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第一部「騎士の忠義・流れ者の意地」・序章
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□投稿者/ 鍼法
-(2006/07/23(Sun) 18:14:06)
2006/07/23(Sun) 18:18:49 編集(投稿者)
2006/07/23(Sun) 18:18:38 編集(投稿者)
「……暑い」
カッ!といった擬音が似合うほどに強烈な日光、整備された街道に人は居ない。いや、むしろ動物が見当たらない。まぁ、ここまで強い日光ならば、動物もどこかに避難しているのだろう。
「……暑い、死ぬ」
「五月蝿い。黙って歩け」
そんな殺人的な日光に照らされた街道を徒歩で歩く二人組がいた。
片方は、小柄で細身ながら革鎧に包まれた筋骨隆々の体躯を、精悍な顔つきで飾っている。美青年と聞かれれば戸惑うことは間違いないだろうが『いい男』と聞かれればだれもが首を縦に振るだろう。その表情がだらしなく緩められていなければ、だ。
対するもう片方は――なんというのだろう、不気味だ。
上半身裸でも汗が噴出しそうなほどに暑いというのに長身を頭までをすっぽりと覆う古ぼけたローブに身をつつんでいるのだから、見ているこちらが暑苦しい。唯一ローブから覗いているのは双眸と靴くらいなのだから。
「なぁ、やっぱり宿場から共用の馬車使った方が良かったんじゃねえの?」
「使う金があるか?」
……沈黙。
「無い」
「そうだ。お前が宿場町の賭場ですべて金をスッたことを忘れたか?」
言葉に詰まる。そうだ、一攫千金などと夢物語を語った挙句に有り金の殆ど――残りも宿金を払うのに消えていった――を町のチンピラに奪われてしまったのだ。
「はっはっは……この神様の責め苦って俺のせい?」
「貴様以外に責任があるのなら、誰でもいいから原因を連れて来い。俺がこの場でソイツを解体してやる」
「……許して」
「許して金が入ってくるならば、親の仇でも許そう」
がっくりとうなだれる。
その時だった。
鼻腔に微かな――本当に微かだが、かぎなれた臭いが流れる。
血の臭い。
「オイッ!」
「何だ?」
「血の臭いだ!街道の先から!」
聞くのが早いか、ローブを纏った男は走り出していた。
――運がねぇな、畜生
思えば、冤罪で騎士の身分を剥奪されてから五年間、幸運と言う言葉から程遠い人生を歩んできた。代々続く騎士の家系である実家を追われて、剣の腕を生かして傭兵をやろうにも、いけ好かない領主が裏から手を回して傭兵ギルドに登録も出来ない。非合法の仕事をしようにも元宮廷騎士ということで裏家業の奴等からも信頼されない。
とどめに――野党の襲撃で天に召される寸前と来た。
「運がねぇよ、畜生、クソッタレ」
思わず言葉が洩れるほどだ。
呟きながらも、手斧を振り回す野党の首を剣で斬りとばす。いや、首と一緒に剣までポッキリ逝きやがった。これだから大量生産の安物は嫌いなんだよ。
背後を見てみる。護衛を依頼されていた商人のキャラバンは全滅だ。これで生き残ってもおまんまの食い下げ。とことん運がねぇよ、畜生畜生畜生。
「あ〜あ、畜生……なんでこんなに運って奴がねぇんだよ」
剣が折れたことで安心したのだろう、恐怖に引きつりかけていた野党の顔が喜悦に染まっている。その喜悦には嗜虐的なものも含まれているようだ。良くてなぶり殺し、悪かったら足から刻んで家畜の餌といったところか。
――あ〜あ……本当に運がねぇよ
もう、諦めて降参しようか。そう思った瞬間――
「あれ?」
場違いなほどに間抜けな声を上げて、先頭にいた野党が倒れる。
その背中には、数本のスローイングダガーが突き刺さっていた
「なんだ!」
「落ち着け!」
突然の襲撃に慌てる野党。だが、長剣を携えた髭面の男の一喝で静まる。恐らくは髭面が頭領なのだろう。
「街道のど真ん中に隠れる場所なんて殆どねぇ!円陣組んで警戒しろ!」
ああ、コイツのせいだったのか。
別に自信過剰になるわけではないが、宮廷騎士を勤めていた自分がそんなに弱いとは思っていない。少なくとも、ただの野党に遅れを取る積りなんて無かった。なのに、負けた。あまりにも組織的な攻撃で。
――……元兵士かなんかか?
キャラバンの馬車に寄りかかる形でへたり込む。出血しすぎたのか、思考が鈍い。
だが、鈍かった思考も次の一瞬で覚醒した。
遠方から光る『何か』が飛来して、髭面の額を貫いたのだ。
「んなぁ!」
間抜けな叫び声を上げる野党。だが、声を上げたものも次の瞬間に額を貫かれる。
――魔弓……しかも狙撃に特化してやがる……
短時間に二人を殺されたことで、野党の円陣が乱れる。無理も無い、戦場でも姿の見える凄腕よりも、姿の見えない狙撃兵の方が精神的にはダメージとなるのだから。
そして、浮き足立った野党を完全に崩すには十分なものが飛び込んできた。
自分の身長ほどもある大剣を担いだ男が走りこんできたのだ。
とっさに剣を構えるが、そんなもの関係ないと言うが如く振るわれる大剣。それは剣ごと野党の首を切り飛ばした。
「に、逃げるぞ!」
誰かが叫ぶが、次の瞬間には同じ声が断末魔を上げる。
パニックになった挙句、頭を抱え込んだ男は大剣に切り飛ばされ、乱入してきた剣士に挑もうとした男は背後から光に貫かれる。
壊走を始めるのに時間は掛からなかった。
「逃げんな!俺の収入源!」
その叫びを背中に受けて、野党は一目散に逃げる。当初は三十人近くいた野党も確認できるだけで3,4人に減ってしまっている。
「……大丈夫か?」
剣を背中にしょった鞘にしまいながら、男が話しかける。
「危なかったな……キャラバンの護衛か?」
「……そんなところだ」
出血で喋るのも億劫になってきたが、とりあえず返す。
「大変だったな……お前一人で10人以上斬ったみたいだな。大した腕だ」
「そいつはどうも」
気の抜けた返事だ。自分自身でそう思うが、変えられそうにない。力が出ないのだ。
――ヤバイ、眠くなってきた
「大丈夫か?俺の名前はノークウィス。お前は?」
――namae?ナマエ?なまえ?ああ、名前か……俺の名前は――
「俺の名前は……ヴェルドレッド、だ」
そこで、俺の意識は一度途切れた。
あとがき
こんにちは、あるいはこんばんは鍼法です
先月、この企画掲示板を拝見して小説を書こうと一念発起して書き上げた次第にございます。
一応はプロローグ、序章に当たる部分となります。キャラクターのプロフィールや武器、その他のことを企画掲示板に後日書き込むので、そちらも参照しながら呼んでいただけると非常に嬉しいです。
次も呼んでいただけたら嬉しい次第でございます。では、失礼します。
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/ ResNo.1)
第一部・『騎士の忠義・流れ者の意地』・第1話
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□投稿者/ 鍼法
-(2006/07/30(Sun) 22:14:21)
2006/09/10(Sun) 18:29:10 編集(投稿者)
2006/09/10(Sun) 18:27:11 編集(投稿者)
2006/07/31(Mon) 22:02:31 編集(投稿者)
第一話『パラディナ@』
宿場町パルディナの特徴を挙げてみよ。
――田舎である。これくらいしか上がらないくらいの田舎である。
「まったく……武器屋が無いから野党からかっぱらった武器を鍛冶屋に売るハメになっちまった」
「文句を言うな。野党の頭の剣が上質な鉄を使っていなかったら、あんな鉄くずは買わん。すくなくとも、俺は」
中央通りを歩きながら、ノークウィスとローブの男は皮袋の中身を覗いている。
街道で護衛の傭兵を助けてから、すでに二日が経過していた。二人は丸一日かけて、全滅した商人キャラバンの残骸を輸送手伝い及び護衛という形で行っていたのだ。理由は簡単――
「まぁ、商人組合から礼金も手に入ったし。一日でこんだけ稼げたのに文句を言うのは罰当たりだよな」
言葉の通りの、謝礼目的だ。各地を巡回する商人たちは、護衛の斡旋や売買の会場などを互助会と言う形で助け合っている。その組合は商人が全滅した場合の残った物資の平等分配もしている。そのため、公平性を期して第三者――この場合はノークウィス達――が立ち会ったりするほうが、いいのだ。
そして、再度野党が襲ってくる確率もあるので護衛が欲しい。その二つを仕事として受けて、礼金をもらったという経緯になるのだが――
「ああ、今日は久しぶりに美味いメシが食える。温かいベッドで寝れる。もう街中で野宿なんてしなくていいんだ」
金の無い冒険者などは街中で野宿をする場合が多い。ちなみに、各宿場町にはそういう場合に備えての広場的なものがある。
「誰の責任で宿泊できなかったか考えてみろ」
呟く声。その声にノークウィスは苦笑。
「そういうなって、アルベルム」
「ほう?貴様と組んでもう二年になるが同じことを数回経験したぞ?」
ローブの男――アルベルム・バルデュックが苛立たしげに言い放つ。
事実――ノークウィスが旅の財布を管理すると、三回に二回は何かしらの問題を起こすのだ。
そのために、アルベルムは自分専用の財布を持っているのだが、中々使おうとしない。相棒を見捨てるわけにはいかないという責任感なのか、それとももっとまずい状況下で使う為なのか。
どちらにしろ、事実上の旅の財布がノークウィスの責任かにあるというのはあまり感心できない。少なくとも、冷静な第三者ならばそういうだろう。
「じゃ、お前に財布任せるか?いくらプロ意識が高いからって最高の装備を集めてたらおまんま食い下げなんだぞ」
そう――
アルベルムはアルベルムで財布を任せられない理由があるのだ。
曰く「俺達はプロ。最高の装備で固めておかなければ命が幾つあっても足りない」
一理ある。二理も三理もある。戦場で安物の剣が折れ、粗悪品の鎧が砕け、劣悪な魔道機関が不具合を起こしたら目も当てられない。だからといって軍の特殊部隊が使用するような魔弓と魔道短剣を従軍手当ての全てで買ったりする必要はないと思う。
「む……」
五十歩百歩。どんぐりの背比べ。
どちらも変わらないのかも知れない――
「まぁ、いい。とりあえずメシでも食うか」
――話をそらしやがった
フーとため息を吐きながら、ノークウィスは内心で呟く。実を言えば、ノークウィスは不毛な言い争いをしたいとは思っていない。どちらとも金の管理が雑というだけの問題なのだから。
「じゃぁ、久しぶりに豪勢な食事といきますか」
――汝、何を望みて騎士と成り得る?
――我、望むべくは王の平安
――汝、何を愛でんがために騎士と成り得る?
――我、愛でるものは民の笑顔
――汝、和を尊び平和を愛すか?
