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□投稿者/ サム -(2004/11/17(Wed) 23:46:15)
| 2004/11/19(Fri) 21:01:30 編集(投稿者)
◇ "紅い魔鋼" 『予告編』 ◆
人々は日々を重ねて歴史を作る。
人々は技術を重ねて文明を造る。
人々は思いを重ねて未来を創る。
何時の日も,何時の時でもそれは変わらず―― ささやかなでも小さな幸せと,最大多数の幸せを守る人々は何処にでもいた。
文明が起ったときでも。 1000年前であっても。 現代でも。
全く変わらない人の行い。 これからも変わることのないだろう,その行い。
それこそが人間の歴史なのだろう。
▽ △
魔導暦3022年。
例年より冷えた冬も過ぎ,新しい年が明けた。 学院の存在する都市――リディルにも春が訪れ,"私"も第三過程生に上がることになる。
あの娘()と出会ったのも一年前の丁度この時期。 今はもうこの学院にはいない彼女だが,どこかできっと,目的に向かってがんばっている事だろう。
でも,一人で全て背負うと言う考えはいささか好かない。そんな彼女に対して私は一つ意趣返しを考えている。 今はその下準備を進めるだけ。
待ってなさい,エルリス・ハーネット。
とびっきりのプレゼントを持って貴方に会いに行くその日を,ね。
▽
変わることのない"私"の目標。 様々な出会い。 沢山の出来事。 楽しい日常の中で生まれる感情――。
エルリスとの別れから半年。 "私"は,とうとう自分の足で歩き始めた。
△
世の中には現象の発端――原因が存在する。 それは過去の出来事の積み重ねであり,人の意志が絡まないのであれば全くの偶然でありそして必然。 呼び方は様々…――だがそれは確かに"在る"
原因が存在し,それ故に結果も生ずる。
過去の遺物。 歴史の闇。 人々の思惑と野望。 巻き込まれる者達。
そして,それに気づく者もまたいる。
自ら渦中に飛び込み,しかし何も成せなかった少女。
彼女は直感が導くままに行動を始める。
全ての原因が収束するそのとき,彼女は,そして彼女の周りに集まる者達は何を見ることになるのか。
しろいせかい
紅い魔鋼
蒼いツルギ
力の意味 想いの強さ
これらが鍵となる物語。
過去が原点となり,1000年の時を超え野望の中で現在に蘇る紅い魔鋼()。
「確実に生き残る術なんてない…確かな未来なんて,何処にもない! だから,全部掴み取るまでよ!」
叫びの意味は。
そしてその結末は。
△ 紅い魔鋼() ▽
近日公開予定()
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▽[全レス21件(ResNo.17-21 表示)]
■89 / ResNo.17) |
"紅い魔鋼"――◇九話◆後
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□投稿者/ サム -(2004/12/02(Thu) 22:02:36)
| ◇ 第九話 後編『或る真実の欠片・暗躍』◆
錬金術。 それは魔鋼()を作り出す技術の事を指している。 遥か3000年近く昔にもたらされた魔法と言う異質な法則の元で行われる作業だ。
魔鋼は魔法を増幅する。 増幅しなければ魔法は魔法として認識される事のない程度の現象発生力しかなかった。 そのための魔鋼。
しかし,ここで一つの疑問が起こる。
魔鋼は魔法を増幅する。 魔法は魔鋼が無ければ意味を成さない。
ならば――魔法によって収斂される筈の魔鋼は,一体誰が創り出したのだろうか? 魔法とは,一体何がもたらしたものなのだろうか――?
▽ △
私の人生は"問うこと"を端にしている。 疑問を投げかけ,その答えを探す事こそが人生だ。この思考法は自然と私を魔導技術の習得――つまり魔法を学ばせる方向へといざなった。
しかし,私には欲と言うものが少なかったらしい。 必要なものは疑問と答えのみ。他には何も――まぁ生きていくのに必要な最低限の糧は欲しいが,それ以外は大して必要なものではなかった。 最高学府たる学院を卒業するも,私は技術の高みへ至る道への興味は薄く…ただただ自分を満足させるためだけの"問い"を探しつづける道を選んだ。 それは研究者としての道ではなく,探求者としての道だった。
ある日。 私の下へ届いた1通の書簡。 それは王国史上悪名高い"魔鋼錬金協会"からの誘いの手紙だった。 私はその書簡が届くまで何をするでもなく,ただ学院の研究室に身を置き,学生相手に講座を開きつつ日々を生きるための糧を稼いでいた。 たしか――20半ばを少し過ぎたくらいだっただろうか。
書面には,私を誘うに当たっての理由と報酬が書かれていた。 報酬はどうでも良い。 毎日三食取れるならばそれ以上のものは要らない。 理由はありきたりな物だった。 私の業績と功績を褒めるだけの詰まらないもの。まぁその程度だったら気にも留めずにごみ箱へ直行する運命だったのだろう。が――
『…旧文明の遺跡…?』
最後の行に書かれたその一言が,私を動かす。 彼等"魔鋼錬金協会()"は当時の都市ファルナの地下5.7kmの地点から、広大な都市跡を発掘したらしい。 それに当たって,各地に居る引退した学者や研究室に引きこもっている私のような有能な研究者に極秘に打診しているのだと言う。
新たなる問い,それを見つけれるかも知れない…
私はそう感じてその週のうちに学院を辞め,ファルナへと向かった。 それが,今から約60年前の事だった。
▽
彼等魔鋼錬金協会の連中は思ったよりも気安い人間達だった。 王国に監視されている状況からだろうか,歴史に残っているような無謀な実験をしているわけでもなく,ただ趣味人達の集まりとしてその組織運営が行われていた。 恐らく世には知られていない真実の一つだろう。
彼等――私の友人達はそれを敢えて()世間に公表しようとはしていなかった。
…1000年と言う歴史が培ってきたその風評は覆し難いし出来るとも思えない。逆に――そういった秘密結社っぽいのが実在しているかもしれない,と言うのも面白くないか?
実態は全然違うんだけどな,と我が友ディルレートは頻りにそう言って笑っていた。 私もその世間を暗に欺くと言う状況を純粋に楽しく思い,彼と共に笑った。 世界中の誰とも変わらず,その場に集まった友人達と共に笑い,泣き,喧嘩をし,恋をした。 懐かしい。本当に,懐かしく楽しかった日々だ。
私達は誰とも変わらない人間だった。 違ったのは,1000年前の王国騒乱以降は国に対して何も隠し事をしていなかったのだが,私達のその代に限ってのみ…唯一それを破った。 60年前の都市ファルナの地下から見つかった古代都市の隠匿。 それは今もって私が管理している。
発見されたものは,今までにない設備だ。何かを量産するための大型の機構() 日夜時間を惜しまず解析した結果,そこは金属の生産工場跡だと言う事が判る。
当時の我々は,10年という歳月をかけて古代都市の一端を秘密裏に解析し終えていた。 工場のシステムは大まかに把握し,何時でも応用できる体制にもあった。
だが,薄々ながら私達を取り巻く状況が傾いてきていた事も事実だった。 元々資源採掘用にファルナ地下に掘られた探査坑。 流石に放りっぱなしにしていたわけでもないが,監査の手が伸びてこないとも限らない。 この事がばれたら――正直全ての遺跡跡が没収の上に私達は拘束される事は必至だ。 どうするか,と対策を練っているその時,我々にとって都合の良い事態が発生した。
第一時世界恐慌。 経済恐慌が起こり、世界中が未曾有の緊急事態を発令した。 各国政府は頻りに事態の収拾を図ろうとしたが,余り効果を表さなかった。
我が王国も似たような状況だったらしい。 それまでの主産業が僅かな魔鋼製品の加工,残りは自国で行われている第一次産業が経済の全て。 恐慌を乗り切るのは極めて難しい状況にあった。
これはチャンスだ,と我が友ディルレートが言った。 "私達の思い出の残るこの古代都市跡を残すための術が,ここにあるじゃないか"と彼は言った。
金属の量産システム。 これで魔鋼()の量産体制を整えて,それを持って王国に俺達の公的機関化を求める,と言う案だった。
結果は歴史が証明している。 ディルレートの行ったこの賭けは我々が勝ち,王国の公的機関となる事で遺跡を完全に隠匿した。 魔鋼の量産体制の管理も私達が行う事になり,多少のごたごたはあったものの予想より遥かにスムーズに全てが行われた。
以来,50年。 私の友は一人,また一人と死んでいった。 親友も,悪友も,愛した人もみな死んでいった。
当時から残っている協会設立メンバーは私で最後だ。
私――探求者ルアニク・ドートンが。
△
現工業都市ファルナの地下に眠る古代都市。 未だに王国からは秘匿とされ,日夜我々協会の研究員が解析作業を行っている。 次々と明らかになる古代のシステム。 惑星軌道上に配置された種々の観測システムや,天空に浮かぶ月にあると言われる別の古代都市。 その彼方に広がる深淵――宇宙と言うらしい――の更に遠くへと旅立っていった,古代人達の船。
太古の人々は,そのほぼ全てが例外なく星を飛び立つ事を選んだ。
なぜ、とそれを問うには時が経ちすぎ,明確な答えは期待できない。 しかし私は,システムを解析する傍らでその答えを探しつづけた。 古代人類が星を飛び立つ理由を。 そして――その過程で"それ"をみつけた。
"それ"は,古代人が星を飛び立つと言った遠すぎる疑問ではなく,私が生きてきた中で唯一判らなかった疑問の答えを示すかもしれない――現象。
どちらを優先するかは,その時に変わった。
▽ △
私は現代に生きる人間だ。 魔法を技術として使い,日々を生きる。
魔法は魔鋼により増幅され,様々な現象を起す。 魔鋼は魔法により収斂される。素材は様々な鉱石を元にしているが,自然に存在するもので希少な金属は少ない。 収斂する上で必要なのは,その複数の金属に付加させる膨大な魔力だ。 勿論ただの魔力ではありえない。
現代人が収斂する魔鋼,その過程で必要な魔力は,魔鋼と同じ魔力相を持っていなければならない()
現代では魔鋼は然程珍しいものではない。 鍛冶師たちは,魔鋼を収斂する際に整える最適の魔力相の値を把握しているし,また知らずとも手元にある魔鋼をサンプルにして魔力相を整えれば言いだけの話だ。 が。 魔鋼を作るには,元にするもう一つの魔鋼が必須になると言うこの条件。 これは一つの簡単な疑問を内包している。
"起源"に関する疑問だ。 起源――レジーナ・オルド()と言う名の女性がもたらした魔法()という技術と,その媒体――魔鋼()。 そもそもソレは,どこからきたのか?()
それが,私の最初の疑問だった。
△
以来数十年。 片時も忘れた事の無かったこの疑問は,しかし誰にも相談した事も無かった。
私だけの疑問。 私だけが考えつづけた疑問だったからだ。
その――答えを見つけれるかもしれない,切っ掛けがあった。 都市群の管理する,人工衛生による地表観測システムに記録されていた王国の過去の地表エネルギーの変動データだ。
▲
私が在籍するこの魔鋼錬金協会。 1000年以上の歴史を持ち,それ以前は風評通りの組織だったらしい。 倫理観の薄い研究者達,極めてシステム的な真理の追究。 その成果は1000年前の王国動乱の際に失われた――かのように思われてきた。
だが事実は違う。 これらは過去から現代まで連綿と受け継がれてきた。資料は全て駆動式のとして魔鋼に刻まれ,それは一つの証として伝わってきた。 魔鋼錬金協会の長が持つ,錫杖型の魔法駆動媒体()。 これには,それまでの非道な研究成果が刻み込まれていた。
親しい友が次々とこの世界を去り,私は次第にまた研究に没頭するようになった。 新しい問を求め,終ぞ行われる事の無かった錫杖の駆動式を解放し,協会の行ってきた非道な歴史をも全て見た。
――その内の一つ。 それは1000年前に行われた一つの実験で,映像資料としてのみ残されていた。文献は消失してしまったのだろう。 魔鋼と人体との融合をテーマにしたもの。 時間経過毎の記録を見る限り,魔鋼は人体を侵食し――恐らく意識を取りこんだ。 魔力干渉線()にも応答しないところを見ると,一つの封印のようだと感じる。
そして――3週間後。 "それ"は起った。
▲
邪龍。 突然襲ったその"災害"は,映像に残されていた 胸の"紅い魔鋼"から発生した膨大な魔力()が肉体を変容させた,一人の少年()だった。
"それ"は研究所を破壊し,街を壊滅させ,何かを求めるように北へと飛び去っていった。 そこまでを記録したこの映像は,恐らく,辛うじて生き残った研究員がこの杖に"成果"として封印したのだろう。
△
話は戻る。 古代都市群の管理している地表観測衛星の残した,惑星全域の中の,この王国周辺のエネルギー変動を記録したデータ。 これは過去数千年と言う年月で記録され続けていた。 当然1000年前の()ものも欠けることなく残っている。
観測された事実は驚愕に値するものだった。
その事実から私は全てを思考する。 長年の疑問と魔法。なぜ、このような力がこの世界に存在するのか。
それは――もしかすると。
"それ"をもう一度起したとき。 私の推論が正しければ――恐らく一つの答えとなる。
故に,私は――。
▽
ある小高い丘の上。
不自然な窪み()と.そこを端に発する巨大な亀裂を見渡せる場所で,年齢の行った老人は眼光を鋭く光らせる。 眼下の光景は,史跡跡で動く多くの人影。彼等は魔鋼錬金協会。 彼等は協会長の命令で、指定された機材と資材を各所に配置しているところだ。
それは――ただ一つの疑問を解くためだけに。
現魔鋼錬金協会()の長にして孤高の探求者,ルアニク・ドートンは,強い意志の光をともしたその瞳で,着々と進められる実験準備の状況を見守っていた。
▽ 夜を徹して行われた作業は殆ど終わった。 数年を掛けて密かに行ってきた事前調査も完了している。 近辺の状況もこれから起す()事態への囮()も全て計算済みだ。
後は,時が満ちるのを待つだけ。 観測データから導き出したす最良のタイミングで"実験"を開始すれば,あとはもう何が起ろうとも止まらない。 リスクの分散化も配慮している。不確定要素の介入に関しても対処する策は考えてある。
全ては整った。 私の一生では観つける事が出来ないと半ば諦めていた問いに関する答えが,すぐそこに。
さて。 残りの時間はゆっくりと待つ事にしよう…。
結果は,もう時が運んでくれるのだから。
▽ △
▽
――学術都市リディル:学院・教務課――
「ですから,教務課()の管理する演習用武器保管庫は,学院に所属するものならば使用許可を取れば誰にでも貸し出しているんです。勿論データとして管理してありますが,数は膨大ですよ」
何せ戦技科の教官や生徒が出入りするたびに使用許可を出しているのですから,と窓口の女性は少年に言った。 少年はそうですか,と少々肩をすくめる。
「…では,持ち出された演習用ARMSの種類の特定は可能でしょうか」
先程から物静かに食い下がる少年に負けたのか,事務員の女性は大げさに溜息をつくと,カタカタと端末を操作し始めた。 恨みがましく少年を見,諦めたようにもう一度溜息をつく。
「…しょうがないですね。学院生で無い貴方に教える義務はないのですけど」
私どもは門戸が狭いわけではありませんし、と散々渋っておきながらそう言う。 少年は苦笑し,「ありがとうございます、助かります」と誠実に答えた。 女性事務員も苦笑する。
「それで,何の魔法駆動媒体()を探しているの?」
多少フランクに問う彼女は20代半ばだろうか。 少年はまだ20にも満たない本当の少年だ。年齢的にも彼女にとっては弟のような感じでもあるのだろう。 無論この場合は聞き分けの無い我侭な弟,であるだろうが。
「…剣です。刃に特殊発動型の駆動式が刻印されているものなのですが。」 「剣型(),…と。」
検索条項を打ちこみ,すぐに結果がでた。
「剣型でその刻印タイプのARMSは教務課の武器保管庫にはありませんわね。」
ニコリ,と微笑んでそう言う。少年は露骨にがっかりしたようだ。 が。
「でも,短剣型ならばあったみたいよ」 「…本当ですかっ!?」 「ええ、1ヶ月ほど前に貸し出されてるみたいよ。名前は――」
その名前を聞いて,少年――ジャック・ジンは驚愕に目を見開いた。
まさか。"彼女"が"それ"を持っているなんて。 これは何かの符合とでも言うのか。 先生と俺が探し出せなかったものを…偶然みつけているとでも…
そんな様子の少年に気づいた女性事務員は,気遣わしげに声をかける。
「まぁ,こればっかりはね。武器保管庫においてあるものは早い者勝ちだし…でも、君はその前にちゃんと学院に入りなさいよ?」
最後はにやり,と笑う女性。 まぁここに入らなければ貸しだし許可は出ないわけだが…
――早く先生と連絡を取らなければ。
少年の思考は,事実の認識と共に既に次の行動へと移っていた。 手間を取らせてしまった女性に向き直る。
「手間をかけてしまい申し訳ありませんでした。」 「いいのよ、実は私も暇だったから」
声を潜めて苦笑する彼女に「では,失礼します」と頭を下げて教務課を退出した。
▽
ジャック・ジン,17歳。 ミコトの後輩にしてEXのミスティカ・レンと同じく,マーシェル探偵事務所でバイトをする少年だ。
彼は先生()の指示に従い王国中の古い施設を回り,英雄ランディールの"神器"とよばれるARMSを捜索していた。 王国の西半分はジン。残りはエステラルド・マーシェル自身が捜索している。
雷帝の神器。 伝承として伝えられていた,蒼白い片刃の剣と言う形状と刃に刻印された二つの駆動式と言う事のみが今に伝わる手がかりだ。 それすらも王国――王宮に封印されていた事実。一般にはまるで知られていない。 彼等の探偵事務所がそれを知る事ができるのにはとある理由があるのだが,それは今は割愛する。
先生と連絡を取らなければ。 彼はそう考え,内ポケットからタイムコードが記入された紙を取り出す。
――今この時間なら…王都から真西に700km行った所にある国境付近の都市,メティナの軍の旧施設に居る,か。
国境付近の都市はその土地柄上軍施設が多くなり,メティナは軍事都市として名高い。 王国陸軍の本部もこの都市にある。いわば軍の中枢地だ。
「向かうのは構わないけど,時間が掛かりすぎるな…」
故あって,彼には魔導技術式()携帯意端末は使えない()。 ジンがエステラルド()と連絡を取るとなると実際に会うか言伝を頼むか手紙しか方法がない。 事態の流動性と秘匿性から後者2択は却下。加えて時間ももう無い。 事務所に戻れば"あの女性()"が居るには居るが,先生()から極力知らせないように言われている。
ならば―― ジンは溜息をついた。
「直で行かなきゃならないか…」
王都から700km。 しかしここ()から王都までは約230km。 直線距離のみの計算だが,そこは問題無い()。
全1000km弱の工程だが…
「移動に掛かる時間と先生のこれからの移動先から逆算すると――」
今夜中には何とかなる。 そう見切りをつけた。どうしても時間が掛かりそうな場合は――"あの女性()"に頼むしかない。 最終手段だ。
▽
―― 一時間後。
黒系のフライトジャケット,レザーパンツ。ゴツイ安全靴に厳ついゴーグル。 先日のミスティカ・レン()と大体同じ格好に身を包み,ジャック・ジンはリディルの一番西側に位置する高層ビルの屋上に立っていた。 吹き荒れる風が冷たい――。
思考を停止。
見るは虚空の彼方の彼方。 それはイメージを収斂する一つの作業で、儀式。
少々体を屈め――足を踏み出す。
たたっ
2歩。それだけの助走の後――――
ドンッ!
