得るものあれば失うものあり

もしも渾身の二次小説が盗作されたと感じたら


夏も終わりを迎え、秋が近づいてきていた。
近頃は暑さで目覚めなくなった。朝は少し肌寒さすら感じる。
ああ、秋が来たんだ……と思う瞬間でもある。
喫茶店「エベレスト」。馴染みの喫茶店の店内も季節の移り変わりを感じ取ることができる。 9月に入り秋を感じさせるメニューも増えた。
いまだに氷と書かれたタペストリーが残されているのは、ご愛嬌。昼間はまだ暑く注文する客もいるのだろう。
夏の間は部屋にこもっていたので、この風景も久しぶりに感じる。
みかみ あいほ
三神 愛保
は注文で頼んだモーニングメニューのコーヒーが運ばれてくるのを確認して話を切り出した。

「で、今日はキミに思うところがあるんじゃないかと思って呼び出してみたんだけど……なんかあった? あ、そういえばゲーム作るとかなんとか……」

後輩の
さきもり きりは
咲森 霧葉
から連絡があったのだ。以前会ったときから、随分と連絡が途絶えていた気がする……半年くらいだろうか?
久々にきた後輩からのメールにまず驚いた。いつもの馬鹿げたテンションがまるでみられない衝撃的な内容だったのである。
メールには一文のみ。悲しい出来事がありました……とだけ。
さすがに何かがあったのは間違いないと、話を聞くために誘ったのだ。
一方、相変わらずレギュラーメニューであるAセットを頼んだ咲森(このブルジョアめ!)はスクランブルエッグをフォークでつつきながら話す。

「ゲーム……ていたんです」
「ごめん、よく聞こえなかった……今なんて?」
「ゲーム作ろうとして! ……アニメにハマってました!」
「…………」

日本語としておかしいのはこの際、つっこまないことにする。
いきなりなんだ、やめてほしい。こんな言葉を言われたらせっかく誘ったのに後悔したくなるじゃないか。
くだらないこと甚だしいとはこのことである。

「ははん、なんとなく分かった。――挫折したわけ?」
「決心した次の日のことです。設定にて挫折しました」

思ったよりも状況は深刻だった。半年も経っているのに一切進んでいないということか。

「何か参考にならないかと資料……つまりアニメを見始めたが最期! それがもう当たりで! 柄にもなくハマってしましました。しばらくして熱がある程度冷めてからふと考えたんですよ。あ、今ワタシ何してるんだろうって……そうしてこの惨状に気づきました。いま再び本来の目的を果たそうと決心したところなんです!」

なんだこの数ヶ月間、こいつは世界を変えるどころか脳内を侵食されていたのか……
あれだけ前回、世界を変えるとか豪語していた奴はただのアニメオタクに成り下がっていたのであった……

「放映時にはスルーしてたんですけど、ネットで評判見たら案外面白そうなのでBDポチってみたら……これはもう最高でした♪ 映画化も決まったらしいですよ!」
「アンタ、訓練された消費者だけど……クリエイター失格」
「ぶへぁ!」

咲森は口に含んだオレンジジュースを吹き出した。汚いな……

「そ、そんなことないですよ? クリエイターとしてはちゃんと活動してました! そこで、ひとつ相談があって……」

吹き出したオレンジジュースを拭き取ると咲森は居住まいを正した。
これから本題にはいるのだろう。あたしも自然と緊張感が走る。

「ラノベの二次制作の小説を公開したんですよ……ゲームのシナリオの練習になるかなって……」
「……ふぅん……で?」
「そうしたら、その、本家にパクられてしまったんです!!」
「……は?」

何を言っているんだこの子は。アニメの見過ぎで頭がイカれてしまったのだろうか?
そもそも二次小説は原作のパロディまたはIFの世界を表現したものだ。二次小説が原作をパクるならまだしも、原作側が二次小説をパクるなど聞いたことがない。

「意味が分からなくて当然だと思うのですが! 本当なんです! 実はワタシの公開していた二次小説と似通った形でアニメ放映されたんです! これはもしやパクリではないかと思ってまして……」
「自意識過剰じゃない? 偶然の一致ってやつでしょ?」
「……言っておきますがワタシがアニメの設定から話を書くことは無理ですよ?」