――是、平和を善とし、和を尊ぶ
(またこの夢か……)
セピア調で流れる風景。六年前、まだ成人してから間もない頃に行われた騎士宣誓の儀式。
(まったく……このころの俺といったら餓鬼だったからな)
夢の風景の中、宣誓の誓いとして渡された剣《ガーディアンズ》を、目を輝かせて見つめている自分を見る。
(この後半年の間には汚職やらなんやらでけっこう幻滅したんだよぁ)
俺の穢れ無き精神が穢れたのはこの頃かも?などと夢で幻滅する。
(まぁ、あの宣誓が無かったら俺は傭兵になって商人の護衛やってないよなぁ)
ここで、ヴェルドレッドは覚醒した。
「起きましたか?」
「……ここは?」
目を覚ましてみると、そこは簡素な病室だった。ベッドのすぐ隣には白衣に身をつつんだ女性が立っている。どうやら、起き上がった気配を察知して様子を見に来たらしい。
清潔な毛布に掃除が行き届いているのであろう、綺麗な室内。さらには清潔な服装で忙しそうに歩き回る医師の姿も見られる。
「パルディナの診療所です」
「言うことは……俺は生き残ったのか」
「そういうことになりますね」
これだけ小さな診療所なのだから、自分がどのような理由で運び込まれたのか知っているのだろう。そう考え、内心で眉を顰める。名誉ある死などというものに興味は無いが、それでも小さじ一杯分くらいのプライドは装備しているのだ。
そこまで考えて、額に掌を軽く当てる。重要なことを忘れていた。
「なんてこった……生き残ったのはいいが金が無きゃ生殺しだぞ」
そう、金が無い。ついでに言うならば持ち合わせは殆ど無い。
診療所から出るのにも治療費を支払わなければいけない上に、この先最低限の水と食料――贅沢を言うならば、新しい剣――を手に入れるための金も必要なのだ。
――これなら、死んだ方が良かったかも……
「大丈夫ですよ」
言って、白衣の女性が皮袋を渡す。感触からして銀貨と銅貨が何枚か――銅貨と銀かはサイズと重さが違うので、振ったりすると分かる――入っているらしい。
「これは……どういうことで?」
「商人組合の方々からです。『商人は運べなかったが、商品は行程半分運んだので四分の一だけ金を払う』と」
「……ボロ儲けのくせに」
小さく呟く。襲われたキャラバンの商品は全てパラディナの商人に分配される。当然、その分の仕入れが減るので得するのだ。中には盗賊などと結束して商人キャラバンを襲って商品を奪う商人もいるくらいなのだから。
「そういう事言わないでくださいね」
誰もが思っても口にしない言葉なんですから。と、続ける女性。公然の事実ではあるが、交通機関が街道しかないパラディナにとって外部からのものを手に入れる一番いい方法は商人なのだから、逆らえないのだ。これだけ小さい町――というよりも村――ならば、商人に睨まれれば生活必需品も手に入りにくくなるのだろう。
「すまなかった」
「分かってもらえれば良いんです」
「そういえば、俺をここに運んできた傭兵が居ると思うんだけど」
「ああ、あの人たちなら、酒場に居ると思いますよ」
怪訝な表情を浮かべるヴェルドレッド。何故、酒場と言い切れるのか。
「ここは本当に何も無い田舎ですから、娯楽と言ったら酒場くらいのものです」
怪訝な表情を浮かべているのに気が付いたのか、苦笑半分に付け加える。
「酒場か……回復したら、寄ってみるかな」
ベッドに寝転びながら、呟く。
「その傭兵にも会って話がしたいし……きっといい奴なんだろうな」
「ぶえーくしょいっ!」
同刻、酒場では大きなくしゃみが響いていた。
ヴェルドレッドに『いい人』扱いされたノークウィスのものだ。
くしゃみで唾が自分の料理に入らないよう持ち上げて、アルベルムは眉を顰める。食事の時くらいはローブを脱いで、椅子の背もたれにかけている。
ウェーブのかかった黒髪と剣呑そうな目つきのアルベルムは、ノークウィスのように鎧ではなくゆったりとしたシャツに帷子を着こんでいるだけという、非常に――傭兵としては――軽装だった。
「……誰か俺が良い男だと噂してやがる」
ノークウィスの呟きに軽くため息だけ吐くと、アルベルムは目の前の皿に盛られた肉を黙々と食べる。相棒の馬鹿馬鹿しい呟きに我関せずを決め込んでいるようだ。
「ああ、一体何処の美女だろうなぁ……この超が付くほどにカッコイイノークウィス君に黄色い歓声を上げているのは」
「妄想もそこまでにしろ。食事が不味くなる」
希望に満ちた目つき――見るものが見るものならば、飢えた獣の目つきと称するだろう――であたりを見回し始めたノークウィスに侮蔑を籠めて言い放つアルベルム。
酒場の雰囲気は――少なくとも、ノークウィスの近くは――かなり悪い。一般客と傭兵などの『訳あり』を分けている為だ。小さな宿場町だ。もし、一般客に何かあればこの酒場は信用を致命的に失って、潰れてしまう。そのことを考えてなのか『訳あり』の客は別に入り口が作られた、奥の部屋に集められている。前払いなので、食事の後は入り口とは別に作られた裏口ともいえるドアから出て行くことになっている。
「なんだよ、俺が美女に想われているって思っちゃ悪いか?」
「悪いとは言っていない。ただ、俺は静かに食事がしたいと言っているだけだ」
この静かというのは、ノークウィスの動作が鬱陶しいと言う意味合いも含まれているのだろう。
酷く馬鹿にされて肩を震わせるノークウィスをよそに、アルベルムは皿に盛られた肉とサラダを食べ終わり、茶を飲み始めている。
「お前な!馬鹿にすんのも――」
叫ぼうとするノークウィス。だが、喧騒の中からほんの少し聞こえてきた音に、一瞬で集中する。戦闘が終わったとの戦場や深い森などでよく耳にする咆哮。
――魔物……数は8ってところか
どうする?とアルベルムに視線を送るノークウィス。アルベルムは既にローブを着こんで酒場を後にする準備を始めている。
「行くぞ」
「行くって、どこにだよ?」
「宿屋だ」
「そうだな」
アルベルムの言葉にうなずくノークウィス。
その行動に叫びを上げたのは、すぐ近くに座っていた少女だった。
「ちょっと待ってください!」
「ん?何?」
「何って……助けないんですか!?」
「何で助けんだよ?」
うっと良い詰まる少女。まさか、真顔で『何故助けなければいけないのか』と返されるとは思っていなかったのだろう。
「だって……困ってる人がいるのに!」
「だから、何で困っている奴がいたら、助けなきゃいけないんだ?」
「人として当然じゃないんですか!?」
「俺の感性的には当然じゃないね」
今にも噛み付いてきそうな少女の叫びを聞き流しながら、背中に大剣を背負いなおすノークウィス。今にも宿に戻りますといった雰囲気だ。
「うう……じゃ、じゃあ私が雇います!」
『雇う』の一言に、ノークウィスの足が止まる。
「幾らで?」
「え……?え〜と……銀貨一枚で」
「安いな、銀貨三枚」
「そんな……」
ちなみに銀貨三枚あれば、町で一番上等な宿を借りることが出来る。貧乏人向けの宿が銅貨10枚ということを考えれば、相当な大金だろう。
「む、無理です!」
「じゃぁ、他当たれ」
「うう……人でなし!」
――かわいい女の子に人でなしとか言われると傷付くよなぁ
内心で肩を落とす。仕方が無いから協力しようか考えるが、金には人一倍うるさいアルベルムは決して協力しようとは思わないだろうし、はっきりいって安すぎる。幾ら傭兵が命を二束三文で売り払うような連中だとしても、さすがに安い。
そこまで考えて、気が付いた。わざわざ目の前の少女から銀貨三枚を受け取らなくてもいいのだ。
「分かった。その依頼、受けてやるよ。ただし報酬は銀貨三枚」
「そんな……っ!今、自由に出来るお金がそんなには……」
「分かってるよ。半分慈善事業だ。第一、そこに座っている嬢ちゃんの連れの視線が痛いし」
言って、ノークウィスは視線で席を指す。そこに座っている少女が、先ほどから非常に強い嫌悪の視線を送っているので、ノークウィスとしても居心地が悪い部分があったのだろう。
「そこで、だ。お嬢ちゃんが払うのは銀貨一枚。残りの銀貨二枚は町の自警団にでも支払わせる。自分らの町を護ってくれるんだ、自警団だって文句は言わないさ。これで問題なく俺らには銀貨三枚が、お譲ちゃんのいう人助けができるってわけだ……文句ないよな?アルベルム」
「……勝手にしろ」
小さくため息を吐くと、アルベルムは言い放った。その後に、ノークウィスたちにも聞こえないように「お人よしが」と呟く響きに苦笑めいたものが混じっていたのは、本人には秘密だろう。
「契約成立だ。俺の名前はノークウィス。お嬢ちゃんは?」
「エルリスです。エルリス・ハーネット」
「OK、お嬢ちゃん。いや、エルリスちゃんって呼んだ方がいいのか?」
「お好きな方にどうぞ」
「そうかい。じゃぁ、エルリスちゃん、少し待ってな。さっさと片付けてくるから、よ」
報酬用意しといてくれよ。と言い放つと、ノークウィスは駆けていった。
あとがき
こんにちは、あるいはこんばんは。鍼法です。ここまで拙作を読んでいただいて、ありがとうございます。
さて、序章が終了して第一話ですが、第一部の鍵を握る少女。メインキャラ設定にも名前が載っているエルリス・ハーネットが登場でございます。彼女と共に第一部の鍵を握る少女、セリス・ハーネットは終了間近に姿だけ登場……この後あーなってこーなって。とプロットとクライマックスの情景ばかりが浮く今日この頃です。
ここまで読んでいただき真にありがとうございます。第二話でまた出会えることを切に祈っております。ではっ!
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■334
/ ResNo.2)
第一部・『騎士の忠義・流れ者の意地』・第2話
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□投稿者/ 鍼法
-(2006/08/18(Fri) 23:57:29)
2006/09/10(Sun) 18:31:00 編集(投稿者)
2006/08/19(Sat) 15:32:58 編集(投稿者)
2006/08/19(Sat) 10:05:46 編集(投稿者)
第二話『パラディナA』
「何処から沸いてきたんだ、畜生!」
粗末な鎧に明らかな安物である剣を構えながら、自警団の隊長は悲鳴を上げた。
目の前では、二足歩行の獣を思わせる魔物が両手の鉤爪でまだ若い自警団の青年が切り伏せられている。
ここは曲がりなりにも宿場町だ。こんなところまでこんな魔物が入ってくることなど、珍しいどころの話ではない。
今まで一度も無かったのだ――
「これだけ被害で出てるのに、駐屯している騎士団は何をしてるんだ……っ!」
分かっている。騎士は所詮貴族指定がなるものだ。平民や旅人を護るのは仕事ではないのだ。いくら大義名分で民草を護るといっても、所詮騎士と言うものは貴族を守る為のものでしかない。
「うあぁ!」
「ワイトス……!クソッタレが!」
毒づきながら、乱杭歯を除かせる獣の首を剣で切りつける。
だが、なまくらもいいところの剣で丸太のような首をした魔物のそれを切ることは出来ない。筋肉と分厚いに皮で弾かれてしまう。
「ぎゃぁっ!」
「ジャン!」
更に一人、魔物の爪で鎧ごと体を真っ二つにされる。人間と魔物の膂力は比べるまで無いのだ。こんな知能の無い低級な魔物でさえ、戦闘訓練を受けていない自警団では手を焼く。否、追い払うことも出来ない。
「街には入れさせないぞ!」
勇んで一人、魔物に飛び掛るが、胴に噛み付かれてそのままわき腹を食いちぎられた。まだ、学校を卒業してから一年も経っていない若者のはずだ。病気の母を守ると言って、勇んで自警団に入ってきたのを覚えている。
「ケインス!」
「馬鹿野郎!オッシ、近づくんじゃねぇ!」
たしかケインスと一緒に入隊した新入りだ。学校時代からの親友と聞いている。
だが、どんな理由があろうとも無防備に近づいてきたものを見逃すほど魔物は人情とやらを理解していない。逃がす理由も無い。
「逃げろ!」
叫んだところで何も変わらないのだが――
「トーシロが無茶すんじゃねぇよ!」
今回は変わった。
二メートル近い剣を振りかざしながら、男が鉤爪を振りかざした魔物を腰の辺りで寸断する。革鎧を着た――おそらくは傭兵だろう。
「全く……田舎の自警団はこんな狗も追い払えねぇのかよ!」
大きなお世話だ。内心で毒づきながら、同時に言葉では言い表せないほどに感謝する。このまま戦い続けていれば、自警団は全滅。街は蹂躙されていただろう。
「まぁ、いい!」
大剣を構える傭兵は、太い笑みを浮かべ――
「銀貨二枚、後で払えよ!」
言い放った。
「……いくぞ、オラァ!」
雄叫びを上げて、剣を振りかぶりながら突進する傭兵――後で聞いたが、ノークウィスというらしい。
「二匹めぇ!」
噛み付こうとした魔物の下あごと上あごを両断。どういう歩法なのか、返り血が付いていない。
「三匹めぇ!」
後ろから飛び掛ってきたのには、腰の短剣を抜いて額のところに突き立てる。魔物は飛び掛ってきた勢いのまま、地面を転がっていく。
四匹目は地面に顎を擦り付けんという高さから跳ね上がるような動きで首を狙うが、ボクシングでいうスウェイバックで回避され、すきだらけの腹部を深々と短剣を突き立てられる。その背後から飛び掛った五匹目はいつの間にか逆手に持ち替えていた大剣で一瞥もされずに頭蓋を割られていた。
だが、六匹目は五匹目の死体を踏み台にして飛び掛ってきる。あのタイミングでは避けられない!
