1996 初夏 スエズ運河防衛ライン
「ええい、帝国の戦術機は化け物か!」
「まったくですね。あ、それとあれは正確には、国連軍の機体ですよ、司令」
「ん?どういうことだ?」
スエズ運河防衛ラインの司令部。数年に及ぶBETAとの攻防戦を続けている間違いなく人類の最前線である。
そして数々の伝説的な英雄が生まれた地であり、また多くの兵士達が命を落とした戦地である。その最前線を見てきた司令部の指揮官である彼をもってしてもふざけた部隊たちだった。
「あれは不知火、正式名称『94式戦術歩行戦闘機』の改修機だそうです」
「国連部隊がなぜ日本帝国の戦術機を使っているのだ?」
司令が不思議そうに一緒にモニタを見ている参謀に尋ねる。司令は野性味を帯びた風貌、まさに歴戦の戦士と言った趣だ。基地司令というよりは、前線の戦術機甲部隊の隊長の方が向いていそうだ。
だがその見た目とは裏腹に、大胆にして繊細な戦術と作戦立案能力を持っている。また野性の感とも言うべき危機察知能力に秀でており、司令部にいながらにして数々の部隊を壊滅から救っている。
隣に立つ参謀は、ひょろ長い体躯にどこか眠たげな眼が印象的だ。司令とは対照的にこちらは後方の事務方でもやっていそうな雰囲気だ。
もちろんこの男も見た目通りの男ではない。司令の立案した作戦をさらに肉付けし、兵士達の生還率を格段に高めるために心血を注ぎ込んでいる。そのためか、スエズ運河防衛ラインで働く兵士達からの人望は厚い。
「例の計画が実行される折りに、日本帝国から国連軍に供与されたものです。聞けば108機の不知火が提供されたとか」
「なるほどな。だが私も何度か不知火は目にしたことがあるが、あれほどの性能ではなかったぞ」
「確かに帝国軍海外派遣部隊の中にたまに混じっているのと比べると、かなりの性能差がありますね。一応呼称としては『94式戦術歩行戦闘機改修型』ということになっているようです」
「うむ、不知火の改修版か。不知火が第三世代なら、あれはさしずめ第三.五世代機といったところか。それほどの差がある」
モニタで縦横無尽に戦場を駆ける不知火改型の動きを見ながら口元の髭をなでつける司令。
世界初の第三世代機、それを送り出した日本帝国の戦術機。それをあっさりと上回る性能を持つ不知火改型。技術屋ではない司令にもその異常さが分かる。
「またったく、無茶苦茶だな。正式配備からわずか二年であれほどの完成度と性能を持たせるとは。裏で動いているのはやはり帝国技術廠の天才か?」
「おそらく一枚噛んでいるのでしょうが、何とも言えませんね。一説には例の計画の功績だという話も聞きます」
「だが例の計画の本分は戦術機の開発ではないだろう。しかも動き出してまだわずかだ。どう考えても帝国軍技術廠が噛んでいるとしか思えんがな」
「まあそう考えるのが妥当でしょうね」
いいつつ興味深げな視線をモニタに向ける。
モニタでは完璧なまでの三次元機動を行う不知火改修型が、要塞級を一瞬にして駆逐しているのが見受けられる。
その横ではデコイを飛ばした別の不知火が、デコイがレーザーに打ち落とされた瞬間、レーザー属種を検知しレールガンで周囲のBETAごとなぎ払っている。殲滅速度は恐ろしいまでに上がっている。
周囲を見渡すと、撃震弐型が負けじとBETAに対して包囲陣形を取り、レールガン、96式電磁投射砲でBETAを蜂の巣にしている。
「そう言えば、あの撃震弐型の改修版も異常だな。小塚中佐率いる最強の部隊が運用するに相応しいが、普通の撃震弐型が第二.五世代機程度に収まるのに対して、彼らが扱うそれは第三世代並だ」
「ええ。以前小塚中佐と対話する機会があったのですが、なんでも撃震参型のデータ取り用に強化パーツなどをつけているそうです」
「撃震参型か…」
そして四度モニタに目をやった司令が見るのは、先進撃震参型が戦場のど真ん中で孤立して多数のBETAを相手取っている風景だった。
BETAの奇襲を受けて大打撃を受けたイスラエル部隊の救援に向かった後、撤退の支援のためにその場で大立ち回りを演じているのだった。