咲森の返答は素早かった。多分そう言われるであろうことは予想していたのだろう。

「公開前に情報を得ることができるじゃない? 雑誌とかで……」
「え〜そこも疑いますか? 信用ないですねぇ……でもまぁ、それは無理なんです。アニメ公開前に得られた情報は原作小説をもとにした部分だけでしたから。問題の部分は放映された話はアニメ制作側のオリジナルストーリーで完全新作だったんですよ」
「アニメ制作って結構時間かかるんでしょ? アンタの二次制作が公開された時には、脚本が書き上がっている頃でしょう?」
「それが、そうとも言えなくて……ワタシの小説が連載終了したのがアニメの公開の3ヶ月前なんです。放映スケジュールから推測して二次小説を読み終わってからアニメ制作とりかかってもなんとか間に合うラインなんですよ! これは気になりませんか?」
「……気にならない……こともない」

実際かなり胡散臭いが、話に聞いた限りではまるでドラマ展開だ。
咲森が制作会社相手に戦う社会派バトル路線、もしくはアニメを予言するというファンタジー路線で小説が書けそうな気がした。

「アニメのオリジナル回だからって楽しみにしてたら、ロリの女の子が出てきた時点でなんか嫌な感じがしだして……これはビビビッってきたんですよ! あの『近い近い近い!』ってツッコミを入れたくなるほどニアミスしてくる予感。まるで穴場の漁場でほのぼの一本釣りしてたら巨大な戦艦が突っ込んできたような感覚! ワタシはテレビの前で我を忘れてました。気づいたらこの小説は海の藻屑ですよ! 二次制作つぶし! もう設定も時系列的に成り立たないじゃないですかぁ!」
「……もはやただの八つ当たりね」

「だって! それだけじゃないんですよ! オリジナルの主要キャラの構成とかキャラの言葉がかぶったりしてますし! 話の展開は違いますけど根本的なアイデアっていうんですか? 話の軸を流用した産物に違いないんです! これはもう脚本がいいとこ取りしたとしか! 著作権はワタシにあるのに! ……はっ! そもそも二次制作の著作権ってどうなるんだろ……それに二次小説がオリジナルを主張するなんて言語道断!? ワタシにオリジナルを語る権利など……ない?」

類似点を挙げればきりがないとは思う……
見た目一緒とは言いがたい人間とチンパンジーの遺伝子でさえ一致率は98%程度なんだから。
もし二次小説との似ている点を挙げて10個以上共通点が見つけられたとして、果たしてそのストーリーは盗作だったと言えるのだろうか。
ロリ少女が出てきたらパクリなどと抜かすヤツだぞ? それこそ共通点を水増ししていてもおかしくない。

「いいじゃん、似たようなアイデアでアニメ化したんだから」
「良くないです! 恐ろしいことです! もし、数ヶ月後にワタシのサイトを見た人が二次小説をみたら……どう思いますか?」
「アニメ版からインスパイアされた二次小説? ……伏線無視のワガママ小説?」
「……嫌ですよ!! そんな後ろ指差されて非難されるようなシチュエーションに陥ったらワタシどうすればいいんですか? これは陰謀です! あ、今のウチから更新日時の証拠とかとっておいたほうがいいんですかね? Googleのキャッシュは残ってる……WEB魚拓とっておいたほうが……でもページの更新日時の偽造なんて簡単にできますし、そもそも証拠が通るほどサイトの知名度あるわけでもないし……ここはもう、直談判しか……えっと、製作委員会ってネットで電話番号調べられるかな? それよりも……もし大手広告代理店と対立することになったらワタシ……ヤバくないですか?」
「やめておきな……みっともない」

いま咲森の中で壮大なバトルが繰り広げられているに違いない。なんだよ、キャッシュとか魚拓とか……サイバー法廷バトルか?

「少なからず下心はありましたとも。この時期に二次小説公開しておけばアニメ効果でサイトのアクセス見込めるかな〜〜と期待したのは認めます。でも実際ちっともアクセスないんですよ、ひどくないですか! ……誰にも周知されないのなら未発表と同じなんです! せっかく寝る前の30分と週末を利用して形にしてるっていうのに! そりゃ遊び半分、技量も不十分なのは分かります。でも、まがりなりにもその瞬間だけは自分の出せる力を全力で注いでいるんです。夢に出てくるくらいには……それなのに、その道のプロがお金と時間をフルにつぎ込んだものに勝てるわけ無いじゃない! 一期のアニメの伏線を利用して二次小説書いたら二期のアニメに伏線ごと潰されるって誰が想像できるのよ!」
「おーい、本音出てるぞ〜〜それにその程度の話は誰でも思いつくって」
「はぁ? アニメの脚本がその程度でできてたらそれこそお金を払ってBD買う価値なんてないです、脚本作りをなめないでもらいたいですね! それに『その発想はあった!』 そんなことは誰でも言えます。コロンブスの卵だってネタを知っていれば誰だってできるんですから、ただ、私にとってはここ数ヶ月苦労して練り上げた大作なんですよ? 先輩は二次小説書きにとって伏線の否定がどれだけ辛い出来事なのか分かっていないんです! ……それも原作者によるものなら納得できたのに……よりによってアニメオリジナルのストーリーに潰されるなんて!」