「あぶ――」
危ないと言おうとしたが――
それよりも早く閃光が六匹目を地面へ磔にしていた。
閃光の出先を見てみると、木の大きな枝にローブを着た男が立って弓を構えている。放ったのが閃光だとすると、魔力を矢として使用する魔弓というものだろう。
視線を戻してみると、八匹目がノークウィスに袈裟懸けに斬り捨てられていた。
「あ、ありが――」
何事も無かったかのように近づいてくるノークウィス。
自警団の隊長はノークウィスの強さに度肝を抜かれていた。色々な人間が使う宿場町だから『自分は強い』と吹聴する傭兵や冒険者は多い。しかし、その殆どが口ほどの実力がない者だったする。
だが、目の前にいる傭兵は違った。今まで見てきた冒険者や傭兵よりもずっと強い。
そして――
「報酬くれよ。銀貨二枚な」
話の唐突さも一番だったかもしれない。
いきなりの報酬要求で少々驚いたが、話を聞いてみて、何を言いたいか理解した。そして、それが大して無理な要求でもないということも。
「それにしてもよ」
自警団が普段から集合場所としている酒場の一角で、ノークウィスは酒が並々注がれたジョッキを一口呷る。当然ながら、この酒は自警団の奢りである。
「田舎の宿場町っていっても、自警団があんな低級な魔物を追い返せないでどうすんだよ」
むしろ、田舎町の自警団は警察機構をかねている面もあるので、より強い抑止力が求められるはずだ。
「それは……」
「ま、おかげで俺らは銀貨三枚手に入るんだけどな」
言い訳や弁解に興味は無いのか、自警団隊長の話を切り上げる形で、言い放つ。
「耳が痛いな。ただ、この規模の街じゃ自警団は副業としてしか存続できないんだ」
落ち込んだ顔で呟く。自警団といっても、中身は小さな軍隊に近い。有事以外は金食い虫のごく潰し以外のなにものでもないのだから、予算がしっかりと組まれていない田舎町では、普段は普通の仕事をして魔物が侵入してきたときに、武器を持って戦う程度のものだ。
「なるほどねぇ……それで、あんな低級の魔物相手に三人の重傷者と二人の死者を出した。と」
「そんな言い方は無いだろ!」
黙って話を聞いていた一際若い自警団員――オッシがノークウィスに掴みかかる。
だが、掴んだと思った瞬間には腕を捕まれ、捻られていた。折られてはいないが、あれでは身動き一つ取れない。
「お前等の言い分なんて聞く気はないんだよ。大体、なんだあのなまくらは?最近の野党の方がよっぽどマシな武器を使ってるぞ」
「その……予算が……」
小さくなりながら、呟く自警団長。
「仕方がなぇな……報酬は銀貨一枚にしてやるから、もうちょっちマシな――」
言おうとした瞬間だった。
ノークウィスの耳をかするような軌道で、ナイフが投げつけられる。
「何をかってに商談などしている?」
ナイフが掠ったときと同じ姿勢で固まったノークウィスを睨みつけながら、アルベルムは冷たい声で言い放った。
「……速かったな」
冷や汗を流しながら、呟くノークウィス。
「貴様がいらんおせっかいで報酬を減らすのかと心配になってな……連れてきたぞ」
言って、アルベルムの背後からエルリスとセリスが顔を覗かせる。アルベルムの背後に立っていたので何が起きたか見えなかったのだろう、怪訝な顔でいまだに固まっているノークウィスを見る。
「あの……ありがとうございましたっ!」
「は?」
固まったままであったノークウィスに向かって元気よく――要するにものすごい勢いで――頭を下げるエルリス。それを見て、固まるノークウィス。
「俺、何かした?」
疑問の呟きを上げるノークウィス。それに対して、疑問の視線を向けるエルリス。
「だって……私の無茶な依頼を受けてくれたし……」
「ああ、それのことか?そんな無茶な依頼じゃないからな」
場合によっちゃ、略奪の仕事とかを出来高で請けることもあるし。と、言うノークウィス。その言葉に、目を丸くしたのはエルリスだった。
「そんな仕事もあるんですか?」
信じられない。そんな口調だ。
「まぁな。つーか傭兵なんてのは汚れ仕事がナンボの商売だし」
「そういう仕事を好んでする外道が多いのも事実だ」
カウンターに座って酒をあおりながら、付け加えたのはアルベルムだ。
「そうそう。町を襲う時には、いきなり攻城用の魔法を打ち込んだり――」
その時だった。
街道を火柱が駆け抜けた。
「……こんな感じで」
呆然と呟く。
街道からは、悲鳴と断末魔。そして、血の臭いがする。
「冗談だろ!?」
それが何者かの襲撃だと気付くと同時に、自警団の団長は悲鳴を上げた。今日という日は徹底的に悪いことが続く。
衝撃を感じ取っていたのは、診療所も同じだった。
「……っ!何だ!」
いきなり起きた地響きと悲鳴のコーラスにヴェルドレッドは上体を起こす。まだ傷が完治していないのか、少々痛むが行動には支障がなさそうだ。
「どうしたんですか!何かあったんですか!」
診療所の廊下を歩きながら、叫ぶ。だが、返事は無い。
「あれは……シャロンさん?」
少し進むと、廊下に誰かが倒れている。白衣を着た女性――確か、名前はシャロン・マクウェルだったはずだ。
「シャロンさん!」
駆け寄り、シャロンを抱き起こす。眼鏡をかけた理知的な顔つきの女性――シャロンは蒼白になって生気が感じられない顔でヴェルドレッドを見る。
「ヴェルドレッドさん……まだ、傷が治りきってないんですよ」
「何言ってるんですか!それよりも、この騒ぎは!?」
「分からないんです……いきなり、爆発があったと思ったら……急に沢山の人たちが……」
(爆発?攻城用の魔法か?)
だとしたら、誰がそんな魔法を撃ち込んだ?そこまで考えて、思考を振り払う。今は何が起きているかを確認するよりも、シャロンを治療するほうがよほど先決だ。
「ヴェルドレッドさん……」
「動かないでください!傷が深くないって言っても、ほうっておけば出血多量で死んでしまいますよ!」
叫びながら、白衣をまとめて背中の傷に押し当てる。すぐに赤く染まった。速く止血しないと、下手をすれば死んでしまう。
「私はいいです……治療の魔法くらいは、使えます」
言うが速いか、シャロンの体から青い燐光が漏れ出す。それを契機にするかのよう、背中の出血の勢いが弱くなっていた。
「ね……私は大丈夫ですから、町の人たちを」
出血は止まったようだった。だが、出血が止まっただけであって傷は塞がっていない。魔法は非常な精神の集中で始めて扱えるものだ。傷口から発する激痛の中でこれだけのものを紡げるのだから、相当なものだろう。
「駄目です!」
シャロンの弱弱しい願いを斬り捨てると、白衣で胴体をきつく縛る。縛ったときに、シャロンの口から苦しげなうめき声があるが、そんなものにかまっていられない。
「……とりあえず、傷口からの出血は止まってます。ただ、傷口が完全に塞がっていないから、絶対に動かないでください。いいですね?」
弱弱しくうなずくシャロン。
その姿に無言でうなずくと、ヴェルドレッドは踵を返して診療所から駆け出していった。
後に『パラディナの惨劇』と呼ばれることとなった戦闘が始まる――
〜あとがき〜
こんばんは、あるいはこんにちは。鍼法です。拙作を読んでいたてありがとうございます。
さて、今回の第二話ですが……話がほとんど進んでいません(汗)戦闘描写に時間が掛かったからかなぁなどと考えている今日この頃だったりします。相変わらず影が薄いハーネット姉妹はちょっと置いておいて……次回はヴェルドレッドが活躍します。この物語三人目の主人公のはずなのに今一活躍シーンが無かったので、次は活躍させます。おそらく、多分……
ここまで読んでいただき、真にありがとうございました。では、失礼します。
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/ ResNo.3)
第一部・『騎士の忠義・流れ者の意地』・第3話
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□投稿者/ 鍼法
-(2006/09/10(Sun) 18:32:47)
第三話『パラディナB』
「アルヴィム様」
背後から聞こえてきた声に、ゆったりとした服を着ている男は振り向く。歳は40を過ぎたといったところだろうか、撫で付けた髪には白髪が混ざっている。穏やかだが、その中に鋭い知性を感じさせる風貌は微笑みの形をとっていた。
「スタッドテイン卿が動きました」
「スタッドテイン卿が?」
「恐らくは例の姉妹を狙ったものだと」
「おやおや」
アルヴィムと呼ばれた男――まだ幼い王弟の後見人であり、フェルト家の親戚、アフフィーメル家頭首である男は、背後に控えている男の言葉に、嘲笑交じりの苦笑を漏らした。
「点数稼ぎに必死だね……スタッドテイン卿は」
「そのようです」
「だが、愚かな選択だよ」
呟くと、目の前の執務机に置かれていた紅茶を一口飲む。
「確かにスノウトワイライトの二の舞にならないという確証はない。だが、必ず起きると言う確証が無いのも事実だ」
「国内の不安分子というわけではありませんし」
男の言葉にうなずくアルヴィム。
「その通りだよ。そして、スタッドテイン卿は大事なことを一つ忘れている――確かに彼はここ十年で権力を倍増して、勢いのある家の一つだろう。だが、彼のやり方に賛同する人物は少ないと言うことだ」
唇を皮肉気に歪めると、アルヴィムは目の前に詰まれた書類を処理することに取り掛かった。
街に出てみると、酷い血の臭いが立ち込めていることを否が応でも感じなければならなかった。
視界は悪い。酷い黒煙で10メートルほど先を見ることは出来なかった。
「叫び声は北からか……」
耳を済ませて、ヴェルドレッドは呟く。北の方角から叫び声と悲鳴、さらには断末魔が聞こえてくる。
そして、酷く泣きじゃくる女性の悲鳴が混じっていることに気付き。脳が沸騰するような、怒りが駆け巡った。
――暴行を受けている。
「外道が……っ!」
はき捨て、気付いた。足音が聞こえてくる。二人。
急いで物陰に隠れると、少しして談笑しながら薄汚れた男が二人、歩いてくる。
「――でよ、この先の診療所にいい女がいたんだって」
「へぇ……もう楽しんじまったのか?」
「まさか」
男が笑う。
「まぁ、逃げられないように切り付けておいたけどな」
「はは、お前にしちゃ中々いい判断じゃないかよ。団長に何も言わずに手ぇつけてたら首が飛んでたぜ」
聞いていて気分が悪くなる談笑。今すぐ飛び出したいところだが、まだ最適の距離とはいえない。飛び出すことに気付かれない程度の距離をとらなければ。
「ま、ちょっとくらいつまみ食いしてもばれないよな?」
「ああ、ちょっとくらい、な?」
下卑た笑い。
そして、殺すのには最適の距離になった。
飛び出し、手に持った石で手前にいた男の頭を砕く。
断末魔すらなく、地面に崩れ落ちる男。
「なぁ……っ!?」
悲鳴に近い声をあげ、もう一人が剣に手を掛ける。だが、剣を抜くよりも早くヴェルドレッドが背後に回って首をへし折る。
鼻から夥しい血を噴出して崩れ落ちる男。その男の死体から剣を奪う。ちょうどいい、武器が無かったところだ。
無言で悲鳴のする方角を見る。そして、駆け出した。
「北の市街区から侵入したらしい」
北門に大きな×印が付いた地図を指差しながら自警団団長は唸る。
いつも自警団が集合場所として使っている酒場には、即席の司令室が設けられていた。街の南に位置するここならば、ちょうどいいという判断からだ。
「逃げてきた奴の話だと、四十人近い集団だったらしい。その中には軍用に開発された魔杖『言葉を紡ぐ者八型』を持っていた奴がいる」
ノークウィスが大剣を手入れしながら言う。深刻そうな顔でうなずく自警団員。だが、ノークウィスとアルベルム、さらに情報に詳しい傭兵や冒険者などは別の意味で深刻そうな表情を浮かべていた。
「気付いているか?」
「ああ」
アルベルムの言葉。生返事はノークウィスだ。
「『言葉を紡ぐ者』系統で出回っているのは六型まで。七型は現在の騎士団標準装備。八型は――」
「開発がすんだばかりで、騎士団にもおろされてないってことだろ?」
「そうだ。武器自体逃げてきた者の証言からの推測だがな。もし本当に八型かどうかも怪しい」
軍用の魔道武器というのは、間違えやすい。なにせ、新しい型番はマイナーチェンジのような場合にも与えられるのだから、専門家でなければ違いが分からないと言う場合もある。
くだんの八型も七型の増幅率強化版という話を情報屋から仕入れているので、二人は眉唾というわけだ。
だが、だが本当に八型だったのならどうするか。拙いというレベルの話ではない。
――この襲撃。武器製造にかかわる上級貴族が絡んできているということになる。
「もし七型あわてて間違えたと言うだけの間抜け話。八型だったら、最悪相手は騎士団ってことになる」
七型確かに公式には出回っていない。だが、魔物と騎士団が戦った際に紛失していたり、悪知恵が回る連中が裏で売りさばいていることもある。
八型だというのならば、試作品を給与された騎士団が実験代わりに街を襲っていると言うことも考えられないでもないのだ。
「どっちにしても、状況はあんま良くないな」
自警団は人に対する実戦経験が少ないのだ。
元々自警団は街に迷い込んだ低級の魔物を包囲して倒す訓練しかしていない。
「第一――」
地図の一点を指す。中央広場からすこし北に入ったあたりだ。
「この診療所はどうする?けが人を運ぶ戦力を割くことはきついぞ」
「ああ、それは俺も考えてた。自警団じゃ戦力不足だろ?かといって――」
酒場を見回す。
酒場には思い思いの場所に傭兵や冒険者が待機していた。
「傭兵から誰か送るか?払う金はどうすんだよ?」
「そうだな……」