空気を殴りつけるような乱暴な音と共に,ジャック・ジン――マッドスピードレディ()の片割れ,爆発に特化したEX・凶速の渡り鳥()は上空へと飛び出し,遥か西へ向けて飛び去った。
屋上は魔力騒乱で気流の乱れが生じ暴風が吹き荒れたが,一瞬後にはすぐに元に戻る。
そして舞台は,全てが集うランディール広原()へ――。
>>>NEXT
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■98 / ResNo.18) |
"紅い魔鋼"――◇十話◆前編
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□投稿者/ サム -(2004/12/18(Sat) 08:57:36)
| 2004/12/18(Sat) 08:58:37 編集(投稿者)
◇ 第十話 『嵐の前の静けさ』前編◆
△
「ありがとう,助かります。」 「なに、どうってことねぇよお嬢ちゃん。しかしまぁなんだ。変な事には極力関わらん方がいいんじゃないのか?」
ランディール広原の少し手前のサービスステーション。 ミコトは既知の情報屋と会っていた。
目的は勿論情報の収集。彼とは1週間ほど前に連絡をとり,ランディール広原での魔鋼錬金協会の動きを追跡してもらっていた。 ひょんな事から知合った彼は現在40ちょいのおじさんで,王国軍の密偵をしていたと言う。自称だが。 腕は確かなので問題はないけど。
「好奇心はネコをも殺す…ですか?」
にこっと笑いながらミコトは返す。 彼も苦笑した。
「お嬢ちゃんの本性はネコじゃなかったな。…ま、止めても無駄な性格は猪突猛進な猪って所か」
ははっと笑う彼。 ミコトも特に怒るわけでもなく苦笑。
「――口は災いの元,ですよね」 「冗談だ。」
ぼそっと呟いた彼女()の目は笑っていなかったが。 そんな二十歳前の気の強い女の子()に彼はもう一度苦笑する。
「気ィ付けてな。今回は()お前さん一人じゃないみたいだしなぁ。――前みたいに巻き込むつもりはないんだろ?」 「……。」 「友達か。何にしても――嬢ちゃんは鋭すぎるからな。余計なことに首を突っ込みすぎる事が多いだろ?」 「…そうね。でも」
ニヤっと笑う。
「あいつ等は,私から巻き込んだ方だし。これからもずっと手放すつもりはないわよ?」 「――ほう。」
それは予想外だ,とばかりに彼は驚いた。 自分の事には極力絡ませない性格だったこの少女――いや,女が巻き込む事を自認すると言う事は――
「仲間を集め始めたのか。」 「――ご名答。あれ以来貴方にはお世話になりっぱなしだけど,これから()もよろしくお願いしますね」 「おいおい,俺ぁいいかげん身を引っ込めたいんだがなぁ」 「ご謙遜を。――あんたほど狡賢くて便利な情報屋も中々居ないわ。あんたも()幾らもしないうちに呼び出すから,覚悟しといてね」
そう言って笑った。 やっぱり彼は苦笑。
「考えとくよ。それより今は目の前の事にまずは集中しとけ。俺には判らんかったが,連中()の敷設した魔導陣,かなり複雑だったぞ。――正直何が起こるかはさっぱりだ。」 「わかった。あの二人――」
そう言ってちらりと視線を飛ばす先には,こちらを伺っている男女一組。 ケインとウィリティアだ。
――並んでいると絵になっているのが気に食わない。
少し眉を顰めつつもミコトは言う。
「あの二人,あれでも学院の逸材だから連中()が何をしているのか,についての解析は大丈夫だと思う。」 「お前さんと同じか。」
笑いながら言う彼に,ミコトは苦笑。 私はそんなんじゃないよ,と告げた。
「自分が思ってるよりお前さんは優秀だ。…まぁ精々がんばってくれ。何も無いってのが最良なんだろうが――」 「この様子じゃ,何もなさそうってのはちょっと希望的観測――かしら」
男は深く頷いた。 ミコトの携帯端末に映し出された映像を見る限り,決して楽観は出来ない。
「まさか,魔鋼()を運んでたトラックが1台じゃなかったなんて」 「それ以外にもスパコンが数台,移動式の衛星通信設備,発電機まで持ちこんでる。何も無いって楽観できる状況じゃないな。」
うん、と頷く。 彼はそんなミコトを見て肩をすくめた。
「まぁ,俺からもこの情報は王国軍に回しとく。警告も含めてな。」 「うん、そっちは任せた。…じゃぁそろそろ行くね」 「がんばれよ,お嬢ちゃん」
軽くてを振ってケイン達の待つ車()へと向かう――ミコトの背中に彼の声が掛かった。
「――まぁ,男取り合う仲ってのもありかもなぁ。彼氏も大変だろうに」 「な――!?」
ガバっと後ろを振り返ったが,既に大型二輪にまたがった彼()は手を振りつつミコト達とは反対方向に走り出していた。
「そ,そんなんじゃないわよ――!」 「まーたなー」
▽ △
▽
合同演習訓練。
これは一年を通して開かれる講座だ。 学院の戦技科を中心に主催されているもので,学内にとどまらず学外にも広く開講されている講座でもある。 学院の戦技科を中心として第一,ニ,三,研究過程生から希望者を募る。 学外からは軍への就職を希望する者,各地方都市の軍準拠の養成学校,退役軍人の暇つぶし,ミリタリーオタクなどなど底辺は果てしない。 今回集まった人数は,ミコトによると全895名。 かなり多いと感じるが,毎回この位の参加者は居るとの事だ。
ランディール広原についた俺達は,軍から派遣されてくる一部隊が管理するゲートを事前に受け取っていたIDでパスしてくぐりようやくキャンプ入りを果たした。
俺達3人の車中の雰囲気は―――,アレだ。 思い出したくない。
穏やかな言葉の暴力の応酬*2時間,とだけ言っておこう。
――どうしてお前等二人はそんなに仲が悪いんだ…!?
▽ △
1000人弱の人数がこの広原の一角に集まっていた。 直ぐ北にはちょっとした森林が広がり,その向こうには巨大な亀裂がその姿を現している。 国境も近いこの周辺は,他国の密偵が出入りしたりしているらしい。 数年前にも何度かこの辺りでそれらしき戦闘があったとかなかったとか。軍の公式発表には勿論載っていない。
ともかく。 北側に森,南側には広大な平原。 東側は中央キャンプ。今回軍が敷設した合同演習本部で,西側は少し行くと亀裂の本筋が地平の彼方まで広がっている。 北側森奥の亀裂は,本筋から枝分かれした部分だ。…それでも底が見えないが。
▽
登録した班ごとに別れて学院出資の補給物資を受け取り,それぞれ1日半のサバイバルへの準備を整える。 それがこれからの予定で,今すべき事だ。
俺とミコトは学院で行っていたとおりチームとして登録するつもりだった。 が,ここで"も"一つ問題が発生した。
▽
「ウィリティアはどうするんだ?」 「わたくしはまだ班は決めてませんの」
ちょっと困ったように笑う彼女。 これから班を決めると言うには――いささか心苦しいものがあるのだろう。 話によれば,ウィリティアもミコトと同様に過去数回参加しているみたいだが,結構班編成には苦労していたみたいだ。 学院でもそうなのだから,現地で班を組もうとなるとやはり大変だろう。 なら――
俺はフム,と唸り
「ミコト」 「…む、なによ」
知らん顔しようとしても無駄だぞ。俺の目からは逃れられんのだ。 …と言うか,知り合いなんだろおまえら。仲も良さそうだし。
「ウィリティアも入れないか?」 「ん〜〜…」
途端眉をしかめる。 こいつにしては珍しい反応だ。 …ウィリティアも似たような表情だ,何でだろ?
「…問題でもあるのか?」 「問題は無いんだけど…」 「問題はありませんのですが…」
ちらちらと御互いを伺いながら俺の問いに二人は同時に答える。 やっぱり仲良いんじゃないか?
「なんかあるって感じだよな…」
俺の呟きに,何故か二人は探るようにこちらを見つめ――同時に溜息。
「そんなに大した事じゃないわ」 「そんなに大した事じゃありませんのよ」
同じタイミングが気に入らないのか,むぅーーと睨み合う。 やめぃ。
「んじゃ俺達は3人で登録,と。」
本部に置いてあった登録用紙に書き込み,これで完了だ。 不備が無いかを一通りざっと確かめ,OK。大丈夫だ。 書類は受理され,俺達は正式なチームとして登録された。
二人を振り向く。
「まぁ,なんだ。これからよろしく頼む」
改めて言うのはなんだか照れくさいが,恐らくこのなかで一番足を引張りそうだから一応精神防衛の為に一言言っておこう。 俺の言葉に二人は笑顔で――
「こっちこそ宜しくね,ウィリティアが足を引張らなければ良いけど――」 「こちらこそそ宜しくお願いします。ミコトが自爆しなければ良いのですが――」
ギッ!
