浮かんだ。

 鏡を見れば、漫画のように顔に縦線が浮かんでいたかもしれない。



 (かっ、かかかかか、母さん!?)



 才人は焦った。

 冷水をかけられたかの様に、急激に夢から現実へと思考が戻る。



 こんな所を目撃されたとあっては、才人の人生は終わったも同然である。

 少なくとも、朝の食卓が気まずい空気になるのは避けられないだろう、下手をすれば家族会議にも発展しかねない。

 焦りと羞恥から、才人は剥がされかけた毛布を再び深く被り、亀の様に布団に閉じこもろうとした、のだが。


 
「ぅ……ん……」



 そんな声が、背中越し・・・・から聞こえてきて、才人は思わず握っていた毛布から力を抜いてしまった。




 抵抗が無くなった毛布は、するすると剥ぎ取られ

音源と思わしき物体? が毛布を巻き込んで、ころん、と寝返りを打ったのが才人の視界に入った。



「……へ?」




 毛布と、背中越しにあった温かみが消え

 春とは言えまだ少し肌寒い空気が――――身体ではなく、頭の中だけに吹き抜けたのを、才人は錯覚した。



「ん…………すぅ……」


 そこに居たのは、才人から奪い取った毛布に包まり、すやすやとやたら可愛い寝息を立てる――――





挿絵
「……………………これ、なんてエロゲ?」


 妄想の産物であるはずの少女であった。








 ―――とりあえず頬を抓ってみる。

 うん、痛い、というかさっきからなんか頭もズキズキ痛い。


 いや、痛覚のある妙にリアルな夢って線もあるけど、それはまあ置いといて。


「……いやいやいや、待て、待ってくれ、待ってくださいお願いします」

「いや待て、落ち着け俺、クールになるんだ、平賀才人。 いいか、昨日何があったのか、落ち着いて思い出すんだ…………」




(……って何一つ思いだせねええええ!!?)



いったい何があったんだ!? 教えてくれ昨日の俺! 出来る限り詳しく! 鮮明にぃぃぃっ!!!!



「んんっ…………かあさま……?」


「ビックゥ!?」



 才人が非常にわかりやすい動揺を口に出しながら振り向くと


―――まあ寝ている隣でぶつぶつと独り言を言ったり悶えたりしていれば、至極当然の結果ではあるのだが


 少女が、焦点の定まりきらない、いかにも眠そうな視線を才人へと向けていた。



「…………?」



 寝起きはあまりよくないほうなのか、少女は不思議そうな目を才人に向けるばかり。

 沈黙に耐えきれなかった才人はとりあえず。



「……えっと……お、おはよう?」




――――数瞬、少女は眠たそうな様子から一転、流れるような動きでベッドから滑り降り

壁に立てかけてあった木製の棒―――杖のような鈍器を手に取った。



(ひいっ!? ぼ、撲殺!?)



 少女が才人に向けて鈍器を振りかざし、口を開く――――


「すすす、すいませんでしたーーーっ! せ、責任は取るから、どうかこの通り!!」


――――それよりも早く、才人は光速で土下座した。











 ――――1秒

 ――――2秒

 ――――3秒。




 才人にとっては数十秒にも感じられる沈黙。

 才人からは少女の表情はわからないが、見なくともその顔にあるのは恐らく怒りだろう、と才人は思う。



 自分が何をしたのか、それは定かではないが、起き抜けにいきなり鈍器で殴りかかろうとするくらいだ

考えたくはないが、自分が無理やりに……という線も濃厚である。



(ああ、いっそ死んでしまいたい……)


 何にせよ、取り返しがつくはずもない。

 責任を取るから? そんな都合のいい話があるわけがない。

 このまま撲殺されるのも仕方ない、多少冷静になった頭で、才人はそう思った。



(もし生きていても牢獄生活―――― 父さん、母さん、ごめんよ。親不孝な最低の息子でした……)





「サイト」






 幻聴だと、思った。



 少女から降りてきたのは、鉄槌ではなく、怒りに満ちたなじり声でもない、実に平坦な声。

 だからそれが本物の声で、それが自分の名前だった事にも、気づくまでに数秒を要した。



 その間に、少女は続ける。



「あなたは悪くない、私の勘違い」

「かん、違い……?」




―――勘違い?

―――悪くない?

―――誰が?

―――俺が?