自分達が行けばいいという話しは出ない。当然ながら、ノークウィスたちも傭兵だ。金が払われなければ行動を起こそうと言う気にはならない。先ほどの慈善事業的な行動はあくまでノークウィスの気まぐれがあったからなのだから。
「あ、あの……」
「ん?」
かけられた言葉に、ノークウィスは振り向く。
そこにいたのは、エルリスと良く似た顔つきの少女が立っていた。右目が緑なのに対して、左目が蒼というのが印象的だ。
「どうかしたか?」
「その……雇いたいんですけど」
「一応聞くけど報酬は?」
出せるわけが無い。ノークウィスは確信に近いものを抱きながら返す。先ほど、エルリスが自由になるのは銀貨一枚が精一杯と言っているのだから。
「これを……」
言って、差し出したのは指輪だった。土色の宝石がはめられ、指輪の裏側にはびっしりと魔術の儀礼文字が刻み込まれている。
「『悪食なる者ツァトゥグア』だな」
横から覗いていたアルベルムが呟く。
悪食なる者ツァツゥグア――確か、魔術師の犯罪者を無力化するときに使う魔道兵器のはずだ。これ自体が強力な魔力中和の能力を持つと共に、常に一定量の魔力を装着者から奪う拘束兵装。
「何でこんなものをもっている?これは魔術師を拘束するのに使う装備だ」
疑惑の視線を向けるアルベルム。
その視線を少女は竦む。明らかな疑念と敵意を含んでいる。
「どうしたんで――セリス!」
視線に気付いたエルリスが近づくなり、セリスを怒鳴る。
「何でその指輪を外すの!?」
「だ、だって……この指輪ならきっとノークウィスさんたちを雇うことが出来るって……」
「じゃぁ、それを外した貴方はどうなるの?」
咎めると同時に、心配の色を出すエルリス。
その視線の意味にいち早く気付いたのは、アルベルムだった。
「魔力の暴走を恐れているのか?」
「っ!」
アルベルムから飛びのき、警戒の視線を送るエルリス。
「安心しろ。そんな指輪を自分でつけるとしたら、魔術師であることを知られたくない者か、魔力の暴走を恐れる者だけだ」
言って、踵を返すアルベルム。その行き先は――出口。
「お、おい!アルベル――」
「行くぞ」
行くぞ。この人の意味を理解して、歓喜と――同時に疑問を浮かべるセリス。
「どうしてですか?」
「その指輪は大事なものなのだろう?」
うなずくセリス。
背中を向けたままだが、うなずくのを気配で悟ったのか、アルベルムは立ち止まって、肩越しにセリスを見る。
「大事なものを他人のために捨てる者は少ない。ましてや、それがあったこと無い人物ならば尚更だ」
心意気を買う――そう言っているのだ。
「けど、お金は……」
「どちらにしろ、打って出なければ殺されるんだ。ならば、頼み事の一つくらいはこなしても、変わらん」
「ぐ……はぁっ」
うめき声のような断末魔を上げながら、対魔術甲冑『受け流す者四型』を着込んだ男が、地面に倒れこむ。
倒れこんで、動かなくなるのを確認すると、ヴェルドレッドは半ばから折れた剣を捨てて、死体となった男の手から剣を奪う。銘を確認すると、笑う。今度の剣は先ほどのなまくらに比べれば、雲泥の差がある。
「『平穏の監視者ラグエル』か……」
それは、教会所属の騎士が帯剣することが許された剣だった。量産品だが、強度強化、軽量化などの魔術が籠められた品。武器としては出回っておらず、教会所属の騎士から奪うしか入手する方法はない。中には秘密裏に複製されているものもあるらしいが、ごく少数しかない。
今まで使っていた粗悪品全ての金を集めても、柄すら買えないほどの高級品だ。
「おい、用を足すのに一体どれだけ時間が掛かってんだ!」
通路の奥から叫び声。二人一組で行動しているらしい。
気配が近づいてくる。
「今回はただ街を襲うんじゃねぇって事くらい分かってんじゃ――」
通路から顔を出した男。その表情が一瞬で凍りつく。通路の奥で、仲間が血まみれで倒れているのだから、無理も無い。
「お、おい!」
慌てて駆け寄ろうとする男。だが――
「ハッ!」
タイミングを見計らって気合一つとともに飛び出したヴェルドレッドの剣が一閃!驚愕に染まった男の首を切り飛ばす。
鼓動に合わせて斬られた首から間欠泉のように血を噴出す死体には一瞥もくれずに、五感を研ぎ澄ます。小さな音、僅かな臭いすらも逃さないほどに研ぎ澄ました感覚は一つの音を聞きつけた。
――数人の、下卑た笑い声を
その笑いの意味を理解したときには、既に冷静な判断は下せなくなっていた。
分かっている。この直情的な性格はこの戦場において死を伴う隙になる。だが、たとえこれが隙になるとしても、自分の正義感はこれを許しはしない。
理性は止めようとする。だが、感情はそれを遥かに凌駕する強さで、命令を出していた。
「ひっ……ひっ……っ!」
喉からは引きつった声しか出なかった。
既に顔を何度殴られたのかなどと言うことは覚えてはいない。ただ、殴られた腫れ上がった部分がじくじくとした痛みと熱さを伝えてくる。
「おとなしくしてりゃ良いんだよ」
「おいおい、上玉を傷物にしたら、おかしらに殺されるぜ」
「いいんだよ。それに、全部お頭のもんにするのも可笑しいだろ?」
「そうだよなぁ……ま、少しくらいはいいだろ」
下卑た笑声をあげる。周りで見ていた男達は忌々しそうに唾を地面に向けて吐くか、同じように下卑た笑いを上げていた。
「あ……ぁぁぁっ……ぶ、ブリジット様……お、お護りを……っ!」
普段から持ち歩いている聖女を模ったペンダントを握って搾り出すような悲鳴を上げる。
その声を聞いて、男達は一瞬戸惑うように固まり、そして笑い声を上げた。
「おいおいおいおい……聖女様だってよ!聞いたか?」
「聖女にすがろうが何しようが、今更状況は変わらねぇって!」
口々に罵りの言葉を放つ男達。
泣きたくなった。幾ら祈ろうが望もうが、決して助けてくれない。誰もいない。家にいた父や弟は『使い道が無い』ということで、殺されてしまった。母は隣町に出ていて家にいない。このままこの男達の慰み者にされてしまうのか?そんなことのために、この二十年足らずの人生を歩んできたのか?
「いや……」
「つれないこと言うなってなぁ……」
「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!」
叫び、目を閉じる。
数秒の沈黙。恐る恐る目を開ける。
そこには――
「外道が……っ!」
そこには、一人の男が立っていた。
体中に裂傷を負っているのか、上半身に巻かれている包帯は所々血がにじんでいる。
だが、精悍な顔つきからは衰えや疲れ、痛みといった『負』は見当たらない。気力が充実しているのだろう。
自分に手をかけようとしていた男は、首から勢いよく噴出す血を呆けた表情を見ながら、鈍い音を立てて、倒れた。
「……テメェ!」
すぐ右にいた男が、柄に手をかける。だが、剣を抜くよりも早く男の剣が一閃。両腕を切り飛ばす。
「え……」
状況が飲みこみ切れない。一体何が起こっているのだ。
考えている間に、自分に乱暴を働こうとした男達は地面に倒れ伏していた。
血溜まりとなった地面で、包帯を巻いた男がこちらを向く。先ほどの鬼気を纏った顔でなく、真剣だが優しさを湛えた表情で。
「走れるか?」
「……」
「はしれるか?」
「あ……はい」
何とか返事を返す。
すると、男は軽くうなずいて南の方向を顎で指した。
「南はまだ被害を受けていない。急いで逃げるんだ」
「え……?」
「急げ!」
いきなりの叫び声に驚きながら走り出す。
そして、走りながら気付いた。先程までいた場所に向かって慌しそうに何十人もの人が走ってくるようだった。
「騒ぎを聞きつけて……」
どうしようか。
このまま逃げてしまおう。そう思うが、先ほど助けてくれた男が気になる。だが、いま戻ってしまえば足でまといなるのは確実だろう。
「どうしよう……」
「って、オイ!危ねぇって!」
叫び声。
次の瞬間には誰かにぶつかってしまった。俯いて走っていたものだから、何処に何があるのかわからなかった。
「何かあったのか?」
ぶつかった男の後ろに立っていた男――ローブに全身を包んだ奇妙な男だ――が尋ねてくる。
「あ、あの……私、襲われて……」
「落ち着いて喋れ」
「そ、その……もう少しで乱暴されそうになったら、包帯を体に巻いた人が」
顔を見合わせる二人。
「あのキャラバンの傭兵か?」
「……十中八九そうだろうな」
どうやら知り合いらしい。
それを知ったとたん、急に眠くなってしまった。極度の緊張が緩和されて、気絶しようとしているのかもしれない。と、頭の隅で考えながら、地面に倒れた。
〜あとがき〜
こんばんは、あるいはこんにちは。鍼法です。
第三話をここまで読んでいただき、ありがとうございます。
さて、第三話ですが……ヴェルドレッドを活躍させてみようと、四苦八苦。結局は半分近くをノークウィスたちに出番取られてしまいました。
さらには傭兵たちの物語で結構重要な立場のキャラ、アルヴィム登場です。まぁ、第一部は全く活躍の場所は無いのですが……
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。では、第四話でお会いしましょう。ではっ!
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■359
/ ResNo.4)
第一部・『騎士の忠義・流れ者の意地』・第4話
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□投稿者/ 鍼法
-(2006/10/01(Sun) 16:47:32)
『パラディナ4』
「おいおい、こりゃまた豪勢に……」
気絶した少女が言っていた方向に少し走ると、野党と思われる男達の死体が数体転がっていた。全員、一撃で仕留められている。
「手際がいいな」
死体を検分しながら呟くアルベルム。
その言葉を聞き流しながら、ノークウィスは辺りを見回す。ここには野党の死体はあっても、ヴェルドレッドの死体はない。恐らくは、移動しながら戦っているのだろう。その痕跡を探っているのだ。
程なくして、それは見つかった――血の跡だ。点々と路地の方向へと続いている。
アルベルムの顔を見る。既に気付いたのだろう、検分をやめて路地裏へと視線を投げやっていた。
それとほぼ同刻。ヴェルドレッドは曲がりくねった路地裏を疾走していた。
数秒遅れて、数人の足音が聞こえる。
「しつこい奴等だ」
息を弾ませながら、ヴェルドレッドは呟く。走ってきた集団は十人。内四人は切り倒したから、後六人だ。
目の前が行き止まりだと気付くと、すぐさま停止する。
停止したヴェルドレッドを見つけると、問答無用に一人が切りかかる。
「浅いっ!」
だが、唐竹割りの一撃はヴェルドレッドを捉えることは無かった。半歩下がって回避する。
走りながらの一撃で上体が泳いだ男の首を斬り飛ばす。
断面から血を噴出させて倒れこむ男の背後から、戦斧を構えた男が接近。横薙ぎの一撃を放つ。だが、これも体を屈めて回避。
屈めた勢いのまま突進し、心臓を一突き。もんどりうって男が倒れる。
「な、何なんだよぉ!」
倒された二人の後ろに立っていた男が悲鳴混じりの叫びを上げる。腰は引けて、明らかに怯えている。ほんの数分で十人いた仲間が半分に減らされたのだから、無理も無いとも言えるが。後ろの四人も同じような状態だろう。
「何が目的だ」
言い放つ。ほんの少しの殺気と視線で、男達は簡単に屈した。
「お、俺達は雇われたんだよ!」
涙半分で言う男。
この言葉に眉を顰めるヴェルドレッド。何故、この街を襲う必要性があるのかが、分からない。
「ひ、一人金貨十枚払われて……お、女を殺せって言われたんだ!あ、蒼――」
「喋りすぎだよ」
男の言葉は最後まで続かなかった。続けようが無かった。
突如として虚空からにじみ出た柄刃関係なく漆黒の剣に貫かれたのだ。
「全く……依頼主のことを喋ろうとするなんてのは客商売の風上にも置けないだろ?」
「あ……が…かし、ら」
胸板を貫いてまるで生えているような剣を呆然と見、泣きそうな表情で頭と呼ばれた男――この歳ならば少年か――を見る。
「な、んで……」
「あー、うるさい」
無造作に杖を構える少年。
「とりあえず、死刑な」
無邪気な死刑宣告。それを聞いた瞬間、男はなけなしの生命力と体力を注ぎ込んで、逃げようとしていた。だが、殆ど宙に足が浮いているような状態で動くことなど満足に出来るわけも無い。
「ひ……っ!」
喉の奥から搾り出したような悲鳴が、最後の言葉となった。
次々と虚空から滲み出てては飛び掛る漆黒の剣にボロ雑巾にされていた。
「さて……」
少年の視線が次に捉えたのは――先ほどまで逃げ腰でいた残りの四人だった。
「まさか逃げられるなんて思ってないよな?」
「か、頭……」
「選ばせてやるよ。俺に殺されるか、そのバカを殺してみるか……どっちがいい?」
選べるわけが無い。たとえヴェルドレッドに挑んだとしても返り討ちにあうのがオチだ。
「お、おい……」
両隣の男に目配せする。ヴェルドレッドはその動作で何をしようとしているかを理解した。
確かに一人なら殺されるのが精々だが、四人がかりならば、あるいは――
「ま、待て!」
目の前の魔術師を殺せるかもしれない。
一斉に斬りかかる男達。ヴェルドレッドの静止は一瞬遅かった。
「何してんだよ?」
剣は少年を切ることは無かった。
少年の頭部からあと少しといった空中で何かに止められている。物理的な結界魔術だろう。
「う、五月蝿ぇ!」
プレッシャーからなのか、喘ぎ喘ぎ男が叫ぶ。
「魔術師だかなんだかしらねぇけどな、お前見たいなガキにアゴで使われるいわれなんざねぇんだよ!」
「前のお頭を殺しておいて、何が『新しい頭』だ!盗人猛々しいってんだ!」
馬鹿な事を――っ!