笑顔反転すさまじいにらみ合い。 だからやめぃ。
恐らく――これは限りない確信だが。 倒れるとしたら心労が原因だと思うぞ,俺は。
別のチームに入れば良かったかな…などと,言ったら殺されそうな考えが頭を掠めた。
▽ △
今回の訓練の趣旨は"慣れる事"。これに限る。 と言うのは,この講座は1年を通して続けられるもので、後半に移るほど訓練内容は厳しくなっていくらしい。 前半――とりわけ初期は,これからの訓練について来れるかどうかを篩い分ける為の意味もあるという。
今回のこの講座は,今年始まって3回目。 一回目,二回目は基本的な道具の取り扱い方と多数対多数のゲーム形式の戦闘訓練,それと山岳地帯への登山とキャンプと言うものだったらしい。 聞く分には楽そうにも思えるが――実態は全く違うとの事。軍から派遣されてきた教官が教官だからだろうか。 説明するミコトは少々困った顔で笑っていた。その時参加していたらしいウィリティアもだ。
▽
今回はサバイバル()訓練。 何がどう生き残ればいいのかと言うと,話は簡単だ。
これから各自班毎の準備を整えた後,一度解散。そのまま自分達が思う方向へと散って身を潜める。 ランディール広原全域に各チーム毎に"潜伏"し,遭遇した敵チームを潰す。 ルールはこれだけだ。
完全な遭遇戦。
勿論積極的に戦わなくても良い。 各地を転々としつつ明日正午まで逃げ回るのも一つの手段だ。しかし―― その場合は教官の部隊,正規部隊から数人が"襲撃"に掛かるとの事。 どちらにしても戦わなければならなくなる。
遭遇戦,待ち伏せ,逃げ回って勝ちを取る。 どれを選んでも構わない。どれも戦うというリスクを負うには変わりが無い。
さて,俺達はと言えば――
▽ 「私達は,選択肢その3ね。」
逃げまわる,とミコトは宣言した。 それには理由がある。先日俺とミコトが話し合っていた"あの"件がらみだ。
「何故です? 逃げ回らずに戦いを挑む,と言うのも一つの手ではありません?」
第4の選択肢か。それは思いつかなかったなぁ…平和主義者の俺としては。 決して避けてたわけじゃないぞ。
「確かにこっちからの襲撃はありだとは思うんだけど…今回はパス。ちょっと気にかかる事があって,そっちを調べる方を優先したいから」
だから気に入らなければ抜けてくださっても構わないんですよ,ウィリティアさん? とか言いやがった。 ウィリティアは当然眉を顰める。
「何をするかも言わずにチームを抜けるなんて出来ませんわ。―― 一体何を企んでいらっしゃるの?」
それはそうだ。 俺はミコトを見るとアイツも肩をすくめて見せた。
「…ランディール広原()には今日…と言うか,ここ1週間くらい前から別のグループも入りこんでて,好き勝手に史跡周辺でなにかしてるのよ。それがどうしても気になるの。」 「そんな連中放っておけば良いじゃないありませんか。」
呆れたように言うウィリティア。俺もミコトもそう思ってはいるんだが,無視できない要素ってやつもある。
「…その連中な,魔鋼錬金協会()らしいんだよ」
俺の言葉にウィリティアは驚いた表情を作る。
魔鋼錬金協会。 一般には魔鋼()の製造を担う王国の公的機関だが,その前身は秘密結社()。 1000年前の旧ファルナ崩壊と王国動乱の原因を作ったとされる元凶で,凶科学者()達の集団だった。 現代では何ら活動をしていない,ほとんど無害な連中なのだが――
「彼等,今回の史跡調査に限って変な機材・資材を持ちこんでて,大規模魔導陣を作ってるみたいなのよ」 「大規模魔導陣って…一体何をするつもりなんでしょう?」
激しく困惑しているウィリティア。さもあらん。俺もミコトも混乱している。 奴等なにを思ったのか,邪龍と英雄ランディールの決戦場となったクレーター跡地にスパコンと何かの通信設備,それに大量の駆動式を刻印したミスリルを持ちこんで装置を作っていやがった。 ミコトが自分の代行で監視を頼んでいた情報屋から受け取った最終報告の映像――先程受け取ったものだ――にはその作業光景が映されていた。
「意図がわからないし,本当だったら近づかないのが得策なんだろうけど。」
ミコトは溜息一つ。
「もう知っちゃったし,私の性格上――放っておく事って無理みたいなのよね」
納得するまで私は動くよ,と苦笑。
「俺もコイツに付き合うさ。一月前から色々と聞いてるし――まぁ誘われた手前こいつが居ないとここに来た意味が無いしな」
実は気になる事実も多いのだが,直接関係するとは限らないし思えない。 …それにもし,そっちの監視の法が楽ならばそれに越した事は無い。 変な敵チームに狙われて喧嘩するよか遥かに安全だ。…教官の部隊から狙われることはあるかもしれないが。
「…魔鋼錬金協会,と仰いましたよね?」 「ええ。」
何かを確かめるように言うウィリティア。 ミコトが肯定すると,ウィリティアは うん、と一つ頷き,答える。
「ならわたくしも同席させていただきますわ。」 「良いのか? あんまり意味無いと思うけどな」
俺の言葉に苦笑。それはそうでしょうけど,と前置きする。
「魔鋼錬金協会は魔鋼()を誰よりもよく知る知能集団()ですもの。わたくしも彼等が組み立てていると言う装置が気になりますわ」
ふむ。さすが魔法科の天才だ。いつでも好奇心に富んでいる。 俺はそれで納得したが,何故かミコトとウィリティアは――微笑みあっている?
「あらあら。別に無理する事はないんですよ?ウィリティアさん。これは元々私とケイの()問題ですし,部外者()を付き合わせるわけにはいきませんよ」 ケイとは半年以上の付き合いですから,と邪笑()う。
「いえいえ、お気になさらないで下さいな。わたくしが居た方が色々と助かるのではなくて? 装置の効果や特徴,何をしようとしているのか等は私とケイン()が一緒に考えた方が早いですわよ?」 なんたって同じ研究班ですし,と邪微笑()む。
ニコニコニコニコ。
静かな――しかし確かな物理的な圧力を持った笑顔の恫喝。 どちらも等しく――怖い。
つか。
「俺をダシにするのは止めてくれ…」
限りない本音で俺はそうそう呟くのが精一杯だった。
▽ △
「うわー,先輩コワ〜」
学院の主催する演習訓練――そのベースキャンプを見下ろせる小高い丘の上に,ジャケットとレザーパンツ,安全靴で身を包んだ少女が双眼鏡を使ってキャンプの一角を楽しそうに見ていた。
彼女はミスティカ・レン――夜の街()の覇者の片割れ。 EX(),狂速の淑女()だ。 カレンは,自分の住むマーシェル探偵事務所の所長――エステラルド・マーシェルからの任務で彼女()をマークしている。 最初はミコトの助けになることが出来ずにぶーぶー言っていたが,次第にこの状況を楽しんで――いや、受け入れていた。
街()からここ()までの道中,それはそれは興味深い光景を目にする事が出来た。 車中にはミコトと名も知らない男女一人ずつの計3人。 まぁ大体予想はつくが,男を取り合ってミコト()と金髪の美人さんが争っていると言うのだから見物だ。 音声までは聞こえなかったのが残念でならない。 しかし,その戦闘は今もどうやら継続中らしい。激しく聞きたい。何を言い争っているのか聞きたくてたまらない――!
「あーもう! こんな楽しそうな機会()なんて滅多にないのにっ! ジンのバカ,早く来て交代してよ―!」
地団太踏んで悔しがるカレンの意志は本物だ。 如何に夜の街を統べるEXの覇者()といえど――彼女はまだまだ17歳。年相応の少女に過ぎなかった。
カレンの罵る同僚にして相棒のジン()は,今現在王国最西部の軍事都市メティナに向かって移動中。 ここからだと数百km遥か彼方の座標を彼の能力()で吹っ飛んでいる。彼女の願いを聞き届けるものは――居ないと言う事だった。
▽ △
さて。 突然ではあるが,場面を少し変える事にする。
都市リディル――1000年前に起こった王国動乱を乗り越えリディル砦を核として再建されたこの都市は王命により最優先で再建された。 王の友,ランディールの願いでもあったという逸話も残っている。
それはさて置き――都市の建設に当たって王命が発せられたとは言えど,王が直接再建の指揮を取ったわけではない。 賢王は,動乱を機に王国全土にわたる抜本的な体制の見なおしを検討しており,そちらの方が重要な件だった。 が,かと言ってリディルを放り出せるわけでもなく――その頃一番信の厚かった伯爵へと一任する事になる。
アリュースト伯爵。 賢王の友ランディールと同じく王国の英雄として名高い武人。 剣を取れば一騎当千,それを振るえば必勝確実と言われるほどの豪傑だ。 また王国への忠誠も確かで,普段は温厚な人柄。知に溢れると言う点でも彼は完璧だった。 故に,彼は国王から授かったそのリディル再建を見事に成し遂げ,リディル伯と名乗ることを許される。
以来1000年。 体制は時代の必要とする形態へと臨機応変に変わりながら,今に至る。
現在都市リディルは民主制を取っている。 都市は市長が治め,都市議会が運営を担っている。
だが,リディル伯と言う影響力はそれとは別に未だ色濃く残っていた。 王国自体がまだ王制を採っていることもあるが,貴族の影響力は保有財源と言う面で発言権を大きく持つ。 資本主義体系に移行している王国にしてもそれは変わらず,そしてリディルではそれが顕著に表れてもいる。
現在の都市リディルは市長が治めている。それは確かだ。 が,実際の形態はリディル伯が居て,その下に市長,都市議会があるというのが現状だったりもする。 また,リディル伯は都市リディルの防衛機構――警察機構や軍の統括者でもある。 それは,この街で絶対普遍の事実だった。
もう一つある。 現在のリディル伯は,ジェディオール・アリュースト伯爵と言う60過ぎの老紳士()なのだが,彼は現在王国南東部の温泉地に高飛び――もとい調査及び実地検分している。 その間の代行を務めるのは,彼の孫娘。
彼女は8年ほど前の最年少学院次席にして,そして現在こそ引退をしているものの元宮廷師団戦師()。 "絶対殲滅"の異名を持つ,ディルレイラ・アリューストという女性だった。
△
リディルの北部には貴族の館が多く建つ高級住宅街がある。 ウィリティアの住む館もこの辺りに建っている。 そこから更に北へ数分ほど上ったところにある一軒の大邸宅。 それがディルレイラの住む執務用仮設住宅だ。本宅は王都にある。1000年前から。
彼女は現在24歳,栗色のショートカットに服装を黒系に纏めた美人。 先日マーシェル探偵事務所にいた麗人こそ彼女だった。
△
ディルレイラは不機嫌だった。 不機嫌の原因は一つ。 いつもの事ながら,事務所の連中()からよってたかって仲間はずれにされているのが気に食わないからだ。
――私だって,やれる事あるのに。
ぶすーっとお茶を飲む図は,まぁそれはそれで可愛らしいものがなくはない。 傍についている侍女が微笑ましく見ている。
いつもいつもいつもいつも―――エストは私を仲間はずれにして自分達だけ楽しんでさ。学院の頃からいっつもだったわよね。まったく――
思考は止めど無く。 ぐちぐちぐちぐちと頭の中だけでエステラルド()を罵る。 無論顔には若干しか出さない。滲み出るのは,まぁしょうがないだろう。
「お嬢さま」 「なに?」
思考を中断,傍に控えていたメイドのサラが呼んでいる。
「駐留軍より連絡員がいらっしゃいました。」 「通しなさい」
一礼して下がるサラ。 その間にディルレイラは姿勢をただし,服装を整える。 今ここに居ないジェディオール()の代わりとして王都から呼び戻されてはや5年。 宮廷師団を止めてまで戻ってきたと言うのに,ついた職は閑職。まぁ待遇は結構どうでも良い。 当時は色々な事情が重なって,それでなくても戻るつもりではあったのだ。彼女にとって最重要な事は――エストと共に在る事なのだから。 まさかリディル伯代行()を請け負わされるとは思わなかったが。
凛とした雰囲気――を無理やり纏う。
上司たる者,部下に対しては一切の動揺を見せるべからず。
彼女の持つ言葉の一つであり,今まで破った事のない決まり事の一つだ。 責任ある者の努め。力ある者の義務。 これはディルレイラにとって当たり前のことだ。
「リディル駐留軍から派遣されたレイド・アーディルスであります!」 「入室を許可する…入りなさい。」
△
「大規模魔導陣…」 「は。今朝10時49分に王国所有の惑星監視衛星()で確認した所,ランディール広原にて確かにそのような布陣が成されておりました」
先日のアレがらみだろう,とディルレイラは見当をつけた。 それに関してはエストもカレンもジンも動いている。が――
ニヤリ
「し、司令官殿?」
その雰囲気の変容を感じ取ったのか,レイドと名乗った兵士は若干冷や汗をかく。 が,しかしそのおかしな雰囲気は瞬間で消えた。もとの冷静で落ち着いた気配が辺りを覆い尽くす。
「…状況はわかりました。駐留軍にはコードG-HWPFIを発令。出撃体制で現状維持を。」 「は。了解しました!」 「私は直接現地に向かいます。…それ以降は追って指示する」 「Yes,Mam!」
有無を言わさぬ言で閉める。 レイド青年は命令を伝えるべく急ぎ足で退出した。
「やれやれ…」
ディルレイラはふぅと溜息をつく。 いつもながら軍の堅苦しい雰囲気は苦手だ。なんで通信でやり取りできないんだろう、と愚痴る。
これはしょうがない。 通信技術は便利なものには違いないのだが,送信する相手が貴族ともなると階級と身分制が枷となる。 王国において階級制は別にあってもなくても構わなくなってきているのが現状なのだが,2400年も続いていると言う慣習からいまだに貴族に対する扱いは代わらない。
身分差による対面は,実のところ上下関係が如実に現れている。 通信で言うならば,貴族から平民にはモニター越しでも構わないが,平民から貴族へとなると,モニターや通話口越しではすまない。 無論,これは公的な面会における場合だ,いつもいつもそうと言うわけではないのだが――
「不便過ぎるシステムだわ」
ディルレイラにしてみれば,これは改革に値すべき事なのかもしれない。 情報が価値を主張するこの時代,何時までも旧式の儀礼に従うのもばかばかしい。後で国王に進言すべき事項にしておくと心に留める。
それはともかく――
「何かと,こう言う事には首を突っ込む口実に事欠かない職ではあるのよね…これも。」
そう言ってにんまりと笑った。 彼女()にとってリディル伯代行兼周辺防衛機構司令官代行は,その程度の価値しかなかった。
そして彼女も一路ランディール広原へと足を向ける。
>>>NEXT
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■100 / ResNo.19) |
"紅い魔鋼"――◇十話◆中
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□投稿者/ サム -(2004/12/20(Mon) 16:59:28)
| ◇ 第十話 『嵐の前の静けさ』中編◆
完璧だと思われた襲撃は,相棒が仕掛けられた罠にかかってしまったときには既に崩されていた。
▽
今回の演習訓練のために編成された牙()小隊,その2番チーム。 構成メンバーは自分――クレイと相棒のロディの二人。 任務は,サバイバル訓練の"追い込み"。 逃げ回る訓練生たちを戦いに引きずり込むのが任務だ。巧みに逃げ回る彼らを捜索し,襲撃をかけるのが託された使命。
数チーム撃破し終え,二人は次のターゲットを発見した。 夜に差し掛かる時間。月は出ているが三日月と光源には乏しい。 しかし襲撃をかけるには持って来いの状況だ。
二人は実行することにした。
▽
二手に分かれての襲撃。 一方は囮,その隙にもう一方が敵チームを背後から襲うと言う常套手段。 初撃で慌てた訓練生を制圧することは容易いだろうと楽観している。今までがそうだったのだからしょうがない。
ロディとわかれ,クレイは既に目標()を視界に収めて高速且つ迅速,ほぼ無音で接近している所だった。
途端,向こうで一瞬の光爆。 次いで響き渡るロディの悲鳴。
何が起こった…!?
瞬間の混乱と同時にクレイは前方を移動する二つの影()に向い攻撃を仕掛ける。 本来ならば,襲撃が失敗した時点で行動を停止し状況をみることのほうが重要なのだろうが,クレイは聊か冷静さに欠けていた。
二人くらいならば――!
ソレがいけなかった。
残り数mまで接近,影の二人はこちらには気づいていない。 ここまで接近すれば,スピード差でこちらの攻撃のほうが魔法駆動よりも速く敵に届く。
もらった――,!?
衝撃・反転。 視界が180度回転し,さらにもう反転――つまりは一回点した。
攻撃に繰り出した抜き手――それを捕まれ,手首を支点に投げられたのだとわかった時には,地面に投げ出された。
衝撃。 詰まる息。 地面に投げ出され,そのまま数m転がる事で衝撃を逃がす。
おかしい、こちらに反応できる筈がないのに――!?
