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/ 親記事)
双剣伝〜序章〜
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□投稿者/ 黒い鳩
-(2005/01/26(Wed) 11:21:11)
2005/01/26(Wed) 20:18:04 編集(管理者)
ズギャ!
ドシュ!
斃れ逝く人々…
むせ返るほどの血臭…
戦場の匂い…
破滅の匂い…
だが、俺はそれに慣れてしまって不思議と感じる事ができない…
戦場こそが俺の生活の場であり、
死と破滅は常に隣にあった…
だが無数の屍が転がる中、俺は何時も一人だった…
俺の名はクライス・クライン…だがこの名は俺にとって無価値なものだ…
戦場で名乗りを上げる趣味はないし、騎士と言うわけじゃない、
それに名乗らなくても俺の事は誰もが知っていた…
蒼の双剣士…俺の使う武器からとって、皆がそう呼ぶ…
一度の戦場で百人の敵を屠った事もある。
以来その二つ名は戦場では恐怖の代名詞として語られるようになった…
それは17の男には過ぎた名だとは思っていたが否定する必要も無いので放って置いた。
その所為で俺に突っかかってくる奴も多かったが、数回相手にしてやると大抵おとなしくなった…
俺の持つ二本目の剣、それを抜かせる事のできる人間が一人もいなかったのだ…
そういった、パフォーマンスによる売名は、
フリーランスの傭兵である俺が自分を高く売りつける事ができる武器なので重宝してはいた。
だが、七年前ラザローンに引越しさえしなければ、そう思う事がある…
その前に住んでいた町…村と言った方がいいのかもしれないが、
スノウトワイライト…不気味なネーミングだが町自体は素朴な所だった…
ラザローンに移り住み、最初のうちは何事も無かった…
しかし、そこはビフロスト連邦との国境線に位置する町だったのだ…
その年までは平穏な町だったのだが、俺が引っ越して半年後から、殆ど毎年のようにラザローンは戦場となった…
それまでの町長が外交手腕を発揮して上手く取りまとめていたのだが、突然暗殺されたのだ。
それ以来、次の町長が決まっても、とても外交など出来る状況でもなくラザローンは何度も国を変える羽目になった…
戦争だったり、外交のコマとしてだったりしたが、僅か二年の内に5回もエインフェリアとビフロストの間で取り合われた。
最初は比較的理性的だった(ただ酒や女を犯すと言った部分はあったものの)兵士達もやがて野盗と変わらないほどに荒んだ者たちとなり。
最後は両軍が町そのものを戦場にした…
何でも大規模な戦略級魔法の実験に使われたらしい…これによってラザローンは壊滅した。
俺の両親も、ラザローンで出来た友人も、学校も、商店街の人達も全て…
生き残ったのは俺を含めて十人に満たない数だったらしい…
使ったビフロストもあまりの威力にこの戦略級魔法を禁呪に認定して二度と使わない事を決めたらしい。
しかし、恐怖の対象としてすべとの人々の心に刻まれる事となった…
何故それほどまでにラザローンが狙われたのか、当時は分からなかったが、今では分かるようになった。
ビフロスト連邦は歴史の浅い国なので、多数民族の議会制度をとっている…
中でも、元エインフェリア貴族だった者たちは元の王国内の所領を自らの物であると唱える物が多い。
没落した物も多くいるが、大抵ビフロストと通じていたと判断されて王国を追い出された貴族なので、資金もそれなりに持っていることが多い。
ビフロストはその性質上どうしても政治献金に弱い一面があるため、そういった名目の金を受け取る政治家も多い…
また、王国北方にある妖精族との国境線がのどから手が出るほど欲しいという一面もある。
魔科学を行う為のミスリルを買いあさるにも現状ではエインフェリア王国を通さねばならず、軍事面での情報が筒抜けになりがちだ…
だから、元貴族の所領であり、妖精族の領地までの距離を縮め安いラザローンの位置は一番攻めやすい土地だったのだ。
俺は、その時ビフロストの傭兵に拾われた…
憎い兵士達ではあったが、生き残るために媚びへつらった。
そして、復讐をする為、寝る間も惜しんで剣術を覚えた。
重労働、体罰、は当たり前だったが、俺にとっては肉体の痛みなどたいした事ではなくなっていた…
戦場にも出た、最初にやったのは戦場泥棒だった…
死体から、武器、防具、財布、服、(時には金歯等も)等を拾ってくる最も卑しい仕事だ…
だが、俺にとってもチャンスだったのは確かだ。
俺は拾った中で最もいいものは決して表には出さず隠し持っていた。
出せば取り上げられる事は分かりきっていたので、何度も場所を変え必死で隠した。
そして、とうとう戦場で戦いをするようになった。
最初は戦場に出るたび吐いた。
死体の匂いは慣れていたが、鮮血の匂いは又違った物だった。
だが、それよりも、相手の必死さとそれを打ち殺す自分の異常さに胸が悪くなった。
しかし、二年もすると殺人そのものに何も感じなくなった…
戦場と言う場所柄の所為かそれが普通になってしまった。
そして、俺の十五の誕生日、それは起こった…
俺の寝ている天幕に、一人の傭兵が入ってきた。
その男は俺にこう言った、「お前を一晩、団長から買った」
俺は目の前が真っ暗になるのを覚えた。
俺は怒りのあまりその男を隠し持っていた剣で突き殺した。
俺が天幕に隠していた二本の剣、それこそ、かつては巨人に打ち鍛えられたとする伝説の剣オーディンスォウド。
この二本一対の剣だけは常に自分のボロ天幕の中に隠すようにしていたのだ…
そして、俺の復讐の宴が始まった…
気が付いた時は既に傭兵団は壊滅しており。団長の頭に剣を突き入れた後だった…
もちろん気を失っていたわけでも、ましてや操られていたわけでもない。
この傭兵団が、俺の両親を殺した事を知っていただけの事だ。
狂乱していた、唯それだけの事…
それ以来俺はビフロストと戦える戦場を中心にフリーランスの傭兵をやるようになった…
傭兵団の壊滅について何か言われたことはない、魔物によって傭兵団が壊滅した事になっているからだ。
ある意味間違ってはいないがな…
もちろん、ビフロストと同じようにエインフェリアも嫌いだが、例の禁呪を使った者たちをこの手で潰してやりたい、
そういう思いが募っている所為だ。
だが、これで良いのかと思う時がある。
この二本の剣は俺を生かし続けている…
しかし、俺は何の為に生きているのか…
復讐の為? 確かにそうだ…だが、俺はその為に一体何人犠牲にしてきたのか…
俺は間違いなく千人近い人間をこの手で殺している。
それは、禁呪を使った奴らとどんな違いがあるのか…
今更良心が疼く等と気取るつもりは無い。
だが、俺は…
いかんな、目の前の戦場に集中しなくては…
俺は残敵の掃討を始める…
そして、この戦場での決着がついた…また生き残ることが出来たらしい…
戦局はこちらが不利だが、この局面においては盛り返している…
傭兵達が死体を漁りながら次の戦場へと移動する中、俺は異常な気配に気付いた…
その気配は徐々に近づいてくる…
俺は立ち止まり、死屍累々とした、戦場後を見る…
そこに、突然声がかけられた…
「随分殺すんだな、この戦争の決着は既についている様に見えるが…」
無数の屍を超えて、俺の目の前に銀髪をなびかせた少女が立った…
その少女はどう見ても十代前半、ほっそりとした体格から、かなり幼くも見えるが、味方にこんな兵士がいない事は良く知っている…
今回の敵国である、エインフェリアの兵士だろう…
少女の見た目からは兵士には見えないが、その飄々とした表情、戦場での動揺なのなさ、そして何よりその気配から強敵である事が分かる…
「貴様、何者だ?」
「人に尋ねるときは先ず自分からって…まあいいか、シルヴィス・エアハート…長いからヴィズでもいいよ」
「…」
「…礼儀を知らない人だね、自分は名乗らないつもりかい?」
「シッ!」
俺はシルヴィスと名乗った少女に向かって突撃をかけた、少女は構えを見せない…
無防備な体勢できょとんとした表情のままだが、隙を見つけることが出来ない…
一刀目を上段から打ち込むシルヴィスはそれを身を捻りつつ避ける…
俺は左の二刀目を跳ね上げ足元から切り裂こうとしたが、シルヴィスは飛びずさって距離をとった…
