| ◇ 四話『追跡@』 ◆
集団で生活する場。 そこにおいて,規則と言うものは大きな意味を持つ。
以前,消灯後に寮を抜け出して街に繰り出した馬鹿な生徒達が居た。 彼らは夜の街を遊びまわった挙句に酔って喧嘩をして傷害事件を起した。 …彼らは教訓と言う名の礎になってくれた――もっとも。 その時には,彼ら自身とはもう関係の無い教訓だったのだけれど。
それ以来。 消灯以降の無断外出は,ばれた時点で退学…とまではならないけれど,退寮は覚悟しなければならないらしい。 そして私は,昨夜…窓から部屋を抜け出すエルリス・ハーネットを目撃してしまった。
正直。
(私は…一体どうしたら良いの…?)
などとシリアスに考えたのは,ほんの数秒。
今朝は,何時もの通りにエルを蹴り起して朝礼に遅刻して,一緒に罰を受けてご飯を食べて,と,私は日常を重ねる事にした。 エルを親友とは思っているし,馬鹿な連中が原因で作られた寮則に基づいた退寮なんかには絶対にさせたくない。 だが,気になる所が無いわけでもない。 それは些細な…と言うには大きすぎる違和感。
昨夜,物音を聞きつけてから私がエルの姿を確認するまでに要した時間は約30秒ほど。 その間に,"魔法が使えないはずの"エルが如何にして300m離れた外壁の,地上10mと言う場所に移動し得たのか,ということ。 正直に言うと,その程度の距離は魔法駆動機関(ドライブ・エンジン)を使っても良いならば私にも可能ではある。 しかし、エルは魔法が使えない,と言う大前提がある。 正直聞くには人目がはばかるし,魔法云々の話題はなるべくはエルにはしたくない。 故に。私が取る行動は…
幸せそうにご飯を頬張るエルを横目に,きっと私の瞳はキラーンと光っていた――
◇ ◆
消灯後一時間経過。 時刻は午前0時を少々回ったばかり。 今夜は,あらかじめ教練用の実習着を着こんでいる。 退役女性軍人(おばあちゃんから)譲り受けた腕輪型の魔法駆動機関(ドライブ・エンジン)も装備済み。 印を開くために精神も研ぎ澄まされている。
今日の午後,密かに外壁周辺を調べて判ったのだが…0時を少々回った辺りが,南門周辺の見回りの警備員のおっさん達の交代の時間でもあるらしい。 よって,昨夜のエルの後姿は,確認のためであったと言うかなり正確だろう予測が成り立ったし,それ故にあれは夢でもなんでも無かったという証拠にもなる。 何であれ,私ができる事は昨夜と同じ時間にエルが起すかも知れない行動を待つことだった。
夜の街に繰り出す。 それ自体は,騒ぎが起こったりしなければ別にかまわない。まぁ…ガラの悪いところに出入りしてるようならば友人として忠告,もしくは苦言を呈することは辞さないつもりではある。エルのそんな姿は想像はできないけど。
ただ,エルの場合は"それ以前"が問題なのだ。 抜け出すことに異論が有る無し,ではなく。 "術も無いのにどうやって抜け出しているのか?"と言うことが問題だ。
もし。 私の予測が当たっているならば…エルリス・ハーネットという少女は――
かた
――起き出した,かな
カタカタ ぺた。ペタペタペタ…カタン。 ゴソゴソ
なにやら隣から怪しげな物音が聞こえ出した。 昨夜は余りにも小さすぎて聞き逃していたらしいその音は,感覚を研ぎ澄ませている私の耳にしっかりと入ってくる。
…ゴソ カタン。
クローゼットを閉じた音。 あれ。音がきえた…?
かた,カタン。
数秒後,気配も感じさせずに窓を開け放っていた。
かた たっ
昨夜と同じく窓枠を蹴って飛び出すその音を聞いたのと同時に私は――
「――ドライブ」
呟きと共に,腕輪に魔力を誘導・魔法駆動機関を稼動させ始める――!
◇ ◆
人間と魔力。 それは全くの別物だ。 それをうまく精神に誘導するために印が存在する。 世界に偏在する魔力を取りこみ"精神と通わせる"為の門。それが印の役割だ。 印は,それを使用するものが決めたキーワードによってのみ,その役割を発動させる。
私は第五階級(ランクE)に限定されている印を精一杯開放し,流れ込む魔力を制御し,それを…実家の隣に引っ越してきたおばあさんから譲り受けた魔法駆動機関(ドライブ・エンジン)に向けて調節・開放する。
「駆動開始・限定展開:装甲:疾風(はやて)」 『了解 駆動:外殻装甲:限定解放:隠者(ハーミット)脚部ユニット:疾風』
脳裏に浮かぶ人工精霊のメッセージと共に腕輪がその形を解放し,光となってつま先から膝までを覆う。 薄赤の光が収束したその後,足に履いているのは先程までの戦闘演習用のブーツではなく,もっと機能的で鋭角的なフォルムの軍靴に似たブーツだ。
『高速駆動脚部ユニット・疾風 正常に起動完了。』
肩の上に半透明な姿を現した人工精霊『ロン』の報告に上唇を舌でなめる。
「ん。ファイブ・カウントダウン。」 『5 4 3 2 1 レディ』 「GO。」
力を解き放つように,私はエルを追って窓枠を蹴って飛び立った。
>>続く
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