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■28
/ 親記事)
少女の檻 序章 『 lost −雪−』
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□投稿者/ 翠霞。
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-(2004/11/08(Mon) 22:10:48)
雪が降っていた。
それは、数多の夢のようにも思えるほどに、儚く降り注ぐ。
消えるからこそ、叶わないからこそ夢なのだと。夢と言う理想に淡い期待を抱かなくなったのはいったい何時からだっただろうか……決まっている。全ての幸せが崩れた、炎のあの日からだ。
窓から外を見ていたユナ・アレイヤは、そんな止め処ない思考を頭にめぐらせていた。
別に考え事をするために外を眺めたわけでも無く、雪が降っているその情景が特に好きだから眺めたというわけでもない。そのような感情の全てを……楽しいとか、嬉しいとか、喜びとか、笑うという……全てを、彼女は過去に置いてきていた。
彼女には今、なさなければならない事があった。
魔法学園に在籍する彼女は、成績も優秀、主席をいつもキープしているどころのレベルではなく、既に博士号などを習得している。
稀代の焔術師 ユナ・アレイヤ
そんな、二つ名で呼ばれる事もあるくらいに、彼女は有名な存在だった。
ふと。彼女が窓から少しだけ視線をそらす。その、わずかな視点移動で視界の端に収めたのは、室内を暖める暖炉の炎。薪を火種に煌々と燃え上がるそれは、薄暗い室内に在って、酷く明るかった。
「炎は……私に何を見せるのか」
既に、窓へと移した視線のまま、そんな呟きをユナはもらした。
誰も、その問いに答えるものなど無く、きっと、その問いの答えを知る者は問いを発した自身である事を知りながら。それでも、もらさずには、いられなかったその問い。
深く心に根付いた問い。
「……兄さん」
ユナは、また視線を外へと戻した。問いを答えてくれるであろう、人物の名前を呟いて。誰よりも今、寄りかかって、その温もりを感じたい人の名前を。
「もう、暖炉の温もりは嫌い……」
見つめていた外の景色から、人の影が消えた。もう夜も深い。誰も出歩くような人物がいないような、そんな時間帯だ。
暗闇の中、それでも主張するその純白の雪は、精霊にも似て幻想的な雰囲気を醸し出している。雪に吸収されたのか、世界には音も消え去り、深々と、ただ、静謐な夜が広がっていた。
そんな、儚い雪のように。
部屋から、忽然とユナの姿は消えていた。
部屋の扉は開け放たれたまま。暖炉に灯っていた炎はその勢いの影すら無く消え去っていて、ただ、無人となった室内には、一枚のメモが床の上に置かれていた。
『 明日へ 雪のような 明日へ 目指すことは 罪なのでしょうか? 』
その白い紙には、そんな問いかけが。
翌日の街に一つの噂が流れていた。
学園主席 ユナ・アレイヤ 失踪
物語は始まる。
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■36
/ ResNo.1)
少女の檻 一話 『 war −旅立ち−』
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□投稿者/ 翠霞。
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-(2004/11/09(Tue) 03:57:04)
「行って来ます」
後ろを振り返り、雪の中、そんな挨拶を送る。
視線の先には、今出てきたばかりの『第二の故郷』が。
正直、恋しい気持ちが強いが、それでも歩まなくてはならないのだ。
「……行こ」
自分の中にある、そんな、強い誓いにしたがって、ユナ・アレイヤは雪の上を歩み行く。
真っ黒のコートに身体を包み、胸元に金色のロケットを輝かせながら。
†††
ユナ・アレイヤが旅立ったのには理由があった。それも、酷く明確な理由が。