「さすが、『蒼の双剣士』我流の剣でそこまで使えるとはね…オーディンスォウドだけ持って帰ろうと思っていたけど気が変わったよ」
「何!? 貴様この剣の事を知っているのか!?」
「多分君よりもね…でも、その力は凄いね…君にも興味が沸いてきたよ」
「…貴様!」
俺は不利を自覚していた、二刀を使ってかする事もできない人間が存在するとは…
しかも、シルヴィスはまだ余裕を持っている事が表情からも見て取れた…
俺は二刀を右の肩に背負うように構えなおす…この状態では相手の知らない、それでいて強力な技でなければ対抗出来ないだろう…
だから、俺は自分に出来る最高の技で行く事にした…
「目つきが変わったね、それでこそ『蒼の双剣士』冷静な判断だ、でも私は君を逃すつもりはないからね…使わせてもらうよ」
シルヴィスはどこからともなく、そう明らかに無かった筈の剣を取り出す…
そして、その剣を正眼に構えた…
その剣の鍔には見覚えのある紋章が刻まれている…
王冠の周りで二匹の竜が絡み合う紋章そして、紋章の中央にUのマークが…
あれは…あの剣は…
「セイブ・ザ・クイーン…まさか王国宮廷騎士団(テンプルナイツ)か!」
「よく知っているね」
「だが、ナンバーツーは、剣の公爵ランディス・V・エンローディアの筈…」
「そうだね、でもVは略語、VはヴァネットのV…」
「まさか…」
「そう、父方の呼び名はシルヴィア・ヴァネット・エンローディアという事になる」
「なるほどな」
剣の公爵の娘は僅か13にして公爵の力を超えたと噂になったことがある…そして公爵の剣を既に受け継いでいるとも…
しかし、Vが何の略であるのか知る物は少ない、少なくとも将軍クラスの実力者にしか知らされていないのだ…その名を知ることは非常な名誉とされている。
つまり、彼女は一介の兵士ではありえないという事…もちろん、嘘である可能性もあるが、実力は本物だ…
王国でもトップクラスの実力の持ち主であるシルヴィアと敵対するという事は死を意味する…だが、俺はまだ死ぬわけには行かない…
「どう、怖気づいた?」
「ああ、そうだな!」
俺は、シルヴィスに向かい二刀を一気に振りぬく、シルヴィスはそれを無視して突っ込んでくる…
振り下ろされる二刀に彼女は体を巻き込みながら剣で受ける、ガキン!と激しい金属音が鳴り、俺の剣が弾き上げられる…
シルヴィスは体を回転させながら吹き飛ぶが器用に着地、そのまま再度突撃をかけてくる…
俺は振りぬいた体勢のまま、彼女の突撃を待った…
だが、シルヴィスは一瞬硬直して飛びずさる…その先には一本の剣が突き刺さっていた…
「まいったな、まさか弾き上げられたのにあわせ、一本剣を空中に投げ上げているなんて…」
「それで、終わりだと思うか」
俺は、突き刺さった剣に向けて突撃する、もちろんその向こうにはシルヴィスがいるが、俺はそのまま剣に向かって突き進んだ…
「剣を取らせると思う?」
そういい、シルヴィスもこちらに走りこんでくる、だが、俺の方が一瞬早くたどり着いた…
だが、剣を引き抜いている暇は無い…俺は、剣の鍔を足場にしてシルヴィスに向かって跳んだ!
「なっ!?」
彼女は驚愕するが、直ぐに自らもジャンプし俺に向かって飛び込んでくる…
俺は剣を振り下ろし彼女に叩きつけようとするが、彼女の一閃は俺よりも早かった…
キィィィン!!
俺の剣は弾き飛ばされ体制が崩れる…
そのまま落下を開始した…
そかし、その先には剣を振りぬいたばかりのシルヴィスがいた…
俺は体勢を立て直しひざを叩き込もうとするが、シルヴィスに蹴り飛ばされ頭が下になる…
シルヴィス自身も体勢を崩したらしい…
俺達は揉み合うようにしながら地面に激突した…
「…!!」
「…?」
俺は、一瞬どうなっているのか分からなかったが、どうやら自分が下敷きにされているらしいこと、絡み合うように落ちた所為で密着している事。
そして、唇にやわらかい物が触れていることがわかった…
「わっ…」
「わ?」
「私のファーストキスー!!?」
俺はその言葉と共にマウントポジションからの攻撃を加えられ、全身打撲になるほど殴られてしまった(汗)
気が遠くなる俺に、遠くから『バカ』というような声が聞こえた気がした…
引用返信
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■169
/ ResNo.1)
双剣伝〜第一章〜『剣の公爵』
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□投稿者/ 黒い鳩
-(2005/03/30(Wed) 12:01:12)
2005/04/01(Fri) 10:00:58 編集(管理者)
エンローティア公領は南方にある都市リディスタを中心に連邦との国境付近までを所領としている。
リディスタの北部に位置する場所には城砦が設けられており、そこがエンローディア公邸を兼ねていた。
エンローディア公、ランディス・V・エンローディアは無骨の局地とも言うべき性分でありながら、商売には慣用であったので、リィディスタはそれなりに潤っていた。
しかし、それ自体が連邦との情報を掴む為の諜報合戦を引き起こしている部分でもあったので、一概に良いといえるわけではなかったが…
また、アイゼンブルグとも所領が隣接しているので、軋轢が絶えなかった…
特に最近は鉄道の発達により、連邦、学園都市、鉄甲都市アイゼンブルグという三つの勢力の人間の出入りが非常に増え、町が活気付くと同時に、犯罪の発生率が急増。
法による締め付けの強化と、騎士団の巡回を余儀なくされ、都市自体が殺気だっている部分は否めなかった。
そして、最近はヒュドラと呼ばれるテロ組織の横行が目立ち始めていた。
ヒュドラという組織は、テロ組織とは言ったものの、実際は少し趣が違う。
テロ組織というよりは、テロ支援グループと言う側面が強かった。
実際に行動するのは他のテロ組織で、ヒュドラはその支援もしくは指揮をしているという事のほうが多い。
ヒュドラ自体が出張ってくる事は少なかった。
そのためヒュドラの組織形態や、目的は一切不明であった。
知られている限りでは、九頭竜将と呼ばれる実行部隊の長達は一騎当千であり、軍隊を相手に一人で立ち向かう様な化け物ぞろいらしいという事。
そして、総帥の名がザインと呼ばれているらしいという事のみであった。
そして、現在エンローディアは九頭竜将の一人がやってきているという噂が立っていた…
そんな世情の中、二人の旅装束の男女がリディスタの正門にたどり着いていた。
男は長身でありながらすらりとして隙の無い風貌の男。
女は背が低く、旅歩きは少し早い気のする少女。
歩きながら会話をしていた。
「…シルヴィス、一つ聞きたい」
「なにかな?」
「俺をどこに連れて行く気だ?」
「ここまで来て分からないのかい? 案外君も鈍いな…」
「まさか、エンローディア公邸か?」
「それ以外にあるわけが無いじゃないか、私も一応公爵令嬢なんだから」
「戦場に飛び込んでくるような奴がいう言葉か」
「まあそうだね。一般的なお姫様ではないと思うよ私自身」
シルヴィスと呼ばれた少女は自分に向かって言われた無礼な言葉を気にする風でもなく答える。
もう一人の男は、それを聞いて渋い顔をした。
「でも、凄いね君は。私と殆ど五分で勝負していたんだから、これでも私に敵う人間は殆どいないと思っていたんだけど」
「何を言っている、手加減をしていたんだろう?」
「まあね、でもお父様以外で私に触れられた人間は初めてだからね」
「何?」
「異端児とでも言うのかな? 私は気が付いた時には他人の呼吸が分かるようになっていた。だから誰の動きでも予測するのは簡単なんだ。
私に触れる事のできる人間は私に近い力を持っていなければならない。そうでなければ、私が触れさせない、だから私に触れられる人間はまれと言うわけ」
「つまり、お前の剣は特殊能力のような物か?」
「いや違う、達人ならいつか到達できる領域だけど、私は気が付いた時には到達していたというだけ…」
「なるほどな…」
男は納得した風にうなずく、
「私が怖い?」
「ああ、怖いね」
「そうだね、アレだけボコボコにされちゃ当然か…」
「いや、むしろあの場で俺を殺していないお前の行動が分からん」