体を起こし,早急に呼吸を整える。
が。
闇に佇む二つの影。
三日月の晩。 その光源が乏しいせいか,逆光になっているせいか――二つの影の顔は見えない。 が,それが女性だと言うことはシルエットから伺えた。 その二つの影は,軍人である自分達の襲撃を察知し迎撃して見せた…そして今。 ゆっくり、ゆっくりとこちらへ向かって歩いてくる。 二つの気配が,ニコリと嘲笑し()た。 確かに感じた。
そして―― 自分がここで終わりだということを直感的に悟る。
ロディは無事だろうか――それがクレイの最後の意識になった。
▽ △
『索敵どうなってる!?』 『わからん,何処から攻撃して来るんだ…うあっ!』 『どうした,α2,α3応答しろ!』 『敵,敵が後ろに!もうだめだ…!』 『こちらα5,囲まれてる! 援軍は,援軍まだか!?』
通信を傍受して聴く限りでは周囲は混乱しまくっているらしい。 辺りは日が落ち、夜の闇が覆いつつある。 北側森近辺に近いこの周辺,辺りは合同演習訓練のサバイバル()戦が繰り広げられ,阿鼻叫喚の地獄と化していた。 時折飛び交う火の玉や雷撃,緑光は魔法の残光だ。 戦闘も起こっているらしい。 戦闘の勝利条件は相手のIDを奪うこと。
つまりは争奪戦だった。
△
「…東区仮座標AGFE2547ポイントで負傷者発生。救護班は急行せよ」 『救護班T424了解()。これより急行する』
運営本部は結構な賑わいを見せていた。 通信装置から響く救援コールは結構多い。模擬訓練とは言っても戦闘には代わりないのだ。 加えて夜が迫る現在の時間帯は景観の変化がかなり大きい。一番怪我人の増える時間帯域だ。 今も救護班が現場へと向かった。ここ30分で4回目,結構な回数になる。
全参加者900名弱。 その全員が班を組んだと仮定するならば,最低でも前衛,後衛,支援の3人。数名で1チーム辺りの人数は平均で4〜5名。 仮に5名で1チームを構成しているとするならば,900÷5=180。180近くのチームが戦闘をしている事になる。
IDを奪われたチームは一度本部に帰投し若干の休憩と手当ての後,仮IDをつけて再出撃になる。 つまるところ終わりはない()。
また,教官の連れてきた部隊からも数チーム潜入している。 彼等は新兵で,この時期に行われる訓練としては良い下地にもなる。 無論本部で応答している後方支援要員たちも皆軍に入隊したばかりの新兵達だ。 ここで実戦同様の応答をする事で経験を補い,次の訓練への足がかりにして行く。 もしくは,負傷などで戦線を遠ざかっていた連中が勘を取り戻すのには良い機会になっていた。
『本部,こちら牙()2…応答願う』 「こちら本部,どうした?」
通信士の青年は訝しく思いながらも答える。牙()は潜入中の軍側のチームだ。 1チーム2名で構成されており,今回の訓練では"戦いを避けて逃げ回っているチーム"を検討して"追いこみ"を掛けているはずだ。
『牙()2、行動不能。至急救援を頼む』 「…なに、事故か?」 『いや。トラップに引っかかった。…こんな性悪なトラップなんて気づくかよ』
何やら無線越しに吐き捨てる牙2のメンバー。 彼らは新兵とは言ってもそれなりに訓練を積んでいるはずだ。その彼らがトラップに引っかかったということは――
「熟練組みか?」 『…いや。俺たちと大して変わらん位だった。恐らく――あれは学院の奴らだ』
納得した。 学院の生徒――恐らく戦技科の学生たちの部隊だろう。 彼らは王国全土でもトップクラスのエリート集団、こちらの新兵の追跡を感知し迎撃するすべを考案していたとしても不思議ではない。
「人数と構成、および装備などで報告すべき点は。」
聞かねばならないのは、次につなげるための情報だ。これはいかなる場合でも適用される。 軍事教練でならう初歩中の初歩。情報をより多く持っている者が戦闘を支配する。
『人数は3,影から推測するに男女比は1:2。装備は不明。報告すべき点は――』
口篭もる。 何か言い辛いことがあるのだろうか――。そう言えばトラップに引っかかったと言っていたが,チーム二人が同時にかかるわけもない。 なら,後一人は…?
「おい,そう言えばもう一人はどうした?」 『……。トラップで行動不能になったのは俺だけだ。クレイは――』
クレイとは相方の名前なのだろう。 …いやな予感がする。
『――迎撃されて吊るされた()。奴らはヤバイ…救援を頼む。通信終了()』
それを最後に牙2からの通信は切れた。 いつのまにか静まり返っていた本部が――
その雰囲気が。
熱く,燃え始めた。
▽ △ ▼ ▽
日が落ちる前に食事をとった私達三人は,目的地――ランディ―ル広原の一角にある英雄と邪竜の決戦場――史跡を目指す事にした。
史跡。 クレーターを中心として,そのほぼ円周上に点在する5つの鉄柱。表面は短時間のうちに高温に曝されたのか,内側を向いている方向だけが溶解し滑らかになっている。 鉄柱は5つ――しかし,本来は6本で完成系を見るはずだというのが通説だ。 5本の鉄柱は,最後の一本が在れば正六角刑を形作るように配置されているからだ。 失われた最後の一本の場所には,代わりに巨大な亀裂がその姿を見せている。鉄柱の用途は不明。大規模魔導陣の可能性もなくはないが,それを形成する主要物質である魔鋼()の存在したという痕跡は残っていない。 つまり鉄柱の用途は不明。1000年前にこの場で散った英雄ランディ―ルのみが知る事実。 クレーターを中心として配置された5本の鉄柱,そして巨大な亀裂。
これらをすべて含めて"史跡"と呼ばれている。
△
現在史跡周辺に展開している組織がある。
彼らは魔鋼錬金協会。
その前身は古くから存在する秘密結社()であり、現在は王国経済の主要生産品魔鋼()管理する公的機関だ。 魔鋼に精通しており,その生成法,物質特性,及ぼす効果,影響に関する洞察は深い。 それと刻印技術においては右に出るものはいない。 彼ら…魔鋼を扱うファルナの魔法使いたちは,皆等しく優秀な錬金術士()達なのだ。
その中でも学院と並ぶほどの知能集団()が,彼ら魔鋼錬金協会の現在の実態だ。 1000年前の組織と何が違うかというと――意識が違った。 現在の彼ら()は,倫理を無視するようなことは一切していない。 以降1000年。 彼らは王国に益することはしても,決して損をなすような結果を出したことはない。
その最たる例が,50年前の第一次世界恐慌の際に提供した魔鋼生産技術。 これによって王国の国際的な地位は一気に向上し,世界の主要国として世界政治に参加する王国として名を広める結果になった。 それゆえの魔鋼錬金協会の公的機関化。
少なくとも,疑うべきところはないように思える。 この1000年,彼らはひたすらに研究し,国益になる研究を多数発表してきた。 しかし――
今回は,何かしら違う気がしてならなかった。 歴史にのこる数々の魔鋼錬金協会の研究成果…それとは違った雰囲気を"ここ"では感じる。 はっきりとした実感には至らずとも,不穏な空気を感じてならない。 それを、"私の直感"が感じ取っている。
何かが起こる。と。
▼ ▽
「敵部隊接近中…,左右からフォーメーションC-3。装備はA-3DTR()だ…しかしあれは欠陥品だったな。」 『詳細は?』
俺はA-3DTR…最近市場に出回り始めた銃型ARMS()のスペックと欠陥点を思い出す。 あれは――
「性能的には問題ないんだが,いささか攻撃が直線的になりすぎてる。後,防御概念が紙だから突破は易いはずだ」 『了解』 『承知しましたわ』
俺――ケイン・アーノルドはここ一ヶ月で自作強化した複合魔法駆動機関()の装備,多目的総合情報バイザーの暗視ゴーグルを通して周囲の状況を確認していた。 前衛と後衛のミコトとウィリティアは前線だ。遭遇した敵の排除を行ってる。
今遭遇した敵は,どうやらミリタリーオタク…リディルにある数多くの軍事戦闘同好会()のひとつだ。 装備ばっかり最新のものが揃えられていて,まぁ見る分には俺は飽きないのだが。
「身体強化を確認。タイミングを合わせて仕掛けてくるぞ」
銃型ARMSの特性を考えると,自然とヤツラのとる行動が読めてくるのは修理工の俺としては当然の事だ。 あれは攻撃特化の魔法駆動媒体()。 確かに威力としては申し分ない一品では在るが,所詮1アクションしか保たない。防御魔法を展開するには概念が足りない。 ゆえに―――
「ご、ごほぅ!」 「ぎゃああ!おたすけーー」 「こ、ころさないでしにたくないしにたくない・・」
こうなるわけだ。
▼
周囲を包囲したつもりのオタク共が攻撃を開始した。 ケイの言ったとおり,ヤツラの攻撃はマニュアル一辺倒の面白みのない物で,3対2という状況を有利に使えていない。 一人は囮,残りの二人で一人を確実につぶす戦法でかかってきた。 無難といえば無難だけど,これが通用するのは実力的に差がない場合のみ。
「オタクと戦技科をいっしょにするな!」
叫び,分断しようと接近してきた一人――私の方が強そうに見えたのかな…――を迎撃。 やつは手前3mから発砲・同時に攻撃魔法駆動。炎性弾の投射。
二回首を左右に捻って避けた。 認識強化してるのだ,銃弾では当たらない。遅い魔法駆動でも当たるはずがない。
「へ?」
間抜けな声が聞こえる。 しかし私はかまわず――腰の短剣を逆手に持ち,接敵・短剣の柄で鳩尾にきつい一撃を見舞う。
それで敵は倒れた。
▼
敵は二人。 どちらも高速で迫ってきた。 装備は充実しているらしく,恐らく暗視ゴーグルのみを格納した魔法駆動機関()を装備していると予測する。
ウィリティアはゆったりと体術の型を構え,とりあえず待つ。 攻撃が直線的過ぎる。"銃"という攻撃属性がそうであるとは言っても,こちらも最低限の認識強化の補助魔法はかけている。 銃弾など当たるわけがない。 ちらっとみたミコトの戦闘のように首を捻れば交わせる程度でしかない。
――なんで銃なんて使い勝手の悪い武器を使うんでしょう?
それだったら杖型の方がよっぽど趣と実用性が在りますのに――と場違いなことを考えつつ。
敵が二人,夜の上空へと飛翔するのを確認。 上空からの急襲は襲撃の基本。だが,この場合は襲撃とは言えない。 むしろこちらの迎撃の機会だ。
それをただただ見届けて――
譲り受けた指輪型ドライブエンジンに魔力が伝わり,一瞬だけ手首部分の装甲外殻――篭手の外観を構成する魔力格子のみを仮想駆動()。
「駆動:簡易式:中範囲:風撃」
魔法稼動。
それで終わった。
高速で魔法が駆動する。 ウィリティアを中心とする半径10mで暴風が吹き荒れた。 飛び上がった二人は攻撃に意識を集中していたせいか,吹き荒れる風に体を攫われ派手に地面に叩きつけられた。
うめく二人組みに殊更ゆっくりと近づくウィリティア。 その表情には微笑を浮かべつつ――
「もう,おわりですの?」
▼
「やれやれ…」
俺は一息ついた。 先ほど軍の追い込み部隊の二人を撃退してからやけに攻撃の度合いが増している気がする。 奪い取った軍人のIDを見て,もう一度ため息。
とりあえず今回の戦闘も無難に乗り切った。 下ではミコトとウィリティアが掃討にかかっている。 ミリタリーオタクの後方支援()も容易に方がついたようだ。 意気揚揚とこちらへ向かってくる。
「お疲れさん」
ねぎらいの言葉を掛けるくらいは俺だってする。 まぁ何もしてないしな。
「どうって事ないわよ」 「手応えがありませんわね」
しれっと答える二人。 しかしやはり,その手際はいい。 意外だと思ったのはウィリティアの戦闘力の高さだ。これほどとは。
「ウィリティアがここまで強いなんてなぁ」
俺の言葉に,彼女は あら,と微笑む。
「わたくし,まだ全然本気を出してはいませんわよ?」 「…なんですと?」
耳を疑う。 あれで本気ではないと。
先程の風系範囲魔法はかなりの高速駆動だ。俺の全力に匹敵する制御だとおもった。 それを苦もなくこなしたウィリティアには,確かに余裕は見て取れたが――
「本気のウィリティアは,私と同じ位強いわよ?」 「…なぬ。」
ミコトの何気ない一言に俺はフリーズ。 ウィリティアは変わらぬ笑みを絶やさない。コメントもしないと言うことは,それが事実だということか。
「果たして,ここに俺がいる意味ってあるのかね?」 「あるわよ」 「当然ですわ」
思わず自分の不甲斐なさに呟いた一言に,ミコトとウィリティアは即座に返してきた。 が,どうにも信じられん。
「ケイがいなかったら,さっきの軍の二人の接近に気づかなかったし,結構危なかったわ。」 「それに,ケインの設置したトラップが功を奏して楽に彼らを排除することができたのですし」
そうなのだろうか。 うーむ。
「悩むことなんてないよ。…その,私が選んだんだし,ケイは必要なの」 「悩むことなんてありませんわ,ケインはすばらしい成果を上げてます。…わたくしが見込んだだけの事はありますわ」
もじもじと。 だが,お互いの言葉に反応して即座に睨み合いを開始する。
いや,いい加減それはいいから。 それに,そんなに俺を買かぶらなくてもいいんだが。
「とりあえず」
俺の一言に,二人の意識がそれた。
「これからどうする?」 「そうね。なんか襲撃が頻繁になってきてる気がするし…」 「そうですね。」
実はミリオタの襲撃は,前回の遭遇戦からまだそれほど経っていない。 気づかれないようにと極力光学系の魔法は使っていないのだが,先ほどの炎性弾の魔法でこちらで動きがあった事はばれているだろう。 この後襲撃,もしくは遭遇戦になる確率は結構高い。 となると,これに対処する最適の策は――
「罠かな」 「罠だね」 「罠ですわね」
そう言うことだった。
▽ △
数分後。 三人の学院生との交戦があった区域に"後続部隊"が到着する。 すでに"敵三名"はその場を去った後であり,向かう先を特定するために付近の探索が始まった。
周辺はちょっとした丘の下。 上空には三日月が出ているが,光源としては乏しい。 本来ならば暗視装置をつけ姿を晒すことなく痕跡を捜索をしたいのだが,今回は訓練だ。
"お前等を捜しているぞ?"