二ヶ月前になるだろうか。彼女の兄から毎月送られてきていた便りが、急に途絶えた。当初は、忙しいのだろうと考え、寂しいとは想ったが特に心配とかをしていたわけでもなかった。
だが、それが二ヶ月連続で続いた。
そこで、少し不審に想ったユナが兄の知り合いの下へと手紙を送ってみると驚くべき返信が帰ってきたのだ。
『 アイツなら そちらに向かったはずだが 着いていないのか? 』
正直、身体がおかしくなったのかと想うほどの寒気と、眩暈に襲われた。
其処に書かれていた文章と、そして、現在の状況を省みた結果は一つしか導き出されなかったのだ。
……兄に、何かあった。
その返信から数日のうちに、ユナは、旅立つ決心を固め、その準備を全て完了させた。
すべては、兄を探すための旅路。
どこまでも、雪に彩られた出発になった。
†††
学園があった街から少し歩いた場所に、小さな宿場町が存在する。
学園にいる子供に会う為にここまで旅してくる親や、知人関係を目的とした経営を町全体がしており、学園があの街にできて以来。つまりは数百年続く由緒正しき宿場町だ。
立ち並ぶ宿屋もその由緒に相応しく、貫禄のあるものばかりで……穿った言い方をするならば、ボロい物ばかりと言う事なのだが……時代を感じさせる雰囲気が町全体に漂っていた。
ユナの予定では、まず、街から、夜の深いうちに誰の目に付く事も無く失踪し……学園への報告を少しでも先送りにして、追跡や指名手配などを先延ばしに少しでもするため……その足でこの町へと歩いた後は、一晩だけここで宿を借りて、翌日に近隣の街へと旅立つという事になっている。
この宿場町に特徴なのは、魔法を取り扱う学園が近くにあるという風評がもたらす地域の治安レベルの高さを利用しての深夜営業だった。
通常、町と言うものは夜盗などの襲撃に備えて夜の間は門を閉めたりなどの防犯対策をとるものであり、深夜の営業などするものではないのだ。
そして、深夜営業の宿屋に多い、秘匿性の高い、少しだけ裏に位置する宿屋こそ、ユナが目的とするものだった。
秘匿性が高い。つまりは、名前を聞くなどの作業を一切省いてあったりするということだ。夜間、それも深夜にこういった施設を利用する人間は大きく分けると二つ。一つは恋人。一つは訳ありの人間。
前者の方は説明するまでも無いとして、後者の方、訳ありとはいったいどういったものなのか。
夜間、通常は出歩きするメリットの少ないこの時間帯でも移動しなくてはならないという事は何かから逃げていたり、王侯貴族の方々がお忍びで移動されていたりする場合が多いのだ。
そういった場合、名前を知られる事を極端に嫌う性質があるのは言うまでも無い事だろう。
学園に通うものともなると、貴族での者達も少ないとは言えない。ましてや、貴族の殆どが親馬鹿と言えなくも無いのだ。ただでさえきっぷのいい貴族が山ほど来る。深夜営業のメリットはそういった点にあった。
眠りが支配する町。その中にあってなお眠ろうとしない宿の数々。
宵闇の深さに似合わず煌々と明かりを漏らす窓からの光が酷く鬱陶しいものにユナには感じられていた。
やはり、夜は夜らしくあるべきだ、と。
それは……自分が自分らしくありたいがために。
†††
静かな夜だ。ユナはそう感じていた。
何かあったとき、すぐに町の外へと逃走できるようにと門から比較的近い位置で営業していた宿を確保し、その一室から、出発する前と同じように外を眺めていたときに感じたことだった。
何の音も無い、雪に全てが吸い込まれてしまったかのような、そんな夜。事実、雪が積もったりした地方だと音を雪が吸収して酷く静かな夜が訪れる事はある。だが、まだ雪が全てを包み込むような、冬真っ盛りと言うわけではなく、雪が音を吸収するにしても静けさに限度があるのも当たり前の事ながら事実だ。
全てが無に帰すような、そんな感覚にユナは襲われる。
「……すべてを、無に?」
其処で、ふと何かに気がついたようにユナは呟きを漏らす。
少し眉根を寄せて、自分の記憶を注意深く探って行き……そして、黙考の終りと共に辿り着いた違和感の謎。
「超広域偵察用戦略魔法!?」
魔法に長けているものだからこそ気が付ける、といったレベルの問題だといえば、その場方の高度さが分かっていただけるだろうか?