男が言った言葉を聞いてシルヴィスは一瞬不思議そうな顔をした後、噴出すように笑い始めた。
「ぷっ、ははは! まさか君、女性関係は全然駄目だとか? そんなに二枚目なのに勿体無い!」
「…?」
「ファーストキス、君でよかったよ! 君も案外始めてなんじゃないの?」
「何故今そういう事を問うのか分からんが…子供の頃に一度ある」
「えっ…ふ〜ん、その子の事は今でも好きかい?」
以外にも男に経験があることを不思議に思いつつ、しかし、少し憮然としてシンルヴィスは問う。
問われた男は、一瞬考え込むような顔をしたが、
「思い出せない、ラザローンに住む前のことはぼんやりとしか覚えていない、その後の印象が強すぎたんだろう…」
「ふ〜ん、まあ良いか、その辺の話はまたしよう、所で君は何故逃げなかったんだい?」
男の的を得ない答えにシルヴィスはむしろ安堵したかのように表情を和らげ、別の話題を振った。
既に、二人は正門を抜けリディスタの中央通りを進んでいた。
エンローディア公邸、通称”リディスタ城砦”は町の北方に位置している。
町の入り口が南に集中している為、砦に行くには街中を突っ切っていくのが一番近かった…
男は、新しい話題に困惑しつつも、シルヴィスの横を歩く。
「お前は俺に勝った、お前が本気で追えば俺を捕まえるなどたやすいだろう」
「でも、君に隙を見せた事もあったと思うけど?」
からかうようにつむぎ出されるシンルヴィスの言葉に、男が少しイラついたように顔をしかめる。
「…何が言いたいんだ?」
「別に、ただ君には疲れたような感じが見えたから」
男はシルヴィスの言葉に驚愕の表情を見せるが、一瞬でまた無表情に戻る。
「ただ、お前の隙を見つけられなかっただけだ」
「分かった、そういう事にしておこう。さて、そろそろリディスタ城砦が見えてくるけど」
「エンローディア公の娘が、自分で通称を使うな」
「ははは、いいんだよ。エンローディア公本人が呼んでるんだから」
「…本当か?」
「うん、本当。建前はあんまり好きじゃないらしいんだ、あの人は…」
シルヴィスが何か言いにくそうに言葉を濁す。
男はそれを見て何かに気付いた風であったがあえて何も言わず、砦の前まで無言でシルヴィアの横を歩いた。
砦の前まで来ると、兵士が二人を呼び止めるが、シルヴィスが二言、三言話しただけで中にはいる事が出来た。
砦の中に入ってからは、何度か階段を上がり、広いホール状の部屋に通された。
部屋の中には十以上の兵士が直立不動で絨毯の脇を固め、その絨毯の先には無骨で大きな椅子が設えてある。
ホールは全体的に装飾がなされているが、華美な物はない、リディスタに余裕が無いのか、エンローディア公の趣味なのかは分からないが、質実剛健に見えた。
二人はその椅子の前に進み出、そしてその前で片膝を付く。
暫くすると、楽隊なのか、ラッパがならされ、そして伝令士により入室が告げられる。
「エンローディア公、ランディス閣下御なーり!」
ランディスは、公爵であると同時に将軍も兼任している為、閣下と呼ばれることが多い。
公爵はメルフィート大公家を押す一派に属している為、現王家のフェルト家との仲は良くない、
しかし、女王ディシール・ネレム・フェルトはランディスを将軍職に就け、フェルト家そのものから睨まれていると聞く。
そうまでして将軍職に就けたくなるほどにランディスは強い。
その”剣の公爵”ランディスが共の者を数人引き連れ、部屋の中央に歩いてくる。
男はランディスの姿からその力を図り、険しい顔になる。
シンルヴィスの父親であるのだから若くとも三十代後半なのだろうが、見た目は二十代でも通用しそうな精悍な顔をしている。
長く伸ばした金髪や、無駄の無い筋肉質の体。身長は男より更に高く。まるで獅子を想像させる強力な気を放っていた。
ランディスがその無骨な椅子にどかりと腰を下ろすと、ある種彫像のような独特の威圧感がそこから放たれた。
一定の間が空いた後、共の者の一人が声を上げて語り始める。
「シルヴィス・エアハート、任務の報告を」
シルヴィスはその言葉を聞いた後、片膝をついたまま顔を上げ報告を始めた。
「はっ、ご下命たる任務オーディーンスォウドの奪取及び使い手の確保を完了しました」
更に共の者が何か言おうとするのを制し、ランディスは自らはなし始める。
「その者か、使い手の確保は命じた覚えが無いが?」
「クライス・クライン、蒼の双剣士の二つ名を持つフリーランスの傭兵です。彼の実力はかなりの物であると確信しましたので連れてきました」
「蒼の双剣士…確かにな、オーディンスォウドを持つならその名もうなずける」
「いえ、彼は見たところ一度も剣の特性を発揮していません、二つ名は実力で取得したものでしょう」
「…なるほどな、ならばシルヴィス。その男をどうする?」
「もし、許されるなら私の手で育てあげたいと思うのですが…」
「育て上げるか…お前の年齢でその言葉はおかしな響きだが…もし可能なら早急に戦力に加えたいものだな…」
「その言葉は許可の言葉であると受け取っても構いませんか?」
「ふふ、まあ待て。本人の意思を確認せねばな」
そう言うと、ランディスはその目をクライス・クラインと呼ばれた男に移す。
そして、一通り値踏みするように見据えた後。
「お前は何を望む?」
「…何の事だ?」
「これからお前に仕事を依頼しようと思うが、その報酬に何を望む?」
「何でも良いのか?」
「ああ」
「ならば、ラザローンに禁呪を放った犯人の所在と、ラザローン進行を進言した元貴族の行方。この二つだ」
「所在だけで良いのか?」
「殺すのは俺だ、他の誰にも殺らせん」
言うとクライスはランディスを睨みつける。
ランディスはそういうクライスを面白そうに見返しニヤリと唇を歪めると、少し間を空け依頼内容を話し始めた…
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■183
/ ResNo.2)
双剣伝〜第二章〜『家』
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□投稿者/ 黒い鳩
-(2005/04/12(Tue) 11:44:56)
エンローディア公ランディスに仕事の内容を聞き、俺は引き受ける事を決めた。
元々俺に選択肢があった訳でもないが、報酬が本当に支払われるのなら魅力的な話だ。
俺はどの道この国では戦犯に近い存在だ、断れば投獄されても文句は言えなかったろうしな…
どちらにしても、俺に選択肢など無かっただろう…
仕事の内容は魔族の討伐。
ただ、普通の意味ではない…魔族がどこに現れたから討伐するとかそういう意味ではなく魔族の幹部格である、爵位を持つものを狩るという事だ。
王国内では現在爵位を持つ魔族が8体確認されている。
アイゼンブルグ内にはあと幾つかいるらしいが、領域侵犯になる為確認が取れていない。
内、王国に協力的な魔族を引いて、5体の殲滅対象がある。
脅威度は様々だが、場合によっては王国内に独立区を打ちたて王を名乗っている輩もいる。
討伐対象とはそれらの事だ、俺自身そんな輩とまともに戦って勝てるとは思えないが、オーディンスォウドにはそれらに対する切り札となりうるらしい。
本来なら騎士団を向かわせて討伐と行く所だが世情が不安定で国内に軍を派遣するのが難しい現状にある。
いや、正確にはそういう現状にあるからこそ、そんな輩が跋扈する結果になったというべきか。
報酬は基本的に金塊で支払われる。情報は5体全ての殲滅後という事になっている。
討伐は三ヵ月後から始める事になる、それまでにシルヴィスが俺を鍛えなおすと言っているが…
シルヴィスは俺を連れて町の一角に向かう、要件を告げずに連れ出したのは何か理由があるのだろうか。
「クライス…君もわかっていると思うけど王国内では君はあまり良い印象をもたれていない。理由はわかる?」
「ああ…俺が雇われていた所は小国や反政府グループを含め中央四大国の敵ばかりだ。名前も知れ渡っているしな…」
「君は戦犯に近い人間とみなされている。だから今は名を変えないといけない」
「名を…な」
「そう、その為と君の衣食住の確保のためにこれから君の住む家を案内しようと思ってね」
「なるほどな、分かった」
俺はシルヴィスに連れられてリディスタの南、列車の駅の近くにある屋敷の前まで来る。