完全に出鱈目のレベルである。多対一のBETA戦はそれだけで神経を削る。それをなんのてらいもなく行い、そして敵を殲滅していく。現実に殲滅スコアは上がり続けている。
普通の衛士と戦術機をあの場に放り込んだら、数分と持たずに死亡するだろう。その不可能を可能にする技量と機体。まさに人類の希望の象徴だった。
「あれが量産された暁には、人類は自信と未来を取り戻せるんだろうか…」
司令の呟きが司令部内にそっと消えていった。
「こちらブラボー1、いまのところ敵BETAの掃討は順調よ」
「アルファー1だ。こっちも規定数以上の戦果を挙げている」
「チャーリー1です。こちらも殲滅速度、殲滅数ともに問題なし。ペースアップの余地も残っています」
「A−01リーダー了解。先達のいたずらがあったとは言え、現実では初陣だ。無理をせず余裕を持って任務に当たれ」
「「「了解」」」
A−01部隊の戦果は上々だった。いや、他の国の新兵を集めた部隊と比較すると、大人と子供くらい戦果に違いがある。
もっとも彼らの場合、比較対象が小塚次郎中佐率いる第十三戦術機甲大隊なのでその当たりに気づいてはいなかったりする。ちなみに、第十三戦術機甲大隊の掃討ノルマの数は、各国のエース級が揃った部隊並みに過酷なはずなのだがそれをものともしないのが小塚クオリティである。
その一因は間違いなく神宮司まりも大尉の駆る先進撃震参型にあるのだが。
無論要因は他にもある。スエズ運河防衛ラインの司令が行ったように、彼ら第十三戦術機甲大隊が駆る撃震弐型は実質には撃震弐型改修式と呼ぶに相応しい。
表向きは撃震参型に使用するパーツのデータ取りの名の下に、散々新規技術を投入されて改修されているのだ。その性能は不知火に匹敵する。勿論、後付け後付けの改修のおかげで量産化などは視野に入れていないし、量産化しようにも難しい。一から図面を引き直した方が早いくらいだ。
もっともそれを駆る衛士にとってはそんなことはどうでもよく、大切なのはそれにより確実に戦果を挙げられること、そしてなにより生存できることだ。
「こちらA−01リーダー、Eナイト1、聞こえますか?」
「こちらEナイト1、感度良好だ。どうした?そろそろおむつの交換の時間か?」
「いえ、それは結構です」
隆也の散々なセクハラ発言にならされているみちるは軍隊式の下ネタ会話を華麗にスルーする。
「こちらの掃討規定数はノルマをクリアしました。一度補給をして再度の出撃を行いたいと思うのですが?」
「ん?おお、もうそんなに駆除したか。よし、各中隊単位での補給を許可する。戦線が崩れないように注意しろよ。BETA戦では引くときがなにげに一番危険だからな」
「了解しました。レーザー属種の排除を再度実施してから、補給フェイズに移行します」
「おお、気をつけろよ」
ぶちん、と網膜投影に写るみちるの顔が消えた。
「なあ、神宮司、お前の教え子たち、化け物だな」
ぼやくように小塚次郎中佐がまりもに繋げてから言う。
「ええ、どこに出しても恥ずかしくない衛士に育て上げましたから」
胸を張るまりも。顔に出さないように努力しているが嬉しくて仕方がないのだ。
自分が教えた子供達が未だに1人も死なずに戦場に立っていることが。そして、今なお闘志を燃やして戦っていることが。
「まあ、お前が育て上げりゃああなるか…それにしても伊隅みちる、奴は別格だな。正直、お前と比べて遜色ないぞ」
「ああ、彼女はまあ、特殊でして」
「ほう、上官である俺にも言えない訳か」
「申し訳ありません」
「まあいいさ、どうせ例の計画がらみだろう。それより、そろそろ引き上げたらどうだ。イスラエル部隊の撤退は完了したぞ?」
「ちょっと奥にレーザー級、重レーザー級の存在を確認しました。それらを排除してから補給に下がります」
「ああ、頼んだ」
「了解」
通信が完了した途端、まりも機から送られてくる情報に接続する。確かにレーザー属種が複数集まっている。
それに対してほぼ一直線に距離を縮めていくまりも機。本来ならあり得ない軌道なのだが、まりも操る先進撃震参型なら驚くに値しない。
「もうなれたというかなんというか、相も変わらずに規格外だよな」
