コードギアス 共犯のアキト
第二話「二人のオウジサマ」
――――神聖ブリタニア帝国
帝都の存在するブリタニア大陸と世界各地の複数のエリアから構成される、世界の3分の1を支配する超大国。
皇帝を頂点とした絶対君主制国家であり、『不平等においてこそ競争と進化が生まれる』という現皇帝の持論を国是としている。
ゆえに今なお世界各地で植民地化を目的とした侵略を続けており、その勢いは留まるところを知らない、正に世界最強の軍事国家なのである
……あるのだが、無論そんなことは異邦人たるアキトには全く知るはずもない。
「本当に知らないの? 私をからかってるとかそういうのじゃなくて?」
「知らないものは本当に知らない。むしろ西暦……こちらでは皇歴だったか……2000年にもなって植民地支配が続いてることの方が驚きだ」
実験場での戦闘から一時間後、アキト・ラピス・マリアンヌの三人は場所を観測室から最初にアキトのいた応接室へと場所を移し、マリアンヌ傍付きの侍女が淹れた紅茶で喉を潤しながらお互いの情報を交換していた。
「私としては、あなたの言っている事の方が信じられないんだけどね」
そう嘆息してこめかみを押さえるマリアンヌ。
異世界からの迷子とか火星へのテラフォーミングに宇宙戦艦、宙間戦争といったSFめいた話がぽんぽん飛びててくる上に、当の本人に至っては宇宙を股に掛けるテロリストだと言い放つ始末である。
マリアンヌもブラックサレナやユーチャリスといった今の世界には有り得ないような物がなければ、頭を病んだ愚者の妄想として切り捨てていただろう。
「それにしても宇宙ね……この国はパックス・ブリタニアーナの構築に目が行ってるから宇宙の事なんて考えたこともなかったわ」
「こちらでは宇宙開発競争は起こっていないんだな」
アキトの世界では、二つの超大国間の開発競争が主に国力を示す形で熾烈化したこともあって、かなり早い段階で宇宙への進出を可能としていた。
しかしこちらでは敵対勢力がブリタニアの侵略戦争に対抗するのに精一杯で、宇宙開発所ではないのだろう。
(地図を見ても見たことのある国もあれば見覚えのない国もある。俺のいた所では確かロシアだったか? それに当たる地域が大小様々な国に取って代わっている)
「異世界、というより並行世界かしら」
「どちらにしろ、俺達はもう帰ることはできないがな……」
時間軸所か世界そのものが違うのだ。
むしろ、ランダムジャンプに巻き込まれてなお生き残った事が奇跡に近い。
「それで、貴方達はこれからどうするの?」
「どうもこうも、アンタは俺達を野放しにするつもりは無いんだろ?」
大破しているとはいえ宇宙を単独で航行可能な戦艦に、数十年下手したら百年単位は先をいっている機動兵器。
只の一般市民ならともかく、最高権力者に近しい者が見たらそれこそ喉から手が出るほど欲しいものだろう。
「でも貴方達だって、身を落ち着ける必要があるでしょう? 少なくとも此処にいれば衣・食・住は保証してあげるわ」
「で、その見返りは?」
「勿論、技術的協力♪」
ニッコリ笑いながらも高圧的オーラを醸しながら要求するマリアンヌ。
しかもその笑みは本当に嬉しそうなものだから余計に恐ろしい。
「……そしてあんたはブリタニア国内での地位を盤石なものにする、か?」
既に彼女はブリタニア皇妃であるということは聞いてるが、元は庶民の出自。
更に皇妃は他にも百近く居るということで、彼女の宮殿内での立ち位置は微妙な所にある。
「それくらいは当然でしょ。唯でさえ目をつけられている上に、あなたみたいな厄介者を拾ってなにかと動き辛いんだから」
「あっさりと切り捨てる選択肢もあったんじゃないのか?」
「それでみすみす貴方達を他の皇族に横取りされろって? 冗談じゃないわね」
結局のところ、マリアンヌがアキト達を見逃せば他の皇族が遅かれ早かれアキト達を確保していたのだ。
皇族同士の派閥抗争は数年前に起こったと言われる『血の紋章事件』以降表面上では沈静化しているが、その裏では権力の座を奪い返さんと、虎視眈眈と狙う勢力も未だ顕在なのである。
相手に少しでも隙を見せようものなら容赦なく喉笛を噛み切られる、正に伏魔殿ともいえるこの宮殿で彼等のような力を持った異邦者が現れれば、宮殿内でのバランスは瞬く間に塗り替わるだろう。
「言っておくが、こちらも黙ってやるつもりは毛頭無いぞ」
「だからこうしてお願いしてるんじゃない。多くは求めないわ。あのエステバリスとかいう機動兵器の戦闘データと、ちょっとしたアドバイスで十分よ」
「……船を寄越せ、とか機体を解析させろとは言わないんだな」
意外そうに言うアキト。
しかしマリアンヌは苦笑いしながら、実はもうやってみたのだとのたまった。
「ユーチャリス……って言ったかしら? 実はあの船を回収してラピスちゃんとあなたを助けた後、中を調べてみようとしたんだけど叩き出されちゃってね」
(なるほど、オモイカネの仕業か)
「まさか船に自律思考を持ったAIがいるなんて思ってもみなかったわよ……あなたの世界の宇宙船はみんなああなのかしら?」
「流石にそれは無い。あそこまでの能力を持つ船は俺が知ってるだけでも2隻しかないさ。一般的な宇宙船だと――――」
そうしてアキトとマリアンヌがお互いの世界の相違点などを話し合っていると、立場は違うとはいえお互い機動兵器に乗るパイロットだということで随分話が盛り上がった。
特にアキトが単機で戦艦を落とした時の話をすると、マリアンヌも負けじと敵の包囲網に対して強行突破を敢行した話をしたりと、途中から情報交換を忘れて機動兵器の戦術についてすっかり話し込んでしまった。
そうする内にいつの間にやら夜は更け、辺りが闇夜に包まれるとアキトの傍にずっとついていたラピスの頭が船を漕ぎ始めていた。
その様子を見たマリアンヌは、あらいやだ、と言ってようやく話を切り上げた。
「とりあえず今夜はこのくらいにしておきましょうか。その子も大分疲れているようだしね」
マリアンヌは席を立つと、詳しいことはまた明日にと言い残し、部屋を静かに出て行った。
そして部屋の中はアキトとラピスの二人だけになる。
アキトは冷めきった紅茶を飲みほした後、ラピスの体を抱えてベッドへと横たわせると、桃色の髪を軽く梳いてシーツをかぶせる。
そして、この部屋にいるもう一人の人間に声をかけた。
「さて、いいかげんそこから出てきたらどうだ?」
「っ!?」
ガタガタ…ゴッ―――ガチャーーーンッ!