そこでは既に事情を聞かされていたらしい男が門前に立っていた。
男は使用人という風ではない、そもそも屋敷といってもそれほど大きなものではなく、一般の家より一回り大きいという程度。
小金もちといった風情だ。だが、目の前に立つ男はやり手らしさが伺える。
しかも、魔法使いらしき雰囲気を纏い、威圧すらしている。
家は兎も角、この男は只者ではないのだろう。
その男は様子を伺っている俺に気付き、シルヴィスへの挨拶を済ますと、俺に話しかけて来た。
「はじめまして。私はこの屋敷の主でディオールという。君のような若者で安心したよ。それくらいなら私の子供でも問題ないだろう。これからよろしく」
「あっ…ああ」
「どうしたのかね? はじめてで緊張しているのかな? ははは、緊張することはない。私は魔術師としては下っ端だ、君には敵わんよ」
「詳しいんだな」
「昨日のうちにシルヴィス嬢から連絡を受けている。君の二つ名も聞き及んでいるよ」
「そうか…名を知っても俺をおくというんだな?」
「ああ、その事を気にしていたのかい。この町はランディス閣下の庇護の下かなりの自治が認められているからね。
この町でランディス閣下に逆らうものなどいないよ。そでに今日から君の名はレイヴァンだ。クライスと言う名の人間はいない」
「ああ、そうだったな…」
「よろしくお願いするよ。それでは早速…」
「ディオールさん、申し訳ないけどまだやることがあるんです。後ほどまた伺いますので」
「そうかね、残念だよ。明日には娘も帰ってくるから今日のうちに一通り家のことや周辺の地理を教えておこうと思ったのだが」
「ごめんなさい、でも」
「ああ、分かっているよ君達も若いんだし楽しんでおいで」
「あ、はい…って違います!」
「…」
妙なコントが始まりそうな気がしたので俺はさっさと屋敷を離れた。
シルヴィスは、俺がいなくなったのに気付いて勢い込んで追ってくる。
何か怒っているようだが、気にする気にもなれない、まあそのうちおさまるだろう…
リディスタを出、ある程度人里から離れて森の中にはいる、そして森の中を進んでいく…
ある程度奥まった所に入り込んだ後、シルヴィスが俺に向き直る。
その先を見た俺はなるほどとひとりごちる。
その先にあったのは円形に切り取られたように存在する、広場のような場所だった。
「ここが私たちの修練場。雨が降ったら使いにくいのが難点だけど、まあ戦場を選んでもいられなかったでしょう?」
「まあな、しかしわざわざ森の中まで来るとは、秘密特訓とでも言うつもりか?」
「近い…かな? 君にこれから教えるのは剣術だけじゃない。正直見ても覚えられる人間がそういるとは思えないけど、
呼吸法から剣の発動に至るまであらゆる戦闘の知識を教え込むからね、特に剣の発動については危険だし、一般の人に簡単にやってもらっても困る」
「危険か…いったいどうなるんだ?」
「下手をすると使った本人は魔力を全て吸い取られて灰になるし、発動したらどんな被害が出るか…」
「…そんなに危険なものなのか、この剣は」
「まあね、でも持ち主を選ぶ剣だから普通の人では持ち上げることも出来ないけれど」
「? どういう意味だ?」
「その剣は持ち主と定めた者以外が持ち上げようとした場合100倍の重さになって持つ人間を拒む、そういう剣なんだよそれは」
「なるほどな」
納得して剣を見る、刃の所に浮き出ている文様は何か意味があると思っていたが…
かなり魔術的な要素を持つ剣の様だ…俺にとっては切れ味の鋭い剣という以上の事はなかったのだが…
シルヴィスたちが欲しがった理由もそこにあるのだろう、使い手などと俺を評したのもこの剣を使うことが出来ているという意味だとすると、つじつまが合う。
「じゃあ、早速はじめるか、先ずはおさらいからかな?」
「つまり模擬線か、俺は全力でかかってもいいんだな?」
「ああ、がんばって私を傷つけてみてくれ。もっともこの間は私も全力じゃなかったから、覚悟しておいてよ」
そう言うと、お互いに広場の両端まで移動する。そして構えを取り、ジリジリと動き出す。
俺は先手を打って出ることにした、そもそもこの女の手を読めるほど戦ったわけではないし、傭兵の戦いに二度はない…
敵を知らずに戦うのだ、相応の戦い方と言うものがある。突撃をするように見せかけ地面をすべるように下段の払いで一刀を降りぬく。
もう一刀はその動きの終わりきる前に突き出されていた。
「流石にいい動きをするね…」
「避わしてから言う言葉じゃないな」
「なら今度は私が行くよ」
シルヴィスは腰を捻って避わしざまひねりを使ってすべる様に回転、俺の背後に一刀を落とす。
俺は転がりながら剣を避わす、しかし、シルヴィスは既に追撃の体勢を整えていた、地を這うような突きが繰り出される…
「ほらほら、その程度なら死ぬことになるよ!」
「ガッ」
突きを飛び起きながら避けた所に今度はつま先が叩き込まれる。
俺は胃液がこみ上げてくるのを感じたが、どうにか飲み込むと体勢を整えようとするが、
その動きすら予測されていたらしい、俺ののど元に剣が突きつけられていた。
「う〜ん、悪くは無いけどやっぱり無駄な動きが多いね…相手を読んで動ければ更に動きは早くなれるし、雑な動きをやめれば私とほぼ五分に戦えると思うけど…」
「難題だな…」
「まあ、ゆっくりやっていこう。徐々に身につくさきっと」
無責任な台詞だな…彼女の年齢を考えれば人に教えたこともないだろう、大体彼女の剣術そのものは一種の特殊能力なのだから教えることが出来るのか?
だが、そんな事を考えても仕方ない、俺は強くならなければならない理由がある。
そのためなら、無理を押し通すぐらいのことはやらないとな…
「それじゃ、今回は呼吸法から教えることにするからよく聞いて」
「ああ」
「まず、呼吸法には何パターンかその職業にあったものがある」
「聞いたことが無いな」
「そりゃね、普通は意識してそういったことを調整する人はいないから。でも、必要なことなんだ人外と戦うには」
「そうなのか?」
「うん、中には呼吸法息吹(いぶき)だけで消えてしまうのもいるしね、そうでなくてもある程度力を減退させる効果がある」
「…」
「疑ってる? まあ仕方がないか…でも事実だから覚えてもらうよ」
「わかった」
「効果に関しては兎も角、この呼吸法には体を上手く動かす為のプロセスでもある。多分からだが今までより軽くなると思う」
「わかった、やってみよう…どうすればいい?」
「ある意味簡単、一回吸い込んで三回細かく息を吐く、これを繰り返すだけ」
「分かった」
俺は言われたとおりにその呼吸を繰り返す。
しかし、特別何かが変わった気はしない、どういう事なんだ?
「効果が無いようだが?」
「勘違いしないで、そんなに直ぐに効果が出るものじゃないよ」
「効果が出るまでどれくらいかかる?」
「正確にはわからないけど、肉体がその呼吸に順応すれば体は軽くなってるはずだよ」
「それまでどれくらいかかる」
「一週間かな? 寝てる間も出来るようにならないと順応とはいえないけどね」
「それはまた気の長い話だな」
「まあ、直ぐに出来るようになるとは思えないけど出来るだけその呼吸を続けるようにしてみて」
「わかった」
俺としては強くなれるならどんな方法でも試すつもりだ。
復讐を果たす為にも強くなければならないのだから…
シルヴィスとの訓練を終え、これから寝泊りすることになる家にもう一度戻ることになった。
もっとも、初対面の人間を信用するというのは無理な話だからいざと言う時は野宿でも何でもするつもりでいる。
シルヴィスには勝てないため仕方ないが、他の奴に殺されてやるつもりもない。
俺は、そんな事を考えながら、玄関前に立つ。
そして、玄関の前で庭の花に水をやっている女性に声をかけた。
女性は白い帽子をかぶっているため顔は良く見えないが、30代後半といった所か。
女性は嬉しそうに庭の花を見ている。
「この家の方ですか?」
「あ、貴方はクライスちゃんね?」
「ええ、そうですが」
「はじめまして、私はマリーアといいます。お話は主人から伺ってますわ。今日からよろしくね?」
「はっ、はい」
「あ〜ん、もう可愛い♪」
俺は、いきなり抱き付かれる羽目になった。
本人は抱きすくめているつもりのようだが、背が低い為俺がしゃがみこまない限りどうしてもそう見えてしまうだろう…
しかし…どういう事なんだ?