 回りの鈍い頭でなんとか整理しようとしてみたものの

 少女からの追加説明はいつまで待っても降ってこない、どうやらヒントは打ち切りらしい。




 そこで


「そっか、俺は悪くないのか、いやーよかったよかった、助かったよ」


 などと口走ってしまえるほどには才人は無責任ではなく、楽観的でも無かった。




 下げている頭はまだ上げずに、恐る恐る口を開く。



「あの……俺、起きる前の事なんも覚えてなくて……えと、勘違いって、どういう意味なのかな……?」





――――再び、数秒の間。 



「……記憶の欠落、頭を強く打ったから」





 なるほど、頭を打ったから記憶が無いのか。

 そっかそっか、だからさっきから頭がズキズキと――――




「え”ぇ!? ちょっ、それまじ……!?」



 あまりの衝撃的な事実に、がばっと顔を上げて詰め寄ろう――――として硬直した。



 詰め寄ろうにも、すでにかなり近い位置にいたのだが。

 それよりも目の前の少女の格好が問題であった。


 ずばり寝巻き姿である。


 生地が薄くて透けそうだとか、露出が多いだとか、別にそういう事でもないのだが

 女の子の寝巻き姿なんて物にはこれまで縁の無い純情少年の才人には、これでも十分に刺激が強い。


 「な、なるほどー、頭を強く打ったから記憶がないのか、あはは、なっ、なるほどね、うん」


 問い詰めるどころか、視線は逸らし、頭は真っ白、台詞はしどろもどろである。



(うう…………って、あれ……? ここ……俺の部屋じゃない……)



 視線を少女から逸らしたのが幸いしたのか、才人はようやくそこが自分の部屋でない事に気づいた。



(はっ!? だとしたら……さっきまで寝てた布団はまさか……まさか……お、俺、女の子のふと)



「サイト」


「はっ、はい!? ご、ごめんなさい!!」



 つい反射的に謝ってしまった。



「……? あなたは、どうしてあなたがここにいるのか、覚えてる?」



 少女は一瞬不思議そうな顔をしたが、そのまま話を続けた。



「えっ? ああ……えっと、ごめん、覚えてない……」


「わかった、説明する」



 そういうと、少女は床に座り込んだ。


「い”!?」


 才人の目の前に座ったので、距離感的に言えば近づいた感じである。


「……? どうしたの?」


「い、いえ!なんでも! どうぞ説明をお願いします!」





 おぼろげな夢程度の記憶しかないので、とりあえず才人は自分から質問はせず、聞き手に回る事にした。


――――視線は、逸らしたままで。












 30分後――――。


 突っ込みどころ満載の30分を才人はどうにか耐え抜き

 とりあえず、少女が話した内容を頭の中で整理してみる。



 曰く、少女はタバサという名前。

 曰く、ここはトリステインという国らしい。

 曰く、更にここはトリステイン魔法学院というらしい。

 曰く、メイジは魔法を習うためにこの学院に通ってるらしい。

 曰く、メイジはこの時期になると自分の手足となる使い魔を従えるらしい。

 曰く、少女(タバサ)はメイジで貴族らしい。

 んでもって曰く、才人はそのタバサの使い魔らしい。

 ちなみに曰く、才人の左手の甲に刻まれてるのが使い魔のルーン? らしい



「ふー、なるほど……」


 とりあえず。

「えっと…………本気?」

 本当は「正気?」と問いたかったのだが、さすがに失礼すぎるので自粛。
 その問いにタバサは無表情のままコクリと頷く。
 なんとなくだけど、嘘を言ってるようには見えない……が。

(やばい……正気かどうかはともかく本気っぽい……)

 それが逆に不味い。

「えーと、じゃああれだ、魔法っての、ちょっとなんか見せてもらえるか? ためしにさ」

 こういう時のベタな返し方、といっても過言ではない常套句を言ってみる。
 が、タバサはそれに対し、別段困った様子も無く無表情にコクリと頷くと
 手に持っていた鈍器を掲げ、小さな声でボソボソと何かを呟き始めた。

(あ、なるほど、鈍器じゃなくて杖っていう……)

 そんなどうでもいい事を考えながら様子を眺めていると
 突然才人の目の前に塵のような物が集まり、あっという間に拳大の塊に変化した。

「うおっ!? 何もないところから氷が……」

 ゴト、と質量感のある音で床に落ちた物体に手を近づけると、ひんやりとした冷気が伝わってくる。

「ほ、本物の氷だ……手品とかじゃない……よな……いまの……」


 あまりに非現実である、しかし現実として目の前で起きた事―――そしてそれの意味する事は。


「じゃ、じゃあ、その使い魔ってのが本当に俺の役割だとして、それっていつまでやればいいんだ?」

「ずっと」

「ずっと!?」

 とんでもない事をさらりと口にするタバサ。

「じょ、冗談だろ、ずっとなんて……じゃ、じゃあ、いつになったら俺は帰れるんだよ?」
「契約が解かれるのは、主か使い魔のどちらかが死んだ時、それまでは無理」
「死!?……死んだときって……い、いやそんな、嘘だろ……そんなの……」