そう叫ぼうとした。だが、ヴェルドレッドが声を上げるよりも早く、剣を振り上げた男達は上半身を血霧と変えていた。
「頭は大丈夫デスカー?僕ちゃんは第三の選択は与えてまちぇんよー?」
人を小ばかにしたような赤子言葉で笑う少年。突き出した左手の前面には順逆回転する三重の魔方陣。
「……っ!逃げ――」
順逆回転を続けていた魔方陣が鼓動するように明滅していることに気付いたヴェルドレッドは叫ぼうとする。だが、間に合わない。
次の瞬間、路地裏を炎と暴風が覆いつくした。
「……随分大きな爆発だね」
王都の中心に程近いアルヴィムの邸宅。執務室の中で、果実酒片手に水鏡を覗いていたアルヴィムは優雅な微笑みを浮かべたまま呟いた。
「火炎系攻城用魔術のようです」
水鏡のすぐ隣に座っていた女性――紫色の髪と瞳が美しい女性だ――は掌のマナ・クリスタルに刻み込まれた構成式を維持しながら呟いた。
「それは見れば分かるよ」苦笑混じりの声「ただ、随分と効果範囲が大きすぎるね?あれでは未熟だと思うけど……」
この呟きに、女性は――アルヴィムの近衛兵【七将】の一人である魔術師、イーディスは頷く。
「効果範囲の限定と威力の制限式が非常に未熟です。あれでは軍事行動の時には味方にまで被害が出てしまいます」
「無差別攻撃専用ということかな?」
そういうことになります。イーディスの言葉にアルヴィムは苦笑。
「さてさて……スタッドテイン卿のお手並み拝見と思ったけど、これでは話にならないかな?」
あの程度の雑魚を雇うようではね。と呟くアルヴィム。
その目は――何処までも穏やかで優雅な光を湛えた目は水鏡に映し出されたパラディナの風景を睥睨していた。
「おっ!アレを避けられるんだ……スゴクナイデスカ?マジでー!」
冗談じゃない。内心でヴェルドレッドは叫ぶ。攻城用の魔術というのを始めてみるわけではないが、あそこまで無茶苦茶なものは始めてみた。
攻城用魔術は構成式に多少の大雑把は許される。だが、あれでは大雑把過ぎる。あんなものをまともに使えば味方まで巻き込んでしまう。事実、ヴェルドレッドの近くにいた男達は攻撃に巻き込まれて焼死体になってしまった。
そしてヴェルドレッドも――
「だけど、その傷じゃもう動けそうにないなぁ!」
爆発の衝撃で体中の裂傷が開いてしまった。出血と痛みで意識が朦朧とする。とっさに物陰に隠れられたとは言っても、完全に衝撃や熱を受け流すことは出来なかった。
「ま、面白かったよ」
言って、杖を突き出す。その前面にはやはり三重の魔方陣。
――やべぇ……
「バイバ〜イ…」
――やられる
思って、目を閉じる。
一秒、焦らそうとでも言うのか攻撃は来ない。
二秒、やはりこない。
三秒、幾らなんでも遅すぎる。
そして――
「な、何だよ!……魔弓?」
魔術師の声。目を開いて、確認する。
「おいたが過ぎるんじゃねぇの?魔術師さんよぉ!」
叫び声。この叫び声の主をヴェルドレッドは知っている。前、野党に襲われたときに助けてくれた傭兵――
「ま、仕事じゃねぇけど慈善事業だ。街の損害分たっぷりぶちのめしてやるよ!」
ノークウィスのものだ。
そして、自分が倒れていることに気付いたのだろう。ノークウィスがこちらを向き、不適に笑う。
「ヴェルドレッドだったか?けが人にしては頑張ったじゃねえか。後は任せておけよ」
言って、ノークウィスは大剣を構えた。
〜あとがき〜
こんにちは、あるいはこんばんは。鍼法です。
殆どが戦闘描写の上に話が進まなかった第四話でした。なお、題名丸文字はOSによっては文字化けするのでは?という指摘を友人からされたので、今回からは通常の数字とさせていただいております。
さて、プロローグに当たるパラディナ編も終わりが見えてまいりました。このままお付き合いしていただければ幸いです。では、失礼します。
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第一部・『騎士の忠義・流れ者の意地』・第5話
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□投稿者/ 鍼法
-(2006/10/08(Sun) 11:04:09)
『パラディナ5』
「アルベルム、援護!」
大剣を構えながら、叫ぶノークウィス。
それだけで、アルベルムはもっていた黒塗りの弓――稀代の魔道武具匠『トリスタン』の最高傑作『万物を射抜く者トリスタン』を構える。
矢を持たない右手が弓を引ききる動作。それと同時に、右手に光で形どられた矢が顕れる。そして――放つ。
「うっとおしいんだよっ!」
言いながら、杖を空中に掲げる少年。
それから反瞬遅れて、アルベルムが放った【矢】が殺到する。連射される矢の数は実に二十発以上。全てが人間の急所を狙っている。
だが、一発も少年には届かない。全てがあと数センチといったところで押しとめられている。
「うっとおしいのはテメェだ!」
叫びながら、大剣を振り下ろすノークウィス。だが、大剣が少年を捉えることは無かった。走るというよりも滑るような移動で、大剣の攻撃範囲を軽々と離脱している。
「ははっ!コッチだよ!」
左手を掲げる。手には順逆回転しながら明滅する二重の魔方陣。
「雷槌よ!我命の元、剣となりて、眼前の敵に思い知らせろ!」
――ライトニング・ブレイド――
高らかに叫ぶ少年。左手の延長線上に、紫電を纏った剣が顕れる。
振り下ろすと言うよりも、突く。突くというよりも伸びるといった方がいい動作で、ノークウィスに襲い掛かる紫電。だが、ノークウィスは横へ転がって回避。
続く追い討ち。剣の動作で言うならば袈裟斬りの機動を描く紫電。だが、ノークウィスに届く前に魔弓から放たれた矢が少年に殺到。干渉結界が無効化するが、非随意的なものなのだろう、紫電が霧散する。紫電に回していた魔力を干渉結界が奪い取ったのだ。
それを見たアルベルムは目を細める。そして――
「ノークウィス!」
叫ぶ。
叫びの意図は理解しかねたが、とりあえずは作戦か何かと思ったのだろう、出血で動けないヴェルドレッドを抱えて、アルベルムが陣取っているT字路付近まで走ってきた。
「何だ?」
「あの子供の装備……分かったか?」
「あ?ああ……術者と関係無しに各種結界を張るってことは『無意たる護り手イージス』を持ってるんだろ?」
「それが分かっているなら、話は早い」
薄く笑う。人ならば、薄気味悪い笑みと例えるだろうか。
「壊せ」
「……は?」
言っている意味が分かりません。といった表情のノークウィス。
「壊せって……どうやってだ?相手は干渉結界張ってんだぞ!?」
「お前の全力の一撃なら何とかなるだろう?あれが張る結界は術者のものに比べたら、弱い」
「簡単に言ってくれるな……」
言いながら、通路の奥を見る。打つ手が無いから逃げたと思っているのか、気軽な足取りで、悠々と距離を詰めているのが分かる。
――油断しているのだ。
「……分かった。全力で援護しろよ」
呟き、柄を握る手に力を込める。
これ以上の会話は不要と考えたのか。手信号とアイ・コンタクトでタイミングを計り始めた。
十秒後に出る。その合図に頷くアルベルム。
そして十秒後――駆け出す。
「やっと出てきましたか?ぼくちゃん、マチクタビレチャッタヨ」
ゲラゲラと笑いながら杖を突き出す少年。今度は四重の魔方陣。いかにも準備万端といった風情だ。
「死ねよ……踊り狂ってさぁ!」
吐き出されたのは五つの火球。放物線を描きながら、ノークウィスへと迫る。
一発目、そのまま直進してくる。避けるまでも無いといった感じで剣を振るノークウィス。簡単に断ち切れた。
二発目、ややカーブしながら迫って来る。これも避ける必要はない。アルベルムの矢が撃ち落した。
三発目、二発目の軌道をなぞるように迫る。だが、これもアルベルムが迎撃。
四発目、二発目と三発目の軌道とは真逆の軌道を描く。だが、カーブが大きすぎる。ノークウィスを捉えきれずに地面に着弾。
最後の五発目。一度上空に上がっての落下軌道。だが、これもノークウィスを捉えきれない。
「あたらねぇんだよっ!」
最上段からの唐竹割り。ノークウィスの胸程度の身長しかない少年ならば、直撃すれば確実に死ぬという勢い。
だが、少年を切り倒すのにあと数十センチという地点で大剣が火花を散らす。物理干渉結界と大剣の破壊力が拮抗する。
額に血管を浮かべるほどに力むノークウィス。同じように、少年も歯を食いしばっている。お互い、全力を出しているのだ。気を抜いた方が、負ける。
「っ、らぁぁぁぁぁっ!」
雄たけび。
ノークウィスの大剣が、結界を突破。少年の頭に迫る。
だが、少年は地面を滑るような――魔術による移動で回避。胸の辺りを少し切り裂いただけだ。
すかさず、アルベルムが矢を放つ。少年は嘲笑。干渉結界を超えることが出来ない魔弓など怖くない。
反撃してやろう。左手を突き出す少年。だが――
「あれ……ボクの左手は?」
突き出すはずの左手が無かった。アルベルムの放った矢がゴッソリと抉り取っていったのだ。
「な……んで?」
呆然とした表情で、左手の断面を見る少年。だが、みるみるうちに表情が青ざめ、脂汗を噴出し始める。
「おいクソガキ」
意地の悪い笑みを浮かべて、ノークウィスが胸を指さす。
指差した方向を見て、少年は視線をずらし――固まった。先ほどまであったものが無い。そう、各種干渉結界を這っていた『無意たる護り手イージス』が無いのだ。
「お探し物はこれか?」
言って、今度は足元を指さす。
その先には、赤いマナ・クリスタルを埋め込んだペンダントが落ちていた。
「あ、ああ……っ!」
駆け寄って取ろうとする。だが、駆け寄るよりもノークウィスが踏み壊す方が格段に速かった。
「あ……」
一瞬呆然とし、逃げた。
背中を見せて走り出す少年。だが、アルベルムは見逃すほどお人よしではなかった。
矢を放つ。心臓を貫くはずだったが、少し外れた。致命傷ではあるが、即死はしない。
少年は走りを止めない。裏路地のさらに裏路地へと入ったところへ逃げ込み――悲鳴を上げた。
「ち、畜生……あいつら…コロシテヤル」
左腕の断面から夥しい血を垂れ流して、少年は走っていた。
傭兵達はすぐに自分を殺したりはしないだろう。心臓を少しずれた矢は即死とはいかないが、致命傷には間違いない。急いで追う必要性はないのだ。じきに――死ぬ。
「くそっ!クソッ!」
叫びながら、目当てのものを探す。この依頼を受けたとき、身分も姿も明かさなかった男が残して言った『最新型の魔道兵器』だ。それさせ使えば、あんな蛆のような傭兵二人など、問題にならない。
ほどなくして、目当て物を見つけた。胸に抱えるくらいの箱だ。
「これで殺してやるからな……」
憎悪に滴る声を上げて、箱を開けにかかる。
箱は――開いた。そして同時に、少年の体を無数の靄が覆う。
「な、何だよ!」
なけなしの生命力を削ってもがく。だが、靄は晴れるどころか、少年の体を覆っていく。
「い、痛い!」
悲鳴を上げた。
痛い熱い苦しい……それしか感想など思い浮かばない。いっそのこと殺してくれた方が幾分か楽だ。そう思えるほどの苦痛と――自分の体が変質していく、奇妙な快感が体中を駆け巡っていく。
「い、いやだ!助けてよ!」
悲鳴を上げる。誰も助けてくれない。当たり前だ。とっくのとうに残っていた部下は逃げてしまったのだから。
「何でボクが!助けて!助けてよ!パパァ!ママァ!」
そこまで叫んで――少年の意識は消滅した。
「オイオイ……冗談ってのは笑えることだけにしてくれよ」
少年の悲鳴を聞いて、裏路地に駆け込んできたノークウィスの第一声だった。
そこにいたのは少年では――人間ではなかった。
爬虫類の羽、悪臭を放つ灰色の体毛、山羊の角――極めつけは胸板に生えている少年の顔だ。少年の顔は正気を保っていない。目の焦点は合わず、涎と鼻水と涙を垂れ流して、ゲラゲラと笑っている。とてもではないが、正視できない。
「たすぅけぇてぇ……たすぅけぇてぇ」
助けて……ゲラゲラと笑いながら少年の顔はそれしか言っていない。 ――狂っている。
目を背けたくなるような情景だが、アルベルムとノークウィスの行動は早かった。
「閃光よ!増え、分かれ、驟雨となりて、我が眼前の者に襲い掛かれ」
詠唱。
空中に浮かんだ三重の魔方陣は魔弓『万物を貫く者トリスタン』のマナ・クリスタルへと吸い込まれて、発光する。
次に放った矢は、散弾だった。
一本の弓が四本に四本が十六本に十六が六十四にと別れていく。矢は百本を軽く越える大群となって、少年だったものに――魔物に襲い掛かる。
体中に矢が刺さり、のた打ち回る魔物。だが、どれも致命傷にはならない。