「ああ、ごめんなさい。でもやっぱり男の子っていいわ。うちの娘も気に入るんじゃないかしら?」
「?」
「いえ、いっそのこと本当の子供になってもらえばいいな〜って」
どこをどう考えれば、そういう結論になるのか…
多分この人は天然なのだろうな。
出来るだけ関わらないようにしよう、やり込められるだけだ。
思えば、この先上手くやっていけるのか不安になってくる一日だった。
しかし、俺を恐れない人々にどこか安らぎを感じてもいたのかもしれない…
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■187
/ ResNo.3)
双剣伝〜第三章〜『少女』
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□投稿者/ 黒い鳩
-(2005/04/19(Tue) 23:56:32)
2005/04/20(Wed) 00:48:46 編集(管理者)
「クライスちゃん朝御飯できたわよ〜♪」
「ありがとう。だが、俺の名はレイヴァンです。クライスという人間はいません」
「え〜絶対クライスちゃんの方が可愛いのに〜。でもそうね〜内緒のほうがいいかもね、秘密の共有って何だかいいし〜♪」
「…」
「母さん、あんまり茶化してやるものじゃないよ。レイヴァン君も困っているじゃないか。
それに名が知れてはレイヴァン君が狙われるかも知れない。母さんも注意するように」
「もう、パパったら、硬いんだから〜。大丈夫よ! このコ強いんでしょう?」
「それはそうだが、そうなるとこの場にいられなくなるかもしれないよ?」
「それは駄目! せっかくかっこよくて可愛い子なんだから、うちの子になってもらわないと♪」
「なら注意するように」
「はぁ〜い」
「…」
朝から無駄にテンションが高いなマーリアさんは…
しかし、家族か…俺には家族なんていないのに…
スクランブルエッグとベーコンを乗せたトーストをかじりながら思う。
俺にはこういう場にはそぐわない、戦場にいるほうが落ち着く。
たった一人生き残ってしまった俺に、出来ることは復讐だけ。
他のすべては、そのための布石。
そう、俺にとってそれ以外の事は必要ない。
復讐のためなら…何者であろうと切る!
それだけだ、俺はただただそれだけの存在なのだから…
忘れぬよう、その思いを胸に刻み付ける。
心の傷こそその証。決して見失ってはいけないもの。
だから俺は…
「…ちゃん! レイヴァンちゃん! レイヴァンちゃん!! もう、クライスちゃん!!」
「ん!?」
「ん!? じゃ無いわよもう! 何度呼んでも返事しないんだから!」
「すまない」
「もう! 今日はね、私達の娘が帰ってくるの。そのために買出しとお掃除とお迎えをやるんだけど。分担でやることにしたの。手伝ってくれる?」
「そうだな、今日は特に予定はない。別に構わないが?」
「それじゃあね、お迎え行ってくれる?」
「は? 俺はマーリアさんの娘の顔は知らないからな。迎えに行く意味がないだろう」
「そんな事無いわよ! だって娘ほど分かりやすい容姿の人間はそういないわよ?」
「だとしても、向こうが認識できなければ俺は誘拐犯と同じだ」
「う〜ん。それも大丈夫だとおもうんだけとね〜」
「兎に角、別の役を振ってくれ。迎えはディオールさんに任せたほうが良い」
「まあいいわ。じゃあ買い物をお願いね? 町の案内は必要?」
「いや、この前シルヴィスに教えてもらった」
「そう、じゃあこのメモにあるものを買ってきてね」
「わかった」
「それと、マーリアさんなんて他人行儀で呼ばないでね♪ これからはママって呼んで♪」
「…」
俺は、マーリアさんの無茶な要求には従えそうに無かったので、そそくさと屋敷を出た。
買い物リストに書かれているものは、基本的に夕食の買い物と俺が生活するための日用品だ。
昨夜は客室に泊めさせてもらったが、これからもそういうふうにするわけにも行かない。
幸い俺は手持ちの金があったのでそれを使うことにした。
リディスタの町の構造は、北の砦と南の鉄道駅をつなぐ形で存在している。
因みにリディスタの駅はアイゼンブルグ経由帝国方面、ビフロスト連邦方面、沿岸諸国方面、王都方面の四方に向かう交通の中心地であり、
リディスタを大都市としているゆえんである。
基本的にこの都市自体は織物産業が盛んである為、都市西部には染色工場が立ち並び噴煙を上げている。
西部には大陸を貫くディローニュの大河が流れている為、染色をするのに適していたのだ。
そして、その織物を買い付けに来る為に鉄道駅がいち早く出来、それと共に大都市化した。
今や王国内最大の商業都市といってもいいのかもしれない。
だが、当然海外からの人間の受け入れは治安の悪化を伴う、つまりこの町は国内でも指折りの治安の悪い都市であることは間違いない。
しかし、大都市化したことでの国内のメリットもある、それは情報流通の早さだ。
いち早く海外情勢や穀物、鉱物等の価格の高騰、下落を知ることが出来る。さらには表に出ない情報屋により、普通では得にくい情報も得られるようになっている。
その流通速度から、人によっては王国の情報都市と呼ばれることもあるほどだ。
そのような要所であるリディスタも、鉄道から軍を送り込まれれば都市を守りきることは難しいだろう。
そこで、この都市に砦を設け迎撃にあたることになっているのである。
ランディスがここの領主であるのもその辺りに理由があるのだろう。
因みに東には住宅街が林立している、丁度ベッドタウンという感じだ。
朝になると、町の東から西の工場に出勤していく人々を見かける事が多い。
そして、俺が今から行く商店街は町の中央に位置する。
駅の近辺に屋敷があるので、どうせなら駅近辺の店に行ってもいいのだが、夕食の買い物は兎も角、生活必需品は商店街にある。
俺は頼まれた物と、自分の生活の為の物を購入すると帰途についた…
その帰途の途中、不思議な光景と出くわした。
「いやー!! 来ないでー!!」
「そんなぁ! お姉様。私の愛を受け入れてください!」
「私まだ12なんだから! そんなの知らない!」
「12なら十分ですよー! 私は11です!」
ばかばかしい台詞をのたまいながら、二人の少女が町の中央、つまり俺のいる方向に向かって突撃してくる。
俺は係らないよう道の隅に寄ろうとするが…前を走る赤毛の少女が俺にめがけて方向転換してきた…
「私は男が好きなの! このお兄さんみたいなカッコいい人がいいの!」
「ええ〜!? やめてくださいユナ先輩! 男なんて不潔です!」
「女同士の方がもっと不潔よ! いい!? シャロア! 金輪際私に付きまとわないで! …じゃないと燃やすわよ」
「私! ユナ先輩になら燃やされてもいいです!」
「イヤー!! 助けてそこのお兄さん!!」
「俺か?」
「他にいないでしょ!」
「出来れば係りたくないんだが…」
「そうしてください! 私と先輩の愛の前に立ちふさがるなら潰しますから!」
「こんなに可愛い少女が頼んでいるのに係りたくないなんて…貴方不能ね!?」
「…」
元気のいい子供達だな…
赤毛の少女は、俺にすがるような目を送っている。
もう一人のブロンドをカールさせた少女は俺を殺すような視線を送っている。
町には変なのが居るから気をつけねばならないと言う事だな。
そう思って俺が通り過ぎようとすると、赤毛の少女は俺の腕を取って無理やり腕を組んできた。
「まさか、見捨てるつもりじゃないでしょうね?」
「お姉様を放しなさい!!」
「…頼むからよそでやってくれ…」
「嘘でもいいから話し合わせなさいよ!」
赤毛の少女が身体を俺に押し付けるようにして抗議してきた。
それを見て、ブロンドをカールさせた少女は切れたらしい…
「お姉様になんて事を!!」
転瞬、何らかの呪文が発動したらしい。
地面を抉り出しながら、岩の桐が出現する。
ドシュ!
「大丈夫か?」
「あっ、ありがと…」
俺は赤毛の少女を抱え上げながら槍の様に突き立つ岩の桐を回避する。
その後も、二本三本と桐は出現したが、飛びずさって避ける。
あの少女は魔術師のようだな。それも中級の魔術を使う…年齢にそぐわない高レベルな術者と言うことになる。
「さて、一体どうしたものかな…」
「シャロア…あんまりおいたが過ぎると、流石に私も我慢できないんだけど…」
「何のことだ?」
「お兄さん、さっきはありがと。ちょっとあの子を黙らせてくるね」
「…」
俺は止めるべきか迷ったがやめておいた、彼女達の服は同じ学園都市リュミエール・ゼロの制服だが、一つだけブロンドの少女と赤毛の少女の違いがあった。
それは、制服の襟章だ。ブロンドの少女は学生の襟章なのに対し、赤毛の少女は院生の襟章をつけているのだ…
あの年齢で院生…院生は上級魔道をある程度修めたものにしか入る事を許されない、エリート集団だ。
もちろん魔科学科の院生はその限りでは無いが、彼女達は明らかに魔術学科の制服を着ている。
それはつまり…
「ネクトフォロウ」
「あっ…! …!? …!! …」
赤毛の少女が呪文唱えた瞬間、ブロンド少女が一瞬陽炎の様に揺らいだかと思うと、暫くして気絶した。
あれは…かなり独特な呪文に見えたが…どういう事だ?