超広域偵察用戦略魔法……その名のとおり、超広域にわたって偵察を行う場合に置いて、行動の際に起こる音を等をすべて『否定』し、偵察に最も適した状況を無理やり作り出す魔法だ。そして、その副作用は「全てが無に帰したような沈黙」。
「suppress a fact(事実を隠す)とは、気の聞いた名前の魔法だと思ってたけど……これ程とは」
改めて、戦略魔法の威力を痛感するユナ。学園時代、禁忌といわれるような焔術にまで手を出したりしていた手前、こういった戦略魔法にもそれなりには詳しかったが、それは知識と言うだけであり、実際に目の当たりにした訳ではない。
ともあれ、実際に目の当たりにできるという方がまれなのだ。むしろ、目の当たりにしない人生の方がどれだけ幸せか。
戦略魔法が使われているということは即ち。
「……あの灯り……まさか、まさか!?」
戦争が始まったという事実に他ならないのだから。
「……軍事用特殊魔科学兵器 フォマルハウトの砲撃」
旅立ちは、波乱に満ちていた。
いや、もとより。
その旅立ちは、動乱の中にあった。
全てを覆い隠すように、雪が、舞う……
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■39
/ ResNo.2)
少女の檻 二話 『 silent −檻−』
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□投稿者/ 翠霞。
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-(2004/11/10(Wed) 02:53:00)
人の……檻、と言うものを誰もが持っている。
個人と言う、檻の事だ。
それは、一つの世界を形成する。
現実と言う世界の中に、無数に点在する檻と言う世界。
檻と、その世界を称するのは、酷く簡単な理由からだ。
人は、人である限り、人と言う檻、自分と言う世界から抜け出せない。
全ての知識は、自分と言う世界が認識したものであり、それが真実であるという確証はまったくと言っていいほどに無いのだ。
ただ、自分とはまったく別の檻を形成する、他人と、共通の認識を持っているということで、安心するしかない。
真実が知りたいと、もがき苦しんだとて。
抜け出したいと切望したとて抜け出せない自分と言う世界。
自分と言う檻。
ユナ・アレイヤと言う少女もまた、そんな檻に縛られる人の一人だった。
ただ、他と違うのは。
彼女は、檻の外に自分の感情を忘れてきてしまった。
少女は切望する。
感情の代わりに、温もりを与えてくれた兄と言う世界を。
†††
宿を飛び出した瞬間、ユナは今の時間が昼なのか、それとも夜なのか正確に把握できなかった。
空を覆うほどに流れ行く明るい火の弾の数々……フォマルハウトという名の兵器が放った、炎と言う志向性を持たされた魔法の一種であるということは、焔術師の二つ名を持つユナにとって自明の事実だった。
フォマルハウトの炎弾は全てが一定の方向を目指して放たれていた。それは、この宿場町を通り過ぎてさらに少し進んだ辺りに落下するような、そんな軌道。どうやら、目標地点とフォマルハウトの中間地点にこの宿場町は位置するらしい。
と、なると。自ずとその目標地点も算出されてくるというわけだ。なにせ、この近辺に存在する町、しかも炎弾が向かう方向にある街は一つしかないのだから。
「……まさか、中立都市である、学園をねらってる!?」
その事実に、寒気を覚えるほどの戦慄が走る。
学園……ユナが通っていた魔法学園は、その性質上、どこかの国に属するわけにはいかなかった。魔法を教え、授け、洗練する。さらには、一般戦闘における魔法の有効活用方法、武器を使用した際の魔法の効果的な運用、魔装具の生成、及び使用目的、方法。はっきり言って軍の教習レベル以上の事をこの学園は教えているのだ。