と言う威圧を篭める意味で,光源をつかった探索が行われることになっていた。 が,それは失敗だった。
しかも結構致命的な。
△
――光爆。
丘を二つほど戻った地点で"仕掛けた罠"が作動した。
「おー」
光学系の設置駆動式。 地面に書いた駆動式に魔力反応流体金属()を垂らし,駆動式として効果を持たせる。 発動のための魔力は魔力誘導結線()を少々細工し,"周囲の状況変化"にあわせて魔力を供給すると言う駆動式を編んでおいた。
"周囲の状況"の初期設定値は"暗闇"と"熱量"。 明るくなったり,人数が増えて設定した領域の熱量が一定を超えたりすると設置した"複数の"駆動式が連鎖反応。 先程の光爆につながるわけだ。
と言っても,さすがに殺傷能力を持つものではない。 精々目くらまし程度の効果しかもたらすことはないのだが…
「しかし,あの連鎖光爆だと」 「うん、確実に前後不覚になるね」
その程度ですめばいいが,と言うのが正直なところだ。 多少汗をたらしながら半眼でその光の影を見る俺とミコト。 コメントは的確だが,どこか棒読みなのはしょうがない。
強いストロボ光を目の前で瞬時に複数回たかれてみればわかる。 光と闇の点滅は,情報の7割を取り入れる機関――視覚にダイレクトに伝わる。 連鎖する光と闇の切り替えは眩暈・吐き気・失神をもたらす要素となりうる。 それを狙っていたとは言っても――
「ちょっと…やりすぎたでしょうか?」
何故か光爆を見つつ微笑むウィリティア。 効果の発案者は然程気にしていないみたいだ。
△
「うわわ,やるねー」
三人の進む丘からちょっと離れた地点。 ミスティカ・レン()はその光景を見ていた。 すさまじい光が瞬間で8回瞬いた。付近に居たとしたらダメージは大きそうだ。
「先輩もとことん容赦なくなってきたっぽい…昔の反動かな」
ちょっと冷や汗を垂らす。 おもしろ半分でからかうと痛い目にあいそうな感じ。気をつけよう。
カレンのEX特性は加速力。 その性能は夜間という状況と相俟ってこの周辺一帯を彼女の領域に仕立て上げている。 どこに居ても気づかれずに高速で移動可能な彼女の力は,隠密行動に特化していた。
それ故に,朝から気づかれずにずーーっと3人をマークしつづけている。 無論ご飯などの携帯食も完備していて抜かりはない。
「これはこれで寂しいけど…」
レーションを齧りながら呟く。 暗視ゴーグルの先に居る三人の影は、遠回りながらも着実に"史跡"に近づいている。
「さてさて。何が待っていますやら…」
カレンも行動を再開した。
△
▽ ▼
「実験開始。」
史跡に設置されている魔鋼錬金協会の仮設本部で命令がくだされた。 指揮を取るのは長身痩躯の老人。その瞳は鋭い眼光を放っている。
彼は探求者ルアニク・ドートン。 現魔鋼錬金協会長であり,公的機関として立ち上がった初期のメンバーの最後の一人。 そして――また,彼は最後の錬金術師()でもある。
「実験開始します」 「電力供給開始」 「古代都市との情報接続()開始」 「衛星通信網,開きます。」
オペレータの確認と同時に作業開始。 発電機の回る低い駆動音が周辺を覆う。 同時に,仮設移動式本部に設置されているスーパーコンピュータに光が灯った。
次々に灯るモニター。
セットアップされるOSと,起動する各プログラム。 これらはすべて過去の古代都市から復元された科学技術の一端だ。
外部に設置されているアンテナから,虚空へ向けてコマンドが発信される。 衛星で受信したコマンドはそのまま反転し地表へ向けて再送信。 ファルナ郊外の魔鋼錬金協会管理の各種施設の中に極秘に設置されている衛星アンテナで受信し,実線を持って地下に埋もれる都市のメインコンピュータに送られる。 コマンドを受け取った古代都市のメインコンピュータは,そのコマンドにしたがってデータを検索・再送信。 逆の経路をたどってこのランディ―ル広原の仮設本部のスーパーコンピュータで処理するまでにかかった時間は,ほんのナノセカンド()。
「データ受信完了。モニターに表示開始」
応答と同時にモニターに映し出されたのは,遺産がもたらす科学技術――現在のこの周辺のエネルギー変位を示す数値を画像化したものだ。
「第二段階,開始」 「第二段階開始します。」
クレーターの内円部にソーラーパネルのように設置された魔鋼()。 それら一つ一つに導通している魔力線()を介し,中央制御装置に設置された"杖"から魔力が供給され始める()。 膨大な魔力は一瞬ですべての魔鋼を活性化。刻印された駆動式を稼動させ始めた。
「第二段階成功。」 「よろしい」
ルアニクはその光景を見ながら,しかし瞳の眼光を緩めない。 衛星からの状況観測値を報告させる。
「エネルギー場に変動は」 「現在,初期値にて安定しています」
魔力のみの反応では周辺のエネルギーへの直接への干渉はない。 それはわかっている。 駆動式を稼動させ,事象への干渉――現象として発生させなければ意味がないことは。
「第三段階,開始」 「…第三段階,開始します」
オペレーターの手元が忙しくなり始めた。 さまざまな各種コマンドを打ち込み始める。それは衛星へのコマンドではなく――
「魔鋼活性化開始。」 「駆動式展開開始。」 「状況シミュレート開始。」 「魔導陣と衛星との通信回線の接続()開始。」
周辺の状況に変化を起こす()ための各種操作。 それは――
「情報統合開始,魔導陣中央制御装置と衛星へのリンクを試行。」
惑星監視衛星の蓄えてきた過去1000年のエネルギー変動の状況を,展開した駆動式を通し現象としてシミュレートする魔導陣だった。
―――・試行開始 ・・・・・成功()
「試行成功。…限定領域情報再現機構(),作動開始します。」
その言葉に,ルアニク()は深く頷いた。
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■102 / ResNo.20) |
"紅い魔鋼"――◇十話◆後
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□投稿者/ サム -(2004/12/23(Thu) 14:08:28)
| ◇ 第十話 『嵐の前の静けさ』後編◆ ――光。
駆動式を構成する光が,そこに起こった。 それは空中で絡み合い,複雑に接続し―――ひとつの光の文字で構成された球となる。
儀式。
大規模魔導陣――。
▽
過去数度行われた魔導陣の研究と実践は,そのいずれも失敗に終わっている。
理由は単純。 それを制御しきるモノがなかったと言うだけの話だ。 数千の魔導機関――数多の基礎駆動式の構成状態をすべてに管理しきる程の知能()を持つモノは,そのときは居なかった。 が。
――古代遺産。 これの応用は盲点と言えただろう。 そして,実際に応用に漕ぎ着けるとするならば――それだけの知能知識知恵をもつ団体は数少ない。
ひとつは王国工房。 れっきとした王国直属の研究機関で,ドライブエンジンのブラックボックス,閉鎖式循環回廊を完成させたところだ。
ひとつは王国工房と提携する,各ドライブエンジンメーカー。 最近では工房に匹敵するかと言われるほどの先端技術を独自に開発,応用・実用化しつつあるとも言われている。
そしてもうひとつ。 王国に属する公的機関,魔鋼錬金協会。 魔鋼()の量産体制を整えた唯一の機関であり,その技術の一切は不明とされていた。 彼らは知者であり,それゆえの錬金術師()。 構成メンバーの一人一人が膨大な知識を有し,総称してこう呼ばれている。
――頭脳集団(),と。
今の魔鋼錬金協会を治める人物は,それを公的機関として立ち上げたときから参加していたメンバー,"探求者"ルアニク・ドートン。
その彼が,動き始めた瞬間だった。
▽
光の文字で描かれた球形魔導陣が突如進行先の上空に出現した。
それを見た瞬間,三人はそれぞれの魔法駆動機関()を稼動させていた。 もうなりふりなんか構っていられない。 三人は頷き言葉を交わす事無く同じ動作に入る。
「駆動:開放:増設脚部ユニット」 「駆動:仮駆動:"隠者()":脚部ユニット"疾風"」 「準駆動:"精霊()"」
三者三様のドライブエンジン。 それぞれの状態に合わせ,ドライブエンジンを開放した。
ケインはデバイスに格納した追加ユニットを多重起動。 ミコトは"おばあちゃん"から譲り受けた腕輪のドライブエンジンを部分駆動。 ウィリティアも母から譲り受けた指輪のドライブエンジンを制限駆動。
三人とも高速機動ユニットを展開した。 転じて疾駆開始。 今までとは打って変わって魔法駆動による重力変化・一定方向への連続加速制御による巡航機動()に移る。 脚部ユニットの下部――足の裏面に展開した仮想力場で三人の体は銃弾のようにすっ飛んでいく。
「ケイ、ウィリティア! あれ読み取れる!?」
展開した大規模魔導陣を睨みながらミコトが叫んだ。 みるみるうちに巨大化するアレは,各所に投射された式がそれぞれ独立に展開を開始し始める。 いったい何で制御していると言うのか。
「式が込み入りすぎてわかんねぇ!」 「もう少し近づかなくては…!」
距離が遠すぎて如何せん魔導陣の構成の大部分の魔導機構()が読めない。 イコール,陣の効果がわからない。 直感は,"アレは危険だ"と叫んでいるのだが,何がどう危険なのかがわからないと逃げようにもどこまで逃げれば良いのわからない。 ならばやはり,直接近付いて確かめるしか道は残されていないと言うことか。
く、と歯噛みする。 状況は始まってしまったらしい。どうにもこうにもいやな予感がしてならない。 それは勘ではなく,たしかな確信に変わりつつある。 近づかない方がきっと得策なんだろう。でも――
「ごめん、わがままだろうけど…あれを止めないとヤバイことになる気がする!」 「具体性がありませんが,膨大な魔力の流れと式の展開の速度を見るからに…人が制御しているわけではないようですね」 「持ち込んだスパコンを使ってるんだとしても,いったい何をしようってんだか」
何も言わずに私のわがままに付き合ってくれるケインとウィリティアに感謝する。 正直うれしい――が,素直に言うには照れくさい。
「埋め合わせは後でするね」
だからそう言ってごまかして見せる。
「あら。楽しみにしていますわ」 「精々期待しないで待ってることにするよ…」
三人で同時に苦笑。 ひとまずそれは置いて置く事にしよう。 今は――
「急ごう」
私の言葉に二人が頷く。
「ええ。」 「おう。」
一路,魔導陣へ。
▽
「ちょっと,なにあれ…」
カレンも現状は把握していた。 しかし,状況はわかっていない。
わかっている事は,史跡上空に現れた魔導陣が信じられないくらいの()魔力を発生させ,それを元に形作っている"式"を駆動させようとしている事,くらいだ。 状況はわからない。 これからどうなるかも想像できない。 駆動式ははっきりと見えるのに,彼女にはそれを理解するだけのキャパシティがないからだ。
彼女――ミスティカ・レンはExclusive。 EXは生体魔力変換炉と単一駆動式しか持たず,それのみを使うことができる。 それゆえの無制限魔力量と,限定効果魔法駆動と言う両極端な能力を持つ。
突出した一つの才能。 しかし,逆に言えばそれ以外のすべての魔法が使用不可能。
彼らEXは汎用駆動式の稼動すらできない。 自分のもつ単一駆動式以外は理解不能だからだ。これは才能でも何でもない。生まれつきそうだ,と言うだけだった。
それ故に,カレンには空中に浮かぶ巨大な魔導陣の示す効果が何なのかはわからない。 しかし――
「あーもう! 先輩達行っちゃった…私も行かなきゃだめ!?」
叫びつつも行動態勢に入る。 無自覚で力場展開・加速準備。
それは無意識の"魔法行使"に他ならない。
精密精工な駆動式が一瞬だけ彼女を包み,瞬間。 彼女の姿はその場から消え去っていた。
▽
「高速接近するドライブエンジンを感知,数は3」 「モニター廻せ」 「北東部より接近中…S95監視区域に入る。」 「確認。映像解析開始・照合開始」
一連の報告が数秒で上がる。 発令以降モニタリングしていたルアニクは,その報告をその場で聞いていた。
接近する三名のDエンジン使いは,恐らく北部で演習訓練をしている軍がこちらの状況の変化を感知し偵察に向かわせた兵だろう。 偵察,情報の収集,撤退の三拍子ですぐさま帰投するはずだ。
ルアニクはそう予測した。 が。
「照合完了,北部地域で行われている演習訓練に参加していると思われる学院関係者です。」
――なに。
「映像,出ます。」
巨大なメインモニターの一角に縮小表示される三人の男女。 三人はそれぞれが別々のドライブエンジンを展開し,広野を高速で移動していた。
「――ほう」
内二人の女性が身に纏っているドライブエンジン――その装甲外殻()に興味を惹かれる。
一人はドライブエンジン内に格納してある装甲外殻()の脚部のみを顕現,装着稼動している。 もう一人は,装甲外殻の格子部分のみを魔力線()で構築し,全身に仮想展開している。
どちらもまだまだドライブエンジンを使いこなせていない証拠だ。 魔力不足と言う理由もあるのだろうが――
「まだ,未熟だな」
85歳とは思えない張りのある声で呟く。
――しかし,当初の想定よりも早く反応する者が現れるとは…
まるでこの事態を予測していたような迅速な行動。 "強力な"魔法駆動機関()の準備。 自分の予測を超える行動を見せた彼らこそが,予測しうる最大の不確定要素のだろうか,と思考する。
もし,そうであるならば。
「私が向かおう」 「先生?」
ルアニクの言葉に,オペレーターを含む全員が振り返る。 魔鋼錬金協会の長である彼――ルアニクは,ここに居る全員にとっての教師でもあった。
「なに,無理はせん…いち早く事に気づいた者にはそれなりの講義を開くのが私のポリシーでね」 「そう言えば,そうでしたね」
この場に居るルアニクに次ぐ責任者,ディヌティスが苦笑する。 彼はルアニクの側近にして次期魔鋼錬金協会長とも噂される人物。 錬金術士にありがちなアンバランスな性格ではなく,知識知恵,精神のバランスのとれた人格者だ。 人脈も広く,また同僚達からの信頼も厚い。
「ディヌティス,状況に予定外の変化が見られるようだったら君の判断で――」
ルアニクは中央制御装置の核として膨大な魔力を放出している,魔鋼錬金協会に伝わるうす紅い杖を一瞥した。
「アレを持って退避したまえ。どのみち,私が予定している状況が発動してしまえばそうなることではあるが。」 「わかっています。先生は気兼ねなく,ご自分の研究を完成させてください…それが,私達の願いでもあります。」 「すまんな…。こんな老人の我侭に付き合わせてしまって」
いえ、と言うと,そろって彼らは苦笑する。
「このような二大技術の粋の実地検分に立ち会えるのは,むしろ光栄の極みです。――後は,お任せを。」 「頼む。」
そして,ルアニクはその場を後にした。
▽ △
疾駆する三機のドライブエンジン。 わずか数分で魔導陣の広がる上空の真下――史跡へと接近しつつある。 ミコトの限定駆動状態()された疾風(),ウィリティアの仮想全展開駆動()された精霊(),そしてケインの複合魔法駆動機関()に追加された高機動ユニットは,それぞれ同一の高速機動魔法を稼動させながら最後の丘へと差し掛かった。
△
「ウィリティア,人工精霊の電子解析は使えない!?」
ミコトの叫びにウィリティアは首を横に振った。 ケインが隣から叫びながら答える。
「魔導陣の構成駆動式全部が電子解析不能に細工()されててデジタル()じゃ見れない,しかもこの距離だと俺達の主観にも望遠暗示効果が掛かってて式の認識が阻害されてる,もっと接近して肉眼()で確かめないとハッキリわからん…!」 「ち,やっぱそうか…」
ミコトは先ほどからの自己解析不能の原因を理解した。 どうにも人口精霊ロンからの回答が"解析不能"と提示されるわけだ。 つまり,あれは最低限の機密保持処理と言うこと。 しかし――
「この丘をジャンプ台にして一気に接近するよ!」
ここで一気に距離を詰める。 陣の解析と対処はウィリティアとケインに任せたほうが良いだろう,その方面に関しては素人の自分がでしゃばるよりも遥かにましだ。 そして,それ以外の雑事は私が請け負わねばならない。
「これだけ大規模な陣を展開するくらいだから,妨害はあるって考えてて!すでにもう気づかれてると見ても良いかもしれない,もし迎撃されたら私が引きうけるわ!」
これが最善だ。 意図を察したのか,二人は反論なく頷く。
「わかりましたわ!」 「…わかった,情報を収集した後できるなら陣の停止,無理なら撤退か?」 「そ! 多分そんなに時間はないから,ベースキャンプに戻って早めに再出撃になるけどね…!」
そう言いつつも丘の上りに差し掛かった。 助走距離は十分。 三機のスピードは一気に上昇し,丘を踏み切った…,…!?