「何?」
「あの呪文はオリジナルか?」
「うん、まあそうだけど似たようなのは結構あるよ。周囲の空気を瞬間的に熱して酸素を二酸化炭素に変えただけだから…
これがお兄さんみたいな戦士だったら通用しないけど、あの子は魔術師だから逃げるのはどうしても遅いしね」
「周囲の空気を燃やしたのか?」
「まあ少し違うんだけど似たような物ね、化学反応とか結合とかはまだ学院内でも研究中な部分だし…でも一度見つけておけば応用はしやすいのよ」
「…流石にわからんな」
「ああ、ごめんなさい…つい学園内の人たちと同じ様に対応しちゃった。でもお兄さん結構鋭いから学園でもやっていけるかもね」
「考えておく」
「あの子の事は気にしないでいいから、生命力はゴキブリ並だし、直ぐに復活するでしょ。それより荷物大丈夫?」
「ああ、場所が悪かったらさっきの岩に貫かれていたかもしれないが、幸いな」
「あはは…(汗) ごめんね、今度ちゃんとお礼するから! 私の名前はユナ、ユナ・アレイヤよ! よろしくね♪」
「俺はレイヴァン…レイヴァン・アレイヤ…ん?」
「あれ?」
「そういえば、マーリアさんに娘がいると言われていたが…」
「うん、それあたし」
気まずい空気が漂う…
俺としてもこういう空気が好きな訳ではないので一つ聞いてみることにした。
「確かディオールさんが迎えに行った筈なのだが…」
「父さん? いたかも知んないけど…アレ」
そう言ってユナは気絶している金髪の少女を指差す。
それだけで言いたい事が伝わった。
「分った、兎も角、ディオールさんの屋敷にもどろう」
「うん、いいけど…お父さんが引き取ったって言う事は義兄さんになる訳ね?」
「…いや、性格には名義を借りさせてもらって住まわせてもらっているだけだ」
「そういうのを養子にとったっていうのよ!」
「そうなのか?」
「ふう…結構変なのね貴方…」
酷い言われようだが、不思議とユナの表情は柔らかかった。
俺たちは、金髪の少女…聞いたところによるとシャロア・レルフェイというらしいのだが…をそのままにして屋敷へと戻るのだった。
後で聞いたところによると、シャロアはその日、魔法で騒乱を起こした咎で一日拘留されたらしい…
屋敷に戻った後、ユナのおかえりなさいパーティと俺にいらっしゃいパーティとかいうのが開かれ一日中ドンちゃん騒ぎになっていた。
正直俺は疲れ果てたが、アレイヤ家の人々は無駄にエネルギーが余っているらしい。
次の日にはけろっとして朝食を食べていたのには驚いた…(汗)
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■210
/ ResNo.4)
双剣伝〜第四章〜『日常』
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□投稿者/ 黒い鳩
-(2005/05/03(Tue) 13:04:52)
2005/05/03(Tue) 13:06:18 編集(管理者)
「お兄ちゃん! 起きて! お兄ちゃん!」
「んっ…」
「んふふっぅ〜起きないなら、脇の下くすぐっちゃうぞ〜!!」
「ん!!」
俺は一瞬背筋が寒くなるような気配に、目を覚ます。
転瞬、剣をつかむ為腕が跳ね上がる…
しかし、俺がつかんだのは剣ではなかった…
何と言うか、すべすべした感触…
「ほっぺたか?」
「んなわけ無いでしょ! お兄ちゃんのバカー!!」
俺に向かって何かが放たれる、
これは、魔術か!
俺はベッドから転がり落ちると体勢を整え立ち上がった。
そこに更に衝撃波が幾つも飛来する。
俺はそれを回避しつつ相手に話しかける。
相手はどうやら赤毛の少女…ユナだったか…
「悪かった、どこを触ったのか知らんが謝るから。魔術を止めてくれ!」
「分らないの? 分らないんだ…」
今度はユナは酷く落ち込んでいる…
俺が触った所を判別できなかったくらいで何故それほど落ち込む?
「私も結構育ってきたと思うんだけどな…」
「育って…ああ、胸か」
「分るの遅すぎ!!」
「そうはいってもな…」
「何か言った?」
「いや…」
どうやらユナは胸の事を気にしているらしい、
だが育ち始めているとは言っても12の少女、それほど大きくないのはむしろ当然。
その年で巨乳だった日には逆に異常だろう…
「じろじろ見ないでよ! お兄ちゃんのバカー!!」
今度は俺の枕を投げつけてきた、まあ難しい年頃なんだろうな。
正直、俺にはどうでもいいことだったので、別の質問に切り替えてみる。
「所で、そのお兄ちゃんというのは一体なんだ?」
「え? ああ、これから家族になるんだもん、昨日みたいにお兄さんや、レイヴァンさんじゃ変だから、お兄ちゃんって呼ぶ事にしたの」
「いや、レイヴァンでいいんだが…」
「駄目?」
「いや、駄目というわけじゃ無いが…何故だ?」
「私一人っ子だったから、お兄ちゃん欲しかったんだ。お兄さん結構格好良いし、特別にお兄ちゃんにしてあげる!」
「はぁ、それは光栄だな」
「ぶぅ! 何よその言い回し! 私のお兄ちゃんになるのが嫌なの!?」
ユナは俺のベッドの上に座り込み、不満そうな目を向けてくる…
戦場で暮らし続けてきた俺…それを当たり前だと感じていたのだが…
目の前の少女にとってそういった事は想定外なのだろう、彼女は平和の象徴とでも言えばいいのか、
何もかもが彼女にとっては普通の事なのだろう、だから知らない男の部屋に来てお兄ちゃん等とのたまえるのだ…
彼女が魔術の才能を持っていようと、警戒心はまた別の問題だ、彼女はまだ警戒する必要のある世界に居ないと言う事なのだろう。
「で、一体い何のようなんだ?」
「あっ、うん朝食出来たから迎えに来たんだけど…」
「分った、支度をするから先に行っていてくれ」
「じゃあ先に行ってるねお兄ちゃん!」
「…」
俺はどうしていいのか分からず、渋い顔になっていただろう…
ユナが扉を閉めるとき、寂しげな表情をしていた事に気付かなかった。
俺は直ぐに支度を済ませ、朝食をとる。
アレイヤ家の面々は相変わらず賑やかだ…
ユナは飛び級で院生まで上り詰めてしまったので、半年の休暇を申請したらしい。
冬まではここにいるとの事だった。
よって、基本的にこの騒がしさから逃れる為には、さっさと依頼を実行するしかない訳だ。
そのためにも。シルヴィスとの訓練を早く終わらせなければな…
俺はいつもの森に向かいシルヴィスと訓練をする、
爵位の魔族による被害はそれぞれ町ひとつの中でとどまってくれているので、今の内に最後までやってしまうとシルヴィスは言っていた。
俺としても、急いで基本的な動きをマスターしたかったので丁度良かったとも言える。
最近は、シルヴィスの動きにかなりついていけるようになっている、まだ戦えば十本に一本取れるかどうかといった所ではあるが…
「流石青の双剣士、私の動きについて来れるようになった人は初めてだよ。でも、まだまだ甘い!」
「クッ!」
ガキィと言う音と共に俺が手に持っていた剣がはじかれる、こと剣による戦闘においてはほぼ勝ち目が無い。
だが、俺に取っても好都合、剣をはじきあげられたその勢いで後方に向け回転(バク宙)しながら足を繰り出す。
俺の脚がシルヴィスを掠める。互いに体勢を立て直す暇が出来た…
「そう来るか…見切りはもう、ほぼ完璧だね…なら、私も本気でいくよ」
「本気?」
「肉体を強化する方法は色々ある、魔術による強化、機械的なサポート、属性効果の付与、補助によるスピードの加速、そして気による身体能力の向上…
中でも魔術による強化は副作用は大きいものの、一時的に魔族と変わらない肉体になることも出来る。
でも、反動が大きいしそればかり利用していると本来の戦い方が出来なくなる、頼り切ってしまうからね。
それでは、魔族と変わらなくなる、意味が無い。それに剣士は基本的に魔術は得意じゃない。
だから、気による戦闘力の向上を行う訳なんだ」
「なるほどな、ではどれくらいの能力上昇が見られるのか見せてもらおう」
「後悔しないことだ」
「何を今更」
「では、行く」
シルヴィスは言った瞬間視界から消えた…
そして、ゾクリとした感覚が俺を襲う、次の瞬間には腹部に拳がめり込んでいた…
俺は何とか体勢を立て直そうと距離をとるが、シルヴィスは消えたと思うと既に背後に出現しており首筋に一撃お見舞いしてくれた。