すかさず、ノークウィスの一撃。右腕を切り飛ばす。だが、致命傷にはならない。
咆哮を上げる魔物。背中の羽を広げて、大きく羽ばたく。
地面に吹き荒れる風。ノークウィスの身長よりも大きく、体重も一回り以上は重いであろう魔物の体が空中へと浮かぶ。
飛べるのか。小さく舌打ちしながら、アルベルムが魔弓を構える。羽に穴を開けてさえしまえば、飛べなくなる。
だが、アルベルムが矢を放つ半瞬前に魔物は高速で移動を開始。ノークウィスへと飛び掛る。
「ぉぉぉおおぉっ!」
雄たけびを上げて、大剣を横薙ぎに振るノークウィス。風を唸らせながら、大剣は魔物を切り――とばせなかった。
魔物の振るった腕が、大剣を弾き飛ばしたのだ。
「ぐぅ……っ!」
うめき声を上げるノークウィス。すかさず、魔物は空中で一回転。回し蹴りに近い軌道の蹴りをノークウィスの顔面に叩き付ける。
きりもみしながら吹き飛ばされるノークウィス。追撃しようとするが、アルベルムの攻撃で妨害。アルベルムが妨害している間に、ノークウィスは立ち上がる。
血の混じった唾を地面に吐き捨てながら、大剣を構えるノークウィス。
魔物は空を縦横無尽に飛びまわりながら、アルベルムの攻撃をよけてはいるが、命中するのは時間の問題だろう。あれだけの質量を持ったものが空中を長時間飛べるわけがないのだから。
事実、魔物のわき腹をアルベルムの矢が貫いた。
苦悶の雄たけびを上げる魔物。反撃してくる。そう思ってノークウィス達は身構えるが――反撃はなかった。
戦っても勝てないと思ったのか、魔物は空中で方向転換し、飛び立った。方角は――南だ。
「オイオイオイ!」
叫ぶ。あの方角はマズイ。あの方角には――
「ノークウィス、ヴェルドレッドを!」
アルベルムが走り出す。あの方角には――
あの方角には、エルリス達がいる酒場があるはずだ――
いきなり屋根を破壊して入ってきた魔物で、酒場の中は騒然となった。
避難していた市民を酒場の奥に追いやりながら自警団は剣を抜き――魔物を取り囲んで切ろうとする。そこまではいつも進入してくる魔物の倒し方と同じだ。だが、この魔物は違った。
その背中に生えた羽を一回転させて、取り囲んだ自警団員達を全員吹き飛ばしたのだ。
「ぐううっ!」「う、腕、が……」「い、痛い……痛い…」
口々に苦痛の呻きをあげる自警団員。そんな自警団員には一瞥もくれずに、魔物はセリスへと近づく。
セリスを背中にかばって、エルリスは護身用の剣を抜く。ノークウィス達に比べるのも馬鹿馬鹿しい実力ではあるが、それでも剣は使える。
気合声一発。剣を袈裟切りに振り下ろすエルリス。剣は一直線に魔物へと吸い込まれるが、皮膚を浅く裂くだけだった。
鬱陶しいといった言葉が似合うような動作で、腕を振るう魔物。
悲鳴を上げる暇もなく、エルリスは壁まで吹き飛ばされる。
「っ!いやぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
呆然と吹き飛ばされるエルリスを見ていたセリスが金切り声を上げる。近づいてきた魔物に片腕をつかまれて、持ち上げられたのだ。
魔物の表情には間違いない――嗜虐が浮かんでいた。どうしてやろうか?足から食らおうか?かわいらしい顔からか?それとも――楽しむか?それを決めるのは自分自身なのだ。そう、魔物の顔は語っていた。
「……ぃゃ」
恐怖にすくんだ体からはそんな小さな声しか出なかった。
「ぃや……いや……いや……」
少しずつ声が大きくなっていく。そして、セリスの周りを魔力が込められた風が渦巻いていく。
「いや……嫌っ!」
その叫びとともに、強大な魔力の塊が魔物の顔面を打ち据えた。
痛みにひるみ、魔物はセリスを手放す。
地面に落ちると同時に、セリスは一心不乱に逃げる。少しでも離れたい。近くにいれば、必ず、自分は目も当てられないほどの嗜虐を受けることになる。
だが、魔物の目には嗜虐などという光は宿っていない。怒りと――それに伴う殺意だけだった。
腕を振り上げ、セリスを叩き潰そうとする魔物。アルベルムが酒場の入り口に入ってきたのは、その時だった。
間に合うか。アルベルムは魔弓を構える。
だが魔物は腕を振り上げた姿勢のまま動こうとしない。それどころか、瘧のように震え始めた。何かに恐怖しているのだ。そして、アルベルムは何に恐怖しているのかを、すぐに理解した。
「――セリスに触れるな」
エルリスに恐怖しているのだ。だが、本当にエルリスなのだろうか。声も、姿かたちもエルリスだ。だが、何かが決定的に違う。
「貴様、魔物ではないな?」
口調も違う。圧倒的な威圧感をまとっている。
「まぁ、いい」
パチンと指を一度鳴らす。それだけで勝負はついた。
「貴様は、死ね」
〜あとがき〜
こんにちは、あるいはこんばんは。鍼法です。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
……長かった。おそらく、戦闘シーンだけでは最長かもしれません。当初はサクサク倒しちまいましょうと考えたのですが、どうしても『私の君』を出したかったというのがありまして……
とりあえず、パラディナ編はあと二話、長くても三話で完結です。次はどのような町へどのように進んでいくのかは、また別のあとがきにて……では、失礼します。
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■429
/ ResNo.6)
「騎士の忠義・流れ者の意地」 ・設定
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□投稿者/ 鍼法
-(2006/10/12(Thu) 01:40:15)
2006/12/13(Wed) 22:05:12 編集(投稿者)
2006/12/13(Wed) 22:05:08 編集(投稿者)
2006/11/03(Fri) 23:58:21 編集(投稿者)
設定
国家に関する設定(大陸暦という年号はこの小説独自のものとしてつけました。ノークウィス達がパラディナに立ち寄ったのは、大陸暦700年という設定です)
エインフェリア王国
最高権力者:ディシール・ネレム・フェルト女王
王国の起源は大陸暦207年(古代魔法王朝崩壊を0年とする)群雄割拠の状態の中、中堅諸侯であったフェルト家、メルフィート家、フィーネル家が同盟を結び『エンフェリア統一同盟』と名乗ったのが起源とされている。大陸中央部の諸侯を従えて国家を形成したのは、大陸暦231年。
現在ではフェルト家、メルフィート家、フィーネル家の三大公家が政治派閥化。王国の覇権を手中に収めようと、政争を繰り広げている。
〜都市〜
交通中継都市『パラディナ』
ノーフルと王都デルトファーネルを結ぶ大型街道沿いに存在する宿場町のひとつ。主な収入源は旅人達の観光費や、都市間の商品流通の中間都市としての役割を持つ、典型的な宿場町。治安は比較的良い。大陸暦700年に『パラディナの惨劇』と呼ばれる盗賊事件が発生し、多数の死傷者を出した。人口は1500人前後。
流通都市『リセリア』
複数の街道が終結するいわば『分岐点』に存在する中型都市。鉄道こそ通っていないが、国営の共用馬車や貸馬などの交通が集中しているため、物資や各地の工芸品が集まる一種の『るつぼ』と化している。王国西部に存在する流通都市では最大の大きさを誇る一方で、流通都市にありがちの治安悪化や麻薬等の違法物の氾濫に頭を悩まされている。フェルト家の直接統治都市のひとつ。(流通都市の多くが三大公家の直接統治となっている。これは、流通を握る事で通常貴族とは一線を画す存在であるという事を内外に示すとともに巨大な財力を握るためでもある)人口は一万前後。
竜族相互不干渉区
場所:大陸北部
最高権力者:蒼龍・ライギス
起源は不明。大陸暦348年に王国をはじめとする人間の国と相互不干渉を明文化して以来、人間の政権に積極的に口出しなどはしていない(中には人間に協力している竜もいるが、極稀であることは間違いない)竜族内も派閥が形成されており、勢力争いを繰り広げているようだが、確認されているのは漆黒龍・ヴァアルが率いる人族徹底抗戦派と蒼龍・ライギスが率いる融和派の二つ。『龍』という呼称は1000年以上生きている竜に与えられる竜族独自の称号(これについては異説がある。竜の王族に与えられるのではないか等)である。
〜七将〜
アルヴィムが抱える近衛兵七人を指す言葉。七人が七人とも大陸屈指の術者や戦士で構成されており、一人一人が魔族の男爵階級と闘えるとも言われている。
イーディス・エル・メイアレ
年齢:26
性別:女
使用武器:魔道杖【真理を描く者バイアルン】
七将第七位の魔術師で、アルヴィムの護衛役。若干16歳にして宮廷魔術師として宮廷に仕え、24歳のときにアルヴィムの近衛兵として七将の一人として抜擢される(前の第七位は引退)補助魔法に関しては七将でも随一といわれている。ただし、直接攻撃系統では並以上であり、決して戦闘向きとはいえない。そのため、七将では実力最下位である第七位。
ノブカツ・タケダ
年齢:38
性別:男
使用武器:八部刀
七将筆頭にして、王国内で【武神】の名をほしいままにする剣士。名前のとおり東方諸国出身である。七将ではもっとも古株であり、アルヴィムが20歳のころから(七百年の時点で43歳)仕えているらしい。普段は帝国国境付近で国境軍の指揮を行っている。噂ではあるが、たった一人で子爵級魔族を退けた事があるらしい。既婚者で、16になる子供がいる。
エリファス・レヴィアンド
年齢:31
性別:男
使用武器:魔道剣【強壮なる者アスモデウス】魔道短剣【悪辣なる者フェンレス】
七将第三位にして、【剣聖】の異名を持つ剣士。フェルト派有力諸侯の一つレヴィアンド家次男で、フェルト家が統治する鉱山都市【イーヴィーデル】の治安部隊長でもある。剣の腕だけを問題にするならば、筆頭であるノブカツにも決して劣らない。さまざまな武勇伝を有している事でも有名で、立った一人で帝国軍一個大隊を壊滅させたというものもある(ただし、帝国との戦争はここ五十年ないので、タダの噂とも言われている)
魔法技術
魔道兵器
魔道兵器は大まかに分けて二つの種類がある。ひとつは古代魔法王朝が存在していた時代に作られた宝剣・魔剣。もうひとつは魔法の付加技術が確立された後に開発された兵器に分けられる。前者は数が圧倒的に少ないが、使いこなすことができれば一人で一軍を相手にできると言われるほどに強力。後者は前者に比べて数は多いが、使いこなしても前者ほどの威力は発揮できない。
魔道兵器匠
多くは学術都市に住んでおり、独自の工房を構えている。この職業に就いている者は少なく(特殊な才能を必要とするため)学術都市でも尊敬のまなざしで見られる。古代魔法王朝を代表する魔道兵器匠はアルヴル・アルハザード。彼の作品は強力なものも多く、その傍流といわれているダーレス作の『悪食なる者ツァトゥグア』は400年近くたった今でも生産されている傑作である。
アルハザードの作品は非常に癖があり、数少ない現存品で扱える物はもっと少ない。一説では、魔族出身とも。
大陸暦を代表する魔道兵器匠は……
トリスタン(代表作『万物を射抜く者トリスタン』)
聖人ゲールギス(代表作『平穏の監視者ラグエル』・『正義の守護者メタトロン』)
村井正信(代表作『迦楼羅』)等
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■474
/ ResNo.7)
第一部・『騎士の忠義・流れ者の意地』・第6話
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□投稿者/ 鍼法
-(2006/11/04(Sat) 00:25:13)
『パラディナ〜リセリア』
「……これは、また……驚いたね」
水鏡に映し出された光景を呆然と見ていたアルヴィムが、最初に放った言葉だった。
数十秒前まで酒場を睥睨していた魔物は、無事な箇所を見分けるほうが難しいというような状態で、地面に倒れている。
「イーディス君、彼女が使った魔術、再現できるかね?」
「……不可能ではないと思いますが」
気味の悪いものを見た。といった表情で固まっているイーディスの言葉。
「原理自体は簡単です。単に空気中の水分を結晶化して刃のようにして飛ばしただけですから……ですが、詠唱もなしに構成式を組むとなると、現象構成系魔法熟練者の中で単一特化型の魔術師で無い限りは……」