ため息をつく咲森。アニメ脚本家を擁護したいのか、それとも敵対したいのかどちらだ?

「どれくらい辛いんだ?」
「ジャワカレーの甘口くらい……」

また、微妙な……

「バーモントカレーの辛口に相当……と。文章でなければそのネタは伝わらないかもな」

「つらい」と「からい」どちらも辛い。
すぐに分かってくれるなら問題ないけど、相手に通じなかった時にネタを解説するのは何だか恥ずかしいものだからね。

「ええい! こうなったら地道にこの惨状をネット住民にしらしめるとでもしますか……もし、公式ツイッターがパクリ疑惑で炎上して、私の小説をパクったことが事実なら、公式サイトで原案を認めさせて和解金をぶんどってやります! フフフ……やっぱり……人と人が分かり合うためには言葉は必要ないんですね……金ですよ金! えっと、やられたらやり返す、百倍返しです!」

こら、今ドラマのセリフをパクっただろう。
オリジナル小説を主張するならば、こういう言動を極力なくしていかなければならないのにそれが分かっている様子はない。

「……ただの嫌なヤツね、アンタ」
「嫌われようが問題なしです。困ったことに最近お給料がグッと減ってしまったんです。ワタシはお金を希望します! 結局は世の中『金』なんです! ディス・イズ・Money!」
「なにこの……金の亡者」
「正当な対価ですよ? 不当な利益を得ている人間よりよっぽど健全だと思いますけど? そして、ワタシは自分のサイトでこう宣言するのですよ! マスコミ各社に送るFAXみたいな文面で! フフ、こんな感じです!」

本サイトの二次小説作品にまつわる騒動についてお詫びとご報告

 一連の騒動で皆様および原作の方にご迷惑をお掛けして申し訳ありません。
先方からは事後ではありますが原案として使用したとの連絡があり、和解をいたしましたことをご報告いたします。
私自身、リアルタイムで放映されたアニメを見ておりストーリーに類似点があることは知っていました。
ただ二次小説であるという性質上、自身の小説が原案であると主張するのもおごがましく、そもそも原作の方の温情がなければ二次小説などというジャンルはすべて盗作、つまりはパクリの塊であると言えます。つまり、オリジナルを主張すること自体はばかられる立場でしたからこの件に関しては悲劇的なニアミスとして諦めるつもりでした。
このような結果に至ったのも、多くの皆様が同様の想いを抱き、公平な視点のもと事実の周知に尽力していただいたためと理解しております。
誠にありがとうございました。

さて、問題の盗作と呼ばれる部分ですが、先方からは原案である二次小説の基本設定、および一部キャラクターのセリフの引用があったと説明がありました。

私も小説というものを作っている人間ですから物を作り上げる大変さは身にしみて感じます。今回の騒動で皆様にお願いしたいのは、どちらが正しいという水掛け論ではなく、どちらの作品も身を削って作り上げた作品であるということを知っていただけたらと思います。
悪いのは作品ではなく一部のスタッフの安直な行動というのは世の常です。
私自身作品としての良し悪しよりも、ものづくりに対するモラルの低さに対して憂いています。
今後対策がなされるとのことですが、二度とこのような騒動が起こらないことを切に願っております。

さて、誠に申し訳ありませんがこのサイトで公開させていただいた原案の二次小説は諸事情により公開を中止することとなりました。今後も二次小説等書き続けてゆく所存ですのでなにとぞご声援よろしくお願い致します。