ポツリと何気なく言った一言だが、それはいたく相手を驚かせたらしい。
クローゼットの中に隠れていたのか、アキトが声をかけた瞬間、木目調の扉が勢いよく開くと、中から小さな影が転げ落ちるように飛び出してくる。
そしてすぐ傍のテーブにぶつかると、薄暗くて判別し辛いが、花瓶でも倒したのか陶器を割ったような大きな物音をたて、なんとも微妙な空気を辺りに漂わせた。
かなり大きな音だったが、よっぽど疲れたのだろう。幸いにしてラピスはそれに応じることもなく寝息を立てている。
さて、問題の音の主の方はと言えば――――
「…………」
そこには最早姿を隠そうともせず、こちらを射抜かんばかりに睨みつける小柄な少年がいた。
窓から差し込む月光に照らされ、上品に切り揃えられた漆黒の髪は濡れ羽色に染まり、艶やかな髪とは真逆の純白の服を際立たせている。
しかしそんな幻想的な雰囲気を醸し出す佇まいは、彼のアメジストの瞳を見てしまえば途端に消え失せてしまう。
その眼は最早子供のものではなかった。
どのような環境下で育てばこのような昏い眼をするのだろう。
年相応の子供が持つ好奇心や興味等といった感情は一欠けらも感じられず、その奥底からは警戒心と猜疑心、そしてその他諸々の昏い感情しか読み取れなかった。
「俺に何の用かな?」
だからだろうか、復讐を誓ったばかりのかつての自分を思い出したのか、それともラピスとは違った方向で歪んだように感じる少年に憐みを感じたからだろうか。
気づけばアキトは少年に対し、柔らかな声を投げかけていた。
「お前はいったい何者だ」
「……質問の意図が分からないな」
「母上に近づき媚びへつらい、ヴィ家の何を探っているんだ」
どうやら目の前の少年は彼女の息子らしい。
よく見れば、その艶やかな黒い髪と意志の強さを感じさせる瞳は、確かに彼女の血を感じさせるものだ。
「探られているのはこちらの方なのだがな……それはともかく、そのように聞かれてもこちらがすんなりと答えるとでも思っているのか?」
「……ふん、その言い様だと皇族に連なる者でも、それに従う者でもないらしいな」
此処は離れとはいえ、皇族が住まう宮殿の一画。
皇妃の息子――皇子に存在な口をきく人間などいるわけがない。この美しい少年は、そんな傲慢な意味を以てしてそう言い捨てた。
「今度はこちらが質問しよう、君の名前はなんという」
「僕を知らない、ということは本当に唯の客人なわけか?……それにしても、皇族相手に随分と尊大な態度だな」
だがアキトは、態度を変える様子など微塵もない。
少年はそんなアキトに、これまで母や自分達に近づいてきた人間達とは違う人種だと直感的に感じた。
母やほんの僅かな兄妹以外に、このような態度をとる人間は、少年の知る限りでは一人もいない。
「自分は名乗らないくせに、人の名前は尋ねるのか。こういう時はまず自分が先に名乗るべきじゃないのか?」
「先に聞いてきたのは君の方だったと思うがね」
「僕が聞いたのはお前の素姓だ。名前じゃない」
口の達者な子供だ、とアキトは内心で苦笑する。
しかしただ大人びているというか虚勢を張っているというわけでもなく、自然と口から零れ出るように言葉を紡ぐその佇まいには、幼いながらも上に立つ者の風格が漂っていた。
(ルリちゃんやラピスとは全く違うタイプだが、プライド高い所はそっくりだな)
くっと思わず口元を緩ませるアキト。
それを嘲笑ととったのか、少年は「何がおかしい」と言って厳しい視線を向けるが、アキトはそんな視線を無視して自分の名を告げる。
「アキト……テンカワ・アキトだ」
「……僕の名前はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。我が母君閃光のマリアンヌの子息にして、神聖ブリタニア帝国第11皇子だ」
皇歴2008年、ブリタニア帝国の離宮――その小さな部屋の片隅で、歴史を大きく動かす二人の黒い王子はこうして出会った。