「ふむ……では、構成補助の魔道兵装を使用すれば、どうかね?」
「私では……」
不可解だ。そんな表情を浮かべて、アルヴィムは俯く。
イーディスは王国屈指の魔術師。こと補助魔法の類においては歴代王宮魔術師の中では最高であろう。そのイーディスですら再現が不可能な魔法となると……
「古代魔法王朝には、精霊魔法を自在に操ることのできる【精霊魔術師】というものが存在したと聞いた事があるが――」
その類なのかな?アルヴィムは視線で問いかける。
だが、イーディスは首を縦に振らなかった。
「本当に存在していたとしても、今の魔法技術では再現は不可能なはずです」
「町を滅ぼすだけの魔力を持つ妹と、現在の魔法技術では再現不可能な高度魔術を軽々と扱ってみせる姉、か……だが、不可解だね」
言って、アルヴィムは手元においてあったグラスを手でもてあそぶ。
「スタッドテイン卿は少々乱暴なところこそあるが、政治の腕に関しては超一流だ。だというのに、自らの政治生命を冒してまであのような盗賊まがいの傭兵を送り込む必要があるとは思えない」
「彼女達に撃退されるとわかっていながら、ですか?」
「それもちがうね。おそらく、卿は何かを調べたかったんじゃないのかな?たとえば、姉妹の何かを」
愉快そうに目を細めるアルヴィム。
「彼女達は自らの何かに気付いていないんじゃないのかな?それに、あの魔術行使のタイミングはどうにも解せないね」
「解せない……ですか?」
「なぜ、妹が襲われる寸前になってから、攻撃をかけたのかな?最初から使えるのなら剣なんて使う必要も無い」
「言われてみれば、そうですね。出し惜しみにしてもタイミングが悪すぎます」
一歩間違えれば妹は死んでいたのですから。続けるイーディスの言葉にうなずくアルヴィム。
「少し、監視してみようか……」
「分かりました。すぐに手配します」
言うのが早いか、イーディスは執務室から出て行く。
足早に部屋を出て行くイーディスを横目にしながら、アルヴィムは何も映さなくなった水鏡を見つめていたが、唐突に――喉を震わせて笑う。
「さてさて……退屈で眠たげな遊戯が断然と面白くなってくるね、スタッドテイン卿? あの不可解な盗賊が彼女の何を覗くためだったのか、せいぜい観察させてもらおうかな?時は近い。もう、我々には悠長に構える時間すら与えられていないのだからね」
どこか虚ろで――それでいて圧倒的な存在感を持った笑声は薄暗い執務室に響き渡った。
時が経つというのは早い。
すでに、盗賊の襲撃から一週間が経っていた。一時的に混乱していた共用馬車も運行を再開して、現在ではパラディナで事件が起こっていたということすら、馬車の中では話題にすらならない。例外である――
「それにしても、あの盗賊はなんだったんだろうな?」
「俺に聞くなよ。つーか、ヴェルドレッド端によれ端に」
「これ以上は無理だ」
「狭いんだよ。よれ」
「無理だ。お前が寄れ」
事件解決の要となった人物を除いては、だ。
「二人とも落ち着いてください。周りの人に迷惑ですよ」
どこか不機嫌そうに窓の外を見やる二人に苦笑しながら、エルリスが言う。
あの時のことを――エルリスが魔物を倒したということを、本人は覚えていなかった。魔物を氷の刃で膾切りにしたかと思えば、そのまま床に倒れ付してしまったのだ。
気がついたときには、全くといっていいほど魔物にはなった魔術についての記憶が無かった。スッポリときれいに抜け落ちてしまっていたと断言してもいい。
「少しは静かにしろ」
車内の端で黙々と短剣を磨いていたアルベルムが呟く。人が五人も乗れば狭くなる車内だ。今、車内は巡回商人を含めて七人の人間が乗っている。そんな中で、大の男二人が言い争えばうるさいと感じるのも無理は無い。
正論なので反論できなかったのだろう。黙り込むヴェルドレッドとノークウィス。その姿が滑稽だったのか、セリスが小さく笑う。
「そういえば、ノークウィスさんは次の中継都市に着いたらどうするんですか?」
「あ? 俺たちか?」
話を振られたノークウィスはエルリスを一瞥すると、ばつが悪そうに頭をかく。考えてはいないといったところだろう。隣にいるヴェルドレッドも同じような動作だ。
「あ〜……とりあえずはリセリアにいる馴染みの情報屋から新しい情報を仕入れるかな。それから、王都方面かノーフル方面かどっちかに進むってところか」
「俺も同じようなもんだよ」
情報収集は酒場でだけどね。と続けるヴェルドレッド。
「じゃぁ、今のところ依頼は入っていないんですね?」
どこか期待の光を帯びたエルリスの表情。それを見て、何を言いたいのかを察したのだろうか、ノークウィスは眉をしかめる。表情が、「タダ働きはしないぞ」と語っていた。
「お、お金はあります。パラディナでお礼をたくさんもらいましたし」
「……なら、良いけどな」
「話は聞こうか」
短剣の手入れが終わったのか、アルベルムがエルリスに視線を向ける。
「その……セリスの魔力を制御する方法を一緒に探してほしいんです」
「その『悪食なる者ツァトゥグア』では駄目なのか?」
首を振るエルリス。これだけでは無理という事なのだろう。
「普段は大丈夫みたいなんですけど、何かの弾みで暴走してしまう事があるんです。今までは、暴走が小規模なうちに止まってくれていたんですけど……」
これからもそうとは限らない。続けるエルリスを尻目にノークウィスはアルベルムに視線を向ける。
どうするかという視線に対して、アルベルムも決めかねるという視線で返す。はっきりいえば、エルリスたちの台所事情で自分達の給料をどこまで払いきれるかも分からないし、第一そんな方法があるのかどうかも分からない。あの指輪は相当なものだ。少なくとも、現在流通している魔道兵装の中では随一の封印作用があると考えていい。それを超えるものがあるのかどうかすら、怪しいのだ。
「……おれは構わないけど」
話を隣で聞いていたヴェルドレッドが言う。
「本当ですか!」
「べ、別に次の予定が決まってるわけじゃ無いし」
飛びつかんばかりの勢いで迫るエルリスに少々気おされながらも、ヴェルドレッドが返す。
その姿を見ながら、ノークウィスとアルベルムは軽く嘆息した。正直でお人よしというのはよくいるが、傭兵をしている奴は始めてみた。傭兵は生き汚くなくては続いていかない商売だ。お人よしで正義感溢れる奴から死んでいくのはこの世界では常識といってもいい。
「……ま、俺達も予定が決まってないからな。リセリアの情報屋から情報を仕入れてみてから決めるとするか」
場合によっては協力する。そう言えばいいのだが、ひねくれているのか素直でないのか。
「ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げるエルリスに苦笑しながら、ふと窓の外を見やる。
すでに、流通都市として栄えるリセリアが見え始めていた。
〜あとがき〜
こんばんはあるいはこんにちは。鍼法です。
アルヴィムがエルリスの『私の君』に興味を持つ話と次の舞台リセリアに向かう話となりました。話の流れ上、少々シーンを省いてしまった事をお許しください。
次の話の舞台であるリセリアですが、何事も無く終わります(断言)ここはあくまで情報収集のための舞台というだけですので。
ここまで読んでいただきありがとうございました。次のあとがきで会う事ができれば、幸いでございます。では、失礼します。
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■550
/ ResNo.8)
第一部・『騎士の忠義・流れ者の意地』・第7話
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□投稿者/ 鍼法
-(2006/12/28(Thu) 07:40:04)
『リセリア』
「うわぁ……」
人でごったがえすリセリアを見て、エルリスが感嘆の呟きをもらす。
「こういう町に来るのは初めてなのか?」
訝しげにアルベルムが尋ねる。旅をする以上、このような中継都市は必ず通るはずだ。
「いえ……何度かはあるんですけど、セリスのことで頭がいっぱいだったんで」
協力者ができて、多少――町並みを観察する程度は――余裕ができたのだろう。
「あ、そう」
信頼されているのがうれしいのか、恥ずかしいのかは分からないが、顔を背けて頬をかくヴェルドレッド。
「じゃ、俺達は情報屋にあってくるから、食料の買出し頼む」
「分かった」
言いながら、ノークウィスは必要な食料や薬品を書いた紙をヴェルドレッドに渡す。中を見てみると、干し肉や乾燥穀物を中心とした日持ちのする内容だ。ヴェルドレッドが買うものとはずいぶんと違う。どちらかというと、日持ちはしないが味のいい生の食料を大目に買うのだ。
「待ち合わせは場所は中央広場の旅籠『旅人亭』で。日没までに部屋に集合だ」
情報屋というのは敵が多い。優秀な情報屋ほど、理性やら勢力やらのしがらみに関係なく情報を売るからだ。当然、敵は増える。
そして、優秀な情報屋ほど、ガードも固く用心深い。
目の前にいる鎧姿の存在――ガーナード・プランテェルもそんな情報屋の一人だ。
『おやおや……久しぶりだね。でこぼこ二人組み』
「そういうお前こそ元気そうじゃないか。毎日毎日鎧姿じゃ蒸れるだろ? 少しは鎧を脱いで見たらどうだ?」
鎧の中から響く笑声。
『相変わらず皮肉がうまいよ、ノークウィス。三ヶ月前の港町は楽しかったか?』
「ああ、暗殺者に囲まれるのはそりゃ楽しくて、嬉しい思い出だよ。つーかやっぱりテメェが情報売ったのか」
『俺の信条は知ってるだろ?』
「『求めるものには拒まず』だったか?」
『そのとおりだ』
「ところで本体はどうした? 今日も魂を鎧に貼り付けてお散歩か?」
『ああ、人形の本体か……今頃リゾートで楽しくやってるんじゃないのかな?』
鎧――『心持つ人形ガーナード』――から響く声。
魔力によって、支持された行動をとる人形で応対する。これが、情報屋プランテェルの考え出した護身術だった。プランテェルの情報で死に掛けたとしても、プランテェルの店には人形しかいない。本人は転々と居住区を変えているので、全く分からない。何せ、この店を作ったときには、すでに店主はこの人形だったのだから、馴染みのノークウィス達ですら、プランテェルの素顔を知らないのだ。
「もしお前の本体をどっかで見つけたら、丁重にお礼をしてやるよ。そりゃもう、血の涙を流すくらいの勢いでな」
『それは嬉しいね。ところで、何しに来たんだ? まさかちょっと寄ったなんてことじゃないよな?』
「調べてもらいたい事がある」
『銀貨四枚これ以上は――』
「まけないって言うんだろ?」
ぼやきながら、財布の中から銀貨四枚を放り投げるノークウィス。簡単に投げているが、多少の贅沢を含めて、成人男性が二月暮らす事のできる大金だ。
「調べてほしいのは、ここ三ヶ月の物流。特に、貴族が表ざたにしたくない賄賂の類だ。その中に、パラディナ付近のロクデナシどもにまかれたやつがある。それがダレのだか分かったら、そいつの発信源も調べてほしい」
『分かった……ちょいと情報量多いから、調べるのに時間がかかるな。明日の朝、もう一度来て見ろ』
言いながら、プランテェルは奥の棚に並べられた紙とマナ・クリスタルの山へと消えていった。プランテェルは純度の低いマナ・クリスタルを記憶媒体として利用していると聞いた事があるが、実際はどうなのか分からない。本人曰く『企業秘密』らしいのだ。
「じゃ、頼んだぞ。明日の朝結果受け取りに来るから」
言いながら、店を出る。
太陽は沈みかけている。
「アルヴィム様、エリファス様からの書状が届いています」
数枚の書類を抱えたイーディスの言葉に、アルヴィムは振り向く。数日間、寝る間もないような執務を行っているというのに、その表情からは疲れを読み取る事は出来なかった。
それまで処理していた書類を脇において、受け取った書状を開くと、アルヴィムは軽く目を通す。
「……海燕が見つかったそうだよ」
「そうですか」
書類を分類しながら返事をする。
海燕というものが、いったいどういうものなのかは知らされていない。アルヴィムの喋り方と名前から推測すると、東方諸国の剣である事と強力な力を備えているということしか分からない。
内容を知らされていない物品について話題に出す理由は分からなかったが、アルヴィムの言う事に何の意味もないものがあるわけがないと判断し、一応記憶にとどめておく。
「そういえばイーディス君、ハーネット姉妹について何か分かったかい?」