「と、こんな感じで陰謀説を醸しだして健気な同人作家を演出してやる!」
「……お前、腹黒いな」
「人はパクられたことに怒るんじゃなくて、パクった人間が自分よりいい待遇を受けていると知ってしまったとき。そのことに対して『ぶっ殺そう』とか思うんです!」
「物騒な言葉はやめんか!」
「いえいえ、言葉を正確に選んだ結果ですよ先輩。正直、日々生活している中で生まれる強烈な感情が感情が次の作品でネタになることは少なくないと思うんですが……それに、このやり場のない悲しみと怒りをどうしたらいいんですか! 正当な評価が欲しい、ついでにお金が欲しい。そして彼氏が欲しい……健康で長生きしたい! これは人並みの願いですよ。そして悪意で人が動いたとしても、もしかしたら少しでも善意があるんじゃないかって思いたいじゃないですか! 人間の半分は悪で、もう半分は優しさでできているんです! 分かってるんです。どうせここでわめいたって店員さんに嫌な顔されるくらいで状況はちっとも変わらない……ただの妄想の範疇だってことぐらい!! ……私だって!」
「ん?」
「私だって原作が好きなんです! アニメ版も好きです! 敵対するなんてありえません! 基本人畜無害です! でもパクリが事実なら発禁モノですよ? 損害賠償ものですよ? 私一人の精神的被害の補償とか正直のところちっぽけなものです。いくつもの会社が大きな損害をこうむることになるんです! 億単位で損害が出てもおかしくないですよ? 原作にも迷惑がかかります。映画化にも影響でます。絶対無いと思うけど実写化の夢は潰えてしまいます!? つまり、仮にパクリが本当でワタシが報われたとしても多くの同士を道連れにアニメ難民を出してしまうことになってしまう! アニメが発禁になるのは断固阻止しなければなりません! ワタシが報われてアニメも成功。そんなご都合主義のシナリオはラノベでも見たことありません! でも期待してもいいじゃないですか! そんな淡い期待をしてみたくなるじゃないですか!」

咲森はここまで一気にまくし立てた。オレンジジュースで喉を潤す。

「伏線という原作との依り代を失い、その上オリジナルとしてのストーリーの価値も奪われ、もうなにも残っていません。もうこの作品を書き続ける意義はどこにもないんです……」

オリジナルストーリーの価値もすべて奪われた……か。確かにそうかもしれない。
だが、それ自体が無駄なことだったと言い切れるのだろうか?

「無駄なんてことはなかった。二次小説はIFの世界を構築するもの。たとえ伏線がなくなろうと気にすることなんて無いのよ……パラレルワールドとして展開すれば……ね」
「分かってます……今回の件はつまりはワタシの心の持ちようだけだったということなんです。それに続編は完成させてあげたいですから……先輩、今日はありがとうございました」

この話はここで終わりだ。彼女が自分の中で納得できる回答を得たのかもしれない。

「……はぁ、今回しゃべりすぎて喉が乾きました。何か頼みますか? 大丈夫です。今回も私の奢りです!」
「も、とはなんだ! 前回予算オーバーで別勘定だったろうが。それには騙されない……」

前回は奢りという話だったのだが、あろうことに森下一人で予算オーバーしたのだ。一体何人前頼めば喫茶店で一万円超えるというんだ……
もしかしてそれ、Aランチのせいじゃない? ……と口を割りそうになるがやめた。
冷静に考えて300円程度しか差がなかった……あまり関係ないみたいだ。

「あー、あはは、そうでした。では今回は一品奢りということで……すいません! 店員さん! 注文お願いします!」

まったく心配したのがバカらしく思えてきた。まぁいい。この子にはこうして笑ってくれた方があたしは安心するのだから。

「はぁ、なんかスッキリしました。二次小説は書き続けるとして……新しいアイデアを考えないといけません。先輩、何かいいアイデアありませんかね?」

そろそろいいだろう……
あたしは一番最初に突っ込みたかったセリフを今ここで口にする。

「ところで、アンタ。目的と手段がすり替わっていない?」
「……何がです?」
「あんた、ゲーム作ろうとしてるんじゃないの? 企画は!?」
「ぶへぁ!」
「ちょっ……またか! いい加減にしろっての!」

ひとまず咲森を現実にひきずり出すことには成功したようだ。
さて、彼女がゲームで世界を変えると豪語してから半年。 いまだに進展の様子はないのだが、果たして世界が変わる日がくるのだろうか。
まぁ、いい。今日という日はまだ時間がある。ここで企画を練りあげるのもアリだろう。
あたしは注文を待ちながら次の話題の思考を巡らせていた。
議論はまだまだ続く。

END


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