三日月の浮かぶ虚空に飛び出した三機のドライブエンジン。 そして―――正反対側から同じく猛スピードで迫りくる一つの影。
認識できたのは――
「二人とも,先行よろしく!」
ミコトだった。
▽ △
ほぼ同等のスピード。 正反対のベクトルで交差した二つの影は,その接触の瞬間に発生した膨大なエネルギーを余剰魔力に変換して虚空に散らせた。
接触の瞬間,ミコトは意識下で発動させた己の型――円舞()での迎撃が,相手――徒手空拳だった老人の拳をいなした。 しかし―― 直感に従って()展開部位を肩から両腕にかけての胸部装甲外殻展開()に切り替え,更に魔力を集中していなければそれも危うかった,と衝撃に痺れる腕が証明していた。
「つぅっ!」
口の端に上る苦痛を無理やり押し込め,一瞬前に踏み切った丘の頂上部分へと降り立つ。 無論,衝撃はすべて無効化()済みだ。 それは相手も変わらない。
痩躯の老人が一人。 三日月と,その下で展開されている魔導陣を背にこちらを見つめていた。
「…あなたはどなた?」 「君こそ何者だね?」
▽ △
最後の丘をジャンプ台に,俺は虚空へと飛翔する。
――駆動:重力中和:飛翔
駆動式の稼動()と同時に地面を踏み切る。 タイミングは,今回の演習のために改造した俺の両手の複合魔法駆動機関 ()を制御する補助電子AIが実行している。問題なし。
虚空――夜の闇が覆った三日月が綺麗な空間。その眼下に広がる光景――巨大な魔導陣。 今まで見てきたどの実験のスケールをも圧倒するその巨大さ。まさに異様だ。
上空から見てわかった事がある。 球形の魔導陣の直径は,その真下にある史跡――クレーターとその外周にある5本の鉄柱を含むほどの大きさ,つまり直径300mほどはあると言うことだ。 近付くことで望遠意識妨害が弱まり,陣の概要が大まかにつかめてきた。これは――
と、ミコトが突然突出。次いで言葉が俺達に届く。
「二人とも,先行よろしく!」
ハッして前方を認識・確認。 次の瞬間には激突による魔力の放出現象が起こり,一瞬だけ空中を緑光が満たした。
――迎撃。 なら,先ほどの予定通り俺達は陣の稼動を阻止するために先行しなければならない。
墜落した二つの影は,しかし何事もなかったかのように今踏み切ったばかりの丘の上に着地・相対していた。 ミコトが請け負ったのは,敵の迎撃の足止め。
俺達は俺達の出来ることをしなければならない。しかし――
アイツ一人に戦いを押し付ける苦しさ()。 軋む心。
「…くっ」
意識を無理やりに切り替えた。
まずはやれる事をやる。 そしてやらねばならない事をやる。 それが迎撃を請け負ったミコトへの援護にもなるはずだ…!
視線を隣――ウィリティアへ。 彼女も似たような表情をしている。考えることは同じか,でも今は――
「先を急ぎましょう」 「わかってる…!」
▽ △
「情報統合完了。接続状況()安定。システム順調に作動中」 「連動実験に移行する。各設定値()の確認後,予定されたデータと魔導陣の接続状態を報告。」 「了解,設定値確認」 「格納データ確認」 「接続状態良好」 「衛星監視システム順調に作動中」
ディヌティスの命令に,周りのオペレータの復唱が続く。 いよいよ連動実験。これからが,いよいよ本番だ。 本来ならば,先生がこの場で指揮を取るはずなのだが――と渋面を作るが,それは先生()自身の選んだ選択であって,それが間違っているはずがない。 今までがそうなのだったのだから,託されたこの場の指揮に間違いはない。
ディヌティス――だけではなく,魔鋼錬金協会の協会員は,皆,会長であるルアニク老を信頼し尊敬している。 類稀なる知識,知性,穏やかな性格,そしていつでも何かを求める飽くなき探求心。 90に近い年齢だと言うのに,それを感じさせないほどの健康体。 教えを請えば厭う事無く知識を分け与え,些細な疑問にも何らかの提示を残す。 しかし決して答えは教えない。 曰く
『答えとは…いつもここにある』
そう言いつつ穏やかに自らの胸を片手で押さえるのが師・ルアニク・ドートンの癖だ。 その仕草の真意はいまだにわからないが――いつかわかるときが来るのだろうか,とディヌティスは思っていた。 決して答えを提示しない師は,いつも何らかの切っ掛け()を残してきた。 その仕草,その言葉の意味。 それを考えるのが――今後の私達の最大の課題なのかもしれないな…そうも思い苦笑する。
「全設定値()確認作業終了。」 「…よろしい。それでは連動実験に移る…データリンク,開始。」 「データリンク開始します。設定値入力開始」
実験工程最終段階,開始。
▽ △
自分は近接攻撃メインの格闘タイプ。 戦闘において戦闘方式()を認識することは重要な要素だ。 それは自らの長所と短所を把握することにつながるのだから。それは局地的な戦闘においては勝敗を左右する重要な要素に成り得る。
私は半年前――自分の魔法の稚拙さを"実戦"によって痛感した。 別に使えないと言うわけじゃない。 しかし,彼女――EXの魔法行使はそれほどの高みにあった。
それだけではない。 戦闘における瞬時の判断、決断、実行力。 伴う魔法の選択,威力。 どれを取っても自分を遥かに凌駕する実力。 戦闘訓練で見せていた武器の扱いを初期設定に魔法と言う変動値()を与えることによって数倍にも数十倍にも飛躍する戦闘能力。 しかし,天性のものだと思っていた圧倒的な力の正体とは,実は全てがその"基礎力"に集約されていた事に気づいたのはここ数ヶ月だ。
『魔法とは付加要素に過ぎない。しかし、局面を打破するには重要な要素でもある。』
言葉の意味はわかっていても,実感を伴わねば意味がない。 自分は実は何もわかっていない。それが現状での最大の理解。精一杯の認識。
△
そしてそれを再確認させる状況が――今このときに他ならない。
目の前の老人。 彼は先ほど私達三人を迎撃し,しかし私が留まることで二人を逃すことは出来た。
ミコトは冷静に状況を把握する。
――実力の差は圧倒的。 まともに戦っても負ける、奇策は通じない。手は今の所ない――これからもない。
圧倒的な実力差の前には,魔法と言う変動値も意味をなさない。 現実は数学や計算では成り立たないが――しかし、覆り得ない現実があるということもまた事実。
場の停滞とは,圧倒的な実力差のある者の余裕により成り立つ。
一つの真理だ。 拮抗した力を持つ相手以外で膠着する状況を考えるならば,圧倒的な実力差における敵の驕りが擬似的な膠着状態を作ることはある。が―― 目の前の老人には,恐らくそのような驕りも油断もない。 しかし勝負を決め,先行した二人を追わないということは――
「…わたしに何か御用でも?」 「状況の認識と判断力にも富んでいる…優秀な生徒だな」
静かに微笑む老人。
そして―― その背後の魔導陣が淡く光り,輝き始めた。
▽ △
「稼動し始めた…!」
光を発しながら直径300mの巨大な球形魔導陣の駆動式群が構成する軌道を回転し始めた。 それ以外の部分でも,周りの式に合わせて式の形態を変えつつ効果を発揮するための態勢を整えつつある。
広がる眼下の光景――魔導陣が,突如意味を発した。 それはすなわち――
「遠隔主観妨害が切れましたね。"スティン",解析開始()」 『Yes』
応答したのはウィリティアの魔法駆動機関()の人工精霊スティン。 すぐさま仮想駆動()中の仮想外殻装甲頭部に組み込まれている解析装置を起動・解析開始。 結果はすぐにでもわかるはずだ。
「ざっと見た感じ…あれはシミュレータか?」 「ですわね…それでも規模が大きすぎる気はしますけど」
高速で接近しているはずなのに,依然として距離感がつかめないほどの異様さを誇る巨大な魔導陣。 認識妨害の効果範囲外に入り込んだ事で式の意味を読み取った二人は,同一の結論を出した。
『解析完了()』 「共有領域に公開表示」 『Yes』
視界を覆う半透明のバイザーに表示される解析結果は,チームをつなぐネットワークを介し全員で共有される。 全員が同じ情報を共有すると言う事は,戦場において有利な状況を作り出すことが出来る。 電子制御を導入されている魔法駆動機関()だからこそ出来る特徴でもある。
と,解析結果を見たケインが疑問の声を上げた。
「これ,ちゃんと稼動するのか?」 「,…これは」
ウィリティアも"その部分"に気づいた。 巨大だけれど緻密で精巧な,一つの芸術とも言えるこの魔導陣。 しかし,解析した結果からとんでもない欠陥を見つけた。というか一目瞭然だ。
「空白の式がある…?」 「いや。…どうやら何かの設定式が代入される感じだ。」
効果発生時刻の設定式のつもりだろうか? と頭をよぎったが,それはすぐ消した。 世界そのものに干渉する"魔法"は刹那のものだ。 式を維持する魔力によって多少の継続は可能になるが,それは"時間"とはまた別の要素に過ぎない。 そもそも,"時間"がヒトの生み出した概念に過ぎない以上それを"世界"に適用する事は筋違いだ。 しかし,これはどうみても――
「…考えても埒があかない,とりあえず制御装置を捜そう」 「…そうですね」
釈然としない思いを抱きながら,二人は異様を誇る魔導陣へと最後の加速に入った。
▽ △
「まずは何が疑問聞く事からからはじめよう。聞きたい事はあるかね?」
老人は,まるで講義をするかのような口調でそう切り出した。 見た目60代くらいのその男は,まるでこちらを試しているような雰囲気も感じられる。 ミコトは数瞬考え,即座に疑問を提示した。
「あなたは誰ですか。」 「ルアニク・ドートン。アスターディン王国の公的機関,魔鋼錬金協会の会長職にある。」 「あなたは何をしているのですか」 「研究の実地検証,と言ったところか。」 「内容は」 「真実の究明。」 「具体的な方法は」 「アレを見てわからんかね?」
ルアニクの背後――その夜空に輝く巨大な魔導陣。 ここからでは光り輝く帯が何本も重なり複雑な模様を編み上げている事しかわからないが,その一筋一筋が自分の纏う魔法駆動機関()と同等の駆動式を有している事くらいはなんとなくわかる。 それだけの制御を必要とする,実験と称するその行為。一体何をしようとしているのかはわからない。 が――
「今すぐ止めてください,アレは危険です」 「…ほう。なぜ危険だと感じるのかね?」 「それは――」
彼――ルアニクの瞳はひたむきに真摯である事を見て,息を呑む。 正直に告げるべきか――?