そんな学園が、どこかの国に属するということは各国間のパワーバランスの傾きにつながる。そして、それはイコールで戦争へと結びつく危険な状況なのだ。
故に、学園は創立時にある条約を各国と結んだ。
『学園は等しく各国に情報提供し、受け入れると同時に、各国に対し自らは積極的に干渉しない。その代償として一国の独断、または各国の共謀によってこの学園へ干渉を計った場合、この条約を締結している各国から総攻撃を受けるものとする事を切に願う』
つまりは、情報提供する代わりにこの学園自体を中立国家として独立させ、防衛してくれと言うことだ。
無償で魔法の情報を得られる。それは、各国にとって望んでもいないような好条件だった。故に、この条約は反対数0と言う珍しいほどにスムーズな形で締結され、今の形を維持し続けていた。
それを、打ち壊そうとする国がどこかにある……この砲撃の意味はそういった意味も込められているのだ。つまり、この砲撃を行っている国は世界を相手に戦争をする準備も、心構えもある、と暗に語っているという事。
はっきり言って、戦争、と一括りにできるような争いではすまない、誇張のない世界戦争、混乱が訪れる。
「そんな真似を、何処の国が……」
無音。雨のように思えるほどの数、炎弾が行き来し、周りにはユナと同じように以上に気が付いた群集が騒ぎ立てている、にも関わらず変わらない夜の静寂。
偵察魔法が掛けられている事から、この一晩で学園都市を陥落させる気があるという事が予想された。音の無い、静寂が全てを包むこの夜のうちに、この消え去ってしまった音のように全てを終わらせてしまおうというわけのようだ。
大規模にこの偵察魔法が掛けられているのは少しでも音が近隣に漏れるのを防ぐためなのだろう。目標を学園都市に定めているとは言え、外れる炎弾があるのは当たり前の事。其処から漏れる轟音をかき消すためにこんなにも大規模に魔法を展開していると考えられた。
無音と言うそうで轟音を包み込む事によって、すべてを隠してしまおうという魂胆だ。
しかし、それでもユナには腑に落ちない点があった。別に、大げさまでに用心するのは国と言う組織が動いているのだから、当たり前の事なのだろうと容易に予想できる。しかし。
「……なぜ、こんな狙って打たない限り、外れても当たりすらしないような宿場町にまで、こんなに濃厚な効果を?」
効果が、強すぎる。広範囲に散布する形を取る魔法は、発動地点と定めた箇所を中心にして、円状を形成しながら効果を広めて行く。その過程で、魔法と言う意志が徐々に失われて行き、それに伴って効果もしだいに薄れて行くというのが普通なのだ。
しかし、ここまで完璧な無音をこの町に形作っているという事は、効果がまったく薄れていない事を意味する。
それは、想像すらしたくないレベルの異様な魔力を注ぎ込んだ大規模な魔法だったのか、それとも。
―――― ぎゃあああああああああああああああ!!!!!!!!!!
この町が、ターゲットにされているのか。
悲鳴が、無音に包まれて薄れ逝く。
それは、あたかも、街が雪に包まれるかのように。
少女の檻がゆっくりと世界を捉え始めていた……無音の檻に包まれた世界を。
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■41
/ ResNo.3)
少女の檻 三話 『 Begin −未来−』
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□投稿者/ 翠霞。
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-(2004/11/11(Thu) 03:32:34)
消え去ると知っている。
そんな、儚い未来を求める。
報われぬ未来へ。
何も無い未来へ。
その先に、何があるかを知りながら。
例え、辿り着いても何も得られぬ事を知りながら。
それでも、その歩を進めるのは。
やはり、愚かしく、赦されざる行いなのだろうか?