俺はそのまま倒れた、意識は何とか繋ぎとめている物のもう動けそうに無い。
「反応が出来ただけでも凄いとは思うけどね、まあ秘伝とでも言うかな、実際これについて来れた人間はいないんだ…」
「…」
「君がこれをマスターすれば、訓練は終了。実戦に入る…て?」
シルヴィスは言い終わった直後飛びずさる。
直前までシルヴィスが居た場所を高速で火球が通り抜けた。
シルヴィスはそれに対し舞うように離れていくが、その後をまるで追尾するように火球が追いかけてくる…
シルヴィスは、一定の距離が開くと何かを引き抜く仕草をする、するとそこに無かった筈の剣がセイブ・ザ・クイーンが現れる。
そして、火球とすれすれで交錯しすり抜ける。
シルヴィスを通り抜けた火球は真っ二つになり、爆発四散した。
「つけられたね?」
「…?」
「出てきなさい」
シルヴィスが剣を突きつけた先の茂みから赤い髪の少女が顔を出す。
まさか…
「どうやって…」
「お兄ちゃんゴメン…悪いとは思ったけど、魔術でマーキングさせてもらってたの…でも、その人は私が倒すからね!」
「どういうことだ?」
「ははは…勘違いされてるみたいだね私は…」
「?」
「そのの人! 私のお兄ちゃんをよくもいたぶってくれたわね! 敵は私が取る!」
ユナはビシッという音が聞こえてきそうなくらい、シルヴィスに指を突きつける。
シルヴィスも苦笑いしている、もっとも、笑っていられる状況でもないと思うのだが…
なぜなら、ユナは仮にも学園都市魔術科の院生、それも炎系を得意としている。
上級魔道でも連発された日にはこんな森直ぐに焼け野原になってしまうだろう…
「別にそんな必要は無い」
「でも、お兄ちゃん…まさか…脅されてるの!?」
「なんだか、想像力の豊かな子だね…にしても…」
「何だ?」
「お兄ちゃん? 凄いね君は…いつの間に彼女を引っ掛けたんだい?」
シルヴィスの心の琴線に触れるものが合ったらしい彼女は俺を見て眉間をヒクヒクさせている。
不可思議なオーラも立ち込めているように感じるだが…
「何を言っている、アレイヤ家を紹介したのはお前だろう?」
「お兄ちゃん、今その人のことお前って呼んだ?」
いつの間にか、ユナも俺に近づいてきている…こちらは、背後が赤く染まっている…魔力が漏れ出しているらしい。
何か不穏な雰囲気になりつつあるな…
「…一体どうしたんだ」
「ふふふ…」
「えへへへ…」
二人の放つ巨大なプレッシャーの前に俺はようやく動くようになった身体を後じさりさせる。
彼女等はジリジリと近づいてくる。
「まさか…お前等…」
「ねえ、お兄ちゃんこれからは危ないから私が護衛してあげる…」
「こんど訓練を全力でやってみないか?」
「…知るか!!」
そう言って俺はヤツラに背を向け全力で逃げ出した…
思えば、これも平和の一場面なのかも知れない…
死に掛けたけど(汗
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■287
/ ResNo.5)
双剣伝〜第五章〜『平穏の終わり』
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□投稿者/ 黒い鳩
-(2006/06/13(Tue) 11:51:37)
鳥形の魔物が空中から襲い掛かる、
10匹以上の魔物は連続して地面に衝突しかねない速度でつっこんでくる。
その先には一人の男がいた、黒髪が青みがかって見える長身の男である。
男は双眸に鋭い光を湛えている、落ち着いて、しかしその激情がにじみ出るような目が、
俯瞰するように迫る魔物達を睨みすえる。
しかし、魔物がその程度で怯むはずもなく、10匹を超える魔物は空中から激突する。
その衝撃で、地面に穴が開き、土煙が上がり、爆発すら発生し、中心を破砕する。
男はもう跡形も残っていないだろう、人が魔物に敵うという考えさえ愚かしく思える。
もうもうとした煙が晴れた後には数mのクレーターが発生していた。
男が消滅したと思った魔物たちはそれぞれの鳴き声で凱歌をあげる……。
しかしその魔物たちは一瞬で沈黙した。
鳴き声をあげていた魔物の顔の上半分がずり落ち、下あごから血が飛び散る。
次の獲物を探すためにまた飛び立とうとしていた魔物の翼が両方ぼとぼとと落ちたと思うと、両手両足も一緒に分離した。
リーダーらしき魔物が驚いて振り向こうとすると、体が斜めに二つに割れた。
その場にいる魔物は、数秒のうちに全て切り裂かれ自らの血の海に沈んだ。
そして、それらから少し離れた場所で剣を鞘に収めるチンッという音が聞こえた。
「流石じゃないか、気による身体強化もほぼマスターしたみたいだね」
「まだ80%といったところだ、安定感が微妙だな」
まるで浮かび上がるように気配を現した少女に、長身の男は何気なく答える。
少女は不満そうな風もなく、口元で少し微笑むと、男の肩を叩きながら言う。
「私も100%マスターしているとはいえないよ。
兎に角、これで免許皆伝、既に目的地にいるわけだから、頼りにしているよ?」
「……。まあ、足手まといにならない程度に頑張るさ」
二人の影は、妖気漂う山間の村へと消えていった。
時は数日前に遡る。
相変わらず俺はシルヴィスの訓練をうけ、気による強化を身に着けようとしていた。
時折、義妹になったユナが乱入してくるものの、それなりに成果を出しつつある。
「ねーねー、お兄ちゃん。買い物行こうよ〜」
「……」
「そっちのお姉さん十分強いんだし、いざとなったら私も力を貸すからさ。たまにはいいでしょ?」
「……」
お陰で俺の戦闘力は格段に上がっている、しかし、まだ安定して気を使えている実感はない。
俺は復讐のためにも、こんな所で留まっているわけにはいかない。
いかないのだが……。
「ねーねー、年増より〜」
「誰が年増か!! 私は15歳だ! もうちょっとで16になるけど……っていうか、まだ大人にすらなってない!」
「えー、でも12の私から見たら、ねー」
「そんなの自分が小娘なだけでしょ?」
「……#」
「……#」
シルヴィスもそんな子供のいう事を真に受けなくてもいいだろうに……。
とはいえ、訓練もひと段落ついたので、ご機嫌を取っておくか。
この二人の戦闘は半径数キロを焦土に変えかねない。
「少し喫茶店でも寄っていくか」
「あっそれいいね〜」
「ちょ、クラ……っとレイヴァン。課題の方は?」
「気の放出の課題なら……」
俺が指差した先、自然石の巨大な岩は崩れ落ちていた。
剣戟の衝撃ではなく、手で触っただけの状態から気の放出によって石を破砕する方法だ。
これは、常に気を発する呼吸が出来ていないと上手くいかないため、ここ一ヶ月近くこの訓練のみだった。
今日やっと終わったのだが、二人は自分達の戦いに忙しかったため気がつかなかったというわけだ。
「なるほどね、確かに出来たみたいね」
「へぇー、凄いね。魔法も使わずにこんな事が出来るなんて」
「気といっても体内のマナを使ったものである事は間違いない。魔法と源泉は同じだがな」
「なるほど〜、じゃ喫」
「じゃあ、気による身体能力の強化やってみる?」
ユナが喫茶店に俺を連れて行こうとしたのを遮って、シルヴィスが訓練の続きを促そうとしている。
確かに、俺はそのために訓練を受けているんだから当然なのだが。
「ちょっと!」
「はいはい、喫茶店には行ってあげるわよ。でも普通に行ってもつまらないでしょ?」
「?」
そう言って、シルヴィスは少し口元をゆがめる。
何をさせるつもりなのか知らないが……あまりこういう表情の彼女の相手をしたいとは思えない。
「じゃ、ユナちゃん。レイヴァンの肩に乗って」
「?」
不思議そうな顔をしながらもユナは俺にしゃがむ様に言って、首に手を回し、右肩に腰掛ける。
「こんな感じ?」
「それでいいよ……じゃ、はいっと」
次はシルヴィスが左肩にぽんと、体重を感じさせない軽やかさで飛び上がりながら腰掛ける。
「……」
「じゃあ、これで3分以内で喫茶店に行って?」
「何!?」
喫茶店までは俺が全力で走っても10分はかかる。
まして、両肩に女性とはいえ人間を乗せているのだ……。
「!」
「そういうこと、気で強化しないと3分以内なんて無理だよ」
「やりかたは?」
「岩を砕いたときは気を岩の中で爆発させたでしょ? その時の経路に気を流し循環させていればいい」