「…勘,かね?」 「…!」
唐突に告げられたミコトの真実。 初めて会うルアニクという魔鋼錬金協会()の会長の言葉でミコトは何も言えなくなってしまう。 それとは関係ないように,彼は話しつづけた。
「そういった人間は,いつどの時代にも世代にも居るものだ。力のバランスを取るとでも言うのか。片方のバランスが崩れそうになったら,それと対を成すもう片方でバランスを取ろうとする均衡制御作用。ヒトの体系に必ずついてまわる関係だな」
彼はミコトを見つめる。 微笑みと共に。
「君の言う危険…それは私も承知している。アレを行う事でこれから引き起こされる事態――それこそが私の求める目的の足がかりとなるものだ。」 「…なら,なぜ――?」 「私にとっての答えがそこにあるからだ。魔法の根源,世界との関わり。起源()のもたらした技術の真実が,ね。」
わからない。 ミコトには何を言っているのか理解する事は出来ない。
「――まぁ,疑問に思わないのもしょうがないだろう。しかしこう考えてみた事は無いかね? なぜ私達の使う魔法は"魔法"と呼ばれているのか?とは」 「なに,を…?」 「これは技術だ,と言われている。人が使う事の出来る技術だと。しかし一般に呼ばれている名称は"魔法"だ。ここに小さな矛盾が生じているだろう?」
技術とは人が作り上げてきた自分たちの力だ。 しかし,ルアニクは"魔導技術はそうではないのではないか?"と言っている。 そしてそれは――確かにその通りだ。
「偏在する事実を見てみるといい。そこには常に根源的な違和感と矛盾点を数多く内包している。しかし誰もそれを疑問とも思わない…まぁどうでも良い事だからだろうが――私は性格上"どうでも良い事"とは思えなくてね」
長年ずっと考えつづけてきた事なんだよ,と苦笑する。 だからと言って,それをそのまま見過ごす事は出来ない。 危険を危険と承知したまま放置するわけには行かない。
「…つまり,貴方の長年求めてきた答えを今ここで出そうと,そう言う事でしょうか。」 「そう在りたいと願ってはいる。生涯を掛けた私の研究の成果が出るか出無いか…正直五分五分ではあるがね。」 「そうですか。――それが"貴方の夢"と,そう言うわけね」 「…そうなるか。」
対峙する二つの影。 丘の頂上で向き合う二人は,戦闘の構えを解いてはいたが―― 再びミコトは構えた。
「…何のつもりだね?」
ルアニクは疑問を提示しながらも,瞳の穏やかさは変わらず。 逆に"やはりそうなるか"と言った感想を抱いていた。
「…貴方にとっては最終的な目的かもしれない。でも,私にとっちゃここは通過点なのよ()! 私は私の目指すところを目指す。ここで立ち止まっている暇なんて無い!」 「…やれやれ。随分と我侭なお嬢さんだ」
おもいっきり苦笑し,ルアニクは笑った。 ならば,と身を翻す。
「ならば来るが良い,少女よ。すでに魔導陣は稼動している,君の言う危険が"具象"するまでそう間もない。システム的なリスクの分散は考慮済み,妨害の介入も想定して全工程のスケジュールを組んだ。一度発動してしまえば最終的な結果を出すまでシステムの停止はありえないが――それでも。」
こちらを振り向いた。
「それでも,私の行動を止めたいのならば止めはしない。だが,急ぐ事だ。君の友二人は既に危機に隣接した所にるのだから。」 「…!」
彼はミコトへ背を向けた。 最後に一言,彼は穏やかな声で告げる。
「我が探求の最終地点に現れた少女の進む道に,幸多からん事を。…ここで倒れるつもりはあるまい?」
軽く跳躍すると同時に,彼の周囲に高密度な複合駆動式が展開。彼の各関節部分が光り,魔力が渦巻く。 重力開放・加速・ベクトルを完全に制御した高速飛行。 彼は魔導陣の元へと帰っていった。
しばし呆然とその光景を見ていたミコトは我に返る。 初めて見る,第一階級印()保持者の魔法駆動。 アレはまるで――
「"行使"…?」
人の身でたどり着ける一つの頂点。 彼は魔法を極めながらも常にその力に疑問を抱いていたと言うのだろうか。 その力を習得しつつも,根源的な疑問を常に抱いたまま生きると言う事。 常に何かを求めつづけるその信念。
彼は自分の認識の外の存在だ。 しかし,彼は現実に存在する。
新しい認識は古い壁を一つ取り払ったに等しい改変でもある。 この出会いが,ミコトに何を齎すのか。
「…散々言いたい事言ってとっとと帰っちゃうなんて,結構貴方も我侭じゃない。」
苦笑,次いで瞳をギラリと光らせた。 いつものミコトの挑戦的な笑顔で宣言する。
「当然。やりたい事をやりたいようにやらせてもらう,貴方にとっての最終地点は私にとっての通過点に過ぎないわ。精々私の糧にさせてもらうわね…!」
そして駆け出す。 向かう先は当然――
「絶対に魔導陣を,止めて見せる――!」
ルアニクの後を追うように,彼女もまた飛び立った。
◆
彼女()の腰の後ろに装備された短剣の柄が,一度だけ青く明滅した。 それに気づくものはこの場には誰も存在せず…また短剣それ以降は何も変化を示さない。 何かを予期させるその一度だけの点滅()は,しかしそれっきりだった。
そして舞台は嵐の中へと移って行く。
>>>NEXT
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■130 / ResNo.21) |
"紅い魔鋼"――◇十一話◆
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□投稿者/ サム -(2005/01/18(Tue) 18:42:09)
| 2005/01/18(Tue) 18:44:45 編集(投稿者)
◇ 第11話 『空隙』◆
―ランディール広原・合同演習訓練仮本営―
学院主催の合同演習訓練は中止された。 既に参加者達は全員がここからさらに数km後方に後退し,そこで待機している。
リディル伯代行兼周辺防衛機構司令官代行ディルレイラ・アリューストは,その本営の作戦室を徴発し,リディルの軍駐屯地に駐在していた三人の魔法駆動機関()使いと共に居た。 既に事態は進行しつつあり,史跡から2km程離れたこの場所でも巨大魔導陣の展開状況を認識する事ができる。 3人はこの状況に対処するために派遣された――と言うか,ディルレイラに呼び出されたドライブエンジン使い達だった。
三人の持つドライブエンジンはヴァルキリータイプで通称VAと呼称されている。 ヴァルキリーヘルム()は女性軍人に貸与されるドライブエンジンで,防性半自立機動と言う歩兵用の個人装備だ。 扱うには最低でも第3階級の魔力誘導印()が必要とされている。実力の在る軍人か,年齢制限のある国家試験を通らなければ資格取得は困難な壁だ。
彼女達3人――それにディルレイラはその難関を乗り越えた者たち。 それぞれが右手の甲に刻印()された第3階級印を持っている。ディルレイラは元宮廷師団員だったこともあり,もう一段階上の第2階級印()を有する数少ない国家公務員でもある。 無論,宮廷師団を辞めた今でも印()は有効だ。 有事の際には先頭に立って事に当たる義務を持つ事になるが。 そして,現在がその状況でもある。
▽ 「状況は説明した通り。それぞれが配置についたら最大出力で結界を形成,指示があるまで状態を維持する事。」 「「「了解」」」
既にヴァルキリーヘルム()の外装を纏っている三人は,声を揃えてディルレイラ()に応えた。 標準装備のVA5シリーズは,王国でも最新バージョンのものだ。ちなみにVA9タイプは試験()タイプになる。 主に防御を担当とするヴァルキリータイプでも特に防御に特化した性能を持つVA5シリーズの最大の特徴は,その全開駆動形態()にある。 それは魔法駆動機関()の全状態を式化・魔力展開()し,全出力を持って結界を形成する形態を指す。 自分自身の外装を全てはずすことになるが,絶対に突破不可能な防壁を形成することが出きると言う一種の最終手段だ。 もともと護衛部隊として行動するヴァルキリー部隊()にとってはそれは手段のみならず,意識としても重要な意味を持っている。自分たちは護り手なのだと言う意味を。 自らの役割を認識する手段でもある,と言う事だ。
そんな彼女等3人の今回の任務は,現在展開中の大規模魔導陣を結界で包み込む事。 一人では限界がある局所防御結界も,3人で領域を分担することで可能なことは実践済みだ。 もっとも相性の良い3人を選び,今回の任務に抜擢した。 無論選んだのはこの場の総責任者であるディルレイラだ。
「事態は依然として全容が知れない。情報は少ないけど,協会()の創る魔導陣である事はわかっている。彼らは天才ではあるけど同時に研究者でもある。そこが今回のもっとも難しい点だわ。」 「それはどう言う事でしょうか?」
呼称ヴァルキリーA512の保持者()リアがディルレイラに質問する。 研究者である事の難点の意味が良くわからない。
「彼らは天才で研究者。疑問には答えを求める事は当然の事…でも答えを求める手段は最も直接的なものを選択する傾向が強い…それが何を意味するかと言うと――」
彼女は夜空に輝く魔導陣に視線を移し,戻す。
「ああなると言うわけ。遠目からでは意識妨害がかけられていて陣の解析は出来ないけど,アレだけ大規模なものともなると周囲になにも影響が無いはずが無い…と言うより必ず何らかの作用を及ぼすはず。魔法とはそういうものでしょ?」
なるほど,とリアは頷く。 魔法は局所的な世界干渉()だ,アレが魔法である以上何らかの状態で世界に干渉する事は自明だった。
「対処に関しての貴方達の作戦内容は以上。質問は?」 「先輩――いえ,総司令のこれからの行動内容はどのようになっているのでしょうか?」
3人の中で最も冷静なミーディが問う。 リアが先頭たってチームを引っ張るリーダーならばミーディはその参謀的な役割をこなす。 最後の一人,ディルレイラを含めた自分以外の3人をニコニコと見守るランはムードメーカーだ。無論実力は折り紙付き。
この場の3人は,実はディルレイラの2年ほど後輩に当たる。 学院時代を共にすごした仲間でもあり,無論ディルレイラと同期のエステラルドとも面識を持ってもいる。 この場の四人とエステラルド,その他数名は戦技科に学ぶ同じ部隊()だった事から,彼女()の行動にはいつも無茶や無謀の二文字がついてまわっていた事を良く認識しているのも道理。 そして久しく呼び出されて見ればこの事態。 ミーディが『先輩はまた何か無茶をしでかすんじゃないのか?』と不審に思わないはずが無い。
「私は避難し遅れた3人の保護()に向かうわ。」 「お一人で,ですか?」
やっぱり,といった表情でミーディが聞き返す。が,それにニコリと笑ってディルレイラは答えた。
「一人じゃないわ,私には"サラ"がいるから――」
そういって魔法駆動機関()を稼動・展開。 腕輪()が淡く光り,収束する。 一瞬後,隣に一人のメイドが佇んでいた。 深々と一礼し,瞼を閉じた笑みのまま顔を上げる。
「…完全自立機動歩兵ユニット・装甲外装制御人工精霊No.02"サラ"全開駆動展開完了()。おはようございます,お嬢様()。」 「今は夜よ」 「起きたときの挨拶はおはよう,と仰ったのはお嬢様ですが」 「…まぁ良いわ。作戦内容は追って教えるから今はとりあえずいっしょにきて。」 「はい,お嬢様()」
出現したメイドに3人は驚いていたが,最も驚いていたのはやはり知恵袋のミーディだった。 ナンバーの呼称が許される人工精霊は初期に自然発生した三体にのみ許される始祖認識番号()と聞いた事がある。 つまりは――
「始祖の人工精霊,ですか?」 「そう言う事。思考共有している分,頼りになる相棒()ってわけ。…もう昔みたいな無茶はしないわよ,ミーディは心配しないで自分の仕事をこなしなさい」 「了解しました」
ディルレイラは頷き,3人に質問が無いかもう一度確かめた。沈黙を肯定として受け止める。 ならば,言っておく事は後一つ。
「3人とも,このような地点防御の任務に当たる上で必要な事は自己の判断。もし限界を感じたりした場合は3人同時に離脱しなさい。貴方達が最後の盾である以上,判断は貴方達で下さなければならない。もし前線の部隊に配属されたらそれが一層要求される事になることを念頭に置く事。よろしくて?」 「「「YES,Mam!」」」 「よろしい。では,作戦発動。行動開始!」
同時に3人は外へ掛けだし,一瞬でその場から高機動魔法を駆動した。 駆け去る3人を見ながら,彼女は一息つく。
「さて…3人のうち一人はミヤセ・ミコト。残り二人はチームメイトか…手早く合流するとしましょうか――サラ」 「はい。」 「稼動率降下・通常駆動モード()・外装展開」 『Yes(),外装展開()』
音声言語から思念へと伝達媒体が変わる。 サラの外観が魔力線()に分解され,光の筋となったそれらがディルレイラに絡み付いた。 一瞬後,漆黒の鎧を纏うディルレイラがそこに居た。 サラ自身は元々の形態である外殻装甲に戻り,人工精霊としての本来の姿に戻る。即ち――保持者()の意識領域のみの存在へと。 ディルレイラは通常駆動状態では頭部外装()は付けない。
栗色の髪が風に揺れた。
「じゃぁ,私達も行きましょうか」 『Yes,Master()』
そして彼女の姿も風の中に消えた。
▽ ▽
先行したケインとウィリティアは制御装置の一つにたどり着いた。 直上の魔導陣はその回転を徐々に早めつつ,そして構成する駆動式の展開状況はさらに激しくなってきている。 もはや人間の思考では処理が追いつかないほどの速度だ。スーパーコンピュータ()を使うと言う発想は実に実用的であるとほとほと感心してしまう。
「だめだ,ここを止めても残りの制御装置で処理が分担されるようになってる…停止は無理だ」 「みたいですね,しかし――」
ここに到達するまで一切の妨害は無かった。 途中幾つもの監視装置を見かけたことからこちらの事は当にばれていると言うのに――
「妨害する必要が無い,と言う事でしょうか」 「手は無いのか…?」
ミコトの言う危機がすぐそこで稼動している。 この場に居るのは自分たちだけ,しかし制御装置を前にしても何も出来ない,したとしてもどうにもならない。 く,と歯噛みする。 しかしやるだけやらなければ――!
「ウィリティア,その制御装置から中枢に侵入して情報を集めれるだけ集めてくれ」 「現状ではそれが最善のようですね…ケインは?」 「俺はアレを遅らせれるだけ遅らせてみる」
ウィリティアは目を見開いた。 人知を超える魔導陣と真っ向からぶつかろうと言うのだろうか。
「無茶ですわ!あなた何を言って――」 「そりゃわかってるよ。大丈夫,危ないと思ったらすぐ止める――だから,」 「危険なんて言う生易しい言葉じゃ言えないくらいのモノですわよ,あれは!ヒトが直接介入するには処理能力が足りなさ過ぎです!」 「だからってほっとけってのか!?」
ケインにはそんな事はわかっていた。 だが何も出来ずにここで突っ立っているわけにも行かない。 これでは事前に予期していた意味が全く無いじゃないか――!
「冷静におなりなさいな,ケイン。」
さっきまで怒鳴り合っていたはずウィリティアの静かな声に,ケインはハっと我に返る。 唐突に冷める思考。
「無茶をして壊れてしまってもダメです。ヒトには出来る事と出来ない事がある。それを認識していなければ自滅するだけですわよ」 「そう…だな,悪い。熱くなりすぎてたか」 「現状で出来る事は情報の収集です。そしてポイントEでミコトと合流して一度帰還。これが最初に決めた手順でしたでしょう?」 「ああ,そうだった。」
よくよく考えてみれば介入不可能な場合の行動内容も決めてあった。 それを忘れるほど熱くなったってのか――自分はこんな切羽詰った状況には向いてないみたいだ。
苦笑。 ちょっとは心に余裕が出来た。
「冷静さを取り戻したみたいですわね。」
心なしかウィリティアの声も緊張が解けた感じがする。
「悪い,熱くなりすぎてたみたいだ」 「構いませんわ――こういった状況ではしょうがない事ですもの」
そう言いつつ制御装置のシステムに介入()。 人工精霊の処理能力でもってデータを収集を開始する。
ケインはもう一度上空の魔導陣を見上げた――,!?