首を横に振るイーディス。だが、仕方がないともいえる。町が滅んでいるのだから、彼女達の出生について知る人物などほとんど残っていないのだろう。
「それと、もう一つ」
「何かな?」
「スタッドテイン卿が会談を求めています」
『結論から言わせてもらう。この話からは手を引け』
翌日、情報屋に入るなりの一言だった。
「どういう意味だ? 何で手を引かなきゃならない」
『相手が悪すぎる。はっきり言わせてもらうが、相手にしたら最後王国どころか大陸に居場所がなくなるぞ』
「誰が相手だ? そんな真似できるのは王族かそれに近い……」
そこまで言って、気がついた。もしかしたら、エルリスを狙っていたのは他ならないこの国を支配している者達――上級貴族や王族なのではないか。
もしそうだとしたら、開発されたばかりの魔杖を使っていた野党のことも説明がつく。
「冗談で言ってんなら、今すぐ叩き壊すぞ」
『冗談で言うことじゃないよ。はっきりと言わせてもらうが、危険を通り越して、無謀だ』
「無謀ね……」
無謀。二文字を口の中で転がしながら、思う。無謀、不可能、理不尽……そんな代名詞がついた戦場は何度も体験している。別段、珍しい話でもない。そしてなにより――
「傭兵はよ……信用が第一なんだよ」
『あ?』
「仕事をえり好みするのも、請けた仕事を投げ捨てるのも許されてねぇ。なによりも、依頼主を裏切るのは傭兵として最低だ」
『……』
「請けた仕事は地べた這い蹲ってでも、完遂するのが俺の――傭兵としての意地なんでね」
『死んでもしらねぇからな』
言いながら、プランテェルは数枚の紙を放り投げる。
空中で受け取って、中身に目を通す。二枚目まで見た時点でノークウィスの表情が変わった。
「ジャンクション・J・スタッドテイン……本当にこいつが、なのか?」
『俺の調べた限りは、な。魔道兵器の他国流通を一手に取り仕切るスタッドテイン卿っていえば、そこいらの子供でも名前を知っているぜ』
「オイオイオイ……何の冗談からこんな名前が出てくるんだよ。スタッドテイン卿っていえば、三大公家メルフィート家直系の家柄だぞ!? 何で片田舎の野党に武器なんか横流しして悪さをするんだよ!」
『俺の知ったことじゃないね』
肩をすくめるプランテェル。
『ただ一言いえるのは、スタッドテイン卿はそこいらの貴族よりもずっとタチが悪いってことだよ』
「くっそ……相手が悪いを通り越して、最悪じゃねぇか」
ぼやきながら後頭部をポリポリとかくノークウィス。
それを十秒ほど続けていただろうか、ため息を吐くと出口へときびすを返した。
『本当に仕事を請けるのか?』
背後からの声には、振り返らなかった。
「やるしかねぇだろ」
ただ、呟くだけだった。
「久しぶりですな。スタッドテイン卿」
「アルヴィム様もご壮健でなによりです」
執務室に入ってきた男がアルヴィムを見るなり、こう言い放った。
まだ年齢自体は老境に差し掛かる前といったところだろう。品のよい貴族服を身にまとって、白髪の比率がかなり多くなった髪を撫で付けてある。目じりには深いしわが刻まれて入るが、その瞳は炯炯とした光をたたえていた。
男――ジャンクション・J・スタッドテインを見て、アルヴィムも微笑を浮かべながら軽く会釈をしながら、いすを勧める。
「今日はいったいどのような用事で来たのですかな?」
「ほう、どのような用事とは……アルヴィム様も存外、とぼけるのが下手ですな」
「ハーネット姉妹のことですか」
微笑を浮かべるスタッドテイン。その通りだということだろうか。
「それにしても、なぜに卿はあの姉妹に刺客などを差し向けるのですかな?」
「《ラザローン事変》……聞き覚えがありましょう?」
アルヴィムの眉が跳ね上がる。
ラザローンの災厄、八年前の国境都市ラザローン消滅前後に発生した魔物の異常発生を指す言葉だ。大陸各地で発生した災厄の死亡者は総数で数千万とも数億とも言われる。特に被害が大きかったヴィルフダリア共和国にいたっては、国としての機能が破綻しかけたというのだから、その凄まじさが伺えよう。
「聞き覚えがあるも何も……あれは私たちにとっては忘れられない事件でしょう。『防城卿』の異名を授かったのも、あの事件では?」
「恥ずかしい名前ですな」
ジャンクション・J・スタッドテイン――通称『防城卿』。八年前の災厄において、流通都市の一つであったジェイスファンドを――スタッドテイン家の居城がある町を災厄から目立った死傷者なく守り抜いた名将として送られた名だ。当時、同程度の居城を持つ有力諸侯の八割が壊滅したというのだから、それがどれほど困難で稀有なことだったのかが、うかがい知れよう。
「それが、どうして今回のことと関連があるのですかな?」
「あの災厄がどうして起こったか……知らないわけではありますまい」
スタッドテインの目がかすかに怒りに染まった。
「忘れられないですな。先王の愚行なかでも最高の愚行ですよ」
「ならばわかるはずだ!」
執務机をたたく。
「あの制御に失敗した精霊魔法が起こした消滅と、その後の《壁》の消滅を!」
〜あとがき〜
こんにちは、あるいはこんばんは。鍼法です。
少しずつスタッドテイン卿が何を恐れ、何のために行動しているかがわかってきた第七話でございます。ヴェルドレッドと姉妹の会話が皆無な状況にちょっとびっくりしてしまった今日この頃。
さて、第一部も中盤戦に突入です。もう逃げられないと覚悟を決めた傭兵とスタッドテインの目的意識を知ったアルヴィムはどう動くのか、楽しみにしていただけたら、至極幸いです。では、失礼します。
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■554
/ ResNo.9)
第一部・『騎士の忠義・流れ者の意地』・第8話
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□投稿者/ 鍼法
-(2007/02/18(Sun) 18:34:18)
2007/02/18(Sun) 19:35:43 編集(投稿者)
2007/02/18(Sun) 18:35:00 編集(投稿者)
『終章』
(――私は許しはしない。アレは人の手には余る力だ。あんなものを持つものがいれば、必ず禍根を残す。だからこそ……)
スタッドテインがはき捨てた言葉を脳裏に浮かべながら、アルヴィムは果実酒の注がれたグラスを指でもてあそぶ。その表情は普段通り優雅な微笑を浮かべていたが、どこかが普段とは変質していた。
「アルヴィム様……ご采配を」
アルヴィムの背後に控えるイーディスの声。
「イーディス君、人が思案に埋もれているときは、静かに見守るものだよ」
微苦笑を浮かべて、アルヴィムが呟き、果実酒を一息に飲み干した。
「まぁ、いい……『どんな手を使ってでも、禍根を根絶やしにしてみせる』か……愚直だね。スタッドテイン卿」
グラスを静かに置く。うつむいていた顔が上がったとき、そこに張り付いていたのは、亀裂のような笑みだった。
「第六位をよびたまえ。イーディス君」
「承知しました」
ゆっくりと部屋を出て行くイーディスを背後に気配で感じながら、アルヴィムはさらに笑みを深くする。
「ならば、スタッドテイン卿。私も本気で、仮借なく、自分の行動に移させてもうよ。卿が容赦をしないように、私もどこまでも苛烈で、容赦のない方法で、自分の目的を果たして見せようじゃないか。姉妹の力なしに、第二の災厄は乗り越えることができないということは、分かりきっているのだから」
くぐもった笑いを部屋に響かせるアルヴィム。
どこかで、大きな動物の遠吠えが聞こえた。
「先輩! ヴェルドレッド先輩!」
エルリス達と必要な食料などの買出しが終わって、町をフラフラと歩いていた。そんな時だった。
背後からの声に振り向くヴェルドレッド。
そこにいたのは、白銀の鎧を身に着けた騎士だった。隊証はリセリアのものだ。
「あー……」
顔に見覚えがあるのだが、思い出せない。
「僕ですよ! ほら、王宮騎士団第七戦隊で先輩の部隊にいた新米の」
「あ、ああ……リヴィアンか」
そこまで言われて、誰のことだか思い出すヴェルドレッド。
まだ、ヴェルドレッドが騎士だったときに指揮していた部隊の新米だ。臆病だが、剣術と視野の広さをかっていた覚えがある。
「王宮騎士がこんなところで何をやっているんだ? 王都警備と反王宮勢力の退治が仕事だろう?」
「あのあと地方の騎士団に左遷させられたんです。お前は勇敢じゃないからって」
苦笑交じりに言い放つリヴィアン。
騎士は勇敢であることも求められる。王宮騎士団団長エルムアインなどは部下に『命を惜しむな名こそ惜しめ』と激を飛ばすほどだ。
「それだけで左遷か」
「それだけでも、上から見れば大事なことなんですよ。そういう先輩は何をしているんですか?」
「傭兵の真似事をやっていてな。今は依頼主と一緒にここに買出しに来たところだ」
言いながら、肩をすくめるヴェルドレッド。
「そうですか……」
言いながら肩を落とすリヴィアン。
「どうかしたのか?」
「実は、ここ最近魔物の出現が多くなってきているんです」
「魔物がか?」
うなずくリヴィアン。
「月に1,2件だった遭遇事件が今年に入ってから少しずつ増加を始めていて……」
今、仕官を募っているところなんです。続けるリヴィアンの言葉にヴェルドレッドは眉をしかめる。別段、魔物の出現数増加は珍しいことではない。五年に一回程度だが、魔物が出やすい年というのは必ず存在するのだから。
だが、リヴィアンの仕草にはそれ以外の何かが含まれていた。
「街道での遭遇件数が増加しているのか」
「はい。それも少人数のパーティーや行商人を狙って」
小さな声で呟いたつもりだったのだが、リヴィアンには聞こえたようだ。疲れたようにため息を吐いて首を左右に振る。
「まるで、魔物が意識を統一して人間に攻撃を仕掛けているみたいです」
「そんなわけないだろうが」
鼻で笑うヴェルドレッド。
「魔物は群れで行動することはあっても、軍事的な行動をとることはないはずだ」
「そうなんですが……」
不安なのだろう。
その表情を見て、肩をすくめるヴェルドレッド。昔から、こうなのだ。慎重というよりも、臆病や神経質の部類にはいるほど、リヴィアンは物事をネガティブに捉える。大抵のものなら、笑い飛ばすほどのものでも。
「まぁ、仕方がないか」
――災厄からまだ十年もたってないからな……
後半を声に出さずにおくヴェルドレッド。確かに、リヴィアンは気にしすぎではあるが、今でも実戦指揮官をしていたら、多少は気にするだろう。現在第一線で活動する騎士の多くが、ラザローン事変に何らかの関わりを持っているのだから。ヴェルドレッドも、騎士見習いとして、魔物に襲われた町の防衛についていた。
「……まぁ、僕の考えすぎだと思うんですけど」
苦笑しながら言うリヴィアン。
「リヴィアン! 何時までほっつき歩く気だ!」
とおりの向こうから聞こえてくる叫び声に、リヴィアンはばつが悪そうに振り返る。
視線の先に居るのは、同じ白銀の鎧を着込んだ数人の騎士だ。おそらくは同僚だろう。
「すみません。僕、仕事があるんで」
「さっさと戻ってやれ」
先ほどの話からすれば、騎士団は相当な仕事を抱えているのだろう。こんなところで長話をしている暇は無いはずだ。
会釈をすると、リヴィアンは走っていった。
「……俺も戻るか」
言いながら、待ち合わせ場所の旅籠へと向かう。ノークウィスたちがどのような情報を持って帰ってくるかは分からないが、どの道王都に向かうのであろうことは予測できる。王都ならば制御法について何か分かるかもしれないからだ。
乗りかかった船だ。乗っていってやろうじゃないか。そんなことを考え、ヴェルドレッドは足を速めた。
日は沈み始めている。早く戻らなければ、待ち合わせに遅れてしまう。
騎士の忠義流れ者の意地―了― 次章 剣士の思い竜の思いへ
あとがき
こんにちは、あるいはこんばんは。鍼法です。ここまで読んでいただき、ありがとう御座いました。
今回の話は少々短いです。というのも、こちらの身勝手極まりない理由なのですが……三部作ではなく、複数の章で物語を構成することにしました。第一章『騎士の忠義流れ者の意地』は序章であり、物語の中核――背骨に位置する物語の序章だと思っていただけると、ありがたいです。第二章は、時間軸は同じですがスタート地点が王国南端の都市エンヴァスとなります。主人公は……お楽しみということで。
第一章をここまで読んでいただき、ありがとう御座いました。では、失礼します。
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