ぼやく小塚次郎中佐の声は、管制ユニット内を漂ってやがて消えていった。
1996 初夏 統一中華戦線総司令部
「むぅ、相変わらず素晴らしいな日本帝国の技術は」
取り寄せたスエズ運河防衛ラインの戦闘記録を見ながら趙将軍兼統一総書記代理は感嘆の声を漏らした。
「殲撃11型よりも大人しく不知火をライセンス購入した方がよかったのではないかと思えるな」
「将軍、あまり過激な発言は」
「ああ、分かっている。同盟国の顔を潰すような真似はしない。だが、もう少しソ連もまともな機体をよこしくれればいいのにとは思わないか?」
「まあ、将軍の仰りたいことはわかりますが」
秘書官は困ったように答えると、手にした資料を趙将軍に差し出した。
「なんだこれは?」
「汚職疑惑のある官僚閣僚のリストです」
「…またか」
うんざりした顔で趙将軍、いや今の職務は統一総書記代理としての役割を淡々とこなす。
大粛清でいったん落ち着いたと思われた政治と軍部の腐敗であるが、時が立つにつれ徐々に腐食は進んでいる。
こうやって裏で粛清と断罪を敢行していても一向に減らない。
その状況を見て、趙将軍は根幹に関わる部分である、教育の改革を断行した。
幼少期からの人格形成と、汚職政治に関する情報公開と決然とした処分を国民に知らしめることで教訓としたのである。
結果が出るのはおそらく10年、20年という時間が必要だが、今ならまだ間に合うという判断のもとに行われた。
黙々と疑惑対象者に対しての督戦諜報員による調査指示書にサインを行う趙将軍。
一時期はあった嫌悪感も今は、ただ害虫を駆除する程度のレベルにまで落ち着いている。じつのところ数が多すぎて、いちいち感傷を払っていられないのだ。
「それにしても不知火、欲しいな…」
「将軍!」
「ああ、分かってる。分かっているさ」
もともと前線で戦術機を駆っていた時間の方が長かったのだ。より優秀な戦術機を求めるその性、そう簡単にその本質が変わることは無かった。
1996 初夏 欧州連合 各国首脳会議
会議室には緊張感が走っていた。その原因は目の前に繰り出されている戦術機の機動にあった。
モニタに映し出されるのは国連カラーの不知火改修型。
舞うように戦場を駆け抜け、剣舞のような無駄のない動きでBETAを切り刻んでいく。
高度な三次元機動を駆使し、要塞級を一瞬にしてスクラップにする。
「なあ、これESFPを超えているんじゃ」
「「「おいばか、やめろ!」」」
イタリアの空気を読まない発言に、ついに英国代表が崩れ落ちた。
「すまない、私は日本帝国という国を見誤っていた。技術を提供すると言うことは、当然その技術を超えた技術をもっているということ。ワクチンも作らずに、細菌兵器を他国に渡すようなことをしないのと同様にだ。私にはそれが抜けていた」
凹みまくっている英国代表に声を掛ける他の国々の代表者たち。
「気にすることはない、ESFPは十分な戦果を挙げている。ただまあ、スエズ運河防衛ラインの戦闘記録を見る限りでは不知火改型の方が軍配が挙がるが…」
尻つぼみになるスペイン代表。
「あの不知火改型は第四計画のために譲渡された不知火を、国連の横浜基地で独自改修した物だと聞いている。国連に手を回して技術情報を入手するのはどうだろうか?」
建設的な意見のドイツ代表。
「でもどうせ裏で日本帝国の技術廠が噛んでいるのは間違いないだろう。だったら日本帝国に大人しくお願いすればいいなじゃないか?」
お気楽なイタリア代表。
「そうですな、まずは日本帝国に打診を行ってみましょう。国土を蹂躙され、居場所を奪われた今、我々は誇りを取り戻すためにもよりよい戦術機を作り出さなければならない。下らん意地やプライドなどにかまけている暇はないのですから」
かくして全会一致で、日本帝国に技術特使を送ることが決定した。
後に言われる不知火改型ショックにより、各国はますます日本帝国の技術力を欲するようになる。
そしてこれを契機に『プロミネンス計画』と呼ばれる計画が動き出す。
表向きは戦術機の国際共同開発、そしてその実は日本帝国の開発した技術をいち早く取り入れるための技術奪取戦の様相を呈する熾烈なる情報戦である。