「な,アレは――!?」
△ ▽
「第3制御装置への侵入を確認。」 「監視モニタで確認せよ。」 「状況確認,先の学院生二名。…驚いたな,まさか学生にハックされるとはね」 「第3制御装置隔離。リンク切断。最高学府だからな,優秀な人材なんだろう」 「切断確認,状況に遅滞なし。動作基準を保っています。」
口々にそう言いながらも対処を実行している。 ディヌティスはその状況を見ながら,ようやく全ての準備が整った事を確認した。
「さて諸君,いよいよ全ての準備は整った。」
静まる管制室。 モニタの中央に映されているのは魔導陣,その左下に1/4サイズで映されている,膨大な魔力を単体で発生させている錫杖型魔法駆動媒体()。 反対側にはファルナの本部地下に隠匿されている古代遺跡からのデータリンク状況。
全て準備完了()。
「ではこれから,過去の再現をはじめる。…これはドートン先生の生涯を掛けた成果の粋だ,心に刻み込んでおこう。」
頷く気配。 皆わかっている。これを発動させればもう2度と彼()と会うことはないと言うことを。 今まで彼らがルアニク・ドートンと共に歩んできた道を思い出し――それも今だけは見ない振りをしよう。
「限定領域情報再現機構()完全展開駆動…開始。」 「各変動値()の入力開始。」 「空列駆動式への代入開始。」 「仮想時系列設定の初期化完了・再起動…成功()。状況安定,現実空間とのリンク開始」
魔導陣が更に輝き出した。 周回軌道を回る魔法文字()の速度が上がり,魔導陣を球形に形作っている全個所の魔導機構が激しく展開し始める。 緑色の魔力の光を撒き散らしながら――それは徐々に輝きを増してゆく。 球の表面を,まるで波紋のように駆動式が伝播し,適応する形に収まり,次々に波のように押し寄せる情報に適合するように状態を変化させる。
全てが事前のシミュレート通り。 収束する状況も恐らく寸分違わず予測通りのものになるだろう。 最後の命令を下す。
「…データ開放。仮想時系列への入力開始。」 「仮想時系列への展開・状況設定・全シミュレート開始します…!」
オペレータの操作で,その全てが始まった。
▽ △
「……」
史跡を見下ろせる小高い丘の上に佇む老人が,現状を見て静かに頷いた。
上空に展開している魔導陣は,その緑色の輝きを限界近くまで高めている。 史跡の周辺を囲むように並べられた2×3m程の長方形の魔鋼()板に刻まれた増幅用基礎魔法言語()からの援護()を受けて,揺るぐ事無く確実な駆動を続ける巨大な魔法駆動陣()。 その所々に見られる空列に,変動する数列()が入力されはじめた。 ルアニクはそれを見て確信する。
"時は近い"と。
ようやく訪れた解を得る瞬間。 長年求め続けてきた,自分の根源たる問いへの正しい答えがもう少しで手に入れる事が出きる。 その位置に居る事を確実に感じる。
「…だが,現実はなかなかうまく行かないものでもあるのだな。この歳になって実感したくないとは思っていたのだが…まだ危険値()を排除しきれていなかったか」 「それはご愁傷様でしたわね。…さて,魔鋼錬金協会長。この事態,どうご説明なさるつもりですか?」
背後に佇む漆黒の装甲外殻を纏う女性。 口調は優しくとも瞳に浮かべる色は厳しい。
「私のことは調査済みか。…君は王国軍の者かね?」
問いつつもルアニクは近接格闘術の構えを取る。 対する彼女も構えを取りつつ返答する。
「私はディルレイラ・アリュースト。リディル伯代行兼周辺防衛機構司令官代行ですわ」
▽ △ 「二人とも,位置に付いた?」
ヴァルキリーヘルムを装着し,ポイントについたリアは残る二人のミーディとランに問う。 3人は人工精霊を介した意識共有()で繋がっていた。
『準備完了,いつでもどうぞ』 『私もおーけーで〜す!』
二人の返答に よし! とリアは気合を入れなおす。 何せヴァルキリーヘルム()を貸与されてからはじめての任務だ,否応無く戦意が高まる。 それも滅多に使われる事のない全展開駆動状態()まで使った,文字通り全力を費やすという要求。加えてミーディとランとの連携プレーだ。 ディー先輩()から呼び出されたときはまた何か無茶をやらされるんだと思っていたが,やっぱりその予測は間違っていなかった。
胸が踊る。 ディー先輩とエスト先輩達が宮廷師団に行ってからは正直平凡な日々が続いていた。 軍に入隊してもイマイチで,それまでの生活が刺激的過ぎたせいか張り合いがないと感じていたことも事実。 任務に関しては真剣に取り組んでいたものの,感想はそんなものだった。 だからリアは,いつかまたディルレイラ()達と共に心踊る冒険をしたいとか思っていたものだ。 それがなんか知らないけど今日突然実現した。
『リアはよろしい?』 『ぼーっとしちゃダメだよ?』
ここ数年ずっと組んできたユニットのメンバー,ミーディとランの意識()で我に返る。 タイミングを計って結界()を発動する合図をだすのは自分だ,忘れちゃいない。
「うん,だいじょぶ! じゃあ行くよ…3!」 『2()』 『…いち()!』
『『「ヴァルキリーヘルム(),全開駆動開始()!!」』』
3人の纏う装甲外殻が式化・魔力展開()し,その魔法駆動機関()の構想概念である本来の意味の通り()強固な結界()を形成する。 それぞれの立つ位置を頂点とした正三角形,そこから空へ投射された結界の壁は一箇所で交わり,球形巨大魔導陣を包み込む正四面体の封印を成す。
『状態良好・出力安定。』
人工精霊ティアの報告にひとまずホッと一息。とりあえず結界の形成には成功したようだ。 そこでリアはいつも通りミーディとランに一言。
「よし,いっちょ頑張りましょーか!」
応える意識()が二つ。これまたいつも通りに変わらないいつも通りのこえだ。
『いつも通りにね』 『リラックスリラックス〜』
漣のように伝わる意識は微笑みの感。 思わず零れる笑みに力んでいた意識も緩和される。 どのくらい長くなるかはわからないが――
「ディー先輩,がんばです!」
▽ △
最後の丘を下り,ミコトは点在する林の一つを高速で駆けぬける。 とは言っても足裏に展開した仮想斥力場で地面から数センチのところに浮上し,重力・加速制御を施した高速平行移動――ホバリングしているのと変わらない状態。 極度の前傾姿勢で自身の出しうる最高速度を維持・制御している。
すぐ上空では魔導陣が完全展開稼動し始めていた。 目まぐるしく変化する構成駆動式は,文字群と言うよりまるで万華鏡を見ているような激しい動きを見せ,その球の衛星軌道を幾重にも囲んでいる帯状の魔導機構は交差するように回転している。 しかし先ほどと全く異なった要素が絡み始めた。
――数字だ。 駆動式はそれ自体が魔法文字()と言う魔導形成言語から成り立っている。 これは原子における素粒子のような関系,つまりこれ以上分けられる事のない最小単位のようなものだ。 魔法における魔法文字()は,魔導技術の最小単位。これに記述されていない()文体系は駆導式に組み込んだところで意味はない。
全くの無意味なのだ()。
それは,この世界の人間ならば誰でも知っている事。 魔法を学ぶもの達にとっては常識以前の当たり前の事実でしかない。 にもかかわらず,それが組み込まれている――!?
「何が起こるって言うの…!?」
疾風を全開駆動させ,ケインとウィリティアを目指して地上数センチを飛翔するミコトは下唇を噛む。
と。 たった今通りすぎた地点を緑光の直線が空間を切断した。
「なっ!」 「あわっ!」
いきなりの空間隔離と,自分以外の声に驚いて即座に声のした左方を確認。 そこには並走するゴーグルにレザ―ジャケットの少女。 彼女は――
「ミスティ!」 「先輩,どうもー」
思わず昔の呼び名で彼女を叫んだ。 やははーなどと気軽に手を振っているのはミスティカ・レン()だ。
「なんでこんな所に!?」 「あー,やっぱ気づいてなかったですね。私今朝からずーっと先輩達3人をマークしてたんですよ,これが。」 「…な!」 「色々言いたい事あるのはわかってます,報告に関しても事情があって教えれなくて済みません…。でもま,今は――」
彼女()が前方上空に目を向ける。つられて視線を向ける先には,いよいよその魔力の輝きが臨界に達そうかと言う魔導陣。 そうだ,今はひとまずミスティは置いて置く事にして…
「そう,ね。とりあえず今は急がないと…」 「…私,ぎりぎりで滑り込んでよかったのかなぁ」
ぼやくミスティに苦笑する。 しかし退路は遮断された。行き場が前方にしかないのは自分も彼女も同じ。 ミコト自身はもとより引くつもりは無かったが。
それよりも今気になる要素は二つ。 一つは魔導陣の直下に居るケインとウィリティアの安否。予定通りならば情報収集を行っている最中のはずだ。 もう一つは,退路を遮断した結界だ。 半年前見たモノに似ている()と言うことは――
「ミスティ,あの結界に心当たりある? 多分――ううん,絶対に軍のVA部隊()が出張ってきてると思うんだけど…数は――」
その形成された結界の規模,展開状態を考慮すると――。
「恐らく4人以下,その内一人はアサルトタイプ()かもしれない…」 「うわ,もうそこまで読んじゃいますか…ほとんど正解です,多分。」 「てことは,王国軍はもう対処し始めてるって事?」
そこでミスティカは諦めた笑顔を浮かべた。 その顔に妙にイヤな予感を感じる。
「多分いち早く対処したのは駐留軍と周辺防衛機構の決定権・指揮権を持つリディル伯代行――ディルレイラ・アリュースト元宮廷師団戦師()だと思います。」
その言葉に固まる。 いや,その名前にミコトは固まった。リディルに住む――いや,このアスターディン王国に住むものならば一度は聞いた事のある恐怖の象徴。
「あ,やっぱり知ってます? レイラさん有名ですね。」
にこにこと。 ミスティカはミコトに微笑みディルレイラの名前を親しげに口にする。 それが意味する所はミスティカ・レンと彼女()が知り合いである事を指しているのだが―― 今のミコトにはそこまで頭が回らない。 なぜならば。
「ぜ…"絶対殲滅"ですって…!?」 「やっぱ,そこですよねネックは。まぁでも…」
ミスティカは変動する二つの魔力の方向に一瞬だけ視線を移し。
「先輩の心配するような事態にはならないと思いますよ。レイラさんも大人になりましたから…」
と,どこか遠い目をしつつ呟いた。
▽ △
「数列()の代行入力だって!?」
駆動式の空列に入力され始めた数字を見てケインは叫んだ。 その言葉に作業をしていたウィリティアも唖然と魔導陣を見上げる。 二人とも我を忘れてしばしその光景に見入る。 それほどにも常識からかけ離れた自体――ナンセンスな出来事だった。
魔導機構は駆導式からなる。 駆動式は魔法言語()によって成り立つ。 魔法の最小単位であるマナグラフには現代文字の数字は記載されていない()。 詰まり,駆動式内には数字の介入する余地はない。 故に,魔導機構には数列は適用されない。 それが意味する事は詰まり。
現代文字には魔力と関われる要素は無い事を証明しているのだが――
「…なんで,なんで構成式が崩れないんだ…!?」
唇を震わせながら呟くケインの表情は青ざめている。 ウィリティアも似たようなものだ,まるで幽霊と視線をあわせたような顔色になっている。 ぎりぎりの世界干渉である魔法は,些細な記述ミスや歪な駆動式,不要な魔法文字()の付加で容易に崩れてしまう。 そんな繊細な魔導機構――引いては魔導陣のはずなのに,完全な異分子である現代文字が混じった形態を取って尚且つ全く魔力色相に崩壊の兆しが見えない。 詰まりこれは,異分子が異分子として認識されてない――?
「こんな事が可能なのか――?」 「現実に,起こっています…私達の目の前で」
既に自分を取り戻したのか,情報収集を切り上げたウィリティアが厳しい視線を魔導陣に飛ばしている。 ケインももう一度その光景を見る。 目まぐるしく変動する数値が,魔導陣の数カ所で展開している。 悪夢だ。
「…2種類」 「…ん?どした?」
ポツリと呟くウィリティアの小さな言葉を聞き取れなかったケインが聞き返した。
「代入された数列は全8箇所。でも2種類の数列でしかありません…一つは0からのプラスカウント,もう一つは11桁の数列のマイナスカウント…恐らく時系列ですわね」 「となると…,! まてよ,上の構成だとシミュレートされる指定空間座標は魔導陣円周直下――つまりこの周辺域約7万u。そこから上空150mまでの半球のドーム形状…そうか,上の魔導陣は影か!」 「やられましたわ…しかもただの影だけじゃありません,あれは鏡()ですわ。」
ウィリティアは悔しそうに呟く。
「鏡…って,あ!」 「結界の投射位置にはここからまた離れたところにあると言う事です,恐らくここを一望できるどこかの丘。この場の制御装置は保険でしょう」 「そこのそれは増幅も兼ねているってわけか,手の込んだ事を…!」 「上空の魔導陣は,本来ならばこの場で起こっている陣の展開現象を意図的に上空へずらしてその注意を釘付けにする。合わせ鏡の下の部分は周辺に敷き詰められた魔鋼()が代行。上空の展開している魔導陣の核には――恐らく本命からの魔力を直接受け取りつつ最も防御概念の高い純正の魔鋼()球を使用していると思います」
瞬時にそこまで読んでみせるウィリティアの洞察力にケインは言葉も出ない。 しかし,目の前の現実を見る限りそれだけの常識外の仮定が無ければ成り立たない事は,いっぱしの技術者であるケインにもわかる。わかってしまう。
「式の細部を確認するだけでなく,全容を晒す事で陽動も兼ねているとして…それだけ魔鋼錬金協会も本気でこの実験を成功させようとしているんでしょう,しかし,一体何をしようと…」
ひとまず,とウィリティアは先ほどの制御装置に向き直る。 一通りデータは収集した。途中で中断したのは妨害が入ったからだ。 ケインには伏せたが,この制御装置もとんでもない技術が使われている。
同調動作機構()。 一体のオリジナルの中枢制御装置が魔鋼製なのだろう。 全く同じ型ならば,物理的に何も接触が無くても,オリジナルが起動している限りそれに共鳴()して全く同じ動作を行う,完全な保険だ。 電源は別になり,それ自体はこの周辺のどこかに設営されている魔鋼錬金協会の本部で管理しているのだろうが――今はそれを直してまで得るほどの情報はないとウィリティアは読んだ。 恐らく事後の解析で手一杯のはずだ,こんなオーバーテクノロジーは。
自分の知りうる知識の十数年先を行く技術。 ケインが知ったらそれこそパニックに成りかねない。 解析した自分でさえ動転しそうになるのをやっとの事で押さえているのだから。 単にケインの前で無様は晒せない,という意地に関わる部分ではあっても。
ともかく。 展開されている魔導陣は異常だと言う事はわかる。 ミコトがこの全容を知っていたとは思えないが止めたがっていた理由も今となっては頷く事は出きる。 事前にどうしてそれを知る事が出来たのか,ときにかかる事はそれだけだが,今はそれを問う時ではない事も理解している。 最低限必要な情報を得られた今,私達が成すべき事は――
「あれは結界…王国軍か!?」
突然のケインの言葉に,内に向いていた意識を外に向ける。
そこには緑光の壁。 この場を,いや魔導陣を取り囲むように三方向からこの場の上空の一点へ向けて投射される強力な空間隔離は――!
「ヴァルキリーヘルム()の完全展開駆動形態()ですわ!」
▽ △ ▽ ▼
ドクン
反転したような色彩が支配する無色のセカイ。
真白な広がり。
その中で唯一色付く紅。
ソレは,長き眠りから醒め… 意識の瞳を開けた()。
▼ ▽
不意に全身を貫いた悪寒に,エステラルドは微かに身じろぎした。 何かが胎動している,そんな感触だ。
(間に合うか…?)
数日前に予期した事態。 とある学生が入手したらしいと言う手記から自分達が導かれた一つの結末が,すぐ始まろうとしている。
このような事は初めてだ。 最初から最後までほとんど何も関わらず,そのくせ全ての後始末だけが自分に回ってくるなんて。 きっとこの物語の主人公は僕じゃなかったんだろうな,などと思いながらもエステラルド・マ―シェルは隣を飛ぶジャック・迅()と並びつつ思考をめぐらせる。
この物語の主人公は,きっとまだ力が足りないのだろう。 身の丈に合わない物語()と関わりを持ってしまう理由は,"その誰か"がそれだけの力を欲するからだ。 そして運良く生き抜いた暁には,"その誰か"はきっと望みの結末を手に入れる事が出きるのかもしれない。 そして"その誰か"は,自分の教え子と知り合いだった。
エストは,今回の自分の役回りをきちんと把握していた。 自分はもう大人になった。 今まで見守られながら自分の物語を紡いできたが,これからは見知らぬ誰かの物語を見守る立場にある。 それは隣を飛ぶジンであり,教え子のカレン()かも知れない。 無論自分の物語を終える事もない。 死ぬまでが,もしかすると死んでからも自分の物語は終わらないかもしれない――。 …今関わっている英雄がそうであるように。
とにもかくにも,その"誰かの物語"を終わらせないためにはもう少し急いだほうが良いかもしれない。
エストは更に飛翔魔法の速度を上げた。
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