手を伸ばした、そんな未来に。
何も無いからこそ、得られる。
そんな。
在りもしない、安らぎを求めて。
†††
酷く冷静で、落ち着いている事をユナは自覚していた。あまりにも異常な事態に際して、そのなかで、異常なまでに落ち着いて思考をめぐらせている自分を知覚してた。
昼の様な夜。無音の世界。
頼りになるのは、自分の思考と、自分の瞳に映る物のみ。そんな、孤独。
一人である、と言うことが逆にユナを冷静にしていたのだ。
兄を求めて、旅立つと決めたその時から。兄の近くを離れ、魔法学園で学ぶと決めたあの日から。孤独はユナの隣にいつもあった。例え、どんなに拒もうとも、心の中で血の涙を流しながら、泣き叫ぼうとも、変わることなく、いつも、いつも傍らに寄り添っていた。
一向にやむ事のない砲撃の流星が空を覆っている。それは、今から学園へ向かったところで何の意味も無く、逆に砲撃に巻き込まれて命を落とす危険性があるという事を如実に語っていた。そして、その砲撃が伝える戦争と言う事実は、この場所でユナが留まっていたとしても、制圧部隊がこの宿場町を占拠したその時に、捕虜になるしか無いということも告げている。
幸か不幸か。この場合、間違いなく不幸ではあるが稀代の焔術師の二つ名とユナ・アレイヤの名前はそれだけ世界的に有名なものだった。十代半ばにして既に焔術のほぼ全てを極めんとするほどの天才。
世界各国が欲しがらない方がおかしい、というほどの逸材だと言うことは言うまでも無い。捕虜にならない方がおかしいのだ、ユナの名声の大きさを鑑みるに。
つまりは。
学園方向と砲撃の発射地点(敵軍が攻め込んできていると推測される方角)以外の二方向に逃げるしか無いという事。
「……となると」
無音と言う孤独が思考を冷静にする。酷くドライな、冷めた思考は学園救うという殊勝な心がけなど抱かせぬほどに現実主義だった。安易なヒロイズムに傾倒しないと言うことは戦争の中に置いて生き残るためには、とても重要なことだ。
魔術師と言う人種が、少なからずこういった利己的な思考面を持ってしまうというのは、やはり、異端の知識を求めるという職業柄故になのか。それとも、この場合のユナはあまりにも異常なのか。
「……西門から出るしかない、か」
学園都市はこの町からちょうど南にあり、砲撃は北より加えられている。そして、東にはこの辺り一帯の水をまかなう大河が流れているが故に、逃げるには橋を渡らなくてはいけない。だが、橋という移動上重要な拠点は軍が見逃すはずがない、と言うのも容易に推測できる事柄だ。
となると、ユナに残された逃亡ルートは西。ただ、草原だけが隣国に到るまで続く何も無い、ほぼ原野に近い道だった。
隠れる場所がない、と言うのは不安極まりないが、敵がいると分かっているような場所へ、わざわざ赴くよりは幾分かはましだろうと判断したユナ。
「……行動は迅速に」
一言、自分への戒めを呟く。無音の世界にあっては自分にのみしか聞えないその呟き。
西の方角に颯爽と体を向けると、後は後ろを振り返ること無く走り出すのみ……と、ユナが思っていた、その瞬間だった。
思考に没頭していたためユナはあまり気にしていなかったのだが、この異常事態に街の人々が外に出てきているのは説明するまでも無いことだ。そしてそれは同時に街中を人で溢れ返させるということも、自明の事実だろう。
―― パタパタパタ
擬音で表すと、この様な感じだろうか? 音のない世界にあって、そんな音が聞えたような錯覚に陥る。
群集の一角が、急に力を失ったかのように、その地に倒れ伏したその様は。
「……迂闊」
ユナの呟いたその言葉。そうとしか称せないような事態だった。
なぜ、この宿場町が『既に襲われていない』と断言できただろうか?
砲撃と同時に重要拠点を押さえるというのは、電撃的な奇襲戦に置いて基本中の基本なのではないか?