俺は言われたとおり、気を循環させる事を考える。
破砕に使った経路が少しづつ馴染み、また意識を傾ける事で体の活性化を促す事が出来る事がわかった。
徐々に経路に流す気を増やし、体内を循環させて元の場所に戻す。
繰り返す事で、どんどん気が高まるのを感じる。
すでに、両肩の二人の体重は羽根の様なものに思えた。
「なるほどな……」
俺は軽く走り出した、時間がゆっくり流れているのが分かる。
もどかしいが、同時にこの状態は凄まじい速度の上にあることが分かった。
走る一歩が10m近くも浮いたままだった。
軽く走っているにも拘らずである。
これなら3分どころか2分もかかるまい。
「凄い凄いー!」
「流石ね、こんなに早く身に着けるなんて。これならそろそろ……」
そう、俺は爵位の魔族を狩る為に雇われた身だ、いつまでも遊んでいるわけにも行かないだろう。
だが、不思議と不安はなかった。
「所で、どうやって元の状態に戻るんだ?」
「え?」
「いや、気を流しっぱなしにしていると。力が上がりすぎて止まれないんだが……」
「ああ! そういや、沈め方。放出する方法しか教えてなかったっけ!?」
「えええ?! ない考えていんのよ、この年増!! 先に止め方から教えるのが普通でしょうが!!」
「だって、こんなに早くマスターするなんて思ってなかったから……」
「って、喫茶店! 喫茶店がぁ!?」
その日喫茶店が一軒リディスタの街から消えた……(汗)
全壊した建物や内部の物品は俺の報酬から差っぴきらしい。
もとから多かったものだから文句をいう気はないが……。
その日の夜、俺達は初めて魔族討伐へと向かう事になった。
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■289
/ ResNo.6)
双剣伝〜第六章〜『初戦』
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□投稿者/ 黒い鳩
-(2006/06/16(Fri) 11:08:05)
2006/06/16(Fri) 11:17:17 編集(管理者)
「これは……」
俺が最初につぶやいたのは、驚きだった。
もちろん、覚悟はしていたつもりだ、魔族に支配された地区。
連邦には魔族が普通に生活しているところもあると聞いた事があるが、これは明らかに違っている。
空間が歪んでいる。
終わり無き諦観の地『ギヌンガプヌ』魔界の住人は自らの世界をそう呼ぶと言うが。
歪んだ空間の中には正に何もかもが終わってしまったかのような、白い灰が固まって出来たような世界。
ここに町があった事すら感じさせないほど、ただただ白い。
寒さを感じるわけではないが、空漠とした寂寥感が心の中に募っていくようだった。
俺は思考を切り替える。
魔族等所詮世界に巣食う害虫、現在の世界を『ギヌンガプヌ』と同じにするために動いているに過ぎない。
そして、俺はただそれを刈り取るだけ、それ以上でも以下でもない。
「どうしたの? 初めてだから怖い?」
「……さあな、少なくとも今のところは問題ない」
「ふーん、では行こうか。ここを占拠しているのはプロギッシャウ男爵。細かい戦闘法は不明だけど空間を操るらしい」
なるほどな、それで町の中が万華鏡のようになっているのか。
中に入ってみて分かったのは、この空漠な世界が途中で途切れて切り替わる、そんな場所が至るところに存在しているという事だ。
しかし、問題なのはどこを目的地として動けばいいのか分からないという事か。
「シルヴィス、敵を探し出すにはどうすればいい?」
「さあ、私もこんなところに来るのは初めてだしね。君が背負ったその剣がなければ私も遠慮したい所さ」
「そういえば、この剣の事をまだ聞いていないな」
「そうだね……教えたいところだけど、お客さんだよ」
「この場合、出迎えの方が正しくないか?」
「ふふ、この状況で冗談がいえるなら大丈夫だね、右翼を頼むよ」
「了解」
不思議な空間を歩いていて出くわしたのは怪物の集団だった。
巨大なもの、不定形なもの、小さいもの、空を飛ぶもの、地を這うもの、色々ある。
その数軽く100以上。
例え簡単に倒せても、スタミナにはかなり響きそうだ。
そう考えている間にもシルヴィスは敵陣に突っ込んでいく。
「さて、俺も行くか」
気による身体強化を軽めに発動。
空に飛び上がり、先ず空中の敵に向かい飛びかかる。
最初に向かってきた鳥風のモンスター数匹に向かい手に持っていたつぶてを放つ。
ただの石ころだが、羽を痛めれば飛べなくなる。
鳥風のモンスターは羽を打ち抜かれて墜落していった。
続いて向かってきた蝙蝠の羽を持つ悪魔風の敵にもつぶてをぶつけるが、
魔力で飛んでいるのだろう、羽が破れても関係なく向かってきた。
俺は迫ってくる悪魔風のモンスターの蹴り足をつかみ、背中をよじ登って一気に首の骨を折った。
俺が悪魔風のモンスターを屠っていると、巨大な鷲を思わせるシルエットが俺の上から急襲してくる。
俺は、体勢をくるりと変えてモンスターを上にした。
すると、巨大鷲はモンスターを引っつかみ上昇していった。
引っつかんだ悪魔風のモンスターを俺に向けて放り出し、巨大鷲がもう一度突入をかけてきた。
俺は、右の剣を抜き放ち地面に着地、再度飛び上がり巨大鷲と交錯する。
俺にツメが少しかすったが巨大鷲は羽を真っ二つにされて地面に激突した。
ついでにモンスターを何十匹か巻き込んでくれたのは行幸だろう。
地面の敵も殆どは敵ではなかった。
速度で数倍勝っているため、モンスターどもは止まって見えた。
瞬く間に数十匹を屠り、シルヴィスと合流する。
「はぁ……はぁ、少し息が上がってきたが楽勝だな」
「そうだね、君なら相棒にしてもよさそうだ」
「ふ、まだ息が上がっていないとは。流石だな」
「クライスはまだ完全に気を制御できていないからね。制御次第では気を刃に乗せて放つ事も出来るらしいよ。
東方の剣士はその能力に優れているとか」
「飛び道具か……」
一瞬昔の事が脳裏によぎった。
誰か知り合いに東方の剣士の関係者がいたような気がする……。
しかし、曖昧模糊としたその記憶は、すぐにまた記憶の底に沈んで行った。
「しかし、あれはどうする?」
「ああ、あれね」
目の前にいるのは巨大なスライム。
この先の空間へと続く道を完全にふさいでいた。
10数メートルにも及ぶその巨体は剣で切り裂こうが、気を流して爆砕しようがすぐに再生する。
消耗戦を仕掛ければそのうち魔力が尽きて再生できなくなるだろうが、こいつを倒せば終わりというわけじゃない。
ザコで体力が尽きていてはボスまで行けない。流石にこんな所で野宿する気にもなれないしな。
その間に再度モンスターを召喚されればそれまでだ。
「さて、どうしたものか」
「うーん、切り札は伏せておきたかった所だけど……」
「何か考えがあるのか?」
「それはね、君の剣の……」
ドッゴーン!!
いきなり、スライムが爆発した。
木っ端微塵な爆発ぶりから自爆かとも思ったが、その後かけられた声に敵の攻撃ではないと悟る。
「ふふーどう、お兄ちゃん? 私その早いだけの女より役に立つよ〜♪」
「ぶっ、早いだけってどういう事だ!!?」
「他に取りえないじゃない? 私は色々できるよ?」
「あーのーね!」
「それとも、他に何かできるの?」
「ふーん、試してみるかい?」
「そうねー」
登場した途端にユナはシルヴィスに噛み付き、舌戦を繰り広げている。
付けられていた、という事だろう。
普通なら気配をさらしている人間に気付かない事などありえないが天才魔道士たる彼女なら朝飯前か。
だが、そのお陰でさっきまでの緊張感はどこにも残っていなかった……。
しかし、ある意味一触即発の状況も問題がある、というか趣旨から外れすぎだ。
俺は二人を無視して先に進み始めた。
「あ、ちょっと待ってよ、お兄ちゃん!」
「コラ! 私を置いていこうとするな! 一人で突っ込んでも勝てないぞ!」
緊張感は戻る事が無かったが、ここは懐かしい戦場だ。
ほんの数ヶ月離れていただけだが、どこか懐かしい。
それが人だろうが魔族だろうが、俺には同じだった。
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