 常識的に考えるならば、魔法だ使い魔だと語るこのタバサという少女の正気を疑うのが正しい反応だろう。
 或いは、「ドッキリカメラでした!」 なんていうオチも非常に薄い可能性ながら考えられはする。
 しかし、その『常識』とやらがいまいまいちあてにならない。
 ましてや、つい先ほど自分の常識に無い事を目の前で見せられたばかりなのだ。

 ほんの少しでも記憶が無いという事が、酷く恐ろしい物に思えてくる。
 自分の常識を―――自分の記憶を、信じる事が出来ない。


 足元が崩れるような錯覚を覚えて、才人はガクリとうなだれた。
 才人にしてみれば、自分の生きてきた過去を否定され、これからの未来も勝手に決められて
 しかも戻る事は出来ない、戻る場所が本当にあるのかさえもわからないのだ。




「次はあなたの番」

「え……?」

「あなたの事を聞かせてほしい」


 そんな才人に、変わらずの無表情でタバサが問いかけた。



 それはそうだ、聞くだけ聞いてそれきり、なんてのは通らない。

 才人はなんとか頭を切り替え、タバサに向き直る。


「……そ、そうだよな……えと、俺は――――」



























 ニホン―――。



 ハルキゲニアにありながら、どこの国にも属していない。

 そんな事がありえるのだろうか?

 あるとすれば、国家の手の届かない、東方の地の部族なのかも知れない。

 独自の文化を築いてきた部族なら、所々が欠けたある程度の教養も納得がつく。



 まあそんな所だろうとタバサは推測する。

 正直、タバサにとってサイトがどうであろうとどうでもいい事。

 タバサにとってサイトの話の中で重要だった事はほんの一部分。

 サイトが魔法を使う事が出来ない事、そして平和な国に居て、戦いを知らない事。

 つまりサイトには戦う力が無い、ただの平民であるという事、その事実だけで十分。

 せいぜい言葉が通じたのは暁光、その程度の認識であった。



「わかった」



 ただ、自分の居場所を理不尽に奪われる事、その怒り、悲しみ。

 それはタバサにもわかる――――だから。




「あなたが帰る方法を探す」




 それは実質、口上での使い魔の解約。

 タバサはサイトを解放すると告げたのだった。




 それが、始祖の定めた規則に背くと、始祖に挑むに等しいと知っていても。

 最悪、この先使い魔を永遠に得られなくなる事になるとしても――――




「ほ、ほんとか!?」




 そんな内情は露ほども知らず、才人は喜びをあらわにする。

 帰れる―――本当に正しいのかどうかわからない、本当にあるのかわからない自分の元の居場所に。

 『帰れる』という希望を持つ事で、自分の記憶の曖昧さを誤魔化すように。










 無論、それはタバサにとっても都合がいい、という大前提があっての事である。


 戦えない使い魔など、タバサは必要として居なかったのだから。




















 あおがき。


 それなんてエロゲ?


 というわけで裏タイトルは『KOOLになれ!平賀才人』でした(?)


 青の使い魔を見れくれてる方、更新遅くて申し訳ございせんっした><


 いや、実はあえて遅くする事により


 「くっ…この雪夜とかいうやつは何をのろのろしてるんだ!せっかくのタバサSSなのに…!こうなったら俺が書くしか!」


 という有望な同志を育むための作戦で  あ、ごめん嘘ですすいませ…( ゜▽゜)=◯)`ν゜)・;'ブファッ



 記憶喪失ネタなんて入れたせいで思わぬ書きづらさ……生かせるよう頑張ります。 orz






 PS. 今回(だいぶ前に)挿絵を描いてくださったのは『紅蓮と黒い王子』で有名な193さんです。(笑)

 この場を借りて感謝を。 サンクス!


 あと青魔書いたらタバサ題材でご褒美くれるとか言ってたのでwktk。(いまさらおま



押して頂けると作者の励みになりますm(__)m

作品を投稿する感想掲示板トップページに戻る

Copyright(c)2004 SILUFENIA All rights reserved.