―― パタパタ
また、群集の一角が地に埋もれた。それは、説明するまでも無く死んだ、と言うことだ。
「……魔術師の基本事項 その1」
ユナが、無音の世界にそんな言葉を呟く。魔術師だと、言葉で語るよりも雄弁なそのロングコートに、手をもぐりませ、腰に備え付けていたホルスターから、無骨で凶暴な魔装銃『 モルグ・アナ 』を取り出し、眼前でかざす。
「常に冷静沈着、思考と言う世界の支配者たれ」
ガチャリ、と眼前でモルグ・アナのスライドを引き、弾丸を薬室へと装填した。
稀代の焔術師 ユナ・アレイヤという焔の支配者の戦いが、始まった。
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■44
/ ResNo.4)
少女の檻 四話 『 Gun −起点−』
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□投稿者/ 翠霞。
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-(2004/11/14(Sun) 02:10:31)
―― 戦場にいる。
鼻腔に広がる血の匂い、血糊の温もりの残滓。血煙が風に乗り、宿場町の明るい夜を朱に彩る。
―― 例えばそう、目の前で倒れた民衆。
その真只中、ただ落ち着き払い、冷静に行動する思考の支配者たる、焔の魔術師が一人。
―― 次の瞬間には自分も同じ姿になっているかもしれないという恐怖。
名をユナ・アレイヤと言う。齢にして十代の半ば。若いと言う言葉がそのまま反映されたかのような瑞々しい肌の張りと、その整った容姿が年齢を必要以上に強調している。
―― 絶望が先に待ち、希望が先に待つ。
だが、その少女には表情と言うものが欠落している。それは、この異常な世界の中にあってなんら感慨も抱かず、ただ魔術師として其処に在れると言う事実が雄弁に物語っていた。
―― ハイリスク・ハイリターンの世界を戦場と言うのであれば、この場所は戦場では無くなるのだろう。
魔術師がよく着用するロングコートに身を包み。顔の右側面には両手を添えられ、銃口を空へと向ける黒光りの魔装銃が。
―― この先に待つのは絶望のみ。
ガチャリ、と言う振動と共に魔装銃のスライドが引かれる。それに伴い薬室から排出される薬莢が一つ地面に転がった。一発目は空砲。威嚇のための無駄な弾だということを重々承知していたがためのその行為。
―― 敗北者には捕縛、または死亡と言う絶望を。
戦闘が始まっている。それもすぐ目の前、射程内に置いて、否定する要素が微塵にも存在し無い程に絶望的事実が其処に転がっている。
―― そして、勝利者には逃亡と言う生き地獄を。
血煙を噴出し終えた屍の山の上に、三人の兵士と思われる覆面を装着した黒尽くめの男たちが現れる。手には、魔装剣(形状的にはブレードに近い。カタールの刃を騎士剣並みに長くした上、ブレードの刃を装着した様な外見的特長。手の甲の辺りをカバーする篭手の表面に、窪みがあり、そこにE・Cを装着できる)を持ち、腰には無数の爆薬と思われる四角い筒が装着されている。
――― そう、ここは絶望のみが訪れる、悪夢のような世界。
ユナはゆっくりと天空へ向けていた銃の照準を、三人の中央に立つ人物へと向ける。相変わらず、音は存在しない無音の世界。ただ、魔装銃の重い感触と、ガチャっと言う機械的な振動のみがユナの手に伝わる。
―― 人は、こう呼ぶ。
それを目に留めた兵士三人は、一瞬だけ目線をその間で交わすと……魔装剣をこちらへと向けて、ほぼ正眼に近い状態に構えた。その篭手には緑色のクリスタルが光り輝いている。
―― ワルプルギス(魔女たちの宴)の夜と。
長い、血に彩られた宴が始まった。
†††
BANG!BANG!BANG!
実際はマズルフラッシュのみが銃弾の発射を伝え、音はすべて『世界に否定』されている。だが、ユナの手に帰る、少女が耐えるには大きすぎる衝撃がその音を直接体内に振動として伝える。
明るい夜を閃光で三瞬包み上げた、その三連射。装弾数最大7+1発の『モルグ・アナ』にとって、既に四発、マガジンと薬室内に込めてあった弾丸を撃った計算である。
だが。
―― 豪!!
ユナと男たちの間に突如として吹き荒れた凶暴なまでの突風が、あろう事か三連射によって撃ち出された弾丸を吹き飛ばした。
「ちっ……シルフィードのE・Cか……厄介な」
その突風を、銃を構えたまま見据えたユナは舌を鳴らすと、そう呻く様にはき捨てる。
シルフィード――― 風を司る精霊であり、そのE・Cと言うことは、不可侵であるはずの精霊を凝固し、クリスタル状に固定して兵器として運用しているということに他ならない。もちろん、世界的な道徳観念からはかけ離れているが……無害な宿場町を無差別に襲撃するような奴らに、そのようなものを求めるのが間違えているとも言え無くない。
正面、中央の男が大地を蹴り、一気にユナへと肉薄する。その踏み込みと同時に薙ぐ様に振り抜かれる魔装剣。
「く……っ!!」
胴を払うようにしてきたその剣を、ユナはモルグ・アナの銃身の下方で受け止めた。少し不安定な形で抑える事になり、両手に掛かる負担がます。
鍔迫り合いに近い状態でそのまま均衡するかと思われた。そうなると、少女である以上、ユナは不利。
「……魔法使いの戦いの原則、その五条!」
無音の世界、響き渡ることは無いと知りつつも、気合を自分に叩き込むためにとあげたその言葉。
それと同時に、ユナは銃で押さえつけていた剣を力任せに下へと叩きつけるようにして落とした。
「……!?」
驚愕に彩られる兵士の瞳。
横方向へ振り切ろうとしていた剣は、上下方向への力の変動に弱いのは力学上の常だ。
そして、膝元辺りまで下がった剣をユナは思い切り踏みつける。
それにより、篭手と剣が一体になっているため兵士は片腕を地面へと縛り付けられるのに似た状況に陥る。
「躊躇うことなかれ。その躊躇いは、過ちなり!」
BANG!
腕を封じられた事により、がら空きになった頭部にユナは躊躇い無く銃弾を叩き込む。その、過剰なまでの威力に頭部は跡形も無く飛び散った。
つぅ、とユナの頬を飛び散った中身が滴る。
「掛ってくるのなら……容赦はしない」
声が相手に届かないことを理解している、その上での行動。だが、残り二人となった兵士はその声が届いたかのように硬直していた。
銃を、もう一度正面へ向け構える。眼光とその歪な銃で敵を威圧するその姿は間違いなく、戦場の支配者たるものだった。
―― 残弾残り二発
†††
無音の世界。ただ一振り、ハルバードが振るわれる。
―― ザシュッ
音が、世界に否定される。だが、それは持ち手へ振動と言う感触として伝わる。肉を裂き骨を砕いたそのおぞましい感触。
ハルバードは何の苦も無く『兵士』の胴を一文字に切り裂くと、そのまま持ち手の頭上にて振るわれる。回転するハルバードの刃に付着していた血と肉片がそれにより幾分落ちた様に思われる。
「あまり、感心しない……この様な、殺戮はな」
―― 声が『世界に響く』
最後にハルバードを頭上から一気に振り下ろすと、その持ち手は足元に転がる十体を越す屍を何のかんがいも無く見下ろしてから、町の出口へと歩き出した。
「……それに、明るい夜と言うのは、何とも落ち着かん」
―― 世界に、声と言う意志が『響く』
黒い、少し柔らかめの生地を使ったローブを、銀色に輝くプレートメイルの上に着込んだその青年は、ただ、どことなく憤った雰囲気をその口調から醸し出していた。
まるで、あるべき事を否定された幼子の憤りのように。酷く純粋なその感情が、青年を、どこか幼く見せていた。
―― BANG!
否定された銃声が無音の街に響き渡る。
「……銃声?」
―― 青年は世界の否定を『否定』していた
在るべき音を、在るべきが、そのままに青年は耳にしていた。そんな、在るべき異常。
無音の世界にあって、無音ではない青年が一人、長柄斧を片手に少女の檻と邂逅しようとしていた。
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■47
/ ResNo.5)
少女の檻 五話 『 one −一人−』
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□投稿者/ 翠霞。
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-(2004/11/14(Sun) 17:31:47)
―― ギャリッ!
金属が金属の板を無理やり弾き飛ばしたような、そんな金切音が世界に否定され、誰に聞かれることも無く霧散した。
銃身が剣を弾き飛ばしたその音。
ユナを貫かんと突き出されたその刃を、銃身で弾き飛ばしながら、ユナは左方へとよどみなく移動する。
―― 照準を敵の後頭部へと定める
剣を弾き飛ばされた敵は、その勢いを無理矢理殺し、ユナの方へと振り向き様に剣を横に振るう。その動きだけを見れば、まさに素人。そこいらのチンピラの方がよっぽど強いだろう。
「……ッ!」
だが、敵はそこいらの一般人ではない。訓練された一流の兵士なのだ。振るわれた剣先より生じた『不可視の風』が、ユナの身を襲う。明るい夜の中、シルフィードのE・Cが緑色に煌めく。
定めていた照準を外し、頭部をガードするようにして銃身を立てるが、風と言うものを完全に防ぎきれるわけも無く、頬に一筋の朱が走る。
―― つぅ、と流れ落ちる一滴の血滴
剣を振り抜いた兵士が、再度ユナへと突進してくる。剣先をこちらへと向けた刺突の構え。だが、その構えの割には、無防備なはずの左手がこちらへと差し出されていた。
「キャッ……!」
無音の世界にかき消される、ユナがはじめてあげた少女らしいか細い悲鳴。眼前をかばうために銃身を立てていたのが仇となった。ユナの視線に、差し出された左手が見えたときには既に「銃身を握る右手の手首を捕まれた」後だったのだ。
キラリ、と眼前に掲げられた剣の切っ先が砲火のきらめきを反射して、どこか赤みがかった銀色の光を放つ。
その切っ先に宿る意志は、間違いなく『純粋な殺意』
「殺られる訳には……いかない!」
首を右に倒しながら、放った頭突きが、剣を掲げていた兵士の頭部を捕らえる。隠密行動故にか、兜らしきものを被っていなかった為その衝撃がもろに兵士を襲う。
掲げられていた剣先は、その不意打ちによりユナと言う標的を失う。それと同じように、兵士もまた、頭を突然襲った痛みに視界を一瞬失っていた。
その隙が、生死を別つ。
―― BANG!
一度だけ、世界を閃光に包み込むその射撃は、違えることなく、兵士の胸部に炸裂した。それと同時に、兵士の胸元に空く風穴と言うには大きすぎる、大きな空洞。
一瞬の間のあと、其処から吹き出る紅い噴水が、ユナを血に濡らす。
「あと……一つ!」
それを意に止めた様子も無く、ユナは残り一人となった、眼前に現れた敵を索敵する。残弾数残り一発の今、少しの油断も躊躇も許されない状況下。
だが、それは、少しばかり遅すぎる判断だった。
「え……?」
何が起こったのかわからない、という。そんな吐息にも似た声がユナの口から漏れた。それと同時にユナを襲う、衝撃が、自分が今、地面に背中から思いきり倒されたという事実を脳内に伝えた。
其処でようやく事態を知覚する。『シルフィードの風』に足をすくわれたのだと言う今の状況を。
「あぐっ……くぅ」
あまりの痛みに呼吸すらままならないユナ。だが、その瞳は右側面に迫る人影をしっかりと捕らえている。そして、同時に、確実に死をもたらすであろう、月を背にした切っ先もまた、瞳に映し出されていた……
―― ここで、終わりか……?
どこか、達観した自分がユナに、予測されうる最悪の未来を告げていた。
その切っ先を抑えようと反応しようにも、身体が思うように動かない現状では何の対処も出来ないのだから、仕様が無いと、諦めにも似た、そんな冷静な分析がユナを捕らえる。
切っ先が霞んだ。
―― それは、流れ出た涙故か。振るわれた剣先の速さ故か。
世界が朱色に染まる。
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□投稿者/ Missuki
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□投稿者/ Omarlwy
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□投稿者/ Omarlao
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□投稿者/ VirfinDeffo
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-(2006/11/14(Tue) 00:16:41)
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